Re:見つけましたよ、杏山カズサ 3

  • 11825/07/13(日) 00:57:05

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/07/13(日) 00:59:33
  • 31825/07/13(日) 01:15:23

    ■あらすじ
     
     SUGAR RUSHの最後の音源は、物理媒体。つまりCD。
     杏山カズサが居た『初代SUGAR RUSH』と、杏山カズサを探し続けた『SUGAR RUSH』を繋げるために
     初代の曲。彩りキャンパスのみをベースボーカルとして。他の曲をボーカルのみで、最後のライブを音源化してCDにすることになった。
     それはそれでいいけれど、と杏山カズサは胸のうちのもやもやを吐き出す。
     自分が見つかる前から決まっていたラストライブ。作ろうとしていた『自分を探しつづけてくれるためのアルバム』。遺言染みた『SUGAR RUSH』最後の楽曲。
     が、意を決して口に出したところで。
     宇沢レイサが。S.C.H.A.L.Eのトリニティ支部がワカモに襲撃されたと連絡を受ける。
     スケバンたちに案内されたアジトで、当てのないライブの計画を練り、手足が動かせなくなった宇沢レイサの世話をして。無為な時間を過ごしていた時。
     先生が。テロリストであるSUGAR RUSHと不正行為を重ねていた宇沢レイサを逮捕すると、襲撃してきた。

  • 41825/07/13(日) 01:58:54

    https://bbs.animanch.com/board/5221357/?res=191


     

    「”魂をね。『杏山カズサ』っていう入れ物に入れると杏山カズサになる”」


     私は見ている。私を見ている。


     他人の空似とかそんなんじゃない。間違いない。これは。目の前に居るこのスカした女は。私だ。髪の長さも。顔立ちも。メイクの仕方も。匂いも。仕草も。銃も。纏う雰囲気から声まで。


     私だ。


    「”スズミもそう。私が使うこのタブレット。『シッテムの箱』はね。いろいろな機能があるんだけど。その中の一つが、これ。みんなとの思い出を――。思い出を、保存、できるんだ”」


     後ずさり。怖くて震えている私なんか見えてないみたいに。


     怒りのあまり呼吸が荒くなっているナツなんて見えてないみたいに。


     顔面蒼白で私と同じように目の前の自分に怯えるヨシミなんて見えてないみたいに。


     先生は、手に持ったタブレットを。私が良く知る先生の記憶ですら、いつも持っていたそのタブレットを。とても。とてもやさしい眼差しと。いや。言葉では言い表せないやわらかい表情で。さらりと、画面を撫ぜた。


    「”保存した思い出は大人のカードを使って、こういう風に、外に出すことが出来る。大人のカードは『シッテムの箱』から思い出を呼び出すときに使う、まあなんというか……。クレジットカードみたいなもの、でさ”」


    「やめてよ……。先生。このひと、どかして……。どっかやって……。痛い。なんか。痛いの……」


     震える声でヨシミが言う。自分の体を掻き抱きながら。

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 03:07:51

    このレスは削除されています

  • 61825/07/13(日) 03:12:15

    「”これがみんなが消えちゃう理由”」

     先生がそう言うと。ヨシミも、ナツも。私に銃を突きつけていたアイリも『居なくなった』。まるで初めからそこに誰もいなかったように。靴跡と匂いだけを残して。私たちに、恐怖だけを与えて。居なくなった。

     その場にへたり込んだヨシミは小さく洟をすする。すすって。その背中を撫でにすら行けないナツが、気持ちを鎮めるためなのか。震える吐息を、大きく吐き出した。

     繰り返される言葉。私の脳みそに刻み込まれていくその言葉。

     みんなが消えちゃう理由。みんながいなくなる理由。

     一つのぼんやりした推測みたいなのがあった。それがなにかは。思考の中ですら。形にしたくないものだったのに。

     推測は当たっていた。

     ラストライブも。私を探し続けるアルバムも。『伝言』も。隠されてることも。

     まるで崖みたいに。歩く道のその先が無いみたいな行動を続けていた理由が。今。結ばれた。

     部屋に残るのは、私の後ろに立つスズミさんと。先生の横に立つ、私。

     先生はタブレットに向かって「”お絵かきソフト出してくれる?”」と話しかけ、タッチペンですらすらと何かを書いて、私たちに画面を向けた。書かれているのは、〇が三つ。

    「”トリニティの教えにあるよね。学校の名前にもなっている三位一体。はいカズサ。分かる?”」

    「なにが……なにをしたいの、先生……」

    「”ちょっとした授業だよ。補習みたいなもの? みんな、停学してるし”」

     あはは。と笑った先生の顔が、とても恐ろしく見える。あんなに。あんなに、ずっと見ていられたらいいのに、なんて思ったのに。

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 03:14:57

    たておつ

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 03:15:43

    次スレ立ってた

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 03:17:40

    スレ立てお疲れ様です

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 03:18:36

    朝に落ちないように10コメ

  • 111825/07/13(日) 03:36:25

     にこにことした顔。疲れた目。決して威圧的にならないで、私と目線を合わせてくれる先生はいま、椅子の上から。私を見下ろしている。隣に”私”を置いて。タミコに銃を突きつけさせて。

     私は答えた。答えさせられたと言ってもいいかもしれない。

    「父と子、精霊」

    「”正解!”」

     ぴし、とタッチペンで私を差す先生は、しかし。私が答えた言葉を、タブレットには書き込まなかった。「”そう。ミッション校であるトリニティの回答としては、それが正解”」と言いながら。

     私が答えたものとは違う言葉を、〇の中に書き込んだ。

     書かれたのは。

    「”シスターフッドみたいに経典を読む人たちなら当たり前に知っていることなんだけどね。こういう三位一体もあってさ”」

     体。魂。霊。

     三つの〇が、さらに大きな〇で囲まれて。その円に『杏山カズサ』と、私の名前。

    「”杏山カズサを構成するモノ。体と、魂と、霊。人は、この三つで構成されてるって話。聞いたことあるかな”」

     沈黙。

     そして、沈黙は、答えになる。

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 04:17:41

    このレスは削除されています

  • 131825/07/13(日) 04:18:43

     私たちのちっぽけな抵抗に、にこにこ顔を崩さないまま。

     眼鏡を上げて先生は、補習を。続ける。

    「”でもこれは、外の世界から来た――私のような人の話で。さっきも言った人と、そんな話になってさ。キヴォトスの子たちは違うのかもって。例えば、こういう風に”」

    「……」

    「”『霊』。経典では神を感じるための器官、らしいけど。それが外にあるんじゃないか。そもそも感じるための器官なのではなく、神そのものなんじゃないか、って。私はその人のことが好きじゃないんだけどね。なんせ、みんなのことを研究してるヤツだから。でも、だからこそ。私が知らないことを、知っている”」

     『杏山カズサ』の円から消され、その外の〇に書かれた言葉は『神』。良く知ってる字。書類仕事を手伝っているときに嫌と言うほど見て、私の名前も同じようなクセで書く、その字。田や口を丸く書く、先生のクセ字。

     誰かが咳き込んだ。

     ワカモもスズミさんも”私”も。静かに私たちを威圧している。言っていることは解るけど。分かるんだけど。理解はできない。なのに、低くて落ち着いた口調の先生の声は、私たちの頭に、直接。情報を送り込んでくる。

     先生は『神』と書いた円から一本の線を伸ばし。『魂』と繋いだ。

    「”『神』というクラウドがキミたちの『魂』に接続されている。神さまそのものじゃない。あくまで、神様の一部――『神秘』を持つのが、キミたちなのではないか。私は初めてこの話を聞いたとき、妙にね。腑に落ちちゃったんだよ”」

     ナツは何も言わない。ヨシミは何も言える状態じゃない。アイリはそもそも気を失っている。
     
     宇沢は、うつむいたまま。動かない。

    「”これが、みんなが消えちゃう理由だって”」

     また繰り返される言葉。小さくため息を吐いた先生の表情は、未だにこやかで。

    「だから」もったいぶるようなその言葉をあげつらった。「だから、その理由ってなんなの? ぜんっぜんわかんない。人の趣味にとやかく言うつもりはないよ。でも、みんなが消えちゃうとか、そんな話をスピリチュアルな話で片付けようとしてるなら、ナツの言う通りじゃん。ほんと、趣味が悪い」

  • 141825/07/13(日) 04:47:48

     咳払い。埃っぽく、酒臭い室内。私も一つ、咳払い。吐き捨てるように。唾でも吐いてやろうかと思うぐらい、気分が悪い。というか、若干。気持ちがふわふわしてきた。

    「”そうだね……。私も、ずっとそう思ってきた。まさかそんな非現実的な話が。まして神さまなんてね。でも、私はね。いろんなものを見た。キヴォトスは、いろんなものを、私に見せてくれたから”」

    「あの」

     野太い声。

    「この場には未成年もおります、先生。これだけお酒の気が充満する中に置いておくのは全くよろしくありません。わたくし達はお酒を扱いますが、わたくしたちなりに、秩序を壊さぬよう、ルールを定め、守らせておりますわ。せめて子どもたちだけは、別の場所に移動させたいのですが」

    「”……それもそうだね”」

    「タミコはわたくしが運びますので――」

    「カズサ。壁壊してくれる?」

    「は?」「はいはい、りょーかい」

     私じゃない方の私は、腰だめにマビノギオンを――マシンガンを構え。ぶっ放した。静寂と轟音。自分の、聞き慣れた銃声は、意図しないときに聞くとうるさくて仕方ない。耳を塞ぎ、サイクロンの真ん中に居るように四方八方を反射する音と、巻き散らかされる煙にむせる。

     音が止むと。

     先ほどよりもさらに大きな穴が開いていた。この部屋の一面から壁が消えた。ワカモの長い髪がそよぐ。ああもう、風通し最高。息がしやすい。部屋どころか、建物中が換気されていくみたいだ。

    「”これでいいかな?”」

    「……感謝いたします」

     いつ建てられたのかもわからないボロの木造の建物。窓という窓に目隠しされたワルモノのアジトは、鋭い木の折れ口を晒して。陽の光を存分に取り込む姿、風通しのいい姿に変えられた。私の手によって。先生の命令で。

  • 151825/07/13(日) 05:55:11

     きん、きん、と。熱された鉄の音をさせる銃を下ろした私は、くきくきと首を整える。ああ、わかるよ。それ撃つと肩凝るんだよね。

     そういう仕草もまんま私。反吐が出る。

    「”『神』と繋がるこの線を『神秘』をするなら”」

     平然と話を続ける先生に、少し冷静さを取り戻してきた頭が状況を見始めた。みんな消えてしまうとのたまう先生の話は聞きたい。みんなの行動のその理由。私が形にしたくなかった推測。その答えなのだとしたら、そりゃもう。聞きたい。答え合わせがしたい。

     そして。その答えを。

     私は、いまの先生から聞きたくない。

    「”『魂』に『神秘』が繋がって『体』を作り人を為し。『神秘』を通じ、『神』は『魂』と『体』の成長を感じる。こういう、双方向性の三位一体があったとしたら? 水は上から下に流れるように。『神』という蛇口から『神秘』が『魂』に流れ続けたとしたら?”」

     ケガしてる宇沢は考えないとして、アケミはきっと動かない。アイツは自分の内側に入ったヤツを決して見捨てない。タミコを人質に取られた以上、そして一度抵抗を試み、失敗した時点で。このままヴァルキューレに潔く突き出されるまで。アイツは動かない。

     ヨシミもダメ。子犬みたいに強がるくせに、一番脆いのは、たぶん。小さく震える姿を見る限り、変わってない。

    「”アイリたちはね、カズサ。卒業してないんだ。退学もしてない。学生をずっと続けてきた。『神』の禅譲。青春の交代。学生を辞めることが、『神秘』を断ち切る方法なのだとしたら? 学生を辞めるというプロセスそのものが、一つの儀式なのだとしたら?”」

     アイリは……あれ、どうなんだろ。酒の海の中に沈むアイリは、気を失っているのか、フリをしているだけなのか。痛そうなのは間違いない。背中とかザクザクになってそうだけど、まあ。起きてるなら、やれないことも、ない?

     ナツはイケる。きっと。合図をすればいの一番に動く。私たちをわけわかんない言動で振り回すくせに、こっちの意図は秒で汲むのがナツだ。悔しいけど。頭の回転ではかなわない。まあ、汲んだフリされて、適当にごまかされることも山ほどあるけれど。

    「”『体』っていう風船のような入れ物に水を注ぎ続けたら。限界まで注ぎ続けたら。……そうならないために世界が作った『例外制御』。これが、みんなが消えちゃう理由”」

  • 161825/07/13(日) 06:16:58

    「たら、たら、ってさあ。私、魚介類で唯一嫌いなんだよね。タラが。水っぽくて、臭みが強くて、身の裂け目がぬるぬるしてて。そんなこと言うならさっさと退学でもなんでも――」

     軽口を返そうとして。私は口をつぐむ。
     
     あやうく。また。アイリを不機嫌にさせてしまうところだった。

    『……一緒に卒業したかったからに決まってるじゃん』。あの時のアイリの表情はわからなかったけど。あんなトゲトゲした声色は、私は知らなかった。女の子らしい苛立ち。がなり立てるわけでもなく。ごまかしもしない。ただ。”なんで私のことわかってくれないの?”という。普通の女の子らしい、苛立ち。

     退学も、先に卒業することも、しなかった理由を。私はもう知っている。

     遠くで爆発音が聞こえる。車が事故る音がする。銃声も聞こえる。トラックが走っている。電車が走っている。この部屋の外は日常がある。

     私たちは今、非日常の中に閉じ込められている。でかい穴が開いた部屋の中に閉じ込められている。

     咳払い。

     私も、咳払い。

    「”大人のカードはね。『神』から伸びる『神秘』を二つに分けるんだ。『シッテムの箱』に保存した思い出を使って。だから、スズミやカズサみたいに。同じ人を造――喚ぶことが出来る”」

     気持ち悪い。

     いま言いかけたことが。言い間違えたことが。

     同じ人を――造る。

     人を。私を。

     みんなを、なんだと思ってんの?

  • 171825/07/13(日) 06:30:07

    「”けどね、サビちゃったネジみたいに。アイリ達の『魂』が満杯になっちゃってるのに。『神秘』が動かせないんだ。ガッチリ固定されちゃって少しも、動かせないんだよ。だから、『魂』も『神秘』も無い、『体』だけが喚ばれる。大人のカードの仕組み。これも。例の人に言われて腑に落ちたことの、一つ”」

     気持ち悪い。

    「……その人というのは、黒いスーツを着た方、ですか」

     それまで黙っていた宇沢がかすれた声を出した。

     首を上げて。まっすぐ。先生を見ている。陽に照らされた宇沢は、拭くことが出来ない涙痕をそのままに。真摯な顔で。先生に”質問”した。笑顔は無く。泣いているわけでもなく。悲嘆もしてない。ただまっすぐ。先生を見ている。

     にこやかな顔の片眉を上げて。先生は答えた。

    「”黒服に会ったことがあるの?”」

    「ええ、まあ……。見掛けただけ、とでも言いますか」

     トラックが走っている。先ほどよりも近い道を。

     身じろぎをする。背中にスズミさんの足があり、少し頭を下げれば、後頭部にゴリゴリと銃口が当たる。「かゆいのですか?」と聞かれた。うるせー。体拭いただけでお風呂入ってないんだよ。3日も!

