【SS】星南さんはご褒美をあげたい?

  • 1◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 18:18:23

    まだ付き合ってない学Pと星南さんのギリギリのイチャイチャを書きたくなったので、書いてみました!

    途中までは書けているので、書きながら順次書き連ねて行こうかなと思います。よかったら読んでください🙏

  • 2◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 18:21:29

    ↓↓↓以下書いていきます↓↓↓

  • 3◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 18:22:36

    夏。蝉の鳴き声が窓の外から響き渡り、差し込む日差しは机や椅子を熱くさせる。
    レースのカーテンは陽の光を隠すには頼りなく、かろうじて稼働している冷房も窓側の空間を冷やすには心許ない。
    半袖の夏服を着て、タイツを履かずに靴下にして。おまけに夏用の下着と肌着、あれこれ専用の装いに切り替えてようやく快適さを感じられる。それでも尚、時折汗ばむことが避けられないのだから、今年はとんでもない暑さになったものだ、とうんざりした気持ちになる。

    今だって、私は暑くて体中がほんのり汗ばんでいた。日向にいるわけでもなく、冷房が効いていないわけでもない。
    ただ、この腕の中に私の愛することねがいて。その存在すべてを愛でるように私が抱き締めていることが暑さの原因なのは、誰の目にも明らかだ。

    「ことね……よく、頑張ったわね」
    この腕にしっかりと抱き締めたことねの、可愛らしいふわふわの金髪を撫でる。私の胸元で照れたように頬を染めることねは、髪を撫でられるとくすぐったい顔をして目を細めた。
    可愛い可愛い、私のスター。私だけの担当アイドル。こんなにも華奢で、いい香りがして、努力家で素敵な声をしていて……。
    「あ、ありがとーございます……あの、星南先輩……」
    抱きしめられ、私を抱きしめ返すかどうかを悩むように手持ち無沙汰なことねは、私の胸元から顔を上げて目と目を合わせた。ことねの輝くような瞳が、高まった体温によって潤んで一層の煌めきを見せている。
    そんな瞳が可愛らしくて、うっとりとした気持ちで彼女を抱きしめる力を強めてしまった。
    「うぐッ! せ、星南先輩!流石にもぉ恥ずかしいですって!」

  • 4◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 18:24:00

    ぐい、と力を込めて、ことねが私の体から逃げ出そうとする。ことねからの拒絶を感じ、私はショックで力なく彼女を解放してしまった。
    「そんな、ことね……どうして?」
    あなたが今日のテレビ収録で、とても素晴らしい仕事をしたからご褒美のハグだったというのに。大御所芸能人がたくさん出演する特番で、しっかりと爪痕を残してきた功績を讃えようとしていただけなのに。
    涙をにじませてしまう私を見て、ことねは赤い顔をしたまま、わざとらしくため息をついた。
    「ご褒美は、嬉しいんですケドぉ……星南先輩のプロデューサーの前で、ちょ~っと恥ずかしいな~って」
    ことねは、もじもじと指先を合わせながら、少し離れた所にいる彼をちらちらと上目遣いで覗いている。私たちの行為を見ても、いつもと何ら変わらないすまし顔で立ったままの、私のプロデューサーを。

    「ごめんなさい、プロデューサー。待たせてしまったわね」
    このあと私とのミーティングを控えている彼は、私を迎えに来ていたところだった。私とことねがハグをし始めたから、終わるまで待っていてくれたのだ。
    時折手帳を確認しながら、特に何を言うでもなく私たちの行為が終わるのを待っていた彼は、ようやく終わったものと感じたのか眼鏡の位置を直しながら、こちらへ歩を進めてきた。

  • 5◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 18:27:42

    「構いませんよ、今日はミーティングだけですし、時間もあります。 それに、藤田さんの今回の仕事ぶりは確かに素晴らしいものでしたからね」
    うっすらと微笑みながら、ことねを褒める彼は、なんだか私にはあまり見せないような様子を感じられて。少しだけ、ことねに嫉妬をしてしまいそうになる。
    だって、私のときは”あなたの仕事に心配は無用です”なんて言ってお仕舞いなのに。ことねにはそんな優しい声をかけるだなんて、ずるいじゃない。
    ことねだって、プロデューサーに褒められて嬉しそうにして。私が抱きしめてあげたときよりも、素直に喜んでいるみたいで何だか悔しい。

