【SS】こころを探しに行こう②

  • 11◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 20:17:26

    ……どこで、なくしたっけ。

    俺の、こころ。

    凪がどこかに落としたこころを、
    誰かと一緒に探しに行く話。


    *ブルーロックの凪誠士郎が主人公
    *安価でこころを探すキャラを1人1個決めるよ
    *更新遅いからのんびり待っててね
    *キャラは1~30巻の表紙から選んでね
    *描写は静かで幻想的な雰囲気が多め。切なかったり、優しかったり
    *荒らし、誹謗中傷禁止
    *アンチ、スレチ、キャラsage、腐コメ禁止
    *ホスト規制に巻き込まれがち、良ければ保守してもらえると嬉しいな

  • 21◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 20:18:33
  • 3二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 20:19:26

    たて乙です!
    続き楽しみにしてます!

  • 41◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 20:37:01

    >>3 ありがと!残りあと少しだけど最後まで見届けてくれたら嬉しいな。


    『愛情:帝襟アンリ』


    目が覚めた。


    ゆっくりと瞬きをして、天井を見上げる。


    また、夢を見た気がする。


    なんにも覚えてないけど、

    不思議と、心が穏やかだった。


    胸の奥を、手で押さえる。


    うん、痛くない。

    大丈夫。


    こころは、ちゃんとそこにある。

    なんとなく、そんな気がした。


    ふーっと、大きく深呼吸。

    それから、ゆっくりと体を起こす。


    「よいしょ……」


    のそのそと立ち上がって、靴下を履く。


    扉を開けて、廊下に出た。

  • 51◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 20:46:18

    今日は、誰と会うんだろう――
    そんなふうに思いながら、歩き出す。

    まだ、朝は早い。
    すれ違う人は、ほとんどいない。

    静かなブルーロックの廊下に、
    俺の足音だけが響く。

    ふと、角を曲がった先で、
    誰かとぶつかりかけた。

    「あっ……おはようございます、凪くん」

    「あれ、アンリちゃん……さん、だ」

    目の前にいたのは、ブルーロックのスタッフ。
    名前は確か、帝襟アンリだった。

    スーツ姿で、いつもと同じ。
    でも少しだけ、眠たそうな顔。

    「こんな朝早くから、どうしたんですか?」

    「んー、なんとなく……。アンリちゃんこそ、仕事?」

    「そうですね、これから今日のスケジュール確認に……」

    アンリちゃんは、
    俺に手元のタブレットを、ちらりとだけ見せた。

  • 61◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 20:53:25

    ……いっぱい予定が書いてあって、
    見ただけで疲れそうだった。

    「たいへんだね」

    「まあ……慣れましたから」

    微笑むアンリちゃん。

    俺はその顔を見ながら、ふと思った。

    「アンリちゃんって、“愛情”とか、探すの得意そう」

    「……え?」

    思ったことをそのまま言ったら、
    アンリちゃんは目を瞬かせて、立ち止まった。

    俺も歩くのをやめて、なんとなく顔を見る。

    「んー……なんか、そんな感じするんだよね。愛が強そうっていうか。サッカー、凄い好きでしょ?」

    「……ああ、はい。好きですね、サッカーは」

    アンリちゃんの声が、
    少しだけ照れくさそうになった。

  • 71◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 20:55:10

    「じゃあ、今日のこころ探し、アンリちゃんといっしょでもいい?」

    「え、私と?……うーん、立場を考えると複雑ですが……」

    「でも絵心は、俺の“退屈”探し、手伝ってくれたよ」

    「えっ!まったくあの人は……!面倒見がいいのかなんなのか本当に謎……」

    少しだけ悩んだあと、アンリちゃんは頷いた。

    「―――わかりました。じゃあ、今日は私が、凪くんのパートナーですね」

    「うん。よろしくね」

    アンリちゃんは優しく笑った。

    不思議な感じ。

    普段はプレイヤーと、スタッフ。
    立場が違う。

    でも、今はただの“こころ”を探す旅の仲間だ。

    二人で並んで歩き出す。
    サッカーを愛する人と、こころを探しながら。

    今日の旅が、どうなるのかは分からないけど――

    まあ、きっと、大丈夫でしょ。

  • 81◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:11:45

    アンリちゃんと並んで歩く廊下は、
    思ったよりもずっと、静かだった。

    朝の空気が少し冷たくて、
    でもその中に、淡く光る空気が混ざってる。

    静かだけど、温かい。
    たぶん、そんな感じ。

    「ねえ、アンリちゃんって、いつからサッカーが好きなの?」

    ふと、気になって聞いた。

    アンリちゃんは驚いたように目をまんまるにして、
    それから少しだけ考えてから、口を開いた。

    「サッカーを始めたのは、小学生の頃でした」

    「ふーん」

    「当時、日本の女子サッカーがすごく盛り上がってて。テレビで代表戦を観て、すごく憧れたんです。“私も、こんなふうにボールを蹴りたい”って思って」

    アンリちゃんの目は、少し遠くを見ていた。

    「最初は楽しかったですよ。ボールを追いかけるのが、仲間と一緒に走るのが、すごく楽しくて」

  • 91◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:14:25

    「でも、辞めたんだ」

    「はい。……小学校を卒業するころには、自分でも分かってたんです。自分には才能がないって」

    声のトーンが、少しだけ下がった。

    「周りの子と比べて、足が遅いとか、パスが下手とか。自分なりに努力はしたけど……どうしても追いつけなくて」

    ふぅっと、アンリちゃんは小さくため息をついた。

    「それで、辞めました。サッカーもやめて、プレーヤーとしての夢も諦めました」

    俺は黙って、アンリちゃんの横顔を見る。

    目は伏せられていて、
    それでもどこか、穏やかだった。

    「でも、それでもサッカーが好きだったから」

    「うん」

    「プレーできなくてもいい。私は“支える側”でいたいって、そう思ったんです。誰かがゴールを決めた時、一緒に喜びたい。誰かが負けて泣いた時、そばにいたい。そういうふうに、サッカーと関わり続けたいって」

    その言葉は、すごく優しくて、
    でも、どこか切なかった。

    たぶん、きっと、
    それが“挫折”ってやつなんだろう。

  • 101◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:17:10

    「そっか。アンリちゃんは、サッカーで“挫折”しても、まだサッカーが好きなんだね」

    「ええ、好きですよ。きっと、これからもずっと」

    歩みを止めて、アンリちゃんは天井を見上げる。

    白い蛍光灯の光が、
    瞳に淡く映っていた。

    「それって、愛情なのかな」

    俺が呟くと、アンリちゃんは小さく微笑んだ。

    「難しいですね、“愛情”って。私も、それが何かをきちんと説明できるわけじゃないけど……」

    「うん」

    「でも、たとえば凪くんもサッカーは好きですよね?」

    「うーん、まあ……そこそこ」

    「でも、ブルーロックに来て、色んな人と出会って、それでも続けてる。時には負けたり、悔しい思いをしても、サッカーをやめなかった。……それも、愛情の一つだと思いますよ」

