【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part12

  • 1125/09/10(水) 06:23:47

    特異現象捜査部がキヴォトスを解き明かす話。

    残るセフィラはあと三体。セフィラを巡る旅もいよいよ終盤。


    ミレニアムとは何か。千年難題とは、キヴォトスとは何なのか。

    世界の謎は解き明かされなくてはならない。解き明かすべきでないのだとしても。


    ※独自設定&独自解釈多数、オリキャラも出てくるため要注意。前回までのPartは>>2にて。

  • 2125/09/10(水) 06:24:56

    ■前回のあらすじ

     死人は蘇らない。その絶対なるルールは数多の奇跡の元に覆され、調月リオは『テクスチャ』の隙を突く形で黄泉還りを果たした。


     しかしその過程において、ヒマリがケセドの記憶の底で相互認識を果たしてしまったのはキヴォトスの敵『無名の司祭』。人類と『忘れられた神々』の戦いの一幕を知り、世界のヴェールがまた一枚と捲られていく。


     これまで提示されてきた数多の謎。その全てに関係していたミレニアムの原初――千年難題。

     セフィラと共に旅を重ねてきた今のヒマリたちがエンジニア部の存在意義へと回帰するとき、ヒマリは気付いてしまった。


     この世界はあまりに危うく、いつ滅んでもおかしくないものであるのだと言うことに……。


    ▼Part11

    【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part11|あにまん掲示板セフィラたる遥か未来の科学技術へと挑む話。不可思議な『二体目』たちとミレニアム生徒会長の挑んだ決戦。『マルクト』殺しの犯人は?世界を書き換えるキヴォトスの半神。忘れ去られたのはミレニアムの特異点。そし…bbs.animanch.com

    ▼全話まとめ

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    ▼ミュート機能導入まとめ

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  • 3二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 06:30:49

    建て乙です

  • 4二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 06:33:07

    10まで保守

  • 5125/09/10(水) 06:46:58

    10まで埋め

  • 6二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 07:30:25

    うめ

  • 7二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 07:41:04

    うめ

  • 8二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 08:01:58

    うめ

  • 9二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 08:18:14

    うめ

  • 10二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 08:20:10

    埋め完了

  • 11二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 12:19:33

    保守ヨシ

  • 12二次元好きの匿名さん25/09/10(水) 19:19:33

    保守

  • 13125/09/10(水) 21:03:06

     もしも、レッドウィンターのように大人が連邦生徒会を乗っ取ってしまったらどうなるだろうか。

     サンクトゥムタワーの最終承認権という絶大な『権力』を掴まれるということは各自治区の校境すらも書き換えられるということ。それどころか全ての自治区を解体し統一校としての運用すらも容易である。俎上の魚のようにこの世界を好きに出来るかも知れない。

     そうなれば確実にキヴォトスの『テクスチャ』には致命的な亀裂が走る。
     その隙を『無名の司祭』たちが見逃すはずもない。キヴォトスは滅びの危機に瀕する。

     では、こんな特大の地雷をミレニアムとシラトリD.U.だけにあると果たして言えるだろうか。
     偶々この二つに世界が滅びかねない要因があり、それを偶々自分たちが暴き出してしまったのか。

    (そんなわけ……ありませんね)

     自分たちが暴いてしまったのはぐらついた世界の土台なのだ。
     きっとキヴォトスの各地にそうした『テクスチャを書き換え得る要因』が存在する。

     そこまで考えて、ヒマリは揉みほぐすように顔を覆った。

    「リオ、どちらにせよ連邦生徒会周りのことは私たちの手が届かない場所です。こちらまで陰鬱な気持ちになってきますよまったく……」
    「その陰鬱さが私の懸念なのだけれども」

     ああ言えばこう言うリオに溜め息を吐くヒマリ。
     だが、こんな懸念に気が滅入るのはもしかするとリオと共に身体を組成させた影響なのかも知れない。何かこう、混ざったとか。


     そんな益体もない想像をしてしまい鼻で笑って次の議題。二番目の千年難題。
     『天文学/問2:物質の可逆的な遡行素粒子化の証明、あるいはウォッチマン予測の反証』とは何か。

  • 14125/09/10(水) 21:40:17

    「『問2』は有名だよね。一番内容が知られている難題だし」

     チヒロの言葉にウタハが笑う。
     千年難題の『問2』はその内容を知らぬ者が居ないほどに有名で、ミレニアムに住まう生徒なら多感な時期を境に誰しもが一度は魅了されるものだからだ。

     それは一言で言ってしまえば『時間移動は可能であるか』という難題。

    「私も思い出深いよ。チヒロと一緒にタイムマシンを本気で作ろうとしたこともあったからね」
    「冷蔵庫作って風邪引いたのは覚えてる。今更だけど何で冷蔵庫になったんだっけ?」
    「時間を止められたら主観上での時間移動になるなんて理屈だったね。ふふ、小学生らしい柔軟な発想さ」

     そんな思い出話に花を咲かせる幼馴染二人組だが、『ウォッチマン予想』とはまさしくその『主観』に言及されたものだった。

     ――世界とはたったひとつの主観で構築されるものではない。多くの目が世界を作る。
     ――数多の『主観』が絡み合う現実に客観的矛盾は発生し得ない。今まさに未来人が発見されていないことこそその証左。

     故に、時間とは過去から未来へ流れ続ける激流である。それに抗える者は存在しない。
     『ウォッチマン予想』とは人の夢に水を差すような冷たい合理性をまとめた論文である。

     だから誰しもが反証しようとした。山のように積み上げられた『時間移動が出来ない根拠』とその論証。実証はされていないというその一点にかけて皆が挑んで敗れた科学の絶壁。その壁を越えられた者は未だに居ない。

     千年難題の『問2』とは、問題こそ分かりやすいが故に手が届きそうで知れば知るほど遠ざかっていく逃げ水のような難題であった。

    「けれども、『今の』私たちにとっては決して手が届かないものとは言い切れないはずよ」
    「ええ、というより大体何なのか分かりますからね」

     リオの言葉にヒマリが続く。というのも、時間遡行自体は既に見ているというのも大きい。未来から来た黒崎コユキを見た上で超常たるセフィラの機能を見ているのだから『道』は分かるのだ。

    「マルクト向けに改めて説明しますが、私たちはあなたと会う前に未来から来た後輩と邂逅を果たし、未来へ送り届けるという特異現象を目の当たりにしています」
    「黒崎コユキさん、でしたか……」

  • 15125/09/10(水) 22:17:32

     あの時は『よく分からないままにリオが見た物を信じる』ということで受け入れていれることにしていたのだ。

     何せエンジニア部の中でも調月リオは生粋の研究者。元来研究者とは『未知』に挑む冒険者なのだ。『有り得ない』と思っても『有り得ないのだ』と見た物ですら否定する者は研究者では無い。見間違いや思い違いと言った自分ですらも『否定』し切れずして研究者には成り得ない。

    「私たちはあの時、やたら電力を使う妙な時計を持って現れた『未来の後輩』と遭遇しました。そして作ったのが幾らでも電力を与えられる装置――仕切りの向こうの『タイムワインダー』です」

     会議室の間仕切り越しに指を指すヒマリ。その先にあるのは学園の全電力を抜き出せる『この倉庫の前任者』たる某先達の作ったミレニアムの電源ブレイカーである。一度使えばミレニアムサイエンススクールに絶大な混乱と絶望を撒き散らすため禁止された装置だ。使うなら『学園の整備点検』というカバーストーリーを流布してからでないと大変なことになる。具体的には――チヒロの所々見せる苦悶の表情が物語っているだろう。

     構わずヒマリは説明を続けた。

    「『タイムワインダー』に接続して大量の電力を集めることで活性化するのが時を超える機械『ポータルウォッチ』……ですが、『ポータルウォッチ』の実験で派手に吹っ飛ばされましたからね。覚えております。『ポータルウォッチ』はただの機械では無く生きた機械でした。マルクト、あなたのように」
    「っ!」

     息を呑むマルクト。だが、それは別にマルクトに限った話では無い。
     あの時の『ポータルウォッチ』の挙動は生物に近かったと感じた。しかしどうだろうか。もしも『ポータルウォッチ』に『疑似人格』が搭載されていたのなら、あれは正に『セフィラ』であったのではなかったのかと。

