- 1二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:51:47
- 2二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:52:33
イラストあり…神
SSなのに参考画像もあるんや - 3二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:52:47
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灼熱の空気が充満する格闘ジム『シュート・ファイティング・アカデミー』。重たいミットを打ち続ける男の腕からは、細いながらも鋭く伸びる汗が飛び散っていた。
「もっと腰を落とせっ、朝田ァ」
怒声が飛ぶ。山田マナブ、ジムの看板トレーナーにして鬼の指導者である。
ミット打ちをする小男に檄を飛ばしつつ追い込みをかけていた。
「舐めてんじゃねえぞ!コラ!そんなんで強くなれると思ってんのか」
「……ハイッ!」
ミット打ちをする小男──朝田昇はきびきびと返事をしながらも、どこか焦りと苛立ちを滲ませていた。
ジムの入会から数ヶ月、技の習得は早い。だが、体の変化がまるで追いついていない。生まれつき脆弱な体に筋肉も張りもついてこないのだ。
「仕方ねえ、一度休憩だ」
「お前、いつまで経っても身体ができねぇんだ。マジで格闘技向いてねぇんじゃねーのか?」
休憩中、マナブは厳しい口調ながら朝田に目を向けた。
「……すみません」
「…あいつらへの復讐のためなら、やめたほうがいい。筋力もなきゃ骨もねぇんじゃまた返り討ちに遭うだけだ」
マナブの口調はきついが朝田に対する懸念が本音だった。朝田はかつて、モラルを守れない不良達を注意した結果リンチされた。その経験を受けて朝田は強くなるために格闘ジムに入会したのだ。
「まったく、身体は嘘つかねぇんだよ……」
そう吐き捨てるマナブに、朝田は小さく「…ハイ」と答えるだけだった。
マナブの発言に密かな不満を覚えながら…。 - 4二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:53:48
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BAR 魔の巣
「痛て…マナブさんもキツいな…もっと効率的なやり方はないのか…」
その夜、朝田は痛む体をさすりながらふらりとバーに寄っていた。
酒のグラスをくるくると回しながら、呟く。
「おや、失礼――もしかして、お悩みを抱えていらっしゃる?」
にゅっと横から黒服の男が現れた。真ん丸の顔に笑顔を浮かべ、異様な存在感を放つ。
「……少し愚痴が大きかったですね。どちら様?」
「いえっ失礼しました。実はこういう者です。」
おもむろに黒服の男は名刺を取り出す。
│──────────────│
│喪黒福造 │
│❤︎ココロのスキマ…お埋めします│
│──────────────│
「ココロのスキマ?宗教勧誘は──」
「いいえ、わたしはセールスマンです。お客様の心にポッカリ空いたスキマをお埋めするのがお仕事です」
「セールスマン…押し売りなら結構ですよ」
「いいえ、セールスマンといってもあくまでボランティアのようなものです。それに…」
喪黒は続ける。
「朝田さん、話を伺う限りあなたはあれだけボロボロになりながら執念深く格闘ジムに通ってらっしゃる。なんで強くなりたいのかお話だけでも聞かせてもらえませんか?」 - 5二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:55:26
胡散臭さを感じた。見ず知らずの不気味な男に素性を探られてはたまったものではない。
…だが酒の勢いもあり、朝田は喪黒に自分の苦悩をこぼした。
「……不良にやられたから強くなりたいのは事実です。でも……本当の理由は、それだけじゃないんですよ」
「と、言いますと?」
「私はね……ずっと“完全無欠な存在”だと思われたかったんです。他人に見下されないよう東大の法学部を修了したし、仕事だって一流のエリート商社を選んだ。もちろんモラルだって人一倍気を遣ってるつもりです……」
「でも、あのとき…不良達にリンチされた時…周囲の人間は私を――笑ってたんですよ。小汚いルンペンですら、私を無様だって、バカだって……あの目が忘れられない」
「ふむ……完全無欠を目指していたのにそんな目で見られたらさぞ屈辱的でしょうな」
「マナブさんは私が不良への復讐のために格闘技をやってるといったが、そういうんじゃない。
私は肉体的にも強くなることで真の"完全無欠な存在"になりたいんだ……!」
「もっとも…この体じゃ夢もまた夢ですがね」
目を潤ませながらそう自嘲する朝田に、喪黒はにこりと微笑んだ。
「なるほど。では、あなたにピッタリのモノがあります」 - 6二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:57:04
