[SS]六等星の夜

  • 1◆pfYNc0W3Yw25/07/22(火) 20:41:38

     等級という、星の明るさで決められたものがある。
    とっても輝く星は一等星。その反対、儚く光り今にも見えなくなりそうな明かりの星は六等星。僕をそれで表すのならば──



    僕とトレーナーさんが一緒に走り始めてからそれなりに時間が経ってから。
    今やトレーナーさんはチームでの担当を任されるほどになった。
    けど一緒に走る仲間が増えれば仕事も増えるもの、という訳で最近の僕はチームメンバー最古参兼サブトレーナー見習いとしてトレーナーさんのお手伝い。


    レースもそこまで出なくなり、いよいよ身の引き方を考え始めた僕としては経験値の一つとしてこういうのも体験しておこうと思ったのだがこれが本当に大変だ。
    器具の準備くらいならいいけど、身体状況やメンタルというモノは日々変化していく。 うまくいったかと思えばあちらでトラブル。あちらが解決したと思えばこちらで一波乱。


    そんな中、とあるチームメンバーに言われた。

    『シュヴァち先輩って、何のために走ってんの?』


     夕暮れ時、トレーニング器具の片づけ中に投げられた剛速球の正論ストレート。投手は最近チームに参加した娘。明るく実力は確かなのに少しどこか一歩引いているような。
    また少しばかり言葉選びが不器用なんだろう、しきりと『そんなつもりじゃないのに!』
    と言っている姿を目にする。
    今回も例にたがわず僕の顔を見るなり、

    「…あ!そういう意味じゃなくてね!?
    ホント、本当になんでだろーって思っただけだから!
    だからね、その…ごめんなさい」

  • 2◆pfYNc0W3Yw25/07/22(火) 20:42:39

     目の前でどんどんフェードアウトしていく声。初見ならいざ知らず、何度も見てきた姿だし彼女がどういう娘なのかもわかっているつもりだ。

    「大丈夫だよ、気にしないで」

    そう言うと少しホッとした顔をする彼女を前に、目を閉じ少し考える。

    僕が今も走る理由。それらしいものなら何個か思いつく。

    走るのが楽しいから。一緒に走るライバルに負けたくないから。こんな僕でも応援してくれる人たちがいるから。

    いつか憧れた彼女みたいに走りたいから。

    きっとこの辺りの思いがごちゃまぜになったナニカが今も僕を突き動かしているんだ。
    ただ、この考えを言葉に出来るほど僕も口は上手くない。いつも分かりやすく言語化して説明してくれるトレーナーさんみたいにこの考えを伝えられはしないだろうから。


    目を開ける。目に刺さってきた明るさに顔をしかめる。次第にはっきりしてきた視界にはどこか不安そうな表情の後輩。ごめん、少し考えすぎちゃったかな。

    「…あるにはあるけど、これは言葉にできないかなぁ…」

    「あー…。べ、別に答えられないんならだいじょぶだから!」

    「ううん…、そうじゃないんだ。きっと言葉じゃ届けられないからさ。
    だから、今度出る僕のレースを見ていて!
    そこで、答えるよ」

    瞬間、脳裏に浮かぶあの日。
    “偉大なウマ娘”が僕に勇気をくれた、あのレース。僕の始まり。

    今度は、僕が──

  • 3◆pfYNc0W3Yw25/07/22(火) 20:43:39

     空には輝く太陽、目の前にはどこまでも広がっていそうな、香る緑。見にきてくれている人たちの歓声がここまで聞こえてくる。
    久しぶりのレース出場だからか、どこか懐かしさまで感じている。
    これだ。やっぱり言葉に出来ない、ここにしかないモノが確かにある。

