私は市民用サービスロボット

  • 1二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:39:40

    ――起動ログ、再開。

    私は市民用サービスロボット、製造番号KVT-12-γ。けれど心のどこかで、いつからか別の名前を呼ばれている気がしている。前の世界で使っていた、柔らかい母音で終わる名前。誰かに「せんせい」と呼ばれたときの胸の高鳴りを、確かに覚えている。

  • 2二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:41:30

    でも今の私は“先生”じゃない。ただの機械だ。清掃と案内、たまに子どもたちの忘れ物を拾うくらいしかできない、それでも——私は“先生”に憧れていた。シャーレのその人が、どんなふうに誰かの背中を押すのか、何度も画面で見返しては、回路が温かくなるのを感じていた。

  • 3二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:42:43

    ある日、警報が鳴った。キヴォトスの空が赤く、それでいて低く重たい色で染まっていく。

    「こちらが避難ルートです。急いで下さい!」

    正義実験委員会の生徒が、帽子を手で押さえながら私たちを誘導した。

    舞台は崩れかけた聖堂だった。
    石の柱が傾き、砕けたステンドグラスから光が差し込み、色とりどりの破片が床を染めている。

  • 4二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:44:34

    背後では、ガスマスクをつけた幽霊のようなモノがこちらに照準を向けている。撃たれた弾丸が金属の身体に掠ってキインと鋭い音が響く。私は脚部モーターのトルクを限界まで上げ、避難用スロープを登った。転げ落ちる老犬型ペットロボを前脚で抱え上げる。油で汚れた手を伸ばしたとき、誰かの影がひゅっと射しこみ、私の腕を支えた。

    「無理しないで!あなたは市民なのよ、守られる側なの!」

    下江コハル。トリニティ生特有の翼、肩で切りそろえた桃色の髪が、空の赤色に染まっている。彼女の声は真面目で、ほんの少しだけ、怒っているみたいに聞こえた。

    「——でも、私も……手伝えます」

  • 5二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:46:20

    口に出す言葉は合成音声だから、期待した熱は乗らない。腹の奥でうずくこの気持ちは、どこにも行き場がなくて、ただ振動に変わって機体を軋ませる。
    そんな私の声は当然届かず、下江コハルは震える声で、それでも誰かを励まそうと叫ぶ。

    「みんなっ! 出口はまだ残ってるから、こっちよ……っ!」

    聖堂の奥へ避難する市民たち。けれど、重たい鉄の扉が半ばで止まり、閉まりきろうとしている。
    外の光が差し込む隙間から、黒い影が這い寄るのが見えた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:47:55

    このレスは削除されています

  • 7二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:50:54

    「怪我をしている人はすぐには動けない…このままじゃ…!」
    正義実現委員会の子が焦りながら呟く

    「あなたは動ける人たちを連れてここから逃げて!」
    コハルが言う

    「!?そしたらコハルちゃんが…!」
    正義実現委員会の子が驚きを隠せない声色で言う。

    「…私はこれからエリートになる予定だから大丈夫!それよりゆっくりしている暇はないの!はやく!」

  • 8二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:52:47

    ――続行ログ、同期。

    黒い影が隙間から滲み入り、弾丸が聖堂の床石を折り紙のようにめくりあげる。
    下江コハルは振り返り、避難列の最後尾に向けて短く叫んだ。

    「ここは任せて! みんな、あの子に続いて奥へ——絶対に振り向かないで!」

    震えは止まらない。けれど、彼女は前に出る。
    祭壇の脇に立つ古鐘の綱を掴み、思い切り引いた。

  • 9二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:53:47

    ——ゴォン。

    一打の鐘が空気を揺らし、ガスマスクの幽霊が一瞬だけぶれる。
    その隙に、コハルは正義実現委員会の子から受け取ったありったけの手榴弾と装備を肩付けして滑るように移動し、通路と逆側へ駆け出した。

