- 1二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:17:03
「……トレーナー、ハッピーハロウィンです」
「……八月だよ?」
カランコロンと、浴衣の下駄の音を響かせながら現れたカルストンライトオは、まるで勝ち誇るように胸を張っていた。ちなみに今日は八月一日。昼間は真っ青な空にセミの合唱。どこをどう間違えたらハロウィンになるのか、俺にはわからない
「ふふっ、さすがに驚きましたか?」
「まあ……混乱はしてる」
「七月末に夏祭りに行きました。盆踊りを踊り、花火を見上げ、ラムネを飲み、かき氷を摂取し、金魚すくいで七匹取りました」
「うん、そこまでは分かる。問題はそのあとだよね?」
「最速で夏を満喫し尽くした私は、次のイベントに向かうのが筋……当然です」
「当然じゃないよ! 秋、飛んでるじゃん!」
「今年の秋は短いと言われています。ならば、短縮しておけば問題ありません」
「そういう問題じゃないよ!!」
お盆に向けて提灯の準備でもしようか、なんて考えていたのに俺の前には黒髪に紫帯の浴衣姿のかぼちゃ提灯を持ったウマ娘が立っている。シュールにもほどがある - 2二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:18:03
「まあまあ、今日はこれを渡しに来たのです」
そう言って手渡されたのは、風呂敷に包まれた何か
「……なんだろう、重いけど」
「おはぎです」
「お彼岸か!!」
もう、何がどうなってるんだ。ちなみに中を開けてみると、ちゃんと粒あん・こしあん・きなこの三種が揃っていた。妙に完成度が高い
「祖母の指導のもと、作りました」
「……そっちは素直にすごいと思う」
「味の方も最速でご確認を」
「いや、味の確認に速度いらないから」
結局そのまま、俺たちはリビングのテーブルでちゃぶ台囲んでおはぎをつつくことになった。ライトオは嬉しそうに頬杖をついて、俺が食べる様子をじっと見ている - 3二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:19:04
「どうでしょう、トレーナー。私のきなこは」
「言い方がなんかちょっと怖いけど……うまいよ。ほんとに」
「ふふっ、では今年の秋はこれで満足です」
「やっぱ秋終わらせるつもりなんだね?」
「さあ次はクリスマスです。今年は、トナカイ衣装に挑戦してみようかと」
「本気でやりそうなのが怖いよ……!」
苦笑交じりにそんなやりとりをしていると、不意にライトオが表情を和らげた。
「けれど、本音を言えば──」
「うん?」
「一番にイベントを終えたいのではなく、一番に貴方とその日を過ごしたいだけなのかもしれません」
「……あー、うん、はい」
「照れましたね、萎びたパプリカみたいな顔になっています」
「また絶妙に例えが嫌な感じだな……」
思わず視線を逸らすとライトオの手がそっと俺の手を握る。あたたかくて、繊細で、それでいてどこか真っ直ぐな力強さを持った手 - 4二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:20:05
「私にとって“先”とは、“貴方と過ごす時間”のことなのかもしれません」
「……そっか、じゃあ、これからも一緒に、時間を先取りしていくか」
「はい、来年もよろしくお願いします、トレーナー」
「やっぱり気が早いよ!」
けれどそれでも、こんなふうに笑い合えるなら──まあ、先取りも悪くない
提灯の明かりが滲む、夕暮れの学園裏手の神社。この日はちょっとした夏祭りが開かれていて、俺はライトオと一緒に来ていた
「ほら、金魚すくいとか……ヨーヨー釣りもあるぞ。久しぶりにやってみるか?」
「では一通り一周しましょう、下見です」
「おお、真面目に構えてる……?」
と思ったら、数秒後彼女は風のような速さで本当に一周して戻ってきた
「見取り図、頭に叩き込みました」
「速すぎるよ!!」
「では、攻略してまいります」
言い終わらないうちに、すでに金魚すくいの屋台に突入していた。気づけば隣でポイ(紙のすくい網)を三つも構えている - 5二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:21:05
「……あの、二つ持ちまでは見たことあるけど、三刀流は初めてだよ?」
「三つの速さを制す者が、祭りを制すのです」
「どこの剣士だよ」
結果、制していた。一分で十匹くらいすくってた。しかも最後、ポイを折って終了するまでが綺麗すぎる。お店の人も「か、完敗だよ」と苦笑いしてた
「ふふっ、金魚はトレーナーへ。飼えないなら、ぬいぐるみバージョンにしてもらいました」
