Re:見つけましたよ、杏山カズサ 5

  • 11825/08/16(土) 14:53:22

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/08/16(土) 14:54:31


    (保守ありがとうございました!)
    (お盆明けてようやっと落ち着きそうです)

  • 31825/08/16(土) 14:55:50
  • 4二次元好きの匿名さん25/08/16(土) 14:56:20

    まってた

  • 51825/08/16(土) 14:57:00

    -登場人物-
    ■栗村アイリ SUGAR RUSH 30才
     バンド活動を提案した元凶。ほんとの初期の初期はきちんと、路上やライブハウスなどを使った、普通のコピバンだった。のちに出会ったカヨコに聴かされた耽美系のバンドにハマり、遅い中二病を発症した。チョコミントは今も好き。旅は一粒で二度おいしい。
    ■伊原木ヨシミ SUGAR RUSH 31才
     バンドの方向性を変えた元凶。客が数人しかいないコピバン続ける意味が見いだせなくイライラして、銃声を楽器として用いたところ歓声(悲鳴)があがったので、勘違いした。甘いものは今も好きだけど、あくまで普通の人よりちょっと好き程度に落ち着いてる。楽器が神聖なものだと思ったことは一度もない。
    ■柚鳥ナツ SUGAR RUSH 30才
     バンドをテロリストに変貌させた元凶。楽器として火器を使うなんて音楽を舐めるな! とステージに乗り込んできた大人とケンカになり、ヨシミと一緒になって暴れ、ライブハウスを全壊させた。クロノスとネットニュースに取り上げられ、知名度稼ぎに使えると気づいたナツの行動は、早かった。音楽の趣味はカヨコ譲り。スイーツは気分で買う程度。Good Job.
    ■杏山カズサ SUGAR RUSH 16才
     15年間消えていました。

  • 61825/08/16(土) 14:58:28

    -登場人物-
    ■宇沢レイサ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 31才 
     学生時代の(ほぼ)3年間は、杏山カズサを探すついでに自警団任務をきちんとこなしていた。他校の自治区にまで遠征して問題を起こしたこともしばしば。卒業するまではスイーツ部とは今まで通り、ときどき情報交換に会う程度。大きな会場でリズムギターが欲しい時はたびたび拉致されるので、練習は欠かさない。
    ■エリナ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 23才
     トリニティ支部正規職員。レイサの子飼い。トリニティの支援を受けているが、あくまで独立自治区を宣言しているアリウス出身。神学を修めるためにトリニティのシスターフッドに部活動のみ参加。経典の解釈について誰彼構わず論戦を挑み、らちが明かなければ正式に武力決闘を申し込む辻斬り御免タイプ”だった”。一つ上の元シスターフッドの長と仲が良い


    ■和泉元エイミ S.C.H.A.L.Eミレニアム支部 31才
     特異現象捜査部としての活動が終わった後、セミナー主導の案件をこなすミレニアム内の便利屋みたいな立ち位置だった。おかげで顔が広い。卒業後やることもないし、とS.C.H.A.L.Eに入った。後輩の面倒を見るのは好き。ミレニアムは卒業後にキヴォトスに帰ってくる元生徒の比率が他自治区と比べ圧倒的に高い。部活動の顧問として活動しているものもいる。ヒマリも元気にどこかでサイバーテロしてるし、ときおりエイミの端末をハックして連絡を取り合っている。

  • 71825/08/16(土) 14:59:45

    -登場人物-

    ■小鳥遊ホシノ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
     自分自身すっからかんになるまでアビドスのために奔走し、借金返済の目途を付け、未来の土台を作ったうえで卒業。燃え尽き症候群でもう戻ってくるつもりはなかったが、後年後輩たちに捕えられ、支部長として縛られる。カズサ捜索に参加するだけでいくらか助成金が出ると聞き、顔も知らないけどアビドスとして参加を表明した。七生徒の一人。
    ■黒見セリカ 柴関 31才
     ホシノが提案し、二年の先輩たちが進めていた百鬼夜行との姉妹校提携計画を引き継ぎ、アヤネと一緒にインフラを整え、本格的に制度として施行させた七生徒の一人。去年、柴関の大将に打診され店を引き継ぐ。店を譲ったのは騙されやすい性格のセリカのため。SUGAR RUSHとの付き合いが一番深い。太ったことは気にしていない。
    ■シロコ*テラー S.C.H.A.L.Eアビドス支部 33才
     こっちの世界のシロコが卒業すると同時に学籍を外れた。ホシノを連れ戻すと言って卒業して行ったシロコやアヤネ達を待ちながら、百鬼夜行との折衝、後輩たちの面倒を一人で回す。なので、こっちの世界のシロコよりも数年分顔が広いため、外部折衝を任されることが多い。七生徒の一人。

  • 81825/08/16(土) 15:02:06

    ■先生 S.C.H.A.L.E連邦捜査部 40代中ごろ
     まともに杏山カズサの捜索活動ができたのは半年ほど。以降、実際に動いていたのはほぼ黒服。彼の研究成果と予想を聞いてるうちにカズサは見つからないのでは、という諦めに侵されていったが、適度に希望を与えられるのであきらめきれないジレンマに苦しめられた。レイサと連絡を取るたびに胃痛がしている。が、一途に一人に尽くしたレイサは一番信頼している職員でもある。
    ■狐坂ワカモ S.C.H.A.L.E連邦捜査部 34才
     先生に条件を付け、先生も条件を飲んでようやく卒業。結局3年留年した。やり方が洒落にならなくなったSUGAR RUSHを見かねてこっそり接触し、あくまで”キヴォトスの日常よりちょっと派手”程度の穏やかなテロの仕方を叩きこむ。MXSTREAMには「SUGAR RUSH VS ワカモ」の煽動対決が残っている。トリニティスクエアと大聖堂を半壊させた暴動の末、勝者はワカモだった。

  • 91825/08/16(土) 15:03:37

    -登場人物-

    ■栗浜アケミ キヴォトス乙女連合 34才
     杏山カズサ捜索をレイサに頼まれ、勝負を仕掛けて負けた。なので出来る限りのことをと、それまでなあなあなつながりだったスケバンを組織化し、全自治区に拠点を持つ巨大組織を一代で築く。その資金源はお酒と不動産と輸送関係。たばこ事業は実入りが良くないと思っていた矢先、アビドス抗争が勃発したため、手を引く。
    ■タミコ キヴォトス乙女連合 16才
     中学時代にやりたい放題していたら「学校に来るな」と言われ、ふてくされていたところをスケバン組織の勧誘を受ける。トリニティスケバンの汚れ仕事とまで言われたSUGAR RUSHの世話役。少年漫画や王道ストーリーの映画が好き。24時間勤務でもSUGAR RUSHたちはほとんど帰って来ないし、実は楽な仕事なのでは? と思っているが、無給なことを忘れている。SUGAR RUSHがレコーディングに戻り、頑張った自分へのご褒美に街場まで散歩しにきていたとき、カズサを見つけた。

  • 101825/08/16(土) 15:05:39

    -登場人物-

    ■陸八魔アル 便利屋68 31才
     社長。メンバーは増やしも減らしもせず、4人のままで行くことにした。学生時代と違い、今では正式に法人登録されている会社の社長。会社運営のためには学歴が必要と思い、必死に勉強して首席で卒業した。カヨコと共に、便利屋のゲヘナ卒業組。世間的にはちょっと割高だしわがままだけど、筋さえ通っていればなんでもしてくれるまさに『便利屋』として重宝されている。最大取引先はゲヘナ風紀委員会。
    ■鬼方カヨコ 便利屋68 33才
     課長。全身パンキッシュファッション。ワイルドハントに面白いバンドが居なくなったと思ってたところにSUGAR RUSHのゲリラライブを見て心奪われ、以降、密かなファン。ライブには必ず居るし、グッズは全部持ってる。が、ナツたちの音楽センスは、偶然を装って出会ったカヨコに育てられている。本人はプレイヤーではなくリスナーであることに誇りを持っている。ワカモと仲が悪い。
    ■浅黄ムツキ 便利屋68 32才
     室長。ハルカと共にゲヘナ退学組。社員雇って会社大きくしようかな、とぼやいたアルを丸め込み、このままの体勢で細々とやっていくことにさせた。その代わり煽動術がワカモ級になり、より大規模行動が出来るようになった。暴力と言うより言葉でいじめるのが好き。休日はだいたいハルカと一緒に過ごす。
    ■伊草ハルカ 便利屋68 31才
     平社員。出世は意味がないと感じたので断った。昔の出来事がきっかけでアル達を呼び捨てにすることを強制させられている。本人はようやく慣れて来た。アルへのクソデカ感情は変わらないが、母性側に寄って来たことは自覚している。カヨコに次ぐ音楽好き。ハルカの休日にムツキが合わせるが、たまには一人の時間が欲しいと思っている。まんざらではないとはいえ。

  • 111825/08/16(土) 15:12:49

    >>(https://bbs.animanch.com/board/5357363/?res=98



    『というわけでして、カイザー社は皆様をサポートすることに決定いたしました!』


    『やったー。聞いてるよねせんせー? 連邦生徒会の子も聞いてるかなー?』


     ホシノさんとやらがカメラに話しかけるようにへらへら手を振る。似合ってないスーツ姿。着られている感がものすっごい。ノノミって人と対比するともはやギャグの領域。ただし。ケンカしても勝てなさそうなのは、ホシノさんの方だ。さっきの苛立った時の一瞬。顔も声も、別人みたいに変わった。こういうタイプは経験上、ヤバイ。


     小虫が入り込んだちかちかする蛍光灯の下。昨夜、”これから”を話し合った重厚な座卓の上に並ぶ晩御飯。規則正しく、健康的な生活だ。朝食べて、昼食べて、夜食べて。外食もいいけれど、やっぱりこういう、手作りの食べ物っていうのは、体の調子を整える。


     楽器の調整をしていたみんなを尻目に、ネットで調べたボイトレのため、一日中このあたりを駆け回って、腹筋して。なぜか吊るされていたサンドバッグを叩き、温泉で汗を流し。最高の疲労感で煮物を頬張りながら見るテレビでは、特番として組まれたS.C.H.A.L.E支部の会見中継。


     食べさせるために摘まんだご飯。宇沢の目はテレビにくぎ付け。みんなも箸が止まっている。ハルカさんだけはもそもそと箸と口を動かして。どこかにこにこした顔で、テレビを見ている。


    『明日までに返答がなかったら、うちらちょーっと”お話”しに行くから。お茶の準備しといてね』


    「――ハルカさん! 今すぐタツミさん家に連れてってください!」


    「あー……タツミさんはもうお休みされてますので、明日ですね」


    「まだ20時ですよ!? アルさんたちに急いでもらわないとぉ!」


     そのかわり4時には起きてらっしゃいますので、とお味噌汁をすすったハルカさんは、しゃりしゃりと。小口のネギを噛んだ。

  • 121825/08/16(土) 15:17:31

     スマホの代わりの緊急連絡手段。そして、定期連絡の手段。

     旅館の坂の下に住む農家のタツミさんとやらの固定電話を貸してもらうという、ひどくアナログな方法だった。外に出て行った便利屋の方々も、宿泊先や潜伏先の近くの建物で固定電話を借りて、タツミさん家に電話を入れる。セキュリティ的な意味と、流動的に動くために。次の連絡先は都度教えてもらうことになっていたのだが。

     つまりは、こちらから連絡を取る手段は、ない。

     例外として今日の宿泊場所は昨日のうちに宿泊場所を共有されていた。だから、連絡を取ろうと思えば取れるのだけど……。家主がお休みしているなら、もう。そりゃしょーがない。セキュリティ云々で他人の電話って、とも思った。――朝方、ご挨拶に伺って。疑いは晴れた。気難しいひとと言うのは、どこか信頼できるものだ。

    「ガチで動くとマズいんですよアビドスの支部は! ハルカさんもご存じの通りです、荒事が好……得意な連中なんですから!」

    「レイサうっさい」

     ぽりぽりときゅうりの糠漬けをかじりながらヨシミが眉をしかめている。

    「いいじゃない。ハロウィーンの前夜祭みたいなもんよ」

    「ハロウィーン自体前夜祭なんですが!? テスト受け……てませんでしたねそう言えば!!」

    「おうよー。わたしたちは低学歴バンドマンさ。なら今年からハロウィーンには前夜祭があるとしようかー? 世の理に打ち勝ったわたしたちに、人の定めた理を変えることなど容易い!」

    「いいねそれ。きっと未来の人が言うんだよ。『このお祭りっていつから始まったの? 前夜祭の前夜祭っておかしくない?』『ふっふっふ……。むかしSUGAR RUSHという化け物バンドが居てだね……』!」

    「アイリ、それ採用。どうせなら派手に動いてもらいましょう。目くらましにもなるわ。レイサももうニートなんだし、S.C.H.A.L.Eの倫理がどうとか全部捨てちゃいなさいよ、かったるい」

    「まだ辞表出してませんけど!!」

     あれは勢いで言ったことだと思って「ほんとに辞めんの? S.C.H.A.L.E」と聞いた。宇沢に食べさせるつもりで摘まんだお米を自分の口へ。まだほくほくのジャガイモの煮物と一緒に噛む。

  • 131825/08/16(土) 15:20:30

     私の質問に「うぬぬ」と目を瞑った宇沢は。

    「……次の仕事が決まったら」

    「カッコ悪……」

    「んあー!!」

    「なら私たちは後押しをしてしんぜよう。辞めざるを得ないような、ド派手な騒ぎを起こして、ね。今回は、顔を出してもらうからそのつもりでよろしく」

    「いよいよですか……。リクルートスーツなんて持ってませんよぉ」

     卒業前に先生に土下座した、とか言っていた宇沢の就活はそれこそフツーじゃない。S.C.H.A.L.Eで働いていたっていうカードも使えなくなるだろうし、むしろいろんなところから煙たがられる顔になるんじゃなかろうか。なんせ、これから起こる――起こすことに、しっかり関与を見せびらかす、とナツは言うんだから。

     と考えて。

     笑ってしまった。

    「笑いごとじゃないんですけどー? まったく。杏山カズサもそのうち理解するんでしょうね。毎日毎日スーツ着て面接に行ってお祈りされる、メンタル崩壊行事を」

    「違う違う。てか宇沢だって就活してないんだからお相子じゃん」

    「確かに!」

     あ、と開いた口にご飯を突っ込み、冷ました煮物も次いで突っ込む。詰め込み過ぎてぱんっぱんになった頬っぺたと、あぐあぐと咀嚼する宇沢を見ていた。「ぅんぅふ?」。「なんでも」。

  • 141825/08/16(土) 15:22:25

     違うんだよ宇沢。私が笑ったのはさ。

     いろんなヤツに煙たがられちゃう、なにかに一所懸命な宇沢ってさ。良く知ってる宇沢だなって思ったからだよ。

     私はその第一人者だったはずだったけど。いつのまにか。というか、あの路地で見つけてもらって以来すっかり頼り切ってる。顔を見るたび、声を聞くたび「またか」なんて思ってた頃が――私からすれば一ヵ月ぐらい前の話――懐かしい。なんて、思ったりもしている。

    「んじゃ、いっしょに就活しよっか」

     復学の望みは薄いみたいだし。スケバンやヘルメット団……はまだ居るかわかんないけど、もうそういうのに身をやつしたくはない。
     
     初めて同士。一緒に、新品のリクルートスーツ着てさ。カフェで愚痴りながら。履歴書書こうよ。

     口に詰め込んだものをなんとか飲み込んだ宇沢に、ストローを差した麦茶を飲ませる。けほんけほん、と咳をしてひとごこち着いて、言う。

    「ん”んっ。私が先に決まっちゃったら辛いですよ? 『なんで私だけ』ってなりますよ?」

    「なんであんたが先に決まる前提なんだよ。こちとら将来有望な」

     ひとつ。一拍。
     
    「16才だが?」

  • 151825/08/16(土) 15:26:03

     言った。吐き出した。

     私とみんなの間にある。決して無視できない、戻ることはない、どうしようもない。大きな亀裂を。ちゃんと。私の口で。絶望を、風景に変えるつもりで。

     このまま。もやもやしたまま終わらないために。

    「あー! 言いましたね。言いましたね!? ”あの”SUGAR RUSHが探し求めていた杏山カズサですよ? しかもこれから表に立つんです。まともな仕事が見つかるとでも思ってるんですか!?」

    「引く手あまたじゃん。話題性抜群。しかも若い」

    「ナツさん!!」

    「……むー」

    「なに――痛った! 痛い! 蹴るな――アイリ! 締めるな味噌汁零れるか――うぎゅっ!」

    「そのセリフはみんなに効くの理解しなさいバカズサ!」

    「ぐ、ぐずぐる”な――」

     がちゃん。

     軽快で軽率なコッキング音。金属音。その音で、みんなの動きは止まる。

    「はい。お食事中は暴れないでください」

     片手で。重そうなショットガンを構え。銃口をこちらに向けたハルカさんが、にこにことほほ笑んでいた。

  • 1618(よるまでほ)25/08/16(土) 15:27:07

     テレビでは、S.C.H.A.L.Eの業務停止に混乱する学生たちはどうすればいいのか、という質問に移っていた。本部への攻撃的な意思の質問はいつのまにか終わっている。あくまでS.C.H.A.L.Eで、というのが問題なだけで、暴力沙汰自体は日常だから、当然と言えば当然なのかもしれないが。
     
    『個人的な相談はもちろん受け付けるよー。行政的なものは本部まで行ってもらうことになるから、そこだけ留意してね』

    『もし人出が必要なようでしたら、わたくし共は人材派遣サービスも行っておりますので、是非♧ お近くの”十六夜ホーボーマッチング”窓口、もしくは専用アプリから! 隙間時間にちょこっとバイトしたい方も登録お待ちしております。学籍・学歴の有無は問いませんよー☆』

     使い込まれたショットガンの銃口に冷や汗をかきつつ、各々の席に戻っていく。かちゃりかちゃりと。各々が箸を取る音。

     ……私は悪くないのに。

     味噌汁をすする。赤だしの、ちょっとしょっぱい味噌汁を。

     人材派遣でバイト、か。

     考えたことなかったけど、最悪。しばらくそれで糊口をしのぐのも、いいかもしれない。べつに社員がどうとか興味ないし。考えたこともなかった。生きていければそれでいい。というか、あんまりお金に困ったことがない。トリニティ自治区は部費が沢山出るっていうので有名だし。他の自治区がいくら出てるのか知らないけど。

     宇沢を見た。

    「ごはん食べていけるならなんでも良いです」

     言わずとも伝わった。

     というかノノミさんとこで雇ってもらえばいいですね。と、S.C.H.A.L.Eそのものにはなんの感慨も持たないように宇沢は言い。「お味噌汁飲みたいです」なんてねだってくるのだった。

  • 17二次元好きの匿名さん25/08/16(土) 22:38:19

    立て直しおつ!
    すまんね落としちゃって

  • 18二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 04:35:20

    ノノミの人材派遣、上手く商売やってるなぁ

  • 191825/08/17(日) 11:19:51


    (落ちてしまったのはひとえにわたしの甲斐性ナシですのでお気になさらず……)
    (最近あまりあにまんすら来られてなくてぇ!)

