【SS】わたしはダメなお姉ちゃん。

  • 1二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:46:32

    とりあえず【注意事項】だ!
     
    カレンチャン×お姉ちゃんのSSだよ!
    ”ガチ百合”だから苦手な人はブラバしてね!
    めっちゃ長くなっちゃったからサクッと読める感じじゃないよ!
    それでも大丈夫なら読んでくれると嬉しいな!

  • 2二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:48:00

     私はダメなお姉ちゃん。
     お酒が好きで部屋も汚くて合コンは毎度脈ナシで帰って来る、だらしなくて見習っちゃいけない大人。
     そしてそれ以上に、自分で自分を殺したくなるくらい最低な気持ちを捨てられないダメなおとな。
     だから。
     だからお願いです。
     お願いだから──
     

     わたしを嫌いになって
     
     



     
     
     昔はこんなに丁寧なことしてなかったのになぁ、と美容液を肌に塗りこみながら思う。
     トレセンでの仕事を終え、寮に帰宅したお風呂上がり。
     言っては何だが学生だった頃は肌のケアなど化粧水くらいで、美容液やオイルを塗るのなぞ時間がある休日にたまにすればよい方だった。
     それが今では毎日欠かさず丁寧にケアをするようになったのは日々鏡に映る自身の肌に危機感を感じるようになったからか、はたまた一端の中央トレーナーとしての自覚の表れか──
     そんなことを考えながらも答えが曖昧なのは、いずれもそれが答えではないと暗に自覚しているわけで、ぎゅーっと肌に美容液を沁み込ませながら思わず唇を尖らせる。
     鏡に映ったそんな自分がとても滑稽で、哀れで、思わず目を閉じてしまう。
     そして目を閉じると思い浮かぶのは教え子の顔。
     いつもカワイイあの子の色んな表情が次々に頭に思い浮かぶ。

     「バカ…」

     ピシャリ、と自分の頬を叩きながら現実に戻る。
     そこにいるのはもういい大人になってしまった自分で、そんな自分を戒める様に睨みつける。
     そうこうしているうちに馬鹿らしくなり、鏡の前から離れた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:49:03

     デスクに座り、付箋まみれのテキストを一冊手に取る。
     "ビジネスで使える広東語"
     教え子が見据える香港でのレースのために購入したものだ。
     香港でビジネス会話は主に英語が使われるようだが、それでも様々な事態に備えて広東語も使用できるにこしたことはない。
     ノート片手にテキストを開き昨日の復習から始めて少しするとブルブルとスマホが震える音がした。
     ドキリ、と心臓が跳ねる。
     軽く息を整えながら背筋を伸ばし、横目でスマホの画面を確認するとそこにはLANEの通知と教え子の名前が映っていた。
     
     《こんばんはお姉ちゃん♡》
     
     こんなハートマーク一つに胸が高鳴ってしまう自分の業の深さに呆れる。
     
     《こんばんはカレン、どしたの?》
     
     なんでもない風に返信をする。
     片手で返信をしながら今開いていたテキストをデスクの上から床に放り投げ慌てて台所に向かう。
     
     《なんでもないけど~お姉ちゃんどうしてるのかな~って》
     《もう…早く寝なきゃダメよ》
     
     文面だけは澄ました風に装いながら現実ではロックアイスの袋を口を使って開けつつ用意したグラスに入れ、棚から酒と適当なつまみを取り出す。

     《寝る前にお姉ちゃんとお話ししたいの~》
     《はいはい私はこれから大人の時間だから少しだけね》
     
     さっきまでテキストを開いていたデスクに慌てて用意した晩酌セットを配置し、適当にピースを添えながら写真を撮るとLANEに添付する。
     うん、いい感じ。
     仕事上がりのお酒が生き甲斐って感じに見えるだろう。

  • 4二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:50:07

     《も~お姉ちゃんまた飲んでるの~!》
     《いいじゃない大人なんだから》

     自分で打った文章にはたしてこれがいい大人のすることなのだろうかと虚しくなる。
     教え子の前でわざとダメな自分を演じることが正しい事なのだろうか。
     
     《じゃあ…今日のおつまみはカレンとのおしゃべりにするならいいよ》
     《それはおつまみになりまめん》
     
     嘘だ。
     なる。
     ぶっちゃけこの教え子が隣にいたら何本でも飲む自信がある。
     一瞬妄想して誤字ってしまったくらいにはある。
     お姉ちゃんもう酔ってるの?と返って来たLANEに返事を返し、それからとりとめのない会話をした。
     次にお出かけで行きたい場所や、話題のスイーツ、同室の布団乾燥機の音…
     本当にとりとめのない会話だけどそれが心地よくて、ぽかぽかと胸が暖まる。
     いつまでもこんな夜を過ごしていたいけどそれはダメ。
     ちらりとスマホの時計を見やりキリのよさそうな時間で切り上げる。

     《そろそろ寝ないとだめよ、また明日ね。》
     《は~いおやすみお姉ちゃん♡》

     おやすみ、と返事をしてスマホを置き椅子にもたれかかる。
     
     「はぁ~あ…」 

     デスクの上にあるのはほとんど氷が溶けているのに中身が減っていないグラスと手つかずのおつまみ。

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:51:11

     別に酒が嫌いなわけではないしむしろ好きだ。
     しかしたとえ文章であれ、あの子と会話をしている時に酔っていると余計なことを言ってしまいそうで怖い。
     人の理性や常識なんてものは存外簡単に壊れてしまう。
     とっくにそれが壊れてしまっている私にはそれがよく分かっている。
     そんなふうに思っているとスマホが震えた。

     《おつまみに召し上がれ》

     添付されているのは教え子の自撮り。
     普段と違いイヤーカバーを外して可愛らしいパジャマに身を包んだカワイイあの子。
     寝る前でメイクを落としているせいか、若干ながら幼げな雰囲気に包まれた彼女もまたとんでもなく魅力的で、本当にこの世に存在するのかと錯覚するくらいには愛らしくカワイイ。

     「好き。」 

     画像を保存しながら一人呟く。
     そうしてその気持ちを閉じ込める様に椅子の上で膝を抱えて顔を伏せる。

     「だいすき。」

     わたしはダメなお姉ちゃん。
     教え子に恋をしてその気持ちに蓋をすることしかできないダメな大人。
     だからお願い──


     わたしを嫌いになってカレン
     
     
     思いながらもそれを口にすることはできず、私は薄まった酒を一息に飲み干した。

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:52:48

     もいちど子供に戻ってみたい~♪
     もいちど子供に戻ってみたいの~♪
     それはね教え子とあんなことやこんなことがしたいからだよ。
     あははは、ふざけんなよボケが。
     頭の中で名曲を汚しながらそんな自虐をする私はもう限界なのかもしれない。
     昼下がりのトレーナー室で仕事をしながらそう思う。
     今後のトレーニング日程をまとめつつ消耗品の発注に他トレーナーとの合わせウマや勉強会の打ち合わせと中央トレーナーは大忙しだ。
     例えば合わせウマといってもとりあえず実力のある子を相手に選べばいいというものでもない。
     走法や息の入れ方一つとってもウマ娘一人一人に個性があり、互いに得るものが多い相手と組ませなければただ仲良く走って終わりになってしまう。
     メンタル的な面でも仲の良い相手としかやる気をみせないウマ娘や実力の低いものを相手にすると無意識に手抜きを覚えてしまうウマ娘もいるから難しい。
     お互いの担当ウマ娘の情報を交換しつつ綿密に組み立てる必要があるので大変だが、やり甲斐はある。
     それに担当のことを思えば苦には思わない。
     なにか些細なきっかけ一つで著しく成長することもあれば容易く心が折れてしまうこともある、それが中央という厳しい環境に身を置くウマ娘だ。
     自分が原因で一人のウマ娘の人生を台無しにしてしまう可能性がある、トレーナーとはそういう仕事だという自負を保っていれば疲れているからなどという理由で手を抜くことなど言語道断。
     必要とあらばたとえ担当から憤怒の表情で睨まれようが自身も倒れる寸前まで闘魂を叩き込むのがトレーナーというものだ。
     
