万年筆で、絵は描けるか(まのさばss)(閲覧注意)

  • 1二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:43:56

    「ヒロちゃんは、本当ののあを見てくれるよね」

    ぼやりとした、綺麗な月の昇る夜であった。
    キミは、私の小さな果実をその指で自在に動かし、ぬらぬらとした果汁で溢れさせながら、ひくひく蠢く耳に向けそう云ったのだ。
    それは蕩けるような熱で、キミのカラァスプレェの匂いと共に厭に私の耳の中に貼り付いた。
    脳内の基底世界がメガホンを取って、これは正しくないのだ、囓ってはならぬ禁断の果実なのだとピィチクパァチク騒ぎ立て、ウゥウーッ、ウゥウゥーッと、けたたたましく警鐘を鳴らしてゐた。
    私の口から、途切れ途切れに、駄々を捏ねる子供のような声色で幾度も「正しくない」と音が溢れた。
    屹度、今の背徳に塗れた私では、誰も信じてくれないが。生まれて此れより、私は正しく生きてきたのだ。他者からどうこう見えるかは知らずとも、ただ、少なからず、自分の正しさだけは、裏切らなかったつもりであるし、そうであろうと思ってゐるのだ。
    ただ、それでも尚脳がチカチカと、従属への青いランプを出し続けるのだ。何に裏打ちされた、どんな力なのかは、一切が分からぬままに、私をその筆舌に尽くせぬ引力で、快楽の泥濘へと引き摺りこみ。
    そのまま、淫靡に濡れた夜は過ぎてゆくのだ。

  • 2二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:45:44

    「___は。はっ、はっ。」
    がばりと、寝床(ベッド)から、外気に身体を触れさせる。温々(ぬくぬく)とした身体が、一気に底冷えするような感覚に襲われ、ぶるり、と身体が震えてしまう。
    私は名を二階堂ヒロと謂う。ただ、この儀の中で踊る囚人の一人である。先も申したように、私は自己自身を、他ならぬ正義の徒として、生きてきた者だと感じて居る。朝目覚め、学舎に歩み、友人と話し、午後三、四時に其処を出て、日々すべき勉学やら、家事やら、そういったことをしながら、食べ、眠り、生きてきたのである。
    しかし今はと云えば、こうして誰とも知らぬ者の手で、何処とも知らぬ辺獄へと閉じ込められているのだ。
    私も、既に十五である。
    斯様な非日常、異質の中に置かれる内に、何だか自分の内の欲情が高まりゆくものなのだ。畢竟、不安と淋しさを埋めたかったのだ。
    あゝ、こればかりは不運なことだが。偶々、キミに、私の秘めた蜜が放たれるところを、見られてしまったという、それだけの事であるにも拘らず。今では私はキミに、この生のあまりに多くを占められているのだ。キミの残滓を追い、キミに愛されることでしか、生きて行けぬとさえ思うのだ。

  • 3二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:46:59

    キミは朝になると自分の世界に籠もり、眼前のキャンバスに、思うままの絵を描く。そうして夜になると、また私という肌色の、つやつやしたキャンバスに思いつく限りの絵の具を塗りたくって、ぐずぐずになった猥雑な絵画を描き出す。今ではそれを、何処か心の底から求めてゐる、何とも正しくない自分が、「嗚呼、私に触れてくれ、離さないでくれ!」と、この頭蓋の中でぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて、それが何とも煩わしく、それでいて魅力的に感じるのだ。
    そんな、屈折した感情を抱えながら、私は今日も夜を待って云る。

