- 1◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:07:16
- 2◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:08:29
「し、信じられません!汚いじゃないですかそんな事、何を考えてるんです!」
「え?……いや汚いって、知らない仲でもあるまいし、そんな事って」
「〜ッ……もう帰って!、しばらく来ないで下さい!早く!」
泣きたくなった。“そんな事”の認識に、それほどの齟齬があった事がショックで。
彼は私の勢いに押され、不承不承そうではあるが、急いで新しい肌着を着ける。
そして汗で冷たく湿った夏スーツを着なおして、両手で顔を覆った私に背を向け、玄関を飛び出して行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
親しき仲にも礼儀あり、と人は言う。しかしまた、礼儀や常識の線引きは人それぞれ。
今回の件に関しては必ずしも彼が一方的に悪いとも言い切れなくて――いや、これ私が悪いでしょうか?
洗濯カゴの中から彼の肌着をつまみ出してみる。半日身に着け、外の熱気で汗だくになったソレは、本来ならば悪臭を放つだけの物のはず。
が、愛する人の物と思えば嫌悪感は不思議と湧かない。たった今怒声を浴びせた相手であっても何ら変わりはしない。
彼も私だからこそ――いや、やっぱり私は悪くない気がします。
一人でいくら考えても正しい答えなど期待できよう訳もない。大変気が重いですが、明日誰かに相談するとしましょう。
“誰か”と言っても私の選択肢はそう多くはないのですが。 - 3◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:09:30
「お早うございます、たづなさん」
「お早うございます、理子さん。……何か浮かない顔されてますね」
選択肢その一、理事長秘書のたづなさん。
以前も彼の事でアドバイスをもらい、二人だけの時は名前で呼び合うようになった。しかし多忙の極みである彼女を“そんな事”で振り回すのは、本来ならば躊躇われる。
頼りたい反面、どうか断ってくれないかという期待が、内心で葛藤していた。
「……実は昨日、私的なトラブルがありまして。退勤後に時間がありましたら、話を聞いて欲しいのですが」
「ええ、喜んで。食事がてらお聞きしましょうか?お酒のあるお店が良いですか?」
「それは、追々。実はできればもう一人お呼びしたいんです。意見は多い方が有り難いので」
「【深江】さん、ですね?」
「お見通しですか」
選択肢その二、シンコウウインディさんの専属トレーナーである深江さん。
かつてファーストの子達の噂を通じて、私と彼の間柄が知れていたと判ってからは、色々と話しやすい相手となってくれている。
「それじゃ何軒か見繕っておきますね。久しぶりですから楽しみです」 - 4二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:10:10
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- 5◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:10:30
「……お忙しい中、来て頂いてありがとうございます」
「まあ固い事はなしでいきましょう」
「ほな、乾杯!」
たまに利用する半個室の居酒屋で、私の悩み相談という名の愚痴大会が始まった。軽く合わせた中ジョッキの半分余りを一息に飲み下す。
「おぉ、エエ呑みっぷりですやん」
「シラフだと少し言い出しにくいので……。深江さんもたづなさんも早めに酔ってしまって欲しいです」
「それじゃ私達も理子さんに倣って、いきますか」
全員が二杯目に入ったところで何とか本題を持ちかける。
「……あの。ご存知とは思いますが、ハッキリと言った事はないかも知れませんので、改めて。私はお付き合いしている方がいて……
そう、【木武】さんです。」
「【大隈】の後輩の、ですね。アタシも時々トレーニングをご一緒してますわ」
「彼と何か?……昨日の件ですかね?」
「はい。たづなさんは始めのところだけ聞いてもらってますが……昨日のURAからの要請が発端なんです」 - 6◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:11:39
