- 1125/10/01(水) 22:29:11
ミレニアムがセフィラと戦う話。
慰安旅行での発明対決。先達が開く道。
主役でないものなどこの世界にはいない。ただその視点を知らないだけ。
それはもうじき学校を去る三年生たちから送る、後輩たちへのプレゼント。残せるものを残す最後の機会。
※独自設定&独自解釈多数、オリキャラも出てくるため要注意。前回までのPartは>>2にて。
- 2125/10/01(水) 22:30:11
■前回のあらすじ
セミナーの書記より催された慰安旅行に参加することとなったエンジニア部一行は、ミレニアムの外れにある『キヴォトス公立第三天文台』へとやってきた。
そこで再会したのはこれまで縁のあったミレニアムの先輩たち。
彼女たちと交流を深めていく中で、リオは遂に会長の正体へと迫る。
それとは別に始まった一年生と三年生の発明対決。
セフィラという超科学を前提とした『未知』の技術発明によっていったい何が生まれるのだろうか。
▼Part12
【SS】マルクト「ヒマリ、千年難題を解き明かすのです」Part12|あにまん掲示板特異現象捜査部がキヴォトスを解き明かす話。残るセフィラはあと三体。セフィラを巡る旅もいよいよ終盤。ミレニアムとは何か。千年難題とは、キヴォトスとは何なのか。世界の謎は解き明かされなくてはならない。解き…bbs.animanch.com▼全話まとめ
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ミュート機能導入部屋リンク & スクリプト一覧リンク | Writening 【寄生荒らし愚痴部屋リンク】 https://c.kuku.lu/pmv4nen8 スクリプト製作者様や、導入解説部屋と愚痴部屋オーナーとこのwritingまとめの作者が居ます 寄生荒らし被害のお問い合わせ下書きなども固…writening.net※削除したレスや対象の文言が含まれるレスを非表示にする機能です。見たくないものが増えたら導入してみてください。
- 3125/10/01(水) 22:38:46
※埋めがてらの小話32
TRPGもそうですが、割とNPCを作る際はちゃんと作る時と作らない時の落差が激しいタイプです。
コユキの話を書いたときと今とではだいぶ差があるので、妙な矛盾が無いかチェックしてますが見落としてそうで怖いですね…… - 4125/10/01(水) 22:41:53
うめ
- 5二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:48:17
10までうめ
- 6二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:49:38
うめ
- 7二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:51:39
うめ
- 8二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:54:08
うめ
- 9二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:56:27
うめ
- 10二次元好きの匿名さん25/10/01(水) 22:58:14
うめ完了
- 11125/10/01(水) 23:15:04
※明日ですが朝からテッペンまで書き込める余地があるかだいぶ怪しいので保守いただけますと助かります……
- 12二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 07:45:56
保守
- 13二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 12:42:09
そういや会長はコユキに会ってたから化けることもできるのか
- 14二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 17:04:03
コユキ化け会長…?
- 15二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 22:48:04
会長、今解明されてる感じなら化ける筈なんけど今までのどっちかと言うと隣に呼び出してるみたいな書き方されてるからまだ何かありそう
- 16二次元好きの匿名さん25/10/02(木) 23:55:20
保守
- 17二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 07:31:43
ほむ…
- 18125/10/03(金) 09:58:03
天文台は全一階の平屋建てであり、一階から屋上に設置された天体観測機にアクセスできるパネルが存在する。
電源は復旧させて観測機も直しているため使えることには使える。しかし随分旧式でミレニアムの最新型には遥かに及ばないのもあり、この天文台はあくまで過去の遺物と化している。
そんなパネルの近くにビニルシートを引いて寝転がっているのは暇を持て余した会長と書記の二人。
シートの上にその辺で見つけて来た折り畳み式のテーブルを組まずに置いて、更にその上に暇つぶし用に持って来たジグソーパズルを並べていた。
何の絵柄も書かれていない1万ピースのミルクパズル。精神修行にでも使うのかと言わんばかりのパズルを組み立てながら、ようやく20ピースを組み上げた会長は気だるげな声で囁いた。
「あのさ……これ難しすぎない?」
「難易度を見誤りましたね……」
慰安旅行に向かう時に衝動買いしたものだったが、会長自身ここまで難しいとはまるで思ってもいなかった。
実のところ「来る人みんな頭良いし簡単に出来るでしょ~」なんて甘い気持ちで買って見たのだが、よくよく考えたら別に計算が得意でも類まれなる戦術眼があろうとも全然関係無く、どちらかと言えばコンマミリ単位で形を計れる目と記憶力が必要なパズルだった。
「……どうしよ。ちょっと飽きて来たんだけど……」
「何を仰いますか。審査までに完成させると意気込んていたではありませんか」
「もう、さ。会計ちゃんに作ってもらった方が早くない?」
「ビュッフェなどに行かれたら食べきれない量を持って来て残飯処理を同行者に任せるタイプですね」
何食わぬ顔で吐かれる嫌味に会長は渋い顔をした。
「分かったよ……。もうちょっと頑張るって。……あ、21ピース目みっけ」
ぱちりとハマるピースに眠たげな瞳が僅かに綻ぶ。
そんな中で脳裏を過ぎるはメト会計とフジノ部長もとい教授。あの二人が開幕早々ケセドの『図書館』に潜ったことは会長の想像通りでもあった。 - 19125/10/03(金) 09:59:55
ケセドはセフィラの中で唯一『人間とセフィラの境』を曖昧に出来る『慈悲』である。
もっと言うなら『人間』という括りからの逸脱。存在の別離。三次元で構成される世界に異なる次元を加える存在。故に、セフィラを理解するならケセドが一番優等生ということである。
唯一問題があるとするのなら、『意識』が『器』から引き剥がされることによる痛みだろうか。
人間特有の幻肢痛は、言ってしまえば全身こむら返りぐらいの苦痛が生じる。それは長く潜れば潜るほどに酷くなり、潜っている間は感知できない『器の限界』を越えたような挙動を行えば行うほどに酷くなる。全力で解読しようとすればケセドから脱出したときの『痛み』はどれほどのものか。
とはいえ別に死ぬことも発狂することも無いのだが、痛いものは普通に痛いためにどのぐらい粘るのかは正直見どころでもあった。そしていったい何処まで情報を引き出してこられるか。言語学の碩学と人間量子コンピュータが潜っているのだから、話者も対訳もまともに存在しない言語の中から数語は引っ張り出せるかもしれない。
(ま、単語を引っ張り出せても何の役に立つかなんて分からないけどさ)
散々『先輩組』たる新素材開発部の山洞アンリや元化学調理部の仁近エリ、古代史研究会の神手フジノを煽っておきながら、会長は彼女ら『先輩組』が『後輩組』たる特異現象捜査部に勝てるとは実のところ思っていなかった。
というより、無理なのだ。何故なら特異現象捜査部はセフィラと共に居た時間が明らかに違う。理解不能との付き合い方を充分に知ってしまっている。対する『先輩組』は昨日初めて見た『未知』。順当に考えれば対応できるはずもなく、もっと言うなら『昨晩時点では絶対に勝てない』ということを会長は既に『視て』いた。
(別にどっちが勝っても良いんだよねぇ……。少なくともヒマリちゃんたちへのカンフル剤にはなるんだし)
急な心変わりが無い限り、『後輩組』は移動拠点の拡張に注力するはず。
そして『先輩組』は反重力発生装置――ティファレトの機能を使った新技術の確立を行うだろう。
分からないのは明星ヒマリと元化学調理部のエリが何を突然思いつくかという点である。
それによっては大いに化ける可能性がある。思い付きを形に出来る者が両陣営にいるからこそ。 - 20125/10/03(金) 17:27:37
保守
- 21二次元好きの匿名さん25/10/03(金) 22:19:09
保守
- 22二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 02:41:36
保守
- 23二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 08:09:27
朝保守
- 24125/10/04(土) 09:40:04
「ちなみにさ、書記ちゃんはどっちが勝つと思う?」
「エンジニア部の皆さんですね」
「おぉ~、即答だねぇ」
「当然です。エンジニア部はこれまでセフィラなる存在と相対し調伏して来たと聞いております。であるならば、戦術的に有効な物を作るのは当然のこと。ソルジャーでありオペレーターである彼女たちの方が私の採点基準に沿った物になると思われます」
「だろうねぇ。で? 僕と会計ちゃんは違うって反語かなぁ?」
含みをもってそう尋ねると、書記は手元に35ピース目の塊を作ったところであった。
「メト会計の審査は『拡張性』。であれば『あの』新素材開発部にこそ有利でしょう」
「ミレニアム最大の部活ねぇ……」
校則に入れた『部活動対抗戦』の項目を最も活用したのはまさに新素材開発部であった。
エンジニア部――もとい特異現象捜査部がセフィラとの戦いを繰り広げているその裏で、ミレニアム的には表では、新素材開発部は部長の言葉に従うように次々と他の部活へ試合を申し込んでは自分たちの傘下へと下していったのだ。
エンジニア部に散々負けていた新素材開発部も、エンジニア部が特別なだけで使える手段は凡百の部活とは格が違う。
ミレニアムに存在する八割方の部活動を手中に収めて、今や新素材開発部はどの部活よりも部員数の多い部活となった。属国ならぬ属部を取りまとめる酋長となった山洞アンリは、新素材開発部部長という肩書を超えて『ミレニアム部活動連盟』の連盟長にまで昇り詰めているのだ。
……まぁ、言ってしまえばそれはほぼ全ての部活動の顧問みたいな立ち位置で、本来ならばセミナーが管理するべき業務のひとつである。アンリ部長はそのことを知ってか知らずか、いずれにせよセミナーの業務を負担してもらっているのだからセミナーとしても正直頭が上がらない。いや下げるつもりは全く無いが。
「じゃあエンジニア部が君好みの作品を作って、『先輩組』が会計ちゃんのツボを押さえたらんなら勝敗は僕次第になりそうだね」
「つまり会長を驚かせた方が勝つ、ということですね」
「君たち二人の期待をみんなが越えてきたらそうなるだろうね」
「でしたらエンジニア部の負けですね」
「ふぅん?」
随分と断定的な言葉だった。
それが何だか面白くて寝転びながら顔を上げると、書記は手元のピースに目を向けたまま疑問に答えるべく口を開く。 - 25125/10/04(土) 09:41:36
「エンジニア部に対しては期待をされているようですが、アンリ部長を始め三年生の皆さんにはそこまで期待されていないのでしょう?」
「あー、期待通りと期待以上には随分と差があるよね。そう考えたらエンジニア部の方が圧倒的不利か」
全員が自分の持てる知識の全てを出し切れば、書記と会計の票はもしかすると拮抗するのかも知れない。
その時点でどちらが勝つかは自分次第。そうなった時点で何よりも『期待』しているエンジニア部が不利なのは当たり前で、会長はエンジニア部なら自分の期待を越えてくれると信じていた。
だからこそ、それと同等もしくは上回る成果を『先輩組』が出したのであればその時点で会長は自分がエンジニア部の敗北を認めるという確信があった。だって新素材開発部の山洞アンリおよび他三年生は『エンジニア部の代用』なのだから。
そんなときだった。
誰かの気配。真っ先に気付いて視線を向ける書記。一拍置いて顔を向けると、そこには発明だの研究だのに関わっていない唯一の一年生、一之瀬アスナの姿があった。
「ジグソーパズルぅ?」
「アスナちゃんじゃん。相変わらずふらふらしてるねぇ」
「うん!」
力強く頷くアスナは相変わらず何を考えているのか分からない。
その思考回路を読み解くには色々と『手順』が必要ではあり、人間観察や心理学の類いで測れるものでは決して無い。調月リオとは別の方向性で若干の苦手意識があった――『時期』もあった。
今はそうでもない。自分が見続けるべき『特異点』は明星ヒマリであり、『調月リオを除けば』その他の一切に気を張る必要は無いと理解出来たからだ。
その確証に至ったのはケセド戦で起こしたあの『奇跡』――明星ヒマリこそが旅を終わらせる存在である。
過ぎたる進化は周囲を巻き込む。皆を巻き込み『人間』を高位の存在へと導く神性。その果てにこそセフィラが終わらせるべき旅路の果てがあるのだ。燃えゆく彗星。懸念があるとすればその炎が自ら諸共近付く全てを焼いてしまうかもしれないということ。 - 26125/10/04(土) 09:42:39
『自分に分かる限りにおいて』、リオが居るからこそ安定しているのだ。
きっと彼女ひとりで行動すれば神性に従うように明星ヒマリは世界もろとも破滅する。逆に調月リオだけではセフィラの旅路は絶対に終わらない。順当に世界が滅んで終わりを迎えるノーマルエンド。ヒマリとリオという二つの『存在』だけは何があっても存続させる必要がある。
裏を返せばそれ以外は彼女たち二人を進ませ続けるための舞台装置。少なくとも自分はそう認識するようになった。『死んだはずのリオ』が蘇ったその時に――。
「ねぇアスナちゃん。世界の中心には誰が居ると思う?」
「あ、8個目みーっけ!」
「早っ!?」
幾時間かけて作った数十ピースに対して、アスナは早速10に迫るピースを手元に固めていた。
白紙のパズル。戦闘適性のある生徒の方がミルクパズルに適性があるのかと思ったところで、アスナはまた新たに9個目のピースを嵌めてこう言った。
「世界の中心って、何だか『神様みたい』だね!」
いつもと変わらないアスナの様子。だからだろうか、つい試したくなってしまって……気付けばこんなことを言っていた。
「『神様』はいると思う?」
「分かんない! だって見たこと無いもん! 会長はあるの?」
一瞬、言葉に詰まった。
『真』を穿つような言葉に会長は声を発せず、一拍置いてから改めて答えた。
「『神様』が――『絶対者』が居たのならきっと、セフィラの旅路はずっと昔に終わっていたんだろうね」 - 27125/10/04(土) 09:44:08
脳裏を過ぎるのはひとつの言葉。
――世界は苦痛に満ちている。故に、救われなければならない。
それは呪いのように、祝福のように、そして数多が願う望みであった。
会長と呼ばれるこの身において、『マルクト』の願いだけは何があっても叶えなくてはならない。そのためだけに『終わり』をひたすらに先延ばしにし続けたのだ。始まりたる復讐の理由を失っても、まだもう一つの目標は達成されていないのだから。
「ねぇアスナちゃん。せっかくだしこのままこのパズル解いてみない? 僕たちだけじゃ完成しなさそうで――」
「みんなの様子見て来るねー!」
会長が言葉を言い終える間もなくアスナはそのまま天文台から飛び出してしまい、残された二人はその背を眺めることしか出来なかった。
「……元気だねぇアスナちゃんは」
「そうですね。保安部には向いておりませんが猟犬としては優秀かも知れません」
「戦闘モードと普段の切り替わりがシームレス過ぎて正直怖いんだよねぇ僕……」
ピースを手に取り嵌めようとするが、どれにも嵌まらずにまた隅へ。
……そうして、時刻は20時を迎える。
結局ミルクパズルは1/10も完成することもないままに、審査会が幕を開けることとなったのであった。
----- - 28125/10/04(土) 13:31:46
「えっと……何? 殴り合いでもあったの……?」
会長は珍しく困惑したような表情を浮かべてリオたちに呟いた。
天文台入口。適当なテーブルを並べただけの簡素な審査会場には、特異現象捜査部の面々とセミナー役員三名、それからケセドの中から帰還して動けなくなっている古代史研究会のフジノ部長を除く11名が集まっていた。
ちなみにリオは顔に湿布を貼っているぐらいだが、その後ろに並ぶヒマリたちは更に重症だった。
関節を極められて筋を痛めたヒマリは腕と足にサポーターを付けている。
眼鏡を割られてコンタクトにしたチヒロは鼻にティッシュを詰めておりそこそこ酷い状態。
巻き添えを食らったコタマは額のたんこぶを半泣きで擦り続けており、投げ込んだ手榴弾を撃ち返されたウタハは服も髪もちりちりと僅かに焼けていた。
そしてその中で唯一無傷のアスナは何処か勝ち誇ったように楽しそうだった。
リオはそんな惨憺たる状況に目をくれることも無く会長に答える。
「命名のために必要だったのよ。コラテラルダメージみたいなものだから気にしないでちょうだい」
「アスナをけしかけるなんて卑怯だとは思わないのですか!?」
「初手顔面はズルくない!? 眼鏡を壊される気持ち考えたことある!?」
「どうして私まで……」
「まぁまぁ、普段はリオから締め落されてるしたまにはいいんじゃないかな?」
背後から聞こえる怨嗟の声は置いておくとして、それで会長は大体状況を理解したのか溜め息を吐いた。
「ま、まぁ……元気なのは良いことだからね……。それで、リオちゃんがそこまでして名前を付けたくなるぐらいには良い物が出来たってことかな?」
「ええ、自信はあるわ」
そう言ってリオはタブレットを操作して設計データをこの場の全員へと送る。
データを眺めてまず声を上げたのは会長であった。 - 29125/10/04(土) 13:32:52
「ふぅん? 操作盤と四本のスタンド……ああ、スタンド同士を繋いでいる線に仕掛けがあるのか」
「前に作った『転移ボックス』の改良版よ。スタンドで囲った範囲内の中で物体を瞬間移動させる装置。操作盤で範囲内の何処に送るか設定できるわ」
「なるほどね。囲ってさえいればどんなものでも自由に飛ばせるみたいだねぇ」
とはいえ、スタンドを広げても一辺の長さは最大10メートル。設置の手間もあるため戦いの中で使えるようなものではないが、そもそも用途が異なるためその点は問題無い。
何故ならこれは『組立機』なのだ。
あらかじめ用意した部品をスタンドの中に置いて操作盤で任意の位置に瞬間移動させる。
ボトルシップだって直接瓶の中に入れることも出来るし、素材の耐久性にもよるが真空管を作ってからその中にパーツを転移させることも出来る。新素材開発部のアンリ部長の発想を形にしたものだった。
「もちろんそれだけじゃないわ。この装置に使われているのはイェソド、ホド、ネツァクの技術――つまり、スタンド内の空間を固定し、転送させ、直接配線で繋ぐことも出来るということよ」
