- 1二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:30:16
ふと、木々が揺れる音が聞こえて、意識が覚醒していく。
泥沼から顔だけを出したかのような気分で、少しだけ息苦しかった。
でも、ほんのりと伝わってくる微かな温もりは、融け合うかのように心地良い。
「お目覚め、ですか?」
すると、覗き込むように一人の少女がこちらを見つめる。
寝起きのせいか視界が霞んで良く見えないけれど、それでも誰かははっきりわかる。
輝くような真紅の瞳、栗毛の柔らかそうな髪、ほんのりと香る花の匂い。
担当ウマ娘のスティルインラブは、ほっと安堵のため息をついた。
……ただ、寝ていて起きただけだというのに、どうしてそんな表情をするのだろうか。
すると何かを察したのか、スティルは困ったように目を細める。
「……あまりにも、静かに眠られていたので」
スティルの言葉に、そういえばそうだなと一人で納得をしてしまう。
思えば、最近はあまり眠れていなかったから、その反動だったのかもしれない。
ゆっくりと眠ったせいか、頭も、身体も、手足も、指先まで、全てがひどく軽く感じた。
これなら、明日はもっと色んな所へ行けるかもしれないな。 - 2二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:31:20
「ところで、寝心地のほどは、どうでしょうか?」
突然、スティルはそんなことを尋ねて来た。
寝心地、とは何のことだろう。
そもそも、俺は一体、どこで横になっているのだろうか。
記憶が曖昧で混濁していく中、とりあえず今の状況を頭の中で思い描く。
上から覗き込む彼女、感じる柔らかくて暖かい感触、近くから感じる甘い香り。
考えて、想って、感じて、それでも、結論は導き出せない。
やがて痺れを切らしたのか、ゆっくりとスティルは顔を近づけて来た。
息遣いすら聞こえそうな距離、この近さなら、彼女の顔がはっきりと見ることが出来る。
目の前には、愛おしい彼女の、悪戯っぽい表情。
「膝枕を、してみたんです」
そう言いながら、スティルはすりすりと優しく撫でてきた。
柔らかな手のひらが、頭を、耳を、首筋を、確かめるようにゆっくりと触れて行く。
なるほど、膝枕か。
確かに天にも昇ってしまいそうな心地良さだけれど、一つ不安点が浮かび上がる。
重くは、ないだろうか。
「…………大丈夫です、とっても、軽いですから」
スティルは顔を離しながら、ぽそりと呟くようにそう言った。
負担になっていないのならば、一安心だけれども。
でも、本当に気持ち良い。
このまま、起き上がれないのではないかと、思ってしまうくらいには。 - 3二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:32:25
「本当は、ずうっと、こうしてみたかったんです…………覚えて、いますか?」
その言葉には、すぐ頷くことが出来た。
頭の中がどんなに曖昧になっても、スティルとの記憶だけははっきりと覚えているから。
満月の夜、彼女と担当契約を結ぶ直前、膝を貸してあげたことがあった。
それはもはや遠い昔にも感じるけれど、一つ一つが煌めく星々のように、大切な思い出。
俺は笑顔を浮かべて、彼女へと伝える。
────やりたいこと、一つ、出来て良かったね。
「……っ! はい、そう、ですね……っ」
スティルは、こくこくと、何度も頷いてくれる。
毎晩日記に書いていたという彼女の“やりたいこと”。
そして、それは、俺が破り捨ててしまった、彼女の“やりたかったこと”でもあった。
それを一つでも埋められたというのなら、トレーナーとして、これ以上に嬉しいことはなかった。
ああ、それにしても、今日は本当に身体が軽い、何処へでも飛んでいけそうなほどに。
でも、ちょっと、喉が渇いたかもしれない。
「トレーナーさん、明日は、何処へ行きたいですか?」
ふと、スティルがそんなことを問いかけて来る。
喉の渇きともに思い出すのは、お正月に彼女と一緒に堪能したアフタヌーンティーだった。
甘い物好きのスティル御用達の、有名ホテルのラウンジ。
あの時は正月限定の特別メニューだったけど、他の限定メニューも気になっていたのだ。
前はコーヒーばかりだったけど、今度は紅茶も試してみたい。 - 4二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:33:29
「トレーナーさん、明日は、何がしたいですか?」
こうも身体が軽いのならば、ちょっとした運動くらいは出来るかもしれない。
スティルには話していなかったけれど、実は学生時代、サッカー部に所属していたりする。
ファン感謝祭で活躍する彼女を見て、何だか少しだけ、懐かしい気分になっていた。
とはいえウマ娘とサッカーは、ちょっと危険すぎるかな。
やっぱり、一緒にゴルフが良いかもしれない。
「トレーナー、さん……明日は…………あし、た、は…………」
どこからともなく、ぽたぽたと、冷たい何かが落ちて来た。
少し前にも感じたような気がする、これは、雨だろうか、それとも、雪だろうか。
雪といえば、やっぱり去年のクリスマスの後悔が蘇ってしまう。
