Re:見つけましたよ、杏山カズサ 4

  • 11825/07/25(金) 15:31:50

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/07/25(金) 15:34:03
  • 31825/07/25(金) 15:36:49

    ■あらすじ
     10月の終わり。アイリと、ヨシミと、ナツはいなくなる。
     この世界から消えてしまう生徒たちの最期の清算の機会。
     大人のカードを使って奇跡を見せびらかした先生に絶望を抱いたSUGAR RUSHはしかし、便利屋68の介入で逃亡に成功する。
     人気のない道を進み、百鬼夜行の便利屋68のアジトで休息をとるも、先生が自分たちにとって実質、敵になったことにショックを受けていた。その後の話し合いで、今まで面倒を見てくれていた栗浜アケミすらも、自分たちを利用している可能性があると便利屋に告げられる。
     アケミか、先生か。
     どちらを敵に回しても、どちらに従っても、自分たちのしたいことはできない。
     SUGAR RUSHの終わりは、ライブで。15年の総決算は、自分たちで。
     成否にかかわらず、我を通すことに決めたSUGAR RUSHは、便利屋と契約を結び。
     ラストライブに向けての準備を急ピッチで進めることにした。

  • 41825/07/25(金) 15:38:14

    -登場人物-
    ■栗村アイリ SUGAR RUSH 30才
     バンド活動を提案した元凶。ほんとの初期の初期はきちんと、路上やライブハウスなどを使った、普通のコピバンだった。のちに出会ったカヨコに聴かされた耽美系のバンドにハマり、遅い中二病を発症した。チョコミントは今も好き。旅は一粒で二度おいしい。
    ■伊原木ヨシミ SUGAR RUSH 31才
     バンドの方向性を変えた元凶。客が数人しかいないコピバン続ける意味が見いだせなくイライラして、銃声を楽器として用いたところ歓声(悲鳴)があがったので、勘違いした。甘いものは今も好きだけど、あくまで普通の人よりちょっと好き程度に落ち着いてる。楽器が神聖なものだと思ったことは一度もない。
    ■柚鳥ナツ SUGAR RUSH 30才
     バンドをテロリストに変貌させた元凶。楽器として火器を使うなんて音楽を舐めるな! とステージに乗り込んできた大人とケンカになり、ヨシミと一緒になって暴れ、ライブハウスを全壊させた。クロノスとネットニュースに取り上げられ、知名度稼ぎに使えると気づいたナツの行動は、早かった。音楽の趣味はカヨコ譲り。スイーツは気分で買う程度。Good Job.
    ■杏山カズサ SUGAR RUSH 16才
     15年間消えていました。

  • 51825/07/25(金) 15:40:07

    -登場人物-
    ■宇沢レイサ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 31才 
     学生時代の(ほぼ)3年間は、杏山カズサを探すついでに自警団任務をきちんとこなしていた。他校の自治区にまで遠征して問題を起こしたこともしばしば。卒業するまではスイーツ部とは今まで通り、ときどき情報交換に会う程度。大きな会場でリズムギターが欲しい時はたびたび拉致されるので、練習は欠かさない。
    ■エリナ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 23才
     トリニティ支部正規職員。レイサの子飼い。トリニティの支援を受けているが、あくまで独立自治区を宣言しているアリウス出身。神学を修めるためにトリニティのシスターフッドに部活動のみ参加。経典の解釈について誰彼構わず論戦を挑み、らちが明かなければ正式に武力決闘を申し込む辻斬り御免タイプ”だった”。一つ上の元シスターフッドの長と仲が良い


    ■和泉元エイミ S.C.H.A.L.Eミレニアム支部 31才
     特異現象捜査部としての活動が終わった後、セミナー主導の案件をこなすミレニアム内の便利屋みたいな立ち位置だった。おかげで顔が広い。卒業後やることもないし、とS.C.H.A.L.Eに入った。後輩の面倒を見るのは好き。ミレニアムは卒業後にキヴォトスに帰ってくる元生徒の比率が他自治区と比べ圧倒的に高い。部活動の顧問として活動しているものもいる。ヒマリも元気にどこかでサイバーテロしてるし、ときおりエイミの端末をハックして連絡を取り合っている。

  • 61825/07/25(金) 15:42:53

    -登場人物-

    ■小鳥遊ホシノ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
     自分自身すっからかんになるまでアビドスのために奔走し、借金返済の目途を付け、未来の土台を作ったうえで卒業。燃え尽き症候群でもう戻ってくるつもりはなかったが、後年後輩たちに捕えられ、支部長として縛られる。カズサ捜索に参加するだけでいくらか助成金が出ると聞き、顔も知らないけどアビドスとして参加を表明した。七生徒の一人。
    ■黒見セリカ 柴関 31才
     ホシノが提案し、二年の先輩たちが進めていた百鬼夜行との姉妹校提携計画を引き継ぎ、アヤネと一緒にインフラを整え、本格的に制度として施行させた七生徒の一人。去年、柴関の大将に打診され店を引き継ぐ。店を譲ったのは騙されやすい性格のセリカのため。SUGAR RUSHとの付き合いが一番深い。太ったことは気にしていない。
    ■シロコ*テラー S.C.H.A.L.Eアビドス支部 33才
     こっちの世界のシロコが卒業すると同時に学籍を外れた。ホシノを連れ戻すと言って卒業して行ったシロコやアヤネ達を待ちながら、百鬼夜行との折衝、後輩たちの面倒を一人で回す。なので、こっちの世界のシロコよりも数年分顔が広いため、外部折衝を任されることが多い。七生徒の一人。

  • 71825/07/25(金) 15:44:56

    ■先生 S.C.H.A.L.E連邦捜査部 40代中ごろ
     まともに杏山カズサの捜索活動ができたのは半年ほど。以降、実際に動いていたのはほぼ黒服。彼の研究成果と予想を聞いてるうちにカズサは見つからないのでは、という諦めに侵されていったが、適度に希望を与えられるのであきらめきれないジレンマに苦しめられた。レイサと連絡を取るたびに胃痛がしている。が、一途に人に尽くせるレイサは、一番信頼している職員でもある。
    ■狐坂ワカモ S.C.H.A.L.E連邦捜査部 34才
     先生に条件を付け、先生も条件を飲んでようやく卒業。結局3年留年した。やり方が洒落にならなくなったSUGAR RUSHを見かねてこっそり接触し、あくまで”キヴォトスの日常よりちょっと派手”程度の穏やかなテロの仕方を叩きこむ。MXSTREAMには「SUGAR RUSH VS ワカモ」の煽動対決が残っている。トリニティスクエアと大聖堂を半壊させた暴動の末、勝者はワカモだった。

  • 81825/07/25(金) 15:48:16

    -登場人物-

    ■栗浜アケミ キヴォトス乙女連合 34才
     杏山カズサ捜索をレイサに頼まれ、勝負を仕掛けて負けた。なので出来る限りのことをと、それまでなあなあなつながりだったスケバンを組織化し、全自治区に拠点を持つ巨大組織を一代で築く。その資金源はお酒と不動産と輸送関係。たばこ事業は実入りが良くないと思っていた矢先、アビドス抗争が勃発したため、手を引く。
    ■タミコ キヴォトス乙女連合 16才
     中学時代にやりたい放題していたら「学校に来るな」と言われ、ふてくされていたところをスケバン組織の勧誘を受ける。トリニティスケバンの汚れ仕事とまで言われたSUGAR RUSHの世話役。少年漫画や王道ストーリーの映画が好き。24時間勤務でもSUGAR RUSHたちはほとんど帰って来ないし、実は楽な仕事なのでは? と思っているが、無給なことを忘れている。SUGAR RUSHがレコーディングに戻り、頑張った自分へのご褒美に街場まで散歩しにきていたとき、カズサを見つけた。

  • 91825/07/25(金) 15:51:21

    -登場人物-

    ■陸八魔アル 便利屋68 31才
     社長。メンバーは増やしも減らしもせず、4人のままで行くことにした。学生時代と違い、今では正式に法人登録されている会社の社長。会社運営のためには学歴が必要と思い、必死に勉強して首席で卒業した。カヨコと共に、便利屋のゲヘナ卒業組。世間的にはちょっと割高だしわがままだけど、筋さえ通っていればなんでもしてくれるまさに『便利屋』として重宝されている。最大取引先はゲヘナ風紀委員会。
    ■鬼方カヨコ 便利屋68 33才
     課長。全身パンキッシュファッション。ワイルドハントに面白いバンドが居なくなったと思ってたところにSUGAR RUSHのゲリラライブを見て心奪われ、以降、密かなファン。ライブには必ず居るし、グッズは全部持ってる。が、ナツたちの音楽センスは、偶然を装って出会ったカヨコに育てられている。本人はプレイヤーではなくリスナーであることに誇りを持っている。ワカモと仲が悪い。
    ■浅黄ムツキ 便利屋68 32才
     室長。ハルカと共にゲヘナ退学組。社員雇って会社大きくしようかな、とぼやいたアルを丸め込み、このままの体勢で細々とやっていくことにさせた。その代わり煽動術がワカモ級になり、より大規模行動が出来るようになった。暴力と言うより言葉でいじめるのが好き。休日はだいたいハルカと一緒に過ごす。
    ■伊草ハルカ 便利屋68 31才
     平社員。出世は意味がないと感じたので断った。昔の出来事がきっかけでアル達を呼び捨てにすることを強制させられている。本人はようやく慣れて来た。アルへのクソデカ感情は変わらないが、母性側に寄って来たことは自覚している。カヨコに次ぐ音楽好き。ハルカの休日にムツキが合わせるが、たまには一人の時間が欲しいと思っている。まんざらではないとはいえ。

  • 101825/07/25(金) 15:54:00

    ■区切り用
    年齢間違ってたらすみません。こっそり教えてください。






    ------

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/25(金) 16:10:28

    カズサの紹介草
    応援してます!

