【SS】 「触れたのは海か、君か」

  • 1二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:45:02

    リゾート施設の片隅、淡く朱に染まる砂浜。
    波打ち際を歩くドゥラメンテの背中が、まるで迷いの中にいるように見えた。
    一歩、また一歩。足跡は潮にさらわれて消えていく。

    「……ドゥラ」

    俺が声をかけると、彼女はほんの少しだけ振り返った。

    「……トレーナーか」

    乾いた風が頬を撫でる。日中の熱気が嘘のように引いて、今は涼しい潮風だけが吹いている。

    「どうした? みんな帰り支度してる。君がいなくて探してたんだよ」

    「……そっか。すまない、少しだけ、一人になりたかったんだ」

    彼女の声は静かだったが、どこか自分を押し殺しているようで。

    「ずっと……君のことを見ていたんだ。今日一日中、ずっと」

    そう言って、ドゥラメンテは少しだけ俯いた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:46:05

    「トレーナー、私は……君に恋をしている。もうずっと前から、気づいていた。でも言えなかった。君の隣にいることが当たり前で、それを壊すのが怖くて」

    俺は返す言葉を探していた。

    「だけど今日は、少しだけ期待したんだ。普段と違う私を見て、少しでも女の子として意識してもらえたらって」

    足元を打つ波の音が、彼女の沈黙を埋める。
    しばらくの沈黙のあと、ドゥラメンテは少しだけ笑った。

    「……馬鹿だよな、私」

    その笑顔に、耐えられなくなった。

    「違う、違うんだドゥラ……」

    「だったら、どうして目を逸らした!? ウォータースライダーも、バーベキューも、何度も君に近づこうとして……全部、避けられた」

    その瞳に涙がにじんでいる。
    夕陽のせいで赤く見えているのか、感情が高ぶっているからか。

    「……本当は、君が綺麗すぎて、目を逸らさずにいられなかったんだ」

    「……え?」

    「君の水着姿があまりにも眩しくて、まっすぐ見ることができなかった。だから逃げてしまった。担当としての節度を守ろうと、理性で距離を取ってしまったんだ。……でもそれが、君を傷つけていたなんて……」

  • 3二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:47:06

    俺はドゥラメンテの手を取る。

    「君を“ウマ娘”として大切にするあまり、君を“女性”として意識している自分を否定しようとしていた。けど、もう逃げない」

    「トレーナー……」

    「君を見て、胸が苦しくなるのは恋なんだと、今日気づいた。ドゥラ、俺は君が好きだ。担当ウマ娘としてじゃなくて、一人の女性として」

    その瞬間、ドゥラメンテの目が大きく見開かれ――そして、笑った。
    嬉しそうに、安心したように。まるで、長い旅路の果てにやっと辿り着いたように。

    「……ようやく言ってくれたな。遅いぞ、トレーナー」

    そう言って、彼女は俺の胸に飛び込んでくる。
    俺もその体をしっかりと受け止めた。

    「私がどれだけ寂しかったか、わかってるか?」

    「わかってる。本当にごめん。でも、もう離さない」

    「……なら責任、取ってもらうからな?」

    波の音。潮の匂い。沈みゆく夕陽。
    世界のすべてが静かに、ただ二人を祝福しているようだった。

  • 4二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:48:06

    「ドゥラ、今日の水着姿、本当に綺麗だったよ」

    「ふふ……ようやく言ってくれたな。じゃあもう一回、ちゃんと見てもらおうか」

    そう言って少し距離を取ると、ドゥラメンテはくるりと一回転して見せる。
    夕焼けの光を背に受けたその姿は、誰よりも眩しく、美しかった。

    「もう目、逸らすなよ? トレーナー」

    「……ああ、絶対に逸らさない」

    俺たちの鼓動は、まるで同じリズムを刻むように響いていた。

    日が沈み、ビーチには静けさが戻っていた。
    宿泊棟のテラスからは海のさざ波と、リゾートらしい柔らかなライトが、夜の景色に溶け込むように漂っている。

    「……本当に、風が気持ちいいな」

    「うん。昼の暑さが嘘みたいだ」

    ドゥラメンテと俺は、施設の屋外テラスにある小さなカフェスペースで並んで座っていた。
    軽く羽織を羽織った彼女は、それでも水着の上から透ける肌を隠しきれず、夕方に見た姿が頭から離れない。

    (……ああ、やっぱりまだ目を合わせるとドキッとしてしまう)

