【SS】ミホノブルボンとサクラローレルがサウナに入る話

  • 1◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:01:32

     「暑い…」
     サクラローレルは後悔した。ただの湿った温室がこれほどまでに苦痛を与えてくるとは知らず、今はただ早く時間が過ぎてほしいと祈るような面持ちでこの地獄のような室内にただポツンと置かれている砂時計を睨む。が、何一つ早くなるようなことはなく淡々と砂が落下していく様を見せるだけだった。その光景がさらに後悔を深く加速させた。色白で雪のような肌は今や爛れたように紅く、さしずめ熟し過ぎた桃のようになっている。入る前は楽しもうとしたはずなのに何故。水分補給に持ってきた水筒にはお湯が生成されていた。

     「(暑い…ブルボンさんは平気なのかな...…って!?えっこの状況で座禅を!?)」
     そんな自分とは対照的に、隣に座り自身を苦行へ連れ込ませた元凶、ミホノブルボンを横目見る。しかしそこには涼しい顔で座禅を組む彼女の姿だけがあり、何故にこの苦行の中で更に精神統一などに勤しむのか全く理解できなかった。
     そして"ミホノブルボンはサイボーグ"という噂が不意に頭を過ぎる。なぜサイボーグかと疑問だったのだが、なるほどこの光景を見ればあながち間違いではないと確信させるだけの説得力があった。常人であればこのような状況では座禅など組む余裕はない。

     徐々に鈍くなる頭でそんなことを考えていると、ミホノブルボンが久々に口を開く。
    「サウナローレルさん」
    「…サクラです…」
    「失礼しましたサウナさん」
     最早サクラもローレルも消し飛んでいるがそれを言い返す気力すら残っていない。もうサウナでもサクラでもどちらでもいい。いや、もしかして体調が悪いのではと一瞬考えたが、サウナで座禅を組み瞑想する人がそんな訳無いだろうと一蹴する。あんなことはよほど余裕がなければできるわけがない。これが所謂メカジョークなのか。
    「これからがメインイベントですよ」
     彼女が嬉しそうに話す。まだ何かがあるらしい。もうすでに苦行をこれでもかと体験したというのにだ。もう勘弁してほしいと心の中で泣き言を言ったとき、戸の向こうの摺りガラスに二人の影が見えた。

  • 2◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:02:17

    >>1

     遡ること1時間もしないであろう前、サクラローレルはトレーニングのために室内プールに足を運んだ。指定水着に着替え、いつも通りのメニューをいつも通りに行う。

     しかし今日はいつものトレーニングは行わなかった。いや、行えなかった。何故ならばそれは普段と違うものが今まであった場所に新たに作られていたからだ。


     「…ん?サウ…ナ…?」

     はて、ここは元々はプールによって冷えてしまった身体を暖める採暖室ではなかったか。それが姿を変え、巷で人気のサウナへと成り代わっている。その理由を少し考えたが何も思い浮かばなかった。何故かと右往左往していると後ろから声を掛けられる。

    「どうされましたか、ローレルさん」

     声の主は先輩であるミホノブルボンだ。長い栗毛の髪に筋肉質な身体を武器に日本ダービーまで無敗で有り続けた。菊の名誉こそ他に譲ったが、その後の有馬記念では見事譲った相手を討ち取り、年度代表バに上り詰めた猛者だ。

    「あっブルボンさん。このサウナについてなにかご存知ないですか?」

     他に尋ねられそうな人物もこの場には居なかったため、唯一事情を知っていそうな彼女に問うことにした。

    「肯定、音声データを再生します。

    『ブルボン聞いた?プールの事』

    『否定、存じ上げません』

    『あじゃあ、実はプールにある採暖室なんだけど…どうやら故障で温度が異常に高くなっちゃったみたいなんだ。そこで誰かは知らないけど、理事長に"サウナいいぞーコレ"と助言したそうで…それで試験的にサウナになってるんだって。興味があるなら体験してみたらどうかな』

