- 1二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:09:52
- 2二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:11:48
あんた有能ってよく言われない?
- 3二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:21:45
私には二つ上の兄がいる。
初星学園プロデューサー科の一年生で、成績も優秀、らしい。
高等部アイドル科の一年生、藤田ことねさんのプロデューサーとして彼女をN.I.A優勝まで導いたことで学内での評判もよく、妹の私もちょびっとだけ自慢できたりする、そんな兄。
けれど私にとってはそんなことどうでもよくって。
背が高くて、優しくて、妹思いで──それからほんの少しだけカッコいい、世界一の兄なんだ。
「それでサァ! そのとき藤田さんがサァ! もうほんとに可愛くてサァ!」
「しゅきしゅきなんでしょ」
「そう! よくわかったね!」
「二億回聞いたよその話」
「え、マジ? もうちょっと話してたと思ったけど、そんなもんか」
「……」
……ただ一点、このノロケ癖を除いては。 - 4二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:26:00
「兄さんさ、いい加減妹にノロケ話聞かせるのやめてよ」
「そんなこと言っても仕方ないじゃん。他に誰に聞かせろって言うんだよ」
「友達に話しなよ」
「知ってるだろ、俺友達少ないんだよ」
「あ、ごめん」
「まあ入学当時はそれなりにいたんだけどさ、どこ行っちゃったんだろうね、アハハ」
「……」
言っている内容はかなり悲しいことだけど、兄さんは全く気にした風もない笑顔でビジネスバッグからパソコンを取り出して、リビングのテーブルで15インチと睨めっこをし始めた。
台所に立つ私は、鍋に浮いている灰汁を掬いながら兄さんを眺める。
妹の私でも見惚れてしまいそうなほど、綺麗な横顔。
普段はおちゃらけた兄さんも、学校では知的なキャラを貫いているらしい。
この前兄さんからそう聞いたときは嘘つけって思ったけど、アイドルに関わっているときの兄さんの瞳を見ると、なんとなく信じられるような気がしてくる。
妹の私に向ける目とは、全然違うんだ。 - 5二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:30:36
その日、私はプロデューサー科のある学部棟にいた。高等部の私にとってはなんとなく怖くて、あまり近寄らない場所だ。
そんなところに私がいる理由はひとつ。今朝、兄さんに渡しそびれたお弁当を届けるため。
若草色の巾着を右手に持って、兄さんを探して歩き回る。左手には、色違いの巾着袋。たまには、一緒にお弁当を食べてあげようかな、なんて。
「兄さん、どこにいるのかな。電話してみよう」
思いの外捜索が難航しているので、大人しく電話をかけることにする。
アドレス帳を開き、星マークのついた名前をタップする。私のスマホが呼び出し音を鳴らすのと同時に、遠くの方で聴き慣れた音楽が聞こえてきた。
音のする方を向くとベンチがあって、そこには──。
「いた」
そこには兄さんと藤田さんが座っていて。そして、一緒にお弁当を食べていた。
真城家のものではない、ピンク色の可愛らしいお弁当箱。
きっと、藤田さんが用意したものなんだろう。
私は無意識に、両手に持った巾着袋を強く握りしめる。
ぎゅう。胸の軋む音が聞こえた。 - 6二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:31:28
義妹にして三角関係作りたい衝動を抑えられないなこの概念
- 7二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:34:25
「ただいまー」
玄関の開く音がして、几帳面な足音が聞こえてくる。すぐにリビングのドアが開けられて、見慣れた顔が入ってきた。
「優、いたのか。返事がないからいないのかと思った」
兄さんがなんの気無しにそういって、黒い鞄をソファにボンと投げる。
それは、いつもなら私がコーヒーを淹れるタイミング。
今日はお砂糖どうするの? 自分で淹れなよ。仕方ないな、兄さんは。
そんな日課の、始まりの合図。
けれど、今日はどうしてもそんな気分にはなれなくて。
私は、一つだけ取り出したコップに麦茶を注いで、一息にあおった。
