【オリウマ注意】輝き続けろ【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:21:50

    良い雰囲気のステーキ店だった。
    府中レース場から近い、少しばかり値の張るがよい質の肉を出す店である。
    レース場が近いせいか店内には有名なウマ娘のサイン、ポスターなどが店の雰囲気を壊さぬ程度に飾られている。
    客層も値段に応じてそれなりの服装やブランドの小物を身に着けた人間ばかりだ。
    そこに一人、栗毛のウマ娘がいた。
    ガッチリとした良い体格をしていて、着慣れたデニムジャケットに赤いシャツという服装をしている。
    しかしもう現役を終えたのだろう、身体は絞りきっていない様子で目の前にある肉厚のステーキを頬張り、ワインを嗜んでいた。
    一人ステーキを堪能している様子であったが、時折腕につけた腕時計をチェックしている。
    どうやら誰かを待っているらしい。
    そうして一枚のステーキをたいらげたとき、ふらりと黒鹿毛のウマ娘が店内に現れた。
    小柄なウマ娘だ。
    しかし目つきは鋭く、全身から近寄りがたい剣呑な雰囲気を発している。
    黒い革ジャンに黄と黒のストライプ模様のシャツというファッションも、その雰囲気を強めていた。
    小柄なウマ娘は栗毛のウマ娘がいる席まで無言で歩いていくと、対面の席にドカッと遠慮のない様子で座る。
    栗毛のウマ娘はその様子を見てにやりと笑みを浮かべた。

    「よぉ、久しぶりだな。」
    「…いきなりメシだなんてどうしたんだよ、シルク?」

    小柄なウマ娘は挨拶を返さず、ぶっきらぼうにシルク──そう呼ばれた栗毛のウマ娘に問いかけた。

    「まぁ待てよ、とりあえずはメシだ、あたしも2枚目を頼むからよ。」
    「はぁ…。」

    小柄なウマ娘が溜息をつく。
    シルクは気にしない様子で店員を呼ぶと、慣れた様子で注文を告げた。

  • 2二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:22:10

    「Tボーンステーキ三百グラムと鹿肉のロティにサラダ、ワインは──?」
    「飲まねえよ、私はまだ現役だ。」

    注文を聞き終えた店員が席から離れると、シルクはからかう様に小柄なウマ娘に笑みを向ける。

    「もうあたしら飲める歳だってのに、トレセン学園の不良代表みたいなくせして真面目なんだな、お前は。」
    「…クマの野郎にそういうとこだけは厳しく言われたんだよ。」
    「お前の前のトレーナーさんだったか、良い人だったよな。」
    「まぁな…。」

    テーブルに片肘をつきながら小柄なウマ娘が不満げに口を曲げながらも頷く。
    しばらく二人の間に無言の時間が流れた。
    気まずい、という雰囲気ではない。
    むしろどこか居心地がよさそうな、不思議な静寂であった。
    店内には古い洋楽が耳障りにならない程度に流れていて、小柄なウマ娘はそのリズムに静かに身を任せている。
    煌びやかな思い出と無情に流れゆく時間を詠った名曲だ。
    ピアノとバイオリンが奏でる音にハーモニカが重なり、さらに周囲の食器がたてる音や静かに談笑する声が奇妙なリズムを生んで、空気の中に溶けて交わってゆく。
    小柄なウマ娘はその空気を楽しんでいる様子であった。
    シルクも、その様子を穏やかな目で見守っている。
    そうしているうちに料理が運ばれてきた。
    シルクの前にTボーンステーキ、小柄なウマ娘の前には色鮮やかなサラダと少量の鹿肉のロティ。
    軽く手を合わせて、二人は食事を始める。

  • 3二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:22:24

    「…相変わらず少食だな、そんなんだからちっこいままなんだよ。」
    「うるせぇ、お前みたいになるよりマシだ、ウシみてえな身体しやがって。」
    「ははは、もう現役じゃねえからいいんだよ。」

