- 1二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:49:12
「────では明日の9時、我が君の下へとお迎えに参ります」
放課後のトレーナー室。
明日の予定について話し合った後、彼女はいつもの通りそう告げた。
さらりとした金髪のポニーテール、透き通るような碧眼、右耳には赤い耳飾り。
担当ウマ娘のデュランダルは背筋をピンと正し、さも当然と言わんばかりの表情を浮かべている。
「……」
「……我が君、いかがなされましたか?」
「あっ、いや、その、だな」
きょとんとした顔で覗き込んでくるデュランダルに、俺は言葉を濁してしまった。
言おう言おうと思っていたのだが、彼女を目の前にすると、なかなかに勇気が出せない。
そしてしばらく悩んでから、俺は意を決して、デュランダルと向き合った。
「……デュランダル、一つだけいいかな」
「はい、何なりとお申し付けください」
「ああ」
そう言って、深呼吸を一つ。
デュランダルにとって、今から言う言葉はあまりにも重いというのは、理解している。
けれど彼女の、そして俺達のこれからのためにも、これは避けては通れないこと。
だから俺は、喉から絞り出すように、その言葉を告げた。
「“騎士”を、やめてみないか?」
「……えっ?」
一瞬、場が凍り付いたかのように静寂に包まれる。
やがて、固まったデュランダルの顔がみるみる青ざめて行き、プルプルと身体を震わせ始めた。 - 2二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:50:24
「そっ、そそ、それは、はっ、破門、ということでしょうか……!?」
「いやいやいやいや、そういう意味じゃないから」
「で、では、もしや、別の騎士と……わっ、我が君の浮気ものぉー! 出家! 出家しますっ!」
「そういうことでもないってば! ごめん! 言い方が悪かった! だから一旦落ち着いて!」
泣きながら出て行こうとするデュランダルを、俺は必死に引き留めて宥めて行く
流石に、単刀直入に伝え過ぎだ。
心の中で猛省しながらも、どうにか少し落ち着いた彼女に対して、説明を始める。
「えっと、俺が言いたかったのは、明日一日だけ“騎士”をお休みしないかって話で」
「ぐすっ…………いちにち、だけ?」
「俺が出かける時、キミは迎えに来てくれて、エスコートしてくれて、警護もしてくれるよね」
「……はい、それが、きしのやくめですもの」
明日は、デュランダルと一緒に演劇を見に行く予定となっていた。
そのため、彼女は俺の騎士として、迎えに来て、案内をしてくれて、そして身の回りを守って来る。
────だが、このお出かけは本来、彼女のためのお出かけである。
日々のトレーニングに対する気分転換、息抜き、それが本来の目的だ。
もちろん、俺の騎士として振舞うことが、彼女のやりたいことの一つなのは理解している。
している、のだが。
「俺としてはキミが傍に居てくれると安心するけど……少し、肩に力が入り過ぎているような気がして」
「そう、でしょうか?」
きょとんとした表情で首を傾げるデュランダル。
実際のところ、迎えに来る時や目的地までの道中などは常に周囲に目を光らせていた。
……まあ、現地まで行ってしまえば、夢中になって割とハシャぐのだけれど、それはともかく。
出来ることならば、一日中肩を力を抜いて、お出かけを楽しんで欲しいのだ。 - 3二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:51:29
「だから一日だけ、“王”と“騎士”ではなく“俺”と“キミ”とで、お出かけをしてみないか?」
主従関係ではなく、対等なパートナーとして。
そんな想いを込めて話してみたのだが────デュランダルは何故か、顔を真っ赤に染め上げている。
口をパクパクとさせて、目を大きく見開かせて、耳をぴょこぴょこ忙しなく動かして。
やがて、彼女はもじもじと指を揉みながら小さな声で呟いた。
「そ、それは、つまり……デート、ということ、ですか?」
「えっ」
デート、なのだろうか。
対等な関係の男女がともに出かけることを、必ずしもデートとは言わないと思うけれども。
ただ、どこか期待にしているような様子でチラチラと見つめる彼女の目を、裏切ることは出来なかった。
「…………そうだな!」
「!」
ぴこんと、デュランダルの耳が立ち上がった。
何故か手で口元を隠し、尻尾をぱたぱたとさせながら、彼女は早口気味で言葉を紡いでいく。
「わ、我が君が、デッ、デートをご所望されると言うのなら、この不肖デュランダル、全力で臨みますっ!」