「ええ?それは困ります!」
『申し訳ありません、今日は何とかお願い出来ませんでしょうか』
「少しお待ち下さい。折り返します」
全く困ったものだ。頭痛を堪える思いで内線に手を伸ばしかけ、思い直して直接たづなさんの所へ向かう。
「まあ、お使いですか」
「しかし此方とてヒマな訳ではありません。都合よく急に動ける人なんてそうそう居ませんよ」
「失礼します、たづなさん。あ、樫本さんも。取込み中でしたか」
「木武さん……いえ、大した事ではありません。やはりお断りするしか……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
つい先ほどURAの総務から電話があった。来年始めからのイベント日程の修正案、その紙資料とメモリを受け取りに、誰かよこして欲しいとの旨だ。
本来ならこんな案件はメールで済むのだが、関わっている幹部が“そういうもの”を嫌っている。ならばバイク便を、と言っても部外者が触れる事を良しとしない。
普段ならあちらのスタッフが届けて来るのだが今日は人手が少ないとの事。そしてメールより時間がかかる事だけは理解しているので、今日中に届けたいと言っている。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ですので、やはり明日にしてもらおうと思います。そもそも向こうの勝手ですので」
「あの、それなら僕が行きますよ。今日はもう急ぎの用は無いですから」
「しかし……良くない前列になりかねません。また同じ事があっても対応は出来ませんよ」
「URAもほとんどの人は分かってると思いますよ。大丈夫でしょう」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして彼は出掛けて行った。遅くまで日のある夏のこと、お使いの荷を私の家まで届けてくれた時には汗だくになっていたのだ。 - 7二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:12:16
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- 8◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:12:40
「……理子さんの家に、ですか?」
「本来存在しない仕事を押し付けた訳ですし、『勝手に置いて帰れ』なんてあんまりだと思って。
私の家に寄る方が距離も無駄がないし、受け取れれば昨日のうちに準備も出来ますから、それで……」
「でも今んとこ、樫本さんとケンカになるような事あらへんですよね」
「ええ、その後です。木武さんが汗びっしょりなので……シャワーを、勧めたんです」
たづなさんがアラ〜、という顔で頬に手をあてる。深江さんはムフー、と鼻息を荒くした。
「いえ、シャワーだけですよ!昨日は全くの予定外ですし、その……着替えもある事ですし、その間に受け取った資料の下調べをしていました。
そしたら新しいバスタオルを入れてないのを思い出して。今日は戸棚のを使うよう、脱衣所に行ったらもう上がっていまして。
それで、その……」
「嬉し恥ずかしご対面、ですか。別に初めて見るモンでもありませんやろ」
深江さんのあけすけな物言いが今は助かる。アルコールの勢いも手伝い、ついに核心に触れる時が来た。
「ちょっと驚きましたけど、それは良いんです!問題は彼が身体を拭いていた物なんですよ!」
「……理子さん、バスタオルは置いてなかったんですよね?どうやって?」
「それが、私が使い終わって、その……カビ臭くならないように、脱衣カゴに広げて掛けてあったバスタオルを!使ってたんです!」
そして冒頭のやり取りに至る、という訳で。 - 9◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:13:52
「乾いてるからとか、臭くないからとか、そういう事じゃないでしょうって……自分の目を疑いましたよ」
たづなさんも深江さんも目を丸くして固まっていた。
――やっぱり私、おかしくないですよね?彼が無頓着すぎるんですよね?そう言って下さい。
ややあって、たづなさんが口を開く。
「それは……なんと言うか。男の人って、そういう所……ありますよね……。
いや人によりますけど……理子さんも驚きますよね、いきなり見ちゃったら。仕方ないと思います」
そうですよね?それが普通ですよね?私が潔癖すぎるなんて事、ないですよね?
