【SS】「滴る想いに触れるとき」

  • 1二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:24:01

    「……あっ」

    ぽたり、ぽたり。
    ひと雫が肩に落ちたかと思えば、もう遅い。灰色に染まる空は、こちらの都合も知らないまま、その胸の内をざばりとこぼしてきた。

    「…降るなら、もう少し早くって……」

    そう呟くころには、すでにジャケットの襟元はじわりと湿っていた。駅から学園までは、あと数分。けれど、どこで雨宿りをするでもなく、足を止めることもできず。

    結果、トレーナー室に辿り着いた時には──

    「……最悪だ」

    靴はぐしゃり、袖口は水を吸って重たく。帽子の鍔からは、とくとくと雫が滴っている。
    どうにもみっともない姿だったが、それでもとにかくこの空間に辿り着けたことに安堵する。

    その安堵が背中を押して、そっとドアを開けた。

    「おはようござ──って、うわ。シュヴァル!?ずぶ濡れじゃん!」

    「……おはようございます。あの、すみません、ちょっとだけ……」

    フックに帽子をかけながら、振り返るとトレーナーがもう、慌てて鞄を漁っていた。タオルだ、ドライヤーだと、まるで火事場のように。

  • 2二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:25:01

    「いやいやちょっと、着替えは?ない?マジで?」

    「……あいにく……今日は、持ってきてなくて……」

    「うそ……俺のシャツでよければ……ってか、ちょっと手ぇ出して!冷たいって!」

    ずい、と伸ばされた手が僕の手を包み込む。反射で少し引きそうになるけれど、何故かその温度に、ほっとしてしまって。

    「……あったかい、ですね」

    「でしょ。ほら、髪も乾かすよ。じっとしてて」

    ドライヤーを手に取った彼の表情は、どこか嬉しそうで、でも真剣で。
    さわ、と髪に触れる手つきはとても丁寧で、まるで、何かを確かめるような優しさを含んでいた。

    「……こんなに近くで、触られるのって、少し……変な感じ、ですね」

    「変?嫌?」

    「……嫌じゃ、ないです。むしろ……」

    ──好き、って言えたらいいのに。
    けれど、その一言が喉元でほどけずに、代わりに小さな笑みが零れ落ちた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:26:01