     「だから結構厳しくしてるんだけどなぁ…。」

     トレーニングのデータをまとめつつひとりごつ。
     カレンのトレーニングは身体的な面だけではなく精神的な面でも徹底的に追い込むようにしている。
     カレンが得意とする先行策は短距離では特に熾烈な位置取り争いが起こり、それを制したうえで最後の直線では粘る逃げウマを追い抜き差しウマを封じ込める必要がある。
     並の精神力では現代レースの王道たる先行策は務まらない。

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:54:10

     それを育てるための一見泥臭いトレーニングを、カレンは当初カワイイへの探求から葛藤することもあった。
     だがそのようなトレーニングに取り組む自分もまた皆を魅了すると理解した今では文句ひとつ言わずに取り組んでいる。
     厳しくした結果、嫌われてもいいと思っていた。
     今でもそれで嫌われるならいいと思っている。
     同時にカレンはそのようなことで私を嫌いにはならないと確信している自分がいる。
     カレンチャンとはそういうウマ娘だ。
     そんなカレンだからわたしはどうしようもなくあの子のことが好きになってしまった。
     
     「運命の人…ねぇ。」
     
     カレンは私のことをそう言った。
     まだ彼女が今よりもずっと幼かった頃、迷子になっていたあの子を助けた。
     普通なら思い出の一つとして記憶のアルバムにひっそりと納めておく程度の出来事だろう。
     だが彼女はそうしなかった。
     大切な写真をいつでも見える場所に飾るように運命の出会いとして心に留め、まるで本当に運命かのように私とまた巡りあってしまった。
     字面だけなら子供らしいと言える。
     いや、そもそも彼女はまだ子供なのだ。
     運命という言葉に夢をみて当然と言えよう。
     しかし彼女の求道者といっても過言ではないストイックさと年齢と相反する達観した物事への姿勢が私を納得させない。
     わたしもいつしか彼女と同じようにこれは運命ではないかと思い始めていた。

     「ばかみたい。」
     
     自分が何をどう思おうが彼女は子供で、どれだけ達観していてもまだまだ彼女には大人になるまで経験することがある。
     それを奪ってはいけない。
     良い思い出にならなければならない。
     彼女がいつか私にそう言ってくれれば、きっと私の恋も終わりを迎える。

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:55:53

     邪念を払うように改めて仕事に向き合おうと打ち合わせの連絡のためにスマホを開く。
     LANEを確認してみると同僚から仕事以外の連絡も入っていた。

     「合コンかぁ~。」

     明日の夜行う合コンで欠員が出たため急で申し訳ないが来れないかという誘いだった。
     そういえば明日は一応休日だった、当たり前のように休日トレーニングとそれに伴う事務作業の予定があるためすっかり平日の感覚だった。
     面倒だなぁ、と正直思う。
     思いながらもOKと返事を返す。
     同僚とは付き合いを良くしておいた方が良いし、それにこれもまたダメな大人アピールのためだ。
     今日の練習後がそれっぽく浮かれている雰囲気を出して明日は合コンだとカレンに伝えることにしよう。
     溜息を吐きながら時間と場所を尋ねる、その時だった──

     コンコン

     トレーナー室の扉がノックされた。

     「お姉ちゃん、いる?」
      
     ドアの向こうからカレンの声が聞こえた。

     「え…あ…はーい、どうしたのカレン?」
     
     思わず一瞬言葉が詰まったが返事をして椅子から立ちあがり慌ててドアを開ける。
     そこには少し浮かない表情のカレンがいた。
     ちらりと時計に目をやると生徒たちが昼休みに入る時間になっていた。

     「急にごめんねお姉ちゃん、ちょっと脚の疲れがとれてない気がしたから見て欲しいなって。」
     「分かった、座って。」
     

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:56:54

     頷き、トレーナー室のソファに座るように促す。
     スーッと先ほどまで靄がかかっていた頭がクリアになる感覚があった。
     
     「ソックス脱がすわね、痛みとかどこか突っ張る感じとかはない?」
     「うんそれは大丈夫、ただ今まで疲れが溜まることってあんまりなかったから。」

     座ったカレンのソックスを脱がせながら話を聞く。
     おそらく日常で同じ行為をしたらどぎまぎしてぎこちない動きになってしまうだろうが、一切邪な気を抱くことなくするりと脱がせる。
     こういうところはしっかり大人をできているなと、少し安心した。
     丁寧にカレンの脚を指先からチェックする。
     骨や爪、腱の異常のような大きな怪我をしていないかは当然、靴擦れや小さな擦り傷にできものの有無まで本人が気づきにくそうな差異が左右の脚にないかもチェックする。
     ほんの少しの違和感や痛みを無意識に庇ううちにバランスが崩れて疲労の原因になり、それに気づかないままでいれば知らぬ間に調子を崩す事象は多々ある。
     筋肉の筋繊維一本一本を確かめるくらいの気構えでカレンの脚を指先でなぞる。
     もし昼休みが終わりそうなら次の授業の担当教師に一方いれればいい。
     それで勉強が遅れたとすれば私が代わりに教えればいい。
     余計なことは考えない。
     指先に全ての意識を集中させる。
     
     「指を曲げて。」
     「次は開いて。」
     「力を入れて。」
     「抜いて。」
     
     言った通りにカレンが脚を動かし、私が動きを確かめる。
     特に問題はない、が、若干ながら筋肉の柔らかさが普段よりも足りていない気がした。
     ソファに座るまでの間に歩様も観察したが違和感もない。

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:58:11

     「疲労が溜まっているのかもね。」
     「う~ん…ちゃんとお休みはとるようにしてるんだけど、カレンまた無理しちゃってたのかなぁ…。」

     困ったような笑みを浮かべるカレンの脚を解しながら私は首を振る。

     「もうシニア級の二年目なのよ、高松宮記念の反動がまだ残ってるのかもしれないしそんな顔しなくて大丈夫。」
     「ほんと!?よかったぁ~…カレンどきどきしちゃった。」

     そう、もうこの子の担当になってから四年目になろうとしていた。
     適性からティアラ冠を諦めざるを得なかったが、スプリント界を盛り上げるべく共に奔走しついにG1で花を開かせ、国外挑戦を表明し世界のカレンチャンになるべく決意した三年間。
     トレーナーとウマ娘にとって一つの節目となるその期間を越え、四年目の今では春秋スプリントすら制覇したのだ。
     むしろ大きな怪我無くこの程度で済んでいるのなら御の字と言っていいだろう。

     「ただ、今日のトレーニングは負荷は軽めにして全身のチェックに変更するわ、念のために明日はお休みにしましょ。」
     
     安心させるように笑みを向けながら簡単なマッサージを終え、カレンの脚にソックスを履かせる。
     まだ休み時間に余裕はある、午後の授業にも間に合うだろう。

     「むしろちょっとでも違和感を感じて来てくれて良かったわ、えらいわよカレン。」
     「えへへへ、カレン、えらい?」
     「うん!えらいえらい!」

     互いにニッコリと笑顔を向けあいながら頷く。
     するとカレンが無言で頭を私に向けてスッと差し出して来た。

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 15:59:39

     「…えーっとカレン?」
     「………。」
     「えーっと…。」
     「んーっ……!」

     ずい、と頭を私の方に寄せて来る。
     クリーム色に近いふんわりと毛先に柔らかなウェーブがかった髪からはほんのりと、鼻を突かない程度に優しいシャンプーの香りが漂って来る。
     その香りが鼻孔をくすぐるように通り抜け、脳に伝わると全身に甘い痺れのような刺激を与える。
     先ほどまで清涼だった脳に再び靄がかかり理性の輪郭が優しく崩れていくのを感じた。
     
