Re:見つけましたよ、杏山カズサ 6

  • 11825/09/09(火) 01:49:17

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/09/09(火) 01:50:32
  • 31825/09/09(火) 02:00:06

    -登場人物-
    ■栗村アイリ SUGAR RUSH 30才
     バンド活動を提案した元凶。妖怪キーボード。初めてみんなとお酒を飲んだ日、アマレットにハマり一瓶明け、カウンターをゲロ塗れにした。改造ベースキーボード+シンセ+キーボードはダンスの感覚で弾いているがコピバン殺し構成のため人気の広がりにストップかけている原因。ファンが一番多くグッズはすぐ売り切れる。好きなことをしないなんて人生の浪費だよ。
    ■伊原木ヨシミ SUGAR RUSH 31才
     バンドの方向性を変えた元凶。アナログオカルトギター女。ナツにキレられてもデジタルには絶対しない。シューゲイザーにバカハマりしてからの傾向のため、初期曲は意外とフツー。ファンが頭を撫でてくるのが本当に嫌い。その度蹴散らしてたらファンが減った。グッズが最後まで売れ残る。子供であることをやめるってことは物事に興味を失うってことよ。
    ■柚鳥ナツ SUGAR RUSH 30才
     バンドをテロリストに変貌させた元凶。要塞ドラマー。でも全部使えてるわけじゃない。ぶっちゃけシンバルは10枚もいらないと思っている。”バンドマンは遊ぶもの”として、適当なファンとホテルに入るも何もわからず恥をかかせて罵られ何もせずに解散となり、挙げ句SNSで拡散されて『ファン食いのカス』と炎上し、一番アンチが多い。燃やされる用にグッズが良く売れる。私が成すべきプレイは音楽が導いてくれる。
    ■杏山カズサ SUGAR RUSH 16才
     ボーカル。15年消えていました。

  • 41825/09/09(火) 02:02:44

    -登場人物-
    ■宇沢レイサ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 31才 
     S.C.H.A.L.Eに就職直後、慣れない仕事と、相談できない自分と、もういない先輩と、怖いアケミと、ぜんぜん進展がないカズサ捜索に情緒ぐちゃぐちゃになり毎日部屋で泣いていた。いつの間にか自宅がSUGAR RUSHの避難場所&暴動ライブ後の打ち上げ会場に使われるようになったのでおちおち泣いてもいられなくなった。『セーフハウスでやってくださいよ』と文句を言うと『ナツが”レイサん家の方が狭くて汚くて落ち着く”って言うから』と言われ、真意を理解し、また泣かされる。
    ■エリナ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 23才
     トリニティ支部正規職員。レイサの子飼い。トリニティの支援を受けているが、あくまで独立自治区を宣言しているアリウス出身。神学を修めるためにトリニティのシスターフッドに部活動のみ参加。経典の解釈について誰彼構わず論戦を挑み、らちが明かなければ正式に武力決闘を申し込む辻斬り御免タイプ”だった”。一つ上のシスターフッドの元長と仲が良い。トリニティの怪談”エリナの亡霊”と神秘上で同一人物。

    ■和泉元エイミ S.C.H.A.L.Eミレニアム支部 31才
     ミレニアム校に捜索されているヒマリとリオがどこにいるか唯一知っている人。潜伏場所はミレニアム自治区内。二人がいればいくらでもブレイクスルーが起きるだろうに、”学校には関わらない”の一言で雲隠れし、そのくせ生活に必要なインフラも食材も全部ミレニアムから盗んでいる二人に、ほとほと愛想を尽くしている。ちなみに一緒の空間にいるわけではなく、めっちゃ近いとこで別々に過ごしているのも知っている。バカじゃないの?

  • 51825/09/09(火) 02:04:36

    -登場人物-
    ■小鳥遊ホシノ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
     最近は激しい曲や、きらきらした恋愛ソングが全部同じに聞こえるようになってきた。ちょっと昔に流行った曲を聴くと胸が締め付けられる。これが年を取ることかぁ、と黄昏るも、年を取ることができなかった先輩のためにこの世界の”いろいろ”をちゃんと見て憶えていたい。でも無理はしてない。そういう生き方もいいよね、程度。
    ■十六夜ノノミ カイザーコーポレーション 32才
     砂祭りとアビドス-百鬼夜行間の鉄道事業で返り咲いたネフティスを弄してカイザーを買収させ、そのトップにあっさり座った。ホシノとシロコとアヤネが暗躍済み。親会社のネフティスとはバチバチにやり合っているが、上述の鉄道権利をしっかり握られているので強く出れない。内部は旧カイザーとはまるで違うものの事業は継続・拡大中。PMCだけは離反し、自然消滅したため、スケバンに追いやられていたヘルメット団を正規雇用して一から組み直した。養子縁組している子がいる。
    ■砂狼シロコ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
     さすがに銀行強盗はしなくなった。自転車は続けている。シロコ*テラーと同じぐらいまで髪を伸ばしたら周りからそれとなく『そういう嫌がらせはダメだよ』と言われたけど、区別をしないで欲しいと言ったテラーの言う通り、区別されないためにシロコなりに考えたこと。アイツが”あっちの世界のシロコ”を辞めたのだから、自分もこっちの世界の”砂狼シロコ”を辞めてあげるという理屈。なんだかんだ仲はいい。

  • 61825/09/09(火) 02:09:59

    -登場人物-
    ■シロコ*テラー S.C.H.A.L.Eアビドス支部 33才
     髪の一件には気付いている。泣いてしまったほどうれしかったけど、正直そろそろ短くしたいと思ってる。”自分ってこんな雑だったっけ”と傷んでるシロコの髪を見るたびいつ言おうか悩んでいる。だから事故に見せかけて火をつけようと画策中。自分の世界の廃校対策委員会の命日にはシロコと一緒に砂漠にお花を供えに行く。
    ■黒見セリカ 柴関 31才
     柴関を引き継いだ直後は常連に「味が変わった」と言われ続け、メニューを食べまくり、記憶と実際を擦り合わせていたら2ヶ月で30キロ太った。脅迫的に一日10杯食べることも。過食症気味になってしまったある日、大将が一ヵ月も毎日食べに来て「俺より美味ぇじゃねえか」と常連たちを睨み続けたところ、文句を言う客はいなくなり暴食は落ち着いた。それはそれとして食べるのは好き。
    ■奥空アカネ 柴関 31才
     コンタクトにしたら砂が目に入って地獄を見たので、アビドスに居る限りメガネから逃れられない人生を悲嘆している。みんなに頼られると言えば聞こえがいいけど結局面倒を後輩に押し付けてるだけじゃんと、アビドス支部の中で一番酒量が多い。週末の閉店間際に柴関に行くと泣きながらセリカにクダ巻いてるアヤネが見られる。でも誰もアヤネレベルの仕事ができないから詰んでる。

  • 71825/09/09(火) 02:14:43

    -登場人物-
    ■先生 S.C.H.A.L.E連邦捜査部 40代中ごろ
     S.C.H.A.L.Eが支部化してから本部の”当番制”を廃止しようとしたが、連邦生徒会の方から辞める意味がないと言われ、続けている。ただ、各支部で手伝ってくれた子が内申と公休のために本部も手伝いたいと言ってくれてるだけ、というのはなんとなくわかっていて、ちょっと寂しい。アロナとプラナには今回の一件、すべて説明済み。
    ■狐坂ワカモ S.C.H.A.L.E連邦捜査部 34才
     結局3年留年した。卒業する条件にしたことは、先生から離れる=二度と会えなくなるものだと思い込んでいる。自分をずっとそばに置いてくれているのだからそばに居てもいいというコミュニケーション不全。仕事終わりには一緒に飲みに行くし、休日にも一緒に出掛けたりする。護衛ではなく。話すのはほぼ業務的なものになってしまうけど、その時間が大好き。その時のレシートをファイルにまとめて眺める時間も好き。
     
    ■栗浜アケミ キヴォトス乙女連合 34才
     乙女連合を立ち上げたと同時に、スケバンのための自治区を作ろうと、それまでぼんやりした想いだったものを形にし始めた。レイサに頼まれ、カズサ捜索のために組織したはずがいつのまにかそっちがメインにすり替わっていったことを、幼馴染の副総裁だけがわかっている。ちなみに組織は”目、耳、鼻、口”から成る『アタマ』と”右足、左足、右手、左手”の『ドウ』で構成されている。アケミは”脳”で副総裁は”脊髄”。
    ■タミコ キヴォトス乙女連合 16才
     裏切ったとしてもアケミのことを姐さんと呼び続けようと決めている。世話になったことは実際だし、SUGAR RUSHと関われたのも、自分にこういう選択が訪れる機会を与えてくれたのも、全部アケミのおかげだっていうことは理解している。それはそれとして、いまの傷だらけの体でみんなにちやほやされるのがちょっと嬉しい。主役になった気分。大人の会話の時に置いてかれてるのはちょっとむっとしている。

  • 81825/09/09(火) 02:17:59

    -登場人物-
    ■陸八魔アル 便利屋68 31才
     社長。酒が弱いのを必死に隠しているが、全同世代にはバレている。『ボロが出るからあんまり喋らないで』とカヨコに言われて以降、自分以外の誰かが場にいるときはあまり口を開かないようにしている。おかげで威圧感があると思われ、もろもろがうまくいくようになった。本人はまんざらでもない。内心ドヤってる。『ハルカちゃんにすら舌戦で劣るって言われてるんだよー』とムツキに笑われたときは、酔いつぶれていた。
    ■鬼方カヨコ 便利屋68 33才
     課長。アルが望むアウトローの現場に、アルの性格は絶望的にミスマッチだと判断したから”喋るな”と言った。だいたいの黒い部分はカヨコとムツキが片付けている。『影で支える便利屋68を陰で支える』二重構造が楽しい。STANCE RUSHの初にして唯一の限定配布CD-Rを買えなかったことが地味にコンプレックス。本人たちからもらうのは違うと必死に自分を説得するも、オークションサイトではプレ値がついてとんでもないことになっているので悲しい目をしている。出品者はSTANCE RUSHのメンバーだと言うことは知らない。
    ■浅黄ムツキ 便利屋68 32才
     室長。ハルカと共にゲヘナ退学組。音楽にはそんなに興味がない。けど、流行り曲はSNSをひたすら漁ってリサーチ済み。これに付いていけなくなったらいよいよ終わりだと思っている。若くいることが全てではないと理解しつつ、それでも抗うこともまた”きらきら”の一つだと思っている。ちなみに20代はエナドリとお酒をぶち込みながら必死に仕事をしていた。それもいい思い出。クラウドストレージは最大で契約している。写真や動画がたくさんあるから。
    ■伊草ハルカ 便利屋68 31才
     平社員。ムツキと共にゲヘナ退学組。夢中を歩み続ける現実が自分の人生だと、20の誕生日に飲み下してからちょっと自信を持てた。毎年貰っている誕生日プレゼントの包装はレジンで固めて暗所で保存している。雑草趣味はもうないけど、その代わり誰かをお世話したい欲がものすごい。アルに貰った給料でアルたちに料理を振る舞うのが趣味。給料はすべて便利屋メンバーへの奉仕に消える。でもそれ以上のお返しが返ってきていることに微妙に気づいていない。

  • 91825/09/09(火) 02:19:57

    -登場人物-
    ■ミツル STANCE RUSH 24才
     SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ベース。音楽に興味のない優等生だったけれど、中学の頃にシュガラのゲリラライブに遭い、清楚な長い髪を振り乱し、汗を飛ばして叫ぶアイリに目を奪われ。そして生まれて初めて”音を浴びる”という経験をしてからずっぽり。その日のうちにディグり、”SUGAR RUSHの存在意義”を知り。トリニティにまで行って資料を漁って、”初代SUGAR RUSH”に行きつき、アイリのわけわからん楽器構成の意味を理解して、彼女が目指すベーシストを目指すことに決めた。いつか代わりにベースやらせてくれないかな、なんて思いながら。受験失敗して望みの高校に入れなかったので、バンド一本に突っ走ってるうちに停学→退学。
    ■ツキカ STANCE RUSH 24才
     SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ギター。弾き語り界隈勢。絶望ジャイアン。自分の配信が晒されていることに気付いてビビって音楽ができなくなっていたところ、路上でベースをストロークして歌うミツルを見た。指さされ、笑われながらも毅然と『私は今、音楽しているんです』と言い放ったミツルに、野次をぶちのめし、その場でバンド結成を持ちかける。SUGAR RUSHはミツル経由でファンになっている。ミツルと同じ時期に、いっしょに退学。
    ■コウ STANCE RUSH 23才
     SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ドラム。ナツのカルトファン。ライブで毎回『抱いて捨てて』というボードを持っているのでナツは認知しているし、炎上を思い出して胃が痛くなるので辞めて欲しいと思われている。いわゆる”どもり”で小さい頃から虐められていたが、雑誌で見たナツのわけわからん根拠のない自信に憧れ、河川敷でドラム……ではなくナツの真似事をしていたところ、練習に来たミツルとツキカに見つかり、人生で初めて”友だち”ができる。それもこれもナツのおかげ。『ヴァンデ』はレア曲として好き。実は歌わせたら一番うまい。ミツルと同じ時期に、いっしょに退学。

  • 101825/09/09(火) 02:22:16










    (区切り用)

  • 11二次元好きの匿名さん25/09/09(火) 11:15:54

    ほしゅ

  • 12二次元好きの匿名さん25/09/09(火) 18:27:09

    ナツがアホみたいな理由で炎上しとるw

  • 13二次元好きの匿名さん25/09/09(火) 23:52:10

    ノノミの養子縁組気になりすぎる

  • 141825/09/10(水) 07:31:22


    (柚鳥カス……ふふふ)
    (なお相手は学生だったのでアイリに泣かされるほど怒られてヨシミにギターフルスイングされて謝罪動画出しました)
    (なにもできなかったのに)
    (それがトラウマになってファンとの接し方は一番慎重)

    (養子縁組は……)
    (砂漠に埋もれたエリアの復興事業の調査をしたときに出会った子で)
    (出会った当初は素性も名前も記憶もない、栄養失調で死にかけた10才にもならないような子でした。今は小学5年ぐらい)
    (それから”そういう子”がたまに見つかるようになったので、ネフティスと共同出資で孤児院のようなものも運営していたり、S.C.H.A.L.E案件としてシロコが中心の調査チームが組まれてたり)
    (なおこのお話には関わりません)

  • 15二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 16:28:13

    シュガラの面々の説明のクセよ
    アイリは納得だし、何やってんだナツゥ!!
    ヨシミのグッズは売れ残るのか……

  • 161825/09/10(水) 16:31:17

    >>(https://bbs.animanch.com/board/5467197/?res=187)


    「アケミさんの件は計画通りで行きます。このままでたぶん解決するでしょう。ティーパーティは流れさえ作ってしまえば動いてくれますので」


     昼から日が暮れるまで。ハルカさんといっしょに、アビドス支部、便利屋68、タミコに、目玉が飛び出るほど驚いた、まさかのワカモを交えた会議を終えた宇沢は、地図をゆっくり広げながら言った。ハルカさんは帰宅早々。わたしたちのご飯を作るために、厨房に籠っている。


     アナログの紙地図。スマホのマップ使えばいいじゃん、と借りているナツのスマホを取り出したけど。「全体が見られないので不便です」と宇沢に言われた。なるほど。なるほど? 無益な情報を見ていると思いつくこともあるんです、らしい。よくわからん。


    「先生は?」


     アイリが言う。お風呂上がりの長い髪をぽふぽふとタオルで挟みながら。すこしきしきしになると不評なシャンプー。なのにコンディション落ちないのが謎、と毛先を持ち上げ複雑な顔をしていたのも、もう数日前。

     

    「ワカモさんに話聞けたんでしょ。ていうかなんでワカモさんがアビドスに寝返ってたのよ。正直いちばん気になるわ」


    「寝返ったわけではありませんが……。うぅん。結局わからずじまいです」眉根を寄せ。目を瞑り、煮え切らない返答。「でも……これはこれで確信が持てたのはいいこと、と言うのがありまして」


    「なにが?」


    「ぜんぶ先生の独断です。現状、ワカモさんを含め、誰の賛同も得ていません。この分ならヴァルキューレとSRTは揺らせば剥がせます。そちらは各支部が工作してくれるみたいですし。自治区単位ではちょっと難しいかもしれませんが、当日はアビドス支部が動いてくれるとお約束いただきましたので、戦力としては申し分ありません」


     ビール缶を一口すすったナツは、ちいさくげっぷをして、言った。


    「ワカモさんが賛同してない? それマジ?」


    「マジです。というか先生に対して愚痴をこぼすワカモさんなんてみなさん見たことないので、大盛り上がりでした。先生がいない場でお酒飲んでるのも初めて見ましたし」


    「うわ、めっちゃ聞きたいわ、ワカモさんの愚痴」

  • 171825/09/10(水) 16:34:26








    (見返したらアヤネが所属柴関になっとるやん……)
    (”S.C.H.A.L.Eアビドス支部”です、脳内補完よろしくです)

  • 18二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 00:13:26

    ワクワクしちゃうね

  • 19二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 06:42:17

    ワカモがそうなるなんて、よっぽど

  • 20二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 14:16:00

    普段本音を聞けない人の本音ってなんか楽しいよね

  • 211825/09/11(木) 16:17:18

     そんな気はしてた。あの場で。あの場から逃げるとき。私の耳にささやいた言葉。ばれないようにこっそりと。そうだ。思い出した。『なんちゃら様に会いなさい』とか言われたっけ。こいつらの知り合いなのかどうなのか。音としてはこいつらの口から聞いている気もする。勘違いかも、思い過ごしかもしれない。