    ワイングラスを豪快にあおりながらシルクが言う。
    小柄なウマ娘はその様子に眉をひそめ、小さく切り分けたロティをちびちびと食べ進める。
    そうしてシルクのワインボトルが半分ほど無くなったとき、シルクはゆっくりとグラスを置いて赤らんだ顔で小柄なウマ娘を見た。

    「…まだ現役か、すげえよ、お前は。」
    「そういっても、もう今年で引退するけどな。」
    「シニア4年目じゃねえか、中央でそこまで走れるやつ滅多にいねえよ。」
    「適当に手抜いてやってるだけだよ、褒められたことじゃない。」
    「いっつもそう言うよな、お前は…でも、しゃあねえか。」

    ワインを注ぎながら、シルクは眉をひそめ寂し気な笑みを浮かべる。

    「あたしらの同期は…大概怪我で、一線から退いたからな。」
    「…。」
    「サニー、フク、エリモ…それに、スズカもな。」

    スズカ。
    その名を出した途端、小柄なウマ娘の雰囲気が変わった。
    ロティを切り分ける手を止め、グッとナイフとフォークを強く握ると易々と曲がってしまった。

  • 4二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:22:48

    「悪ぃ…そんな顔すんなよ。」
    「気にしてねえよ。」

    シルクが店員を呼び、小柄なウマ娘のナイフとフォークを変えてもらう様に頼む。
    店員が替えを持って来るまでの間、二人は一言も話さなかった。
    静かにシルクがワインを煽り、小柄なウマ娘は無言で腕を組んでいる。
    そうしてグラスが再び空になったとき、意を決したようにシルクは息を吐き、口を開いた。

    「なぁ、お前さ、本当に本気で走ってねえのか?」
    「酔ってるな、シルク。」
    「おう、酔ってるよ、だから聞いてるんだ。」
    「…。」
    「やっぱりまだ、あの天皇賞秋のこと、忘れられねえんだろ。」
    「その話はよせよ。」
    「忘れらんねえよな、あたしだってあのレースにいたんだ、分かるよ──」
    「よせと言ったろうが…!」

    静かに、強く、小柄なウマ娘が語気を荒げる。
    さながら縄張りを侵された野生の獣の様に凶暴な表情を浮かべ、シルクを睨みつける。
    しかしシルクは一切動じていない様子で、言葉をつづけた。

    「すごかったよなぁアイツ、あたしらの下の世代がなんて言われてるか知ってるだろ?黄金世代だぜ?」
    「…。」
    「敵わなかったよなぁ、強かったよなぁ、でもアイツは凄かった…誰にも真似できない走りで、影さえ踏ませずによ…。」

  • 5二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:23:07

    シルクの言葉数がどんどんと増えていく。
    もうワインボトルに中身はほとんど残っていない。

    「たった一人だけを除いてな。」
    「あの宝塚か…アイツはいつもの逃げじゃなかっただろ。」
    「それでもよ、同期のお前がその唯一になってくれて、あたしはたまらなく嬉しいんだ。」
    「…。」
    「悔しいよ。」

    残った分のワインをグラスに注ぎ、シルクが一気に飲み干す。

    「黄金世代によ、あたしは結局、勝てなかった。」
    「シルク…。」
    「勝ちたかったなぁ…エリモのこととか、いろいろあったけどよ…勝ちたかったよ…。」
    「エリモは…元気にしてるのか?」
    「ああ、骨折のせいで身体も壊して、もう走れねえけど…一応元気だよ。」
    「…そうか。」
    「だからよぉ…あたしらの最後の希望なんだよ、お前は。」
    「勝手にんなもん背負わせんじゃねえ。」

    吐き捨てる様に小柄なウマ娘は言った。
    シルクはそれでも、言葉を続ける。

    「もうその黄金世代もいなくなってよ、覇王様の時代も終わって、また新しい世代の話になってる…。」
    「我ながらよく走ったもんだと思うよ。」
    「ああ、もうあたしらの世代なんて遠い昔の話みたいになってんだろうな。」
    「…。」
    「でもよ、でもよ、あたしらの世代は凄かったよな。」