    「あっ、ありがとーございマス……いやいや、プロデューサーさんのサポートあってこそでぇ! ね、星南プロデューサー!」
    私と彼の顔を見比べながら、慌てたようにことねは会話を私に振ってくる。ぴょこぴょこと三つ編みを可愛らしく揺らす彼女は、私の目を見つめて何度もアイコンタクトを送ってくれていた。

    いけない、当初の目的を忘れそうになっていた。
    慌ててことねの話題に乗ろうとかぶりを振って気を取り直そうとする。
    思わずことねに嫉妬してしまい、むくれた顔をしてしまっていたものだから。頬を揉んで解きほぐして、襟を正して彼の方を向き直した。
    首筋を伝うように流れる汗は、暑いからなのか、慌てているからなのか、ちっとも分からないけれど。この、全身にぐっと力が入ってしまうこの感覚は、久しく感じてこなかったほどの緊張であると嫌でもわかる。

  • 6◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 18:30:26

    「んっ、ん゙っ!…… そ、そうね……あなたも素晴らしい働きだったわ、先輩」
    “あなたの助言のおかげ”と。今回のことねの成功に繋がるサポートをしてくれた彼に、心からの謝意を伝える。間違いなく本心、それを伝えたい気持ちも、間違いなく本当で。
    ただ、私には、もう一つの目的があって……。

    「それで、ね。先輩」
    改めて彼に向き合うと、途端に体の熱さが増していくのが分かった。冷房だって効いているはずなのに、少しも涼しさなんて感じられなくて。額に滲む汗がお化粧を崩してしまいそうだとか、そんな余計なことばかり考えてしまう。
    「あなたにも、その……」
    目が、合わせられない。恥ずかしさと不安で心が押しつぶされそうで、自分が今どんな表情をしているのかも分からなくなってしまう。
    ただ分かるのは、私は頭の天辺まで茹で上がったように熱くなっていて。尋常ではなく汗をかいた手のひらは、握りしめたスカートに染みを作ってしまいそうだということだけ。

    そんなにも、こんなにも勇気を振り絞って、高鳴る鼓動に息苦しさまで覚えているというのに。
    「……すみません、事務所の方で準備が。星南さん、申し訳ありませんが後ほどお伺いしますね」
    私のプロデューサーは、まるで煙に巻くようにして生徒会室から出ていこうとした。

    あっ、と声が出そうになったけれど、彼を呼び止めるような言葉は上手に出せなくて。
    ただ、か細い呼吸が鳴り、固まった足は一歩も踏み出せなかった。
    それでは、と、足早に立ち去る彼を見て、私は小さく前に出した手で宙を掴もうとするだけで。
    ただ呆然と、彼の背中を目で追うことしか出来なかった。


    ―――

  • 7◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 19:06:01

    ことねが、立ち尽くしている私をじっとりと睨んでいる。
    「星南せんぱい〜?」
    言いたいことは嫌と言うほど分かっているせいで、とっても気まずい。私の無茶なお願いを聞いてくれて、協力までしてくれたというのに。
    立ち去る彼を呼び止めることも出来ず、当初の目的を果たすことも出来ず。せっかくことねが作ってくれた絶好のチャンスまで無駄にしてしまった私は、なんとも惨めで悲しい気持ちだった。
    「ぜんっぜん、ダメダメじゃないですか!」
    ちくちくと、棘が刺さるような視線で私を責める彼女から、私は顔を伏せて目を逸らすことしか出来ない。

    私がことねに協力を仰いだのは他でもない、ご褒美のハグのことだ。
    いつも私ばかりが彼に助けられて、抱えきれないほどの感謝を感じているというのに。彼は私に与えるばかりで、私に何も報いさせてくれないから。
    そんな彼に痺れを切らした私は、ことねの仕事にアドバイスをくれた彼にもご褒美のハグをしてあげようと思って、ことねにタイミングを作ってもらうように協力をお願いしていた。
    結果は失敗。私は恥ずかしがって踏み出せず、彼は足早に去ってしまった。
    「だ、だって! あんなにすぐ、行ってしまうとは思わなかったのだもの……」
    彼を抱きしめようとしたことを思い出しては恥ずかしくなり、指先をくるくると遊ばせては言い淀んでしまう。