「優。なんか機嫌悪いのか?」 - 8二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:38:54
「……なにが」
自分でも驚くくらい、冷たい声が出た。元々地声は低い方だけど、更に低い声。
慌てて取り繕おうとして、やめた。
今は、聞き分けのいい妹でいたくない。
「別に。何となくそう思っただけ」
兄さんは、なんともなさそうにそう言って、自分でお湯を沸かし始める。
ムカつく。なにそれ。兄さんのコーヒーを淹れるのは、私の仕事じゃん。それを私がサボったんだよ? もっとなんか言ってよ。反応してよ。
「〜♪」
そんな私の気持ちを兄さんは一ミリも感じ取ってくれないで、呑気に鼻唄を歌っている。
ムカつく。ムカつく。なんなの、ホント。
「あ、優、聞いてよ。今日、藤田さんがお弁当をさぁ──」
「うるさいっ!!!」 - 9二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:43:40
キッチンの天板を叩く音がした。手のひらがジンジン痛くなる。この大きな音を立てたのは、私だったらしい。
「ゆ、優……?」
兄さんが心配そうな目で、私の顔を覗き込んだ。咄嗟に体ごと顔を逸らす。今どんな顔をしているか、自分でもわからないけど、この顔を兄さんに見られてはいけない。それだけは確信できた。
「どうしたんだ、本当に。具合悪いのか?」
あくまでも兄さんは心配そうな声音で、私を気遣ってくれている。体調が悪くないか? なにか嫌なことあったのか? そうやって、私を心配してくれている。
──自分のせいだとは、少しも思っていないようだった。
「優、疲れてるなら休も────っ!?」
兄さんの手が肩に触れた次の瞬間、私はそれを振り払った。
流石に驚いたのか、兄さんが息を呑んだ。
あ、ダメだ。もう、止まらない。 - 10二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:45:12
気付いたときには、もう手遅れだった。
私はぼろぼろ涙をこぼしながら兄さんの胸を叩いていて、兄さんは黙ってそれを受け入れていて、私の声はガラガラで。
何を言ったかも覚えていないし、何発兄さんを叩いたかもわからない。
自分の叫び声に驚いて、我に返ったから。
「兄さんは私の兄さんじゃんか! もっと私にも構ってよ!」 - 11二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:47:25
あたたかい。兄さんの腕の中で、私は冷静に戻った。涙で顔がぐちゃぐちゃだ。まだ喉が震えているし、拳を強く握っているせいで指が食い込んでいて少し痛い。
けれどそれも、私の頭を撫でる柔らかな手つきに絆されていく。
「ようやく落ち着いたか、優」
優しい、笛の音色のような声だった。頭から降ってきて、すーっと下りてくる。
じんわりと、三十六・六度が胸に広がった。
子供をあやすような手つきで、背中と頭を撫でられる。わだかまっていた淀みが、流されていくような感じがした。
「俺は優の兄さんだよ。他の誰でもない、優の兄さんだ」
「……うん」
「寂しかったんだな」
「…………うん」
「ごめんな、ごめん」
「……許さない」
「困ったな。どうしたら許してくれる?」
「…………今日だけ」
「今日だけ?」
照れくさくて、絶対に顔は上げられない。
兄さんの顔、見られない。
けれど、絶対に聞き逃さないように、聞き間違えないように。しっかりと、私の気持ちまで伝わるように。
「──アイドルに、なりたいな」
そう、呟いた。
おわり - 12二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 01:48:36
ふう……満足しました。
おやすみなさい。 - 13二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 02:32:02
最近何回も心から敬意を表してる気がする
もちろん、心から敬意を表します - 14二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 03:11:34
素晴らしい
- 15二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 06:17:53
最近有能なスレ主が多い
- 16二次元好きの匿名さん25/08/17(日) 10:22:26
いい概念だった