     「よ──」

     指先でそっとカレンの髪に、頭に触れる。
     
     「よしよし──」

     髪を崩さないよう、整えられた流れに沿ってゆっくりと撫でる。

     「えらい、えらいよカレン。」

     指先が溶ける。
     柔らかな葦毛の髪が私の指先を包み込み、優しく感覚を鈍らせ、呑み込んでいく。
     恐る恐るそっと撫でていた指が次第に深く、愛おしく、カレンという存在に自分を沁み込ませるようにじっとりと湿度を感じさせるような動きになっていた。
     沈んでいく。
     無意識に──いや、この想いが罪だと理解しながら沈んでいく。
     カレンにわたしが沈む。
     するとカレンも甘える様に、ねだるように、より深く私を沈み込ませるかのように頭を指先に押し付けて来る。

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:00:40

     罪の味というものはなんて甘美なのだろう。
     苦く、甘い。
     チョコレートがただ甘いだけでなくしっとりとほろ苦い様に、苦さが甘みを何倍にも引き立てる。
     いや、違う。
     これは罪の味じゃない。
     罪の味は、苦い。
     この甘さは快楽だ。
     苦さが甘みを引き立てる。
     罪が快楽を引き立てる。
     この指は舌だ。
     貪るように甘味を味わいたくなる気持ちを抑えながら、わたしを狂わせるモノにゆっくりと舌先を這わせる。
     そのたびに舌先に甘露が溢れるように纏いつきわたしを昂ぶらせた。
     たっぷりと甘露を掬い取り、舌の上で転がしじっくりとその甘みを感じ取る。
     端から見れば無邪気な子供が大人に甘えているように見えるかもしれない。
     微笑ましい光景。
     だというのにわたしの心はどこまでも罪深くてこの純粋に自身を慕う少女のすべてをあじわ──



     ブチリ

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:01:56

     「はい、おしまい!も~カレンは甘えん坊ねえ。」
     
     「えへへ~、でもこんなことするのお姉ちゃんの前だけだよ。」
     
     「はいはい、それじゃあしっかり休むのよ。」

     「そうだ、お姉ちゃん!明日お休みになったなら久しぶりにデートしよっ!」

     「デートじゃなくてお 出 か け!そうねえ、夜には合コンがあるからお昼ならいいわよ。」

     「えぇ~お姉ちゃんまた合コン?む~…」

     「そんなふうにむくれてもだーめ、大人には大人の付き合いもあるの。ほらほら午後の授業始まっちゃうわよ。」
     
     「は~い、ありがとうお姉ちゃん、お仕事頑張ってね!頑張れるように~チュッ!」

     「もう…投げキッスはファンの皆にしてあげなさい。」  
     
     



     甘味と苦味が消える。

     口内に鉄の味が広がる。

     舌の先に小さな異物が転がる。

     噛み千切った頬の内側が己を罰するように激しく痛んだ。

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:03:24

     嫌われたいのならもっと酷い恰好でデートに来るべきなんじゃないかと、待ち合わせ場所でショウウィンドウに映る自分を眺めながら思う。
     前日の夜から普段使わない高級パックとヘアオイルでケアをしメイクも倍時間をかけバチバチに気合を入れて来てしまっていた。
     ファッションはモノトーンコーデでまとめ、差し色でバッグやネイルを赤色にしている。
     どうみてもあの子の勝負服の色合いを意識した赤白黒で纏めてしまっています本当にありがとうございました。
     学園から一緒に出掛けず、わざわざ待ち合わせるのはカレン曰くデートとはそういうものだかららしい。
     
     「髪型崩れてないわよね…?」

     ガラスに映る自分を見るたびに不安になってしまう。
     なるほどこういう時間の楽しみ方も含めてデートなのだと毎度のことながら思う。
     もう何度となくカレンとお出かけという名のデートをしているがいつも新鮮な気分でいられるのが不思議だった。
     このままだといつまでも髪を弄ってしまいそうなのでその場から離れ、何の気なしに空を見上げる。
     天気は快晴。
     初夏だというのに日向に出れば汗が出てしまいそうなほどの気温だった。
     念のためにカーディガンを持ってきていたが不要だったかもしれない。
     日差しから逃げる様に軒下に立ちながらぼんやりと空を眺め、流れゆく雲を見つめる。
     そうしていると不意に暖かい風が耳元に流れ込んで来た。

     
     「おねえちゃん。」


     流れる雲が急に弾けて雷が落ちたかと思うような衝撃が身体を襲う。
     もちろんそれは錯覚で流れゆく雲は何事もなかったかのように青い空を優雅に泳ぐように漂っており、私だけが泳げないのにプールに突き落とされたウマ娘のようにパニックになっていた。

  • 15二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:04:25

     
     「カ、カカカカレン!?」
     「えへへ、ドキドキしたお姉ちゃん?」
     
     カレンがこちらを覗き込むように見上げながらとどめとばかりに悪戯っぽく舌先を出す。
     しかも初夏ということもあってか着ているニットはオフショルダーにしており、綺麗な鎖骨から肩口までが露わになっていた。
     頬と耳が熱い。
     先ほど感じた吐息の温度を思い出して頭が沸騰しそうになるが、どうにか堪えて大人な自分を演出するよう脳の回路を焼き切れる前に作動させる。

     「そ、そりゃあビックリしたからドキドキもするわよ、ほら…そのビックリしたから!」
     「でもでもでも~カワイイお顔が真っ赤だよ?お姉ちゃん。」
     「あ、暑いからよ!これは!!!」

     誤魔化すように手で顔を仰ぎながらカレンから目を逸らす。
     そのせいでするりともう片方の手に絡みついてきたカレンの手から逃れることができなかった。
     武道の達人は此方が構えていても気づいた時には間合いの内側に入っているというが、こういうことかと唸らせられる。
     私もやろうかな、合気道…。
     しっかりと繋がれた手を引かれながら私はそんなことを考えていた。

  • 16二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:05:42

     
     のんびりとウィンドウショッピングをしながら二人で街中を歩く。
     目的も何もない気の向くままに歩くだけのデートだが、それが楽しい。
     ただ二人でいる。
     それだけで幸せなのだ。
     ふとカレンはそれだけで良いのかと不安がよぎることもあるが、そういう時にカレンの顔を見るとお互いに示し合わせたかのように目が逢う。
     自然と笑みがこぼれた。
     そのまま穏やかにデートが終わる、そう思っていたとき不意に冷たい何かを頭上に感じた。

     「…雨!?」

     陽が出ているというのに急な夕立が降り始めた。
     咄嗟に私はバッグからカーディガンを取り出しカレンの頭上を覆い、傘代わりに使うように促す。
     考える前に身体が動いていた。
     とにかくこの雨からカレンを守らなければいけない。
     冷えは身体の大敵だ。
     雨から少しでも庇うようにカレンの肩をしっかりと抱き寄せ、どこか雨宿りできそうな場所は無いか視線を張り巡らせる。

     「お、お姉ちゃん!?」
     「…あそこのネカフェに行きましょ、タオルも借りられるだろうから、いい?」
     「うん…!」

     私のカーディガンをぎゅっと握りながらカレンが頷く。
     小走りでネットカフェに逃げ込み、二人で利用できるフラットシートの部屋とタオルをレンタルした。
     足を伸ばしてくつろげるフラットシートに靴を脱いで上がり、カレンの状態を確認する。
     幸いにもあまり濡れてはいない。
     傘代わりにされてずぶ濡れになったカーディガンを気休め程度に渇けばとハンガーにかけながら持ってきておいてよかったと安堵する。

  • 17二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:06:50

     
     「カレン大丈夫?どこか濡れてない?」
     「……。」

     タオルを片手に心配そうにカレンの顔を覗き込む。

     「寒い?ここブランケットも借りれるから持って来よう──」
     「お姉ちゃん。」

     私の言葉が遮られる。
     珍しくカレンが強い口調で私を呼んだ。
     思わぬ口調にきゅっと胸が縮こまり身体が固まる。
     するとカレンは固まってしまった私の手からタオルを奪い取り、私の頭を覆うように被せて来た。

     「あ…私のことはいいから──」
     「よくないよ…カレンのためにこんなに濡れちゃってるのに…そんなこと言わないで。」

     カレンが私の顔を覗き込む。
     しかしその表情は待ち合わせの時のように悪戯めいたものでは無く、怒りと、哀しみと、ほんの微かな喜びが混在しているような、悲痛な表情だった。
     その表情を見てようやく私は自分がずぶ濡れになっていることに気付いた。
     日が照っていた頃は外が暑かったせいか店内はほんのりと冷房が効いており、その冷気が濡れた肌に刺さるように吹き込んでくる。