  • 8◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 20:37:52

    「ま、確かにちょっとなんか……逃げられた、ってカンジはしますよねぇ~……」
    そう、逃げられた。私が何かを言おうとしていると気づいていたような表情をしながら、まるで避けるように、聞くこともせずに立ち去ってしまったんだ。
    彼に感謝を伝えたい、彼を心から信頼していることを示したいだけなのに。
    もしかして、私からのハグなんて彼にとっては余計なことなのかしら、と。そんな弱気なことまで考えてしまう。
    もちろん、彼は気軽に誰かとハグをするような人ではないけれど。だからといって他者からの好意を無碍にするような人間ではないはずだ。
    そんな彼が、予感しながらも逃げ出したということは。それはきっと、私のことをただのビジネスパートナーとして見ていないということで。
    それはきっと、私に距離を詰められるのは、嫌だって思っているかも、知れなくて……。

    スカートを掴む手に、ぎゅっと力が入る。彼に避けられたという事実が、私の胸の内をぎちぎちと締め付けて苦しくなってしまう。
    歯を食いしばっていないと、唇を噛んでいないと涙が滲みそうになってしまうのが情けなくて。ただ想いを伝えたいだけのことが、伝えられなかっただけのことが、こんなにも自分の心に重く圧しかかってしまうだなんて、思っても見なかった。

    「せっかく星南先輩の恋を応援してあげてんのにサァ~」
    ただ、そんなめそめそした気持ちを吹き飛ばすような言葉を、ことねが突然言うものだから。
    私は絶句して、潤んだ目をぎょっと開いてことねを見つめることしか出来なかった。

  • 9◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 20:48:01

    「なっ、なっ......! こ、恋……!?」
    滲みそうだった涙が、悲しさではなく恥ずかしさによるものへと変わっていく。熱いのは目頭と鼻の奥だけだったのに、耳の先まで広がっていって。
    まるで、ことねの言葉が図星のように感じてしまう。そんなはずは無いのに。恋なんて、私はしたことも無いのだから。
    わけのわからない恥ずかしさに、ただ困惑することしか出来ない。身を隠すように自分を抱いて、何かから身を守ろうと必死になっていた。

    恋、って、私が?
    ちがう、私はプロデューサーに、感謝の気持ちを伝えたくて。
    いつもありがとう、って。言葉では、何度も伝えているけれど。
    私の本当の気持ちを、きちんと伝えたいから、親愛のハグをしようって、思っただけだもの。
    そんな、恋なんて破廉恥なこと、していない。私はアイドルだし、彼は私のプロデューサーだもの。
    それはアイドルとして、してはいけないことだもの。三歳からずっとアイドルだった私も、ずっと無縁のまま生きてきたことなのに。

    ……けれど、そうだとすれば。
    この胸の苦しさにも、説明がつくのかしら。

    ことねは呆れたように溜め息をつく。顔も首筋も真っ赤にしながら、もじもじと立ち尽くす私を見て、やれやれといった様子だ。
    どうして、ことねはあっさりと、そんなことを考えついてしまうのだろう。私自身も自覚が無いような感情を見抜いてしまえるのだろう。
    「そりゃ、アイドルは恋愛禁止ですけど。恋くらいはしてもいーんじゃないです?」
    そう言って腰に手を当てることねは、なんだか少し大人の雰囲気を感じさせた。
    しかし、本当にこれは恋なのだろうか。異性との私的な交友関係が無い私が、唯一に等しい全幅の信頼を置ける男性だからこそ感じる、一種の兄妹のような敬愛なのではないだろうか?
    それも、正直に言うと、よくわからない。だって、私には兄弟姉妹が居ないのだから。結局私は、いま自分が抱えているこの感情が何者なのか、確かめる術を持たない。

  • 10◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 20:50:09

    男女の、そういった事情に疎い私が自問自答していると、ことねは意地悪な顔をしながら歩み寄ってきた。
    「分からないなら、確かめて来ましょう!」
    爛々と瞳を輝かせて、思い悩む私とは正反対の、うきうきとした様子が溢れ出ている。
    どうして、そんなに楽しそうなのかしら? 思わず後ずさりながらも、今日のために協力してくれたことねを無碍にも出来ず、詰め寄ることねとしっかり目を合わせた。
    「確かめるって、どうやって……?」
    もし、私の気持ちが明確になって、確信が持てるというのなら、それが一番だ。
    だって、恋なんてアイドルがしてはいけないのだもの。恋だとわかれば、それだけはしっかりと諦めなければならない。
    だから、そう考えるたびに、しくしくと痛苦しくなるこの胸の感覚が何者なのかを、私は確かめなければならないと思う。

