【SS】その手を取る理由

  • 1二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:41:00

    パーティに出ることになった俺は
    慣れない礼服を用意するため 店を何軒か見て回っていた
    けれど どれもピンと来なくて足が止まっていたところに
    彼女から届いたメッセージが目に入った

    「スーツのご用意でお困りでしたらご相談ください
    サービス券などもございますので」

    タイミングが良すぎる気もしたが
    助かるのは事実だった
    すぐに返信すると 彼女は数時間後には
    とあるセレクトショップの前で待っていてくれた

    「ようこそトレーナーさん
    こちらは父の紹介で特別に優待いただいている店舗です」

    黒と金のロングコートを翻しながら彼女は微笑んでいた
    片眼を隠す前髪と鋭い眼差し
    けれど口元にはどこか柔らかさがある

  • 2二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:42:00

    彼女の目に導かれるまま店内へと進み
    いくつかのスーツを当ててもらう
    俺が普段選ばないような
    深いチャコールグレーの三つ揃えに
    黒と赤のストライプが斜めに走るネクタイが合わせられる

    彼女の勝負服と同じ
    そう思わせる色使いだった

    ネクタイピンはこちらなどいかがでしょう
    銀の矢じりのようなデザインです
    私の耳飾りに似ているかと

    それを聞いて思わず彼女の顔を見た
    淡い青の瞳がまっすぐ俺を見ていた

    さらにカフリンクスはどうでしょう
    石は私の瞳と同じ色を選びました

    完璧なコーディネートだった
    まるで今日のために全てが用意されていたかのように

    その日は採寸と注文だけで終わり
    数日後 スーツが手元に届いた

  • 3二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:43:21

    そして当日会場へ向かう前に
    ネクタイを手に 俺は鏡の前でうなっていた

    そこへノックが響く

    「トレーナーさん準備の進み具合はいかがでしょうか」

    「あ 開いてるよ ジャーニー」
    ドアを開けた彼女は
    いつもの勝負服のままだったが
    なぜか少しだけ髪がきれいに整えられていた

    「ネクタイですかよろしければ お手伝いしても」

    「いや 俺がやるよ」

    そう答えながらネクタイを手に取る
    でも結び方がどうにも決まらない
    そっと視線を横に向けると
    彼女は控えめに手を差し伸べてきた

    「トレーナーさん
    やはり 私にお任せいただけますか」

    「お願いします……」

    彼女が一歩踏み込む
    胸元に差し出された手がネクタイを受け取る
    その瞬間 距離が一気に縮まった

  • 4二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:44:34

    彼女の黒の手袋が 俺の胸元で器用に動く
    矢じりのようなネクタイピンが軽く揺れる
    視線を落とすと 彼女の長い銀髪が肩を滑って揺れ
    その一房が俺の指先にかすかに触れた

    近い
    けれど彼女の表情は何も変わらない
    唇をかすかに引き結び
    自分の手の動きにだけ集中しているように見える

    でも
    わずかに震える指先と
    耳の先がほんのり赤いのを
    俺は見逃さなかった

    結び目を整えながら
    彼女の呼吸が一瞬詰まる
    それが俺の喉元にふわりとかかって
    お互いに声が出せない時間が続く

    「……完成いたしました
    少しだけきつめですが
    すぐに緩むことはないかと」

    「ありがとう助かったよ」

    俺の言葉に
    彼女は目を伏せて一礼する
    けれどその頬はうっすらと赤くなっていた

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:45:36

    「私も……
    このひとときが少し 嬉しかったです」

    何気ない声だった
    けれど
    彼女の胸の奥から出た言葉のように感じられた

    パーティーが終わり
    街の灯が少し落ち着きを取り戻し始めた時間帯
    会場の外に出た俺たちは
    自然と歩幅を合わせながら人気の少ない通りを歩いていた

    夜風がスーツの襟をそっと揺らし
    彼女の長い髪が微かに流れる
    スモーキーな香りがふわりと鼻腔をくすぐる

    「今日はありがとう
    とてもいい時間だったよ」

    そう言った俺の声に
    彼女は小さく頷いた

    ……こちらこそ
    貴方と過ごす時間は いつも特別です

    それはビジネスの枠を超えた
    どこか柔らかい響きだった

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:46:37

    道の端を踏まないように
    石畳をなぞるように歩く彼女の足元
    黒いロングコートの裾が静かに揺れて
    赤い裏地がちらりと覗く

    ふと
    俺はポケットに入れていたネクタイピンに触れた
    銀の矢じり
    彼女の耳飾りと同じ形

    「なあジャーニー」

    「はい」

    「これってさ
    今日だけのためのものじゃなくて
    ずっと身に着けていてもいいかなって思ってるんだ」

    そう言いながら
    ネクタイピンをそっと外し 彼女に見せた

    「それは嬉しいです
    そのために ご用意しましたので」

    「……なんとなく そうじゃないかと思ってた」

    彼女は振り向き 俺の顔を見上げる
    瞳に宿る淡い青が 街灯を反射してきらめく

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:48:02

    「……実はネクタイを結ぶとき 少しだけ
    うまくいかないふりを しました」

    「えっ」

    「貴方の手に
    触れてみたくなってしまったのです」

    歩く足が止まった
    彼女の表情は変わらない
    ただ 目元だけが少し緩んでいた

    「ずるいな
    そんなこと言われたら」

    「……後悔しておりません
    それどころか
    こうして並んで歩く今も また
    少しだけ触れてみたいと 思ってしまっています」

    彼女の声はかすれていた
    けれどその真っ直ぐな言葉に
    俺の中で何かがほどけた

    「じゃあ……
    手 出してもいい?」

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:49:22

    彼女は言葉を返さず
    けれど そっと手袋を外し
    左手を差し出してきた

    指先が触れそのまま絡めた
    あたたかかった

    無理に強く握るでもなく
    離れないように ただそっとつなぐだけ

    歩き出す二人の影が
    夜道に長く伸びていった

    もう少しだけ このままで

    そう思ったのは
    きっと俺だけじゃなかった

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:50:24

    おしまい

    初スレ立て緊張しました
    ネクタイを結ぶという些細な接触に
    互いの感情の揺れや我慢を込めることで
    派手な展開がなくとも深い余韻とときめきが残る構成にしました

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:53:16

    んーあんまりにも良い物読まされるとちょっと感想出てこないのね

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/17(木) 21:56:10

    ぼくジャーニーがジャーニーのまま乙女してるのだいすき!

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています