【SS】多元宇宙論に於ける並行同位体の話

  • 1ナウい太陽25/07/13(日) 15:02:26

    「多元宇宙理論というのを知っているかい?」

    いつものようにタキオンをどうにかしてトレーニングへ連れ出そうと画策していると、徐ろに彼女は訪ねてきた。
    多元宇宙、どこかで聞いたことがあるような気もしなくはないが…

    「並行世界(パラレルワールド)、代替現実(オルタナティヴ・リアリティ)、若しくは…マルチバースとでも言えば聞き馴染みがあるかな?そういった類の世界が存在する、という理論さ。」

    その言い方ならば耳馴染みがある。しかしなぜその事を聞いてくるのだろうか。ただ一つ、信じられるとすれば彼女の突拍子もない発言には常に私が現時点で知り得ない意図が孕まれている事だ。
    私が興味を示した事に反応し、タキオンは回転椅子に直り肘をついた。

    「なに、ちょっとした思い付きだったがまさか食いついてくれるとはね!君は骨の髄までモルモットだな。」
    「いいでしょ別に!?」

    はっはっはっは!と高笑いをする彼女にため息を溢しながら、対面のパイプ椅子に腰を落とす。この際だ、トレーニングに連行するにしても語りたいことを思い切り語らせてやろう。

  • 2ナウい太陽25/07/13(日) 15:03:48

    「…それで?どうしたの急に」
    「ああ、本当に気になるのかい…昨晩厭に不愉快な夢を見てねェ。…それで朝方から今に至るまでその夢の内容が脳にこびり着いて離れなくなったわけだ。」
    「で、その夢がなんだっていうの?」
    「特段おかしい話じゃない。夢の中でね、君がただ…別のウマ娘のトレーナーをしていたと言うだけの話さ。」

    …驚いた、それは彼女にとって"不愉快な夢"にあたるのか。私でなくとも、トレーナーならば誰でもいいだろうとは思っていたが。タキオンは額に人さし指を立てながら、ええと誰だったかな…カフェか…トップロードくんだったか、ポッケくんだった気もするし…否華麗なる一族のご令嬢だった気も…とうんうん唸る。

    「ともかく!そこで過ったのが多元宇宙理論というワケさ!その夢が…マルチバース時空に置ける現実だったら?」
    「つまるところ、君が私以外の担当トレーナーになる世界線は一体どんなものか!?という話だよ。」

    大袈裟に白衣の袖を振り回しながら語る彼女に対して一番の感想は…なにをバカな、だった。何故なら

    「想像できない、という顔だね?」
    「…!」

    まさに、を当てられてしまい若干頬が強張る。…そんなに分かりやすいだろうか。いや、しかしだって、考えられるはずがない。私はあの場、あの瞬間、アグネスタキオンの走りを見て、何かを焦がされるのを感じた…あの鮮烈な深い衝撃を一体他のどこで感じられようか。
    正直な話、私達は(若干小恥ずかしくもあるが―――)お互い運命で引き合わされたかのような関係だと我ながら思う。私だけが同じ思いだと勝手に勘違いしていたのだろうか…。そんな風に思考を巡らせているのもお見通しなのか、タキオンはやれやれと言った表情でくるりと椅子を回す。

  • 3ナウい太陽25/07/13(日) 15:06:08

    「何故そう断定できるのかな。実際に並行世界を見てきたわけでもないというのに。」
    「……む。」

    ――――宇宙人が実在するか、という話。"実在する"という証明は、無限が如く広がる宇宙の星星の中から、たった1つの証拠を見つけ出せばすることが出来る。
    しかし"実在しない"という証明は、というその星星の全て、ありとあらゆるを観測しなければ証明することはできない。そうしなければ、観測していない星星の何れかに「実在するという可能性」が存在し続けてしまう。同じように、タキオンと出会わなかった世界の私が存在しない、という証明はすべての並行世界を観測しなければ証明ができないと言うことだ。

    「君がそうとしか考えられないのは、あの日あの時私と会長の模擬レースを目撃したからだ。あの場に居合わせなければ話は…ああ、なんなら私と君が衝突しなければもっと話は変わっていたはずだと思うけれど?」
    「…なるほど。」