     では誰が作ったのか。ヒマリはリオへと尋ねた。

    「リオ、ケセドまで来たこの時点において私たちはタイムマシンを作れますか?」
    「不可能だと思うわ。次元が足りないもの」

     即答するリオ。それに言葉を返すのがヒマリである。

    「物質界の三次元がゲブラー。プラス精神――『意識』までをも包括したのがケセドでしたね。でしたら逆に考えたら如何でしょう? 『私たちは時間すらも超越する。そのヒントをこれから手に入れる』というのは」
    「パラドクスね。その解は」

  • 16二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 06:27:57

    ふむ…

  • 17二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 14:09:43

    むずかしいはなし…

  • 18125/09/11(木) 21:14:08

    念のため保守

  • 19二次元好きの匿名さん25/09/12(金) 05:06:50

    ほむ…

  • 20125/09/12(金) 11:07:24

     時間、はたまた世界を越えて来たコユキの存在からこれより自分たちの得る知識を逆算する――つまりは『次のセフィラの機能』を予測するなどと、因果が逆転していると言われれば確かにそうだ。

     だが決してリオはそのことを否定しているわけではない。
     むしろこれまでのセフィラを見れば既存の常識がどれほど薄く、脆かったものなのか理解できていないはずがない。

     『基礎』――それは『意識』こそが本質であり形ある『器』は入れ物に過ぎないという『生命の樹』の土台。
     『栄光』――それは如何なる全てを縫い留め観測し得る絶対の瞳であり実験器具。『器』の構成を暴く者。
     『勝利』――それは形ある『器』を変成し望む形へと変える加工機。鉄から黄金へと作り変えることすら可能な錬金術の極致である。

     つまり、『生命の樹』の下層は『器とは入れ物であり絶対では無い』というものを示していたのだ。
     そして中層は『器』の模る世界から離れた部分に触れていた。

     『美』――それは万象の方向性を操る無形の加速器。触れられぬ世界原理を動かす理論。
     『峻厳』――それは『発生』という概念を世界に落とし続ける無限の投射機。宇宙の熱崩壊を招く災厄そのもの。
     『慈悲』――それは存在を構成する要素を分解し解体する切断機。もはや概念までにさえ干渉し得る絶対の権能である。

     下層と中層を超えたことで、特異現象捜査部の手にあるのは世界そのものを変え得る可能性なのだ。
     それでも届かぬ時間移動、『天文学/問2:物質の可逆的な遡行素粒子化の証明、あるいはウォッチマン予測の反証』――

     そんな思考をヒマリが巡らせていると、同じく考えていたであろうチヒロがぽつりと呟いた。

  • 21125/09/12(金) 11:08:56

    「そろそろ別の世界とか別の次元にまで関わってきそうじゃない? あと三体で」
    「充分有り得るわね。対策も何も無い気はするけれど……それでも『未知』は解き明かさないと行けないわ」

     リオがそう締めくくったところで次の話題に行こうとした時、マルクトに持たせていた携帯が不意に鳴った。メッセージを受信したらしく、マルクトは上着のポケットから取り出して画面を見ると、少しだけ驚いたように目を見張った。