  • 111◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:18:16

    俺は少し、考えた。

    負けたこと。
    少し、悔しかったこと。

    色んなことが、頭をよぎった。

    たしかに、面倒だと思ったことはあるけど――

    本気でやめたいって思ったことは、
    あんまりなかったかもしれない。

    「愛情って、すぐに分かるものじゃなさそうだね」

    「ええ。気づいたら、そこにあった――そんなものかもしれません」

    ゆっくりと、また歩き出す。

    静かなブルーロックの中、
    誰もいない廊下を、二人で並んで進む。

    足音が、優しく重なっていた。

    サッカーを“好き”であり続ける人と、
    今もサッカーを“なんとなく”続けている自分。

    そこに共通する何かを、確かに感じていた。

    それがきっと――愛情なんだろうな、って。

  • 121◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:43:20

    気がつけば俺たちは、
    サッカーコートまで来ていた。

    人工芝の緑が、朝の光に濡れて柔らかく見える。

    ここで、何人の選手が、
    泣いて、叫んで、笑ってきたんだろう。

    多分、俺もその一人なんだろうな、って思う。

    「あら」

    アンリちゃんが少し、声を上げた。

    視線の先には、ポツンと転がるボールがひとつ。
    まるで誰かが置いてったみたいに、そこにあった。

    「一本だけ、蹴ってみてもいいですか?」

    「うん。いいよ」

    アンリちゃんは軽くスカートの裾を整えて、
    ボールに近づいた。

    そして、丁寧に、慎重に、足を合わせる。

    トン。

    軽い音と共に、ボールが宙を舞った。

  • 131◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:45:02

    軌道はなめらかで、
    まるで引き寄せられるように――
    ボールは、ゴールへと吸い込まれていった。

    「……入った」

    「ふふっ、久しぶりにボールを蹴りました。身体が覚えてるものですね」

    アンリちゃんは、少し恥ずかしそうに笑った。

    でもその笑顔は、とても自然で、
    何より“生きてる”って感じがした。

    「なんか、今のアンリちゃん、すごい生き生きしてた」

    「そうですか?ふふ……やっぱりサッカーは、楽しいですね」

    心の奥が、ふわりと揺れた。

    誰かがボールを蹴る姿を見て、
    こんなふうに感じるのは初めてだったかもしれない。

    ―――視線を釘付けにし、心を奪うサッカー。
    それが、“愛情”の形なのかもしれない。

    楽しくなければ、続けられない。
    好きじゃなきゃ、追いかけられない。
    そして、愛がなければ――届かない。

    きっと、そういうものなんだと思う。

  • 141◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:46:21

    俺はゴールネットまで歩き、
    アンリちゃんが蹴ったボールを拾い上げた。

    指先で、表面をなぞる。

    少しだけ汚れてる。
    でも、それがいい。

    このボールには、たぶん、
    アンリちゃんの“愛情”が詰まってる。

    じっと見ていると、
    ボールの内側から、ふわりと光が滲んだ。

    それは、宝石だった。

    とても柔らかで、ほんの少しだけ曇っていて、
    それでも確かな輝きを宿してる。

    「……大きいな」

    思わず、呟いた。

    他のどの“こころ”よりも、たぶん一番大きい。

    でも、それも納得できた。
    愛情って、きっとそういうものなんだと思う。

  • 151◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:48:01

    「ねえ、アンリちゃん」

    「はい?」

    「愛情って、人のこころを豊かにしてくれるものなんだね」

    「……ええ、そうですね」

    アンリちゃんは少し驚いたような顔をして、
    それからゆっくりと頷いた。

    「でもさ、愛情の注ぎすぎには注意しないと。たぶん、壊れちゃうこともあるから」

    それは、これまで集めてきた、
    “こころ”たちが教えてくれたことだった。

    楽しさも、悲しみも、怒りも、愛も―――
    どれも過剰になれば、人のこころを壊す。

    「大切なのは、ちょうどよく、だね」

    「ええ、そうですね」

    静かなサッカーコートに、
    アンリちゃんのささやかな声が響いた。

    そして俺は、その手に“愛情”をそっと抱いた。
    曇っていて、それでいて、温かい宝石を。

    『愛情:帝襟アンリ』

  • 161◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 21:55:19

    いつものように、レオの部屋の前で足を止めた。