    私の言葉に、にんまりと笑ったことねは、私にぐっと顔を近づけた。
    その可愛らしい声をくすぐったい吐息に乗せて。
    さあ、秘密の作戦会議だ。


    ―――

  • 11◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:01:23

    少しして、私はようやく彼の待つ事務所に到着した。
    ここは私と彼の、二人だけの時間を過ごせる特別な部屋。
    その扉の前で、私は深呼吸をする。これから行うことに精一杯の勇気を振り絞るために。
    頬が熱くなるのも、鼓動が嫌というほど早くなるのも、今は構わない。それはきっと、この気持ちに整理がつけば収まるはずのものだから。

    じりじりと、窓から差し込む西日で廊下は暑さを増している。私も、冷や汗かどうかはもう判断がつかないけれど、このままでは汗だくになりそうだった。
    彼にハグをするのに、こんな状態で。けれど、ここで行動を起こさなければ一番星として情けない姿をことねに晒してしまう。
    ことねだけじゃない、ずっともやもやとした気持ちを抱えたままアイドルを続けていたって、私を慕う後輩たちやファンの皆にだって失望させてしまう。
    それだけは絶対に、十王星南がしてはいけないことだ、と。怯える心を奮い立たせて、扉に手をかけた。

    これを開けば、作戦開始。もう逃げることは許されない。
    協力してくれたことねのためにも、アイドルとして高みを目指す自分のためにも、決着をつけなければ。

    作戦はこうだ。扉を開けて彼が会議机の前に立っていれば、向こうを向いているはず。これは普段座っている配置から考えて、彼と私はいつも同じ場所に座っているから間違いない。
    そのまま何も言わず、部屋に入った勢いのまま彼の背中に飛び込むというもの。彼が会議机ではない場所に立っているとすれば、それはおそらく窓際かホワイトボードの前だから、どれも背後から接近する移動ルートは想定済みだ。

  • 12◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:02:51

    あるいは、彼が会議机の前やPCの前に座っている場合。この場合は少し難しいけれど、彼にはそのまま座っていてもらって、やはりそのままの勢いで後ろからハグをする。
    彼を抱き込むようにして頭を撫でてあげるのもいいって、ことねは、言っていた。それはなんというか、少し破廉恥な気もするけれど……いつも頑張っている彼を労うという意味では、確かに良いのかも知れない。
    いつも私よりも背が高くて、見上げることの多い彼の頭を撫でるというのは、少しだけ興味がそそられてしまうのも事実だった。

    どちらにせよ背後からハグをする想定だけれど、これなら目を合わさずに済むから難易度は下がるはずだという、ことねの機転が光る妙案だった。
    さあ、行くのよ、十王星南。自分の気持を確かめるため、それにプロデューサーに感謝の気持ちを伝えるためならば、この程度のミッションはこなしてみせなさい。
    だって、あなたは一番星のトップアイドルなのだから。
    あなたをトップアイドルに導いてくれた彼にこそ、この勇気を振り絞らなければいけないのよ。

    意を決して、手に力を込めた。
    がらがら、と、勢いよく扉を開けて、中に滑り込むように歩を進める。

    彼は、座っていた。会議机に資料を広げ、何かを手元の紙に書き記しながら。
    想定内の状況に、私は勢いづいた。ぴしゃりと後ろ手に扉を閉めて、即座に内鍵をかけてしまう。これで最初の手順は完璧だ。
    「星南さん、お待ちしてまし……た……?」
    振り向きながら、突然鍵まで閉めた私を不思議そうに見つめる彼が、立ち上がろうとする。
    “待って、そのまま”と。声で彼を制止した私は、つかつかとヒールを鳴らしながら彼との距離を急激に詰めていく。ただ、想定外の事態が起きてしまっていることに、私は少しだけ焦っていた。

  • 13◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:21:48

    彼は、こちらを向いてしまっている。椅子ごとこちらを向いて、後ろを向かせるのはきっと間に合わない。もう距離は二メートルを切っている。
    唖然とする彼が座っているのはただの学園の備品のパイプ椅子で、PCデスクの回転椅子でもなんでもない。ああもう、どうしてあなたはいつも、私の想定を崩してしまうのよ!
    今までの人生で培ってきた判断力、瞬発力を総動員して、この状況をどう進めれば最適のルートに展開できるか、私は考えていた。

    走馬灯のごとく時間はスローに感じ、ただ体は勢いに乗ったまま止めることは出来ない。
    けれど、ここで立ち止まってしまえば、きっと諦めてしまう。
    そんな自分の弱さを感じた私は。
    「プロデューサー、目を瞑りなさい!」
    彼の目を見て、ただ、それだけを強く命じた。