  • 6二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:23:41

    シルクが顔を隠すように俯く。
    その声が、微かに震えだした。
    小柄なウマ娘は静かに、シルクの言葉に耳を傾ける。

    「マイルはタイキの独壇場、パールも海外でG1勝ってさ…サニーのダービーなんてドラマみたいな話だったしよ、フクの菊花の末脚なんて一緒に走ってたあたしも震えたぜ。」
    「覚えてるよ、私も…。」
    「あたしだってクラシック期で有馬制覇だぜ、ブライトは天皇賞とったし…本当に、本当に凄かったよなぁ…。」
    「…。」
    「凄かったんだよ…だから…よぉ…頼むよ…。」

    シルクの声の震えが増す。
    しかしシルクは顔を上げた、真っ赤になって潤んだ瞳を、小柄なウマ娘に向ける。

    「本気で走ってねえって言うならよ、見せてくれよ、最後くらい…お前の本気をよ。」
    「…。」
    「分かってるよ、あたしがすげえ酷いこと言ってるってのはよ、最後だから足ぶっ壊してもいいだろって言ってるのと同じだってよ…。」
    「…。」
    「それでもよ、もう一度…あたしらの世代がすげえってとこ見せてくれよ…皆が忘れられねえくらいよ…。」
    「無茶言いやがる。」
    「ああ、でもそれができねえ奴にはあたしは言わねえ、お前だから言えるんだよ…。」
    「重ぇよ…。」
    「悪い、酔ってるな、あたしは。」
    「おう。」
    「すまねえ…。」
    「謝んなよ、シルク。」

    ゆっくりと、小柄なウマ娘がナイフとフォークを置く。
    ちびちびと食べていたロティがようやく皿の上から無くなった。
    小柄なウマ娘が席から立つ。

  • 7二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:23:54

    「行くよ、シルク。」
    「そうか…言いたいことはもう全部言ったから、好きにしろよ。」
    「…おう。」

    小柄なウマ娘が椅子に掛けていた革ジャンを羽織る。
    そして出口に向かいながらシルクとすれ違いざま、小さくこう告げた。

    「ありがとな。」

  • 8二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:24:17

    香港シャンティンレース場。
    小柄なウマ娘はそのターフに立っていた。
    彼女がラストランに選んだレースは、香港ヴァーズ。
    世界各国から名だたる競合が集う国際G1レースだ。
    そんなメンバーの中でも一番人気を背負い、彼女はゲートに入る。
    ここまで彼女が駆け抜けたレースの数は四十九、このレースで五十戦目にになる。
    普通のウマ娘ではとても不可能な数字だ。
    その全てのレースに募ってきた人々の思いが一番人気という形になって表れている。

    そして、ゲートは開いた。

    小柄なウマ娘は後方に位置どった。
    先頭を切ったのは香港のウマ娘、それを追走するように二番手の位置に青い勝負服のウマ娘がつく。
    小柄なウマ娘は後方からじっくりと前を眺めつつ、少しづつバ群を上がりながら外目の好位置についた。
    第三コーナーまでは動きがないまま、レースが続いていく。
    しかし、第三コーナーで青い勝負服のウマ娘がペースを上げ、一気に先頭に躍り出た。

    (んだと…!?)