    「どうしましたかマルクト」

     そう促してみると、マルクトは困ったような顔をしてヒマリの方を向いた。そして――

    「あの、アスナが昼食を持って戻って来るらしいのですが……ハイマも一緒に来るとのことです。ラボに」
    「ハイマ……?」

     その名前にピンと来ないで首を傾げると、ウタハが声を漏らした。

    「セミナー書記、燐銅ハイマ先輩だね。何かあったのかな?」
    「ねぇ今ラボって言った? じゃあホドに頼んでセフィラは隠しておいた方が良くない?」

     チヒロの言葉に皆が頷く。
     残念ながら千年難題の話は切り上げる必要がありそうだった。

    -----

  • 22125/09/12(金) 18:05:54

    「こっちだよ~!」
    「案内ありがとうございます、アスナさん」

     一之瀬アスナ先導の元、セミナー書記の燐銅ハイマはエンジニア部のラボの前へと訪れていた。

     今まで場所自体は知っていたものの、実際に中へ入るのは初めてだ。
     エンジニア部。そこに属する生徒たちはハイマたちセミナーにとっても注目の的であった。

    『よくさぁ、百年に一度の天才だとか千年に一度の天才だとか言うけど……エンジニア部ってそんなものじゃ無いんだよねぇ~』

     部活結成時に会長の見せた悪辣な笑みが脳裏を過ぎる。
     曰く『二千年に一度の天才集団。なにやらかすか分からないから要注意』とのことで、部室である二つの倉庫の借受時にも真っ先に調月リオの持っていた研究を奪っていたのを思い出す。

     彼女が持っていた警備ドロイドの生産技術はまさに合理の極みを体現したものだった。
     現在のミレニアムで運用されている警備ドロイドは全てリオの生み出したAMASを元にしたものであり、保安部の機械化に大きく貢献していた。

     明星ヒマリは電脳の魔術師とも言えるほどに卓越したハッキング技術を持っており、一生徒のみでありながらどんなセキュリティであっても突破してくる。それはセミナーの会計もそうであるが、明星ヒマリが一切の無駄なく忍び込めるウィザードであるのならメト会計は力業で全てを呑み込む怪物だ。優劣をつける以前に土俵が違うのだから考えるだけで無駄だろう。

     ひとつ言えることがあるとすれば、ヒマリも会計も制御の難しいトロールだということか。
     セミナーという体制側には酷く向いていない。個々のポテンシャルを十全に発揮させるなら身内に取り込むべきではない変数。動かすのなら外部協力者の扱いで自由に動いてもらう方が正しいのだ。

  • 23125/09/12(金) 18:08:28

     その点、どうして会長がメト会計をセミナーに入れたのかがよく分からない。もっと言うならメト会計がセミナーに入ろうと決断したことすら妙だった。会計は気弱そうに見えるだけで気弱でも何でもない。我があまりにも強すぎる。世界を自分とそれ以外にしか見ていない徹底した自分至上主義であり、処世術として弱者に擬態しているだけなのだ。

     別に咎めているわけでは無い。むしろ好ましく感じていた。才能とはかくも残酷で、多くの嫉妬と争いを呼び込む。
     ヒマリのように突き抜けるかメト会計のように擬態するのか、あくまで対処方法のひとつを実践しているだけである。

     そうした『扱いづらい天才』とは違うのが残る二名、白石ウタハと各務チヒロだ。

     入学初日にセミナー本部目掛けてロケットを打ち上げ爆破した問題児であるが、少なくとも組織を知っている。そして器用だ。意識的にアクセルとブレーキを踏むタイプでありムラが無い。そして自分の才能に自覚的である。

     今のセミナー役員は会長も含めて全員三年生だ。会長の指示によって先延ばしにし続けてはいたが、流石に後継を決めなくてはいけない。その点あの二人は理想的。セミナーを運営しミレニアムを千年難題の元へと導ける逸材なのだ。

     チヒロの反体制思想も管理社会による技術停滞を憂慮してのこと。自分たちが卒業する直前にでもなれば仕方なくセミナーへ加入してくれると思っていたが、まさかその前に白石ウタハが次期生徒会長として名乗りを上げるとは思っていなかった。

     会長と何か密約でも交わしたのか、押し付けられたのか。

     少なくともウタハ本人もやる気はあるようだが……、それでもウタハを会長に据えるのは少々勿体なく感じているのもまた事実。本当だったらセミナー直下の技術部として新技術の発明に携わってもらいたかった。やはり会長はチヒロだ。各務チヒロこそが最も効率的にミレニアムを回すことが出来る。

    (伝言ついでにチヒロさんを勧誘できれば良いのですが……)

     そんなことを考えながら開くラボの扉を見ていると、広い倉庫の中には五人の姿。
     チヒロ、ウタハ、ヒマリ、リオ……それから八月に転入してきたマルクトである。

  • 24125/09/12(金) 21:55:24

    (芦屋マルクト……でしたか)

     彼女の転入についてはセミナー役員たる自分ですらなにひとつ聞いていない寝耳に水の報せであった。
     何処から来たのか分からない正体不明。分かっていることはひとつだけ、特段問題を起こしているわけではないということのみ。

     ただ、マルクトの転入を前後にしてエンジニア部は『何も無い廃墟への探索』を行っていた。
     『未知』たるロボット兵が巡回する危険地帯。行く理由すら何処にも無い郊外へと何度も出入りしており、同時に『廃墟』の亡霊の噂を考え見れば『エンジニア部が何かを見つけてしまった』ことは考えるべくもない事実だろう。

     思い返せばそこからだ。絶対中立を保ってきた会長がエンジニア部に深く関わるようになったのも。

    (でしたら、マルクトこそがエンジニア部……ひいてはセミナーに起こった変化の中軸ということでしょうか?)

     視座を巡らせて目が合うは各務チヒロ。エンジニア部のバランサー。制御不能な駒を手繰るプレイヤーのひとりである。

    「EXPO依頼ですねハイマ書記。用があると聞いたのですが」

     にこやかに『外向きの』笑顔を向けるチヒロ。そこに対して『撃つべき』一手は分かり切っていた。

    「隠し立てを咎めるつもりはございません」
    「っ――」

     驚愕を隠しきれていないチヒロの眼。結局のところどれだけ頭がキレようとも15歳。二歳も下の後輩であるからこそ、何より『経験』が足りていない。心を読んで模倣してくるような会長でなくとも分かる。こんな簡単なカマかけにすら引っかかるのだから。

     だが、そんなことはどうでもいい。自分が伝えるべきことはそこではない。

    「ここに訪れたのは会長からの伝言および私の相談事を聞いて頂きたいだけでしたから」
    「相談事……?」
    「警戒しないでください。先に申しますと、私は会長および会計の変容について納得がしたいだけなのです」

  • 25二次元好きの匿名さん25/09/13(土) 04:23:51

    保守

  • 26125/09/13(土) 08:12:51

     ハイマがそう言うとチヒロは少々納得が行かない様子を見せながらもラボの中へと案内してくれた。
     広々とした倉庫。その手前部分に置かれた急ごしらえの椅子。そのひとつに腰かけて一息つくと、ハイマ書記は無駄を省くよう速やかに伝言の方から伝えることにした。

    「まず会長からの言伝ですが、皆さんが発掘した『セフィラシリーズ』については会長が連邦生徒会長と密約を交わしたそうで、これまでのように隠す必要は無くなったそうです」
    「そうでしたか」

     にこやかに返す明星ヒマリ。ハイマ自身『セフィラシリーズ』が何なのか全く知らなかったが、最近のエンジニア部の動きから見て『廃墟』から発見された何かであるぐらいには認識している。そこにどうして連邦生徒会長が絡んでくるのかまでは与り知らないところではあったが。

    「それから、来週の11月8日よりオデュッセイアとの学園交流会がございます」
    「え、そうなの? 聞いてないけど……」
    「エンジニア部および音瀬コタマ、一之瀬アスナ両名の参加は禁止とされておりましたのでお伝えしておりませんでした」
    「なんで!? いや別に参加したいわけでもないけど」
    「会長が仰るには『晄輪大祭を思い出せ』とのことです」
    「あぁ……それかぁ……」

     晄輪大祭と言っただけで途端に気まずそうに視線を逸らすチヒロ。
     どうやらペナルティを受けることに思い当たるところがあるらしい。

     そこでふと、声を上げたのが調月リオであった。

    「そういえばコタマはどこに行ったのかしら? アスナと一緒に昼食を買いに行ったのでは無いの?」
    「コタマさんについては先ほどセミナーに連行されたと保安部より連絡がございました。会長がコタマさんに用があったようでしたので」
    「そう。ならいいわ」
    「いや良くないで――まぁ、コタマならいいか……」

     椅子から立ち上がりかけたチヒロが呆れ顔を浮かべて座り直したところでひとまず言伝は済んだ。
     そして本題。ラボまで足を運んだことについてハイマ書記は話し始める。

    「では会長の件なのですが、まずこれまでと今の状態を説明することから始めさせてください」
    「最近様子がおかしいと言っていたね。私がセミナーで引き継ぎを受けているときはそこまで妙に思わなかったけれど」