  • 181825/07/13(日) 06:35:35

    「宇沢」

    「はい?」

     ぐず、と鼻を鳴らして宇沢が私を見た。「先生が言ったことはどうでもいいけど。――みんなが消えちゃうってのは、ほんと?」。

     嘘は許さないから。

     視線に込めた私の言葉を汲んだ宇沢は、一度目を伏せて。

     しっかり、私を見て、言った。

    「本当です」

    「ナツ。本当?」

    「……ま、ね」

    「ヨシミ」

     首肯。

    「アイリ――は、いいや。アケミも。知ってたの? 他のスケバンも?」

    「わたくしだけです。……もう、長い付き合いですからね」

  • 191825/07/13(日) 06:49:18

    「そっか」

     そっか。

     ……今はこれでいいよ。上書いた。しっかり上書きした。先生じゃなくて。みんなの口から。

     みんなが消えちゃうっていうことを、教えてもらった。今はこれでいいよ。うん。

     トラックが走っている。さっきよりも近い道を。薄い壁が振動している。床に散らばったガラス片がちりちりと音を出す。

     よしんば先生の言ったことが本当だとして。そんな。『世界の例外制御』とやらが本当だとして。私にどうこうできるはずがない。そんな規模の大きい話、私がそもそも関われるはずがない。

     ていうか、どうでもいい。そんな世界の話も。三位一体も。宇沢とアケミの犯罪も。テロ行為も。政治なんて知らないし。どうでもいい。

     みんなが消えちゃうっていうならそうならないために動きたいし。

     どうしようも無いって言うなら、せめて。

     せめて、みんながしたいように。

     私にできることなんて。私がしてあげられることなんて。ちっぽけなモンなんだから。

     それでもみんなが喜ぶなら、そうしよう。

     だって。15年も私を探してくれてたんだから。自分たちが消えちゃうってわかってても。私と一緒に卒業したいって思ってくれてたんだから。

    「あ、そうだ。ねえ宇沢。このワカモとかいうババアも知ってんの? この話」

     あえて”さん”は付けない。ムカついてんのは本当。あんたが私の友だちにした仕打ちは、絶対倍にして返してやるから覚えてろよ。そういう気持ちを込めて。煽り文句と態度を叩きつけてやる。あー、気持ちいい。

  • 201825/07/13(日) 07:07:11

     ワカモから見たらクソガキがのたまう安っちい挑発なんか意味ないって思ったけど。

    「え、ええ、ま」「存じておりますわ。彼女たちとは『貴女よりも』長い付き合いですから」

     見事に効いてんじゃん。はっ。ざまあみろ、若作りババア。顔見たことないけど。

    「……わたくしはワカモよりも年上なのですが」

    「え”っ。そうなの?」

     トラックが走っている。振動を感じる。腹に響くエンジンの音。みんなが乗っていた車とは段違いの馬力を感じる、低音と騒音。

     ワカモの耳が動いた。

    「ごめんごめん。アケミは綺麗だよ。いい筋肉だし――いい筋肉してるし? こんな加齢臭隠すのに香なんか焚いてる女よりよっぽど」

    「鍛えた肉体を褒められるのは悪い気はしませんが、今は悪い気しかしません。もっと語彙を増やすべきですわ、キャスパリーグ」

     トラックの音はもう、すぐそこ。

     背後で身じろぎする気配。”私”も。眉根を寄せる。

    「先生」

     スズミさんが発した疑問にかぶせるように、私は声を張った。

    「で、ワカモ婆ちゃんはなんでずっと仮面被ってんの? 口臭いから? それともその通り、顔隠すのに使ってる? いくつだっけ年齢。私の二倍はいってんだよね。あははっ。それで先生ラブ続けてんの? 先生だって困るでしょ。たるんでほうれい線がシワになってるような婆ちゃんに付きまとわれてさ。その年齢までなんもないんだから、脈ないって――」

     ゆらり。銃剣の付いた銃口が、私にまっすぐ向けられる。

  • 211825/07/13(日) 07:23:31

    「人を刺す感覚は苦手なのですが」

     ゆらり。ゆらり。

     もはや忘我の領域のワカモは私にゆらゆらと近づいてくる。

    「苦手を克服するには、ちょうどいいかもしれません」

    「若い方がいいよね。先生も」

    「――このクソガキが!!」

     トラックは。もうすぐそこ。

    「先生。私はちょっと外の様子を」

     スズミさんの言葉は不意に途切れた。背後で。人の倒れる音。

    「狙撃!?」

     慌てて先生に駆け寄ろうとしたワカモに、私は近くに落ちている銃を二丁回収する。私のと。宇沢のハンドガンを。

     直後。建物が揺れた。

     いや。壊れた。

     そのぐらいひどい衝撃に、バランスを崩すどころかちょっと吹っ飛んだワカモは、獣みたいに床にしがみ付いて、無様を見せないように必死に耐えていた。

     エンジン音。濃い排気ガスの匂い。すぐさま耳障りなギアの音と、『バックします バックします』という音と共に、メキメキと。床が引っ張られるように斜めになっていく。

  • 221825/07/13(日) 07:36:00

     ”私”に支えられた先生は、傾く部屋の中で「”とっとっと”」と不格好にバランスを取りながら、私を見た。

    「”逃がさないよ”」

     私が答えるまでもなく。部屋に飛び込んでくる、二つの人影。

    「逃がすのが仕事なんだよねぇ!! あっはっは! これも依頼だから許してね、せ・ん・せ♡」
     
     情け容赦ない銃弾の雨あられ。壁に掴まりながら、もはやぶら下がるように。背の小さい女性が、マシンガンをぶっ放した。先生の前に立った”私”は。

     うわ。見たくない。

     ぼろきれみたいになって。いつの間にか、居なくなっていた。

    「ムツ――」

    「久しぶりクソ狐。これ、つまらないものだけど」

     ぱき、と小さな音がした。ワカモの顔に膝をぶち込んだ白黒の女性はそのまま、斜めになった部屋の中でなんとかバランスをとり。

     先生に銃を突きつける。

    「ぼさっとしてないで」

     顎で。そこの穴からさっさと出ろ、と。促された。

  • 231825/07/13(日) 07:38:53











    (キリが悪いですが今日はこんな感じで)
    (あまりにクソ夜中なのに、埋めお手伝いいただきありがとうございます!)

  • 24二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 16:30:13

    うめ乙です
    何ともまあ、ヤベーことになってる

  • 2518(よるまでほ)25/07/13(日) 17:44:32

    「ナツちゃん、待ち――」

    「タミコは任されたー。アイリ投げてアケミさん。カズサは援護」

     アケミの言葉を待たずにタミコを担いで、さっさと穴から飛び降りたナツは、ヨシミの前を通り過ぎるその一瞬。「それ今すること?」と。挑発のような言葉を置いてった。

     トリガーに指を掛ける。マビノギオンを構える。私の。私の銃を。私の意思で。

     先生に銃口を向ける。

    「よろしくぅ! いち、にー……さん!」
     
     ぶちまけられていた、ムツさん? の銃声が止む。

     繋げる。私の銃声を。

     狙いは先生じゃない。先生からちょっとズレたところ。とにかく。私の目の前に居る人に頭を上げさせない。そもそもだ。先生の周りに散らかる破片を見ればおかしいのがわかる。破片はすべて先生を避けるように散らかっている。細かい破片だけが足元に。それすらも先生からは離れたところに広がっている。

     今のムツさんの銃弾すら。射線上に居たはずなのに。涼しい顔で、先生は目の前の光景を。にこやかに見ていた。

    「ナァァァァツ!!!」

     野太い叫び声。私の銃声が掻き消えるほどの声量と共に、先生の頭上、天井すれすれをアイリが飛んでいく。壁の穴に吸い込まれ、どべん、と鉄板で出来た太鼓みたいな音がした。「おお! すまぬ!」と。ナツの声。ありゃキャッチし損ねたな。大事なとこでやりやがった。

     伏せた体勢で銃に手を伸ばしたワカモに、白黒の人のハンドガンが火を噴く。割れた仮面から覗く左半分の顔が、白黒を。殺意のこもったような目で睨み、なにか一言ぶん、唇が動いた。

    「ヨシミ!!」

     私の声で。「わかってるわよ!!」と、ヨシミは跳ねるように動いた。

  • 26二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 02:02:09

    自分の意思で、意志を持って、銃口を向ける……か

  • 271825/07/14(月) 02:56:43

     そのまま宇沢を救うように担ぎ。

     壁の外に、飛び出した。

     抱えられながら。私、ではなく、私の後ろを見ていた宇沢は。最後に先生を見て。「辞表はのちほど郵送します!!」と叫ぶ。

     ムツさんを見る。リロードはもう完了していて、私にウインクを投げて来た。

    「3、2……1!」

    「はい交代! それからオマケ!」

     小柄な体だからか構える銃がやたら大きく見える。そんなモノを片手でぶっ放しながら、当たり前のように反動に振り回され。もはやどこに撃ってるのかわからないぐらい無秩序な乱射が、部屋の中を飛び回っていた。

     見せつけるように。片手に握っていたスイッチが押下されると同時に。

     爆発。

     一階部分から間欠泉みたい噴き出る爆風と木片、開いた穴。床にしがみ付いていたワカモは悲鳴と恨み言と瓦礫と一緒に、その中に落ちてった。

     耳障りな、木が擦れる重低音が建物全体から鳴り始める。

    「木造ですのよここは!!」

    「すいませんけど建物や保管物品の状態は契約にないんで。ほら、早く行って」

    「ありがとうござい、ます!」 

     壁の縁まで床を滑るように走る。濁点と半濁点の中間みたいなエンジン音がする。排気ガスの匂いが濃い。

  • 281825/07/14(月) 03:08:46

     壁穴の外。埃っぽくて薄暗い部屋じゃない。色のある世界。目がくらむような眩しさ。背後で止まない銃声。耳脇を通り過ぎていく銃弾。じゃりじゃりとガラス片が踏まれる。けたたましい笑い声。建物が崩れる音。

     秋の高い空。日常の世界。

     酒で鼻がバカになっていたことが良くわかる。乾燥した、秋の匂い。涼やかな、秋の匂い。

     振り返る。

    「”……”」

     大人のカードとやらを手に持ったまま。もう片手には『シッテムの箱』を持ち。半身の先生が、にこやかに私を見ていた。何も言わずに。

    「――っ。早く行きなって!」

     跳ね起きたスズミさんが白黒に組み付き、私にアサルトライフルを向ける。巨体が。スズミさんを吹き飛ばした。

     私は。

     先生に向かって。

    「べー、っだ!」

     思い切り舌を出して、飛び降りた。
     
     飛び降りる直前。「そちらはお任せしますとお伝えください」という消え入るような声が聞こえたけど。本当に聞こえたのかわからない。もう。頭も目も耳も。情報を拾い切れなかったから。

     足がしびれる着地。走り始めているトラック。開いた扉の中からみんなが手を伸ばしている。

  • 291825/07/14(月) 03:31:17

    「杏山カズサァ……!」

    「げえっ! ワカモ!」

     しつこいなぁ!

     髪は乱れ、お面は割れ。服はぼろぼろ、埃塗れのワカモが、一階の壁を吹き飛ばして出て来た。

     あの。S.C.H.A.L.Eのオフィスほどの速さはなくとも。一瞬で間合いを詰めて来たワカモは、手に得物は無く。両手にマビノギオンとハンドガンを抱え、かつ飛び降りたあとの足のしびれが抜けきってない!

     私の顔。鼻と鼻がぶつかるぐらいにある、ワカモの顔。歯をむき出し、キマちゃってるような見開かれた目。

     ワカモはそのまま。私の耳に唇を寄せて。

    「クズノハ様にお会いなさい」

     という言葉と共に。私の腹に弾をぶち込んだ。二発、三発。

    「かッ――」

     ああそう! ハンドガン持ってたの! 用意周到でいいね!

     直後にワカモは、ワイヤーで急に引かれたように頭から吹っ飛んだ。割れた仮面が。最後まで顔に引っかかっていた仮面がアスファルトに落ちる。

     狙撃手いたんだっけ、そう言えば。

    「いいから走れ! 杏山カズサ!!」

     トラックから怒鳴られる。そうだね。痛がるのは後でいい。

  • 301825/07/14(月) 03:52:44

     情けない姿かもしんない。マビノギオンとハンドガンを抱きしめるように、背後から最後の力であろう、へぼっちい銃をこっちに打ち込まれるのもすぐに止んだ。

     だんだんとスピードが乗り始めたトラックのエンジン音が緩くなる。ごめん、やっぱお腹痛いんだよね!

     咳き込みながらも走る。

     走る。

     走る。

     落書きだらけのシャッター街。路肩に押し込められたゴミ。背後の爆発音と爆風。こっちまで飛んでくる破片。

    「それ投げて!」

     言われるままにマビノギオンを投げる。ヨシミが受け取り、すぐにナツが前に出てくる。ピアスが秋の陽を受けて光る。さっき、さっき。――さっき、あの頃のナツを見たから、あれがこうなるのか、と。変な感慨を抱いてしまう。

    「青にはまだ届かないよ」

    「ほんとなに言ってるかわかんない!」

     差し出された手を掴む。引き上げられる。「全員乗ったわ!!」ヨシミが私の銃を、天板に一発ぶち込むと。

     トラックは速度を上げていく。慣性で荷台から放り出されないように。ナツは私の襟首をつかんで、奥の方へ引っ張っていく。

     私は。また。切り取られた世界を見ている。トラックの荷台から。大息を吐いて。白煙と炎が噴き出る建物がぐんぐんと遠ざかっていく。

    「お疲れ」

    「はっ、はっ、はぁ……あんた、アイリ、掴みそこねたでしょ」

  • 311825/07/14(月) 04:28:40

     トラックの中には、大量の段ボールとその奥に見え隠れする鈍い光沢。焚火の匂いもわずかにする。ちょっと体を傾がせて視界を通すと、ところどころ黒ずんだ、楽器類があった。ドラム。キーボードケース。そして、ベース。他の機材はないけれど、楽器は。確かに、全部ある。

     これを救ってくれたタミコは、残念ながら意識がなくて。段ボールの壁の向こうに寝かされ、ナツはその箱の上に「どっこいしょ」と腰掛けた。

    「よくやってくれたよ。パーフェクトだ、タミコ」なんて言いながら。体を伸ばして、タミコの短くなってしまった髪を撫でた。体の上には。あの場から一緒に回収してきたピンク色のギターが載せられている。

     ぼんやりと、荷台の外を。痛みを忘れたように。過ぎていく景色を、段ボールに寄りかかりながら、ぼんやりと見ている宇沢と。

     唯一ほっとかれるように、くたびれたシーツみたいに寝転んでいるアイリにずりずりと寄って、髪をどかし、顔を見た。怪我でもしてたら一大事。

    「……あ?」

     真っ赤な顔。「ぁぃ~」と、鼻が詰まったような寝息。柴関で嗅いだのと同じ匂い。

    「それ、酔っぱらってるだけ。アイリはお酒そんな強くなくってさー」

    「……ああ、そう」

     そりゃまあ。一発二発撃たれたぐらいで。蹴り飛ばされたぐらいじゃあ、大ごとにはならないのはわかってたよ。そこからずっと、あの酒の海に沈んでたら……。

    「タイミング計ってたら、たぶん。酔っぱらってわけわかんなくなっちゃったんだろうねぇ」

     ひひひ、と笑ったナツはそのまま。ぼすん、と。段ボールの上に寝転がった。

  • 321825/07/14(月) 04:32:25

     なんか。

     ……なんか、一気に気が抜けた。

    「あ”あー……。つっかれた――あだっ」

     急カーブに頭を壁に打ち付ける。段ボールが片寄る。ヨシミが転がる。ナツが宇沢とタミコを押さえる。

     もう。あの建物は見えない。白煙も見えない。音も聞こえない。なにもなくなった。

     景色はスラム街みたいな薄汚れた景観から、レンガ敷きの歩道が見える、街中のものに変わっていく。開けっ放しの荷台を指さし笑う生徒が二人、連れ添って歩いていた。

    「悪いけどカズサ。そこの紐引っ張っててちょうだい。どっかで止まったらちゃんと閉めましょ。あたしらもう、身体中痛くて」

    「急に動くと関節に来るよねぇ」

    「……認めたくないけどね」

     荷物に埋もれた、不満げなヨシミの声の通りに。揺れる車内から転げ落ちないように、壁伝いに歩いて。扉と車体を繋ぐ紐を引いた。

     ゆっくり、ゆっくり閉まっていく鉄扉は、荷台の中を暗くして。

     ガチャン、と耳障りな音を立て閉塞し。

     私たちをまた、非日常に閉じこめる。

  • 331825/07/14(月) 04:33:39











    (キリがいいので今日はこんな感じで)

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 06:02:33

    酔っちゃってたのか……

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 13:00:25

    酒に弱い人って匂い嗅いだだけで来るから……

  • 3618(よるまでほ)25/07/14(月) 16:38:59


     
     もう保守されていないかのようなガタガタな道。安っちいワゴン車は私たちを攪拌して何を作ろうとしているんだろうか。ごんごんと頭をぶつけながら。「降ろして……一分でいいから止めて……」グロッキーなヨシミの声が、私たち全員の想いを代弁する。

     窓を開けて身を乗り出し、アイリが吐く。

     幸い人通りなんかない山道だし。いくらでも吐いたらいいさ。

     目的地にはまだ着かないらしい。

     高速道路と下道がサービスエリアで繋がっている地点で、私たちは、車を乗り換えた。トラックはそのまま下道を、人通りや監視が無い道を進んで、合流地点まで持ってきてくれるらしい。高速側で待機していたスケバン二人は私たちの恰好を見て。コンビニでいろいろなものを買ってきてくれた。

     どうせなら。観光地のサービスエリアだったから、温泉で休憩と洒落込みたかったけど。「今日中に合流地点まで行かなきゃなんないので」だってさ。ちぇ。代わりにご当地名物のアイスを買ってもらった。巨峰メロンソフト。果物の水々しさを感じられて、ごろごろ果肉もうれしい。

     長い道中。高速の車線が三本から一本に変わるぐらいの距離。

     二人ともタミコのことは知らなかったみたい。でも、私たちが車の中で話を聞かせると、「うちらの誇りっすね。こんなチビに負けてらんねーなぁ!」なんて。カラッとした笑顔で、言った。

     笑えるってのはいいことだ。捕まったらおしまい。そういう状況だとしても。私も、すべてのことをとりあえず置いといて。笑った。むくむくと湧き上がる考えは押し込める。これが出てきたら。出しちゃったら。車内はきっと、地獄みたいな空気になっちゃうだろう。

     見たこともないコンビニ。見たこともないス―パー。ドラッグストア。山道に差し掛かって、景色への驚嘆もなくなって。いよいよみんなの口数が減り。

     ニュースを聞くためにつけていたラジオも電波も繋がりにくくなり。ナツのスマホへと。BGMが切り替わる。

     ラジオからはSUGAR RUSHの”しゅ”の音も無く、ただひたすら。しょーもないお悩み相談だとか、季節のイベントだとか。そんなのを垂れ流していた。流行りの曲は私の知らないアーティストだし、私が知ってる曲が流れると『いやぁ懐かしいですねぇ。やはり一世を風靡した曲は~』なんて言われた始末。

  • 3718(よるまでほ)25/07/14(月) 16:40:48

     もう。流行りに乗れていない時点で。女子高生としては終わりかもしんないね。


     カーステから流れるのは笑っちゃうようなみっともない発音の歌。バラードのようで、歪んだ重いギターは、窓を開けたぐらいじゃかき消されない。


     <何気なく手を見る>

     <ふと我に返ったとき>

     <それは幻想>

     <二度と戻らない>


     がたん。がががが。


     揺れる。ヨシミが落ちかけたアイリの太ももを抱く。


     鼻歌をするナツの声は柔らかく。揺れる車内に抵抗せず、縦横無尽に頭を揺らしていた。


     ドラマーってやっぱこういうの有利なのかな。


     気温が低い。暖房を点けた。思い出したように、運転するスケバンがライトを点ける。


     エモいフレーズのリフが車窓から零れていく。


     この山の向こうは百鬼夜行連合学院自治区。私たちは授業で習うから知っている。


     自治区の境目というのは、政治的にアンタッチャブルな場所らしい。 

  • 38二次元好きの匿名さん25/07/15(火) 00:06:33

    とりあえず窮地は脱したか

  • 391825/07/15(火) 01:42:07

     ※

     ヘッドライトが浮かび上がらせた一軒の、なにかの作業小屋。伸びていた電線はこの建物が終着点。つまり、人の気配は、この先にはない。どん詰まり。

     峠道から逸れた道を進み続けることしばらく。ガードレールの代わりに虎ロープが張られた崖道にゲロぶちまけながら辿り着き、エンジンが停められても。私のお尻はしばらく、振動を感じていた。