しかもこれはセフィラの機能を再現した『現代の装置』である。つまり現存する科学技術との互換性を持たせることが出来るのだ。
Bluetooth機能も備えているため遠隔で動かすことも出来れば、あらかじめ組んだ設計データを送ることで半自動的に組み立てを行うことも可能である。
「とにかく材料さえあればいいのよ。だから……そうね。3Dプリンターに近い感覚で使えると思うわ」
「慣れは必要だけど、確かにこれなら君たちでなくても使える人も出てきそうだねぇ。……チヒロちゃんさ、これコピーレフトライセンス取って公開するつもりでしょ?」
「当然です。……ただ、作られた物の情報を何処まで回収するかということも詰めないと犯罪に利用されかねないのでセキュリティ方面含めて検討してからにはなりますが」
「分かってるならいいよ。会計ちゃん、上がってきたら外部審査委員会に速攻で回してあげて」
「わ、分かりました……」
いずれはキヴォトス全土に広めるつもりだったこともあり、その辺りは少しばかり慎重に動く必要があることは当然誰もが理解できていた。キヴォトスに名を残せる発明。それがこんな辺境の慰安旅行地で生まれるとは誰も想像していなかっただろう。 - 30125/10/04(土) 13:33:59
「それでリオちゃん、この装置の名前は?」
「『テクノロージア一世』よ」
そう言った瞬間、会長の頬が僅かに引くついた。
「…………なんだって?」
「『テクノロージア一世』よ」
「ダっ…………ほぉん?」
妙な表情を浮かべる会長。背後からはチヒロのものと思しき呻き声。「あぁ……」と悲しみに暮れた声を発したのはヒマリのものだろうか。
何故だろうか。こんなに本質を突いた上で覚えやすい名前なのに。
「ええーと、リオちゃん。その……そうだねぇ。あー、襲名性なのかな?」
「もちろんあるわ。『二世』はティファレト、ゲブラー、ケセドの機能も入れ込む予定よ。流石にそっちは公開できないけれど」
「そ、そうだねぇ……。何なら独立した方が良い気もするけど……。ほら、謀反を起こそうとしているよチヒロちゃんが」
「絶対名前だけは変えてやる……」
地獄の底から響くような暗い決意が背後から聞こえて来た気がしたが、リオは気のせいと思うことにした。
そもそも『テクノロージア一世』は『二世』を作るために必要なものであり、今回の審査で本当に見せたい設計データの実現可能性を証明するためのものに過ぎないのだ。
そしてリオは本命の設計データを皆に送ると、黙々と設計図に目を通した書記が一言呟いた。
「これは……船ですか?」
「中らずといえども遠からずね」
それは移動拠点の設計図だった。 - 31125/10/04(土) 13:35:15
大きさにして全長20メートル。全幅4.8メートル。全高5メートル。
超重戦車よりも大きいが遥かに軽量。二車線あれば公道も走れる程度のサイズ感で、下手すれば路面を破壊しかねない重量問題を解決したのはこの前作った『空間錨』によるものだった。
「伝播した衝撃を空間に『停める』からこそ、装甲そのものはそこまで厚くなくていいのよ。そして内部も拠点として充分な広さがあるから拡張性も充分ね。それにデッキも作ったわ。固定砲の設置も可能で水陸両用。いざとなれば船としての運用も可能よ」
もちろんそれだけではない。
極地環境での活動も考えた時に必要だったのは陸であれ海であれ『走行』しなくてはいけないという弱点。巨大であるが故のそれを解消するためにもうひとつ追加の機能があった。
それはこの拠点そのものが『瞬間移動できる』ということである。
「イェソドの技術だけだと拠点だけが飛んで内部に居る私たちは置き去りにされてしまう……。けれど、ケセドの技術を『人体のデータ化』と捉えた時に思いついたのよ。一時的に内部の存在をコードに置き換えて幽体化。転移先はミレニアムの中であれば位置情報を学習させられるから、GPS準拠の座標を打ち込めば設定できるわ。転移先に充分な空間がなければティファレトの技術で衝撃波が出るようになっているから飛べはするのだけれど、地中に埋まる可能性もあるからそこだけは注意ね」
場合によっては質量兵器としても運用が可能。とはいえ装甲がそこまで厚くは無いため、やるなら自爆するつもりでやる必要があるだろう。
そしてもし地中に埋まってしまっても拠点の内部だけは保全される。
ケセドのコード化技術は物質だけに留まらず、空間そのものをデータ化することが出来るからだ。ホームポイントは自分たちのラボに設定しているため、限られた酸素を使い切る前にもう一度跳躍すれば脱出は可能。
セフィラのという名の超技術を集めた戦艦であり戦車にして、最高最硬の移動拠点である。
そう言うと会長は何かを考え込むように顎に手を当てて、それから言った。
「燃料問題はどうするつもりかな? これ、生半可なエンジンじゃ運用できないよね?」
「そこについては私から説明しようか」
横からウタハが出て来て会長たちの前に立つ。 - 32125/10/04(土) 13:36:16
その様子は何処か嬉々としているが、燃料問題についてはエンジニア部の全員でどうにか捻り出した解決策があり、それを思い返せば胸を張りたくなるのも無理は無かった。
「ティファレトの技術から粒子加速によるエネルギーの生成技術を生み出したのさ。だからこの拠点はエンジンじゃなくて電気で動くんだ。もちろんエンジンよりも効率は悪いけれど、何処でも自由に充電できるのが強みなんだ。そして蓄電効率もホドの技術があれば放電を抑えられるから遥かに高い。それに何より、この技術は『キヴォトスに広められる』んだ。今より便利に、それでも別に過度じゃない。キヴォトス史に名を残せるような発明だと思うんだけど、どうかな?」
それこそが今回エンジニア部の出した結論であった。
セフィラの技術をキヴォトスに還元する、出来るような技術発明。科学とは、ひとりの天才が生み出したものを『誰でも利用できる』ようにするためのものである。
確かにセフィラの機能は強大だが、裏を返せば強大過ぎた。
分かりやすいところで言えばゲブラーだ。無限の破壊と無限の創造。こんなもの、再現出来ても広められるわけが無い。自分たちの間で秘匿するほか無く、秘匿した技術は内輪以上の発展は見せられない。
そして先日書記を通して伝えられた『セフィラを厳格に隠す必要は無くなった』という発言。
なればこそ、もう不要なのだ。次に現れるセフィラへの対抗策や発明はエンジニア部の中だけで作り上げる必要は無くなり、科学を世界に還元することで社会全体の技術力を底上げしてやればいい。そこから生まれた物の中にセフィラに対して有効な物が見つかれば良いのだ。
多目的に運用可能な移動拠点。そして科学技術の配布による技術革新という拡張性。
これこそが今回の審査に対する答えであった。
「いいね」
会長は頷く。そして『後輩組』たる皆に視線を向けた。
「改めて聞こうか。この拠点の名前は?」
その問いに、命名権を得たチヒロが不敵な笑みを浮かべる。
『生命の樹』という順路に従い運行する現代最高峰の機能を持った拠点。
偉大なる航海とも言うべき旅路は、やがて科学技術の最果てへと辿り着く。そんな預言者たちが乗るのは一艘の船である。
――名を、『ミレニアムライナー』と言った。
----- - 33二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 18:49:29
おお…
- 34二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 23:16:49
テクノロージア!テクノロージア!
……超技術を既存技術に落とし込める装置と考えれば確かにテクノロージア感ある - 35125/10/04(土) 23:19:30
自分たちの研究の発表を終えたのを見届けたヒマリは、審査員三名の様子をそっと見つめ続けていた。
反応は上々。当然だろう、ミレニアムという技術と合理の学園を象徴するセミナーに受けそうな内容でありながら、自分たちでなければ絶対に出来ないような研究を発表したのだ。キヴォトスの発展にも貢献できる。もし仮に先輩たちが同じ路線で開発を行ったのであれば、恐らくこちらに分があるはず。
会長は左右に座る書記と会計にそれぞれ目を向けて、個々の意見を求めていた。書記が口を開く。
「そうですね。『テクノロージア一世』自体はセフィラとの戦いに直接役立つわけでは無いでしょう。しかし後に続く『二世』、これの完成を以て無から生み出せるようになるのだと理解しました。これより現れるセフィラの技術も解析さえ行えれば再現できるというのは今後行える対策の幅を広げてくれることでしょう」
淡々と続ける書記だが、その声色に感心したような響きが混じっていた。
「そして本命の『ミレニアムライナー』。転移可能な移動拠点としては『ミレニアム』の名を冠するだけの価値があると私は思います。物理的制約を突破して人員の配備が出来るというのは未だかつてないほどのアドバンテージとなります。爆薬を積んで転移しばら撒くと言った一撃離脱戦法が取れるのもまた魅力的ですね」
書記の言う通り、『ミレニアムライナー』は転移できる移動拠点という破格の価値を持っている。
そしてもっと言うなら、どれだけ防衛戦を敷かれようとも『ミレニアムライナー』で直接本陣まで飛んで暴れて帰ってくることも可能。つまり無法の極みと言ってもいいほどの戦法すら取れる。
そのことを理解したであろう書記は、先手だというにも関わらず最高得点の三点を告げた。
「いいのかなぁ書記ちゃん。三点ってことはアンリちゃんたちがどんなに良い物を作って来ても同点しか出せないってことだよ?」
「問題ありません。エンジニア部のこの発明よりも格上の研究など私の審査基準には存在しないのですから」
「ニヒヒッ……ま、それもそうだね。会計ちゃんはどう?」
「わ、私は……その」
会計はいつも通りおどおどと手元の設計図に目を落としながら審査を始めた。 - 36125/10/04(土) 23:36:59
会計はいつも通りおどおどと手元の設計図に目を落としながら審査を始めた。
「い、良いと思うよ……? キヴォトス中の色んな人がこの先もっと沢山の物を作れるようになれると思うし、大型化して工場に導入できたらスペース削減も出来るよね……。工場ってほら……組み立てる過程で色んな機器を設置する必要もあるから……」
会計の目線は一般向けのもので、その発想が自分たちに抜け落ちていたことにヒマリが気が付いた。
言われてみれば確かに『テクノロージア一世』は工場向けである。ベルトコンベアに乗せてスタンド内に部品を運べれば、一瞬で組み立てられて完成品の出来上がり。民間にこそその価値を最大限に発揮できることだろう。
「移動拠点は……うん。稼働時間と移動距離を絞ってでも小型化できたら災害救助に使えそうだね……。いざって時の脱出ポッドとかにも良さそう……。私は二点……あ、さ、最初だからね? ほんとは三点でも良いと思うけど、その、一応……」
おずおずとした口調の割にはちゃんと考えた上での評価にヒマリは笑みを浮かべた。
それらを総括して会長は「それじゃあ」と静かに口を開いた。
「僕は会長になってから部活動対抗戦を校則で許可したわけだけれど、優れた発明は日常を便利にすることも出来るし戦いにも使える。そして誰かを救うことにも使える。君たちの研究はまさに僕にとって理想な進化の流れだね。言いたいことは二人が言ってくれたから僕はこのぐらいにしておこうか。だから二点をあげよう。まだ最初だからね。君たちがこの後の審査の基準だよ」
書記、三点。会計、二点。会長、二点。
合計八点というのが今回の発明に与えられた点数であり、比較される最初の発表として見れば事実上の満点でもあった。
「ありがとうございます、皆さん。さて、先輩方は先ほどから静かなようですが……」
と、ヒマリが先ほどから一言も発していない新素材開発部のアンリ部長と仁近エリの方へと視線を向ける。
二人とも見れば酷く疲れている様子で、それでも何処か納得したようにエンジニア部の設計データを眺めていた。 - 37125/10/04(土) 23:41:31
「ああ、うん……流石だエンジニア部。期待通りだな……」
「期待通り……ですか」
期待以上では無い。疲れ切った様子のアンリ部長はよろよろと立ち上がって会長たちの方へと歩いて行く。
(一体何を作ったのでしょうか……? 少なくとも、私たちの設計データを見て負けたと思っていないのは確かなようですが……)
まるで燃え尽きてしまったかのような足取りで、アンリ部長は端末を操作する。
送られてきたデータをヒマリも手元のタブレットから見るが……それは一見しただけでは分からない複雑な内部機構を持つ『携帯ほどの板』に見えた。
「『反重力デバイス』……。ティファレトとゲブラーの機能を元に『重力の負性』を受け止める装置だ。まぁ……なんだ。リニアとかあるだろう? あれは磁力での加速だが、これは相方となる反重力素材を練り込んだ道路とかであれば正しく機能する。携帯ほどの大きさ一枚で100キロまでなら地表10センチほど浮くことも出来るだろう。連結可能だから底面に組み込む量を増やせば浮かせる物体の大きさだって増強できる」
言ってしまえばそれは、重力を利用したホバークラフトのようなものだった。
しかしホバークラフトと違うのは地表にも細工が必要なこと。新たな都市を開発するのであればまだしも、今から運送に利用することは現実的では無いだろう。
「アンリちゃん。これ、単独じゃ浮かせられないの?」
「うむ、まだ無理だな。もしかしたらこれ一枚張り付ければ浮くなんて仕組みも出来るかも知れないが……まだ相互作用を利用した浮遊しか思いつかん。磁力よりも効率が良いぐらいだ。私には分からん」
「評価が難しいねぇ……。まさかこれだけというわけじゃ無いだろう?」
「当然だ。あくまで『反重力デバイス』は過程に生まれたものでしかない。だから拡張性だの何だのは特に考えていないし思いついてもいない」
そう言って続いて送られたのは、冷蔵庫ぐらいの大きさの円筒の設計データであった。
「これ……おかしくないですか?」
ヒマリが思わず呟いた。何故ならその設計データは外枠よりも内部構造の方が大きいのだ。
高さ1メートル20センチの円筒の中に2メートル弱の機械が入っている。加えて内部機構もギリギリ覚えのあるものだった。ホドとネツァクの器官が内蔵されている。しかし何がどのように作用しているのかヒマリには分からなかった - 38125/10/04(土) 23:54:32
そこでぽつりと呟いたのは、リオである。
「これは……まさか」
「気付いたか? 調月リオ。これは――『永久機関』だ」
「エネルギー問題解決しているではありませんか!?」
思わずヒマリが叫ぶ。アンリ部長は憔悴しきった笑みを浮かべてその叫びに答えた。
「内部空間はネツァクによる『記録保管次元』に一部捻じ込んでいる。還元されても循環できる部分をはみ出させているんだ」
「な、何を言っているんですか……?」
会計が困惑したような声を上げた。それはヒマリも同様だ。理解が出来ない。
唯一リオだけは理解できたかのように目を見開いていたが、それはつまり『ダアトに匹敵する何か』を作り上げたということだった。
「ネツァクは『記録保管次元』に物質を取り込んで吐き出すエンジンなのだよ……。万物に対する生成原理。それはところてん式に原子を組み替え吐き出し続ける。ならば、その出口と入口を繋いでやれば残るのは『無限』だ。循環する輪とは即ち物体の移動」
風力発電がそうであるように、水力発電がそうであるように、『移動』とはエネルギーを発生させるものである。
それをティファレトの機能で汲み上げる。エネルギー効率を極限まで高め続けて減衰率をほぼ0へと落とし込む。
「この減衰を補うのが『反重力デバイス』。先ほど事前に練り込めばと言ったが、そもそも『永久機関』を作る際に練り込んでおけばこの問題は解決される。正と負。ほら、小学生ぐらいの頃にやっただろう? 磁石を使ってぐるぐる回る車輪をな」
永久機関だと幼いころにはミレニアムの皆が試したであろう簡素な車輪。
しかしあれも物体にかかり続ける重力と自重によって磁力の動きが減衰し続ける。だが、それを重力すらも手繰る万物の理論たるティファレトで踏み倒せたのであれば、あの日誰しもが見た幼稚な夢は現実へと帰結する。 - 39二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 08:52:39
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- 40125/10/05(日) 09:51:26
「磁力では無く重力。最小たるグラビトン粒子の完全なる支配を以て減衰の補填は為されるのだ。……故に、『第二種永久機関』。第一種とは違いひとつで完結しない以上、裏を返せば停止させることも出来る。……ああ、そう言えば先ほど見た『ミレニアムライナー』のエネルギー問題もこれで効率化できるな。つくづく思うとも。私は貴様らが欲する空白を埋めるために生まれたのではないかとな」
「それは流石に言い過ぎでは……?」
ヒマリも思わず突っ込むが……それでも、これは『永久機関』なのである。
無限のエネルギー。無限の創造。それは人が手繰るにはあまりに人の手に余るもの。
終末を示す時計の針は今ここに動いた。
「改めて言おうか。これだけは譲らないぞ? 第二種永久機関――もとい『ニコンドライブ』。作ったのは私じゃない。仁近エリだ。だからこの名はくれてやる」
「……流石ですね。新素材開発部」
ヒマリは静かに頷いた。
天才とは『速さ』だ。誰よりも速く発表できること。それこそが正義なのである。
基幹技術を先に確立すれば、それだけ後発の完成度が高くともそれはあくまで『後発』。少なくとも、今のエンジニア部では作れなかったものをアンリ部長とエリ部長は作り上げた。新素材開発部と化学調理部、現存する部活と廃部となった部活の代表はそれを生み出せる『経験』があったのだ。
二年とは本当に遠い果て。もしかしたら来年度が始まる前には自分たちも作れたかもしれない理論を前に、ヒマリは負けを認めるほかなかった。
――もしも先輩たちと同じく二年早く生まれていたら。
――もしも先輩たちが同じく二年遅く生まれていたら。
決して平等でも何でもない立ち位置。異なる時間。いまはただ、それだけが惜しく思えた。 - 41125/10/05(日) 09:53:17
「惜しいものだねぇ……」
会長もまたそんなことを想像したのか、何処か惜しむように目を細める。
「君たちが同い年なら、今よりきっと互いに高め合えただろうに」
「…………」
その言葉にアンリ部長は何も言わなかった。新素材開発部として、ミレニアム最大の派閥を務める三年生の瞳は何処か遠くを眺め続けていた。
「それじゃあ、審査を始め――」
「何を言っているんだ会長。『たかが』永久機関程度だろう?」
「――――え?」
アンリ部長の言葉に会長が目を見開いた。ヒマリも同じく、それどころかエリ部長を除いた全員が奇妙な感覚をもってアンリ部長を見た。新素材開発部の部長の姿を。やけに憔悴しきったその姿を。
「ここまでが『素材』なんだ。『これ』を作り出すための部品だったんだ……。この状況も、私も、私たちも、全てが『これ』を作る為だけにあったのだよ……」
「何を言って……」
ヒマリは自分の身体が僅かに震えていることに気が付いた。
アンリ部長のそれは狂気に触れた者の様相。それだけで分かってしまった。アンリ部長は作ってしまったのだ。自らの作れる最高傑作を――自分の限界を見てしまったのだ。
そして、アンリ部長は全員に『本命』の設計データを送った。
内容を見る。それは4.5メートル四方の巨大な機械。しかし、それ以外の何一つとして理解が出来なかった。
(これは……なんですか……?)
