【SS】「海より深く、空より眩しく」

  • 1二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:13:10

    白くきらめく砂浜。焼けつくような陽射しの中、トレセン学園のウマ娘たちが、思い思いの夏を満喫していた

    波打ち際でヴィブロスが水しぶきを上げ、サトノクラウンが優雅にスカートを押さえながら微笑んでいる。その光景はまるで絵画のようで、通りがかった誰もが視線を奪われていた

    だが、パラソルの下。そこだけ時間が止まったかのように、ひとりのウマ娘が静かに佇んでいた

    シュヴァルグラン

    白のパーカーに隠されたその水着姿は鏡の前で何度も悩んで選んだ一着。だけど今、太陽の下で肌にまとわりつく潮風に彼女は膝を抱えて小さくなっていた

    (どうしてこんな、柄にもない)

    いつもの制服なら、もっと堂々としていられるのに。けれど今日ばかりは自信が霞んでいくのを止められなかった

    「トレーナーさん、どこ?」

    ちら、とパラソルの隙間から顔を覗かせたその先には仲間たちと笑い合うトレーナーの姿。自然と視線が吸い寄せられて、その隣にいるヴィブロスとクラウンに、胸がきゅっと締めつけられる

    輝いている。可愛くて、華やかで、何より
    (ちゃんと、見てもらえてる)

    どうしても比べてしまう自分が情けなくて悔しい。けれど、もう逃げたくなかった

    「……っ」

    息を飲み、ゆっくりと立ち上がる。パーカーの袖を握りしめながら、一歩、また一歩、砂の上を踏みしめていく

  • 2二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:14:11

    「トレーナーさん」

    声は思った以上に震えていた。けれどその震えごと、トレーナーに届いてほしかった。驚いたように彼が振り向く。その視線が自分にだけ向けられる。その瞬間だけで胸の奥がじんと熱くなる