    「一生からだが揺れてる……やだ……おえっ」

     ドアをスライドさせて降りたヨシミとアイリは膝が痛いだろうに砂利の上にへたり込んだ。「確かに運転が荒かったね。もっと精進したまえよ」と、ハンドルを握っていたスケバンの肩を叩いてさっさと外に出たナツは、トランクを開けた。最後部の座席を倒してフルフラットにした場所には、宇沢とタミコが居る。

     暖房のぼんやりした暖かさがあった車内が一気に冷える。秋と言うか。もう、冬の入り口の気温。

     上着はあのアジトに置いてきてしまった。さすがに。ロンT一枚では寒い。

     体を擦りながら車を降りると。「お疲れさま」と声が掛けられた。煙の。嗅いだことのない、煙の匂い。鼻に刺さる。目に染みる。

     へたりこんだアイリがへろへろの声で、声を掛けてきた白黒の人に、手を挙げた。

    「カヨコさん! お、おつかれさまです……」

    「あーあー……ひっどい顔。っと。未成年者だっけ」

     私を一度見て、咥えていたものを手元の筒に入れて消化し「お風呂は無いけど川はあるよ。どうする?」と、煙を吐き出しながら、藪の中を顎でしゃくる。確かに。ごうごうという水の音が聞こえているけれど。

     この寒さで川に入れってか。冗談。

     山小屋の豆電球を背負って、逆光のその人は表情らしい表情などなく。冷たい、切れ長の目。白い肌に映える赤基調のアイメイクに暗色のリップ。不健康そうな、太陽が似合わなそうな人。

    『便利屋68にはお世話になっててさ。特にカヨコさんには』

  • 401825/07/15(火) 01:49:22

     あの場に乱入し、躊躇なく先生に銃を向け、私たちを逃がしてくれた人たちのことを。道中ヨシミとナツが教えてくれた。

     じゃらじゃらのピアス。パンキッシュなファッション。指にいくつも付いてるシルバーリング。

     お世話になってるどころじゃないな、と。ナツを見て思う。ヨシミもだ。このひとにガッツリ影響受けてるのが一目でわかった。それぐらい。きっと、SUGAR RUSHの思想に食い込んでいる人。てことは、バンドマンなのかもしれない。

     私の知らない人脈をまた見せられてちょっと複雑な気分。なんかガラ悪そうだし。

     さっきのだって。たぶん、煙草ってやつでしょ。お酒に煙草。私の知るキヴォトスはなんか。全体的に、ガラが悪くなってるのかもしれない。この分なら違法パーツとかもフツーに手に入るのかも。いちいちブラマにまで行かなくたって。

    「なに?」

     カヨコさんが私を見る。睨んでるのか見ているだけなのか。どっちかわからない。よく見れば唇にもピアス。穴だらけじゃん。お味噌汁とか飲めなさそう。

    「いや、別に」

     私の中の反骨心が顔を出す。つい。胸を張ってしまう。立ち姿を崩してしまう。

     いやいや。助けてくれた人だって言うのはわかってる。大丈夫。ちゃんとわかってる。

     けど、なんかこう。強い風には強い風で返したくなるっていうか。そういう性分っていうか。

     カヨコさんはじっと私を見たあとに「とりあえず中入りなよ。食べ物はないけど、温かいコーヒーぐらいならあるから。あとお酒も」と、視線を逸らした。

     これで勝った、とか思っちゃうのが。ガキなんだろうなぁ。

    「お酒はもういいですぅ……」

    「ねぇー。レイサ運んだげてー」

  • 411825/07/15(火) 02:07:51

     タミコを背負ったナツが言う。「いいッス、ウチは歩けますから。ていうか擦れて痛いッス!」と恐縮するタミコだけど、ナツは「年功序列年功序列~」なんて意味の解らないことを言いながら、さっさと建物の中に入っていこうとする。

     グロッキー状態の二人はほっといて、スケバン二人に声を掛け。シーツで宇沢を包み「せーの」で持ち上げようとしたところで。

     カヨコさんが言った。

    「ナツ、ちょっと待って。そっちも。スケバン組はここで帰ってもらうから」

    「……なんでです?」

     ここまで、交代交代に何時間も運転してくれた二人だ。休ませてあげたい。なによりタミコはけが人。少しでも落ち着ける場所に置いてあげるべき。

     ナツも同じ気持ちなようで「なんで?」と。首を傾げた。

    「”なんで”じゃないわよ」

     答えたのはカヨコさんじゃない。

     小屋の中から出て来た、桃色の髪を豊かにたくわえた、豪奢な上着を肩掛けにした女性。

     その人は砂利を蹴とばしながら運転してくれたスケバンに詰め寄ってくる。傷だらけのライフル銃を見れば。あの場で狙撃手をしていた人だとわかった。

    「契約違反。S.C.H.A.L.Eと事を構えることになるなんて聞いていない。アケミには『ヘルメット団と揉めたから』と言われて契約を結んだの。そしたらなに? 相手はS.C.H.A.L.E――先生じゃない。冗談じゃないわ。ウソつきの面倒を見るなんて御免よ」

     トリガーに指を掛けたまま。その人はスケバンを見下ろすような顔をした。小屋の灯りを背負って。逆光の中に、金色の瞳がぎらぎらと光る。

     『便利屋68』の狙撃手。聞いた話と合わせるなら。

     この人が社長。アルさん。苗字は忘れた。

  • 421825/07/15(火) 02:32:43

    「ちょっとぐらい休ませてあげたって」

     私が口を挟むと、アルさんはその金色の瞳で私をひと睨みして、吐き捨てた。覆いかぶせ、潰すように。

    「状況を理解できない子どもは黙ってなさい」

    「アルさん!!」

     宇沢が、腹筋だけで体を起こして、アルさんよりもさらに声を張った。

     山間。谷間。真っ暗な世界のどこかから、宇沢の声が小さく返ってくる。

    「杏山カズサは私たちの同級生です! そんな言い方は許しません!!」

    「あらそう。あなたに許されようが許されまいが、そんなことどうでもいいわね」

     つんとした目つきを私からスケバンに移したアルさんは「移動を手伝ってくれたのには感謝するわ。でもここまででいい。アケミを私たちの目の前に連れて来なさい。便利屋相手にずいぶん舐めたことしてくれちゃって」と、銃を担ぎ直し。さらに目つきを鋭くする。

     タミコはナツの背中でじっとしている。詰められている二人は、視線を合わせ。しどろもどろになりつつも、アルさんに答えた。

     私は。カヨコさんを見る。何この人、って意味を込めて。急にキレて、ここまで何時間も頑張ってくれたことがわかってる人に対して、この仕打ち。挙句、けが人すら放り出そうとしている。

     でもカヨコさんは明らかに。意図的に私と視線を合わせないようにして、ポケットから煙草の箱を取り出し。一本、咥えた。

     火は付けない。

    「姐さんは……。すいません、最後まで一緒にいらっしゃったのは、便利屋さんの方では」

    「現地集合現地解散よ」

  • 431825/07/15(火) 03:49:43

    「それなら……うちらにも場所はちょっと……」

    「知ったこっちゃない。隠れ家でもなんでも、虱潰しにして私たちの前に引きずりだして」

    「まあまあ、アルちゃん。キヴォトスを虱潰しとかちょおーっと現実的じゃないからさ」

     また。小屋から人が出てくる。

     小柄な女性は私にウインクし、アルさんの横に立った。マシンガンの人だ。名前はムツさんじゃなくて。ムツキさん。

     ふわふわの髪をおさげにして、ゆるいゴシック的なかわいらしい服装で。意匠の細かい髪飾りが、宵闇の中に黒くきらきらしている。

     トラックの運転をしてくれていたハルカさんよりも、さらに若く、というか幼く見えるムツキさんは、にたにたと笑い笑いながら、スケバンたちを上から下まで。嘗め回すように見た。

     ……なんというか。

     もしかしてV系時代のみんなって、この人たちまんまパクってる可能性、ない?

    「アケミちゃんが私たちの前に来ればいいんでしょ? 来させて『ずびばぜんでじだぁ~』って、泣きながら土下座してさ。お腹でもスパーってしてくれれば」

    「そうねぇ」

    「それならこの子たち、使えるじゃん☆ 帰すなんてもったいないよ!」 

     そう言いながら。ムツキさんはスケバンの一人の顎に手をやった。そのまま。つつ、と。人差し指を首、胸、お腹、と下げていく。身長差としてはスケバンの方が高いから、子どもがじゃれているようにしか見えないけれど。

     けど、続けられた言葉は、正直。

    「信管つけた粘土爆弾飲み込ませて爆破したらさー? どうなるんだろーってずっと知りたかったんだぁ」

  • 441825/07/15(火) 05:04:39

     ぐぅぅ、とお腹を押して。後ろに押されたスケバンは「いやいや……」と、引き攣った声を出す。

     銃で撃たれたって痛い、程度で済むとは言ったって。爆弾は。しかも内側からっていうのは。

    「そうだ! 指でもいいよ? あ、それとも、その綺麗なお目々片方取っちゃう? 二つもあるしさ。私はそういうの趣味じゃないけど、カヨコちゃんが好きでさぁ」

    「……そうだね」

     深く咥えた煙草をピコピコ動かしながら、カヨコさんが一歩前に出る。もう一人のスケバンと肩を組み。

     冷や汗を掻いた顔の間近で、言う。

    「虫とか好き? 幸いここ、山だから。足がいっぱい生えてて毒を持ってるようなのもたくさん用意できる。口とか。鼻とか、下とか。潜りたがるんだよ。虫って。産んでみようよ。虫」

    「……いやあの、すんません。ごめんなさい」

    「謝られても困るね。それとも、小屋には工具がいっぱいあるし……。骨って折るより、割ったり潰したりする方が痛いらしくて。こないだうちのハルカがやりすぎちゃってさ。痛いのをじっくりやりすぎるとダメなんだ。ヘイロー壊れちゃって。まあ、この辺クマも出るから、処理は楽なんだけど。誰も来ないし」

    「カ、カヨコさん……?」

     そんな趣味あったの、とヨシミが引き攣りながら言う。冗談……にしては。ヨシミの顔が、なんとなく。「ああ、この人ならやりかねない」と言っているような気がした。

    「動画撮って一時間に一本、アケミちゃんに送り付ければ。さすがに出てくるでしょー。くふふ。一人がダメでも、三人いるしー。一人頭72時間は頑張って欲しいな~」

    「そっちのけが人は火傷かな。たわしでダメになったとこ擦ってあげる。お風呂入れないだろうし、きっと気持ちが良いよ」

     肩を組んだままタミコに顔を向けたカヨコさんの表情を見ることは出来なかった。短髪から飛び出る角。ゲヘナ出身者。

     頭がぶっ飛んでる人たちが多いって印象だけど。その中でも『便利屋68』は、学生時代から風紀委員に追われるような人たちだった、ってのは聞いたし。やりかねない……のか? わからない。付き合いのない私からすれば。ただ、ヨシミの顔はひきつり。アイリは無表情。まだ気持ち悪いのかどっちかわからない。

  • 451825/07/15(火) 05:07:28











    (キリが悪いですが今日はこんな感じで)
    (お酒に弱いと言っても飲めはする、程度……)
    (甘くて度数の低いお酒が好きだけど、それでもべろべろになれちゃうぐらいの弱さ、ってイメージです)
    (下戸ってほどではない)
    (アジトでは度数の強い蒸留酒だのリキュールだの頭からひっかぶって、海に沈んでたので……)

  • 46二次元好きの匿名さん25/07/15(火) 12:14:32

    保守

  • 4718(よるまでほ)25/07/15(火) 16:11:10

     視線を遮るように体の向きを変えたナツは、一言二言、何かを呟き。「ガーゼ交換するから、1時間だけ休憩させたげて」と言って。トランクへ。私の方へ、ため息を吐きながら。戻って来た。

    「ちょっとナツ。いいの?」

     小声でナツに言う。子ども扱いされて、カヨコさんに無為な反抗心を抱いて。そんな私の所感ではあるけれど、アルさんたちは味方ではない。ただ。すべきことをしているだけ。たまたま。味方のように見えるだけ。

     スケバンとも違う。ロクデナシの匂い。
     
     私の小声に。優しくタミコを下ろして、ナツが言う。

    「大丈夫。そういう人たちだから」

    「だからそれが大丈夫じゃないって――」

    「あの、まさかとは思いますが」

     宇沢が言う。どことなく、掠れた声で。シーツを持つ私の手は。

     ……宇沢の震えを受け取っている。

     寒いのか。薄着だから。

     違う、かもしれない。縋るような目。認めたくないことを認めなくてはいけないような、空笑い。

    「わかんないけどね。便利屋さんたちはそう見てる。――私も、思うところがないわけじゃないし」

  • 48二次元好きの匿名さん25/07/15(火) 23:54:36

    前スレに追い付いてきたから新規エピが楽しみ

  • 491825/07/16(水) 02:58:43

    「あの……すいません……」

    「んーん。タミコは悪くない。まあでもそうだね、私から言えるのは……」

     トランクに積んであったしわくちゃのビニール袋から、ガーゼや包帯、スプレー式の薬などを取り出しながら、ナツは唇を吊り上げ、言った。

    「Which side are you on――『きみはどちらの側に立つ?』」

     するり、と腕に巻かれた包帯の留め具が外され。ゆっくりと解かれていく。「でも……ウチは……」。口ごもるタミコに、ナツはもう答えない。無言でするすると、包帯を解いていく。

     また私のわかんない話。もういい加減慣れてきた。「どうせすぐその話になるから気にしないで」と。私の心を見透かしたかのようなナツの言葉に。「あっそ」と返しておく。どうせそれも、わかんない話のくせに。

     鼻息を一つ漏らすと、夜の山に良く通る声。

    「レイサを中に運びなさい。話があるわ」

     砂利を踏む音が三人分。小屋の扉が軋む音。

    「だってさ」

     私たちには選択肢がない。この人たちの言うことを聞くしかない。たとえどんな高慢な態度を取られようと。今はこの人たちに縋るしか、私たちにはできることがない。先生も、ライブも、生活も逃亡もなにもかも。それが破滅に向かうのだとしても。今か後かなら、今よりは後の方。手札が増えることに賭けるしかない。

    「なんなんスかあの人ら!」。小声で悲鳴を上げるスケバン二人が腰を抜かしたような変な歩き方で、こちらに逃げて来た。

     眉根を寄せ、憔悴した顔の宇沢には、休憩が訪れない。もちろん私たちにもだ。

     ああ。眠いな。どんな問題を抱えていようが、眠気っていうのは襲ってくるもので。つい、あくびが出た。

    「杏山カズサらしいですね」困ったように笑う宇沢に。「眠いもんは眠い」と返し。宇沢を運ぶため。アイリ達に声を掛けた。

  • 501825/07/16(水) 03:04:51











    (キリがいいの……のもホントですが)
    (都合により、本日はこれだけで)

    (おっしゃる通りですね。もうちょっとで追い付きます)
    (ああ……リメイクで書き溜めがあるとは言え、ひと月もしないで追いつくとは)
    (楽しんでいただけていたら幸いです)

  • 51二次元好きの匿名さん25/07/16(水) 09:42:50

    このレスは削除されています

  • 52二次元好きの匿名さん25/07/16(水) 09:48:17

    便利屋この15年で何があったんや。ガチアウトローやんけ

  • 5318(よるまでほ)25/07/16(水) 16:36:51

    ■D-Day -13

    「――治区なら―――低―50――」

     ……ん。

     大きくあくび。私の寄りかかって眠っていたアイリを起こさないよう、体を捩れば、こきこき腰と肩が鳴る。

     ぼやけた視界で外を見る。木々は秋の装い。一面茶色い水田の名残。山はまだらな赤と黄色。野焼きの煙がもくもくと空に伸びていた。

     助手席のムツキさんが、風景にそぐわないアーバンな香水の匂わせながら。体ごと私に向き直る。

    「もう少しで着くよー。なんか飲むー?」

    「お茶があればお茶で」

    「ざーんねんっ! ゲロ甘ぁい炭酸しかありませーん☆」

     うへぇ……。

     じゃあいらないです、とにゃむにゃむした口で答えて窓を開けた。

     うっすら煙い。冷えた風が前髪を揺らす。のんびりと。木立とその隙間の田んぼを眺めた。餌をもとめぽてぽて歩く鷺は、農業トラクターの後ろを着いて行き、時折運転手が「あぶねーぞ」と言わんばかりに、集まる鷺を散らしている。

    『あの子たちが出て行き次第移動するわ。話は私たちのアジトで』

     てっきりそのまま会議でも始まるのだとばかり思っていたから、小屋の扉が閉められそう言われたとき、糸を切られた気がした。

     宇沢は「私は今でも構いません」と言ったけれど、アルさんは「煮詰まった思考は人を追いつめるだけよ」と、話をする姿勢を見せるどころか、瓶ケースに座り目を瞑って、すぐに寝息を立て始めた。

  • 54二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 00:32:58

    保守

  • 55二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 03:02:03


    (寝落ちでした)
    (投下はおやすみして、おねむさせていただきます)
    (昨日の都合が効いておる)

    (うへへ……申し訳ないです)