    (ぬんぬん)
    (にぎやかになったアビドス、開拓事業もやってるので、学生からドロップアウトした人たちの受け皿になっててわりと盛況、てきな。ちな現場監督はラブ。というかヘルメット団。あと外部委託先にはレッドウィンター工務部)
    (温泉開発部的な部活がアビドスにもあるかも? 砂漠灌漑部)
    (言ってしまえば、アケミとの対比、ですねぇ)

  • 20二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 17:25:19

    アビドス発展してるね

  • 21二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 23:41:34

    若いってだけで無条件に羨ましくなるものよ

  • 221825/08/18(月) 02:23:35

    ■D-Day -11

    「館内に残っている方はおりませんわ。仮眠室もシャワー室も。資料室にも、ゲームセンターにも、お手洗いの個室の中も。視聴覚室でよく寝ていらっしゃる、いつもの方も」

     武装をしたワカモがブーツをごつごつ鳴らしながらオフィスに入ってくる。

     茜色の空。黎明。刺すように入射する朝陽に頭が痛む。

     各支部が仕事をボイコットするとなれば電話はひっきりなし。個人用のスマホは使いものにならなくなるだろう。実際問題、昨日の朝の速報以降、デスクの横で画面を光らせ続けている。音もバイブも切ってサイレント。出てあげたいが我慢。一人ひとりに説明していたらそれこそ、半年は掛かってしまう。

     だから直接話さずともよい方法で。用件だけをスムーズに処理できるように。ミレニアム出身の知り合いにお願いしてネット窓口を開設し、ブロロロエキスプレス社と契約して、直通のバイク便ルートを作った。SNSでも告知済み。特定の会社を贔屓にしないようにはしていたけれど、今の状況でここまで来てもらうのはちょっと危ない。背に腹は代えられない。

     ビル前にはクロノスやらレッドウィンターの生徒が集まりお祭り騒ぎ。玄龍門の執行部長がわざわざ「お匿いします」とやってくるし、人が集まるところに商機を見出した百鬼夜行の屋台が出張ってくるし、と思ったらやはり、山海経も対抗し始めて。それだけ人が集まれば当然、ばちばちと軋轢が生まれるもので。

     深夜遅くまでずぅっと、ヴァルキューレの赤色灯と、救急車のサイレンが唸っているぐらいだったのだから。

    「”みんなは百鬼夜行のままかな。他の場所に向かった情報はある?”」

    『不明』答えたのはプラナだった。『仕掛けたバックドアからはあれ以降なにも。おそらく電源を切られてしまっています。件の山中が、最新の記録です。いま、宿泊施設予約サイトのDBを回っていますので、少々お待ちください』

    「”場所はたぶんわかるから大丈夫。とある物件の維持管理を任されたってアルから聞いたことあるし。……ふふ。そっか。電源、切れてるんだね。アケミは?”」

    『進捗ダメです! 今必死に声紋でフィルタリング掛けてますけどたぶん意味ないですぅ! トリニティは完了しましたけど、D.Uはちょっと今通信量エグくてぇ……プラナちゃんてつだってくだしゃー!』

  • 231825/08/18(月) 03:38:17

    「どれだけシラミ潰ししているんですか。意味ないってわかってるなら端末情報で引っ掛けてくださいよ」「それで見つかんねーからこんなことしてるんでしょーが!!」相変わらずの仏頂面で、プラナはため息を吐きながら。「ちょっと失礼します」と、画面外ガラガラと傘を引きずりながら消えていった。こころなしかシッテムの箱が熱を持っているのは、アロナの言葉を借りるならまさに、頭がバクハツしそうなんだろう。

     それにしても。ふふ。そうか。

     電源を切ったというなら。こちらと連絡を取る意思はないということ。話し合いなど言わず。話すことを拒絶し。軽蔑し野卑たものを見る目で私を見ている。それだけのことをした。それだけのことをしたんだ。

     生徒に。

     私がダメだった場所と、託されたもの。触れば崩れてしまいそうな、焼け焦げたカードは今でも大切にしまってある。私はもう、あのカードに触れる資格はない。見る資格すらない。近づけもしない。

     きみが。

     きみはどう選択するんだろう。きみはこの選択の前には立てなかった。そして、貴方も、立つことはなかった。この選択は私だけのもの。誰も到達しなかった道の先。同じ選択、違う選択。グレーアウトされた選択肢のない、新雪の道。きみはどう選択する。貴方はどう選択する?

     ――あの時始まった奇跡は種。芽も出ていない。固い固い、ただの種。

     私は農夫ではないのだから。萌芽し、背を伸ばし。葉を蓄え花を笑かせ成った実を刈り取る農夫ではないんだから。ただ落ちていた木の枝を道ばたに差しただけの通りがかり。息を吹き返したのはひとえに。持っていた生命力だ。輝かしい生命力。だれにも妨げられない、力だった。

     きみはこのまま生きていくと言った。キヴォトスの”先生”であるわたしの言葉にしたがってくれる。何をしているのか理解した上で。この先に破滅があっても、私にすべてを預けてくれる。

     それは。けれど。

     彼女もいっしょ。

    「”ワカモはどうする?”」

     そう聞くと、隠すことなく、歯を剥きだし、鼻にしわを寄せた。

     送られてきた脅迫染みた質問状にはだんまりを決め込むと白状したときも、何かを言いたげに、何も言わず。ただ「あなた様がそうおっしゃるなら」と言ってくれたワカモは。言った。

  • 241825/08/18(月) 03:54:37

    「世界を敵に回しても、あなた様と共にあることを望みます」

     望みます、か。

     解っている。私が望まなければワカモは去るのだと。ワカモがここにいるということは。そういうこと、なんだろう。

     上がってしまった口角に一瞬困惑したワカモに「”なんでもないよ”」と、口元を隠すのに冷めたコーヒーをすすった。

     ……。

     送られてきた質問状は四項目。

     一つ。トリニティ支部を襲撃した件について。

     二つ。ティーパーティ所有の書類の盗難疑惑。

     三つ。トリニティ郊外のティーパーティ所有物件損壊。および、一般人に危害を加えたこと。

     四つ。

     ここだけ。手書きだった。

     ホシノの崩れた走り書きのような文字。角の取れた丸いような、繋がった文字。画数の多い漢字をごまかすように書かれた、質問と言うより、メモ書き。報道機関や連邦生徒会に送った文面と異なるであろう、アナログな裏技。
     
    『こっちが黒服とコネクションあるの忘れてるでしょ。で、ユウ予はどれぐらい?』

     ……。

     ほんとに、あの野郎め。

  • 251825/08/18(月) 04:31:12

     大きくため息を吐く。つい出て来そうになった汚い言葉を出来る限り希釈して、吐息として、霧散してもらう。あのダブスタ野郎。観てるだけって言っただろうに、あっさり寝返った。

     いや。これも飲み込まなければならない。寝返ったわけじゃない。あいつは、黒服は契約で動く。ということは、ホシノは。またぞろなにか契約をしたのか。

     けど、だめだよ。そんなやさしさを見せてはいけない。もっと。SUGAR RUSHやレイサのように。問答無用で突っかかってきて欲しい。

     答えない。無視。すべての質問に対して。

     がりがりと頭を掻いてデスクの引き出しを開け。A4用紙20枚、両面印刷でびっしり文字が掛かれたリストをワカモに差し出し、言った。

    「”ちょっと難しいんだけど、この資料を用意してほしいんだ。各支部に散らばってるからちょっと大変なんだけど。あ、赤くマーカーしてるのはここにあるやつだから大丈夫”」

    「あなた様。わたくしはここを離れるわけにはいきません。暴漢がやってくるとも知れず、まして本日の夕方にはホシノさんが来ます」

    「”わかってるって。だから、ホシノの対応が終わったらでいいよ。来週までにあればいいから……。どうせ膠着状態になるからね。その間は、自由に動いてもらって大丈夫”」

    「とは言いますが……いえ、やはりよろしくありません。一世一代の大花火ですもの。どうかワカモのわがまま、聞いてくださいませ」

    「”SRTとヴァルキューレがいるし、ほら。私にはこのカードが――”」

    「次」

     冷ややかな声だった。

     ワカモは、私を睨め付けて、言った。

    「次。それをお使いになられたら、わたくしは赦しませんから」

  • 261825/08/18(月) 04:45:03








    (中途半端ですが今日はこんな感じで……)

    (ええ……まさかのアリウス編)
    (レイサ、出番だぞ! 出番か? あるかしら……)

  • 27二次元好きの匿名さん25/08/18(月) 06:22:10

    やっぱりわざと生徒の敵になろうとしてない?

  • 28二次元好きの匿名さん25/08/18(月) 08:56:20

    昨日の夜に読み始め3時に寝ることになってまだ2スレ目夢中になりすぎたか...

  • 29二次元好きの匿名さん25/08/18(月) 11:36:28

    ワカモが赦さないって言うぐらいだから先生の身体はボロボロなんだろうな

  • 3018(よるまでほ)25/08/18(月) 16:41:48


    (んあー! 保守投下できません!)
    (先生は……先生ですけど、神ではないので……)

  • 31二次元好きの匿名さん25/08/19(火) 00:57:14

    あくまでも、先生だって一人の人間

  • 321825/08/19(火) 06:41:25

     蛇口が緩んだように。ワカモの口から漏れてくる。漏れてくる。ワカモというものが。

    「あのような――。あなた様、一体どうされたのですか。なにをお考えなのです! わたくしは尽くしてきたつもりです。見返りを寄越せなどと言うつもりはございません。言うつもりはございません。けれど……。わたくしは……。わたくしにはなにもわかりません。なにゆえ、なにゆえワカモにこのようなことを――!」

     仮面を着けていない素顔に浮かぶ困惑。潤む瞳。乱れない髪。濡羽色の艶やかな髪を口の端に咥え、完璧を私に魅せ続けてくれた彼女は今。ワカモは。”ワカモ”を漏らしている。

     私を一番近くで見てくれていたからこそ気付かないこと。おそらく。それは、一つの証拠。確固たる。黒服の言うモノとは違う。しっかりと積み上げた一つの証拠だ。

    「”大丈夫”」

     不安げに。恐れるように。瞳を揺らすワカモに。綺麗なワカモに、なんの保証もない安心を与えようとした。

    「”私はワカモを信頼してる。下にたくさん集まっている生徒たちをまとめ上げて、アビドス支部と渡り合えるって信じてる”」

    「そういうことではありません!!」

    「”あはは”」

     失敗。

     立ち上がり、ぱんぱんと太腿を叩いた。なにもゴミなどついていないのにルーティンとして。

     窓の向こう。ちらほらと人が歩いている。生徒だったり、社会人だったり。工務部っぽい子もいれば、夜通し歩哨をしてくれたヴァルキューレの子だっている。バイクの音。トラックの音。戦車の音かも。ヘリが飛んでいる。アヤネか。クロノスか。

     街が起きる。目を覚ます。陽が射す。私の目に入ってくる。見慣れた朝陽が。美しい陽が。雁の群れが行く。厳冬から逃げて来た雁が。春には寒さを求め飛び立つ鳥が。帰って来た。

  • 331825/08/19(火) 06:44:25

    「”さて”」

     リモコンを押してブラインドを下げた。一応、SRTの子やOBに見張ってもらっているが、支部が本気で動くとなれば工作ぐらいされるだろう。正義を追い求めるのがSRT。正義を履行するのがヴァルキューレ。工作などされたら、私の立つ瀬などないのだし。

     ホシノたちが来る。他の支部も来るかもしれない。私が。私がここに来て間もない頃。確かに、いっしょに行動し、送り出し、見届けた子たちが私を糾弾するために。理不尽を押し付けた元凶として。あるべき青春を邪魔する、厄介者と見て。

     私に”嫌い”をぶつけようとしている。

     ああ。

     わくわくする。わくわくだ。まるで。まるで。

     お祭りの前日のような!

     そう。そうなら。体調を崩さないように。いつもよりも健康に気を付けなきゃならない。

     結局、子どもの頃は修学旅行という大事な日に風邪を引いてしまった。クラスメイトのお土産話を聞くたび、歯を食いしばって手のひらに爪の跡をつけ、じくじくと痛む胸を抑えて楽しく話を聞いているフリをしなくちゃならなかった。クラスメイト全員からお土産話を貪って、私も旅行に行ったような記憶をむりやり作り出した。知らない話は無いほどに貪り尽くした。

     けれど、アルバムの写真に私はいない。いなかった。歴然とした事実。いくら記憶を捏造したって、私はそこにはいなかった。
     
    「”少し眠るよ。ワカモも休んで。大丈夫。寝過ごしそうになったら起こすから。アロナ、プラナも、ありがと。アケミの所在はすぐじゃなくてもいいから、二人もキリが良いところで休んで”」

     10日。10日もあれば、二人なら見つけられるはずだから。
     
    「あなた様……!」

     泣きそうな顔をするワカモの頭を撫でてあげようとして。

  • 341825/08/19(火) 06:54:52

     いやいや。さすがに。大人になった女性にそんなことをするのは失礼。

    「”大丈夫”」

     肩を叩いて行き過ぎる。

     大丈夫。ワカモ。

     ワカモは私をきっと、私よりも知っているから。知っているからこそ混乱する。これは。今の私があげられる、ワカモが一番欲しいもの、だと思う。

     ……自惚れ過ぎかな。

     納入されたばかりの、まだシートが張られたままのガラス戸を押し開き。閉じる直前。ごつんと足を踏み鳴らす音が聞こえた。いじらしい感情の発露。こんな仕草を見せつけてくるあたり。今まで一度もなかったワカモの抵抗を聞き。

     私は静かになったオフィスを歩く。誰もいないS.C.H.A.L.Eの中を。かつて朝いちばんに押しかけ、私に書類の不備を笑顔で突きつけて来た、徹夜明けの子の顔などを思い出し。笑みがこぼれてしまう。

     歩いて。エレベーターに乗り。いつもの仮眠室の階のお手洗いに入って吐いた。もうなにも出て来ない胃はただ痙攣するだけ。嘔吐いて、嘔吐いて、涙や洟が出るまで。嘔吐き続けた。

     ああ。

     わくわくするなあ。

  • 35二次元好きの匿名さん25/08/19(火) 14:03:50

    先生壊れかけてるやん…

  • 36二次元好きの匿名さん25/08/19(火) 14:49:20

    生徒を助けられなかった時点で終わっていたから

  • 3718(よるまでほ)25/08/19(火) 16:33:39


    (ちょっとフクザツな人間交差点)
    (ああ、すれ違いって切ないですね……)

    (夜までほ)

  • 38二次元好きの匿名さん25/08/19(火) 18:40:53

    うわあああああ見たかった陣営来たああああああああ

  • 39二次元好きの匿名さん25/08/19(火) 18:55:44

    「いなかった」先生が大人のカードで「いない」生徒を「いる」ことに出来るんだ……すごくいい

  • 40二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 02:31:26

    先生……

  • 41二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 05:25:00

    このレスは削除されています

  • 421825/08/20(水) 05:27:23


    (すやすやしまったので……)

    (お茶にごし、ではないですが、前に一度投稿した短編(?)をアップしておきます)

    (ハルカがアル達を呼び捨てにするようになった理由。便利屋の、ちょっとした隙間のお話です)

    (出すタイミング見失ってました。ちょっと手直し入ってます)


    春風 | Writening■春風  一枚の写真が送られてきた。それは、見慣れた場所のもの。私の家のドアの写真。  送って来た相手の名前を見て、私の心臓は――そのたった一回の鼓動で破裂してしまうんじゃないかっていうぐらい飛び跳…writening.net
  • 43二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 13:13:01

    >>42

    うまく言語化できないけど本当好きこれ

  • 441825/08/20(水) 16:14:31

     ※

     窓の向こう。飴色の格子戸の、白く濁った薄ガラスの向こうで、宇沢がハルカさんに支えられ。秋の空の下で、歩く練習をしていた。「あんよが上手、あんよが上手」。手拍子をされながら歯を食いしばり。「それは止めてください!」と顔を真っ赤にしながら、えっちらおっちら。よたよたと。生まれたての鹿のように歩いている。

     安静にしとけばいいものを。ときおりカクっとへたり込み、その度ハルカさんが駆け寄って、肩を貸す。で、また立つ。歩く。よたよたと。ハルカさんを目指して。

     いくら汗を掻いたってすぐにお風呂に入れる施設というのは、ああ。なんて素晴らしいんだろうか。湯治という言葉があるぐらいで、かつ民間治療法が豊富な百鬼夜行というのも、宇沢の体にはうってつけだった。もちろん私も。午前中にルーティンにすると決めた運動のあとは、さっぱりとひとっ風呂している。おかげで筋肉痛もかなりやわらぎ、疲れも、見事に取れる。

