(SS注意)デュランダルは抜けない

  • 1二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:45:37

    「多分、この辺りだと思うんだけど」

     周囲をキョロキョロと見回しながら、独り言ちる。
     トレセン学園の片隅にある建物の裏側、という人の気配を感じられないロケーション。
     そんな場所へ、俺は担当ウマ娘から呼び出しを受けていた。
     正確に言えば、彼女の友人からそのことを伝えられたのだが、それはともかく。

    「────我が君ー! こちらですー! こちらですよ!」

     ふと、少し離れたところから、慣れ親しんだ彼女の声が聞こえて来る。
     とりあえず場所は正解だったようだ、とほっと一息。
     声が聞こえて来た方向へと歩いていくと、彼女はいた。
     満面の笑みを浮かべて、手を大きくぶんぶんと振りながら、こちらへ向かって声をかけている。
     そして俺と目が合ったことに気づいた彼女は、こほんと咳払いをした。

    「コホン……王よ、ご足労頂き誠に感謝致します、貴方のご到着を一日千秋の思いで待ち侘びていました」

     さらりと流れる金髪のポニーテール、凛々しい鋭さを備えた碧眼、右耳には赤い耳飾り。
     担当ウマ娘のデュランダルは、地面に埋まりながら背筋を正して、俺を出迎えてくれた。

  • 2二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:46:48

    「……うん?」

     おかしいな、視覚情報に何かしらのノイズが入った気がした。
     一旦、俺はデュランダルから目を逸らして、目をごしごしと擦ってみる。
     最近は参考書やレースの資料を読み機会が多かったから、目が疲れているのかもしれない。

    「……もしや、御気分が優れないのですか? あまりそう目を擦られるのは、宜しくないかと」
    「あっ、ああ、ごめんね、大丈夫だから」

     聞こえてくる、デュランダルの不安気な声。
     担当に心配をかけてはいけないな、自省しながら、俺は顔を上げて、改めて彼女と向き合う。
     目の前では────気遣うような表情を浮かべるデュランダルが、地面に埋まっている。
     
    「…………やっぱり見間違いじゃないのか」
    「どうかされましたか? まるで信じられないものを見ているかのような顔をされていますが」
    「どうかされましたか、はこっちの台詞だと思うなあ」

     不思議そうに首を傾げる、勝負服姿のデュランダル。
     そんな彼女の腰から下は、何故か深々と大地へ突き刺さっていた。
     あまりにも謎過ぎる状況に、言葉を出すことが出来ない。
     やがて、彼女は何かを察したようにハッとした顔となって、困ったような表情を浮かべた。

    「ああ、多少奇怪な姿で驚かれたかと思いますが」
    「多少……?」
    「ですが王よ、これは御身のために、必ずや成し遂げねばならぬことなのです」
    「…………わかった、とりあえず話を聞かせてね?」
    「承りました、ええ、ではどこから話せば宜しいでしょうか」
    「全部、一から全部お願い」
    「御意、では仰せの通りに────」

  • 3二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:48:14

     デュランダルは胸に手を当て誇らしげに背筋を伸ばすと、神妙な表情を浮かべた。
     ……彼女の様子を見る限り、冗談や悪戯の類というわけではなさそうである。
     良く気が付く彼女のことだ、こちらが気づいてない、何かしらの重要な意味が込められているのかもしれない。
     そう考え、俺は襟を正してしっかりと聞く姿勢を取った。

    「先日、私と我が君の出会い、そして忠誠を誓うまでの叙事詩を二時間ほどビリーヴさんへ語っていたのですが」
    「そっかあ」

     今度、ビリーヴへお詫びの品を渡さないと。
     そう考えていると、デュランダルは悔しそうに表情を歪めて、苦しげに言葉を続けた。

    「話を聞いた後、彼女は言ったのです……『お二人の出会いって、案外普通なんですね』、と……!」
    「そりゃあ、そうだよね」

     契約するトレーナーとウマ娘の出会いなんて、大体は決まっていた。
     模擬レースなどで彼女達の走りを見て、この子だと思った相手に対して、声をかける。
     勿論、ディティールの違いはいくらかあるかもしれないが、大まかな流れはそうなるはずだ。
     学園に来る前から出会っていたとか、学園と全く関係ない場所で助けてもらったとか、そういう運命的なのはまずあり得ない。
     しかし、どうやらそれはデュランダルにとって、お気に召さないようだ。

    「名君と呼ばれる王には、生誕時や忠臣との出会いなどに相応の伝説が付き物です」
    「まあ、確かに良く聞く話ではあるけどさ、でももう出会ってしまっているわけだし」
    「……ええ、いかに口惜しくとも、無かったことを歴史に刻むなど不届き千万といえましょう」
    「そうだね」
    「…………ただ、実際にあったことを時系列を無視して捻じ込むのは、ギリギリ許されるのではないかと」
    「それが許されるのは歴史小説だけだよ、デュランダル」

  • 4二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:49:38

     なんとなく、話が読めて来た。
     新人トレーナーとして舐められがちな俺の風聞に一種の箔付けをしたい、ということ。
     そして、そういう王と騎士の劇的なエピソードに、デュランダル自身が憧れを抱いている、ということだ。
     理由については理解は出来たが、それで何で彼女が地面に埋まることになったのかは理解出来ていない。
     屈んで視線を合わせながら話の続きを促すと、彼女はこくりと頷き────そして、目を輝かせた。

    「やはり、“王”と“聖剣”の伝説といえば“選定の剣”かと!」
    「ああ、うん、そういうことか」

     刺さった剣を引き抜いて王様になる────アーサー王の有名過ぎる伝承。
     その圧倒的なまでの知名度故に、現代においても様々な物語などでオマージュされている。
     “王”と“聖剣”の伝説というくくりであれば、これほどの定番は存在しないだろう。
     正直、デュランダルの話を聞いている最中、何となくそのことが脳裏に浮かんでいた。
     つまり、この状況で俺がする行動とは。

    「さあ我が君! 貴方の聖剣をその手で大地から引き抜いて、王の血筋を証明してください!」
    「血筋は一般家庭の出なんだけど……まあ、とりあえず、キミを抜けば良いのかな?
    「はい! 是非に!」

     耳をぴこぴこと動かしながら、少しだけ興奮気味に返事をするデュランダル。
     色々と言いたいことはあるが、何よりもまずは、彼女を地面から引き抜くのが先だろう。
     幸い今日は涼しくて過ごしやすい天気ではあるものの、ずっと地面に埋まっていて良いことなどはあるまい。
     というわけで、俺は彼女に手を伸ばすのだが。

  • 5二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:50:39

    「……腕を引っ張る感じで良い?」
    「それだとちょっと痛そうね…………えっと、腕の下に手を入れる感じにして頂いても良いでしょうか?」
    「わかった、じゃあ腕を少し上げてね」

     そう言うと、デュランダルは素直に両腕を少し上げてくれる。
     そうして空いた彼女の腋の下へと、俺はそっと手を差し入れた。
     手のひらに伝わってくるほんのりとした温もり、そしてびくんと跳ねるような感触。

    「んんっ」
    「……大丈夫? 痛かった?」
    「いっ、いえ、ちょっとだけくすぐったかっただけで……では王よ、そのまま抜いてください、ズボッっと!」
    「効果音はそれでいいの……?」

     多少の疑問を覚えながらも、ワクワクとした様子のデュランダルの視線からは逃げられない。
     とりあえず足の位置などを調整して、力を入れやすい体勢を整える。
     そして、猫や赤ちゃんを抱きあげる様子をイメージしながら、俺は立ち上がろうとした────のだが。

    「……あれ?」

     デュランダルは、抜けない。
     それどころかピクリとも動く様子を感じられなかった。
     これはもしかしたら、大分がっつり埋められているのかもしれない。
     今度は後ろに重心を傾け、両脚で踏ん張りを利かせ、倒れるのも覚悟で腕に力を入れた。
     うんところしょ、どっこいしょ、それでも、せいけんはぬけません。
     ────いや、そんなノスタルジーに浸っている場合ではない。

    「…………デュランダル、全然抜けないんだけど」
    「ええっ!?」

     デュランダルは驚愕と若干のショックを受けたような表情で、目を大きく見開いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:51:59

    「ふん……ぐぬぬ……ッ! ぷはぁ! ダッ、ダメです! 腕の力だけでは、どうにも……ッ」
    「キミの力でも無理か、困ったな」

     デュランダルは呼吸を荒げながら、悔しそうな表情を浮かべる。
     彼女自身の腕力で脱出を試みてもらったのだが、先程と同様、腰から下はぴくりとも動いてくれなかった。
     はてさてどうしたものか、と考えている内に、ふとした疑問が浮かぶ。

    「そもそも一人でこんな風に埋まるのって無理だよね、地面は舗装されたみたく水平一直線に固められてるし、こんなこと一体誰が協力を────あっ、ごめん、大体わかったから大丈夫だ、うん」

     脳裏に過るのはデュランダルの同室で、言付けだけして真っ直ぐ何処へと行ってしまったとあるウマ娘の姿。
     ……まあ、あの子だったら条件や状況次第で協力はするだろうし、これぐらいきっちりとした仕事をするのかな。

    「ど、どどどうしましょう、わがきみ~!?」
    「落ち着いてデュランダル、今、何とかする方法を考えてるから」

     自身が置かれている状況に気づいたデュランダルは、泣きそうな顔で助けを求めて来る。
     そんな彼女を落ち着かせるため、背中へと手を回してぽんぽんと軽く叩いてあげた。
     ……まあ考えるとは言ったものの、取れる手段はかなり限られている。
     ウマ娘である彼女の腕力でどうにもできない時点で、俺一人の力では引き抜いてあげることは出来ない。
     埋められている以上は掘り返せば良いのだが、カッチカチに固められた地面を道具も無しに掘るのは難しかった。
     結論からいえば────誰かしら助けを呼ぶか、掘り返すための道具を持ってくるしかないだろう。

    「スマホで……あっ、トレーナー室に置いてきちゃったな、デュランダルは?」
    「……申し訳ありません、私のスマホもロッカーの中に置いてある状態でして」
    「その勝負服だと入れておくスペースがないからね、仕方がない、ちょっと行って来るから待ってて」

  • 7二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:53:04

     幸い、季節は涼しい風が吹き抜ける秋真っ盛り。
     夏頃ならともかく、今の時期ならばしばらくこのままでも大丈夫だろう。
     彼女のメンツもある、まずは掘り返すのを試してみて、最終手段として人を呼ぶことにしよう。
     確かちょっと離れた場所に用具入れがあったはずだ、そう思考を巡らせながら立ち上がろうとした。
     しかし、それは阻止されてしまう。
     涙目でじっと見上げながら、俺の服の裾をぎゅっと掴むデュランダルの手によって。

    「……えっと」
    「わっ、私を置いて行っちゃうんですか、トレーナー殿ぉ……!」
    「いや、ここから離れないことにはどうしようもないから、ね?」

     下半身が地面に埋まって動けない状態で一人にされる不安は、きっと俺の想像以上なのだろう。
     可能ならばずっと寄り添ってあげたいところだが、それは彼女の救出を遅らせるだけにしかならない。
     そのことはデュランダルも理解しているのか、悩まし気な表情を浮かべながらこくりと頷いた。

    「……承知しました、ですが、離れる前にいくつか要望を聞いていただけないでしょうか?」
    「俺が出来ることなら」
    「有難き……ではまず、もし私がここで朽ち果ててしまった場合なのですが」
    「いきなり想定が重いんだけど」
    「この地に石碑を立ててください、『忠義の騎士、ここに眠る』と…………出来れば銅像も欲しいです」
    「……まあ善処するよ、他には?」

     何故か脳裏に渋谷の待ち合わせスポットが浮かんできたのだが、それは横に置いておく。
     俺が問いかけると、デュランダルは突然、かあっと恥ずかしげに頬を染めた。
     耳をぴこぴこと忙しなく動かしながら視線を彷徨わせて、やがて、俺の服を掴んでいた手を離す。
     そして、目を逸らしたまま両腕を広げて、ぽそりと呟いた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:54:07

    「…………抱擁を、してもらえませんか?」
    「えっ?」
    「我が君の温もりや匂いを残して頂ければ、5、6分は我慢できると、思いますので」
    「……わかった」

     色々と言いたいことはあったが、それは全て飲み込む。
     彼女を助けるために、彼女をまずは落ち着かせることが、何よりも大事なのだから。
     出来る限り体勢を低くして、俺はデュランダルの背中に、ゆっくりと優しく両手を回す。
     すると彼女も呼応するように、そっと俺の背中へと手を回して、そのままぎゅっと抱き着いて来た。
     ふわりと漂う甘い香りと土の匂い、服越しに感じる彼女の柔らかさと温もりと地面の固さ。

     ────そして、伝わってくる微かな震え。

     こんな状況だ、普段は騎士として凛々しく振舞う彼女とて、恐怖してしまうのも無理はない。
     レースで鋭い切れ味を見せる“聖剣”だって、一人の女の子なのだから。
     改めてそれを思い知らされた俺は、デュランダルの震えを抑え込むように、ぎゅっと強く抱き締める。
     すると、彼女の身体はぴくんと反応を示して、その震えを止める────ことなく、更に震えは強くなっていった。
     ……待って、これってもしかして、デュランダルの身体が震えてるというよりは足下、というか地面が揺れてるのでは。

    「……! はあああああっ! 大地の剣! オルデサ・イ・モンテ・ペルディードッッ!」

     そして、デュランダルがカッと目を見開き、技の名を叫んだ瞬間、大地がピシリとひび割れた。

  • 9二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:55:10

    「やりました! やりましたよ我が君ー! これが大地をも切り裂く、聖剣の切れ味ですっ!」
    「あっ、ああ、切れ味というか、重機みたいだったけど……というか、最初から自力で脱出出来たんじゃ」
    「何を仰るのですか! 王から賜りし寵愛によって忠誠心が膨張し、私に力を授けたのですから!」
    「……そっかあ」

     デュランダルは尻尾をぶんぶんと振り回しながら、満面の笑顔で浮かべている。
     言ってることの理屈はわからないが、その妙に自信に溢れた言葉には納得する他なかった。
     彼女は土に塗れた勝負服のまま、尻餅をついた俺へと抱き着き続けている。

     そして、瞳には────どこか、期待が込められているようなキラキラとした輝き。

     何故、そんな目で見て来るのかはわからない。
     わからないけれど、気が付けば俺は、彼女の頭に手を伸ばしていた。
     さらさらとした彼女の髪を撫でながら、微笑みを浮かべて言葉を伝える。

    「良く頑張ったねデュランダル、最後の技、すごい格好良かったよ」

     デュランダルはその言葉を聞いて、両耳をピンと立てる。
     そして幸せそうで誇らしげな表情を浮かべながら、ふにゃりと、口元を緩めた。

    「……えへへ」

     ぴょこぴょこと、催促するように耳を動かすデュランダル。
     俺はそんな彼女の期待に応えながら────学園の敷地内に作ってしまった大穴を、たづなさんにどう報告するかを考えるのだった。

  • 10二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:56:28

    お わ り
    フィギュア欲しいですよね

  • 11二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:57:44

    半分埋まったフィギュアが!?

  • 12二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 00:59:19

    フィギュアってこちらですか?

  • 13二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 01:00:59

    >>11

    黒ひげ危機一発かよ……

  • 14二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 02:17:40

    デュランダルの無邪気な喜びとトレーナーの優しい労いが温かく伝わってきました。二人の絆が自然に感じられて、とてもほっこりするお話でした。

  • 15125/08/10(日) 09:00:39

    >>11

    デュランダルは埋まっててもかわ格好いいからよ・・・

    >>12

    いいですよね・・・お値段も相応ですけけど

    >>14

    感想ありがとうございます

    そう言っていただけると幸いです

  • 16二次元好きの匿名さん25/08/10(日) 17:16:18

    これどうやって掘ったんだろう…
    ウインディちゃんあたりにてつだってもらった?

スレッドは8/11 03:16頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。