- 1二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 03:00:05
【第一話・創設!問題解決部】
初夏のある日。
魔術科学園名古屋校では、五日間に渡る中等部の期末試験の最後の数学のテストが行われている。
広大な学園は図書室のようにしんと静まり返り、数多の生徒が用いる鉛筆のカリカリという音だけが周囲に響く。
皆の視線は己の答案容姿に集中しており、問題との一糸乱れぬ静かなる戦いを繰り広げる。
時計の長針は五十九分を指し示しており、それが意味するのは残り時間はほんの僅かであること。
既に何人かの生徒は答案による攻防を終えて誤字などの確認のフェーズに移っており、擦れる鉛筆の音も先ほどよりも些か弱まった。
そしてガチッと音を鳴らしながら長針の先端が頂点に達すると同時に、終戦を示すチャイムが鳴った。
試験時間終了の信号だ。
その瞬間に全教室から歓喜の悲鳴が、鉛筆が一斉に置かれる音を掻き消さん勢いで湧き上がった。
「っっっしゃあぁ!!!」
「終わったぜぇぇぇ!!!」
長い試験期間を終えた達成感と膨大な勉強量から解放されたことが生徒達にとってあまりにも嬉しく、その空間は先ほどまでの図書室のような静まりから一転して商店街のように騒がしくなった。
答案用紙を後ろから集めるという教師の指示も完全に無視し、生徒達は筆記用具を放り投げて歓喜のあまり踊り狂った。
そんな中、とある男子生徒が二年生の教室を誰よりも早く飛び出した。 - 2二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 03:34:38
「悪ィな! オレはお先に失礼するぜ!」
飛び出した生徒は先端が赤く染まった白い短髪に、茶色い斑点の入った黄色い獣の耳と尻尾を有している。
夏伊勢弥だ。
楽しいを愛し退屈を忌み嫌う暴れん坊で、定期試験でもない限り数時間も椅子に縛りつけられていられない。
チーターのような耳と尾を持つが、嫌なことややりたくないことからの逃げ足の速さも本物のチーターさながらである。
努力が苦手な性分にも関わらず、五日間の試験期間を無理に耐え切ろうとしたものだから感じているストレスは半端ではなく、押し込められたバネのように心のひずみが溜まっていた。
故に今の彼は教室や教科書といった勉強を想起させるものに激しい拒絶反応を示しており、そこから一刻も早く逃げ切る生存本能に従ったのだ。
皆に驚かれ引き止められても、彼は足を決して止めない。
走り続けて向かう先は二週間と5日ぶりのゲームが待っている我が家………ではなく、学園にある転送装置だ。
「うわっ、危ねえな。」
「すんませーん!!」
廊下で教師にぶつかりかけても何のその。
教室を一室、二室、三室と通過し、転送装置の前へと滑り込む。
目的はただ一つ、渋谷校にいる大好きな先輩初雁隼に褒めてもらうこと。
七が過去に訳あって世話になったことのある人物で、尊敬できる彼女からの褒め言葉を賜ったのならさぞかし誇らしい勲章になると考えたのだ。 - 3二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 04:00:05
転送装置の前に滑り込むと、勢弥はその表面に触れ、目を閉じて目的地を強く思い浮かべる。
(魔術科学園渋谷校………魔術科学園渋谷校………。)
何度も利用したことがあるだけあって、転送の過程はすんなりと進んだ。
心の内で目的地の名を念仏のように唱えていると、やがて転送装置が白く強く光を放った。
(うっ………!!)
その光は目を閉じていても眩しく見える代物で、慣れている勢弥でも両腕で瞳を覆わなければ耐えられない。
故に視界が見えている状態ではこの装置は使うことができず、転送する瞬間を目視することは実質不可能に等しいのだ。
しばらく眩しさに耐えていると、やがて光は弱まり収まった。
(着いたか………?)
