- 1二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 09:30:38
どうして、こんなにもはっきりと覚えているのでしょう。
6年過ごしたトレセンでの、たった一年間のことなのに。
どうして、こんなにもはっきりと思い出せてしまうのでしょう。
あの頃の記憶は、別に楽しいものではないはずなのに。
私は、特に特徴のないウマ娘でした。
ただ、まじめではあったと思います。
トレーナーさんの言うとおりにトレーニングをし、先生の言うとおりに宿題をこなし、放課後は友達と出かけたりしていました。
この学園に入ったのも、ここで頑張れば両親が喜んでくれると思ったからで、別に何の賞を取りたい、とか言う理由があったわけではありませんでした。
トレーナーさんとは、入学してすぐに出会いました。
そのころあの人は、チームのサブトレーナーとして、ベテラントレーナーさんの下で一生懸命に仕事をしていました。
私は、そんな彼を信用していましたし、彼のおかげでどんどん早く、強くなっていきました。 - 2二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 09:36:00
オープンは、意外と簡単に勝てました。
トレーナーさんを信じてトレーニングしていたら早くなれたし、だからこそこの人の指導を信じていけば勝てると本気で思えたのです。
そっからGⅢとかにも出ましたが、善戦はできるけど、なかなか勝てませんでした。
トレーナーさんに申し訳ないな、と思うと、いつも「大丈夫だよ、君は素質あるから、やり続ければ勝てる」って笑いながら励ましてくれたっけ。
だから、トレーナーさんがチームを離脱し、独立すると聞いたあの中3の冬も迷うことなく、トレーナーさんについていくと決めました。
高等部に上がって、新しく作ったチームのメンバーは、私とトレーナーさんだけでした。
私は、そんな彼に「初の担当バ重賞勝利」を届けたくて、毎日必死に走りました。
ちょうどそのころ、中等部から仲良くしていた友達は退学や怪我などでみんないなくなってしまって、少し寂しかったのを覚えています。
並走トレーニングだって、なかなかメンバーが集まりません。
そんな時に、チームのサブトレーナーとしてやってきたのが彼女でした。 - 3二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 09:41:52
たったひとりしかいないチームにサブトレーナー?とも思いましたが、どうやら彼女は大学生で、実習としてやってきたようです。
なんかのほほんとした雰囲気で、いつも一歩引いたような感じのトレーナーさんとは違って、とても親しみやすい雰囲気でした。
私はそんな彼女とすぐに打ち解けて、そのサブトレーナーさんのことは「クーちゃん」と呼ぶようになりました。
トレーナーさんは、優しくて、私以上にまじめで、少し頑固なところもありましたが、いつも私のことを気にかけてくれていました。
放課後にトレーナー室に相談に行くと、よくお茶を出しながら仕事の手を止めて話を聞いてくれたっけ。
だけど、会えるのはトレーナー室かグラウンドばっかりで、お出かけにはあんまり付き合ってくれませんでした。
だからこそ、クーちゃんはよくお出かけにも付き合ってくれたし、変な硬さがなかったので、すぐに馴染めたのだと思います。 - 4二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 09:50:16
重賞に出ても2着とか3着ばかりでなかなか勝てず、いつも一緒にバカしていた友達もいなくなり、たった一人のチームで走るようになった私には、これはとても大きな変化でした。
クーちゃんはウマ娘でしたし、大学生ということもあったので、一緒にトレーニングに参加してくれるようになりました。
少しびっくりしたのは、クーちゃんは私とどんなトレーニングをしても呼吸が乱れることがほぼなかったことです。
「なんで?」って聞いても、「ふつーにやってるだけだよ」って笑われました。
その笑い方はどこかトレーナーさんに似ているような感じもして、なんか、「これがチームなのかな」って思ったのを覚えています。
トレーナーさんからの、「一緒にやる人がいると伸ばし合えるし、どんどん二人でトレーニングしていこうか」という方針が出てからは、ほとんど毎日クーちゃんと一緒にトレーニングしました。
プールトレーニングを除いて、クーちゃんはほとんど練習に付き合ってくれたし、私に負けないパフォーマンスを出していました。
やっぱり大学生と高校生だとパワーが違うのかなぁ、なんて、そのころぼんやりと考えていたのを思い出します。 - 5二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 09:57:06
