【鰐】ふちを揺蕩って 閲覧注意 ちょっとSS

  • 1二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:41:28

     ――お腹が、空いた。

     耐えがたい飢餓感に襲われて、私は必死になって目の前の食べ物を貪る。
     まだ生きの良いそれらは少し暴れるが、それすらも食欲を刺激するアクセントの一つと言えるだろう。

     だから余計にお腹が空いて。
     私は食べて、食べて、食べて、食べて――。

    「っ……!」

     そんな、悪夢で私は飛び起きた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:42:30

     貴方は、どれだけの物を食べられますか?
     私は視界一面に広がったバイキングであろうとも全て食べ尽くす事が出来ます。
     でもそれは、元を取ろうとか、無理にして食べようと思った訳では無くて。

     ただ単純な話、私はそれくらい食べないとお腹が満たされないのです。

    「う~ん……」

     そんな私の、最近の悩み。
     何だか分からないが、途方も無く美味しくて、途方も無く量もある食べ物をお腹一杯に食べる……そんな悪夢を見る。

     ……普通に考えたら、嬉しい事なのでは?
     そんな疑問の声が聞こえてきそうなのですが、事はそう単純な話では無いのです。

    「……やっぱり、お腹が空いてきましたね~」

     確かに夢見は何故か悪いが、そこは重要で無くて。
     夢にあてられてか、言い表せない飢餓感が溢れてくるのです。
     これでも一端の女の子、まるで底が抜けたかのような食欲に、自分自身の事とは言え少しばかり怖くなってくるモノです。

     それはさておき、この飢餓感を埋める為に何を食べようかと辺りを見渡すと、看板にジャンボかつ丼と銘打たれた物が目に入りました。
     どうやら制限時間内に食べ切れば無料で食べられるそうだ。

    「それでは、ここに決めましょうか♥」

     これならば遠慮せずお腹一杯食べられるだろう。
     そう考えて、私はすいと暖簾をくぐった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:43:17

    リョナ系か?

  • 4二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:43:31

     店内はお昼より少し早い時間で、客席は少しばかり空いていた。
     さっさと席へ案内してもらい、差し出されるメニュー表を突っ返して看板のメニューを注文する。

    「ジャンボかつ丼を一つください」
    「ええっ? お嬢ちゃんちゃんとサイズは見たのかい? アレは米だけで何合もある奴だぜ?」
    「ええ、重々承知の上です」
    「……食べ切れなかったら料金の倍を請求する決まりがあるんだ、それでも注文するかい?」
    「早く、持ってきてくれませんか? お腹が空いて堪らないんですよ」
    「後悔すんなよ……ジャンボかつ丼一丁!」

     看板には書かれていな追加ペナルティも、ジャンボかつ丼と聞いて騒めく店内も、訝し気に厨房から向けられる視線も、どうでもいい。
     くるくると鳴るお腹がやけに耳に響いて、お腹が空いているのだと、私の頭も叫び出す。

     待つこと二十分以上――。
     ちょっと判断を見や誤ったかと、肉とたれの香ばしい香りに包まれながらくらくらしていると、その時は来た。

    「はい、お待ちぃ! ジャンボかつ丼だよ! 一時間以内に食えたら代金は貰わねえが、食い切れなかった場合は倍の料金の二万円払ってもらうからな!」
    「――いただきます」

     店員の説明など、耳に入って来なかった。
     てらてらと輝く視界一面に広がるかつ丼に五感全てが奪われてしまい、早く喰らえと叫ぶ本能に従っていたから。
     箸で手前の一切れを挟んで切って、たれの染み込んだ米と一緒に掴んで口の中に放り込む。

     上手い。ジワリと広がるたれに肉厚なかつとマッチしてご飯が進む。
     ……若干肉にパサつきを感じてしまうが、今は我慢しよう。
     何よりもこれ程の大きな丼に肉を乗っける為の致し方ない犠牲と言うものだろう。きっと。

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:44:33

     ハルナさんならばきっと爆破してしまうかもしれない、そんな不満を僅かに抱えつつも及第点は取れているかつ丼を貪り続ける。
     私の一口目を見て怪訝そうな顔をしていた店員さんも、今は信じられない者を見る目で此方を見つめていた。
     それが何故だか更に食欲を煽って――規定時間を半分以上残して、私は食べ切ってしまった。

    「いやあ、御見それした……まさかこんな早く食い切っちまうとは……」
    「ふふふっ、私としては腹八分目に行かないのですが……」
    「ま、待ってくれ! 流石に二杯目は出せねえ。他のお客さんに出す分が無くなっちまうよ」
    「あら……それは残念」

     謝る店員に向かって舌なめずりを見せながら、そそくさと店を後にする。
     当分の間出禁にされるかも知れないと思いつつも、ふと、回転寿司店が目に入る。

    「あそこでいいでしょう」

     まだ少し……いえ、結構お腹が空いている。
     回転寿司ならばほぼ確実にお腹一杯になるまで寿司を食べることが出来る。
     カードが使用できることをしっかりと確認して、少し混み合わせていた店内へと足を踏み入れる。
     一人二人かを待って、漸く私の番が回ってくる。

