- 1二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:01:14
日課の河川敷ランニングを終え、温かい紙袋を手にトレーナー室に戻って。ただいま戻りました、と声をかけながら、彼の隣に歩み寄る。
「トレーナーさんは、コロッケとメンチカツ、どちらがお好みですか?」
トレーナーさんは、目をぱちくりさせながら、私の顔と、袋を交互に見る。漂ってきた匂いに気づくと、ようやく納得したみたいに。
「買ってきたの?」
「はい。とても、美味しそうだったので」
ランニングから帰ってくる道すがら、一軒の揚げもの屋さんに目が留まった。歩道に面したショーケースには、いつも山盛りの商品が並んでいた。けれど、ここ数か月は陳列に空きが多く、さみしげな様子になっていた。
どうしたのだろうと思って立ち寄ったところ、最近はお客さんが減ってしまって、準備する量を減らしたのだという。
「……店主さんも、なんだか元気がなさげで」
さらに話を聞いてみると、このままだとお店を続けるのも難しいとこぼしていた。そうしたら、居ても立ってもいられず、少しでも力になりたくて。
「これください、と声をかけましたら、ありがとう、とおっしゃってくれました」
「それで、二種類買ったの?」
「はい。せっかくなら、トレーナーさんにも、召し上がっていただきたいので」 - 2二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:02:16
トレーナーさんは、ブーケらしいなあ、と言いながら。
「担当の子にここまでしてもらうなんて、なんだか申し訳ないね」
「私が、トレーナーさんと一緒に食べたいと思ったので、買ってきたんです」
「それじゃ、コロッケにしようかな。ありがとう」
と、ひとつを選ぶ。どうぞ、と差し上げてから、半分ずつにしてもよかったかも、という考えがよぎった。
「ん! サクサクで美味しいよ」
「それは、よかったです」
「ほら、ブーケも食べよう?」
勧められて、私もメンチカツに口をつけた。カラッと揚がった歯触りに、ぎっしり詰まったお肉。ほんのりと人参の風味も感じる。
「これは、美味しいですね」
「こんなにいいお店が近くにあったとは」
「トレーナーさんより、生徒の方が外に出る機会は多いので。私たちの方が、学園の近くは詳しいかもしれないですね」 - 3二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:03:19
他愛もないお話を交わしながら、食べ進めていると、ほとんど二人同時に完食していた。少しこぼしてしまった衣を拾って、ごちそうさまでした、と手を合わせる。
「……私、決めました」
「決めた?」
「明日も、明後日も、その次も。このお店にお伺いします。このままお店を閉められてしまうのは、心苦しいです」
店主さんの顔が浮かぶ。よい品物を作って、もっと繁盛していいはずなのに、ここでお店を閉じてしまうなんて、とても悲しいこと。
それなら、ささやかでも元気づけてあげたい。
トレーナーさんは考える素振りをしている。それから間があって、ポケットに手を伸ばした。お財布を開いて、私にお札を差し出しながら。
「じゃあ、明日からは――」
反射的に、両手を振った。他の人からお金を貰うなんて、いくらトレーナーさんだとしても、そんなことはできない。
「あの、だめです。受け取れません」
本当のことを言うと、自分一人の力だと厳しい面もあった。それでも、少しの間なら、通い続けられるはずだった。
「えーっと……これで“おつかい”に行ってきてほしいんだ」
「……おつかい、ですか」
「ランニングのあと、今日みたいに二人で食べるために買ってきてくれないかな」 - 4二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:04:22
きっと、私のお財布事情も念頭にあって、このようなことを提案してくれている。中等部のお小遣いでは、すぐに限界を迎えることは目に見えていた。
「……でも、申し訳ないです」
「俺がブーケと一緒に食べたいと思ったから」
今日、私が買ってきたのが一つではなく、二つだったのと同じ理由。頬が緩んで、ひとりでにしっぽが揺れる。
「わかり、ました」
「よし! 明日は何があるかな?」
「リクエストがございましたら、おっしゃってくださいね」
「エビフライとかいいよね。あとは――」
希望のメニューを聞きながら、またこの時間を共有できることを、楽しみに思うのでした―― - 5二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:05:27
――今度からは、ブーケの分だけでいいよ。