     名前を呼ばれ。窓の外から、室内へと顔を戻す。

    「はい、では冒頭から。ナッちゃん、カウントお願いします」

    「なんで敬語?」

    「心殺しとかないとやってられないからです」

     澄ました顔でアイリが言うと、ため息を吐いた後にナツのスティックが甲高く四回、打ち鳴らされる。安物のアンプから質の悪い音で鳴るヨシミの扇情的なアルペジオ。そして。

    「ぶんぼんぼん、ぶぁー! しゅーとろろるん! ぶんぼぼぶんぼぼどろろろぶんぼぼ」

    「ぶはっ! ――ごめん」

    「……いえ。では初めから」

     私は手に持った角材をもう一度構え直す。マイクスタンド代わり。目の前には、左下に”どこそこ寄贈”と掠れたペンキが入った大きな全身鏡。

     鏡越しに見るアイリはやはり表情はなく。ただし。顔は真っ赤だ。周りには不格好に設えられたDIYのスタンド。キーボードだけは本物で、しかし、例の改造され尽くしたフットペダルベースやシンセ、他の様々な機材類は、すべてベニヤや、そこらの箱や、丸めた段ボールなどで代用している。もちろん音なんて出ないから。まさかのだ。まさかの。

     音の出ないものは口頭でというのを、本気でやっていた。

  • 45二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 23:42:55

    いいssだなぁ…

  • 46二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 08:18:34

    練習風景も平和で、尊い

  • 471825/08/21(木) 12:08:24


    (あ”あ……)
    (「好きだ」の一言が一番うれしかったりするんです)
    (春風は私も好き。ムツキの手を引く側のハルカすき。満員電車で守られるムツキもすき)

  • 481825/08/21(木) 16:21:08

    「せめて……せめてルーパーだけ買わせて……」

     絞り出すように言ったヨシミにどたむん、とタムを回したナツは、最後にばしゃんと、一枚だけあるクラッシュシンバルを一叩きして、不機嫌に言った。

    「ヨシミさー。どうせ次は空間系欲しいって言うんでしょ? で、そのうち歪みが足らんとか言って? ディストーション? ファズ? 次はピッチシフター? いーじゃん。カヨコさんが貸してくれたそのミニアンプだってある程度弄れるんだし」

    「ぜんぜん用途が違うじゃないのよ! ルーパーないとそもそも無理だって! レイサが弾けないんだから一人で単音とストロークやれって? アコギじゃないのこっちは! カントリーでも弾いてあげよっか!?」
     
    「んなこと言ったら私だってぜんぜん足りないし。見なよこれ。なんと視界の良いことか!」

    「要塞作るのが目的になってロクに使ってなかったくせに。取り回し悪いんだから減らせって何度も言ったじゃない」

    「なにおう! 要塞ドラムはロマンだ! そういうヨシミこそ、こんなことになるなら早くデジタルに移ればよかったじゃん。あんなガチャガチャ増やして。ボード重いし電源がどうとかいちいちさあ! わたしらの稼ぎをいくらつぎ込んだか言ってみろ!」

    「デジタルとアナログじゃ音違うっつーの! ロマンロマンうっさいくせにあの美しい配列のボードのロマンがわかんないの、この節穴!」

    「オカルトばばあ!」

    「コロス!」

    「……ていうかそもそも、ナツのドラムってシンバル三枚ついてなかったっけ」

     他はなに言ってるかわかんないけど、ナツのドラムはそれが決め手で買ってた気がする。使わないくせに、いっぱいついてた方がロマンがある、とか言って。いや、マジか。マジで変わんない。

    「過去に置いてきたのさ」

    「盾代わりにして使い物にならなくなっただけよ」

     ……ほんとまともなバンド活動じゃないな。

  • 49二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:13:48

    某少佐じゃないけど、全員が全員の為を思って行う闘争に段々と心が踊ってくる
    ちゃんとシュガーラッシュは15年の壁があっても、地続きに存在したあの子達なんだなって感じられる練習風景も大好き

  • 50二次元好きの匿名さん25/08/22(金) 01:28:12

    このSUGARRUSHバンドSSもめちゃくちゃ好きよ
    ありがとう、更新を続けてくれて

  • 511825/08/22(金) 05:42:41

     角材にもたれかかり。延々澄ました顔で立っているアイリを見る。

     無表情。見事なまでの。音に不満があるとかじゃないしね。音がないんだもん。

    「お金使ったというなら、アイリが一番か」

     アンプに付いてるつまみを細かくいじりながらヨシミが言う。弦を弾いてぼやく。「やっぱ音がデジるのよ」。……なるほど。オカルトばばあか。すくなくとも。私の素人耳には別に、デジった音とかいうのは全く理解ができない。なんだデジるって。

    「そんなに? ああ、単純にものが多くて、キーボ―ドっていうよりそれこそ要塞みたいになってたもんね」

    「それもそうだけど。どこぞのベーシストがいなかったもんだから、一台”作った”んだもの。あれはペダル踏みながらキーを叩けば、シミュした音が出るようになってんの。プリセットにして手元で弄れるようにもしてある。複数のエフェクター埋め込んでるようなモンね。もちろんフツーのキーボードとしても使えるし。あとはシンセと、ルーパーと、サンプリング用のパッド」
     
    「……わお」
     
    「レイサにベース弾かせることも考えたけど、やっぱさ。ベーシストを置きたくなかったし。あくまで間に合わせを続けるために、間に合わせのものを作ったって感じ。――負担ものすごいんだから。笑ったりしないで、ちゃんと集中して」
     
     よいしょっと、と立ち上がったヨシミは、最終的に歪みをほとんど取り去り、少しだけ艶感のあるクリーンな音に落ち着かせていた。

    「リードの音に合わせたまま突っ走るから、重くならないけど許して。歪ませるよりこっちの方がカズサが入りやすいはず」

     ん、とナツが応える。

     ……鏡の中の私は、見事に耳が下がっていた。振り返って謝る。すまし顔を解いたアイリは「バカなことやってるなーって自分でも思うから」と笑って言ってくれたけれど。もう一度謝る。

    「こっちも単音だけ弾く? それならキーボードの音だけで」

    「いや。さっきと同じで。ごめん」

    「……ん、わかった」

  • 521825/08/22(金) 05:46:36

     ヨシミはいま怒った。私に怒った。怒られて仕方ない。さんざ、みんなの曲を聴きこんだじゃん。聴きこめてないじゃん。ヨシミがSUGAR RUSHの音を作るなら。アイリはSUGAR RUSHの”雰囲気”を創っていた。作られたものをナツが形を整えて。SUGAR RUSHになっていた。

     本気。これは、ぜんぶ本気。

     こいつらの15年にペーペーのクソガキが口出すな。私はフロントマン。みんなに持ち上げられて表に立ってるだけの、ただの木偶。

     木偶から偶像になれ。SUGAR RUSHの顔は、私だ。

     目を閉じて深呼吸。

     三回。

     集中。

     よし。

    「お願いします」

    「では再度『ヴァンデ』のアタマから。ナッちゃん、カウントお願いします」

     返事の代わりにスティックが鳴る。スネアとタムがハイスピードに回る。バスドラが背中から腹に突き抜けていく。

     ヨシミのアルペジオが乗り。

     クラッシュミュート一発。

     ブレイク。

     ぶんぼんぼん、ぶぁー! しゅーとろろるん! ぶんぼぼぶんぼぼどろろろぶんぼぼ。

  • 531825/08/22(金) 05:50:50

     ――まずはセリフから。

     なんかエロそうに、吐息気味で……。

    「”――月影 割れた鏡に散った誓約(あい)の幻声(ヴォミュワール)”」

     ……。

     ……。

     ……。

     ヨシミのピックスクラッチが雑に鳴る。あえての雑。壊れた心のイメージ、だっけ。

     曲が終わる。不協和音の残響。シンバルの残り香。

     ……。

     音が途切れる。

     ……。

  • 541825/08/22(金) 05:53:53

    「――ぶはぁ!」

     最後の静寂を邪魔しないように止めていた息が飛び出る。呼吸がままならない。一曲やっただけで汗が染みてくる。お腹が攣る。足が震える。口ん中カラカラ。

     頑張った。上手く歌えた、と思う!

    「どうだった!?」

     鏡越しではなく、振り返る。こいつらのSUGAR RUSHの曲の、初めての合わせにしては、上手くやれた! 歌詞もカンペキ、死ぬほど心殺してエロい歌詞でも感情移入カンペキ!

     どうだった!?

     私の顔はきっときらきらしているに違いない!

     どうよアイリ! あんたの厨二歌詞、歌いこなしてやったぞ!

    「――なんで棒立ちなのよこのバカズサ!!」

    「あ痛ったぁ!!」蹴りが尻に入れられた。なんで!

     ナツのドラムが荒ぶっている。怒りのドラムが。

     私の尻を蹴り上げたヨシミが仁王立ちで、ドラムに負けない声でがあがあ怒鳴る。

    「動け! 煽れ! 全身使え! あんたなんも楽器持ってないんだからそれが仕事! 客の心ぶっ壊すつもりでやれっつーの!! スタンドなんてもんは振り回すためにあるのに、寄っかかって私らにケツ振ってどうすんのこのバカ!!」

    「ちょ、え、うぇえっ!?」

  • 551825/08/22(金) 05:55:19

    「ほらみなさい、ナツもブチ切れてる!!」

     どたむんだらららばしゃんばしゃん。

     強打されたあと。無言でスティックが飛んでくる。

    「痛っ、わかっ、わかったごめんって! で、でも歌は、歌は大丈夫だったでしょ!?」

     それだけは自信あるんだけど!
     
     アイリを見る。

     演奏中、ずっと声を張っていたアイリはこほんこほんと咳をして。

     澄ました顔で私に言った。

    「二三発犯されて来てください。その後捨てられて、依存に縋って眠れぬ夜を過ごして来てください」

    「無茶言うな!」 

    「はいもう一回! 一曲に何日も掛けてらんないからね。今日中にあの時のアイリの頭ん中カンペキにトレースしてもらうわよ!」

    「まず冒頭のセリフが耽美ではなく、ただのえっちな発声になってしまっているので改善よろしくお願いします。ではアタマから。ナッちゃん、カウント」

    「あいよー」

  • 561825/08/22(金) 05:56:49

    「待った待っ――」

     スティックが打たれる。タムが回る。

     私は慌てて転がしてしまった角材を拾い……。

     耽美ってなんだ!? 動くってどうやって!?

     とにかく集中、集中! 

     ……。

     あ”-!!

  • 571825/08/22(金) 06:01:38










    (温度差)

  • 58二次元好きの匿名さん25/08/22(金) 06:59:02

    カズサは一曲以外思い入れどころか聴いたことすらなかった訳だから難しいわな

  • 59二次元好きの匿名さん25/08/22(金) 16:14:20

    草 

  • 60二次元好きの匿名さん25/08/22(金) 16:18:14

    積み重ねた年月がないからしゃーなくはあるけれど、まあドーン!!ってなる感じのライブで「なんか良い感じに歌いましたー」は合わないわなー……
    さあさ今はまだ練習、どんどん失敗して時には成功して空白を埋めていこう

  • 6118(よるまでほ)25/08/22(金) 16:31:13

     ※

     ころころ、りりりり。秋の虫が、真っ黒の中から聞こえてくる。

     部屋の明かりを背負いながら縁側で。テレビの音と一緒に虫時雨を浴びて、ぼんやりしていた宇沢の隣に腰掛ける。

    「あ、お疲れさまです」

     ほにゃっと笑った宇沢の髪はまだしっとり濡れていた。ボリュームのなくなった淡い髪が、背もたれを越え、板の間に散らばっている。茶羽織の荒い布地に引っかかった髪を落とし、カシュっと。冷蔵庫からくすねてきたサイダーのプルタブを開けた。

    「好い宵ですね。雪の褥に埋もれる前の、命の輝き……」

    「は?」

     ……。

    「ごめんなさ――ごめん。”耽美”が抜けてなかった」

    「ああ、『ヴァンデ』……」

     ぶんぶんと被りを振って、致死量までぶち込んだ耽美を最後の一滴まで吹き飛ばす。温泉で全部落としてきたつもりだったけど。まだ隅っこに残ってやがったか。

     ウシシと歯を見せた宇沢と、ぽりぽり頭を掻く私の背中に、テレビの声。

    『こちらD.UのS.C.H.A.L.E本部ビル前です! たった今アビドス支部が到着しました! えー、あ! あちらに見えるのはアビドス支部長小鳥遊ホシノ先生と、職員の砂狼シロコ先生で――』

     肩越しにテレビを見ると、赤色灯と強力な照明に照らされたビルの前に陣取るヴァルキューレの校章。そこにワゴン車から降りて来たホシノさんが向かっていき。一言二言やり取りをし。

     ……あ、揉めた。

  • 62二次元好きの匿名さん25/08/23(土) 00:13:53

    保守

  • 63二次元好きの匿名さん25/08/23(土) 07:28:44

    保守

  • 6418(よるまでほ)25/08/23(土) 16:26:55

    「どうですか、練習は」

     格闘技の実況かのごとくリポートし始めた音声をチラ見すらすることなく。宇沢が言った。明るい部屋と暗い外。縁側の大きな窓には、私たちの姿がぼんやりした鏡みたいに映っている。

     首にかけたタオルで口元を隠しながら。答えた。

    「……追試。明日は別の曲。でも合格するまで毎日試験」

    「あー」

    「アタマん中もう廃頽と耽美と薔薇でいっぱいいっぱい。お手本見せて欲しいのにアイリ絶対歌わないし! そりゃ口で音出してるから、演奏中は歌えつったって無理なんだけどさあ」

    「ひひひ。あの曲の話題出すだけで自傷しはじめますからね、アイリさん」

    「上手いと巧いと旨いの違いってなんだよもう!」サイダーが口の中で弾ける。ボーカルに炭酸は悪いだ? サイダー飲んでる人にしかできない歌い方だってあるだろうに! 私はそっちへ行く。お上品で音程外さないシスターフッドみたいな歌声なんてクソ食らえ。

     飲む? と口を付けた缶を差し出すけど。宇沢は「あんまり炭酸得意じゃないんですよねぇ」と、肩を揺らした。裏切り者。「今日はもうお休みですか?」。「いや。ヨシミの作業が終わったら『いろキャン』の合わせ。こっちも毎日」。「あー」。

     がたん、とどこかの戸が鳴った。広い建物のどこかから足音。すぐ止む。宇沢が鼻歌する。『ヴァンデ』のコード弾き部分を。

     テレビには白髪の女性とホシノさんが遠方からのアップで、ひどい手ブレで映されていた。たぶんあれが砂狼さんとやらか。アビドス支部。セリカさんの先輩、だっけな。ちらっと話聞いた気がする。

    『ご覧ください! 公安局長が直々に今、シロコ先生に対し威力業務妨害と公務執行妨害で――あーっと! 銃を突きつけました! 火器が出ました! これはいよいよか、いよいよなのかぁーっ!!』

    「……」

     じゅるっと。サイダーをすする。ぱきんと家鳴り。

  • 6518(よるまでほ)25/08/23(土) 16:29:46

     慌ててシロコさんを抑えたホシノさんのふにゃふにゃした笑顔が見え隠れする。様々な報道陣も集まり、良く知るS.C.H.A.L.E前はこんな時間なのに人でごった返し。よく見れば学生たちも遠巻きに心配そうに――いや。囃している。

     まあ。これだけ見れば楽しそうだし、私も。もし学生で、なんのしがらみもなければ、顔だしに行ってたかもしんない。渦中の人間としては笑える事態じゃなくとも。知らない人たちからすれば、退屈な学生生活に差し込まれた、格好の餌なんだし。

     ちら、と宇沢を見る。

     見てない。テレビ。

     外を。ぼんやりと外を見ている。自分の顔を見ているのかと思ったけど。焦点は、その向こう。

     ……。

     じゅるっと。サイダーをすする。

    「そっちはどう? リハビリ」

    「しんどいですねぇ。おかげさまで、動かさなければ、痛み自体はほとんどないんですが」

    「そっか。頑張れー」

     ……。

    『おや? 中から誰か……先生が――いえ! 違います! 出てきました出てきました! 狐坂先生、狐坂ワカモ先生です! 警備と護衛を務められている方が出て来たと言うことは――……銃撃戦です!! 銃撃戦が始まりました!』

    「うわマジか。あんだけボロボロだったのにもう……」

     缶に口を付けながらテレビを流し見る。画面の向こうで、ついこのあいだ私に銃をつきつけ。歯を剥きだしてブチ切れてたオバサンが新しい仮面を着け。ヴァルキューレの盾の向こうから、銃をぶっ放していた。

  • 6618(よるまでほ)25/08/23(土) 16:32:34

     ホシノさんは応戦しようとするシロコさんを引きずり、乗って来た車に押し込んだ後。

     アビドス支部は、アクセル全開でその場から去った。

     あら以外。ドンパチにはならなかった。宇沢があんだけ危惧してて。今朝四時、寝起きのアルさんに「急いでアビドスに向かってください!」と借りた電話口に怒鳴ってたのに。「特急便サービスはやってないのよ」と欠伸混じりに言われてたけど。

    『おやつまら――いえいえ、失礼しました。えー。意見書への回答は未だないまま、本部は沈黙しております。こちらが入手した情報では、連邦生徒会は、本部に対し早急な回答を求めているようですが、今のやり取りを見るに回答の準備が済んでいないのでしょうか。あ、そうだそうだ。そのS.C.H.A.L.Eから、別件ですが、支部の機能停止の代替策として直通バイク便と――』

     ……。

    「……宇沢?」

    「はい?」

    「あ、いや。ニュース見ないのかなって」

     だから。こうして点けっぱなしのテレビの、気になる音声がバンバン聞こえてくる場所で。ぼんやりと外の真っ黒を見ながら、一切反応を示さない宇沢が、なんだか。

     宇沢はゆっくり、ゆっくり。小さい踏み台の上に乗った、氷の入ったグラスに顔を近づけ、ストローをすすり。「んー」と、生返事をした。

     心ここにあらず?

     またゆっくりゆっくり。体を起こして。窓に映った私を見て、言った。

  • 6718(よるまでほ)25/08/23(土) 16:34:29

    「杏山カズサは」

    「はい」

    「……」

    「……?」

    「ええと……」

    「なによ」

    「……聞きたいことは、聞きたい、ですよね」

    「は? ――ああ。みんなとか先生のコト?」

    「ん、まあ」

     そんな感じです、と。目にかかる前髪で顔を隠し。うつむいた、むにゃついた声で宇沢は答えた。

     歯切れ悪いな。そりゃそうか。15年間お世話になった人が今。私たちの敵……なんだから。

     ……敵かぁ。

    「ですから、その」

    「おん?」

     じゅるっと。サイダーをすする。

  • 6818(よるまでほ)25/08/23(土) 16:36:02

    「先生のこと、お好きでしたよね。ラブ的な意味で」

     すすったサイダーを窓にぶちまけた。

    「そそそそ、そんなことないし!」

    「いや、バレバレですよ。あんな毎日毎日、片道一時間近くかけてS.C.H.A.L.E行って……。あちこちでウワサになってましたし」

    「あれは先生大変そうだから手伝ってあげようって――」

    「当番が帰った時間見計らって行ってたときも、何度も何度もありましたねー?」

    「ちがっ、あれはスイーツ部の活動と重なったからで!」

    「『最近付き合い悪いのよ』ってヨシミさん、ぼやいてた時期ありましたよ?」

    「だーっ! 違う! 断じて! 違う!」

    「別に隠さなくてもいいんですけど。私からすれば――いえ。失礼しました」

    「過去のことだから、って?」

    「うっ。すみません。大変な失言でした」

    「いいけど」

  • 69二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 01:07:41

    保守

  • 7018(夕方までほ)25/08/24(日) 07:03:18

     顔あっつ。胸もびっしゃびしゃ。浴衣、新しいのにしないと。

     首にかけてたタオルで窓を拭き。桟を拭き。埃がほとんど溜まっていない桟に、ハルカさんのお掃除力の底力を見せつけられる。見習えよ、ゴミ屋敷のプロどもめ。

     お風呂上りだからだけじゃない顔の火照りを確認し。ガラスに映った宇沢と目を合わせ。

     逸らす。

    「好きだったよ」

    「……ごめんなさい」

    「なんであんたが謝んの」

     後ろ手に、サイダーでべっとべとになったタオルを投げつける。丸めたタオルは、ばすんと宇沢の胸に当たり。

     膝の上に落ちた。

     いい。もう。とっくに整理のついたことだから。そう。言ってしまえば。過去のこと。

    「いいんだよ。なんかこないだの件で俯瞰しちゃったら、好きとか。恋とか? ……そういうのじゃなかったんだって、ハッキリわかった」

    「……」

    「勝てないよ、ワカモには。だってさ。私、ムカついたもん。ダメだった。受け入れらんなかった。ただの憧れ、とか。みたいなもんだったんじゃない? そんなに落ち込んでも無いし。そういうこと、だったんだよ」

     淡い淡い。

     育っても無かったこの心。種が撒かれただけで、芽が出ることはなかったこの想い。たった一度の大雨で土は流れ。種は腐った。ショックを受けこそすれ。引きずるほどではなく。出るのはせいぜいため息と、愚痴。私という土壌に、この種は芽吹かなかった。私はきっと――いや、自分で言うことじゃあ、ないな。

  • 71二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 15:56:16

    秘められた嘗ての想いには届かず

  • 721825/08/24(日) 20:58:01

    「ごめんなさい」

    「だからしつこい。なんで宇沢が謝――」

     苛立って振り向いたと同時。私は。呆れる。

     ……はあ。

    「奪ってしまってごめんなさい」

     静かに。ぽろぽろと。胸に水滴を付けながら。静かに泣いていた。表情を変えずに。ガラスに映ったぼんやりした姿じゃわからない。ぽたぽたと、静かに。吸った息が震えている。吐いた息が熱そう。

     ばーか。大人のクセに。

     こっちは鼻から。ため息が漏れてしまう。

     ああそうだね。あんたはそういうヤツ。

     宇沢のせいで私の想いが叶わなくなったとか、そんなこと、私が思ってるとでも? 恨んでるとでも? そう思われてる方がムカつくんだけど。そりゃあ先生の件だけじゃなくて、みんなにも聞きたいことはたくさんあるよ。あるけど、それは宇沢のせいじゃない。くそったれな世界のせい。

     隣にお尻を持っていき、あぐらをかいて寄っかかる。宇沢の柔らかい腕に私の腕がくっつく。広間。縁側。スペースはたくさんあるのに、私たちの姿は一枚のガラスに収まった。

    「もともとそうだったってだけ。遅かれ早かれ気付いてたことだよ。そんなことで泣くなー?」

     どうせ。誰もが通る道のひとつなんだから。

    「それだけ、じゃ、なくて」 

    「んー?」

  • 731825/08/24(日) 21:14:04

     ひくっ、と。宇沢のしゃっくりでこっちも体が揺れる。あたたかい体。くっついてるところは、じんわりと湿ってきた。

    「代わりを、してしまって」

    「……」

    「奪っ、てしまって、ごめんなさい」

    「……あー」
     
     そっちか。本命は。

     ほんとバカだな。大人ってこんなもんなのか?

     宇沢だからなのか。子どもの頃から知ってるヤツだからこそ、大人相手に”こんなものか”とか思うのだろうか。それとも、大人というものはそもそも、こういうものなのだろうか。

     席を奪ったとか。ほんともう、このバカが考えそうなこと。15年間過ごしてきたところが。自分の居場所じゃなくて、私の代わりに座ってたとかそんなこと。あーもうバカバカ。ほんとバカ。その15年はあんたの15年だっつーの。私のじゃない。奪われるも何も、最初からそんなものは持ってないんだって。

     あーあ。先生のことも、昔から知っていれば。『ほんとコイツ変わんないなー』とか、思ったのかな。

    「ばっかじゃないの」一応。心の底からの本音を出してから。衝動を押し込めようとする喉から。さっさと言葉を追い出してしまう。

    「ありがとね」

     私の経験値じゃあこれが正解なのかわかんない。でも、15年前のコイツに。15年間のコイツに、私が素直な気持ちをぶつけるのだとしたら、これしかない。

    「あいつらの側にいてくれてさ。――えと。まあ。私の側に居てくれた、のも?」

  • 741825/08/24(日) 21:19:13

     うん。たぶん。コイツにマトモにこんなこと言うのはクソ照れるけど。いつか。いつか言えなかったことを、ちゃんと言った。ちゃんと言わないとダメだって、理解した。宇沢のバカは変わってなかったから。そんなこと考えて生きてきたとかバカの極みでしょ。

     ありがと。これも。私の本音。言わないでもわかるとか。そういうのはダメなんだなぁ。

     隣からほっそいほっそい声。窓は見ない。髪に隠れた宇沢の顔を、横から見る。ふるふると震える髪を見る。

    「あんたにとって15年って長かった?」

    「はい」

    「いろんなことあったんだよね」

    「は、い」

    「ずっと一緒に居てくれたんでしょ?」

    「……たぶん?」

    「そこは”居た”って言えよ」

     肘で小突くと「えへへ」なんて笑って。洟が、じゅるっと。吸われた。湿っぽくて。ぐじゅぐじゅの声。

  • 751825/08/24(日) 21:26:20

    「宇沢は宇沢で」

    「……」

    「わたしはわたし」

    「……はい」

    「そゆこと」

     ぐりぐり。人差し指で。化粧水を浴びたばかりの、ぺたぺたした頬っぺたに爪痕を付けてやる。「わかった?」と念を押しながら。

     ずび。洟が吸われて。

    「はい」

     ぐじゅぐじゅの顔で。不服そうに返事した。

     おいおい。いい締め方したじゃん。このやろ、足んないか。

    「まだなんか不安に思ってることあるなら言っちゃえって」

    「不安とかじゃ、なくて」
     
     どたどたどたどた。

     上から足音。階段の方へ向かっていく。

     ああ……憂鬱が裸足でやってくる。また怒られる。怒られる時間が始まってしまう。尻を蹴り上げられる時間が。

  • 761825/08/24(日) 21:39:07

     宇沢の頭に体重を掛けて立ち上がり。ぐりぐりと撫でてから、伸びをした。くっついていたところが涼しい。練習が始まる前に着替えなきゃ。
     
     帯の結び目をほどいて。

     座卓の下に置いてあったティッシュ箱を引っ掴み、聞いた。

    「時間切れ。話はあとで絶対聞くから。顔、自分で拭く?」

    「ひざのとこに置いてください。――ありがとうございます。杏山カズサ」

    「ん! 私の尻がこれ以上割れない限りね!」

     サイダーを吸った雑巾をテーブルの上に放り投げ。寝る前のひとっ風呂を一緒に入る約束をして。

     すたんっ。ふすまが勢いよく開かれた。

    「おまたー。ヨシミ終わったっぽいから、始めるよ~。お尻の準備できてる?」

    「出来てるわけないでしょ! あー、ちょっと着替えてから行くわ。サイダー零してべったべたなんだよね」

    「あいあい。あ、レイサも時間あるなら来てー? 正面からチェックして欲しいんだよね。まだカズサの動き固いから」

    「わかりました!」

    「……なんか鼻声?」

    「あっ、いえ、なんでも。ん”んっ」

  • 771825/08/24(日) 21:59:06

     ガラスに映らないよう、それとなく障子を閉め。浴衣を脱ぎつつ、ナツから宇沢への視線をカットする。「肩貸すよ」とこっちに来るナツに。「私が連れてくから浴衣の替え取って。たしかそこの押し入れにも入ってるから」と、突っ返す。

     聞くべきこと。聞きたいこと。

     聞かなければ、気付かなかったこと。

    「聞くべきだよね。やっぱ。聞かないよりはさ」

    「ん?」

     押し入れの引き戸を開けたナツが肩越しに見返る。ちり、と。耳に着けたピアスの、どれかが鳴った。

    「……ですよね」

     歯切れの悪い宇沢の返事に。「なんかしっとり湿度を感じるねぇ」と、ナツがにたにた笑い、私の前に浴衣を一枚、放り投げた。

     どうせコイツも私と先生の話知ってんだろうし。ていうかリアルタイムだったし。今は茶化してるだけなんだろうけど。あー。恥っず。

    「内緒です」

     洟をすすり。私の代わりに答えて、顔の前に重ねたティッシュを持って来た宇沢は。手よりも顔をぐりぐり動かして。「花粉症が辛いですねー!」なんて、わざとらしく声を張った。

    「レイサ、ブタクサだめだったっけ?」

    「ナツ」

     私は持ち上げた浴衣を投げ返す。

    「XLはでかいっつーの。Mないの?」

  • 781825/08/24(日) 22:00:06











    (いったんここまで)

  • 79二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 00:46:58

    やっぱレイサはいい娘だねぇ

  • 801825/08/25(月) 04:22:34

    (保守替わり……ということで)


    (話のつながりはないので、読まなくてもまったく問題ないのですが)

    (いまシュガラが滞在してる旅館というか民宿)

    (一応、以下のお話と同じ舞台として書いてたりしまして……)


    (投稿できない日の手慰み、罪滅ぼし的な心持ちで貼っておきます)

    (二年生のティーパーティ三人組が学校サボってお忍びで百鬼夜行に旅行に行くお話です)


    【SS】旅を春する|あにまん掲示板bbs.animanch.com
  • 81二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 09:17:48

    一人一人、けれど確実に「各々の生きた人生」

  • 8218(夜までほ)25/08/25(月) 16:31:23


    (ほしゅほしゅ)

  • 83二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 22:50:43

    同じ人だった驚き
    ティーパーティーの話も面白かったです

  • 84二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 22:53:29

    >>28

    追いついた...本当に良薬

  • 85二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 02:12:51

    いや
    花粉だよ

  • 8618(夜までほ)25/08/26(火) 07:02:03

    >>83実はそうでした)

    (読んでくださってた方ですか……。まいど、ありがとうございます)


    >>84追い付かれてしまいました……。ありがとうございます、ようこそここが切羽です)

    (誤字なんでしょうけど、良薬って言われても嬉しいですね……)

    (お薬のようなお話を書きたいものです、ほんとに)


    >>85 これ)

  • 87二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 07:06:20

    このレスは削除されています

  • 8818(夕方までほ)25/08/26(火) 07:10:55

    >>77

    ■D-Day -10


    「――あ、きたきた。代わるねー」


     事務所の扉を開けた子を手招きして受話器を向ける。自分を指さし、頭にハテナを浮かべていたので「レイサちゃん」と一言付ければ。堅苦しそうなその子の表情はパッと変わり。


     激情。怒りの表情。


    「もしもし先輩!? いままでどこに――いえそれはともかく連絡ぐらいしてくれませんかね本当に!!」


     ぶんどられた受話器。私の目の前で唾を飛ばし怒鳴る子は、トリニティ支部の子。


     心配だったろーなー。だって、自分が出張に出たその日の夜に燃えたんだもん。トリニティ支部。しかも支部長は一週間以上行方不明。そこを起点に、全自治区の支部がクーデター染みたこと起こしてるってんだから、同じトリニティ支部の人間としては、レイサちゃんが見つからないことのストレスはすんごかったと思う。


     マシンガンみたいに不満と不平と文句と詰問を投げていくエリナちゃん。かわいい。くふ。大好きなんだなー、”先輩”のこと。


     ま。私の後輩には負けるけどね!


     電話口にがなりたてるエリナちゃんを尻目に、秋口のミレニアムでビキニトップで過ごしてる痴じ……エイミちゃんのデスクの前の椅子に腰かける。


     私はコートとマフラーと手ぶくろ持参。ミレニアム支部に来るなら必須。冷房が18℃でかかってる上にこの扇風機。しかも、アイスまでかじって。バカなんじゃないかなー?


    「どう?」


     私が渡した書類からエイミちゃんは目線を上げずに、無表情で答えた。


    「だいぶ話が変わってくるね。これだと」

  • 8918(夕方までほ)25/08/26(火) 07:24:27

     見慣れない形の椅子に座り込むと全身を包んでくれるような座り心地。腰も、背中も、首も。全身が包まれてるみたいな心地よさで、思わず声が出た。「すっごいねこれ」。私が言うと「不評なんだよねそれ。座り心地良すぎて作業が進まないって」と、やはり書類から目を離さず。口をほとんど動かさないで言った。

     不評なら貰っていきたい。これ欲しい。

    「トリニティからここの地点まで飛ばすには今のままじゃダメかも」

    「そうなの?」

     ガタガタとんでもないスピードでキーを打ったエイミちゃんは画面を見て唸り、がりがり何かを書いて。また唸った。

     背後でヒートアップしていく怒鳴り声を聞きながら「調整間に合う?」と聞くと、腕を組み、天井を仰いでしまった。扇風機の風に前髪がめくれ上がっている。

    「バッテリーが保たない。根本的な見直しになる」

    「えー。お尻は伸ばせないんだけどなあ」

    「……ちょっと待ってて」そう言ってスマホでどこかに電話を掛けたエイミちゃんは、すぐ繋がった相手に対し、二三、専門的な用語で質問を投げた。何言ってるかわからないけれど、表情を見れば。あんまり芳しくないことはわかる。

     すぐに電話は切られ。「急に仕様を変えるのはキツイなあ」と、スマホをデスクに放り投げて、言った。

    「しかもこっちなに? ライブ中ずっとスピーカー乗せて飛ばすとか。――調べたけど重すぎる。何時間予定してる? あ、90分か。無理無理。ヘリ使いなよ。行き帰りの時間考慮されてないじゃんこれ」

    「目立つんだよねーヘリは」

     きしみもしない椅子にどっぷり座り込んで。長旅で疲れた腰を労わる。あー。このまま寝れるかも。いや、ここで寝たら凍死しちゃう。でもなー。昨日のホテルほんとひどかったし。治んない貧乏癖。アルちゃんが悪い。いつまで貧乏出張やらせるんだ。

    「これならいっそ一台一台にシュガラ乗せて飛ばした方が現実的。空中ライブでもよくない?」

    「”屋上”じゃないとダメなんだって」

  • 9018(よるまでほ)25/08/26(火) 16:31:44

    「ええー……」

     また天井を仰いで唸り。

     がくんと首を前に倒して言った。

    「エンジニア部と打ち合わせてくる。夜にはいったん纏めてくるから待ってて。ケイが居ればもうちょい早いかも」

    「えへへ、ありがとー♡ あ、ジャックの方はどう? 報告しなきゃなんないんだよね」

     お叱りの声がだいぶ落ち着いて来たエリナちゃん、が、持ってる受話器を指差す。

    「そっちは簡単。先輩に頼んであるし。クラックできる場所はリストアップ済み。あとでマップにマーキングしてあげるよ」

    「おお、頼もしい!」

    「飛行船の方はクロノスが今飛ばしてるモノっていう仮定だから不確定だけど、そうなら問題なしって言ってた。にしても……」

     バカ言うよほんと、とぼやいて立ち上がり、さっさと出て行くエイミちゃんの背中に手を振って見送った。すぐに冷房を切って暖房を入れる。ぼんやり暖かい空気が冷蔵庫みたいな部屋にゆったり広がっていく。見えないけど、見えるみたいに。冷気が塗り替えられていく。

