- 1二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 05:53:26
- 2二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 05:56:51
今日のプロデュースを終えて部屋に戻る。
寮のロビーに着くと寮生全員のポストに封筒が入ってるのが目に入った。
もうそんな時期か。
封筒を部屋に持ち帰る。
この封筒は月に1回、国民全員に必ず送られてくる。
封筒の中には書類が何枚か入っていて、自分の肉体的、精神的な健康状態を知る事が出来る。
自覚症状がない病気だってすぐに気付けるし、睡眠不足気味だとか本当に細かな事まで記載されている。
そんな情報信じれる訳がないって?
確かに、このシステムが始まった時は俺もそう疑っていた。
俺が初星学園を卒業し100プロで働き始めた頃あたりからだったか。
政府から国民全員にチョーカーに似た首に着ける機械が配られた。
これを着けると常に装着者の生体情報が収集されるらしい
一種の健康管理システムと思ったら分かりやすいと思う。
今では9割以上の人がこのデバイスを身につけて生活している。
呼び方は人によって様々だ。
ネックレスと呼ぶ人もいればチョーカーと呼ぶ人もいる。
正式名称の略称やイニシャルで呼んでる人もいる。
首輪と言ってる人もいたな。
今月分の書類に目を通そうとした。
いつもと同じ枚数。
軽く流し見する。
要注意の項目は黄色で、警告項目は赤字で書かれてるからそこまで気を張って全文読む必要はあまりない。
パッと見た感じ先月とあまり変わってなさそうだった。
この調子で健康を維持していこう。
......咲季さんは大丈夫だろうか。
恐らく咲季さんも今頃帰ってこの書類を読んでいる頃だろう。
この書類は一種の個人情報やプライバシーの塊だ。
プロデュースする以上担当アイドルの健康状態は俺の目で確かめておきたいが、俺は書類の提出はしなくて良いと咲季さんには伝えてある。
咲季さんの性格だから毎月俺にも結果を見せてくれてるが......今月はどうなるか俺でも分からない。
今、咲季さんは非常に危うい状態だ。 - 3二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 05:59:05
咲季さんがアイドルを目指した時から.......初星学園1年の頃から数えれば約7年。
咲季さんは最大の宿敵である佑芽さんに勝ち続けて来た。
だが、先日敗れてしまった。
表面上は普段と同じ様に過ごしているが、咲季さんが内心何を思っているのか分からない。
咲季さんが敗れたのには俺の責任でもある。
これからしっかりと咲季さんのフォローをしていかなければ。
たとえ、俺の生活や人生設計が狂おうとも。
......ん?
封筒の中に小さな封筒が入っているのに気づいた。
このシステムが始まってから長い事経つがこんな事は初めてだ。
表面に<重要>とだけ赤字で書かれている。
一体何が書かれているんだ.......?
健康に問題はなかったはず。
震える手を押さえながら封を切る。
この度貴方は厳正な審査の結果支援者に選出されました
- 4二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:01:01
封を切るとその文字が目に入ってきた。
支援者......?
一体どういう事だ.......?
次の書類に目を向ける。
どうやら支援者制度の詳細のようだ。
.......
自殺リスクが高い人が自らの命を断つのを防ぐために支援するって事か。
対処例に悩みを聞くだったり話し相手になるだったり色々書かれている。
.......俺が支援者である事は本人に知られたら駄目なのか。
後日講習があるから必ず参加するようにとも書かれているな。
場所と日程を確認する。
.......この時間帯なら空いてるな。
詳細はこの講習で分かるんだろう。
肝心の支援対象者は誰なんだろうか。
書類を読み進めていく。
最後の書類に黒い太枠で囲まれた箇所があり、支援対象者と言う文字が見えた。
枠の内部には、咲季さんの名前があった。 - 5二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:02:11
翌日、咲季さんはいつものように封筒を俺に差し出してきた。
咲季さんはいつもと変わらない様子だ。
まさか、咲季さんの方には自分が自殺リスクが高いというのは知らされてない?