    そんな自分を悟られないようにと、俺はわざと空を見上げた。

  • 5二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:49:10

    「星、出てきたな」

    「……あぁ。夜の海って、こんなにも静かなんだな」

    波の音がリズムを刻むように響く。
    さっきまでのにぎやかさがまるで嘘のようで、今はただ二人だけの世界のようだった。

    「……トレーナー」

    「ん?」

    「さっきの話、嘘じゃないな?」

    「……どこから?」

    「全部」

    言葉に少しの間を置いたあと、俺は頷いた。

    「もちろん。本気だ。ドゥラが好きだ」

    「……ふふっ、そうか。なら――」

    ドゥラメンテは小さく笑い、俺の肩にもたれかかってきた。
    ほんの少しだけ彼女の体温を感じた気がして、心臓が跳ねる。

  • 6二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:50:12

    「……今夜は、このまま隣にいてくれるか?」

    その問いに、俺は何も言わずに、そっと彼女の手を握った。
    重ねた手のひらから、鼓動が伝わる。お互いの心が、互いを感じていた。

    「でも……ちょっと怖いな」

    「何が?」

    「こうやって恋人みたいなことをして、明日になったら全部夢だったって……そうなったらどうしようかと」

    その呟きに、俺は小さく息をついて――

    「夢じゃないって証拠、いるか?」

    「証拠?」

    「……ほら」

    少しだけ体を傾けて、彼女の髪を耳にかけ、顔を近づける。
    その距離、数センチ。もう逃げられない。
    彼女の瞳が驚きと戸惑いで揺れ、それでも、拒む気配はなかった。

    「……証明するよ。俺がどれだけ、君を想ってるか」

    唇が触れそうな距離で、囁いた。
    でも、触れなかった。ほんの一秒前で止めたのは、彼女の目が潤んでいたから。

  • 7二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:51:04

    「……トレーナー、ずるいな。そこで止めるなんて」

    「本気だからこそ、ちゃんと覚悟してもらいたい」

    「……じゃあ、私の方からも証明しないとな?」

    そう言って、彼女は静かに唇を寄せてきた。
    肌に感じる柔らかな温度と、波の音だけの世界。

    誰にも邪魔されない、夜の海と、ふたりだけの時間――

    「……トレーナー、これからは……」

    「うん、一緒に歩こう。今度はもう、隣じゃなくて“隣人”としてじゃなく、恋人として」

    「……ああ」

    ドゥラメンテは微笑み、俺の肩にもたれたまま、小さく息をついた。
    そのまま俺たちは、夜の風に包まれながら、何も言葉を交わさず静かに寄り添っていた。

    夏の夜はまだ、終わらない。

  • 8二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:52:08

    「……ん、朝か……」

    鳥のさえずりと遠くで波が砕ける音が、ぼんやりとした意識を引き戻していく。
    木の香りが心地よいリゾート施設の宿泊棟の一室。
    窓際のカーテンが風に揺れて、朝の光が差し込んでいた。

    「……あれ、ドゥラ……?」

    ふと隣を見ると、そこにはドゥラメンテの姿がなかった。

    (起きたのか……早いな)

    寝ぐせを手で押さえながらベッドから体を起こす。
    昨夜、あのあと部屋に戻って――

    いや、戻れなかった。
    戻る気がなかったと言ったほうが正しい。
    夜風に包まれたテラスのベンチで、ドゥラメンテと並んでうたた寝をしてしまい、そのままスタッフさんに見つかって、慌てて案内されたこの部屋に「一人ずつ」泊まることになった。

    (それでも、あの時間が夢じゃないことだけは確かだ)

    俺の唇に残る感触。
    ドゥラメンテが少し照れたように笑って「私のこと、好きだと言ったこと、忘れるなよ」と言った声。
    全部が、現実。

  • 9二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:53:04

    顔を洗ってロビーに向かうと、香ばしい匂いが漂っていた。
    朝食の準備が整っているようで、数人のウマ娘たちがすでにテラスのダイニングスペースに集まっている。

    「……あっ」

    その中に、すでに支度を整えたドゥラメンテの姿があった。
    白いリゾートワンピースに、麦わら帽子をかぶっている。
    海のそばの朝の光が彼女の黒髪をやわらかく照らしていて、まるで誰かの恋の完成形みたいだった。

    「おはよう、トレーナー」

    「お、おはよう……」

    彼女は何でもないように席を立ち、俺の方に歩み寄ってくる。
    周囲に何人もいるのに、彼女の視線は真っ直ぐに俺だけを射抜いていた。

    「……昨日のこと、覚えてるか?」

    「当然、忘れるわけないだろ」

    「ならよかった」

    ドゥラメンテは小さく笑い、俺の手をそっと握る

    (ああ、本当に――)

    彼女と迎えるこの夏の朝は、今までのどの景色よりも眩しく、美しかった。

  • 10二次元好きの匿名さん25/08/07(木) 19:54:05

    おしまい

  • 11二次元好きの匿名さん25/08/08(金) 02:37:21

    とてもかわいいです
    ありがとう

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