     そもそもなんの繋がりでその人に会わなくちゃいけないのか。なんで会えって言ってきたのか。なんもわからない。ていうかなに様だっけ。

     ……。
     
     ああ。そうそう。

     クズノハ様だ。

    「いやまあ、些細なことです。コーンスープのコーンを抜いて飲むのはどうかと思うとか、レシートでハンバーガーみたいになった財布を整理して欲しいとか。ともあれワカモさんには”目的を遂行していただき”本部に戻っていただきました。たぶんこれから、各支部へも向かうと思います。先生から言われたのは、そういう内容だったみたいで」

     私の知らない先生の情報。いや。そんなことは。

     ……どうでもいいし。

     心を誤魔化すわけではないけれど。つい口を衝いて出た。

    「せっかく捕まえたのに。あのオバサンがいないだけで、私たちの計画ってかなり楽になるんじゃないの? あ、もしかして、その各支部に行かせる理由が先生から遠ざけるため?」

     ストローから。ウーロン茶をちゅっと吸った宇沢は、一つ咳払いをして。「いろいろ事情があるんです」と。笑う。

    「ワカモさんが滞りなく目的が遂行できるよう、各支部に通達していただきました。あの資料を集める理由もよくわかりません。ウチの支部にもありましたが、今となっては埃に埋もれていたものですし。……杏山カズサが言うことがもっとも、かもしれません。もしかすると先生はワカモさんを、今回の一件から遠ざけたいのかも、とすら思います。ともあれワカモさんは味方にはなりませんが、敵ではない。これがわかっただけ、会議は有意義なものでしたよ」

     明るい顔で言う宇沢に。私は唾を吐きたくなる。だめじゃん、って。

     もちろん。ナツも。あの場で先生に対し、強烈に噛みついたナツも。同じことを思っているに違いない。眉根を寄せて。私にスティックを投げつける時と同じ顔をしている。

    「でもさ」私は言う。「私たちはワカモを泣かせないと気が済まない。先生を一発ぶんなぐってやらなきゃ終われない。でしょ?」

  • 221825/09/11(木) 16:29:28

     そのとーり!

     げっぷと一緒にナツが言う。アイリが楽し気に吠える。ヨシミがテーブルを叩く。

     どんな理由があれ、だ。私の友だちを二人も大怪我させた責任は取ってもらう。宇沢をボッコボコにした責任を。タミコに火傷を負わせた責任を。取らせてやる。殴るのは決定として。あとは……。先生ならなにを嫌がるだろう。あんな。あんなおぞましい光景を見せつけて来て、嫌がらせ染みたことをしてきた先生には、何を。

     当日は、そんなことにいちいち時間取ってらんないし、パパっとできることがいい。これは私の宿題だな。

     くすぐったそうに身をよじって「ありがとうございます」と笑った宇沢は。

     鼻から息を吸い。言った。

    「今夜中に計画を詳細まで詰めてしまいたいです。ミレニアム支部からの悲鳴もありますので。そちらは」私をちらりと見た。「どんな感じです?」

     なので。
     
     ふふん。

     指を三本立てる。

    「大惨事ですか?」

    「……ちがうっての」

    「調子いいのよ。ハード系得意みたい」

     よいしょ、と立ち上がったヨシミは。浴衣の合わせ目に扇風機の風を入れながら、八重歯を見せる。「三曲連続合格。さすがは”キャスパリーグ”の面目躍如って感じね」。石鹸の匂いが部屋中に広がっていく。

    「それ関係なくない!?」

  • 231825/09/11(木) 16:36:10

    「ううん。関係あるんだよ。結局さ。こういうのって、自分にどういう風に重ねるかってものだもん。私たちの意図とは関係なく。カズサちゃんの経験が、私たちの感じていたものに今、ぴったり乗ってる。あれならちゃんと”誰か”を飲み込むことができるよ」

     アイリはある程度水気を拭きとった髪を、テーブルの上に置いてあった割りばしで差し、捻り、まとめ上げた。ふるふると軽く頭を振って。具合を見ている。

     重そうなお団子。しっとり濡れて。濡れ羽色。

     誰かを飲み込むことができる。なんか。そういう言われ方するの。ちょっと照れるかも。

     でも、勘違いしているみたい。経験とかそんなんじゃない。攻撃的な音楽だからやりやすい、ってわけじゃない。

     優しい詞なのにやけくそ気味にかき鳴らされるギターとか。不屈で前向きな詞なのに音数少なくピアノだけが鳴るとか。切ない詞なのに大暴れするドラムとか。全部ぶっ飛ばすような詞でバラードみたいな曲調とか。音楽のジャンルとかを理解できたとかではなくて。

     冷静な部分と。感情的な部分と。

     こいつらの”感情”を。感じることができるようになったから、だと思う。それこそ。曲を作っていたときのこいつらを。なんていうかな。後ろから覗き込んでる気がするんだよね。そのときどんな顔してたとか。どんな服装してたとか。どんな髪型で、それがどこで、何時ごろだったのか、とか。ぜんぜんわかんないし、妄想なんだけど。

     歌ってるときは、そんな光景が頭の裏っ側に出てくるようになったんだよ。それを補ってくれるのがノートの落書き。正直最近は歌詞を覚えるよりも、イメージを作るのに力を注いでる。

     こいつらが何を届けたかったのか。誰に。何を。意外とさ。……モヤったりもする。けど、なんか。逆に嬉しかったりもする。

     みんなはなんだかんだ、みんなとして生きてたんだろうなって。理解できたから。

    「怒りこそが暴猫キャスパリーグの本質! ああ、衝動の体現たるパンクに倦怠を原動力として破壊を望むグランジはまさに”杏山カズサ”そのものだ!」

    「あ”? あんた明日私のランニング付き合え。決定。立ち止まったらお尻蹴っ飛ばしてあげる」

    「断る!!」

  • 241825/09/12(金) 00:40:43







    (うひぇ……保守)

  • 251825/09/12(金) 08:00:38







    (豆腐ぅ……嫌いじゃないけど食べ続けると、んあーっってなりますね)
    (保守)

  • 261825/09/12(金) 16:30:46

    「『ヴァンデ』は……えと、そのぉ……。何か考えよっか。たぶん、カズサちゃんにはあんまり合わないのかも……」

    「いいよあとで犯されてくるからさあ……」

    「冗談だよぉ! ごーめーんーっ」

     まとわりついてくるアイリを畳に転がして。私の代わりに、ヨシミが。私たちの進捗を。主に私が、胸をなでおろす言葉を出した。

    「ま、そんなわけだから。こっちは順調。楽隊用の楽譜もできた。経験者なら見れば吹けるし叩けるレベルのものがね」

    「では」宇沢がゆっくりと。少し顔をゆがませながら、テーブルの上に腕を乗せる。「当日になって『あれやっとけばよかった』とか無いように、しっかりと――」

    「なに言ってんのよ」

     ヨシミは腕を組み。
     
     どすんと座布団に尻を落として。唇を吊り上げて言う。

    「やり切って終わっちゃうなんて寂しくない? 今まで伸ばしてた手を引っ込めて終わるなんて、それこそいちばんダッサいわ。いいのよ、未練たらたらで」

    「だねぇ」

     めこめことビールの空き缶を潰しながら。ナツが薄く笑った。「カズサが帰って来て目標達成なんて、そんなわけないし?」

  • 27二次元好きの匿名さん25/09/12(金) 16:31:53

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  • 28二次元好きの匿名さん25/09/12(金) 23:11:21

    別れへのカウントダウンだもんな

  • 29二次元好きの匿名さん25/09/12(金) 23:25:24

    仕方ない事だけども、正直カズサは一人になってどう生きていけばいいのって話よな
    そういう部分もあって先生は色々とやろうとしてるんだろうけどさ

  • 301825/09/12(金) 23:35:07

    「そのために、”まずは”」

     まずは。アイリが言った。

     ”まずは”。その先がないと言われたアイリ達。ぽっきり折れてしまった道。その終点。解散ライブを。”まずは”と言う。アイリの言い方に、胸の奥のとこがぎゅうっと握られたような気がした。みんなはやる気だけど。その先をほんとは見たいけど。だって、いくら先を見ないようにしていたってさ。

     前に吐き出された酒臭い言葉。『レイサのために死んでくれる?』って。お酒でいきおい付けて、きっと、ムリヤリ出した言葉。そのアンサーとしての、”まずは”。

     みんなが見る”先”は自分たちのものじゃない。

    「成功させなきゃだからね!」

     難しいことなんかなんにもわかんないのに、ない頭を使って、なにもかもを丸く収めようとしているこの計画。理想論。理想郷。それこそ子どもが考えるようなみんなが幸せになるための方法。自分たちの”今まで”を使って、”これから”の種になるために。
     
     最後まで。最期まで。手を伸ばし続けたい、満たされたくないと言ったヨシミは。「成功させるじゃなくて、成功するのよ。うちらがやるんだから」と、鼻から息を漏らして。地図を叩く。
     
    「トリニティをサウィン祭のかがり火にしてやりましょ! ほいじゃまず、STANCE RUSHだけど、前日から動いてもらって――」
     
     地図のポイントポイントを示し。下書きだった絵に色が乗っていく。聞いたことのない通り。知ってる通り。景色を見ればわかるだろうに、平面で著されるとピンとこない、慣れ親しんだトリニティ総合学園の学区。

     ふんふんと真剣な顔をしている宇沢はどこか。……いいや。どこかどころではなく。たぶん、だれも気付かないふりをするほどに。

     絵が完成に近づいていくにつれ。寂しそうな表情が、漏れていた。

  • 311825/09/12(金) 23:37:25









    (ごめんなさい)

    (×サティン祭)
    (〇サウィン祭)

    (だったので、修正がてらちょっと加筆しました。間延びしただけで内容は変わらないです(!))