    「見て、くれませんでしたよね。だから……見てほしくて」

    海から吹く風がパーカーの裾をそっと揺らす。彼の目がふと泳ぎ、そして、笑った

    「似合ってる。……ほんとに、綺麗だよ。君らしくて」

    「……っ!」

    言葉が心に直接触れた。照れ隠しにパーカーを羽織りかけた手を止め、意を決して、彼に手を伸ばす

    「海、入りませんか? 一緒に」

    波の中、腰まで水に浸かりながら、ふたりの間にはやわらかな静寂が流れていた。遠くの賑やかさも、今はただの背景

    「ここなら、他の子たち、見えないですよね」

    彼女の言葉に、トレーナーが小さく頷く

    「だったら、今だけは、僕のことだけ……見ててください」

    少し震えた声。でも気持ちはまっすぐだった。そっと近づくと、彼の目が大きく見開かれる

    「し、シュヴァル?」

    肩も、腕も、胸元も。水に濡れた水着が肌に吸い付くようにまとわりつき、触れ合う体温が逃げていかない

  • 3二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:15:11

    「僕、負けたくなかったんです」

    ぎゅっと手を握る。彼の手が静かに包み返してくれる

    「ずっと見てました。ヴィブロスも、クラウンさんも。でも」

    一瞬、言葉が詰まる。でも止まらなかった

    「僕は、トレーナーさんのことが、好きです」

    その瞬間、海の中の時間が止まった。やがて

    「~~っ! や、やっぱり……見すぎです……!」

    顔を真っ赤に染めたシュヴァルグランが、ばしゃりと水しぶきを上げて背を向けた

    「か、顔が、隠れない……帽子……マリンちゃん……ない……!?」

    「いや、今日その帽子……最初から被ってないから……」

    「っ、うう、っ!」

    両手で顔を覆って縮こまる姿にトレーナーは思わず笑ってしまう

    「かわいすぎるよ、シュヴァル」

    「も、もう、からかわないでください!」

    でも顔を少しだけ上げて小さく、でも確かに微笑んでみせた

  • 4二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:16:11

    そして、岩陰

    「あれ、トレっち生きてる?」

    「たぶんギリギリ」

    クラウンがふふっと笑い、ヴィブロスが団扇でぱたぱたと風を送る

    「シュヴァち、あれはもう告白どころか押し倒す寸前だったぞ~?」

    「でも、すごく頑張ってた」

    潮風に吹かれながら、ふたりはそっと見守るように海の向こうを眺めていた

    「夏って、すごいね」

    「うん。恋も、勇気も、輝くから」

    どこまでも続く青に、今日という一日が、やさしく溶けていった

  • 5二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:17:11

    午後の陽射しが少し傾き始めたころ。海から戻ったシュヴァルグランは砂浜の木陰に敷かれたタオルの上で、まだ落ち着かない表情をしていた

    「あんなに近づくなんて、僕」

    唇に触れる指先がほんのり震える。頬はまだ火照っていて、目も合わせられない

    だけど、それ以上に

    「嬉しかった、です」

    その言葉をぽつりと漏らしたとき、すぐ隣で座っていたトレーナーがちらりと彼女を見やった

    「ありがとう。あんなふうに言ってくれたの、初めてだったから」

    「わ、忘れてください。やっぱり、さっきのナシに!」

    顔を真っ赤にしてうつ伏せになろうとしたところで、ふいに手首を掴まれた

    彼の手が、彼女の手をそっと包む

    「ナシになんか、できないよ」

    その言葉に心臓が跳ねた。自分の気持ちをちゃんと受け止めてもらえた。ちゃんと届いていた。その事実が胸の奥にじんわりと熱を広げていく

  • 6二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:18:12

    「僕、うまく笑えなかったかもしれないけどそれでも、トレーナーさんが見てくれて、認めてくれて、それが嬉しくて」

    「うん。ちゃんと見てたよ」

    まっすぐな声。優しくて、でも芯が通っていて。彼のその声を聞くだけで、心が揺れる

    ふたりの間に穏やかな沈黙が落ちる。波音と遠くで仲間たちが笑う声。まるで世界が少しだけ柔らかくなったみたいだった

    「……ねぇ、トレーナーさん」

    「ん?」

    「手、つないだまま、少し歩きませんか?」

    思いがけない提案に、彼は少し目を丸くする。でもすぐに、頷いた。

    「いいよ」

    ふたりは裸足のまま、浜辺を歩いた。時折、寄せては返す波が足元を洗う。手のひらに伝わる温もりが心まであたためてくれる

    「僕、昔から自信がなくて。比べちゃうんです、他の子と。でも今日、ちゃんと向き合えてよかった」

    「自信持っていいと思う。今日の君はすごく素敵だった」

    「ほんとに?」

    「うん。たぶん、誰よりも、眩しかった」

    その言葉に、思わずうつむきそうになって、でもぐっと顔を上げた

  • 7二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:19:13

    「そっちこそ、照れさせようとしてません?」

    「バレた?」

    「でも、嬉しいです」

    小さく笑うシュヴァルグランにトレーナーも微笑みを返す。ふたりの影が夕陽に照らされて長く伸びる。その間を、穏やかな波が静かに流れていた

    その少し後ろ

    「お、並んで歩いてるー」

    「あらあら、手までつないじゃって」

    ヴィブロスとサトノクラウンが、ひそやかに木陰から覗いていた

    「ねぇクラウン、これもう見守りとかじゃなくてただの親心ってやつじゃない?」

    「そうね。でもこんなシュヴァル、初めて見たもの。ちょっと感動しちゃったわ」

    「トレっち、どこまで耐えられるかしらね」

    「ふふ、いい勝負になると思うわ」

    ふたりは満足そうに顔を見合わせ砂浜に背を預ける。きっと、あのふたりはもう大丈夫。そう思える何かが、そこにあった

  • 8二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:20:16

    静かな波の音が絶え間なく耳に届く。昼間の喧騒が嘘のように消えた夜の浜辺は、月の光だけが白く砂を照らしていた。合宿所の明かりも遠く、誰もいない海辺。涼しい風が頬を撫でる