その代わりに支援者に選ばれた人の元にその情報が来るシステムになっているのか。
考えてみたら当たり前だ。
俺たちはこの書類に書かれてる内容は100%信用している。
その紙からいきなり貴方は自殺リスクが高いですよなんて言われたら気が動転するだろう。
最悪、自殺の後押しになる可能性だってある。
咲季さんから受け取った封筒の中身を確認していく。
精神面の項目が先月に比べて不安定になっている。
無理もない。
「咲季さん自身はどうですか?」
「妥当な結果だと思うわ」
咲季さん自身も数値が悪くなってるのを認めている。
自分の中で受け止めて整理して消化させてるんだろう。
......いや、そうだと思い込ませてるだけか。
じゃなきゃあんな物送られてこない。
「こればかりは時間をかけて元の状態まで戻していくしかありませんね」
「そうね。気負わずいつも通り過ごす事にするわ」
その後は何事もなかったかのようにいつも通りの生活が進んでいった。
......外から見てる分にはそこまで咲季さんに自殺願望があるとは全く思えなかった。
あの書類、何かの間違いなら良いのだが....... - 6二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:03:46
俺は今隣町の市役所に来ている。
受付に封筒を見せると別室へ案内された。
講習にはかなりの人数が参加していた。
......こんなにも自殺リスクが高い人がいるのか。
その上俺は今まで支援者制度も知らなかった。
世の中分からない事だらけだ。
講習は午前と午後に分かれていた。
午前は支援者養成ビデオを眺めるだけで終わった。
自殺リスクが高い人と付き合う上での基本的な姿勢。
やりがちな間違い、対応の実例。
支援者には対象者の事を最も理解している人物が選ばれるとも言っていた。
咲季さんの1番の理解者が俺だと知れて少しだけ嬉しかった。
午後は実習が行われた。
午前のビデオの内容を踏まえて実際に自殺リスクが高い人と面談をする事になった。
本物の人間ではなく、シュミレーターを用いた模擬演習だ。
画面に映る架空の人物から相談を受けてその対応が適切であったかどうかを評価される。
今のうちに沢山失敗しておく気持ちでやってくださいと講師は言っていた。
実際そう思わないとやっていけないくらいの難易度で、俺は真剣に対応をしていたはずなのに2時間で3人から不適切な対応という評価を貰った。
これが自殺阻止の失敗を意味してるのだったらと考える。
......大丈夫だ。
だって、実際の俺の対象者は咲季さんだ。
1番の理解者なんだ。
絶対、大丈夫。 - 7二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:05:37
長かった講習が終わった。
どうやら支援中に対象者の為に使用した金銭は国が負担してくれるらしい。
不正が出来ないようにそういったやり取りはチョーカーを装着してる時に行うようにも言われたな。
健康管理だけかと思ったがコイツにはそんな機能もついてるらしい。
講習の内容を思い出しながら帰路に就く。
とんでもない責任を負うハメになってしまった。
勿論咲季さんに自殺なんてしてほしくないから支援者に選ばれた事は感謝している。
でももし、もしだ。
咲季さんの自殺を止める事が出来なかった時俺はどうなってしまうんだ?
この数日で俺の人生は咲季さん中心に置き換わった。
彼女の為に行動する生活がいつまで続くか分からない。
自殺リスクが低くなってきたのを確認できたら支援者から外されるらしいが、そこまで思い詰めてるのだからそう簡単に自殺リスクは低下しないだろう。
相当の覚悟が必要だ。 - 8二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:07:20
あれから日が経つごとに咲季さんの様子が変わっていった。
今日も咲季さんは時間になっても事務所に来なかった。
......思い詰め過ぎている。
勿論俺だってやれる事は全てやっている。
咲季さんのためを思うならどうすれば良い......?
最終手段はある。
でも咲季さんの意思を無視して行う訳にはいかない。
「咲季さん」
「......プロデューサー」
彼女の家まで行く。
俺が来るのを待っていたのか、予想よりも早く扉が開いた。
「中、入っても良いですか?」
「ええ」
......今の咲季さんからは精気が感じられない。
やはり、あの手を使うしか.......