  • 321825/09/13(土) 00:11:54


    (この打ち合わせはレイサが一番辛い)
    ------
    (学籍はともかく、宇沢がいるからひとりぼっちにはならない。みんなそれわかってるから誰もカズサがひとりになる心配はしてなかったり……)
    (実は前スレで、一緒に就活しよっか的な冗談飛ばせる程度には、適当に生きていこうとする意志がある能天気。で、当たり前のように宇沢と一緒に居る気のカズサ)

    (学籍持たなくても各自治区で保護条例が出来てたり(アケミがブチギレてたやつ)、仕事斡旋してくれるノノミの会社があったり、もちろんそうなれば他の企業も同じようなことするでしょうし……)
    (現在のキヴォトスよりは、学生じゃなくても生きやすい世界にはなっているはず)

    (ふふふ……。しかし、良きところ見て下さってありがとうございます)

  • 331825/09/13(土) 08:43:58


    (ほっしん)

  • 341825/09/13(土) 16:26:03

    ■D-Day -7

     1週間。あと1週間。

     7日。月火水木金土日。24かけ7で168時間。何分だろ。何秒?

     日曜日を引きずった月曜日。早くもだるさが出てくる火曜日。心を閉ざして水曜日を終えて。木曜日に湧き出る”あとちょっと”。金曜日の放課後の解放感。たまった家事を土曜に片付けて。日曜日に楽しいこと、全部やる。

     それで1週間。たった1週間。日曜日が終わればまた月曜日が来て。放課後に1日の愚痴を持ち寄って甘いものを食べてぜんぶぶっ飛ばす5日とたった2日の楽しみ。そうして終わっていくたったの7日間。

     ないなぁ。現実味ってやつ。

    「……ほら水」

     汲んできた湧き水。水路に掛かる橋に座り込んで、勢いのいい水の流れを、そのまま頭突っ込むんじゃないかってぐらい前のめりに見ていたナツは。それこそ真っ青な顔をして、首肯した。

    「ひぃ――きひぃ――ぅぁ――ぇい――」

    「運動不足め」

     山靄が出ている。動いてないと寒いとすら感じる中でだらだらと汗を流し、途中まで着ていたジャージを地面に投げ広げ。ばちんばちんと太腿を叩いていたナツはがぶがぶと。口の端から零れるのもかまわずに、ペットボトルの底を空に向ける。

    「あんま飲むとお腹痛くなるぞー」

     んっ、んっ、ごぶっ。んっ。

    「――ぷぁあ!! はぁー、はぁっ。あー!! しんどいってぇ!!」

     ナツの叫びはわかりづらいやまびこを返し。水の流れる音に消された。

  • 35二次元好きの匿名さん25/09/14(日) 00:31:20

    切羽詰まってる時の「あと〜時間(日)」って、長いような短いような
    気づけば一瞬で過ぎてる

  • 36二次元好きの匿名さん25/09/14(日) 08:12:16

    だからこそ一生懸命に

  • 37二次元好きの匿名さん25/09/14(日) 13:51:33

    10代と30代の体力差舐めちゃダメだよカズサ

  • 38二次元好きの匿名さん25/09/14(日) 23:01:49

    >>32

    一人ぼっちは、辛いよね

  • 39二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 05:39:32

    1に練習、2に練習
    3に覚悟を山盛りで

  • 40二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 13:36:26

    保守

  • 411825/09/15(月) 15:48:13


    (すんません、PCがアホほど調子が悪うござんした)
    (すぐ電源落ちちゃう)
    (とりあ対処法見つけたのでご容赦願いますん)

  • 42二次元好きの匿名さん25/09/16(火) 00:01:00

    保守

  • 43二次元好きの匿名さん25/09/16(火) 07:53:52

    これまでは何となしに過ごしていた1週間の重み

  • 44二次元好きの匿名さん25/09/16(火) 15:58:32

    >>41

    パソコンの不調はツライね

  • 451825/09/16(火) 16:29:30

     満タンまで汲んできた水はあっという間にからっぽ。そのままばたんと仰向けになったナツの手から零れたペットボトルがからんからん、若干の勾配を転がっていく。「泥つくよ」って言っても。べっこんべっこん膨らんではしぼむお腹がそんなこと知るかと言っている。ような気がする。

     走り始め1キロで音を上げ始めたからペース落としてやったのに。180から140。140から50。測定不能。もはや徒歩。ていうか徒歩。なんのために朝早くに走ってると思ってんだ。これじゃあ帰るの昼になっちゃうじゃん。

     ……二度目はないな。邪魔。

     もう一度水を汲んで戻ってきたら案の定。地面に汗染み、背中と頭に泥と枯葉を付けて、腕をさすりながら座っていた。放棄された畑の方に顔を向けて。なんかあるのかと思っても、名前も知らない背の高い雑草がわっさり絡まりあってるだけ。若干枯れているものもある。目を凝らせば緑色の園芸支柱が。斜めって飛び出している。

     ナツの視線の先を見ながら水を飲んだ。ほとんど歩いてたから息なんて上がるわけがない。実際走ったの、最初と最後の、合わせ2キロ未満だし。

    「ドラマーだって体力仕事でしょ。1キロも走れないって事実に震えとけな?」

     私にいーっと歯を剥きだしたナツは、もう汚れてんだし、とでもいうように。またばたりと空を仰ぐ。小さく鳴るシルバーとブラックのピアス。汗の跡の残る頬。

     瀬世良ぎとは言い難い流水。聞いたこともない鳥の声。

     信じらんないよなあ。

     隣で寝そべって心地よさそうに目を閉じているナツを見る。

     いなくなるんだってってさ。こいつ。

     すうっと息を吸い込んだナツは、それが息を整える最後の一手。深く深く。肺の中身をすべて吐き出して、言った。

    「ずっとあのペースで走ってんの?」

    「んなわけないじゃん。あんなゆっくりペースじゃ走る方が疲れるもん」

    「じゃなくて、最初の。あれ、テンポ180だよね」

  • 461825/09/16(火) 16:36:14

     さすがドラマー。

     途中で止めた50に設定してたテンポを180に戻して、再生する。クリック音が万籟に混ざる。「せいかーい」と言うと、180の意図すら。ナツは言い当てる。

    「走るのビビって逆にもっちりし過ぎ。うちらはリズム隊とはいえ、カズサのミスはこっちで拾ってあげられるんだから、もっと感情的になっていいよ。ていうか、あんなん走るペースじゃないって……」

    「うぐ……」

    「あのね? カズサは完璧じゃなくてもいいんだよ。私だってカンペキじゃないけど、私に合ってればまとまる。”彩りキャンパス”においては特にね。ベース音が前に出てるんだもん。若干走ってても、それだって味。感情で片付けられる範囲なら、合わせてあげるからさ」

     ん、と伸ばされた手。いや。私も座ってるから。

     だから胸倉掴んで引き起こした。「おおっ!?」勢いつけ過ぎて水路に落ちかけたのを襟首掴んで調整。ごめん。力加減間違えた。

    「味で収まる程度なら……いいんですけどね……」

     胸をなでおろすナツに言う。

    「歌ぐらいなら、って思ってコレだし。正直、差にビビってる」

    「にしし。”ぐらいなら”って思ってたんだったら、だろうねぇ」

    「……マジで。音に突き飛ばされるって感覚初めて感じた」

    「物理的にお尻だって蹴っ飛ばされてるもんね。機材揃ってない今でそう思うなら、本番覚悟しろー」

     背中に付いた、泥になった砂をぱんぱん叩いたナツは、後ろ手を突いて笑った。

     アイリの声がずっと耳元で鳴っている。『いくらおっきな声出したって誰にも届かないよ』。

  • 47二次元好きの匿名さん25/09/16(火) 23:35:17

    そら15年の時間と気持ちの差だもんな

  • 48二次元好きの匿名さん25/09/17(水) 04:56:51

    もっと、もっと、遠くまで声を張り上げろぉ!

