(SS注意)ハンディファン

  • 1二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:05:14

    「トレーナーさんがお持ちのそれは、何なのでしょうか?」

     昼下がりのトレーナー室。
     ミーティングを終えた私は、トレーナーさんから感じた異風について尋ねてみた。
     きょとんとした表情を浮かべる彼の手には、花風なデザインの小柄な機械。
     手持ち用のスティックと、その先端へ横向きに着けられた円柱で、マイクのようにも見える。
     やがて、私の視線に気づいたのか、彼は口元に緑風を吹かせながら言葉を届けてくれた。

    「ああ、これはハンディファンだよ」
    「はんでぃふぁん」
    「……知らないか、手持ちの扇風機だよ」

     苦笑いを浮かべるトレーナーさんの言葉を聞いて、その機材から至軽風が流れていることに気づいた。
     ふと、クラスメートの子が同じようなものを持っていたことを思い出す。
     私の知らない夏の風物詩のようなものかと考えていたけれど、まさか、そんな道具だったとは。
     予想外の新風を目の当たりにして、ついつい、じっと見つめてしまう。
     
    「…………気になる?」

     突風を食らったような表情を浮かべながら、トレーナーさんは問いかけてきた。
     そのくらい、私が珍風な顔をしていたのだろう。
     そんな顔を彼の前で晒していたのだと気づいて、頬に温風が走ってしまう。

  • 2二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:06:42

    「ゼファーが人工の風が苦手なのは知ってるけど、試すだけ試してみたら?」
    「い、いえ、それはトレーナーさんの物ですし、私が使うだなんて、そんな」
    「そこまで仰々しいものではないと思うけど…………まあ、それだったら風だけでも、ほら」
    「あっ……」

     トレーナーさんは困ったように微笑みながら、ハンディファンをこちらへと向けてくれた。
     ふわりと、私の顔を撫でる、柔らかな和風。
     さやさやと前髪を揺らす、ほどほどの風勢。
     その風向きは、私が欲しいをしているところへと、丁度良く当てられていく。
     肩の力が自然と抜けて、ほっと安堵のため息をついて、ついつい口元が綻んで────。

    「ゼファー、すごく気持ち良さそうな顔してるね」
    「……ッ!」

     悪戯っぽい響きを含んだ、トレーナーさんの風声。
     ハッと我に返った私は、熱風吹き荒れる顔を慌てて引き締めた。
     やがて、彼の前でだらしのない表情を晒していたという事実が、胸の中で嵐となって吹き返す。
     その羞恥に耐えきれなくなった私は、ぽそりと唇を尖らせながら呟いた。

    「…………今日のトレーナーさんは、悪風です」
    「あはは、でも意外と悪くはなかったでしょ?」
    「そう、ですね」

  • 3二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:07:24

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  • 4二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:08:05

     その言葉には、こくりと頷く。
     機械が巻き起こす、作られた風。
     それは自然が織り成すまことの風とは、比較にならないだろうと思っていた。
     実際、全身で浴びる清風に比べ物足りなさはあれど────これもまた、いせち。
     ……ただ。

    「俺も半信半疑だったんだけど、使ってみるとなかなか良い感じでね」
    「……」

     自らに風を向けて、心地良さそうに目を細めるトレーナーさん。
     そんな彼の姿を見て、どういう風の吹き回しかあなじを感じてしまうのだった。

  • 5二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:08:55

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  • 6二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:09:23

    「ふん……ふふん……♪」

     今日も今日とて、ひかたを求めて飛絮となって。
     ふわりふわりと歩き回っていると、気が付けば、いつもの場所へとたどり着いてしまう。

    「ふふ、ついつい、この恵風に誘われてしまいますね」

     目の前には、トレーナー室の扉。
     どんなつむじに巻き込まれても、どんな強風に飛ばされても、最後にはここで留まることとなる。
     くるくるさんやひーよさんが私の耳でお休みするように、私にとっての憩いの場所が彼の下なのだろう。
     心の中に花信風を感じながら、私は扉を開ける。

