(SS注意)白

  • 1二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:38:31

    「……あの、大変失礼なんですが、一つ聞いても良いでしょうか?」

     お昼過ぎの、とある小さな喫茶店。
     注文を取りに来た店主らしき女性から、突然、そんな風に切り出された。
     店主の視線は俺の方────ではなく、テーブルの向かい側に座る“彼女”へと向けられている。
     しなやかなロングヘア、薄緑の透き通った瞳、左耳にはムーヴメントを模した髪飾り。
     ウマ娘である彼女は耳をぴょこんと反応させつつ、きょとんとした表情でどうぞと促した。
     すると、店主は顔を強張らせながら、喉から声を絞り出すように問いかけてきた。

    「えっと、その、あの…………クッ、クロノジェネシスさん、ですよね?」
    「あっ、はい、そうです」

     声を震わせる店主とは対照的に、クロノはあっけらかんと肯定する。
     そしてその答えを聞いて、店主は瞳をキラキラと輝かせながら、天にも昇るような表情を浮かべた。

    「やっ、やっぱりー! 私、貴女の大ファンで! グランプリレースは全部見に行きましたっ!」
    「それは、ありがとうございます」
    「……あの、すごく、不躾なお願いなんですが、出来れば、サインを頂けないでしょうか!?」
    「ええ、これも何かの縁でしょうから、構いませんよ」
    「でっ、でしたらこちらに……っ!」

     店主はわたわたとした様子で店を奥へ行き、そしてすぐに戻って来る。
     その手の中にあったのは、現役時代のクロノが走っている姿を収めた写真パネル。
     そしてクロノが丁寧にサインを書いてあげると、店主は感動のあまり、涙ぐみながら身体を震わせた。

    「あああ、あ、ありがとうございますぅ……! これは家宝にして末代まで延々と受け継ぎます……っ!」
    「お店に飾るとかじゃないんですね」
    「今日のお代は結構ですので! ごゆっくりお寛ぎくださいませー!」
    「……あの、注文、まだなんですけど」
    「………………大変、失礼いたしました」

  • 2二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:39:36

    「ん……このケーキ、凄く美味しいです、今度ラヴちゃんにも教えてあげようかな」
    「しかし、引退してから随分経つのに、キミのファンは本当に根強いね」
    「ふふ、今はただのレースコラムリストなんですけどね?」
    「……そして現役のトレーナーである俺は見向きもされなかったな」
    「まっ、まあ、トレーナー業は裏方ですからどうしても……ええっと、よっ、ダッ、ダービートレーナー!」
    「…………ありがとう」

     慣れない掛け声してくれるクロノに、俺はお礼を伝える。

     彼女が現役を退いてから────もうすでに、何年も経過していた。
     
     学園を卒業したクロノ、フリーのコラムリストとしてレースに関する記事を書いている。
     現役時代からプロの記者も認めるほどの腕には更に磨きがかかっていて、かなりの売れっ子になっていた。
     対して、俺も彼女と円満に契約を解除してからも、トレーナーを続けている。
     決して順風満帆とはいかなかったが、良い子にも出会い、ついにはダービートレーナーの仲間入りも出来た。
     
    「じゃあ、お礼ということで、俺のチョコケーキを一口どうぞ」
    「…………あーん」

     俺がそういうと、クロノはおもむろに口の中をこちらへと晒した。
     小さな唇から、てらてらと濡れた真っ赤な咥内が除く。
     一見、平然としているように見えるが、その頬は微かな朱色に染まっていた。
     俺はそれを見て見ぬ振りをしながら、一口サイズに切り分けたケーキを彼女の口へと運ぶ。

  • 3二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:40:37

    「どうぞ、あーん」
    「あむ……んんっ、こっ、こっちも濃厚なお味で、珈琲と合いそうですね」
    「そうなんだよね、珈琲自体も美味しくてさ」
    「そっ、それじゃあお返しです、トレーナーさんも、あっ、あーん♪」

     そう言うと、クロノは自らの皿の上に乗ったショートケーキを切り分け、差し出して来る。
     ……その手つきは、ぷるぷると小さく震えていた。
     無理しなきゃ良いのに、と少し思いながらも、俺は素直にぱくりとケーキを頂く。
     口いっぱいに広がる、ほんわりと優しい甘さ。
     瑞々しい苺の甘酸っぱさとふわふわ食感のスポンジが相まって、一言に絶品といえる美味しさだった。

    「うん、美味しい」
    「……なんかズルいです」
    「これは年の甲というわけでね? でも、ショートケーキなんて久しぶりに食べたな────」

     そう話しながら、お互いの皿の上をちらりと見やる。
     雪のように真っ白なショートケーキと、黒色に染まるチョコレートケーキ。
     相反する色合いを眺めていると、ふと、先ほどの写真のことを思い出した。

    「────やっぱり、あの頃と比べると、随分と白くなったんだね」
    「ふふ、髪のことですよね? 店主さんも、最初は半信半疑のご様子でしたからね」
    「それは髪のせいだけじゃないと思うけど」

     今のクロノの髪色は、雪のように真っ白となっていた。
     先ほどサインを書いていた現役時代の彼女の髪色は、暗めの銀髪、毛先に至っては真っ黒。
     毎日会っていると気づかないが、今と昔の写真を見比べれば、目を疑うのも仕方ない。