  • 49二次元好きの匿名さん25/09/17(水) 06:45:38

    届かせるのは声か気持ちか

  • 501825/09/17(水) 15:39:36


    (よるまでほ)

  • 51二次元好きの匿名さん25/09/17(水) 22:56:33

    保守

  • 52二次元好きの匿名さん25/09/18(木) 05:21:56

    「いなくなる」って言葉、普通に言ってるようにも見えるけど、かつての追憶も混ざってるようにも聞こえてグッとくる

  • 53保守25/09/18(木) 13:39:36

    保守

  • 541825/09/18(木) 16:30:29

     ボリュームを上げるとか、ピックを使うとかじゃない。意識の差。経験の差。仕方ないこととは思いつつ、こうして目と耳と体に響く振動で、体全体で感じると、如実で。

     瀬世良ぎとは言い難い流水。聞いたこともない鳥の声。万籟に浮くクリック音。

     水を飲む。冷たい。

     誰もいない。誰もいない山間。空、遠く。

    「……」

     アホみたいに口を開け目を眇めて遠い空を見あげるナツのピアスが鈍く光っている。乱れて濡れ束になった毛先。桃の実みたいなピンクとクリーム色の髪が、重そうにそよぐ。

    「ナツってカヨコさんにかなり影響受けてたりする?」

    「……んー。わかる? やっぱ」

    「そりゃね」

     すこし肌寒くなってきた。着ていたジャージのチャックを首元まで閉めた。ナツも。ジャージを肩掛けに羽織り、体を縮める。

    「ナツは変わったよ」

     いちばん変わったのは宇沢だけどねと付け加えるとナツは「どうだろね。レイサはレイサで変わんない気がする」と、忍び笑った。

     腕にはスジが浮き出ていて、肩もがっちりしている。両腕を振り回しているんだから当たり前っちゃ当たり前。

     笑いながらナツは、言った。

    「自覚あるよ。私が変わったってのは」

  • 551825/09/18(木) 16:32:38

     私の手からペットボトルを奪ってじゃこじゃこ振って一口飲んだナツは。「寒いから帰ろー」と言って立ち上がった。私も。立ち上がって、手に付いた砂を叩き、ナツの泥だらけの背中を追う。

     山風に背中を押されて林道を抜け。刈り取りが終わって乾いた田んぼにトラクター。その後ろに、白いおっきな鳥が後を追って、時折地面をつついている。

     じゃり。じゃり。

     ……いや、平然と歩いてるけど、ランニングは片道で終わりじゃないんだけどなぁ。

     ま、いっか。あんまムリさせ過ぎて練習できなくなったら、それこそコトだ。今日は体を休める日と割り切ろう。とはいえ午前の練習間に合わないぞこれ。怒られても知らないからな。

    「スマホ貸してー」

    「貸してってか、あんたのだし」

     ポケットから取り出したスマホ。画面が少し汗で曇っていたから、ごしごし擦って渡す。

     何タップかで流れるメロディ。ラジオで聞いてるような古めかしいエレキギターの音。同じメロディがひたすら繰り返され――急に。クリアなアコースティックギターが、同じようなメロディを、追っかけるようにつま弾かれ……。掠れた男声が鳴った。

     キタキタしたトラクターの音を遠くに聞きながら。感傷的な曲が、ナツの手に掴まれたスマホから流れている。アタマに入れるわけでもなく。耳に入ってくる音を、ただ音として聴きながら歩いた。

    「これねー。カヨコさんに初めて教えてもらった曲」

    「へぇ。なんかあの人の見た目っぽくないね。しっとりしてるっていうか……。何言ってるかぜんぜんわかんないや」

     天国と地獄がどう違うか? 青空と痛みがどう違うか?

     問いかけるような詞はやがて”あなた”を詰問するように。

     そして最終的には”きみが居てくれたらいいのに”と。結ばれ。曲は終わった。

  • 561825/09/18(木) 16:37:17

    「最初は慰めてくれてるのかなって思ったものだよ。これ、”きみに居て欲しい”って曲だから」

    「……そこだけ聴けばそうだけど、歌詞はわけわかんないかも。なんかナツっぽい。――昔の」

     私の言葉にむっとした顔を見せたナツは、でも「私もー。ぜんぜんわかんなかった」と歯を見せた。

     ナツは変わった。宇沢の違和感の次ぐらいにすぐに感じたこと。サイドテールが無くなってたのもそう。あのぽやぽや顔のまま、見た目はひどく攻撃的。実際の体力はともかく、ぷにぷにしてた体は良く締まり。パンキッシュなスタイルに体を合わせて。それでいてなにより……。

     話が通じる。変な言い回しあんまりしないし、ロマンだロックだを鳴き声のように出さないし。

     田んぼのほうに目線をやりながら話すナツがコケそうになったからジャージの裾を引っ掴む。ぼんやりと。遠くをみるような目つきで、相変わらず余所見をして歩くので、私はそのまま、裾を引っ張ったまま、横を歩いた。

    「病んでたんだよねーあん時。ぜんいん病んでた。カズサを探し始めて1,2年の間ってさ、やる気にまみれてぎらぎらできたもんだけど、3年目はいろいろ考えちゃった。壁に貼った目標がいろんなものに埋もれて行くたび、なにしてんのかわかんなくなって。なぁーんも進展なかったからね。ほんとにこのままでいいの? なにか違うやり方があるんじゃないの? それに」

     もう見つからないんじゃないの? って。

     詰まった物言い。

     この”実際”を聞くことは私にとっても。重要なことだ。ナツもだからこそ、話してくれてると思う。

     3年。19才の頃に作ったという『ヴァンデ』の直後か、ちょっと前。迷走してたってぼそって言ってた時期の話。

    「ヨシミとつかみ合いのケンカもしたし、アイリを泣かした。ほんとあんとき私ダメダメだった。レイサん家に入り浸って、ぐっちゃぐちゃに八つ当たりして。私が居なけりゃライブできないんだからザマアミローなんて」

    「クソ野郎じゃん。アイリ泣かせたあたり特に」

    「ひひっ。弾倉ひとつぶんぶち込まれてチャラってことになってるからだいじょーぶ」

     なんの説得力もないVサインが私に向けられた。だいじょーぶ、か? それ。やりそうっちゃやりそう。怒らせたら一番怖いのが相変わらずっぽいのは、なんとなく。

  • 57二次元好きの匿名さん25/09/18(木) 23:26:38

    吹っ切れるまでは色々あっただろうなぁ

  • 58二次元好きの匿名さん25/09/19(金) 02:49:54

    きっと変化だって悪いことばかりではない
    それはそれとして、ナツってばアイリ泣かせてんの……

  • 59二次元好きの匿名さん25/09/19(金) 11:40:32

    レイサん家っていう逃げ場がなかったら大変だったろうな

  • 601825/09/19(金) 16:10:11

     田んぼの中に鬱蒼と茂る森。床に落としたブロッコリーみたいな異質。ぼろぼろの鳥居。傾いた社殿。轍に潦。「そこ水たまり」と私が言うと、ほいっと片足でくぼみを飛び越える。裾を掴んでいた手が離れた。

    「そんなんが1ヶ月以上……2ヶ月ぐらいだったかな? 食っちゃ寝して肌はぼろぼろ髪はぎとぎと。 お風呂も入らない。”このままカズサを追うか”、”やめるか”。そんなこと考えてる自分が気持ち悪くて気持ち悪くて、なのに起きてる間はそれしか考えらんなくて。そんな生活してたら、だんだん外に出るのすら怖くなるもんでね。だから、外の匂いを持ってくるレイサがイヤで、仕事から帰ってくるたび当たってたら、帰って来なくなっちゃった」

     レイサん家なのにねぇ。恥ずかしそうにナツが笑う。

    『ヴァンデ』が出来る前にもオリジナルは、ある。彩りキャンパスをなぞったような明るくかわいいポップロック。いい曲だと思うし、ウケもいいだろうなっていうのが素人耳にもわかった曲。3曲連続で合格をもらった昨日のうちの2曲は、それだ。歌いやすい。というか言われたのも『まあ、いいんじゃない?』なんて。他人事みたいに。

     まあ、その後の激歪ギターの曲で一気にハードさは増したが。なんとか合格をもぎ取れたのは、前日の悔しさの残り火があったおかげ。だから、2曲の”他人事合格”は、拍子抜けした。

    「……」

     よく知らないけど。

     その頃のナツって。……うつ病、みたいな。そういう状態、だったとか。

     信じられん。いや信じられん。そういうのからいちばん遠いヤツだって思ってた。

    「ぶっちゃけさ。私らって付き合い浅いじゃん?」

    「入学してからだしね」事前にアイリを見かけていたことはナイショ。べつに。話したわけでもないし。

     だからこそ驚いたわけで。よりどころにしていた私にも。探してくれていたみんなにも。

    「ひどいこと言うね。――私の結論は『探すのやめる』だった」

    「……私からはなんとも。それが当たり前とは、思うよ」

    「長い人生をたった数か月いっしょだった人のために使うとか、正気の沙汰じゃない。レイサはわかるよ。中学の頃からカズサを知ってたし。でもみんなは違う。私も違った。転校しちゃって悲しいねで済ませられる程度だよね、って。思った」

