- 1二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 06:55:19
- 2二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 06:59:12
有能スレか…
- 3二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 07:09:08
コンクリートを殴りつけるような驟雨。
今日に限って折り畳み傘は忘れた。
茶道室で目を覚ました頃には降り出していた。
大体の生徒は帰るか、場所を変えてレッスンに励んでいるから、そこらに一切人影がない。
窓の向こうの雨音だけが、学校らしい騒がしさの代役だった。
心細さが滲むままに歩数を重ねるうち、不意に聞き慣れた声がした。
空き教室の方から響くこれは、
「……プロデューサー?」
丁度良い、とぱたぱた足を運ぶ。
どのみち事務所までお弁当箱を取りに行くつもりだった。
合鍵を渡してくれない分、せめて食事のお世話をしたい…と言うと、思いのほかあっさり受け入れてくれた。
何を詰めても平らげてしまうそこには、年頃の男の子らしい可愛らしさが見えた。
そしてわたしは、毎日、彼のために何を作るか考える時間が好きだった。
けれどそれは、ただ愛する人に尽くせることを喜ぶような、純心だけではなかった。 - 4二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 07:10:12
「……?」
扉のガラス越しに覗き込んでみると、携帯に耳を当てる彼の姿があった。
いつも通りの、大きな黒縁の眼鏡。
いつも通りの、無造作風に整えられた前髪。
けれど、聞こえる声色が違った。
いつもと違う、あどけない笑顔。
いつもと違う、壁に凭れてそわそわと揺れる体。
「うん。じゃあ来週だね。」
わたしの前で見せる堅苦しいそれとは何もかもが違って、何だか目に新しい。
それだけならよかった。
聞き耳なんて立てなければ、歪むことなんて無かったのに。
「…会えるの、楽しみにしてるよ。───。」
はっきりと耳に入ったのは、彼の優しい声色と、聞いたことのない女性の名前。 - 5二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 07:17:52
────────
電話を切った彼が、ふっとわたしに視線をくれた。扉を開けてこちらに歩み寄る。
「ああ、秦谷さん。よかった、まだ学校にいたんですね。」
「…はい。プロデューサー、お弁当箱をいただいても。」
「ええ、丁度渡しに行こうかと思っていました。今日も美味しかったです、いつも助かっています。」
いつも通りの目。
いつも通りの喋り口。
安心するはずなのに、さっきの彼と比べてしまう。
「プロデューサー。」
「なんでしょう?」
「今のお電話、相手は誰なんですか?」
悟られてはいけない。
いつも通り、にっこり微笑んで問うてみる。
「………ああ、聞かれてしまいましたか。」
彼はとぼけるように、困った風に笑う。
…わたしが、どんな人間か。
理解していますよね。 - 6二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 07:19:52
「秦谷さん相手となれば、包み隠さず言うべきでしょうね。…怒らないで聞いてほしいんですが。」
「…はい。」
「先週プロデューサー科の方で仲良くなった人で。」
「……へえ?」
喉が呻いて、声が少しだけ上擦った。
走り出した嫌な予感に、こめかみがひりひりしていた。
「俺のことが好きだと言ってくれたんですが────」
……は? - 7二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 07:20:55
「気持ちはまあ嬉しいですが、俺には担当アイドルがいますから。特定の誰かとお付き合いをするのもな、と。」
何も耳に入らない。
心臓を鷲掴みにされたような不快感。
「……なので、あくまで友人の関係で留め………秦谷さん?」
きっと笑みは失せていた。繕えなかった。
大好きな彼が、
わたし以外の好意を否定しない彼が、
わたしのものになっていない彼が、
恨めしくて仕方がない。
ぞわぞわとして、とにかく全てが不愉快に映って、逃げ出したかった。
「もう、いいです。」
雨に潰されてしまうような痙攣した声。
それだけ言って、そのまま教室を出た。 - 8二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 08:27:22
保守
- 9二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 09:49:36
これは保守