     「…ごめん、カレン。」
     「ううん、お姉ちゃんはこういうとこあるって…知ってるから。」

     優しくカレンが私の濡れた髪を拭ってくれる。
     おとなしくその優しさに従う。

  • 18二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:08:12

     「拭き辛いから、お姉ちゃん座って。」
     「はい…。」

     叱られたワンコか私は、と内心自虐しながらシートの上に座り込むとカレンが後ろに回り込み、毛先までしっかりと雫を拭ってくれた。
     そこまで丁寧にしなくてもよいと言ってしまいそうになったが、その言葉をぐっと飲みこむ。
     もしも自分が逆の立場ならと思うと、自然にそうなった。
     無音の室内に私の髪を拭く音だけが響く。
     
     「…うん、これでいいかな。」
     「ありがとう、カレン…。」

     ふわりと肩にタオルがかけられる。
     そして同時に背中から冷えた身体が暖かいものに包まれた。

     「カ、カレン!?」
     「…冷たいね、お姉ちゃん。」

     後ろからカレンに抱きしめられていた。
     こんなことすると身体が冷えてしまうと腕を剥がそうとするが、優しく抱擁されているはずの腕がびくともしない。
     当たり前だ、ウマ娘の力に人間が敵うはずもないのだ。
     
     「冷たいよ。」
     「…カレン?」
     「本当に冷たい。」

     その言葉と同時にぎゅっと、抱擁に力が籠った。
     思わず冷えた指先でその手に触れる。
     するとカレンはより自分の熱を私に分け与えるかのように更に身体を密着させてきた。
     不思議と胸がどきどきするようなことはない。
     今はただただ、どこか不安げな彼女のことが心配でたまらなかった。

  • 19二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:12:52

     
     「分かってるんだよ、お姉ちゃんはトレーナーだもん。」
     「…うん。」
     「だからね…だから──」

     子供が甘えるような声だった。
     いつもは年齢よりも大人びている彼女から耐えきれないとばかりに現れた声。
     その声を聞くと理由も分からないのに心がきゅっと締め付けられた。

     「今はこうさせて。」 

     私は、答えない。
     ただ
     ただ
     私を抱くその手に何も言わずにそっと手を添えた。
     彼女の体温を受け入れることを肯定するように。
     しばらくの間、彼女に身を委ねる。
     次第に冷えていた身体が暖まり、熱を帯びていく。

     「お姉ちゃん。」
     「…ん。」
     「暖かいね。」
     「うん、もう、寒くないよ。」
     
     私が答えると、安心したようにカレンが私から離れる。
     そして隣に寄り添うように座ってくれた。

  • 20二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:14:24

     「ねえカレン…。」
     「どうしたのお姉ちゃん。」
     「私は貴女のトレーナーよ。」
     「…。」
     「だからまた同じように雨が降ったら、同じようにすると思う。」
     「うん、分かってるからだいじょ──」


     でも。


     「今度は絶対に"寒いから早く拭いてカレン~!"って言うことにする。」
     「お姉ちゃん…!?」
     「言われてみればね、すっごく寒かったの、私。」

     肩をすくめ、呆れたように笑いながら言う。
     そんな私を見てカレンは目を丸くするが、少し間をおいてクスクスと笑い始めた。

     「も~当たり前だよ!カレン濡れてないのに見てるだけで寒かったんだからね!」
     「えへへへ、ごめんごめん。」

     互いに暖まりあうように寄り添いながら笑いあう。
     ようやくいつもの調子に戻れたことに安堵しながら、ふと時間を確認する。

     「う~ん夕立ならそろそろ止んでるだろうけど、どうしよっか。」
     「まだもう少し降るみたいだよ、だからもうちょっとゆっくりしてこうお姉ちゃん。」
     「あらそうなの?」

     言われてスマホで雨雲レーダーを確認すると、たしかにまだ今いる地点には雨雲がかかっているようだった。

  • 21二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:15:46

     「それじゃあゆっくりしましょうか…どうする?せっかくだし映画でも観よっか?」
     「うんいいよ!お姉ちゃんと映画~映画~♪」

     そう提案するとカレンが楽し気にリモコンを操作してテレビの電源を点け、配信されている映画を確認し始めた。
     その様子をのんびりと眺めていたが不意に気づいてしまう。

     「…ねえカレン。」
     「……ど、どうしたの~お姉ちゃん?」
     「なんでその"キラー・ナマケモノ"って映画にちょこちょこカーソルが合うの?」
     「だってぇ…その…気になっちゃうもん!こんなタイトル!」
     「…うん…気持ちは分かるよ…それにカレンはホラー好きだもんね、大丈夫だから、ね?」
     「なんでそんな優しい目でカレンを見るの!?お姉ちゃん!!?」

     う~こんなのカワイクない~!!と頭を抱えながら顔を真っ赤にするカレンを見てついつい笑ってしまう。
     本当にカワイイんだから、もう。 

  • 22二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:17:25

      
     合コンから帰りました。
     以上。
     それ以上の感想がない夜だった。
     それっぽく適当にお洒落した服のままベッドに寝ころぶ。
     酒はまぁまぁ入っている。
     店もまぁまぁ雰囲気が良かった。
     相手もまぁまぁ悪くない人たちだった。
     具体的なことが思い出せず記憶が曖昧なのは酒のせいなのか、それとも興味がなさすぎて半ば意識を切り離していたせいか分からなかった。
     メイク落とさなきゃな、とぼんやりとした頭で考えるが身体が動かない。
     意識を切り離して動くというのはどうやら思った以上に脳に負担をかける様だった。
     そうやってしばらく天井を眺めていたが何の気なしにスマホを確認する。
     LANEの通知は一件。

     「カレンだ…。」

     その名前を見ただけで脳が覚醒する。
     何かあったのかもと慌てて内容を確認するが、合コンどうだった?というだけの内容だった。
     安堵しつつ返事を返す。
     
     《今日も収穫ナシ脈ナシで~す。》
     《お姉ちゃんいっつもそうだよね~もう合コン行かない方がいいと思うよ?》
     《やっぱりお昼に見た映画の話したのがダメだったかしら。》
     《お姉ちゃん…》

     画面越しにでも呆れたため息の音が聞こえた気がした。
     本当は映画のことなど話してはいない。
     微妙な空気になることを察したわけではない、カレンとの思い出はなるべく自分のものだけにしておきたかったからだ。
     それから普段通りとりとめのない会話を始める。
     今日は主にお昼のデートの話題。

  • 23二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:18:32

     一緒に見たアクセサリー、洋服、蹄鉄のメンテナンス道具、凝ったデザインのシューズ。
     アルコールに侵された脳でも全て鮮明に思い出すことができた。
     理由は勿論、カレンが隣にいたからだ。 
     アクセサリーを手に取りお揃いにしないかと提案してくるときの朗らかな笑顔。
     試着室のカーテンを開け私にお披露目するときのわくわくした顔。
     私と一緒に店員相手にメンテナンス道具の説明を聞くときの真剣な顔。
     気に入ったシューズの値段を見て想わず閉口してしまったときの顔。
     そして、ずぶ濡れになった私を叱ったときの悲痛な顔。
     どの表情も私の中に刻み込まれている。
     心の中がカレンで満ちていく。
     嬉しかった。
     満たされたかった。
     カレンで、いっぱいになりたかった。
     
     
     
     このときわたしは忘れていた。
     カレンと話すときに酒を飲まなかった理由を。



     《ねえ》



     《慰めにカレンの自撮りが欲しいな》
     

  • 24二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:19:33

     ねだってしまった。
     彼女を。
     カレンを。
     自分から。
     会話の流れが途切れ、既読がついているのに返信が来なくなった。
     その瞬間、熱を帯びていた身体が急速に冷えていく。
     やってしまった。
     幻滅された。
     嫌われた。
     身体は冷えているのに心臓の鼓動が速くなる。
     呼吸が荒くなる。
     ぜぇひぃぜぇひぃと情けない自分の呼吸音が聞こえる。
     
     これで良かったんじゃないの?

