- 1二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 22:58:31
- 2二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:00:56
閉じた瞼の上から突き刺してくる柔らかな日差しと頭の上に落ちる桜の花びらが、今が春であること教えてくれる。
校門側から講堂へと続く道の途中のベンチ、そこで項垂れるように眠むっていた。
学生の頃、と言っても今も学生なのだが、試験当日の朝に起きるのを渋っていた時のように重い瞼を持ち上げる。
そこにはこれからの未来に想いを馳せながら講堂へと向かっていくアイドルの卵たちの姿があった。
そのほとんどが街中で見かけた異物に向けるかのような視線を送ってくる。
嫌悪というよりは不思議なものを見つけた時のそれに近いが、それもそうだろう。
ぼやけたカメラのピントを調整するように目を擦ろうとして、自分がかけていたメガネの存在を思い出した。
メガネを外し、片手の甲で両目を擦る。
こんな朝からスーツを着た若い男がベンチで寝ていたのだから仕方がない。
ただ一人、クリアになった視界の先にいる彼女を除いては。
活発そうな赤みがかった髪を頭の上で二つに結び、その二つの目に青い炎を宿した彼女は私のことなど気にもかけず一人まっすぐ講堂を目指す。
その自信に溢れた姿を思わず目で追いかけながらも、自らのやるべき事をなすべくズボンのポケットに入ったスマホを取り出してそちらに目を落とした。
メモアプリには今日の予定がびっしりと書かれてあったが、大きく太い文字で書かれたタイトルがまずは何をすればいいかを教えてくれる。
それを見て思わず笑ってしまったが、何回か画面をタップした後、静かに声に出して自らの目標を再確認する。
「必ず、あなたをトップアイドルにしてみせます」 - 3二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:06:25
「もーーーーーー!!!なんで目覚まし鳴らなかったのーーーー!?」
今日のために買った真っ白なスニーカーで、私と車以外誰も通っていない道を全速力で走る。
恨めしくも永遠と続く外壁がこの学園の大きさを表していた。
歩道に植えられた桜の木も本来であれば今日という日をお祝いしてくれているはずなのに、今の私にはずっと変わらない景色の一部に過ぎなかった。
「いつもはお姉ちゃんが起こしてくれてたのにーーーーーーー!!」
後から気づいた事なのだが、一応目覚ましは鳴っていた。
寮生活になってから最初の登校日、今まではお姉ちゃんに起こしてもらっていが別室になった今ではそういう訳にもいかず、目標の第一歩として自分で時間通りに起きようと初めて目覚まし時計をかけてみた。
ただ鳴っていた目覚ましを眠りながら止めていたようで、ちょっと強く叩いてしまったのかベルを叩く槌の部分が曲がってひしゃげてしまっていた。
目が覚めた時には既にお日様は高い位置に来ていて、全然余裕で大寝坊をかましてたことに気づく。
スタートダッシュに失敗したことにちょっぴり落ち込むが、それと同時にある気持ちも心中にあった。
「またお姉ちゃんと勝負ができる・・・!!」
大遅刻をしているにも関わらず、幾度となく沸いてきた高揚感の再燃に思わず口角が上がってしまう。
しばらくすると右側に大きな門が見えてきた。
その門の正面に立って見上げると、ローマ字で大きく書かれた「HATSUBOSHI GAKUEN」の文字。
今度こそ絶対に勝ってみせる。
自分の目標を再確認するように、グッと拳を握り気合いを入れて門をくぐる。
そのためにまず私がしなくちゃいないことがある。
「なんとか間に合えーーーーーーーー!!!!」
遠くに見える講堂に向かって再び全力で走ることだ。 - 4二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:12:19
「はぁ・・・はぁ・・・」
体力には自信があったけど、ずっと全力疾走していたせいか流石に少し息が上がる。
だけど休んでる暇はない、今考えなきゃいけないのは入学式に間に合うこと。
この講堂であってるはずだけど周りに人のいる気配がない。
係の人か誰かきっといるだろうと思っていたが予想が外れてしまう。
『まだ間に合うならどうにかして入らなきゃ』
周りを見渡すと、私より少し年上っぽいスーツ姿の男性がベンチに座っていた。
もしかしたらスタッフの人かも!!
「す、すいませ〜〜〜〜〜んっ!」
わずかな希望にかけて走ってベンチに向かう。 - 5二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:17:35
「入学式って、もう始まっちゃってますかっ!?」
私に気づいたその人は、大きな声で突然話しかけられたせいかすごく驚いていた。
それもそうだろう、本来関係者は今ごろ目の前の講堂にいるはずなのだから。
それでも私が遅刻したことに気づいたのか、すぐに冷静な声で私に教えてくれた。
「もう、終わるところだと思いますよ。今から入っていくのは・・・難しいでしょうね」
『やっちゃったーーーー!!
入学式に間に合うどころかもう終わっちゃうなんてーーーー!!
どうやってみんなと合流すればいいのーーーー!!』
そんな考えが全部口から出ていたのか、男の人から途中でこっそり混ざってはどうかとアドバイスをもらった。
「それです!ナイスアイデア!!」
問題が解決して一安心すると、自分がまだ自己紹介していたなかったことに気づく。 - 6二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:25:54
「あっ、申し遅れました。私アイドル科の
「花海佑芽さん、ですよね」
予想していなかった言葉に思わずびっくりする。
その様子を察したのか、その人はスーツの胸ポケットから何かを取り出しながら説明する。
「今日のためにアイドル科の生徒名簿には一通り目を通しておりまして、私こういうものです」
ケースから一枚の厚紙を取り出すとそれを両手で私の前に差し出してきた。
手にしたそれに書かれたプロデューサー科一年の文字が目に入る。
なるほど、だから私のことを知ってたんだ。
『そうだ!!だったら』
「もしよろしければ、あたしをプロデュースしてくれませんか!?」 - 7二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:30:37
唐突なお願いにまたしても目を丸くするプロデューサー科の人。
私の直感が言っている。
この人なら私の力になってくれると。
私の直感はよく当たるんだ。
それに
『ここで勢いで押し切らないと、私の実力がバレる・・・』
何を隠そう試験科目の全てが最下位だった私は、奇跡の補欠合格でここにいる。
そんな私にプロデューサーがついてくれるためにはもうこれしかない。
お願い、なんとかなって・・・!!
「はい、もとよりそのつもりです」
「そうですよね・・・って、ええーーーー!?私、補欠合格ですよ!?」 - 8二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:38:43
あ、まずい。
予想外すぎて思わず言っちゃった。
「もちろん把握しています」
じゃあなんでと聞こうとしたところでお姉ちゃんの言葉を思い出した。
あれは確か入寮前日のこと・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『いい佑芽、あなたはとっても可愛い私の自慢の妹よ』
『東京にはあなたの可愛さに狂わされた変な人間がきっとたくさんいるわ』
『だからお姉ちゃんのいないところでホイホイ勝手に知らない人についていっちゃダメよ、いいわね?』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ということは・・・
「もしかして私の体目当てなんですか!?」
またも頭の中の言葉が思わず口に出てしまった。
「はい、その通りです」
「すごい正直ですね!?」 - 9二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:48:04
「詳細については後ほど話しますが、とにかく最初からあなたをスカウトしようと思っていたのは事実です」
そう言いながらスマホを取り出しメモアプリを見せてくる推定不審者さん。
そこには今日の予定であろうものがびっしり書かれてあったが、一番上にデカデカと大きな文字で
「9時頃 花海佑芽さんをスカウト」
と書いてあった。
「ホントだ・・・もう多分11時ぐらいですけど」
「まさか新入生が遅刻してくるなんて思いませんでしたから」
「そ、それは目覚ましがならなくて
「勝ちたいんですよね、花海咲季さんに」
花海咲季、その言葉に遅刻の言い訳が喉の奥に詰まる。
この人、本当に私をスカウトしに来たんだ。 - 10二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:52:54
「・・・はい、私はそのためにここに来ました」
やっぱり私の直感は正しかった。
この人なら、私をお姉ちゃんに勝たせてくれる。
「改めて、お願いします」
深々と頭を下げる。
勝てるんだったらどんなレッスンだって頑張れる、どんなことだってやれる。
「私を、お姉ちゃんに勝てるアイドルにしてください」
頭を上げてプロデューサーさんの目を見る。
メガネのレンズに反射した私の顔がこれまで自分でも見たことないくらい真剣な表情をしていた。
「分かりました、ではまず」
プロデューサーさんからの最初の指示、どんなことだってやり遂げてみせる!!
「あちらから新入生の方々が出てきているのでそれに合流して来てください」
プロデューサーさんが指す方を見ると、入学式を終えたであろう新入生たちでできた人ごみがあった。
「あ゛ーーーーー!!」
そうだった、スカウトされてすっかり忘れてたけど入学式の真っ最中だった!! - 11二次元好きの匿名さん25/09/28(日) 23:59:04
「今日はホームルームだけかと思いますので、終わりましたら先ほどお渡しした名刺の番号に電話をください」
「分かりました!!それでは行ってきます!!」
みんなに合流するべく私は走り出した。
「っと、その前に」
振り返ってもう一度プロデューサーさんを見る
「これからよろしくお願いします!!プロデューサーさん!!」 - 12二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:02:26
「えーーっと・・・ここであってるよね・・・?」
「お待たせしました、花海さん。迷いませんでしたか?」
「はい!!すっごく迷いました!!」
無事(?)にみんなと合流できた私は、ホームルームを終えて指示された通りにプロデューサーに電話をかけた。
指定した校舎の玄関に来てほしいとのことだったので、意気揚々と向かったものの見事迷子に。
学内地図は渡された記憶はあるけど、おそらく机の奥で他のプリントと一緒にプレスされている。
頭を抱えていると上級生が声をかけてくれた。
どうやら3年生らしく、可愛いらしい雰囲気とは違い王子様のような口調で私を道案内してくれた。
さすがアイドル科、クセの強い人もいるんだ。
道中色々な話をしてくれて、格闘技の話が時々出て来るのはよく分からなかったけどかっこいい人だなーと思った。 - 13二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:07:40
「プロデューサーさんもちょっと遅かったですね」
「すみません、色々とありまして」
少し疲れたような表情をしたプロデューサーさんに促され校舎に入る。
きっと迷ったんだろうな。
「そういえばちゃんとクラスの方とは合流できましたか?」
「もちろん、バッチリ合流できました!!しかも、もう友達もできましたよ!!」
そう言いながら私はチャットアプリの友達欄を見せる。
「篠澤さんと倉本さんですね」
「知ってるんですか!?」
「はい、新入生のことは一通り調べましたので」
「へー、プロデューサーさんってすごいんですね!!」 - 14二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:12:51
今日の出来事を話しながら廊下を歩く。
千奈ちゃんがお嬢様だったこととか、広ちゃんがとっても頭が良くて話がよく分からなかったこととか。
タイムマシーンが物理だったか数学だったかで作れるだのなんだの。
多分ド◯えもんの話をしてたんだと思う。
「そしたら広ちゃんが『ふっ、ままならない、ね』って」
その言葉の意味もよく分からなかったけど。
我ながら完璧なモノマネを披露したところで廊下の突き当たりに差し掛かる。
プロデューサーがそのまま左に曲ったから後を追って私も左に曲がった。
はずだったけど、すぐにプロデューサーが立ち止まった。 - 15二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:17:17
「どうしたんですか?」
「・・・すみません、間違えました」
そう言ってきりかえすとすぐに反対側に進み始めた。
こんなにしっかりしてそうな人なのに。
意外とこういうおっちょこちょいな所もあるんだ。
「はっ、そうか!!プロデューサーさん!!」
「どうしたんですか?」
「・・・ままならない、ね」
「おそらくその使い方は間違っていますよ」 - 16二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:20:03
「どうぞ、入ってください」
スライド式の扉を開けたプロデューサーさんに言われて、到着した教室に入る。
そこには既にプロデューサーさんの私物であろうものやホワイトボード、壁にはいくつか貼り紙もされていた。
「プロデューサーさん、ここは?」
「プロデューサー科の生徒には一人に一部屋ずつ、校内に空き教室が割り振られるんです」
奥のデスクに仕舞われた椅子をひいて、その背もたれにスーツのジャケットをかける。
シャツの袖をまくり、ネクタイを少し緩めながらプロデューサーさんは私に言った。
「言うなればここは私たちの『事務所』」
事務所ってなんだろ?
そんなことを考えていると、表情に出ていたのか私のために分かりやすく噛み砕いた説明をしてくれた。 - 17二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:22:27
「すなわち、花海佑芽が花海咲季に勝つための本拠地です」
机の上にはブックスタンドが置かれており、そこには既に分厚いファイルがいくつか並んでいた。
『もとよりそのつもりです』
『もちろん把握しています』
改めて思う。
プロデューサーさん、本気で私をスカウトしに来てくれてたんだ。
再び熱いものが胸のうちから込み上げてくる。
お姉ちゃんに勝つ。
今まで夢物語だった願いが少しだけ現実味を帯びてきた気がした。 - 18二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:23:38
「差し当たってまず、花海さんの現状を把握したいのですが」
「ややこしいので私のことは『佑芽』って呼んじゃって大丈夫です!!」
これから一緒にお姉ちゃんを倒すんだもん、まずは信頼関係からだよね!!