「……いや、リラックスして臨んで欲しいんだけど」
「ででででは、明日は9時半に会場前で待ち合わせへ変更、ということで宜しいでしょうか!?」
「アッハイ」
「私も改めて準備を整えねばいけませんので、きょ、今日は、その、失礼いたします!」
「うん、わかった……って早ッ!」
ぎくしゃくとした動きで頭を下げた瞬間、デュランダルは勢い良くトレーナー室を飛び出して行く。
その走りは聖剣の切れ味というよりは矢の如し、といった様子。
一人残された俺は、逆効果だったのかもしれないとため息をつく他なかった。 - 4二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:52:47
翌日、待ち合わせ時間の十分前。
俺は目的地に辿り着いて、デュランダルの姿を探していた。
いつも30分以上前に迎えに来る彼女のこと、もうすでに到着していることだろう。
そう、思っていたのだけれど。
「あれ?」
なかなかデュランダルを見つけることが出来ない。
そういえば、いつも迎えに来てもらったり探してもらったりするばかりだったな。
自嘲気味に苦笑いを浮かべながら探し回り────突然、ぴたりと足が止まった。
視線の先には、清楚で儚げな雰囲気で俯きがちに立っている一人のウマ娘。
いつもとは印象が違い過ぎて見過ごしそうになったが、間違いなく、それは“彼女”だった。
「デュランダル……?」
「我が君! ……あっ」
俺が名前を呼ぶと、デュランダルは嬉しそうに顔を上げた。
だが、すぐに我に返った様子でほんのりと顔を赤らめて、再び俯いてしまう。
「そっ、その、お待ち、しておりました」
「ああ、待たせちゃってごめんね、えっと、その服は」
「……昨日、帰った後にデートに着ていく服についてファインさんに相談をしたら、すぐ用意してくださって」
「そ、そうなんだ」
「…………それで、その、我が君にご意見を、賜りたい、のですが」
髪の毛先を指でくるくると絡ませながら、デュランダルはちらりとこちらを見つめる。 - 5二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:53:57
ポニーテールは解かれて、ウェーブのかかったロングヘアに。
服装も普段のパンツルックではなく、スカートがふわりと揺れ動く花柄のワンピース。
いつもの頼れる彼女とは違う、守りたくなるようなその姿に、思わずドキリとしてしまう。
俺は平静を装いながら、何とか、感想を伝えた。
「……とても可憐というか、綺麗で可愛いなって思う、凄い似合ってるよ」
「……ッ! そっ、そうですか、我が君にそう言ってもらえて安心です……ふふっ♪」
デュランダルは尻尾をぱたぱとさせながら、はにかんだ微笑みを浮かべる。
それにしても、服装一つでここまで印象が変わってしまうとは。
彼女の新たな魅力を引き出して見せたファインモーションには、感謝しかなかった。
「それじゃあ、ちょっと早いけど行こうか」
「……その前に、一つだけ、お願いをしても良いでしょうか?」
「ああ、構わないよ」
そう言うと、デュランダルは遠慮がちにそっと左手を差し出してきた。
「…………手を、繋いでもらっても良いでしょうか、今日は、デートなので」
微かに震える、デュランダルの小さな手。
俺は大切な宝物を扱うように、そっとその手を取る。
暖かくて柔らかい彼女の手のひらに触れた瞬間、震えはぴたりと止まった。
「もちろん、そのくらいならお安い御用だよ」
「……えへへ」
デュランダルはふにゃりと口元を緩めると、指を一本一本、丁寧に絡ませていく。
……そこまでやるとは言っていないのだが、まあいいか。
色々と思考を放棄して、俺はぎゅっと手を握り返すのであった。 - 6二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:55:46
「はあ……騎士の苦悩と姫への愛がひしひしと伝わってくる物語でした…………!」
演劇を見た帰り道、デュランダルは恍惚とした表情でほうっとため息をつく。
勇敢な騎士と、主君の后との悲恋の物語。
話としては古典で定番の内容ではあったが、訴えかけるような迫真の演技がそれを王道に変えた。
騎士の苦悩、姫の慕情、そして主君の怒り、まるで自分のことのように胸に刺さる感情表現。
引き込まれる、とはまさしくこういう感覚なのだろうな、と感嘆してしまうほどだった。
「いや、本当に凄かったね、確か主役の騎士を演じている人って前に観たやつでも」