  • 4二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:48:11

    結論から云えば、その時の私は、堪らぬ欲求不満(フラストレェション)を感じて居たのである。
    その日、キミと私はがらりとした浴室の一角で、「性」という表題の絵を描いていたのだ。
    キミは知っているのだ。私という、抑え込めぬ猥雑な感情にぐねぐねと蠢くキャンバスに、どう筆を動かすべきかを、どの様に色を塗るべきかを、いっそ苦しいほどに、よく知っているのだ。淫魔という言葉は、屹度、この世でキミにこそ最も相応しいのだとまで思うほどであった。
    最も優しく、綺麗で、柔らかく、それでいて凶悪で、限度を知らぬキミの手が、私の全身を凌辱する。私が、いつものように、
    「ぁ、もう、っ、やめてくれっ、これは、ただしくっ、ないッ」
    と、意味のない喘ぎ声と、恥辱に塗れた声で言うのを、キミもまたいつものように、
    「それは、ヒロちゃんが勝手に思い込んでるだけだよね?」
    と、私の腰をがくがくと揺らし、情けなく快楽を吹き出す股にコショ、コショとその絵筆を擦り付けて、ねとりと甘く呟いてから、キミは私と接吻を交わす。深く、長く、濃厚なキスの中で、私の舌がキミに絡め取られる。いいや、キスというよりは、最早、狩りとも言えるのかもしれない。
    私の開かれた、僅かばかりの毛が残る逆三角形から漏れ出るのは、シャワァの水滴か、其れとも快楽に疼く股が吐き出す涙なのか、私には判別できなかった。

  • 5二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:49:13

    その日が、何時もと異なったのは、まるで泥へ沈むかのように眠って、なんとか日課の見回りのため目覚めたときに、まだ下腹部の堪え得ぬ熱が、かりかりと私の心を掻いたことだった。
    それは、私の抑えられぬ情動であった。私の内面に巣食う淫欲(リビドー)だった。私を破滅へと導く誘惑だった。正しくない私への嫌悪だった。
    その全てが、私であったのだ。
    嗚呼、いや、これは、誰とも知らぬものの凶行を防ぐ為の、高尚な行為なのだ。これは、実に、実に正しいことなのだ。そう、心に言い聞かせた。
    たん、と地を蹴って、少し薄暗くなった、人影のない廊下を駆けた。風よりも、音よりも、あの夜空に流れる星よりも早く、私の内面のぐちゃぐちゃとした心に従うままに駆けた。
    今日は火曜日だった。
    あるかも分からぬ何かを求めて、灰まみれになるのも厭わずに、私は無心で、かつ一心不乱にごそごそと、その生活で不要となったものの残骸の山を、かき分けたのだ。

  • 6二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:50:55

    ふわり、と、手に当たるものがあった。
    それは、脱ぎ捨てられた衣服だった。キミの生活と、死んだ体組織と、愛と、温もりと、存在の証明が残る、キミの衣服だった。私に、日常から切り離されてしまった私に、厭と云うほどにその存在を感じさせる、キミの抜け殻だった。
    何、下心が全てであったという訳では無い。寧ろ逆に、好奇心と、僅かばかりの、しかし燃えるような情動が、私の五体を動かした。
    これ迄では、とても考えられないことだが。これは正しくあらぬのだ、辞めるべきなのだとは思っていてもどうしても、その浮々(ふわふわ)、波々(ひらひら)とした、私の心の、柔らかな部分に悲鳴を挙げさせるような楽園の残滓の中に、その温もりを求めたくなったのだ。

  • 7二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:52:18

    私は怖くなった。手が震々と震え、瞳が光々(ちかちか)と明滅した。いや、これは、本当に恐怖故のものなのかは、分かったものではないが。
    今に誰かが、この姿を見ているのではないかと思った。私を、卑猥で、下賤な盗賊として見られるのではないかと思った。いや、ただ、仮にそうだとしても、この目の前にある布地を持って帰ることが、私の人生で何よりも、魅力的なことのように写ったのだ。
    今ならば、例え誰を相手取ったとしても、至極情熱的に、かつ大層な言葉で弁論できるような気がした。キミは私の愛を否定するのか。キミは私を分かるのか。いいや、そうじゃない。仮にキミがどれだけ、私を分かったフリをしているのだとしても、私の本当の愛というものは、唯、私にのみにしか分からぬものなのだ!嗚呼、誰が、この真なる愛を、崇高な感情を否定できよう!
    廻々(ぐるぐる)と脳内を逡巡するそんな言葉が、ガンガンと頭を打ち付けた。思わず頭を振り、走った。私は一人になりたかった。ただ一人、孤独な空間で、この幸せを享受したかったのだ。