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/25(金) 23:26:54

    先生どうせ生徒が頑張ってるうちは諦められないくせに

  • 13二次元好きの匿名さん25/07/25(金) 23:42:34

    いやでもどうだろうな…大人だからこそ諦めがチラつくこともあるだろうし。現実見ちゃうっていうか

  • 14二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 01:29:29

    次スレ乙ですー
    早めですね

  • 15二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 02:42:20

    このレスは削除されています

  • 16二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 02:43:22

    このレスは削除されています

  • 17二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 02:43:54

    このレスは削除されています

  • 181825/07/26(土) 03:03:54


    (まあ、理由は↑の通りです)
    (急いで次スレ立てるのがイヤで、コントロールできるところで区切っただけなので)
    (ちょっとイレギュラーかもしれませんが、ご容赦くださいませ!)

  • 191825/07/26(土) 03:07:55

    https://bbs.animanch.com/board/5296236/?res=145


    ■D-Day -12

     

     騒騒しい。


     騒騒しい。


     扉の向こうが騒騒しい。聞こえてくる言葉は不穏。まったく不穏。


     最後の一発をしっかり上げ切り、ラックアップを済ませると、副総裁が血相を変えて飛び込んできた。


    「アケミィ! どうなってんだよこれ!」


    「……どうしましたか」


    「聞けこれ!!」


     ラックアップした385キロのバーベルに肘を乗せスマホを受け取る。この隠れ家に出入りする幹部には、ブラックマーケットで仕入れた端末を三時間に一台、常に新しいもの、新しい回線を使わせている。だから、S.C.H.A.L.Eの追跡に引っかかりはしない。


     引っかかりは、しないが。


     画面にはクロノスの報道画面。


     音を聞くまでもない。テロップを見ればすぐに理解が出来た。


    「……」


     ≪速報:S.C.H.A.L.E本部に対し、各支部が声明を発表。事態解決まで業務停止を宣言。トリニティ支部炎上の件で≫

  • 201825/07/26(土) 03:50:30

     ボリュームを上げる。ネットニュース担当の見慣れた生徒がアビドス支部の前でマイクを握り、なんとも楽し気に。面白いものを紹介するかのように。流れるようなリポートを、わたくしを見。わたくしの耳に、叩き込んでくる。

    『――今夜には記者への会見が準備されているようですので、チャンネル登録してライブ配信をお見逃しなく!』

     配信は、終わりかけだったが。

     端末を副総裁に返し、昨日からずっと眠っていないであろう、彼女の目を見て、言った。

    「タミコはアビドスですわ」

    「……うっそだろ」

     赤く染めた髪に手を入れて。副総裁は――わたくしの幼馴染は、絶句する。合流地点はもぬけの殻。襲撃されたか、裏切ったか。どちらかわからないまま、心をすり減らしながら捜索していた副総裁に与えた答えは。望んでいたものではないだろう。そうであってほしくないと願っていたはず。考え得る、最悪。

     顎から滴る汗をタオルで拭い、用意しておいたBCAAを一気に飲む。セット数はこなした。今日は、もういい。

     トレーニングはデータだ。日々曖昧になっていることがデータ化される。数字になる。

     500キロに届こうとしていたベンチプレス。怪我に細心の注意を払い、毎日欠かさず。休息に軽重量のトレーニングすら欠かさず、決して鉄から逃げることはなかったこの人生。

     全盛期という言葉を使いたくなくとも……。現実は否応なしに、私の首を締めあげてくる。

    「裏切ったってのかよ……! あのジャリが!」

  • 211825/07/26(土) 04:42:06

     あのとき。

     タミコを連れて行こうとするナッちゃんを止めようとした。余計なことを言ってしまうだろうからと。あの子の献身はいい道具になり得たけど、諸刃の剣。私の、いわゆる。言ってしまえば。

     尻尾だった。

     掴まれた。

     ナッちゃんが分かっていたのかは、知りませんけれど。たぶん、勘、でしょうか。

     ……いえ。

    「便利屋、でしょうね」

     あそこには鬼方カヨコが居る。情報を集め精査するという一点において、わたくしの組織と同等か、それ以上の効率を一人で叩きだす化け物が居る。わたくしとSUGAR RUSH。わたくしとレイサちゃん。それらを引きはがし、おそらくは。”選択肢”を与えるだろう。

     そして彼女たちは選ぶ。先など見ない、わがままで、自分勝手な、生産性も未来もない、浪漫そのものを。

     扱いにくい。ああ、扱いにくい。

     便利屋68は扱いにくい。

     副総裁はわたくしの汗だくの胸倉を掴み。怒鳴る。

    「だから便利屋はやめろつったよな!? どうすんだよ! アイツらが寝返ったらクソ面倒になるってわかってんだろうが!!」

     言われた。確かに。そう、言われた。

     ただ、言われたのは。契約を結んだと報告した直後。

  • 221825/07/26(土) 05:02:04








    (キリが悪いですが、今日はこの辺で)
    (動き出しが遅くてすみませぬ)

  • 23二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 05:43:33

    >>18

    おけおけ、そんな急ぐ必要もないしね

    更新いつもありがとう、楽しんで読んでる

  • 24二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 09:05:16

    契約よりも自身の思うアウトローだからな

  • 25二次元好きの匿名さん25/07/26(土) 16:12:29

    御し易いのやら、御し難いのやら……

  • 2618(よるまでほ)25/07/26(土) 16:43:17

     裏切られたことに対し、悔しさは感じなかった。わたくしは好きだった。泥臭く。人情などにほだされる。甘い夢を追い、青春ごっこを続け、良き道具であり続けようとする便利屋が。良い包丁は食材だけではなく、自分の指にもすぱりと深い傷をつける。扱い方に気を遣わねば。道具であろうと自分を傷つける。

     これも諸刃の剣。安定ではなく、わたくしは……。

     ……。

     便利屋にとってわたくしは”契約を履行すべき使い手”足り得なかった。こうなれば。すべての絵は、塗りつぶされる。

     ……そこまで考えて、至る。動いたのはタミコの判断だろうと言うことに。

     ああ、扱いづらい。

     便利屋は未だ契約を履行しているのだ。恐らくレイサちゃんたちはきちんと隔離されている。わたくしの契約の通りに。SUGAR RUSHが”良き道具の使い手足らなかった場合”に、どちらにでも転べるよう。だからこそ、詰めることができない。あの契約書には、合流地点を変えてはいけないなどと、一言も書いていなかった。

     まだか。まだ、やれるか?

     わたくしは、まだ。信じられるか?