「はい! 以前は脇役でしたが今回は初めて主役に抜擢! それを感じさせないほどの堂々とした演技!」
「そうだね、それに姫の役をやっていた人も────」
感想会に花を咲かせようとした時、くう、と可愛らしい音が響いた。
ぴしりと硬直したデュランダルは、やがて顔を真っ赤に染め上げて、慌ててお腹を押さえる。 - 7二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:56:59
「こっ、これは! きょ、今日は髪のセットなどに時間がかかって、朝食を……!」
「落ち着いてデュランダル、うん、もうお昼時だし食べるところでも探そうか」
「………………それで、その、これ、お弁当、作って来たんです」
「……」
おずおずと前に出されるのは、デュランダルがずっと持っていた大きめの鞄。
薄々ランチバッグかなとは思っていたが、どうやらその予想は当たっていたようだ。
つまるところ、彼女は自身の朝ご飯を忘れて、昼ご飯の準備をしていたということになるわけで。
「……ぷっ」
「わ、我が君~!」
「あはは、ごめんごめん……キミのお弁当は美味しいから、本当は期待してたんだ」
「……っ」
「確かこの先に公園があったから、そこで一緒に食べようか?」
「…………はい」
デュランダルは少しだけ拗ねたような表情をするが、尻尾と耳の楽しげな動きは隠せていなかった。 - 8二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:58:04
「何だろう、あの子達」
「みんな空を見上げてますね……いえ、空というよりは、木の上でしょうか?」
公園に辿り着いてベンチに腰かけた矢先、ふと、少し離れたところの喧騒に気づいた。
小学生くらいの子ども達が揃って、心配そうな様子で頭上を見続けている。
近くには大きな木が生えていて、子ども達の視線の先を辿ってみると────。
「……あれ、猫かな?」
「……そのようですね、恐らくは、登って降りれなくなってしまったものかと」
枝の上に、困り果てたように動かない猫が一匹。
見たところ猫が居る枝はそこまで太くなく、揺ら揺らと不安定に揺れていた。
数日前に台風もあったし、もしかしたら枝自体にダメージがあるのかもしれない。
「枝もちょっと危うそうだな……よし、ちょっと行って、助けて来るよ」
「なっ!? 危険です! ここは私が!」
「危険なら尚更キミにはさせられないよ、それにデュランダル、今日はスカートでしょ?」
「あ」
反射的に、ワンピースの裾を押さえるデュランダル。
その様子を何だか可笑しく感じながら、俺は立ち上がった。
「まあ、たまには俺にも格好良いところを」
そう冗談交じりの軽い口を立てようとして────ばきっ、という音が響く。
聞こえてくる子ども達の悲鳴、見れば、枝の根元に致命的な亀裂が入っていた。
枝の角度が大きく下がっていき、猫は為す術もなく枝から落下してしまう。
これはもう間に合わない、さあっと血の気が引いた瞬間だった。 - 9二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 19:59:16
「────王よ、お任せください」
刹那、爆発するような音とともに、デュランダルの身体が解き放たれた。
それはまさしく“聖剣”の一閃。
光をも切り裂いてみせた抜群の切れ味は、目にも止まらぬ速さで駆け抜けていく。
しかし、届かない。
幾度となく目を焼かれてきた彼女の走りだからこそ、わかってしまった。
猫が地面に叩きつけられてしまうまで、あと数歩、彼女は届かない。
最初から彼女に任せていれば、いつもの服装ならば、余計な提案をしなければ。
後悔に苛まれて、表情を歪ませて、手をキツく握りしめてしまう。
「…………くっ、禁忌! アルガリアの槍撃ッ!」
俺が諦めかけたその時、デュランダルの叫び声が響き渡る。
彼女は両手を伸ばして、ヘッドスライディングをするように、猫の落下地点へと飛び込んだ。
「デュランダル!?」
俺は、慌てて駆け出した。
一歩一歩進むごとに、心臓はバクバクと鳴り響いていき、不安が募り出してしまう。
騒めく子ども達の隙間を縫うようにしてデュランダルの下へと辿りつくと、そこには────。
「………もう、ヤンチャはダメよ?」
慈愛の微笑みを浮かべるデュランダルと、にゃあと暢気な鳴き声を出す猫。
俺がほっと安堵のため息をついた瞬間────周囲から歓声が巻き起こるのであった。 - 10二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 20:00:27
「ん……っ」