「......咲季さん」
「何よ」
「相談があります」
咲季さんの反応を見ながら決行するか判断しよう。
そう思い話を切り出す。
「......アイドルを辞めて、2人でどこか遠い場所に行きませんか?」
咲季さんにはアイドルを引退してもらう。
引退なんて綺麗な言い方は出来ないだろう。
引退声明も出さないし、咲季さんのご家族にも連絡はしない。
花海咲季という存在が始めからなかったかのようにするため、逃げてもらう。
簡単に言うなら駆け落ちだ。
「......」
咲季さんの反応はない。
「咲季さんには逃げてもらいます。何もかもから」 - 9二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:08:43
「......どういう意味かしら」
「花海咲季という存在が始めからなかったかのようにします」
「夜逃げかしら」
「それに近いですね。俺も咲季さんも、今ある物を全て捨てて遠い場所でまた1からやり直します」
「あなたはそれでいいの?」
「俺の全てはあの時咲季さんに捧げたはずですが?」
「.......そうだったわね」
考え込んでいる。
重い決断なはずだ。
「プロデューサー」
「はい」
「あなたの判断に従うわ」
咲季さんのその言葉を聞いてから物事はあっという間だった。
出来るだけ最短日数で必要な物を最低限纏める。
自動車1台に納まるくらいが好ましい。
「ねぇ、家電はどうするの?」
「向こうで買い換えます」
咲季さんの要望で雪国へ逃げる事にした。
街外れにある古いアパートを契約して駐車場も抑えた。
「本当にこれで良かったんですか?」
「あなたが提案してきたんじゃない」
夜逃げ計画を立ててる間、咲季さんは元気を取り戻していた。
この調子ならこんな事をしなくても元の状態に戻れそうな気がした。
最後にもう1度確認したが、咲季さんの答えは変わってなかったらしい。
「今ならまだ間に合いますよ。佑芽さんだって......」
「いいのよ、プロデューサー」
そう言いながら咲季さんは最後の工程に入っていた。
俺以外の連絡先を全て削除していっている。
「佑芽......」 - 10二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:10:26
少しだけ咲季さんの手が止まって、最後にゆっくりと佑芽さんの連絡先も消したみたいだ。
俺も同じようにする。
「では、行きましょうか」
「ええ」
車のエンジンをつける。
俺たちはひっそりと街を去った。
❇︎
こっちに逃げてきてからもう数年が経つ。
俺は今だに咲季さんの支援者を行なっている。
今のところ咲季さんが自殺する気配はない。
こっちに来てからは現役の時と同じ状態なはずなのに、咲季さんの自殺リスクは低下しない。
......もしかしたら咲季さんは一生この悩みを抱えて生きていくのかもしれない。
俺も最大限サポートしてるが、こっちが弱音を吐きたくなるくらいには成果がない。
こっちは雪国というだけあって、冬はとてつもない量の雪が積もる。
寒さも厳しい。
だけど、咲季さんと必要最低限の家具だけで不便に過ごす生活は楽しかった。
現役時代の咲季さんのお蔭で生活費に困る心配はない。
今日も2人で雪かきをしている。
近所のホームセンターに行くためには車が必要だ。
でもその車を出すためには雪が邪魔だった。
この地は4月になっても雪が降る。
5月まで後2ヶ月か......
「これくらいでいいかしら」
「そうですね」
片付けをして車に乗り込む。
先程まで動いていて温まった体も、車の暖房が効いてくる頃には冷え切っていた。
今日の目当てはポータブルシャワーだ。
ポリタンクも買わないといけない。 - 11二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:12:01
「この2つが欲しいなんてどうしたんですか?」
災害に備えるため......とかかな。
「まだ秘密よ」
「いつ教えてくれます?」
「この2つが揃ったら教えてあげるわ」
「あるように祈っておきましょうか」
数時間後、俺はこの発言を後悔することになる。
❇︎
目当ての2つが購入できて咲季さんは機嫌が良さそうだった。
家に戻って使用感を確認して頷いていた。
一体、何に使うつもりなんだろうか。
「ねぇ」
「なんですか?」
「プロデューサーはどこまでわたしについてきてくれる?」
「どこまでも着いていきますよ」
「......そうじゃないわ」
......そうじゃない?
「あのね」
「はい」
......
何か、言語化出来ないが物凄く嫌な予感がする。
「わたしと一緒に死んでくれる?」 - 12二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:13:14
耳を疑った。
「い、今、なんて.....?」
「わたしと一緒に死んで」
咲季さんの声が頭に入ってくる。
呼吸が上手くできない。
俺は何か間違えたのか?
どこで、いつ、何を間違えた......?
「な、なぜ急にそんな事を」
「急じゃないわ」
そう言われて心臓が跳ねた。
「佑芽に負けてからずっと考えてたの」
俺が......支援者に選ばれた時期と同じだ.......
「あなたの提案で逃げたら忘れられるって思ってたけどムリね。嫌でも思い出しちゃう」
「だ、だからって......」
「死ぬな、って言いたいの?」
「当たり前じゃないですか!」
「プロデューサー、わたしは何でここに住んでるんだっけ」
「アイドルから逃げる為に......」
「そうね。でも、わたしはまだ逃げ切れてない」
「だからって.......」
全身から力が抜ける。
いや、力が入らなくなる。
「この世界からも、一緒に逃げましょう?」
......こうなったのも、俺の責任か。
「......ええ、付いて行きますよ。咲季さん」 - 13二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:14:26
咲季さんは言った。
死ぬなら4月1日が良いと。
佑芽とあの世でも一緒になれる気がするからと理由も話してくれた。
そして死ぬなら凍死が良いとも言っていた。
4月1日まではまだ時間がある。
それまでの間、家のベランダで凍死の練習をする事にした。
何を言ってるんだと思うかもしれないが、文字通りだ。
ベランダに出る前に冷水で衣服を濡らす。
水が肌に触れた途端息が詰まりそうになった。
それでも歯を食いしばり、全身をしっかりと濡らした。
そして水滴を床に垂らしながら足早に移動し、部屋の明かりを消してからベランダに出て窓を閉めた。
ベランダには折り畳み椅子が二脚並んでいて、その一方に咲季さんが座っている。
咲季さんの肩は早くも震え始めていた。
もう一方の椅子に腰を下ろす。
室外機の上に置いてあったブランデーの瓶を摑み、蓋を開けてストレートのまま一口飲んだ。
喉が一瞬焼けるように熱くなる。
「わたしもそれ、いいかしら」
瓶を差し出した。
咲季さんは震える手で瓶の蓋を開け、中身を軽く口に含んだ。
「こんな味なのね......」
ひと口飲んでから静かに言った。
「進んで飲む人の気が知れないわ」
それでもアルコールは欠かすことのできない小道具の一つだった。
調べたところによると、飲酒は低体温症のリスクを大幅に高めてくれるらしい。
服を濡らすのがもっとも効果的で、そこに疲労、空腹、不眠なども上乗せされるとなお良いらしい。
条件さえ揃えば、ベランダでも凍死は可能と言う事だ。 - 14二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:16:15
今回はただの練習だ。
それが実際にはどの程度の苦痛を伴うのか、言い換えればどれくらいの覚悟を持って臨まねばならないのか、前もって知っておきたかった。
本番はどこか一目のつかなそうな山の中あたりだろう。
濡れた衣服は瞬く間に体温を奪っていく。
そして寒さや冷たさは痛みに近い不快感に変わる。
意識は朦朧としてきて訳のわからない事ばかり頭に浮かんでくる。
夢よりもさらに脈絡のない断片的なシーンが瞼の裏を流れていく。
そこに死の感覚はない。
凍死を選んだ咲季さんの判断は正しいのかもしれない。
酩酊状態のせいか、自分が今致死的な状態に足を踏み入れているという事を自覚しないままに最期までいけてしまえそうな手応えがあった。
❇︎
部屋に戻ると、俺と咲季さんは何よりも先に凍りかけた服を脱いだ。
交代で熱いシャワーを浴び、ヒーターの前に座ってしばらく温風を浴びつづけた。
ある程度体を動かせるくらいに回復すると、作り置きのシチューを食べホットココアを飲んだ。
それでも体の芯まで染みついた寒気はなかなか取り除けなかった。
温かいものを口にしても温まるのは胃のあたりだけで、温風を浴びても表皮が熱くなるだけだ。
手足の一部の触覚が鈍くなり、その症状は翌朝になっても治らない。
高熱を出した後のような気怠さが何日も続き、頻繁に眠気を覚えるようになった。 - 15二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:17:47
それからと言うと、咲季さんは凍死の練習の虜になった。
数日おきに着衣のままシャワーを浴びてベランダで寒風に吹かれている。
俺も毎回それに付き合った。
咲季さんがハマる理由も少し分かる。
そろそろ部屋に戻らなければ取り返しがつかなくなるという頃合いに、なんとも言えない幸福感に包まれるんだ。
精神的な死への距離と肉体的な死への距離が釣り合った瞬間にのみ訪れる調和感......なんだろうか。
外に出ると最初の方は震えてる咲季さんが視界に入る。
しばらくして体の発する熱より冷気の方が優勢になり始めると、意識は徐々に内側に収束していくようだった。
それ以外は漠然とした外部でしかなくなり、純粋に一人きりの気分を味わえた。
「プロデューサー、知ってた?」
珍しく咲季さんが練習中に口を開いた。
「はい?」
「心中って、普通は家族や恋人とするものなのよ」
「そうなんですか」
咲季さんはその言葉を繰り返してる。
「なら俺たちもそういった関係になっておいた方が自然ですね」
こんなの実質的なプロポーズだ。
そういえば、だいぶ昔にアイドルを引退したらプロポーズしてきなさいと言われた記憶がある。
「ふふ、その様子だと思い出したのね」
「すみません」
俺もあの時はそんな事を考えてる余裕なんてなかったからな.......
「愛してますよ、咲季さん」
「わたしもよ」
2人で弱々しく微笑みあった。 - 16二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:19:35
時は流れて現在3月31日。
もう少しで日付が変わろうとしている。
車の中には水の入ったポリタンクとポータブルシャワーを載せている。
俺も咲季さんもこれから自殺しに行くというのにやけに落ち着いていた。
「この辺りにしましょう」
咲季さんが指した場所は月明かりに照らされていた。
やたらと神秘的な空間に見える。
このまま本番を迎えればチョーカーが生命の危機を検知して政府に通報してしまうので、車内に置いていく事にする。
俺はブランデーの瓶を取り出して、咲季さんは睡眠薬の箱を取り出した。
市販薬だから大した効果は見込めないが、気休めになればと容量の数倍の錠剤をブランデーで流し込む。
それから交代で瓶を回してブランデーを消費していき、時間をかけて脳を弛緩させていった。
小瓶の中身がなくなると、車を降りて後部ドアを開け、シャワーとタンクを出して組み立てる。
そしてそれを持って2人で咲季さんが指定した場所まで運ぶ。
月明かりのおかげで作業は難しくなかった。
咲季さんはコートを脱いで薄手のワンピース1枚だけになり、俺に向かって両手を広げた。
「いつでもいいわよ」
頷いてシャワーの電源を入れた。
水がシャワーに触れると咲季さんはくすぐったそうな声を出して笑う。
もしも季節が夏で、この場を覆い尽くしてるのが雪ではなく木々の緑だったらどれだけ良かった事か。
咲季さんがずぶ濡れになったのを確認してシャワーを渡す。
水はそれほど冷たく感じなかった。
外気より水の方が温かいみたいだ。
でも水を含んだ衣服はすぐさま風に冷やされ急速に俺の体温を奪っていく。
不意に咲季さんが俺の腕を掴んできた。
そのまま引き倒される。
2人並んで雪の上に倒れている。
咲季さんは声を押し殺してクスクス笑っていた。
「なんだか楽しいわね、プロデューサー」
否定も肯定もしなかった。
それから長い間、無心で月を眺めていた。 - 17二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:22:25
どれだけの時間が経ったんだろうか。
もう思考が上手く言葉を考えられなかった。
手足だけでなく頭の中まで冷気に侵されている。
右手に何か触れた気がした。
顔を少し傾けると咲季さんの手だったのが分かった。
「プロデューサー」
「はい」
「わたし、あなたと出会えて良かった」
「俺もです」
「とても幸せな時間だったわ」
咲季さんの声が妙に遠くから聞こえる。
「あっちの世界でも一緒になれるわよね?」
「探し出しますよ」
「そうしてちょうだい。しばらく2人でゆっくり過ごして.......」
「佑芽が来るのを待って......そしたら3人で過ごしましょう」
意識が......体も怠い........
どうやら俺の方が先らしい。
「咲季さん......」
最期に、愛する人の名前を呼んでおきたかった。
「」
今俺は何て言ったんだろうか。
自分の体なのにそれすらわからない
「──サー.....」
「」
目を閉じる。
強烈な怠さが肉体と意識を絶った。 - 18二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:26:10
これで終わりになります。
ここまでお付き合いありがというございました。
掲示板だとどれくらいの長さの作品が好まれるのかわからなかったので後数作再録を行い反応を見てみようと思います。僕目線短かったかなと思っているのでここまで読んでくれた人がいたら是非反応お願いします。
次はもっと長いのをお見せできればと思っています。多分土曜日の昼あたり・・・?
最後に。ここまで本当にありがとうございました。 - 19二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 06:56:29
pixivで見たやつだ
- 20二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 07:58:12
朝っぱらから読むには重すぎるぞ!
- 21二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 13:47:50
おっも......
でも美しい...... - 22二次元好きの匿名さん25/09/05(金) 14:41:36
半端なく重いよぅ……
でも大好き