    いたってシンプルなことだ、要するにこう言った論争はもしもあの時〜…と言うタラレバの空論であると彼女は囀る。…納得はし難くとも、理解はできる話だ。たとえ私がどれ程までにあの走りに陶酔していようとも、それは私が選び続けた選択肢の結果でしか無い。その内一つでも違う選択肢を選んでいれば確かに今の私は此処にいない。そも、可能性の徒である彼女の前で、可能性を潰すような話をするのは適切ではなかった。

  • 4ナウい太陽25/07/13(日) 15:16:49

    「さて…取り敢えず土台に上がってもらったという認識で良いね?」
    「仕方ないなあ。今日はディスカッションによる賢さトレーニングということで…。」
    「毎度思っていたけど君が偶に言うスピードトレーニングとか賢さトレーニングとか言うのはなんなんだい?トレーナーの間で流行っている俗称か何かなのかい?」

    前のめりのタキオンは無視して自由に想像をする。もしもの自分、タキオンを担当していなかった自分…か。

    「あー!無視してるね君!全く…まあいいだろう。この話題を突き詰めたい欲求に駆られている私にとっては好都合極まりない。」

    額を突き合わせ思考を巡らせていると、タキオンがそうだね、と小議題を投げてきた。

    「では、君がカフェのトレーナーだった場合を想定してみようじゃないか。」
    「マンハッタンカフェ?」

    マンハッタンカフェ。幽霊が見えると云う少し不思議なウマ娘。タキオンがよく絡んでいるのを心底迷惑がっているのには申し訳ないが……間違いなく、ジャングルポケットと並ぶタキオンにとって最大のライバルの1人と言っていい。そう言えば、彼女はタキオンの脚が壊れた際に可能性を託す筈だった保険(サイドプラン)でもあった。

  • 5ナウい太陽25/07/13(日) 15:20:45

    …自分が彼女のトレーナーになる姿を想像できない…いや、それは私の想像力の欠如だ。そうだな…出会いはきっと夜だろう。自分が抜けているところがある自覚はあるから…スマホを部屋に忘れ取りに戻る道でトレーニングコースに居る彼女に気付くのだろう。…ああ、気にしていなかったが彼女の選抜レースでの評判はタキオンに近いものがあった。何を考えているのかわからない、ハグレモノの問題児…多分だけど、私は気になって声を掛けるだろう。…縛られておいて、タキオンを探しに行った前科がある自分のことだ、最早疑いようもない。

    「ふゥン…思考の海を泳ぐ事自体は否定しないが目の前の相手を置いてけぼりにするのは感心しないな。」

    ハッと意識を引き戻される。…少し考えすぎたか。しかしある程度想像できる所までは漕ぎ着けた。タキオンに声をかけられるまで考えていたことを彼女に話すと、タキオンは嬉しそうに笑った。

    「そうそう、そういうことだよ!…ああ、私は当時彼女の夢の一端を預けるつもりでいたからねェ…カフェを観察する君に声をかけただろう。そこからトントン拍子で君は…カフェの異常性を受け入れながら、担当契約を結ぶのだろうね。」

    なにか懐かしい顔をするタキオン。…想像上の彼女を、過去の自分と重ねているのだろうか。

    「ああ…その世界ではきっと私はプランAを諦めていただろうね。予定通り皐月賞出走後からプランBとして…計画のすべてを、カフェと君に託していただろう。」

    容易に瞼の上に浮かぶ。2年目の夏合宿前だ…月桂杯の為のトレーニングをしていた彼女の様子は今でもよく覚えている。正直、あの時彼女が月桂杯に参加していたらと思うと怖くなる。だが、本気で参加すると信じて資料を集めたからこそ今があるのだと思えば、幾分か気分はマシか。

  • 6ナウい太陽25/07/13(日) 15:24:36

    「……って、皐月賞?日本ダービーじゃなくて?」

    今たしかに彼女は皐月賞後とハッキリ言った。彼女がプランBに舵を切ろうとしていたのはダービー後だった。それに関して、私の覚え違いではないと思うが…

    「そりゃあそうだろう!君の呆れるほどの熱意がなければ抑ダービーは私の計画に入れるつもりはなかったからね。君という外的要因が居たから、ダービーまでを観察期間とし、調整をしてきたのさ。……覚え違いでなければこれは、菊花賞の後に話した筈なんだがね?」