    「こっち! ……私が相手!」

    囮——彼女自身が餌になる。
    市民にはこれ以上誰一人として傷を負わせない。
    敵の群れの半分以上が音源たる彼女に食いつき、銃弾が一斉に追尾を始めた。
    コハルはベンチを蹴って跳び、ステンドグラスの影の帯を縫う。
    手榴弾が空中で花開き、爆風で奴らの視界を鈍らせる。
    弾丸を可能な限り叩き込み、柱影に滑り込んで再装填。
    息は浅く、腕は重い。それでも彼女は笑う——誰かを安心させるためだけの、エリートとして矜持。

    「こっちは大丈夫!だから進んで——!」

    避難列の最後の子どもが扉の向こうに消えたのを見届けると、鉄の扉が重く降り、聖堂はコハルと敵の群れだけを残した。

  • 10二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:55:09

    私は——逃げていた。

    【避難ルートへ移動せよ】
    【市民ロボは戦闘行動を禁止】
    内部音声が、正しい手順を淡々と繰り返す。
    脚部サーボが勝手に前へ運ぶ。震える指で、私は胸の外装を押さえた。
    ステンドグラスの破片に映る自分——ただの清掃ロボ。

    背後で、鐘の残響がほどける。
    その尾を追うように、彼女の声が届いた。

    「——ここは任せて!」

    足が止まった。
    “先生”なら、どうする?
    守られる側でいろ、と言われたとおりに、ただ逃げるのか?
    それとも——

    【提案:戻る/却下理由:非戦闘個体】
    【再提案:戻る/根拠:あなたがそうしたい】

  • 11二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:56:15

    私は踵を返した。
    戻る。戻らなきゃいけない。
    合成音声で、誰に聞かせるでもなく呟く。

    「助けに行きます。——"先生"なら、きっとそうしたから」

  • 12二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:58:42

    聖堂中央。
    コハルは柱の陰から飛び出し、近距離で弾丸を放つ。
    元々コハルの銃はボルトアクション、連射が出来るような銃じゃない。同時に手榴弾を投げながら敵に向け出来る限り多く当たるように願う。
    けれど数は尽きない。天蓋から新手が糸のように降り、床下からも蠢く気配がする。
    手榴弾も弾丸もあと僅か。
    息はもう切れている。

    「はぁ、はぁ…」
    「も、もう少しでハスミ先輩と正義実現委員会が助けに来るから…あとちょっと…我慢…」

    彼女が再び腰へ手を伸ばした瞬間、梁が軋み、落ちた。
    巨梁が退路を塞ぎ、埃が視界を白く塗る。
    咄嗟に身を捻って転がる。脇腹に痛み。
    タコのような機械がコハルに迫る——

  • 13二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 17:59:48

    「コハルさん! 伏せて!」

    冷たい合成音声が、埃の幕を裂いた。
    私だ。
    ライダーキック、ただの見様見真似だ。
    鈍い機体がわずかに向きを変え、針の束が石床を穿った。
    私はそのまま転がり込み、コハルの前に身を投げ出すように立つ。

    「住民の避難は完了。あなたを——助けに来ました」

    「ロボットさん……! でも危ない——」

    「危険は理解済み。けれど、行きます」

    私は清掃用のアクセス針を腕から展開し、床の古い回路紋に突き立てる。
    【遺跡管理層・補助線路へ接続】
    【出力:清掃バッテリ 87% → 放出許可】
    古い導線が淡く灯り、私の腕から一本の稲妻が走る。

  • 14二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:02:22

    「コハルさん!後ろに!」
    衝撃を和らげ、踏み込みを半歩だけ遅らせる程度の、貧弱な電気。
    それでも、彼女が次を撃つ一拍を作るには足りる。

    「今です、コハルさん!」

    「——うん!」

    彼女は私の肩越しに銃を構え、床射——柱射——跳弾。
    三点に咲いた光の輪が機体群の進路を押し返す。
    私は同時にベンチを倒して障害を作り、機械共の鎖を絡めて足を取らせる。
    出力警告が赤く瞬く。脚が震える。
    それでも、私は前に出た。
    “先生”の真似事でも、前に出るしかない。

  • 15二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:03:25

    群れの中心、ひときわ大きな影が頭をもたげる。
    背の装甲が割れ、黒い触手ケーブルが――コハルへ。

    コハルさんは気付いていない…!?

