- 1二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:40:29
- 2二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:41:56
※スレ主からの注意:このssは原作イベント「Code: BOX ミレニアムに迫る影 ~一つの問いと二つの答え~」に関するネタバレを含むものです 未読の先生は読んでも面白みがわからないと思います
またスレ画は適当です ゆるい話では全くありません - 3二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:46:16
彼女の顔付きは、まるで葬式の参列者みたいに憂鬱そうだった。どうやら今日は楽しめるタイプの話じゃないみたい。夏の雨の日、土砂降りの正午……わざわざこんな日に呼び出された理由でもあるのだろうか。何か決断を急がなければならないとか?
……まさか核兵器? うーん、あまりしっくり来ない。私の知る調月リオなら、そういう話は単刀直入に済ませそうだ。ならば毒ガス……もしやウイルスなんてことも?
「ハッキリさせておくわ、この兵器は味方を撃つために作った。言い逃れるつもりはない」
え? 味方……待ってください、それって私ですか!!?
「そこには貴女も含まれるわ。……今日呼んだのは、この兵器で誰を撃つべきか……私の考えが間違っていないか、確認してもらうため」
う、うーん。全くピンと来ませんね。私は今キツネかタヌキに化かされているんでしょうか。
「これは、たった一度きりの"空想科学"の兵器よ。だからこそ、貴女の……私が知る限り、最も優秀なSF作家である貴女の意見を聞いて、慎重に用いなければならない」
装置の表面は、陶磁器のように真っ白。調月リオは何か思いついたようで懐からシャープペンシルを取り出し、そこに押し当てる……滑らかすぎて書くことが出来ない。困っていそうだったので、私が普段アイデアを書き留めるために使っているマーカーを貸す。
『無名の司祭』。それが彼女の書きたい言葉だった。 - 4二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:48:16
「ミレニアムサイエンススクールが持ち、他の学園は持たない利点とは何?」
突然ですね。まあ、色々あるんじゃないですか? 個人的には構内に発電所あるのが大きいと思いますけど。
「それほど深い知見に基づかなくても大丈夫。入学パンフレットに書くような内容で構わないわ」
……それなら、『技術』と『知識』ですかね。みんなそれをアテにしてるでしょうし。
「SF作家の観点から見て……ミレニアムが持つ『技術』と『知識』は、宇宙からの侵略を退けるのに、十分だと思うかしら」
急に何を言っているんでしょうこの人。どうやら本気で聞いてきてるみたいなので、私も真剣に考えますが。
……それは、侵略者の強さによるのでは? クトゥルフがどうにかできたとして、しかしヨグ=ソトースは無茶じゃないか。カネゴンが余裕でもゼットンとなると怪しい。身も蓋もないが、ミレニアムの技術も知識も、無限ではない以上、そんな答えになってしまう。
「この兵器が撃ち殺す『味方』は、ミレニアムサイエンススクールのことよ。一度殺されたミレニアムは、相手がヨグ=ソトースでもゼットンでも、条件次第で凌駕できるほどの力を持って甦る」 - 5二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 00:55:04
「プロジェクトの名前は『KALEIDOSCOPE』。ミレニアムを起点として、キヴォトスの基底現実に不可逆的な改変を及ぼすことを目的としているわ」
彼女が何を言っているのか、まだ私にはわからなかった。ただ……焦りのような。数十年も数百年も周りを欺き続けた秘密の告白をするような、尋常ならざる感情を後ろに感じた。
おそらく私は、彼女は友人だと思っている。しかし今この瞬間、その逆はわからない。ミステリの終盤、大どんでん返しのその時、主人公とキーマン以外の人物は果たして人物でいられるだろうか? 答えはノーだと思う。私は人物をやめ、少し舞台装置に徹した。つまり、彼女を……彼女の混乱を、ただ見守ることにした。そうすることしか出来なかったのかもしれない。
彼女は息を呑んだ。 - 6二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:00:48
「この兵器が発動した時……本当の意味で、全てが変わってしまう」
「ミレニアムの生徒は全員、優秀な学生をやめて魔法使いになる。『高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない』と言うでしょう? その言葉通り……科学という名前が付いた魔法に傾倒し始める」
