【SS・閲注】蠱惑の花束

  • 1 25/08/06(水) 02:47:23

    もしも博愛精神に溢れ、聖人がごとき優しさを持つ清楚な娘が好きな人だけに対してドロドロな感情を抱いていたら?
    という実装前にしか出来ない妄想を垂れ流す。

  • 2 25/08/06(水) 02:48:25

     休日のトレセン学園は静かだ。
     教室の喧騒も、走路の掛け声もいつもより小さい。俺はと言えば、そんな静寂の中で一人デスクに向かっていた。

    「次はドリームトロフィーリーグの相手について纏めあげて――……あー、しまったな。明後日期限の書類まだ作ってなかった。危ない危ない……」

     仕事に打ち込む理由は簡単で……つまりは気を紛らわせたいだけだ。

     二週間前のことが、まだ尾を引いていた。
     マッチングアプリで何度か会って、お茶して、ようやく向こうから「今度、おうちに行ってもいいですか」なんて言ってくれた女性。
     けれどその数日後、「すみません、やっぱり違いました」と言われた。

     理由を聞けば――『男らしくない』と言われた。
     『部屋に花が沢山あって女々しい』なんて言葉もあったかもしれない。

     言い訳はした。花は好きで飾ってるし、机の上に置いてあるポプリは担当からもらったものだと。
     でも、彼女はもう“無し”を決めた後だった。

     昨日、次にマッチした人とお茶に行った。話は弾んだけど、正直心ここにあらずだった。
     思い出せるのは、ほんのかすかな香水の香り。……今思えば――“あれも違った”。

  • 3 25/08/06(水) 02:49:31

    「はぁ〜……」

     ヘッドレストに頭を預けて深く息を吐く。

     ……なんだってこんなにも引きずっているのだろうか。
     付き合っていた訳でもない。相手のことを本気で好いていたわけでもない。“匂い”だって違う。
     だというのに、今もあの時言われた『男らしくない』という言葉が頭の中でグルグル流れて止まない。

     ……段々と腹が立ってきた。

     だいたい男らしさとはなんだ。あの時割り勘ではなく、こちらが全部出せば良かったのだろうか。
     そんな金を出すくらいなら全て担当のために使っている。
     母だってそうだ、『そろそろ身を固めろ』と執拗い。電話しても帰省しても、常にそれだ。

    「ま、早く孫の顔が見たいのだろうけど。匂いの好みだけはどうしてもな」

     深くを息を吸うと、あの子が作ってくれたポプラのいい匂いが肺いっぱいに広がって、昂った気が幾分か落ち着いた。

     その折。

     こん、こん、とトレーナー室のドアがノックされる。この力加減、ノックの間隔は恐らく――。

    「ブーケか? どうぞ」
    「――失礼します」

     聞き馴染みのある柔らかな声と共に、扉がゆっくりと開いた。
     心地よい花々の香りが先に部屋へと入り込んでから少し遅れて姿を現したのは、他でもない俺の担当バである――カレンブーケドールだ。
     「お休みの日にごめんなさい」と言って後ろ手に扉を閉める彼女はいつもと変わらぬ制服姿。
     それぞれの手に籠を持っていた。

  • 4 25/08/06(水) 02:50:35

    「どうしたんだ? 今日は特に予定を入れてなかったはずだけど……」
    「ええと、その――窓からいらっしゃるのが見えたので」
    「あぁ、なるほど。ゴメンね、心配かけちゃったかな」