- 10二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 10:05:32
保守
- 11二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 15:52:22
────────
部屋に着いた頃には、わたしはびしょ濡れだった。
どうにも視線が定まらず、髪を乾かす気にもならなかった。
鉛と化した心臓が重みを伝える。
感情のすべてが、暗く深く沈み込んでいく。
こころが溝に放り込まれたような心地だった。
じわじわとその汚水が染み、顔を上げる気力すら奪った。
通知がたくさん鳴っていた。
おおかた、彼からのもの。
「………。」
何も考えたくない。
なのに、彼を頭に留めていないと、僅かな正気すら消し飛びそうな嫌な心地がした。
いつも想っていた分、頭にこびりついたあの人が消えないのだ。
脳が行き場を失って、湿った空気を揺蕩うようだった。 - 12二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 15:53:28
電話の内容を反芻する。
来週、何をするんだろう。
会って食事でも行くのだろうか。
わたしがいるのに。
画面越しの彼には、何を言われているんだろう。
携帯を手に持って、そのまま何も出来なかった。
「……………なんで。」
わたしがいるのに。
わたしが一番綺麗なのに。
わたしが一番凄いのに。
わたしが一番尽くせるのに。
わたしが一番一緒に居るのに。
わたしが一番好きなのに。
わたしだけで、いいのに。
なんで。
──────── - 13二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 16:00:11
いつの間にか、泣き疲れて床で眠ってしまっていた。光がカーテンの隙間から差す頃、涙の痕に叩き起こされるように目を覚ました。
瞼も心も、何もかもが重い。
寝起きの諸々を済ませたところ、習慣というのは残酷なもので、勝手に体がキッチンに向かった。
この時間ならば、共用のキッチンと言えども人影はない。
お米を炊かずに寝てしまったから、やむなく早炊のスイッチを入れる。
卵を溶いて、お出汁を引く。
彼の好みでお砂糖を多めに入れて、それから隠し味を───コクが出て、冷めてもふわふわになるように、少しのマヨネーズを溶かす。
そうして混ぜたものを、油を塗った焼き器に転がす。
ふっくらとしたらできあがり。 - 14二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 16:12:42
「………。」
やさしい山吹色のそれを、そっと切り分けながら逡巡した。
…作ったところで、昨日の今日でどう渡そうか。彼からの連絡は未だ見てすらいない。
自分の意地っ張りが嫌になる。
「………っ!」
指先に走った鋭い痛みに目をやると、鮮やかな真紅の直線があった。
考え事をして刃先が狂ったらしい。
はっとして卵焼きに付いていないか確認した束の間、倒錯した想いが引き摺り出されるのを感じた。
別に、付いたところで。
………いや、寧ろ。
─────── - 15二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 16:35:50
すごい雰囲気だ
- 16二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 17:28:19
胸が湧くのを感じながら、次の献立にかかる。
だし巻き玉子と合わせるのは、牛の時雨煮。
すっと元気が出るように、味付けは濃いめ。
具はお肉と生姜と、ささがきの牛蒡。
さっと炒めたら、割下を作る。お醤油と、お砂糖と、料理酒と味醂。
煮立ったら具を入れて、火を入れ続けて汁気を飛ばす。
これも仕上げに隠し味。
切れた指の傷口を搾る。
裂け目が広がって擦れて、みちみちと痛んだ。
少しずつ零れるそれを、
それだけを、口にして欲しかった。
お鍋に入れるとにわかに黒ずみ、茶色くなって、ぱらぱらした粉のように固まる。
ほんの一瞬の、金臭さとも生臭さともとれる悪臭のあとに、そのままねっとりした汁に溶けていく。
あとに詰めるのは、暖めた冷凍の春巻きと、作り置きのきんぴらごぼう。隙間にレタスとプチトマト。
体の大きな男の子のための、ちょっぴり茶色が多いけれど、見た目はかわいいお弁当。
彼はこれを疑わない。
わたしの血液なんて、疑う余地がない。
たくさんの愛情と、ほんの少しのわたしの一部。
なんだか危ないことをしているみたいで、わくわくして、ぞくぞくして、妙に息苦しかった。
そしてほんの少し、気が晴れた。
「……ふふ。」
指先は裂けたままだった。 - 17二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 17:38:56