次に深江さんが絞り出すように話し出す。
「いや、アタシはちょっと……木武さんの事言われへんかな。
なんで言うたらね、アタシちょうど逆の事して彼氏に呆れられたんで。今も『木武さんシッカリしてんなぁ』くらいに思うてましたわ」
今度は私が目を丸くする番だった。
「彼氏……さっき言うた大隈ね。怒りはせんかったけども、『マジかお前』って顔に書いてありましてん。
それでアタシ初めてね、あっコレ拙いんかな?って……いやそんな目で見んとって下さい……」
数瞬ほど呆気に取られて吹き出してしまった。たづなさんも続いて笑い出す。
「いや面目ない限りですわ……」
「……いえ、何だか吹っ切れました。今までとってもつまらない事で悩んでいたような気がします。この話はここまでにして飲みましょうか!」
「「ですね!」」
深江さんの話を聞いて思い当たった事がある。彼もまた、私の行動に引っかかる事があったのではないか。彼が大らかなだけで、普通ではない事をやってはいないか。
――まだまだお互いに知らない事だらけ、これからお互いに知っていく事がたくさんあるのだろう。好ましくない事だってきっとたくさん。
ただ一つ、そうせねばならない相手が“彼”で本当に良かった、と思える。その点は間違いなく幸せなのだ。 - 10二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:13:57
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- 11◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:14:57
おまけ
「しかし、まぁ〜ね、アイツもアイツで大概なとこあるクセにやね?
アタシばっかりそんな非常識みたいに言わんで欲しいんですわ」
深江さんはだいぶ出来上がってしまったらしい。人の彼氏の愚痴を聞くのは中々に新鮮な体験だ。
「大隈さんは女性には優しそうに見えますけど。何があったんですか?」
「大きな声では言われませんけど……ナニの時にアレの名前を言わすとかやねぇ」
危うく口に含んだサワーを吐き出すところだった。隣のたづなさんも俄に焦り出している。
「よう乙女にそんなん言わせますわ。アタシかて火照り散らかしてんのにやね、ホンマに言うまでお預けとか……」
「ちょっ、深江さん!ここ、個室じゃないんですよ?深江さん?」
「今日はお開きにしましょうか!お勘定お願いしま〜す!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「本当にお願いして良いのですか?」
「はい、一人で帰すのは心配ですので。理子さんもお気をつけて」
潰れかけた深江さんをたづなさんにお任せしてタクシーを見送り、自分のタクシーを待つ。少しずつアルコールが醒めるに従って、脳裏に“ある事”が鮮明に浮かんで来た。
(大隈さん……確か以前、たづなさんにモーションをかけていたのでは?もしかしてたづなさんは……イヤイヤそんな……)
危険な想像に蓋をして、捕まえたタクシーに乗り込んだ。シートに背を預けた途端に眠気が襲って来る。
「✕✕✕方面にお願いします」
推測は推測に過ぎない。余計な事は考えず、帰ったらすぐ寝てしまおう――。 - 12二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:15:06
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- 13◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:15:58
終了 そんなんどうだって良いから 夏のせいにして 汗を流そう
前スレ 理子ちゃんSSを一年以上書いてませんでした……
【SS】途切れた糸|あにまん掲示板『まあ四十代にもなりゃな、同級生の一人くらい、先立たれる事もあるよ』 父がそう言って喪服で出掛けた時、私は幾つだったろう。自分に当てはめて考えても想像がつかなかった。子供だった私にとっては、ずっとずっ…bbs.animanch.com - 14二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:16:04
さっきから湧いてる荒らしレス、スレ主が気に入らないレスだったら消した方が良いよ
- 15二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:16:08
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- 16二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:17:09
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- 17◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:19:20