     彼女に限って“お花の水やりを忘れた”なんてことはまず、ない。
     きっと俺が忙しいと踏んで手伝いに来てくれたのだろう。

    「いえ、私も――お花の様子を見たかったので」

     ブーケは微笑んだまま、俺の前まで歩いてきて、机の隅に籠を置く。

  • 5 25/08/06(水) 02:51:38

    「でも……そうですね。やはり心配です。先週あたりからずっと――思い悩んでそうでしたので」
    「……見てたのか」

     やはり、人一倍優しすぎる彼女にはお見通しだったようだ。心配をかけないよう、できるだけ上手く取り繕っていたつもりだったんだけど……。

    「今日仕事をしているのも……何か考え事があってのことですよね」
    「いや、まぁ……」
    「……私でよければ、相談に乗りますよ。お力になれるか分かりませんが……」
    「ありがとう。でも大丈夫。これは俺の……ちょっと下世話な話だし、教え子に話すような事でもないからね」
    「そうですか……なら――」

     渋々といった様子で引いたブーケは、代わりとばかりに籠から一つ大きなガラス瓶を取り出して、デスクの上に置いた。
     中には色とりどりのドライフラワーが、幾層にも重なっている。

    「これは……ポプリか?」
    「ええ。ポプリの入れ替えもそろそろかな、と。……香り、薄くなってきていたでしょう?」

  • 6 25/08/06(水) 02:52:48

     デスク隅に置いてある古いポプリを見る。確かに、香りは随分と弱くなっていた。
     ……俺自身、最近どこか物足りなさを感じていたのも確かだ。

    「助かるよ。正直、最近これがないと落ち着かなくてさ。シャンプーとか、香水とか……同じような香りのものを探してみたんだけど、全然見つからないんだよな」
    「ふふっ、当然です。“貴方専用にブレンドした香り”ですから。……今度また家に伺いますね。あちらもそろそろ替え時ですから」
    「ああ、そういえば……悪いな、いつも甘えっぱなしで」
    「いいんですよ。私がしたくてしていることですから……横失礼しますね」

     古いポプリを退かし、敷き布ごと新しいものに置き替えるブーケ。その横顔はどこか嬉しそうで……。

    「――……」

     ふわりと甘い香りが漂う。
     香水ほど強くない、けれど確かに香る花やハーブの匂いが心地良い。温かくて穏やかで……まるで彼女自身の優しさを表すような――。

    「――そうだ、この匂いだ」

     いつも嗅いでいるのに、酷くそそられる。
     嗅ぎなれた香りのはずなのに。ずっと求めていたような。

    「……蓋を開けるのはこれから、ですよ? はい、どうぞ」

     促されて手を伸ばす。中に封じ込まれた花弁がわずかに揺れる。
     差し出されたガラス瓶を開けると、先に感じた“同じ”香りが部屋いっぱいに広がった。

     ――あれ? それでは先に香った花の香りはどこから?
     ふと彼女を見れば、可憐な鼻歌を唄いながら古いポプリに着いた埃を布巾で拭き取っている。

  • 7 25/08/06(水) 02:54:02

     もしかして、これは、ポプリの……ではない。けれどもポプリと同じ。
     まごう事なきカレンブーケドールの――。

     そこまで行き着いて、俺は目の前にあるガラス瓶の蓋を締めた。

    「……ブーケ」
    「はい?」
    「ちょっとだけ、休憩させてもらうね。少しだけ」

     言いながら、ソファに向かう。
     仕事に集中すると決めていたはずなのに、この空気じゃ無理だ。
     香りに包まれて、彼女の声を聞いて、何を悩んでいたのかさえ忘れてしまった。

    「ええ。……ご無理なさらず、どうぞ」


     その言葉に背中を押されるように、俺はソファに身を投げ出す。
     腰が深く沈む感触が気持ちいい。
     思っていたよりも疲れがたまっていたのかもしれない。