「痛くない?」
「はっ、はい、ちょっとくすぐったいだけで」
「足は大丈夫そうだね、それじゃあ腕を見せて」
「……どうぞ」
「……あの大立ち回りで傷一つないのは、奇跡的だね」
見たところ、怪我などの大事はなさそうで一安心。
これも、デュランダルの行いの賜物なのかな、と感心してしまう。
……彼女の身体そのものが無事なのは、何よりなのだけれども。
「服は、着替えないとダメだね」
「……はい」
しゅんとした様子で頷くデュランダル。
彼女が身に纏っているワンピースは、全身土塗れになってしまっていた。
先日の台風の影響で土自体が若干湿っていため、状況が悪化したのだろう。
「ここからだとトレーナー寮の方が近いな、確かちょっと前に、着替えを置いていったよね?」
「万が一の備えとして念のため……まさか、こんなすぐ使うことになるなんて」
「キミに先見の明があったってことだよ、お弁当も家で食べようか」
「……せっかく、ファインさんが用意してくれたのに」
「ちゃんと理由を話せば、ファインモーションだって納得してくれるさ」
「…………貴方が、せっかく、褒めてくれたのに」
「……」
デュランダルは、落ち込んだ様子で顔を俯かせてしまった。
朝ご飯を忘れてしまうくらいに準備をしていたのだ、ショックも大きいのだろう。
俺はそんな彼女の前で屈むと、俯いた視線の先に、無理矢理目を合わせて微笑みを浮かべた。 - 11二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 20:01:37
「デュランダル」
「……我が君」
「その服を着たキミは、とても綺麗で、可憐で、可愛くて」
「…………でも、今は」
「うん、今のキミは────それに加えて、とても格好良くて誇らしいよ」
「えっ……?」
「その汚れは、俺の代わりにキミがあの猫を助けた証、立派な勲章じゃないか」
「!」
「どんな服でも、どんな時でも……キミは、俺の自慢の“騎士”だよ」
「我が君……! 身に余る、光栄…………ッ!」
目を潤ませながらも、デュランダルは誇らしげな表情を浮かべる。
────騎士をお休みさせる、という発想がそもそも無理だったのだ。
心優しい彼女の献身が、気高い彼女の志が、勇気ある彼女の行動が。
どうしても俺に、デュランダルを騎士として、見せてしまうのだから。
いまさら何処まで行っても、俺と彼女は“王”と“騎士”の関係なのだろう。
「それじゃあ行こうか、お弁当は持つよ……あっ、服の汚れ、俺で隠しても良いよ?」
立ち上がって、俺は彼女へと手を差し出した。
俺自身は気にしないけれど、通行人の視線などは彼女に刺さってしまう。
上着があれば良かったが、今日は軽装で持ち合わせていなかった。
後ろで隠れるようにしていれば、いくらか視線を避けることが出来るだろう。 - 12二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 20:03:00
「……でも、我が王のお召し物が汚れたりしたら」
「勲章をもらって喜ばない王様なんていないよ」
「…………でしたら、遠慮なく」
そう言うとデュランダルは立ち上がり────ぎゅっと、差し出した腕に抱き着いて来た。
暖かな温もりと柔らかな感触、鼻先をくすぐる甘い香りと土の匂い。
とくんとくんと早鐘を鳴らす彼女の心臓の音が、腕に伝わってくる。
……多少想定外ではあったが、幸せそうに顔を寄せて、尻尾を絡ませて来る彼女には、何も言えなかった。
まあ、汚れを隠すという目的は達成出来ているのだから。
「我が君」
「うん?」
歩き出そうとしたその時、ふと、デュランダルは声をかけてきた。
見れば、上目遣いでじっと見つめている碧の双眸。
彼女は柔らかな微笑みを浮かべながら少しだけ背伸びをして、耳元でそっと囁く。
「…………“デート”は、またしてくださいね?」 - 13二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 20:04:50
お わ り
デュランダルの新衣装は髪型を変えて欲しい派 - 14二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 21:12:01
- 15二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 21:24:03
デートSS助かる
- 16二次元好きの匿名さん25/08/26(火) 21:35:30
ギャグテイストが多い中(それも良いけど)、こういうストレートな恋は本当にありがたい