ゆっくりと瞼を上げると、そこは一般的な学園の姿をしている見慣れた名古屋校ではなく、床に左右にネオンの走る近未来的な建物であった。
それは勢弥の知る、紛れもない渋谷校の姿であった。
「よし、問題なく行けたな。」
今回も不具合が発生せず、無事に自身の転送に成功した。
後は隼のいる高等部一年の教室を目指すだけ。
勢弥が再び目的地に向かって走り出した時、壁に埋め込まれたデジタル時計が視界に入った。 - 4二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 04:18:12
「………んあ?」
その時計が示す時刻は十二時三分。
それを見て、勢弥はあることを思い出した。
「はっ、今日の軽音部………!」
今日は試験の終了につき部活動が再開される日で、軽音部の活動が始まる時刻まで既に二十分を切っている。
故に隼からの褒め言葉を受け取った次第に急いで名古屋校に戻り、軽音部の時間に間に合わせなければならない。
それに気付いた勢弥の心には一瞬の焦りが生じたが、それはすぐに消え失せた。
「今日は試験で疲れたから、もう頑張るのはしばらくお休みしてーな。部活………サボっちまうか。」
部活動を行えば少なからず疲れるし、久々にゴロゴロしたい気分の勢弥は部活に対するやる気が出ない。
軽音部は勢弥が創設した部活で、勢弥にとって思い入れのある場所ではあるがそれとこれとでは話が別だ。
無理をして部活に参加したことでストレスを溜め、それで周囲に当たり散らしてしまったら申し訳ない。
ならば今日は部活を休み、頑張った自分への労りと労いに心血を注ぐことにしよう。
魔が差した勢弥は自分を甘やかし、軽音部をサボることを決意した。
やりたいことだけして過ごすのは普通に生きていれば難しいが、できるだけそうでありたいものだ。
勢弥はケロッと気持ちを切り替え、隼のいる高等部一年の教室に向かった。 - 5二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 05:00:13
階段を駆け上がり、何室もの教室の前を通過し、再び階段を駆け上がり、何室もの教室の前を通過し………勢弥がようやく高等部一年の教室の元に着くと、そこに誰かが立っていた。
三人がいたが、そのうち二人は勢弥の知っている人物であった。
「ん? ………お、勢弥じゃん!」
立っていた者のうち女子生徒………隼の双子の妹初雁駒は勢弥に気付くと顔をそちらに向け、にこやかに陽気に話しかけた。
勢弥は彼女と話したことがある。
銀と水色の髪にユキヒョウの耳と尾を持つ姉に対し、駒は黒と赤の髪にクロヒョウのような耳と尾が特徴で体型や顔つきは双子らしく似ているものの見間違えることは絶対にない。
「駒先輩! ご無沙汰してます! 椿樹も!」
勢弥も顔見知りである駒に元気よく返事をし、隣にいる柴犬の耳と尻尾を生やした小柄な男子生徒にも声を掛けた。
「勢弥殿! お会いできて嬉しいです。」
その男子生徒………雲雀椿樹はホテルマンのように恭しく丁重に話し、勢弥にペコリとお辞儀をした。
剣術の名家である初雁家に先祖代々支えてきた紫陽花家の末裔である椿樹は、幼少期から続けてきた従者という仕事柄他人に気さくに接するのが苦手だ。
彼にとって勢弥は幼馴染である隼や駒には親しさで及ばないものの、同じ中等部二年生だったり隼と駒を慕っているという共通点もあって親友と呼べる間柄であったが、それでもタメ口や呼び捨てなどはしようとすると身体がむず痒くなってしまう。
勢弥は椿樹のそんな事情を知っていたので、彼の態度について特によそよそしさ等は感じなかった。
そんな勢弥に対し、駒が疑問を口にする。
「アンタって確か名古屋校の子よね。渋谷校に何の用で来たの?」 - 6二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 05:16:59
「え、とそれは………」
「隼様に会いたくなってしまわれましたか?」
問いに答える間も与えられず、椿樹に図星を突かれてしまった。
隼を慕っているだけあって、隼に向けられた感情に対しては椿樹は非常に敏感なのだ。
言わんとしたことをまんまと当てられ、木のように固まった勢弥に対して駒は揶揄うように言った。
「やっぱりー? 隼推しの言いたいことってすぐ分かんだよね〜。口がいつも『しゅん』って言いやすい形してて隼の話したくてたまんなそうな感じが〜。」
そこまでは思ってないと言おうとしたが、図星なのは否めないので勢弥は何も返さなかった。
「それでそれで? 隼に何の用? 姿拝めればそれで充分? 用事次第では、ウチらが代わりに引き受けるけど。」
相変わらず口数の多い人だ。
でも勢いに負けてはいけない。
オレには「隼先輩に褒めてもらう」という大切な目的があるんだから。
勢弥がそれを伝えようと口に開いた時、そこにいた三人目の人物に言葉を遮られた。
「おいおい、俺を蚊帳の外にしないでくれよ。」
男は話しながら手を叩いて不敵に笑う。
勢弥達と比べてもずっと長身なその男は、右手で前髪をかき上げるとニヤリと笑って言葉を続けた。