  • 56二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 12:33:17

    >>55

    しゃーないしゃーない

  • 57二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 16:37:51

     ヨシミも『話をするなら早い方がいい』と、アルさんの代わりに外を見るカヨコさんに言ったけれど。

    『社長寝ちゃったから。ハルカもいないし』

     ……。

     ばしゃん、と轍に溜まった水たまりにタイヤが沈む。振動で呻いたアイリが、私の服を掴み。寝ぼけているのか、頭をぐりぐりと押し付けてくる。

     真後ろを向くような体勢に首が痛くなって。ひねっていた体を元に戻した。

     ヴィンテージなワゴン車の後部座席は電車のロングシートのように、三人掛けの長椅子が3つ、お互い向き合うような形で設えられていた。ハンドルを握るカヨコさんはカーステから激しい曲を流し。弾むように話すムツキさんに、不愛想な相槌を打っている。

     長いすには私とアイリと。

     正面には宇沢。

     斜め向かいにナツとヨシミ。その横に、腕を組んだ。

     アルさん。

    「眠れた?」

     自分に寄りかかるナツの頭をそのままに、アルさんが言った。

     世も明けきらぬ午前二時。小屋の裏に隠されるように停まっていたこの車は、キタキタした、どこか可愛いエンジン音を山に響かせながら、百鬼夜行入りをした。D.Uに本拠地を置くという便利屋さんが百鬼夜行にアジトを、なんて。変な話だとは思ったけれど。

     だいたいムツキのせい、とカヨコさんは言った。

  • 58二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 00:32:08

    さてさて…

  • 591825/07/18(金) 01:04:30

     ポケットに手を突っ込もうとして、アイリの頭がずり落ちるのを感じて肩を入れ直す。時間を見たかっただけだけど。そもそもだ。スマホは没収されていることを思い出した。

    「いま何時ですか?」

     誰ともなしに聞くと、ムツキさんが「8時ちょっと回ったとこ」と教えてくれる。ぱりぱりとスナック菓子をかじる音が二つ。

     敵なのか、味方なのか。

     便利屋さんたちがどちらなのか、私にはわからない。アルさんに言われたことを認めているみたいで悔しいけれど、事実だ。

     状況がわからない子ども。

     わかるのは。

     アケミに匿われて以来、まともに眠れていたとは言い難かったのは確かで。この車の中では、今までの緊張のぶん、熟睡できた、気がする。宇沢も、ほかのみんなも。小さくいびきが聞こえるぐらい。なんのヒントも与えられていなかった日々ではなく。明確に。

     先生が敵になった、という事実が与えられて、納得したからかもしれない。

     わかるのは。そう。みんなのしたいことを優先したい私からすれば。

     先生は、敵。

     いや。

     唯一寝苦しそうにしている宇沢の、椅子から落ちないようにロープでぐるぐる巻きにされた姿を見て、思う。

     敵なんていうネガティブな言葉が似合うのはあくまで私たち。正義は先生にあるんだから。だから言うなれば。私たちは先生の、敵。

  • 601825/07/18(金) 01:12:11

    「私たちのアジトは温泉旅館だったとこでねー」

    「残りあげる」と、ムツキさんに差し出されたお菓子を受け取る。パッケージの中のスティック状のお菓子は折れて短くなったものばかり。かろん、と一度振って、口に入れれば。塩気の強い、想像通りのポテトスナックの味。

    「ずいぶん豪勢なアジトです、ね」

     かろかろと、ほとんど残っていないスナックがパッケージの中で音を立てる。

     アジトと言えば後ろ暗いもの、ってイメージがあった。それこそ、アケミたちに匿われたあの建物みたいな。薄暗くて、埃っぽくて。見つかっちゃいけないような。

    「女将さんが体壊して廃業しちゃってさ。桜のシーズンに毎年使ってたから、無くなっちゃうのがイヤで。だから、保守を任される代わりに、買い手が見つかるまでは使わせてもらってるんだ」

    「へぇ、桜……」

    「庭にね、大きい桜の木があるんだ。毎年、他の桜よりも少しだけ早く満開になる、せっかちな桜が」

     かっち、かっち、とウインカーが出され、ハンドルを大きくひねりながら、カヨコさんが私のつぶやきを拾う。道を曲がり、ゆるい坂道。タイヤがにちにちと土と砂利を噛み、エンジンが少しだけ、吹かされる。路面は、少しだけ良くなった。

    「昔はティーパーティ御用達の宿だったらしいよ? ほーんと、トリニティの連中って口先ばっかだよねぇ!」 

    「買い取ったら買い取ったで文句言うでしょ。内装変えられるよ、絶対。畳剥がされて、絨毯敷かれて。シャンデリアに石組の壁……」

    「そうなったら爆破してやるし。立つ鳥なんとやら?」

    「それ意味違う……」

  • 611825/07/18(金) 02:07:37

    「……トリニティが買い取るって話があったんです?」

    「ああいや」ぶぉんとアクセルを吹かしギアを下げるカヨコさんと、バックミラー越しに目が合った。「そうだった。トリニティ生の前でする話じゃないね。すっかり忘れてた」。

    「別に……」
     
     もうほとんどトリニティ生じゃないし。

     拗ねたような言い方だと思われたのか、くく、と小さく笑ったアルさんが言った。凛とした。自信にあふれたアルさんの声は、たとえ小さくとも良く通る。

     なぜアルさんが声を絞ったかは。その肩に寄りかったナツを見ればわかる。
     
    「ティーパーティはもうあの宿には関わってないわ。それこそ、貴方たちの代の首長から始まった、短い付き合いだったらしくてね。だからトリニティを通じて先生に動向がバレることはないわよ」

    「……そんな心配はしてません」

    「あらそう」

     あの場から私たちを逃してくれて。私たちを助けてくれていたスケバンを追い返した便利屋さんが。

     味方なのか、敵なのか。

     移動すると言われて、緊張の糸が切れ眠気にぼんやりした頭でこの車に乗り込んだ時、ナツはあくびをしながら、私に言った。

    『蛇の道は蛇。どっちにしろ便利屋さんが私たちの敵だったらもう終わりだから。腹を据えてどっしり寝てやろうぜー。すやすやな寝顔を先生とヴァルキューレに見せつけてやるつもりで、ね?』

     その結果は。

     ……ひとまず、私たちはまだ。捕まっていない。

  • 62二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 03:30:33

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  • 631825/07/18(金) 03:32:40

    「着いたよ」

     またハンドルが大きく回り、体が大きく傾ぐ。

     車の正面に、木造の。日に焼けた木材が灰色にすら見える二階建ての建物があった。窓枠の剥げたペンキ。屋号が書かれた大きなガラスが嵌められた引き戸のそばには、二つの犬小屋。しかし、犬はもう、居ないのだろう。だいぶ古くなっている。というか、見えるものすべてが古い。ヴィンテージ。

     その中で唯一、良く剪定された庭の松の木の脇に。

     見覚えのあるトラックが一台。

    「アイリ」

     私は肩を持ち上げ、アイリの頭を揺らす。トラックの脇に車が停められ、ギっと。サイドブレーキが引かれた。

    「ん……。――くぁあ。あれ、どこ……ここ」

    「どこじゃないよ。百鬼夜行」

    「ああ……」

     かすかすな声。
     
     ぐぐぐっと体を伸ばしたアイリの体からぽくぽく骨の鳴る音がした。

     砂利を踏む音がして、スライド式のドアが開けられる。

     百鬼夜行の秋の匂いは少し煙っぽく。そして、水の匂い。

    「お疲れさまでした」

  • 641825/07/18(金) 04:04:20

     深い黒髪。光の加減では、毛先が紫色に見えるほど。

     アルさんと同じぐらい豊かな髪の毛を蓄えた女性は、エプロンをして。困り眉の柔らかい笑みを、車内に向けている。
     
     運転席を下りたカヨコさんは煙草を取り出し「何時に着いた?」とその人に話しかけた。「三時過ぎぐらいです。結局、レッドウィンター経由になってしまいまして」と、その人はポケットから取り出した100円ライターで、カヨコさんの煙草に火を点け、微笑む。

     私たちをあの場から逃がしてくれた、トラックを運転していたその人は、知っている。

     ハルカさん。

     便利屋の中では唯一の、ナツたちと同い年。つまりは、私とも……一応は、同い年、になるはずだった人。

     下道で、しかも遠回りをして。人目に付かない道を選びつつ、ここまでトラックを。

     私たちの”楽器”を、運んでくれた人。

    「ちゃんと休んだ?」車内に煙草の匂いが一瞬だけ香り。通り過ぎて行く。カヨコさんは煙を吐き出す前に車から離れ、声も遠くなった。カヨコさんに振り向いて、ハルカさんは言う。

    「仮眠はいただきました」

     アルさんがかがむように立ち上がり「もう、まだ寝ててよかったのに」と、車を出ていく。支えを失ったナツの頭が長いすに落ちた。

    「んおっ」

    「社長たちがいつご到着されるかわかりませんでしたから。お食事と温泉のご用意は済んでます」

    「出迎えご苦労! おつかれハルカちゃん」

    「わっ。――室長も。お疲れさまです」

  • 651825/07/18(金) 04:11:08

     ハルカさんにもたれるように抱き着いたムツキさんは、瑕疵のないさらさらな銀髪を陽に輝かせ。童顔をしかめて、ぼやく。

    「ほんとだよー。腰痛ーい。あとでマッサージよろしくー。ハルカちゃんにもしたげるからー」

    「へへ。はい、了解しました。よろしくお願いします」

    「ナツ、ヨシミ、宇沢。着いたって」

     少し離れて煙草を吸うカヨコさんと、ハルカさんにくっつくアルさんたちを尻目に、二度寝を決めこもうとしたナツに釘を刺す。

     三人はぼんやりと、しかしハッキリ陽射しを嫌がるように目を閉じ、大きくあくびをしながら、体を伸ばす。ぽくぽくと、全員の骨が、それぞれの音色で鳴る。

     ……私も。あとでマッサージでもしてあげようかな。たぶん私より、みんなの方が体が辛いはずだし。

     ばっちり寝ぐせのついた髪に、意味のない手櫛を入れながら。ヨシミがぼんやりと。

     寝起きの、変に高い声で。アイリと同じ事を言った。

    「……ここどこぉ?」

  • 661825/07/18(金) 04:33:52











    (キリが良いので今日はこんな感じで)

  • 67二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 12:22:01

    >>「……ここどこぉ?」

    ちょっと笑った

  • 68二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 15:23:57

    最近知って、この概念の始まりからここまでを読んでようやく追いつきました。
    こんな素敵なものを書ける人を、とても尊敬します。
    あなたの世界観の解釈がとても大好きです。
    (漫画とかになってほしい)

  • 69二次元好きの匿名さん25/07/18(金) 16:25:47

    このレスは削除されています

  • 7018(よるまでほ)25/07/18(金) 16:26:48

     ※

    「あの、あの、あの……ほんとにいいんですか……? ごちそうになっちゃって……」

     昼のピークを過ぎたカフェの片隅。それでもお店の中には、スーツを着た大人の方や、連邦生徒会の方、遅い昼食を摂るヴァルキューレの方に、SRTの校章を着けて任務のように食事を摂るゴツイ装備の方などでごった返していた。

     目の前には季節限定のマロン・カプチーノフラッペと、向かいの席にはほうじ茶・オレ。テイクアウトするつもりだったから私のはプラカップだけど。ほうじ茶・オレはざらざらとした質感の陶器の中で、ほわほわ甘い湯気を立てていた。
     
     目の前には頬杖をついて物憂げに。ガラス窓の道行く人を見ている、化け物みたいな美人。どこかで暴れてきたのか、包帯やらガーゼやらが肌に見え隠れするけれど、それすらもアクセサリーになるような。存在感があるのに、人並みに溶け込む術を持っている、ちょっともう理解できない世界の人。

    「かまいません。どうぞお召し上がりくださいませ」

    「あ、あはは……わーい……。ごちそうさまです、いただきます……」

     ちゅう、とストローを吸う。うん。甘い。栗のあと引くほくほくした香り。お腹に溜まりやすいマロンクリームを、シャーベットみたいなフラッペと後追いしてくるカプチーノの苦みでさわやかに飲ませてくれる。おいしい。今年の秋限は当たりも当たり、大当たりだ。

     くっそう。また太るぞこれは。天高く乙女肥ゆる秋。出さないでくれぇ。おいしいスイーツなんか。

     ちゅう、ちゅう。

    「ふう……」

     目の前の美人はほうじ茶・オレに手を付けず、窓の外を眺めては。時折ため息を吐く。

     ……なーんで同席してんだろ、私。話したことないのに。ワカモせんせとはたぶん、大抵の人がそうだと思うけど。

     遅い昼食を摂ったあと、まだ時間が残っていたから。リフレッシュがてらS.C.H.A.L.Eからちょっと歩いたところにあるチェーンのカフェでのんびりしようと思って、レジで注文をしていたら。冗談でもなんでもなく鈴を転がしたような声がした。

    『ここ数日当番に来られている方ですね。よろしければ奢らせてくださいな』

  • 7118(よるまでほ)25/07/18(金) 16:33:01








    >>68

    (うわーお、初めから……。それはそれは、さぞ長かったことでしょう。ありがとうございます)

    (あそこから15年。キヴォトスに居ない人もいるので、(推しが居ないという意味で)人を選ぶお話かとは思いますが)

    (一見まさに「……ここどこぉ?」概念なお話ではありますし!)


    (前回飛んでしまったところにほぼ追い付いていますので)

    (是非楽しんでいただけると幸いです。応援もぜひ……!)

    (漫画化……もしそうなれば、とても嬉しいですね!)

  • 72二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:47:34

    興味深い。ので続きをどうぞ

  • 731825/07/19(土) 01:57:43

    >>70

     ただ奢られるのも申し訳ないから、こうして同席したわけだけど。


     ……気まずい。ていうか、ワカモせんせの声、初めて聞いたかもしんないレベル。こういうカフェとか来るんだ。なんかずっと、ニンジャみたいにどっかに潜んでるんだと思ってた。


     事故があったトリニティ支部に代わり、ここ数日てんてこまいの本部には。見知った他の自治区の方も当番に来ていた。こんな大変な時に先生にお声がけいただけたのは、ちょっと天狗になってしまう。だって、他の子たちは、生徒会やそれに近しいグループに所属している、エリートみたいな人たちばかりだったし。


     私もこういう風に、頼りになる生徒だって思われてるんだーって。ない胸を張りたくなってしまう。


     今時期のトリニティは大きなお祭りがあるうえ、三大校の一つだから重要な書類が沢山あって。うざちゃん先生、無茶しちゃったんだろうか。入院するレベルって。


     表はS.C.H.A.L.Eトリニティ支部長。裏はあの、SUGAR RUSHの覆面ギタリスト。ばれっばれの変装もかわいくて好き。サインねだったら『私は無関係です』って冷や汗だらだらになるとこも好き。推し。


     そういえば最近活動してないような。アビドスのラーメン屋にいたってのが最後の目撃情報。次回のライブはうざちゃん先生無理かなー。ツインギター編成だと音に階層が生まれるから好きなのに。


    「……ふぅ」


     ……。


     あれ。


     もしかしてこれ、私。ため息の原因とか聞かなきゃいけないやつ?


     わーお。意外とかまってちゃんなのか? ワカモせんせは。


     よし。頑張れ私。持ち前のコミュ力を爆発させろ。


    「……い、いい天気ですよねぇ。秋晴れ、って感じで」


    「……」

  • 741825/07/19(土) 02:23:01

     はい失敗。

     じろりと私を横目で見たワカモせんせは不合格と言わんばかりに、また窓の外に目をやった。

     天気の話は悪手だって学べ私。

     あー!! ムカつくぐらいサマになるなあこの美人めチクショー!!

     街路樹として植えられたマロニエの大きな葉が落ちる。茶色に染まった木の周りは掃除が大変そうだけど、それはそれで。緑の少ないD.Uの中心街に、秋を教えてくれる。

    「えと……」 

    「あなたは」

    「は、はいぃっ」

     べごん、とへこむプラカップ。

     私のビビりを気にすることもなく、ワカモせんせは窓の外を見たまま、言った。

    「もし、あなたの大切な人が銃口をこめかみに当てていたら。どうされますか?」

    「はぁ……?」

     わけわかんな。間違って撃っちゃったらめっちゃ痛いのに、わざわざそんなことする人いる?

     いや、ワカモせんせの言ってる人なんて一発でわかるけど。先生は、私たちとは違うから意味が変わる。変わっちゃう。

     そんなことしたらほんとに死んじゃうような、よわっちい人だし。

  • 751825/07/19(土) 03:17:32

    「んー……」

    「……」

    「えー……」

    「……」

    「……」

    「……」

    「……とりあえず、なにしてんの? って聞きます、かね」

     不合格、って顔された。いや。ワカモせんせの話題チョイスもだいぶ不合格ですけどね?