    「ふふ、シュヴァルってば、ちょっと猫っぽい」

    「……え?」

    「目がトロンとしてきてる。眠くなるだろ?こうやって乾かされてると」

    「あ……そ、そんなこと……!」

    焦って否定しようとしたその瞬間、髪を撫でる指がふっと額に触れて──

    「……」

    ああ、もう、だめだ。
    言葉なんて、何も出てこない。ただ、瞳を閉じて、心を預けることしかできなくて。

    「……こういうのって、ちょっと憧れてたんだよな」

    「……え?」

    「信頼とか、距離感とか……特別な何か。そういうのって、ちゃんと築くのに時間がかかるって思ってたけど。今、なんか、すげぇあったかいなって思って」

    彼の声が、耳元でほどけていく。やさしくて、あたたかくて。
    それが、ただの体温じゃないことに、きっとお互い気づいていた。

  • 4二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:27:02

    「……僕も、そう思ってます。こうやって……寄りかかるのって、ずっと怖かったけど。でも、今は──」

    そっと、手を重ねた。濡れていた指先は、今はもう、ほんのりとした熱を帯びていて。

    「……次は、傘に入れてもらえませんか?」

    「ん?」

    「……今日みたいな雨の日も。となりで、傘。持ってもらえると、嬉しいなって」

    ぽつり。
    まるで雨粒みたいに落ちたその言葉に、彼は一拍おいて──

    「もちろん。いつでも、何度でも。俺の傘、でかいしな」

    そう笑ったその笑顔が、雨上がりの空よりもまぶしくて。

    そしてその日、僕の濡れた服の代わりに、彼のシャツを借りることになった。

    少し大きくて、袖が余って、でも不思議と落ち着くその感覚に、もう一度胸がきゅっと鳴いた。

    ……やっぱり、好きだなぁ。
    そう思ったのは、内緒のまま。

  • 5二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:28:02

    翌朝。空は、昨日のぐずついた雲が嘘のように晴れ渡っていた。

    光が差す廊下を歩く僕は、少しだけ足取りが軽かった。昨日の雨が、まだ舗装された道の端に薄く残っているけれど──その中に、温度の残滓みたいなものを感じてしまう。

    それはきっと、昨日、彼のシャツを着て眠ったせいだ。

    「……あ」

    トレーナー室の扉が開いて、彼と目が合う。
    その瞬間、僕の手にある袋を、彼の視線がとらえる。

    「あ、それ……」

    「返しに来ました。……シャツ、お借りしてましたから」

    袋から丁寧に畳んだシャツを取り出して、彼の前に差し出す。
    洗濯して、少しだけアイロンをかけたそれは、昨日よりずっと形が整って見える。

    「……すごい丁寧に畳んでるじゃん。新品みたいだ」

    「……一晩お世話になったので」

    言ってから、はっとなる。
    彼の目がまん丸になるのが、視界の端で分かった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:29:03

    「ち、違います!その……!あの、そういう意味じゃなくて、ただ、着てただけで──!」

    「あはは、分かってるって。からかっただけ」

    ほんの少し悪戯っぽく笑った彼に、また顔が熱くなる。
    昨日から、こんな瞬間ばかりだ。心が追いつかない。

    「……でも、ちゃんと返すの偉いな。俺だったらそのまま忘れそう」

    「……忘れたかったかも、しれません」

    「え?」

    「シャツじゃなくて、昨日のこと……全部、夢だったって思った方が、楽だったかも……なんて」

    そんな本音が、こぼれてしまう。
    けれど、それを聞いた彼は、ふっと優しく笑った。

    「夢じゃないよ。……シュヴァルが、あんな顔する夢、見るわけないだろ」

    「……そんな顔、してましたか?」

    「したよ。すごく、嬉しそうで。……俺の手、ずっと握ってたし」

    「……!……う……」

    言葉に詰まって、うつむいてしまう。
    けれど、その手がまた僕の前に伸びてきた。昨日と同じように、指先が、僕の頬に触れそうなほどの距離にある。

  • 7二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:30:04

    「……今日、天気いいな」

    「……そう、ですね」

    「でも、傘は持ってきたよ」

    「……どうしてですか?」

    「万が一に備えて。あと……」

    少しだけ、照れたように。

    「……シュヴァルが、また入ってくれるかもって思って」

    「……」

    「昨日、お願いしてくれたでしょ。“傘に入れてほしい”って」

    「……それは、その……」

    「俺、すごく嬉しかったんだ」

    彼の言葉は、昨日の雨よりも静かに、でも確実に僕の胸を濡らしていく。
    ぐっと視線を上げて、その顔を見つめた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:31:04

    「……じゃあ、また降ったら……入って、いいですか」

    「うん、もちろん」

    「……もし、降らなくても。横に、いてもいいですか」

    「うん。それも、もちろん」

    やりとりが終わったあと、トレーナー室の窓から見える空をふたりで見上げた。
    そこには、雲ひとつない青空が広がっていたけれど──

    「……あ」

    僕は、ちょっとだけ微笑んで言った。

    「でも、傘がなくても……シャツは借りてもいいですよね?」

    彼の顔が、ぱっとほころんだ。

    「何枚でも貸すよ。シュヴァルのためならね」

    「……ふふっ、ありがとうございます」

    そうして、シャツを返したのに、僕は新しい“ぬくもり”をまた手に入れていた。
    晴れた空の下で、まるで昨日よりももっと心が軽い、そんな朝だった。

  • 9二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:32:09

    おしまい

    明後日のぱかライブでどんな水着来るか楽しみです

  • 10二次元好きの匿名さん25/07/28(月) 20:33:52

    良いものを見せてもらった余
    大儀である

  • 11二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 01:16:16

    あら~いいですね 恥じらいながらも距離を詰めていくシュヴァちはその内ガンに効くようになる

  • 12二次元好きの匿名さん25/07/29(火) 01:22:15

    やさしく、静かに心を通わせるやりとりがとても丁寧で心地よく、“好き”という感情が無理なく自然に滲み出ているのが魅力的に感じました

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