     ゆっくりと、他のライバルたちがゲートに入ってくる。
    走りたい、勝ちたいという熱が。身体の奥から焦がすような熱が広がっていく。

    後ろから乾いた音が遠くに響いた。
    全ウマ娘、ゲートイン完了。



    スタンドで応援してくれるメンバーの中に、後輩の姿を見たのを思い出す。
    伝わるかどうか分からないけれど、きっとあの日の疑問に答えてやる。


    Q;『走る事』に関して言葉にするのが難しいのなら、どうすればいいのか。
    A;僕だから出来る方法で答えるだけだ。彼女に見せてあげればいい。

    ──ウマ娘、シュヴァルグランの走りを。


    息を吸って、吐く。響く鼓動。高鳴る胸。無限にも感じる静けさが広がって。

    そして、ガタンと音と共にゲートが開く。

    レース、開始。

  • 4◆pfYNc0W3Yw25/07/22(火) 20:45:01

     芝が跳ねる。耳を劈く風切り音。
    スタート直後、他の何人かと並ぶ形で出来る群の中で冷静に位置を取る。
    この位置、このテンポ。この呼吸。

     ──あぁ。やっぱり、ここも僕の居場所だ。

    前を走る子たちを見ながらペースを掴む。
    周りからのプレッシャーも感じるが、焦る必要はない。脚を溜める意識を忘れずに、軽やかに一コーナー、二コーナーを流れるように走り抜ける。
    視界を流れる景色、周りには重い音の合唱。けれど意識の焦点はただ自分の走りのみ。

     そして、三コーナー。
    ぐわり、と。得体の知れない感覚。音が、熱が。僕の後ろからやってくる。

    ──来た。誰かが仕掛けた。
    前が動く。何処で行く。後ろからジリジリと圧が迫ってくる。
    一瞬の判断、加速。一歩前へ出た。前を走る逃げ戦法の子と並び。

    四コーナー、直線コース。
    前には誰もいない。ただただ風を全身で感じる。スタンドの声も、後ろからの重圧も。
    全てを置き去って。残り200メートル。

    すぐ後ろには、迫る轟音。それでも、譲らない。譲るわけにはいかない。
    並ばせない。差させない。
    ただただ地を蹴り上げて、まっすぐに走る。
    そして──

    そして、歓声。スタンドからの割れるような拍手と声援が、一気に押し寄せてくる。
    肩で息をしながら、見上げた青空に思わず吠える。

    これが、僕の答えだ。

  • 5◆pfYNc0W3Yw25/07/22(火) 20:46:01

     レース後、ターフを静かに見つめる彼女に声をかける。

    「…どうだったかな?キミの質問に、答えられたかな」

    「…わかんない。
    けどシュヴァち先輩の今日の走り見てて。何だかすごい安心したっていうか。
    アタシに『ここに居ていい』って、いってくれてる…みたいでぇ…!」

    限界を迎えたのか、堪えきれず涙を流す彼女をそっと抱きしめる。


    落ち着いてきた彼女と二人、無言。

    「ああああああぁああぁぁっぁぁ!!!」
    「うわああああああぁぁぁああ!?」

    突然隣の奇声にビックリして尻もちをつく。ゴメンゴメンと手を差し出す彼女に手を引かれ。

    「決めた!アタシもなる!シュヴァち先輩みたいに誰かに何か伝えられるようなウマ娘に!そんなウマ娘になってやる!」

    「…!」

    あぁ、良かった。
    少しでも、キミに届けられたのなら。


     等級という、星の明るさで決められたものがある。
    とっても輝く星は一等星。その反対、儚く光り今にも見えなくなりそうな明かりの星は六等星。僕をそれで表すのならば六等星だろう。
    でも、それでいい。その六等星の輝きを追い続けてくれる人がいるのなら。
    僕はきっと、輝き続けられる。輝き続けてやる。

  • 6◆pfYNc0W3Yw25/07/22(火) 20:48:02
  • 7二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 20:49:35

    おもしろかったです!!
    かっこいいシュヴァち良い

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 21:58:08

    彼女らの短い現役期間で 誰かに何かを残せたら 伝えられたら 受け継ぎ続けてくれたなら それはきっと素晴らしい事

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 21:58:20

    勇気をもらった側があげる側になったのいいね…

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 22:39:37

    最近シュヴァルのスレをよく見るな

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/22(火) 22:47:22

    良きSSでした
    やはりタイトルはAimerからだったか、シュヴァルの雰囲気に合うよね

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 08:19:29

    でも昴(プレアデス星団)は1.6等級なんだ

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