おまけ2 誰でもないモブトレの話
↓元スレ 1レスにまとめようとしている内に落ちてしまいました
夢に理子さん出て来たんだが俺惚れたかもしれない|あにまん掲示板今忘れない内にめちゃくちゃ寝起きで書き込んでるんだけどすっごい良い夢見た。学園の廊下を一緒に横並びで歩いてたら、2階に行くために階段を上がるんだけど俺がうっかり踏み外して後ろに倒れそうに。そしたら横に…bbs.animanch.com「えっ、まだ届いていないのですか」
「倉庫のトラブルで発車が遅れたそうで……今向かっているそうですが、何時までにとはちょっと……」
総務で領収書の処理をしていると、樫本さんと事務員さんの話が漏れ聞こえて来た。
どうやら、上階のコピー用紙が心許ない中でOA業者の配送が遅れているようだ。折り悪く総務のストックも尽きており、焦れているのが伝わる。
それで柄にもなく助け船を出した。
「……あの、かなり急ぎなんですか」
「日程修正案の資料配布は夕方なので、そろそろコピーにかかりたいのです。一包みの半分もあれば足りるのですが……」
「それじゃ、ここから借りて良いですかね?」
目の前の複合機の給紙トレイを引き出すと、幸いにも充分な量があった。そこから目分量で掴み出す。
「あっ……?なるほど」
「これくらいあれば足りますか?品物が届いたら返すって事で」
ホッとした事務員さんから『返却は不要』と言われ、そのままコピー用紙を持って樫本さんに同道した。
「助かりました。焦ってこんな事も思いつかなくて……おまけに運んでもらってすみません」
「いえいえ、お安い御用です」
- 18二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:20:16
「礼儀や常識の線引き」というテーマが、恋人同士でもすれ違いを生むリアルさをよく描けていて共感しました。理子さんの視点からの葛藤も丁寧で、思わず自分ごとのように考えてしまいます
- 19◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 01:20:20
あまり近くに寄る機会がなかったが、改めてよく見ると美しい人だ。
理事長代理として学園に来られたのちにアオハル杯の件があり、思い詰めた険しい顔ばかり見ていたように思う。
それがいつの頃からかとても柔らかい表情になってゆき、抑え込まれていた魅力が溢れ出して来た。
噂によるとトレーナーの“誰か”とお付き合いしているらしい。関わりの多かったチーム・キャロットの、いや失礼ながら歳が離れているか?あるいはどこかのベテラントレーナーか。
そして階段に差し掛かる時に樫本さんが不思議そうに言った。
「何か嬉しい事でも?」
「あ、いや、こんな風にお話するのは初めてかもと思いまして。前は少し近寄りがたかったので」
「……そうですね。あの頃はまるで余裕がありませんでした。生徒達にも皆さんにも、大変な混乱を招いたと思います。でも私も変われました」
やはり恋、なのだろうか。俺から見てもやや歳の離れた樫本さんの横顔が輝いて見える。
ついつい見惚れたせいで足元が疎かになり、爪先が次の段に乗り切らずに滑らせてしまった。
ベチ、と間の抜けた音とともに上体がグラつく。普段ならどうと言う事もないが今は裸の紙束を抱えていた。バラ撒かないよう掴む事に意識を集中させると、重心が次第に後ろへと――あっコレ拙――
「危ない!」
俺を救ったのは意外にも樫本さんだった。万が一に備えて俺が一段下にいたのだが、回り込んで俺の腕を抱くようにシッカリと掴んでくれた。お陰で転落を免れたのだ。
「……ありがとうございます。危なかった」
「驚きました、気を付けて下さい」
樫本さんに密着されてその整った顔が間近に迫り、ドキッとする。
自分で言うのも何だが今まで全くモテなかった訳ではない。女の子と縁くらいはあった。
しかし異変を察していち早く下に回る気配りと言い、僅かにのみ香る化粧と香水と言い、若さだけの騒がしくケバケバしい学生とは別種の“大人の女”を感じさせる。
だから仕方なかったんだ。
赤い顔を逸らしたきり固まってしまった樫本さんにコピー用紙を押し付けて、そそくさと来た道を去るしかなくても、だ。誰が俺を責められるって言うんだ?俺だって“大人の男”なんだから。 - 20二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:50:23
- 21二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:54:04
- 22二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 01:55:19
- 23◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 07:49:45
- 24二次元好きの匿名さん25/09/15(月) 11:43:05
- 25◆rRSKfk6hIM25/09/15(月) 21:39:13
弱き者……な愚弄じゃないスレはありがたいですね