せっかくのホワイトクリスマスだったというのに、俺はスティルにプレゼントを用意してあげられなかった。
彼女は気にしていなかったけれど、やっぱりこういうのは、しっかりとしたい。
今年こそは、ちゃんと用意しないとな。
「…………っ」
聞こえない。
スティルの声も、木々の騒めきも、風の音も、何かも。
ただただ、ぽたぽたと水っぽいものが、上から降り注ぎ続けていているだけ。
ああ、やっぱりこれは雪じゃなくて、雨だったんだ。
これじゃあ、お出かけは難しいかな。
なら、二人でゆっくりと本でも読んで過ごすのも、悪くはない。
何はともあれ、兎にも角にも。 - 5二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:34:37
俺は────スティルの、傍に居たいな。
そう思った瞬間、どういうわけなのか、雨がぴたりと止む
ごしごしと衣擦れの音が響いて、曇り空から晴れ間が見えた。
霞んで、ぼやけて、遠くて、真っ赤で、良く見えないけれど、見間違えるはずもない。
それは紛れもない、スティルの笑顔だった。
「私も、貴方のお傍に、ずっと、ずうっと」
その言葉は、喉の渇きを潤すように、胸に染み渡っていく。
うん、これなら大丈夫だ、そう確信しながら俺はそっと目を閉じる。
もう重荷を背負う必要もない、もう日差しを避ける必要もない、もう闇夜に紛れる必要もない。
二人一緒に、何処へでだって、行けるだろう。
明日は、きっと、晴れだから。 - 6二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:36:14
お わ り
なんというかすごくすごかったです - 7二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:38:58
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- 8二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:39:57
シナリオすごくすごかった
この作品も延長線上で解釈一致
曇り空から晴れ間が見えたという表現がとてもすき - 9二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:40:11
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- 10二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:41:16
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- 11二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:41:30
とても感想を言葉に表すのが難しいけど、こう、ちょっとだけすっきりしました
- 12二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:43:38
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- 13二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 22:44:52
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- 14二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 23:54:57
上手く言えんけどすごくすごかった
- 15二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 23:56:08
ありがとう
俺はまた泣いた - 16二次元好きの匿名さん25/08/24(日) 23:59:48
脳内スティルボイス余裕でイエスだね
愛舞い喰らいのbgmもセットで流れるくらい
明日天気になーれ - 17二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 00:08:26
すき
- 18二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 00:10:07
正直SS好きじゃなかったけどこれはいいものだ
- 19125/08/25(月) 07:13:04
- 20二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 07:50:29
ペルソナ3の最後思い出したわ
目を閉じますか? - 21二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 09:04:48
- 22二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 11:10:28
朝から温泉旅行引いてついでにノーマルエンドも解放して放心状態だったから
ありがとう 良きSSとの出会いに感謝