  • 611825/09/20(土) 01:14:48










    (ほしゅ)

  • 62二次元好きの匿名さん25/09/20(土) 05:54:49

    友人の内の一人が居なくなった
    それでもこれだけ
    されどもこれだけ

  • 63二次元好きの匿名さん25/09/20(土) 13:54:15

    保守

  • 641825/09/20(土) 16:09:31

     言い回しがバグってただけで、頭がよく回るのはたしか。私らの中ではいちばんの頭脳派。それはあの頃からそうだった。ふわふわしたロマンなんてものを求めていたヤツが辿り着いた現実。最も遠いものかと思いきや、ただの表裏。ナツの結論は、或る意味。わかりやすい。

     私の3歩前を、かかとを引きずりながら歩くナツのジャージの背中に、細くて長い茎の青々しい草がくっついている。

    「みんなにモモトークでそれ伝えようって。ぶるぶる震える手で、あと送信ボタンをタップするだけってときに部屋の鍵が開いてさ。ずかずかと入ってきたわけよ。カヨコさんが。コンビニ袋提げて」

     私は。

     私は、口を開こうとして、やめた。いつからカヨコさんと知り合いなんだろうとか、よくよく考えれば聞いたことがない。いつから便利屋と知り合ったのか。こんなに信頼関係を築くぐらいの時間はあったということ。ワカモさんといつ知り合ったんだろうとか。『貴女よりも』長い付き合いですから』と言われるぐらいの時間があったということ。

     アビドス支部ともそう。今回参加してくれるっていう、STANCE RUSHの人たちも。みんなの人生は私のせいで縛ってしまったけれど。そんなのは思い上がりでしかない。

     楽曲からもたしかに見えていた。見えるようになった。なんだかんだ、みんなはみんなとして生きて来たんだろうなって。それがこれ。それがあの曲たち。私を探す歌っていうのはその通りだけど――。

     あの歌たちは、みんなの歌でもあった。そのせいでちょっとモヤったってか……うえっ。あーそう。嫉妬! しました!

    「レイサって、毎日わたしにご飯持ってきてくれてたから、なんかあったのかなって一瞬よぎったけど、違った。カヨコさんはそのまま私の体臭で臭い部屋で、勝手にコンポ点けて『このアルバム知ってる? 4曲目がヤバいから聴いてみ』って。こっちはわけわかんないよ。わけわかんないまま曲聴いて。聴いてもわけわかんないし。持ってきてくれた炭酸が2本あったけど私は飲めなかった。カヨコさんが纏う外の匂いが濃すぎて吐きそうだったし」

    「それがこの曲なんだ?」

  • 651825/09/20(土) 16:12:04

    「そ。4曲目が”きみに居て欲しい”。一応知り合ってはいたけど、そういう風に直接、曲を勧められたのは初めてで……。とりあえずご飯行こうよって誘われて、ぼんやりしたまま車に乗せられて、気付いたらあのセーフハウス。したらもうボッコボコ。臭いって言われて、庭仕事用のホースで水浴びせられてさあ。冬だよその時。あとから聞いたら『私の部屋を占拠して立て籠もってる干物女がいるから追い出してください』って依頼だったって笑われた」

    「あははっ」

     さしものナツも年上の、しかも夜道で向こうから歩いて来たら目を逸らしたくなるようなガラの悪い人には蛇に睨まれた蛙らしい。黙ってたらカヨコさん、マジで怖いもんね。目つきも雰囲気も。

     ちょっと先に停まっていた軽トラックに人が乗り込み。ブレーキランプがついた。
     ナツは「お、らっきぃ」と小さく呟いて。手を振りながら、軽トラに小走りに駆け寄っていく。運転席から漏れてる犬人の片腕はごっつくて。煙草のもゆもゆした煙を、風に靡かせていた。

     一言二言話したあと、ナツはあろうことかその煙草をもぎ取り、一口吸って。私を手招きする。

    「旅館まで乗せてってくれるってー!」

     私ら隠れて過ごしてるっての忘れてんのかあの馬鹿。というか酒だけじゃなくて煙草もやるんかい。

     とはいえ、さすがに農家さんの一人ひとりに捜索の手が及んでるとは思えない。顔ぐらいは知られているかもしれないけど、ナツと談笑してるのを見た感じ、知らないっぽい。

     気にしすぎも良くないか。

     くわえ煙草でタイヤに足をかけ、荷台によじ登ったナツがどすんと腰を下ろすと、軽トラは左右にぐらんと揺れる。

     私も。運転席の農家さんにお礼と謝罪を告げると返ってくるサムズアップ。宇沢のちっこい拳銃は持ってきてるけど、ケンカになったら終わりかもしれない。

     いつでも飛び出せるようにしとこ。この運動不足は瞬発力だけで持久力ないって思い知ったから、いざとなったら私が逃がさんと。

  • 661825/09/20(土) 16:15:21

     がるん、ふぉおん。

     雑にクラッチが繋がり。私の体は建付けがガタついたバタ板に押し付けられる。泥だらけで錆だらけの荷台にはコンパネが一枚と小さい農機具と液体が入ったポリタンク。汚れた鎌や鍬。ほつれた麦わら帽子に、おっきな水筒が一本。あと”米選下”と雑にマジックで書かれた米袋が一袋。

     その米袋にお尻を乗せ「文明を感じるねぇ」と。ぷかぁと吐き出された煙が私の顔にかぶる。カヨコさんの煙草とは違う、もっといがいがして粉っぽい。

     好きじゃない。これ。

     顔の前で手を振ってむせこむと、ナツがばすばす米袋を叩く。風下に居るよりは、ってことか。一応ひと睨みしてから、四つん這いで。お尻一つ分空けられたスペースに座り込む。

     お米……っぽくない座り心地。もっと柔らかくて、ふかふかしてる。これはこれでそういうクッションみたい。

     狭い。肩が触れる。しっとりした体が。

    「ナツ、煙草も吸うんだね」

     ガタガタ揺れる体。自分のとナツのと。二人分の揺れが、左肩を通して。私の反対側に挟んだ煙草をひと吸い。空に向かって吐き出された煙は私には被らなかった。

    「自分じゃ買わないよ。たまーに吸いたくなった時に、誰かからもらうだけ」

    「余計ダメじゃん……」
     
    「よく言われるー。――うぬぬ。久々だからクラっと来た。水ちょーだい」

    「そういうもんなんだ?」

     美術の時間にやったような遠近法だか透視法だかの絵みたいに、延々続くでこぼこのあぜ道が過ぎていく。歩いて5分ぐらいかかりそうな距離は呼吸十回分で。あっという間に。息を切らせることもなく、体を動かすこともなく。揺れる体に、ナツが口の端から水を溢しながら。

     通り過ぎていく。

  • 67二次元好きの匿名さん25/09/20(土) 16:24:12

    このレスは削除されています

  • 681825/09/20(土) 16:25:23

    「あんときはレイサも病んじゃってて大変だったのに。それにかまけてさ……ほんとサイテーだったね、私は」

    「……”あの”宇沢が、かぁ」

    「毎日泣いてたんだよー? 人付き合い得意じゃなかったのに、ずっと人と関わらなきゃいけなかったもん。自警団からトリニティの各部活。ティーパーティ。各学校の代表。S.C.H.A.L.Eに連邦生徒会。私らの知らないところでアケミさんにだって声かけてたんだから」

    「え。あれって宇沢からだったの? てっきりあんたらの誰かかと思ってた」

    「違う違う。『皆さんのサポートしてくださるそうです!』って紹介されたんだよ。聞けばキャスパリーグ時代の知り合いだって言うし。うってつけじゃんってみんなレイサを胴上げよ。そしたら、タミコがカズサを見つけた。もうほんと、なにもかもレイサのおかげ!」

     ぷあっと吐き出される煙。匂いだけが私にまとわりつく。

    「あの日、私は死んだって思ってるのね」

    「……急になに?」

    「カズサが見つかってやっとわかった。――おっちゃーん。灰皿ー」

     立ち上がって運転席の窓を覗き込んだナツが、缶コーヒー片手に戻って来た。飲み口には灰がこびりついている。

     最後に一口を深めに吸って、ぽとんと缶の中に煙草を入れたナツは言った。

    「あの日みんなにブチ切れられて、アイリに銃口押し当てられて弾ぶち込まれて、意識朦朧のとこにヨシミに水ぶっかけられて。仁王立ちのレイサに『で、どうします?』ってガチトーンで言われたとき。私は”柚鳥ナツ”を生かしちゃいけないって思った。それまでの、弱虫で偏屈で現実に負けるような柚鳥ナツは殺すべきだって思った。だから、死んだことにしてる。私が変わったって思われたなら、そりゃ変わったはずだよ。変わるために生きてたんだから」

