【閲覧注意】学P「はじめまして、篠澤広さん」

  • 1二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 18:28:01

     切れ長の瞳、銀縁の眼鏡、短く整った黒髪、折り目のついたスーツ。毎日のように顔を合わせ、毎日のように同じ時間を過ごしてきた人が、わたしに向かってそう言った。
     少しだけ他所行きの顔色で、わたしに小さく会釈する。
     
    「あなたを、プロデュースさせてください」

     何度目かのそのお願いを、わたしは昨日の自分を焼き増しするような気持ちで受け入れた。

    「うん。いい、よ」

  • 2二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 18:28:45

    このレスは削除されています

  • 3二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 18:33:32

     プロデューサーに異変が起きたのは、夏の終わり頃。
     その日、プロデューサーはバニラ味のアイスクリームを二つ買ってきた。「まだ昼間は暑いから」と、ハンカチで額を拭いながら。
     二人で並んで座り、アイスの蓋を開ける。わたしが塩を振りかけると、プロデューサーが驚いた声を上げた。

    「広さん。それ、なにをしているんですか?」
    「バニラアイスに塩をかけると、甘味が増して美味しいんだよ」
    「スイカに塩をかけると、みたいなことですか」
    「多分、そんな感じ」

     プロデューサーは一瞬訝しむような表情をして、それからわたしの手から塩の瓶を取り上げた。

    「ふふ、気になった?」
    「試しもせず否定するのは性に合わないので」

  • 4二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 18:40:39

     パラパラとバニラアイスの上に塩の粒が乗り、プロデューサーは一瞬の躊躇いと一緒にそれを口に放り込んだ。咀嚼して、それから目を見開いて、わたしを見る。

    「確かにこれ、おいしいですね」
    「ふふ。でしょ」
    「明日も暑くなるようなら、また買ってきて食べましょう。もちろん、塩をかけて」
    「うん。楽しみだ、ね」


     次の日も、プロデューサーはバニラアイスを二つ買ってきた。
     昨日と同じように、二人で並んで座りアイスの蓋を開ける。
     プロデューサーは、バニラアイスに塩をかけるわたしを見てこう言った。

    「……それ、何をしているんですか?」

  • 5二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 18:55:04

     プロデューサーは、前の日のことを忘れてしまうようだった。それも、わたしに関することだけ。
     理由はわからない。病院に行くように話したけど、本人は全く気付いていないから、軽くあしらわれてしまった。
     
     レッスンの日程も、次のオーディションの要項も、週末のお出かけの約束も、プロデューサーは次の日には忘れていた。
     日に日に、記憶の溝は広がっていった。
     ここ一週間の記憶が抜けた。過去一ヶ月の思い出が消えた。わたしのことだけ、どんどん忘れていった。
     「篠澤さん」と呼ばれるようになった。わたしがプレゼントしたネクタイピンを付けてこなくなった。わたしにプレゼントしてくれたピアスを、「買い替えたんですか。似合ってますね」と、褒めるようになった。
     日光写真が色褪せていくように、積み重ねた時間が見えなくなっていく。

  • 6二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 18:57:44

     ある日、いつもの時間になってもプロデューサーは事務所に来なかった。
     当てもなく校舎をうろついていると、前からプロデューサーが歩いてきた。わたしと目が合うなり、きゅっと片手でネクタイを直す。数歩のうちにわたしの目の前に立ったプロデューサーは、少し緊張したような面持ちで言った。

    「初めまして、篠澤広さん。あなたを、プロデュースさせてください」

  • 7二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 19:03:46

    このレスは削除されています

  • 8二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 19:05:01

     不思議と、動揺はなかった。いつかこうなることがわかっていたからかもしれない。覚悟できていた、とは到底思えないけれど。
     じいっと、プロデューサーの目を見つめる。呼び方が変わっても、プレゼントを送り合ったことを忘れていても、わたしを見つめるこの瞳だけは、ずっと変わっていなかった。
     プロデューサーにとっては初対面になる今このときも、あの日一緒にアイスクリームを食べたときも。同じ色の瞳でわたしを見ている。

    「うん。いい、よ」

     わたしは震える喉を落ち着かせるのに少しだけ手を焼きながら、なんとか短く返事をした。
     きっと明日から、わたしは同じ返事を何度もすることになる。その最初の一回目くらいは、カッコよく決めたかったけど……わたしには難しすぎたらしい。

  • 9二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 19:07:01

    「し、篠澤さん!?」

     プロデューサーが、急に泣き出したわたしを見て慌てたような声を出す。
     右手がわたしの肩に触れようとして──空中で止まって、はたりと下りた。
     前までだったら、わたしの頭に、肩に、背中に。優しく回されていたはずの手は、プロデューサーの腰の横にしまわれたまま動かない。

    「ごめん、目にゴミが入っただけ」

     誤魔化すようにそう言って、左手で頬を拭う。
     プロデューサーは安心したようにほっと息を吐き、柔らかく微笑んだ。

     少しだけホッとした。
     明日も、同じ言い訳を使えるから。


    おわり。

  • 10二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 19:08:38

    以上です。
    二十分くらいでバーっと書いたのでだいぶ短いのですが、暇つぶしにでも読んでやってください。

  • 11二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 19:13:38

    悲しい結末だなあ

  • 12二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 21:01:40

    短いけど読後感あるな…

  • 13二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 21:32:00

    素晴らしい

  • 14二次元好きの匿名さん25/09/11(木) 22:52:18

    せつない…

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています