【SS】駆け落ち、しよう

  • 1二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 22:31:27

    pixivに上げたものをこちらにもあげてみたいと思います
    コピペが出来ないので手打ちになりますがよろしければ見ていってください

  • 2二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 22:36:49

    「ねえ、プロデューサー」

    教室の窓辺に腰掛けて、彼女は言う。

    「今の生活も、夢も趣味も、全部投げ出して二人でどこかへ遠く行こう、っていったら、どうする?」

    N.I.Aの頂点に立った大型新人アイドル『篠澤広』。その神格から女神に例えられることすらある彼女が、俺を見つめてそう言った。

    「ふふ、プロデューサーならそう言ってくれると思った」

    彼女ほど勉学に秀でていない俺が例えるのなら、その笑顔はまさしく女神そのもの。それを常日頃から見ることが出来るのは、彼女のファンからすればさぞ羨ましいことだろう。

    今日、俺たちは全てを忘れてどこか遠くへ行くことにした。

  • 3二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 22:43:23

    「プロデューサー、海、見えてきたよ。泳ぐ?」
    「よくそんなことが言えますね。市民プールの水流に流されなくなってから言ってください」

    新幹線に乗り、電車に揺られながら彼女といつもと変わらぬやり取りを交わす。ビルや人工物は徐々に姿を消していき、海と緑だけが外の景色を埋めつくしていく。
    そうして、俺たちはある町で電車を降りた。

    「着きました」
    「おお……すごい、特に言及するものがない」
    「でしょうね。広さんの想像した田舎そのもののはずです」

    質素な駅のホームから改札を出て、俺たちは車通りのない道路を歩き出した。
    生前、祖父母が暮らしていた離島の小さな町。遠出をすると決めた時にまず浮かび上がった候補だった。一年生時代のN.I.A優勝を経て、今や二年生となった篠澤広は学園内でもかなりのファン数を誇る。そんな彼女と二人で人目の着く場所へ行くのは出来れば避けたかった。

  • 4二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 22:53:31

    「プロデューサー、これからどこへ行くの?」
    「駅周辺を回りましょう。帰りの新幹線には間に合うようにしたいので」
    「……最後の発言はいらない、まるで駆け落ちじゃなくてただのおでかけ」
    「違いますか?」
    「駆け落ちっていうのは、もっとスリルのあるもの。そうじゃない?」
    「広さん、駆け落ちの意味はご存知ですか」
    「親に反対された恋人同士が、夜に荷物をまとめて逃げる」
    「俺たちがしようとしていることを思い出してください。電車に乗って日帰りで何も無い田舎に来ただけです」
    「……台無し」

    俺の隣を歩く広さんが頬を膨らませた。
    駅前の通りは相変わらず静かで、吹き抜ける潮風だけが遠出を実感させてくる。

    「でも、こういうのも悪くない、ね」
    「そうですね」
    「だって、プロデューサーとこうして並んで歩くことも楽しい」
    「いつもしていますが」
    「……そういうことじゃないのに」

    そう言って小石を蹴飛ばしながら、彼女は視線を逸らした。特に言葉を発しはせず、その横顔を見守る。

    「プロデューサー、わたしが“ここで暮らしたい”って言ったら、どうする?」
    「構いませんよ、毎日ここから通学するのなら」
    「鬼畜。でもそういうところもすき」

    広さんはくすっと笑い、手を伸ばす。指先が俺の袖口をつまんで、すぐに離れた。

    「駆け落ちって言葉、やっぱりわたしたちには似合わない、ね」
    「俺も広さんも途中で何かを投げ出すような人間ではない。ただ、こういった何でもない休息は誰しも必要です」
    「うん、でもね、わたしにとっては今日も十分特別、だよ」

  • 5二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 23:02:40

    商店街を抜けると、舗装の甘い道が続いていた。古びた家屋が並び、軒先には風鈴が揺れている。

    「わぁ……時間が止まってるみたい」
    「動いている人たちが見えませんか」
    「むう、雰囲気に合わせてくれてもいいのに」

     彼女は軽く息を弾ませながら笑っていた。普段のレッスンで前よりも鍛えているはずなのに、都会の舗道とは違う傾斜のある道にすぐ体力を奪われてしまったようだ。

    「広さん、無理をする必要はありません。適当に腰を下ろしましょう」
    「うぅ……バレてる」
    「後先考えずにはしゃぎ回るからです」
    「プロデューサーはわたしを小学生だと思ってる」
    「体力面で言えば間違っていませんね」

     道端の石垣に腰掛けさせ、自販機で買った冷たいお茶を差し出す。彼女はごくごくと飲み、額に浮かんだ汗を袖で拭った。

    「ありがとう、プロデューサー……デート、楽しいね」
    「気分転換です」
    「そういう冷たい言い方をするから、ファンのみんなが怒るんだよ」
    「……普通はこういった間柄であることは疎まれて然るべきなんですが」

    彼女は「ふふ」と笑って、飲みかけのペットボトルを膝の上に置いた。

  • 6二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 23:13:11

    その後も、広さんの歩幅に合わせ、遠回りはせずに町を観光した。港の方まで行くのは避け、小さな神社や漁網の干された小道を覗く程度にとどめる。

    「プロデューサー」
    「はい」
    「こんな静かな場所で、ただ歩くだけで心が軽くなるんだね」
    「都会には無い癒し、とも言えます」
    「うん。わたし、癒された」

     ばたん。そう言うが先か彼女は草原に倒れ込んだ。

    「広さん!?」
    「……つかれた」
    「癒されたとは一体なんだったんですか?」

     そう言って手を差し伸べる。だけど広さんは首を振り、そのまま仰向けに寝そべっていた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/09/21(日) 23:22:02

    「プロデューサー」
    「なんですか、広さん」
    「わたし、本当は少し疲れてきていたのかもしれない」
    「……」

     そう話す彼女の瞳は青い空を映している。最近、その瞳に曇りがかっていたことを俺は薄々感じとっていた。

    「あなたは駆け落ちなんて柄じゃない。ままならない出来事に目を背けることなく、目を輝かせて打ちのめされる人間だ」

     彼女の隣に腰かけて、雲ひとつ無い青空を眺める。

    「そう、だね。アイドルの世界は想像していたよりずっと大変で、苦しくて、ままならないことばかり」
    「だけどそれは、これまで何も苦労することなく、何かに本気でのめり込むことも無かった広さんにとって、退屈しない日々のはず。違いますか」

     予想通り、首を横に振る広さん。

    「去年の冬のHIF、わたしは一番星になれなかった。出来る限りの努力をして、自分のベストを尽くして、皆と競い合った。2パーセントの勝利を掴み取ったと思ってた」
    「……」
    「でも結局、あと一歩、届かなかった」

     彼女の声は静かで、風の音にかき消されそうだった。

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