    ン?と首を傾げるタキオンにぐうの音も出ないとはこのことかと思い知らされた。ううん…確かに菊花賞で全部を話してもらったとき、そんな事を言われた気もする……

    「前線からは身を引いて、君達が速さの究極に至るまで全力のサポートを提供するだろうね、私は。…正にそれは私の最大の研究対象で、最大の悲願でもあるのだから。君達は私と共に走って走って…かつての私の限界速度を追い越して…そして。」

    「うん、君とカフェならたどり着けただろう。"今の私"と同じ場所に。」

    少し寂しそうにこちらを見つめてくるタキオン。なんてさみしいことを言うのだろう。だけど彼女が言うのだからきっとそうだろう。マンハッタンカフェはそこに到達するに値する実力者であると、私も思わなくはない。
    想像する、カフェと私がそこへ辿り着いた姿を。…うん、やっぱり違う。

    私の描く未来と、タキオンの想像する未来は違う。

  • 7ナウい太陽25/07/13(日) 15:26:29

    「…そうだね、辿り着いただろう。私と、マンハッタンカフェと…君は。」
    「―――――は?」

    「私が思うに、君は戻ってくるよ。ぜったいに。」

    「…いや、待て待て待て!君は私のトレーナーだね?モルモットだね!?なら私の事を正しく理解しているはずだ。私は本気でターフを去るつもりだった!」
    「そこの見解は同じかな。でも君は君自身を正しく理解していない。」
    「なんだって?」

    「だって君は、自分で思っているより、ずっと泥臭いんだ。」

    ああ、易い。想像に易い。彼女はマンハッタンカフェが強く、疾くなっていく姿を見て、これならば自分の描いた理論の証明に到れると歓喜する。…最初のうちは。だんだんと…だんだんと…。
    瞼を閉じて、思い描く。もしもの世界のアグネスタキオンを。

  • 8ナウい太陽25/07/13(日) 15:32:50

    『そうか!そうかそうか!ついに!』
    『これこそが成果!私の計画により、これからついに君は、その域に…!!』
    『よしよし、これでいい。これでいいんだ!誰でもよかった、君でも他の誰でも!』
    『いいはずなんだ!君か、君だ!そうだ……君!』
    『だが……そうか……君なんだな。君が……君だけが……その先へ……!』
    『君だけ……だと?君だ……け……。』
    『だ……………け……………。』

    きっと彼女は気付く筈だ。…誰が、その可能性に辿り着いて。

    『ぁ……?ぁ、あぁぁああ……。』

    誰が、その可能性に囚われるのか。

    『あああああああああぁぁぁああああああああああああああああああああああッ!!』
    『くそ、くそ、くそくそくそ……!!』

    足りない、足らない。足りるはずがない。だって彼女は勘定に入れていなかった。彼女の計画に、自分の感情を考慮していなかった。こうなる事は…先程彼女が自身の泥臭さを自覚していない事でハッキリしたはずだ。彼女は研究者であるあまり、競争者(ウマ娘)の自分を忘れることがある。

    『それでも――見られないのか!?』
    『カフェでも誰でもよかったッ!私でもッ!が――』
    『" 私 だ け は な い "のか!?』

    そのずれから生じる、落胆と絶望。でも、それは絶対ではない。だって、だって。

    「…それに、そこに私は居るんでしょう?」
    「隣にいるのがカフェか、君か、違いはあるけれど。」
    「ならきっと…君は可能性をもう一度追い始める。」

    どうしようもない衝動に、喉を轟かせるだろう。得も言えぬ激情に、脚が動き出すだろう。可能性を諦めた分際で、何を今更と嗤うだろう。それでも、自分は生きている、生きているのだ。生きて、脚が、才能が、力があって。可能性は私の中に生きている。そうだ、そうなんだッ!"意味がない"!他者の到達する光景など…私はッ!私自身のこの脚で――――私自身のこの眼で!!