    『了解しました。アドバイス、感謝します』」


     成程、どこかの物好きがサウナにしてはどうかと進言したようだ。しかしそれを即実行するのは如何なものかとは思う。が、残念なことに苦言を申し立てられそうな当の本人は居ない。

     そういえば自分はサウナに入ったことはない。いや、幼少期でならば入った可能性があるのかも知れないが、残念なことに今の自分にはその記憶はすでに残っていなかった。

  • 3◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:02:43

    >>2

     「ローレルさん。よろしければご一緒いたしましょうか」

     サウナ、サウナ…と考え込んでいると突然そんなことを言われる。ご一緒ということは一緒に入ろうということだろう。しかし一抹の不安が脳裏をよぎる。

    「ごめんなさい、私サウナに入ったことないんです…それでも良いんですかブルボンさん」

     "サウナはある程度予備知識がなければ楽しめない"今朝見たテレビではそんな事を言っていたのを思い出す。確か、"ととのう"と言うそれは体感的なもので全くの初心者には難しいというのだ。折角誘ってもらった手前、何も楽しめなかったのでは申し訳ない。

    「はい。私は幼少の時から父とサウナを利用しているので、ローレルさんさえ良ければ問題ありません」

     しかし彼女はそれでも問題ないと言う。それならば有り難い。経験者がいればちゃんと楽しめるはずだ。

     彼女に向き直り、深々と頭を下げる。

    「では…よろしくおねがいします!ブルボンさん!」

  • 4◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:04:17

    >>3

     「ややッ!そこにおわすはブルボンさんにローレルさんではありませんかッ!」

     勢いよく開け放たれた戸から現れたのは、サクラバクシンオーとキタサンブラックだった。お揃いの赤い法被を着ており、なにかのイベントスタッフのように見えた。

    「…サクラバクシンオーさん…とキタサンブラックさん…?なぜそんな格好を…?」

     そんな疑問に対し彼女らは胸を張って答える。

    「よくぞ聞いてくださいましたッ!実はわたくし"バクシンロウリュ"を任されまして!キタちゃんさんはそのお手伝いをして頂いてますッ!」

    「あたしよくバクシンオーさんに助けてもらっているので!恩返しというわけじゃないんですが…あたしなりに精一杯盛り上げさせていただきますっ!」

     なんとも微笑ましい師弟関係だ。自分もいつかこんな後輩ができるのだろうか。いや違う。自分が疑問に思ったのはそこでは無い。


     "バクシンロウリュ"とは一体何なのだろう。ロウリュという言葉自体は知っている。たしかサウナ内で団扇などを仰ぐという正気を疑うサービスだ。

    「…バクシンロウリュ…?」

     怪訝そうにしていると、キタサンブラックが不敵な笑みを見せる。

    「ふっふっふっ…実はこのマシンで行うんですっ!」

     彼女が背後から持ってきたのは、おおよそこの場にふさわしくない物体だった。

    「……どうしてガーデニング用のブロアーを?」

     訳が分からない。それは学園の業者が生け垣を剪定した際にゴミを吹き飛ばすために使う、例えるなら大型化した温風機能を持たないドライヤーだ。それ自体は学園内であれば普通にあるものの、到底この場に有って良いものではない。

     そんなことはお構いなしと言わんばかりに二人がそれを構えた。

    「まあ案ずるよりされるが易しですッ!習うより慣れろですッ!ではキタちゃんさん、行きますよッ!」

    「はいっ!バクシンオーさんっ!」

     正気を疑う。あれでロウリュを?いくらなんでも無茶苦茶すぎる。あんなものでされてしまっては下手をすれば事件になってしまう。

    「あの…本当に…?…あっ」

     戸惑う声は起動し始めたモーターの大合唱に掻き消されてしまった。それと同時に尋常ではない熱を帯びる狂った台風のような風が、狭い室内をこれでもかと駆け巡り部屋の気温計が見たこともない速さで上昇し始める。感じたのはは暑さというより最早、『激痛』だった。

  • 5◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:04:56

    >>4

     「…Ça devient fou…Mon Dieu…!!!!」

     あまりの熱さについ生まれ故郷の言葉が溢れる。しかしそれを気にする余裕は微塵もない。脳内にはただ暑い、いや熱い、いや痛い。そんな単語が浮かんでは全身を駆け巡って弾ける。

    「さァさァまだまだこれからッ!もっともっと盛り上げますよッ!セイヤッ!!ソイヤッ!!」

    「キタちゃんさん私も負けませんよッ!バクシン!バクシン!!バクシーーーンッッッ!!!!!」

     ああ神様。私は一体どんな罪を犯したというのでしょうか。願わくばこれが夢であってほしい。そんなことを願ったが現実は非情である。いまだ留まることを知らない熱波はまるでヴィーヴルの吐く灼熱の炎のように自身の体を蝕んでいった。

     これには隣に座る彼女もひとたまりもないだろうと思っていたのだがそこにあったのは、

    「(…うそでしょ…!眉間一つ動いてない…!?)」

    サイボーグというよりは仏のように微動だにしない姿だけだった。

  • 6◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:05:33

    >>5

     「またのご利用お待ちしてますッ!ではッ!」

     返事はない。あれから3回ぐらいは"バクシンロウリュ"を浴びていたみたいなのだが、それ以降は何も思い出せない。今自分が認識しているのはこの世なのか、あの世なのか。そんな問いは彼女の声で引き戻される。

    「10分間お疲れさまでした。ローレルさん」

    「…はひ…」

     彼女がいるということは、どうやらなんとかこの世に留まれたようだ。あの地獄を耐えた自分自身を褒めてやりたい。楽しめたのかと言われれば全く楽しめなかったが。どうやら自分にとってサウナは楽しむものではないらしい。世の人々はこんな苦行を本当に楽しんでいるのだろうか。

    「次は水風呂です。行きましょう」

     もう何でも来い。今の自分は何でも耐えられそうな気がする。


     シャワーでこれでもかと吹き出た汗を洗い流す。ついでにお湯になってしまった残り少ない水を飲み干した。何一つ爽快感がない。

     次は水風呂と彼女は言ったが、なんとなく想像はつく。温水よりもっと低い温度の水を張った文字通りの水風呂なのだろう。そんなものでこの炙られた身体が収まるとは到底思えなかった。自分は焼入れされる刀ではない。

     そんな拙い想像は簡単に打ち砕かれた。

    「ブルボンさん…どうして氷が…?」

    「水温7℃、完璧な水温です」

     水温7℃、到底人間が入っていい温度でないことに卒倒しかける。気温の7℃ですら寒いというのに水温であればもっとだ。確かにあの灼熱地獄から冷やすとなればこれぐらいは必要なのかもしれないが、入っただけで心臓が停まるなんて最悪な自体も容易に想像できてしまう。

     躊躇っていると不安そうに振り返られる。

    「ローレルさん、どうかしましたか?」

    「おかしいですよブルボンさん…本当に入って大丈夫なんですか…?」

     至極当然の戸惑いに彼女は自分の手を優しく握る。

    「遅れれば遅れるだけ気持ち良くなれません。大丈夫です。一緒に入りましょう」

     正直彼女の"一緒に"に信用はもう微塵も残っていないが、かと言って逃れる気力もない。今度のトレーニングは根性を鍛えよう。そう心に誓った。

  • 7◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:06:15

    >>6

     「っ!あっ…!くうっ…!」

     今日は何度後悔すればよいのだろう。熱によって得た痛みの後には今度は冷の痛みが襲う。鉄はこれで強くなるが、人間はこんなことで強くはならない。初めて水風呂というモノを作った者を呪いたくなる。

     そんな中、無意識に身体が浮き上がるのをミホノブルボンは見逃さなかった。両手の指を絡め、握ったと思えば途轍もない力で浮かぶのを押さえつけられる。全く身動きができない。