リオを見る。リオもまた、険しい顔で眉を顰めていた。
会長を見た。目を見開いていた。この中で唯一理解に近づいたであろう会長ですらもこう言った。
「山洞アンリ、君は……君はいったい何を作った……?」 - 42125/10/05(日) 09:55:10
きっとそれは誰も予想だにしないもの。あの会長ですらも。
アンリ部長は、憔悴しきった目で確かに告げた。そこから放たれた言葉は、まさに想定を遥かに超えた偉業。
「……この装置の名は『シュレディンガー干渉機』。千年難題、問の6だ――」
「なっ――」
「自分が世界の中心にいるとでも思ったか『後輩』……!」
世界は決して誰かを中心に回っているものではない。
皆が自覚する上で主役であるなら、ひとつの視点における『脇役』もまた、その者にとっては『主役』なのだ。
「驚いたか各務チヒロ……! 風穴を開けてやったぞ! 私が! 難攻不落に!!」
物理学/問6:多次元解釈論におけるシュレディンガー干渉機の製造――
『解決不可能』の壁を打ち破ったのは、ヒマリやチヒロたちエンジニア部にとっての『脇役』だったはずの新素材開発部部長であった。
----- - 43125/10/05(日) 14:18:15
千年難題、問6。それは次元の制御に関する難題であった。
もしもこの世界に存在する次元が数多に存在することを証明できたのであれば、同世界における別次元にも干渉できるのではないかと言う思考実験。
ひとつの世界でひとつの時間軸に従って進む中、まったく同じ挙動、まったく同じ条件で並行する別位相とも言うべきものがあるのなら、それら全ての状態を共存させることが出来たらいったいどうなるか。
(変わらない。何も変わらないのだ……。全ての状態は共存と同調による状態の維持を保ち続ける……)
ひとつの世界だけなら破壊できる構造体も、次元の壁を越えられない以上『別次元に存在する同位体』には干渉できない。
つまり、損傷させられなかったという状態のみがそこに残り続ける。誰にも破壊できず干渉すらも許されない『構造体』をそこに生み出すことが出来るのだ。
そしてそれは破壊に対する耐性だけに留まらない。
電力にせよ何にせよ、燃料を生み出すというその状態すらをも永続的に同調させ続けることが出来る。
ゲブラーによる廃棄宇宙へのアクセス。ティファレトによる宇宙を超えた次元への穿孔。その入り口はホドによって補強され、ネツァクによって保存された記憶素子が保存され続けるのだ。
問6が示すのは『異なる次元が存在するという可能性』――異世界では無く今ある世界の『ストック』とも言うべき次元の存在である。
(同じ次元に存在する『別位相』――全く同じ『世界』は常に私たちの現在と並んでいるのだよ……)
全ての位相を同調させられれば、もはや何一つ形を変えることは出来なくなる。
完全なる『固定』。全ての技術が形の変性と組み替えにあるが故に、全ての可能性を閉じる『永遠』こそが『無限』の最果て。
よろよろと歩きながら、発表を終えたアンリ部長は休憩室へと向かっていた。
辿り着いてマットレスに倒れこむ。この答えに辿り着いたのはエンジニア部が体験していない『二年』という時間と、先日より確認したセフィラの存在。そしてケセドに潜って太古の技術を解読しようとしていたフジノ女史の成果があってのことだ。 - 44125/10/05(日) 14:19:17
「お疲れ様。アンリ」
「……あぁ、貴様もな」
フジノ女史はマットレスに身を沈めたまま身じろぎひとつせずに言って、それにアンリも応えた。
会計を脱出させた後に限界ギリギリまでケセドの中に居たらしく、そこから『拾えた単語』から千年難題に至れたのだ。過去を見事に掘り起こした過去の功績者。フジノ女史が痛みに呻きながら囁いた。
「一応だけど……、点数は?」
「満点だ。ちゃんと恰好もつけてやったぞ……」
あの後、何が出来るかの説明をして颯爽と立ち去ったのだ。
だが、頭がガンガンと鳴り響くように頭痛がまるで止まらない。何時間も全力で走り続けるような思考負荷をかけ続けて至った最果て。虚脱感が全身を襲い続けているのだ。今すぐにでも眠りたかった。
確かに尊敬は集められただろう。『あの天才たち』に認められたかった。何処にでもいる『誰か』ではなく『私』を見て欲しかった。それはきっと刻み付けられた。
だが――『私』の声は震えていた。
「私はな……自分の研究の果てに『永遠』を知った。そして同時に思ってしまったのだよ。私は決して『永遠』ではないと……」
きっと今日この瞬間この時こそが全盛期。この後に歩む全てにおいて、今日以上の時は無いのだと確信している。
ここから先は劣化し老いる日々が続くのだと、千年難題のひとつを解き明かした新素材開発部部長の山洞アンリは理解してしまった。
この世に知って良いことと悪いことがあるなんて思いもしなかった。
全てを知ることが出来れば良いと本気で思っていた。なのに、その自信も今や完全に砕け散ってしまっていた。 - 45125/10/05(日) 14:20:48
――『永遠』は人の身に余る。そして自分は永遠などでは決して無い。
思わず笑いが零れた。
「なぁ……『千年難題』は本当に『解いて良い』ものなのか……? あれは解いてはいけないものではないのではないか……!? 私にはっ――私にはもうそれが分からないのだ……!!」
人としての幸福を望むのであれば、きっとこの世界には知らない方がいいことの方が多い。
知らなければ変わらず過ごせるこの世界を歩む者たちにとって、世界を変え得る最初の一歩を進んでしまった者に与えられるのは絶望である。
確かであったはずの世界が足元から崩れる感覚。
『未知』とは恐怖だ。どれほど解き明かしても、『解き明かしてしまったが故に』、この世界の不確かさを認識してしまって再び新たな『未知』が生まれる。それは『無限』の恐怖であった。
「……世界は苦痛で満ちている」
隠されたものを暴き出してしまった罪人は自ずと口走る。
それに目を向けるのは古代史研究会のフジノ部長であった。
「教えてあげればいいんじゃない? その先は地雷原だって」
フジノ部長はアンリの暴いたものの正体を分かっていない。しかしその言葉は確かに適切であったのかも知れないとアンリは思った。
『先輩として』、後輩たちが進む道の危険性を少しでも説いて覚悟だけでも決めさせれば何かがきっと変わるのかも知れない。
それが、先を行く者の果たすべき責務である。 - 46125/10/05(日) 14:22:01
「……そうだな。まぁ、あのエンジニア部がひとつ解いたところで折れるとは思えんが……だからこそ教えてやらんとな。でないと奴ら、砕け散るまで進みかねん……」
ひとつ解く度にひとつ以上を失う難題――エンジニア部の面々は喪失を無視して突き進める『本物』だからこそ懸念があった。
もしも後輩たちが千年難題の全てを解き明かしてしまったら、解き明かすまで進み続けてしまったのならどうなってしまうのかと。
(少なくとも……絶対行くなと言えば覚悟のひとつは決めてくれるか……)
決して愚かでは無い天才たちへと想いを馳せながら、アンリは静かに目を閉じた。
今日と言う日の疲労を癒すように、深い眠りへと就いたのであった。
----- - 47二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 23:44:35
保守
- 48二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 00:13:54
保守
- 49二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 07:55:12
ほむ…
- 50125/10/06(月) 10:05:47
興奮冷めやらぬ二日目の夜。
ウタハたちは天文台前に設営したキャンプの近くで焚火を囲んでいた。
「いやまさか、新素材開発部に先を越されるとは思ってもいなかったよ」
そう言いながらウタハは先を越された幼馴染の顔を見ると、先ほどから落ち着きなくそわそわとした様子だった。
「何て言うかさ……。やっぱ先輩なんだなって思ったし、悔しいし……それに嬉しいって感じだよ」
「ふふ、その気持ち……私にも分かりますよ」
ヒマリは、ココアの入ったカップに口を付ける。
チヒロもヒマリも、そしてウタハも何処か高揚感があった。理由はひとつ。千年難題が解くことのできると証明されたからだ。
ただ、それにひとり浮かない顔をしている人物がいた。
リオである。素直に喜べないと言った様子で、それが何だかやけに気になった。
「リオは違うのかい?」
「……そうね。どうして千年難題がこれまで解き明かされなかったのかは分かったわ」
「それはどういう……あ」
何かに気付いたようにチヒロが声を上げた。
遅れてウタハも気が付いた。千年難題のひとつが解かれたことによって、また新たな『問題』が提示されてしまったのだ。
ココアを飲み干したヒマリは、ほう、と息を吐いて口を開いた。
「いち部活の部長が解いてしまった……というより『解けてしまった』というのが問題ですね」 - 51125/10/06(月) 10:08:03
セミナーが解いたのであればまだ分かる。何百年、何千年と長きに渡る探究の果てに解いたのであれば、それは千年難題というものにミレニアムが追い付き始めたことを意味する。
しかし、実際はそうではなかった。三年間ミレニアムで学んだ『程度』の天才が解き明かせたのだ。
確かに神懸かった時代の寵児は存在する。天啓を受けたかのように突然解いてしまう者も存在する。
『問題』はここだ。
セミナー発足から今日に至る歴史の中で、そんな人物が本当に今まで存在しなかったのか。
「『有り得ない』のよ。たまたまその瞬間が今だったなんて」
つまりリオが言いたいのは、『これまで千年難題を解いた者は存在したが誰も公表しなかった』ということである。
「……当然だよ。だって、あの研究は『凄すぎた』んだから」
チヒロは目を伏せて呟いた。
アンリ部長の暴き出した『謎』は人の手に余るのだ。
科学とは特別でない者にも等しく還元される。世界を破壊し尽くす爆弾だって、最初のひとりが作り出せば誰しもが持てる『常識』になる。起爆スイッチを押すだけならば本当に誰でも出来てしまう。『シュレディンガー干渉機』はまさしく世界を滅ぼせる発明だった。
「『多次元共存』による不変性の発露……物体ではなく空間に対して使用すれば、侵入した瞬間どんな存在でも消し飛ばせる領域を作ることも可能よ」
『シュレディンガー干渉機』は存在するだけで危険だった。
そしてあれを有効活用しようにもする必要性が何処にも存在しない。キャンプ場で火を起こすのにサーモバリック弾を落とすようなもので、規格が今の世界に合っていないのだから当然だろう。『多次元共存』を理解しなくてはいけないような事象はこの世界に存在しないのだから不要なのだ。
解き明かしても公表できず、ただ『誰も解けなかった』というカバーストーリーで保護され続ける七つの問題。
それらを『難題』足らしめているのは、人類には早すぎる技術群であるということ。ならば恐らくセミナーは、千年難題を守り続ける番人なのかも知れない。 - 52125/10/06(月) 10:09:28
「ねぇヒマリ。君は会長たちが千年難題を『管理している』と思うかい?」
ふと気になってヒマリに尋ねてみると、ヒマリは首を振って答えた。
「いえ、『管理者』としての自覚があるのであればそもそも存在自体を隠すでしょう。きっと本当に知らないのでは? どちらかと言えば千年難題が解き明かされた時に、その代のセミナー役員が『公表しても良い』と判断できるほどに科学が発達していたら、そこで初めて難題の数が減るのかも知れませんね」
個人ではなく時代の発展もまた『解き明かされた』の条件に入る。
そしてそれは少なくとも今では無い。このキヴォトスでは真の意味で千年難題が解き明かされることは無いのだ。
「だとしても」
チヒロは焚火を眺めたまま声を上げた。
「私は続ける。公表したいとか世界を変えたいとか、そういうもののために解き明かしたかったんじゃない。ただ私は証明したかっただけ。『絶対無理』なんて皆が言うから、そうじゃないって言いたくて探してたんだよ」
「ああ、そうさ。まだ六つも残っているんだ。ひとり一問だとして……ちょうど六人いるね」
ウタハがにやりと笑みを浮かべながらコタマとアスナを見ると、コタマは「いやいやいや」と全力で首を振っていた。
「私は別に研究者でも何でもないんですが……!?」
「あら、それで言ったら私たちの中で純粋な研究者はリオぐらいですし問題ないのでは?」
「基礎研究をするから研究者というのも安直な気がするのだけれど……」
「あ、じゃあコタマ。どれ解いてみる? コタマから選んでいいよ?」
「冗談はやめてくださいチヒロ!」
そこまで巻き込まれるのは勘弁だと言わんばかりにコタマは耳を塞ぐ。それにひとしきり笑ったところで、アスナは「でもでもー」と身体を揺らした。
「問3とか結構解けそうだと思うなー」
瞬間、笑い声が止んだ。
ウタハを含む全員の脳裏を過ぎったのは『現時点で取っ掛かりがあるのか』という疑問だった。 - 53125/10/06(月) 10:10:42
現実を疎かにして思考を回してしまうが故に誰も声を発さない。皆が皆、考え慣れてしまっているせいで異様な空気が焚火の周囲を包み込んだ。
「あーほらいつもの、いつものが始まっちゃったじゃないですか! だから嫌なんですよこの人たちは!」
コタマが付き合っていられないと言わんばかりに叫び、その声で皆が我に返る。
なまじ『問6』が解かれた直後だったせいか、『出来るのでは?』という欲が出てしまった。
ウタハは「悪いね」と言おうとしたその時――先に口を開いたのはリオだった。
「『言語学/問3:『ユートピア28』の終了』……千年難題の中で一番情報が無い正体不明。内容が失伝しているせいで題名しか分からないもののはずよね」
「そうだったっけ? でも、『終わらせられるか』っていうのが問題なんでしょ?」
「終わらせられるか……。要は今も続いているということね……」
アスナの言葉で何かを考え込むように視線を落とすリオ。
ぽつりと呟かれたのは、放った自分自身に対する問いだった。
「イェソドが忌避している『ユートピア28』……。イェソドは『基礎』、世界を支える礎を冠するセフィラ。だとしたら、私たちのいる世界は成り立ちからおかしいということ……? なら、基底となる正しさが存在した上で今の世界は間違っ――」
不意に、リオの言葉が途切れる。
ウタハの目から見ても、リオの瞳は遥か遠くを見ているように思えた。
暗がりを覗き込むように目を眇めるその姿に、ウタハは何故だか不安を覚えた。
(どうしてだろうね……。君が『ダアト』の性質を持ったって聞いたとき、そこまで違和感が無かったんだ)
まるで最初からそうであったかのように、リオは最初から少し変だった。
もちろん最初は『変わっている』ぐらいの認識ではあったが、『知恵』の名を冠したと聞いた時から違和感は明確となった。
それは歯車が『噛み合ってしまった』ような感覚。
『知恵の実』をもいでしまった逆位相。神に唾吐く人類定理。同時に思うのは、『何故自分がそんなことを考えてしまうのか』ということだった。 - 54125/10/06(月) 10:12:14
(人の罪を背負う者…………どうして、どうして私は『リオを怖い』と思うんだ――)
ひとり生唾を呑み込みながら、リオの言葉をただ待った。
そして、リオは『答えの候補』を口にした。
「罠……。世界を歪めた『誰か』が居る……」
「それは……ヒマリの言っていた『無名の司祭』かい?」
「いいえ違うわ。もっと根本的に……いえ、彼らすらも歪められた大地に立っているのよ。本来有り得ないはずの技術進化を受けていた。じゃあ誰なの? そんな存在――ひとつしか無いわ」
その答えは聞くまでも無い。
――『名も無き神』。セフィラ発生の原因を作った超技術を生み出した存在。真なる『未知』、理解できない太古の光。
ウタハは空を見上げた。そこには満天の星空。科学の光では決して届かない星の輝き。
「遠い、ということだね。全部」
「そうね。……知ってるかしら。私たちの目に映る星の輝きは遥か過去に放たれた光源だということを」
「光も有限ですからね。光速で進む光が私たちの目に映っていると言いたいのでしょう?」
「要は滅んだ星の輝きも私たちの目には届くってこと?」
チヒロの言った言葉に「そうよ」と答えるリオ。
星の輝き、その根幹。それを捕まえ解体するというのなら、まさしく星に手を伸ばすような行為である。
ならば、星を掴むほどに進んでしまった者は再び地上へと戻れるのか。地に足を付けてこれまで通りの日常を送れるのか。 - 55125/10/06(月) 10:15:16
(無理だろうさ。知ることはきっと片道切符なんだ。一度知れば帰って来られない)
星を追うならまだしも、星を掴んでしまったのなら正しく帰路を用意しなければ二度と帰れない探究の旅路。そこに身を投じるのが『千年紀行』。戻れなかった者たちが歩んで沈んだ堆積場。それすらもまた、『名も無き神』の編み出した廃棄口。
「あのぅ……そろそろ人の言葉で話して欲しいのですが……」
と――うんざりした様子で声を上げるコタマ。
コタマとは出会ってまだ二か月。対してエンジニア部としての付き合いは半年を超えている。少々独特な会話の応酬について来れずに文句を言うが、それはそうだろうと思い直してウタハは言った。
「悪いね。つまりはずっと昔の技術が今の私たちに有用かなんて分からないってことなんだ。過ぎた力は偉くも何とも無くてさ、『何よりカッコいい』ってことこそが良いと思うんだよね」
カッコいい――そこにロマンが宿る。
アンリ部長が示したように、実用性がどうだとかはウタハにとって大した評価基準になりはしない。
ただ、『成し得た』――誰にも出来ないことが。それこそがカッコよくて、ひとつの『価値』だった。
『シュレディンガー干渉機』の発明は確かに現代においては使い様の無いものだろう。だが、カッコよかった。難攻不落を打ち破った一穴に『ロマン』を感じた。
人は規定された『不可能』を打ち破れるのだと、そこに恋い焦がれないクリエイターが居るはずも無い。
ウタハは目を外へと向けた。研究棟の方。そこではマルクトがネツァクに指示して研究棟を砂塵へと変えている。
その近くで指揮するセミナー会長。ネツァクたちが恐れた『正体不明』も何やら慣れたのか、会長と物理的な距離が近いと言えどもセフィラたちは普通に稼働していた。
「分からないことは沢山だけれど、全部分かったのなら『つまらない』と思うんだ」
『全知』に意味はあるのだろうか。
ウタハは思う。『意味など無い』。新たに知る喜びを受けられないのなら、それほど冷たい地獄は無いと。 - 56二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 10:17:16
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- 57二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 14:46:06
- 58125/10/06(月) 15:18:42
- 59125/10/06(月) 20:59:11
「コタマ、君だってそうじゃないか。聴きたいと思うのは『知らない音を知りたい』というのもあるだろう?」
「それはまぁ、そうですけど……というか、何の話をしていたんでしたっけ?」
「問3も解けるかも知れないという話よ。恐らく今も続いている『何か』を終わらせる方法という『千年難題』。私たちの世界が何らかの異常性を抱えているのなら、それを持たない『本来の世界』を知らなくてはならないわ」
「ふふ、そして都合の良いことに多次元に干渉できる装置の設計図はアンリ部長が組み上げてくださいましたからね。あくまで優先するべきはセフィラの方ですが、取っ掛かりらしい発明をしてくださったのですからいずれは有効活用してさしあげましょう」