    今日はノックして、扉を開ける。

    「ただいま」

    「おかえり、凪。今日も行ってきたんだな」

    「うん。今日は、アンリちゃんと“愛情”を見つけたよ」

    「……愛情?」

    レオは驚いたように目を瞬かせて、
    すぐに微笑んだ。

    「重くて、ちょっと汚れてて、でも優しかった」

    俺の言葉に、レオは、
    「うん、わかる気がする」って静かに頷いた。

    その声が、すごく優しくて、あったかかった。

    「レオにも、少し分けてあげるね」

    「ありがと。……でも凪のこころが一番大事だから、程々にな」

    愛情の注ぎ削ぎには注意って、
    前に誰かが言ってたっけ。

    でも、ほんのちょっとだけなら、大丈夫だよね。

  • 17二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 22:02:00

    夢のSSから読んで、やっと追いついた!
    スレ主が綴ってくれる文章もストーリーも、あたたかくて優しくて好きだ

  • 181◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 22:13:25

    >>17 前SSから読んでくれてありがとう!どこか胸に響くような物語を届けられたなら嬉しいよ。ほんとにありがとね!


    今日はいつもより早いけど寝るね。

    こころはあと2つ。次のSSは夏だしホラーにしようかな。ちょっと気分転換して、雰囲気は本気で怖かったり、時にはふざけてはしゃいだりするのも楽しそう。悲しい話も綺麗なホラーも色々書きたいから悩む。

    前スレ埋めてくれてありがとう。楽しんでもらえて良かった。

    それじゃあ、また明日。おやすみなさい。

    安価は下に置いておくね。

  • 191◆DGCF6cUlCqNA25/07/23(水) 22:14:30

    『喜び』───そして、『世界のいろ』


    >>20

    次は、どの『こころ』を『誰と』探しに行く?



    見つけた『こころ』


    ■希望:剣城斬鉄 ■勇気:潔世一

    ■楽しさ:千切豹馬 ■怒り:馬狼照英

    ■退屈:絵心甚八 ■期待:氷織羊

    ■苦しみ:二子一揮 ■恐怖:蜂楽廻

    ■悲しみ:糸師凛 ■興味:士道龍聖

    ■憂い:ミヒャエル・カイザー

    ■後悔:雪宮剣優 ■愛情:帝襟アンリ

  • 20二次元好きの匿名さん25/07/23(水) 22:44:39

    喜びを乙夜と

  • 21二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 03:48:24

    今更ながらたておつです
    2スレ目も楽しみです

  • 221◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 09:28:39

    >>21 ありがとう!残りもよろしくね。


    ちょっと夏バテ気味だから更新いつもよりゆっくりになるかも。今日か明日には完結予定だからよければ楽しみに待っててね。

  • 23二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 09:40:03

    どの文章も優しくって好きだな、素敵なSSありがとうスレ主
    夏バテ回復するよう祈ってるよー

  • 241◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 11:53:30

    >>23 嬉しい!こちらこそ読んでくれてありがとう!最近暑いからお互い気をつけようね…


    『喜び:乙夜影汰』


    目が覚めた。


    ちょっとだけ、胃がもたれるような感覚。

    たぶん、昨日の『愛情』のせい。


    こころって、意外とずっしり来る。

    消化に時間がかかるタイプ。


    それでも、あと少しだと思えば、

    不思議と立ち上がれる。


    何かを集めることに、

    少しずつ意味が出てきたのかもしれない。


    俺は静かに、部屋を出た。


    廊下の先には、見慣れない白い影。

    ――じゃなくて、白い髪の人影。


    「……忍者マンだ」


    「ちゅーす。いつも寝てんのに、今日は早くね?」


    「最近は早起き頑張ってる。こころ探さなきゃだから」

  • 251◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 11:55:59

    「なるほどー。んで、今日はどんなこころを探す感じ?」

    「うーん……、たぶん“喜び”」

    「喜びね、それめっちゃアガるやつ。じゃあさ、俺も行っていい?一緒に探すの絶対楽しいっしょ?」

    「うん、いいよ」

    なんとなくで、会話が成立して、
    なんとなくで、一緒に歩き出す。

    乙夜影汰、不思議な人間って感じ。

    なんとなく、
    歩調を合わせてくれる気がする。

    「喜びって、“嬉しい”って思うことだと思うんだけど、それってマジで一瞬で消えるじゃん。だから俺はさ、楽しいことガンガンやって、嫌なことは全部上書きして、“嬉しい”が長続きするようにしてんの」