     零れていく。崩れていく。指先から。足元から。奈落の底に。砂が。指先から。零れていく。

     正面に置いてあるラットプルのベンチに倒れ込むように座り込んだ副総裁は、傷んだ髪の隙間から私を一度睨み。ため息を吐いて。言う。

    「ダメだ、アケミ。手を引こう。この賭けは負けだ」

    「……」

    「都合が良すぎたんだよ、なにもかも。ブラックボックスだってわかってて盲に手足を動かしたツケだ。袋小路。私たちはいま、袋小路に居る。手を引こう。私が何年か臭ぇメシ食ってくるから。――分岐点が出来ちまった。けどまだ、やり直せる」

    「分岐点、ですか」

  • 27二次元好きの匿名さん25/07/27(日) 00:47:12

    保守

  • 28二次元好きの匿名さん25/07/27(日) 06:24:10

    じっくり休んで

  • 291825/07/27(日) 06:31:46


    (うへえ、すみませんすやすやでした)
    (保守助かりました……ありがとうございます)

  • 30二次元好きの匿名さん25/07/27(日) 14:33:24

    続きが楽しみやなあ

  • 311825/07/27(日) 22:16:18


    (一応ほ)

  • 32二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 02:44:27

    副総裁がサラッと漢気を見せてくる

  • 33二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 05:24:29

    保守

  • 34二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 05:49:42

    ここからアケミはどんな選択をするんだろうね

  • 35二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 07:06:02


    (なんだかんだ二連休をいただいてしまいましたね……)
    (すみませぬ、ありがとうございます)

  • 3618(よるまでほ)25/07/28(月) 16:03:04

     分岐点。

     ……分岐点。

     積み重ねて来たものがある。捨てて来たものだってたくさんある。もしかしたらに縋って。そうするために動いて。

     先生があのカードを使って奇跡を起こすのならば、わたくしはレイサを使って奇跡を起こそうとした。奇跡を現実へと引きずり降ろそうとした。努力はしたつもりだ。無茶も金もつぎ込んで。つぎ込んだつもりなのに。

     まだ、届かないのか。

     足を組みなおし。副総裁は言う。

    「S.C.H.A.L.E支部がレイサの味方になったっつーことはだ。私らの出る幕はもうねえ。私らは各支部が動く前にレイサを抱きこまなきゃいけなかった。私らがレイサとその川を繋げる工事をしなくちゃなんなかった。お前もわかるだろ? 川の流れは簡単に変えらんねえってことはよ」

    「……」

    「この15年よくやったよアイツは。『一人の友人を探し続ける』っていう実績をしっかり作った。それを使ってS.C.H.A.L.Eの代替わりにアイツを押し上げるっつー計画をそのまま続けていれば良かったんだ。……なんで手ぇ出しちまったんだよ」

     淡々と夢を書いた画用紙に添削を入れていく幼馴染に悪意はない。私のことを。そして組織の、私と同じぐらいスケバンたちのことを第一に考えている私の友人の言葉は、放射線のように私の体に穴を空け、通り過ぎていく。

     違う。

     その画用紙に描いたのは発表会のための絵。私が描きたかった絵はそうじゃない。机の引き出しの中にこっそり隠した絵が、私が本当に書きたかった絵。評価などされない。決して賞などもらえない。腐った女の、腐った嫉妬心に塗れた絵こそが。

     私が描きたかった絵。

    「うまくいくわけねーだろうが。キヴォトスを二つに分けるなんて」

  • 3718(よるまでほ)25/07/28(月) 16:13:40

     キヴォトスが戴く”先生”と。

     わたくしたちが戴く”先生”と。

     このキヴォトスにもう一つの勢力を生み出す。学生ではない者のための。学生ではいられなかった者たちの。学園都市の中に、学園都市に馴染めなかった子たちの世界を創る。

     発表会の絵としては理想的だったはず。賞は確実。多くの人が手を叩き、私は賞状をもらい、笑顔で写真に写るはずだった。

     すべてがうまくいくと思っていた。これが、提出日の直前に急ぎ描き足した絵でなければ。そのまま提出していればよかったんだ。最初に決めた賞に。私の実力なら受かるだろうと驕った賞なんかではなく。

     あの場で。あの場に。タミコが居なければ。便利屋さえ居なければ。

     私の驕りは見事に見透かされ。世界は容赦なく突いてくる。

     しかしタミコを連れて行くと判断したのは私で。便利屋に護衛を依頼したのは私で。

     わたくしはなぜ便利屋に依頼をした? なぜ乙女連合の名義ではなく栗浜アケミとして契約を結んだ? なぜタミコを連れて行った? 

     なぜ。

    「……まだ、気付いていない可能性があります」

     落選した絵に対して、言い訳を。

     みっともない言い訳を、わたくしの口がさえずっていく。

    「各支部が本部に対して弾劾を行ったとしても、ならば好都合ではありませんか。わたくし達がレイサを匿えば世はすべてこともなし。そのまま本部を攻め落とし、レイサをその座に据えればそれでいい。連邦生徒会も、ようやく得た安定を捨てるぐらいなら、S.C.H.A.L.E内の政争と片付けるでしょう。ただ。その場に座る人間が変わるだけですわ」

    「タミコが出て行ったんだぞ。わかっちまったんだ。お前がしようとしたことに。お前がレイサたちをどう使おうとしたいたかに。タミコが出て行ったんだ。自分の役割を理解した上でな。他の連中がわからねえはずがねえだろ。――あのな。今までレイサっつー神輿を担いでんのは私らだけだった。もうそうじゃない。神輿に乗る神さまはどっちを選ぶと思う? レイサの本質は自分本位の正義。正義なんだよ、あくまでな。私らの貧者の仮面は剥がされた。他の誰でもねえ。”私ら”によって」

  • 3818(よるまでほ)25/07/28(月) 16:22:53

    「神」

     懐かしい言葉。

    「神など、首を捕まえてこちらを向かせればいいのです。鎖で繋いで神輿から離れられないようにすればいい。所詮神など飼育される畜生。隷属させて思うまま動くよう、自我と誇りを奪い、調教すればいいのですわ」

    「――おまえ」

     認めない。認められるはずがない。

     わたくしを睨みつける副総裁の気持ちは痛いほどわかる。口に出せば出すほど。みっともなく、みじめに塗れていくのを理解していても。無様を晒し、裸の王様そのもの。

     口は。言い訳をひたすら、羅列しようとする。

     この場には副総裁しかいない。

     ……理解されているなど、わかっているとも。

    「なあアケミ」

     だから、こんな優しい声色で、私に話しかけてくる。

     熱を持ち、腫れあがった患部には触れないよう。やさしく、羽で触れるようにやさしく、軟膏を塗りつける。

    「私はお前の話が好きだった。スケバンだけじゃねえ。学校からあぶれたすべての連中のための自治区を創るってのは。――もういいんじゃねえか? もう許してやれよ。お前は悪くねえし、キヴォトスも悪くなかった。お前は充分やった。少なくとも私は、お前とこうして乙女連合を創って過ごして。幸せだった。それは、みんなもきっと。同じだ」

     胸を締め付けられるような言葉。私が欲しがった言葉を、そのまま。一言一句違わず渡してくれる。

  • 3918(よるまでほ)25/07/28(月) 16:30:29

     世界が敵だった。

     だから、世界の敵になろうとした。

     学生でないだけで、どれだけの子が涙を流し、空腹を訴え、したくもない汚らわしいことをして、金を稼がねばならなかったのか。学園都市において学生でなくなる。学籍が無ければ人権がない。住むところも借りられず、まともな職にもありつけない。外の世界に出るためのパスポートすら取れず。ゆえに逃げ場も無い。

     制度は施行された。S.C.H.A.L.Eの先生が連邦生徒会に掛け合い、施行された制度は、ある。

     保護だと? 支援だと? ふざけるな。

     私らは犬や猫か? 主体性を認められず。与えられる餌で生きながらえて、なにが人間だ。わたくしたちは”一般的”な人間から憐みを受けねばならないロクデナシ。世界を上手に生きられないクズ。保護すべき弱い存在。

     ふざけるな。わたくしたちは人間だ。スケバンだ。そんなわたくしたちから、残り滓の誇りすら奪おうというのか。

     ありえていいのか。そんな世界が。存在していいのか。そんな世界が。

     そんなわけないだろうが。許せるわけないだろうが。

     だから。けれど。

     自身の。長年鉄でいじめつづけた分厚い手のひらを見る。バーベルを持ち上げた赤みが残る手のひらを。

     タミコがわたくしたちを裏切ったのは。零れる砂の、証左でしかなく。

  • 40二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 00:12:52

    念のためほ

  • 41二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 01:14:24

    アケミがなぜ自治区を興すという考えに至ったのか……
    これを見たら、アケミたちも応援したくなるんだよなぁ

  • 42二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 02:23:09

    「私の力が消える日も、そう遠くありません」

    「……あんたの、そのバカげたマッスルパワーが?」

    「バカげたって。可憐な、と言って欲しいところです」

    「冗談」

     笑いが出た。こんなこと、他の奴に言われたら叩き潰してる。

     この子は分かっている。わたくしのトレーニングをずっと間近で見て来たのだから。日々落ちる鉄の重さを見て、何も言わずとも、何も思っていないわけではないはず。

     私は、この部屋だから。一緒にいるのが幼馴染だから。

     言った。

    「わたくしが普通の女だったら、組織はここまで大きくならなかった。……違う?」

    「……」

    「私に力があるから、なんとなくで慕ってくれる子も、従う人もあった。なんとなくがつながって、大きくなって、今がある。そうして張り巡らせた糸は……私の力が無くなるとともに消えるでしょう。人は、どっしりと根を張り豊かに葉をたくわえる巨木に宿するもの」

     何かを言いたげに口を開きかけた幼馴染は、結局なにも言わず。口をつぐむ。

     わかっている。こういう時「そんなことはない」と言ってくれる子だということは。

     同時に頭では、タミコのことが思い浮かんでいるはずだということも。

    「わたくしは、この所業を、舞台だと思っています」

  • 431825/07/29(火) 03:01:12

     吐き出したというより、つい、出てしまった。ビールを一気飲みしたあとのげっぷみたいに。抑えきれないものとして。

     組織の長として、吐き出してはならないことを。

     わたくしはいまキヴォトス乙女連合の長としてではなく。

     栗浜アケミとして話している。
     
     同じく34才になった幼馴染に。幼馴染として。

    「場末の小さな劇場では足りないのです。歴史に残る大舞台を演じるためには。絢爛で荘厳な舞台の上、輝きに溢れた年齢で、神がかりの演技を、完璧な脚本と演出で演じなければならないのです。脚本と演出はあなたたちが仕上げてくれた。けれど年齢は――わたくしは?」

     わたくしは自治区樹立を目指した。そのためにはお金が必要で、人が必要だった。

     なぜ自治区を創ろうとしたのだろう。スケバンのためだ。

     なぜスケバンのためなのだろう。世界から見捨てられていたからだ。 

     世界から見捨てられていたのはだれ?