    「ンン〜」

     両手を上に、背をグッと伸ばすと背もたれがかすかに軋んだ。

  • 8 25/08/06(水) 02:55:11

    「これも……契約した時に入れたソファもそろそろ替え時かな」

     呟いて、欠伸を噛み殺す。
     そのとき。

    「――トレーナーさん」

     また、香る。
     視線を向けると、すぐ隣に、ブーケがそっと膝を揃えて座っていた。
     静かで、控えめで、それでいて当たり前と言わんばかりに。

    「どうぞ」

     そう言って彼女は自らの膝を、ぽんぽんと叩いて、コチラへ差し出すように傾けた。

     ――誘われている。

     グッと、理性が揺れたのが分かった。
     ……もう少しだけ、踏み込みたい。この子の優しさに甘えたい。
     そんな浅ましい欲求がふつふつと湧き上がってくるのを感じた。
     自分でも抑えきれないほどに膨れ上がる衝動に負け、俺は言う。

    「膝、借りるね」

     一瞬だけ、空気が揺れた気がした。
     けれど彼女は何も聞き返さず、ただ静かに脚を揃え、スカートの上に手を重ねた。

  • 9 25/08/06(水) 02:57:04

    「どうぞ。お好きなだけ、私の香りで満たされてください」

     その言葉は優しくて、けれどどこか、深いところを刺すような響きがあった。
     何かに“包まれる”というより、“囚われる”といった感覚に近い。

     だが、その感覚は――嫌じゃなかった。
     俺はゆっくりと身を預け、彼女の膝に頭を落とした。
     ハリがあって、温かくて。鍛え上げられているのに不思議と柔らかい。けどそれ以上に、どこか抗いようもない安心感があった。

    「……こうしてると、いろんなことがどうでもよくなるな」
    「はい。全部、忘れてください。――私の香りの中で」

     優しい声が耳に落ちてくる。
     撫でるような指先が、髪を梳いていく。
     人を惑わす深い花々の香りが鼻腔をくすぐる。
     まぶたが自然と重くなって、思考が徐々に沈んでいく。

     ――ああ、そうか。
     夢現の中、ふと気付く。

    「君はいつも……そうやって、俺を……」

     もう……なにも考えられない。
     もう少しだけ、この甘い花束に支配されていたかった。

     そうして虚ろになる視界の最中、最後に見た彼女の瞳は――どこか妖しい光を湛えていた。

    「おやすみなさい。――私の、私だけの……トレーナーさん」

  • 10 25/08/06(水) 02:59:56

    「初めて、ですね。――こうして弱みをさらけ出してくれるのは」

     ……私のトレーナーさんは、優しすぎる。

     彼は、私が持つどうしても変えられない“弱み”を受け入れてくれた。見守ってくれた。
     何度つまずいても、くたびれても、折れかけても……何度も励まして、支えてくれた。

    「あの盾……あれからもう、二年ですか」

     チラリと、棚に飾られた“盾”へ視線を送る。
     それは、天皇賞・春のもの。
     『ティアラ路線の子にとって、春の盾は遠い夢だ』――誰が言ったか知らないけれど。
     でも、私たちはその夢を、現実にした。何か……大きな“何か”を変えて。

     その隣に並ぶ、URAファイナルズ優勝トロフィー。
     あれは、私たちが重ねてきた日々の果てに手にしたもの。
     彼が、私をここまで連れてきてくれた証。

     ……でも、二人三脚は、もうすぐ終わる。
     わかっている。
     この四年の区切りの先に、“次”があることも。
     この人に、新しいウマ娘が必要になる日が来ることも。
     そして、トレーナーとしてだけじゃなく――ひとりの人間として、新しい未来を創っていかなければならないことも。

     それはきっと……花が枯れ、種を落とし、再び芽吹くのと同じ。終わりであり、始まり。

  • 11 25/08/06(水) 03:00:57

     ……少し前、私は気がつきました

     彼のジャケットから、見知らぬ“女の匂い”がすることに。
     私の知らない柔軟剤。私が選んでいない香り。

     ――私に向けられていた優しさが、他の誰かに向かっている。
     誰かに連れていかれてしまう。

     そんなの、嫌。

     だって――私を育ててくれたあの優しさは、彼しか注げないのだから。
     生まれた時から持っていた“弱さ”を、強みに変えてくれたのは、他でもない彼なのだから。

     だから私は、決めたんです。
     彼の優しさが誰かに手折られ、持っていかれてしまう前に――私が包んでしまおうって。

     自覚してますか?
     この香りが、どれだけあなたの心に残っているのか。
     どれだけ、あなたの生活の中に入り込んでいるのか。
     誰の香りが、あなたの“日常”になってしまったのか。
     誰の声で、落ち着くようになってしまったのか。