────────
「……秦谷さん!」
「おはようございます、プロデューサー。」
「…おはようございます。」
午前8時を過ぎる頃。
授業前、事務所で顔を見せた彼は何だか疲れているように見えた。
「……秦谷さん。昨日は本当に申し訳ないことをしました。」
「はい。」
「…連絡も返せないようでしたから、心配で……。」
「いいんです。気にしていませんから。」
「………そう、ですか。」
彼は、不自然なくらいにこやかなわたしに、狼狽えていた。
「これ、今日のお昼ご飯です。」
「……ありがとうございます。」
彼は訝しんでいた。
それもそのはず、わたしは根に持つ方だし、気にしていない、という時は気にしている。
彼が原因を考えて、どうしようか考えてくれるのが嬉しいから。 - 18二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 17:40:05
彼の脳味噌は、いつもわたしで埋め尽くされるべきだと思う。
だって、わたしの方は既に彼で埋まっている。
何度彼への想いを飲み込んで消化しても、毒虫は這い出て止まらなかった。
あんなことがあっても、今日は違う。
想いの伝え方が増えた。
彼を侵す方法が増えた。
プロデューサーが他の女性に現を抜かして、それをわたしに滑らせたところで─────中から染め直せばいいだけ。
彼が口にする女の子は、わたしだけ。
彼に食べられることが出来るのも、わたしだけ。
他の女性とは違う。絶対に。
だから、そんな些細な機微には足を取られない。
──────── - 19二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 18:50:33
揚げ物づくしのお弁当とか想像してたらもっとヘヴィで
てまぬいになっちゃった - 20二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 18:54:25
ヤ、ヤンデレ秦谷……
- 21二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 18:58:23
おっも…
- 22二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:02:58
この頃よく考える。
お世話とは、献身とは。
それはわたしの快楽だった。
人を助けることは心地がいいし、そうすればきっと、わたしを好いてくれるかもしれないから。
わたしがお世話しないと駄目なくらいに朽ちた人が好きだった。
わたしを求めてくれるから。
わたしに依存してくれるから。
これらは燃料でもあり、切実な願いでもあった。
──────── - 23二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:07:22
彼は今日も、その献身を平らげた。
わたしの願いが形をなすことは、きっと今は無いだろうけれど─────彼に尽くすことは最上の幸せだったから、これでも良かった。
濃い味付けの中に、お肉の存在感があって美味しかったと、にこにこ話す彼に、言い知れぬ感情を覚えた。
わたしの血液で濁ったその味を、たしかに感じてくれたことが嬉しかった。
彼は食べることが好き。
わたしは食べさせることが好き。
そして、食べられることが好き。
ほら、このふたりだけで、すべてが足りる。
誰も立ち入る余地なんて無い。
「……ふふ。」
何だか、わたしの幸せは変わった。
わたしの献身は、黒く淀んでずるずる腐って、どうしようもなくなったようだった。
──────── - 24二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:17:42
毎日、そうしてお弁当を作り続けた。
心なしかどんどん楽しくなって、プロデューサーへの気持ちも日毎に増した。
彼はたくさん褒めてくれるようになって、夢を見ている気分だった。
数日後、晴れているのにいやに湿気った日。
ある日わたしは思い立って、左手の爪を切った。
ぱちん、ぱちんと子気味のいい音が鳴る。
さらに小さくなるように、破片をまた切り分けた。
細かくなったらペーパーに包んで、また今日もキッチンに足を運ぶ。
今日は殻付き海老のガーリックシュリンプ。
大きな海老とニンニクの欠片の群れに、わたしの一部を忍ばせる。
細かく刻んで殻に混ぜても、たぶん食感に違和感は残る。
けれど、それが良かった。
わたしの爪を、他より意識して噛み砕いてくれるから。
彼にメッセージを──お昼、一緒に食べませんか、と送る。
……わたしの知る限りでは、今日は特にスケジュールが詰まっていないから、応じてくれるはず。
たくさん食べる人を見るのは好きだった。
わたしが作ったお料理なら尚更。
でも、今日誘った理由はそれだけじゃない。