     心の中で声が響く。
     
     嫌われたかったんじゃないの?

     イヤだ。

     望んでいたことじゃないの?

     チガウ。

     
     「違うの…。」

     

  • 25二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:20:37

     ベッドの上で膝を抱えながら掠れた声で呟く。 
     なんて自分勝手なのだろうか。
     あの子のために嫌われたいなんてもっともらしいことを思いながら、いざとなるとこうだ。
     怯える様に膝を抱える腕に力をこめているとLANEの通知音が鳴った。
     通知にはカレンのアイコンと"画像が送信されました"という文字。
     さらに通知音が鳴る。
     さらにさらに通知音が鳴る。
     全て送信されてくるのは画像のみ。
     震える手でLANEを開こうとするが、画面に指が触れる寸前で止まった。

     いいの?

     先ほどから自分の中で鳴り響く声が問う。
     嗚呼、今理解した。
     これは私の良心だ。
     理性だ。
     真っ当な人間であるための壁だ。
     この壁を一度壊してしまうと後戻りできないよと言ってくれているんだ。

     そう理解したうえでわたしは画面をタップする。

     ごめんね、私。
     
     わたしはカレンが好きなの。

  • 26二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:22:13

     トイレから酸っぱい臭いが立ち上る。
     便器に頭を突っ込むように胃の中身を吐き出す。
     《ありがとうカレン》
     理性という蓋を自ら壊しあふれ出た欲望が私の中で暴れ回りわたしを苦しめる。
     カレンの自撮りを見た。
     レースの素材で仕立てられたパジャマを着ており、うっすらと光が透けるそれは美しい丸みを帯びた彼女の身体のシルエットを私の目に焼き付けて来た。
     様々な角度で何枚も、何枚も。
     それを見る度に私の中で下卑た感情が渦巻く。
     ゆったりとした袖口から覗く腋を食い入るように見た。
     くびれた腰から大きく開く骨盤への曲線をなぞるように指を動かした。
     胸の下にできる影を見てデートの時に後ろから抱きしめられたことを思い出した。
     《どう?お姉ちゃん元気出た?》
     間違いない。
     わたしはカレンの身体にあってはならない思いを抱いている。
     見たいと思っている。
     触りたいと思っている。
     触れられたいと思っている。
     《元気出た!》
     カレンが好き。
     でもその好きにプラトニックな想いなんてない。
     心だけじゃなく身体ごと愛して愛されたいと思っている。
     ダメだと分かってるのに、一度抱いてしまったこの思いは消えてくれない。
     懸命に自分を取り繕いながらカレンに返信する。
     既に壊れてしまった真っ当な大人である自分の残骸をかき集めながら必死に本当のカレンの幸せについて考える。
     まだ子供である彼女の本当の幸せ。
     《大事にしてねお姉ちゃん♡》
     こんな大人ではなく、同年代の子供たちと楽しんだりぶつかったりしながら酸いも甘いもたくさん経験を得て、それから真っ当な恋を──

  • 27二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:23:56

     
     「ぅ…げぇ──ぇぇッ…うぇッ…ぇ…ッ」

     空になっている胃から黄色い胃液が吐き出された。
     それでも吐き気が止まらない。
     カレンが私以外の誰かと恋をする。
     知らない男が彼女に寄り添う。
     知らない女が彼女に抱きしめられる
     知らない男が。
     知らない女が。
     わたしのカレンなのに。

     「ううぇ…うっ…ぐずっ…」

     自分の本音に情けなくて涙が出た。
     黄色く染まった便器の中の水にぽつり、ぽつりと波紋が浮かぶ。
     《大事にする!じゃあおやすみカレン》
     いっちょ前に大人のふりだけはできる自分にまた涙があふれ出て来た。
     本当のわたしは便器の前にへたり込みながら号泣している、情けない女なのに。
     カレンと私は担当ウマ娘とトレーナーという関係でしかないのに。

  • 28二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:25:09

     
     「好きだよぉ…。」

     便器の上でうつむいたまま、祈りでも捧げるように両手でスマホを掲げる。

     「カレン──」

     届かないはずの声が、届いてはいけない想いが、彼女に伝わって欲しいと願うように天に向けられたその画面には送信されていない一文があった。
     
     《愛してる》
     
     その文を送信しないまま、泣き疲れた私は気絶するようにトイレの床に倒れ、眠りに落ちた。

  • 29二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:26:35

     
     仕事というのは便利なものだ。
     たとえどれだけ自分が酷い状況でもそれが動く理由になる。
     ベッドの中でいっそこのまま死にたいと思っても起きなければと身体が動く。
     いつも通りに寮を出て、トレーナー室に入り、淡々と業務をこなす。
     そうしているとまるで自分がまともな人間かのような錯覚ができて楽だった。
     黙々と指を動かす。
     だんだんと私がわたしでなくなっていく。
     放課後のトレーニングが始まる頃になると私の顔はすっかりと良い大人の仮面で塗り固められていた。
     私の指導を受けるためにやって来たカレンを見てもそれは変わらない。
     だって私と彼女はトレーナーと担当ウマ娘なのだから。
     普段通りに指導をこなし、記録をつけ、明日のトレーニング内容をおおまかに考える。
     うん、大丈夫。
     何も変わらない、日常。
     これでいいのだ。
     これで──

     「お姉ちゃん、今日なんか元気ない?」

     どうしたのカレン、私はいつも通りよ?

     「なんていうか…分かんないんだけど、ちょーっといつもと違う感じがして…」

     うーん、昨日の夜飲みすぎちゃったのかしら、頭痛いとかはないんだけど。

     「…本当にそうなの?」

     うんなにもないよカレン。

  • 30二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:29:43

     「ならいいんだけど…あ、じゃあ今日もお姉ちゃんが元気になるように──」

     げんき…

     「自撮り送ったげるね!お姉ちゃん!」


    レースに透けた肌が眼を焼いたメイクを拭い取った幼げな顔立ちとの対比も相まってわたしを昂ぶらせた幼いのに大人びていて若さが大胆でよいとこどりで狂いそうになる曲線丸みたわみ太い細い太い混乱する脳が乱れる犯罪者此方を見つめる瞳に吸い込まれるカワイイかわいい愛しい愛しい愛してる唇愛したい愛させてだって最低肌がきれいで陶器のように艶やかでなのに生きている肉を感じる柔らかいかぶりつきたくなるクズ柔肌は指でなぞるときっと心地いいすっとなぞると覗く腋と目が合う無防備で誘って来る私を誘うくぼみがふかい深淵戻ってこれない下劣これなくていい吸い付きたい埋めたいたしかにある胸が影をつくっているあるあるんだと思うそこにたしかにあると主張してくるレースのシワが張って弛んで張っている膨らんでいる失格柔らかいラインを描くくびれと骨盤が大人で大人じゃなくて子供で大人で曖昧で狂う意識するまた昂ぶる死刑好き流れる脚足あしもも太もも張りがあってもっちりとでも綺麗で触ってクズ知っている知って触って触ってなんで触っているの触れちゃいけないんだぞ悪い大人だねいいんだもんトレーナー
     
     
     「やめて!!!」

     何に私は叫んだのだろう。
     カレンか?
     わたしか?
     どろどろに溶けていく仮面を覆うように両手を顔に押し付ける。
     泥のようにこぼれおちていく仮面をどうにかしなければと手のひらに残った残骸を顔に塗りたくるが何の意味もなさない。