  • 12 25/08/06(水) 03:03:35

     ……柔らかな髪を梳いて、頬を静かに撫でる。

     ――この数年間で作り上げたリボンは、今ようやく完成しました。

     この香りは、あなたを縛り、束ねるリボン。
     先に置いたポプリも、さりげなく肩に擦り付けてきた匂いも、今この瞬間あなたの髪につけた香りも――、
     ぜんぶ、私と同じ、私だけのブレンド。

     だから安心してください、トレーナーさん。
     新しい子が来たって、他の匂いが混ざったって、あなたの中には、もう私の香りが根を張っている。

     それはどんなリボンより強くて優しい拘束。
     誰にもほどけない、私だけの結び目。

     上体を屈めて、頬に一つ唇を落としてから耳元で囁く。

    「起きたら一緒にお弁当を食べましょう。……ね、トレーナーさん」

     今度は口から、耳から、少しずつ……。新たなリボンを結び終えるまで。あと少し。

  • 13 25/08/06(水) 03:10:43

    終わり

  • 14二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 03:29:44

    や、ヤンデレ気味な独占欲…?
    たまにはこういうのも良かろう

  • 15二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 09:33:58

    こわかわいい

  • 16二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 09:41:58

    なぜカレンブーケドールはトレーナーを絡めとる姿が似合ってしまうのか
    食虫植物のように甘い香りを放って、知らず知らずのうちに飛び込んで行くよう仕向けるのが良く似合うのか…

  • 17二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 17:30:55

    どこからか醸し出されるファム・ファタール感

  • 18 25/08/06(水) 21:18:22

    サポカのカレンブーケドールの喋り方って特徴的だよね。
    ――がよく入ってる。

  • 19二次元好きの匿名さん25/08/06(水) 21:29:02

    わるいこブーケちゃんゾクゾクしてしゅき……

  • 20二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 01:51:27

    >>18

    なんか含みがありそうだよね

  • 21 25/08/07(木) 03:54:45

    無意識にトレーナーを誘うタイプと意識的にトレーナーを惑わすタイプ、どちらも捨て難い。

  • 22二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 07:01:05

    いいねぇ…

  • 23二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 07:18:49

    朝から良いものが読めたよ
    ありがとう

  • 24二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 11:24:11

    >>21

    最初のうちは無意識だったが「気がついた」ときより先は意識してやっている……というのも良き

  • 25 25/08/07(木) 13:22:37

    近頃はウマ娘側の男性観が破壊される妄想が多いけど、ことカレンブーケドールのコンビに関してはトレーナー側が女性観をバキバキにされて欲しい。

    今後担当が出来ても、お見合いの機会が生まれても、ちょっとした仕草とか、匂いとか、料理とか、どうしても頭の片隅でカレンブーケドールと比べてしまうんだ。

    教え子という障壁ではもうどうしようもないくらい焼き尽くされてて欲しい。

  • 26 25/08/07(木) 17:54:25

    ここからトレーナーがスパダリとして一転攻勢するのもあり。アプリで実装されたらトレーナーはどんなタイプになるんだろ

  • 27二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:28:29

    どうしてブーケちゃんのSSはこんなに「癖」が強いものが多いんですか?(現場猫)

  • 28二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 20:58:09

    カレンブーケドールが担当トレーナーを銀の庭に閉じ込めた!?
    これからどうなるのか気になりますね…
    秩序が勝つのか、欲望が勝つのか…?

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています