- 1二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:02:52
「……勉強熱心なのはええけど、もう少し整理整頓せなアカンよ?」
「……返す言葉もありません」
目の前で連なっている、本の山。
しっかりと使い古されたものから真新しいものまで、内容までもが多種多様。
それを見て彼女は、呆れ半分感心半分といった複雑な表情を浮かべていた。
前髪を切り揃えたサイドテール、薄紫色の瞳と鋭い目つき、左耳には紫丁香花の耳飾り。
担当ウマ娘のラッキーライラックは、本の山へと近づく。
「しかし随分と溜め込んだなあ、トレーナー室にこないに本があるとは思わんかったわ」
「俺もここまでとは思ってなかったよ……ありがとう、今日は本当に助かったよ、お礼は後日必ずするから」
「そないに気にすることやあらへんよ、いくらか譲ってもろうてるし」
俺の言葉に対して、ララは困ったような笑みを浮かべながら片隅で重なっている数冊の本を見やる。
この日、久しぶりに時間が空いていた俺はトレーナー室の本棚の整理に手を付けていた。
完全に棚から溢れ出していた本を全部取り出すと、結果は目の前に広がっている有様。
途中で顔を出した彼女も手伝ってくれて、ようやく現在に至る、というわけである。
必要な本、不要な本、持ち帰る本、ララに渡す本、図書室への寄付を検討する本。
彼女が来てくれた途端、作業はとてもスムーズに進んだのだ、感謝しないわけにもいかない。 - 2二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:03:56
「せっかくのオフに手伝ってくれたんだからさ、俺一人じゃ何時までかかっていたものやら」
「……うちが来た時は、えらいじっくりとお勉強をされてましたなあ」
「……うん、面目ない」
「まあしゃーないって、うちかて小さい頃そうなっておかんに怒られてたわあ」
「…………ララ、それはフォローになってない」
「ふふ、せやろか?」
ララは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ぺしぺしと撫でるように背中を叩いて来た。
部屋に入って来た瞬間の、彼女の『えっ、なにしとん?』といった表情はしばらく忘れられそうにない。
自嘲を込めたため息一つ、仕切り直しの笑みを浮かべて、俺は彼女に声をかけた。
「せめて飲み物くらい入れさせてよ」
「ん……そいならせっかくやし、おぶうをもらおかな」
「了解、こないだちょっと良い茶葉を貰ったから、それを使わせてもらおう」
「……ところで、テーブルの上にはぎょーさん本が乗っ取るけど?」
「……それはちょっと避けておいてもらって」
ララの静かな笑い声を聞きながら、俺は準備を進めるのであった - 3二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:05:01
「ほな、よばれまひょか………………うん?」
「どうぞ……ってどうしたの、じっとお茶を見つめちゃって、何かあった?」
「これ、もしかしてほんまにええお茶やないか? 香りといい色合いといい、味かて……」
ララは何故か神妙な表情を浮かべて、背筋を正してから淹れたお茶へと口を付けた。
この子はお茶を飲むだけでも絵になるなあ、と思いつつも、少し緊張しながら反応を待つ。
やがて、彼女はほっと息をついて、頬を幸せそうに緩ませた。
「はあ、おいしいわあ」
「江戸時代から続く老舗の玉露だとかで……とりあえず、上手く淹れられて良かったよ」
「うんうん、うちかてこないにおいしゅう淹れられるかわからへんわ、それにこのお菓子も好きなんよ」
「そうらしいね」
「でも結構な良いお値段さかい、なかなか食べさせてもらえなく────ちょいまち、トレーナーさん」
「ん?」
「……今、うちがこのお菓子が好きなこと、誰かに聞いたようなこと言うたな?」
「まあ、それは実際に聞いたから」
「…………このお茶葉とお菓子、誰からもろたん?」
「キミのお母さん」
────先日の遠征時、ララが居ない合間を縫うように突然現れたのである。 - 4二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:05:18
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- 5二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:06:06
以前に挨拶をしたことはあるものの、一対一で会って話をしたのは初めての事だった。
色々と緊張したものだが、ララのお母さんだな、というのが正直な印象。
物腰は柔らかで丁寧、それでいて明晰で鋭い目つきで、なおかつ面白い人だなあ、と感じた。
ちなみに、会ったことはお茶を本人に振舞う機会まで黙っておけ、というのはお母さんの入れ知恵である。
俺の言葉を聞いたララは目を大きく見開く、ぷるぷると震えながら口を開いた。
「な、なにを見栄はっとんねん……! こないな良いお茶10年以上も暮らしてて一度も見たことないやん……ッ!」
「あはは、お客様用って考えればそんなもんじゃないかな?」
「……トレーナーさん、おかんは他に何か言うとったか?」
「……………………キミをよろしく、くらいだよ?」
「やっぱり何か言うとったんやな? 今の間は絶対にそういうことやろ? なあ、根掘り葉掘り吐いてもろて?」
ララは実に美しい微笑を浮かべながら、じりじりと迫って来る。
まあ実際のところは、小さい頃の彼女の思い出話を聞かされたくらいなのだけれども。
……そういえば、俺に良い人はいるのか、とか俺に対する質問も多かった気がするけど、あれはなんだったんだろう。
そんなことを思い出しながら、俺は彼女からの尋問を耐え凌ぐのであった。 - 6二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:07:13
「……そういえば、こないな本まで買ってたんやね」
お茶の後、しばらくまったり過ごしている最中、ララはふとそんなことを言った。
彼女の手には一冊の本。
そのタイトルには『一冊でわかる方言図鑑』と書かれていた。
過去のことを思い出し、俺は苦笑いをしながらも言葉を返す。
「ああ、それか、まだトレーナーになったばかりの頃に買ってね」
「……方言に興味あったん?」
「というよりも必要かなって思ったんだよ、トレセン学園は全国から生徒が集まるから」
「まあ、それはそうやけど」
「当時は本当に必要な知識がわかってなかったから、そう感じたものは片っ端から読んでいたな」
「……それがこの惨状、ちゅーわけか」
「そういうこと」
勿論、方言を理解することが全くの無駄、というわけではないだろう。
とはいえ、そこの理解に時間を割くよりはもっと得るべき知見がある、ということだ。
それに関しては、未だにちゃんと理解出来ているかは怪しいけれども。
ララは物珍しそうな目でぱらぱらと本を捲っていき、ちらりと、上目遣いでこちらを見つめて問いかけた。
「…………トレーナーさんは、好きな方言とか、あるん?」
────これは難しい質問だ。
ララの手前、関西弁と言うのが丸い気もする。
けれど、関西弁だからうちをスカウトしたんやねー? とイジられるような気もした。
イジられること自体は嫌ではないが、方言で選んだなんて思われるのは冗談だとしても、何となく嫌だったのである。
しばらく思考を巡らせてから、たどたどしい言葉で俺は答えた。 - 7二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:08:32
「えっと、博多弁、かな、ほら、すいとーよ、とか可愛い感じがするしさ、もっ、もちろん、関西弁も可愛いと思うけどね?」
────あっだめだこれ完全にスベった。
例に出した言葉はちょっとアレだし、思い出したようにフォローしてるのも大変宜しくない。
乾いた笑いを浮かべながら、恐る恐るララの様子を窺うと。
「……ふぅん」
実に、冷ややかな顔をしていた。
そのまま、ララは再びぱらぱらと本を捲っていき、やがて一つのページで止まる。
おもむろにテーブルの上に出した紙面に載っているのは、博多弁の件の言葉。
「へえ、『すいとーよ』って『好きです』いう意味なんやなあ」
「……そ、そだね」
「なるほどなあ、トレーナーさんは、こういうんが好き、いやちゃうな、すいとー、やったな?」
「…………はい」
……結局、延々と擦られそうなネタを与えてしまったような気がする。
というか、微妙に不機嫌そうな様子を見る限り、素直に関西弁と言った方がマシだったのではなかろうか。
やがて、ララはぱたんと本を閉じて元の位置へと戻すと、じいっと、俺を見つめて来た。
「……ところで、関西弁で何と言うかは、知っとるん?」
「えっ?」
思わぬ質問に、一瞬思考が停止する。
主語がないものの、話の流れ的には『好きです』を関西弁で何と言うか、ということだろう。
しかし、突然の問いかけだったこともあり、パッと答えは出て来てくれない。
俺が答えあぐねていると、ララはくすりと、楽しげな笑みを浮かべた。 - 8二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:10:50
「しゃーないなあ、うちが直々に教えたるわ…………こっち、見んといてね?」
ララは静かに立ち上がると、俺の真横へと移動する。
こちら肩へ両手を置いて、身体を密着させるようにしながら、顔を耳元へと近づけて来た。
腕に伝わる柔らかな感触と暖かな温もり、微かに感じる心臓の音。
息遣いが近づいてきて────ふっと温い吐息を吹きかけてから、彼女は小さく囁いた。
「────うち、あんたのこと、好きやわあ」
鼓膜を揺らす、愛の言葉。
本気ではないとわかっていても、その威力は俺の顔を熱くさせるには十分過ぎた。
やがて彼女は身を離すと、大きな笑い声を上げながらバンバンと手加減しながら俺の肩を叩く。
「あは、あははは! トレーナーさんってば、顔真っ赤にしとって、ほんまかいらしなあ!」
完全にしてやられた俺は、両手で顔を覆って項垂れる他なかった。
手のひらで触れる顔は、未だに熱を帯びている。
恐らく耳まで赤くなっているであろう俺を見て、ララは楽しげに笑い続けていた。
俺はそんな様子を指の間からちらりと眺めて────少しだけ、反撃をする。
「……ララの顔も赤くて、可愛らしいよ」
俺の言葉を聞いた瞬間、ララの笑い声がぴくりと止まる。
彼女は朱色に染まった頬をそのままに、唇を尖らせながらぷいっと顔を逸らして、呟いた。
「……いけず、こっち見んといてって言うたのに、そゆとこ嫌やわあ」
「俺は、キミのそういうところも好きだけど……好きやけどね」
「…………あほ」
ララはため息をついてから、照れたようにはにかむのであった。 - 9二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:13:32
お わ り
書く前はすいとーよを何故か関西弁だと勘違いしていたというのは秘密 - 10二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 00:20:07
お母さんからのお茶とお菓子のくだりが自然に物語に溶け込み、家庭的で温かい雰囲気が加わっていて良かったです
- 11125/08/13(水) 07:07:46
- 12二次元好きの匿名さん25/08/13(水) 16:25:38
結局二人とも赤くなっちゃっててかわいい
- 13125/08/13(水) 23:00:23
かわいいところが書けていれば良かったです