「それならありがたく受け取るよ……ちゃんと金魚型なんだなこれ……ぷにぷにしてる」
次に向かったのは、射的
「得意なんだっけ?」
「速さと正確さは比例関係にあります」
その言葉どおり、一発一発標的が落ちていく
パスッ パスッ パスッ……
「……無音に近いのが逆に怖い」
「ラスト、行きます──速射」
パパパンッ
一瞬で棚が空になった。屋台の中から賞品を引きずり出す店員さんが「大当たり〜」と乾いた声で言っている - 6二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:22:05
「はい、トレーナーにはこの特大クマのぬいぐるみを」
「え、そんな大物当てたの!?」
「学園の自室に飾ってください」
その後も、ラムネ早飲み(勝手に競技化)、綿菓子の回転具合(最速で巻き取り)など、ライトオは屋台の常識を次々と塗り替えていった
「……なあライトオ、楽しんでる?」
「ええ、とても。トレーナーといると、時が光速です」
「……やっぱりちょっと変な気がするけど、まあ、楽しいならいいか」
手には金魚ぬいぐるみと特大クマ。袋にはヨーヨーと焼きそばとりんご飴。見た目は賑やかでやっていることは妙に本気で、だけどその全部が楽しい
「最後に、もう一周しましょう」
「まだ行くの?」
「はい。二周目こそ本番です。祭りとは、助走を終えた後の飛翔……」
「詩的に言っても、結局回るんだな……よし、付き合うよ。どうせなら最後まで楽しもうぜ」
「ふふっ、では今度は“ふたりで”速さを競いましょう」
「それは負ける未来しか見えないんだけど!?」 - 7二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:23:05
それでも俺は、ライトオと一緒に、提灯の道をもう一度歩き出す。笑い声が夜風に流れていく中、彼女はいつものように、先を走って──それでも、手だけは決して離さずに引っ張ってくれる
夜空を火の花が咲かせる。どん、と腹の底に響く音。続けざまに打ち上がる色とりどりの光。ライトオは仰いだまま一言も喋らずそれを見つめていた
「……なあ、今日は珍しく静かだな」
冗談混じりに言ってみたが彼女は視線を逸らさず口を小さく開いた
「花火は、速さの中にある“儚さ”の象徴だと思うのです」
「へえ、また詩的なこと言うじゃん」
「最速で夜を裂き、一瞬で散っていく。でも、誰もそれを無駄とは言わない」
「うん」
「だから私、ああなりたいんです」
「……?」
その横顔は、驚くほど真剣で、けれどどこか切なげだった - 8二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:24:06
「全力で走って、貴方の前を風のように駆け抜けて、でも……見上げた時には、いつでもそこに咲いてるような」
「……」
「そんなウマ娘でいたい。記憶に焼き付く光のような、ね」
「ライトオ……」
言葉を探している間にも夜空には大輪の花火が咲き続けていた。紫、金、青、赤──どれも彼女の瞳にそっくりで、どれも違って見える。それほどまでに、ライトオという存在は、単色では語れない
彼女がふと、こちらに目を向ける
「……あ、またトマト顔です」
「違う、違わない、けど否定はさせて」
「ふふっ」
そのとき、不意にぐっと手を握られた。驚いて顔を向けると、ライトオは真っ直ぐにこちらを見て──
「貴方の隣で見る花火は、どんな速さで消えても、私の中では永遠です」
「…………ずるいな、そういうとこ」
この数時間、ずっと彼女に振り回されっぱなしだったけど。夏の夜空に打ち上げられる花火のように、すべてが鮮やかで忘れられそうにない - 9二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:25:07
どん、ともう一発。その音に合わせて、ふとライトオが視線を下ろし囁くように言った
「来年も……その隣、空いてますか?」
「……当たり前だろ」
もう一方の手で、そっと彼女の手の甲を包むように握り返した。浴衣の袖が揺れて夏の匂いが風に混ざる
「来年も、再来年も。速すぎて見失わないように、しっかり隣にいてくれよな」
「はい。任されました“直進最速”の名にかけて」
その言葉を最後に、ライトオはもう花火に視線を戻さなかった。代わりに、俺の目だけを見てどこまでも真っ直ぐに笑っていた
祭りの灯りがまばらになった境内を抜け学園寮までの道を歩く。手には綿菓子の残りと、金魚のぬいぐるみ。そして隣には少しだけ疲れた様子のライトオ
「……さすがに今日ははしゃぎすぎたかもな」
「いいえ、まだあと七軒は回れました」
「やっぱり?」
「ですが、あえて残しました。余力を持って帰路に就く──最速の者ほど、撤退も速やかにあるべきです」
「……今日のライトオ、格言多いな」