    「へえ」

    「悩む時間あったら、コンビニで映えるスイーツ選んだり、可愛い女の子と遊んでた方がよくない?それって人生の効率じゃん?」

    「……なるほど」

    俺は、乙夜の言葉を、
    反芻するように受け止める。

    いつもなら流してしまうようなその言葉が、
    今日は少しだけ、心に残った。

  • 261◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 11:59:39

    今日もブルーロックの外に出て、二人で歩く。

    乙夜は、木々の隙間から差し込む光に、
    目を細めながら、嬉しそうにしていた。

    「やっぱ朝日ってアガるわ。光って、喜びって感じしない?」

    「そうかも」

    「うん、絶対そう。てか、たまには野郎と二人で歩くのも悪くねーな」

    「それ、褒めてる?」

    「うん、褒めてる。俺にしてはちょー褒めてる」

    乙夜の言葉は軽し、話がコロコロ変わるけど、
    その中に嘘は一つもない。

    これが、きっと、乙夜の“喜び”のかたち。
    きっと、何かを探すというより、
    自分のこころに従って動いているんだと思う。

    頭で考えて掴むものじゃなくて、
    感じた瞬間に、そこにあるもの。
    喜びって、そういうものなのかもしれない。

    俺は、少しだけ口元が緩んだ。

    乙夜はそれを見て、
    俺と同じように、口元を緩めた。

  • 271◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 15:41:40

    木々の葉を指でなぞったり、
    小さく揺れる草に、そっと息を吹きかけたり。

    乙夜は、そんなことをしていた。

    「……それも、“喜び”?」

    俺がそう尋ねると、
    乙夜は、優しい顔で振り返る。

    「多分、そんな感じ?まあ、俺がそうしたいから、そうしてるだけっていうか?」

    その言葉は、なんだか風みたいだった。

    気まぐれに吹いて、
    でも、吹く理由はちゃんとそこにある。

    興味とか、楽しいって感情に近い気もする。

    けど、それよりも、
    もっと柔らかくて、近くにあるもの。

    「……俺にも、あるのかな。そういうの」

    「うん、あるっしょ。てか、毎日こころ見つけたって報告しに行ってんじゃん」

    思わぬ方向から言葉が飛んできて、
    俺は、瞬きをした。

  • 281◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 16:24:34

    「うん、行ってるけど……」

    「それって“喜び”っぽくね?別に行かなきゃいけないわけじゃないのに、行ってるって多分そういうことだと俺は思うんだけどなー」

    「……そっか」

    思わず、つぶやいた。

    毎日、こころを見つけるたびに、
    レオのところへ報告に行く。

    別に誰に頼まれたわけでもないし、
    義務でもない。
    でも、気づけば足がそっちに向いていた。

    話を聞いてもらいたかったのかもしれない。

    自分の見つけた“こころ”を、
    誰かに伝えたかったのかもしれない。

    そうして共有することで、
    何かがちゃんと実感として、
    どこかに残るような、そんな気がしていた。

    「うん。それ、絶対喜びだわ。自分の“嬉しい”とか“頑張った”を、大切な人に見せたいってことなら間違いない」

    「……うん」

    乙夜の言葉は、空を舞う羽のように軽いのに、
    ちゃんと、芯があった。

  • 291◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 16:36:57

    「喜びって、たぶん、笑えることじゃなくてもいい。嬉しかったこと、共有したいこと、そーゆー全部が“喜び”」

    「……なるほど」

    俺は、今日という日のことを思い返す。

    目が覚めて、少しだけ、胃がもたれて、
    でも、立ち上がって。
    乙夜と会って、外に出て、
    こうして並んで、歩いてる。

    ただそれだけのことなのに、なんだか今日は、
    ずっとこころが静かに動いている。

    「喜びってさ、自分のこと、ちょっとだけ好きになれる時だって考えるとアガんない?」

    「自分を?」

    「そ。誰かの前で、ちょっとかっこつけたくなるとか、良いとこ見せたいって思うとか。“俺って今、ちょっといい感じかも?”って思ってる証拠じゃん?」

    「うん……なんか、分かるかも」

    乙夜の声が、風に乗って耳に届く。
    その声を聞きながら、俺はゆっくりと考える。

    喜びって、派手に笑うことだけじゃなくて、