  • 31二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:30:59

     だって実際に仮面なんてないのだから、ないものを物理的にどうにかしようとしてもどうしようもなくて、ただただ悶える様に自分の顔をぐちゃぐちゃにする。
     息が荒くなる。
     心臓が苦しい。
     そして何かに縋るように指の隙間からカレンを見た。
     無があった。
     カレンの表情からおおよそ感情というものが消えていた。
     目。
     眉。
     唇。
     頬。
     肌。
     耳。
     おおよそ感情を表現するものが時間が止まったかのように静止している。
     証明写真のように無機質で可愛げがない。
     何を考えているのか分からない。
     初めてだった。
     怒っている?
     哀しんでいる?
     呆れている?
     もしや無様なわたしを楽しんでるの?
     それとも喜んでいるの?
     悦んでるの?
     分からない。
     そう思った瞬間に胸がキュッと痛んで。
     自分が何をやったのかようやく気付いて。
     顔を覆っていた両手を外し、震えながらおそるおそるカレンに手を伸ばした。
     カレンは何も悪くない、謝らなければ──

  • 32二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:32:16

     
     「ごめんねお姉ちゃん。」

     違うのカレン謝るのは私で謝らなければいけなくって。
     でもどう言葉にすればいいのか分からない。
     何で私が悪いのかを口にすることができない。
     "わたしは貴女を性的な目で見ているから自撮りはもらえないのごめんなさい!!"
     酷い、酷すぎる。
     でも間違いなく私の罪はそれで断罪されるべきもので謝罪するべきことででもそれをいったら私は彼女の担当ではいられなくなって嫌だ嫌で嫌だ嫌だわたしはずっと──
     

     「バイバイ」


     わたしは独りになった。


     

  • 33二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:34:15

     
     独りになってどれほど時間が経ったのか。
     頭に思い浮かぶのはカレンの顔。
     全てが消え失せたカレンの顔。
     あれだけカレンを失うことが、そばにいれなくなることが怖かったのに、今はそんなことはどうでもよかった。
     きっとこのまま今日を終えてもカレンは何事もなかったかのように振舞ってくれるだろう。
     私も何事もなかったかのように振舞うだろう。
     でもそれは仮面を被るから。
     仮面の下のカレンの顔は、きっと先ほどのまま変わらない。
     ならばもういい。
     あんな顔をさせるくらいなら、生きていない方がいい。
     きっとあの子は優しいから私の様な人間が傍にいなくなっても悲しんでくれるだろう。
     それでも彼女がこれから先ずっと仮面を被るような生き方をするよりかはずっといい。
     傷も、悲しみも、痛みも、時間が解決してくれることは知っている。
     でも空虚になった心には何も生まれない。
     身体が朽ちるまでそれまでプログラムされた動作を繰り返して繰り返して繰り返してそれだけをただひたすらに死ぬまで繰り返す。
     それは最早死に等しい。
     彼女を生かそう。
     会いに行って私は全てを失おう。
     それならば安いものだ。
     パンプスを脱ぎ捨てスニーカーを履く。
     軽く屈伸し肩を回す。
     今彼女がどこにいるのかなんて分からない。
     会うだけなら寮の前で門限まで待っていれば必ず会えるだろう。
     でもそれじゃ意味がない。
     
     迎えに行こう。

     それが運命の人としての最後のケジメだ。 
     

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:35:59

     
     夕焼けに照らされながら彼女もまた独りでベンチに座っていた。
     走って走って走って、ようやく見つけたのはクリスマスに二人で星を眺めたあの丘。
     私の足音を聞いたのかカレンがゆっくりとこちらを振り返る。

     「やっぱり来てくれるんだね、お姉ちゃんは。」

     微笑む。
     しかしその表情は沈む夕日と相まってどこか儚げで、強烈な光を放ちながらも少し刻が経てば闇に沈んでしまいそうな危うさがあった。
     虚が見える。
     呑み込まれる。
     でも大丈夫。
     
     「カレン。」

     私は両手を大きく開いた。

     「来て。」

     沈むのは貴女じゃない、わたしだから。
     ゆっくりとカレンが立ち上がり、おぼつかない足取りでこちらに向って歩いて来る。
     その足取りはレースをしている時の彼女とは似ても似つかない程に弱くて、今にも止まってしまいそうだった。
     倒れ込むようにカレンが私の胸元に入ってくると、私は彼女を抱きしめた。
     右手で腰を抱き、左手で頭を後ろから抱える様にしっかりと抱く。
     抱きながら身体をカレンに押し付ける。
     密着させる。
     音が聞こえる。
     二つ。
     自分の心臓の鼓動と、カレンの鼓動。

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:37:11

     
     「お姉ちゃん…?」

     カレンの声に戸惑いを感じる。
     今は分かる、分からなかったはずの彼女の気持ちが、声に心が戻っている。
     それが分かると私はさらに身体を押し付ける。
     カレンの頭を頬で撫で、柔らかな髪の感触と彼女の香りを感じると心臓が昂ぶった。

     「ねぇカレン──」

     右手でカレンの腰を愛でる様に撫でながら耳元で囁く。
     
     「私はずっとこうしたかったの。」

     背筋の敏感な部分を布越しに指先でなぞりながら囁く。

     「貴女のことが好き。」

     左手で毛先を弄びながら囁く。

     「好き。」

     荒くなった吐息で昂ぶった気持ちを表現しながら囁く。

     「だめな大人でごめんね。」

     カレンの顔を胸に押し付ける。
     

  • 36二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:38:21

     
     「これがね私の"好き"なの。」

     尻尾の付け根を愛でながら囁く。


     「愛してるわ、カレン。」

     
     伝えられた──

     その瞬間に頭が冷えた。
     カレンから離れる。
     言った。
     伝えた。
     言葉でも、身体でも、カレンに伝えた。
     教え子に欲情する最低の大人だって伝えた。
     本気で愛していると伝えた。
     だから、これでもうおしまい。
     顔を上げると夕焼けが眼を焼いた。
     でも涙は出ない。
     強烈な光がこれでもかとばかりに私を焼いているのに何も感じない。
     もっと苦しいと思っていた。
     悲しいと思っていた。
     でもわたしの中にはカレンしかなくて、カレンでいっぱいになっていて、それだけでしかなくって。
     嗚呼、だからなんだ。
     なにもない。
     なくなっちゃった。
     だから悲しくないんだ。
     今、わたしの心は死んだんだ。

  • 37二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:39:25

     
     



     

     
     痛みがわたしを蘇らせる。
     首筋に鋭利な痛みが走り血が滴った。
     自分で傷つけた訳ではない。
     そしてここにはわたしとカレンしかいなくて。
     わたしはそんなことしていなくて。

     「なんで?」

     呆然と目の前にいるカレンを見つめる。

     
     「お姉ちゃん。」
     
     
     カレンが大きく両手を開く。

     「来て。」

     にっこりと浮かぶ笑顔、その唇の端から私の血が一滴垂れていた。
     その笑顔に吸い寄せられるように私はカレンに歩み寄っていく。
     そうして目の前に立つと、カレンは私に抱き着きながら胸元に顔をうずめてきた。
     思わず抱きしめ返そうとしてしまうが、私が動くとカレンが顔を上げた。

  • 38二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:40:36

     
     「動かないで、お姉ちゃん。」
     「カ、カレン…?」
     「じっとしてて…そのまま…動いちゃダメ。」

     その言葉にぎゅっと拳を握りしめながら動きを止める。
     するとカレンは満足気に笑顔を浮かべながら背伸びをして私の首筋に顔を近づけて来た。
     首筋にカレンの吐息が触れる。
     生暖かい吐息がまだ痛みを訴えている傷口を刺激し、私は唇をぎゅっと閉じた。

     「ごめんねお姉ちゃん、痛かったよね。」

     嬉しそうな声だった。
     私に傷を意識させるようにカレンが吐息を間近で吹きかけ続ける。 
     
     「すごい…綺麗に跡がついちゃった…。」
     「どうしたのカレ…ンっ!?」

     背筋が震えた。
     傷口をナニかが這っている。
     湿り気があるソレは執拗に、私の傷口一つ一つをたしかめるように這いずり回り、わたしの身体に入り込んでくる。
     そのおかげで私は自分を傷つけたものがカレンの歯だったのだと理解した。
     悪寒がする。
     嫌悪感がある。
     自分の身体に自分ではない何かが入り込んでくる異物感。
     しかしその感覚が身体を通り神経を通り脳に届き発せられた動きは背徳的な悦楽による身震いだった。
     頭が混乱している。
     痛みと悦びと困惑が交じり合い混沌とした感情が胸に渦巻く。
     ただただカレンに身を委ねることしかできなくなる。