    「――で、事実なんですか」

     エリナちゃんはレイサちゃんに、事の経緯を聞いているみたい。S.C.H.A.L.E支部だけの専用回線。もちろんセキュリティはばっちり。そもそも存在自体先生は知らないハズ、ってエイミちゃんは言ってた。シッテムの箱がどれぐらいすごいのか私にはわからないけど、知らないものは探そうともしないよね、きっと。

     この、人をダメにしそうな椅子から、勢いを付けて立ち上がる。

     抱きしめるように持たれた受話器をひょいと奪い取り、すっかり意気消沈したレイサちゃんの声を少し聞いてから、言う。

    「お電話変わりましたー☆」

  • 91二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 23:29:33

    放課後保守部

  • 92二次元好きの匿名さん25/08/27(水) 02:22:27

    ジャック計画も立ってて……本気だ

  • 931825/08/27(水) 03:03:52

    『ああ……ムツキさん』

     隣で不服そうに頬をふくらませるエリナちゃんに、片手とウインクで謝っておく。

    「いま計画書見てもらったんだけどね? ドローンは調整が必要。できない……とは言わなかったから、たぶん大丈夫じゃないかな。今日の夜までには回答くれるって。モニタの方は計画通り。――ヒマリちゃんがやってくれるらしいよ」

    『とんでもない大物が出てきましたねぇ。ホンモノの指名手配犯じゃないですか』

    「SUGAR RUSHもホンモノだけどね? あ、今となっては、レイサちゃんもか」

    『え、わたし指名手配されてるんですか!?』

     電話口の向こうで『ざまぁー!』と歓声が上がった。あは。ホントにされてるわけじゃないけど、先生に追われるって、指名手配みたいなもんだよね。

     ……今、キヴォトスはレイサちゃんに注目しているのは間違いない。事の発端はレイサちゃん。そのレイサちゃんの発端は。

     SUGAR RUSH。

     きっとあと数日もすれば、必ずニュースはそっちに傾いていく。ニュースが傾けば世相が傾く。レイサちゃんがどう動くかを、キヴォトス中が注目する。アヤネちゃんは上手くやったよ。S.C.H.A.L.Eの支部を派手に動かして目を逸らしつつ、じわじわとレイサちゃんの存在を浮かび上がらせるように調節してる。指揮権をいつでも渡せるように。お膳立てまでしっかりして。

     この騒動の根本は、レイサちゃんと、レイサちゃんの行動原理であるSUGAR RUSHにすべての決定権が委ねられている。
     
     そんなの。

     ……。

  • 941825/08/27(水) 03:08:40

    「タツミさんのおネムの時間には間に合わなそうだし、明日も連絡するね! 時間は今日と同じで。エイミちゃんには私の滞在先教えておくから、緊急時はこの回線で。知らなかったよ、支部間でこんなの持ってるなんて。うちにも欲しいなー」

    『アプリを通さないでも使えるなんて私も知りませんでしたよ』

    「この事務所の電話でだけみたい。『この回線にアプリのシステム噛ませるだけだし』って言ってたけど、電話の基盤からいじってたよ」

     私が今使っている受話器。電話機は。すべてがむき出し状態で、デスクの上に散らばっている。散らばった部品は色とりどりのコードで繋がれているけれど、どのコードがどれに繋がっているとかぜんぜんわかんない。何か一つでも触ったら動かなくなりそうで怖いぐらい。

     コートのポケットからマスクを取り出して。私は言う。鼻のとこにくっついたファンデをちょっと。指で擦って。

    「じゃ、エリナちゃんに電話返すね。次はアルちゃんだっけ」

    『ですね。お昼ごろという話です』

    「それまでお話してあげなー? この子、レイサちゃんのことが心配で仕方なかったんだから」

     じゃあねー。

     エリナちゃんに受話器を渡す。

     ――その顔! かわいい!

    「お電話変わりました。言っておきますが、心配していたわけではなく、憤っていただけです」

     素直じゃない言葉と、声に出さず私に牙を剥く顔。それに笑顔を返してマフラーを外す。手ぶくろも外す。冷え性だからコートはまだいいとして、さすがにだ。さすがに秋にマフラーも手ぶくろも早い。これは、エイミちゃんが居るときだけの装備。

    「ちょっとすみません――お出かけですか?」

     通話口に手をやって言うエリナちゃんに「夕方ぐらいにもっかい帰ってくるね」とだけ告げ、外に出た。

  • 951825/08/27(水) 03:41:12

     風は冷たいけど気温はちょうどいい。マスクを着けて、太陽に向け伸びをする。真っ白い太陽。何にも遮られず私に届く陽光。あ。大気か何かがあるんだっけ? どうでもいいや。そんなの考えてるのダッサいし。
     
     道行く学生たちは、私のことなんか気にかけず。難しい話をしながら行き違う。それなりにSNS活動を頑張っているから、マスクが無ければたぶん、声掛けられちゃうだろうけど。それでも、たったマスク一枚で。私は消えてしまう。

     アリスちゃんは学校にいるのかな。それともGDDのオフィスかな。

     どうせしばらくはミレニアムに滞在だ。今日はオフィスの方に行こう。私の足は弾む。ごつごつと。一目ぼれで買っちゃったアクティブブーツを鳴らし、幾何学模様に敷き詰められたレンガ道を歩く。

     ……。

     嫉妬を抱えちゃってるなんて。自分が一番わかってる。私だってもっときらきらした舞台に立ちたい。注目されてもてはやされたい。誰もが持ってる気持ち。わたしはみんなと同じことをして。みんなの中で輝いていたい。10代は10代の。20代は20代の。そして、30代は30代のきらきらをたくさん集めて。いつか訪れる最期のときに。一つ一つを取り出して並べたい。

     でも、もっと大事なことがある。もっときらきらするための下準備。やり切るために。生き切るために。これは下準備。主役を輝かせるための、影の主役。私のぜんぶにまたがるきらきらのため。

     それが私の。

     いや。

     ”みんな”で書いた脚本。

     私たちが主役の物語の脚本は残ってる。

     便利屋68の舞台はまだまだ続く。カーテンコールには早いって。これは私たちの舞台の劇中劇。SUGAR RUSHの物語は私たちの物語の中で生き続ける。私たちが関わってるんだからハッピーエンドじゃないと許さない。私たちの舞台は全部が見所じゃないとダメだもん。”くすんだ部分”は許さない。

     くるくると髪の毛を指に巻き。ふと見かけたお菓子屋さん。ここにこのお店あったっけってなるぐらい。自然で、なのに目を引く、その立地。

     左右を見て小走りに道路を渡り。かわいい店員さんの挨拶を浴びて。時期柄、マロン系のスイーツが目白押しになっているショーケースを流し見る。お土産にちょうどいい値段なのを確認し。

     12個2500円のミニケーキ詰め合わせを一箱。買った。

  • 96二次元好きの匿名さん25/08/27(水) 11:58:53

    影に生きるのがアウトローだからね

  • 97二次元好きの匿名さん25/08/27(水) 16:25:12

    このレスは削除されています

  • 9818(よるまでほ)25/08/27(水) 16:26:12



     私に銃を突きつけている人がいる。私に銃を突きつけた人がいる。

     かつて。コンビニへの買い出しの帰り道。人通りのない、路上で。

     『有名なアウトローがいたよね。ジェシー・ジェイムス。彼の最期は、味方に背中を撃たれて死んだ。卑怯者のロバート・フォードに。これも破滅の伝説。永遠の物語』
     
     銃をつきつけてきたカヨコは18才。突きつけられた私は16才。

     この年になって思う。カヨコの言うことは正しい。いつだって正しい。私は一生カヨコには勝てない。良い部下を良く使うことこそが、良き上司であるとなにかの本に書いてあったから。気にしているわけじゃないけど。こんな。15年越しに正しさを証明してくるなんて。

     あの子は。あの”先輩”は。出会った頃からもう、鬼方カヨコだった。

    『なにをやっても――先生が助けてくれる」
     
    『だから! それをやったら対等な関係になれないって言ってるの!」

    「アルさん」

     瞑っていた目を開く。片目だけ。

     長い髪を編み込み、シニョン風にまとめた女性が。眼鏡の向こうの穏やかな瞳を私に向けている。

    「そろそろお時間ですよ」

     手首。腕時計を見ると、13時。午前中はムツキ。午後は私。そして夜はカヨコ。ローテーションでの口頭連絡。私の番だ。

     馴染みの女性はかたかたと軽快にキーを打ち慣らし。続けて「また年末に冬季砂祭りのお仕事依頼したいのですが、大丈夫ですか?」と。画面から目を離さずに言う。PCライトがメガネに映っている。

  • 99二次元好きの匿名さん25/08/27(水) 23:20:59

    うへー深夜落ちやすいよう

  • 1001825/08/27(水) 23:58:21


    (あにまん重かったんです?)
    (むむむ……まいどまいど、ほんと助けられております……)

  • 101二次元好きの匿名さん25/08/28(木) 02:40:13

    アウトローって、難しいね

  • 1021825/08/28(木) 07:08:12


    (夕方までほァ!)

  • 10318(よるまでほ)25/08/28(木) 16:21:18

     かたかたかたかた。たん。

     かたかたかたかた。たたたた。

     ……。

    「レイサさんにお電話しなくていいんですか?」

     ……。

     ちりちりと。アビドスの熱射がうなじを焦がす。ざっとひとくくりにした髪もやはり砂っぽく。今朝もお風呂に入って来たのに、またお風呂に入りたくなってくる。

     私はソファから立ち上がり。つば広のカペリンハットとサングラスと。アームカバーを付ける。アビドスの秋は夜に来る。昼は。夏だ。

    「お出かけで――」

    「アヤネ」

     傘立てから日傘を抜き。言う。

    「申し訳ないけど、代わりに連絡しておいてくれる? スマホはそれ使って。来る途中にブラマで仕入れて来たものだから安全だと思うわ」

    「……わかりました」

     大きくため息を吐いて。「まったく。私が一番の便利屋じゃないですか」と。私に聞こえるように愚痴を溢す。

     業務停止宣言をしつつ、その実。自立精神の強いアビドス内の問題は、いつも通り、S.C.H.A.L.E支部だけで回している。アクの強い先輩と同級生に揉まれ続けた真面目ちゃんは、化け物染みた事務処理能力を、自らの生存戦略として獲得していた。

  • 10418(よるまでほ)25/08/28(木) 16:29:14

     エアコンが聞いた事務所から外に出ると湿気のない、カラっとした熱気。食べ物の匂い。喧騒。銃声。

     日傘を開いて日陰を作れば。体感温度はガクッと下がる。

     ――だーかーら! 砂はちゃんと業者から買ってるやつだって! 衛生的! ほんっとしつこいなあんたら!

     ――じゃあなんで営業許可証を掲げないんだよ! どうせ袋だけで中身詰め替えてんだろ、摘発だ摘発!

     ――あーもう百夜だからってデケえ面してんじゃねえぞ! おいてめぇらやっちまえ!

     爆発音。

     少し歩けば心地いい爆風に当たる。S.C.H.A.L.E支部の裏道ですらこうだ。二つの自治区が共存する場所の治安が安定するのは、一体いつになるやら。

     ……。

     私が報告すべきことはない。レイサが欲しい情報を的確に、正しく、説得力を持って説明できるのは、アビドス支部の人間。直接話せるならそれ以上のことはない。今回の絵を片手間で描いたアヤネが直接話すというなら。これ以上はない。

     撃ち合うつもりはさらさらないと。ホシノたちは言った。あれだけの大見得を前日に。しかも、書面でも提出しておきながら。あの場は”姿を見せるだけ”だと。そしてその通り。攻撃してきたワカモに反撃することなく、あっさり引いた。シロコのあれはあくまでポーズ。いつものことだ。部下が暴れ、上が止める。「あんまやり過ぎると抑えらんないかもよ?」という、いつもの脅しのポーズ。

     昨日のうちに。極力急いでアビドス入りを果たし、一応、メモ書きは渡したけれど。それすらも。

    『言われなくてもそうするつもりだよ~』

     と。ぴらぴらと。私のポケットの中で少しよれた紙を振った。

    『レイサちゃんのためとか言って、うちが責任負うのは避けたいもん。目的はもっと別。言っちゃえば明日はただのショー』

  • 10518(よるまでほ)25/08/28(木) 16:36:18

    『目的?』

     柴関のお座敷。昼のピークを過ぎた店内に客はおらず。ホシノはグラスビールを傾けてちいさくげっぷをしてから。泡がぷつぷつと弾けるぐらいの声で、言った。

    『先生ね。たぶん、もう限界』

    『……カヨコですら、理由は見当もつかないみたいだったのに。差し支えなければ。……いえ』

    『あはは。カヨコちゃんにはちょっと難しいかもね。うちにはほら』

     シロコちゃん居るし。

     話を振られたシロコは。いつも着ている喪服の裾を膝の下にしまい込み。悔しいほどきれいな顔で微笑んで、言った。

    『”私の先生”を思い出した』

    『……』

    『久々に。忘れたことはないけどね。一度たりとも。一秒たりとも忘れたことはないんだけど。久々に。”私の先生”を思い出したよ』

     ……。

     私は先生に甘えて来た。守ってもらってきた。卒業して、大人になって。ようやくゲヘナのくびきから解き放たれて法人登録が済んだ日には、お祝いの花だって送ってくれた。公式にたくさんの依頼を出してくれた。全力でこなしてきた。あの日から始まった私たちのショウは、まだ、続いている。続けられている。しっかり脚本を整え。ちゃんと稽古をして。ばっちり役を演じてきて。

     まだ届かないものがある。

    「それでいいの」

  • 106二次元好きの匿名さん25/08/28(木) 21:31:31

    やっぱ先生の限界か

  • 107二次元好きの匿名さん25/08/28(木) 23:19:20

    保守

  • 108二次元好きの匿名さん25/08/29(金) 03:54:30

    人は誰しも、限界が存在するからね……

  • 10918(夕方までほ)25/08/29(金) 07:07:03


    (す、涼しい……?)
    (夕方までほ)

  • 110二次元好きの匿名さん25/08/29(金) 12:33:43

    ほしゅほしゅ

  • 11118(よるまでほ)25/08/29(金) 16:39:34

     それでいい。

     ホシノはそのあと迎えに来たシロコと一緒にD.Uに向かい。そして。言う通り。カメラの前でショーを始めた。

     届いてしまったらダメなものがある。手を伸ばし続けなければならないものがある。届いてはいないから、私は私の役を演じていられる。それはホシノも。シロコも同じ。

     ”あの”シロコは。

     あのシロコは届いてしまった。手が届いてしまった。だから、もう一回元の場所に戻って、手を伸ばす”フリ”を続けている。一生続けていくんだろう。二度目に触れた時、彼女がどう思うのか。何を見るのか。何を感じるのか。それはシロコの選択。誰にも触れられない、シロコだけの想い。

     この世界に居る二人の砂狼シロコ。区別をしないで欲しいと言った彼女の決断は。彼女の舞台を辞めたことに他ならないのだから。迎えに来たシロコと軽口を交わし合い。姉みたいに振る舞うわけでもなく。根っこのない、ふわふわした付き合いを一生続けて行かなければいけないシロコとはその後。一緒にラーメンをすすり、別れた。同じように根っこのない話をしながら。言いにくそうに、セリカに痩せることを勧めながら。

     昨日。詳しく聞いたわけじゃない。先生の、何が限界なのかを。

     しかし、聞かなければならない。あの子たちが”届く”前に。シロコが、埃をかぶった自分の脚本を見直した、その理由を。

     私は前借をした。たった一回。報酬の前借は絶対に行わないという信条で続けて来た便利屋68が。この”陸八魔アル”が唯一、前借したもの。

     ……心が苦しい。締め付けられる。あの子たちはすべてを奪われる。負債を。ツケを。払わされる。美しい。神々しい。羨ましい。妬ましい。”届いてしまう”あの子たちの最期の光が。羨ましい。羨ましい!! 手を伸ばし続けたあの子たちも美しかったけれど。終わってしまうあの子たちはこんなにも!

     ハッピーエンドの前借をした私たちとはなにもかも正反対。仲間を。友だちを。ハッピーエンドを前借した私たちとはなにもかも。便利屋68はそうあることができるだろうか? 陸八魔アルはあんなに美しく終われる? ……わからない。

    『ほんと、ゲヘナに入って来たとは思えないほど真面目なんだから』

     ……あの日。あの夜のことは一言一句違わず憶えている。音も。匂いすら。

  • 112二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 00:09:22

    保守

  • 11318(よるまでほ)25/08/30(土) 03:56:18

     ねえカヨコ。あなたはわかっているはず。もう。ワカモといがみ合うことなんかできない。あなたが抱え続けた想いは”届いてしまう”。終わりに。手を伸ばし続けた日々は終わりに届く。この依頼を最後に。だって言ったもの。歴史に裏切り者として名を刻んだロバート・フォードにはならないって。自らの汚点を美点とし、舞台に立って金にするような卑怯者になんかなるもんかって。軽蔑したから。
     
     真面目なのはどっちなのよまったく。そんな美味しい役割を渡すなんて。あなたは私をジェシーとして見るのではなくて、先生をそう見ていればよかったの。そういうとこバカ真面目なんだから。

     砂塵を抑えるミストシャワーの下を歩く。ひんやりした空気。目抜き通りの一つを歩けば、小回りの利く原付や軽トラックが道路を慌ただしく行き交う。リヤカーを引く学生が声を張り上げながら前方に注意を訴えかける。

     このまま道を往けば。アビドスに来たもう一つの目的にたどり着く。くるりと日傘をひと回しして。空気の流れが、ミストに模様を作った。

     道中に花屋はあったかしら。果物屋でもいいけれど。――いいや。そんなありきたりなものではつまらない。裏切り者には一発の銃弾を。実弾を。甘い甘い、砂糖菓子の銃弾を見舞ってやるのがふさわしい。

     この状況を作り出したスケバンに。終わりを作り出した裏切り者に。もう一人のフォードにナツからの伝言を。私の心からの羨望を送ってやろう。私を演じるために突っぱねた、熟し始めた英雄を称えてやろう。

     ”Good Job”。

  • 1141825/08/30(土) 05:03:32









    (アルちゃん一人にするとハードボイルドになっちゃう……)

  • 115二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 10:04:49

    アルちゃんかっこいい

  • 116二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 16:34:34

    みんなが理想を追い求め...

  • 1171825/08/30(土) 16:38:26


    (よるまでほ)
    (バナツのメモロビでセッションのオマージュがあったのは良かったですね……)

  • 118二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 19:43:48

    ほしゅ

  • 119二次元好きの匿名さん25/08/31(日) 01:17:48

    保守

  • 120二次元好きの匿名さん25/08/31(日) 09:13:50

    複雑な心境が混ざり合い

  • 1211825/08/31(日) 09:30:53

     ※

     はいこれお土産。

     買ってきたシュークリームを渡す。寂れたレンタルスタジオの空調が吐き出す黴臭い空気。散らばったコード類。機材。譜面。ミニスピーカー。半額シールがくっついた弁当のゴミ。ビニール袋。

     売れないバンドが借りるスタジオの、香ばしさがたまらない場所で。連日のバイトと不摂生で病みに病んだ顔のリーダーは「ありがとうございます。どしたんです? カヨコさんがスタジオまで来るなんて珍しいじゃないですか」と、痩せた体に被せただるだるのバンドTから、ダッサい色のブラをちらつかせながら言った。

    「ちょっとお願いがあってさ」

     埃をかぶったレンタルのアンプにお尻を乗せる。”STANCE RUSH”のメンバーたちはシュークリームに飛びつき。指ごとかじりつく勢いで私のお土産を取り合う。「甘味だ、砂糖だ!!」。血眼。わりと大きめなシュークリームはクリームを絞られ吸われ。ひょろひょろになった皮が一口で消えていく。

     餓鬼かよ。こっわ。

    「またですか? バックバンドならお断りします。二度と私たちの音にクソみたいなアイドルくずれの声なぞ乗せたくありません」

    「あれは悪かったって。もう二度と言わないし、向こうもボコボコにしといたから……。と言っても、今回も似たようなお願いになっちゃうんだけど」

    「えー……」

     空き箱をその辺に投げ捨て、倒れたマイクスタンドを足で蹴りどかしながら。向こうも同じように、ベースアンプの上にひょいっと飛び乗り、足を組む。

     切り詰めて切り詰めて。頑張って貯めたお金で買ったと自慢されたヴィンテージアンプが出す音を私は知らない。修理費すら払えないと言っていた。私はこいつらの音楽が好きだから、時折仕事を探してあげたりはしているけれど。ロクなものがないのは、確か。

    「言っときますけど、うちらもうカヨコさんへの信用ほとんどないですよ?」

    「そーだそーだ! シュークリームだけで絆されるほど安くねぇ!」

     指に付いたクリームを舐め取りながらメンバーが言う。ぼっさぼさの黒い短髪はパッサパサ。ゴムで括られた前髪が箒みたいにぴょんと飛び出ている。

  • 1221825/08/31(日) 09:34:27

    「……晩ご飯のつもりだったけど、サンドイッ――」

    「ミツルゥ! オレはなんでもやるぜアイドルの伴奏でもなんでもよォ!!」

     ギター確保。

    「お、お、お前ノ魂安スぎ……ダロ。ヒっ――。ヒヒっ。ちったア、堪えテ……」

    「ビールもあるけ――」

    「まえ使っタ衣装まだ残っテるゼハァァーっはッハ!!!」

     ドラム確保。

     トートバッグから食べ物を取り出すたびにすぐ消える。そんな限界だったんならもっと食べ物買って来ればよかった。ていうかこの後ファミレスでも連れてこう。死なれちゃ困るし。

     リーダー――ミツルは頭を抱え。灰をまぶしたような銀髪の内側から、紫色の瞳を私に恨みがましく向けて、言った。

    「で、今度はなんなんです?」

     私も足を組み。
     
     膝に腕を乗せて、言う。

    「SUGAR RUSHからの依頼なんだけどさ」

  • 1231825/08/31(日) 09:38:56

    「――」

     ミツルの。いや。全員の目の色が変わった。サンドイッチを咀嚼することも忘れレタスを落とし。ビールは床にびだびだと落ちる。

     部屋に満ちるホップの香り。生活臭が塗り替えられていく。

    「そ……それは、本当、ですか」

     震えた声で。ミツルは言った。

    「ほんと。いま、アイツら匿ってんだよね」

    「シュガラが……シュガラが私たちに!? ほんとですかっ!」

    「だからほんとほんと」

     クマの出来た目をらんらんと輝かせ。メンバーたちは顔を見合わせて。顔に喜色が染み出させる。名指し、ってわけじゃないけど、私が請け負ったことの一つは『私らと同じことが出来るヤツを探して』だし。でも、だったらこいつらしかいない。ケツ持ちが居ないくせに暴力ゲリラライブし過ぎてまともに活動できなくなり、キーボ―ドに逃げられ、ボーカルにすら逃げられた、こいつらしか。

     STANCE RUSH。

     名前の通り。SUGAR RUSHのコピバンから始まっている。崇拝とも言うべき信仰を持って、こいつらは音楽というクソな道に踏み込んできた。ただそれだけを持って。”SUGAR RUSHの姿勢”で音楽を続けて来た。どんなに苦しくったって。それこそだ。それこそ、こいつらはパンではなく。薔薇を食べて生きて来た。

     停学からの退学。20を過ぎて。25が見えてきても。先の見えない道を。どん詰まりの地獄を。カズサの代わりに、光を探して。

     そんなやつらだからこの依頼には必ず乗ってくれるとわかっていた。ちょっとズルいかもしんない。ああ。私は私を軽蔑するよ、ほんと。こんな人の信仰心を利用する悪魔みたいなことをしてんだから。じっさい悪魔だけどさ。

     私の自己嫌悪など気付きもせず。ミツルは私の手を取って言う。

  • 1241825/08/31(日) 09:43:00

    「なんでもやります! なんでも……本当になんでも!! ああ!! アイリに会えたら全身舐めまわしてお尻にキスをするって決めてるんです!」

    「なんかのインタビューで言ってたね。あれガチだったんだ」
     
    「ガチもガチ! 大ガチですとも!」

     ぎらぎら紫色の瞳が私の目の10センチ先にある。狂気を感じる目。いいね。いいよ。大好き。そういう目が出来るヤツが世界を創ればいい。本気でそう思う。狂うほど好きなものがあるやつ以外、世界から消えちゃえばいいのに。

     二人のメンバーに逃げられたSTANCE RUSHには今、初期メンしか残っていない。純粋な。純粋な信徒だけが残っている。こういうバンドは強い。ここからが強いんだ。このどん底は、バンドを五段も百段も良いものにする。

    「それで、なにをやれって? 裸になってトリニティ・スクエアでブレイクダンスでもなんでもしてやろうじゃん! なあコウ!」
     
    「こ、こコこ、今年ノ砂祭りのMC……不穏だっタシ……。あ、グッ。か、解サンの噂、あったし……。ヨかッタ……」
     
     ああ。あれね。

     ぼそっと。ヨシミのつぶやきがマイクに乗ったアレだ。袖で目元を拭うシーンが映ってしまったアレだ。ネットで切り抜かれて。ご丁寧に編集されて、字幕まで付けられた、アレ。

    『負けかあ』

     いつものことだった。カズサが見つからない『出てこい、杏山カズサ』なんて。もうただの掛け声。煽り。そんなものとしかみんな認識してなかったけど、アイリたちは本気で言ってた。がなってた。マイクロフォンの向こうから。いつだってカズサに向けて叫んでいた。

     そのマイクが拾ったヨシミのつぶやきは。しかも砂祭りから数えて三ヶ月、一度もライブをしていない。ここ一ヵ月はSNSの更新すらしていない。してないのはまったく無精でしかないけど、スマホが使えない今となっては、それすら伝えられない。毎週かならず、15年間かかさず行ってきた、キヴォトスをステージとしたSUGAR RUSHのライブが行われないこと。ヨシミのつぶやき。解散がウワサされ始めたというのは、私も知ってる。

     しかしそれは間違いであると私は知っている。

     そして、本当だということも、知っている。

  • 1251825/08/31(日) 09:46:10

    「ま、まさかとは思いますが、前座ですか!?」

     あー。きらきらした目を向けてくれるのが心苦しい。

     でも言わなきゃ。説明しなくちゃ。

     こいつらの神が消えて。一歩先へ踏み出さなきゃいけない事を。

    「さっきも言ったけど、前と似たような”依頼”でさ。求められているのがSTANCE RUSHじゃないのが申し訳ないけど……SUGAR RUSHの解散ライブで、SUGAR RUSHになって欲しいんだよね」

    「は――は?」

     ばしゃん。

     缶ビールが落ちた。飲食禁止のレンタルスタジオの板張りの床に。たっぷたっぷと。ビールが、小さな泡を、床に貼り付かせていく。

    「解散……って。噂は、え?」

     最悪な頼み。依頼。お願い事。あんたたちの音を捧げて欲しい。ニセモノになって欲しい。そう言ってる。

     やっぱ私がアビドスに行けばよかった。アルならこの辺上手くやってくれそうだったのに。ムツキは……煽りそうだからナシ。

     でもミツルたちはそんなことよりも。自分たちの神が音楽を辞めるということの方が辛いらしい。リアタイ勢にはこの辛さがある。私なんかは大好きだったバンドは音の中にしかいない。音の中に居ればいいとすら思っているけど、まだこいつらは。その神が神として居るんだから。

     私に縋ってくるミツルの震える手をそのままにして。私は説明する。事実だけを。計画だけを。なぜそうするのか。なぜそうなるのか。カズサが見つかったとか。アイリたちが消えてしまうとか。そういうの全部抜いて。”解散ライブ”の全容をただ、伝えた。

     空調がぼおぼお吐き出す黴臭い空気を嗅ぎながら。いつ脱いだのかもわからない汚れたTシャツが零れたビールの上に、雑巾替わりに被されて。カサリと、ビニール袋が鳴る。

  • 1261825/08/31(日) 09:49:54

    「……」

     聞いているのか聞いていないのか。説明をし終えて、コウが飲んでいた水のペットボトルを傾けて、言った。「もしイヤだったら断ってくれていいよ。こっちも時間がないから、別のバンド探さなきゃいけないし」

    「……ウソですよね」

     ミツルがつぶやいた。

    「解散するよ。そのために私は便利屋として動いて――」

    「私たちを指名してくれたわけじゃない、ですよね。そんな……そんなおっきな舞台に、私らみたいな木っ端バンドが指名されるわけないじゃないですか」

    「……ぶっちゃけると、そう。『同じことが出来るバンドを探して欲しい』って頼まれたから、私が真っ先にあんたらに目星付けたってだけ」

    「似たようなことですか」

     ミツルは横を向いた。白く濁った全身鏡。汚い部屋の床に座り込む自分を見て。メンバーを見て。よれよれの服に包まれた、腐った宝石みたいな体を見て。

     大きく息を吸い、言った。

    「やります」

    「持ちかけといてなんだけど、いいの?」

     ミツルだけじゃなく。コウとツキカも。不健康そうな顔に笑顔を作っていた。

  • 1271825/08/31(日) 09:53:54

    「他でもない。私たちを”救ってくれた”バンドの頼みですから。その代わりカヨコさん。あなたはまたウソついたので、信用はもうゼロです。マイナスです。ケルビンです」

    「……ごめん」

     いや、別に前のはウソじゃなかったんだけどな。私も知らなかったし。

    「なので一つ言うことを聞いてください。無料で。便利屋として依頼を受けていただきます」

    「私に決定権はないけど……。いいよ。私一人で賄えることならタダでなんでもしてあげる」

    「では、SUGAR RUSHに伝言を。『クソみてぇな終わり方するんじゃねえぞ』と。一言一句違わずお伝えください」

     ……。

     笑ってしまった。

    「あはははっ。わかったわかった! 便利屋68の鬼方カヨコ。その依頼、確かに承りました」

    「じゃア、わ、私モ……。『ヴァンデやって』っテ……。い、一度モらいぶで聞ケてないかラ……」

    「おっけ。てか全曲やるって言ってるよ。心配しなくても」

    「あ……あア! じゃあなンにも言ウこと、なイ!」

    「ツキカは? あのバカたちに、なんか言うことある?」

    「……なんか欲しい」

  • 1281825/08/31(日) 10:02:28

     なんか。

    「なんかって?」

    「なんでもいい。ピック一枚。ゴミ一つでもいいから。――解散ライブで使ったもん。なんかひとつ欲しい。かっぱらってきてくれよ」

     アイツらが。SUGAR RUSHがSUGAR RUSHだった証拠が欲しい。ツキカが言った。

     自分たちが信仰した神が実際に居たのだと。私たちはこれに救われたのだと。信じ続けるために。

     贅沢ものめ。そんなもの。ファンだったら一生を捧げてまで欲しいに決まってる。ああでも。なんていじらしい願いだろう。私だって欲しい。そんなもの!

    「わかった。パンツでもなんでも持ってきてあげる」

    「したら肉包んで餃子にしてやる!!」

    「あら。私もいただきたいですね。……こほん。では私たちは、SUGAR RUSHの楽曲を練習。まあ、ほとんど弾けますからこちらはいいとして……。マーチングバンドとバグパイプがある学校ですか。こちらもいくらか憶えがあります。連絡役はカヨコさんが担って頂けるんですよね?」

    「うん。私はトリニティの心当たりを回るから、ワイルドハントは頼むよ。……とはいえ、私は諸事情でスマホ使えなくてさ」

    「え。じゃあどうすんだよ。さっきの規模で当日まで打ち合わせナシ、現地集合はちっと無理だぞ」

    「だから――だれかスマホ貸してくれない?」

    「えア……私ノでヨければ……」

    「ありがと」

  • 1291825/08/31(日) 10:08:40

     ロックが解除されたコウのスマホ。いつのライブのスクショか。汗を流しドラムを叩く、無駄に写りがいいナツのアップ。あ、レイサの被り物が6年前のヤツだ。てことは晄輪大祭に乗り込んだときか。分かってるなあ。あのライブの”ロスキャ”アレンジ、神が降りてたもんね。

     電話アプリを開き、暗記してきた番号に電話をかけ、スピーカーにする。みんなに聞こえるように。「電話?」「誰に?」ひそひそと話すSTANCE RUSHに、私の唇は吊り上がる。

     2コール後。繋がった。

    『はいもしもしー。権田です』

    「あ、もしもし。わたし。カヨコだけど」

    『ああカヨコさん。お疲れさまです』

    「お疲れさま。いきなりなんだけど、そこにみんないる?」

    『あー、杏山カズサは追試中でして。アイリさんとヨシミさんなら居ますよ』

    「じゃあちょっと代わって。どっちでもいいから」

     声を聞いたときに固まったSTANCE RUSHは。ふいに出された名前を聞いて。ただでさえ不健康な色した肌が、白を通り越して真っ青になっていた。

    「杏山……!? ちょ! ま、あ、あああ!! あなたもしかしてレイ――」

     こいつらがニュース見てるとは思えないけど、声でなら一発でわかるのはさすが。時折コーラスで入るレイサの声は、時にボーカルの声を食うぐらい存在感がある。トリニティ支部に行けばいつでも会えるとはいえ。あくまで素性を隠しているという体だから、おおっぴらに、それだけを目的に会えるわけではない。とくにこいつらは、主戦場がワイルドハントだし。

     大声を出して、私からスマホを奪おうとするミツルを足で押しのけた。

    『代わったわよ。どしたの?』

     電話口からヨシミの声。ツキカが「うおあああああ!! ヨシミだ!!」と雄たけびを上げる。

  • 1301825/08/31(日) 10:14:44

    『うるさっ。だれ?』

    「ヨシミが! 今! 私に返事したあああッ!!」

    『だから誰なのよアンタは!』

    「例のバンド。見つかったから報告」 

    『ああ。カヨコさんが選んだってことは間違いないわね。――まずは、ごめんなさい』ヨシミはすぐに。謝罪から入った。『口頭でよければなんでも教えてあげるから、今だけ。今回だけ。あなたたちの音を私たちにあずけてちょうだい。失礼なことってわかってる。でも、私たちもなりふりかまってらんないの』

     ごめん。もう一度。謝罪で言葉を挟んだヨシミにもう内容なんかどうでもよくなってるツキカは「ヨシミ! 私だ! 結婚してくれ!!」と狂っている。

    『なによその変態は! ほんとに大丈夫なんでしょうね!?』

    「私が保証する。この番号、ドラムの子の番号だからメモッといて。こっちからも連絡できるように登録させとく。あ、あと、SUGAR RUSH宛に伝言」

    『はいはい。なんでも言ってちょうだい。結婚はムリ』

     けらけらと笑うヨシミの声を聞きながら。「アイリにも聞こえるようにして欲しいんだけど」と言うと。聞こえるようにするどころか『お電話代わりましたー』と。受け手が交代する。

    「待って! ください! 伝言なら! 伝言はぁ!! 言わないでくださいぃっ!」

     顔を真っ赤にして私の足を押しのけようとするミツルの体をいなす。右足、左足。掴みかかってくる頭を片手で押さえ。スマホを遠くに。手を伸ばして、遠ざける。

    「便利屋68の鬼方カヨコが、SUGAR RUSHに伝言を依頼されました、ってね」

    「だめぇぇ――ムグッ!!」

    「あ、あハはひャひゃッ。しゅがラだ、シュガラだぁア!」

  • 1311825/08/31(日) 10:20:26

     真っ青から一転。今までになく見違えるほど血色が良くなったコウが、ファンの一人として。自分の楽しみを邪魔する厄介ファンの口を塞ぎ、押さえつけた。

     自由になった足を再び組んで、言った。

    「『クソみてぇな終わり方するんじゃねえぞ』――確かに。お伝えしました」

    「あ”ああ”ああああああ!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃぃぃぃいい!!」

     コウの小さな手の隙間から溢れるソウルフルな謝罪。ごつんごつんと床に頭を叩きつける謝罪。振動で山と積まれたゴミ入りの袋が崩れる。どこかでなんかの部品が落ちる。シンバルがちょっと鳴る。

     そりゃーね。同じ土俵に、同じバンド活動してるったって、あっちとこっちじゃ天と地。月とすっぽん。ましてコピバンから入ってる、そのコピー元相手に『クソみてぇな』なんて言えるのは――言っても良いと思うけどね。ただ、不意打ちが過ぎたか。そういうとこだぞ。

     スピーカー越しに小さく。耳を傾けてなきゃわかんないぐらい小さい声で。たぶん、STANCE RUSHには聞こえてない。たぶん私しか聞こえていない。

     そのあと。同じく小さい”せーの”が聞こえ。

     音割れするぐらいの大声で、二人は言った。

    『いっしょに伝説を始めよう!』

  • 1321825/08/31(日) 10:23:57











    (三者三様)
    (ハルカはいったんおあずけです。春風で主役したから)

  • 133二次元好きの匿名さん25/08/31(日) 18:19:24

    おお

  • 134二次元好きの匿名さん25/09/01(月) 00:03:43

    ほしゅ

  • 1351825/09/01(月) 02:24:47

    ■D-Day -9

     乾燥してる。喉が渇いた。カラッカラ。

    「はっ、はっ、ふっ、ふっ、はっ、はっ」

     同じリズムで足を出す。同じリズムで跳ねる。叩き込め、叩き込め。ペースを崩すな。同じリズム。同じテンポ。最初から最後まで。絶対にリズムは崩さない。

     汗が散る。髪が跳ねる。アタマが蒸れる。胴は熱いのに腕や足は冷たい。舗装されていない土の道。でこぼこに足をとられながらも。それなら次に出す足を速く出せ。早過ぎたら次を溜めろ。崩すな。ぜったい。崩すな。

     前なんか見てない。足元しか見えてない。朝陽が足元の雑草のコントラストを強める。彩りを。強めていく。

     ポケットから音が鳴っている。機械的な音が規則的に。決して崩れないクリック音がただひたすら無限に。SIMカードをぶっ壊したナツのスマホは。再発行しない限り、二度と”電話”としての役割をしない。ネットにもつながらない。

     ナツはもういいって言った。もういいって。『これなら音源聴けるし、練習にも使えるしー。ほんと私たちは、スマホの奴隷だねぇ』と笑ったナツのスマホは、画面にヒビまで入ってる。

    「はっ、はっ、ふっ、――ふぅぅうう」

     一気にテンポを落とし。けれど立ち止まらない。歩く。足、カクカク。
     
     田んぼ道を突っ切り、林道を突っ切り。山の中の拓けた畑地区に流れる、細くも勢いのいい水路に掛かる、板っ切れで作ったような小さな橋。こんなちっぽけなものを目指して。走っていた。

     ちょうどここが10キロ地点。旅館から。適当に走っているより目標があった方が良い。ナツのスマホでマップを見て。私は適当に走っていたランニングコースを固定することにした。

     畑はほとんど放置されていてただの草っぱら。まだ秋の虫が鳴いてるような早い時間。誰もいない。誰も。鳥の声も聞こえない。水路の水のざあざあした、変に波を感じる轟音。空を仰ぐ。顔が上がる。

     山がちな百鬼夜行に朝が降る。稜線を越え、山の影を押し込めて。朝が降る。

  • 1361825/09/01(月) 02:26:16

    「はあっ、はっ、――――――……。ふぅぅぅううう――――」

     鳴り続けるクリック音。8拍かけて息を吸い、8拍かけて息を吐く。整える。アタマの中をからっぽにするつもりで。体に溜まった、くだらないもん、全部捨ててくつもりで。3回。3回繰り返す。

     しばらく歩いているといつ書かれたのか。プラ板に『ご自由にお飲みください』という文言と、ビニール紐で繋がれた、きったないプラコップ。岩清水、って書いてある。百鬼夜行百名水とも書かれてる。こんなんあるんだ。ちょうどいいや。私は持って来たペットボトルの中身を捨て。苔生した岩から染み出てくる水を満タンまで入れて。半分を一気に飲み下す。

     冷たっ。美味っ!

    「――よしっ」

     最後の一口で口の中を洗い、吐き出した。

     二三回、飛び跳ねて。

     リズムを作る。

     整いきれていない呼吸を強引に整えて。

     走り出す。

     クリック音に合わせて。行きも帰りも崩さずに。

     180のテンポで。

  • 137二次元好きの匿名さん25/09/01(月) 10:44:18

    ネットには繋がらずとも内部のデータは使えるもんねー便利なもんだよ

  • 1381825/09/01(月) 16:37:50


    (便利すぎてスマホがない世界が想像できないのん)
    (よるまでほ!)

  • 139二次元好きの匿名さん25/09/01(月) 22:55:12

    対ペジラ臨ホシ「保守、足りてない感じ?」

  • 1401825/09/02(火) 07:32:49

     ※

    「”きみが 置いてっ”――ごめ」

     謝罪が歌詞に続いたと同時、尻が容赦なく蹴られた。なんの遠慮も無いローキック。つんのめって角材を支えになんとか体勢を整える。くそ。クソっ! 入りミスった。

     演奏は止まらない。止まらない。私一人がミスったぐらいじゃ止まらない。「たん、たん、たん、はい!」ベースが鳴らないタイミングだったから、アイリがカウントを送ってくれる。

     同じ歌詞をがなる。

     『ヴァンデ』とはなにもかも違う。”耽美”を求められた歌い方となにもかも。一曲通してほとんど変わらないコード進行。わかりづらい。バッキングが続くだけだから入りがわかりづらい! ハイハットは小刻みに鳴り。時折開く。同じように小刻みの歌詞のとぎれを埋めるフィルイン。私の主旋律を補完するキーボード。

    『SUGAR RUSHの音楽にジャンルなんてもんはないわ。全曲が全曲、ジャンルがバラバラ。良く言えばテクニカル。悪く言えばニワカ。それぞれのジャンルをそれっぽく作ってるだけで実際のとこ、芯の部分はおんなじ。肉付けが違うだけ』

     ……って言われたけどさあ!

     私が最後のシャウト染みた歌詞を吐き出すと、追いかけるようにギターがせり上がった。キーボードベース(口)がギターの旋律を繋ぐ。

     ドラムが回り。ギターが刻まれ。ピアノ音が一気に階段を駆け上り。

     終わった。

    「――すみませんでした!」

     すぐに振り返って頭を下げた。私のミスで曲を壊した。壊してしまった。頭を下げたまま咳をして。痒くなった喉の中を掻く。

     ヨシミが横に立ち。キッツイ目つきで。頭を下げた私の顔を覗き込み、睨みつけ。顔に唾を飛ばしながら怒鳴った。

    「間違えたならナリの対応しろ! アクシデントはパフォーマンスで塗りつぶせ!! 正気に戻ってんじゃないわよ!!」

  • 1411825/09/02(火) 07:38:29

    「カズサちゃん」

     ぶっ飛んでるけど、それでも”優しい”が人の形をしたような、手助けしてくれたアイリが。言った。

    「マイク……それは角材だけど。そこで声止めてない? マイクの向こうの誰かに届けるつもりで声を出さなきゃ。いくらおっきな声出したって誰にも届かないよ」

     歯を噛み締める。ニュアンスを理解するのが一番難しい。難しいからこそ一番大事なとこだってのは解った。でも時間がない。だからもう理解しない。言われたことを言われた通りに食い、私なりに消化して作り変えるしかない。

     くそ。ダサい。同じこと何回も言われてる。まだ足りない。届かない。

    「ナツはなんかある?」

    「最初に”走ってる”って教えてあげなって。えっとねー。必死すぎ。もっと音聴いて」

     これも何回も言われた。

    「はい!」

    「アイリに言われたこともう忘れたの!?」

     やけくそ。なんの情緒もない、肚の底から絞り出して怒鳴り返す。

    「――……うるせぇぇえええーー!!!」

     おっと。こっちじゃない。「もう一回! お願いします!!」。

    「よく言った! カウント!」

  • 1421825/09/02(火) 07:45:05

     頭をわしゃわしゃとかき回され、ぶん投げられ。勢いのまま、みんなに背を向ける。見るのは正面。観客が居ると思え。この部屋の畳、一畳一畳に三人ぐらいがぎゅうぎゅう詰めになって、私を見ていると想像しろ。『ロスキャ』は鏡を見てヴィジュアル気にする曲じゃない。

     スティックが打ち鳴らされると同時。

     練習場所にしている大広間のふすまが開き。ハルカさんが顔を出した。

    「お昼ご飯、召し上がらないのでし――」

     ハルカさんの声はぐっちゃぐちゃのノイズだらけのギターに潰される。乗ってくるのは異質なクリーンなキーボード。”ぶっ叩かれる”ドラム。

     音を背負い。一番の特等席でこいつらの演奏を浴びている私の体を動くままに動かす。頭を振り。角材を引きずり。一番気持ちがいい姿勢を、場所を探して動く。
     
     ブレイクの直前。

    「これ終わったら食べます」

     音の壁。後ろから突き飛ばされたと錯覚するぐらいの。暴れたくなるぐらいなら暴れてやる。変なぐらいでちょうどいい。「うわっ」ってドン引かれるぐらいでちょうどいい。――入り過ぎるな。音を聴け。この音は私のためにある。私のための伴奏だ。こいつらのテクも音も、全部私のために作られたものだ。

     ハルカさんは静かにふすまを閉めた。部屋の内側から。

     借り物のアンプから出る理想じゃない音。アイリの口から出るベースと打鍵音の方が目立つキーボード。まともなのはドラムぐらい。それでも畳に座り込んだハルカさんはちょっとのけ反り、強風に目を細めるようにして。指でリズムを取っている。

     イメージする。すべてをぶっ壊し。鬱憤のすべてを吹き飛ばし。どうしようもなく救われない”私たち”を救ってくれる唯一のものだって。届かないものに手を伸ばし続けた”こいつら”のための音だって。足りない音は聴いたはずの音源から持ってこい! 

     繰り返す。繰り返す。

     もう一回。もう一回。

     いい。このまま行く。ぐちゃぐちゃでクリーンな頭のまま突っ走れ。

  • 1431825/09/02(火) 07:53:51

     ――……。
     ――……。
     ――……。
     
     みんなでご飯を食べる部屋に入ると、昼食に用意されていた料理皿はラップがかけられていた。

    「お疲れさまでした。ハルカさんはタツミさんの家に行ってもらってます」浴衣姿でテーブルに地図を広げていた宇沢が私を見上げ。うわ、と声を漏らした。ちょっと目がギラついてる自覚はある。なにより、尻が痛てぇ。

     外は暗い。夕暮れを過ぎている。

     無言で親指を立てた私に。宇沢は言った。

    「でしょうね。いい歌でしたもん」

     と。笑顔を向けた。私も。まだ”抜けて”ないからいつも通り笑えたかわかんないけど。笑顔で返す。

     疲れてへろへろ。歌詞も音程も捨てて。もはやイメージだけで歌ったぼろぼろのテイクで、私は初めて。”SUGAR RUSH”に合格をもらうことが出来た。

     座布団にどっかり座り込む。それと逆に「温め直しますよ」と、おそるおそる立ち上がろうとした宇沢に首を振り。ラップを剥がして、煮物を大皿から直接、掻っ込む。

     ……まず一曲!

  • 1441825/09/02(火) 16:36:37


    (よるまでほ)

  • 145二次元好きの匿名さん25/09/02(火) 22:55:48

    良い感じに前へと進めてる

  • 146二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 02:32:36

    みんなのための音っていいねー

  • 1471825/09/03(水) 05:32:14

    ■D-Day -8

     深夜。野次馬も寝静まる深夜。

     ヴァルキューレの不寝番は不意の来客に、出しかけた欠伸を噛み殺し、お仕着せのアサルトライフルの引き金に指を掛ける。車は静かに。攻撃の意思はないとヘッドライトを車幅灯のみに切り替え、静かに。ゆっくり。徐行しながら。一台の車が階段前の路肩に停まった。

     ちょっと出てくるー、と。賑わう臨時屋台村に繰り出して行ったまま帰って来ない先輩に愚痴を溢すのもばかばかしくなり。カイロを抱いて潜り込んだ寝袋から這い出て。状況の変化に顰まる眉をほぐす。

     フルスモーク。

     カイロの代わりにカメラを抱きながら高いびきをかいている相方を揺り起こす。「寝たままでいいからアレ撮って」。その通り。返事はなくとも、カメラのレンズは車の方を向き、録画モードを示す赤いランプが点灯する。ああもう、こういうとこ大好き。キスしてやる。んーまっ。

     他の生徒も、のそのそと。たとえばゲヘナの諜報部とか、レッドウィンターの保安部っぽいのとか、グランピング施設ばりのテントおっ建ててパジャマとナイトキャップ被った馬鹿ニティのヤツだとかが。全員が全員、スマホを片手に、たぶん。上役に電話をしている。

     深夜。野次馬も寝静まる深夜の来客。D.Uじゃ違法のフルスモーク。バカでかい車。

     どう考えたってロクなヤツじゃない。

    「申し訳ありませんがS.C.H.A.L.E本部は閉鎖中です。搬入でしたら明朝9:00、裏口の倉庫前で受付をお願いします」

     運転席を覗き込み”ニュース見てねえのかこのバカは”という顔を隠しもせず。不寝番の声を拾う指向性マイクの音を、イヤホンから聞く。カメラは傾きもしない。構えた本人はもう一度夢の中に入ったと言えど。

     ビル内には詰め所もあるから、応援なんていくらでも来るというのに。

     そいつは。後部座席からのっそりと出てきた。

     同時。周りで電話してる奴らの声が、少しだけ。ほんの少しだけ、大きくなった。私もおんなじ気持ち。

    「……わーお」

  • 1481825/09/03(水) 05:40:52

     つい口から洩れる感嘆。巨体。圧巻。感動すら覚える。ナマで見ることがあるとは思わなかった。

     先輩やりましたよ。ていうかごめんなさい。アビドス支部の入庁拒否よりももっとすごいもん撮っちゃってるかもしれません。これ、私の名前使わせてもらいますからね。絶対に。キヴォトス中のサボテン愛好家のための番組を。ゴールデンタイムにぶち込むための実績に使わせてもらいますから!

    「夜伽に呼ばれまして。先生の”ご事情”に口を出すのはヴァルキューレと言えど、無粋なのではなくて?」

     ばしゃん。ばしゃん。中からカメラ映像を確認したんだろう。強烈な照明が一斉に点きソイツ一人を照らす。スポットライトのように。心地よく光を浴びながら柔らかそうな金髪をばさりとなびかせ。サラシだけ巻いた、芸術とも言うべき上体の肉体美を惜しげもなく見せびらかし。下は『キヴォトス乙女連合』の正装とも言うべき、華美絢爛な特攻服。
     
     深夜。野次馬も寝静まる深夜。すべてが後手後手に回る時間。押しとどめようとしても。入口に立っていた二人ぐらいじゃあ。……こんな時間に詰めているようなヴァルキューレの下っ端どもじゃあ、話にならない。

    「話をしに来ただけです。武器の類は一切持ち込んでおりません」

    「え、あ、いえ、どなたであろうと通すわけには――」

    「話は通してあります」

  • 1491825/09/03(水) 05:44:22

     直後。耳に手を当てた不寝番の二人は一度混乱するように口をパクつかせたあと「り、了解!」と背筋を正し。引き金から指を外し、道を開ける。

    「本校から許可が下りました。お通り下さい!」

     うっそぉ。”S.C.H.A.L.E”じゃなくて”そっち”の許可で通すんだ。この画と音声だけで大スクープだよ。

    「お仕事ご苦労さま。これ、お夜食にどうぞ」

     助手席から降りて来た部下から受け取った、透明のビニール袋を渡す。気遣い抜群。いちいち中身を検める必要がないように、わざわざ透明の袋を用意したに違いない。ここからじゃなんの料理かまでは。さすがにわからないが。

    「と、桃夭のピータン弁当……! ありがとうございます!」

     マジかよ。死ぬほど高級な山海料理屋じゃん。うらやま!
     