  • 69二次元好きの匿名さん25/09/20(土) 23:12:32

    守り

  • 70二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 05:23:11

    誰もの人生を変えてしまったわけではない
    しかし誰もの人生の一部であったのは間違いない

  • 71二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 12:18:47

    子供の私じゃいられないってか

  • 72二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 21:31:24

    変わらざるを得なかった

  • 73二次元好きの匿名さん25/09/22(月) 05:45:43

    アイリ怖ぁ……

  • 74二次元好きの匿名さん25/09/22(月) 06:54:42

    キヴォトスで水ぶっかけは不味い

  • 75二次元好きの匿名さん25/09/22(月) 12:07:09

    追われてるのに談笑できるナツの胆力よ

  • 761825/09/22(月) 16:28:43



    (よるまでほ)

  • 77二次元好きの匿名さん25/09/23(火) 00:56:34

    保守

  • 78二次元好きの匿名さん25/09/23(火) 05:50:48

    大喧嘩だね

  • 791825/09/23(火) 06:56:45

    「そっか」

     ぱちぱちと顔に当たる髪がうっとおしくて耳に掛けた。こういうとき。いや今だけ。ナツと同じ年齢でないことを歯がゆく思う。

     こういう時のさ。こういう気持ちの時のために、煙草やお酒ってあるんじゃないかな。やり場のない気持ち。そんなものを煙と一緒に吐き出す、みたいな? お酒も。流れていく景色を見るだけじゃなくて。手持無沙汰を埋めるために。詰まった言葉を滑りやすくするために。あるんじゃないかなって。

     がるん。シフトが落ちて、くっくっくっく、と体が揺れる。雑なクラッチ操作。しがみつくところも無い手がナツの腕を握る。

     目がくすぐったい。風のせいで眇めた視界がぼやける。鼻をすする。煙の匂い。煙草じゃない。たぶん、農作業のなにか。

     あぐらをかいたナツの膝が私の太ももに乗る。風がくすぐったいのか、やっぱりナツも目を眇めて空を見ていた。薄い唇。

    「あの曲をいろいろ調べてわかった。あれはね、”現実から逃げて壊れた人”を惜しむ歌」

    「……」

    「カズサのことじゃなくて、”レイサたち”と”私”の歌だったんだよ。私はあの時逃げてたらきっと壊れてたんじゃないかなぁ。私だけ壊れるなら勝手だけど、もうね。そんな考えがもう、ダメだよね。だから、私の首に現実の鎖を繋ぎ直してくれたカヨコさんは、恩人」

     もちろん”みんな”も。

     呟いたナツは照れも笑いもせずに呟いた。私を見ずに。空を見て。

    「で、あると同時に」

    「うん」

     今度は。

     今度こそ。ナツは照れたように笑った。

  • 801825/09/23(火) 07:13:28

    「目標になった。いや、”した”。私も。誰かを繋ぎ留められる人にならなくちゃって。それがカヨコさんに対するリスペクトで、恩返しで――私の、カズサのための活動の、原動力だったんだ」

     ナツは変わった。話が通じる。変な言い回しあんまりしないし、ロマンだロックだを鳴き声のように出さないし……という疑問への答え。

     抽象的な言動が悪いわけじゃない。

     続けて言ったナツの言葉が、ぜんぶの答えだった。 

    「そのためには伝わることを、伝わるようにしなくちゃ。”前回の柚鳥ナツ”は伝えようとする努力を怠っていたから。ごめんね、一途じゃなくて」

    「――そっか。んーん、むしろ聞いてスッキリした!」

     ナツは変わった。

     あの頃の”柚鳥ナツ”じゃない。トリニティ総合学園1年生の。15才の柚鳥ナツでは、もうない。変な言動で私らを混乱させたり、振り回したりするようなナツは、本人の口から”死んだ”と教えてもらった通りなんだろう。ナツが今、私に伝えたことは。

     つまりは、ナツの。ナツだけの目標。私が介在しない、ナツだけのもの。

     私の知らないナツ。そんなの当たり前。みんなの人生を縛ってしまったことは確かだけど。少なくともナツは、ナツとしても、生きていた。

     "こいつらのSUGAR RUSH"という漠然とした定義に。少しずつおぼろげにではあるけれど。輪郭が見えてくる。

  • 811825/09/23(火) 07:17:34

     心はこの空のように。秋の高い空のように晴れやか。

     たぶん、今のナツの原点とも言うべきことをわざわざ話してくれたのは。私が詰まっている『ヴァンデ』攻略の糸口を示してくれているんだと解釈していいんだと思う。

     それ以前とも、それ以後とも見えるものが違う。そもそもなにも見えなかった曲。何回も試験をしているのに合格が貰えない。方向性も見えない。ただエロくて馬鹿みたいな厨二曲だと思っていた『ヴァンデ』は。19才のみんなが作ったこの歌は、きっと。

     ”こいつらのSUGAR RUSH”の特異点。

    「で、目標は達成できたの?」

     そう言うと、赤み掛かった、垂れ目の中の瞳が私を見た。

     見て。くしゃっと。

    「それがなかなか難しくてねー」

     困ったように笑って、ナツは言った。

     がたん。タイヤが深い轍に跳ねる。

     旅館へ着いたのはそれから40分ほどしてからで。その間、叩き起こして早起きさせられたナツは眠そうに。5分に1回あくびをしつつ、ナツの”これまで”を。つらつらと。ページをめくるように、聞かせてくれていた。

  • 82二次元好きの匿名さん25/09/23(火) 15:17:51

    カズサが居なかった間、他の子らも必死で行きてたんだと改めて思う

  • 83二次元好きの匿名さん25/09/23(火) 22:19:04

    保守

  • 84二次元好きの匿名さん25/09/24(水) 07:22:49

    一つの道しるべを見つけたのか

  • 85二次元好きの匿名さん25/09/24(水) 09:15:11

    >>81

    理解すると「見え方」が変わる

  • 861825/09/24(水) 16:32:36

    ■D-Day -6

     旅館と言っても規模のすこし大きい民宿。さらに歴史がたっぷり塗布されている建物は、それでも造りがしっかりしているからか。褪せたカーペットが敷かれた廊下は床鳴りがほとんどない。明かりなど付けなくても窓から入ってくる月明りだけで十分な光量。どこかで窓が鳴る。虫の音。

     いい宿。女将さんが体を壊さなければ廃業されることもなかったろうに。昔とは言え、ティーパーティ御用達というのも納得。

     たったいま、ライブ用衣装のデザインを作り終えた。今までみたいに各々好きなモン着てやるわけじゃない。最後だから。最後だからこそ。ただのプリントTを揃えて出ようと言い出したのはアイリ。30過ぎてそんな文化祭みたいなこと、とも思ったけど。初期メンに戻ったSUGAR RUSHの”再始動”と捉えるのなら、それも妙。

     あとはハルカさんに頼んで、百鬼夜行のどこかのプリント屋さんに持って行ってもらえばいい。2日もあればできるだろう。オリジナルTシャツの需要が高い自治区だしお店は山ほどある。データで渡せば即日だろうけど、ここにはPCはあってもスキャナーがないから仕方ない。アイリの言葉に合わせるのなら、クオリティだってそんな高くなくていいわけだし。

     トイレ済ませ、お茶でも飲んでから寝ようとした。

     通りがかった大広間。私たちがスタジオ代わりにしてる部屋。心臓が飛び出るかと思った。
     
     こんな深夜の。他に誰も起きていない時間に。

     たまたま通りがかっただけ。たまたま部屋の中をちらっと覗いただけ。

     灯りも点いてないんだから誰がいるなんて思うわけないじゃない。

     楽器の前で。手足が曲がらない人形みたいに座り込んで。しゃくりあげるレイサの声をしばらく聞いていた。レイサの跳ねる肩をしばらく見ていた。背中に散ったパステルカラーの長い髪。細い体。

     そういうのは――。

     舌打ちが出そうになった。

     ていうか、出ちゃってた。

     心臓が跳ねた私と同じように体を跳ねさせたレイサは、怯えた顔で振り返り。私を見て掠れた声で呻いた。

  • 871825/09/24(水) 16:34:23

     諦めて部屋に入る。痛む腕を持ち上げて、顔をぶんぶん振りながら。水気を吸い取らない茶羽織で目元を擦るレイサの横に、膝を畳んで座った。

    「そういうのはもう”済ませた”でしょ」

    「すぃませ……」

     震えた声。肚に力が入ってない弱弱しい声。

     あんたの気持ちがわからないでもないわよ。一緒にステージにだって立ってたんだし。そんで、最後の最後でコードすら押さえられない体になっちゃったんだもん。なっちゃったもんは仕方ない。私たちの演奏を目の前で見てるだけなんて、そんな可哀そうなことさせないっての。あんたにはあんたの活躍をしてもらうんだから。

     ギターならギターの。キーボードならキーボードの。ドラムならドラムの。ボーカルならボーカルの。そして、レイサにしかできないパートがあるんだもの。
     
     でも、そういうのされちゃうと否が応でも見えてしまう。見ないようにしていた、自分の。自分たちの。

     終わりが。

     がしがしとレイサの頭を撫ぜる。撫ぜられるままに、レイサは体を揺らされている。

  • 881825/09/24(水) 16:35:55

     短かったし、思い出らしい思い出なんてないと思ってたけど、結局こういう切羽に至って思い知る。でも、もういい。私がここに居ること。こういう状況になったことこそが私の”いままで”だって、証明だから。