  • 39二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:41:42

     
     「お姉ちゃん──」

     そっと首筋からカレンが離れる。
     
     「ずっとこうしたかった。」

     離れ際に、耳元で、そう囁かれた。
     その言葉はつい先ほどわたしが言った言葉と同じだった。

     「驚いた?」 

     カレンが胸に顔を埋めてくる。
     ぐっと頭を押し付けられる、ぐりぐりと犬や猫が甘えて来るように、しかしその動作はどこか艶やかで悶えるような動きだった。
     
     「お姉ちゃんにとってカレンは子供だもんね。」

     背筋を触られる。
     なぞられる。
     尾てい骨に触れられる。
     その度に身体が震える。
     カレンはその震えを感じ取ると強く頭を胸に押し付けて来る。
     もっともっとと言わんばかりにわたしに触れて来る。

     「子供だからこんなことしないと思った?」

     キュッと皮膚がつねられる。

  • 40二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:43:04

     
     「子供だから変なことは考えないと思った?」

     へそを布越しに指で弄ばれる。
     
     「カレンはいい子だからって思ってた?」

     太ももが絡んでくる。
     
     「鈍感。」

     首筋の傷に触れる。

     「お姉ちゃんがだめな大人なら──」

     滴る血を指先ですくいとり口元へ持っていく。
     その表情はなんとも煽情的で蠱惑に満ちており、この世のものとは思えない美しき魔性の笑みは、わたしに一抹の恐怖さえ感じさせた。

     「カレンはだめな子供だよ。」

     反射的に違うと否定しそうになったが、ぐっと口を紡いだ。
     それは先ほどのわたしの様に全てを打ち明けてくれている彼女を否定することになる。
     黙って彼女の言葉を聞こう。

     「デートした日にね、夕立が降ったでしょ?」

     不意に先日のデートの話を始めた。
     たしかに急な夕立のせいで私はびしょ濡れになり慌ててネカフェに入ることになった。

  • 41二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:45:03

     
     「カレン、知ってたんだよ。」
     「え…?」

     思わず声が出た。
     困惑する私を前にカレンは続ける。

     「気付かなかった?カレン…何も見てないのにお姉ちゃんにまだ雨が止まないって言っちゃってほんとはドキドキしてたんだよ?」

     言われてみればそうだった。
     あの時はずっとそばにいたがカレンは一度もスマホを開いたりテレビを確認することもなかった。
     今更そんなことに気付いた私に向けられる笑顔はまるでおバカな子犬の失敗を見守りながらも手助けはせずにビデオで撮影する飼い主の様で、ほんのりと嗜虐的な感情が垣間見えた。

     「一緒にずぶ濡れになったらお姉ちゃんはどうするかなって…濡れて透けた服を見たら…もしかして一緒にシャワーを浴びたり…一緒に入れなくても無防備な姿を見せつけたり…できると思ってたんだよ。」

     そうはいかなかったけどね、と自嘲するように肩をすくめる。

     「お姉ちゃんがね、カレンのことをそういう目で見る様に仕向けてたの、自撮りだってそうだよ?お姉ちゃんがカレンの自撮りが欲しいって言ってくれた時は嬉しくって嬉しくってようやくお姉ちゃんがカレンのことをそういう目で見てくれたって舞い上がって…あのパジャマに着替えて光の加減も調節して色々と見えたり意識するように撮ったの。」

     そうカレンがまくしたてるように説明する。
     開き直ったような笑顔で長々と。
     そして私は気づいた。
     私にそう話すカレンの肩が微かに震えていることに。
     

  • 42二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:46:06

     
     「カレン──」

     もう説明などいらなかった。
     その震える肩が全てを物語っていた。
     本当の自分をさらけ出すということは、怖い。
     さらけ出した末に一度死んでしまった私にはよく分かる。
     それでもカレンは自分の心を全てさらけ出し、私に全てを委ねてくれていた。
     
     なんて私は愚かなんだろう。

     ここまでされてようやく私は気づいた。
     私の本当の罪は、許されないことは、カレンに恋したことでも、その身に欲情したことでもない。
     カレンを子供としか見ていなかったことだ。
     子供という概念を押し付けカレンチャンを見ていなかった。
     だから彼女のアプローチにも気づかなかった。
     不審な点にも気づかなかった。
     もしも彼女の気持ちを子供特有のロマンチックな勘違いだなんて思わずに本気で受け止めていたらこんなことにはなっていなかった。
     だから私は自分一人で勝手に苦しんで悲しんで自虐的になっていた──同じようにカレンが苦しんでいることを知らずにただ自分だけが苦しいと思い込んでいた。
     本当はカレンもずっと苦しかったはずだ。
     きっと合コンに行くだのと言っていたときも、気が気じゃなかったはずだ。
     もしも私が誰かと意気投合してしまったら、もし泥酔して持ち帰られてしまったら、もしかして同席した女の子と仲良くなってしまうかも、そんなことを想像して苦しんでいたはずなのだ。
     それなのに私は知らん顔で嫌われたいだなんてワガママな考えで彼女を弄んでいた。
     カレンは本当に強い。
     彼女はそれでも私を振り向かせるために立ち続けた。
     私を運命の人だと信じ戦い続けた。
     

  • 43二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:47:34

     震えるカレンの肩を優しく抱きしめる。
     己を押し付ける様にではなく、彼女を受け入れる様に、柔らかく。

     「愛してる。」

     カレンの告白を受け入れたうえで、もう一度伝える。

     「…いいの?」
     「だってカレンは何も悪くないもの。」

     そう、彼女が罪悪感を感じる必要はない。 
     本当に悪いのは素でダメなお姉ちゃんだった私。 
     カレンが潤んだ瞳でこちらを見つめて来る。
     
     「お姉ちゃん…」

     そっと背を伸ばしてくる。

     「愛してる──」

     私の唇にカレンの唇が重な──


     「それはダメ!!」


     私は人差し指を互いの唇の間に割り込ませた。
     カレンは私が止めるなんて思ってもみなかったのか目を丸くし、背伸びしていたつま先をストンと下ろしてしまう。
     しばらく呆然としていたが、やがて顔を真っ赤にしたまま頬を膨らませ不満をあらわにして詰め寄ってくる。

  • 44二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:49:15

     
     「お~ね~え~ちゃ~ん!!?今のはぜっっっったいにキスする流れだったのに~!!なんで!?」
     「仕方ないの!カレンは世間的にはまだ子供!しかも私は教師!決定的なことしちゃったらどれだけ愛し合っててもお縄なの!!」

     そう!それでも子供は子供!!
     私はもうカレンを子供だからなんだかんだと思わないが社会はそうはいかない。
     中央トレセン学園の女トレーナーが教え子にドハマリして逮捕なんてこの先の未来のためにも絶対にあってはならない。
     ハグまでなら言い訳が立つが、キスとかその先のあれやこれやはもう言い訳の仕様がないので万が一に備えてやってはならんのだ。

     「ねえカレン…」
     「むぅ~…どうしたのお姉ちゃん…」

     それでも納得がいっていない様子のカレンに優しく微笑みかける。

     「知ってる?大人になってからの方が時間って長いのよ?」

     ばーーっとその長さを表現するために大きく手を広げながら言う。

     「だから今はお預け、いい?」 
     「分かってるけど…でも~…」

     カレンの表情が少し不安げに曇る。
     よく分かる。
     私もかつては子供だったから。
     あの頃は今にいっぱいいっぱいで大人から将来のためだなんだと言われても納得できなくて、それが原動力になったり重石になったり、大変な時期だった。
     未来があるなんて言ってもそれは一足先に未来にいる大人たちだから言えるだけで、本当に未来があるのか、未来のためになるのか納得できないことだらけだった。
     だからそんな彼女に一つだけ、未来が見えない彼女のために一つだけ約束することにした。