  • 8二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:53:20

    不格好に駆けずり回った先で、最終的に私は閑所、俗に謂ってしまえば、トイレに辿り着いたのだ。
    幾ら、個室がある部屋だとは言ってもだ。ともすれば、人が来るかもしれぬ。この、間違っても公にはできぬ事情が、誰かに露見する可能性を、考えなかった訳ではなかった。
    だが、だが。だとしても、私の持つこの、べたべたした、生暖かい感情を発散できる場所が、今の私には、此処以外には到底思いつかなかったのだ。
    幸い、中には唯、静寂のみがあった。ほっと一息を付いて、がちゃりと、此れより淫乱と快楽に満ちる函に、私は鍵をかけた。
    零.零零零零…一秒の躊躇いの後、私はその乳白色の、水玉模様の布柄に、頭を突っ込んだ。キミの、油と、汗と、僅かな絵の具の香が、狂いそうなほど、私の心をときめかした。その襟の、少しばかり黒ずんだ滲みに、外聞もなく顔を押付けて、心のゆくばかり、愛おしいキミの匂いを鼻腔に抱え込んだ。

  • 9二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:56:13

    忽(たちま)ち、蕩けるような快感と、溢れんばかりの興奮と、気持ちの悪い性欲が、私の胸から全身に弾けて、じわじわとその、桃色の暖かみが、細胞の一つ一つに溶け込んで、同じ物となってゆくのを感じたのだ。
    __ふふ、ヒロちゃん、だーいすき。
    耳を介さずに、頭の内側で声がぐわんぐわんと響いた。その、生凝乳(クリーム)のような甘ったるい非難の声が、より一層私を歓喜させ、同時に劣情で満たした。それがなんだか、どうしようもなく情けないような気がして、目から涙が溢れた。
    気付けば、私の下半身は、産まれたままの姿と、そう変わらぬものとなっていた。何処が違うと言えば、その二本の柱の交錯するところから、何ともはしたない、汚らしい感情の液体を垂らしているということだけだった。私はそっと、そこに指を這わせて、脳の欲情に任せて、ぐちゅぐちゅと擦った。
    嗚呼、やはり、駄目だ。キミが、いつも難なくするような事が、私には到底、うまくできない。私には、キミのような才が、きっと無いのだろう。いや、いいや。だとしても、この鼻から脳に抜ける、強いキミのエッセンスが、私を濃桃色の迷宮へと叩き込んだ。

  • 10二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:57:57

    堪らず、私はキミの名前を呼ぶのだ。のあ、ノア、Noah。ああ、ノア。かの方舟の担い手の名前。大いなる困難を乗り越えた英雄。私も、キミになら、何処へなりとも、ついて行けるだろうと、心から思うのだ。
    最後にひとしきり、キミの生きている証を、深く吸い込んだ、その時だった。
    __「ふふふ。ヒロちゃんの、へんたいさん。」
    ぞくり。
    これは、頭の中の声なのか。いいや、違う。もっと言えば、そうであり、そうでないのだ。其れまでの興奮が、一気に冷めたのを感じた。
    「ねぇ、ヒロちゃん。そこで、何やってるのかな。」
    震々(がたがた)と、楽園の蓋が揺らされている。嗚呼、どうしてしまおう。一番、これを見られたくなかったキミに。それでいて、一番、私の奥底にある、情けないところを見てほしくて堪らないキミが、今、すぐそこにいるのだ。悩んだ。人生で、最も長く、それでいて刹那的な時間が過ぎて。
    私は、おそるおそる、ドアの鍵を開けたのだ。