「ミレニアムの技術や知識は、体系的な要素の全てを失ってひとつのSFに変わる。『人間の想像できるものはすべて実現できる』……そこでは、想像が及ぶ限り全ての挑戦が、理論上無限のポテンシャルを持って行われる」
「そして、私たちのうち誰も、それを知ることはない」
「検証と再現のみによって形作られるという科学の定義、学問の在り方を、私たちは"これから"も思い出すことができる。しかし、自分たちがそれを全く実践していないことに気が付く者は、未来永劫現れない」
「これまで我が校が重ねてきた努力、失敗と成功、解き明かす喜びの全てが、"SF"という暴力的観念の足に踏み躙られ、無自覚に淘汰され、無邪気に侮辱される。そんな悲惨な境遇が、宇宙の死まで永遠に続く」
「……それでも、この拳銃自殺を試みない限り、私たちは『無名の司祭』との戦争に勝つことができない。残された時間は、たった1年しか無いのだから」 - 7二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:04:04
……リオ。
「ごめんなさい。柄にもなく捲し立ててしまった」
最近、ちゃんと寝てますか? 疲れてるんじゃないですか、ちょっと休暇を作った方が――
「っ……ち、違うの、これは私が、本当に……!」
冗談ですよ、ちゃんと判ってます。はあ……私にしか相談できないわけですね。
「………………」
つまり、メタフィクションの考え方でしょう? 実はこの世界ってのが小説とか漫画とかゲームみたいな媒体の物語で、その内容を内側から書き換える力を持ってるのがこの装置。『自称技術者が意味不明なカラクリを工具で叩いて、動くと断言すれば実際に動く』ようにルールを書き換える、そのための超越者の鉛筆。
「……その理解で構わないわ」
なんでそんな力が存在するのかは……まあ、起動した後にはどうでも良いことですよね、全部。それで、起動の後じゃなく前、今このタイミングで相談されたってことは、あなたの記憶も私の記憶も消えている想定であると。残ってても不都合なだけでしょうし当然ですけど。
「そうよ。これは、完全犯罪でなければならないから」
雨は止まない。その音は世界が企てたノイズのよう……まるで私たちがそこから真実を聴き取ることを阻むかのよう。反面、私たちの暗殺計画が世界に知られず済んでいるのも、雨音のお陰かもしれなかった。 - 8二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:07:56
畜生!続きが読みたくて寝られなくなってしまったじゃないか!
- 9二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:09:46
「ここまで聞いて、あなたはこう思ったかもしれないわ。『この事をわざわざ自分に相談したのは何故か?』と。それには、ちゃんと理由があって」
ちゃんとした理由なんて無くても相談していいんですよ。SF作家ってのは読者との間に突拍子もない話を共有したくて生きてるんですから。
「……貴女自身のことなの。SF作家としての……友人としての」
へ? 私自身?
「ええ。ミレニアムが"SFの学園"になったら……SFが真実となってしまえば、創作としてのSFは、概念ごと無くなってしまうでしょう?」
ああ……確かに。
「私は、貴女の著作を少なくない回数読んだことがある。それらのことを、驚きと示唆に満ちた名作たちだと思っていて……いち読者としての愛着もある」
………………
「たとえ現存するSFの全てを保存することができないとしても、断りなく失わせてしまうにはあまりに惜しい概念だと思った。だから、SFの代表者として貴女を呼んだ……SFを、ひいてはそれらが保存された貴女の人格を、"これからの世界"に、どう落とし込むべきか」
その『銃』に撃たれた時、私がどんな存在になるかは、今ここで自由に決定できるってことですか?
「そういうことになるわね。……何か、思いつく?」
なるほど。"これからの世界"に、SFは存在することができない……つまりは私そのものを、私の遺稿として残す方法を考えなければならない。
しかし、そんなことが可能でしょうか? 『知るだけで死んでしまう存在』について書いたホラーを、実話として発表しようものなら、矛盾が丸見えで馬鹿みたいです。しかし調月リオが大真面目に言っているのはそういう類の矛盾を孕んだ要求でした。それでも、私なら何か思いつくかもしれない……そう思ってくれたんでしょう。
……正直、考えていて楽しいものではない。それでも一つ、思いついた……SFではないが、物語としてオチが付くアイデアを。
同時にそれは、彼女がこれから働く侮辱と、同じくらいの侮辱を孕んだ提言でもあった。 - 10二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:17:50
『疑似科学部の部長』、なんてのはどうです?