    ―――

  • 14◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:26:55

    「――っ! きゃあっ!」
    がたん、と、彼の座った背もたれが会議机にぶつかり、事務所の中で大きな音が響き渡った。勢いよく彼に向かって倒れ込んだ私と、それを受け止めようとした彼が絡み合った、衝突事故が起きたからだ。

    転ぶのが怖くて咄嗟に目を瞑ってしまったけれど、知らぬ間に両腕でしっかりと、何かを抱きしめている。この、がっしりとした体は、間違いなく彼のものだろう。
    よかった、ハグには成功した。少し転んで痛かったけれど、彼も抵抗せずに私を受け止めてくれている。
    想定外の事態に焦り、ずいぶん強行突破をしてしまったけれど。結果としてハグに成功したのなら、判断に誤りは無かったと言えるだろう。

    ただ、ずいぶんと、完全に想定外なのは。
    彼の顔が、私の顔の真横にあるということ。
    彼の頬と私の頬が、くっついてしまいそうなくらい真横にあるということだ。

    「……星南さん、これは、流石に……!」
    私は、立ったまま彼をハグするつもりだったのだけれど。
    彼が咄嗟に脚を閉じてしまったから、間に入ることが出来なくて。
    ぴたりと閉じた彼の脚に遮られて倒れ込んだ私は、彼の両腿の上にまたがるように乗りかかってしまって。
    まるで彼に飛びついたような、みっともない姿になってしまっていた。

    ――おかしい、こんなの絶対に駄目よ。
    だってこんなの、私がプロデューサーにまたがって、こんないやらしい姿勢で。
    倒れ込みながら抱き着いたから、体はぴったりとくっついているけれど。汗だくのブラウス越しに感じる彼の厚みが、固さが、嫌というほど男性の肉体であることを感じさせて。
    時折ふわりと感じていた汗と香水の香りも、彼と頬を合わせられそうなくらいの密着では、信じられないほど濃密な彼の匂いを嗅ぎ取ってしまう。

  • 15◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:40:46

    自分の状況がはっきりしてくると、さらに汗が噴き出そうとしてきた。下着も肌着もしっとりと湿り始めて、彼の首に回している腕も汗ばんでしまう。
    恥ずかしい、こんなのはしたない!
    けれど、離れられない! だって、こんな格好のあとにどんな顔をして彼と向き合えばいいというの?
    こんな薄着で、汗を混ぜ合わせて。夏服でタイツを履いていないから、彼の足の体温も直接伝わってくるのがよく分かる。
    暑い、いや、熱い。彼の体が燃えるように熱くて、互いの汗を加速させてしまう。よりにもよって今日は、ほとんど下着のようなインナーパンツを履いてしまっているものだから、彼の上に下着でまたがっているかのような事実に余計恥ずかしさを感じさせられて。
    恥ずかしければ恥ずかしいほど、彼を感じれば感じるほどに、私は腕と足に力を込めてしまって、より強く彼のすべてを抱きしめてしまう。

    それに、彼の手が、私の太ももに触れている。
    きっと咄嗟に、私を支えようとしてくれたのだと思う。ただ、それは裏目に出てしまったらしく、私の太ももに手のひらをぴたりとくっつけてしまっていた。
    彼の手も、やっぱり熱くて。男性に肌を触られるなんて、考えただけでも絶対に受け入れがたいことなのに、ちっとも嫌な気持ちにはならなくて。
    彼の手の汗と私の太ももの汗が、互いの肌と肌が大きく触れ合う感触が交差して、私の心臓はうるさすぎるくらいに激しく脈打ち始めている。

    「ご、ご褒美の……ハグよ……」
    消え入りそうな声をなんとか絞り出し、彼の耳元でささやくように伝えた。
    私の吐息が耳や首筋にかかる感触がくすぐったいらしく、彼は何度も小さく身をよじろうとする。

  • 16◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:41:49

    「あなたの、働きぶりに……んっ……ご褒美、って……」
    彼が体を動かすと、密着している私の体を彼の体がすり潰すようにこすれてしまって。その感触が、なんだかくすぐったくて、破廉恥で。出したことのないような、のぼせた声を出してしまう。
    「あっ……いつも、ありがとう……って。っふぅ……私を、支えてくれて……っ」
    いけないことだと分かっているのに。そんな声を出すことすら、アイドルは許されないと頭で理解しているはずなのに。
    私の心は、彼の体温に溶かされてしまったように、彼を感じるすべての瞬間に甘い声を出してしまう。
    それはとても心地よい気がするのに、どうにも恥ずかしくって。私はそのたびに、彼を抱きしめる腕に力を込めて、彼との密着を深めていった。