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喪黒は懐から、ぼろぼろの和紙で綴じられた古文書を取り出した。
「これは、江戸時代から伝わる"とある古武術"を記した文書です。読めばわかりますが痛みもリスクも最小限、獣のような筋力と柔軟性を得られるトレーニング方法が書かれています」
「本当に…痛い思いをしなくても強くなれますか?」
「ハイ 今のようなハードなトレーニングをせずとも強くなれますよ」
朝田は古文書を受け取ろうとするが喪黒が一度制す。
「もちろん、これは無償で差し上げます。ただし――ひとつだけ条件があります」
「条件?」
「これは古武術の書であるために当然"技"が記されてます。その欄を読むのは構いません。ただし人体に多大な影響を及ぼすため、“他人にこの技を決して使ってはなりません”。これだけは約束できますか?」
朝田は少し躊躇したが、やがて頷いた。
「わかりました。絶対に他人には使いません。喪黒さんを信じます」 - 7二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 19:58:11
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その日から、朝田は古文書に記された独自のトレーニングを始めた。
血の循環を意識した呼吸法、微細な筋肉を意識した負荷運動、獣の姿勢を模した動的訓練。
最初は胡散臭いと思っていたが、朝田の肉体は劇的に変化していった。肉体こそ小柄なままだが、筋繊維が太くなり、動きにしなやかさと爆発力が加わる。
「……信じられない……こんなに動けたのか……!?」
それから数週間で朝田はどのジムの仲間達よりも強くなった。鈍臭い朝田が獣のような強さを得た。これにはジムの誰もが驚き、特にマナブは目を見張り朝田を見直した。
「お前……マジで何したんだよ!?俺が教えた技を完璧にモノにしてんじゃねーか!」
「いえ!全てマナブさんのおかげですよ(ニコニコ」
本音では、自分一人の力だという傲慢が芽生えていた朝田。しかしそれは、やがて破滅の種となる。 - 8二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:00:08
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「もういっぺん言ってみろっ、真剣勝負をやったらプロレスラーより強いだとう?」
ジム帰り、すっかり気の緩んだマナブと朝田は居酒屋で酒をあおっていた。やや酔ったマナブがぽつりとレスラーをバカにしたのだが、悪いことに隣の席にまさにレスラーがいた。
「なにがシュート・ファイティングだ。プロレスラーになりたくてもなれなかったチビの掃き溜めじゃねぇかあ…
本当はオレにあこがれてんだろう?サインしてやろうか?ボクぅ?」
「ムカつくなぁ……殴りてぇなぁ……ぶっ殺してやりてぇなぁ」
マナブは貼り付けたような笑顔を浮かべつつも
臨戦体制となる。
張り詰める空気の中──朝田が口を開いた。
「マナブさん……こんな人を相手にすることないですよ。しょせんプロレスラーはエンターテイナーであって、ファイターじゃない…」 - 9二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:01:42
「あーっ? 今なんて言った? メガネザルぅ」
「気にさわったならあやまります。どうもすみませんでした。でも……“ガチンコ”じゃないですよね?」
酒がまわり、いつもより気が大きくなっていた朝田はレスラーを饒舌に挑発する。
「それを言ったら殺されても文句は言えねぇぞ!」
遂に堪忍袋の尾が切れたレスラーは拳を振り上げる。
その瞬間――朝田の体がすっと構えを取った。
マナブ直伝のシュート・ファイティング。小柄ながら鋭く、神速の如きタックルで相手の懐に潜り込む。
ブチッ
一撃で膝を極め、レスラーの右脚の靱帯を破壊する。
「ぐあーっ!」
「朝田の野郎……なんだかんだ言いながらオレの獲物を持っていきやがった…」
まんざらでもない表情でレスラーを極めていく朝田を眺めるマナブ。
そのときだった。朝田の口元に奇妙な笑みが浮かぶ。
今こそ完全無欠な存在を示す時だ。酔いすぎた朝田は圧倒的強さの自分に絶頂すら覚えていた。
この時点でマナブは意地でも朝田を止めるべきだったのだ。 - 10二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:03:12
「“毒蛭”……」
マナブは青ざめる。
「!? 朝田のヤツ……ま、まさかあの技を!?」
一度だけ…朝田がジムの人形にこの技を試しているのを見たことがあった。その時の惨状を思い出し、マナブは一気に血の気が引いていった。
「“毒蛭観音開き”!!」
「ぐ……あぁあ……がっ……ぎぃ……」
「その技はやめろーっ」
しかしすでに遅かった。
全身の力を用いて、レスラーの肋骨を内側から抉るように引き裂く。
ボンッ!!