     誰だった?

     口は止まらない。滔々と。ボタンを押すと喋る玩具のように。口は止まらない。

    「お姫様が主役の脚本を老婆が演じたところで。場末の小さな劇場で演じたところで。はっ。そんなものは歴史には残らない。かすり傷すら残らない。なにも成し遂げられなかった老婆は嘲りと誹りを枕にし、万雷の喝采を浴びる夢を見ながら一人死んでいく」

  • 441825/07/29(火) 03:57:33

     誰のためだったろうか。

     わたくしに夢を見させてくれたのは誰だったろう。

     あの日。あの夜。

     下卑た陋劣な世界の中で、美しく輝く肢体を晒した女優は、誰だった?

    「そんな終わりは、あまりに惨めだと思わなくて?」

     わたくしは、なぜ夢を見ようと思った?

     なんの夢を?
     
    「こんの……バカ!!」

     頬が張られた。

     痛みなんか感じないし、なんなら張った本人が手首を押さえて「あーもう! いてぇ! クソ! お前もうちょっと柔らかくなれよ!」と地団太を踏んでいる。

    「だったら100万人のサクラ用意してやるっつーの!! 芝居小屋ぶっ壊すぐらいの人集めて、屋根ぶっ飛ばして飛行船落とすぐらいの喝采を用意するまでが演出! 脚本! スケバン舐めんなよアケミ!」

     がちゃがちゃと鉄が鳴る。

     歯を剥き出し。昂った感情で瞳を潤ませながら。私を見下ろし、がなり立てる。
     
    「歴史に残らねえだ? 傷がつかねえだ? 今まで必死にスプーンで壁削って来ただろうが!! なんでてめぇ一人の力で壁にでけぇ穴開けようとしちまったんだよ! ――なあ、アケミよぉ。そんなに焦んなって。まだまだ先は長いぜ?」

    「――……。長いからこそなのです」

  • 45二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 05:08:32

    このレスは削除されています

  • 461825/07/29(火) 05:09:43

     確かな舌打ち。ああ言えばこう言う。かわいげのないジャリガキのように駄々を連ねるわたくしに。幼馴染は舌打ちをした。

     長いからこそ。衰えを感じるからこそ。今でなくてはだめなのだ。

     ……そう、思うことにした。

    「レイサとカズサを確保します」

    「――だから」

    「レイサさえいればどうとでもなります。髪の毛を引っ掴み、引きずり回せばいいのです。どうせあの子はSUGAR RUSHが居なくなれば……。ちょうどいいではありませんか。捜索などせずとも、SUGAR RUSHは必ず、派手に動くのですから」

    「……!」

    「ラストライブは潰しましょう。カズサの身柄をこちらが握れば、レイサは快く、わたくしたちの神になってくれますわ。SUGAR RUSHの15年は沸騰寸前に差し水され。アイリ達は消え。残ったカズサのためなら、レイサはなんだってしてくれます。あの子にはほかに、何もないんですもの」

    「馬鹿じゃねえのか……! そんなんで本部の先生になんか……。まさかまだキヴォトスを割るつもりか!? S.C.H.A.L.Eの支部とも戦争になるぞそんなん! 自治区だって黙っちゃいねえ!」

    「レイサがこちらの味方であれば時間が稼げます。これは生存競争。計画は変わりません。わたくしたちは」

     わたくしは。

    「キヴォトスに対し、挑戦状を叩きつけます」

     わたくしを見下ろし。見下ろしたまま。

     全身から力を抜き、言った。

    「自棄っぱちかよ」

  • 471825/07/29(火) 05:27:07

    「キヴォトス乙女連合全構成員に通達」

    「……」

    「喧嘩の準備を。SUGAR RUSHまだ子ども。わがままな子供です。やると言ったらやらないと気が済まない。トリニティの部活会館屋上をかならず襲撃します。わたくしたちは待っていればいい。この一件に関しては協力体制ですわね。S.C.H.A.L.Eの先生と。せっかくですから、情報をリークして差し上げて。便利屋のように。”どちらにでも転べる”形になるように、ね」

     ――ふふ。

     あなたにそんな目つきで見られたことなど一度もありませんでしたね。そんな。見下げ果てた鬼畜を見るような。憐みすら感じ取れる目つきなど。

     幼馴染は、唾を吐きつけるように、言った。

    「いいんだな?」

    「わたくしは”為せ”と申しました」

    「……馬鹿野郎が」

     自分の中に乱流するいろいろに蓋をして、飲み込んで。

     副総裁が。トレーニングルームを出て行く。

  • 481825/07/29(火) 05:29:57










    (キリが悪いですが、今回はこんな感じで)
    (あと、今日の夕方は保守投下できるかちょっと微妙です)
    (ご了承ください)

  • 49二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 13:38:24

    一度見てしまった夢からはなかなか覚めれないよなぁ

  • 5018(よるまでほ)25/07/29(火) 15:28:39

     馬鹿野郎ですか。

     ……。

     馬鹿にしか為せないことだってあるのです。馬鹿にならねばならねばならないときだってあるのです。

     34になった。

     人生を振り返るにはまだ早い、とは言えない年に。

     ワークベンチに寝転がり、目の前の鉄の棒をぼんやりと見る。

     スケバンのスケバンによるスケバンのための自治区を作る。そのためにわたしはやってきた。

     やってきたのだ。

     結果の出ない過程に意味はない。結果が出ないということは、努力が及ばなかったということ。
     
     何のために過程を過ごしてきたのだろう。タミコに見限られ、便利屋に裏切られ。副総裁とももう。これが最後になるだろう。あの子は優しい。こんなことを最後までやり遂げる気なんてない。レイサを支え、引き上げてもらう。そういう計画だから、賛成してくれていた。

     ――もうすでに。あの時。わたくしは敗けたのだから。あの子は15年を捧げて来たのだ。からっぽだからこそ。自分ではない要素で自分を創っているからこそ。あの子はあの子であり続けた。

     人生を振り返るにはまだ早い、とは言えない年になって。なにもかもを間違えて来た。からっぽだからこそ。わたくしはわたくしであろうとして。わたくしはからっぽのまま過ごしてきた。

    「杏山カズサがいなくなったから」

     わかっているかしら、あの子は。

  • 5118(よるまでほ)25/07/29(火) 15:34:41

     いや、わかるはずがない。

     主観的なものごとを客観視できるほど、カズサは成熟していない。あのぐらいの年齢はみなそうなのだ。私もそうだった。誰しもが通る道で、いつしか、それができるようになっていく。

     自分がいなくなったことで。この世界のたった一人がぽんといなくなった、それだけのことで。一体どれほどの嵐が巻き起こったのか。どれだけ人の心に嵐を巻き起こし、芽を育んだのか。

     太陽をむさぼるために天に蔓を伸ばしたわたくしたちは生存競争の真っただ中。その鉢植えを用意してくれたのは誰なのか、忘れたふりをして。水をくれたのは誰なのか、知らないふりをして。ただ、天におわす陽の光を得るために。

     蝶の羽ばたきは遠い地で嵐を起こし。

     羽を休める蝶は夢を見る。

     ドアの向こうの”騒騒しい”を聞きながら、私は静かに、目を閉じた。

     自分が蝶でないことを理解したうえで。
     
     ※ 

  • 52二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 23:46:15

    保守

  • 531825/07/30(水) 02:19:55


    (うぐぐ……)
    (ね、眠い……すみませぬ、すやすやします……!)
    (昼までほっしゅ)