     ちゅう、ちゅう。溶けて来たフラッペがストローを滑らかに通る。うまし。

    「え、先生がそんなことしてたんですか? 危ないじゃないですか」

    「そうではないのですが」

    「そうなんですか?」

     あ。なるほどね。

     ……なんか。もしかしてワカモせんせって、結構乙女なのかもしれない。秋ってそういうセンチメンタルな気持ちになる。えへへ。わかるよ。好きな人がそんなことしてたらどうしようって不安になっちゃう気持ち。映画とかであるあるだもん。

     なんかそういう本とか映画とか見たのかな。

  • 761825/07/19(土) 04:04:46

     じゃあそういう方面で。

    「ではその銃を掴んで『なら先に私をお撃ちになって!』って涙目で縋るとか……。若しくは狙撃手に頼んで銃だけ弾いてもらうとか! 後ろから抱き着いて泣き崩れるとかもアリですね! ぎゅうぅ、としがみ付いて『私が居るのにそんなのユルサナイ!』とか」

    「……」

     はい失敗。

     またため息。私の昼休みはため息で締まるのか? だからせんぱ……上司との昼食は避けろっていろんなところで言われるんですよ。気を遣うだけなんだから。

    「――そういえば」

     もうよくわかんないから話題を流してみよう。

    「うざちゃん先生のご容態はどうなんです? 入院されてるって伺いましたけど。一般は面会できませんけど、ワカモせんせならご存じ、ですよね」

     金色の瞳が私を見る。百鬼夜行特有の赤くて太いアイラインに綺麗な瞳。そこだけで完成されたパーツなのに。顔面のすべてが整ってる。薄い唇も、小さくて筋の通った鼻と。とがった顎にすらりとしつつもふにってるほっぺ。正直、私の二倍以上の年齢って聞いてるのに、勝てる部分が一つもない。唯一勝てる年齢すら、この色気を出せない障害として認識させられる。

     私の質問に一瞬。一瞬だけ、その長いまつ毛を伏せ、目線を揺らしたワカモせんせは。小さい声で言った。

    「……まあ。生きてはいます」

    「そ、そんなにですか……?」

    「怒鳴れる程度には元気です」

    「あ、ぜんぜん大丈夫そうですね」

    「とはいえ」

  • 771825/07/19(土) 04:12:19

     さり、と。さっきから一口も飲んでない陶器のカップの縁を、細くて包帯が巻かれた綺麗な指が滑る。

    「動けは、しないのですけれど」

    「……そ、ですか」

     不良同士のケンカの流れ弾が、たまたま引火して、ボン。トリニティの生徒会長たちは生きた心地がしないに違いない。自分の自治区で、S.C.H.A.L.Eの支部が燃えたんだから。しかも支部長は怪我をして。

     クロノスに報道規制かけて大ごとにはならないようにしたって先生は言ってたけど、みんな知ってるしなあ。

     ともあれしばらくライブ復帰はムリ確定。ドリームポップに入ってからはだいぶ、音がだいぶ厚みが出て、ふわふわ感あって、それはそれでいい。でもやっぱ、うざちゃん先生がかき鳴らして、ヨシミがぐわんぐわんな単音を乗せるあの夢見心地さにはかなわない。

     ボーカルにも熱が入る感じもするし。うざちゃん先生のボーカルを食うようなコーラスに負けないように、って。

     んー。

     ぶっちゃけ一番楽しそう、なんだよねぇ。四人組ってのが。みんな同級生らしいし。

    「あなたはSUGAR RUSHがお好きなのですか?」

    「はぇ? ええ、まあ。はい。近くでゲリラってたら行くぐらいですけど」

    「そうですか」

    「ワカモせんせはお好きです? あんまりああいうの聞かなそうですよね。むしろ嫌いそう。あはは」

     お琴とか尺八とか、アコースティックな感じの曲ばかり聴いてそうなワカモせんせ。いや、それどころか。音楽を聴いているイメージすら沸かない。

     しかし、スマホを取り出して、ぽちぽちと数タップして。見せられた画面は。

  • 781825/07/19(土) 05:44:46

    「わ」

     配信サイトのDL専用楽曲一覧。SUGAR RUSHのページには『購入済み』の文字がずらりと並んでいる。

    「ワカモせんせってこういう音楽も聴くんですね」

    「……まあ。知っている顔ですし」

    「へへ、なんか意外です」

     一生口が付けられないほうじ茶・ラテは、美味しそうな湯気で飲んでもらうためのアピールを止め。拗ねたように、ミルクの白い渦だけを表面に出している。

     ふっ、と。じっと見てなかったらわからないぐらいさりげなく笑ったワカモせんせは、私ではなく。窓の外に目を遣って、言った。

    「甘ったるい詩はともかく――根底の、求め続ける魂の叫びは、いささかわたくしにも思うところが」

     唐突に。私の横に人が座り込んだ。「ちょ、誰で――」私の言葉よりも早く、ワカモさんは自前のライフル銃のコッキングレバーを足で踏み込み、とん、とんの二つの動作で、構えを作ろうとして。

    「ん、久しぶりだね、ワカモ」動きを止めた。

     一本のおさげにまとめられた白くて長い髪。喪服のような黒いドレス。傷だらけの黒いアサルトライフル。細い首に着けられたみず色のチョーカーに、鉄骨でも入ってるんじゃないかってぐらい、一本筋の通った座り姿。

     私はこのひとを知らない。けれど、胸元に着けられた所属プレートには確かに、S.C.H.A.L.Eの紋章と、或る学校の校章が並んで、刻まれている。

     この人はワカモせんせの名前を呼び。

    「……アビドスの狼が、何のご用でしょう。外に出て来るなんて珍しい」

     ワカモせんせは、いつものとっつきづらい雰囲気を、鎧のように纏い、その人に答えた。

  • 791825/07/19(土) 06:03:01

     或る学校の紋章。ワカモせんせが言った通り、アビドスの校章。

     その人は柔らかく微笑み、こちらに向いた周りの視線が日常に戻っていくのを待つように、時間を置いた。ワカモせんせが口を付けていなかったほうじ茶・ラテに手を伸ばし。勝手に飲み。勝手に「甘すぎる」と顔をしかめる。

     やがて喧騒が戻った店内に溶け込むような声で、その人は言った。
     
    「『第一期アビドス廃校対策委員会』のホシノ”先輩”から伝言を届けに」

    「ずいぶんと懐かしい響きですね。廃校対策委員会……。その伝言とやらは、わたくしに、ですか? 先生ではなく」

     こくり、とアビドスの狼とやらが頷くと、耳に掛けていた髪がさらりと落ち。

     落ちた髪をもう一度。カラフルなピアスが三つ開いた耳に掛け、言う。

    「『アビドスに来なよ。これを伝えてるシロコちゃんと一緒にでもさ』」

    「……ふざけているのですか?」

     ワカモせんせはそう言って。何かを思い出したように、苦々しい顔をした。鋭い犬歯がぬらりと見える。

     こほん。

     アビドスからの使者……ええと、シロコさんは、一つ咳払いをして。「で、ここからは『S.C.H.A.L.Eアビドス支部長、小鳥遊ホシノ』からの、伝言と言うか。宣言、みたいなものと捉えて」と、声をワントーン落とす。

     たくさんの人の声が、シロコさんの声を隠すように、覆いかぶさっていく。

     私が聞いてはいけないような。誰も聞いてはいけないような話を、こんな雑踏の中で。しずかに、けれど堂々と、目の前のテーブルの上に置いた。

    「明日、アビドスから正式に、先生に対して声明を発表する。声明文は以下の通り。『S.C.H.A.L.Eトリニティ支部、および宇沢レイサ支部長襲撃の件について。次いでトリニティ総合学園に対する窃盗行為についての正当な理由を、早急に回答せよ』」

  • 801825/07/19(土) 06:33:29

    「……へ?」

     耳を塞げばいい? え? これ、学生身分の私が聞いて良い話? 大人の話だよね!? しかもとんでもなくやべー類の!!

     いや、待て。冷静な頭の半分が、今の話を処理する。

     ……トリニティ支部、および宇沢レイサ襲撃の件について。

     あれって不良の流れ弾、じゃないの? たまたま焼夷弾が入っちゃって燃えたって、先生言ってたし……。ネットでもそんな感じに話がされてて。……なにそれ。その言い方じゃまるで。

     手が震える。寒さじゃない。顔から血の気が引いていくのがわかる。べこん、とプラカップがへこむ。

    「……」

     ワカモせんせは黙っている。無表情と言う仮面を着け、ぎらぎらと。シロコさんを睨んでいる。

     言葉はそこで終わらない。私の耳は塞がれることなく、どこかの席の笑い声と一緒に、シロコさんの言葉を、脳みそに刻み付けた。

    「『1両日中に回答が無い、あるいは各自治区S.C.H.A.L.E支部長との合議の結果、正当な理由と認められなかった場合、各支部の総意として、S.C.H.A.L.E本部の”先生”解任を求める臨時総会の開催を連邦生徒会に要求するとともに、決議が行われるまでの間、全業務の停止を実行する。さらに、S.C.H.A.L.Eアビドス支部所属職員は、総力を持って』」

    「……」

    「『S.C.H.A.L.E本部に対し、宣戦布告を宣言する』」

     何かを言おうとしても。なにを言っても、ダメな気がする。

     結果。私は陸に上げられた魚みたいに、口をぱくぱくと動かすしかできない。

     これ、私死んだ? 昼休みにちょっと贅沢しようとしたから!? 聞いちゃった、聞いちゃったよおー!!

  • 811825/07/19(土) 07:07:28

    「……気が狂った、と捉えてよろしいでしょうか」

    「これはもう決定事項。自治区としてじゃなく、あくまでS.C.H.A.L.E支部としてだけどね。ともかく、他の支部にも情報は共有して、そういうことになってる。私たちが気狂いだろうがなんだろうがそんなことはどうでもよくて」

     すう、と。無表情の中に、静かな”なにか”を目に宿し。

    「私は、私たちはね。もう、間違えたくない。間違えるわけにはいかない。だから、ワカモにも協力して欲しい」

    「……宇沢レイサは”キヴォトス乙女連合”と共謀し、酒類の密輸に関わった犯罪者なのですから」

    「ほんとにそう? それだけ? レイサは本当に共謀だったの? ワカモは先生がそう言った”証拠”を見たことはある? 煙草を扱ってるラブたちにはなんの音沙汰もないのに。……SUGAR RUSHもだよ。杏山カズサが見つかってすぐのタイミングで、今。テロ行為の清算をさせる意味ある?」

    「それは。あなた方は知らないからでしょう。すぐにでも対処せねば――」

    「『アイリたちがいなくなる』。それぐらい知ってるよ。だからこそ、今、清算させる意味なんてどこにもない。そんな人じゃなかったはず。先生は。だって、あの子たちはまだ学生なんだよ。ねえ、ワカモ。ワカモもわかってるよね。ううん。ワカモだからわかるはず。なんだかんだ理由を付けてるけど」

    「……」

    「先生は。――今の先生は」

     ぴゅるりらん。
     
     ぴゅるりらん。

     ぎゃあ!!

    「あ、あ、え、あの、ご、ご、ご、ごめんなさ昼休みが終わる五分前で……」

     急いでアラームを切ろうとしても、焦って、おまけに震える手ではうまく音を消せない。店内の視線がちょっとずつ集まるのを感じる。背中に冷や汗が伝う。あばばばばば。

  • 821825/07/19(土) 07:10:22

     がたん、と。ワカモせんせは席を立った。「……決裂?」シロコさんがそう問うと。

     金色の瞳を揺らし。逡巡し。

     歯を食いしばり。犬歯をぬめらせて。

     大きく息を吸って、掠れた声で言った。

    「はじめから繋がってなどおりません」

    「……そっか」

     ごつ、ごつ、と。固いブーツの音を、板張りの店内に響かせながら。ワカモせんせは、店から出て行った。

     ようやく止まったアラームに額からまでも流れる汗を感じながら。私はおずおずと隣の、シロコさんを見る。

     ばっちり目が合った。

    「ん。じゃ、行こっか。それ飲み終わってからでもいいけど。あ、この甘いのも飲む?」

    「はぇ」

    「心配しないでいい。ヘルメットは二つ常備してる」

    「はぇ!?」

  • 831825/07/19(土) 07:11:36

     手首をぐっと掴まれた。ワカモせんせと同じような。いや、それよりちょっと、皮が厚い感じがする、細くて白い、綺麗な指が。私の手首を力強く、ぐっと掴んだ。

     なんとなく。

     ……なんとなく、そうなるんじゃないかって思ってたけどぉ。そのまま帰してくれるわけないってわかってたけどぉ!

    「アビドスよいとこ、一度はおいで?」

    「あの……ころさないでください……」

     私の震えをそういうことだと理解したシロコさんは、反対の手でぽりぽりと頬を掻き。

     ふわっと、小さく微笑んで。こちらを安心させるように。

    「拉致するだけだよ」

     と、優しく言った。

  • 841825/07/19(土) 07:12:37











    (キリが良いので今日はこんな感じで)

  • 85二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 07:27:50

    先生を止められないワカモには
    先生を止めようとする皆を止められないだろなぁ

  • 8618(よるまでほ)25/07/19(土) 15:23:01


    (保守用の投稿が出来ないことが確定したことをお知らせします)
    (ようやくひぐらしが鳴き始めましたね)

    (我ながらわかりづらかったかもしれない……)
    (シロコは大きい方のシロコです)
    (まあもう差なんてほとんどないような年齢ではありますが)

  • 876825/07/19(土) 22:19:52

    >>79>>80 の一人の小鳥遊ホシノとしてと、シャーレアビドス支部長小鳥遊ホシノとしての二つの側面があるという伝え方が、ホシノも大人になったんだってのを感じられていい……

    仲間の為に恩師に喧嘩を売る展開は大好物です。

  • 88二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 02:35:05

    「卒業」して大人になったみんなは立場はともかく「先生」と対等な「大人」という存在でいるのかな

  • 891825/07/20(日) 04:26:04


    (うへ……すっかりすやすやの民になってしまっていたよぉ……)
    (でもすまぬ、全力ですやすやします……!)

  • 90二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 09:32:12

    眠い時は寝るのが1番

  • 91二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 17:50:26

    保守

  • 92二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 18:24:09

    このレスは削除されています

  • 9318(よるまでほ)25/07/20(日) 18:25:26



    「……」

     液晶の灯りが顔を照らすぐらいの時間。電気をつけてあげるべきなんだけど、立ち上がるのも面倒くさく。
     
     ぼんやりとチャットの履歴を眺めていた。

     生徒があまり通らない休憩スポット。おいしいお店。その自治区の中でしか流通してないおススメ商品。等々。なんてことない、ただのグループチャット。
     
     自治区を跨ぐ機密情報をやりとりするために、と片手間で開発したチャットアプリ。各支部に共有しといたアプリは。いや、ほとんどが愚痴だとか、雑談とか、そんなくだらない話ばかりが続いていた中で。S.C.H.A.L.E支部専用の、先生にもナイショだったからこそ。

     唐突に送られてきた、アビドス支部からのちょっと洒落にならない檄文。

     まあ、突拍子もないこと言い始める先輩には慣れてるっていうか。さんざ鍛えられたっていうか。どうしてこう、私の二個上の世代っていうのはイカれた人が多いんだろうか。

     残暑の10月。エアコンをガンガン稼働させ、エンジニア部に作ってもらったペルチェ素子を埋め込んだ椅子(カップウォーマー機能付き)に背中をびったりつけながら、秋限定と書いてあったマロン・フラッペをすする。甘ったるくて重くて、クリームが変にぬるく感じる。季節ものだから、と栗スイーツを食べるたびに思う。

     うん。やっぱまずい。

    「エリナちゃん、これ飲まない?」

    「いりません。私、マロン系のスイーツって苦手なので」

     寒がりなのか、冬物のジャケットを羽織ってヒーターまで点けられてはエアコンを調節してあげたいけれど、残念ながらここ最近の蒸し暑さはたまったものではない。機械たちにも悪いので設定温度は九度。これでもだいぶ譲歩している方。

     ガタガタとキーボードを打ち時折掛かってくる電話に淡々と対応しているトリニティ支部の子は。忙しそうにしているけどきちんと休憩を取り、元シスターフッドらしく、お祈りの時間まで確保している。時間の使い方が上手。年末の忘年会でしか会ったことないけど、こういう子、部下に欲しいな。

  • 94二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:50:58

    このレスは削除されています

  • 951825/07/21(月) 00:57:13

     この子が来たのは。トリニティ支部が炎上し、レイサが行方不明という”ウワサ”がアプリに流れて来たとほぼ同時で。

    『なんかヤバいことになってるよ、そっちの支部。ほら、ネットに写真も上がってる』

     窓を突き破り上がる火の手。消防部っぽい子や野次馬がごった返す中、未だ紙媒体で書類をやりとりしているトリニティ支部が、夕暮れの中で盛んに燃えている、SNSから拾った画像。

     端末の画面を見せるとすぐに電話をかけ始めたが、つながらなかったのだろう。それこそ、私が二人分のインスタントコーヒーを淹れるまで、ずっと端末を耳に当てたままだった。

    『レイサが行方不明って話も上がってる。スケバンが近くでうろついてたって。……まだあんな奴らと付き合ってるの?』

     私の言葉がきっと欲しかった情報なんだろう。腕を落とすように耳から端末を話したエリナちゃんは一度大きく深呼吸して、言った。

    『エイミ支部長』

    『帰るならヘリ使う? 趣味で弄ってるレシプロ機だけど電車よりかは早いよ。複座の乗り心地は保証しないし、暑いけどね』

     いえ。

     エリナちゃんは動揺を強引に飲み下した表情で、私に言った。

    『エンジニア部と面会させてください。宇沢先輩の命令ですので』 

     ……まぁ。
      
     レイサちゃんがエンジニア部に依頼して重量物運搬用の大型ドローンの開発をしているのは知ってたし、別段大した事でもないから紹介するだけ紹介して放置してたけど。

     だからこそ、エリナちゃんがここまで頑固に『先輩命令ですので』と、時間外労働に勤しむ理由がわかんなかった。上司の安否よりも上司の命令。なんともまぁ、歴史と規律にまみれたトリニティらしいっていうか。

     ひっきりなしに電話を受けつつ、校舎に出入りして、時折ふらっとトリニティ内で仕事をしたら、また帰ってきて。こっちで寝泊まりしながら、エリナちゃんは動き回っていた。それとなく聞いてみたら、トリニティ支部の他の子たちと連絡を取り合って、とにかく通常業務をブン回してるらしい。資料や書類が全部燃えてしまったのならさぞかし大変だろう。だから早くDXしなよ、って言ったのに。

  • 961825/07/21(月) 01:23:44

     そんな数日を過ごしていたら。

     昨日の檄文だ。

    【S.C.H.A.L.Eトリニティ支部および支部長宇沢レイサ襲撃に対するS.C.H.A.L.E本部糾弾へのご協力のお願い】

     各自治区のサボりスポットを網羅している神、とまで言われる、アビドス支部長のホシノさんの名前が入ったメッセージ。根耳に水どころかバケツ一杯の水をぶっかけられた気分になる話題は、本部を除く全支部で緊急総会が開かれるほど、衝撃的だった。
     