    「あら?」

     しかし、部屋の中はシンと凪いでいた。
     戸風は素通りになっていて、デスクの上は台風の後のようになっている。
     一時的に出かけているのかもしれない、だとしても、少し不用心ではあるけれど。

    「……あれは」

     ふと、デスクの上にとある物を見つける。
     手持ち用の小さなスティックに、その先端に付いた小さな球体。
     それは以前、トレーナーさんに向けてしなとを吹かせていた、ハンディファンだった。
     一瞬、私の心が時化る。

  • 7二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:10:05

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  • 8二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:10:34

    「…………」

     無言のままデスクへと近づいて、ハンディファンを手に取る。
     近くで見てみると、使い込んでいることを感じられる風跡がちらほらと見受けられた。
     きっと、トレーナーさんは夏の間、ずっとこのハンディファンを使ってきたのだろう。
     このハンディファンは、トレーナーさんに対して、ずっと東風を送り続けてきただろう。
     彼の傍には────私というそよ風が、居るというのに。

    「……ッ! 私ったら、何を考えて……?」

     それはあまりにも、見当違いの狂風だった。
     これは、あくまで便風。
     誰もが気軽に持ち歩くことが出来る、便利な道具に過ぎない。
     むしろ、この異様ともいえる炎風の中、トレーナーさんの体調を支えてくれる恩人と言っても良い。
     それにもかかわらず、まるで八つ当たりのような仇の風を吹かせるだなんて。

    「……少し、浚いの風を浴びましょうか」

     ため息一つ。
     私はハンディファンを色んな方向から眺めて、スイッチらしくものを見つけ出す。
     荒ぶる波風も、静穏となれば少しくらいは落ち着いてくれるはず。
     そんなことを考えながら、私はハンディファンのスイッチを入れる。
     小さなモーター音を響かせながら発生する風が、ふわりと髪を持ち上げる、のだけれど。

  • 9二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:11:08

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  • 10二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:11:37

    「…………?」

     思わず、首を傾げてしまう。
     たま風が桜の花びらを散らすような、確かな違和感。
     この風は、以前に浴びた軟風とは全くの別物だった。
     あの時のような穏やかな心地も、ひだまりのような優しさも感じられない、ただの風だった。
     おかしい、あの時は、あんなにも凱風を感じられたというのに────。

    「あっ…………ふふ、そうですか、そうだったんですね」

     そして私は、あまりにも遅風な思い違いに気づいた。
     このハンディファンだから、好風を感じられたのではない。
     トレーナーさんが使うハンディファンだからこそ、好風に感じることが出来た。
     そう思った瞬間から、木枯らしのように思えた風が、少しだけ爽やかなものへと変わったような気がする。
     道具は使い手次第、ということなのだろう。
     
    「なら、トレーナーさんへ向けてあげれば、私の香風を感じてもらいことも……ん、これは……?」

     光風に誘われて、じっと顔を近づけて独り言をしていると自らの声が震えていることに気づいた。
     ……そういえば小さな頃、夏になると弟が扇風機の前で、風音を響かせていた気がする。
     私はまだ病弱だったので、あまり近づかないで風見をしていただけだったのだけれど。
     確か、好きだったアニメの物真似をしていて、こう、だったかしら。

  • 11二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:11:41

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  • 12二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:11:56

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  • 13二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:12:23

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  • 14二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:12:41

    「ワレワレハウチュウジンダー……なーんて」

     エコーのかかった声。
     少しおかしくて、少し恥ずかしくて、少し懐かしくて。
     私は思わず、顔を綻ばしてしまった。

    「…………ぷっ……くくっ…………ふふふ……!」

     刹那────私の背筋を、凍り付くような雪風が襲った。
     後ろから聞こえてくる吹き出すような笑い声に、私は慌てて振り向く。
     すると、部屋の端に置かれている長椅子から、バツの悪そうな表情のトレーナーさんが起き上がった。