    “分かり合えたかも”って思える瞬間も、
    きっと、そうなんだろう。

    俺は、また一つ、こころの形を知った気がした。

  • 301◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 16:59:16

    「ほら、あるじゃん」

    乙夜がふいに、俺の胸を指さした。

    「……え?」

    「“喜び”、ちゃんとあんじゃん。そこにさ」

    思わず、自分の胸に手を当てる。

    そしたら、ぽろり、ぽろりと、
    にじみ出るように、小さな宝石がこぼれ落ちた。

    多分、色とりどりで、ちっちゃな輝き。
    まるで飴玉みたいな、軽やかなきらめきだった。

    「これが、喜び……?」

    俺は思わず、声を漏らす。

    「喜びってさ、大体誰にでもあるもんでさ、なくしたとか落としたとか思っても、それって単に“忘れてる”だけなんだよね」

    乙夜は、宝石を拾うでもなく、
    ただしゃがんで、それを見ていた。

    「でも、俺と話してる間に思い出せたっぽいからさ、ちゃんと胸から出てきたわけじゃん?俺、ちょーお手柄だよね」

    「確かに。……助かったかも」

    乙夜は、ほんの少しだけ、笑った。

  • 311◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 17:02:30

    「喜びって、いつでもそばにあったんだね。落としたと思ってたのに、忘れてただけだった」

    「ま、俺ら人間だし、忘れることも、忘れたいこともあってトーゼンだわ」

    乙夜は、風で揺れる前髪を、
    指先で押さえながら言った。

    「でもそーいう時こそ、“喜び”を感じなきゃ。自分がどれだけ“嬉しい”を持ってるか、知るチャンスだからさ」

    乙夜の言葉は、ふわっとしてるけど、
    不思議としっくりきた。

    「……ありがとね」

    「うん、どういたしまして。俺の役目はこれにて終了~って感じだけど、ドロンって消える前にひとつだけ聞いていい?」

    「なに?」

    「最後のこころ、何探すの?」

    「“世界のいろ”」

    俺がそう答えると、
    乙夜は一拍置いて、にやりと笑った。

  • 321◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 17:03:46

    「なら決まってんじゃん。探しに行くやつ、一人しかいねーよ」

    その顔は、どこか全部分かってるようで、
    それでいて、全部委ねるような顔だった。

    風が、吹いた。

    宝石が一粒、
    ころんと転がって、陽にきらめいた。

    その小さな輝きは、確かに“喜び”の色だった。


    最後のこころ―――

    “世界のいろ”

    それを一緒に探しに行くのは、
    俺にとって、一番大切な人。

    きっと、最初から、そう決まっていた。

    『喜び:乙夜影汰』

  • 331◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 17:07:10

    夜。ブルーロックの廊下を歩く。

    乙夜と話して、見つけた“喜び”。

    鮮やかで、軽くて、
    触れているだけで、心がほぐれる。

    そんな、ちいさなこころ。

    ……でも、今日はまだ、誰にも話さない。
    レオのところには、行かない。

    なんとなく、いまはまだひとりで、
    この気持ちを持っていたい。

    ……明日の朝になったら、話そう。

    “喜び”は、きっと、
    人と分け合うことで、また、強くなるから。

    今日の“楽しい”を、明日“嬉しい”に変える。
    その準備を、いまは静かにしておこう。

    ベッドに潜り込んで、目を閉じる。

    心はふんわり軽くて、
    どこか遠くまで飛んでいきそうだった。

    ―――きっと、明日は、いい朝になる。

  • 341◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 17:09:47

    >>35

    『世界のいろ』を『誰と』探しに行く?



    見つけた『こころ』


    ■希望:剣城斬鉄 ■勇気:潔世一

    ■楽しさ:千切豹馬 ■怒り:馬狼照英

    ■退屈:絵心甚八 ■期待:氷織羊

    ■苦しみ:二子一揮 ■恐怖:蜂楽廻

    ■悲しみ:糸師凛 ■興味:士道龍聖

    ■憂い:ミヒャエル・カイザー

    ■後悔:雪宮剣優 ■愛情:帝襟アンリ

    ■喜び:乙夜影汰

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 17:11:52

    もちろん玲王と!