目の前でわたしの毒を、お腹に納めるところを見たいのだ。
体温が上がる。
血が沸騰しそうな感じを覚えながら、その四角の小さな骨壷を閉じた。 - 25二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:20:25
────────
その後プロデューサーから届いたのは、二つ返事のメッセージ。
わたしは嬉しくなって何度も確認した。
こめかみの辺りが熱くなって、足が地に着かない心地を覚えながら事務所に入る。
「…プロデューサー、おはようございます。」
「おはようございます。ご機嫌ですね。」
「はい、色々上手くいったので。…プロデューサー、念の為ですが……海老は苦手ではありませんか?」
「お構いなく。大好きです。」
「ふふ。記憶違いでなくて安心しました。殻付きで調理してみました……お気に召すといいんですが。」
「……秦谷さんのものが口に合わなかった試しはないです。楽しみにしていますよ。」
「まあ…そうですか。」
わたしはまた嬉しくなった。
彼の言葉がゆっくりと心に降り積もるように思えた。 - 26二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:22:07
そっと渡すのは、しっとり重たいお弁当箱。
彼の大きな手に移って、その体温を受け止めた。
わざとらしく、手の甲にわたしの指を沿わせる。
彼は少し視線をくれるだけだった。
それで十分だった。
「そろそろ小テストだと聞いています。せめて午前くらいは授業に出た方がいいかもしれませんよ。」
「…まあ。さて、どうしましょう。」
「お昼の楽しみがあれば頑張れるでしょう。」
軽い調子で話す彼。
その瞳の奥の高揚を、わたしは見逃さなかった。
もっと待ち望んでほしい、と思った。
そしてそれは、彼にとってはただの食事でも、わたしにとっては儀式になる。
ふたりでその尊さを分かち合うことが、何より大事に思えた。
「そうですね…ふふ。お昼が待ち遠しいです。」
食事を共にするだけでも嬉しいけれど。
わたしが盛った毒を、無意識に嚥下する彼を見ることが、楽しみで仕方がなかった。
──────── - 27二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:26:31
これ壊れかけのPの人?
- 28二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:33:36
- 29二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:36:01
- 30二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:51:39
13時を回ったころ。
「おや、お疲れ様です。居眠りはしませんでした?」
「もちろんです。わたし、優等生ですよ?」
困ったように、苦く笑った彼の横に座る。
ふたりで並んで、一緒にお弁当箱を取り出した。
「……おお、これは美味しそうです。」
「ええ、自信作なんです。」
とくん、とくん。心臓が早鐘が打つ。
オリーブオイルと海老とにんにくと、煮え滾るような情欲の匂い。
「いただきます。」
「どうぞ。わたしも一緒にいただきます。」
彼が箸をとると、いよいよ目も耳も離せなくなる。
「…どうですか?」
「…すごい。美味しいですよ、秦谷さん。」
「……それは良かったです、ふふ。」
わたしの方は味を感じなかった。
味覚が一瞬麻痺したようだった。 - 31二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:53:08
彼が海老を運んで噛み砕く度に、目が蕩ける心地を覚えた。
ばり、ばり。みしり。
彼の口腔が鳴る中に、わたしの一部が確かに落ちている。
彼の視線は箱の中をさまよう。
お米と、玉子と、海老と、お野菜と目移りして、どれも残さずに食べた。
わたしの蛋白質が彼に飲み込まれる。
消化されて血を流れて、お肉に、骨に、内臓に。
彼の思考はそうでなくとも、その肉体はすぐに、わたしと一緒になってくれる。
その事実がわたしの心を震わせた。
想いが溢れて仕方がなかった。
…
プロデューサー。
あなたの体、奪ってしまいますから。
わたしと一緒のお肉になって、わたしの匂いが染み付いて、誰も寄り付かなくなってくれたら。
あなたの理性が毒でどろどろに溶けて、わたしと一心に愛し合ってくれたら。
そうなったら、わたし、すごく嬉しいです。
でないときっと、許せません。
──────── - 32二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 19:54:15
ぞあっ
- 33二次元好きの匿名さん25/09/06(土) 20:00:50
なんちゅう湿気……