    「……ありがとうございます、光栄です……」
    そう答える彼の声は、震えているような、何かを堪えているような。どこか食いしばったような声色で、彼は私を突き放すことも、その手を動かして私に狼藉を働こうともしない。
    「は、あっ! ……そんな、息、熱いの……っ」
    ただ、彼の放つ声を乗せた熱い吐息が、私の耳をかすめるだけで。私は体を震え上がらせながら、彼の体をぎゅうぎゅうと締めつけてしまう。

    締め付ければ、汗で滑る服はこすれて体を撫で回し、それがまるで彼によって蹂躙されているかのような錯覚を引き起こす。
    一体これは、なに?
    私は、何をしているの?
    どきどき、どきどき、体が揺れるくらい、心臓を叩いているのは、だれ?

  • 17◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:52:47

    ふと、気がつく。心臓を鳴らす、もうひとりの存在に。
    こんなにも密着したことなんて一度もなくて、初めて感じたことだけれど。それが彼の鼓動であることは、よくわかった。
    どきどき、どきどき。大きな太鼓を叩いているような、私よりもずっと大きな心臓が、これでもかと血を巡らせる、そんな振動。
    「……ねえ、とっても、どきどきしてる」
    その、どきどきが、私にはとても心地よくて。
    もっと、もっと、って。私は、体をぐっと押し付けながら、彼の鼓動を感じようとした。
    呻くような声を上げて、身をよじる彼だけれど。私の太ももを掴むように握るだけで、ちっとも押しのけようとはしてこなくて。
    きっと彼も恥ずかしいだけで、本当は私の鼓動を感じたいのかも知れない、って。そう思った。

    だから、私の鼓動を感じて欲しくって。私は、何も分からず彼の胸元に自分の胸をぐっと押し付け続ける。
    がたがたと騒がしかった事務所は、いつしか鼓動の音しか感じられないほどの静寂に包まれていた。
    「……星南さん、も」
    絞り出すような彼の声が、私の耳をくすぐり、背筋を痺れさせる。普段から低い彼の声は、切なげに漏らす吐息と相まって私の心を揺さぶりながら、下半身の力を抜けさせた。

    そんなに切ない声を、出さないで。
    あなたの声が、吐息が、一挙手一投足が私の体をびりびりと刺激して。そのたびに私の体は震え上がり、得も言えぬ心地よさに心を溶かされそうになってしまうのだもの。
    ああ、けれど聞かないと。
    あなたの言う通り、私も。
    経験したことのないくらい、苦しいくらい、痛いくらい、鼓動がうるさいのだもの。

  • 18◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 21:54:13

    「ひとつだけ、おしえてちょうだい」
    彼への返事ではない、一方的な問い。
    何度も何度も、体中で彼を感じられるように身を引き寄せて、押し付けて。
    そうして得られる、この息苦しさは、この胸の苦しさは。
    この、どきどきは、本当に。
    「……これが、恋……なの?」


    ―――

  • 19◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 22:07:49

    少しの間、静かな時間が流れていた。
    聞こえてくるのは、全身を叩くような互いの鼓動だけ。
    彼は、答えない。私の問いに、とっくに答えを得ているような気配だけを残して。

    「……どうして、何も言ってくれないの……?」
    とうに答えなんて得ていた。私は彼に、恋をしてしまったのだ。
    親愛なんて飛び越えてしまうような、この状況。信頼なんて、容易く崩れてしまいそうな、この状態。それなのに私は、何一つ嫌な気持ちなんてなくて。
    それはきっと私が、彼を一人の人間として、何もかもを受け入れる覚悟が出来てしまっているからなのだろう。
    そして、それはきっと……恋に落ちた、というものなのかも知れない。

    ただ、彼の答えが無いことが、ただひとつの不安だった。もしこの恋が私の一方的なもので、彼は私に何の好意も抱いていなかったとしたら?
    極論のような不安に、馬鹿馬鹿しくも心は揺さぶられてしまう。彼が離れてしまうことを恐れて、より一層、抱きしめる腕に力を込めてしまう。
    ああ、そんなはずはない。だって彼の心臓は私を遥かに上回るような、大きな鼓動を響かせているのだもの。
    私が姿勢を直し、体を擦り付けるたびに、呻くように声を上げて私の太ももに指を食い込ませるのだもの。
    十王星南が欲しい、十王星南を自分だけのモノにしたい。そんな気持ちが、これでもかというほどにあふれているのだもの。