クーちゃんは大学ではスポーツを学んでいたようで、色々とトレーナーさんが教えてくれない知識も教えてくれました。
特にウマ娘ならではの特徴とかは、どうしてもヒトミミであるトレーナーさんにはわからないところのようで、実体験も混ぜながらわかりやすくアドバイスしてくれました。
それからしばらくして、私は久しぶりにレースに勝ちました。これが自分自身、そしてこのチームとして初の重賞勝利でした。
トレーナーさんもクーちゃんも喜んで、次はどのレースに出ようか、なんて話しています。
私がトレーナーさんに、「どのレースに勝ってほしいですか?」って聞くと、トレーナーさんは少し考えた後に、「宝塚かな」って言いました。
クーちゃんはそんなトレーナーさんの様子を見て、微笑ましそうに笑っていたっけ。
私は、今はまだ遠くてもいつかトレーナーさんに宝塚を獲らせてあげたいな、と思い、さらに熱心にトレーニングに取り組むようになりました。 - 6二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:04:30
中等部のころはチームメンバーも多かったので、みんなで寮のキッチンを使って差し入れ作ったりしてトレーナー室にもっていっていたのをふと思い出して、ある日私は差しれを作ってトレーナー室にもっていこうと思いました。
その日はトレーニングがお休みだったのですが、トレーナー室に行くとちゃんと明かりがついていました。
中に入ろうとしたら、中から話し声が聞こえてきます。
その中身は、レースやトレーニングに関する話ばかりで、どういう練習をどの強度でやるべきかだとか、そういう話ばかりでした。
聞こえてくる話はどれも雰囲気は柔らかかったけど、まじめな話ばかりで、どうしても扉を開けて部屋の中に入れる雰囲気ではありませんでした。
仕方がないので、ドアノブに袋に入れた差し入れをかけて、私は部屋に戻りました。 - 7二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:15:17
普段、トレーナーさんからは「オーバーワークはするな」と言われていたので、あまり自主練習をすることはありませんでした。
だから、夜中のグラウンドに出ることもほとんどありませんでした。
ただ、その日はたまたま眠れなくて、夜風を浴びながら、あのターフの匂いでも嗅いで少し気分転換でもしようかと、グラウンドに出てみることにしました。
この学園はGⅠを目指している子が多くいるので、夜でもトレーニングをしている人がいるのは知っていました。
でも、門限もあるのでこの時間に走り込んでいる人は誰もいないだろうと思っていました。
確かに、グラウンドで走っている生徒はいませんでしたが、一人、必死にトレーニングをしているウマ娘がいました。
クーちゃんです。
昼間、私と同じトレーニングをこなした後だというのに、こんな時間にトレーニングをしているのです。
そばに居るトレーナーさんは少し厳しい顔をしながら、一つ一つのフォームを指摘しているようでした。
さっぱり意味が分かりません。
昼にトレーニングをやっているのに、夜にまたトレーニングをしているクーちゃんも。
その様子を見ながら、今まで見たことがないような真剣な顔で、今までされたことのないような細かさの指導をしているトレーナーさんも。
なんで私とは違うんだろう?
グルグルする頭の中、この光景を目に焼き付けようと、必死にグラウンドを見つめていました。 - 8二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:26:12
翌日。
夜更かし気味でトレーニングに向かった私に、トレーナーさんは「無理しなくていいから、今日は保健室で休みなさい」と言ってくれました。
クーちゃんも心配そうに私を見つめています。
大丈夫、出来るといっても、トレーナーさんはダメだ、と言うばかり。
仕方なく寮に戻り、ベッドに入ると涙がこみ上げてきました。
これは私の不甲斐なさに対する涙だったのでしょうか。
同室の子からも心配されましたが、それでも涙は止まりませんでした。
なんで、私には厳しいトレーニングを課してくれないのだろう。
なんで、私には細かいところまで指導してくれないんだろう。
なんで、私には無理をさせないんだろう。
なんで、私は現役なのにクーちゃんに勝てないんだろう。
そう考えると、ずっと頭の中がぐるぐるして、こんなところで泣きながらベッドに入っている自分自身に、また涙が出てくるのでした。 - 9二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:30:42
面白い。続けて
- 10二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:38:48