隣を歩く彼女はどこか穏やかだった。夜風に髪が揺れて、浴衣の裾がさらさらと音を立てる。さっきまでの疾走感はない。けれどだからこそ、彼女の“隣にいる”ことを強く実感する - 10二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:26:07
「トレーナー」
「ん?」
「足、遅くしてくれてますか?」
「……バレてたか」
「ふふっ、でもいいんです。今日はそのくらいで、ちょうどいいです」
そう言って、彼女はぽつりと呟いた
「本当は……終わらせたくないんです、今日を」
「……」
「でも、イベントに始まりがあるなら、必ず終わりも来る」
「そうだな」
「だから……“終わり”が嫌なら、“続き”を作るしかありませんよね?」
ライトオは小さく笑うと、俺の袖をちょこんと引っ張った
「ねえ、寄り道しませんか?」
「……おっ、それはまた意外な提案」 - 11二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:27:07
「“夏の終わり”は、少しぐらい遠回りしても追いついてきます。だったら、先に“私たちの夏の続き”を始めておく方が効率的です」
「ははっ……その理屈、どこかで聞いたな」
「来年の分も回収していくつもりですから、トレーナーも覚悟してください」
「もちろん。その先も全部、だろ?」
歩幅を合わせて、一歩ずつ。速度はいつもの彼女よりずっと遅いけど、そのぶん何度でも振り返れる。手を繋ぐことだってこうして話すことだって、余裕がある。それがなんだかとても愛おしかった
「……来年の夏も一緒にいような、ライトオ」
「はい、もちろん」
「……そのときも、ちゃんと“速度”落として歩いてくれるか?」
「それは……トレーナーが隣を離れない保証があるなら」
静かな笑みとともに、彼女は俺の手をきゅっと握りしめる。夏の夜の冷えた空気の中、その温もりはとても優しくて、頼もしくて──
「よし。ならずっと隣で歩こう」
「ふふっ約束です。ではさっそく“寄り道一軒目”……自販機で冷たい麦茶などいかがですか?」
「渋いな!」
そんなふうに笑い合いながら、俺たちはゆっくり夏の続きを歩き始めた - 12二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:28:15
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- 13二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:28:21
おしまい
最後まで読んでくれてありがとうございました - 14二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:29:03
このレスは削除されています
- 15二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:30:34
このレスは削除されています
- 16二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:31:01
レスバすんなや
- 17二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:31:04
文章力があると思いました(小並感
ライトオは結構語彙が豊富なのでエミュがそこそこ大変だと思う - 18二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:32:31
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- 19スレ主25/08/03(日) 20:33:50
喧嘩しないで頂けると助かります
- 20二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:35:14
その辺は全部管理しちゃって良いと思うよ これも含めて
- 21二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:39:18
- 22二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:41:00
大変満足感があって助かる
ライトオの「ふふっ」からしか得られない栄養素があるなと思いました - 23二次元好きの匿名さん25/08/03(日) 20:45:24
満足していただけたなら何よりです!あの“ふふっ”は書いてて自分でもちょっと元気出たので、栄養って言ってもらえて本当に嬉しいです