    蕩けた頭で彼を誘いながら、答えを待った。
    彼の気持ちを、確かめたくて。
    汗に濡れた服越しに、汗に濡れた彼の体を感じながら、ただひたすらに。
    そんな爛れた時間の中。互いの耳を、幾度目かの甘い吐息で湿らせた頃。
    「……言うわけには、いかないんです」
    彼は、重々しい声色で。苦しそうに食いしばりながら、そう答えてくれた。

  • 20◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 22:27:15

    「まだ、あなたの夢も、俺の夢も、叶えていない……だから」
    “それを言ってしまうと、あなたの傍にはいられない”。

    その言葉を聞いて、涙がこぼれた。
    なんて、幸せなのだろう、と。
    決して言葉にしなかった私への恋を、遠回しに伝えてくれた彼は。
    今この瞬間に私を求めることよりも、生涯を私とともに在るために、選んでくれたのだ。
    こんなに素敵な恋は、きっと世界で私しか知らないって、そう確信できる。

    ぎゅっと、とっくに力いっぱい抱きしめていた腕に、もっともっと力を込めて。
    彼に私を、もっともっと感じてもらいたくて。彼の汗を、頬や首筋で混ぜ合わせられるくらいに、できる限りの肌を合わせた。
    「なら、聞かないわ……けれど、教えて。……あなたは、私のモノ?」
    言葉にできない、してはいけない。ただ、だからこそ、ほんの少しの安心が欲しい。そんな思いで、私は谷底から彼に手を伸ばした。
    ただ一言、“そうだ”と、言ってほしかったから。
    それなのに、あなたは。

    「はい、俺のすべてを……あなたに、捧げます」
    そうやって、与えうる限りのものを、私に差し出そうとしてくれる。
    ああ、これが恋だというのなら、燃えるような恋とはきっとこれだ。ツンと熱くなる鼻も、細く涙を流し続ける目も、幸せがあふれ出しているからに違いない。

    なら、私もすべてを差し出そう。だって、それがきっと私たちに相応しいと思うから。
    彼を抱きしめる腕を少しだけ緩めて、彼の顔を正面から見た。どれくらい抱きしめ合っているのか分からないけれど、とても、とても久しぶりに感じてしまう。
    ああ、けれど。この部屋に来たときに見たあなたの顔よりも、その切なげな顔は何倍も、何百倍も愛らしくて。
    涙を流していたことが丸わかりの私の顔を見て、いっそう不安げな顔をしたあなたは、どこまでも愛おしくて。

    たまらず、彼の両頬に手を添えた私は。汗が滴る彼の顔を、その場に釘付けにしながら。
    彼の唇を、奪ってしまった。

  • 21◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 22:52:32

    「――っ!? ん、むぅっ……!」
    一瞬、ほんの一瞬、彼の抵抗を感じた。けれど、決して引き剥がそうとはしない。
    その様子に安堵した私は、彼の顔を手のひらと指先で感じながら、唇に想いを込める。
    柔らかくて、あたたかくて。少しだけ、しょっぱい。
    喰むように唇を動かしながら、彼の”初めて”と私の”初めて”を、かき混ぜていく。

    頭がぴりぴりと、痺れるような感覚。目を瞑っているのに、ただ唇を重ねているだけなのに、まるで私とあなたが混ざり合うような感覚。
    不思議で、くすぐったくて、恥ずかしくて。それなのに、幸せ。
    互いの熱い吐息が、互いの唇を湿らせて。互いの唇が、互いの唇を優しく噛み締めて。

    心も体も溶けてしまいそうなくらい、幸福で満たされた濃密な時間。
    常識という名の理性は消え、ただ互いの愛を、その小さな粘膜から感じ合うだけの存在になったような、至福の時間。

    「――ん、ぁっ……ん、ちゅ……」
    ほんの少しだけ流れ出てしまう唾液が、額から鼻筋を通り流れてくる汗が、唇を滑らかにすべらせていく。
    こんなの、終われない。キスなんて破廉恥なことだと思っていたのに、こんなに美しい行為だったなんて知らなかった。
    彼の顔を掴んでいた手は、いつしか彼の肩を撫で、脇腹を滑り、彼の体を堪能していく。私の唇を奪ったあなたは、一体どんな体をしているの?
    彼の手も、私の太ももに添えられていたはずなのに、いつしか私の腰を掴み、背中を撫で、私の頭を掴んでいる。あなたが渇望した十王星南の体を弄んで、あなたは一体どう感じているの?