「分かりました。では佑芽さん、まずはあなたの今の実力を見たいのですがーー
「待ちなさい!!」
プロデューサーさんの言葉を遮りながら、先ほど入ってきた教室の扉が勢いよく開く。
「お姉ちゃん!?」
「ふっふっふ・・・そう、佑芽のお姉ちゃんにして学園一の美少女にして学年主席、未来のトップアイドル、花海咲季とは私のことよ!!」
腰に手を当てながら胸を張るお姉ちゃん。
やっぱりお姉ちゃんはいつ見ても可愛いなぁ。
そういえば今日はまだお姉ちゃん成分摂取できてない・・・って、そうじゃなくてなんでお姉ちゃんがここに!? - 19二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:25:00
「どうかしましたか、咲季さん」
「あら、いつ私が名前で呼ぶことをあなたに許可したかしら?」
「つい先ほど佑芽さんから苗字だと紛らわしいとのご指摘を頂いたので」
「佑芽のことも既に名前呼び!!・・・まあ、それもそうね。いいわ、今回は特別に許してあげる」
先ほどまでとは打って変わって好戦的なお姉ちゃん。
腕を組みながら眉間に皺を寄せている。
なんでそんなにプロデューサーさんのことを目の敵にしてるんだろ・・・。
「ありがとうございます。それで、どうしてここに?」
「そうだよお姉ちゃん!!どうしてここに・・・というか、どうしてここが分かったの!?」
「あら、そんなの簡単よ」
そいう言いながらまた腰に手を当てたお姉ちゃんは自慢げに語り始めた。 - 20二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:26:55
「佑芽から連絡をもらってすぐに職員室に聞きに行ったわ!学年主席って便利よね〜、先生方も快く教えてくれたわ!」
「さすがお姉ちゃん!!『がくねんしゅせき』ってすごいんだね!!」
「そうでしょ!だって私はあなたのお姉ちゃんなんだもの!!」
「それで、私の質問にも答えてもらえますか?」
痺れを切らしたのか、プロデューサーさんの表情が少し険しい。
あれ?なんだかちょっと空気が重いような。
「そうだったわね、単刀直入に言うわ」
今までにないくらい真剣な表情でお姉ちゃんはプロデューサーに向き直った。 - 21二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:28:39
「あなた、本当に『佑芽のプロデュースだけ』が目的なのかしら?」
「・・・それはどういう意味でしょうか?」
お姉ちゃんの質問に部屋の緊張感が一気に高まる。
今まで一緒にいてこんなに怖いお姉ちゃんは見たことがない。
「普通に考えたらおかしいと思わない?」
お姉ちゃんの一言一言に思わず息を飲む。
「だって・・・」 - 22二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:30:23
「だって補欠合格なのよ!?普通は学年主席のこの私を最初にスカウトするべきでしょ!?」
「・・・は?」
プロデューサーさんの気の抜けた声、初めて聞いた。
「確かに佑芽は最高に可愛い私の妹よ!!どこに出しても恥ずかしくない・・・はさすがにちょっと嘘だけど、この学園でも私の次に可愛い美少女よ!!」
「えへへ〜//そんなに褒めなくても〜・・・ってあれ?」
「数字だけ見れば入学成績はボロボロ、お世辞にも歌もダンスも今はまだ全然上手くないわ。そんなところも私にとっては妹の可愛い一部なんだけど」
なんだか可愛がられてる風ですごいボロカスに言われてない? - 23二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:31:31
「プロデューサーとして見た時にとてもスカウトしたいアイドルとは言えないわ。強いていうなら私よりちょっとだけ身長とおっぱいが大きいぐらいよ」
「いきなり何言ってるのお姉ちゃん!?しかもこの差をちょっとっていうのは無理があるよ!!」
「はい、存じております」
「プロデューサーさんまで!?」
「リサーチがすごいとは聞いていたけど、まさかそんなことまで・・・!!やっぱりあなた、佑芽の体が目的なんじゃないでしょうね!?」
「はい、そうですが」
「やっぱりそうだったんですか!?」
さっと自分の胸を腕で隠しながらプロデューサーさんを見る。
やっぱり怪しい人なの!? - 24二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:32:43
「つまり咲季さん、あなたは私が佑芽さんのプロデューサーに相応しくない。そう言いたいんですね?」
「あら、意外と話がわかるじゃない。そうよ、私には今のあなたに佑芽のプロデューサーがとても務まるとは思えないわ」
「なるほど、分かりました。それでは佑芽さん」
「は、はい!!」
え、なんでここで私!?
やっぱり契約はなしとか言われちゃうのかな!? - 25二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:34:20
「先ほどのお話しの続きをします。少し内容が前後しますがお気になさらず」
「は、はい・・・?」
「ちょっと!!私を無視する気!?」
「いえ、是非咲季さんも聞いてください。それでもし、私のことを佑芽さんをプロデュースするに足る人間だと思ったらその際は、いいですね?」
「・・・へぇ、面白いじゃない。いいわ、その代わり私が納得しなかったら佑芽のことは諦めなさい」
「それはもちろん」
「ちょっとプロデューサーさん!?」
「大丈夫です佑芽さん、あなたのプロデューサーを信じてください」
どこか自信のある、というよりは慣れたことをこなすだけ、そんな表情をしていた。
今まで何回もしていたことを練習通りに再現するような。 - 26二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:35:36
「それじゃあ早速聞かせてもらうわよ、どうやってあなたが佑芽をプロデュースするのか」
お姉ちゃんもさっきまでとは違い、慢心しているわけでも不安そうにしているわけでもなかった。
ただ淡々とプロデューサーの話を聞こうとしている、そんな目をしていた。
・・・って、これ私のプロデュースの話だよね?
「本当は先に佑芽さんの現在の実力を実際に見てからお話ししようと思っていたのですが」
そう言いながらパソコンのウィンドウを私たちに見せてくれるプロデューサーさん。
そこにはこれからのスケジュールと各イベントに対する目標、そしてそれを達成するためのレッスン内容が細かく記載されていた。
それを見せながら私の特性や資質、それにあったレッスン内容の説明を細かくしてくれた。 - 27二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:37:07
「すごい・・・これ全部、私のために作ってくれたんですか!?」
「はい、佑芽さんをスカウトするために調査した内容から大まかに作りました。本当はご両親との面談が終わってから最終調整したものをお見せしたかったのですが、仕方ありません」
「会う約束できたんですか!?」
「ホームページから面談予約をしたら一番早い日程で組んでいただきました。明日、早速行ってくる予定です」
二人ともずっと忙しいはずなのに・・・。
いや、そんなことよりこの人はどれだけ私のことを考えて。
本当に、お姉ちゃんに勝てるかもしれない。
気持ちの昂りが抑えられず、これを見ているはずのお姉ちゃんの方を見る。
さすがにここまでのものを見たら納得してくれるはず!! - 28二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:38:11
「何よ、これ・・・」
ウィンドウから目を離し、私の方を見てくるお姉ちゃん。
その顔は喜んでも怒ってもなくて、ただ困惑の表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「・・・なんでもないわ。・・・佑芽のプロデューサー」
お姉ちゃんがもう一度パソコンを睨みつけるように見る。
もしかして読めない字でもあるのかな?ちょっと珍しい。
「なんでしょうか?」
「・・・いいわ、今日のところは認めてあげる」
「ありがとうございます、咲季さん」
お姉ちゃんがプロデューサーさんの目を見ながら少し不機嫌そうに言葉を投げる。 - 29二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:39:11
「・・・ということは!!」
「ええ、しょうがないからしばらくは佑芽のことをプロデュースさせてあげるわ」
「やったーーーーーー!!」
嬉しさのあまりお姉ちゃんに抱きつく。
勢い余ってお姉ちゃんが床に倒れてしまったけど、それより今はいっぱいぎゅーーーってしていたい。
「ちょっ、佑芽、少し、くる、し、い」
でもなんでプロデューサーさんをあんな不機嫌そうに見てたんだろ。
認めてくれたってことは、プロデューサーさんの実力が問題ないって判断したはずなのに。 - 30二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:40:40
「お姉ちゃん、なんでプロデューサーさんを見てる時ちょっと不機嫌そうだったの?」
「はぁ・・・はぁ・・・なんでって、あなた」
何かを言おうとしてまたも口ごもるお姉ちゃん。
さっきからどうしたんだろ?
「きっと、大事な佑芽さんを私に取られて嫉妬しているんですよ」
「はぁ!?そんなわけないでしょ!!誰があなたに嫉妬なんてするのよ!!」
「お姉ちゃん嫉妬してたの!?もう、だったら早く言ってくれればよかったのに!!」
大丈夫だよお姉ちゃん、私はお姉ちゃんのこと大大大好きだから!!
そう言いながらまたお姉ちゃんをぎゅうっと抱きしめる。 - 31二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:41:57
「分かりますよ咲季さん、失恋とはとても辛いものですよね」
「誰も、聞いてないわ、よ・・・佑芽、そろそろ、離れま、しょうか・・・」
背中をタップされて我に帰る。
そうだった、嬉しくて忘れてたけどずっとお姉ちゃんを床に倒したままだった。
先に起きてお姉ちゃんを引き上げる。
ありがとうと言いながらスカートの皺を直すお姉ちゃん。
少しだけ乱れた髪を手櫛で直し終えると私の顔をじっと見てきた。
「もしも何か変なことをされたら私に言いなさい、すぐにお姉ちゃんが助けてあげるから」
「もう、心配性だな〜。でも、ありがとう」 - 32二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:43:51
お礼を言うとお姉ちゃんの表情がいつも通りの柔らかい笑顔に戻った。
よかった、いつものお姉ちゃんだ。
暖かい手で優しく頭を撫でられた後、お姉ちゃんは教室を後にした。
やっぱり私のお姉ちゃんはとっても優しくて頼りになる自慢のお姉ちゃんだ。
でも、憧れてるだけじゃダメだ。
私はこれからここでお姉ちゃんに勝てるようになるんだ。
いつまでも背中を追いかけるだけの鈍臭い妹じゃない。
グッと拳を握って心の中でそう固く決意した。 - 33二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:45:53
跳ね上がった心拍数を誤魔化すように廊下を歩くスピードが自然と早くなる。
最初の角を曲がってしばらくして、何かから解放されたようにようやくその足を緩めた。
『大丈夫よね?考えてたこと、佑芽にバレてなかったわよね?』
一度立ち止まって大きく深呼吸して、気持ちの整理をする。
最初佑芽から連絡がきた時にはびっくりした。
まさかあの子にもうプロデューサーがつくなんて。
焦る気持ちが全くなかったかと言われれば嘘になるが、それよりも妹を守らなきゃと言う気持ちの方が強かった。
先生に聞いて教室に向かうと、そこには若いスーツにメガネをかけた長身の男がいた。
あらかた、何も考えずに可愛い妹の魅力に狂わされただけのただの愚か者だろう、そんなふうに思っていた。
少し突っついてやれば本性を出してすぐに尻尾巻いて逃げるだろうとも。
パソコンに映された『あれ』を見るまでは。 - 34二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:47:00
「何よ、これ・・・」
緻密に練られたスケジュールに、佑芽に合わせて設定された無理のない各イベントにおけるゴール。
そして何より「私に勝つ」と言う佑芽の目標についてもしっかりと考えられていて、それを叶えようとしているのが伝わってくる。
本来であれば喜ぶべきことだ、私の大事な妹にこんなにすごいプロデューサーがつくのなら。
だけど違う、あのプロデューサーは佑芽の目標について真剣なだけじゃない。
と言うよりむしろ
『私に勝つこと以外、考えられていない・・・?』 - 35二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:48:27
レッスン内容、中間、期末試験の目標順位、そしてH.I.Fでの目標ステータス。
その全てが私の成長曲線を加味して設定されていた。
パッと見は私と私のプロデューサー以外は誰も気づかないだろう。
それぐらい自然に、けれども確実に佑芽のプロデューサーはあのスケジュールに私の成長のことも正確に組み込んでいた。
あり得ない、こんなこと普通の人間にできるわけがない。
途端にあの男が得体の知れない何かに思えてきた。
助けなきゃ、そう思って佑芽の方を見る。
そしたらあの子、すっごくキラキラした目で私のことを見てくるのよ。
あんな目されたら言えるわけないじゃない。
もう一度パソコンに目を向ける。
何度見返しても書いてあること自体には何も問題はない。
だったらあの子のプロデューサーになることに反対なんてできるわけもない。
『・・・いいわ、今日のところは認めてあげる』 - 36二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:49:45
あの時の私にはそう言う他なかった。
だけどもし何かあれば、何に変えても佑芽のことを守る覚悟も決めた。
同時に何度も感じたことのある、胸が押しつぶされそうな焦燥感が私を襲った。
このままいけば、私は確実にこの子に負けると。
「・・・佑芽、私は絶対にあなたにだけは負けないわ」
それだけが唯一、あの子のために今の私ができることだから。
世界一のお姉ちゃんであり続けることが。 - 37二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:50:53
「よいしょっと、とりあえずこれで全部ですかね」
「ありがとうございます、有村さん。おかげでなんとか今日中に運び終えることができました」
「いえいえ、これぐらいのこと。先生方にはいつも授業でお世話になってますから」
空き教室の隅に積まれた段ボールを見ながら捲っていたシャツの袖を下ろし、脱いでいた制服のジャケットに腕を通す。
一律同じ大きさであるのを見ると中身は全て同じものなのだろう。
「ちなみにこの中身はなんなのか聞いても?」
「生徒名簿ですよ。とは言っても一般校のものとはちょっと違いますけどね」 - 38二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:52:06
先生はそう言いながら山の一角の適当な段ボールを開け始めた。
「勝手に開けてしまって大丈夫なんですか?」
「いいんですよ、どうせ数日後には私の手からプロデューサー科の人たちに渡すものなので」
先生が二冊ほど取り出したそれは、名簿というにはあまりにも丁寧に製本された冊子だった。
「名簿と言うよりはカタログみたいですね」
「言い得て妙ですね、アイドル科の生徒名簿を見るのは初めてですか?」
「存在は知っていたんですけど、実物を見るのは初めてで」
「無理もないですよ、基本的には年度が始まる前に教職員とプロデューサー科の生徒に配布されるものなので」 - 39二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:53:19
話しながらペラペラとページを捲ってみる。
そこにはアイドル科の生徒達の写真と簡単なプロフィールが記載されていた。
「でもただの生徒名簿をこんなに華美にする必要あるんですか?」
「本来はプロデューサー科の生徒がスカウトする際の情報集めに使ったりするものなので、ここまでする必要はないんですけど」
確かにそれだけのためならばここまでデザインに凝る必要もないし、そもそもこんなに大量に用意する意味もない。
「と言うことは、他にも何か用途があるんですね」
「そうですね、有村さんは確か業界歴自体は長いんでしたよね?」
「はい、子供の時は劇団に所属していたので」
「でしたらなんとなくこれの使い道が見えてきませんか?」
「・・・なるほど、色々な企業への営業用ということでしょうか」 - 40二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:54:39
「そうです、初星学園は様々な提携企業やお得意様がいます。そこに挨拶も兼ねて毎年この生徒名簿をプロデューサー科に配布する前に配っているんです、企業には面子というものがありますから。これをもらえることがある種のステータスにもなっているんですよ」
卒業生達の成果の賜物だと先生は付け加える。
なるほど、この装飾については得心がいった。
しかしここで新たな疑問が。
「でしたら入学式が行われた今日に、この量のダンボールが届いたのでは遅いのではないですか?」
「それが今年は少し特殊でして・・・」
そう言いながら今度は名簿の新入生達のページを開く。 - 41二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:55:54
「初星学園はアイドル業界において大きなネームバリューを持つ、いわゆるアイドル名門校です。そのため倍率も毎年高く、合格すればほぼ間違いなく全員が入学します。ですが稀にご家庭の事情などで入学を辞退する人がいてですね」
「それが今年だったと」
「はい、ですので毎年形だけとっている補欠合格者が繰り上がりで合格。それが分かったのがつい1週間前のことで緊急対応で仕上げてなんとか今日届いた、というわけです」
ページをペラペラ捲りながら誰かを探す先生。
おそらくその補欠合格者がちゃんと載っているのか気になったのだろう。
『そうか、だから莉波がここ1週間ほど忙しそうにしていたのか』
色々なことが線で結びついていく。 - 42二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 00:57:49
「ということは、今年の生徒名簿はまだ誰も持っていないんですか?」
「いえ、挨拶周りは最悪明日からでも間に合いますが、プロデューサー科の生徒たちはこれがないと仕事、もとい活動ができませんからね。校正前のものは既にデータで配布済みです」
先生のページを捲る手が止まる。
ちゃんといますね、と独り言が漏れていた。
おそらく補欠合格者のページにたどり着いたのだろう、ボクの考えは合っていたみたいだ。
正解のご褒美と言ってはなんだが、莉波を忙殺した犯人の正体が少しだけ気になった。
ちょっと不躾かとは思いつつ、そこはどうか目を瞑ってほしい。
先生の開いていたページをチラッと見る。
そこには活発そうな見知った顔があった。
そうか、あの子が。
だとするともう一つ新たな疑問が生まれる。
プロデューサーは生徒名簿をスカウトの参考にすると言っていた。
だとすると、あの子はどうして事務所のある棟に? - 43二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 01:00:06
とりあえずまとまった部分は投下できました。
残っていれば以降書いた分を都度ポツポツ投下していければと - 44二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 01:15:52
でも正直花海咲季のすごいところって主人公補正と努力で奇跡を起こすことだから割と原作と変わらない可能性あるな
- 45二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 09:41:57
保守
- 46二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 10:07:41
保守ありがとうございます
今日の夜には続きがあげられればと - 47二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 19:56:25
残ってて良かったです
ちょくちょく続き書いて行きます - 48二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 21:56:51
「佑芽さん、調子はどうですか?」
「はい!!なんだかメラメラ燃えています!!」
ステージ前の控え室。
そこには私とプロデューサーさんの二人しかいなかった。
「中間試験で初めてのステージ、厳しい戦いになると思います」
「もちろん、今の私じゃボロボロに負けるかもしれません。でもそれは挑戦しない理由にななりません!!」
「気持ちは大丈夫そうですね、ちゃんと作戦は覚えてますか?」
「はい!!『体力で相手をすり潰す』ですよね!!」 - 49二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 21:58:20
「ダンスレッスンのみ、ですか?」
「はい。既に入ってもらっていますが、これから中間試験までの数週間、佑芽さんには最後の追い込み以外はダンスレッスンのみをしてもらいます」
レッスン終わりのミーティングでプロデューサーさんから言われた計画。
最初にスケジュールを見た時からわかっていたことではあったけど、本当にダンスしかしないとは。
「でもプロデューサーさん、本当にダンスだけで大丈夫なんですか?」
疑っているわけではない、だけど私の頭の中にはここ数日で構築された「アイドル」という存在が頭から離れない。
初めて見たお姉ちゃんのレッスン姿。
歌って踊って他を魅了する立ち振る舞い、その全てがこれがアイドルなんだと私の中に鮮烈に叩き込んできた。
その姿を考えると、ダンスレッスンだけではなんだか足りないような気がしている。 - 50二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 21:59:28
「もちろん、最終的には全てをこなせるようなトップアイドルを目指してもらいます。」
そう言いながらある資料を私にくれた。
そこには六角形のグラフに私のステータスが記入されていた。
「って、ほとんど全部最低じゃないですか!!」
「前回見せてもらった今の実力をもとに私の方でグラフ化してみました。率直に言ってヤバいです」
「ヤバイんですか!?」
「ですが一つだけ、身体能力においては合格者の誰よりも佑芽さんはずば抜けていた」
そう言ってもう一つの資料を渡してくる。
これは・・・入学試験の成績?
「歌やダンス、面接などのある程度テクニカルな部分が試される項目においては軒並み最下位、正確に言えば補欠合格なので評価の範囲内にも入っていません」
「ですがその他の、基礎体力を測る項目においては誰よりも、咲季さんよりも上の成績でした」
お姉ちゃんよりも上、その言葉に少しだけ心臓が跳ねた。 - 51二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:00:47
「最初から全てうまくやろうと思っても大概の人はできません。できるとすれば、それは咲季さんのような天才です。佑芽さんはそうではありません」
まだお姉ちゃんには勝てない、そんなのいつものことだ。
「だからこそまずは一つずつ、確実に勝てるものを増やしていきます。そこで佑芽さんの身体能力に直結するダンスをまず伸ばしていきます」
「佑芽さん、甲子園は見たことありますか?」
「実家でお父さんがよく見ていたのを一緒に見てました!!」
「甲子園は全国の高校球児の頂点を決める大会です。ですがそのほとんどはプロになれるほどの実力を持っていません」
「それでもその姿に多くの人たちは魅了され、毎年大きな注目が集まる一大イベントになっています。プロ野球の方が実力もエンタメとしても上なのに、なぜだか分かりますか?」
「うーーん・・・頑張っている姿に感動するからですか?」
「そうです、人というのは実力や結果以上に、その直向きな姿に魅力されるんです」
「そこに至るまでの努力、それまで費やしてきた時間、その全てが一度しかないその一試合の中に詰まっているからこそ、多くの人は感動するんです」 - 52二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:02:00
言っていることは分かる。
だけどその言葉の真意がいまいち分からない。
必死に考えて難しい顔をしているとプロデューサーさんがフォローしてくれた。
「今はわからなくても構いません、ただ自分がアイドルとしてステージで見せたいものは何か。それだけは考えておいてください」
ということで、と仕切り直すとプロデューサーさんがホワイトボードをひっくり返す。
そこにはデカデカと大きな文字が書かれていた。
「まずはみなさんに佑芽さんがどんなアイドルかを知ってもらいます。そのために恵まれた身体能力と有り余る体力を駆使して、注目を一気に集めます」
「最初の中間試験ではまだ体のできてない生徒がほとんどです。そこでステージの後半、全員がばててきたところでダンスの出力を維持できればかなり注目されるでしょう」
「なるほど!!それがこのかなり物騒な名前の作戦なんですね!!」 - 53二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:03:55
ステージから降りる。
正直頭が真っ白でいつ始まっていつ終わったのか理解ができていない。
それでも私の横を他の子達が通っていくのを見ると、試験が終わったんだと実感する。
そうだった、そもそもこれは試験だったんだ。
だったら控室に戻ってプロデューサーさんに結果を聞かなきゃ。
ふわふわした足取りで廊下を歩く。
なんでだろう、まだ結果も聞いてないのにすごく気分がいい。
今までに感じたことのない感情に、自然と歩幅が大きくなった。 - 54二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:06:28
とりあえず一つ目のゴールは達成した。
その安心感に思いっきり椅子の背もたれに体を預けた。
佑芽さんとのミーティングを終えて一人教室で大きく息を吐いた。
結果は一位、不可能ではないと思っていたがまさか本当に一位を取るとは思わなかった。
それは佑芽さんも同じだったのか、今までにない喜びようだった。
それでも咲季さんに報告しないところを見ると、まだ勝ったとは思えないんだろう。
首尾はいたって順調、というよりは予想を遥かに超えてきていて正直恐怖すら覚えている。
「まあ、こればっかりはあっちを信じるしかないよなぁ・・・」 - 55二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:07:29
パソコンを開き、今日のステージを見返す。
作戦通り、他の生徒が後半でバテ始めた中でも一人動きのキレが維持できていた。
それでも一緒に試験を受けていた3年生達はどうして離せない、だからこそ今日の目標は3位で試験合格。そこまでやれれば御の字だった。
「でもそうじゃなかったんだよなぁ・・・」
ラストスパート、流石に3年生たちも限界が近づいてきていたその時。
彼女だけは一人、動きのキレが増していた。
それにキレだけじゃない、今まで失敗していたステップも、挑戦だけして組み込む予定のなかったターンも荒削りではあったがこの土壇場で成功させた。 - 56二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:08:48
そして何より、あの彼女の表情。
全てが未完成のはずなのに堂々としたその振る舞いに誰もが、私でさえも魅了された。
映像を見終わり、もう一度天井を見上げながら大きく息を吐く。
今まで溜め込んでいたものが気の緩みからか、思わず一気に口から漏れた。
「こんなバケモノだったのかよ、俺たちの相手は」 - 57二次元好きの匿名さん25/09/29(月) 22:09:48
とりあえず書いた分は投下しました。
また明日、残っていれば投下していければと思います。 - 58二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 07:53:29
今日も夜ぐらいにダラダラと投下していければと
- 59二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 16:52:01
ほしゅ
- 60二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 21:57:06
保守ありがとうございます
絶対に落ちてるだろうなと思っていたので嬉しいです・・・。
これから書いてぼちぼち投下していきます。
今日はおそらく文量少なめです - 61二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 23:44:12
講堂を真っ赤に埋め尽くすペンライトの光の波。
その中心を二つに分けるように長く伸びる橋の上を歩き、メインステージに戻る。
振り返ると同時に私に向けられらた歓声が、真夏の夕立のように絶え間なく降り注ぎ、新たな一番星の誕生を祝福した。
抑えられぬ興奮と一つの目標を達成した安堵がごちゃ混ぜになった不思議な感覚にしばらくこの身を預ける。
このままこの波に全てを委ねてしまいたい、そんな時に耳につけたインカムからステージ終了のサインが送られた。
名残惜しくも一礼をしてステージ横に捌けていく。 - 62二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 23:45:15
「そうよ、ここで満足するわけにはいかないわ」
ステージを降り、元いた控室に歩みを進める。
それでも今は、この気持ちをあなたに伝えたい。
一番近くで見ていてくれた大切なあなたに。
控室の前に着き、あなたの待つ部屋の扉を少しだけ緊張しながらゆっくりと開いた。 - 63二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 23:46:50
「はっ!!・・・夢・・・?」
暗闇の中で一人、肩で息をしながら周りを見渡す。
ここは私の部屋で、どうやら寝付きの良い私にしては珍しいことに夢を見ていたらしい。
頭上に置いた充電中のスマホを見ると、時刻は深夜の3時を回った頃。
今日は初めての中間試験が終わったこともあり、一日完全オフにする予定だった。
それなのにいつもより早い時間に起きるなんて。
「・・・このままじゃすぐにまた寝るのは無理そうね」
寝巻きに使っているパーカーが汗でぐっしょりと濡れていてた。
この季節にしてはまだ早すぎると思わなくもない。 - 64二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 23:48:33
「それもこれも全部、あの夢のせいよ!!」
誰に怒るわけでもなく、宙に向かって恨み言を吐く。
たまに夢を見ることがある。
それがまた嫌なことにほとんどが悪夢で、見るタイミングも決まっている。
佑芽との勝負に負けそうになった日の夜。
今まで私は佑芽といろんな競技で競い合ってきた。
最初は私が圧勝するんだけど、そのうちあの子が追いついてきて、そしていつかは絶対に「その日」が来る。
その度に私は逃げて、避けて、そして毎回悪夢を見る。
だけど「その日」が来るまでは、私は佑芽にとって世界で一番のお姉ちゃんでいられる。
それまでは私はあの子のお姉ちゃんでい続けられる、はずだ。
なのに、
「今度はこんなに早いなんて」 - 65二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 23:49:36
今までのあの子から考えたら異常なスピード。
結果だけ見れば、今回も私の圧勝だった。
だけど遠目から見たあの子のダンス、あれは間違いなく。
「・・・いいえ、まだよ。まだ負けてないわ」
そう思うと寝てなんかいられない。
眠気なんてものは最初からなかったが、私を追い詰めてくる焦燥感が嫌でも脚を動かそうとしてくる。 - 66二次元好きの匿名さん25/09/30(火) 23:51:08
「それに、あんなもの見た後で寝られるわけなんてないじゃない」
汗に濡れたパーカーを脱ぎ捨てレッスン着に着替える。
部屋に置いた小さな冷蔵庫を開いて、中からゼリー飲料を取り出して口に入れた。
胸の中でつかえていたものと一緒に胃のなかに落とすと、髪をいつもよりも少しだけラフに上でまとめながら寮の玄関に向かう。
それにしてもなんで
あそこにあいつがいたのよ - 67二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 07:44:28
「映画面白かったね!!」
「はい、そのせいで先ほどから私、涙が止まりませんわ〜!!」
中間試験が終わって迎えた土曜日、プロデューサーさんから1日お休みをもらった私は千奈ちゃんと映画を見にきていた。
『お友達らしいことがしてみたいですわ!!』
千奈ちゃんの一言で友達らしいことをすると決まった私たちは、とりあえず映画を見に行く事に。
本当は広ちゃんもいるはずだったけど - 68二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 07:48:36
「週末の朝は、充電が間に合わない、ね」
と言いながら寮の玄関で力尽きた。
そのまま寮長の麻央先輩におぶられて部屋に戻って行った。
「広ちゃんも一緒に見たかったなー」
「そうでわね、こんなに素晴らしいものを篠澤さんは見られないなんて。特にラストは感動必至で・・・私、いまだに涙が・・・」
「そんなに泣いちゃう!?」
「だって好きな殿方のためにあんなに頑張ったのに、男性側は全て忘れてしまっているなんて・・・あんまりですわーーー!!」 - 69二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 07:50:04
内容としては、とある女子高生が未来で悲運な死を遂げる同級生の男の子を助けるっていう少し凝ったラブコメだった。
最後は命を救って未来を変えた代償に、ヒロインのことだけ忘れてしまうんだけど、ちょっとだけ納得いかない。
「でも最後だけちょっと納得いかないなー」
「なんでですの!!とっても感動的ではなかったですか!!」
「だって好きになった人で、しかも命の恩人のことを忘れちゃうんだよ?」 - 70二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 07:52:29
「それは未来を変えてしまった代償で、その代償を払ってでも助けたいという健気な気持ちがいいんじゃないすの!!」
「命も救って、そのまま覚えておけばいいだけじゃん!!」
「できないから言っているのですわ!!・・・いえ、花海さんならどうにかできてしまいそうなのが恐ろしいですわ・・・」
妙な納得の仕方をしたせいか、千奈ちゃんの涙はいつの間にか止まっていた。
でもそうじゃない?