  • 27125/09/13(土) 08:15:42

     ウタハが聞き手に回るが、彼女自身比較的平穏なセミナーしか見ていないため当然の疑問だろう。

     だが、違う。会長も会計も割と自由奔放なのだ。

     会計は仕事を抱え込み過ぎて精神的にパンクし逃亡する癖があった。大抵保健室に逃げ込むかして数日失踪し、戻って来たと思えば溜まった業務を泣きながら鬼のような速さで捌いて行く問題児である。結果的には全て滞りなく終わるため目くじらを立てるほどでもないのだが、属人化の極みのような原始的ネットワークはせめて何処かで直して欲しい。

     そして会長は会長で日中はまるで仕事をしない。ウタハへの引継ぎが始まったから少し顔を見せるようになったが、基本的には仕事を放置して放浪していることも珍しくない。むしろ放浪しているなら良い方で、居る時は居る時で積極的にセミナーの部員をからかって仕事を妨害する始末。度が過ぎれば制裁を加えているのだが、それすら何処か嬉しそうで制裁というよりご褒美を上げてしまっているのではないかと考える日も少なくは無かった。

     そう言うとチヒロは素の表情で「やばぁ……」と漏らしていたが、それは書記にとっても同感である。めちゃくちゃなのだ。役職持ちが。

    「よくそれで回っていたね……」

     あまりの惨状にウタハが引きつった笑みを浮かべていたが、それで回せてしまうのが会計であり会長なのだ。

    「会長も日中は仕事を放置しておりますが、一晩明ける頃には何故か全て片付いているので学園運営そのものには支障が出ておりません」
    「余計に悪質じゃないそれ? ってか会長とかにリコールってあるんだっけ?」
    「現行ではございませんね。不満が爆発したら襲撃されるだけですから。今年の4月もその手のテロかと驚いたものです」
    「うぐっ……そ、それは……」
    「他にも中学時代に行っていた『ブラッディフライデー事件』のことも聞きまして……」
    「だからそれは金曜日でもないし血で染まっても無いから!!」

     叫ぶチヒロに笑うヒマリ。それを見てハイマ書記は少しだけ安心した。
     日ごろから鉄仮面と揶揄される自分のジョークが通じたのかと心なしか誇らしく思いながらも、こほんと話を戻すように咳ばらいをひとつ。あくまでここまでが『これまでのセミナー』だからだ。

  • 28125/09/13(土) 08:20:20

    「ですが、最近のセミナーは少々変わりまして……会計も会長もまともになってしまったのです」
    「何か……問題があるのかい?」
    「いえ特には。ただ己を振り返って反省をしたということであれば良いのですが、そうでないのなら――重大とも言える心境の変化があるのなら知っておくべきだと思いましてこちらに伺いました」

     そう、そこなのだ。
     会計は逃げ癖を無くして毎日業務に取り掛かっている。問題はない。けれども健全かと言われると首を傾げたくなる。まるで一日一日を刻むように業務へと勤しんでいるのだ。時には今にも泣きだしそうな目で、それでもぐっと堪えながら日々を過ごしている。もうじき終わる日常に対して自分は変われると見せつけるように、弱者の振りすらかなぐり捨てている。

     会長もまた同様に、誰かをからかうことは無くなった。普通に業務をこなし、部員たちには労いの言葉をかけている。
     非凡が凡人になるように、悪い意味で強烈だった存在感が薄れていくのをひしひしと感じていた。自分が居なくてもいいようにと。

     卒業まで半年を切ったからとはまた違うセミナーの変化。
     会長に問いただしても答えてくれなかったその答えを知るためにここに来たのだ。

     だから率直に聞いた。会長に投げたのと同じ問いを、彼女たちにも。

    「会長は、もうじき死んでしまうのですか?」
    「…………」

     表情が強張る一同。それはエンジニア部が会長の抱える『病』について知っていることを意味していた。

     会長が病気を患っていることはごく一部の生徒しか知らない情報である。それもそのはず、本人がそんなことを全く匂わせない言動を行い続けていることと、それを知っている生徒の多くが卒業してしまっているのが原因だ。