  • 45二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:50:22

     
     「ねえカレン、一つだけ約束するわ。」
     「…何を約束してくれるの?」
     「明日が楽しみだって思える様にする、貴女が世間的に大人になるまで。」
     
     私の言葉を聞いてカレンが首を傾げる。

     「どういうこと、お姉ちゃん?」
     「未来なんて想像できないって私もよく分かってる、でも、明日なら想像できない?」

     そう言いながらカレンの手をそっと手にとる。
     触れることで彼女の想いが伝わってくれるようにと祈りながら。

     「明日が楽しみ、それを毎日積み重ねていくの、遠い未来じゃなくて明日が待ち遠しいって、それなら頑張れないかしら…お互いにね?」
     
     お互いに、私はそう付け加えた。
     私だって本当のところはカレンが大人になるのが待ち遠しいのだ。
     カレンが本当に私のことを大人になるまで好きにいてくれるのか不安に思う気持ちもある。
     そうしていたらきっと私もどこかで気持ちが爆発して、今しか見えなくなって、一度一線を越えてしまえばその先もずっと越え続けてしまうだろう。
     でも──

  • 46二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:51:42

     
     「明日までなら耐えられる。」
     「…うん。」
     「明日会うのが楽しみって思えたら耐えられる。」
     「…うん!」
     「明日も愛してるって伝えられたら耐えられる。」
     「お姉ちゃん…!」
     「愛してるわ、カレン。」
     「カレンも──」


     「「愛してる」」


     互いに抱きしめあう。
     大人と子供でもなく。
     トレーナーとウマ娘でもなく。


     私とカレンチャンとして。



     

  • 47二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:53:09

     
     
     寮に着いたのは門限ギリギリだった。
     握りあった手を互いに名残惜しそうに放しながら見つめあう。

     「じゃあ、また明日ね、カレン。」
     「ねぇ…お姉ちゃん。」
     
     別れ際、カレンが寂し気な表情で両手を広げて来た。

     「最後にぎゅってして…。」
     「ダメよここじゃ、誰に見られてるか分かんないんだから。」

     そう断る私に拗ねる様に眉をひそめた目を向けて来る。
     やっぱりまだこういうところは子供だなと思う。
     先ほど浮かべていた怖いくらい蠱惑的な表情はどこへやら、年相応の幼げな表情が浮かんでいることに安堵する。
     だから私は手招きして、耳打ちをするように促す。
     近づいて来たカレンの耳を覆い隠しながら、私は唇を近づけ──

     そっと口づけをした。

     ピクリとカレンの耳が動く。
     唇を合わせたキスはまだ駄目だけど、これくらいなら許してもらえるんじゃないだろうかと思う。
     誰にどう許してともらうとなると分からないが、もし神様がいたとしてもこれくらいはお目こぼししてくれるだろう。

     「ハグは明日のお昼にトレーナー室で──」
     「お、お姉ちゃん今…!?」
     「待ってるから。」
     

  • 48二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:54:14

     
     私はカレンから離れる。
     頬が熱くなる。
     きっと今私は真っ赤になってるだろう、目の前の恋人がそうなっているのだから間違いない。
     私もようやく今日はお別れをする決心をつけ、背を向ける。
     しかし大切なことを聞いておかねばと、数歩進んでから振り返り、カレンに向って叫んだ。
     
     「ねえカレン!!」

     ありったけの笑顔を向けて問おう。

     「明日が楽しみ!!?」

     すると彼女もとびきりの笑顔を浮かべてくれた。

     「うん!楽しみだよお姉ちゃん!!!」

     そして私も答える。

     「私も!!!!」 

     
     
     明日を積み重ねていこう。
     世界が二人を祝福してくれるようになるその日まで。 
     
     

     

  • 49二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:57:01

    おしまいです
    投下中もハートつけてくれた方ここまで自分の拙文に付き合ってくださった方ありがとうございました

    …投下だけで1時間以上かかってんよ長すぎんだろ

  • 50二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 16:59:48

    ウワーッ!!
    すごい大長編!!
    筆乗りすぎじゃない?

  • 51二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 17:08:59

    乙!
    49レスとかもはや小説レベル!

  • 52二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 17:09:21

    非常に良かったです
    どろっとしつつも読後の爽やかさがすげぇ好き

  • 53二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 18:59:35

    >>50

    >>51

    >>52

    感想ついてるー!

    こんなに長くなってしまったのにありがとうございます

  • 54二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 19:53:42

    よか…よか……素晴らしい文章をありがとうございます
    これで明日の小倉記念で破滅しても乗り切れそうです

  • 55二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 20:22:06

    「愛してる」をここまで濃密に書けるものなのか
    アンタこりゃ「愛」だよ
    間違いなく!

  • 56二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 21:43:08

    軽い気持ちで見に来たらすんごいもんが展開されてる

  • 57二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 21:56:33

    なぜ匿名で投げた!!言え!!

  • 58二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 22:50:23

    お姉ちゃん→カレンチャンの一方通行に見せかけたカレンチャン←→お姉ちゃんの愛…
    お互いペルソナを被りつつも水面下での己との攻防を魅せられている…
    実に文章化するのが難しい絶妙な関係性を幸せに書ききった秀作と思います。

    特に改行の位置が秀逸です。作品における「間」の演出の重要性がこれでもかと表されています。

    仄暗い内面の出力が本当に真に迫っていて…欲望とそれに対する葛藤、両方の重さが手に取るように感じられる…こちらも見ていて動悸と吐き気を催すような表現が物語への没入感を深めていて凄いです。
    そしてカレンチャンの表情が目に見えるかのような精細な描写もまた素敵ですね。
    不安に駆られ読み進める、続きが気になる、のめり込ませる書き方が実に面白い。

    お互いの告白シーンにおけるやり取りが最高ですね…
    ウマ娘二次創作における「噛み」の火力の高さを改めて思い知りました。
    素晴らしいですね!

    特にカレンチャンの不安や攻勢がここで全てわかるのも上手い構成だと思います。

    両想いとなったふたりのやり取りから繋がる
    暗い夜道で劇的に光る、まさしく閃光ともいうべき
    未来の暗示めいた落ちが途中の鬱屈をすべて払いのけ
    物語におけるカタルシスを演出しているのも脱帽モノです。

    「明日を積み重ねていこう
     世界が二人を祝福してくれるようになるその日まで。 」
    という最後の2行にこの小説のパワーが特別凝縮されていると思います。

    これぞ私が夢に見たカレトレ♀の形ですね…平伏致します。
    繰り返しになりますが実に素晴らしい、カワイイな作品でした。

    ところで…イベントとか出られます?是非本を買いたく…

  • 59二次元好きの匿名さん25/07/19(土) 23:54:08

    長いけど割とすんなり読めた、とても面白かった
    これだけの力作は…pixivに投稿しよう!

  • 60二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 09:19:17

    起きたら感想たくさんでありがたいねえ…嬉しいねえ…


    >>54

    パドック次第だけどワシは穴目のショウナンアディブ狙いでいく


    >>57

    >>59

    匿名が気楽で…とはいえ掲示板に投下するには長すぎたねえこりゃ…


    >>58

    嬉しいけどイベント出たことないねえ…

    感想のおかげで表現したかったことが伝わっていたみたいで安心したかたじけない

  • 61二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 15:06:20

    もはや多くを語るも不粋……一つだけ言うなら
    お姉ちゃん、『わ か る』

  • 62二次元好きの匿名さん25/07/20(日) 22:47:46

    自責心と罪悪感に縛られて雁字搦めになる姿は美しい…

  • 63二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 03:01:20

    よくあにまんでみる「酒乱お姉ちゃん」と「耐えるお兄ちゃん」の要素をとてつもなくロマンチックに混ぜ込んでこうも見事に調理できるのは天才の所業という他ない

  • 64二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 05:41:24

    語彙力無い感想だけど、2周目だと撫でるの要求した時やデートで声をかけた時にね
    カレンがどんな気持ちだったか想像できるのすごく良いの
    あと読んだ後にカレンのキャラソンを聞くととても刺さる

オススメ

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