- 11/1325/08/11(月) 10:35:15
夕焼けが、世界のりんかくをぜんぶ、やさしいオレンジジュースに溶かしていく時間だった。トレーニングで火照った頬を、夕暮れの風がそっと撫でていく。
ライスとウララちゃんは、競技場にたくさんあるベンチのひとつに、ふたりで並んで座っていた。
ウララちゃんが隣にいる。ただそれだけのことで、ライスのこころがふっとゆるんでいく。
ウララちゃんは、どこから取り出したのかわからないくらい大きなニンジンを、ぽりぽり、と音を立てて食べている。
うさぎさんみたい、って思う。うさぎさんより、もっと元気な味がしそうな音。いのちの音がする。ウララちゃんが笑うと、ほんのすこし、光ってみえる。
ライスはウララちゃんの、そういうところが、いいなあって思う。
「……ウララちゃん、よかったら……どうぞ」
誰かにお菓子を差し出すときは、いつも声がふるえる。ラッピングしたちいさな袋を、ウララちゃんのほうに示す。
きのうの夜、こころをぜんぶそこに入れるみたいに、一生懸命に焼いたクッキー。
「……クッキーを、つくってみたの」
「ばらのかたち! きれい! ライスちゃんは天才だねっ!」
ウララちゃんは、きれいだねって言ったくせに、ライスが瞬きをするあいだにもうそれを口に入れて、もぐもぐしていた。
そして、世界でいちばんしあわせそうな顔で、おいし~! って。
その笑顔は、ライスの胸の奥にある、いつもじめじめしているちいさなお部屋に、ぱあっと窓をつくる。ひかりが、射し込んでくる。
「あした、お弁当も、がんばるから……」
「ほんと! やったー! わたしはおいしいおやつをちゃんと選んでくるよ!」
ライスちゃんのお菓子には、かなわないけど、とウララちゃんが笑う。
そんなことはないよと、ライスは照れながらうつむいてしまう。
ライスたちには、明日、おおきな公園にピクニックへいく約束があった。
明日を思う楽しさで、ライスのこころはあたたかく満たされるみたい。 - 22/1325/08/11(月) 10:36:24
「ふふ、ありがとう……。卵焼き、ウララちゃんは、甘いのが好き……だよね?」
「うん! 大好き! 明日が楽しみだね~!」
たのしみだね。うん、たのしみだよ。ライスのこころが、ライスのものじゃないみたいに、ふわふわとスキップしている。
ウララちゃんといると、ライスはすこしだけ、この世界での息のしかたがうまくなる気がした。
でも、こころの隅っこに、ずっと前から住み着いている、ちいさな雨雲みたいなかたまりが、ぽつりと声を落とす。
「……明日、晴れる、かなあ」
スマホの天気予報アプリは、太陽のマークのとなりに、遠慮がちに雲のマークをくっつけていた。信頼、できないかたち。
だいじな約束の日ほど、世界はすこしだけいじわるになることを、ライスは知っている。
だって、ライスが楽しみにすると、いつもなにかがこわれてしまうから。
そう思ったとき、ウララちゃんがライスの顔を、ぐっとのぞき込んできた。
彼女の瞳は、夕焼けのオレンジをぜんぶ吸い込んで、きらきらしていた。ビー玉みたい。ううん、もっときれいな、なにか。
「明日ね、すっごく楽しい日になるよ! わたしが、保証する!」
なんの根拠もないのに、でも、ウララちゃんが言うと、いつも、それは世界のほんとうのことみたいに聞こえる。どうしてだろう。
ふしぎに思うライスに、ウララちゃんは、ちいさな小指をそっと差し出した。
「約束!」
その指に、ライスは自分のおそるおそるからめる。ひんやりとしたライスの指に、ウララちゃんの体温がじんわりと移ってくる。
ウララちゃんが天気の何を約束しても、どうにかできるわけがないのに。
それでもライスの雨雲は、その熱に照らされて、すうっと晴れて。 - 33/1325/08/11(月) 10:38:21
「……うん」
ライスは、ウララちゃんみたいにきれいに光ることはできないけれど。
でも、ウララちゃんがおひさまなら、ライスは、そのひかりを反射して、すこしだけ月みたいに輝けるのかもしれない。
ふたりで並んで寮に帰る。ライスたちの影が地面のうえでひとつになって、それからふたつに分かれて、どこまでも長く伸びていた。
それはまるで、明日へ向かうための、やさしくて、頼りないレールみたいだった。このレールをたどっていけば、きっと、だいじょうぶ。
ウララちゃんの鼻歌が聞こえる。知らないお歌。でも、きっと、すごく、しあわせなお歌。
明日は、晴れる。
ライスは、それを信じてみたくなった。信じることは、いつも楽しいことばかりじゃないけれど。それでも。 - 44/1325/08/11(月) 10:39:24
夜のあいだ、ライスは何度もとなえて眠った。
ウララちゃんがくれた指切りの約束。でもその言葉は、朝の冷たい雨音にあっけなく溶かされて消えてしまった。
目が覚めたのは、世界のぜんぶが、ざあざあ、という音になったから。
窓の側に寄って外を見る。鉛色のおそら。きのうの夕焼けが嘘みたいに塗りつぶされて、雲に鎖ざされている。
雨は怒っているみたいに、ライスの部屋の窓ガラスを、たくさんの指で、ばんばん、って叩いてる。
どくどく、と心臓が鳴る。きのうの、ウララちゃんの「だいじょうぶ」が、ガラスみたいにぱりんと割れて、そのかけらがライスのこころに突き刺さる。痛い。
ライスはベッドに戻って、そのままお布団を頭のてっぺんまで、ぎゅっと引き上げて、世界とライスを切り離す。
まっくらやみ。しずかな場所。
でも、雨の音だけは聞こえる。ざあざあ。ざあざあ。それは、たくさんの知らない人たちが、ライスを責めているコーラスみたいだった。
きのう、ウララちゃんが開けてくれた窓は、もうどこにもなかった。 - 55/1325/08/11(月) 10:40:58
やっぱり、だめだったんだ。ライスが、ウララちゃんとのピクニックを、あんなに楽しみにしたから。
ライスが、幸せな明日を願ってしまったから。この雨は、やっぱりライスのせいなんだ。
ごめんね、ウララちゃん。ごめんね、おひさま。ごめんね、きのうのライス。
ライスは、鍵のかかった空っぽの箱になって、深い深い、水の底へ、どこまでも沈んでいきたいと思った。
もう、だれにも見つけられないように。ひかりが、届かないように。
でも、枕元のスマホが、ぶるぶる、と震える。ちいさな、けれど、無視してはいけない振動。
おそるおそる布団から手を出して、それをつかむ。
画面には、ひかり。「ウララちゃん」という文字。
『ホールでまってるね!』
短いメッセージ。いつもみたいに、元気な絵文字がたくさんついている。
行かなくちゃ。ちゃんと、ライスの口から、言わなくちゃ。「ごめんね」って。約束をこわしちゃったのは、ライスだから。
重たいからだを、ゆっくりと、起こした。 - 66/1325/08/11(月) 10:42:25
寮のホールへ行くと、ウララちゃんは大きな窓のそばに立って、外の雨を眺めていた。
ガラス窓を、雨粒がとめどなく、斜めに駆け下りていく。きのう、ウララちゃんと一緒に作ったあたたかい約束が、あの雫みたいに、みんな、流れていってしまう。
それがよりにもよって、ウララちゃんの目の前で流れていくのを見るのが、つらかった。
でも、ウララちゃんはライスに気づくと、「あ!」って顔をして、ぱあっと花が咲くみたいに笑って。
「ライスちゃん!おはよ~!」
「……おはよう、ウララちゃん……」
ライスの声は、雨の音に消えてしまいそうなくらい、ちいさかった。
「すごい雨だね~! これじゃあ、お外でお弁当は食べられないねっ。ピクニック、中止だ!」
あっけらかんとした、やさしい声。そのやさしさが、今は、ライスの胸に、ずしりと重たい。
喉の奥が、きゅうっ、てなる。ごめんねって言わなきゃいけないのに、ことばが出てこなくって。
ライスは、うつむくしかできなかった。 - 77/1325/08/11(月) 10:44:10
「……ごめん、ね」
やっとか細く絞り出せた、そんな声に、ウララちゃんはきょとんとした顔で、ライスの顔をのぞき込んだ。
「ライスちゃんは悪くないよ~!雨だもん! しょうがない、しょうがない!」
おひさまのやさしい言葉。明るい声。そのあたたかさが、今は、割れた破片みたいにライスに刺さる。
だって、ライスが、楽しみにしたせいだから。ライスが、ウララちゃんとの特別なしあわせを、願ってしまったから。
ライスはこれ以上返事をできない。もうウララちゃんという太陽を見ることができなかった。
ライスなんていう星は、最初からこの宇宙に存在しなかったんだって、そう思ってもらえればいい。そうすれば、もう誰も不幸にならない。
それなのに、ウララちゃんは――
「でも、わたしとライスちゃんが遊ぶのは、中止じゃないよ!」
――ウララちゃんはいつも、こうしてライスのドアをあっさりと開け放つんだ。 - 88/1325/08/11(月) 10:46:32
ウララちゃんはどこからか、ピクニックの道具みたいに、ふたりぶんのそれを持ってきた。
ライスには、黄色いレインコートと、空色の長靴。ひよこさんみたいでとても恥ずかしいけど、すこしだけ、かわいいと思う。
「これで、準備おっけー!」
そう笑うウララちゃんは、オレンジのレインコートと、緑色の長靴。ニンジンさん色のコーディネート。ウララちゃんに、よく似合っていた。
ウララちゃんに手を引かれて、誰もいない、雨に濡れたターフに踏み込む。緑の芝生が雨を吸って、いつもよりずっと濃い色に見える。
ざあざあ、という灰色の雨の世界に踏み入れて、ライスたちの長靴が、ぴちゃ、ぴちゃ、という音を立てる。
ウララちゃんは、大きな水たまりを見つけると、あたらしい遊びを見つけたみたいに、目をきらきらさせて。
「とお!」
掛け声といっしょに、水たまりの真ん中に、ばしゃーん! と飛び込む。レインコートのつるつるした生地で、すごい距離を滑っていく。
跳ねた水が、ライスの黄色いレインコートに飛沫となって降りかかる。
ライスは、ただびっくりして、開いた口がふさがらなかった。服が汚れるとか、風邪をひいちゃうとか、そういう、ライスを縛っているたくさんの「正しいこと」が、頭の中をぐるぐるする。
でもウララちゃんは、そんなこと、ひとつも気にしていないみたいだった。ずぶぬれの顔で、きゃはは、って笑っている。
その笑顔は、雨の中でも、やっぱり太陽みたいで。見ていると、ライスのこころをがんじがらめにしていたルールが、雨に溶けて、流れていってしまうみたいだった。 - 99/1325/08/11(月) 10:48:18
ライスも、おそるおそる、水たまりに、片足を入れた。
ぴちゃ、と、ちいさな音がした。長靴越しに、冷たい水の感触。でも、それは、ぜんぜん、嫌な感じじゃなかった。
「ふふ……」
笑い声が、もれちゃった。ウララちゃんがそれを見て、もっとうれしそうに笑った。
ライスたちは、それから、水たまりに飛び込んで、どっちが速く、どっちが遠くへ滑れるか、競争した。
べちゃっとターフにお尻をおろして座るウララちゃんが、おいでと手を広げる。そんな彼女めがけて滑走してぶつかって。受け止めてもらうようなじゃれ合いもした。
めちゃくちゃで、ばかみたいで、でも、ほんとうに、ほんとうに、楽しいと思ってしまったの。
――どれくらい、そうしていただろう。ふたりで笑い疲れて、どちらからともなく、濡れたターフの上に、ごろりと寝転がって。
からだに感じる芝生のちくちくした感触と水の冷たさ。でも、それすらもおかしくて、はあはあ、と息をしながら笑い合った。
そうやって、お互いを見つめていたら。ふと、気づいた。
雨が、止んでいる。
ざあざあ、と世界を支配していた音が、うそみたいに消えていた。しん、と沈黙が落ちる世界で、こんどは、ひかりの静寂(しじま)の音が耳に流れる。
分厚い灰色の雲の隙間から、やわらかくて、強い光の帯が、まっすぐに、地上に差し込んでくる。
まるで、おそらからのスポットライトみたいに。 - 1010/1325/08/11(月) 10:50:35
光は、雨に濡れたターフを、生まれたての星みたいに、ひとつぶひとつぶ、光らせていた。
ウララちゃんのオレンジのレインコートも、そのお顔も、その髪も、ダイヤモンドをちりばめたみたいに、きらきら輝いていた。
おそらに視線を移すと。おおきな、おおきな虹がかかっていた。おはよう、って、虹が言った気がした。
「……きれい」
声に出したのは、どっちだったんだろう。ライスは、その光景に、こころをぜんぶ奪われて、息をすることさえ、忘れていた。
ライスの目から、また、しずくがこぼれた。でもそれは、雨のしずくじゃなくて、たぶん、ひかりのしずくだった。
そうしてぼうっとしちゃっていると、カシャッ、と、ちいさな、でもはっきりとした音がした。
はっとして、ウララちゃんを見る。いつの間にかすこし離れたところに立っていて、スマホを、ライスに向けている。
ということは、いま、撮られたのは、虹じゃない。この、きらきらした世界でもない。
この光の中で、ぼけっとしちゃっている、ライスのこと……?