それから、私はトレーナーさんたちに黙って自主トレをするようになりました。
狙い目は、早朝と、放課後トレーニングが終わってトレーナーさんたちが部屋で打ち合わせをしている時間。
ここならトレーナーさんたちに気付かれることなく、思う存分に自分に負荷をかけられます。
宝塚で勝つために、そのためにはまずクーちゃんに勝たないといけません。
クーちゃんに勝つためには、クーちゃん以上のトレーニング量をこなすしかないと思いました。
それに、必死にやって、自分のまじめさがトレーナーさんに伝われば、私にもクーちゃんと同じように、細かいところまで丁寧に指導してくれるんじゃないか、とも思いました。
やっていると、最初のほうはきつかったけれども、だんだん体力がついて来たのか、そこまで苦じゃなくなりました。
トレーナーさんはトレーニングの時には少し渋い顔をしていまいたが、けれども何も言ってくることはありませんでした。
ただ、それまではグラウンドやジムでトレーニングすることが多かったのに、自主トレを始めてからは心なしか、プールトレーニングが増えていきました。
ちょうどそのころ、クーちゃんは大学の都合であまり学園に来ることはなくなっていました。 - 11二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:50:39
そんなある日、私はクーちゃんに呼び出されました。
トレーナーさんが出張だったこともあり、トレーニングはおやすみの予定でしたが、私はこれ幸いと負荷を上げた自主トレをこなし、クーちゃんの待つお好み焼き屋さんに行きました。
クーちゃんと会うのは二週間ぶりとかだったと思いますが、私の顔を見るなりクーちゃんは「大丈夫?」と声をかけてきました。
大丈夫、と私が言うとクーちゃんは笑いながら、「あんまり根を詰めちゃダメだよ~、どんどんしんどくなるだけだから」って言いました。
そっからはあまりレースのことは話さず、日常生活のこととか、ファッションのこととか、そういった他愛もない話をずっとしていました。
私もそうですが、クーちゃんはそれ以上に大食いで、二人でいるとあっという間にお好み焼きがどんどん焼かれ、そして無くなっていきました。
「あ、お金は、、、」って私が言うと、クーちゃんは「大丈夫だよ、たまにはあの鈍感トレーナーさんに罰を与えないと」って笑って、そしてまたお好み焼きを注文していました。よくわかりませんが、トレーナーさんの奢りみたいでした。
お店を出て、寮に戻ろうとするとクーちゃんに呼び止められました。
「自主練するなら私を呼びな、いくらでも付き合ってあげるから。一人だと怪我した時困るしね」
と言っていましたが、私はクーちゃんに勝つために自主トレをしているわけで、クーちゃんと一緒にやったら意味がありません。
適当な返事をして別れました。 - 12二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 10:56:26
翌日、いつものように早朝の自主トレに出ると、クーちゃんが待ち構えていました。
本当だったら無視したいところですが、おはよう、と声をかけられたら無視をするわけにもいきません。
そこからクーちゃんに見守られながら自主トレをするようになりました。
クーちゃんは大学の都合もあって、放課後のトレーニングに来ることは減りましたが、それでも早朝と夜の自主トレの時間には必ずきて、私のトレーニングを静かに見てくれていました。
時々、フォームやリカバーの方法についてアドバイスをくれたりして、こういう形でのトレーニング指導をトレーナーさんもしてくれたらいいのに、と思いました。
あれだけ自主トレを禁止していたトレーナーさんに失望されたら嫌だな、とも思いましたが、クーちゃんはトレーナーさんに自主トレのことを隠してくれていたようで、トレーナーさんから直接何かを言われることは減っていきました。 - 13二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 11:03:28
レースが近くなるにつれて、トレーニングの強度は上がっていきました。
ただ、やっぱり自主トレを始めてからというものの、トレーナーさんの選ぶトレーニングはプールが多く、プールトレーニングの強度が上がっていく傾向がありました。
その代わり、ロードやジムでのトレーニングが減って、自主トレでジムとグラウンド、普通のトレーニングでプールとリカバーというのがルーティンになってきました。
ただ、プールトレーニングはかなりきつく、自主トレを終え、学業に励んだ後にやるのかかなり身体に負担でした。
だから、自主トレでもプールを使おうと考え、クーちゃんに相談しました。