    「ローレルさん。ちゃんと肩まで浸かってください」

     この人はサイボーグどころか鬼ではないだろうか、こんな水温で肩まで浸かれというのは。藻掻こうとするも全く動く気配がない。何故にこの人はこの状況でこんな力が出せるのだろう、いや、逆にいかなる状況でも力を発揮できたからこそ年度代表バに成れたのか。そうであるのならば見習わなくてはならない、と思ったが痛いものは痛い。


     と、徐々に刺すような冷たさが多少穏やかになっているのに気づく。

    「それは羽衣と呼ばれるものです。ローレルさん」

     羽衣、確か温度が高いところから低いところに移る際に身体の周りの水温が上昇することによって、まるで薄い膜のように身体に層を作り放熱の効果を低下させる。そんな現象だったと思う。成程サウナというのは科学的に体験するのが正しいのか。医療的にはおおよそ推奨できそうなものではなさそうだが。

     しかし彼女は無情にも尻尾を振りわざと波を作りせっかく出来上がった羽衣を破壊した。

    「ですが、私はこの羽衣が嫌いなので破壊します」

     無慈悲すぎる。そう思った瞬間再度刺すような痛みが襲う。彼女に遠慮という文字は存在しないのか。それともサウナという極限状態だからこそ性格が強く出てしまうのか。


    「1分経ちました。上がりましょう。」

    「お疲れさまでしたローレルさん。後は10分間安静にするだけです」

     ようやく平穏な日常が帰ってくる。長かった苦行も終わりだと思うと心が軽くなる。だが、

    「…本当に横になるだけでいいんですよね…?」

    自分の心は完全に疑心暗鬼になってしまった。また苦行をしなければいけないのかと身構えてしまう。しかし今度は本当に横になるだけで良いらしい。

  • 8◆4soIZ5hvhY22/04/24(日) 06:06:43

    >>7

     増設された簡易リクライニングシートの上で、打ち上げられた魚のように微動だにせず横たわる。ようやく開放された安堵感に、1ミリも動く気力すら湧くことはない。

    「(なぜ人はこんなことを好き好んでするのでしょうか…)」

     身体とは反対に脳が活発になる。だが思い浮かぶのは疑問ばかりだ。何故ここまでして"ととのう"ということに拘るのか。

     その答えは意外なほど早く判明した。

    「音がより鮮明に聞こえる…」

    プールの水が流れる音。生徒が泳ぐ音。響く声。1つ1つがしっかりと透き通るように。そうかこれが"ととのう"ということなのか。まるで感覚が総てリセットされ、リフレッシュされるような。

    「お気づきになりましたか。これが"ととのう"という事です」

     最初は分からなかった苦行をする意味をようやく理解する。この快感のためなのだと。

    「ブルボンさん…誘ってくださってありがとうございました」

     自然と感謝の言葉が溢れる。ああ、体験してよかった。本当に心の底からそう思う。"バクシンロウリュ"も、もう少し慣れてくれば、体感も変わるのだろうか。けれど今はまだこれで良い。1つ1つ積み重ねていけばもっとより良い"ととのい"を感じることができるだろう。自分でも驚く程にサウナに魅入られてしまった自分がいた。


     しかし彼女の返答は斜め上を突き抜けていた。

    「いえ、これを最低3セット行います。残り2セット、まだ終わりではありません」

    そんな彼女の言葉に意識を失った。


    終わり

  • 9二次元好きの匿名さん22/04/24(日) 06:21:30

    このレスは削除されています

  • 10二次元好きの匿名さん22/04/24(日) 06:25:20

    このレスは削除されています

  • 11二次元好きの匿名さん22/04/24(日) 16:25:06

    過去になんかあにまんで書いてたりする?

  • 12二次元好きの匿名さん22/04/24(日) 17:32:36

    >>11

    細々と書いてますね

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