     総会が開かれたのは深夜一時。なんでこんな時間に、と不満たらたらだったが、朝四時まで続いたその会議が終わるころには。

     全支部長、先生をS.C.H.A.L.Eの先生から解任させる意思が統一。

     そのまま仮眠をとって。ミレニアム支部職員。非常勤職員も全員招集し、緊急ミーティングを行った。もちろん、特別にエリナちゃんにも参加してもらって。

     ミレニアム支部としての意思統一が済んだと同時にアビドスには。声明にミレニアム支部の名を連ねることを、許可した。

    「なんだかなあ」

     ここ数年は落ち着いたもんだったのに。急にそんなこと言われてもさあ。

     ――当たり前にあったものが変わっていく。

     技術のブレイクスルーが良く起きるミレニアムだからって、変わらないと無意識に信仰しているものはたくさんある。ぜんぜん意識したことないのに「あれ? ここにあった木なくなっちゃったんだ」とか「この建物が建つ前って何があったっけ?」とか。

     先生って。ずっと先生で居るものだと思ってた。

     学生時代も。S.C.H.A.L.Eに採用されてからも。支部制に変わったときも、今までも。ずっと。ずっと先生は、先生だと思ってた。

  • 971825/07/21(月) 02:17:59

     まあ、解任させるかは確定じゃないとはいえ。レイサの自業自得感もあるし、そっちが全てかもしれない。けれどもし、ホシノさんが言っていることの裏が取れてしまった場合。理屈を潰すやり方なんてこっちはいくらでも知っている。改ざんだってお手の物。

     もうずっと使ってないショットガンを見やる。一週間に一度の拭き掃除と、月に一回の射撃訓練。半年に一回のメンテナンスと。今はずっと高性能な銃を使ってるけど、なぜか手放せない、学生時代の愛銃。

     上に、下に。

     メッセージの画面をスクロールさせていると、パッと部屋の明かりが点いた。思わず目をしかめる。

     目線を上げると、入口脇のスイッチに、エリナちゃんが手を伸ばしていた。

    「ああ、ごめんね。端末弄ってる時に部屋を明るくするって選択肢があんまなくてさ。私たち」

     目が悪くなるってのはわかっててもが暗い方が画面見やすいし。ヴェリタスの連中なんて、ついに天井から照明取っ払って、小さいデスクライトのみで生活し始めたし。いや、あれは行き過ぎだけど。

     だからついつい、優先度が低くなる。

    「エイミ支部長」

     こつ、こつ、と。品の良い歩き姿でデスクの前までやってきたエリナちゃんは、貸したデスクの上で鳴るスマホを気にせず、頭を下げた。

  • 981825/07/21(月) 02:25:00

    「ありがとうございます」

    「……んー」

     主語が無い。

     けど、察することはできる。

     電話に出ないでこっちに来て。頭を下げて感謝を述べる。状況から、主語は読み取れた。

    「袋小路に閉じ込められた子がいたら、光を見せてあげるのが”大人”。でしょ?」

     ホシノさんはあくまで私たちとその子を繋いだだけ。その子はホシノさんと繋がっただけ。それだけでホシノさんは、即座にトリニティに情報を集めに、人を動かした。

     16才だってさ。ひどい怪我をしていて、肌が見えないぐらい包帯でぐるぐる巻きになっていた、あの子は。

     スケバンの。キヴォトス乙女連合の構成員の、巨大な組織のたった一人。

    『私が見たこと全部お話するッス。知ってることだったらなんでも言うんで。――なので、あの。どうか』

     どうか、姉さんたちの味方、してあげてください。

     姉さんたち。あの子はSUGAR RUSHの身の周りの世話を任されていたと言っていた。てことはだ。レイサとも深く付き合ってたに違いない。

     SUGAR RUSHとは言わず、姉さんたちって、あの子は言ったから。

    「……ご協力、感謝します」

     ぺこりと頭を下げて急いで電話を折り返すエリナちゃんを見ながら小さく鼻息を漏らす。

  • 991825/07/21(月) 02:29:15

     私の七つ下。学生ではないけれど。必死に大人っぽく振る舞おうとしているけれど。私から見ればまだまだ子ども。

     この子はレイサの部下の一人で、学生時代から知ってるといつかレイサが言っていた。その子がいましているのは、レイサの業務命令。業務を遂行することこそが、連絡すらつかないレイサへの援けになると必死に縋っている。クールな顔して情熱的っていうかさ。シスターフッドって時点で、固執するタイプってのは、なるほどね。学びを得たよ。

     そんな子たちに頭を下げられたら、ひと肌脱がざるを得ないって。

     ちゅう。マロン・フラッペを一口すする。

    「ねえ、ときに相談なんだけど」

     私は椅子に座り直し、電話口で生徒の相談に乗っているであろうエリナちゃんに声を掛ける。

    「部屋の温度もうちょっと下げて良い? なんか暑くなってきた感じがする」

     ぽっぽと火照るような体。久々に。血が滾る、ってやつなのかもしれない。けれどまだ早い。あくまで先生の回答を待って、その内容を吟味する時間があるのだから。

     エリナちゃんは「ごめんね、ちょっと待っててくださいますか?」と柔らかい声で言ったあと、通話口を指で塞ぎ。

     冷たい声で言った。

    「だったらその下着みたいな服脱げばいいんじゃないんです?」

    「お、脱いでも怒らない人? やった、ありがとー」

     まくり上げ、一秒でビキニトップを脱ぎ捨てた私に。

     顔を引き攣らせて。電話に返答もせずに。エリナちゃんはしばらく、固まっていた。

     あー。涼し。

  • 100二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 11:18:25

    保守

  • 10118(よるまでほ)25/07/21(月) 16:31:37



     店屋物のお蕎麦を昼食にいただき、露天風呂で数日分の垢を流した。皮脂と埃臭い頭を洗い、顔と全身を擦ってお湯で流した後の爽快感と言ったら! 手足を伸ばせるなら座ることが出来る宇沢も一緒に温泉に浸かり。全員、溶けた。青空とうろこ雲。涼しい風を浴びながら入るお風呂は、もう。もう。もう!

     乳白色の温泉は嗅ぎなれない臭いだったけれど、数日嗅いだ饐えた臭いと比べれば、清潔感は雲泥の差。

     浴衣を着て、午後の風が吹き込む客間で、かび臭くもさらさらひんやりなシーツと同じくかび臭くもざらざら固い枕にダイブすれば。

     ……。

    「カズサちゃーん。そろそろ起きられる? 便利屋さんたちがお話始めたいって」

    「――!?」

     アイリの声で飛び起きた。

     慌てて枕もとにスマホを探し、没収されていたことを再び思い出し。窓の外を見やれば、閉じられた障子の向こうは真っ暗。

    「ぁ、え、いまなんじぃ?」

     口元を拭うとぬるぬる。ヤバイ。

     薄いグリーンの浴衣の上に紺色の羽織を羽織ったアイリは、ふすまの向こうで足を揃えて座りながら「えと、十時……夜の」と。困ったような顔で笑った。

     やらかした。やらかした。

     急ぎ、はだけた浴衣を直し、寝ぼけた頭がムリヤリ動かす重い身体で、ふらふらと歩く。「揺すってもぜんぜん起きなかったよ」と笑うアイリにいやいや、蹴り起こしてよ!」と私は大声を出したけど、寝すぎてむにゃむにゃした口の中は呂律が怪しく。

     乾燥した鼻がむずむずしてくしゃみ。一回、二回、三回。……四回。

  • 102二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 23:06:53

    カズサ見つかってから初めてゆっくり眠れたんじゃないかこれ

  • 1031825/07/22(火) 01:50:15

    「おにぎり用意してくれてるよ。あとハルカさんが作った山菜のお漬物」

    「正直お腹空いてない……」

    「あはは。お昼ご飯食べてほとんどすぐ寝ちゃったもんね」

    「みんなは何時ごろ起きたの?」

    「夕方ぐらいかな。私とヨシミちゃんは六時ごろだけど、ナッちゃんはもっと早かったみたい」

    「完っ全に私、寝坊じゃん」

    「そんなことないよ。疲れてたの、みんな分かってるって」

     すっ、すたんっ。

     昼食で使った広間のふすまが開けられる。スリッパを脱いで「ごめん」と、乾かしもせず寝たせいでぼっさぼさになった頭を掻きながら、部屋に入ると。

     金色の瞳が私を睨む。

    「のんきなものね。S.C.H.A.L.Eに追われる身分で」

    「すみません……」

    「ぬっふっふ。カメラ借りたから、よだれ垂らして寝てる姿はバッチリ納めさせてもらったよ。CDのジャケに使う候補の一枚になるから――どうどう、浴衣でそんな足開いたら丸見えに――げふっ」

    「なにじゃれてんのよ。早く席に着きなさい。カズサはお茶でいい? ジュースもあるけど」

    「あ、うん。お茶でいい」

  • 1041825/07/22(火) 01:59:50

    「カヨコちゃーん始めるよー! 煙草吸いながらでもいいからこっちおいでー」 

    『んー、いい、消すから。あと三吸い待って』

    「お食事はいかがされますか? これで足りなければ、お夕食のおかず、温め直しますけど」

    「すいません。大丈夫、です。おにぎりで十分です」

     欠けるように開いている、一番はじの座椅子に尻を置いた。背骨に沿ってカーブする固い背もたれにもたれかかり、ぐっと体を伸ばす。

     お誕生日席の宇沢を見ると、座椅子に座って、手足をだらんと伸ばし切っていた。お風呂に入っていた時のだらしない顔じゃない。けど、昨日みたいな追いつめられた顔でもない。

     アルさんの言うことは至極もっともだった。休息と言う差し水を与えられた頭は。

     静かに。冷静に。ことこと、じっくりと。

     正しく。煮込むことができた。少なくとも宇沢の、みんなの表情を見るに。そんな感じがする。

  • 1051825/07/22(火) 02:27:36

     隣に座って浴衣の合わせを気にする私に。宇沢は、ふにゃっと笑った。

    「よく眠れましたか?」

    「ん。おかげさまで」

    「――っと。ごめんごめん。社長、始めていいよ」

     縁側から上がって来たカヨコさんが広縁の椅子に腰かけ、足を組んだ。白く細いふくらはぎが浴衣の裾から覗き、部屋の中にふわりと煙草の匂いが香る。足の指と手の指と。黒いマニキュアが、不健康さに拍車をかける。

     全員が浴衣を着て。髪も顔もノーセット。修学旅行の夜のようないで立ちでテーブルを囲むのは、私を除き。全員が三十路越え。

     ずず、とお茶をすすったアルさんは一つ咳払いをして、言った。

    「それじゃあ。あなたたちの今後の身の振り方。わたしたちの身の振り方。そして、あなたたちにまつわるどろどろの政治劇をどう料理するか。今ここで、決めましょう。ことと次第によっては」

     ちらりと。アルさんは便利屋の面々を見て。それから、宇沢を見て、言った。

    「高く売れる方にあなたたちを売るわ」

     眉根を寄せたアルさんも。

     にたにた笑うムツキさんも。

     表情が読めないカヨコさんも。

     私におにぎりとお漬物を取り分けてくれるハルカさんも。

     便利屋さんたちは。敵ではないけれど、味方でもないのだと。はっきり示した。

  • 1061825/07/22(火) 02:51:01



    「状況については理解しているつもりです」

     アルさんの脅しめいた物言いを気にすることなく。小さく息を吸って、宇沢が言った。

    「ですが、スケバンの方々が敵である理由がいくら考えてもわかりません、まずはそこを教えてください。なぜ、あのとき。けが人であるタミコさんたちを追い返したのですか」

     アルさんは言った。『高く売れる方に売る』と。つまり。S.C.H.A.L.Eかアケミか。光か闇か。少なくとも対立しているのは間違いない。

     が、認めたくないけどアケミと同じく闇側の私たちを”売る”と表現し、かつタミコ達を追い返した理由にはならない。私も。言われればある程度、考えることは出来る。

     考えるだけでよくわかってないけど。ぽりぽりと、お味噌漬けの大根をかじる。しょっぱ。これはお米が欲しくなる。

    「あ、それは私からするよ」宇沢に答えたのは、ナツだった。

    「タミコ、教えてくれたんだよね。あの怪我は先生のせいじゃないって」

    「やっぱり」

     納得したようにつぶやいたアイリに「どゆこと?」と聞いた。
     
    「変だなって思ってたの。だって、カズサちゃんを止めてたのに、急にS.C.H.A.L.Eに行かせようとしたから」

    「どのとき?」

    「あんたが『キャスパリーグ』やってたとき。ブチ切れてて覚えてないだろうけど、アケミさん。タミコの言葉を潰したのよ」

     記憶を探る。

  • 1071825/07/22(火) 03:29:29

     ぜんっぜん憶えて――あ。

    「私が弾貸してって言ったとき?」

     そう、とヨシミは腕を組み、人差し指を立てる。白い腕に嵌められた金色のバングルが二組。蛍光灯に照らされ輝いた。

     眼鏡の向こうで。吊り目が私を見る。

    「あんときね、すっごい自然だったけど――よく考えれば、不自然。タミコの言葉を潰した直後、あんたを止めるのを辞めた。あんた一人で行かせるわけないから、もちろんわたしたちもなし崩し的にS.C.H.A.L.Eに向かうことになったんでしょうけど、意味ないってこと。ラストライブが確実にできなくなるってことを、アケミさんはわかったはず」

     あー……。

     とはいえ、話の流れ的にはおかしいことじゃない、と思うんだけど。

    「タミコの怪我はさ。燃やされた屋敷から、私たちの楽器を避難させようとしたからなんだって。先にぼっこぼこにされて、タミコは気を失った”フリ”して、襲ってきたワカモさんをやりすごした。だから、あそこまで大怪我したのは、先生が強いたわけじゃない」

    「……関係なくない? 原因作ったの先生じゃん」

    「これ言っちゃうと汚い話だけど……。ラストライブするのに、結構予算は、かけてたんだ。レコーディング分も回したから、ほんとに全財産。理由は」

     アイリは口ごもった。私から目を逸らし。”知ってる”ことを言いよどむ。

     知ってるよ。知ってる。

     けど、今その話すると止まんなくなるから、我慢。

    「……だから、話の流れ的におかしくはないんじゃない? ラストライブって知ってるなら、力づくで場所作ってくれただろうし。言っちゃなんだけどアイツ、身内には無条件でバカみたいな母性見せてくるヤツだよ。カチコミかけるのはその前哨戦みたいなもので。てか、宇沢がやられた時点でカチコミ確定してるから」

    「レイサの怪我は治るのよ。ワカモさん、両方とも建物は燃やしてるけど、レイサもタミコも外まで引っ張り出してるし、そこまで大怪我はさせたくなかったんじゃないかしら。――あとアイリが言ってるのはね。こう言っちゃなんだけどアケミさんってお金にめっちゃシビアで――」

  • 108二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 03:38:03

    このレスは削除されています

  • 109二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 03:39:37

    このレスは削除されています

  • 1101825/07/22(火) 03:42:09

    「アケミはS.C.H.A.L.EとSUGAR RUSH組を敵対させようとしたってだけだよー。敵”ではない”だけ。だらだらだらだらめんどくさいなー」
     ……あ?

     後ろ手を手を突いて、ため息を吐くように。シニョン風に髪をまとめたムツキさんが言った。

     アケミが? わたしたちを?

     S.C.H.A.L.Eと?