「う、ウララちゃん、いま、なにを……?」
恥ずかしくて、声がうわずる。ウララちゃんは、スマホの画面から顔を上げずに、とってもうれしそうに笑っている。
「えへへ~、ライスちゃんが笑う、魔法を思いついたの!」
思いもがけない、そんなことば。 - 1111/1325/08/11(月) 10:52:58
「まほ、う?」
「この宝物をね、いっぱい届けなくっちゃって思ったの! ちょっと待っててね!」
ウララちゃんはそう言うと、ライスの返事も待たずに、またスマホの操作に夢中になる。
その指先が、なにか、とてもたいせつな呪文を、一生懸命に打ち込んでいるみたいだった。
おひさまは、ただ、えへへ、と笑うだけ。
その笑顔のぜんぶで、ウララちゃんなりのサプライズを約束しようとしていることはわかるから、ライスは、もうなにも聞けなくなってしまった。
びしょびしょになったライスたちは、着替えてから、いっしょにご飯を食べる。そんな時間だってとっても楽しくて。
おひさまがくれるやさしいひかりにまぎれて、けっきょくライスは、ウララちゃんがなにを撮ったか尋ねるのを忘れてしまっていた。 - 1212/1325/08/11(月) 10:54:45
――――そんなしあわせなひとときが流れた、その日の夜。
トレセン学園の、とある寮の一室で
「ひゅっ、ひゅぅっ……! う゛、お゛お゛え゛ぇっ!」
アグネスデジタルは、スマホを両手で握りしめたまま、ベッドの上で奇妙な痙攣を繰り返していた。
過呼吸と、おおきなえずき。
尊みの過剰摂取(オーバードーズ)。喜びの限界を超えて、魂が、肉体から、ログアウトしかけている。
「……やれやれ」
相部屋のアグネスタキオンは、デジタルの惨状に目を向ける。
いつもの尊死ならいいが、現実の、体調の急変と変わらない振る舞いをするからある意味でタチが悪い。
とりあえず念のため、デジタルをチラッと観察する。雑な安否確認が済んだ。
ついでにデジタルの手の中にあるひかりの板を、こともなげに覗き込んでみると。
「ほう」
タキオンから、感嘆の息が漏れた。
そこには、雨上がりの空にかかった、うつくしい虹のアーチ。そして、その祝福のぜんぶを一身に浴びるみたいに、緑のターフの中心で、きらきらと輝いている、ひとりのウマ娘が。
タキオンはデジタルと違って、それを尊い、とは言わないけれど。
光の乱反射と、大気中の水分が起こしたプリズム効果、そして被写体の持つ儚げな雰囲気が、奇跡的な化学反応を起こしていることは認めざるを得なかった。 - 1313/1325/08/11(月) 10:56:13
――雨上がりの、めちゃくちゃで美しい光をぜんぶ浴びて、自身でも知らないくらいきらきらした顔で、空を見上げているライスがそこにいる。
ぐしゃぐしゃな髪に、ずぶ濡れの服に、数え切れないほどの光の粒を纏わせて、いままでで、いちばんうつくしいライスシャワーがいる。
ハッシュタグが、きらきら、光っている。
#雨上がり #キラキラ見つけた #ウララの宝物 #また遊ぼうね
そしてそこには、いつもライスを支えてくれる、おひさまからのメッセージが添えられていた。
――『だれよりも雨が似合う女神さま!』
ひとりが雨だねとうつむけば、もうひとりが虹が見えるよと笑う。
雨のみんなは、おそらがくれた、贈り物なのだと気づく。
その日、しあわせの名前をしたウマ娘は、おひさまに手を引かれて。
雨の日の、すこしだけ正しい歩き方を知ったのだった。
END. - 14二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 11:00:19
乙です…とても良いウラライスを見せて頂き
こちらもデジタルになりそうです… - 15二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 11:09:09
ヴッッ最高⋯
- 16二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 11:15:38
ものすごくきれいな描写からのリアルなおデジのえづきの落差で草生えた
- 17二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 11:18:27
ウラライスは良きものだ…
ライスの心情描写が丁寧でこっちまで辛くなってくるくらいでした
尊いでしゅ… - 18二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 19:50:50
デジタルがツヨシみたいになっとる…
- 19二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 21:14:37
- 20二次元好きの匿名さん25/08/11(月) 23:08:55
読者がデジタルみたいになっとる…
- 21二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 00:21:56
ライスの心象を晴らし、笑顔を輝かせてくれたウララはまさに太陽 雨の後だからこそ美しいものだってあるんですよね
倦(う)み辛(つら)み 悩み悲しみ 雨よせめて
空を満たして 洗えと祈る - 22二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 01:40:11
- 23二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 08:27:51
すてき…
- 24二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 08:45:48
ハート連打した
- 25二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 09:38:21
- 26二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 09:45:19
神絵師様ァ!!!
- 2714/1325/08/12(火) 16:21:45
――だれかが強烈にえづいた声を聴いた気がして、目が覚めてしまった夜。
昼間の、めちゃくちゃで、ばかみたいで、でも、ほんとうに楽しかった時間のことを、ベッドの中でぼんやりと思い返していたら。
そういえば、ウララちゃんがなにを撮っていたのか、聞いてなかったのを急に思い出しちゃった。
おふとんの中でスマホをつける。気づかなかった通知。ウララちゃんからの通知が、ちいさな星がまたたくみたいに、光っていた。
ライスは、おそるおそる、そのひかりに触れた。
画面いっぱいに、一枚の写真がひらく。
――知らない女の子みたい。そう思った。
ぽかんと、すこしだけ開いたおくち。
自分でも気づかなかった、そんな顔。
頬をつたう、ひとすじのしずく。これは、あのときの雨なのかな。それとも、ライスの、涙なのかな。どっちでもあって、どっちでもないみたい。
髪の毛のさきっぽにぶらさがっている、たくさんの水のつぶ。ちいさなひとつひとつが、虹のかけらみたいに、光を宿していて。
泥で汚れた黄色いレインコートが、星の砂を浴びたみたいに輝いてる。
ぜんぶ、ほんとうに、そこにライスがいた、っていうしるしがあった。
きれい、だと思った。
この、知らない女の子のことを、きれいだと思ってしまった。
ライスなのに。泣き顔で、ぐしゃぐしゃなライスが、きれいなはずなんて、ないのに。
雨に濡れたターフの中心で、虹と、めちゃくちゃな光にぜんぶ、愛されている女の子が、ライスなはず、ないのに。 - 2815/1325/08/12(火) 16:23:38
戸惑うライスの目に、写真に添えられた、ウララちゃんの言葉が飛び込んでくる。
だれよりも雨がにあう――
指がすべる。ハッシュタグが、光のつぶみたいに、目に流れ込んでくる。
#雨上がり
#キラキラ見つけた
#ウララの宝物
――めがみさま。
ああ。
そっか。
ウララちゃんがいっぱい届けなくちゃ、と言ったその写真は、雨上がりのきれいな世界のことじゃなくて。
このぐしゃぐしゃで泣き虫な、ライスのこと、だったんだ。
ぽつり、と、スマホの画面に、また新しいしずくが落ちた。
でも、それはもう、しょっぱくて冷たい、きのうまでの涙じゃなかった。
ウララちゃんがくれた、あたたかいひかりの味がした。 - 2916/1325/08/12(火) 16:25:32
ライスは、ウララちゃんがくれたたからものを、こわれないように、両手でそっと包むみたいに、何度も、何度も、繰り返し読んだ。
たくさんの、いいね、が、コメントが。このめがみさまのことをあったかくしてくれる。
ウララちゃんが思いついた魔法って、このことだったんだ。
ライスが、自分をすこしだけ、好きになれる魔法。
雨の日を、すこしだけ愛せるようになる、うつくしい呪文。
ありがとう、ウララちゃん。
ありがとう、あたしのおひさま。
ライスのこころの、ずっと冷たかったばしょに、あなたのくれたひかりが満ちていくよ。
――#また遊ぼうね
END. - 30二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 16:33:38
- 31二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 21:07:37
デジタルが死んでる…
- 32二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 21:30:56
- 33二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 22:17:54
私も死ぬ……
きゃあああウララちゃんもかっわ……!
コートと長靴かっっわ……!
本当にありがとうございます。
お話を書いて良かったなあ、と成功体験として一生覚えていると思います。
#4 ウララ・ライス 『だれよりも雨がにあうあなたへ』 | 短編集(ウマ娘) - acaciaの小説シリ - pixiv夕焼けが、世界のりんかくをぜんぶ、やさしいオレンジジュースに溶かしていく時間だった。トレーニングで火照った頬を、夕暮れの風がそっと撫でていく。 ライスとウララちゃんは、競技場にたくさんあるベンチのひとつに、ふたりで並んで座っていた。 ウララちゃんが隣にいる。ただそれだけのことで、www.pixiv.net許可を頂きありがとうございます。こちらに置かせて頂きました。
- 34二次元好きの匿名さん25/08/12(火) 22:57:37
最高だよ…本当に…