クーちゃんは、一瞬ぎょっとした顔をしましたが、すぐに笑って、「いいよ」と言ってくれました、 - 14二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 11:12:55
トレーナーさんがクーちゃんほどのトレーニング量を私に課してくれないからといって、別に不仲になったわけではありません。
トレーニングの時に細かいところを言ってくれないとはいえ、毎週のようにレポート形式で改善点やアドバイス、レース相手の傾向などをまとめた資料を作ってくれていましたし、こちらからの質問にはよく答えてくれていました。
トレーニングの強度が上がっても、それ以上にリカバーに力を入れてくれていたので、翌日まで疲労が持ち越されるということもあんまりありませんでした。
むしろ、トレーニング自体よりもリカバーについて細かく指導してくれたおかげで、自主トレの後もケガをすることなくやり続けられました。
相変わらず一人ぼっちのチームでしたが、トレーナー室を見ると、毎晩遅くまで電気がついていて、いつも真剣に仕事をしている姿がよく印象に残っています。
トレーニング内容は厳しいものでしたが、それ以外では厳しくなく、強度は高いけど時間は短い、というのがトレーナーさんの基本的なスタンスのようで、時々お菓子をくれたりもしました。
ある時、トレーナーさんに「なんで私一人しかいないのにそんなに頑張るんですか」と訊いたら、「担当に駆ってほしいからだよ」と笑って答えてくれました。
その時、トレーナーさんは珍しく左の手でスマホを手に取り、ふっ、と笑うとすぐにスマホをポケットにしまいました。
一体何を確認したのかはわかりませんが、スマホケースか何かに、写真を貼っているようでした。 - 15二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 11:19:39
早朝の自主トレをプールにしましたが、クーちゃんは「上で見ているから」とプールトレーニングには付き合ってくれませんでした。
だから、一人でプールトレーニングをこなしていたのですが、そのころ合宿終わりと猛暑といった影響もあったのか、プールの中で足が攣ってしまいました。
クーちゃんは慌てて私を助けにプールに飛び込んで、私を助けてくれましたが、どうやらクーちゃん自身がカナヅチだったようで、プールで溺れ始めました。
慌てた私はビート版をプールに投げ入れましたが、それだけで精いっぱい。
クーちゃんの、「電話、トレーナーさんに!」という叫びに似た声が聞こえて、あわててプールサイドに置かれていたクーちゃんのスマホからトレーナーさんに電話を掛けると、トレーナーさんはすぐにプールに駆けつけてくれました。 - 16二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 11:31:15
プールにやってきたトレーナーさんは私を一瞥しただけですぐにプールに飛び込み、クーちゃんを助け出してくれました。
例えとしては適切ではありませんが、クーちゃんは陸に打ち上げられた魚のように苦しそうにプールサイドに横たわっていました。
私はその状況をどこか茫然と見つめていて、トレーナーさんを見ながら、「文字通りの水も滴るいい男」だなぁ、などとのんきな感想すら抱いていました。
だから、クーちゃんが「人工呼吸してくださいよ~」なんて言い終わる前に、トレーナーさんが自分の口でクーちゃんの口を塞ぎに行っても、「絵になるなぁ」とぼんやりと考えていました。
どれだけの時が経ったでしょう。クーちゃんも、トレーナーさんも、私も落ち着いてくると、トレーナーさんは「二人が無事でよかった」と安堵した様子で語りかけてくれました。
私がごめんなさい、と謝ると、トレーナーさんは「謝らなくていいから着替えて授業に行っておいで。あとは僕がやっておくから」と送り出してくれました。
そのころになって、ようやくトレーナーさんのクーちゃんに対する必死さに気付いてしまいました。
だから、私が教室に向けて歩き出してすぐ、クーちゃんを大事にお姫様だっこして抱えたトレーナーさんの気配を感じても、どうしても振り向くことはできませんでした。 - 17二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 11:40:58
その日のトレーニングは私の足がつっていたこともあり、リカバーとマッサージがメインでした。
生足を出しながらのマッサージはあまり男が見るものじゃないだろうと、トレーナーさんは不在で、クーちゃんと二人きりでした。
私が、朝はごめんなさい、というと、「大丈夫だよ、私もプール苦手だってこと、ちゃんと言っとけばよかったね」と笑ってくれました。
そこからは、いつも通りトレーニングの話をずっとしていました。
帰り際、トレーナーさんから「こういうことがあるから、自主トレは一人でやらずに、今度から僕も呼んでね」と声をかけてくれて、私は申し訳なさそうに頭を下げることしか出来ませんでした。
その晩、私は自主トレはせず、図書館に居ました。
トレーナーさんのあの必死さ、いつもクーちゃん呼びだったので忘れていましたが、トレーナーさんが叫んだ「ヒシミラクル!」というクーちゃんの名前、そして何よりクーちゃんのスマホの待ち受けになっていた、凱旋門賞でのトレーナーさんとクーちゃんのツーショット写真を見て、どうしても気になってしまったのです。 - 18二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 11:51:07
薄々予想はしていましたが、やっぱりヒシミラクルというウマ娘はすごいウマ娘でした。
GⅠを3勝し、凱旋門賞まで獲っていました。
特に宝塚記念は圧巻の走りで、今とあまり変わらないおっとりとした雰囲気のクーちゃんがあんな力強い走りをして、私でも名前を知っているメンバーに勝利していたというのは、俄かには信じい難いものでした。
もしかしたら、この学園ではクーちゃんは有名だったのかもしれませんが、なんかぼんやりとこの学園に入ることを決めた当時の私は、過去のレースを調べることもほとんどなく、この時までクーちゃんの凄さを知らなかったのでした。
そして、そんなクーちゃんのトレーナーはやっぱりトレーナーさんでした。
しかも、チームのサブトレーナーとしてではなく、専属トレーナーとしてクーちゃんを担当していたのでした。
当時の記事を見ると、「超大型新人コンビ、堂々戴冠!」といった文字が並んでいて、新人トレーナーがここまでの結果を挙げたことを称賛する記事がたくさん出てきました。
そして、ようやく気付いたのです。
私がとったタイトルは、トレーナーさんの重賞初勝利でもなんでもなく、そして、私が勝ちたいと思っていたクーちゃんは、私の手の届かない存在なのだと。 - 19二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 12:01:56
そして、私はトレーナーさんに直接話を聞くことにしました。
当時のクーちゃんのトレーニング記録も見せてもらい、自分とのあまりの差に愕然としました。
なんでクーちゃんがやっていたトレーニング程の強度がないのかと聞くと、「あれは本来やるべきトレーニング量ではないから」と返されました。
なんで、GⅠとったトレーナーがチームでサブトレーナーをやっていたのか聞くと、「ヒシミラクルの時は新人だったし、右も左もわからなかったからあのトレーニングやらせてたけど、一人しか知らないんじゃだめだから頼み込んでチームのサブトレーナーをやらせてもらい、色々なウマ娘を見させてもらったのだ」と言われました。
私がトレーナーさんにクーちゃんぐらいの練習量をこなしたいです、と言われても、「今やってる自主練とトレーニングで十分だよ」と返されるばかり。
そして、「君はプールトレーニングやってるし、身体にそこまで負担をかけずにトレーニング出来ているから、グラウンドとかをヒシミラクルほどやる必要はないよ」と言われました。 - 20二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 12:11:16
そんなもんなのかな、と半信半疑でしたが、レースが迫るうちにどんどん自分が仕上がっていくのは実感できましたし、クーちゃんとのトレーニングも、以前ほどしんどくなることはなく、あのずっと勝ちたかったクーちゃんといい勝負ができるようになりました。
そして、目標レースの前哨戦を無事に勝ち、GⅠに挑むことになりました。
結果は、2着。
今までにない自信と、確信をもって臨んだ初のGⅠでのこの結果は、色々な人から称賛されました。
私も周りの人がほめてくれてとても嬉しい気持ちになりましたが、クーちゃんに勝てなかったな、という悔しさも残りました。
そして同時に、クーちゃんに勝とうとしても、もう勝てないなとも思いました。
そこで、クーちゃんを目指すのではなく、クーちゃんが勝てなかった、出なかったレースに出て勝とうと思いました。
そのころ、私はクーちゃんのトレーニング内容にできるだけ近づけたトレーニングをこなしていましたが、やはり私には会っていなかったのか、軽いけがをしてしまいました。
だからこそ、この負傷期間中に、もっといろいろなことを試してみようと思い、様々なレースを見たり、トレーニングをしたり、出かけたりして見識を広めていきました。 - 21二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 12:16:37
復帰戦は、3月になりました。
そのころには、クーちゃんの実習は終わって、また私のチームは私とトレーナーさんの二人だけになっていました。
復帰戦のGⅠは、、、なんと、勝つことが出来ました。
私と、私たちのチームにとっての初GⅠタイトルです。
その日は、私の両親も来てくれて、久しぶりに家族そろって食事をしました。
母親からは、「いいトレーナーさんに出会えたね」と言ってもらえましたし、私も、両親にずっとトレーナーさんへの感謝と、どれほど素晴らしい人なのかを語っていたような気がします。
チームの祝勝会はありませんでしたが、クーちゃんがまたトレーナーさんのお金でお好み焼き屋さんに連れて行ってくれました。
クーちゃんは大学を出たら留学し、まだスポーツについて勉強するつもりだと教えてくれました。
「離れていても、このチームのことはずっと気にしているし、ずっと一緒だよ」と言ってくれたのがとてもよく印象に残っています。 - 22二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 12:36:21
4月になって、新入生が入ってくると、GⅠバである私を擁するチームへの加入希望者が何人か来ました。
それ自体は喜ばしいことではありましたが、同時にトレーナーさんとの二人で過ごす時間というのは無くなっていきました。
ただ、そのおかげでよかったこともあります。
1年前は「トレーナーさんのために」と思って走っていましたし、途中からは「クーちゃんに勝つために」走っていましたが、もう、そんなことを考えなくても、私は前に走れるようになりました。
トレーナーさんをお出かけに誘わなくても、一緒に出掛けていく友達が出来ました。
半年前なら私がトレーナーさんに関心を向けてもらうために何かをしていたかもしれませんが、今はトレーナーさんにちょっかいを出すチームメンバーを諫めるようになりました。 - 23二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 12:43:27
入学したときから、ずっと「自分なりに」頑張ってきたつもりでした。
両親のために学園に入り、トレーナーさんのために勝利を目指していました。
でも、クーちゃんに会ってから、「自分なりに」じゃダメなのだと気付きました。
どれだけ頑張っても、クーちゃんには勝てませんでした。
トレーナーさんの一番にすら、私はなれませんでした。
でも、私はそれでももう大丈夫になってしまいました。
クーちゃんに出会い、GⅠの基準を知り、「誰かのため」と理由をつけなくても、強くなれるようになりました。
だから、トレーナーさんの左手薬指に綺麗な指輪が光るようになっても、もう何とも思わなくなりました。
私はもう、「強いウマ娘」になってしまったのです。
結局、私はGⅠを2勝しました。最後に獲ったGⅠでは、トレーナーさんに頼み込んでツーショット写真も撮ってもらいました。
トレーナーさんの一着にはなれませんでしたが、2着として記憶に残るウマ娘になれたのではないかと思います。
私や、メンバーが結果を出すたびに、チームは大きくなっていきました。
私が学園を卒業したのは、メンバーが増え、トレーナーさんが忙しそうにしながら、私抜きでもチーム運営が回るようになってきたころでした。 - 24二次元好きの匿名さん25/09/04(木) 12:51:23
クーちゃんとトレーナーさんの結婚式には、教え子の中で私だけ、招待してもらえました。
クーちゃんはその葦毛を引き立たせるドレスを着て、とても美しく、横を歩くトレーナーさんの表情は少し硬く、それでいて幸せそうでした。
卒業して、二人に会ったのはそれだけでしたが、クーちゃんが学園で正式にサブトレーナーとして働くようになったという話は、後輩から聞きました。
今でも、あのとてつもない量のトレーニングを生徒と一緒にこなしているとのことでした。
私は、大学で栄養学とマネジメントを学びました。
私は、一人でも大丈夫になりましたが、学生には、あの頃の私と同じようにそうでない子たちがいっぱいいるはずです。
その子たちのために頑張ろうと、そう思っています。
正門をくぐると、新緑の香りがします。
グラウンドからはターフのにおいと、微かな砂ぼこり、そして地響きのような足音が聞こえます。
トレーナー室に入ると、色々な表情をした生徒たちと、それを優しく癒すクーちゃんと、相変わらずの少し困った笑顔で生徒を相手するトレーナーさんの姿がありました。
どうして、こんなにはっきりと思い出せてしまうのでしょう。
あの、苦しかった自分の学生生活を思い出しながら、私は不思議そうな顔をしたウマ娘ちゃんと、トレーナーさん、そしてクーちゃんに負けない声を張ります。
「今日から、このチームのサブトレーナー兼マネージャーとしてお世話になります。よろしくお願いします。」
クーちゃんが、とっても嬉しそうな顔をするのが見えました。