    「さて……」

     何から頼もうか。
     と言っても、体は適当に端から端まで注文を連打し、目の前を流れて来る寿司も適当に取っているのだが。
     お醤油を垂らし、少し冷気を感じさせる赤身を頬張る。

    「……?」

     そこで、少し驚いてしまった。
     美味しくないと感じて。

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:45:34

     確かに冷凍された赤身で、少しばかり身が氷結してシャリシャリとした食感をしていたが――そう言う問題ではない。

    「……此方は」

     白身、赤身、貝やら魚卵。
     どれもこれもが、美味しくない。

     よっぽど外れの店舗か、そうは言っても周囲の客たちは非情に美味しそうにネタを頬張っている。
     ……そうやって他人が食べている物を見ると涎が零れ落ちそうな程に食欲をそそられるのだが。

    「……」

     これは、何故だ。
     抱えた疑問が氷解せずに届いた注文の品を無心で胃に流し込み続ける。

    (可能性と言えば……)

     私は、美食研究会。
     少なからずとも食を公平に評価はしているが、恨まれたりする事件も多々起こす。
     その報復である可能性は無いとは言えない、そんなことを考えていた時だった。

     丁度いい所に他の客が注文した寿司がレーンから流れて来ていた。
     まだ手をつけていない自身が頼んだ寿司と同じネタ、これを交換しても表面上何の問題も無い。
     すっと入れ替え、他の客が注文した赤身を手に入れ、私が注文した赤身が他の客の下へと流れていく。

    (全く……どう報復してあげましょうか……?)

     流石にそれは、客ごとに出すものを変える等と言語道断だ。
     慣れた手付きで醤油をつけ、赤身を口の中へと運ぶ。
     この寿司屋をどう爆破してやろうかと、考えながら。

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:46:36

    「――ありがとうございました」

     ふらふらと、満たされない腹を抱えたまま店を出ていた。
     結論から述べると、美味しくなかった。
     他のお客へ運ばれていた寿司も、自分が注文した寿司と同じで、何処か美味さが抜けていた。

     分からない。
     私の味覚が変では無いと、何時もなら暴れることも選択肢に入ったはずだ。
     でも、そんな気すら起き無い程の妙な納得感と、今尚収まらない飢餓感。

     何か食べたい、食べていたい。
     まるでご馳走のお預けをくらっているようで、抱えきれない食欲に振り回されるように周辺の飲食店を探す。

     それで、見つけた。
     表通りから少し外れたうどんの屋台があるのを発見した。
     今し方営業中に変わり、私は吸い込まれるようにしてその屋台へと足を運んだ。

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:47:38

    「――……あら?」

     気が付くと、私は満たされていた。
     ぽかぽかと温かい感覚を覚えながら、お腹をさする。
     よっぽど夢中で食べていたのか、恐らく喰い尽くしてしまった事実を詫びようと振り返り、屋台の店主に謝罪しようとする。

    「…………あら~?」

     振り返り見てみるが、こぽこぽと湯だった釜と私が使った丼が一杯置かれているだけだった。
     料金を入れる竹籠の中には何も入っておらず、あろうことか無銭飲食するつもりだったのかと少しだけ己を恥じる。

     しかして、あの飢餓感を如何にか出来るほどの、さぞ美味しいうどんだったのだろう。
     十数杯分の料金を竹籠に入れながら、また来ます。
     そうメモを残して私はうどん屋を後にした。



     ――余談だが、店主がこのメモを見ることは二度となかった。

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:48:40

    うお、昼休み終わりそう
    残ってたら続き書くで、まあすぐ終わるんやけど
    ほな……

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 14:55:27

    最後まで書いてからいけ!

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 20:44:41

    本当に食べてしまったのか?

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 20:46:57

    彩度が下がったフィルターかかってそう

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 20:48:03

    シャーロット・リンリン?

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:46:34

     朝食べ、昼食べ、夜食べて。
     私は再び悪夢に襲われた。

     あのうどん屋に行ってから数日は健やかに眠れていたと言うのに。
     あのうどん屋で食べた後の食事は、特に問題も無く美味しく感じれたと言うのに。

     ――美味しく、ない。

     あろうことか、美食研究会で来たお店でそう思ってしまった。
     それの何が絶望的か。それは普段の自分と似通った舌を持っていると保証できる者が二人も居る事だ。

    「――んーっ!! 美味しい! ハルナのチョイスって聞いてたからどんな苦行を乗り越えた先にあるかと思ったら、何の問題なくありつけるなんてね!」
    「ふふっ、ジュンコさんから見た私の姿はそんなにも恐ろしいものでしょうか」
    「この前の集まりで山登ってる最中に現れたクマを私とイズミに任せたのは誰よ?」
    「適材適所、と言う奴ですわ」
    「ハルナ一目散に逃げてたわよね!?」
    「あの時のクマさん食べれなくて残念だったよね~……んぐんぐ」
    「……イズミあんた、あの時食べようとしてたから戦ってたわけ……?」