     私は前だけ見る。やるべきことを。成すべきことだけを見る。カズサが見つかって余計に。強く。そうしようってしてきた。

     でも。

     ……あんたがいちばん辛いのはわかってるから。

    「いままでありがと」

     私が言うと、レイサの絞られた喉がほっそいほっそい、か細い音を出す。体がさらに跳ねる。

     今夜の、この時間ぐらいは。

     レイサの辛さに寄り添おう。

     ……。

     あ。
     
    「そういえば」

    「……はぃ?」

     どうしようかな。たぶん気付いてないって思ってるだろうし。言おうか、言うまいか。

     どうせコイツのことだ。発破かけるなりしないと、うじうじ言わないで終わらせそうだし。別にそういう偏見、私たちないしね。今まで知らないふりしてきたし、レイサも隠したがってたみたいだから言わないでいたけど。

     いいや、言っちゃえ。幸いみんないないし、おあつらえ向きのシチュだ。

  • 891825/09/24(水) 16:37:59

    「あんた、ナツに告白ってしたの?」

    「……」

     濡れた目元。薄暗い室内。逆光の月明り。それでも。みるみる間に顔色が変わっていくのがわかる。

     しゃっくりは止まった。一瞬で。涙も。

     口をぱくぱくさせ。たぶん、ほんと一瞬で塗り替えられただろう脳みそに。

     私は笑って。追い打ちをかけた。

    「バレバレだっつーの。少なくとも私とアイリとナツは知ってるわよ」

    「ななっ、なななななっッ!?」

    「あいつが自分からいくのはトラウマあるから無理。だからあんたから行かないと、このままで終わるわよ?」

    「なななんっ、なんでご本人までぇ!!?」

     がたん。

     どこかで窓が鳴った。 

  • 90二次元好きの匿名さん25/09/25(木) 01:37:56

    保守

  • 91二次元好きの匿名さん25/09/25(木) 01:57:14

    カズサが「みんな」を外から眺めるポジションになっていく様が辛い
    普通この境遇に置かれたら発狂してもおかしくないのに…

  • 92二次元好きの匿名さん25/09/25(木) 10:27:09

    ハブられヨシミ……

  • 931825/09/25(木) 16:33:52

     ※

     ノックの音で目が覚める。閉じたブラインドの端から漏れている陽が一番に目が入る。

     目頭の目やにを取りながら見ると、アイスペールの中身はすべて水に変わっていた。
     
    「……なんだよ、寝てたのか?」

     そのまま寝起きのわたくしにスマホの画面を突き出した副総裁は「盗られたぞ」と。表情のない顔で言った。

     こうして画面を見させられるのは。数日前のタミコの裏切りを思い出して胃がひっくり返りそうになる。

     今回は動画じゃない。写真だった。とくに変わったところのない、開いたガレージ。こうして見せてくるということはうちの所有物なんだろうが、少なくとも。わたくしが把握しているところではない。
     
    「なにを?」

    「シュガラの車」

     自分の額を自分で抑えて天井を仰いだ。そうか。そうか。盗られた。そうか。そうなるだろう。忘れていた。ああ。忘れていた。

    「誰ですか? 便利屋? 申し訳ありませんが水を」ため息交じりの自分の声。かすれた声。髪についた革の匂い。ソファで寝落ちなんて何年ぶりか。

     渡されたアイスペールからそのままがぶりと一口飲むと、顔にじくじくと血が巡っていく。溶けた氷の味。まだ冷たい。血が巡っていく感覚を感じながら。「便利屋じゃない」という副総裁の声を聞く。

    「カメラの映像も確認した。不審な奴らは誰も映っちゃいなかったよ」

    「あれには自動運転システムは付けていなかったでしょう?」

     あの子たちが20代のはじめ。アイリにCMの出演依頼が入ったときだ。それまで使っていたオンボロワゴン車では箔が付かないからとわたくしがプレゼントした車。こっちもそれなりに苦しい時期だったけれど、仲介料とその後の展開でペイできると踏み、特注した軍用レベルのシロモノ。

  • 941825/09/25(木) 16:37:48










    (86から話しているのはレイサとヨシミです……わかりづらくてすみませぬ……)

  • 95二次元好きの匿名さん25/09/26(金) 01:35:39

    一体誰がそんなことを

  • 961825/09/26(金) 06:47:36


    (ほしゅう)

  • 97二次元好きの匿名さん25/09/26(金) 15:06:22

    保守

  • 981825/09/26(金) 16:35:10

     好き勝手改造され尽くしてもはや原型はないけれど。それでも、あの車は、わたくしとあの子たちを繋ぐ”証拠”の1つ。

     突き出されていたスマホはテーブルの上に置かれ。副総裁はベルトに下げていたホルスターに手を伸ばす。

    「わかんねぇか? ”不審な奴らは誰も映っちゃいなかった”んだよ」

     そのまま撃ち抜かれたスマホ。もちろん無事では済んでいないテーブルはフルオーダーの1点物。値段は知らないが50万より下ってことはないだろう。潜伏用の建物とはいえ調度品に手を抜くのは、わたくしのスタイルにはそぐわない。

     煙を吐き出す拳銃をぶんぶん振って再びホルスターに収めた副総裁を見て。

     言う。

    「どこの部位ですか」

    「トリニティの小指」

    「……ということは」

    「タミコの所属だよ」

     もう一度。マドラーとトングを抑えてアイスペールを呷る。気付いてみればまだ顔や体が熱い。朝方4時までの記憶はある。その時間まで仕事をしていた。酒を飲みながら。

     壁掛け時計を見れば9時。ここに潜り始めてからモーニングルーティンにしていたトレーニングの時間すら取れていない。やる気が起きない。決して鉄から逃げなかった人生。夜にはだるい体に鞭を打って最低限のメニューをこなしていても、一度崩れたモチベーションを取り戻すのには、きっと長い時間が掛かる。

     一度崩れたら。もとに戻すのは難しい。

     ……。

     あの夜。

  • 991825/09/26(金) 16:38:25

     どこからが先生の意思で、どこまでが先生の意思なのか、私には計りかねる。

     言っていることは確かだった。あの日、S.C.H.A.L.Eのオフィスには居るはずの人間はいなかった。こちらでも動向が掴みづらいワカモの外出を知っていたというのだから、先生の側付きだというのは実際と見て良い。わたくしの端末に現れたA.R.O.N.Aというウイルス染みた人工知能。口外しないという条件で持ちかけられた、人工知能との個人的な交渉。

     わたくしの、わたくしたちの。夢を結晶化させるための手伝いだとのたまった幼いアバター。

     おでこに赤い跡を付けた先生は、深夜の、敵対組織であるわたくしの訪問に怯えることもなく。ふにゃりと「あはは。寝落ちしちゃった。ごめんねアケミ、どうしたの?」なんて笑い。私がA.R.O.N.Aに言われた通りのことを持ちかけると、忌々しいほどにあっけなく。結末を迎えた。

    『アケミが持っている土地はあくまでトリニティから買い上げているものだから、いざとなったら接収されちゃう。そっちはいったん手放してもらって、代わりにこっちのエリアなんだけど、交通の便が悪くて過疎化が――』

     ……。

     一緒に連れて行った”耳”も疑わしいことはないと言った。

     その代わり。その代わり。

     私は、天使と悪魔。その両方を”演じてほしい”と。さらには。

     ……。

    「どうする。探すか?」

     手を広げ、足をおっぴろげ。私の足をどかして隣に座り込んだ副総裁は、煙草に火を点け、ひと吹かし。

  • 100二次元好きの匿名さん25/09/26(金) 23:43:40

    色々と状況も絡み合い、複雑怪奇の形相を醸している

  • 101二次元好きの匿名さん25/09/27(土) 07:45:52

    怪しい状況だなぁ

  • 1021825/09/27(土) 16:46:22


    (ああ、投稿ができない……)
    (もう最終週なので、のちほど各勢力の状況をざっとまとめときますー)
    (先にざっくり言ってしまえば)

    (SUGAR RUSH派)
    (栗浜アケミ派)
    (S.C.H.A.L.E派)

    (の3勢力のお話ですが、アケミとS.C.H.A.L.E本部(先生)は自活ですね。SUGAR RUSH派だけが各勢力と手を組んでます。弱いんで)

  • 103二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 01:33:00

    ほう、最終章か…

  • 104二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 05:47:30

    遂に大詰め

  • 105二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 13:46:24

    いよいよか

  • 106二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:34:32

    伝説が……はじまる。

  • 107二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 05:49:16

    アロナを「ウイルスじみた」は草

  • 108二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 10:10:09

    まぁ、色々規格外だしね…

  • 1091825/09/29(月) 16:32:36


    (ほしゅ)

オススメ

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