  • 4二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:41:41

     ────ただ、店主が半信半疑だったのは彼女が成長していたからだろう。

     背はすらりと伸びて、スレンダーながらスタイルも良く、雰囲気も大人の女性らしいものとなっていた。
     ……まあ、中身は、あまり変わっていないような気もするけれど。

    「…………それは、あなたの前でだけ、ですから」
    「えっ?」
    「何でもありません、でも懐かしいですね、あの頃は毎日、自分の写真を撮っていました」
    「ああ、髪の色を記録に残していたよね、他の芦毛の子達と一緒に」
    「今はもう撮ってはいませんけど、記録自体は、私の歴史として大切に残してあります」

     過去に思いを馳せるように、クロノはそっと目を閉じる。
     彼女の髪色の変化を纏めたアルバムは、俺も手伝って、二人で作り上げたもの。
     その写真の枚数は千をゆうに越えて、アルバム自体も一冊では収まり切っていないほどである。
     今でも時折取り出しては眺めてしまう、クロノの、そして俺達の大切な思い出だった。

    「……ところで、覚えていますか?」

     やがて、クロノはちらりと片目を開けて、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

    「白くなった暁には、皆で雪合戦がしたい、ってお話したことを」
    「……ああ、そんなこと言っていたなあ」

     誰が発端だったかは、正直覚えてはいない。
     芦毛のウマ娘達が集まって写真を撮っている中、クロノがそう話していたことだけは、覚えている。

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:42:54

    「しかし雪合戦か、雪もそうだけど、あのメンバーを集めるのもなかなか大変そうだなあ」

     あの場にいたウマ娘達は、すでに全員が引退し、学園を卒業している。
     連絡自体は何とか取れるかもしれないが、一カ所に集めるというのは難しいだろう。
     約一名に関しては、呼んでなくとも来てくれそうな気がするけれども。
     はてさてどうしかものか、と考え込んでいると、くすくすと小さな笑い声が聞こえて来た。

    「ふふ、冗談ですよ……それに雪合戦は無理でも、もう一つの方はちゃんと叶えてくれましたから」
    「もう、一つ?」
    「さて、なんだったでしょうか?」

     クロノは揶揄うようにそう言うと、口元をわざとらしく両手で隠す。

     その左手の薬指に、きらりと、リングが煌めいていた。

     ここまでされば、流石に思い出す。
     俺はにやりとした笑みを浮かべ、一言、彼女へと言葉を告げた。

    「……白無垢じゃなくて良かったの?」
    「……それは決意が揺らいじゃうので、言わないでください」

     クロノは困ったような笑みを浮かべながら、ちらりと隣の席へと視線を向けた。
     そこには大きな紙袋があって、中には式場などのパンフレットや資料が詰まっている。

     雪合戦をする時には────服も白くしよう。

     それは、俺が彼女に提案したこと。
     雪合戦こそ出来なかったけれど、彼女に白い服を着せてあげることは、出来たのだ。

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:43:56

    「正直に言うと、俺はウェディングドレスのクロノも白無垢のクロノも見たい、いっそ両方出来ないかな?」
    「追いブライダルはちょっと……それに、こういうのは一生に一度だからこそ、価値があるんだと思います」
    「なるほど」
    「クラシックやトリプルティアラみたいなものですね」
    「いや、その例えはちょっと、まあクロノらしいかな」
    「えへへ…………あの、ちょっと、隣に行っても良いでしょうか?」

     クロノは突然、甘えるような声色でそう問いかけて来た。
     驚きながらも俺が頷く、彼女はおもむろに隣へと移動してくる。
     そして、寄り添うように席へと座り、腕を絡ませながらこてんと頭を俺の肩へと乗せた。
     ふわりと漂う甘い香り、マシュマロを思わせる柔らかな感触、じんわりと伝わってくる温もり。
     上目遣いでじっと見つめながら、クロノは囁くように言葉を紡ぐ。

    「…………不束者ですが、これから末永く、宜しくお願いしますね」

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:45:00

    お わ り
    花嫁クロノちゃんが見てえ

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 00:47:49

    はー…コーヒーブラックで頼むね

  • 9125/07/21(月) 02:46:16

    >>8

    クロノはほどほどに甘い話が書きたくなりますね

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 07:20:32

    ありがとうございます
    クロノちゃんには白無垢も似合いそう

  • 11125/07/21(月) 07:56:17

    >>10

    クロノちゃんはドレスも白無垢も似合いそうですよね

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 08:35:31

    芦毛の娘はいつかみんな真っ白になるのかな 傍で変化を見ていられるのは僥倖だね

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 09:19:52

    甘すぎて尼になったわね…煩悩を消さなきゃ

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 13:27:20

    これは良きトレクロ

  • 15二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 16:17:39

    このレスは削除されています

  • 16二次元好きの匿名さん25/07/21(月) 16:21:47

    このレスは削除されています

  • 17125/07/22(火) 01:03:34

    >>12

    髪色が変わって行く姿を毎日眺めていたい

    >>13

    煩悩が消えてないのなら尼になれていないのでは・・・?

    >>14

    いいよね・・・

スレッドは7/22 11:03頃に落ちます

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