「……?」
真面目に『科学』をやっている人たちのすぐ隣で、言い張るだけで根拠のない科学を言い張って、それで悪どくお金を稼ぐんです……うふふっ、考えようによっては、SF作家とやってることが同じじゃないですか?
「……み……ミライ? 貴女、何を……」
だって、今まで真面目に科学をやってきた人たちほど、"これからの世界"では無邪気に侮辱されるんでしょう? 空想に現を抜かしていた私だけ何の名誉も失わないなんて、不公平ですよね。
「ご、ごめんなさい。私、怒らせるつもりじゃ――」
聞こえません。聞こえないので、謝罪なら結構ですよ。
「………………」
事の深刻さは承知です。無名の司祭とやらの脅威を前に、それは仕方ないことなんですよね。あなたはこれから、誰かが犯さなければいけない罪を自ら進んで犯そうとしている……ちゃんと理解できてます。
「……ごめんなさい」
長い付き合いなので、わかるんです。私に懺悔を試みたこと、今こうして謝っていることとは裏腹に、あなたが自分を赦そうとも、赦されようとも思っていないこと。
「………………」
だから私は、あなたの罪を半分背負って、その罪を象徴するような姿に自分を捻じ曲げて、自分すらも知らないまま罰を受け続けます。あなたに謝罪の機会は訪れません。それは、ミレニアムが本当の意味で『学びの場』になる機会が二度と訪れないのと同じです……これが、今回の殺人犯とその共犯者に対して、与えられるべき処遇だと思います。
「………………」
これがSF作家ミライとしての遺言です。リオのことは、友人として信頼しているので……ちゃんと実現してくださいね。 - 11二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:19:28
それ以上に話すことは何も無かった。雨が止むまでそこに居てもよかったけど……もう直ぐ世界が終わるとわかっているのに敢えてじっとしているなんて、SF作家の行動じゃない。
私は私のことを良くわかっている。自分で考えた作品には無根拠に大きな自信を持つし、どんな境遇であってもそこそこ以上に楽しく生きていけるだろう。あまり重く捉えないのが私の良いところだ。それは疑似科学の徒になってもきっと変わらない筈。
そして、私はリオのことも良くわかっていると思う。彼女はきっと、ミレニアムから私の居場所を無くしたりはしない。でも私が度を越えた悪事を働いた時きちんと処罰するような分別も持ち合わせている。記憶を無くしたとしても、私以外の全ての人に対して同じことができるに違いない。
つまりは、私が将来のことを不安になる理由なんて、一つもないということだ。
どんな子どもでも、泣き疲れれば泣くのをやめて眠るものである。今日の世界もまたそうだろう。
END - 12二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:27:49
結果として原作のミレニアムが生まれるなら完全に無意味だったな
科学も魔法もない物理的な解体以外の全てはAL-1Sに通用してなかったし王女本来の力こそ想像の実現だから - 13二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:28:34
(以上です、お目通しありがとうございました スレ画マジで軽すぎたかもしれません申し訳ない
(現状ただのおもしれ―女であるミライさんが実は重要な立ち位置!っていうお話をミライさんの次の供給が来るまでに書いてみたいと思ったのがきっかけでした そこからは原作でのミライさんとリオの会話シーンを見つつ、この2人実際に腐れ縁だったらどうなるかな~って観点からアプローチしてみた感じです)
(書き上がってみたらssにしてもかなり短くなったことと、あと仕込んだネタが特殊なせいで形式に困ったので、いっそのことスレとして投稿することを選んでみました スレとしても小説としてもだいぶコンパクトな仕上がりになりましたが個人的には満足です)
(スレ主からこれ以上の更新は無いというか続きなんぞ思いつかなさすぎるのでこれにて失敬 改めてありがとうございました) - 14二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 01:38:35
面白かった
- 15二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 04:09:27
ありがとう 非常に面白く 面白い概念でした……はやく出番が来るのを祈ってます