- 1◆vLeGBoW7Mk25/09/02(火) 20:21:40
がたん、がたん。長く続く線路。のどかな景色が広がる中を走る電車に揺られながら、目の前で眠る彼の顔を眺める。二人きりの鉄箱はゆっくりと、リズムを刻んで目的地へ。
遠くに見えたトンネルはいつの間にかもうすぐ。こればっかりは何度やっても慣れないものだ。
周りの景色が黒に染まって轟音がトンネル内に鳴り響く。そんな中でも聞こえる静かな寝息を耳に、目を閉じる。
意識を深く深く、奥底に。
──イ
ま
目を開ける。不意に明るくなる視界に目をしかめつつ、少し車内を見渡す。
昼時の電車だというのに、まあまあ混雑している車内。さては今日は休日でしたか。
まるで最初からそこにいたかのように、私たちを気にする人たちなんて誰もいない。
それにしてもこちらに来るのも随分と久しぶりに感じます。最後に来たのはいつぶりでしょうか?アルヴさんにレースを見に来て欲しい、なんてメッセージをもらって応援に行った時以来?
「次は〇〇。〇〇。お出口は左側です。
××線は、お乗り換えです」
あぁ、もう降りる駅。目の前で眠り続けるねぼすけさんを起こして、降りる準備。
いけない、かえってきた事を伝えなくちゃ。トークアプリを開いてグループに一言。
『今、もどりました』 - 2◆vLeGBoW7Mk25/09/02(火) 20:22:40
改札を通り駅から出て皆さんとの待ち合わせ場所に向かう。いつもの二人きりの静かな花畑とは違い、周りに色んな人がいるということにすこし変な感じがします。
おかしな話。昔はこれがいつもの日々だったのに。
隣で歩くトレーナーさんの様子は特段問題ないみたい。よかった、これなら今日のお花見も楽しんでもらえそう。最初の頃はもどってくるとすぐに体調を崩してしまっていたから。
ズキリ、と胸のどこかが少し痛い。あぁ、まただ。
ここ最近、こちらにもどってくる度に感じるのです。
二人肩を並べて歩く。他愛のない話をしながら笑いあう。
幸せなのに、今日は胸の痛みが引いてくれない。
けど、気付かれないようにしなきゃ。愛する人の前で苦しい顔なんて出来ない。
分かっているんです、本当はこの痛みがなんなのか。
後悔、なのでしょう。あの人を傷つけて苦しめてしまった。
私を追いかけて堕ちて来てくれた大切な人。今、あの場所で二人きりで笑いあえることに何の思いもない、この間まではそう思っていたんです。
けれどあの人がこちらに初めてもどってきたあの日、不意に意識を失って倒れた姿を見て。
悔やみました。私を追いかけてくれたが故にこんな身体にさせてしまった。
そんな思いが私に陰を落とすのです。
だから今度は私の番。あの人が笑っていられるように、私が苦しむだけ。
「…ねぇ、スティル。ちょっと寄り道しようよ」
サングラス越しの紅い眼で私を見ながら、不意にトレーナーさんがそう言いました。 - 3◆vLeGBoW7Mk25/09/02(火) 20:24:05
歩いていた並木道から少し離れた公園のベンチに二人ぼっち。急にどうしたんでしょう。
「どうかしたんですかトレーナーさん?まさかまたお身体が…」
「違う違う!今のところ全然問題ナシ!それよりもスティルこそ大丈夫?
さっき、すごい苦しそうな顔してたよ」
ひゅっ、と。言葉にならない声が出る。そんな、どうして。
…いいえ、これ以上はダメ。なんとか隠さなきゃ、けどなんて言うの?
言葉に詰まる。そんな私の様子を見て、
「ねぇ、スティルは今幸せ?」
「えっ?…ぇえ!!幸せです!いつだって、今だって!」
「そっか、ならそんな顔しないで。なにか悩んでるのなら俺にも言って」
ダメ、ダメなんです。これ以上あなたを傷つけたくはないんです。
だから、我慢しなきゃ。抑えなきゃいけない、はずなのに。
「…夢を、見るんです」
「夢?」
「はい、私とあなたの『もしも』を」
そこからはもう止まれなかった。一度こぼれてしまったものは止まりそうになくて。あぁ、全部バレちゃった。
私の抱えた後悔がすべて流れ出るまで、静かに聞いてくれていたトレーナーさん。広がる沈黙。
スティル、と呼びかけられるのと同時に。
ぎゅっ、と。抱きしめられて。 - 4◆vLeGBoW7Mk25/09/02(火) 20:25:05
「傷ついたなんて少しも思っていないよ。それに俺も同じ。
大好きだから、スティルに苦しい思いはしてほしくないんだ。
だからこれからも隣で笑って!」
スティルが幸せなら。俺も幸せになるんだ。
そう言って抱きしめてくれる腕は強く、けれど優しい。
胸にあった痛みがじんわり溶けていく。言葉を探そうとしても何も出てこない。
けれど彼のあたたかさは伝わる。言葉にならなくても、きっとおんなじ気持ち。
──はい、私も愛しています。 - 5◆vLeGBoW7Mk25/09/02(火) 20:26:06
「落ち着いた?」
「はい。すみません、お見苦しいところを…」
「ほらまたそう言って」
「あっ…ふふ」
一息ついて。さっきまでの重い空気がウソのよう。
ぽかぽか春の陽気に包まれてまた笑いあう。
そうだ、春といえばお花見。今度どこかで一緒におでかけを…。
瞬間、思い出す今日の目的。そう、そうでした。すっかり忘れていました。
慌てて携帯を開くとものすごい数の着信。先ほどとは違う痛みが私を襲います。
そんな私の姿を見て思い出したのでしょう、トレーナーさんの顔もみるみる青くなって。
「と、トレーナーさん!いそ、急がないと!」
「あ、あぁ!」
二人、手を握る。薬指に光る銀を携えて。
よろこびも、くるしみもわけあって歩こう。
これからも夢のような日々を、共に。 - 6◆vLeGBoW7Mk25/09/02(火) 20:27:30
- 7二次元好きの匿名さん25/09/02(火) 20:54:28
前回のも見てきましたが、本当に物語の匂いが美しい傑作SSですね。
それぞれのSSに出てくるウマ娘の心情の色がにじみ出るような書き方で、尊敬・畏敬というただ受動的に憧れるだけでは無く、つい感想を書く自分も美しい文章を書こうとさせるような文章だと感じさせられました。 - 8二次元好きの匿名さん25/09/02(火) 21:59:27
スティルが幸せならそれでOKです
- 9二次元好きの匿名さん25/09/02(火) 22:13:14
花畑で暮らすようにはなったけど戻ろうと思えば戻れる感じか
幸せたっぷりでいいね - 10二次元好きの匿名さん25/09/02(火) 22:34:01
紅ちゃんが“こっち”と“あっち”を取り持ってくれている訳ですか これが二人+αのハッピーエンドなのかも
- 11二次元好きの匿名さん25/09/02(火) 23:57:59
どーしてHFの曲ピッタリなんやろなぁこの子
- 12二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 05:42:25
クソみたいなスレタイに釣られてよかった…
- 13二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 09:26:38
どれだけの代償を払おうとも、2人には永く一緒にいてほしい