  • 54二次元好きの匿名さん25/07/30(水) 09:24:41

    保守

  • 5518(よるまでほ)25/07/30(水) 16:41:07



     朝陽。

     体を起こす。縁側の大窓が開いている。煙草の匂い。

     昨日飲み残した、輪染みを作っているコップからウーロン茶を飲む。氷が融け切って薄っすい。からっからの舌が湿り気を得る。ガン開いた浴衣。丸出しでひっくり返るヨシミとアイリに、座布団を乗せて置く。

    「おはよ」

     真っ白な世界に居る声の主。目を眇めると、まるで昼間が似合わない人が煙草を咥え。こちらを見ていた。

    「……おはようございます」

     ぼろぼろの私の声に、このウーロン茶ぐらい薄く微笑んだカヨコさんは「いまハルカがお昼ご飯作ってるよ」と、煙を吐き出しながら言う。

     またか。とはいえ前よりはマシ。夕方にはなっていないってことだし。夕食って言われたらちょっとショック受けたかもしれない。

     ほんと、すっかり夜型になりつつある。

    「……アルさんたちはぁ?」

    「準備してる。ご飯食べたら出発するからね」

     くしくしと目を擦って大あくび。ヘアミルクをサボった髪の毛はばっさばさ。水道水じゃなくて、温泉だからっていうのもあるのかも。でも、ひんやり冷たい浴衣とさらさらの体は、なににも代えがたい幸福だ。耳を澄ませば小さくムツキさんたちの話し声も聞こえた。何を言っているかわからないけど。声は聞こえる。鳥のさえずりと、葉擦れの中に。

     お昼ご飯。

     寝起きのぼんやりした頭でテーブルの食い散らかした残骸を片し始めると「それよりトラックの楽器降ろすの手伝ってあげて」とカヨコさんは言った。

  • 5618(よるまでほ)25/07/30(水) 16:42:42

     ……。

     ナツの顔面に座布団を叩きつける。

    「んおおっ!?」

     手をばたばたとわけわからない方向に動かしながら起き上がったナツは、口元に垂れたよだれをすすりながら辺りを見渡し、言った。

    「殿中にござる!」

    「起きろー。楽器降ろすの手伝えって」

    「んおお……」手を突きだしたまま。そのままばたりと畳に倒れ込んだナツの顔面に座布団をぽんぽん投げていく。5枚、6枚。積み重ねていくと、埋もれたその下でナツはもぞもぞと動き、ヨシミの腹を引っ叩いた。

    「ふグっ」

    「目を覚ますがいいヨシミ。仕事だってさー」

     くもぐった声。横に積み重なる座布団の山を寝っ転がったまま見たヨシミは。

     拳を思い切り顔の辺りに叩きつけ、それを突っ張り棒にして、体を起こした。

    「寝ざめ最悪なんだけど。――くあぁ」

     さて。アイリもたたき起こすか。宇沢は……まあ、寝ててもいいでしょ。

     布団代わりに積んだ座布団に苦悶の表情を浮かべて眠る宇沢に。ついでとばかりにもう一枚、私が尻に敷いていた座布団を乗せて。

     立ち上がる。

  • 57二次元好きの匿名さん25/07/31(木) 01:04:14

    このレスは削除されています

  • 581825/07/31(木) 03:41:17


    「――やったねぇ」

     にやりと笑ったナツは、ハルカさんが作ってくれた筑前煮のにんじんを頬張って、ご飯をかっこんだ。部屋のテレビはどのチャンネルに回しても同じクロノスの生徒が映っていた。他局のアナウンサーを押しのけ、勝手にカメラを独占してるだけではありつつも。

     それでも出ているテロップはほぼ同じ。

     ごはんを宇沢の口に押し込もうとしたら、箸が唇に突き刺さり「痛った!」っと。顔を逸らされる。

    「あ、ごめん」

    「な、な、な、なにが……!?」

    「見ての通りよ。S.C.H.A.L.E支部のクーデターでしょ?」

    「だからなんでですかぁ!? 電話貸してください! せめてホシノさんにちょっと連絡を――」

    「だめよ。ここ壊されたらたまらないもの」

    「なんか伝言あればついでに寄るけどどうする?」

    「お願いします!! 杏山カズサ! 代筆お願いします!」

    「はいはい。その前にご飯食べちゃお。あー」

    「あー!」

     ご飯を突っ込む。その後に鶏肉。あとインゲン。嫌がんなバカ。突っ込んだついでに、私も同じお茶碗から一口。ほくほくしてちょっと薄味な、しいたけの戻し汁を良く吸ったジャガイモ一つで、ご飯が二口進む。「お茶は?」「いいはだきまふ!」。はい。

  • 591825/07/31(木) 03:48:35


    (……もし保守してくださったコメント消えちゃってたらごめんなさい)
    (砂糖スレ様のツールで0:00~06:00はNGワードを自動削除する設定にしてて)
    (もしかしたら引っかかったかもしれない)
    (コメントいただけるようでしたら、深夜じゃない方がいいかもです。ご迷惑おかけします)
    (でも削除されても保守にはなるので……助かっている次第)

  • 601825/07/31(木) 04:37:40

    >>58

     ニュースを見ればどうやら主導はアビドスのようで。各局のカメラがアビドス支部に集まってしまっているせいで、クロノス生の暴挙がこうしてまかり通ってしまっているわけだ。


     あ、暴動。


     もうどのチャンネルかわからないけれど、クロノス生に向けて爆弾が投げられたところで中継は切れた。今夜には記者会見があるらしい。たぶん。聞き取り間違いでなければ、の話だけど。


     ぽりぽりときゅうりの糠漬けをかじって、アイリが言う。


    「もしかして、タミコちゃん?」


    「乙女連合には帰らなかったのかしら。正味、あれが先生の襲撃だって知ってるのってタミコぐらいしか思いつかないし……。もしかして、先生がわたしたちの捜索命令出したとか?」


    「出すとしたらもっと早くに出すはずだよ。私たちはそんな情報掴んでないし、そんなの知ってたら、そもそもアルちゃんアケミから依頼なんか受けないし。いまさら支部全体に指示が出たとして、反発する理由もないじゃん。な・に・か。リークが無い限りね」


    「……『きみはどちらの側に立つ?』って、そういうこと?」


    「ふっふっふ」


    「なんだナツ。 Almanac Singersなんてずいぶん古いバンド知ってんじゃん。いい趣味してる」


    「Weaversの方を教えてくれたのはカヨコさんだよー」


    「そうだっけ」


     きみはどちらの側に立つ?


     とは言ってもだ。私たちに付いてくれたって犯罪者であることには変わりがない。どうせなら全部から逃げちゃえばよかったのに。バカなやつ。


     どう考えても理は先生にあるけれど、支部が動いたということは、こっちに味方をしてもいいと信じる何かがあるんだ。トリニティ支部を襲撃したと伝えたのが、タミコなのか先生自身なのかはわからないけれど。それが不当だと訴える何かが、あるんだ。

  • 611825/07/31(木) 05:13:03

     コイツらも宇沢も。追われる十分な理由はあるけれど。けれど。たぶん、私たちはなにかの天秤にかけられて、こっちに傾いた。宇沢は自分でアケミ達と手を組んだ、って言ってるけど、他の人から見たらもしかすると、ただ利用されていることが丸わかりだったのかもしれない。

     ……ありうるんだよなあ。自分都合で喋るクセあるし。負けず嫌いだし。

    「どちらにせよ、多少は動きやすくなったかもしれません。支部の業務が停止するとなれば、本部にしわ寄せが行きます。支部やマスコミとのやり取りも合わせればしばらくは忙殺されることでしょう! 謝罪行脚もあるでしょうね!」

     あ、と開けられた口に糠漬けを突っ込んで、ごはんを入れる。もしゃもしゃと咀嚼しながら「ざまあみろってんです!」なんていう宇沢に苦笑いしか出ない。そういえば先生との別れ際、辞表を叩きつけるとか言ってたっけ。

     アケミの話もそうだけど。ずいぶんデカい話になってきたもんだ。渦中の奴らは今ここに全員居て。涼しい秋の風が吹き込む畳の上で、のんきに食卓を囲んでいるわけだけど。

     私もご飯を頬張る。

     しょっぱくて冷たい糠漬けが、あつあつのご飯を冷やしてくれた。

  • 62二次元好きの匿名さん25/07/31(木) 13:31:36

    嵐の前の静けさか

  • 6318(よるまでほ)25/07/31(木) 16:35:19

     ――……。

     昼食を摂り終えて、片付けも済まないまま。

     ハルカさんを除いた三人が、私たちをここまで運んだ古いワゴン車に乗り込んだ。これから便利屋さんたちには、アイリたちの依頼で、キヴォトス中を回ってもらう。すべてはライブのために。何が来ようと跳ねのけて。聞きたくない人にも、聞きたい人にも。ファンにもアンチにも、ムリヤリその耳に、SUGAR RUSHを叩きこむために。

     きっきっきっき、とキーを捻ったカヨコさんに、宇沢の言葉を書き写したルーズリーフを渡す。

    「ああ。ホシノに渡せばいいんだね?」

    「あはは、はい。あの方がガチで動くとちょっと洒落にならないんで……」

     ルーズリーフを折りたたみ、ポケットに入れたカヨコさんは。「あそこで一番怖いのはアヤネだよ。さすがに派手なことはしないと思うけど……。もうそんな年じゃないし」と神妙な顔をして。ギアを入れる。

    「もしアビドスにタミコが居たら……。グッジョブ、と伝えておいて~」

    「それだけでいいの?」

    「私たちに多くの言葉など必要ないから」

    「あ、あとミレニアムの方もよろしくお願いします!」

    「おっけ~☆ エリナちゃんだよね。そのまま作業進めてもらってー……。日時は、昨日話した通りでいいね?」

    「はい。スタジオの場所もお伝えした通りです。カヨコさんなら知ってると思います」

    「あとは二日に一回、打ち合わせ通りの方法で連絡入れるから。――じゃあねハルカ。SUGAR RUSHとレイサをよろしく」

    「はい。……アル、カヨコさん、ムツキ。どうかお気をつけて」

  • 64二次元好きの匿名さん25/08/01(金) 00:12:03

    ねんのためほ

  • 651825/08/01(金) 00:39:55


    (ブルアカOSTのアナログ盤、とても良いです……)

  • 661825/08/01(金) 02:58:29

     エプロンを付けたままハルカさんが深々と頭を下げる。紫がかった黒髪が垂れて見えた耳に、赤い装飾のスタッドピアスが一つ、輝く。

    「こっちは任せたわよ。わがままが過ぎたら5,6発撃っちゃいなさい」

    「えへへ。お任せください」

     社長が残ってください。社長なんですから。

     昨夜の話し合いでアルさんは、ハルカさんに言った。『ハルカが抑えられない相手は私たちにも抑えられないけれど、私たちに抑えられなくても、ハルカなら抑えられる。ならあなたを残すに決まってるじゃない』。

     重い期待。あぅ、と不安そうな顔をしたハルカさんだけど、それも一瞬のこと。今のように。そうおっしゃるのでしたらやりますと言わんばかりに。それ以上ごねることなく、私たちの世話と護衛を、一人で引き受けてくれた。

     ぷあッ。

     安っちいクラクションの音が一回鳴り。キタキタと可愛いエンジン音をさせ、にちにちと砂利を噛み。

     ワゴン車は、旅館の庭を出て行く。がったんがたん。車体を揺らし。入口の大きな木を曲がって、エンジン音だけをこちらに届かせ。

     私の耳に秋の音。

    「――さあ。短いわよ。こっから!」

     ヨシミが勝気な笑顔を見せて言った。

     背中の宇沢を負ぶい直す。痛みは多少マシになった、と言っていたが、まだ自由に動かせるほどではない。

    「とりあえずヘッド張り直ししなきゃだねぇ。さすがに熱でやられてたし……15年分の掃除もしなきゃ」

    「だから定期的にメンテしとけって言ったじゃない。スタジオに置いて来た機材は本番まで触れないから、ぶっちゃけぶっつけ本番よ。あんたはまあなんとかなるし、私もいいけど、一番辛いのアイリじゃない?」

  • 67二次元好きの匿名さん25/08/01(金) 10:20:17

    ハルカも成長してるの嬉しい

  • 6818(よるまでほ)25/08/01(金) 16:43:15

    「えへへ……。はい、なにもありません……。うぅ……どうしよぉ!」

    「記憶を頼りにそこらの板っ切れ使って、動きだけでもどうにかしなさいよ」

    「無理だよぉ!!」

     ……改造エレクトーンにキーボード、あげくシンセだMIDIパッドだ、要塞みたいになってたアイリの周辺楽器はもはや誰も触れないし、同じもの作れって言ってもムリ。お金が掛かると言うか、同じものを揃えろというのが、まず無理に違いない。だからタミコが回収して来た初代SUGAR RUSHのキーボードだけじゃあ、どうやったって再現もできない。

     でもそれはナツのドラムセットもいっしょ。前と今とで構成だいぶ違うし、それこそアイリの要塞ばりに増えてたし。ヨシミだって、エフェクター全部ないし。

     私は……。うん。ベース一本あれば。自分の役割をこなすことは出来る。さすがにアンプ設定なんかは、ヨシミたちにやってもらうしね。

    「せめて車さえあればなぁ……」

    「車って、最初に乗ってたごっつい車?」

    「そうー……。あれ、ゲリラライブ用に改造してあって。ナッちゃんと私は、あの中でいくらかセッティングできるようになってたんだよね。乗り込んですぐ演奏始められるように。だから予備の機材が積んであったんだ」

    「後ろの座席、全部外せるようになってるんだよー。ちなみにアンプも車そのものに搭載してあったり。電源はバッテリー使えるし」

    「へぇー。狂ってんね。バカじゃないの?」

  • 691825/08/02(土) 00:09:28








    (すみません、すみません)
    (まっこと私事&不注意ではありますが、お部屋が水浸しになってしまいましたので)
    (本日は投稿できませぬ……)

  • 70二次元好きの匿名さん25/08/02(土) 09:22:00

    車のスタジオ化とかからやっぱり本気度が伺えるのがいい!

    (お部屋のお掃除頑張ってください)

  • 7118(よるまでほ)25/08/02(土) 16:31:53

    「必要なものがありましたら言ってくださいね。街の方へ行けば楽器店もありますから」

     ハルカさんが柔らかく言った。

     トリニティやワイルドハントには及ばないものの、有名なチェーン店があると言う。もちろんそのことは、みんなも知っていて。大体の品ぞろえも把握しているようだった。ていうか、店員の名前を知っていた。今の店員はただのアルバイトでやる気がないだの。何年か前のオタク気質な店員が卒業後も働いてて欲しかっただの。

     貸し出してもらったベースでなんとなく取り戻した感はこの数日でまた吹っ飛んだし、私も弦を張り直して、練習しなくちゃ。歌詞も覚えて。ボーカルも練習して。

     こっから短い。二週間を切っている。考えるべきは締め切りだけ。

     なぜ締め切りになるのか、からは。目を逸らし。みんな、見ないふりをして。締め切りの前の、最後の”こと”だけを見ている。

     ナツはハルカさんの言葉を聞き流すように、顎を上げ。

    「――ようやく、晴れ間が見えてきたかな」

     ちぎれた雲がちらほら浮かぶ文句ない青空に、目を眇めて、言った。

     わたしも空を仰ぐ。

     鳥。きれいな編隊を組んで飛んでいる。

     アイリの唸り声が空に吸い込まれていく。「宇沢はどうする?」何気なく聞いた。

    「どうしましょうかねぇ」

     ちょっと上向きの声が、私の耳元で。小さく呟かれる。のしり。細い身体が、背中に押し付けられた。

  • 72二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 01:30:16

    終わりが見えていたとしても今を、真に文字通りの一生懸命に過ごす

  • 731825/08/03(日) 10:45:37



    「無茶言うわよね」

     高速の看板がD.Uまであと20キロ、というところまで来て、口を開いた。上り線でいつも立ち寄るパーキングエリアで買った角煮まんのゴミを畳み。口のなかに残る八角の香りをコーヒーで上書く。

     カーステレオからは古臭いブルース。もうSIMカードを抜いてある、昔使っていたスマホを無線で繋げて。いつかどこかで聴いたことがある、寝ぼけたような曲。”給料日”、”給料日”、なんて。しみったれた歌詞。カヨコが聴く音楽は、経営者目線からは、ヒヤリとするようなものばかりだ。

    「なんかもう、やりたいこと全部乗せ! って感じー」

     ムツキが言う。スマホがいじれないから退屈していて、出発から喋りどおしのムツキの声は、すこし、がらついていた。昼頃に百鬼夜行を出て。牧歌的で山がちな風景はすでに、高層ビルとひしめくコンクリートジャングルに変わっている。

     夜景。特徴的な化粧品メーカーの看板がライトアップされている。

     そろそろアビドスの会見が始まる頃だろうか。

     カヨコに声を掛けると、ワンタッチでクロノスの番組に切り替わった。

     しみったれたオジサンの歌声から一転。ガザガザな電波状況で聞こえて来たのは、懐かしい声。

    『――によるトリニティからの重要文書の盗難容疑。S.C.H.A.L.Eの支部長”宇沢レイサ”と学籍を持たない未成年に対する暴力行為等々。どういった理由があるにせよ、本部――”先生”が行ったことは、超法規的措置が認められるS.C.H.A.L.Eとは言え、あまりに横暴であり、今後のS.C.H.A.L.Eの在り方そのものに暗い影を落とす……許されざる行為であると、判断いたしました』

    「お、ホシノじゃん」

    「うわぁー。真面目に話してるの久々に聞いた気がする」

    「原稿書いたのどうせアヤネでしょ。で、セリカに壇上に蹴りだされたと見たね」

    「直前まで逃げ回ってツインシロコちゃんにあっけなく見つかって簀巻きも追加でー」

  • 74二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 16:43:20

    ホシノの悲しき扱い

  • 75二次元好きの匿名さん25/08/04(月) 00:43:00

    一応保守

  • 76二次元好きの匿名さん25/08/04(月) 05:46:42

    ツインシロコは草

  • 77二次元好きの匿名さん25/08/04(月) 12:08:57

    おじさんって言ったらおばさんでしょって返されそうなホシノ

  • 78二次元好きの匿名さん25/08/04(月) 19:51:54

    オジサンの歌声→おじさんの放送

  • 79二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 03:01:08

    一応保守

  • 80二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 08:57:38

    保守

  • 81二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 14:18:00

    話してる内容が内容だけど、掛け合いの雰囲気が何気ない日常っぽくてかけがえない

  • 8218(よるまでほ)25/08/05(火) 16:37:01

     想像して噴き出してしまった。

     ことがすめばノノミがケアをする。いつものアビドスだ。学生時代から変わらない。あそこは、いつかの煌めきがすべてそのまま残っているような場所。あくまで、”私の知っている学生時代”では、あるが。

     どうやらこの会見は記者団に対する質疑応答の場らしく『盗難されたという重要文書というのは、一体どんなものなのですか』という記者の質問があった。この件に関しては昨夜の会話の中である程度予想は付いていた。そしてホシノも、同じことを答えとして、記者に返した。

    『15年前のティーパーティ首席がSUGAR RUSHと呼ばれる件の三人――乃至四人を無条件復学させると約束した証書です。これはS.C.H.A.L.Eとトリニティ両者、同じ書面を所持していました。二枚揃いはじめて効力が発動されるための措置だったのですが、現ティーパーティに詰――問い合わせたところ、トリニティ側で管理していた書類は、何者かに盗難されていたと返答がありました』

    『小鳥遊支部長に返答をしたのは首席の方でしょうか。それとも一般生徒からのリークでしょうか?』

    『あー……名前というか、うーん……。ちょっとあそこはややこしいから、ぼやかすけど。”三人のうちの一人”が、教えてくれた――くれましたね』

    「カヨコ。これ誰かわかる?」

     軽い気持ちで聞いた言葉に、カヨコは即答した。

    「今代の外務担当はフィリウス派。他自治区の人間と折衝するのは一任されてるからね。とはいえ、ホシノがこういう発言をしたのなら、三派閥合意の上で情報を渡したんじゃないかな。あの三枚舌の連中が特定されるようなことするはずないし」

     つまり、非公式な公式発表。この件に対し、自治区側も不信感を抱いていることがわかった。であれば、多少動き方が変わってくる。

     車は左車線に入る。そろそろ出口だ。

     私はトリニティに主要自治区の生徒会長が集まり、SUGAR RUSHに対し前例のない特例を認めたあの出来事があったのを憶えている。その半年ほど前にエデン条約で確執があったと言われているヒナが、マコトの名代として出席した。それも丸腰で。風紀委員のメンバーが控えていたとは言え、トリニティの学園内で武装せずに壇上に上がった出来事は、後の条約が交わされるための、布石となったと見る人が多い。

  • 8318(よるまでほ)25/08/05(火) 16:41:36

     そしてS.C.H.A.L.E本部が保管し、当日レイサが持っていったという書類。割り印が押され、二枚揃って初めて意味のある証書の片割れは燃えてしまった。あの日、トリニティ支部にあった証書の片割れは。回収されることなく、燃えた。ヒナがサインし、ホシノもサインしたはずの認証文すら。燃えてしまった。

     消えてしまった片割れがまだ現存していたとしても、もう二枚揃うことはない。そう言った約束があったのだと証明するものはもはや、記憶の中にしかなくなった。

     SUGAR RUSHの無条件復学は果たされることはない。
     
     ラジオではホシノが”本部”から伝達されたという言葉を暴露している。『もちろん当時には認証文も書いたんだけど、書いたことをしばらくとぼけてろって言われて――』。

    「んで、何の話だっけ」

     記者団に”とぼけたことに対する”責任追及を受けているホシノの苛立った声を聞きながら、ムツキがこちらを振り向いて言った。

    「無茶なことを言うわよねって」

     私がラジオが点けられる前の会話をリフレインすると「ああ、そうだそうだ」と、前に向き直って、ストローを差した缶から炭酸を吸った。

    「出来るか出来ないかで言うと、ぶっちゃけアルちゃん、どっち?」

    「……できる」

     私のわずかな沈黙を理解しているカヨコもムツキもけらけら笑い、一通り笑ったあと。「まあ鼓笛隊関連はカヨコちゃんがやってくれるだろうし」と、指を差した。

     仕方ないじゃない。あの場は二つ返事で依頼を受けるのが一番カッコいいんだから。

    「だいたい当たりはつけてるから大丈夫。トリニティとワイルドハントを回るからちょっと時間はかかるけど、あてはある」

    「クロノスとミレニアムには私が行くしー? ひさびさにアリスちゃんの顔も見たいしね」

    「じゃあアビドスがアルだね。これ、渡しておくよ」

  • 84二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 02:08:16

    シャーレ、強権を持っていようと「キヴォトスの一組織」に過ぎないのよね

  • 85二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 10:01:11

    各地に顔効くぐらいになったんだな便利屋

  • 8618(よるまでほ)25/08/06(水) 16:22:21

     後ろ手に差し出された折りたたまれたノートの切れ端を受け取る。すこしくしゃっとした、カズサから渡された切れ端。受け取ったものを。裏ポケットにしまい込む。

     人は十代の頃に衝撃を受けたものに一生を支配されるという。カヨコから教えてもらったことだ。カヨコはその通り、音楽に支配されている。ムツキはどうだろうか。ハルカは? ――私は?

     フィルム・ノワールに憧れた私は世界をそのように生きようとした。白黒の世界からあぶれた、アウトローとして。上手に生きられないもどかしさを演出し、上手に世界に居場所を作って来た。たとえそれがくだらないことだとしても。演出のために泥水だってすすって来た。
     
     そういう生き方が出来たのも……。寄りかかる場所があって、どこか安心して、その道を歩むことができたのも……。
     
     ……。

    「いま、D.Uを敵地と。考えてしまったわ」

     白く曇った車窓の向こう。見慣れた景色。窓に押し付けた頭。髪の毛がしゃりっと音を立てる。流れる景色。見慣れた夜景。

     私のつぶやきに返事はない。別に、返事も求めていない。

     学生時代からずっと、拠点として生活し、生きて来た街。ゲヘナが出身校でありつつも。私たちにとっては、D.Uこそが故郷。狭苦しい街。堅苦しい街。連邦生徒会とヴァルキューレとSRTのおひざ元。しかし、私たちはいつだってD.Uから仕事を始めて来た。各自治区へのアクセスがいいし、なにより。人が集まる場所だし、事務所を構えたのも――ふふ。ヒナから逃げるためっていうのが、一番の理由だった。

     私は、私たちはきっと。他の子よりも早く、大人の世界に足を踏み入れていた。憧れが入口だとしても、憧れで生きて来た私たちは、きっと。

     これからすることは、一つの清算。それが大人の世界なのだと。すべてがきれいごとで済まされるわけではないのだと。そんなこと、学生時代から理解している。

     わかってる。

     かといって、従う必要もないと教えてくれたのは、他でもない。先生。無限の可能性は青春のその先にあるのだと教えてくれた人に。私たちは、今までの清算を、しなくてはならない。
     
     ……。

     あと10キロ。私たちが目指す出口の看板を通り過ぎる。

  • 87二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 23:47:50

    一足先に「便利屋」をやってるもんな……

  • 88二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 06:42:18

    保守

  • 8918(よるまでほ)25/08/07(木) 15:30:41

    「アケミはさ」カヨコが言った。

    「ん」

    「動くと思う?」

    「動くでしょうね」

    「図らずとも裏が取れちゃったわけだもんね?」

     私たちは探偵ではないから。カウンセラーでもない。アケミが持っている感情だとか。同情とか。なにを考えているとか。SUGAR RUSHも同じ。同条件。私は……。

     道具でありたい。持ち主を選ぶ、岩に刺さった剣でありたい。アケミには悪いけど。私は、良き道具でありたいから。これは発表会だ。親に歯向かうなど、映画の中ではお決まりの展開に過ぎなかった。これは発表会。今までに対する、これからへの。