    「……なぜです?」

     慎重に。おそるおそる。

     確かめるように、宇沢が言った。

     だらり、と姿勢を崩し、はだけた浴衣をものともせず。ムツキさんが言う。

    「これ、結構フクザツなんだよね。そもそもの全体像を知ってるひとなんて誰もいないんじゃない? カヨコちゃーん。パス」

    「そこまで言ったなら自分で頑張りなよ」

    「だってー。私も感覚でしかわかってないもーん」

    「……はぁ」

     アルさんが静かに言った。

    「いびつな三つ巴なのよ。あなたたちの状況は。味方ではなく。敵でもなく。そんな、白とも黒ともつかない関係が、あなたたちとアケミの関係なの」

  • 111二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 05:12:00

    敵の敵は味方でもあり、さりとて敵には変わらず

  • 1121825/07/22(火) 13:42:47








    (眠気が限界なので、キリが悪いですが今日はここまで……)
    (って書き忘れてました)
    (昨日も今日もゲロ暑)

    (一応、みんなと合流してすぐ辺りはゆっくり眠れていたのですけど)
    (スタジオ入りしたあたりからSUGAR RUSHはまともなベッドでは寝てませんね……)
    (アイリ達は雑魚寝&車中泊で鍛えた雑さでどこでも休めますが)
    (心労も相まって、カズサだけまともに休息をとれてなかったのは、おっしゃる通り)
    (まあ若さパワーでごり押しできるから……)

  • 11318(よるまでほ)25/07/22(火) 15:36:52

    「こちらとしてはお互い良い関係を築けていたと……。その、まあ。言いづらい繋がりでは、ありましたが……」

     へへへ、とバツが悪そうに笑う宇沢をじっとりと見てやった。言いづらいとかじゃないっての。私のじっとりした想いをたっぷり込めた。

     顔逸らすな。こら。

     宇沢の言葉に、パン、と手を鳴らし。ムツキさんが笑う。いやらしいにたにた顔を強めて。その表情は、嘲笑以外の意味には取れないほど、歪んでいた。

    「協力関係! アケミが? レイサちゃんと? あっはっは! そんなこと思ってるのレイサちゃんだけだって。やめてよもー、可愛いなあ!」

    「ムツキ」

    「くふ。カヨコちゃんだってそう思ってるくせにー」

     体を伸ばし、テーブルの真ん中に置いてあるお皿からキュウリのお漬物を摘まんだムツキさんがしゃりしゃり咀嚼する。

     じとお、っとした目線をムツキさんに向けていたカヨコさんは被りを振り。

     言った。

    「ま、レイサもシュガラもわかんなくたってしょうがない。餌を与えられている間って、相手を妄信するからね。レイサは『状況を分かってる』って言うけど、正直、灯台下暗しみたいなものでさ。一番状況が見えてないのは確か。言われたことない? 『なんであんな連中と関わってんの』ってさ」

    「……あり、ますね」

    「アケミ、というか”乙女連合”はさ、私らにとってはあくまでビジネスパートナー。一定の線の向こうの存在。しかもこっちはヘルメット団との付き合いの方が深いから、よっぽどじゃない限り、関わってはなかったんだ。レイサたちはわかると思うけど」

    「そういや結構まえに抗争してたわね。アビドス一帯大変なことになって、ホシノさんたちがガチったの。クロノスがニュースにしたやつ」

  • 114二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 00:46:30

    ほう、興味深いな。

  • 115二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 00:46:52

    アケミ、やってることの側面見るとアレだしなぁ……

  • 1161825/07/23(水) 02:03:14

    「アケミがヘマしたのもヘルメット団のせいだって聞いたけど、まだ続いてんだ。あの因縁」

    「んー、続いてるねえ」ナツがぺろり、とグラスに注がれた液体を舐めた。さすがにもう、見ただけでわかる。お酒だ。ウイスキー。「と言っても、その時はアケミさんがちょっと強引だったかなー。っていうか。結局アケミさんたちは煙草から手を引く形になったし?」。

     テーブルの上。各々のグラスに注がれた琥珀色のお酒と、手のひらサイズの黄色い紙箱と100円ライター。押し付けられたように折れ曲がった煙草が三本入っている灰皿は、重厚なガラス製。

     カヨコさんは「興味あるなら一本吸ってみる?」と、私に言った。

    「いいんですか?」

    「ダーメーにー、決まってるじゃないですか。カヨコさんも。未成年に勧めないでください。怒りますよ」

    「ちぇ」

    「お堅いことで。――って、話が逸れたね。ええと、どこからだっけ」

    「アケミがこの子たちの味方じゃないよーってとこー」

    「ああそう。でもね、敵、ではない。じゃなきゃわざわざ、私たちに依頼なんか出してこない。ここ数年関わりなかった私たちになんかね。……ハルカ。契約書」

    「わかりました」

     ハルカさんが、テーブルに何気なく置かれていたファイルを開き、宇沢が正面になるよう置いた。じっくりと。宇沢は文字を追う。

     私たちも覗き込むと「それはアケミと交わした護衛契約書」と、カヨコさんが補足した。

  • 1171825/07/23(水) 03:23:17

     使われている文言は堅苦しくも。私のような”子ども”にもわかりやすい、それこそ誰が見ても見間違い、勘違いが起きないように。

     内容は簡潔に。間違いのないよう確実に。

     誰が。栗浜アケミが。

     誰に。便利屋68に。

     誰を。宇沢を。

     どうする。期日までキヴォトス乙女連合およびSUGAR RUSH以外の勢力との接触をさせない。

     いつまで。11月の初めまで。

     報酬……は、書かれていない。別紙参照、という文字がある。割り印も押されていた。そっちはさすがに見せられないものなのかもしれない。大人のいろいろで。 

     宇沢の目線はもう一度書類の上に戻り。ゆっくり下に降りて行き。都合、三度ほど書類を見返して、言った。

    「この契約はアケミさん本人が結んだんですか? キヴォトス乙女連合としてではなく」

    「私とアケミが対面したうえで交わされた契約よ。ぼろい仕事だと思ったわ。だって、あの建物に居れば他に接触できるヤツなんていないし、もしヘルメット団が来たって、私たちが話を通せば、その場をおさめてもらうことができるんだもの。というか、てっきりそうだと思っていた。ヘルメット団と揉めたから、って口頭で聞いていた。結果はごらんの有様ね。いい勉強させてもらったわ。ったく」

    「……」
     
    「なんでこれが、敵でもなく味方でもないって……。アケミさんと私たちの間を疑わなければならない理由になるんですか? レイサちゃんの件もそうですが、アケミさんはカズサちゃんとも知り合いでした。感情論になっちゃうけど、きっとアケミさんだって、カズサちゃんと会いたいって思ってくれていたはずです」

  • 1181825/07/23(水) 03:39:57

     アイリの言葉にムツキさんがまた、にたりと唇を吊り上げる。

    「私たちはね、もう一枚、カードを持ってるからだよ」

     今度は書類ではなく、タブレットが私たちに向けられた。真っ白い画面に蟻みたいな小さな文字。ハルカさんがピンチインして、拡大すると。

     土地売買契約書、とあった。

    「それ、アケミのフロント企業が買った土地の書類。どうやって手に入れたかは聞かないでね☆」

     ぽりぽりときゅうりをかじる。ぬかの匂い。しっかり塩気を感じつつも。中はみずみずしくきゅうりの味がしっかりしてる。浅漬け、でもなく。古漬けにもなっていない。ご飯が進むというよりは、うん。これ単品で食べるのがちょうどいい。

    「まあそれは一部なんだけど。私たちが集めた書類のうち、その契約書の付近の土地をいろいろ調べてみるとさ。こーんな感じで……」

     ハルカさんが何度か画面をスワイプすると、書類の画像が続いた後。

     地図が、出て来た。

     トリニティの北の外れ。南西には海。東にミレニアム、北東に百鬼夜行。北にはレッドウィンターとの自治区境と接する土地が、ところどころ赤くマーカーされていた。決して広くなく、けれど狭くもない。まさに、自治区領のとがった部分、と言った場所。

     地図上で見る限り、原野のような山と森。わずかな平野に少しの集落があるだけ。そして昨晩。自治区との境はアンタッチャブルだと聞いたばかり。

    「あの山小屋のあたりもアケミが持ってるんだってさ。安全が確約できるセーフハウスの一つ、って言ってたよ」

    「……冗談ですよね?」

     顔を引き攣らせた宇沢に、カヨコさんが言う。

    「原本はさすがに用意できないけど、それ、ティーパーティと連邦生徒会に提出されてる公式書類だから。レイサは見ようと思えば見れるんだし、今度見てみれば?」

  • 1191825/07/23(水) 04:24:49

    「こんなのいつの間に……」

    「ナーツー。説明ー」

    「やべー場所をアケミが持ってる。以上」

    「わかんないわよ! あーあ。安全なら最初からそっちに案内してくれればよかったのに」

    「安全が確約されないから、あの場に案内されたのよ。あなたたちは」

     え。
     
     私たちはいっせいに。発言したアルさんを見た。

    「一応聞いておくけど、スマホを使うなとか、言われてないでしょ?」

    「は、はい。特には。大声出すなとは言われてましたけど」

    「レイサは知ってるかしら。先生の……あのタブレットについて」

    「いえ……。高機能なOSが入ってる、ってぐらいしか。あの場での事でしたら――」

    「”大人のカード”と”シッテムの箱”についてはどうでもいいの。問題はシッテムの箱に入ってるOSが、通信からスマホの位置を特定するなんて朝飯前ってこと」

     ごとん、とテーブルの上に私たちのスマホが入った箱が乗せられた。もちろん全部、電源は切られている。真っ黒な画面があるだけの板っきれ。

     この電源を付ければ。

    「電源を付ければこの場所すらすぐに見つかる。もちろんいつもそうしてるわけじゃなくて、しようと思えば出来る、ってだけ。で、あのときはそれをされた。……わかる? あなたたちは見つかるべくして見つかってるの」

  • 1201825/07/23(水) 05:08:52

    「おーまい……」

     ごん。

     テーブルに頭を叩きつけたナツが呻いた。

    「そーいえば、カズサの時も似たようなことしてた……。忘れてた」

    「そうなんだ?」

    「あ”-。あったわね……。基地局から通信追って、ってやつ。結局その付近大捜索しても見つかんなくて、ぜんぜん使えないじゃないってキレた記憶がある……思い出した」

     なにしてんだよ。

    「似たようなことなんて、先生だからさ。いくらでもしたことあると思う。つまり、アケミだってもちろん、知ってたはずだよ。あの山小屋付近は電波悪くてね。圏外になる。だから安全ってこと」

    「……だからと言って」宇沢が言った。「まだ、わかりません。なんで、なんで私たちと先生を敵対させようとしているんですか? ナツさんみたいに、スマホから位置を追えるという情報を失念していた可能性も……。そもそも、先に襲ってきたのは先生で、アケミさんはあくまで後手に回りながらも保護してくれたというだけ――」。

    「私たちが持ってるカードはこれで全部」

    「え?」

    「ここから先はパズルの時間だよ。くふ、ナッちゃんならわかるかな? SUGAR RUSHの頭脳担当だもんねー!」

    「……んぇ」

  • 1211825/07/23(水) 05:11:59











    (キリが悪いですが今回はこんな感じで)
    (D-Day -13日はちょっと長いです)

  • 122二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 12:24:54

    >>121

    お疲れ様ですー

  • 12318(よるまでほ)25/07/23(水) 16:38:05

     ナツはそのまま、頬っぺたをテーブルに押し付けたままうにうにと頭を小刻みに揺らした。

     便利屋さんたちが持っているカードとやらはそう多くない。示したのは契約書。トドメのようにだされたのも土地売買契約書。スマホでの位置特定はオマケ程度。私たちの回答を待つみたいに。便利屋さんが傾けたグラスの中の氷が鳴る。スナックやかわきものの袋をハルカさんが開け、テーブルに広げていく。場に、いろいろなお菓子が並ぶ。
     
     アイリは顎に手をやり、テーブルの上の湯呑を見つめながら長い髪をいじり。
     
     天井を仰ぎ唸る、考えているようでたぶん考えていないヨシミ。

     同じく天井を見て、ぶつぶつと自己完結型のつぶやきをする宇沢に。

     私は、広げられたスナックからひとくちサラミを摘み、食べる。

     閉められた縁側の大きな窓の向こうから、からからころころと虫の声。陽に焼けた畳の目に沿って、つるつると足の指を握ったり開いたり。合わせのはだけた浴衣の胸元から温泉と石鹸と体臭が混ざった臭い。ぼさぼさの髪に手櫛を通す。

     もそもそと塩気の強いサラミを咀嚼しつつ、私も一応。考えてみた。

  • 124二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 00:43:42

    果たしてどんな結論へと行き着くのか

  • 12518(よるまでほ)25/07/24(木) 02:57:08

     アケミは、私たちを先生と敵対させようとしている、と言う。

     なぜ、というのを、私たちは考えさせられている。

     アケミ。スケバン。ヘルメット団に、S.C.H.A.L.E。

     便利屋68。護衛。

     護衛……。

     あれ?

    「これってさ」

     私が言うと「わからないことあった?」とアイリが小首をかしげた。

    「いや、わかんない事ばかりだけど……。この護衛契約書って、対象は宇沢だけ、なんですか?」

     私が聞くと、アルさんは長い髪を耳に掛けて言う。

    「そうよ。書いてあることがすべて」

    「あ。――それじゃあ、もしあの場にレイサちゃんがいなかったら」

    「あなたたちはここに居ないでしょうね。居るのはレイサだけ。みんなが捕まえられて、八方ふさがりになったレイサが、一人だけ。私たちは、交わされた契約を確実にこなすからこそ、信用されているんだもの」

    「なるほどねぇ」

     よいしょ、と体を起こしたナツがお漬物に手を伸ばし、べったら漬けかじってぽりぽり音をさせた。

  • 1261825/07/24(木) 03:33:03

    「レイサはきっと怒ってくれる」

    「……皆さんが身動き取れない状況に置かれたのだとしたら、手段は択ばなかった、かもしれません」

    「その時に頼るのはアケミさん達と手近にいる便利屋さん。戦力としては申し分ない、よね」

    「そう言う目で見たら、もうこの護衛契約書ってツッコミだらけじゃない。レイサを他の人と接触させないってなに? まるで囲ってるみたい」

    「みたい、じゃなくて囲ってるんだよ。カヨコさんが言った通り。”餌を与えられている”。檻の外から、その人だけが餌をくれる、っていう状況を作ってる。その人が餌をくれなくなったら、っていう恐怖すら、うっすら匂わせるかもね。アケミさんが”その気”なら」

    「11月の初めって言うのも」

     そう言ってアイリは口ごもる。

     私は。その後を継いだ。

    「みんなが消えちゃうとかいう日を越えてる、ってことだよね」

    「……うん」

    「宇沢。そうなったらあんたはどうする?」

     あんただけが保護されて。私たちは先生に捕まえられて動けない。助けようとしても、相手は先生。うまくいく保証なんてない。なんせ先生はいつも通りで、こっちがワルモノなんだから。世界は先生に味方するに違いない。

     時間が刻一刻と過ぎて行って、時間が経てば経つほど、犯罪者を解放しようとする宇沢の立場は悪くなり。先生の味方は増えていく。アケミと便利屋さんだけじゃ太刀打ちできなくなって、タイムリミットを迎えて。

     ラストライブなんて夢のまた夢。もしかしたら面会すらできないまま、みんなが居なくなっちゃって。

     そうなったらあんたは、どうする?

  • 1271825/07/24(木) 04:19:46

     私が宇沢を見ると、眉間に深い皺を寄せ、低い声で、静かに言う。

    「先生を許しません。絶対に」

    「――考えすぎ。そこまで行くとIFの世界。だってレイサはシュガラと一緒に居たんだから。ま、そういうストーリーがあっても盛り上がるのは、わかるよ」
     
     目つきが変わった宇沢に冷や水を差すように、カヨコさんがため息を吐いた。

     助け船を出す様な物言い。
     
     しかし、カヨコさんは続けて「当たらずも遠からず、ってとこだけどね」と言葉を付け加えた。

    「カヨコさん」アイリが言った。「本当にIFの世界、ですか?」

    「……」

    「どこかで私たちとレイサちゃんを引き離すような契約が交わされていたり、しませんか?」

    「ちょっと待ちなさいよ。さすがに便利屋さんに失礼――」

     沈黙。

     カヨコさんは。

     わずかに顔を下に向け。私たちを上目で睨むように、唇を吊り上げた。

    「正解」

     片手を挙げると。ハルカさんはもう一つ。テーブルの下からファイルを取り出し、広げて見せてくれた。

  • 1281825/07/24(木) 04:25:15

    「ほんと。いやらしい計画立てるよね、アケミは」

     別紙参照の、別紙。

     そこには。

    「……なにこれ」

     今。
     
     玄関まで銃を取りに走ろうとすら思った。

     書いてあるのを読めばわかる。全部が。

    「カヨ……いえ、アルさん」

    「私は言ったわよ。『高く売れる方にあなたたちを売る』とね」

     ヘルメット団と揉めたから、なんて話は。アルさんが口頭で交わした、という話は、嘘。

     冷房もかかっていない部屋がひどく寒く感じる。なのに、この一瞬で汗が出て来た。目の前の人たちは。みんなが信頼したような態度を取ってた人たちは。

     敵でもなく、味方でもない。

     別紙参照。護衛契約書の片割れ。

     報酬が支払われる条件は。

     SUGAR RUSHがS.C.H.A.L.E本部に”辿り着くまでの”、護衛。

  • 129二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 06:21:11

    このレスは削除されています

  • 1301825/07/24(木) 06:25:01

    「あの山小屋さー」

     ムツキさんが言った。にたにたと。こちらを見下すような目で。

    「さっきも言ったけど、安全が確約されてるんだよ。だからレイサちゃんをあそこに残して、SUGAR RUSHが安心して動ける。その下ごしらえをする場所だったんだよねー」

     カヨコさんはまた、表情を戻し。足を組みかえ、言った。「兵隊をたくさんつけて、戦力を見せつけて。――でも、私たちは途中で抜ける。敵地目前にたった四人になったシュガラは、そこでおしまい」

     そして、私たちと宇沢が引き離されたら。

     便利屋さんとスケバンたちが裏切ったことを知らせる術はない。

    「作戦が失敗した、ってぼろぼろの私たちが現れたら、どう? いっしょに行ったスケバンたちが何人も帰って来ないってなったら、どう? 先生にはやっぱり敵わなくて、シュガラも捕まっちゃったって報告をしたら、疑う?」

    「……疑えるわけないじゃないですか」

    「そうすればレイサは必ず先生を恨む。許す許さないとかそういう優しい話じゃない。恨む。必ず。この感情って、人に対して持ったらね。関係が改善されることは、もうないものと思った方が良い」

    「……」

    「だからここの日付が”10月30日”、なんですね」

     アイリが言う。

     内容は簡潔に。間違いのないよう確実に。

     隠されていた別紙にははっきりと、”S.C.H.A.L.E本部までの護衛を行う日付”が書かれている。

    「そう。先生に一発ぶちかまして、翌日トリニティを襲撃して、大団円を迎える”夢を見させる”。でも30日から先はやってこない。なにもない。救出作戦を行う余裕もない。そうしてアケミは、先生に対して恨みを募らせたレイサを手に入れる」

  • 1311825/07/24(木) 06:40:34

    「なるほどね」

     ナツが笑いながら言った。

     気持ち、わかる。
     
     笑うしかない。もう。こんな壮大な話が、私たち主役で練られてるなんて。想像できない。

    「そこにアケミさんがささやくわけだ。『復讐しましょう。拠点は確保してあります。こうなったら、戦争ですわ』」

    「くふふっ。いいねーナッちゃん、冴えてる冴えてるぅ!」

    「S.C.H.A.L.E支部長の人間が、S.C.H.A.L.Eに対して反旗を翻す。アケミさんが欲しいのは……欲しいのは、その状況」

    「……冗談、ですよね?」

     宇沢が、ちょっと前に言ったような言葉を、口から溢した。

     ここまで言われれば私だってわかる。

     アケミが、S.C.H.A.L.Eの人間を頭に据えて、拠点を構え、本格的な戦争を起こす、ということは。

     つまり。

     ――つまり。

     つまりそれは。

     ムリヤリ。許可を取らず。そこに居座り、ぶんどって。S.C.H.A.L.Eと闘うための。義憤に立つ各自治区との戦闘を。味方に引き入れるための権謀術数を。戦線を維持するための”教育”を行う場所を。

  • 1321825/07/24(木) 07:02:17

    「自治区を作ろう、っての……?」

     ヨシミの愕然としたつぶやきに。

    「せいかーい☆」ムツキさんがぱちぱちと、手を叩いた。

     ありえない、なんて。誰も言わなかった。

     私は、ほとんど10代のアケミしか知らないけど、それでも。

     アイツとずっと付き合ってたみんなもそうだ。

     ありえない、なんて。誰も言わない。

     くしゃり。ムツキさんがおつまみ用のチーズの包装を剥き、かじる。歯型がついたチーズ。むにむにと前歯で噛み、飲み込む。アルさんがグラスを舐める。カヨコさんが背もたれによりかかり、ハルカさんはお茶をすすっている。

     虫の声。葉擦れ。薄い窓ガラスががたがたと風に鳴る。

     頭の片隅に言葉がよぎる。

     テロとか。そんなかわいい言葉ではない。そんな言葉は、可愛く思える。

    「クーデター……」

     私の頭の中の言葉は、かすれたアイリの声で、出力された。

     けれど、アルさんはゆるゆると首を振り、私の頭とアイリの口を、否定する。

    「クーデターはあくまで手段。目的は、自治区の樹立。そこに、SUGAR RUSHに対する情緒も、レイサに対する敬意も、同情すらも存在しない。アケミの目的は状況を維持して、連邦生徒会の許可を取らずに、なし崩し的に自治区を成立させること。スケバンの、スケバンによる、スケバンのための自治区をね。わかったかしら? これが、あなたたちと先生を対立させる、アケミの”政治”よ」

  • 1331825/07/24(木) 07:05:36










    (キリが絶妙にいいので今回はこんな感じで……)
    (ブルアカサントラのLPレコードが出るんですってね)
    (買っちゃいました。ぴーすぴーす)
    (高い。ピクチャーレコードだとしても、高い)
    (ばりばり針落とさせていただきますとも)

  • 1341825/07/24(木) 14:09:28


    (今日は夕方保守投下ができませぬ、すみませぬ)

    (あと、ゆえありまして、このスレは145あたりで次スレ移行します。こちらはそのまま150に満たないレス数で落としていただく形で)
    (お砂糖スレのツールは使用させていただいておりますが、まあ、200付近まで粘る必要もないかなと……。SSスレですし)

    (どうかご了承お願いします)

  • 135二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 23:01:04

    保守

  • 13618(いったん投下)25/07/24(木) 23:38:44

     政治。

     政治?