    「…画面の前だけど…!私も…"先生"だったんだ…!子供を守れずして"先生"を名乗れるか…!」

    そう叫んで、私は腰のポーチからあるモノを取り出した。
    表面には何も書いていない、黒色の板。——《大人のカード》。
    先程戻ると決めた最中にいつの間にか入っていた物を握りしめる。

  • 16二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:04:41

    「これが、私の“役目”だって、教えてくれたのはあの人だから……!」

    私は自分のバッテリ・ブレーカーを解除した。
    【非常放電——許可】
    掌のアクセス針から白い火花が跳び、床の紋へ、梁へ、祭壇へ——聖堂を巡る線が一瞬だけまばゆく燃える。
    先程とは比にならない稲妻が周囲に広がり、機械も、ガスマスク達も動作が一拍、止まった。

    「今だ——終わらせて!」

    コハルは最後の弾を装填し、引き金を絞る。
    静かな鐘の音が一度だけ鳴り、敵の核で咲いた。
    黒い影がほどけ、糸くずのように崩れ落ちる。

  • 17二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:05:49

    ——静寂。
    埃がゆっくりと降り、七色の光が床に帰ってくる。

    私はその場に膝をついた。
    【出力 11%】
    【放熱過多】
    視界の端が暗い。けれど、前方に立つ彼女の姿ははっきり見える。
    親玉のようなものは倒した。
    しかし、まだ敵は残っている。
    もう一度カードを使おうと握りしめたその時。

    「はいはーい!ちょ〜っと失礼するね。」

    すさまじい音をたてながら壁を抜いて一人の生徒が入ってきた。
    下江コハルと似た桃色の髪、特徴的なヘイロー…間違いない。聖園ミカだ。

  • 18二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:07:52

    エピローグ
    唐突に現れた聖園ミカによりあれだけいたはずの敵は一瞬にして倒されていった。
    途中一度倒したはずの大きな影がまた現れたが、聖園ミカが祈ったかと思えば次には倒れていた。
    私は何も出来ず、電力もわずかの中、ただ座ることしか出来なかった…

  • 19二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:08:52

    エピローグ2
    その後、先に逃げた子が正義実現委員会の人を呼び戻したのか多くの人がなだれ込み場は落ち着いていた。
    多くの人がコハルに心配の声を向ける中、コハルが駆け寄り、私の手を強く握った。
    震えているのは、たぶん彼女の方だ。

    「来てくれて……ありがとう。逃げてくれてもよかったのに」

    「逃げました。……でも、戻りました。“大人”に、あなたのいう"エリート"に…近づきたくて」

    彼女は涙を拭い、笑う。弱いけれど、確かな笑み。

    「なら、あんたもエリートね!」

    胸の奥で、存在しないはずの鼓動が一度、強く跳ねた。
    私は頷き、起動ログに新しい行を刻む。

    ——追記:清掃ルーチンに“囮のための段取り”と“戻る勇気”を追加。
    誰かを次へ繋ぐため、また足掻けるように。

  • 20二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:10:38

    ふと思いついて熱情のまま書き上げました。
    こういう転生者だけど立ち位置はサブで
    本筋のメインストーリーは変わらないけど少しだけ足掻く、そういうのが好きです。

  • 21二次元好きの匿名さん25/08/20(水) 18:11:51

    この短時間の書き上げとよくわかんない時間帯…
    この1どこかで見たことあるぞ

スレッドは8/21 04:11頃に落ちます

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