     ごつん、ごつん。重いブーツの音が、深夜のD.Uのビル街にこだまする。彼女の部下たちはマスクを着け、装飾のないロンスカのポケットに手を突っ込み。ガンを飛ばし。背筋を丸めた”スケバンの礼儀”を見せつけながら、後ろに続く。

     ……やってきた。大物が。

     独自の哲学と政治体制で動くならず者。各自治区と企業への影響力は計り知れず、連邦生徒会すら手が出せない。学園都市キヴォトスに流通するアルコールのすべてを牛耳るとウワサされる大罪人。

     キヴォトス乙女連合総裁。栗浜アケミ本人が、S.C.H.A.L.Eの敷居を跨いだ。

  • 150二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 15:05:22

    マジで「大物」が来たもんだ

  • 1511825/09/03(水) 16:14:02


    (よるまでほー)

  • 152二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 23:09:01

    ほしゅしゅしゅ

  • 153二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 02:52:33

    ここで、アケミが来るんだね

  • 154二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 06:54:02


    (『んあー!』の心持ち)
    (ほしゅ)

  • 155二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 14:54:45

    >>153

    とんでもないことになりそう。

  • 156二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 23:24:20

    とんでもねぇな。

  • 157二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 23:35:49

     ※

    「あ、きたきた。もうみんな居るわよ。なに飲む?」

     泊まらせてもらった支部の寮。に、掛かって来た電話の通り。貸し切り札が掲げられたお昼時の柴関にはお客はいなかった。

     奥座敷のふすまを開け、キツいにんにくの匂いにうっと立ち止まると。「ほら、早く座って!」。私のドリンクを片手に。セリカが背中をグイグイ押す。

     人がたくさん詰める座敷。座布団に腰を下ろすと。私にインカメラを向けたタブレットPCから声がする。

    『おつかれ社長』

    『おつかれー☆』

     片方は煙草とボトルコーヒー。片方はたぶんなんちゃらフラッペみたいなプラカップを掲げた。ムツキの方の画質が異様に良く、かつ加工されてるように感じる。画面分割でジャギジャギのカヨコと並んでいるから余計に際立つ。

    『ちなみに繋げてるからねー。会話は私が代行』。ムツキが受話器を持ち上げ、言った。一応、名前は出さないようにしている。先生の持つシッテムの箱は、警戒し過ぎなぐらい警戒しておいて損はない。

     目の前にごん、とジョッキ。雑に氷が入れられ、雑に八つ切りのレモンが刺さった、雑なレモンサワー。

     ……の炭酸割り。1:1。

    「それじゃあ皆さまお揃いになったところで〜」同じくレモンサワーのジョッキを抱え。ホシノが立ち上がって音頭を取った。

     シロコ。シロコ。ノノミ。セリカ。アヤネ。ムツキ。カヨコ。ムツキがもろもろを代行するのはレイサ。レイサがいるということは、護衛を任せたハルカも居るはず。SUGAR RUSHはわからない。練習中かもしれない。

     私と。そして。

     高らかに。宴会じみた会議が。幕を開ける。

  • 158二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 01:59:02

    シッテムの箱は生徒(或いは元生徒)目線からすれば未知数すぎてなぁ……色々警戒してしまうのも分かる

  • 159二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 07:32:34

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  • 1601825/09/05(金) 07:33:38

    「第一回! 栗浜アケミは本部に何しに行ったか考える会ー!」

     わー。

     旧対策委員会の面々が雑に囃し、雑にジョッキを傾けた。ごつん、がちゃん。重い音、軽い音。それぞれのグラスの厚みに応じた音が鳴る。

     ……なんというか。全体的に”雑”なのよね。ラーメン屋で言っちゃうのもなんだけど。会食に慣れてるはずのノノミも箸でグラス混ぜてるし。ねぶり箸するし。

     一口。ジョッキを傾ける。うえっ。アルコールの味はいつになっても慣れない。顔には出さないように気を付け――。

    『あれ、アルちゃんお酒? そいつらにカッコつけたって無駄なのに』

     うるさい!

     目だけでなんとかムツキに抗議するけど。もうこっちを見てすらいない。

    『か、かんぱい……』

     スピーカーにされた一台のスマホ。聞こえてくる声は、一昨日見舞った元スケバン。

     タミコが入院しているのは一般の病院ではなく。荒事が得意なアビドス支部とノノミが運営する、表向きは伝染病の隔離病院。しかも自治区から独立しているカイザー社の護衛付き。タミコと、タミコと一緒に居たスケバン。あとD.Uから拉致って来たとかいう、トリニティの正義実現委員会の子も。同じ場所に軟禁されていた。

     なによ拉致って。まだやってたのそういうの。だからアビドス本校に嫌われるのよ。OBが問題ばっか作りやがるって。
     
    「さっそく聞きたいんだけど、アケミさんと一緒にいたのは誰かわかるかな?」

     真っ先に飛ぶ質問。アヤネは陽に照らされて赤いグラスをくるくるとかき混ぜながら、通話越しでも聞き取りやすいよう。はきはきと、一音一音を区切るように言った。

     深夜の速報は見逃した。が、あさイチのニュースでも流された映像。S.C.H.A.L.Eの本部に、争う様子もなく入庁するアケミの姿。音声こそなかったものの、S.C.H.A.L.Eを避けているはずの罪人が姿を現すとは思わなかった。まさに寝耳に水。”あの場”に居た私からすれば異常事態。かと言って先生が襲われたわけではなく。20分満たずで、アケミたちはS.C.H.A.L.Eを後にしたと言う。

  • 1611825/09/05(金) 07:46:02

     だからこそ私たちはこうして、緊急で会議を開いている。

     もちろんそんなニュースはタミコも見ていて。知っていて。
     
     乙女連合の内部事情はまったくのブラックボックス。権力構造も組織図も。表に出るのはコンビニに売っている下世話な紙本レベルのものでしかない。タミコが口を割るということはスケバンに。栗浜アケミにいよいよ砂をかけることになる。
     
     言いよどんだっていい。カヨコなら知っているだろうから。けれど。『知ってることなんでも話します』と言ったタミコは。すらりと言葉を出した。

    「右に居た、派手髪プリンの人は副総裁ッス」

    「副総裁」

     そりゃまた大物に大物がくっついて来たもんだ。

    『もう一人は……すんません。知らないッス。幹部の誰かだと思うんスけど』

    「本当にわからない? そこの安全は保障するから思い切り裏切っちゃって大丈夫だよー?」

    「……マジわかんないッス。ウチみたいな下っ端はそんなに上の人と会えないんで……」

     そうですか、と乗り出した体をひっこめたアヤネは顎に手をやり考え込む。

     本当に知らないなら仕方ない。

    「カヨコ。わかるわね」

    『”耳”のまとめ役だね。ゲヘナで言うなら諜報部のトップ。アイツはやり手だよ。どこぞの青髪と同じぐらいにね』

  • 1621825/09/05(金) 07:57:51

     さすが。見てようちの社員を。すごいでしょう。なんでも知ってるんだから。

     どこかに車を停めて話しているんだろう。頭上の日除けをばこんと開いて煙草をもみ消したカヨコは、そのまま一度エンジンをかけ、窓を閉じた。わずかに。わずかに、口元に笑みを浮かべて。

     たぶん。同じ女を思い浮かべているんでしょう。さんざ私たちを苦しめてくれた人の参謀。情けなくてくじけない。蠅みたいにまとわりついてきて、怖いものをけしかけてくる、あの女。懐かしい。今なら酒を酌み交わすのだってやぶさかじゃない。

    「総裁、副総裁、諜報担当。武器を持って行かなかったというのが本当ならば、報復のためではないのは確実ですか」

     報復。あの場所であったことへの、報復。

     違う。レイサたちとの話し合いでアケミがS.C.H.A.L.Eに対し根深い恨みを持っていることへの裏付けは取れている。小さいこと。ほんとに小さいこと。けれど、ときどき。そんな小さいものが引き金になって戦争は起こる。だから可能性の一つとして考慮はできる。するなら。アケミはやる動機がある。

     でもアヤネの言葉を否定したのは、おつまみチャーシューでご飯を食べている、同い年の方のシロコだった。タクティカルグローブをつけたまま。もう一人のシロコに対抗するように伸ばされた髪は一つにくくられ。手入れが行き届かず多少……いやかなりボサついていた。
     
    「そもそも報復はありえない。今のS.C.H.A.L.Eはヴァルキューレ、SRTと……少なくとも4校のスナイパーに声が掛かってるのに、あんな貧弱な人選はないと思う。アケミは頭が使えないわけじゃない。憶えてるでしょ? あの時だって、本気で来られてたらラブたちは無事じゃ済まなかった」

     あの日。S.C.H.A.L.E本部に赴いたホシノとシロコは帰り道、D.U中にドローンを飛ばして帰って来た。もちろんその理由は明白で。先生が展開している防御網を確認するため。だれが敵で、誰がグレーゾーンで口笛を吹いているのかを見極めるため。

     とはいえその下に敷かれている人を押さえつけるためなのだろうが。人を殺しそうな顔で睨みつけられながらのんびりとご飯を頬張るのは……。らしいというか。

    『私はなにかしらの情報をリークしに行ったって見てる。なんの情報までかはわからないけど』

  • 1631825/09/05(金) 08:03:26

    「……ムツキさん。”そちら”にスケバンがうろついていたりませんか?」

    『んー? ああ。ちょっと待ってね』

     ムツキの音声が途切れ、でも画面上ではなにかをしゃべっている。”そちら”とはムツキではないのはこの場の誰もがわかっている。

     途切れた音声はすぐに戻り『見てないって。街場の方も』と、もったりした液体をすすった。すする前。口の動きだけで「ハ・ル・カ」と言って。なら一も二もなく信じるほかない。ノノミも、百鬼夜行の支部からの報告ではいつも通り、スケバンは見ていないと言った。百鬼夜行はアビドスと提携している自治区。飛び地と考えて差し支えない。乙女連合は過去の揉め事以降、アビドスでは活動を控えている節がある。
     
     だとしたら。ホシノが言う。

    「だとしたら”この線”はないね。リークか……。カヨコちゃん、例えばどんなことが思いつく?」

    『アヤネは良い線行ってると思う。私と同じ考えなんじゃない? 理由まではわかんなくとも』

    「……非常識なお話ではありませんか?」

    『あんたの先輩たちの方がよっぽど非常識だと思う』

    「あいたっ。いたたたっ。耳が痛いよぉ。――で、なにが?」

     アヤネは。大きく深呼吸してから。なぜか一度。カヨコにウインクをしてから、言った。

    「夜のご奉仕をしにいったのではないかと」

  • 164二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 13:11:07

    ワカモが黙ってなさそうだが

  • 165二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 22:07:35

    ほっしゅ

  • 166二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 01:15:41

    ほむ……保守ですか

  • 1671825/09/06(土) 07:52:36


    (雨後)
    (頭痛)
    (ぼわぼわ)

  • 168二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 16:15:13

    ちょっと身内自慢したそうなアルちゃんも可愛い笑

  • 1691825/09/06(土) 16:42:24

     危うく。

     危うく噴き出すところだった。なによそれ。バカじゃないの。カヨコが”なにかしらの情報をリークしに行った”って言ってるのに、なにを言い出すの。ご奉仕して何をリークするってのよ!
     
    『うん。それ以外考えられない』

    「カヨコ……?」

     悪ノリ、よね?

     がたん。テーブルが大きく動いた。幸いジョッキが倒れることはなかったが、中の液体は零れた。「ああもう、ちゃんと抑えててよ!」セリカが立ち上がり、たぶん。ふきんを取りに行く。

    「ん”ん”ん”――!!」

    「お前のせいで怒られた。おとなしくしてて」

    「――!!」

     声にならない叫び。さっきまでご飯を食べて、ニンニクやらごま油やら煮汁やら。あと唾。とにかくべたべたしたものがついた箸先が、シロコが下に敷いた人の鼻の下に、ぴとりとあてがわれる。汚れた毛布の上からぐるぐるに巻かれ。縛られたソイツは猿ぐつわを噛まされ。まさしく簀巻き状態。抵抗できずに押し当てられた箸から必死に逃げようと体を反らすけれど。意味はなく。

     拷問……。

     ばたばた暴れる細い足にもう一人のシロコが乗っかり。「足ほどけてる」と、手早く。スカートの中から取り出した荒縄で縛り上げた。

    「こういうのはある程度動きが封じられればいい。そんなんだから万年二位なんだよ」

    「競技に染まって実戦で使えなくなっちゃ意味がないってわからないんだ。ふふ。頭悪くてかわいい」

    「……なに。二位とか競技とかって」隣に座っていたノノミに耳打ちする。「簀巻きクイーン決定戦という催しがありまして~♧ このお二人は毎年トップ争いしてるんです」。なにそれ。あんた達と長い付き合いだけど初めて聞いたわそんなの。「ちなみにシロコちゃんは2.46秒の大会記録持ってます」。どうでもいいわね。

  • 170二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 20:49:03

    保守

  • 171二次元好きの匿名さん25/09/07(日) 02:36:18

    箸巻き……?!

  • 1721825/09/07(日) 09:48:56

     質のいい香水と、クリーニング明けみたいな清潔感ある香りが、この部屋に異質。異質と言えば異質。あまりに異質。

     ここに。この場に。ワカモがいることも。

     今朝電話を貰ったとき何気なく言われた。「ワカモちゃんも参加するよ~」と言うホシノの抜けた声を聞いた瞬間、眠気はぶっとんだ。つい大声が出た。なんでよ。こないだまでS.C.H.A.L.Eにいたじゃない。なんで居るのよ。なんで捕まえられたのよ。いちばんあり得ないタイミングで!

     簀巻きクイーン決定戦とやらが関係しているのか、いないのか。こうして簀巻きにされ、シロコの尻に敷かれ、汚れた箸を押し当てられ、抗議することも出来ず。必死に体を反らしながら悲鳴みたいな唸り声を上げる姿を見せられると。
     
     哀れねえ……。目頭が熱くなってくるわ。あなた、世間じゃわりと怖がられてるのに。まあそうよね。SUGAR RUSHぐらいならボコボコにできるけど、武闘派揃いのアビドス組の前じゃどうしようもないものね。

     アヤネの言葉に目を剥いたワカモに、ホシノは追い打ちをかけるように。天井を仰ぎ、言った。

    「あー。最近シてる時に物足りなさそうにしてたの、それかあ。んー! 悔しいなあ!」

    「はあ!?」

    「ん”ん!?」

    『くふっ。大きい女の子に押さえつけられながらって、一度は経験したかったのかも。今まで押さえつける側だったからこそ、みたいな?』

    「ムツキっ!? あなた――」

    『ああいうの好きだと、逆も体験したくなるってこと? ほら、締めてくるときとかさ。目、ガチじゃん。……イヤじゃないけど』

    『わかるー! こっちの限界知り尽くされてるのヤバいよねー! なるほど。強気な人は強気にされたいのかぁ……。あーあ。そんなことならいくらでもシてあげたのになー? ねーカヨコっち』

    「んん!! ん”んん”んんー!!」

  • 1731825/09/07(日) 10:10:08

    「ちょっと! そんな話聞いたことないんだけど!? あなたたちいつの間に関係持ってたのよ!!」

    『わざわざ言う話じゃないじゃーん? 傾向的にアルちゃん好みじゃないっぽかったし。あ、ぶっちゃけちゃうとレイサちゃんとヨシミちゃんはしょっちゅう呼ばれてたみたいだよ。アビドス連中もそんな感じだよね?』

     好みじゃない!? 体型は頑張って維持しているんだけど! わりと自慢なんだけど! ねえ!

    「初めては卒業前だったなぁ。あれはあれでいい思い出だよ~。乱暴だったとはいえ、知識もなかったしねぇ」

    「むぅ。私は一度もお声がけいただけてません……。自慢だったんですけど。これ」

     ええ! ええ! でしょうね! 私もよ。仲間!

    「ん。先生は強くないから、襲ってしまえばこちらのもの。ノノミも今度いっしょに行く? 私たちもたまにいっしょに行く。イヤだけど」

    「私もイヤ。でも初めての時怖いからって」

    「それ以上言ったら埋める」

    「もうほんと、ホシノ先輩からあらかじめ聞いてなかったらトラウマものですあれは! まだ在学中だったのに……。そういえば、セリカちゃんは」

    「……最近呼ばれない」

    「太ったもんね」

    「うるさいわね!! いいわよ、もう充分満足しましたっ!」

    「とか言って?」
     
    「これはこれで柔らかくていいと思うのに……!」

  • 1741825/09/07(日) 10:20:44

    「じゃあみんなで行こう。みんなで行けば怖くない」

    「待って待って。待ってちょうだい。追いつかない。追いつけない!」

     ばん。ばんばん。テーブル叩いて抗議。なに。え? 私が知らなかっただけ? そういう話を委細報告しろとか言わないけど、あまりに乱れすぎじゃない!? 先生見る目変わるんだけど! しかも手を出したのちょっとヤバい人選じゃない! 在学中!? 待って、待って待って!

     目をかっ開いているのは私だけじゃない。ワカモもそう。血眼で頭を振るワカモに『もちろんクソ狐も一回ぐらいヤってるっしょ? あんだけそばに居るんだから』なんて。カヨコが鼻で笑う。性格わっるそうな顔で。『ないない。ぜったい先生の好みじゃないもん』。性格悪い女の追撃。見てよ。うちの社員。……性格の悪さは折り紙付き。

    「あんま言いたくないけど、ロリコンっぽいからねぇ先生。そっかぁ。アケミちゃん……。確かに、正反対かぁ」

    「も、もしかしてハルカ……も?」

    『今でもたまにいっしょに行くよ? ほら、体力オバケだからハルカちゃん。私、すぐヘバっちゃうからちょうどよくてさ――』

     よし。

     ジョッキを一気に呷る。呷る。呷る。喉を鳴らし。レモンサワーの炭酸割を一気に腹にぶちこむ。お腹が熱くなって、すっごく冷える。ゆるくなる。こんな冷たいものを一気飲みなんて。いや、でも。

     飲む。今日は飲もう。ワカモ。今だけ、あんたの味方してあげる。なんでこのタイミングでカミングアウトするのよ。知りたくなかった。友だちのそういう事情とか。先生のそういう事情とか!

     垂れる髪で顔を隠し。しかし隠しきれない猿ぐつわの向こうでは嗚咽に近いうめき声。辛いでしょうね。あんたが一番先生の近くに居て。10代の頃からの片思いを30超えるまで続けて。なのに、これは裏切りだ。裏切り。この件に関しては本気で先生を引っ叩いてやらなきゃだめだ。他の女を抱いた後、何食わぬ顔で自分に片思いする女に。どの面下げて接してたと言うの。

     この戦いは。”道具”としてでなく。いま、この瞬間。私の闘いにも成った。ハルカにまで? ふざけないで。うちの大事な社員まで……。別にもうそういう感情はないとはいえ! 私だけ声掛けられてないってのはそれはそれでムカつく!!

    「おかわり!」

    『っていう冗談は置いといてー』

     ……。

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