大切な人のことなんてそうそう忘れるはずないじゃん!!
私だったら、絶対にお姉ちゃんのことだったら忘れないもんね!! - 71二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 07:54:09
「全く・・・花海さんのせいで、感動の涙も引っ込んでしまいましたわ」
「それじゃあ次はバッティングセンターに行こうよ!!」
「バッティングセンター!?それは一体なんですの!?」
既に興味が映画から未知のバッティングセンターに移ったのか、千奈ちゃんの目は映画館に行く前みたいにキラキラしていた。
「よし!!それじゃあ今日はいっぱい打つぞーーーー!!」 - 72二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 07:55:43
また残っていれば夜あたりにポツポツ投下できればと
- 73二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 15:17:04
サスペンスみがあって楽しみ
- 74二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:07:52
まだ残っているとは・・・
一人でも楽しんでいただけているようで何よりです
今日はちょっとだけ更新できればと - 75二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 00:22:38
寒さで悴む手を擦り、少しだけ感覚の鈍くなった指先でポケットの中の鍵を探す。
一度取り損ねた後、今度は指の腹までしっかり使って鍵を掴んだ。
ポケットから手を出すと、また手が凍ってしまいそうで急いで鍵を開ける。
玄関には小さめのサイズとは反比例して底が厚めの靴が綺麗に並べられていた。
履いていた革靴を脱ごうと膝を折って少し屈む。
綺麗に並んだ靴に少しだけ埃が被っていることにその時気づいた。 - 76二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 00:24:12
その埃が恨めしく手で軽くはらった後、目の前の真っ暗な廊下を進む。
室内にまで侵入した冷たい空気が、この冬の厳しさを一層感じさせた。
リビングに繋がるドアを開ける。
そこだけ時が止まったように冷気が満ちる暗い部屋の中で一人、彼女はローソファーに背を丸めながら体育座りのように座ってテレビを見ていた。 - 77二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 00:25:12
「風邪ひきますよ」
そう言いながら自分が先ほどまで着ていたコートを彼女の肩にかけ、机の上に置いてあったエアコンと照明のリモコンを手に取る。
ピッと言う電子音と共に両方の電源が入る。
私が来たことに気づいていない訳もないのに、彼女は全く反応しない。
壁にかけてある時計を見ると時刻はそろそろ日を跨ごうかと言うところ。 - 78二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 00:26:16
「今日はちゃんと食べましたか?」
そう言いながらダイニングキッチンにある冷蔵庫を開く。
そこには二日前に作り置きしていた数日分のおかずがそのままの状態で入っていた。
よく見るとキッチンには洗い物一つなく、栄養補給目的のパックのゼリー飲料のゴミがいくつかゴミ箱に捨てられているだけだった。
「ちゃんと固形物も食べないと、顔の筋肉が衰えますよ」
「・・・ごめんなさい」 - 79二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 00:28:05
彼女は小さく呟きながら肩にかけられたコートをギュッと掴んだ。
まるで小さな子供が大人に怒られているかのように。
「別に謝らなくていいですよ。それよりもうこんな時間です、明日に備えて早く寝ましょう」
そう彼女に優しく声をかけると、コクっと小さく頷いて肩にかかったコートを掴んだまま寝室に向かった。
帰る時に必要だったが、それで彼女が安心するならしょうがない。
申し訳ないが、今日はリビングのソファーを借りてここで寝よう。
脱いだスーツのジャケットをソファの背もたれにかけ、そのまま腰をかけてついたままのテレビを見てみる。 - 80二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 00:29:17
『みんなーーーー!!まだまだ声出せるかーーーーーー!?』
握ったマイクに力を込めながら大勢の観客に向かって叫ぶ一人の女の子。
場外に設置された大きなステージの周りを囲む柵の中いっぱいに入った観客たちは、ステージに立つ彼女一人に大きな声で答えていた。
どうやら今年の夏にあった大型野外フェスのライブ映像らしい。
不甲斐なさからなのか憤りからなのか拳に力が入る。
なんであそこに立たせてやれなかった
肌に食い込む爪の痛みも忘れて、掠れた声が喉の奥で消えていった。 - 81二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:16:06
最近何かがおかしい。
先日行われたH.I.Fに向けた選抜試験。
その第一選抜の結果、グループトップの成績で合格。
それも他の参加者たちに圧倒的な差をつけての勝利。
前回の中間試験からさらにダンスに磨きをかけ、常に高いパフォーマンスを維持できるようになり、プロデューサーさんの言っていた通り、私の身体能力を活かしたダンスは他に真似できない武器になった。
そして次のステップに進むために、今はビジュアルレッスンについての話をしているんだけど。 - 82二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:17:10
「これでどうだああああああああああ!!!!」
「全然ダメです、それはウィンクではなくて両目を瞑っただけです」
プロデューサーからいきなり言われてウィンクをさせられている。
言われて挑戦してみたけど、これが意外と難しい。
「くそーーー!!こんな難しいことすぐにはできないですよ!!」
「咲季さんはこれをパフォーマンス中に自然と入れていますよ」
そう言いながらノートパソコンをつけて、セレクションの時のお姉ちゃんのライブ映像を再生する。 - 83二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:20:16
キレのあるダンスに遠くまで響く声、そしてターンと同時に流し目からのウィンクを決めて審査員にアピールをしていた。
「うぐぐぐぐ・・・悔しいいいいい!!」
「見てもらった通り、ダンスだけで言えば今の佑芽さんは咲季さんと互角に戦えています」
「しかしアイドルのステージは総合力、ダンスだけでは咲季さんのようなアイドルには勝てません。なのでダンスという軸が固まった今、そのダンスをさらに魅力的に見せるためにビジュアルレッスンに力を入れます」 - 84二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:21:37
「なるほど・・・だからその第一歩として私にウィンクをさせたんですね!?」
「いえ、それはちょっとした興味本意です」
なんですかそれは!!
それじゃあただ私が恥ずかしいだけじゃないですか!!
「だったらプロデューサーさんもやってみて下さいよ!!私だけ恥ずかしい思いをするなんて不公平です!!」
どうですかプロデューサーさん!!
このまま私にだけ恥ずかしい思いはさせませんよ!!
「はい、いいですよ」
「え」 - 85二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:22:52
そう言いながらメガネをしっかり掛け直すと、私に向かって片目でウィンクをするプロデューサーさん。
「・・・」
そう、最近何かがおかしい。
今まではこんなことがあってもプロデューサーさんかっこいい!!ぐらいにしか思わなかったし、それを素直に口に出せていた。
なのに今は
『なんで私、こんなにドキドキしてるんだろ・・・』
思いっきり笑ってやろうと思ったのに、顔が熱くてプロデューサーさんの顔が見れない。
今までずっと二人でいたこの教室も、最近はなんだかそわそわして落ち着かない。
私、どうしちゃったんだろ。 - 86二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:26:45
「このように私でもできるのでいつかは佑芽さんにも・・・聞いてますか?」
「え!?あ、はい!!」
突然声をかけられて思わず声が裏返ってしまった。
「ボイスレッスンはまた今度やりますので、今はビジュアルレッスンのことに集中して下さい」
「はい、わかりました・・・」
「では具体的なレッスン内容の話に入りますが・・・」 - 87二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:28:19
そこまで口にして、プロデューサーの言葉が詰まる。
ど忘れしたという訳でもなさそうで、どちらかと言うと次にだす言葉を選んでいるようだった。
そして一度目を閉じて数秒間の沈黙の後、真剣な表情で私に聞いた。
「一つ聞かせて下さい。佑芽さん、あなたはーー」
そこまで言うと、またプロデューサーの言葉が詰まった。
どうしたんだろう、また何を言おうか考えているんだろうか。
そう思った次の瞬間。
バタン
電池が切れたおもちゃのように、プロデューサーさんはその場で意識を失った。 - 88二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 08:31:51
また夜まで残っていればぼちぼち投下します
- 89二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 10:06:30
続きが楽しみ
- 90二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 18:00:26
スレ主、咲季佑芽の親愛度と初星コミュどこまで読んだかよかったら教えてくれないか
- 91二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 21:10:21
- 92二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 21:11:22
続きを書いたらポツポツ落とします
- 93二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:31:19
よく晴れた土曜日の朝、と言ってもそろそろお昼も近づいた午前11時。
やることもなくダラダラ寝ていたけど、それだけだと逆に体が疲れる。
体を動かすがてら遅めの朝食をと食堂に向かうと、そこには見知った顔が二つあった。
「ことねっちとリーリヤじゃん、こんなとこで何してんのー?」
時間帯的に人もまばらな食堂でパソコンを前に椅子を並べて座る二人。
どっちも真剣にパソコンを見ていて、違うのはことねっちの手に握られたゲームのコントローラー。 - 94二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:33:00
「あ、清香ちゃん。今日はゆっくりするんじゃなかったの?」
「そのつもりだったけど、寝すぎるとなんか逆にそわそわしちゃって」
手をわきわき動かしながらちょっとしたオーバーリアクションをとる。
そんな会話をしてる間も、ことねっちは一心不乱にゲームをプレイしていた。
「てか、これって何してんの?ずっと同じキャラに話しかけてるけど」
「あ、これはね」
リーリヤが私に説明してくれようとしたその時 - 95二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:34:20
「おっしゃあああああ!!43回目の会話で表示が出なくなった!!これも記録記録ぅ!!」
突如大きな声を出して喜ぶことねっち。
その様子にあたしだけじゃなくて他の寮生たちも思わず反応する。
普段はこれだけ注目を集めると恥ずかしそうに赤面するリーリヤが、今回は真逆の反応をしていた。
「よかったねことねちゃん!!これで19個目の新しいバグだよ!!」
嬉しそうに横に置いたルーズリーフに記録していくリーリヤ。
その様子にあたしは一人取り残されたままだった。 - 96二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:35:32
「あ、ごめんね清香ちゃん!!実は今、ことねちゃんのバイトを手伝ってて」
「バイト?ゲームするのがバイトなん?」
横のことねっちを見ると、よっしゃやるぞーー!!と言いながらまたコントローラーを持っていた。
だけど普通に目の前の道を進むのではなく、その脇にいたモブキャラクターにずっと話しかけに行っている。
「ことねっち、もしかしてバイトのしすぎで頭おかしくなったんじゃ・・・」 - 97二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:37:24
「今やってるのは『デバッグ』って言って、ゲームの不具合を実際にプレイして見つけていく作業なんだよ」
「へー、そんな仕事があるんだ」
「今日の9時ぐらいから始めたんだけど、今はこれぐらい見つかってて」
そう言ってあたしにさっきのルーズリーフを見せてくれるリーリヤ。
「・・・なんで不具合の内容が全部モブ絡みなん?」
「ことねちゃんが言うにはバグを見つけるたびに基本給に別途報酬が出るらしくて、『メインのところはどうせ丁寧に作ってるだろうから、こーゆー誰も気にしないところの方が美味いんだよ』って」
「それであんなよく分かんない動きしてたんだ・・・」 - 98二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:39:10
「今じゃちょっとした不具合は修正パッチをネットで配布できるからあんまりないんだけど、昔のゲームは売り切りのものがほとんどだから意味不明なバグがそのままになって取り返しがつかないんだよね」
言ってる内容に反して、リーリヤの目がキラキラしている。
かわいいなぁと思いつつ、話が長くなる前に違う話題をふる。
「んで、この見つけたバグってこの後こっちで直したりするん?」
「それは流石に私たちじゃ出来ないから、報告だけして私たちの仕事は終わり」
「直すのってそんなにむずいの?」
「うーん、勉強してる人ならできるかもだけど、専門的なことだから素人の私たちじゃ難しいかな・・・。コードの書き換えってそこだけ直せばいいって訳じゃないこともあるから」
「それじゃもし、いくら直しても直んなかったらお手上げじゃん」
「その時はよっぽどメインストーリーに関わってない限りはキャラごと消すしかないかも。特にモブキャラはメインを達成するための賑やかしだから」
せっかく作ったものを消しちゃうなんて、少し勿体無い気もする。 - 99二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:43:29
「だああああ疲れたああああああ!!リーリヤちゃん交代よろぉ・・・」
「うん、任せて」
そう言いながらことねっちから受け取ったコントローラーを両手、では持たずに机に置くリーリヤ。
「左手は添えるだけ・・・」
そう言って左手を添え、右手の親指と先を合わせた中指をボタンの上に置く。
何やってるんだろと思った瞬間、リーリヤの指がありえない速さでボタンを連打していた。 - 100二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:44:36
「は!?ちょっ・・・え!?リーリヤちゃんの指どうなってんの!?」
「やだなことねちゃん、高◯名人さんと比べたらこんなのまだまだだよ」
涼しい顔でなぜか申し訳なさそうに苦笑いするリーリヤに困惑することねっち。
そりゃ何も知らずにあれ見せられると若干引くよなーと思いながら、もう一度パソコンに目をやって高速で永遠に話しかけられるモブを見る。
