- 1二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 20:15:39
顔を上げれば、そこには宇宙があった。
まだ明けぬ夜空に燦然と輝く星々はどこまでも続いていて、叶うものなら、このまま夜が明けることなどなければいいのにとさえ思ってしまう。
冬の始まり、すぐ横を、冷たい海風が吹き抜けた。
ローファー越しの砂浜はなぜだか心もとなくて、十数メートルは離れているというのに、穏やかだというのに、ふと気を抜けば波音と一緒に自分もさらわれてしまうような、そんな気がしてくるのだ。
夜空に包まれる砂浜に、私は一人だった。
私は、ずっと孤独だったのだと思う。孤独が、よかったのだと思う。孤独はいつだって冷たかったけれど、その分自由でいられたから。全てを、妹に捧げることができたから。確かに、妹が私の中にいてくれたから。
だから、孤独がよかったのに。孤独で、よかったのに。
──『運命』は、私が持っていくね。
そんな言葉と共に。『運命』と共に、妹はいなくなってしまった。
泣いて、泣いて、どうしようもなく泣いて。それから強引に、この浜辺に連れてこられたのだった。
そんな浜辺に再び、なぜだろうか、気が付くと足を運んでいた。
ある人は。とても抜けていて、でも不器用なりに私を心配してくれた。
ある人は。自分強引に私を引っ張ってくれた。
ある人は。私のことを、憧れだなんて言ってくれた。
ある人は。勝手に、私についてきてくれた。
どれほど振り払ったとしても、その手を放してくれなくて。
どれほど拒んだとしても、諦めることなんてしてくれなくて。
気が付けば、妹のための脚が、心が、勝手に動いてしまった。
心臓が、高鳴ってしまった。
ああ。私はどうしようもなく──。 - 2二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 20:16:47
「……ぁ」
空に一滴、橙色が落とされた。ゆっくり、ゆっくりと。夜空が曖昧になっていく。
星が、その光に隠されていく。夜が、明けていく。
……ああ。そうだ。それでいい。
だって、だって。私はどうしようもなく、嬉しかったのだから。
やっと、語り合うことができて。いなくなって。泣いて、泣いたあの日も。
妹に語り掛けたあの夜も。走って、うなされて、高鳴って、またうなされたあの日々も。
彼らを拒んだ、あのときでさえ。傲慢かもしれないけれど、きっと、きっと、意味があったのだ。
そっと、耳を澄ましてみる。
優しく風がそよいで、穏やかな波が砂浜を打った。
それから、胸の奥で、とくんとくんと心臓が鳴った。
他の誰でもない、私の心臓が鳴った。
空に溶けゆく星々に目を配る。
あの星々は、姿を隠してしまうけれど、見えなくなってしまうけれど、なくなってなどいやしないのだ。
ずっと、確かに、そこにあるのだから。
この目では見えなくても、どれほど離れていても。声援を、歓声を、笑いあう声を、高鳴る心臓を。
天の川を超えて、アンドロメダのその先へだって届かせてみせるから。
「だから、安心してね」
思わず零れた声に、不意に理解した。
あのとき縋るばかりで言えなかったこと、私はまず一つ、忘れ物を届けに来たのだ。 - 3二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 20:17:51
「今まで。ありがとう」
きらりと、視界の端が輝いた。
明るく、眩しい光が、世界を照らし出してゆく。
「──さようなら」
朝日に包まれる砂浜に、私は一人だった。
だけどもう、孤独ではなかった。 - 4二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 20:45:02
すごく綺麗で切ない話でした。孤独を抱えながらも最後には温かさを掴んでいるのが良かったです。
- 5二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 22:18:44
アヤベさんは星空も似合うんだけど、夜明けもさぞ似合うだろうなあという気持ち
- 6二次元好きの匿名さん25/08/25(月) 22:21:24
久々の良いアヤベさんスレ…ありがとうございました