響く音とともに、レスラーの胸が破裂するように開いた。
レスラーは意識を失い、救急搬送――重度の解放骨折と内臓損傷。奇跡的に命は助かったらしいが、まともな日常生活は二度と送れないだろう。
──店内の喧騒を受けてふと平静に戻った朝田。
事態の深刻さを理解した朝田は血まみれの手でふらつきながら、店を飛び出した。 - 11二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:04:21
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夜の公園――
月も雲に隠れ、街灯の届かぬ闇に、朝田は身を潜めていた。
「こんなはずじゃ……こんなはずじゃ……」
震える手を握りしめる。後悔と高揚が交錯する。
「だが、あれは正当防衛だったんだ。それに…奴は私を侮辱した。あんな脳筋より完全無欠な私こそが正しいんだ……!」
そのときだった。背後の茂みから「ホッホッホ……」という笑い声が響いた。
「朝田さん…あなた約束を破りましたね…」
喪黒福造が、いつの間にか背後に立っていた。 - 12二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:06:53
「……喪黒さん……どうして……」
「言いましたよね? 毒蛭観音開きは大変危険な技。決して人には使ってはならないと…それに関わらずあなたは──」
「うるさいっ!!」
朝田はタックルの構えを取る。
「フヒヒ…殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる…!私こそ完璧な存在なんだっ……!!」
「ふぅ……仕方ありませんねぇ」
朝田は喪黒に毒蛭を仕掛けるべく神速タックルを放つ。
喪黒の背中に回り込み肋骨に触れるまであと数センチ…勝ちを確信した朝田は過去最高の笑みを浮かべた。
──気付けば喪黒はこちらを向いてにこりと笑っており、眼前には人差し指が突き出されていた。
「ドーーーーーーーーーーーーーン!!」
う わ あ あ あ あ あ あ(PC書き文字) - 13二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:09:37
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「まったく朝田の野郎…今日も事情聴取を受けなきゃなんねーのにどこいきやがったんだコラ…」
レスラーを半殺しにしてから数日──朝田の姿がジムから消え、何度も連絡を試みたが応答はなかった。
傷害に関与した疑いからジムは緊急自粛、マナブはぶつくさと愚痴を言いながらトレーニング器具を整えていた。
「……朝田のヤツ……今思うと何かに取り憑かれてたみてーだったな」
すると――ジムの隅に、ひとつの黒い影がすばしこく走った。
「なっ…なんだあっ」
マナブが叫ぶと、ジムの奥から黒ずんだネズミがぴたりと止まって、こちらをじっと見た。
「気持ちわりぃな…オイコラッさっさと出てけっ」
その場にあった箒を振り回し、マナブはネズミをジムの外に追いやる。
改めてジムの清掃に戻ろうとするマナブ。
その時だった
「……マナブサン……」
どこかで、かすれた声が聞こえた。幻聴か、あるいは――。
マナブは慌てて振り返るがそこに朝田の姿はなく、ただネズミが哀しげに逃げていくだけだった。
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「ネズミというのは実に興味深い生き物でしてね」
「自身の身の丈をゆうに超える食料を持ち運ぶ筋力や僅かな隙間から自由に屋内に侵入する柔軟性…それに」
「嘘か真か知りませんが適応力・学習能力の高さからあらゆる環境で“完全無欠”な生存戦略をとれる存在だとする生物学者もいるそうです」
「もっとも!いくら完全無欠な存在に近づいたとしても、必ずしも侮蔑や嘲りが消えるわけではないですがね」
ホーッホッホッホッホ…… - 14二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:11:47
やっぱり怖いっスね喪黒は
- 15二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:11:47
おもしれーよ
- 16二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:12:18
キミ グッドSSとして認めるネ
- 17二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:13:33
朝田に勝てる喪黒強すぎい~~~っ
実はガルシア並くらいあるんじゃないスか? - 18二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:14:14
見事やな…
- 19二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:15:20
お前...なんで笑うセールスマンに朝昇なんて出そうと思ったんだ
- 20二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:17:17
- 21二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:19:09
エピソードの最後を締めくくる喪黒の再現度たかったけーよ
見事やな… - 22二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 23:24:43
マジでまっとうにタフのスレなんだよね
こういう名作が増えてほしいのお - 23二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 06:59:45
文章としても読みやすいんだよね怖くない?
- 24二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 11:21:47
「いくら完全無欠な存在に近づいたとしても、必ずしも侮蔑や嘲りが消えるわけではない」
…人生の悲哀を感じますね - 25二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 11:40:53
キミ、グッドSSと認めるネ
- 26二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 13:13:49
スレ画の朝昇も藤子a先生の絵柄に寄せてて好感が持てる