この人たちは想定通りに動かないと消されちゃうのか。
なんかかわいそーと思ってもないことを口に出しながらあることに気づく。 - 101二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:46:08
「ね、ことねっち。今やってんのって、その『デバッグ』ってやつなんだよね?」
「おー清香じゃん、そうだけど。外に出るバイトはプロデューサーにバレやすいからなー」
「じゃあそれってつまりまだ発売されてないやつなんだよね?」
ビクッとことねっちの肩が動く。
横から高速で聞こえてくるカチカチという音だけが響く静寂の後、ことねっちはゆっくりと口を開いた。
「・・・あの〜清香さんや?その〜・・・美味しいパフェは食べたくないかね?」
「マジで!?サンキュー、ことねっち!!」
「やったぁ!!20個目のバグだよことねちゃん!!」 - 102二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 08:29:54
保守
- 103二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 11:49:08
清夏の名前全部誤字ってる・・・。
見逃して頂けるとありがたいです。。。 - 104二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 13:16:16
「・・・ここは?」
瞼を開けると目の前には自宅にしてはいささか高すぎる天井があった。
まあ問題はそこではなく、なぜ私は寝ていたのかというところではあるのだが。
「あら、ようやく起きたのね」
「咲季さん?どうしてあなたが」
ベッドの傍らに備品の丸いすを置いて座る咲季さん。
レッスンの途中だったのだろうか、彼女は制服ではなく見知ったレッスン着に着替えていた。
周りを見渡すと一面カーテンで覆われていること以外何も分からなかったが、逆にそのおかげでここが保健室であることを理解した。 - 105二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 13:17:40
「佑芽から連絡が来たのよ、泣きながらあんたが死んじゃうって」
なんとなく思い出してきた。
確か私はさっきまで佑芽さんと教室でビジュアルレッスンの話をしていて、それで。
少し暗くなった保健室と入ってくる西陽を鑑みるに、大体3 ~4時間程度寝てしまっていたのだろう。
「すみません、ご迷惑をおかけしました」
「謝るなら私じゃなくて佑芽に謝りなさい。あの子、相当取り乱してたから」
今は落ち着かせるために、倉本さんと篠澤さんが一緒にいてくれているらしい。
人がいきなり目の前で倒れれば誰だって正気じゃいられないだろう。
ましてやそれが自分の身内ならば尚更。 - 106二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 13:19:43
「あと先に謝っとくわね。これ、もし病院に搬送されることになった時のためにあんたのカバンを漁らせてもらったわ」
そう言って、ビニール袋にまとめられた私の財布と学生証、スマホを渡される。
「助けてもらった身です。お礼こそすれ、文句を言う筋合いなどありません」
「そう、だったら恩返しがてらにもう一つ、質問に答えてもらってもいいかしら?」
そう言うと咲季さんは横に置いていた自分の鞄から見知ったファイルを取り出す。
それは私が使っているアイドルの情報をまとめたものだった。
「探してた時に中身が見えたのよ。普通だったら私も見なかったことにしたわ。でもこれを見逃すことは流石にできなかった」 - 107二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 13:21:32
なんとなく言いたいことは分かる。
私だって同じ立場なら確認せずにはいられないだろう。
「このファイルの中身、ほとんど私のことしか書いてないじゃない」
適当なページを開いて私に見せてくる。
そこには過去の競技成績や能力値のグラフが事細かに記載されている。
「それにこのファイル、佑芽のプロデュースを始める前からのものよね?入学式の日にあなた達の教室に行った時、デスクの上に立てられてたのを覚えてるわ」
本当にこの人は能力が高い。
だがそれをそんなところで使って欲しくなかった。
「言ったわよね?『本当に佑芽をプロデュースしたいだけなのか』って」
痛い所をつかれたことを思い出す。
「これじゃあまるで」
多分あなたの予想は合っている。
「私をスカウトしようとしてたみたいじゃない」 - 108二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 13:22:36
仕事にいく前に少し更新しました。
夜にまた更新できればと思います。 - 10990です25/10/03(金) 17:04:22
- 110二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 00:17:35
- 111二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 02:53:48
閉じた瞼の上に落ちてくる柔らかな日差しと頭の上に降った桜の花びらに、今が春であることを幾度と感じる。
校門側から講堂へと続く道の途中のベンチ、そこである一人の学生を待つ。
目の前には未来に想いを馳せながら講堂へと向かっていくアイドルの卵たちの姿があった。
かく言う私もプロデューサーの卵である。
ズボンのポケットからスマホを取り出し、今日の予定を改めて確認する。
メモアプリには今日の予定がびっしりと書かれてあったが、大きく太い文字で書かれたタイトルがまずは何をすればいいかを教えてくれる。 - 112二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 02:54:53
その第一歩のために気合いを入れようと自分の頬を両手で一度強く叩く。
自分がメガネをかけていることを考慮しておらず、叩いた拍子に落ちてしまった。
落ちたメガネを拾って掛け直すと、クリアになった視界の先に彼女はいた。
活発そうな赤みがかった髪を頭の上で二つに結びその二つの目に青い炎を宿した彼女は、他の生徒と同様に私のことなど気にもかけず一人まっすぐ講堂を目指す。
その自信に溢れた姿を目で追いかけながら、よしっと覚悟を決めて彼女のもとに向かった。
緊張で張り裂けそうな胸の鼓動を感じながらの第一声、声が裏返らないように、しかし確実に彼女に届くように声をかけた。
「花海咲季さん、あなたをプロデュースさせてください」 - 113二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 02:56:13
いきなり声をかけてしまっては普通の人ならびっくりするだろう。
しかし彼女は違った。
そうだ、私は入試で見た彼女のその目に惹かれたんだ。
少しの動揺も見せず、私をしっかりと見据えるその目に。
言い方を変えるのであれば、一目惚れである。
「必ず、あなたをトップアイドルにしてみせます」
スマホのメモアプリには大きな文字でこう書いてあった
「9時頃 花海咲季さんをスカウト」 - 114二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 02:57:15
彼女を事前に調べて分かっていたことは、元々アスリートの家系の生まれで彼女自身も様々な競技で優秀な成績を収めていたこと。
その全てをあるタイミングでキッパリとやめていたこと。
優秀であるが故に、伸び代があまりないこと。
負けず嫌いであること。
しかしこのままではいつかまた、「あるタイミング」がくること。
「私の悪あがきに付き合ってくれる?」
「いいえ、あなたに弱気な言葉は似合いません」
「勝つための手伝いならいくらでも」 - 115二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 02:58:51
事務所が入っている校舎の2階。
長い廊下の突き当たりを左に曲がり三番目の教室に入る。
そこから私と咲季さんの戦いは始まった。
中間試験に最終試験、その間に行われる選抜試験で私たちは何度も彼女と戦った。
花海佑芽、彼女の妹であり存在意義であり、最大のライバルだ。
最終試験前ぐらいからだろうか、佑芽さんを本当の脅威に感じ始めたのは。
初のソロライブを終え自信に溢れた姿に、お世辞にも絶対に勝てるとは言えなかった。
彼女は咲季さんが成長するたびにその倍の速度で追いかけてくる。
歌もダンスもビジュアルも、予想を遥かに超えてきた。
それでも思う。
彼女が咲季さんの妹で、存在意義で、ライバルで良かった。
初めてのH.I.Fで咲季さんはプリマステラに輝いた。
今まで何度も逃げてきた彼女が初めて正面からぶつかった、その努力の結実に私は涙をこぼさずにはいられなかった。
その頃からだろうか、彼女にアイドルとしてだけじゃなく心を惹かれるようになったのは。 - 116二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:00:03
確信に変わったのは、仕事用のイベント衣装を買いに出かけた時だった。
おおかたの買い物を終え帰路につこうとした時、彼女はある店の前で足を止めた。
そこはなんてことない普通のアクセサリーショップで、売ってあるものも高校生の、それこそ咲季さん達ぐらいの歳の子が手を出せるぐらいのものばかりだった。
「少し見て行きますか?」
「いいの?」
「寮の門限まではまだ時間がありますし、何か気にいるものがあれば買っちゃいましょう」
そう言うと彼女は大きく喜ぶことはなかったが、一言「ありがとう」とだけ言ってそのまま店に入って行った。 - 117二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:02:09
ブレスレットや髪飾り、ネックレスなどあらゆる装飾品が所狭しと店内に並ぶ。
通路には咲季さんと同年代ぐらいであろう女の子が何人かいた。
皆一様に品物を手に取りながら、近くの鏡にそのアクセサリーを自分の体に当てた姿を映していた。
様々なコーナーを回る。
何かを手に取るわけでもなく、なんとなくふらっと見ている咲季さんに声をかけた。
「何か気にるものはありましたか?」
その問いにう〜んと小さな声で唸った後、彼女は言った。
「今まで私は佑芽にとっての世界一のお姉ちゃんになるためだけに努力してきて、その分いろんなものを捨ててきたわ。そのせいかしら、今自分のためだけに何をするべきなのかわからないの」
色々と納得した。
先ほどの反応に今の状態、彼女は自分のためだけにわがままになることを知らないんだ。
そこからぐるっと店内を一周した後、私たちは店を出た。 - 118二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:03:30
「今日はありがと。悪いわね、こんな時間まで付き合わせちゃって」
「いえ、これもプロデューサーの勤めですから」
日がほぼ落ちた午後7時頃、寮の前の通りを荷物を持って二人で歩く。
酷暑が過ぎた後の風が気持ちよく、いつまでも歩いていたい気分だった。
しかしそれも長くは続かず、寮の入り口に着いてしまう。
「それじゃあプロデューサー、また月曜日に」
そう言って玄関に向かう咲季さんを私は呼び止めた。
「最後にちょっといいですか?」
どうしたのと言った表情をする彼女に一つの紙袋を差し出す。
「先ほどのお店で買いました。咲季さん、それを一番長く見ていたので」
中に入っていたのは銀のネックレス。
胸元の花のアクセサリーが彼女の名とよく合っている。 - 119二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:04:51
「これって・・・」
「H.I.F優勝のお祝いです、気に入ってもらえると嬉しいんですが」
私の感性と、ただ長く見ていただけという理由で買ったもの故、彼女に気に入ってもらえるかどうか少し不安だった。
だけどこれで彼女が少しは自分のためだけにわがままになってくれればそれでいい、そのぐらいに思っていた。
しかしその不安は杞憂だったようで、ネックレスを握りしめながら彼女は私に向かって最高の笑顔をくれた。
「ありがと!!プロデューサー!!」
そこには花海佑芽の姉でもなく、初星学園のプリマステラでもない、花海咲季の笑顔があった。
そんな彼女の笑顔を見た時だった。
私が恋に落ちたのは。 - 120二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:06:27
だからと言って私たちの関係が変わるわけもなく。
私はプロデューサーで彼女はアイドル。
彼女の行く道を、私はただ一緒に進むだけだ。
そうして2年目も、そして3年目も彼女は勝ち続けた。
もちろん幾度となく佑芽さんに負けそうになったことはあった。
それに歌だけ、ダンスだけに限定した話になると同学年の月村さんや藤田さんに僅差で下回ることもあった。
しかしアイドルという総合値で咲季さんが負けることはなかった。
三年連続のプリマステラという偉業も成し遂げた。
アイドルとしてこの上ない成績を収めて咲季さんは学園を卒業した。
その後一年遅れで私も無事卒業、学園預かりになっていた咲季さんのプロデューサーとしてプロの世界に駆け出した。
これからも幾度となく大きな壁に阻まれるだろう。
だけど私たちならどんな困難にだって立ち向かえる。
私と咲季さんなら。 - 121二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:09:58
現実は違った。
何度もオーディションを受け、落ち続ける日々。
埋まらないスケジュールにレッスンばかりの毎日。
考えたくもないが、日に日に実感する。
本物の天才達との大きな差を。
知らなかったわけではない。
天才という存在がどういうものなのかを。
それを知った上で私たちは信じた。
どんな大きな壁でも超えていけると。
しかし根本から違ったのだ。
私たちが見ていた壁には大きな天井で蓋がされていて、咲季さんはその天井に映し出されたプラネタリウムの中で輝く一番星でしかなかった。
私はそれをこの世で一番輝く星だと純粋に信じて疑わなかった。
何光年と離れた場所から燦然と輝く、眩い本物を知らずに。 - 122二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:11:21
ある日の夜、仕事を終えて咲季さんの住む事務所借りあげの部屋を訪れる。
プロである以上、咲季さんだけのプロデューサーであるわけにもいかない。
他の新人アイドル達のプロデュースもしなければならなかった。
今日彼女の部屋を訪ねた理由は一つ、オーディションの結果を伝えるためだ。
深夜にある音楽番組、そのスタジオでの生歌唱をかけたオーディションだった。
久々に残った最終審査、このチャンスを掴んでもう一度頑張ろうと誓ったオーディション。
「すみません咲季さん、遅くなりました」
時刻は既に夜の10時を回っていた。
昔の咲季さんならとっくに寝ている時間だ。
しかし今はローソファーの上で一人膝を抱えて座っていた。
机の上にはスマホが置いてあり、直感で色々と察してしまう。 - 123二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:12:46
「この前のオーディションの結果ですが」
「いいわよ、知ってるから」
どこからか情報が入ってきたのだろう。
結果は不合格、掴みかけていたチャンスはその手からするりと抜け落ちていった。
「すみません、私の調査不足で」
「プロデューサーのせいじゃないわよ。ただ私が足りなかっただけ」
そう言って私の顔を見ないまま、彼女は淡々と呟く。
これ以上、彼女にかける言葉が見つからない。 - 124二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:13:49
頑張れ?
彼女はもうこれ以上ない程頑張っている。
前を向きましょう?