     こんな絵を描いてるヤツを、便利屋さんたちは、敵ではないと表現するのか?

     味方ではなく。敵でもなく。そんな、白とも黒ともつかない関係が、私たちとアケミの関係?

     私は聞いた。アケミたちがどれだけこいつらとつるんで、いろいろな面倒を見てくれたか。

     ライブの護衛と暴動の扇動。プロモーション。機材の手配、メンテナンスに、グッズ制作。レコード会社との渉外。タミコをはじめとした身の周りの世話。

     そしてなにより、私の捜索。

     たった一人の。このキヴォトスで、たった一人の行方不明の学生を、15年も。手がかりも無い状態で探し続けてくれて。探し続けるヤツらの面倒を見ててくれた。

     そんなヤツが……。

     そんなおせっかいなヤツが、こんな……?

    「アイツは……アケミは、内側に入った人間を裏切るようなヤツじゃ……」

     私が言った言葉はあまりにも弱弱しくて。

    「”内側”に入ってたんだ~?」

     だから、楽しそうな、気持ちよさそうな顔をする、頬杖をついたムツキさんの嘲笑に。一言で潰された。

  • 1371825/07/25(金) 03:24:53

    「敵でも味方でもない……? ふざけないでよ。真っ黒じゃない!!」

     私が考えていることは。

     みんなも同じ考え。いや。15年っていう毛布を被されてるみ掛けられているみんなからすれば、私なんかよりもよっぽど。

    「いーや、グレーだね」ナツは後ろ手を突き、笑った。自嘲のように。「少なくともレイサにとっては真っ白も真っ白。まさしく味方なわけだし」

    「ナツさん……?」

     愕然とした顔で宇沢はナツを見た。

     けど、ナツは宇沢の目線に気付かないふりをしているのか。口を止めない。

    「お話としては王道じゃん。歯が立たなかった強大な相手に挑み続ける勇者の物語。レイサは私たちの名誉を守り続けてくれるってわけ。『頑張りましょう』。『あと少しですわ』。励ましてくれる優秀な仲間がいて。残ったキャスパリーグを魔の手から救出するっていう大義名分まであるときた。ま、絶対に成功させないだろうし、矯正局から出て来たカズサはたぶん、また『神隠し』に遭っちゃうかもだけどー。『一度ならず二度までも……。おお、神よ! 私はあなたを許しません!』。そこから始まる不屈の捜索! 喜ぶがいい。勇者レイサよ。きみと世界の闘いはまだまだ続く! 正義は汝にあり!!」

    「ナツさん!!」

     立て板に水をぶっかけたように、高らかに語ったナツは。かっとグラスを煽り、レイサを見て。言った。

    「――ぷふぅ。ぶっちゃけるとね。これも方法の一つ」

     空いたグラスに、小さい氷が残っている。

    「”この後”のレイサを考えたら、裏がどろっどろの真っ黒だったとしても、照明が当たる舞台は、綺麗に飾り付けられてる。アケミさんは全力で支えてくれるはず。やることも、ある。――おんなじ思い出も、ある」

     おかわりちょーだい、と言ってハルカさんにグラスを渡したナツはまた。立て続けにグラスを呷って、空にする。

     おかわりちょーだい、と言ってハルカさんにグラスを渡して「潰れるのは終わってからになさい」と、アルさんが差し止めた。

  • 1381825/07/25(金) 03:31:36

     ヨシミのグラスに手を伸ばし。やっぱり一気に呷ったナツは。少し赤くなった顔で、肩を組んできた。酒臭い息を、私の顔に吹きかけ、言う。

    「カズサ。レイサのために死んでくれるー? 私たちは先に行って待ってるからさあ」

    「は――あっづ!!」

     どがん、と。大きな音がした。

     畳が揺れ。テーブルの上に置いてあったグラスのいくつかが倒れた。お菓子も跳ねて散らかり。零れたお酒やお茶が畳と、浴衣の裾を濡らしていく。

     叩けないから。手が動かせないから。

     テーブルに頭を打ち付けた宇沢が、ナツを睨んでいた。おでこは赤く、鼻も赤い。

    「舐めないでください、柚鳥ナツ」

    「……」

    「……」

    「……」

    「……」

    「……ごめん」

     ナツのしおらしい謝罪。宇沢が体を起こす。

     脱ぎ始めたハルカさんをムツキさんが「タオル持ってきなー?」とにこやかに止めた。幻覚かな。なんで脱ごうとしてたんだろう。テーブルに残されたびちゃびちゃの台拭きが、吸いきれない液体を未だ、ぽたぽたと畳に溢している。

  • 1391825/07/25(金) 04:23:29

     ――心臓がばくばくしていた。あんなことを言うナツが怖かった。あんな後ろ暗い言葉を、直接音に出されて、耳元でささやかれるなんて。

     ……。

     胃が、重い。ずっしりとなにかが落ちて来たみたい。

     それ以上に、宇沢がナツに向ける目線と、その雰囲気は。それこそ、洒落になっていない。

     まるであの時先生に向けたようなむき出しの怒りを。確かにナツに向けていた。

     大きく深呼吸した宇沢は、その怒りを細く長く吐き出し。ぶんぶんと頭を振ってから、言った。

    「すみません。まるで状況が理解できていませんでした。奢っていましたね。お恥ずかしい限りです」

    「……」

    「質問です」

    「なにかしら?」

     濡れた浴衣など一切気にせず。アルさんはまっすぐ宇沢を見返した。

    「今の話が本当ならば、アケミさんの策は私たちが先生が襲撃される前提の話です。アケミさんは、先生がああいう行動に出ることがわかっていたのですか?」

    「そこなんだよねぇ」

     代わりに答えたのは、ムツキさんだった。

    「うちらはアケミが自治区を作るような動きをしているのはわかってた。でも、どうするかまではわかんなかった。そしたら、急に依頼してきてさ。数日待ってたらこれだもん。都合良すぎなんだよ。先生とアケミが繋がってんじゃないの、って」

  • 1401825/07/25(金) 04:39:11

    「状況から判断するとその通りなんだけど、ありえないと思う。アケミ、S.C.H.A.L.Eだいっ嫌いだし」

    「そう、なんですか? アケミさんからそんな話、聞いたことないですけど……。ヨシミちゃん、知ってた?」

    「初耳。ナツは?」

    「さあ? てか嫌いならレイサと関わらなくない? あ、そうか。お財布?」

    「あはは……。それもあるかもしれませんが……。私たちが一年生の頃、杏山カズサの捜索をS.C.H.A.L.Eに願い出て門前払いを食らったことがあると聞いたことがあります。先生にではなく、先生の周りにいた方々に、ですが」

    「ワカモさんかー」

    「まだ野良だったSRTも居たねぇ」

    「アケミが私の捜索を? 宇沢が頼んだって言ってなかったっけ」

    「私はその話を先生から伺って、アケミさんに接触したんです。で、まあ。いろいろありまして」

    「こんなことになったと」

    「うぐぐ……。面目ない。ともあれ確かに、S.C.H.A.L.E……というか、本部に対してはこう、なんというか。苦手意識……というか……。私も、わざわざ問いただすようなことはしたくありませんでしたし」

    「そういう事情は知らなかったな。私たちはただ、そういう話があるって聞いたことがあるぐらい。『協力する気だったのにS.C.H.A.L.Eに拒絶された』みたいな逆恨み? そう聞くとアホっぽいけど……。ま、動機の一つとしては、当てはめられるかもね」

     すっ、すたん。

     ふすまが開いて、両手にどっさりタオルを持ったハルカさんが帰ってくる。「アル、お浴衣を脱いでください。濡れたものは私が着ますので!」と、畳の上にタオルを置いて、帯を解く。アルさんは「いい、いいってば!」と、ハルカさんの手を握って必死に止めていた。

     ああ、そういう……。

  • 1411825/07/25(金) 05:10:58

    「着換え持ってきてあげた方が良いんじゃないかなー」にこにことムツキさんが言うと。また慌ただしく部屋から出て行った。

     なんというか。へんな、ひと?

     広縁の椅子から立ち上がり、タオルを一枚拾ったカヨコさんは、私たちを見下ろし。言った。

    「で、どっちに行く? 先生か、アケミか」

     ばさり。タオルが振られ、音を出す。埃が舞う。

     ……みんなが便利屋さんの前で気を抜いていた理由が、わかった。

     ナツが『そういう人たちだから』って言った理由も、ちょっとわかった。

     この人たちは。比較的、という冠が付くけれど。物騒な言葉を使うのも。試すような物言いをするのも、私たちをどっちかに売る、とか言いつつ。ここまで事細かに状況を教えてくれて。

     あまつさえ、選択させてくれる。選択肢を、私たちにくれる。状況を叩きつけてくる先生とも違う。誘導するアケミ達とも違う。

     ナツがにやにやしながら言う。すっかりお酒が回ったような、ゆるゆるになった舌で。

    「我々はアイスケーキだよ。あの日に食べられず、冷凍庫に入れられたままのアイスケーキだ。このまましまっておけば日持ちするけど、食べるためには取り出さなければならない。取り出したら最後、賞味期限20分の、刹那の芸術へと変化する。昇華すると言い換えてもいいね。それはロマンだよ。――アイリの出した答えに、私は賛成する。アイリの答えに文句なんて言わないよ」

    「ぜんっぜんわかんないけど、私もナツに一票。つまり、アイリの判断に異議なし。今まで一度だって。振り回されて嫌だったことなんてないし! 今更別行動なんてするわけないじゃない。地獄の果てまで付いてくわよ」

    「私は皆さんをサポートするだけです。皆さんが決めたことなら、そうなるようベストを尽くします。……どんな答えでも。――ね、」

     杏山カズサ。

     宇沢は、私を見て。切なげな笑顔を見せた。

  • 1421825/07/25(金) 05:26:52

     私は。

     15年後のこの世界で。

     まだSUGAR RUSHの一員で。

     まだ放課後スイーツ部の一員だから。

     未だ。そう、居させてくれる。みんながそう言うのなら。

     ――この後残される私と宇沢。私たちは。みんながどう判断しようが、私たちは残される。ナツの鳥肌が立つようなあの言葉。ひょうひょうとしているし、気にしていない風にしているけど。言葉に出すには、酒に頼らなければならないほどに。先生の言ったことが、本当なんだろう。

     私は私がしたいから、仲間に入れてもらった。勝手に突っ込んできた私にみんなは、みんなの15年という。途方もないものをくれた。

     私は。……みんながしたいことを、全力で援けたいんだってば。

     その気持ちは、変わらない。

    「異議なし。放課後スイーツ部部員として、アイリに賛成、します」

    「もー、なにそれ。そういうの得意じゃないんだって」

     困ったように笑うアイリは、あの。

     私たちを振り回すときの、あの。

    「まあ、でも……。たぶん、みんな同じ、だよね」

     勝気な笑顔を見せて、言った。

  • 1431825/07/25(金) 06:15:29

    「アルさん。便利屋68に依頼を出したいのですが」

    「……どんな?」

    「私たちは10月31日、ラストライブをします。SUGAR RUSHの解散ライブです。その音源を、そのままノーカットで、CDにして。終わります」

    「……」

    「いろいろと問題があると思われるので、護衛を。さらにあと2週間で、ライブの告知や演出等の、準備もしなくてはいけません」

    「……」

    「なので――それまで、私たちのサポートを、依頼します。ざっくりした内容ですし、とても大変な作業をお願いするかもしれませんが、よろしくお願いします」

    「無理ね。人手が、戦力が足りない。分かってる? 先生と、アケミと。両方から突かれるわよ、あなたたちのライブは。どこで開催するかも知らないけど、まず。その場所にたどり着くことも不可能。辿り着く前に潰されて、何もできずに終わるわ」

    「関係ありません。やります。今まで通り、叩きつけるだけです。世界に対して。私たちを」

    「報酬は?」

    「最高のアルバムを一枚、ただでプレゼントしちゃいます! サイン付きで!」

     笑った。アルさんは笑った。

     笑って、言った。

  • 1441825/07/25(金) 06:17:44

    「その依頼、受けましょう」

     散らばったお菓子を片手でどけて。アケミと交わした契約書をファイルから取り出したアルさんは、テーブルに置いてあった100円ライターで、契約書に火を点けた。端からぶわっと燃えていく契約書は。黒くなり。内容が読めなくなり。

     焦げ跡と煙を残して灰になった。

    「迷子猫の捜索から闇討ちまで。ありとあらゆる仕事を確実に遂行する便利屋68はこれよりSUGAR RUSHのラストライブまでの一切を援けます。乙女連合を襲撃しろと言われれば行きますし、矯正局に代わりに入ってこいというなら入りましょう。もし、報酬が――最高のアルバムが制作されないとこちらが判断した場合は」

    「はい」

    「あなたたちの誇りはすべて破壊します。レイサとカズサに失意のまま生きていくことを強制します。よろしいですか?」

    「かまいません。ありえませんので。いいよね? カズサちゃん。レイサちゃん」

    「おっけー」

    「杏山カズサに同じです」

     アルさんは静かに、手をアイリに差し出し。

     アイリが、私たちを代表して。その手を握った。

    「契約成立。書類はのちほど準備させるわ」

    「よろしくお願いします」

     ぱたぱたぱた。

     カーペットをスリッパで歩く音がして、ハルカさんが帰って来た。

  • 14518(今日はこんな感じで)25/07/25(金) 06:49:27

     いまの状況を見てもとくに変わらず。分かっていたように。やっとか、とでも言いたげに。

     浴衣を持ったまま、静かに畳に座る。

     この話はすべて茶番。便利屋さんたちは初めからアケミを裏切るつもりで、私たちをここに連れて来ていたのだから。

    「そうとなれば話を詰めましょう。10月31日まであと13日。何をするのか、何をすればいいのか。出来ることと出来ない事のすり合わせ。一日たりとも無駄にはできないもの」

    「話が早くて助かるわ。まず当日の演出を説明するわね。ハルカさんとムツキさんは煽動と暴動の方、カヨコさんには全体の音的なところをお願いしたいんだけど――」

     ヨシミが尻の下に敷いていたノートを取り出し、テーブルの上に置くと。契約書の燃え滓が吹き飛び、舞った。

    「その前にお召替えです。お風邪を引いてしまいますから」

    「待ってハルカ。わかった、着替えは別の部屋でするから。それより、今から大事な話を」

    「だめです。あ、お話は続けて下さってかまいません。聞いてますから」

     ……意外と押し強いな、ハルカさん。

     ライブと言いつつやりたい放題な計画を。あの建物で退屈の埋め合わせに膝を突き合わせて計画した話を、ヨシミとアイリが説明している間。アルさんは浴衣を脱がされていた。諦めきった顔で。隠されもせず。ムツキさんが指さして笑い、カヨコさんがため息を吐きながら、ヨシミに専門的な質問を投げていく。

     宇沢は真剣な顔をして話を聞き、時折、口を挟む。S.C.H.A.L.Eであることを忘れたかのように。そういえば、辞めてやるとか言ったような。テロに近い計画をどうすれば成功させられるか。真剣に、便利屋側の言い分を合わせ、まとめていく。ナツは良い感じに酔ってきたのか、話が済んで安心したのか。畳にひっくり返り、宇沢にちょっかいを出して、邪険にされていた。

     動き出した気がした。本格的に。

     みんなが。私が。私たちが。

     結ぶために。

  • 1461825/07/25(金) 15:35:25
  • 147二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 01:33:47

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  • 148二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 01:34:47

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  • 149二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 02:38:26

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  • 150二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 02:39:28

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  • 151二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 02:40:23

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