- 1二次元好きの匿名さん25/08/29(金) 23:39:54
1993年、有馬記念。 それをテレビで見つめるウマ娘がいた。
15歳で将来を嘱望され中央へ移籍した、オグリキャップさんだ。
「あの頃は若かった」若き日を回想するオグリキャップさんは、どこか寂しげだ。
「未だに当時の夢を見ることがあるんだ。私がラストランの有馬記念を勝つ夢を」
オグリキャップさんは18歳の時にピークアウトの影響で六平トレーナーから引退勧告を受けた。
今はどて煮屋を営む傍ら、地元のウマ娘クラブのコーチを勤めている。
暖簾の屋号の文字は元チームメイト、ベルノライトさんの手によるものだ。
「いらっしゃい」。笠松駅東口から歩いて3分。
「どて煮屋 怪物」の灰色の暖簾をくぐって店内に入ると白いタオルを頭に巻いたオグリキャップさんと妻、穣さんの元気な声に迎えられた。
「去年の4月にオープンしたんだ。暖簾の『怪物』という文字はベルノライトに書いて貰ったし、開店に合わせてスポーツ紙やテレビでも取り上げてもらった。おかげで、県外から足を運んでくれるお客さんが多かったのはうれしかったんだが?」
オグリキャップさんは本当に嬉しそうに、僕たちに語ってくれた。
とはいえ、その分、プレッシャーも大きかったという。
「私に会いに来てくれたお客さんがいて私と大食い勝負を挑んでくれたが、店のどて煮を食べ尽くしてしまった事がある。それで北原に怒られてしまった事もあるけどそれも仕方ない事なんだ。我慢、我慢なんだが」
かつてのライバルで現笠松所属のフジマサマーチについて尋ねると…
「知ってるか? 私は最初マーチに負けたんだ」と、おどけ
「私も最後の有馬記念に勝てていれば……でも」
「今はもう現役に未練はない。今度はこの、どて煮で天下を取れるよう、がんばるだけだ!」
(写真)両手にスイーツを持つメジロマックイーンさん - 2二次元好きの匿名さん25/08/29(金) 23:45:55
誤植ですわ!
- 3二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 00:01:57
妻……?
- 4二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 00:07:13
ツッコミ所が多すぎてコメントしづれえ
- 5二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 00:08:10
元ネタ的には暖簾はカイチョーに書いてもらうべきじゃないかな
- 6二次元好きの匿名さん25/08/30(土) 00:26:00
なお元ネタの人は武豊と面識あるという