向けるわけがない、自分の足元もおぼつかないのだから。
頭の中で考えを巡らせていると、自分のスマホに一件のメッセージが入る。
『今終わりました、お迎えよろです』
担当しているアイドルからの連絡。
最近デビューした彼女は、小さなイベントなどで着実に実績を積んでいて、ゆっくりではあるが確実にトップアイドルへの道を進んでいる。
咲季さんのことは大事だ、しかし仕事である以上彼女のことも蔑ろにはできない。 - 125二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:14:57
「それではまだ仕事があるのでこれで」
そう言って部屋を出ようとした時、咲季さんにスーツの裾を掴まれた。
「咲季さん・・・?」
「ねえプロデューサー・・・プロデューサーはいなくならないわよね?」
「・・・はい、私はずっと咲季さんのプロデューサーですよ」
振り返りながら裾を握る彼女の手を優しく両手で包む。
その手はひどく冷たくて、今にも壊れてしまいそうだった。 - 126二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:16:41
「みんなそうやって言ってた・・・だけどみんな私を置いて進んで行っちゃった・・・」
今度は握っているのとは逆の手を私の手に被せてくる。
「私を見てくれてた人たちもみんないなくなっちゃって・・・誰のために歌えばいいか分からなくて・・・」
彼女が顔を上げる。
その顔にはかつての自信に満ちた彼女の面影はなく、ただ不安に親を探す迷子の子供のようだった。
「大丈夫です、私はずっと咲季さんと一緒にいます」
「だったら・・・だったら証明して」 - 127二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:17:42
刹那、掴んでいた手を思いっきり引かれる。
倒れ込みそうになった私は、彼女を潰さないようにと床に手をつく。
側から見れば、私が咲季さんを押し倒したようにしか見えない。
目の前には目尻に涙を溜めた彼女の潤んだ瞳、その瞳から目をそらせいないままでいると彼女の両手が私の首の後ろに回った。
いけない、彼女はアイドルで私はプロデューサー。
彼女はこれからも多くの人に夢と希望を届ける存在でなければならない。
だからこそ私だけのものであってはいけない。
そう思い彼女の上から退こうとした時、彼女は私の目を見て言った。 - 128二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:19:18
「私があなたのものだって・・・信じさせて」
その後間もなく、私は彼女の唇に自分の唇を重ねた。
このままだと彼女がどこかに消えてしまいそうだったから。
もしこれで彼女が私の隣にい続けてくれるのであれば。
そんな言い訳を自分にしながら、私は彼女と肌を重ねた。
互いの存在を確かめるように体を貪り、気づいた時には彼女は私の横で静かに寝息を立てていた。
その日、私は花海咲季という一人のアイドルを殺した。 - 129二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:20:34
ある日の冬の朝、コートを咲季さんに奪われた私はソファーの上で一人寝ていた。
20代後半とはいえ、流石にソファーの上で寝ると体の節々が痛くて起きるのに一苦労しそうだ。
そう思っていると、キッチンの方から何かが焼ける音と少し焦げ臭い匂いがする。
まさか火事なんじゃと思い飛び起きる。
するとそこには朝ごはんを作っているであろう咲季さんがいた。
「あ、やっと起きたのね。今朝ごはん作ってるからちょっと待ってなさい」
こちらに気付いた彼女は寝巻きのまま二人分の食器を出す。
よく見ると食卓には近所のコンビニの袋が置いてあり、パックごはんにインスタントの味噌汁、既に開封済みの1パック6個入りの卵が確認できる。 - 130二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:21:53
「私も何か手伝いますよ」
全部やってもらうのも申し訳なく、何か手伝えることがないか探す。
「そう?じゃあご飯をチンしてもらえるかしら」
言われた通りにパックご飯をレンジにかける。
流石にプラスチックの容器のままじゃ悲しいので食器棚から茶碗を二つ取り出す。
どちらとも女性用の大きさで、同じ柄ではあるが一つは淡い赤色、もう一つはピンク色で花柄があしらわれた可愛らしいものだった。
そうこうしているうちに、咲季さんのほうができたのかお皿に取り分けている。
目玉焼きを作ったのだろうが焦がしてしまっていて、比較的焦げていない方を私に取り分けようとする。 - 131二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:23:04
「別に気にしませんよ、綺麗にできた方を食べてください」
「久しぶりで失敗しただけよ!!次は完璧にできるんだから!!」
分かりましたからと、言い訳をする咲季さんを宥めながら電気ケトルに水を入れる。
台座にのせてスイッチを押すと、ちょうどのタイミングでパックごはんが出来上がる。
それぞれ茶碗に移して食卓に並べる。
数分後、沸いたお湯でインスタントの味噌汁を入れると二人で食卓につく。
「「いただきます」」
湯気がたつお味噌汁を一口啜って体を温めた後、焦げ目が少しだけ大きい目玉焼きを食べる。
本当は苦味が強いはずなのに、今はなんだかそれが美味しく感じてたまらない。
そのままご飯を口に運び、一緒に胃のなかに流し込んだ。 - 132二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:24:41
「ねえ、あなたって今日は一日休みよね?」
「はい、その予定ですが」
黄身の部分を破りながらの突然の彼女の問いに、何かあっただろうかと思考する。
しかしなんてことはなく、ただ確認しただけのようで静かに微笑むとある提案をしてきた。
「久しぶりにどこか出かけない?」
予想外の言葉に思わず箸が止まる。
なんだか今日はいつにもなく元気だ。
「買いたいものがあるのよ、付き合ってくれるかしら?」
「!!・・・はい、お供しますよ」
そう返事すると彼女は嬉しそうに再び箸を動かし始めた。 - 133二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:26:11
スーツを着替えるために一度自宅に戻った私は、集合場所である駅前に向かった。
集合場所に向かうと、いつもより一段と綺麗な咲季さんが待っていた。
彼女のお気に入りのシャツにタイトなジーパン、少し背の高いパンプスを履いて、胸には昔に私が買ったネックレスが輝いていた。
その姿に思わず言葉を失う。
「もう、この私を待たせるなんていい度胸じゃない」
「すみません、綺麗で言葉を失ってました」
「えへへ〜嬉しいこと言ってくれるじゃない!!いいわ、今日は許してあげる」
さ、いきましょうと手を引かれて歩く。
なんだか昔に戻ったみたいだ。
周りの目を気にする必要がないことについては一旦考えないようにした。 - 134二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:27:13
それから彼女と1日デートをした。
映画を見たりデザートを食べたり、ただただ街中を歩いたり。
途中で靴屋に入った彼女は一目散にトレーニングシューズのあるコーナーへ向かった。
そこには様々な種類のものが置いてあり、その中でも履き心地がよく長時間履いても疲れないものを選んでいた。
それが私にとってはとてつもなく嬉しいことだった。
本当に昔の咲季さんに戻ったような気がした。
靴をレジに持っていきながら彼女が言った。
「この買い物が、まさか初めて自分のためだけにする買い物になるとはね」
彼女の胸元で光るネックレスに目をやる。
今日ようやく彼女は自分に我儘になることができたんだな。 - 135二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:28:24
家に帰ってきたのは午後6時ごろのこと。
久しぶりのお出かけに疲れたのか、咲季さんはリビングのソファーで伸びていた。
「お風呂入れるんで、沸いたら先に入ってください」
「あら、一緒に入ってあげてもいいわよ?」
咲季さんも気分がいいのか、足をバタバタさせながら軽口を叩く。
「なら一緒に入りましょうか」
しかし今日に限っては私の方が機嫌がいい。
そんなこんなでお風呂にも二人で一緒に入った。
色々済ませた頃には午後9時を回っていた。
二人で落ち着いてソファーに座ると、咲季さんから思わぬ言葉が飛び出した。 - 136二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:29:25
「それじゃあもう寝ましょっか」
「もうですか?」
「昔はもっと早く寝てたじゃない」
そう言われて私は嬉しくてたまらなかった。
昔に戻ったような、ではなく戻ったんだ。
あの頃の誰にも負けない、花海咲季に。
「その代わり、今日は二人で一緒に寝るわよ」 - 137二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:30:34
そう言って私を寝室に引っ張る咲季さん。
昔なら全力で拒否していただろう、ただもう今日は一緒に風呂にも入っているんだ。
それに何より私の気分がいい。
だから何も考えず二人で一緒にベッドに入った。
今日は一段とよく眠れそうだ。
そう思っていると、昼間の疲れからか次第に意識が微睡んでいく。
閉じていく瞼の先には穏やかな表情をした咲季さんがいた。
そして意識が飛ぶ瞬間、彼女は一言こう言った気がした。
「ありがとう、プロデューサー。ずっとあなたを愛しているわ」 - 138二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:31:35
翌朝、目を覚ますと隣に咲季さんの姿はなかった。
既に起きたのかと思い、キッチンを見るとそこにも姿はなかった。
昨日そのまま寝てしまったせいで外し忘れたコンタクトがゴロゴロして気持ち悪いなぁとか、もしかしてランニングにでも行ったのかなぁと考えていると、リビングの机の上に紙が置いてあるのを見つける。
何かと思い見てみると、そこには咲季さんの字で2行だけこう綴られていた。
『不甲斐ないアイドルでごめんなさい。
さようなら、元気でね』 - 139二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:32:41
その瞬間彼女に電話をかけた。
焦る気持ちを嘲笑うかのように、彼女の携帯の着信音が寝室から響く。
思わず舌打ちをしながらも状況を把握するために部屋中を調べた。
財布はどこにも見当たらず、クローゼットからは厚めのダウンジャケットがなくなっていた。
そして玄関から靴はなくなっていなかったものの、その横には昨日買った靴の箱が中身だけ出されてそのままになっていた。
喜んでいた昨日の自分をぶん殴ってやりたい。
部屋の中を調べ終わった私は、彼女のいきそうな場所を全部調べ回った。
事務所にレッスンスタジオ、昔走っていたランニングコースにジムなど思いつくところ全て。
同時に知り合い全員に電話をかけた。
しかし誰も彼女の行き先に見当はつかなかった。 - 140二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:33:48
全力で街中を走りながら考える。
昨日の朝、もっというとその前日の夜に彼女の心は折れてしまった。
暗い部屋の中で彼女が見ていた野外フェスの再放送。
私が自分の不甲斐なさを噛み締めながら見ていたステージ。
『みんなーーーーー!!まだまだ声出せるかーーーーー!?」
あのステージに立っていた花海佑芽の姿に心が折れてしまったんだ。 - 141二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:34:56
楽観的に考えていた。
あれが逆に刺激になったんじゃないかって。
でも違った。
考えたらわかったはずだ。
昔の咲季さんは目玉焼きを焦がす訳がない。
アイドルの咲季さんは一緒に寝ようなんて言わない。
あの頃の咲季さんは、私に黙ってどこかに行ったりしない。 - 142二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:36:28
日も暮れて辺りが暗闇に包まれた頃。
スマホをみると日付が変わる手前で、各所から大量の電話がかかって来ていたがそんなの今はどうでもいい。
一日中走り回ったせいで足の爪が割れたのか、白いスニーカーの先端が赤く滲んでいた。
一心不乱に走り回って最後にたどり着いた場所、目の前には懐かしい校門が建っていた。
思いつく場所は全て行った、残るはもうここしかなかった。
学園はプロデューサー科の生徒のために、24時間正門を解放している。
もちろん警備員もいるが、学園のOBで身分の証明できるものがあればある程度自由に出入りができる。
校門から講堂に向かう道をゆっくりと歩く。
その途中にある、事務所の入っている校舎を見上げた。
いくつかの部屋は明かりがついており、その中にはかつて自分たちの使っていた部屋もあった。 - 143二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:37:30
トボトボと歩きながら、最後の希望がすり減っていくのが分かる。
学園を歩いて最後、講堂に続く道の途中にあるベンチが目に入った。
もう限界だ。
最後の力を振り絞ってベンチまで歩き、そこに腰をかけた。
しばらく俯いた後、顔をあげるとそこにかつてあった彼女の姿を思い出す。
凛とした瞳に青い炎を宿した彼女を。
涙が溢れた。 - 144二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:38:44
『あなたをトップアイドルにしてみせます』
全然できなかったじゃねえか。
『勝つための手伝いならいくらでも』
勝ててねぇじゃねえか。
『私はずっと咲季さんと一緒にいます』
一緒にいねえじゃねえか!!
自分の不甲斐なさに涙が止まらない。
真冬の空の下、悴む両手をぎゅっと握る。
それは最初自らへの怒りからだったものが、次第に何かに対しての祈りからくるものに変わっていた。 - 145二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:40:07
頼む、神様でもなんでもいい。
それでもし彼女が幸せになれるならなんだっていい。
そこにいるのが俺じゃなくていい。
それでもし彼女がまたアイドルになれるなら。
俺はなんだってできるから。
次第に意識が遠のいていく。
体がもう限界だったのだろう。
ゆっくりと揺蕩うように、そのまま深い眠りに落ちた。 - 146二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:41:14
そのままベンチで寝てしまったのだろうか、鳥の鳴き声で目を覚ます。
ぼやけた視界の先には昨日履いていたスニーカーはなく、代わりにピカピカに磨かれた黒の革靴。
意識がまだハッキリとせず、目を擦ろうとするとメガネに邪魔をされた。
なんでメガネをかけてるんだ?