そんな感じで各々が話していると、ウタハたちの囲む焚火へとやって来る五人の影。エリ部長とセミナー役員たち、それからマルクトであった。
「皆さん、研究棟の解体を完了しました」
「お疲れ様ですマルクト。隣、空いてますよ?」
「では……」
と、マルクトがちょこんとヒマリの隣に座るとポケットから小さな飴玉を取り出して口に含んだ。カロカロと小気味よい音が鳴って「リンゴ味ですね」とご満悦な様子である。誰かから貰ったのだろうかとウタハが尋ねると、マルクトは言った。
「はい、会長から貰いました。供物とのことです」
「そんなんで良いんだ供物……」
「ニヒヒッ、まぁ最初に儀式は執り行ってるわけだしこれぐらいなら良いんだよ。皆が忘れさえしなければねぇ?」
ニタリと笑みを浮かべる会長は、背後に書記と会計を連れ添いながらウタハへと視線を向ける。
儀式と畏敬。門を潜り抜けるときに見た白き荘厳を忘れるな、という意味を多分に含んだ言い方である。
「確かに、あの時はマルクトが神様のようにも見えたけれどね」
「『ように』、なんて言い方はちょっと穿っているねぇ」
「というと?」
小首を傾げて尋ねると、会長は期待外れと言わんばかりに溜め息を吐いた。
「あのさぁ、セフィラは一体一体がこの世界にとっては神様みたいな力を持っているだろう? その全てに接続して全ての力を行使できるようになったらそれはもう神様じゃん。ま、本人が信仰を集めるっていうよりも形代かな。だからなんだと言われたら『ケテルに聞いて』としか言えないんだけどねぇ」 - 60125/10/06(月) 21:17:10
ケテル――『王冠』を冠する第一セフィラ。
ただの一度として現れた事の無い頂点。イェソドが言っていた。『ケテルが全てを知っている』と。
しかし会長はこれまでセフィラの情報は誰よりも知っていた。もしかすると何か推察を立てているのではないかと思って目を向けると、会長は肩を竦めて答えた。
「流石に知らないからねケテルのことは僕だって。僕が知ってるのはコクマーまで。他のセフィラたちでさえも知らないんだから僕が知るわけ無いだろう?」
「それでも推察ぐらいはあるんじゃないか? 下層も中層もそれぞれ扱う機能の領域があった。それに『シュレディンガー干渉機』で思いついたんだ。上層のセフィラのコンセプトは『次元に対する干渉』なんじゃないかとね」
「分かってるじゃん。本当にそれぐらいだよ僕の推察は。……というか、ビナーもコクマーもまともに会話できる状態じゃないからね。情報が少ないんだ」
そう言って会長はマルクトへと視線を移す。
マルクトもそれに気が付いて会長に目を合わせる。
「…………」
「…………」
しばしの沈黙が流れる。
耐えかねた会長が口を開いた。
「…………別に飴ぐらい舐めながらでも喋って良いんだよマルクト?」
「失礼しました。……では」
と、マルクトがウタハたちを見渡して口を開く。
「先ほど会長から聞いたのですが、コクマーは人もセフィラも預言者も何一つ区別が付いていないそうです」
「うん? 人と預言者は別なのかい?」
「はい。私はともかく、他のセフィラたちは基本的に『人間』、『預言者』、そして『どのセフィラか』ぐらいしか区別していないのです。出来ないわけでは無いのですが、重視していないため普段はあまり気にしておりません」
マルクトが言うには、それはあれだけセフィラたちが恐れた会長ですらそうであるらしい。
恐怖に駆られて自動的に自己防衛機能が発露しているときならまだしも、つい先ほど研究棟を解体していたときのように自己防衛機能が働いていないときは『近くに会長がいる』ということでさえ気付かなかったとのことだった。 - 61125/10/06(月) 22:42:33
「結構雑だね。……というよりもそうか。悪意に反応するのか君たちは」
「悪意、敵意、害意――自分の存在を脅かす脅威全てに対する感知が行えます。……言っていなかったでしょうか?」
「いや、それっぽい言動をしていたような気がするから何となく頭の片隅にはあったんだ」
そして思い出したのはゲブラー戦の前。マルクトがネルと訓練をしていた時のこと。
マルクトは自主的に攻撃が行えなかったが、ネルが殺気を伴っただけで反撃体勢を取ることが出来ていた。
『殺気』という感覚はウタハも流石に分からないが、『脅かし得る』という可能性を確実に捉えられるのがセフィラに共通する機能なのかも知れない。
これは恐らく『脅威』に限定した防衛本能のようなものだろう。
例えばいま自分がここでマルクトに害意を抱いたところで恐らく反応はしない。何故ならウタハはマルクトよりも弱いからだ。『脅威』にすらならないからこそ反応すらしない。現にこうしてこのような考えを抱いていても、マルクトは飴を舐めながらちろちろと燃える焚火に視線を戻していた。
「それで、区別が付かないというのはそのままの意味かい?」
「はい。コクマーは狂気に堕ちてしまっているようでして、本当に何も分からないとのことでした」
だからそもそも、会話が成り立たない。
会話が出来ないのはティファレトもそうだが、コクマーは本当に認識すら出来ないようで『愚鈍』の病に侵されているらしい。
「ならビナーはどういう状態なんだい?」
「『拒絶』――何もかもから目を逸らし続けているそうです。抱えた存在と概念が飽和し切った結果、正気と狂気の境を彷徨い続けているとのことでして」
「とんでもなく危険だね。でも、『前の預言者』はそんな状態のビナーやコクマーとも『友達』になれたんだろう?」
「あぅ!?」
突如聞こえた悲鳴に目を向ければ、額を押さえる会計と、デコピンした直後の会長の姿があった。
会長は欠伸をしながら気だるそうで眠たげな視線をウタハへと向ける。
「『友達』でも何でも良いけどさ、まぁ上層は限界ぎりぎり。今にもはち切れそうってわけ。でも……マルクトがケテルに辿り着いてセフィラの旅路を終える方法が分かれば全部解決するんだよ。『世界は苦痛に満ちている』なんてあまりに悲しいじゃないか」 - 62125/10/06(月) 23:45:43
会長は何処か憂いを秘めた瞳でウタハを見つめた。
何故だろうか。その瞳には抱えきれない多くを背負った者のような重責が見えたのだ。
「僕はね、『終わらせる』ためなら何でもやるつもりなんだ。僕には感傷も何も無い。だから……手段程度は『選べる』ぐらいに君たちも頑張ってね?」
「期待にそぐえるよう頑張るよ、『王様』」
「ニヒヒッ――」
その笑みが自虐的に思えたのは果たして気のせいだろうか。
会長はその内心を邪悪で覆いながらも歩き始めて、マルクトへと尋ねた。
「そういえばマルクト。『ビナーはいつ来る』?」
「少々お待ち下さい」
ゴキ、と飴を噛み潰したような音が聞こえてマルクトの瞳が金色に染まる。
マルクトによる『星図』の観測。その目が僅かに見開いた。
「百…………いえ、11月13日の15時頃でしょうか。『廃墟』にビナーが現れます」
「え……?」
「どうしましたかチヒロ」
「いや……何でも」
チヒロはすぐさま首を振って何でもないと言わんばかりに平常を装ったが、それでウタハも思い出した。
(……そういえば、私の誕生日だったね。11月13日は)
ビナーの出現。チヒロのことだから、それを乗り越えた後にプレゼントを用意してくれるのかも知れない。
別に要らないとは思えども、気付いてしまった以上少しだけ期待してしまう自分もいる。
(強制は、したくないからね) - 63二次元好きの匿名さん25/10/07(火) 07:59:06
ほっしゅ
- 64125/10/07(火) 13:00:34
だけれどもどうだろうか。セフィラのことに集中し過ぎて自分の誕生日を忘れていたとして、それならそれで我が儘のひとつぐらいは通しても良いだろう。
そう考えれば楽しみだ。幼馴染なのだから、むしろ忘れて貰っていてくれた方が良い。
きっと『チーちゃん』のことだからビナーが現れれば忘れてしまうだろうし、何より誕生日の直前まで何を送るか迷いに迷うに決まっている。
強制はしないが悪戯ぐらいなら許されるだろう。
立ち去っていく会長たちの背中を見ながら、ウタハはひとり内心笑みを浮かべた。
「書記ちゃん。修学旅行の日程を変えることにしたよ。11月15日からにしよう」
会長は休憩室へと向かいながら、後ろを歩く書記へと告げる。
ハイマ書記は突然の決定に疑問を呈することなく「分かりました」と答えた。
本当はビナー戦の最中に修学旅行を行うつもりだったのだ。それが一番混乱が少なく済む、と。
しかし、今日に皆が作り上げた研究成果を見て考えを変えた。
(せっかくだから、全員巻き込んでみようか)
次のビナー戦はこれまでのものと違い、史上最大規模の戦闘が勃発するだろう。
セフィラの確保自体にはいつも通り裏から手を回すつもりであったが、ミレニアム自治区自体がどれだけ壊れるかはそこまで気にしていなかった。だから生徒だけでも逃がしておくつもりではあったが……死なない限界ぐらいまでは皆を追い込んでみても良いのかも知れない。
皆が今よりもっと成長できたのならそれでいい。酷い怪我をする子も出てくるかも知れないが、取り返しがつくのであれば問題ない。合理的に、確実に、皆にはもう少しだけ頑張ってもらうとしよう。
――全ては、千年紀行を終わらせるためだけに。
----- - 65二次元好きの匿名さん25/10/07(火) 18:24:06
>>死なない限界ぐらいまでは皆を追い込んでみても良いのかも知れない
おいやめろ
- 66二次元好きの匿名さん25/10/07(火) 20:32:16
死亡フラグかな
- 67125/10/07(火) 23:46:23
そうして三日目。この日は特に語ることの無いものだったとリオは思い返す。
キャンプ慣れしているフジノ部長の号令で朝8時に起床。朝食を摂って撤収作業。バスに乗り込み昼過ぎにはミレニアムサイエンススクールの学園敷地内へと戻っていた。
その間、妙に印象的だったのは二つ。
千年難題を解き明かしたアンリ部長の警句と会長の様子であった。
『エンジニア部……千年難題は恐らくただの問題などではない。あれは恐怖の根源だ』
アンリ部長の言うところによれば、千年難題とは知ることそのものが累を及ぼすものらしい。
例えるならそれは、『今しがた口にした肉が何だったのか』を知ってしまうかのような……取り返しの付かない影響を受けてしまうものだと言うこと。
『それでも解き明かそうとするのなら、覚悟するんだな。私は……後悔している。知って後悔することがあるとは昨日まで思いもしなかった……』
憔悴したようなその表情は、まさに何かを削り取られてしまったかのような仄暗さがあった。
間接的に知ることと直接暴いてしまうこと。そこには大きな隔たりがあるようで、聞いたチヒロが険しい顔をしていたのは自分でなくとも記憶に刻み込まれるだろう。
私たちが追っているものはいったい何なのか。それでも、今更引き返すことなんて出来ないのだ。
『未知』を解き明かす。それがどれだけ危険であろうとも、危険であるのならどれほど危険なのか知らなくてはならない。
そしてそれは『ダアト』であり『調月リオ』である自分ならば、『千年難題の狂気』にも抵抗力があると直感していた。
――恐怖を殺す合理の化身。存在し得ぬ『知恵』のセフィラ。その役割は知恵の収集。
――もしくはそれよりも更に深い『本質』、いうなれば自身に宿る『神性』か。
チヒロたちも含め誰よりも早く解き明かせば良い。一問解いて何処か様子のおかしくなってしまったアンリ部長を見るに、これは何問も解いて良いものでは決して無いと『分かる』のだ。
(皆を守るためにも、情報は解決するまで抱え込むのも手ということね……)
誰かにとっての苦手分野はそれが得意な誰かに任せてしまうのが合理的だと判断し、そして危険な知識や理解の類いは自分自身に集約させた方が良いのだと、その時リオは理解する。 - 68二次元好きの匿名さん25/10/08(水) 08:36:35
リオ!?
- 69125/10/08(水) 09:56:25
そして印象的だったもう片方。会長の様子だ。
慰安旅行が始まった時には『全ては流れるままに』と言わんばかりに達観したような様子だった会長だが、終わるころには何処か爛々とした怪しげな光を瞳に湛えて『いつもの』会長に戻っていた。
あれは――きっと良くないことを企んでいる。少なくともリオはそう感じた。
(会長は何かをしようとしている。きっと、私たちにとって良くないことを……)
バスを降りた時に一瞬見えた会長の瞳には仄暗い光が宿っているように思えた。
何かを企んでいる。それもひとつの目的の為に優先すべきもの以外は何もかも切り捨てるかのような、狂気の瞳。
会長は人命だけは優先する。しかしそれは成り代わることでの社会的同一性に基づくものであり、本物の死は飲み込む思考を持っている。自分がケセド戦で一度死んだことからそれ自体は許容していると推察できる。
つまり、成り代わりの限界を超えるようなもの『しか』守ってはくれないということだ。
そしてこちらは成り代わりも許容は出来ない。本物に成り代わろうが、本物が死んだらそれは死であると考えているから。
(利害が一致する限りは信用できる。けれども、私たちと会長の『害』はまったく一致していないのは確かね)
そして共通する『利』とはまさしく『千年紀行を終わらせる』ということ。
これを自分たちの『利』だと言って良いのかは実際のところ怪しいが、それでも自分たちの目標と呼んでも良いだろう。そこだけは信用できる。終わらせるためなら何でもする、という決定的な食い違いは発生するが。
少なくとも要注意であることだけは確かであった。
目を離さないようにすることが果たして何処まで出来るかは怪しいが、背中を預けて良い人物では無いことも確かなのだから。
それから……エンジニア部としての活動は少しばかり忙しいものとなった。 - 70二次元好きの匿名さん25/10/08(水) 16:44:57
保守
会長なにしてんすか - 71125/10/08(水) 23:11:07
超科学技術たるセフィラたちの機能を再現するに必要な『テクノロージア一世』の完成に、少しばかり手間取ったのだ。
設計図とはいえ作るまでは机上の空論。実際に作ってブラッシュアップを繰り返す必要があるのは、いくらセフィラたちがいてもそれは変わらない。
もちろん試行回数が桁外れに減ったのは確かで、しかも自分には『ダアトの瞳』がある。
およそ最短距離を全速力で走り切るような速度で作り上げ、生み出された『一世』にver.2たる『二世』のアペンドを作成し始めたのはビナー出現まで残り一週間を切ったところだった。
「イェソドの機能は宇宙探査のための技術だったのね……」
『一世』を使いこなして試作品を作り続けるウタハを眺めながらふと呟くと、ウタハも手を止めて大きく伸びをした。
「急にどうしたんだいリオ?」
「いいえ。ただ……そうね。光速を超えるのに『器』という枷がどれほど大きいのか実感したところよ」
「ミレニアムに戻ってからずっと作業し続けているからね。今回ばかりはやりたいことに対して時間があまりに無さすぎると悔やむばかりさ」
疲労困憊。眠るように気絶して、目が覚めたら再び研究の毎日である。
しかし精神的な疲労は無い。今はただ作りたくて仕方がない。どのみちビナー戦前日になれば強制的に休ませられるのだ。どれだけ徹夜を続けていようと、丸一日も眠りさえすれば回復する。
加えて言い訳も充分だ。セフィラ戦が始まる前にはやれること全部やっておきたい。取り返しが付かない事態を少しでも減らせるように。
感情でも理屈でも作ることを肯定されてしまえば立ち止まれるわけもなく、まさに言葉通り『一所懸命』に打ち込み続けられたのだった。
「そういえばウタハ。『ミレニアムライナー』の方はどうなのかしら?」
「うん? チーちゃんとアンリ部長が音頭を取って『ニコンドライブ』の製作に取り掛かっているところだったはずだよ」
「『ミレニアムライナー』の外装はどうなったのかしら?」
「あぁ、『新素材開発部』だからね。『空間錨』の設計を渡したらすぐに作ってくれたよ」
「つくづく頼もしい限りね」 - 72二次元好きの匿名さん25/10/08(水) 23:36:55
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- 73125/10/08(水) 23:38:02
自分たちが『一世』を作っているその間。アンリ部長は新素材開発部の全部員を動かして『ミレニアムライナー』の設計のブラッシュアップに協力してくれていたのだった。
しかも、新素材開発部はエンジニア部不在の中で何度も繰り返し行われた部活動対抗戦の覇者になっていたらしく、今やミレニアムに存在する全部活動の七割を掌握した一大派閥へと成長していたらしい。
傘下も含めれば四桁に届きかねない部員数を誇り、加えてどんな分野であっても『誰かしら』専門とする部活があるために数の利を最大限に生かせる存在へと成り上がっているとのことだ。
噂では『新素材開発部連合』の中で新たに各部活動の調整を専門とする『マネジメント部』が発足されたとも聞くが、そこまでいけばもはや学校レベルの集団でもある。そんな人数が真理へと至るための船――『ミレニアムライナー』の製造に関わっていると考えれば、『二世』さえ作られたのならすぐに運用可能な状態になるだろう。
「そういえばリオ。セフィラたちの機能についてはもう全部把握している、で合っていたかな?」
「もちろんよ」
そう言ってリオは休憩がてらに自分のタブレットをウタハに渡した。
書かれているのは各セフィラたちが使える機能とその技術である。 - 74125/10/08(水) 23:45:54
マルクトもとい『罪悪』――アシュマの機能は『信号支配』。
ハブを通してミレニアムに存在する脳の位置を把握し操る機能。五感を操ることで幻聴や幻視を見せることが出来る。
ただし人体に対する影響力が高すぎるため機能の使用については大きく制限されているものと思われる。
「いわばセーフティよ。本来ならミレニアムにいる限りマルクトが望めばどんな生物も昏倒させられるわ。それに精神を壊す映像を見続けさせることも出来るはずよ。だからでしょうね、害される可能性が無い限り攻撃できないなんて制限があるのは」
「なるほどね。その上で害される状況になってもマルクト自身の機能は『声』しか飛ばせないし、使えても接続したセフィラの機能だけってわけだ。地下空洞で戦ったみたいに」
ウタハの指摘にリオは頷く。
EXPOでのマルクト戦は、言ってしまえばそのセーフティである緊急防衛人格であるマルクトと、マルクトに被せられた『王国』の権能との戦いだった。
そんなマルクト――『罪責』の技術起源は『外部操作による自我変容』のための技術だろう。
言ってしまえば『洗脳』――物理から離れた精神攻撃のための技術。それがマルクトには使われている。
続いて『基礎』――イェソドの機能は『星幽航法』。
宇宙の探索に光速では遅すぎる。故に物理的制約に縛り付けられる『器』を捨てるための技術である。
『器』に致命的欠損が無いから『意識』が存在する、という因果を逆転させる技術。
光速を超えるために生み出されたその技術起源は『アストラル投射による自己同一性の恒久的保存技術』であり、死の概念を『心臓の停止』の先へと進めた超科学の『基礎』であった。
「実際リオも生き返っているからね。身体が無くなっても『戻れる』なんて神様の領域じゃないかな?」
「それでもトランス状態という概念はあったのだからまだ人の領域なのでは無いかしら? この辺りはヒマリが詳しそうね。あいにくオカルトは詳しくないもの」 - 75二次元好きの匿名さん25/10/09(木) 01:56:36
飛鳥馬…?
- 76二次元好きの匿名さん25/10/09(木) 09:23:46
ふむ…
- 77二次元好きの匿名さん25/10/09(木) 16:59:37
オカルト……研究会…?