    「やっぱり夜の海って、少し怖いですね」

    並んで座るシュヴァルグランがそう呟いて小さく身を寄せてくる。彼女の肩がそっと触れた

    「でも、こうしてると、ちょっと落ち着くかも」

    「そっか」

    トレーナーは苦笑しながら波打ち際へと視線を向けた。昼間はあんなに輝いていた海も、今は静けさに包まれ、時折、月明かりが波間にきらめいている。その輝きをふたりで黙って見つめていた

    「さっきから、ずっと静かですね」

    「君が隣にいると、なんか、言葉がいらない感じがしてさ」

    不器用に紡がれた言葉。けれど、その言い方が、妙に嬉しくて

    「それって褒め言葉、ですよね?」

    「もちろん」

    にこりと笑うシュヴァルの顔が月明かりに照らされて、幻想的に美しかった。その笑みを見たトレーナーが、一瞬言葉を飲み込む。いつもなら絶対に言えないようなことが、夜の空気に背中を押されて、そっと口をついて出た

  • 9二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:21:17

    「今日の君、ほんとに綺麗だったよ」

    「……っ、また、言うんですか」

    「何度でもって言ったろ?」

    「ずるい」

    けれど、うつむきながらも彼女の頬は照れくさそうに緩んでいた。波音の合間、心臓の音だけが、ふたりの間に響く

    「今日は、色んな自分に出会えました」

    「ん?」

    「自信のない僕も、ちょっとだけ勇気を出した僕も、びっくりするくらい大胆になった僕も……全部、見られちゃった」

    少しだけ寂しげに、けれどどこか満ち足りたように彼女は笑う

    「……でも、それでも見てくれたから、よかったです」

    「全部、君の一部だから。見られてよかったとかじゃなくて、見せてくれてありがとう」

    「……はい」

    言葉が胸にしみる。もう何も言わなくても、つながっている。そう思える、確かな時間だった

    ふいに、シュヴァルグランが立ち上がった。トレーナーの手を引いて波打ち際まで歩く

  • 10二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:22:19

    「……冷たっ」

    足元に波が触れて、思わず声を漏らす。そんな彼を見て、彼女はくすっと笑った

    「ちょっとだけ、歩きませんか? 夜の海、一緒に」

    手をつなぎ、波の上を歩くふたりの影が、月明かりの下で揺れていた

    しばらく歩いたあと、ふたりは再び腰を下ろした。少し離れた岩の陰。潮風に髪がなびく

    「トレーナーさん」

    「ん?」

    「さっきは、僕が告白しましたけど」

    「うん」

    「今度は、そっちからも、ください」

  • 11二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:23:19

    そう言って、彼女は彼の方を真っ直ぐに見る。拒まない。誤魔化さない。ただ、心だけで受け止めてほしいと願うような瞳。トレーナーは、そっと息を吸い込んだ

    「俺も、君のことが好きだよ。誰よりもずっと前から」

    それだけで、シュヴァルグランの肩が、ふるりと震えた。そして

    「……っ、ずるいです」

    そのまま彼の肩に、そっと額を預ける

    「今のは、しばらく胸の中で繰り返して、ひとりでにやにやします」

    「それは、俺もちょっと恥ずかしいな」

    「ふふっ」

    月と波の音が、ふたりを包み込む。その夜、浜辺にふたつだけ残った足跡が潮にさらわれるまでふたりはそのまま、寄り添っていた

  • 12二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:24:21

    終了です

    水着シュヴァルグラン、あれは反則級に可愛いですよね

  • 13二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:38:19

    嗚呼~^好也~^

  • 14二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 20:44:08

    >>13

    読んでくださってありがとうございます。そう感じてもらえて幸せです

  • 15二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 21:20:18

    何を言っても野暮になりそうだから♡だけ押すね…

  • 16二次元好きの匿名さん25/08/05(火) 21:37:59

    >>15

    ♡だけでも十分伝わってます!ありがとうございます

  • 17二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 02:51:39

    とてもよい…(語彙力不足)

  • 18二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 06:54:09

    >>17

    “とてもよい”だけで、十分すぎるくらい気持ち伝わりました!

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