  • 361◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:09:19

    『世界のいろ:御影玲王』

    目が覚めた。
    今日は、とても静かだった。
    空気も、胸の内も、まるで湖の底みたいに。

    視界の隅で、時計の針が音もなく動いている。

    午前4時。
    まだ、世界が眠っている時間。

    それでも、今日はこのまま、
    布団の中でうだうだしていられないと、
    眠さが残る頭で、珍しく理解していた。

    まぶたをこすって。
    小さくあくびをして。
    それから静かに、身体を起こす。

    ベッドの上に座ったまま、
    しばらく呼吸を整える。

    深く、息を吸って、吐いて。
    また、吸って、吐いて。

    こころの奥にある何かが、
    かすかに震えている。

    期待のような、不安のような。
    でも、確かに自分の感情だった。

  • 371◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:10:39

    立ち上がって、寝癖を手ぐしで直す。

    制服に着替える。
    ボタンをひとつずつ留めていく。

    それだけの動作が、
    今朝は少しだけ、特別に思えた。

    胸の奥が、くすぐったいような、
    ぎゅっとなるような。

    言葉にできない感情が、
    ゆっくりと身体を巡っていく。

    明け方の静けさ。
    すべてが止まっているような気がするのに、
    ちゃんと、少しずつ、何かが動き出している。

    俺は、そっと扉に触れた。

    ゆっくり、開ける。

    廊下は薄暗く、蛍光灯がぽつぽつと、
    天井に灯っているだけだった。

    誰もいない。
    この時間に誰かが動いていることは、あまりない。

    でも、その、誰もいないという事実が、
    今日はやけに心地よかった。

  • 381◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:12:07

    音のない空間。
    誰にも邪魔されない時間。

    そこに自分が一人で立っていることが、
    不思議と落ち着いた。

    足音を最小限に抑えて、歩く。
    音が世界を傷つけてしまいそうで、慎重になる。

    まだ、何も始まっていない。
    けれど、これから何かが始まる予感があった。

    それは、昨日まで集めてきたこころたちが、
    ひとつに繋がっていくような、そんな感覚。

    廊下を曲がり、まっすぐに進む。

    眠っている部屋たちの扉を、
    横目に見ながら、静かに歩く。

    足元に落ちる自分の影が、
    どこか別人のように思えた。

    やがて、目的の部屋の前に立ち止まる。

    レオの部屋。
    扉の前で、ひと呼吸置く。

    大丈夫、起きてるはず。
    そう思って、小さく、三回ノックをする。

  • 391◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:13:49

    ―――コン、コン、コン

    間を置かず、扉の向こうから声がした。

    「おはよう」

    その声に、自然と肩の力が抜けた。

    扉が開いた。

    制服に身を包んだレオが、そこに立っていた。
    整えられた髪と、眠気を感じさせない眼差し。

    「早起きできて、偉いな、凪」

    「うん。今日は、特別な日だから」

    言葉にすると、それはますます現実になった。

    今日は、特別な日。
    きっと、忘れられない一日になる。

    レオの隣に立ち、二人で歩き出す。

    誰もいない廊下。
    二人の足音が、ゆっくりと響く。

    「昨日、“喜び”を乙夜と見つけてきたよ」

  • 401◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:14:58

    何の前触れもなくそう言うと、
    レオは、ふっと微笑んだ。

    「そっか。どうだった?」

    「レオと分け合えたらいいなって、思ってた。あと……色が分かったら、綺麗だろうなって」

    レオは何も言わず、
    ただ俺を見て、優しく頷いた。

    その沈黙が、言葉よりも嬉しかった。

    やがて、正面にブルーロックの扉が見えてくる。

    そこを越えれば、外の世界がある。

    何度も通った扉だけど、
    今日は足を止めて、深呼吸をする。

    扉に触れる。
    冷たくて、現実の感触がそこにあった。

    まだきっと、外は暗い。

    でも、きっと少しずつ、夜が明けていく。

    それを確かめるために。

    ―――今、扉を開けた。

  • 411◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:31:26

    扉を開けた瞬間、
    ひやりとした風が、肌を撫でた。

    外は、思っていた以上に暗かった。
    世界のすべてが、黒と灰色で塗り潰されていた。

    月はまだ高く、星の光も弱い。

    何も、聞こえない。
    何も、動いていない。

    音もなく、風も止まり、時間だけが凍っていた。

    少しだけ、怖くなった。

    自然と足が止まり、無意識のうちに、
    隣にいるレオの制服の裾を、そっと掴んでいた。

    「凪、どうしたんだ?」

    レオが振り返って、優しく笑う。

    その声だけで、何故か安心した。

    何でもないように、俺は手を離した。
    レオは、何も言わなかった。

    ただ、歩調を緩めてくれた。

  • 421◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:34:01

    俺たちは並んで、静かに歩く。
    砂利の道を、一歩ずつ。

    踏みしめる音が、今はなぜか心地いい。

    いつもは、何も思わず通り過ぎる道が、
    今日は少しだけ、特別な道に思えた。

    ブルーロックの正面に近づくと、
    そこに一台、車が停まっていた。

    黒くて、大きくて、やたら高そうな車。

    見覚えがある。
    レオのやつだ。

    そしてその傍には、ばあやさんが立っていた。

    今日も相変わらず、漆黒のスーツに身を包んで、
    まるで、魔女みたいな佇まい。

    「お足元に気をつけてください、坊ちゃま。それと……誠士郎様も」

    「ありがと、ばあや」

    「ばあやさん、お迎えありがと」

    俺がそう言うと、ばあやさんは一礼して、
    後部座席のドアを開けてくれた。

  • 431◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:35:35

    レオが先に乗り込んで、俺もそのあとに続く。

    ドアが静かに閉まると、
    世界の音がまた一つ、消えたような気がした。

    エンジンが、静かに唸る。

    タイヤが砂利を巻き上げ、
    車がゆっくりと動き出す。

    ブルーロックを背にして、
    俺たちは坂を下っていく。

    車内は、やけに静かだった。

    エアコンの音と、タイヤのささやき。
    たった、それだけ。

    レオは隣に座ったまま、窓の外を見ていた。

    俺も最初は、夜の景色を追ってたけど、
    すぐにその視線はぼやけて、まぶたが重たくなる。

    車の揺れが、心地いい。
    まるで、ベッドに寝てるみたいだった。

    眠っちゃいけない気がしてるのに、
    どんどん身体の力が抜けていく。

  • 441◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:36:58

    「……レオ」

    「ん?」

    「分かってたんだね。“世界のいろ”を見つけるなら、きっとあそこだって」

    レオは、すぐに答えた。

    「なんとなくな。あそこに行かなきゃ、絶対に見つからないって気がしてた」

    その“あそこ”がどこなのか、
    言葉にしなくても、分かってた。

    俺たちの、始まりの場所。

    初めて出会った場所。
    サッカーを一緒にした、あの場所。

    全部は覚えていないはずなのに、
    思い出すだけで、胸の奥があたたかくなった。

  • 451◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:39:13

    車は、夜の道を走る。

    外はまだ暗いけれど、
    少しずつ、東の空が白んでいくのが分かる。

    夜が、終わろうとしている。
    朝が、来ようとしている。

    レオは変わらず、前を向いている。

    俺は、その横顔を見ていた。

    何も言わなくても、わかることがある。
    今日、レオと一緒に行くことに、
    ちゃんと意味があるって。

    “世界のいろ”