よく分からなかったが、とりあえずメガネを外して目を擦る。
コートを着ていたはずの袖口も、新品のスーツの黒い袖に変わっていた。
何が何だか分からないままメガネを掛け直す。
目に入ってきたのは舞い散る桜の中で、多くの学生たちが私に奇怪な視線を送っている様子だった。 - 147二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:42:33
本当に訳が分からない、と思いとりあえずポケットの中に感触のあるスマホを取り出す。
それも自分が以前使っていた旧型で、カレンダーを確認すると10年前の4月1日。
まさかと思い、恐る恐るメモアプリを開くと大きな文字でデカデカと「9時頃 花海咲季さんをスカウト』の書いてあった。
最初は本当に何がなんだか分からなかったが、次第にこの状況に自分の脳みそがいいように順応していく。
今までのは全て夢だったんだろう。
そうだ、そうに違いない。
今日のスカウトに熱が入りすぎて、ありもしない未来まで考え過ぎてしまっていたんだ。
そうして自分を納得させていると、嫌でも彼女の気配を感じ取る。
赤みがかった髪の毛を靡かせ、一心に講堂を目指す彼女の姿に再び心を奪われる。
そうだ、今日から私はプロデューサーとして彼女をトップアイドルにするんだ。
そうして私は彼女の元に向かった。 - 148二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:43:39
そしてまた私と彼女のアイドル活動が始まり
夢と同じ結果を辿った。
微かな希望に縋るようにあのベンチに座って目を閉じる。
次に目を開くとあの日の4/1に戻っていた。
それから私は何度も繰り返した。
咲季さんをトップアイドルにするために。
何が足りなかったかを必死に考えた。
ある時はボーカルを
ある時はダンスを
ある時はビジュアルを
ある時はその全てを
レッスン内容を変えては挑戦し、そしてその全てで咲季さんは勝ち続け
最後は心が折れてしまった。 - 149二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:44:57
何度か自分がスカウトしないことも試した。
自分が全て悪いのではないかと。
しかし結果は変わらなかった。
唯一違ったのは、そのいづれでも彼女はプロデューサーをつけなかったことだ。
それが正直少しだけ嬉しくありつつも、やはり彼女は勝ち続け、最後には心が折れてしまった。
いよいよ本当にどうしていいか分からなくなった。
何百回と繰り返しても、彼女が幸せになれる未来に辿り着けない。
咲季さんは学園で勝ち続け、そしてプロの世界で本物に敗れ続ける。
咲季さんの成長の鍵はなんだ、咲季さんがトップアイドルになるためには・・・。 - 150二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:46:08
・・・なんだ、簡単なことじゃないか。
咲季さんのことを考え続けていたせいか、とんでもない盲点があることに気づいた。
いや、どちらかと言えば目を逸らし続けていたのかもしれない。
学園で無敗でプロの世界で本物に負け続ける。
だっだら話は簡単だ。
「プロになる前に、本物の天才たちと同じ実力になればいい」 - 151二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:47:36
そしてそこまで咲季さんを強くできる存在があるとすれば彼女しかいない。
咲季さんの妹であり、存在意義であり、ライバル。
彼女が強くなればなるほど、咲季さんもまた強くなれる。
咲季さんにとっては今までよりも辛い戦いばかりになるだろう。
でもそこにいるのが俺じゃなくていい。
それでもし彼女がまたアイドルになれるなら。
俺はなんだってできるから。
一度大きく深呼吸をして目を閉じる。
遠くなる意識の中で私は静かに呟いた。
「不甲斐ないプロデューサーですみません。ずっと愛していますよ、咲季さん」 - 152二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 03:49:08
何度経験したか分からない春の日差しに目を覚ます。
社会人から学生に、コンタクトからメガネに。
何回やってもこればかりは慣れない。
そう思いながらメガネを掛け直すといつも通り彼女の姿が。
スカウトするわけでもないのに、それでもやはり目で追ってしまう。
しかし私にはやらなければならないことがある。
ポケットからスマホを取り出し、メモアプリを開く。
デカデカと記された「9時頃 花海咲季をスカウト」の文字に思わず笑ってしまい、少しだけ惜しみながら「咲季」の文字を消す。
そこにスマホのキーボードでフリック入力をして新たな名前を書き入れる。
「9時頃 花海佑芽をスカウト」
入力したのを確認して、最後に目標を確認するべく小さく言葉を紡いだ。
「必ず、あたなをトップアイドルにしてみせます」 - 153二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 11:47:17
今日はお休みなのでできれば最後まで書き切りたいです
- 154二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 12:52:47
ファイルを突きつけたまま睨みつけるように私をみる咲季さん。
その表情が、怒りなのか恐怖なのか分からない色々なものがごちゃ混ぜになったように歪んでいる。
一つだけ言えるとしたら、私に対しての負の感情しか持っていないということだけ。
「答えなさい、これは一体何?」
「・・・何とは、ただのプロデュース資料ですが?」
「だから、これじゃあ私をスカウトするためのものみたいだって言ってるのよ」
「何か勘違いされていませんか?」
なんでもやると決めたはずだ。
「私はあなたをスカウトしようとしことは一度もありません」 - 155二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 12:54:31
自分で吐いた言葉に心が抉られる。
彼女の眉間がピクリと動く。
ここまでストレートに返されると思わなかったのだろう。
「それはあくまで佑芽さんをスカウトする上での参考資料です。佑芽さんの公式大会の資料が予想以上に少なかったので、代わりに姉であるあなたの資料から佑芽さんの調査をさせて頂きました」
万が一のために用意していた返しとは言え、ここまでスラスラ出るとは思わなかった。
もしプロデューサーを辞める時が来たら、芝居でも一つ嗜んでみるか。
「先ほど咲季さんは私をスカウトするためだと言いましたね?それに初めてお会いした時も普通は私を先にスカウトするべきだと」
「ええ言ったわ、でもそれがどうしたっていうの?」 - 156二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 12:55:39
怪訝な顔を見せる咲季さん。
こちらの発言の意図を理解できていないようだった。
「いえ、そのお言葉に対する返事を今しようと思いまして」
できれば言いたくなんて無かった。
たとえ嘘だとしても彼女に対してこんなこと。
「佑芽さんを置いてあなたをプロデュース?するわけないじゃないですか」
喉の奥がカラカラに乾く。
私は今から彼女のプライドを踏み躙る。
気高く美しい彼女のプライドを。 - 157二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 12:57:11
「妹に怯えて逃げ続ける偽物の天才を、本物の天才より優先するバカがどこにいると?」
瞬間、彼女の座っていた丸椅子の倒れる音が保健室に響く。
勢いよく立ち上がった反動で倒れたようだ。
その拳は今にも殴りかかってきそうなほど強く握られわなわなと震えていた。
ファイルを持っていることなど忘れているのか、ぎゅっと握られた部分がくしゃくしゃに歪んでいる。
そして先ほどまで色々な感情でごちゃ混ぜになっていた彼女の表情は一転、明確な憎悪を孕んだものに変わっていた。
どんな言葉で罵倒されるのだろうか、そう思いながら彼女の言葉を待っていた。
しかし予想とは裏腹に彼女の言葉はとても落ち着いたものだった。 - 158二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 12:59:07
「・・・私は佑芽のプロデューサーとしてあなたを認めているわ。あの子がここまで成長するとは私でも思わなかったもの」
「それはどうも、ありがとうございまs
「でも人としては明確に嫌いよ。大っ嫌い」
そして非常に冷たい声で私に吐き捨てるように言った。
「いいわ、見せてあげる。その偽物の天才が夢を叶えるところをね」 - 159二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 13:01:25
手に持っていたファイルを私に投げつけた彼女は、持ってきていたカバンを手にそのまま保健室を後にした。
彼女が完全にいなくなったことを確認して、思わず大きく息を一度はく。
『そんなに言うなら見せてあげる!!偽物の天才が、夢を叶えるところをね!!』
昔の思い出が脳裏に浮かぶ。
苦しさのあまり胸を押さえる。
それでも私はならなければならない。
どんな星空よりも高い、彼女にとっての大きな壁に。 - 160二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 20:23:15
すごい展開
まさかのループものか - 161二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 20:58:12
すみません、昼寝しようと思ったらこの時間まで寝てました・・・。
今から続きを書いて投下していきます。 - 162二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 20:59:16
夕日が差し込み少し薄暗くなった寮の部屋。
突然のことに動揺していたせいで、今は電気をつけることも忘れていた。
ベッドを背にして座る私の両隣には、クラスメイトで親友の広ちゃんと千奈ちゃんがいてくれた。
今日はレッスンの予定を入れてなかったみたいで、私の携帯を使ったお姉ちゃんの連絡にすぐ来てくれたみたい。
助けに来てくれたお姉ちゃんに「もう大丈夫よ」と背中を摩ってもらったことまでは覚えてるけど、次に気がついた時にはすでにこの部屋にいた。 - 163二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 21:00:59
「でもよかったですわ、ただの貧血とのことで」
「貧血は恐ろしい、私もよく倒れるから」
「篠澤さんのはただ体力が無さすぎるだけですわ!!」
私を挟んで会話をする二人、広ちゃんの口数がいつもより多いのは私を気遣ってくれているからなんだろう。
お姉ちゃんからの連絡でプロデューサーさんの意識が戻ったことは聞いている。
大事をとって今日はそのまま保健室で休むらしい。 - 164二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 21:02:26
貧血で倒れるところに遭遇したことがないわけではない。
女の子には時々あることだから。
中学の時も友達が駅で倒れたところをおぶって救護室まで運んだことだってある。
その時もすごく不安だったけど、なんとかしなきゃと思って動くことができた。
だけど今日は全く動けなかった。
目の前の状況を理解できずに、浅くなる呼吸の中で必死にお姉ちゃんに助けてもらうことしかできなかった。
そんな自分が少し情けなくなる。
「こんなに塩らしい佑芽を見るなんて珍しい」
「確かに、普段の花海さんであればプロデューサー様を抱えて保健室に飛び込んでいきそうですのに」
「もう!!二人ともあたしをなんだと思ってるの!!」
「ブルドーザー」
「広さん!?それは流石にド直球すぎますわ!!」 - 165二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 21:04:39
思わず大きな声を出してしまったが、それがなんだかおかしくて三人で笑い合う。
少しだけ胸がスッキリしたのか、ちょっとずついつも通りに話せるようになってきた。
「あたしもね、いつもだったらすっごく不安でもどうにかしようって動けたと思うよ。でもね、今日はなんだか本当にどうしたらいいか分からなくなっちゃって」
「私のこともいつもすぐに保健室に運んでくれるもんね」
「うん、広ちゃんの時はただバテてるだけって分かってるから」
あの時のことを思い出すと、今でも心に大きな穴が空いたみたいでキュッてなる。
「なんだかね、最近ちょっと変なんだ」
「変、と言いますと?」
「今日もそうだけど、プロデューサーさんのことになると普段はあんまり気にならなかったことが気になったり、何気ないことでも目で落っちゃったり」 - 166二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 21:06:18
他にもいくつかある。
プロデューサーさんが先生と話してる時にちょっとムッとしちゃったり、他のアイドルの動画を見てるとあたしの方を見て欲しくなったり。
そんなことを話してると、横の千奈ちゃんの目がキラキラしていることに気づいた。
「花海さん、それって・・・!!」
こちらに顔を近づけて興奮気味に詰め寄ってくる。
「ふふ、『恋』、だね」
「え・・・・えぇぇ!?」
「ええええ!?」 - 167二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 21:07:40
広ちゃんの思いがけない言葉に思わず驚く。
でもなんで千奈ちゃんまで?
「まさか篠澤さんからそのような単語が出てくるとは思いませんでしたわ」
「千奈、何気にちょっとひどい」
本当はあたしも思ったけど、これは黙っておこう。
そっかー恋かー。
もちろん知らないわけではない、と言うより寧ろちょっと好きな種類の話だ。
友達の話を聞くのも好きだったし、人並みに少女漫画も読んでいた。
ヒロインの女の子を見ながら、これにはキュンっとしちゃうなーとかも分かる。
だけどそれはそのヒロインにとってのお話で、あたしにとってはその王子様よりお姉ちゃんの方がカッコよく見えてしまった。
だから恋という感情は、自分にとってはどこか他人事で、そのうち分かるようになるんだろうなーぐらいにしか思っていなかった。 - 168二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 21:08:48
でもなんとなく納得できる。
あの時感じたのは「不安」じゃなくて、プロデューサーさんがいなくなることへの「恐怖」だったんだ。
今までのことを思い出すと、それまでなんてことなかった光景が鮮やかに彩られていくような気がした。
そしてそこにはいつもあの人がいてくれた。
「あたし、本当にプロデューサーさんのことが好きなんだ」 - 169二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:10:26
あの日以降、私は保健室のお世話になることが少し増えた。
当初はただの貧血という診断で済まされ、翌日からは心配した佑芽さんからお昼の度に大量のブルーベリーを口に突っ込まれ、数日後には大量の謎のサプリを渡された。
ご両親に事情を説明したところ、贔屓にしているサプリメーカーから大量に購入したものが送られ来たらしい。
まだ鉄分だけならありがたいで済ませられるのだが、それと一緒に亜鉛だのマカだのも送られてきており、ご両親に一体何を言ったんだと少し心配になる。
会いに行った時に感じたことだが、親バカというかなんと言うか。 - 170二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:12:46
しかしそれも何度か続くと流石に心配されたのか、先生から病院にいくことを勧められた。
正直あまり乗り気ではなかったが、ありがたいことに学園長から紹介してもらった手前行かないわけにもいかず、その病院を素直に受診した。
結果は睡眠障害の一種。
よく覚えていないが、希少な病気でそれ以外には何も影響はなく、ただ突然深い眠りに落ちてしまうとのことらしい。 - 171二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:14:31
だが今までのループの中で、こんなことは経験したことがない。
それと奇妙なことに、私が突然眠ってしまうタイミングにはある一定の条件があった。
佑芽さんのプロデュースについて考えているとき。
その時以外には全くこの症状は出ない。
もっと厳密に言うのであれば、彼女がアイドルとしてどうなりたいかを考えている時にこの症状は出てくる。
これだけのことは分かっているのだが、逆に言えばこれ以外のことが何も分からない。
なぜその時だけなのかは全く不明だ。
まあ分からないことは仕方ない、とりあえず午後の授業に向けて腹ごしらえをするべく学食に向かった。 - 172二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:16:23
「ちょっと、ことねっちどうしたん?本当にバイトのしすぎで頭おかしくなった?」
「違うわ!!だからさっきから言ってんだろー、今日は私の奢りだって」
ことねっちに連れられて学食に来た私とリーリヤ。
ご飯を一緒に食べられるのは別にいいし寧ろ超嬉しいんだけど、問題はそこではない。
「あのことねっちがパフェだけでなくお昼まで奢ってくれるなんて・・・」
目の前の定食セットを今でも信じられないような目でみる。
「この前手伝ってもらったバイトあったじゃん?あれで企業からめっちゃ感謝されてさー。予定よりもたくさんバイト代もらったんだよね」
そう言いながら自分のうどんを啜り始めることねっち。
奢ると人には言っておきながら、自分は一番安い素うどんにしていた。 - 173二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:17:44
「リーリヤちゃんが見つけたバグがなんか結構メインに支障が出る重大なバグだったらしくてさ。『これが残ったままだったら大変なことになってたよ!!』って」
「それってもしかして、『ラスボス一個手前の街の子供と5回以上話した後に宿の壁に向かって切り掛かる動きをすると勇者の剣が消失するバグ』のこと?」
自分のオムライスセットをつつくスプーンを止めてまで熱心に話すリーリヤ。
多分このままだと長くなるなーと思い、それ一口ちょうだいとお願いしてオムライスをそのまま食べさせてもらった。
何これ、めちゃうまじゃん!! - 174二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:20:43
「そうそれそれ、それ見つけたのが私だと思ってるぽくて、この給料そのまま全部私がもらっちゃうのになんか抵抗感じっちゃってさー」
「それでお昼ご飯を奢ってくれた訳だ、でもなんで私まで?」
「まあ一緒にいた仲じゃん、だったら清夏とも一緒にお昼ご飯食べたいなーって♡」
わざとらしく口調があざとくなることねっち。
おそらくこれにも口止め料が含まれているのだろう。
「それでそのバグって直せたの?」
ことねっちに聞きながら、さっきのお返しに白身フライを箸で一口切り分けて「ほら、あーん」とリーリヤの口元に運ぶ。
最初は恥ずかしそうにしていたリーリヤも私の根気に負けたのか食べてくれた。
やっぱりリーリヤは可愛いなあ。 - 175二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:22:40
「んや、なんかかなり複雑らしくてキャラは修正して宿は消すことになったらしい」
「へーなんかもったいないね」
「しょうがないよ、勇者の剣で魔王を倒すストーリーなのに魔王に勝てないと意味なくなっちゃうから」
でも世の中には武器縛りでプレイする人たちがいてね!!と結局リーリヤは目をキラキラさせながら話し始めた。
バイトの件でことねっちと仲良くなったのか、あれ以来あまり隠さなくなっていた。
まだ手をつけていなかったコロッケを頬張る。
ここの学食、結構いいじゃん。 - 176二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:25:04
後ろの席で楽しそうに話す葛城さんの声がする。
彼女にこんな趣味があったのかと思いつつ、私の頭の中は他のことでいっぱいだった。
「ストーリー」
「魔王を倒す」
「バグ」
全てのことが私の中で繋がった。
やはり私のあの直感は正しかった。 - 177二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:26:47
入学式の後、佑芽さんのプロデュースを始めるために急いで資料を作っていた私は状況整理のために各アイドルの担当プロデューサーを調べ始めた。
いかんせん咲季さん以外のプロデュースをしたことがなかった為、念の為に一応ざっと把握しておこうと思った。
プロデューサ科では担当アイドルが重複しないように、誰が誰を担当しているかが分かるようになっている。
特殊な例を除くと、基本的に一人のアイドルにつけるプロデューサーは一人までであるためこのようなシステムがあるのだ。
パソコンを立ち上げ専用の学内サイトに飛び、リストをスクロールし始める。
一年はまだ見なくていいだろうと思い、ページを飛ぼうとした時あるものが目に止まった。
私は最初、それが間違いだと思っていたが何度更新をしても修正されない。 - 178二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:28:28
「咲季さんにプロデューサーが・・・?」
そいつは私と同じ新入生だった。
動揺した、困惑した、呆然とした。
今まで私以外にプロデューサーが付かなかったのにどうして?