    「ごっ、ごめん、盗み見するつもりはなかったんだけど……でも、それはちょっと、予想外だったな……ふふ」

     笑いを堪えながら言葉を紡ぐトレーナーさんに、またしても私の頬は風炎に焼かれるのだった。

  • 15二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:13:25

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  • 16二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:13:41

    「ハンディファンをまじまじ見ている辺りで起きてはいたんだけど、声かけるタイミングがなくて」
    「……」
    「さやさやしているのを邪魔するのもなーって思ってたら、その、急にアレが始まったから」
    「…………」
    「…………えっと、上手いと思ったし、可愛かったよ?」
    「…………っ」

     トレーナーさんが寝ていた長椅子に、二人並んで座る。
     彼の言葉にぴくりと反応してしまうものの、私はそっぽを向いたまま。
     頭の中が大嵐、というわけではない。
     痴態を彼に見られたことがあまりにも陰風で、合わせる顔がないだけだった。
     やがて、ちらりと様子を覗き見ると、彼は困り果てたような表情を浮かべていた。
     そんな彼の背中を、私は尻尾でふぁさふぁさと撫でながら、すっとハンディファンを差し出す。

    「……了解」

     何かを察したように返事をして、トレーナーさんはハンディファンを受け取るとすぐにスイッチを入れる。
     小さなモーター音が聞こえてきたかと思うと────ぴゅうっと涼風が、私の頬を優しく撫でた。
     少しずつ角度を変えながら、心地良いところをピンポイントに吹き抜ける瑞風。
     先ほどまでとはまるで違う彼のいぶきに、私はあっと言う間に、とろんと蕩けさせられてしまう。

  • 17二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:14:33

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  • 18二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:14:50

    「気持ち良い?」
    「……はい」

     こくりと、素直に頷いてしまう。
     春風に浸っている間は、誤魔化すことなんて出来なかったから。
     むしろ、耳をぴこぴこと物欲しそうに動かして、トレーナーさんへと催促をしてしまう。

    「この辺り、かな?」

     するとトレーナーさんはすぐさま、耳元へと金風を送ってくれた。
     ほんのりと温まっていた耳が風に冷やされ、おぼせを感じてまた暖かくなっていく。
     まさしくそれは饗の風、満足感に心が満たされて、頬が緩んで、脱力が進んで、身体を傾けさせてしまった。

     そして、そのまま────こてんと、頭をトレーナーさんの肩先に預ける。

     吹き抜ける天つ風、鼻腔をくするぐ薫風、肩先から感じる温もりはひよりひより。
     私はおもむろに、彼の服の袖をきゅっと掴む。
     そして上目遣いでじっと見つめながら、一つのお願いを口に舌。

    「……時つ風が吹いた時で構いません、また、していただけませんか?」
    「このくらいのことなら、いつだって構わないよ」

     トレーナーさんからの風招き。
     自由気ままな風であろうとも、それにはとても、逆らえない。

    「…………えへへ」

     私は口元を緩めると、甘えるようにすりすりと顔をすり寄せてしまうのだった。

  • 19二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:15:58

    お わ り
    昨今暑いですね

  • 20二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:16:06

    このレスは削除されています

  • 21二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:17:03

    人工的な風嫌いなのに好感持つのは誰の手によってなのかに気づいた後のやり取りが良かった

  • 22二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:18:52

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  • 23二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:29:05

    ゼファーは尻尾ハグの意味知らないとか興味の薄いものは知らないこともそこそこある印象だけどな
    一度わかればちゃんと理解してる描写もあるからSS的にも問題なく読める
    意見を汲むなら名前は知ってても実物は見たことないくらいの塩梅にするとかは
    できたかもしれないけどそこらへんは誤差レベルだと思う

    なんにせよマイペースに見えて意外とかわいいところのあるゼファーが見れて
    とてもよかったと思うよ

  • 24二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 01:30:08

    これは凱風ですね…
    それでいてそよ風のように爽やかで…心地よい

  • 25二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 08:13:38

    本当にちょっと面倒で可愛い子だよ

スレッドは8/6 18:13頃に落ちます

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