トレーニング後のひとときを共にするようになってから数週間後。から揚げを平らげて、翌日は何を買おうかと、当たり前のように考えていたところに降ってきた一言だった。
何がよくなかったのだろうか。選んでくる品物は、似たものが続かないように工夫していた。毎日、美味しいと言いながら召し上がっていたのに。
「その、何か失礼なことを、してしまったでしょうか……」
おずおずと尋ねると、トレーナーさんは慌てたように立ち上がった。
「いや! ブーケは何も悪いことなんてしてないよ」
「それでは、本当はお口に合わなかったとか……」
「そういうのじゃなくて」
やがてトレーナーさんは、ばつの悪そうな顔をしながら、彼自身のお腹をつつくように指さした。目を凝らしてみると、ベルトの上のボリュームが、確かに以前よりしっかりしているように見える。
「最近食べ過ぎでちょっとお腹が……」
「……それは、失礼いたしました……」
大きな過ちをしてしまったということはなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「学生の頃は毎日食べても太ったりなんかしなかったんだけどなあ」
「すみません。そこまで考えが回らずに」
「気にしなくていいんだよ」 - 6二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:06:31
――ここまできてから、はっとした。
トレーナーさんの恰幅が、少し良くなった。私も、連日同じものを食べていた。ということは。
制服のスカートを身につけるとき。腰回りの余裕が少なくなったように思っていた。
お風呂から上がって、顔に化粧水を塗るとき。ほっぺたがなんだかもちもちしてきたように感じたのは、肌が綺麗になったからという理由だけではなく。
振り返れば、心当たりはいくつも浮かび上がってくる。もしかして、私は――
「……今日は、失礼させていただきます」
「お疲れ様〜」
のんきなトレーナーさんの返事を聞きながら、廊下に出て、あてもなく歩き出した。最近は測っていなかったが、体重もきっと増えている。彼のことだから、気づいていたかもしれない。
ストップがかからなかったということは、適正範囲の内なのだろう。それでも、私自身が――それと、小さな乙女心が――このような変化を認められなかった。 - 7二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:07:32
しばらくすると、カフェテリアに辿り着いていた。ドアをくぐると、物憂げな雰囲気をした、芦毛のウマ娘が目についた。彼女も私に気づいたようで、視線が重なる。
そのまま数秒の沈黙が流れた。彼女の身に何が起こったのかは、その姿をよく観察すれば、言葉にされずとも理解できた。
私は、彼女に歩み寄って、声をかけていた。
「――クロノさん」
彼女は、ほんの僅かに頷いた。私も、小さく頷き返した。お互いが、通じ合っていた。
「あなたも、だったのですね――」 - 8二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:09:32
前作
落蕾|あにまん掲示板 デビュー前、模擬レースのときから、もう少しのところで勝利に手が届かなくて。反省会や次のレースまでのトレーニングでは、最後の力を振り絞るとか、ゴール直前は気持ちで押し切るって、よく教えてくださいました…bbs.animanch.comふくよかブーケちゃんをモチモチしたかったので書きました
クロノちゃんのダイエットイベントから着想を得て、こんなこともあったのかもという妄想を広げたものです
- 9二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:10:30
育成のエピソードをきれいに膨らませててとても良かった…
- 10二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:37:59
ブーケちゃんは善意でそういうことしそうだよな〜ふつうに良いな〜と思って読んでたんだけどそこに繋げてくるとは
- 11二次元好きの匿名さん25/08/21(木) 22:52:08
この後一緒にダイエットするのかな、可愛い
- 12二次元好きの匿名さん25/08/22(金) 08:27:21
ふくよかになってもそれはそれでかわいらしいのが容易に想像できる
- 13二次元好きの匿名さん25/08/22(金) 08:34:17
めっちゃ素敵な作品だけどタイトルだけじゃ(自分の知能だと)SSとわかりにくいのが惜しい、危うく気がつかないところだった・・・
作者様とageてくれた方に感謝