しかしなぜだろう、同時にこうも思った。
これで正しかったんだと。
窓が少し開いていたのか、桜の花びらが風に流され入りこんでくる。
その花びらが宙を舞う姿を見て私は直感した。
花の咲く季節(とき)が来たんだと - 179二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:29:43
何度もやり直したこの世界のメインストーリーは「花海咲季がトップアイドルになる」ことで、そのストーリーでは私は残念なことに主人公にはなれないらしい。
だが幸か不幸か、代えのきくただのモブキャラでもなかったらしい。
勇者が勇者であるためには世界を支配する魔王が必要なように、花海咲季というアイドルがアイドルであるためにも必要なものがあったのだ。
花海佑芽という、彼女の存在を脅かす魔王が。
そして私の役割はただ一つ。
咲季さんの糧として、花海佑芽を育てることだ。
簡潔に言おう。
この世界のクリア条件は、「私が咲季さんのプロデューサーではなく、佑芽さんのプロデューサーになること」だ。
しかし世界はここである一つのバグを見つけた。 - 180二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:31:05
昼食から教室に帰ってきた私は、佑芽さんのレッスンの記録を見返していた。
自らが組んだメニューであるはずなのに、思わず笑いが込み上げてしまう。
特に最初の頃のものがひどく、見る人が見れば分かる程に咲季さんの方しか見ていないメニューになっている。
おそらく初日に咲季さんの態度がおかしかったのもこれのせいだろう。
こんなものを見れば、そりゃあ本当に妹のプロデュース目当てなのか疑いたくもなるだろう。
全ては咲季さんのために考えて組まれたメニュー。
しかし選抜試験の頃からだろうか、徐々にメニューの傾向が変わっている。
テンプレ的な実力を上げるものから、より専門的なメニューに変わっていっていた。
基礎力がついたからというのもあるかもしれないが、より佑芽さんの方を向いたようなものになっている。 - 181二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:32:24
「咲季さんに負けるのも織り込み済みだったはずなのに、なぜかちょっと悔しかったんだよなぁ」
そうしてページをめくると、ある日のページだけほぼ何も書かれていなかった。
私が気を失った初めての日、私が佑芽さんに聞こうとしたことがあった。
それまでは「花海咲季が超えるべき壁」としか彼女を考えていなかったのに対して、その質問は紛れもなく「花海佑芽のことだけを考えてされたもの」だった。
その質問をする間もなく私は意識を失ったのだが。
おそらく世界はこれをバグと認識したのだろう。
花海咲季に倒されるべき存在が、花海咲季に本当に勝とうとしているのだから。
その修正のために俺は意識を失うのだろう。
本来はいいことなんだろう、私の願った「花海咲季がトップアイドルになる」世界をクリアするためには。
だけどなんでだろうなぁ、つくづく思うのはどうやら私はどこまでいってもプロデューサーという生き物らしい。 - 182二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:33:32
咲季さんにはトップアイドルになってほしい。
それはどこまでいっても変わらない。
そんなこと考えてる奴が、こう思うのは贅沢が過ぎるのだろうか?
「佑芽さんが負ける姿も見たくないんだよなぁ」
椅子の背もたれに背中を預けながら教室の天井を仰いだ。
佑芽さんが咲季さんに勝つために必要なこと。
それは、彼女自身がどんなアイドルになりたいかということだ。 - 183二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:36:37
とりあえず書けたものは投下しました。
明日で完結できるといいなぁ・・・ - 184二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 00:38:00
あとレスの数って200までなんですかね?
落ちなければ次スレは確実に必要そうな予感 - 185二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 10:11:20
なんとか今日終わらせていこうと思います
- 186ハッシュ25/10/05(日) 11:21:18
- 187二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:49:12
- 188二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:25:25
ある程度まとまったので買い物行く前に落として行こうと思います
次スレ必要なので、うまく立てられなかったらどなたか代行頼むかもです。。。 - 189二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:27:22
スマホの着信音がなり、チャットアプリの通知が画面の上から降りてくる。
それを確認したあと、一人でちいさくため息をついた。
「プロデューサーさん、今日もレッスンに来れないんだ」
机の横にかけてたスクールバッグを持って事務所に向かう。
期末試験と最終選抜が終わって、大きな目標として残るはH.I.Fのみになった夏の初め。
プロデューサーさんはなかなか学園に来られなくなっていた。
あの日以降、プロデューサーさんの体調を心配した学園が一時的な休学を勧めた。
たまにだったものが次第に増えていって、私のプロデュースどころではないと判断されたらしい。 - 190二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:28:36
だけどプロデューサーは私の担当を降りる気は全くないらしくて、折衷案として医師の許可が降りた時のみ登校を許可したみたい。
肝心の成績は、びっくりすることに前よりもどんどん伸びていっている。
期末試験はお姉ちゃんに次ぐ2位で悔しかったけど、その後の選抜試験ではなんと同率一位で並ぶことができた。
確実に近づいてきている、もうちょっと手を伸ばせそうな距離に。
だけどその日も、私に何かを言おうとしたプロデューサーさんはそのまま眠りに落ちてしまった。
レッスンはと言うと、病室から私にスケジュールを送ってくれていて、細かい専門的なことはトレーナーさんに直接メールを送ってくれる。
気遣ってくれているのか、トレーナーさんたちもあたしのことをよく気にかけてくれた。 - 191二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:29:44
校舎2階の廊下の突き当たり、そこを右に曲がって三番目の教室の鍵を開けて入る。
前はここにくれば奥のデスクにプロデューサーさんが座っていて、挨拶をするとメガネをかけ直して挨拶を返してくれた。
だけど今は誰も待っていない教室に一人来て、レッスンに必要な準備をするだけ。
別に今でも会えないってわけじゃない。
レッスンが終わって寮の門限まで時間がある時は毎日病院にお見舞いに行っている。
体調について聞いても「病人のつもりはないんですけどね」といつもみたいに冷静な表情のままパソコンでお仕事をしている。
そのあとはあたしがずっと話をして、時間がきたら帰る。
でもいつも病室を出る時には「すみません、不甲斐ないプロデューサーで」と謝られる。
謝られることなんて一つもない。
寧ろあたしがいつまでもお姉ちゃんに勝てないせいで、プロデューサーさんに苦労させてるだけだ。
どうせ誰も来ないからとそのまま教室で着替えを済ませてレッスン室に向かう。
最初は手間取っていた鍵の施錠も、今では手なりでできてしまうようになった。 - 192二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:31:06
「花海は何か目標はあるのか?」
「目標ですか?お姉ちゃんを倒すことです!!」
ダンスレッスンを終えた後、柔軟中にあたしの背中を押すトレーナーさんから質問された。
最近はこうやって私のことをよく聞いてくれていて、それがなんだか嬉しい。
最初は私のレッスンを担当するたびに寝不足になってたみたいだけど、今は改善したのかな?
「すまない、聞き方が悪かったな。H.I.Fでの目標はないのか?出られるんだろ?」
「はい!!H.I.Fで優勝してお姉ちゃんを倒します!!」
それはそうなんだがと少し呆れつつ、何かいい聞き方はないかと思案するトレーナーさん。
少し考えた後改めて聞いてきた。 - 193二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:32:22
「もし優勝したら何がしたいとかはあるのか?好きなものを食べるとか、どこかに行くとか」
「優勝したらですか?お姉ちゃんにいっぱい褒めてもらいます!!」
あのなぁと今度は大きなため息をつきながら呆れるトレーナーさん。
あたし何か変なこと言ったかな?
「花海、お前はまだ一年生だ。それでH.I.Fに出られたことは本当にすごいことだと思う。
けどな、逆に言えば今年がダメでもまだ2回チャンスがあることになる」
「他の参加者の多くは経験値のある二年生やこれがラストチャンスの三年生たちだ。そいつらももちろん優勝を目指してステージに立つ。そんな中、この三年間のどこかで優勝すればいいってだけの人間が勝てると思うか?」
考えたこともなかった。
あたしにとってはお姉ちゃんが全部で、お姉ちゃんを倒すためには優勝しかないと思ってた。 - 194二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:34:30
「まあ要するにだ、お前にとっての今じゃないとダメな理由をちゃんと考えておけということだ」
「今じゃないとダメな理由・・・」
「それと、さっきまでの話を聞いて思ったことがあるから伝えておく」
今度は正面まで回り込んで肩を掴んみ、あたしの目をしっかり見ながら言った。
「お前は何のために踊る?何のために歌う?何のために魅せる?」
「何のためにアイドルになるんだ?」
今まで考えたことのなかった問いに思考が追いつかなかった。
何のためのアイドルか。 - 195二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:35:46
レッスン棟から事務所に戻る途中、あたしはさっきの質問の意味を考えていた。
「あたしがアイドルをする理由・・・」
簡単に頭の中で思いつくものを並べてみる。
お姉ちゃんが始めたから
お姉ちゃんがかっこいいから
お姉ちゃんが大好きだから
お姉ちゃんに勝ちたいから
あれ、でもこれって今までのあたしと何も変わらないじゃん。
中学の時に色々な競技に挑戦した。
辛いこともあったけど、それでもあたしは頑張ってこれた。
いつでもそこにお姉ちゃんがいてくれたから。 - 196二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:36:51
私が今ステージに立っているのもお姉ちゃんがいるから。
でもそれって「アイドルになる」理由ではあっても「アイドルじゃなきゃダメな理由」ではない。
履いているのがステージ用の可愛いブーツじゃなくて、陸上競技用のスパイクのついた可愛くない靴でも私はそれで構わない。
そこにお姉ちゃんがいるのなら。
私がアイドルになる理由、そして今じゃないといけない理由。
考えることが多すぎてぬわあああと一人廊下で声を出す。
横の教室から手鞠ちゃんが何事かと扉を開けてのぞいていたけど気にする余裕もなかった。 - 197二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:38:29
「なんとか間に合った」
目の前に置かれた三冊のファイル。
それは今までのものよりも厚みがあり、ざっと見てもこれまで作ったものの三倍程度はあるだろうか。
それぞれ赤、青、黄色で色分けして、何がどれに書いてあるかをわかりやすくしている。
多分これだけしないと彼女は分からなくなるだろうから。
今となっては入院して正解だと思う。
完成させる間は全ての時間をこれに費やしたと行っても大袈裟ではない。
だから食事や身の回りのことを全て人に回せられるこの環境は理想に近かった。
ただ一点、佑芽さんの側にいてあげられないことが心配だった。
そこはありがたいことに先生やトレーナーさんたちの助けもあって、佑芽さんの実力は私の予想を超えた成長を見せていた。 - 198二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:39:45
まあ最悪、彼女には咲季さんがいれば大丈夫だろうという信頼があった。
最も嫌われている相手を一番信用するなんてプロデューサー失格ではあるが。
H.I.Fが終わったらお礼をしに行かなきゃなと考えつつも、それができるかどうかはわからない。
もう一度目の前のファイルに目を落とす。
H.I.Fまで残り二日と迫った今日までかけて作ったこれを、私が佑芽さんに渡すことはできない。
これは一種の賭けだった。
うまく行くかどうかも分からない、プロデューサー人生をかけた大博打。
そうでもしなければ私のわがままをきっと叶わない。
これを渡せば、その時は間違いなく私は、きっと。 - 199二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:41:18
どこに行くかも考えず、ただ遠くへ遠くへ。
それだけ考えて私は足を動かした。
幸い昨日買った靴の履き心地はよく、どこまでだって歩いていけそうな気がした。
冬の寒さもダウンジャケットのおかげで防げているが、ポケットに入れた両手はいつまで経っても暖かくならない。
今どこを歩いているのかも、もう分からなくなってしまった。
携帯は持ってこなかった。
あなたの声を聞いてしまったら、わたしはきっとまたあなたに縋ってしまうから。
しばらく歩いた先で顔を上げる。
どこまでも続く水平線に夕陽が反射して、あたりの水面がキラキラと真っ赤に輝いていた。
あのステージを思い出す。
真っ赤に輝くライトの光、ファンのみんなの声援の波。
あそこにいけばまだ手が届くんじゃないかしら。 - 200二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 17:42:54
ダウンジャケットを脱ぎ捨てる。
一歩一歩と歩を進めると、やがてつま先に刺すような痛みが走る。
それでもお構いなしにわたしは手を伸ばした。
真っ赤に輝くあのステージに。
もう体の感覚も無くなった頃、とうとう足場も無くなったのにただがむしゃらに足を動かす。
先ほどよりも陽が傾いたのか、空には一番星が輝いていた。
もがきながらその光に手を伸ばしたけど、ついぞ掴むことはできなかった。
ああ、わたしの手はもう届かないんだ。
暗く冷たい水の中で、水面に映った星を見送る。
胸に光るアクセサリーを握りしめると、少しだけ温かかった。
「ーーーーーーーーーー」
最後にあなたの顔を思い出しながら、深く深く沈んでいった。
すみません、次スレに行きます