    場所も、時間も忘れて交わす愛情は、呼吸を忘れそうになるくらいの激しい鼓動をさらに強くしていく。
    ぴちゃ、ぴちゃ。ただ柔らかかったはずの唇は、離れる一瞬の間に、きらりと光る糸を伸ばす。
    ああ、一体この時間は、いつまで続くのだろう。一体いつまで、続けて構わないのだろうか。

  • 22◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 23:17:36

    そんなことを思いながら、私は力の抜けた手で彼の頬を撫でたり、のぼせた頭で彼の唇を小さく舐めてあげたり。そんなことをしながら、時折感じる下腹部の硬い感触に、ほんの少しの怖さと嬉しさを感じ続けていた。


    ―――


    時を忘れた口づけに、互いの理性がどろどろに溶け合った頃。
    彼は不意に、私の顔をそっと掴みながら、キスに終わりを告げた。

    「――ぷは、っ……はっ……はぁ……」
    忘れていた呼吸を慌てて再開する私は、彼の唇と繋がる一筋の糸に、小さなときめきを感じていた。この糸は、私たちが秘密の愛を通じ合わせた証拠だ。
    うっとりと、定まらない視点で彼の顔を見つめる。私と同じく息を荒くして、さっきよりもずっと余裕のない、いやらしい顔。

    まだ、続けてもよかったのだけれど。
    そう言いそうになる気持ちを、ぐっとこらえた。本当は交わることが許されない愛を、言葉にしないことで明け渡してくれた彼の優しさに報いるために。

    けれど、そんな私の想いを、吹き飛ばしてしまいそうな弱々しい声で、彼は。
    「……これ以上、は……何を、してしまうか……」
    必死な顔で理性を繋ぎ止めながら、荒い息のままその言葉を告げたことで。
    「……っ!」
    蕩けきった私の心を、鷲掴みにしてしまった。

  • 23◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 23:22:12

    彼の言葉を遮るように、唇を再び奪う。
    構わない、何をされたって構わない。あなたになら、何もかもを差し出す覚悟は出来ているもの。
    あなただって、そうでしょう? 私に何もかもを差し出すと、そう言ってくれたのだもの。

    彼を押さえ込むように体重を乗せ、片時も離さないように彼と唇を重ね合わせる。
    私の顔から腰に流れていった彼の手が、再び私の太ももに触れ、少しずつスカートの中へと滑り込んでいく感触を確かに感じながら。
    下腹部に感じていた固さと熱さが、煮えたぎる彼の欲望の一端であったことを、無知な頭に宿る本能で感じながら。
    彼が恋を口にしてしまわないように私は、とっておきの愛情で唇を塞いであげることにした。

    決して口にしてはならない恋に落ちた私たちは、いま。
    ただひたすらに愛を注ぎ。身も心も重ね合う。
    決して誰にも渡さないと、互いの体に、互いを刻み込むようにして。
    夕焼けに染まる事務所で、二人だけの世界に溶け合うのだった。

  • 24◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 23:23:12

    ――おわり――

  • 25◆0CQ58f2SFMUP25/09/09(火) 23:24:13

    以上です、お目汚し失礼しました!
    甘々ドキドキなP星南がお好きな方に響くと嬉しいです!

  • 26二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 00:42:20

    乙!いい甘さでした!

  • 27二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 06:41:17

    ギリギリっていうか突破してるじゃねーか最高です

  • 28二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 06:59:32

    砂糖スレの人?

  • 29◆0CQ58f2SFMUP25/09/10(水) 07:22:56

    >>26

    >>27

    ありがとうございます!!


    >>28

    おそらく!

    星南さんが現場でセクハラ受けて〜〜なスレでやってました🙏

  • 30二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 12:14:36

    良いものを読ませてもらいました

スレッドは9/10 22:14頃に落ちます

オススメ

レス投稿

1.アンカーはレス番号をクリックで自動入力できます。
2.誹謗中傷・暴言・煽り・スレッドと無関係な投稿は削除・規制対象です。
 他サイト・特定個人への中傷・暴言は禁止です。
※規約違反は各レスの『報告』からお知らせください。削除依頼は『お問い合わせ』からお願いします。
3.二次創作画像は、作者本人でない場合は必ずURLで貼ってください。サムネとリンク先が表示されます。
4.巻き添え規制を受けている方や荒らしを反省した方はお問い合わせから連絡をください。