  • 9ナウい太陽25/07/13(日) 15:33:59

    存在しない筈の天を衝く咆哮が耳に響く。彼女の魂が、聴かせているのかもしれない。…その雄叫びを聴きながら、彼女の眼を見つめ、真実を告げる。

    「そうでなくては、君はアグネスタキオンじゃない。」

    数秒の静寂を突き破ったのは、ハハ…というタキオンの口から漏れ出た乾いた声、それはすぐにハッハッハッハッハ!という高笑いへと変わる。面白がっているわけでもない、思わず出てきたのだろう。

    「ハ…ハハ!つまりなんだい、君の中での私は一度カフェに託したプランBを覆し、自分一人でプランAへ舵を切ると?そんな合理的ではないこと、私が……」
    「するでしょ?」
    「―――――――。」

    否定はさせない、だって前科がある。どこかの誰かの何かに惹かれて、ゼロではないという理由だけでプランAを完成させた前科が。

    「ううんでも、違うかもな。プランAは自分の中にあるものを基盤に、外的要因を伴って完成したもので…」
    「プランBは他者を基盤に、私のサポートを経て完成するものだね。」

    この可能性は、そのどちらでもない。プランBを基盤に、それを絵図として自身の肉体を全盛期まで戻し、脚という欠点を克服する。これは…なんというか…。

    「タキオンとマンハッタンカフェ、二人で求める……言うなれば、プランC…かな。」

    タキオンはそれを聞いて呆れたような、嬉しいような、そんな顔をしながら頬杖をつく。

  • 10ナウい太陽25/07/13(日) 15:35:12

    「…全く持って、君というモルモットは………。」
    「"想像"以上に私の事を買っているな?」
    「それはなんというか…適切な表現じゃないかな。」

    私はタキオンというウマ娘の信念や探究心を確かに評価をしているけれど、この結論はたぶん、そこから出たものじゃない。正しく言うならば私はアグネスタキオンという自分の担当ウマ娘のことを

    「信じているだけだよ。」
    「………ハッハッハッハ、やはり本当に………」

    ―――――君の目は随分と狂った色をしている。

  • 11ナウい太陽25/07/13(日) 15:36:13

    『ウマ娘』

    彼女たちは、走るために生まれてきた

    「さて!君の狂信っぷりに興が乗った。少し遅いがトレーニングでもしようじゃないか。」
    「え!?ちょ、ちょっと待って!準備してくる――!」

    ときに数奇で、ときに輝かしい歴史を持つ別世界の名前と共に生まれ、その魂を受け継いで走る───

    「おーいトレーナー!これからパフェ食いに行くんだけどよ!」

    それが、彼女たちの運命

    「トレーナーさん…お友達のことで、話が…」

    この世界に生きるウマ娘の未来のレース結果は、まだ誰にもわからない

    「あぁ、トレーナーさん!ポッケちゃん達が〜っ…!」

    彼女たちは走り続ける

    瞳の先にあるゴールだけを目指して───

    「さあ…実験を始めようか!」

  • 12ナウい太陽25/07/13(日) 15:40:55

    もしこんな辺鄙なスレを開いていただいた方がいらっしゃるのでしたら、ご拝読ありがとうございました。
    前回ダイススレを盛大に落とした前科があるので、スレを落とさないことを目標にと思い別の場所にアップしたSSをリメイクしてみました。
    私的に、「トレーナーは完全同一人物であり、過去の些細な出来事の違いによって担当するウマ娘が変わる」と解釈しており、それを元に書かせていただきました。ユーザーネームが同じなんだからそういうことだよネ!という。

    これの原型書いたのは新時代の扉公開の前後なのですが、うん、やはり、アグネスタキオンって良いですね。一番最初の担当でしたが、本当に再燃させられました。今の担当はダイイチルビーです。

    さて、長くなりましたが改めましてご拝読ありがとう存じます。

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/13(日) 15:41:43

    お疲れ様ですイラストもSSもとても良かったです

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/14(月) 01:33:53

    全員がベストなレース人生とはいかなくても、ベターであってほしいですよね

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