     誰に対して。そんなの、決まってる。

    『そもそもSUGAR RUSHは各自治区で指名手配される存在ですし、入手した情報では、宇沢先生はSUGAR RUSHの活動を支援していたと同時にキヴォトス乙女連合とつながりがあったと――』

    『レイサは支部長なんだから、トリニティにも拠点があったと言われてる乙女連合とつながりがあるの、当たり前でしょ。そんなんだったら私たちだってあるよ。印象操作もいい加減にしないと、私たちが動かなきゃなるから気を付けなー?』

     ホシノの回答を聞き「ヘッタクソだなぁ」とムツキが笑った。

     SUGAR RUSHに対して先生が動くのは当たり前。なんの言い訳もできないこと。世間一般から見れば。見る角度を変えれば。S.C.H.A.L.E支部をホシノがどう言いくるめたのか。あそこも私たちと同じ。いや、もしかしたら、みんなそうなのかもしれない。

    「カヨコっちが原稿書いてあげればよかったのにねぇ」

    「アヤネが漏らしてるはずないでしょ。ホシノの確認不足か、打ち合わせサボったツケか。『指名手配犯に対してS.C.H.A.L.Eが自主的に動いた前例はない』んだから、そう言えばいいんだよ。自治区を跨いで活動できるっていったって、自治区の指名手配犯にS.C.H.A.L.Eが自主的に動くなんて。この15年間、一度だって、なかった」

  • 90二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 23:40:57

    アケミもシャーレもSUGAR RUSHも
    各々がどう動いていくのか

  • 91二次元好きの匿名さん25/08/08(金) 00:20:26

    まだ先生の心が見えないの楽しみ

  • 92二次元好きの匿名さん25/08/08(金) 08:43:55

    指名手配でつっつくと先生もワカモがいるからなぁ

  • 93二次元好きの匿名さん25/08/08(金) 15:42:45

    >>92

    確かに……

  • 9418(よるまでほ)25/08/08(金) 16:44:49

    「そもそもの全体像を知っている人なんて誰もいない、ってねー。……ほんと、わけわかんなー」

    『それは我々メディアに対する脅迫と捉えてもよろしいでしょうか!』ぜんぜん違う記者の声が高らかにマイクに乗る。話の論点がズレていく。ホシノがしどろもどろに、自分の失言に追い詰められていく。

     あーあ。ばかね、本当。優秀な参謀がいるんだから、我なんてものは最後の一手にだけ残せばいいのよ。責任者なんてものは。あとは操り人形でいい。それが、組織の色ってもんなのに。

     頬杖突きながらハンドルを握るうちの参謀は、旧友の失態を。頬を緩ませ聞いていた。

     アケミはまだ。

     アケミはまだ”私たちに近い”から。その理由を察することはできるけど。

     わからない。

     全体像が見えない。ムツキがぼやいた言葉は、解明の糸口すら見えない。

     先生がこんな行動に出た理由が。
     
    「ホシノは知っているはず。私たちすら――カヨコが掴めなかった、各支部を動かせるような情報をね」

    「情報と呼べるようなものじゃなくてもいいなら、私だって」

    「お、ジェラってるぅ。んー! あんなキツネよりカヨコっちの方がかわいいのにねぇ!」

    「……好き放題言ってるけど、あんたさ。勝手に人を拷問大好き女に仕立て上げたのだって、忘れてないからね」

    「えへ☆ ――待って待って、運転中! 高速! 前見てぇ! いだだだっ、つねっ、つねんないで! うひっ。あ、あははっ! 脇はやめ……」

     カーステは音圧を上げる。ざわめき。どよめき。ばしゃばしゃとカメラの音。

  • 95二次元好きの匿名さん25/08/09(土) 00:08:03

    まあそんな『裏』があるような言い方すりゃそこを詰められるわなぁ……

  • 96二次元好きの匿名さん25/08/09(土) 09:35:50

    保守

  • 9718(よるまでほ)25/08/09(土) 16:36:56

     じゃれつく二人に、ぐわんぐわんと揺れる車内。鳴るタイヤと、後ろやら前から聞こえるクラクションを抑え、出て来るとは思わなかった人物の声が、小さく聞こえた。

    『遅れてしまい申し訳ありません~』

     大きくなったり小さくなったり。安定しないボリュームは、きっとホシノのマイクを使って喋ったのだろう。

    「あら珍しい。カイザーの取締役だわ」

     体の内側から笑いがこみあげてくる。

    「ふふ」

    「ほんとだ。ノノミちゃんが出て来ちゃったら、もう後引けないのに」

     見返ってムツキが言う。細い銀髪が道路照明のオレンジ色に染まり、まだらに赤い瞳がちらちらと光っている。

     紙切れを開いて中身を検め、書いてあることがなにも意味を為していないことを確認して。

     今度こそ笑ってしまった。

    「理由まではわからないけれど――」

    『――ありがとうございます。えー、改めまして、申し訳ありませんでした。S.C.H.A.L.Eアビドス支部の十六夜ノノミです♧』

     事前情報もなかったし完全なサプライズ。記者団のざわめきは、予定になかったノノミが出て来たから。てっきり舞台裏からサポートに徹すると思っていた。そりゃあ、一応アビドス支部の非常勤職員に名を連ねてるとは言え、キヴォトス有数の大企業の人間が出てくれば、場はざわめく。

     記者団の興味はノノミに移った。隣で胸をなでおろしているであろうホシノの姿を頭に思い浮かぶ。どうやってからかってあげようか。本気で嫌そうな顔をして私を睨むだろう。ねちねち責めるシロコたちの前で正座させられ、仁王立ちしたアヤネに説教されているところに、偶然を装って入っていくのも悪くない。

  • 9818(よるまでほ)25/08/09(土) 16:40:08

    『はいはい! クロノスネット報道部です! つかぬことをお聞きしますが、ノノミさんがこの場にいらっしゃったと言うことは、セイント・ネフティス社も”先生”に対する声明に賛同されていると見てよろしいでしょうか!』

    『いえいえ、一応アビドス支部の人間としてここに居ますよ~? それに私は、セイント・ネフティスとは関係ないので☆』

    「うそばっか。親会社じゃーん」

    「個人的感情では、でしょ。実際問題、ネフティスの保守方針フル無視して自由にやってるじゃん」

    「くふっ。たしかに。親会社と縄張り争いする子会社だしね。グランピング施設に戦車持ち出したの何年前だっけ」

    「おととし」

     しかもこんな会見に顔を出したと言うことは。それだけで、意思表示になる。落ち目の旧カイザーを捨て身で買収させたセイント・ネフティスの令嬢はどうやら。

    『ネフティスはともかく……。カイザー社としては、今回の一件。各支部と足並みを揃える方針ですけれど♧』

     やる気らしい。

  • 99二次元好きの匿名さん25/08/09(土) 19:45:57

    15年越しにプレジデントの夢が叶うかもね?

  • 100二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:10:17

    プレジデントノノミって事か

  • 101二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 08:58:06

    ノノミも偉くなって

  • 102二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 13:30:20

    やる気は満々

  • 103二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 22:32:20

    先が気になるねえ

  • 104二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 04:31:53

    ほしゅ

  • 105二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 13:31:37

    保守

  • 10618(よるまでほ)25/08/11(月) 16:37:37


    (うごごごご……夕方投下ができませぬ……。)
    (夜は投下する予定です、八月ペース落ちてすみませぬ。)

  • 107二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 00:19:22

    全然主のペースで書いてもらえれば

  • 108二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 09:28:44

    保守

  • 10918(よるまでほ)25/08/12(火) 15:59:27


    (結局夜寝てしまいました)
    (保守ありがとうございます!)

  • 1101825/08/12(火) 23:22:58


    (一応ほ)

  • 111二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 04:22:48

    お疲れ様です、これだけ沢山投稿してたら大変ですよね

  • 112二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 12:00:31

    ノノミって肝が座ってそうよね

  • 113二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 19:33:01

    楽しみに待ってます

  • 114二次元好きの匿名さん25/08/14(木) 02:51:37

    保守

  • 115二次元好きの匿名さん25/08/14(木) 11:24:29

    捕手

  • 116二次元好きの匿名さん25/08/14(木) 13:34:19

    >>98

    さらっと戦車持ち出したりしてるの草

  • 117二次元好きの匿名さん25/08/14(木) 20:51:11

    楽しみ

  • 118二次元好きの匿名さん25/08/15(金) 02:59:23

    クロノスはクロノスで報道の精神のまま突っ走ってるなとか思った

  • 119二次元好きの匿名さん25/08/15(金) 11:54:10

    ほしぃ

オススメ

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