    それは、見たことない景色かもしれないし、
    すでに知っている中にあるのかもしれない。

    車は坂道を下りきって、
    やがて、街へ向かう広い道路に出る。

    空の色が、ほんの少しだけ、薄くなった気がした。

    そして俺は、ただ静かに目を閉じた。

    目の裏に、どんな景色が浮かぶのか。
    それを、少しだけ、楽しみにしながら。

  • 461◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:55:10

    ふと、瞼がひらいた。
    そこには、見慣れた景色が広がっていた。

    ―――白宝高校。

    どこか懐かしくて、少しだけ、よそよそしくて。

    朝靄に包まれたその校舎は、
    眠っていた記憶の中よりも、
    少しだけ、淡く静かに見えた。

    「坊っちゃま、誠士郎様」

    運転席から、ばあやさんが降りてきて、
    後部座席のドアを開けた。

    変わらない、丁寧な口調で微笑む。

    「どうぞ、ごゆるりと。おこころを探しにいってらっしゃいませ」

    「ありがとう、ばあや」

    「行ってきます」

    俺とレオは、車を降りる。

    空気はひんやりとしていて、
    制服の袖口から、冷たさが入り込んできた。

    けれど、それが心地よくて、背筋が自然と伸びる。

  • 471◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 20:57:31

    足元の砂利を踏みしめながら、正門をくぐる。

    校門の鉄がきいきいと鳴って、
    俺たちの帰還を少しだけ、
    歓迎してくれたような気がした。

    「久しぶりだな、ここ」

    レオがそう言って、小さく息を吐く。

    俺も、頷いた。
    確かに、久しぶりだった。

    ブルーロックでの生活に慣れてしまって、
    本業である“高校生”のことを忘れかけていた。

    高校の敷地は、
    朝靄に溶けそうなくらい静かで、やわらかかった。

    二人で、校庭を横切る。

    砂の感触。
    芝の匂い。
    朝の風。

    全部が、懐かしかった。

    「ここで、一緒にサッカーしたよね」

    俺がそう言うと、レオはふっと笑った。

  • 481◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:00:44

    「したな。俺が誘って、凪のこと引き摺るように、ここまで連れてきた」

    「……うん。最初は、ただ面倒だっただけなんだけどね」

    「でも、俺は、凪にサッカーの才能があって、すっごい嬉しかった」

    「……そっか」

    「あと、ちょっと走っただけで『疲れた』って言って、俺におんぶせがんできたよな」

    「……そんなことも、あったね」

    懐かしい記憶が、自然と浮かぶ。

    思い出すたびに、
    胸の奥が、じんわりとあたたかくなる。

    サッカーって、ここから始まったんだ。

    あのとき、蹴ったボールの感触。
    目の前にいた、レオの声。

    風。
    光。
    汗。
    空の色。

    全部がぼやけているのに、ちゃんと残ってる。

  • 491◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:02:59

    「ここで、俺の中の何かが変わったんだと思う」

    「俺も、確固たる夢ができた」

    二人で、校庭を抜けて、
    ゆっくりと校舎へと向かう。

    朝焼けが少しずつ昇りはじめて、
    空が少しずつ白くなってきたような気がする。

    誰もいない校舎に、一歩、足を踏み入れる。

    きぃ……と、音を立てて扉が開いた。

    中はまだ薄暗くて、照明もついていなかった。
    だけど、その静けさが、どこか心地よかった。

    「ここも、変わらないね」

    「そうだな」

    レオの隣に並びながら、ゆっくりと歩き出す。

    廊下に差し込む朝の光が、
    少しずつ、床を染めていく。

    もうすぐ、朝になる。

    そして、もうすぐ、
    “世界のいろ”にたどりつける気がした。

  • 501◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:32:07

    靴を脱いで、
    校舎の廊下に一歩、足を置く。

    ひんやりとした感触が、
    足裏からゆっくりと這い上がってきた。

    それは、まるで水のような冷たさで。

    でも、冷たいというより、静けさそのものだった。

    その静けさが、こころにすっと届いてきた。

    朝の光はまだ弱くて、
    廊下には、ぼんやりとした影が伸びていた。

    俺と、レオの影。

    肩が触れそうで、でも触れない。
    なんとなく、ちょうどいい距離。

    何も話さなくても、大丈夫だった。

  • 511◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:33:15

    廊下の角を、ゆっくりと曲がる。

    階段があった。

    ひとつ、またひとつと、段差を昇るたびに、
    自分の中の何かが、
    ふわりと浮かび上がる気がした。

    「ここで、俺が凪にぶつかってさ」

    レオが、階段を軽やかに駆け上がる。