- 78125/10/09(木) 23:48:29
念のため保守
- 79二次元好きの匿名さん25/10/10(金) 07:43:03
ふむふむ
- 80125/10/10(金) 09:51:58
などと言いながらもリオは自分の発言に苦笑を浮かべるほか無かった。
これまで『反証可能性が無い』と切り捨て続けたオカルトも、セフィラの存在によって反証可能性を帯びてしまっているからだ。何せネツァクが入れば鉄を黄金に変えることだって出来てしまう。
「私だってセフィラを知らなかったら否定していたもの。でも、ホドは本当の意味でのブレイクスルーね」
『栄光』――ホドの機能は『空間観測』。
揺れる波こそ世界であり、瞬間を縫い留める観測技術は人類の科学技術の発展が完成へと至った瞬間だったのだろう。
あらゆる『未知』を観測せしめる『瞳』こそが真理へ至る最後の鍵。きっとここから旧人類は『神』の道へと歩み始めたに違いない。
故に、その技術根源は『物質界における完全な観測技術』――この時はじめて人は世界を知ったのだ。
「正直ここまでが限界だよね。私たちの理解が及ぶ範囲はさ」
苦笑するウタハにリオは「そうね」と返した。
科学者にとって『出来たらいいな』で思いつく限界がここだろう。これ以上は現実的ではないと無意識に思ってしまう理論。
その最後に待つセフィラの下層。物質が支配する世界への『勝利』――ネツァクの機能は『物質変性』だ。
「どんな物体でも原子レベルで組み替えて作り出すための貯蔵庫の作成。人類は『空間観測』の技術によって存在し得る全ての物質と反物質を見つけ出したのね」
理論上存在するとされた反物質の発見により人類は反物質の運用すらをも可能とした。
『物質と反物質の共存技術』――それは例えるなら9枚のコインが入る板に45億枚を収めるような理論。
これまで観測できなかっただけで、世界の隙間は至る所にあったのだ。
「つくづく、知的好奇心というのは怪物みたいなものだね。とてもじゃないけど想像もつかない」
「でも、私たちの前にはセフィラという『結果』が置かれているのだからエレベーターで昇るようなものだわ」 - 81125/10/10(金) 09:53:23
とはいえ、先人たちの苦労に対して下駄どころでは済まないほどにはヒントを貰い過ぎているような気もしなくはないが、セフィラ確保もそれなりに大変だったのと研究過程まで手取り足取り教えてもらっているわけでは無いからそのぐらいは許されても良いはず。
リオは特に申し訳なく思うことすら無く、むしろセフィラは便利なマイルストーンだと思うことにして次を思い返した。
即ち中層のセフィラ。物質への理解を深めた次の『世界』である。
「『美』のティファレトは万物の理論を解き明かすものだったわね。それは『今の』私が見てもそうなのだけれど、どうしてこの理論が完成したのかも『分かった』わ」
「ふふ、じゃあ聞いてあげようか。どうして完成できるはずが無いと思われていた夢物語が人類の手に落ちてきたのかな?」
「それ以外に何も出来なかったからよ」
「うん?」
ウタハは要領を掴めないと言わんばかりに小首を傾げる。
それもそうだろう。宇宙を知るために光速を超えるための『意識体』へと手を伸ばし、同時に物質に縛られる『器』の研究も完成させた。その次が『消極的な完成品』だとは思うまい。
「人類は辿り着いたのよ。『宇宙』の果てに」
……かつて、私たちの住まう大地にも果てがあると考えられていた。
広大な海原も無限ではなく、果てでは何処までも落ち続ける大瀑布が存在するのだと信じられてきた。
――だが違ったのだ。大地に果ては無く、星は円環たる丸みを帯びていた。
果ての先には我らが故郷。旅の始まりと旅の終わりは一本の線で結べるものであったのだ。 - 82125/10/10(金) 09:54:43
「確かに宇宙は今もなお広がり続けているわ。本当だったら追い付けない。私たちは宇宙からの真なる脱出の望めるべくも無かった。それを可能にしてしまったのが『基礎』――イェソドの技術」
宇宙に果てはあった。そこには『壁』があったのだ。『基礎』たる技術だけでは越えられない次元の壁。
人類は自分たちのいる世界が巨大な『檻』であることを知り、きっと、恐らく……長い年月もの間、次元を越える術を探し続けて来たのだろう。
――そして、見つけた。『美しき』世界のアーキテクチャを。
「世界に存在する全ての『力の流れ』を遂に暴いた。そして理解したのよ。ワームホールと呼ばれていた『もの』の存在がいったい何だったのかを」
空間を飛ぶだけなら『基礎』だけで充分だった。その上で『これまで解明できなかった』ワームホールの理論。
あれはただ別の場所に飛ぶだけのものではなかったのだ。あれは時空を歪ませるものなどではない。穿たれた次元の穴だったのだ。
「だからティファレトの持つ本当の機能は『次元穿孔』。時空どころか次元すらも歪ませて絶対の壁をも穿つ機能。アンリ部長の作った『シュレディンガー干渉機』の根幹を担う『科学技術』よ」
矮小なる人の身では重力を『極小粒子の絶対なる働きによる結果』として見るほか無かった。
けれども違う。重力とは結果ではなく過程。一般的に無重力と呼ばれる状態ですら、重力に抗うように動くことで均衡を保つことによる『疑似的な無』でしかない。
だから人類は、重力の支配を望み続けて手に入れた。人類は『絶対』から解放された。
次元を越えて異なる宇宙へ。阻むものなぞ何処にも無い。『果て』たる全ては取り除かれ、世界は更に広がった。
――だから人類は、宇宙の選定を行い始めた。
「ゲブラー。『峻厳』というのも皮肉――もしくは自戒ね」
本来ならば宇宙とはヘリウムガスを閉じ込めた風船のようなものであったのだ。
いずれは空気が抜けて緩やかに死んでいく極寒。しかし数多ある風船を繋いでしまうような技術が生まれてしまった。 - 83125/10/10(金) 09:55:57
自分の『世界』はひとつ。いずれ消えゆくひとつの世界。
そして――人はあまりに強欲だった。
「そうか……。リオ、それで始まったんだろう? 『世界の剪定』を」
「それがゲブラーの機能よ」
『均衡破壊』――余分な熱量をひとつの『世界』に押し付けて、自分たちの世界を延命させる。
熱が足りなければ奪えばいい。隣り合う『宇宙』のエントロピーを奪い、時には押し付ける『新たな次元の戦争』のための技術。
言うなればその技術起源は『廃棄宇宙との熱交換技術』だろうか。
宇宙戦争と呼ぶにはあまりに泥臭く、そして概念的な戦争が始まったのだ。
しかして『最初の宇宙』が一強となるような戦いにはならなかったのだろう。
高文明の人類が別宇宙に存在する旧文明を蹂躙することにはならなかった。何故なら如何なる生物も、争いの中で進化に迫られ届かなかった者のみが淘汰されるのだから。
多くのカタストロフの先に見つけたのは、『意識体』すらも殺すために発展した『死』の再定義。
『慈悲』――ケセド。『根源断裂』の理を元に生まれたその技術は『不死』を殺す技術である。
「皮肉なものよね。次元を越えても結局は戦争。そのための技術が発展したのだもの」
どれだけ高度な技術を編み出しても、人は争いの歴史からは逃れられない。
例え自分が奪おうとしなくとも『自分たちを奪おうとする誰か』がいる限り争いは生まれ続ける。
人類は何処まで行っても『動物』だった。
ステージが変わっただけで、人類は『人という名の動物』であるからこそ――その本質は何も変わりはしなかったのだ。
それがセフィラの中層を連ねる技術の歴史。
個人の思想なんて群れの中では磨り潰される。砂糖に群がる蟻のように、ただ大きな波に押し流されるしかないのだ。 - 84125/10/10(金) 09:58:05
――それならば、何があった。
――何があって、『次』が生まれたのか。
「ウタハ、次に戦うのは『ケセドの次の物語』よ。きっと私たちの誰かが死ぬだとか、そういう個人の話にならないような気がするのよ」
会長がセフィラの存在を明かしても良いと判断したことだって、それはビナーを前にした今だからでは無いだろうか。
疑念、疑惑。いったい何を考えているのか分からない『未知』――信用するには心もとなさすぎるトリックスターの言動である。
リオがそんな暗雲に惑っていると、ウタハは何かを思い出すように呟いた。
「……『真理は言葉では語れない。けれども言葉でしか真理は語れない』」
「なに? それは」
「前にヒマリが言っていただろう? 会長がヒマリに言った『ヒント』らしいんだ。……まぁ、何のヒントかまでは分からないけれど」
そう言ったウタハの言葉に、リオは今更ながらに理解した。会長が何を言おうとしていたのかを。
「…………ウタハ。目で見た物を口にするには語彙が必要なのよ」
「唐突だね? 聞こうか」
「語彙に無い言葉は口に出来ない。そして言葉に出来ないものは伝わらない――つまり真理は私たちの理屈では真の意味で伝えられないものではないの?」
自分で口にしながらもリオは表情を歪めた。
何故なら『感覚で捉える』という分野においては、リオ自身がこの上なく苦手であると自覚しているからだ。
聞いて、知って、それを伝えるだけでは全ては決して伝わらない『真理』――
知識としてでの理解では本質に至れない……そういうものなのかも知れなかった。 - 85二次元好きの匿名さん25/10/10(金) 16:59:31
デカグラマトンは世界延命と別世界と戦うための力だった…
- 86125/10/10(金) 20:37:39
そうして思考を巡らせていると、ウタハが不意に呟いた。
「ねぇリオ……。それってつまり、『真理を理解出来たとしても伝えられない』ということにならないかい?」
「え、えぇ。それがどうかしたのかしら?」
ウタハが何を言いたいのか分からず聞き返してしまうが、ウタハ自身も自分が何に引っかかったのか掴みかねているようだった。
「だから……ほら、リオはいま私たちのヘイローの形が分かるんだろう? どうして見えるのかはケセドのした最適化の影響だというのは分かっている。それにヘイローが個人の『本質』を示しているものだって会長のレポートから『知識として』知ってはいる……」
「そうね。そしてあのレポートは正しかった。ヘイローは名前と本質によって結び付けられたもので――」
「そこだ。そこなんだよリオ。それがおかしいんだ」
遮るように声を上げて、ようやく喉に刺さった骨が抜けたかのような表情を浮かべるウタハ。しかしリオは未だにウタハが何を言いたいのか分からず首を傾げるほかなかった。
するとウタハはリオへと向き直って指を一本立てて見せる。
「ただの知識として知っているだけなら、君はその知識が本当に正しいのかってところから疑うだろう? どうしてヘイローが示すものを確信しているんだい?」
「それは――」
――見れば分かる。
そう言いかけて思わず口を噤んだ。百聞は一見に如かず。知識として知っているなんて伝聞であり、実際に見た方が理解の強度が高いのだ。
そしていま、自分が見えているのは『ヘイローの形』というだけではない。何の象徴なのかという『概念』そのものもまた認識しているということに気が付いた。 - 87125/10/10(金) 20:39:27
「ウタハのヘイローがウタハ自身の本質を表していることは分かる……。けれどもウタハの本質が何なのかまでは分からない。『それなのに』ヘイローが本質を表しているということだけが何故か分かるのね……」
目の前の林檎が赤いと言った時に「どうしてそれが赤いと思うの?」なんて聞かれても困ってしまうぐらい当たり前の事象として認識している。そのこと自体がそもそもおかしい、というのが、ウタハがリオに感じた違和感だったようだ。
「まぁ、リオは見えるようになった経緯がそもそも裏技みたいな感じだったけれど……。言いたいのはね、世界の見方が変わるというのは精神的なもの以上に何か重大な変化が個人にも起こっているんじゃないかって思ったんだ」
「だとしたら千年難題を一問解き明かしたアンリ部長も何か見えたり感じられたり出来るようになっているかも知れないわね……」
自分たちは問6の内容を『伝聞』として聞かされただけだから変化はない。
もしそれを更に深く理解することで『見て』しまったのなら、その時に自分たちもまた変容する可能性がある。
「それにリオ。変わってしまったのはアンリ部長だけじゃないだろう?」
「ヒマリのこと? でもヒマリは身体能力が上がったぐらいで別に――」
と、リオはウタハの言うもう一人に思い当たってしまって声が途切れた。
『どうして分からないのかが分からない』――そう口にした者を、調月リオは既に見ていたのだ。
「……黒崎コユキ」
一目見ただけであらゆる暗号を解き明かすスケルトンキー。
未来から零れ落ちて来たいつかの後輩。迷える白兎。
その名を口にするとウタハは頷いた。
「そうさ。今もそうなのかは分からないけど、二年後に私たちと会うまでには一問解いてしまったんじゃないかと思うんだ。だからどんな暗号も分かるようになったんじゃないかな?」
「だとしたら、千年難題の中にそれが答えになるような問題が含まれている可能性もあるということね」 - 88二次元好きの匿名さん25/10/10(金) 21:16:31
ついに追いついた!
長く壮大なこの物語の終幕をリアルタイムで見れることを誇りに思います - 89二次元好きの匿名さん25/10/11(土) 05:27:44
コユキ!?
- 90二次元好きの匿名さん25/10/11(土) 12:27:49
ほしゅ
- 91125/10/11(土) 14:12:33
あくまでも可能性。しかしながら思い返して見たところでコユキの様子は『解明困難な千年難題を解き明かした』というようなものでもなかった。
うっかり解いてしまったのか、もしくは元来『理解』していたものがそのまま千年難題やそれに準ずるようなものと直結していたのか。いずれにしても尋常な手順で解き明かしたわけでは無いだろう。
ひとつ言えることがあるとするならば、およそ『特異現象』と呼ばれるものの多くは恐らく『この世界』を深く理解すればするほど個人にも発露しやすくなると言うことだろうか。
そんなことを言うと、ウタハは笑ってこう言った。
「私から見てもコユキの暗号突破能力は超能力じみてると思うし、実際チーちゃんも『よく分からない』って言っていたけどさ。大体の人から見た私たちも『天才』だとか『普通じゃない』って言うからそんなに変わらないのかも知れないね。私たちの絶対距離は」
「双方向の断絶ね。けれどもそれが理解を諦める理由にはならないわ。たとえ今はコユキの見ている世界を理解できなくとも、その世界に追いつくもの」
「その前に社交性を身に付けないとね?」
ウタハのそんな指摘には、リオも呻くしか無かった。
「あ、あなたも人付き合いは苦手だと言っているじゃない……」
「苦手なだけさ。デリカシーぐらいはあるつもりだよ?」
「うぅ……」
「冗談さ。……半分はね」
「半分本気じゃない……!」
今にも部屋の隅で体育座りでも始めてしまいそうなリオに、ウタハの軽やかな笑い声が響いたのだった。
----- - 92125/10/11(土) 18:39:13
セフィラ探索の次なる要、『ミレニアムライナー』が完成したのはビナー出現を二日後に控えた昼のことである。
もう何日寝ていないのかすら覚えていない。
チヒロは止まぬ頭痛を紛らわせるようにコーヒーを胃へと流し込むと、ラボのそこかしらで打ち上げられた魚のように眠る友人たちを起こしていく。
「あぁ……チーちゃん。転移機能は完成しましたか……?」
「おはよヒマリ。リオがコンソールの前で倒れてるから後で労ってあげて……」
あとウタハも、と付け加えるとヒマリは霞んだように笑みを浮かべる。
そこで物陰からひょこりと顔を出したのはマルクトである。
「チヒロ、リオとウタハの救助が完了しました」
「救助……まぁ、間違ってないか。ありがと」
力なく片手を上げて礼を言うと、マルクトは金色の瞳を伏せるようにして頷く。
10日間近いデスマーチの間、流石にマルクトも人間体では無く元の身体に戻していた。というより、人間の身体に耐え切れる限界をゆうに超えていたために元の身体に戻る他なかったというべきか。
そして、『ミレニアムライナー』建造に関わったボランティア――新素材開発部およびその傘下は昨晩バラして休んでもらっている。転移機能の完成をチャットメールで伝えたからきっと競技場に集まっていることだろう。
「それじゃあヒマリ、マルクト。行こうか」
「はい、チーちゃん」
「お供します」
手伝ってくれた礼も兼ねての竣工式。
今から『ミレニアムライナー』の転移機能を使って競技場のトラックまで跳躍する。
きっと迫力も出ることだろう。だからこそ、転移という現象を一番に見せてあげたいのだ。
備え付けられたタラップから乗り込む移動拠点は、車輪の付いた船のようにも見えなくもない。
丸みを帯びた底面に人の腰まであるタイヤが合計12輪。内部には部室の中にあった機材を積み込んで、動力炉となる第二種永久機関――『ニコンドライブ』は中央のテーブルの中に仕込んである。 - 93125/10/11(土) 19:15:07
また、横転しても機材が壊れないよう車内の至るところに『空間錨』を設置している。
問題点があるとすれば『空間錨』は電気信号も含めありとあらゆるものを固定してしまうところか。
そのため起動してしまうと固定したものが使えなくなってしまうという点だが……そんな状況で何かを研究しなくてはいけないような状況なんてまず無いだろうということで物理的な固定具は最低限のものに留めてある。