     不眠症の一言で済ませられるものではない『眠れぬ病』。意識を失うまで止まらない正体不明の病気。
     にも関わらず、会長は『病院になど行っていなかった』のだ。初めて会ったときは通院帰りと言っていたが、後から調べたら全くの嘘。弱っていることだけが事実でその治療を行っていないという矛盾。考えられるのは二通りである。治せないと諦めてしまった『不治の病』か、もしくは『心当たりのある現象』か。

    「私は会長が自身の状態についてほぼ正確に把握していると推測はしておりますが、皆さんの目からはどう見えますか?」

  • 29125/09/13(土) 08:26:36

     聞く相手はこれでも選んだつもりである。
     ジャブがてらに打ち込んだ『病』の話。そして相手はミレニアム屈指の『二千年に一度の天才集団』……きっと有益な情報が出てくるに違いない。

     そんな『期待』を込めて見つめると、返す言葉は思わぬところから飛んできた。

    「じゃあさー、温泉とかどうかな!」
    「温泉……?」

     思わず向き直るは声の主。一之瀬アスナ。無垢たる天才は言葉を続ける。

    「なんかお湯に浸かると良いって言うし、それで元気になるかもよ! 会長さん、別に『身体の調子が悪いわけじゃない』みたいだし!」
    「そうなの?」

     アスナの言葉に首を傾げたのは各務チヒロである。
     そして内心ハイマ書記も同感だった。会長の病が悪化していると思っていたからだ。

    「あなたから見て会長は不調ではないのですか?」
    「うーん。元気は無さそうだけど病気じゃ無いんじゃない? なんかそういうのじゃ無さそうだし」
    「なるほど……」

     ハイマ書記は顎に手をやりながら考える。
     アスナに何が見えているのか、それは恐らく本人すら忘れてしまって分かっていないだろう。

     しかし湯治――リラックス出来るよう旅行に赴くのは悪くないと確かに思った。

     セミナーないしミレニアムの運営は確かに多忙ではあるが、会長も会計もどれだけサボっても仕事は片付けられる速さがある。丸一日オフの休養を追加で取っても問題ないであろうことは周知の事実。部員の手に負える通常業務の範囲であればむしろ休んでもらっていても全く問題はない。充分にアリだ。

     そう結論付けたハイマ書記は一同を見渡しながら「ふむ」と頷いた。
     そして表情の変わらぬ鉄仮面の様相で改めて皆を見渡す。

  • 30125/09/13(土) 08:39:09

    「では、『わくわくセミナー温泉休暇』のプランを実行すると致しましょう。期間は明日から三日間。その間に悩みや秘匿している内情を聞き出して湯に溶かす……ありがとうございます。おかげで良い案が浮かびました」
    「それは良かった」

     ウタハが一仕事終えたような口振りで言葉を返す。そこに重ねるハイマ書記の言葉。

    「では、皆さんも明日から三日間お時間頂けると言うことで」
    「……うん?」

     何故か困惑した様子のチヒロにこちらも首を傾げる。
     今しがたそういう話になったのではないかと言わんばかりに目を合わせた。

    「会長の『病』について知っておられる方々で固めれば気兼ねなくリラックスできる――そういうことを仰られたのですよね?」
    「え、いや――え!?」
    「あぁ、料金のことでしたら全額セミナー内で補うのでご安心を。『学生らしく』旅行というのもまた一興――どうされましたか?」

     何だか妙な雰囲気になっている気がして思わず尋ねるが、エンジニア部の面々は実に複雑な表情を浮かべて頷いた。

    「おっけー分かった。分かりました。セミナーの慰安旅行に同伴すればいいんですね」
    「……もしかして、気が進まないと?」
    「いや! 違います!」

     チヒロはぶんぶんと首を振って笑みを浮かべた。

    「是非とも参加させてください。ちなみに場所はミレニアム自治区の中を想定されてますか?」
    「はい。場所は――」

     ハイマ書記の脳裏を過ぎるのはミレニアムの中にある天然の秘湯。枯れかけて知る者以外は誰も来ないであろう場所。

     キヴォトス公立第3天文台の傍に湧いてある源泉であった。
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スレッドは9/13 18:39頃に落ちます

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