    その姿は、どこか昔と変わらない。
    けれど、ちょっと大人になった気もした。

    「ここで、俺がレオに、サッカーに誘われた」

    俺はそう呟きながら、
    階段の踊り場で立ち止まり、顔を上げた。

    昇り切った踊り場で、
    レオがこちらを見下ろしていた。

  • 521◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:35:34

    ―――瞬間、世界が変わった。

    生まれて初めて、空気に触れるみたいに。
    温かい声に、優しく包まれるように。

    俺の瞳に、レオが映った。

    その紫の髪は、朝の風に揺れていた。
    その紫の瞳は、優しい色をしていた。

    ……ああ、そっか。

    世界って、こんなにも美しいのか。

    いままで見つけてきた、いろんな宝石たち。

    怒り、後悔、興味、愛情、喜び──
    全部、どこか欠けていて、
    でも大切で、きっと、色とりどりだった。

    けど、それを全部集めても、
    レオには敵わないって、そう思った。

    きっと、レオの存在そのものが、
    “世界のいろ”だったんだ。

    やっと、分かった。

    見つけたんだ。
    この旅の、最後に。

  • 531◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:44:49

    「……レオ」

    呼ぶと、レオは首を傾けて、笑った。

    まるで、何もかも、分かっていたかのように。

    俺の胸の奥が、じわじわと熱くなった。
    痛いくらいに、強く。

    言葉が、出なかった。

    代わりに、一粒だけ、涙が零れた。

    ぽとん、と、床に落ちたその雫は、
    光を受けて、かすかに揺れた。

    「世界のいろ、見つけたんだな」

    レオの声が、やさしく響いた。

    「……うん」

    俺は、頷いた。

    「世界のいろって、こんなにも優しくて、美しいものなんだね」

    廊下の窓から、光が差し込んできた。

    ほんのりと赤く、朝焼けの兆し。
    それが廊下の床に反射して、色を落としていく。

  • 541◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:50:01

    それよりも、レオのほうが綺麗だと思った。

    レオの姿が、光を吸い込んで、
    淡く、ぼんやりと霞んで見える。

    まるで、ひとつの宝石みたいに。

    俺の世界は、きっと、
    この人を中心に、回っていたんだ。

    レオがいて、俺がいて。

    ただそれだけで、
    世界は“色”を持てるんだって、いまなら分かる。

    「ありがとう、レオ」

    その言葉だけは、自然にこぼれた。

    レオは何も言わずに、また笑った。

    それだけで、良かった。
    俺はただ、それだけで、良かったんだ。

    今日も、朝が始まろうとしていた。

    きっと、もう二度と、こころを手放さないように。
    そう、俺は、『こころ』に誓った。

    『世界のいろ:御影玲王』fin.

  • 551◆DGCF6cUlCqNA25/07/24(木) 21:53:18

    こころを探す旅はこれでおしまい。最後までかけて良かった、ありがとう。
    次のSSは土曜日か日曜日、“ブルーロックの怖い噂が本当か確かめる”話だよ。怖い時と怖くない時がある感じになると思う。また安価で色々決めるから良かったら見に来てね。ちなみにスレ画は凛にするよ。
    最後に……こころを書くの凄い楽しかった!!!

  • 56二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 22:01:16

    スレ主お疲れ様!!
    最後まで書いてくれてありがとう!楽しかった!
    ゆっくり休んで!次回も楽しみにしてます!

  • 57二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 22:09:53

    お疲れ様!素敵な作品をありがとう!
    今までのこころは宝石として現れていたけれど、世界のいろは玲王そのものなのが凪らしくて良いな
    それを見付けるのが出逢いの階段で、あの日の夕焼けと対照的な朝焼けなのも好き
    次回作も楽しみにしてる!

  • 58二次元好きの匿名さん25/07/24(木) 22:56:04

    静かで優しくて、穏やかに寄り添ってくれるような文章だった、素敵なお話を書いてくれてありがとうスレ主!!

  • 59二次元好きの匿名さん25/07/25(金) 03:42:24

    スレ主お疲れ様です
    すてきなお話と文章をありがとう
    次回作も今から楽しみだよ

  • 60二次元好きの匿名さん25/07/25(金) 11:05:20

    いいSSでした
    スレ主の書く文章が本当に良かった

  • 61二次元好きの匿名さん25/07/25(金) 20:30:45

    スレ主ありがとう

    何もなければこのスレは落としても大丈夫?

  • 621◆DGCF6cUlCqNA25/07/25(金) 20:51:04

    >>61 落として大丈夫だよ!気にかけてくれてありがとう!

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