  • 11二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 19:58:58

    気付けば、私の薄らと開いた目に朝日が差し込んだ。
    昨日、あの後にあったことというものは、朧げな記憶でしかない。
    キミの手が、舌が、声が、目が、その全てが、私を何処までも続く、深い谷の底へと落としたのだ。何度も果てた。普段の私なら、何よりも気にすべきことであった、正しいとか、正しくないとか、そういったことの、何もかもが分からなくなった。私に出来たことと云えば唯、これから喰らわれる獣が、最期に挙げるような声を、その喉口からひり出しながら、必死にその快楽を取りこぼさぬように、耐えていることぐらいだった。
    苦しかった。だが、それ以上に、何よりも心地が良かった。それまでというもの、私は私のことにばかり夢中で、私に表象を描くキミの顔を、見たことがなかった。恐らく、これまでの私は、キミのことを、真によく理解して居なかったのだ。
    昨日のキミは笑って云た。キミは、心から楽しそうに、その小悪魔のような笑みを私に向けて、笑って云たのだ。
    本当の芸術とは、快楽の中にあるのだという言葉を、思い出した。
    嗚呼、夜になれば、また。
    その顔が、見られるのだろうか。

  • 12二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 20:01:19
  • 13二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 20:05:29

    ありがとう……
    これで心置きなく死.ねます……😇

  • 14二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 20:13:51

    えっちだ…

  • 15125/09/03(水) 20:29:17

    >>13

    有難うございます!

    死なないで!!!

    >>14

    有難うございます!!!

    ♥とか//とかに頼らないエロを目指してみました

  • 16二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 20:48:09

    す、すげぇ
    やってることはパンツ盗んで興奮してるだけなのに書き方でこうも臨場感あふれる情欲模様を描けるものなのか……

  • 17125/09/03(水) 20:51:07

    >>16

    有難うございます!

    一応、パンツでなく服全体のイメージではありますがまあ、服盗んでるだけなのはそうですね…w

    太宰治とか、田山花袋辺りの作品をイメージしながら書きました

  • 18二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 20:54:03

    >>15

    文体や雰囲気的に♡や//はどう考えても浮きますものね……

    最初のヒロの喘ぎ声からして文学的な官能を感じました

  • 19125/09/03(水) 20:58:20

    >>18

    有難うございます〜!

    文学的!嬉しいことを言って頂ける…

  • 20125/09/03(水) 21:11:37

    追記・服を嗅ぐところの描写は田山花袋の「蒲団」を強く参考にしています。あれエッチなんだよな……

  • 21二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 21:22:56

    美しいものを見ました

  • 22二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 21:29:11

    …スレ主って別にまのさばSSスレ建てたことある?
    前にちょっと似た感じの文体を見たもので

  • 23125/09/03(水) 21:35:35
  • 24125/09/03(水) 21:36:50

    >>21

    有難うございます!

    淫靡さの中にある美しさとか、そういうのを表現できたなら嬉しいです

  • 252225/09/03(水) 21:41:14

    やっぱりあのスレのお方!
    なんというのだろうか…純文学的?な独特な言い回しがすごく印象に残っていたんだ
    また作品を見れて嬉しい

  • 26125/09/03(水) 21:55:00

    >>25

    わわ!そう言ってくださると励みになります……!

    また何か書いた時があれば、良ければ読んでくださいな……

  • 27二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 21:57:15

    ノアヒロは良いぞ
    やっぱりこういった文を書ける人って羨ましいわ

  • 28125/09/03(水) 22:34:39

    >>27

    ありがとうございます〜!

    ノアヒロのはずが、ノアの存在感がいつの間にかそんなになくなっちゃったのがくるしい…

  • 29二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 22:46:50

    いい物を読ませていただきありがとうございました。次も読んでみたいです。

  • 30二次元好きの匿名さん25/09/03(水) 23:06:42

    文豪か…?
    要所要所の表現になんだか感動しました

  • 31125/09/03(水) 23:52:57

    >>29

    有難うございます!!

    書くなら次はアンアンちゃんかな……

    >>30

    ありがとうございます!!

    か、感動なんてそんな………

スレッドは9/4 09:52頃に落ちます

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