    じわじわと前に上がり中段外目につけていた小柄なウマ娘には、青い勝負服がバ群を突き放していく姿が遠くに見えた。
    追うか?
    好位についている小柄なウマ娘は青い勝負服を追うか考え、やめた。
    じんわりとペースを上げていたおかげでまだ足に余裕がある。

  • 9二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:24:37

    勝負は第四コーナーだ。
    好位にいることを利用してバ群を抜き去り、最後の直線に賭ける。
    そう決め、ジッと中団で小柄なウマ娘は耐えた。
    青い勝負服のウマ娘はさらにリードを広げる。
    そして小柄なウマ娘が第四コーナーで狙い通り外を回り、バ群を抜き去り二番手につけたときには、リードがさらに広まっていた。
    その差は五バ身。
    残る距離はたったの三百メートル。
    しかも青い勝負服のウマ娘はまだ足に余裕があるのか、小柄なウマ娘以外の後続を突き放す様にリードを広げていた。

    レースを見ていた誰もがその差に絶望した。

    小柄なウマ娘が単独で二番手に立つ。
    少しづつ縮まっていく差。
    それでも青い勝負服のウマ娘を抜き去るほどのスピードは無い。
    あまりにも、あまりにも遠い差だった。

  • 10二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:25:07

    (畜生…遠いなぁ…)

    (どこまでも遠い背中…)


    遠くを走る青い勝負服。

    それを追走する小柄なウマ娘に、遠いある日の景色が重なった。

    緑の勝負服のウマ娘が、さらに遠くへと逃げているような、そんな景色が。

    どこまでも、どこまでも遠くへ。

    ゴールすら通り越してどこまでも駆け抜けていきそうな、そんなウマ娘が走っている景色が。

    影さえ踏ませない、異次元の逃げ。

    思わず手を伸ばす。

    行くなよって。

    行かないでくれって。




    衝撃と共に、景色が映り替わる。
    遠い日の景色に想いを馳せていたせいで、小柄なウマ娘は内ラチに衝突してしまった。
    緑の勝負服が瞳から姿を消す。

  • 11二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:26:01

    代わりに見えたのは、青い勝負服の背中。
    遥か前を征っている青い勝負服。
    しかし小柄なウマ娘にとってその背中は、思い出に焼き付いた背中に比べて、あまりにも近く見えた。


    (上等だ…。)


    「見せてやるよ…!!」






    最後の直線。


    ある実況者はみるみるうちに縮まっていくバ身差を懸命に叫んだ。

    ある実況者は先頭のウマ娘が止まってしまったと叫んだ。

    ある実況者は己の立場を忘れ、全ての思いを込めてこう叫んだ。


    差し切れ!!!


    地面が爆ぜる。
    絶望的だったはずの差が、常識破りの末脚によって覆されてゆく。

  • 12二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:26:18

    「これが…」

    黄金世代とぶつかり合い、世紀末覇王と渡り合った豪脚。
    日本競バのあらゆる強敵と走って来たその脚が。


    「私の全てだあああ!!!!!!」


    最後の最後に、閉じていた翼を広げた。

    アタマ差。

    小柄なウマ娘が青い勝負服をゴール前で差し切った。
    あの日捕らえることのできなかった背中に追いついたかのように。



    その末脚は今もなお語り継がれている。

    小柄なウマ娘の名前の如く、いつまでも失せない輝きを放って。

    ステイゴールド。

    どこまでも続いていくその輝きに、人は夢を見続けている。

  • 13二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:26:33

    終わり
    オジュウチョウサンおめでとう

  • 14二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:30:56

    感動した……!
    シルクとステゴの心理が丁寧に描写されてて気づかないうちに引き込まれてた。回想の使い方も上手くて本当に素晴らしいです!

  • 15二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:33:51

    感想何言っていいか分からないぐらいの名作

  • 16二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 17:56:54

    名文で涙が出た

  • 17二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 19:53:00

    保守age

  • 18二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 22:33:47

    感想ありがとう
    オリウマだけど大丈夫かな…と思ってたけど褒めてもらえて嬉しいよ

  • 19二次元好きの匿名さん22/04/16(土) 23:26:42

    熊ちゃんへの思いがあるのいいね

  • 20二次元好きの匿名さん22/04/17(日) 10:31:30

    ありがとう...

  • 21二次元好きの匿名さん22/04/17(日) 22:17:52

    保守age

  • 22二次元好きの匿名さん22/04/18(月) 09:34:49

    ステイゴールドのこれラストランの話か...

オススメ

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