     賑やかで、騒がしくて。
     パチパチと肉汁が弾ける音と香りが煙と共に登ってくると言うのに、形容できない飢餓感に全てが掻き消される。
     楽しい食事の筈だ。美味しい食事の筈だ。

     ……なのに心が、微塵も動かない。

  • 15二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:47:36

    「ちょっとアカリ? 大丈夫なの? あんまり食べてないみたいだけど……もしかして、体調悪いとか?」
    「……やはり、そうなのですか? アカリさんにしては余り箸が進んでいないと思っていたのですが……」
    「な、何なら食べられそう? ……わ、私のカルビいる?」
    「そこでなんでカルビ選択しちゃうのよ」

     優しさと温かさに包まれて、私はなんていい仲間を持ったのだろうと思って。

    「ありがとうございます~……それじゃあイズミさんのカルビ、いただきますね?」
    「え、う、うぅ~……どうぞ」
    「偉い、偉いわよイズミ。でもそんな涙目になるくらいなら今度からは別の物渡しなさい」

     心にも無い言葉を吐き捨てながら、私はイズミさんのお肉を頬張る。

     やっぱり、美味しいとは言えなかった。

     けれども私はお肉を頬張り続けた。
     必死に必死に、己を蝕み続ける飢餓感を埋める為に。
     足りない、と。感じながらも。

  • 16二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:48:38

    「……ねえ、割り勘にしては安くなかった?」
    「……十中八九、アカリさんが余り食べなかったからかと」
    「せ、折角私のカルビあげたのに~……まだ体調悪いのかな?」

     店を出て、少し先を歩く三人の後を追うように一人ポツンと空を見上げる。
     何かコソコソと話をしているみたいだが、その内容を窺い知ることは出来ない。
     そんなことより、体の内側で増え続ける欲求の方が問題だった。

     この飢餓感を埋めてくれたうどん屋は、未だ営業を再開しておらず、昂り続ける欲求の埋め方は誰も教えてはくれない。
     いっそ、先生にでも相談を――。

     そう考えた途端、アカリの意識がそっと落ちて。
     前を歩く三つの肉が視界に入る。

     一人は、身が少なくて骨張ってそうだ。
     けれども、だからこそ骨が美味しいかも知れない。

     一人は、些か脂肪が身に付き過ぎている。
     けれども、可食部が大きいともいえる。沢山味わえるだろう。

     一人は、程よい肉付に良い飼料を食べている。
     けれども、心の奥底、何処かから――それだけは止めろと叫ぶ声が聞こえてしまった。

    「……あ、あら?」

     アカリが意識を取り戻すと、地面に垂れ落ちる程に溢れた涎に気が付き、恥ずかしそうに口元を押さえた。
     一体、どうして。
     そう考えてもアカリに答えは分からなかった。

  • 17二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:49:40

    「アカリ~? 早く行くわよ!」

     細くしなやかな腕を振るって、ジュンコがアカリを呼んだ。
     アカリは溢れんばかりの涎を飲み込んんで、手を振り返して三人の下へと駆けて行った。

     ――ああ、でも何だか。

     ――三人とも……とても、美味しそうだ。

     ごくり、と生唾を飲み込んで、アカリたちは帰っていく。

     鰐は、まだ堕ちた事を知らず。
     縁の間を揺蕩って。

  • 18二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:50:42

    ここまでの読了、感謝やで

    鰐渕……君がいけないんやで? 君があかりちゃんと同じ名前で尚且つタイトルが鰐だったことが……

    と言うわけでインスパイア元をドドンと。


    【鰐】ソフトウェアトーク劇場

    多分この後本編と同じように、自身の飢餓感を先生に相談するんやけど、本編通りに先生がアカリの語りの最中に居なくなってしまって終わりなんでここまでや。

    ああでも、おまけ思いついたから残っとったら明日書くわ。

    ほな……

  • 19二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 21:53:06

    君がカニバに目覚めるのリアリティあるなと考えた自分を殴りたい
    アカリはそうなれば苦しむ良い子なんだ推してる俺は分かり切ってる筈なのに

  • 20二次元好きの匿名さん25/07/09(水) 22:03:42

    >>19

    せやな

    インスパイア元の通り、本人にカニバ的趣向が芽生えた訳では無いんや

    アカリがそう言う存在になったら、みたいなSSやからな……ちゃんとアカリちゃんは良い子やで


    まあ良い子だからどう足掻いても絶望なんやけどな

  • 21二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 07:53:52

    先生を食ったことに気がついたら発狂しそうだなぁ………
    いいね

  • 22二次元好きの匿名さん25/07/10(木) 07:54:42

    SS乙~
    そのことに気付いてしまったらなんとか自分の腕を見つめて周囲の歩く肉に意識が向かないよう頑張ってたりしそう
    まあ多分そんな状況ではもう手遅れなんだけど

オススメ

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