車内のタラップからデッキに昇ると、まず目につくのは車両後方に設置された戦車砲だろう。
これまでのセフィラ戦を省みても、強力な武器『程度』では決定打に全くならない。この戦車砲も逃げながら牽制に使うぐらいのものでしかなく、使う機会なんてそうそうないだろう。
加えて高射砲を二門、気休め程度に備え付けている。
ティファレトのように空を飛ぶタイプのセフィラから逃げ切るためのものではあるが、そもそもそんな事態は避けたいためこちらも同じく使う機会は無いはずである。
こうした備えは、ひとえに転移機能のチャージ時間を稼ぐためである。
時間にして三分。普段遣いなら大した時間でも無いが、戦闘時の三分は致命的に長い。
加えて転移機能は一度使用すると最短30分間『ミレニアムライナー』の全ての機能が停止する。
――結局、理想とした転移は実現できなかったのだ。
ケセドによる物体のコード化とイェソドによる跳躍の安定化にはどうしても三分の時間が掛かってしまう。安定性を無視すればもっと縮めることも可能だが、人体や物質から変換されたコードに歪みが生じれば戻すときにバラバラになってしまう可能性がある。
そして最大の問題は跳躍後にコードから元の物質へ戻すとき。
『ニコンドライブ』は稼働前の状態に戻り、蓄えたエネルギーはこの時点で全て使い果たしてしまうのだ。
第二種永久機関の再稼働にはどうしても30分は掛かってしまう。そこから完全に復旧させるのに何分か。どれだけ時間が掛かるかについては追加で乗せる設備次第だが、確実に言えるのは『ミレニアムライナー』の転移機能を使って戦地に飛び込むのは現実的ではないということだ。 - 94二次元好きの匿名さん25/10/11(土) 22:37:54
保守
- 95二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 05:37:51
ふむ…
- 96125/10/12(日) 11:05:04
また、走行しながら跳躍するのも出来る限り避けたい。
速度も全て保存したまま『跳んでしまう』ため、例えば時速180キロで走行しながら跳躍すれば時速180キロの速度を保持したまま跳躍先へと出現してしまう。一応ラボにはセフィラたちがいるためその速度で突っ込んでも止めてはくれるだろうが、セフィラたちが止めるまでラボの中が派手に吹っ飛ぶことは想像に難くない。
この辺りの改良が終わるのが先か、それともセフィラたちの旅路が終わるのが先か。それすらも怪しいところであった。
そんな戦艦じみた移動拠点もあくまで分類は『水陸両用の車両』である。
操縦席は一般的な大型トラックのものに出来る限り準拠しようとしたものの、エンジン式では無い電気式の大型トラックということで操作感はそれなりに異なる。排気ブレーキの代わりに車両前面へと設置された逆噴射機構など、もはや車かどうかも分からないような魔改造がふんだんに施されていた。
途中、疲労で錯乱したウタハが自爆スイッチを運転席に取り付けようとしていたが……そこはチヒロとヒマリが全力で阻止したためしっかりと安全である。
「それじゃあヒマリ……。今から転移して見せるから操作手順覚えといて……」
せめてこれだけはヒマリに見せておかないといけない――その一念で仮眠を取ったのだ。
最初の起動。これが一番危険なのである。無事に動いてくれれば良いが、もし何かひとつでも想定通りに行かなければ良くて跳躍失敗。悪くて跳躍先でバラバラになった自分たちが出現しかねない。
理論はヒマリも理解している、というのは前提に。何か異常な挙動が起こった際には転移機能の強制終了をヒマリにやってもらうつもりだった。エンジニア部の中で現在最も早く異常に気付ける『瞳』を得たヒマリをフェイルセーフに。チヒロは中央のコンソールの操作を始める。
――座標指定、競技場へ。バッファをもって広めに囲った出現予定地点を設定する。
――『ミレニアムライナー』内部に存在する全ての物質をコードに変換準備。光が床から天井へと走っていき、駆動音が大きく響く。 - 97125/10/12(日) 11:06:23
「変換シミュレーターを起動させて、変換予測率が100%になれば理論上ほぼ確実に跳躍が成功する……はず。理論上は成功する、理論上は……」
「あの、何度も言われると不安になるのですが……」
「仕方ないでしょ。無機物での転移実験は成功してるけど人体は初めてなんだから……」
生物は無機物よりも遥かに不安定で、尚且つ生物のコード変換はその体積に比例して難易度が上がる。
指一本欠けずにちゃんと跳べるかについては実証出来ておらず、ヘイローの有無によってもそのデータ量は急激に増大する。つまりはぶっつけ本番。失敗すれば何が起こることやら……それこそ『良くて』即死だろうか。既存の常識からかけ離れた現象を起こす以上、そのリスクも極めて大きい。
「まぁ、変換さえちゃんと出来ればマルクトが繋げ直せる可能性もあるから……。とりあえず、転移準備が完了したら勝手に跳ぶから後は待ってるだけ」
「演算終了する前に跳ぶことも可能なのでしたよね?」
「うん。今すぐ跳ばなきゃまず死ぬって状況になるまでは絶対そんなことしたくないけど、一応ね」
あくまで、一応。セーフティは掛けていないため、その判断だけは絶対に失敗できない。
とはいえ特異現象捜査部に属するのは常人では無い。一番思考が常人寄りのコタマが操作できないようになっていれば『うっかり』だって起こらないだろう。
……そもそもコタマが操作しなくてはいけない状況になるということは、即ちコタマ以外全滅しているためどのみち詰んでいる。そんな状況になった時点で敗北しているため、そこに賭けなきゃいけない状況になる前に対処するのが前提となる。
そんなこんなでチヒロもヒマリも、それからマルクトも目の前のコンソールの予測変換率が上昇していくのを一言も発さずに眺めていく。
90%――91%――92%――
「衝撃とかは無いはずだから、気楽に構えてて」
「問題ありません。皆が作った物ですから、大船に乗った気分です」
マルクトは表情ひとつ変えることなくチヒロに言葉を返して、チヒロはそんなマルクトを心強く感じた。 - 98125/10/12(日) 11:07:43
94%――95%――96%――
「ぐらつくような時点で失敗してますからね」
「そうならないことを祈りたいね……。ちなみに言うまでも無いけど跳躍準備中は飲食禁止だから。気の抜き過ぎには要注意」
「なんと、紅茶でも飲みながら優雅に待っていようと思っていましたのに」
「なんかトリニティっぽいね今の。いや偏見だけど」
「紅茶と言えばトリニティですし」
益体も付かない雑談を交わしながら増える数字を皆で見つめる。
98%――99%――
チヒロが眼鏡を押し上げた。
「じゃ、空間を越えよう」
あっさりとした声と共に数値は100%に満たされる。
そして、続く画面に映し出されたのは『転移完了』を示す文字。何かこう、『跳んだ!』というようなことを実感するような光も衝撃も何もなく、ただ、静寂だけが車内に流れた。
「ええと」
ヒマリが口を開いた。
「成功……ですか?」
「成功してる。ほら、フロント――」
そう言いながらチヒロが操縦席側のフロントガラスに目を向けると、外の景色がラボの中からミレニアムの競技場へと変わっていた。変化はそれだけで何とも拍子抜けだが、そんなものなのだろう。 - 99125/10/12(日) 11:08:55
「とりあえず、降りてみましょう」
マルクトの声に二人は頷いて車両の搭乗口を開く。
瞬間――外から響いてきたのは先ほどまでの拍子抜けした空気を打ち破るような大歓声であった。
「すごい! ほんとに! ほんとに跳んできた!! すごい!!」
「私たちが作ってたのこれなの!? 本当に!?」
「エンジニア部ー! エンジニア部ー!!」
あまりの歓声に驚いて、チヒロはヒマリとマルクトの方へと振り返る。二人もまた少しだけ驚いて、ヒマリとマルクトが顔を見合わせた。
「もしかして私たち、結構凄いことをしたのではないでしょうか?」
「今更ですよマルクト。……とはいえ、セフィラと関わると一般的な感覚から離れていくものなのかも知れませんね。上手くノれないのが少しばかり歯がゆいものではありますが」
下ろされたタラップを降りながら競技場に降り立つと、すぐさまチヒロたちは興奮した様子の生徒たちに囲まれて『瞬間移動の再現』という快挙を成し遂げたエンジニア部に皆が歓声を上げられる。
それで徐々に実感していくのは、『人は物理的制約に囚われず何処にでも行ける』という実績。
きっと誰もが一度は夢見るであろう『移動時間をゼロにする発明』――それがいま、この瞬間に完成した。
「ふん、おめでとうだな。エンジニア部」
「アンリ部長……」
人の海を割るかのように現れたのは、新素材開発部のアンリ部長だ。
千年難題のひとつを解き明かした慰安旅行を終えてもなお何処か疲れ切ったような目をするアンリ部長だが、それはきっとデスマーチの影響とはまた違うようにチヒロは感じた。
特に、リオとウタハからアンリ部長の状態に関する推察を聞いた上なら尚のこと。
『ミレニアムライナー』が完成した今ならばもう、聞いても問題無いはずだ。 - 100125/10/12(日) 11:09:58
「アンリ部長。聞きたいことがあるんだけど……」
「せっかくだ、車内で話そう。私だって分かるさ。貴様らが何を聞きたいのか程度はな」
チヒロは何処か緊張したように頷いた。その言葉はアンリ部長に『変容』が発生していることを暗に肯定していたからだ。
千年難題はただの空論ではない。狂気とも呼べるほどに現実を疑うことで初めて解き明かせる世界の謎である。
そして、それを解き明かせる『状態にある』ということは世界の軛から外れてしまうということ。現実から乖離して、常軌を逸した『特異現象』が発生するということ。
アンリ部長は淀んだ瞳を、千年難題を追い求めるチヒロへと投げかけた。
「知ることばかりが良いとは言えない。言えなかったんだ。何故なら『知る』ということはもう、後戻りできないということなのだから……」
そしてアンリ部長は語り始めた。自分の身に起こったことを。
----- - 101二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 18:21:42
知らないという罪と知りすぎる罠
- 102125/10/12(日) 20:52:27
まず、どこから話したものか……。
ひとまず貴様らが知りたがっている私の身に起こった『変容』から話すとしよう。
異変に対して明確に気付いたのは慰安旅行から帰って来たその日の夜だ。眠気や空腹というものがやけに鈍いと感じたのだよ。
貴様らも研究で手が離せない時……それが良い方面で結果が出た時は気が高ぶって目が冴えるだの何だのはあるだろう? 私も慰安旅行二日目の夜はそのような類いのものだと思って特に気にしていなかったのだ。問6を解き明かしたばかりだったからな。尚のことだろう。
だが、一日経って流石に緊張がほどけているにも関わらずほとんど眠気が無いと言うのはおかしい。
原因はすぐに思い当たった。千年難題だ。『問の6』を解き明かし世界への理解を深めてしまったばかりに自分の身体がおかしくなったのだとそこで『理解』したのだよ。
……ん? イコールで結ぶのはおかしいだと?
いいか、私が解いたのは『問の6』だ。世界はひとつではなく、相互に干渉することが出来るという真理の欠片を暴き上げたのだぞ? だから何もおかしなことではないのだ。
この世界に存在する私はひとりだけだが、世界は数えることすら意味が無いほど無数に存在するのだ。
その世界に存在する無数の私は『私』という共通項で繋がり合っている。根源たる海は世界を跨いで存在しているのだから当然ではないか。
そして相互に結び付けられ共振を起こす私だが、同時に全ての世界の『私』と繋がっていることを意味するわけでは無い。私は選べるのだ。どの世界の『私』と繋がりを得るかと――――くそっ、私の語彙では表現し切れん……!! ああいや、済まんな。私が『私』に閉ざされているのがどうにも歯がゆいのだ。 - 103125/10/12(日) 20:54:28
……別の方面から話を進めるぞ。
ヘイローを持つ私たちは皆が皆、異なる世界の自分と共存状態にある。
共存の強度には個人差があるが、高ければ高いほど肉体に依存した状態の変化が共存する世界の自分と分け合われている。
例えばグレネードの爆発に巻き込まれたとき、怪我の大きさには個人差が出るだろう?
あれは受けた衝撃や熱を異なる世界の自分に何処まで逃がし切れているかで決まるのだ。
被害が大きくなりやすい者はその強度が低く、逆に高い者であれば無傷なんてこともありえるだろう。
つまり、私たちの身体はなるべくニュートラルな状態を保とうとする性質を持っている。ここに身体能力そのものの高低は関係しないという点には注意が必要だ。
その上で話を戻すぞ。私が理解したのは強度の上げ方と共存させる世界の量の増やし方だ。
各務チヒロ、もしお前の身体に突然尻尾が生えたら、貴様はそれを動かせるか?
分からない、と言った顔をしているな。きっとぎこちないながらも動かせるだろう。そして練習すればある程度は自由に動かせるはずだ。追加義肢の考え方からして全く動かせないということは無いだろう? 私の身に起こっていることはそれとよく似ている。私が今まで気づいていなかっただけで、気付けば出来るようになる。それだけだ。
問題があるとするならば、気付いてしまったが故に今まで無意識的で自動的に動作していたものがマニュアルに切り替わってしまったことか。
歩くという動作に対してどの筋肉を動かせば歩けるかなんて考えながら歩く者はいないだろう? それは正確に自分の身体の筋肉がどのように動いているかを自覚していないからだ。気付いてしまったからこそ、意識的に歩かなければ妙な筋肉に力を入れて一瞬でこむら返りを起こしかねない。それが今の私の状況だ。
私は常にどこの世界のどの状態の私と繋がっているのか意識的に行わざるを得なくなってしまった。
腹をすかせた私ひとりに対して、腹を空かせていない無数の『私』が繋がっていれば、私の空腹とそれに伴う身体の状態は平均化されて薄くなってしまう。本来ならば自分の状態に近しい『私』と共存状況を切り替え続けるところを私は意識的に行わなくてはならない。結果、自分の状態に限らず最もニュートラルな状態を維持し続けてしまっているのだ。 - 104125/10/12(日) 20:56:18
今の私は意識しなければ怪我もせず眠りもせず食事も摂らずに済む。
風邪もひかない。銃撃を受けても衝撃すら分散されて掻き消える。強いて言うなら代謝が若干悪くなったことぐらいか。老衰で死ぬことは出来るだろうが、それ以外の要因で死ぬことは無いだろう。全ての『私』がよほど不摂生でない限りはな。
これが良いことなのかは正直分からん。確かに便利ではあるが、これを便利だと思えるほど私の感性は狂っていない。『この世界の私』は真っ当に人間と呼べるものでは無くなってしまったからな。意識しなければ常人のフリすら難しい。
いっそ記憶喪失にでもなれれば戻れるかもしれんが、『全ての私』と繋がった私は記憶喪失にすらなることが出来ん。私が老いて死ぬまでずっとこのままだ。便利だとは、割り切れんよ……。
む、なんだマルクト。皆がそうなる可能性があるか、だと? はっ、そんなわけが無いだろう。だったら今頃大騒ぎになっているに決まっている。
いいか、千年難題を解ける者には明確な条件が存在する。
各問題を解けるだけの知識もそうだが、それ以上に性質がものを言うのだ。
言うは易いの代表格みたいな条件だから言ってしまうが……『未知』から目を離さずに眺め続けることが出来る者で無ければ解き明かせんのだよ。
分からないものから目を逸らさずに考え続ける。
貴様らにも経験があるだろう。考えて考えて、思いつかずに一旦目を逸らしたという経験が。
普通、何処かで見たはずのものを思い出せなかったら一旦諦めるものだ。時間の無駄だからな。
そして貴様らもあるはずだ。何かが閃かないと次に進めないほどに考えが煮詰まった瞬間が。だがな、後から閃くのであれば答えを見出す材料は既に持っているはずなのだ。同時にそれは、『ひらめき』を自力で引きずり出せるほど考えが煮詰まっていないことを意味する。
自分の中に、本当に目の前の障害を乗り越える手段があるのか。それすらも分からないままに『考え続ける』というのは拷問だ。ゴールがあるかも分からない道を補給も無しに走り続けるようなもので、しかも常に自分の中には『諦める』という選択肢が残っている。いつでも自分の判断で楽になれる。それでも走り続けるなんて地獄だろうさ。 - 105125/10/12(日) 20:57:49
……私たちは『未知』という名の『深淵』を眺め続けることが出来るのだ。
狂気だけを握りしめて限界を超えて死ぬまで走れる素質がある。各務チヒロ、明星ヒマリ、白石ウタハ、調月リオ。貴様ら四人はただの天才ではない。私と同じく探究に狂った異常者だ。千年難題を真っ当な方法で解ける素質を持った存在だ。
深淵を見つめ続けて深淵に見初められる可能性を持った狂人。だからこそ……今にして思えば不可解極まる。
『何故貴様らはまだ一問も解き明かせていないのだ』?
私ひとりでも解き明かせたものを四人も居て何故まだ一つ足りとも解き明かしていないのだ?
――千年難題とは神への階だ。
ひとつ解くだけで認識する世界に取り返しの付かない変化が訪れる。『普通なら』そんな貴様らが四人も集まればもっと早く解き明かせていたはずだ。マルクトと出会いセフィラを知り、この世界の常識がどれだけ脆いものなのかを知っているはずの貴様らがどうして未だに解けていない。
おかしいのだよ。それこそが摂理に反している。
何が貴様らを正気の世界に縫い留めているのだ? 何故ブレーキを掛けられる? 狂人たる素質を持ち合わせておきながら、どうして正気のままでいられるのだ。
私はな……後悔している。千年難題をひとつでも解いたことを。
知らないままでいれば良かった。世界を疑うということは即ち、神を疑うということだ。これほど罪深いものは無いと、私はこの状態になるまで考えることすら無かった。
全て解き明かしてしまったのなら確実に人ではいられなくなる。
私には想像もつかんが、個々の精神を置き去りにしてしまうような強大な権限が得られてしまうだろう。
もしも貴様らの中に『人に留まる』という意識が無意識にでも存在するのなら、それは手放してはならん。手放すときはこれまでの、無知ゆえに歩めた世界に別れを告げろ。知ることは正解を意味しない。知らない方が良いものの方が、この世界には多いのだからな。
----- - 106二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 22:13:52
おおう…
- 107125/10/12(日) 22:30:59
アンリの言葉はまるで告解のようだと、マルクトは感じた。
立ち去るアンリの背を、チヒロもヒマリも追うことは出来ず、ただ黙ってその背を見送る他なかった。
「…………チーちゃん」
ヒマリが声を発したのは、何時間にも感じられた数分を経てからのことである。
「私たちが千年難題という『禁忌』を前に一線を敷けているのは、恐らくリオがいるかと」
「リオが?」
チヒロは一瞬戸惑いながらも、その表情には何処か納得の色があった。
「確かに、言動こそ突飛だけど論理は通そうとするよね」
「だから私たちは『突飛な発想』をそこまで通さないのでしょう。ひとりが酷く慌てていたら他の皆さんが却って落ち着くようなバイアスがありますよね」
「それに『深淵を見つめ続けられる狂人』ってアンリ部長の言葉もさ、聞いたとき思ったのは私もリオのことでさ……」
リオはいつだってセフィラという正体不明の『未知』と戦うために暗闇を見つめ続けていた。
マルクトからすれば比較対象がエンジニア部を始めとした特異現象捜査部であったためにそこまで違和感は感じない。
けれども、アンリ部長の発言から鑑みるにリオはどこか『おかしい』のだろう。
「チヒロ、ヒマリ。アンリの口振りでは『考え続けられる』というのは異常であるとのことでしたが、そこに相違はありませんか?」
そう言うと二人は顔を見合わせて、チヒロが頬を掻きながらマルクトに視線を合わせた。 - 108125/10/12(日) 22:58:47
「まぁ、凄いと思ってる。少なくとも私はやろうとも思わないし極限状態でリオほど目の前の物事を考えられない。でもさ、正直みんな自分とは違う『凄い』って部分を持ってるから『凄いなぁ』で考えを止めていたんだよね」
「私もリオのことは『陰気な根暗』とぐらいしか思っていなかったので、まさかそこまで千年難題を解く方に適性があったとは思いもしませんでしたね」
「ちょいちょい噛み付くよね、ヒマリ」
「甘噛みですよチーちゃん。そもそもこの程度、その場では傷ついてもあのリオが引きずるわけないではなりませんか」
「まぁそれはそうだから別に良いけど……」
良いんだ……、と内心マルクトは思いつつも金色に染まる瞳でミレニアムを『視る』。
気になったのはアンリ部長の『異なる世界との共存』についての部分であった。マルクト自身に与えられた『合っているかも分からない知識』の中において、それは『神性』に関するものと近しい概念であったからだ。
そして、今更ながらに気が付いた。皆の『神性』がどうなっているのかを。
「お二人とも。今確認したところ、アンリ部長の『神性』はヒマリに匹敵するほどになっております」
「なんと……マルクト曰く『ミレニアム最高』たるこの私にアンリ部長が迫っていると?」
「はい。辛うじてヒマリの方が高いのですが……」
「むしろ千年難題を解いたアンリ部長より高いってヒマリ、あんたもなんなの……?」
若干気味悪そうな表情を浮かべて見せるチヒロであったが、チヒロもチヒロでマルクトの『目』から見れば『神性』が上がってるのだ。
そう言うとヒマリは冗談めかしたように笑いかける。
「良かったですねチーちゃん。レベルが上がっているみたいですよ?」
「これ上げて良いものなの……? っていうか今更だけど『神性が上がる』って何?」
「可能性の流出――でしたっけ? マルクト?」
それに頷くマルクト。問題は自分の認識が『マルクト』固有のものではなく後から与えられた物であり、少なくとも与えられていたセフィラの知識は間違っていたという点だ。自分自身の認識をそこまで信用できない。その上で言うのなら、『神性』とは『可能性』であった。 - 109125/10/12(日) 23:20:54
「『神性』を持つ者は世界を変えられる『可能性』を持った存在である、と私は認識しております。それが高ければ高いほど、改変可能性が増すことで自らが望むような結果を手に出来る……と、思います」
歯切れの悪さは仕方がない。恐らくそう。多分そう。それを『確実にそう』と実証するのは研究者であり人間の領分。機械である自分では性質的に『未知』の探究は不可能なのだ。
『未知』と向き合う。それは人間だけに与えられた特権。
時に本来持っているはずの知識を越えて根源たる『シリウスの海』にすら『入水』できるセーフティ。自己保存が厳守すべきルールである機械には辿り着けない思考の極点。故に、自分に出来るのはその手助けをすることだけ。
けれども、生きながらにして人としての死を味わうのはきっと違う。本当に死んでしまうことの次に避けなくてはならない事態だとマルクトは理解した。
「ヒマリ、あなたは確かにケセドとの戦いの後で『リオが生きている』という可能性を現実へともたらしました。私もリオが帰って来てくれて嬉しかったです。……ですが、あれは――」
「ちょっと良い? マルクト」
話を遮るようにチヒロが手を払う。
分かっているというように、それから片目を閉じて見せた。
「多分だけどさ、ケセドから得た『存在のコード化』を使えば例え死んでも蘇られると思うんだよ。でも、私たちはそれを前提に備えちゃいけない。『このテクスチャ』のルール違反なんだと思う。だって『学園都市で死を前提にする』なんて備え、『そもそも在っちゃいけない』からね。物理学を越えた概念と戦ってる以上、多分そこを前提にした瞬間私たちは今よりもっと死にやすくなる。そこは弁えてる」
『可能性』とは必ずしも良いものだけを示すものではない。
最悪と最良、望むものと望まないもののどちらが発現するかも神性による『可能性』の対象なのだ。 - 110二次元好きの匿名さん25/10/13(月) 07:44:07
ふむ…
- 111125/10/13(月) 15:51:45
――そして、良くも悪くもリオは全ての可能性を『閉じる性質』があるのだと理解した。
――そして、そんなリオを条理に逆らって『蘇らせた』ヒマリは恐らく『開く性質』があるのだろう。
その性質を『神性』と呼ぶのなら、確かにリオはセフィラのみならず千年難題に対しても『致命的』だった。
千年難題を解き明かせるにも関わらず『異質』を現実に落とし続ける『異能』――全ての奇跡や神の権限を人間の持つべき『科学』に落とし込み続ける神殺し。
だとしたらヒマリは――私が見つけた『明星ヒマリ』とは何なのだろうか。
「対極だと思いますよマルクト。私は『天才』ですから」
ヒマリが笑う。『天災』にも成り得るほどの『可能性』を内包した存在が。
「私はあらゆる奇跡をも自在に手繰るセカイ系超天才美少女ハッカー明星ヒマリですから。皆さんを御仏の元に連れて行って差し上げましょう」
「それ死んでない私たち……」
呆れたように肩を竦めるチヒロ。しかし合点が言ったと言わんばかりにそのまま言葉を続けた。
「でもまぁ、千年難題を解き明かすのも悟りを開くのも多分同じなのかもね」
悟りを開いたから神性が強くなる。神性が強くなれば普遍の日常から疎外されて神へと近付く。
それが千年難題という問いを通して行われる昇格の儀―― - 112125/10/13(月) 15:52:50
「チーちゃん。私たちはたった今、アンリ部長によって『本来ならば千年難題を解けていてもおかしくない』ということを知りました。そして『千年難題は証明不可能なものではない』ということも……。ここで大事なのはたったひとつ。千年難題を解き明かすことで起こる『変容』はセフィラ戦に有効活用できるかも知れない、ということです」
「賭けるにはあまりに分が悪いと思うけどね。何を解けばどんな変容が起こるのかも分からないしさ……」
「そこで私ですよ。何かこう、良い感じになるのではないでしょうか?」
「また曖昧な……」
示されたのは、今後のセフィラ戦に千年難題が絡んでくる可能性。
不吉とも不穏とも言えるような予感が脳裏を掠めるが……未来は誰にも分からない。
――とにかく、セフィラ戦に臨むための準備は整った。
こうして、この日はそのまま解散し全員が各自休息を取る。
始まるのはビナーとの戦い。時は、ビナーが出現する日まで進んだ。
----- - 113二次元好きの匿名さん25/10/13(月) 19:09:12
仮にヒマリが解いたとしたら他の世界の足が不自由なヒマリの影響受ける可能性浮かんできたな…
- 114125/10/13(月) 23:45:53
11月13日――奇しくもウタハの誕生日である今日が決戦の日となったのは如何なる偶然に依るものか。
正午にミレニアムから出発した一行はいま、見慣れた『廃墟』までの道のりを新たな『船』で走り続けていた。
車内には六人の預言者たち。
各務チヒロ、白石ウタハ、明星ヒマリ、調月リオ、音瀬コタマ、一之瀬アスナの姿がある。
そして、その中にいるのは彼女たちの物語を回した第十セフィラ――マルクト。
七度目となるセフィラ戦を前に、チヒロはいつものように全員を見渡して手を叩いた。
「ブリーフィングを始めるよ」
その言葉に頷いて全員が中央に置かれたテーブル型のコンソールを囲むと、そこに映し出されたのは『廃墟』の大まかな全体図である。
「これまで作って来た『廃墟』のマップデータだけど……マルクトからもらったビナーの出現予定地はここ」
チヒロが手元の端末を操作すると、テーブルに映し出された地図に円が表示される。
それを見て、コタマが「あれ?」と首を傾げた。
「あの……地図から大きくはみ出しているんですけど……」
出現予定地とされた円は『廃墟』のマップデータに無い部分を指し示しており、一見するとそこは『廃墟』ですらない場所である。しかし、それで『合っている』ことこそが今回の大きな障害だった。
「何度か調査をしてきて『廃墟』の突き当りまで調べ尽くしたはずだったんだけど、アスナとマルクトに再調査をお願いしたら『廃墟』が広がっていてさ……。しかもどんなデバイスを使っても撮影も出来ないし録音も出来ない場所なんだよね。直接目で見て耳で聞く以外に観測できない『街』があったんだよ」
「何だか気持ち悪さに拍車がかかってきましたね……。しかし、そうなるとウタハさんの『ゼウス』はもう使えないのでは?」
コタマがそう尋ねると、ウタハは少しばかり残念そうに笑いながら「だろう?」と続けた。
「だからもう『ゼウス』を使った戦闘のサポートは出来ないんだ。きっとコクマーもセフィラ以外の機械お断りな場所に現れるだろうからね」
「加えて、ゲブラーのときに効果があった『あらかじめカメラを設置してセフィラの姿を確認する』、っていうのも使えない。ケセドのときに不意打ちを受けたから今度こそどれだけコストをかけてもやりたかったんだけどなぁ……」 - 115125/10/13(月) 23:47:09
惜しむように話すチヒロだが、目視できる距離まで行かないと何の情報も得られないのは手痛いどころではない。
上がり続けるセフィラの危険性を鑑みても、接触する前に少しでも多くの情報が欲しかったのだが仕方ないと割り切る他なかった。
コタマもまた、今回のセフィラ戦に小細工をしようが無いことを理解して肩を落とす。そこで口を開いたのはヒマリだった。
「ただ、予想できることもありますよね皆さん」
「そうね。古代史研究会に置かれていたセフィラ像から推察するに、次に出てくるのはカマキリ型である可能性が高いわ」
「いやガッツリ捕食者じゃないですか……! むしろ不安になったんですけど!?」
これまで出てきたセフィラは、トラ、オウム、ウシ、カイコガ、ウマ、ネズミ、とイェソドを除いて積極的に捕食するような動物を模してはいなかった。
それがここに来てカマキリ。コタマには不吉な予感しか感じられなかった。
「その予感は恐らく当たっているわ。そもそもカマキリは昆虫界の捕食者としては上位に存在するもの。六本の足を巧みに使った高速移動。長距離飛行は出来ずとも空を飛び、優れた俊敏性と瞬発力を保持した奇襲特化の性能を持っているわ」
「ふふ、それにカマキリは縁起の良い昆虫としても知られてますね。白いカマキリは高次元からのメッセージを伝えるとされておりますし、捕食するときに前脚を鎌のように折り曲げることから『拝み虫』とも呼ばれているだとか」
「殺す前に『いただきます』されても……」
「いずれにせよカマキリの姿をしているからといって挙動までがカマキリとは限らないわ。あくまでセフィラなのだから注目すべきは機能の方よ」
リオが仕切り直して話を続けた。
「ビナーは『理解』を冠するセフィラ。これまでのセフィラも名前から機能を推察できるようなものではなかったのだけれど、それでも『理解』という単語自体は解釈の余地が少ないものだと考えられるもの。そうなればまず警戒すべきは『私たちの動きを読まれる』ということよ」
「あの、それ、要するに『こちらの動きを完全に読んで来る奇襲特化のカマキリと戦う』ってことですよね……?」
「……そう、なるわね」
「じゃあ絶対勝てないじゃないですか!?」
思わず目を剥くコタマであったが、零れた悲鳴を笑い飛ばすようにアスナ「大丈夫でしょ!」を笑みを浮かべる。 - 116二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 08:00:37
勝てるわけがない…(ベジータ)
- 117125/10/14(火) 08:46:23
「変なことしてこないんだったら私の方が強いってー」
「その自信はどこから来るんですかねアスナさん……」
「あー、ちょっと話を戻すけどいい?」
チヒロが遮って閑話休題。ここからは具体的な作戦の話である。
「まず、前回もそうだったけど出現予定地から『廃墟』内を自由に動き回れるまでの時間が早くなってる。もうイェソドとかネツァクみたいに留まってくれるわけじゃないから、取れる行動は二つだけ。出現した瞬間を狙って押さえるか、出現してから仕掛けられることを前提に探索するか」
「前者は無理じゃないですか? 後者は後者で絶対選びたくないですけど……」
「だから、探索メンバーは奇襲にも対処できそうな人選になるんだよ。それに可能なら出現地点に先回りできそうだったら尚のこと、かな」
そうして視線を向けられたのはアスナ、ヒマリ、リオの三人である。
残るコタマ、チヒロ、ウタハは『ミレニアムライナー』に残って後方支援。マルクトもまた前線には出ずに後方支援に徹する形となった。
「私たちは『廃墟』に入らずに入口で待機。もうケセドみたいに入った瞬間不意打ちを受けるのは避けたいからさ。あと探索する三人は事前に『廃墟』へ設置したマーカーを使って転移してもらうよ。帰りも転移で戻れるけど、機械で探知できない領域に入ったら転送装置を使った帰還はできないからそこだけは気を付けて」
一番の理想は『廃墟』の入口付近まで誘き寄せることである。
兎にも角にも相手の機能を知るためにはこちら側から干渉し、観測を行って『何が起きているのか』を理解しないことには蹂躙されて終わるのみ。
ここに来てセフィラ戦は、ネツァクら下層を相手にしていた方法へと立ち返るのであった。
そして、チヒロたちを乗せた移動拠点は『廃墟』の前へと辿り着いた。
リオがいくつか荷物を背負い、アスナはなるべく身軽に。ヒマリは『クォンタムデバイス』とそれに紐づけられたいくつかの発明品を準備して、板状に敷かれた転移装置の上へと乗り込んだ。 - 118125/10/14(火) 08:47:29
死地へと赴く三人に対して、チヒロは最後にそれぞれへと声をかける。
「ヒマリ。ポータブル式『空間錨』で固定できるのは1秒だけだから、上手く使って」
「当然ですチーちゃん。私がそのタイミングを見誤るとでも?」
「アスナ。あんたは大丈夫だと思うけど、二人のことは任せた」
「うん! じゃあ行ってくるね!」
「リオ。あんたは一番先にちゃんと逃げてね。この中で一番運動できないのあなたなんだから」
「当然よ。適材適所というものがあるもの。いの一番に逃げ出すわ」
「そう言われると途端に守りたくなくなりますね……。やはり足の遅いリオを囮にするのも手では?」
「ひ、ひどい……」
なんて、以前にも何処かでやったようなやりとりを交わして出発の準備は整った。
「それではチーちゃん、コタマ、ウタハ、それからマルクト。背中は任せましたよ」
ヒマリの言葉に強く頷くマルクト。そして、転移装置が起動する。
「皆さんも、どうかご武運を」
マルクトの言葉が届いて、三人の姿は『ミレニアムライナー』の中から掻き消えた。
向かう先は機械で探知できない『未観測領域』の狭間――『繁華街前』。
そして、ミレニアム自治区にとっても『長い一日』が始まるのもまた、ここからであった。
----- - 119125/10/14(火) 08:49:22
11月13日、14時10分。
セミナー本部に詰めていたハイマ書記が黙々と業務に取り掛かっていると、隣のデスクに腰かけるように会長がやってきたことに気が付いた。
「如何されましたか会長」
「うん? いやぁ~、ちょっと野暮用が出来てね。君に僕の留守を預かって欲しいんだよねぇ」
ニタニタと嫌な笑みを浮かべる会長はすっかり以前と同じような様子である。
ここ最近続ていた、いっそ気味の悪い優等生振りが何処かへ行ってしまったようだが、むしろ少しばかり安心してしまうのは何故だろうか。
それに会長が野暮用で何処かへ行くなんていつものことである。むしろわざわざ声をかけて来る方が珍しく、それで気が付くのは『何かが起きる』ということだろう。
とはいえ、関係ない。何かが起きればいつものように対処するのみ。わざわざ言われなくとも保安部としてミレニアムの保全に努めることは会長だって知っているはずだ。ならば、何故――
「……なるほど。会長、私にあなたの権限を一時的に預からせて頂いても?」
「流石書記ちゃん、話が早いね」
会長は頷きながらハイマ書記の端末を指先でトントンと叩く。
それに従うように端末から自身の権限を確認するとミレニアムの管理者権限が与えられており、どうやら自分の予想が当たっていたことに気が付いた。
「セフィラが攻めて来るのですか?」
「まぁ、来るだろうねぇ。準備はしときなよ。戦争が始まるよ」
「なるほど、それは困ったことになりますね」
「でも、君だったらあの子たちに『戦場』を作ってあげられるだろう? たとえ何が相手でもね」
「つまり、停止信号を打ち込まれるまで耐え凌げと」
「ニヒヒッ――」
会長はひらりとデスクから飛び降りて、そのまま何処かへ歩き出す。
気だるそうな小さな背中がふらふらと会長室へと戻っていくのを見送り、ハイマ書記は『保安部長』として緊急内線を開いた。 - 120125/10/14(火) 08:51:17
「本日非番の保安部員は速やかにセミナー本部まで来てください。埋め合わせは会長に行ってもらいますので、各自武装を整えて速やかにセミナー本部まで」
11月13日、14時20分。
会長室へと戻った会長は、自室にある皮張りの椅子に身を沈めるかのようにして目を瞑っていた。
携帯が鳴り、画面を開く。
そこには特異現象捜査部が『廃墟』に着いたことと、目視でしか確認できない『未観測領域』まで三人が転移したことが記されていた。
ハブによる地下からの音響探査――ある程度の情報ならばたとえ『廃墟』であろうとも直接『廃墟』で起こっていることはこうして確認することが出来るのだ。
問題は『未観測領域』だが、こちらは当然音響探査でも確認が出来ない。
そのため、『未観測領域』には自身の駒をひとつ送り込んである。
「『ホド』――預言者たちを捕捉できたかな?」
【肯定。預言者たちを確認。当局の通信状態に異常なし】
『ホド』からの干渉を受けた携帯からノイズ混じりの声が聞こえる。
全ては順調。目も耳も正しく働いていることを確認した会長は立ち上がり、直通エレベーターへと乗り込んだ。
本来ならば会長室とミレニアムタワーのエントランスを結び付けるもの。しかし実はもうひとつ、EXPOでの反省から更に地下へと拡張工事を行っていた。
地上よりも底の底。即ちミレニアムの地下を走る『ハブ』の通り道である。
地下に張り巡らされた整備用トンネルへと降り立った会長は、そこにぽつんと置かれたトレーラーハウスに乗り込むと、真っ暗な部屋の中にひとつだけ置かれたリクライニングチェアへと腰かけた。
身を預け、静かに目を閉じる。
そして――気付けば会長の周囲には多くの『人』が立っていた。 - 121125/10/14(火) 08:54:48
トランシーバーをもって何処かへ指示を出す者。耳に付けたインカムから伝えられた情報をその場の誰かに伝える者。床に座り込んで端末から情報をまとめる者。
先ほどまで誰も居なかったはずのトレーラーは、会長が入った瞬間ミレニアムの影から守護する作戦基地へと変貌したのだ。
それでもまだ足りない。そのことは会長も分かっていた。
(……ビナーは、七天の上位に立つ『最強』のセフィラだ。単体での性能で言えば何よりも純粋に強い。きっと今のままじゃ君たちだって勝てないだろう)
だが、いつだって不可能を可能に出来る者だけがセフィラを導くに足る『預言者』なのだ。
マルクトが見出した『人間たち』はいつだって常人では越えられない壁を越えて来た。だからこそ、期待するのだ。『人間』しか持ちえない可能性というものに。
眠れぬ身体で夢見る会長に未来は無い。可能性のひとつとして存在しない。
だが、こうして予測不可能な事態を引き起こすだけのことは出来るのだ。
(さて、最大のランダマイザは今頃どこで何をしているのやら……)
瞳を閉じたままの会長は夢想する。その脳裏を過ぎるのは自由奔放な未来からの来訪者の姿であった。
11月13日、14時25分。
猥雑とした街並みから少し離れて郊外へ。そこは多くの生産工場が立ち並ぶミレニアムの工業区画であった。
道行く者は少なく、代わりに搬出用のトラックが通りを走る閑散とした道。
そこをひとり歩く『桃色の髪の少女』は鼻歌でも歌い出しそうなぐらいに上機嫌である。
「にはは……! どこから手を付けましょうかね~!」
物色するように生産工場を眺めて歩くその姿は、一見すれば何てことの無い生徒。
しかしその能力を知る者からすれば火種を作り出しかねない歩く災厄そのものだった。 - 122二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 08:56:38
- 123二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 08:57:46
- 12412225/10/14(火) 09:00:15
したいじゃなくてしたですね、申し訳ありません
- 125二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 09:04:00
全身に若干ノイズ掛かってるのが不気味で好き
- 126125/10/14(火) 09:34:45
- 127二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 16:41:15
このレスは削除されています
- 128125/10/14(火) 20:26:53
「せっかく許可も貰ったところですし、何かこう、面白そうなことになりそうなところからやってみたいんですけど……」
幼気かつ純真な眼差し。とはいえあくまでオモチャ選びをしているだけで露骨に危ないのはNGだと線を引いている。
例えば化学工場。変な薬品を混ぜ合わせて爆発させるだとかは出来るかも知れないが、知らない毒ガスでみんなが苦しむのは嫌だった。『ユウカ先輩』が居ないから怒られることは無いしせよ、それでも別に誰かを苦しめたいわけでは決して無い。
「何というか……そうですねぇ。良い感じに皆が驚いて慌てふためくような何かを…………あっ!」
と、ちょうどそのとき目に映った工場を見てすぐさま思いついた。
この工場を占拠すれば良い塩梅に面白そうなことが起きるに違いないと。
少女は――『ここに居るはずの無い黒崎コユキ』は笑顔で工場へと歩みを進めた。
「面白いこと、起きますよーに!」
裏でそんなことが起こっているとは露とも知れず、簡易拠点の整備を行っていた者たちは今まさに『未観測領域』へと足を踏み入れるところであった。
そして――11月13日、14時30分。
『未観測領域』との境界を前にしたリオは、携帯のカメラを起動させて目の前の空間を映そうとしていた。
「……やはり、壁しか見えないわね」
携帯の画面で見れば触れる距離に壁が聳え立っている。
しかし目視で見れば、まるで人だけが居なくなってしまったような繁華街が見えるのだ。
事前調査ではアスナもマルクトもこの領域には踏み込んでいないらしい。
当然だ――と言いたいところだが、真っ先に踏み込みそうなアスナが眼前の奇妙な領域へと足を踏み入れていないというのが何処か不気味で、それ故に転移してから数分はしばし調査に要したのである。 - 129125/10/14(火) 23:45:42
結果、異常は分からず。
石を投げ込んでみたりと色々やっては見たものの、機械による探査では壁があるとしか計測できないためいよいよ以て踏み込むぐらいしかやることが無くなっていた。
「仕方がありませんね。……聞こえますかチーちゃん。今から入ってみますので、何か異常があればリオに伝えてください」
【了解。気を付けて】
グローブから聞こえるチヒロの声に頷いて、ヒマリが一歩踏み出そうとしたその時――いきなり走り出したアスナがヒマリより早く『未観測領域』への一歩を踏み出した。
「アスナ!?」
「あっ、すごい!」
「急に何……?」
アスナの姿は今でもちゃんと見えている。しかし、突然空を見上げて愉快そうに声を上げたのが少々引っかかった。
ヒマリもリオも空を見上げるが普通の空だ。特別何かがあるわけでもない。するとたった数メートルしか離れていないアスナはヒマリたちの方へと向き直りこう言った。
「こっち側、夜になってるよー」
「夜……?」
「チーちゃん、アスナが入ったのですが変化はありますか?」
【特に無し。……私の声、聞こえてるアスナ?】
「うん! 聞こえてるよ!」
「視覚異常以外は問題なさそうね……」
一歩先はセフィラの夜。躊躇いが無いと言えば嘘になるが、進まなければ何も始まらない。
ヒマリとリオは互いに顔を見合わせて、意を決したように一歩、肉眼でのみ見える『繁華街』へと踏み出した。 - 130二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 03:29:11
またどうやってこっち来ちゃったのこのコユキは
- 131二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 09:37:05
夜…
- 132125/10/15(水) 09:52:21
「「――――ッ!?」」
視界が一瞬暗くなる。
いや違う。『夜』だ。一歩踏み出した先はアスナの言っていた通り『夜の繁華街』が出現していた。
無かったはずの明かりが街に灯り、空を見上げれば漆黒に塗られた闇色。夜空に穿たれた巨大な満月は明らかに現実のものではなく、月が落ちてくるような圧迫感すらある。
そして、何より――
「……視られてるわ」
リオが僅かに声を震わせながら呟いた。
頭上の満月は孔なのだ。その向こうから何かがこちらを覗き見ているような、そんな不気味な感覚がヒマリの背筋をさっと這う。
ここは人の居て良い場所では無いとすぐに気が付いた。
それほどまでに、現実から乖離した空間であると嫌が応にも理解せざるを得ない。
ヒマリが畏怖に酔いかけていると、隣のリオはひとりぶつぶつと何かを呟き続けている。
ふと不安になって視線を向けると、リオは顎に手をやりながらこんなことを言っていた。
「『シュレディンガー干渉機』のように次元を越えた観測技術によって現在の私たちを誰かが見ているというのは否定しきれない……。いえ、むしろそれがこの奇妙な感覚の原因なのでしょう。となると誰が見ているのか。恐らくセフィラだわ。ティファレトの時がそうであったように、セフィラの出現には誰かがこちらを観測しなければ出現させることが出来ない――即ちセフィラは無から現れているのではなく異なる次元から私たちの行った転移のような事象を引き起こして…………どうしたのかしらヒマリ?」
思わずじっと見つめてしまっていたことに気付かれて、リオが不思議そうに首を傾げた。
そんな様子に思わずヒマリは笑ってしまった。
「ふふ……いえ、そうですね」
「……?」
「何でもありませんよリオ」 - 133125/10/15(水) 09:53:23
神秘も恐怖も技術の名の下に解体を始めたリオの姿が妙に面白かったのだ。
初めて『廃墟』でマルクトを探しに行った時の、幽霊に怯えるリオの姿が今となっては懐かしく思う。
そんなところでアスナが少し離れたところからヒマリたちへと声をかけた。
「ねー! そろそろ行こうよ!」
「ええ、行きましょうか」
正面に見える『繁華街』のアーケードに向かおうとするアスナの元へ、ヒマリは再び思考に没頭しかけているリオの手を引いて歩き出す。
『未知』とは、知らないから恐ろしいのだ。
だから知りに行こう。『未知』を、恐怖を晴らすそのために。
――そうして、『繁華街』のアーケードを進んでいくと異常はすぐに見受けられた。
正方形の光が伽藍の通りに発生しようとしていたのだ。
それはティファレトが出現したときと同じような現象――マルクトの声が響いた。
【ビナー出現まで残り30秒――警戒を】
すぐさま立ち止まり、距離にして約300メートル。ティファレトのような範囲指定の機能であれば射程範囲内と思われるが、ティファレトのような位置エネルギーを用いた重力断絶もゲブラーのような広域破壊に対しても対抗手段は持っている。
ヒマリは深く息を吐いて眼前の光に目を向ける。アスナも同様で、いつものような緊張感の無い様子は鳴りを潜めている。リオもまた、ベクトルこそ違えども形を伴った発光現象に対して思考を重ねているようである。
正方形の光がその体積を増す。ヒビが入る。
そして――割れた。 - 134125/10/15(水) 09:54:28
「これが、ビナー……」
まるで卵の殻を破るように、光の内側から現れたのは確かにカマキリと言っても良いものだった。
だが、それはカマキリのように見えるというだけでその体構造は全く違う。
後脚から中脚は左右に二本ずつの計四本。ここまでは昆虫としてのカマキリと大差ない。
しかし問題は鎌状の前脚である。通常のカマキリが前脚二本であるところを、ビナーは前脚に該当する腕が計六本。二本は前面に、もう四本は背中から生えており、一見しても背中から前面へ自由に回せるような可動部が見受けられる。
そのせいか大地を踏む中脚から後脚が四脚の兵器のようにしか思えず、そうして見れば背面にブースターと思しき器官があることが見て分かった。
これまでのセフィラとは全く違う――兵器としての色を濃く残すシルエット。
頭部に当たる部分はカマキリの頭部と大差ないが、違うのは瞳である。
金色の瞳が左右にそれぞれ二つずつ。計四つの瞳が別々に動きながら300メートル先にいるヒマリたちを捉えていた。
鎌状六本。拝むように折りたたまれた前脚は、ボクサーの構えのようにも見える。
その姿を見て、アスナは何故か呆然と立ち尽くしていた。
「……どうしましたかアスナ?」
「…………」
アスナは出現したビナーから目を一切離すことなくふらりと真横へ動く。ビナーもそれに合わせるように僅かに自重を傾けた。対してアスナは切り返すように再び逆方向へ身体を揺らす。ビナーの重心がズレたようにヒマリは認識した。
「ねぇねぇ」
不意に聞こえたアスナの声。ヒマリが目を向けると、アスナは笑いながらヒマリたちへと振り返っていた。
未来すらも観測し得る『無我の至高』が、どこか困ったような笑みを浮かべた。 - 135125/10/15(水) 09:57:55
「私とヒマリは多分見逃してくれないから、頑張って!」
「なるほど、分かりました」
「――っ!!」
絶句するリオを置き去りにして、ヒマリはアスナの隣に並び立つ。
ここで「何としてでも逃げろ」と言わないのは、『もう逃げられない』ということだとヒマリは理解した。
「一応ですがアスナ。私たちはここで殺されそうですか?」
「それは無いんじゃないかな? 時間が掛かるしマルクトが『見てる』から私たちにそんな時間は掛けないんじゃない?」
「では、問題ありませんね」
「ちょっ……ちょっと待って――」
「待ちませんよリオ。あなたの役割はビナーの機能を見抜くこと。そのためにここにいるのですから」
最初の犠牲はヒマリとアスナ。これが確定事項であるのなら、そして少なくとも殺されるわけでは無いのなら、いまここで少しでも情報を抜き出す必要がある。
普段から『合理だ何だ』と言っているリオの癖にどうにも割り切れていない様子で、それがどうにも微笑ましく思った。
イェソドと戦った時、決して目を離さずに『瞬間移動』を暴き上げたことを、ヒマリはちゃんと覚えていた。
「アスナ。合図はあなたに任せても?」
「ううん。もう、来る――」
瞬きひとつ――それだけで300メートル離れていたはずのビナーが50メートルまで迫っていた。 - 136125/10/15(水) 09:58:57
即座にヒマリは反応が遅れたリオを後方へと蹴り飛ばす。手に握るのはハンドガン。小石程度であったとて、急所を狙えば無視は出来まいと即座に頭部で光る金色の瞳へ向けて四連射――したはずだった。
「なっ――」
まるで分かっていたかのように上部二足で防がれる。
その視界の端でアスナが、ぐん、とトップスピードでビナーに迫る。振り上げられる中腕および下腕の鎌を避け切ってアサルトライフルを構える――が、先ほどヒマリの攻撃を防いだ上腕がそのまま振り下ろされてアスナの肩を抉るように地面へと叩きつける。
――そんな光景を、リオは蹴り飛ばされながらも目を離さずに見つめ続けていた。
(有り得ない……いえ、想定はしていたはずよ――)
リオの目に映ったのは、動き出す前から予め決められた動きをなぞるように構えて攻撃へと転じるビナーの姿であった。
『理解』――即ち『こちらの思考を読んでいる』という目測に誤りは無いのかも知れない。
(だったら、意識していない攻撃なら通るはず――)
リオは腰に付けた手榴弾をひとつ取り出してピンを抜き、全力でビナー目掛けて投擲した。
「うぅん――!!」
そうして投げられた手榴弾は、リオが意識的に投げた方向から大きく外れて大体ビナーの方へと飛んでいく。身体能力が低すぎるリオの投擲は狙ったところへ本当に飛んでいかない。だからこそ、リオの思考を読んだとてその弾道はリオ本人すら分からない――のだが。
「――くっ」
苦し気なヒマリの声が聞こえた。
ヒマリの反射神経はケセド戦から大きく向上している。そんな『瞳』が見たものは、リオが頓珍漢な方向へと投げた手榴弾を『まるで分かっていたかのように』中腕でヒマリ目掛けて打ち払う様相。ヒマリはすぐさま『クォンタムデバイス』へとてを伸ばす。
「――『空間錨』ッ!!」 - 137125/10/15(水) 10:00:38
爆発寸前の手榴弾が空中で静止する。ホドから得られた最硬の盾――『空間錨』。
指定した三次元空間に存在する『全て』を静止させる絶対の盾は正しく起動し、フレンドリーファイアを食い止めた――と、同時にビナーが滑るようにヒマリの側面へと回り込んだのをリオは見た。
「ヒマリっ!!」
「任せて!!」
地面へと叩きつけられたばかりのアスナが脚のバネだけを使ってヒマリへ跳躍。ビナーの攻撃を撃ち落とそうとアサルトライフルによる連射を行う――が、無意味。全てが下腕によって防がれて、再び上げられた上腕で薙ぎ払われる。
「かはっ……」
胸部を打ちはたかれて息を吐くアスナ。そして予定調和と言わんばかりに薙がれた中腕がヒマリの脇腹へと突き刺さる。
「――ぁっ!」
大きく吹き飛ばされるヒマリ。胸を打ち叩かれて肺が圧迫されたアスナは、地面に倒れ伏すことなく息すらしないままにビナーへ突進をかました。捨て身の一撃。銃口を向けて連射する合理の外からの攻撃。
それすらもビナーは上腕と中腕を盾にして防ぎ切り――アスナに突進。射程に入った瞬間、下腕でアスナを抱きすくめ、それから残る中腕と上腕でもアスナの身体を拘束する。
「チヒロッ!! 今すぐ転移――」
半ば半狂乱になりながら叫んだリオはすぐさま思い出す。
『未観測領域』では転移による退避は不可能。ここから出なければ転移装置は使えない。
「ぐっ――ふ」
ビナーに抱きすくめられたアスナの骨が折れる音が聞こえる。その音にリオが顔を歪めた。
「っ――ぁあああああ!!」
リオは自分の銃を取り出しながら連射するが、そもそも銃撃なんて今までほとんどしたことがない。当然当たることなく空を撃ち、なおも聞こえるアスナの吐血音。 - 138125/10/15(水) 10:02:15
それと同時に脳裏を過ぎるのは、ビナーの機能に対する考察であった。
(読んでいるのは思考ではない。私の投擲は私すら何処に飛ぶか分かっていないもの。なのに読まれていた――)
かちり、かちり、と――撃ち尽くした銃から音が鳴る。
ビナーがアスナの拘束を解くと同時、アスナは力なく地面へと落ちていく。
(合理的な演算……違う。捨て身ですらも読み切られていた――だとしたら)
アスナを沈めたビナーは、リオには見向きもせずに『未観測領域』の外――『廃墟』の方へとブースターを起動させて目にも止まらぬ速さで疾駆する。
(なぜ、自分は見逃された……?)
それが最後の疑問であり――そして答えは繋がった。
(下層のイェソドからネツァクは出現予定地点に留まっていた。きっと『膜』があったから。中層のティファレトからケセドは出現直後から『廃墟』の中を自由に動けていた。だったら上層は――どこまで動きが縛られるの……)
リオはグローブに向かって叫んだ。
「チヒロ! 今すぐミレニアムに跳んでちょうだい!! ビナーは……上層のセフィラは出現直後から『廃墟』から出られるのよ!!」
「今すぐミレニアムへ転移開始!!」
リオからの伝令から一切の間もなくチヒロが『ミレニアムライナー』の全員に叫んだ。
特異現象捜査部は誰かの警告を一つたりとも聞き逃しはしない。やるなと言われればやらない。すぐにやれと言われればすぐに行動へ移る。そこに疑義を呈すのは後のことで、誰かがそうすべきと判断したのならすぐさま行動に起こす対セフィラ戦のプロフェッショナルであった。 - 139125/10/15(水) 10:03:30
チヒロはすぐさまコンソールに飛びつき転移先の座標を確認、設定――向かうは最短で移動できるラボへ。
ウタハは阿吽の呼吸で『ミレニアムライナー』の各種機能の動作停止を。マルクトがヒマリたち現地組の状況を確認して叫んだ。
「アスナおよびヒマリ、意識不明――! 直前のアスナの座標がリオと共に動いておりますので回収自体は成功しているかと!」
「だったら現地はリオに任せる! 私たちはすぐに退避――」
「あの……」
と、唯一手持ち無沙汰であったコタマが操縦席の方から『廃墟』を眺めてぽつりと呟いた。
「ビナーが……」
その言葉に全員が『廃墟』の入口を見る。
そこにはカマキリ型のセフィラが一体。六本の前脚をまるで何かを引き裂くように『廃墟』の出入り口へと突き立てていた。
――聞こえるはずの無い無空を引き裂く音が聞こえた。
ぢぎり、ぢぎり、と――破れぬはずの無い『膜』を引き裂く音が聞こえた。
「マルクト――ッ!!」
「はい!!」
咄嗟に叫んだチヒロの声に従うように、マルクトが『ミレニアムライナー』の外へと飛び出す。
その身体は既に機械たる本来の身体。金色の瞳を持つセフィラの女王。『ミレニアムライナー』から『廃墟』の入口へ走り出て、ビナーの身体を抱きすくめ接続式を成り立たせようと『言葉』を放っていた。
「ビナー! 私を見てください! 私の『声』よ――今こそ届けっ!!」
マルクトが『廃墟』から出ようとするビナーの身体目掛けて手を伸ばす。
語るは照合――断絶された片割れを取り戻す絶対のパスワード。 - 140二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 10:04:41
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- 141125/10/15(水) 10:22:30
だが――
「――っ!!」
走るマルクトの身体がびくりと突然震えて膝を突く。
マルクトの全身を走ったのは怖気も走る『恐怖』――未接続のセフィラからの機能の対象にされることによる拒絶反応であった。
「マルクトっ――!!」
チヒロが叫ぶ。
セフィラ間での同士討ちを避けるためのセーフティの存在は、EXPOでの地下空洞での戦いからも分かっていたことだった。
そしてそれはビナーにとっても同じことで、『廃墟』という名の檻を打ち破った瞬間――ビナーはマルクトから距離を取るようにチヒロたちのことを捨て置いてミレニアム自治区へと逃亡した。
遂に解き放たれたセフィラという名の災厄。
チヒロは歯痒く表情を歪めながらマルクトへと告げる。
「今すぐ戻ろうマルクト――セミナーに協力を仰がなきゃいけない」
もう、特異現象捜査部だけではどうにもならない事態が起こってしまっている。
人智を超越したセフィラがミレニアムへと向かってしまった以上、これはもう、『ミレニアム』と『ビナー』との戦争が始まるほか無いのだ。
「転移完了まで、カウントダウンを開始――」
チヒロはついぞ願ってしまった。誰かが何とかしてくれないかと――
アスナを倒し、『廃墟』を打ち破ったセフィラが今や、『私たちの世界』へと侵攻を始めたのであった。
----- - 142二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 17:12:53
仮にビナーの機能が未来観測として…仮に5手、20手、100手先を読んでくるとしたら…そりゃハイマ書記を頼りにするだろうなあ会長
ビナーがミレニアムという盤上に乗ってる限りはの話だけど - 143125/10/15(水) 22:12:48
11月13日――この日は、多くの者にとっていつもと変わらない日であるはずだった。
セミナー書記を兼任する保安部部長の指示によって『廃墟』方面の哨戒に向かうこととなったのは、本来ならば非番であった保安部独立作戦チーム第三班に属する生徒たちであった。
一部隊で諜報、制圧、護衛、救護の全てを行うことが出来る斥候であり、何でもできるということに特化しているエリートチームだ。
久しぶりの非番にも関わらずこうして呼び出されたわけではあるが、皆が皆、ハイマ部長の指揮には信頼を置いている。つまりこうして呼び出されてこの場所に配置されたということは、ここが最も危険であるということだ。
あの無駄を嫌う部長が言うなら自分たちで無ければ任せられない仕事だったのだろう。
正しく評価されて求められるというのは、休日であったはずの今日の予定を全てキャンセルすることに文句は言いつつもそう悪い気分でもない。
「おっ、サマーペロロ様ゲット。30連でしたお疲れ様でぇす」
「ねぇ……ガチャ回してる暇があるなら弾薬の確認したら?」
「さっきしたからいいじゃーん。班長も肩の力抜いていこーよ~」
「もう!!」
荒野を走る自走砲の上でゲームをしていた生徒が、後ろに続く救護車両を運転する生徒に叱られていた。
その様子を見て、オートバイに跨る二人の生徒が並走しながら苦笑を浮かべる。
「またやってるよあの二人……」
「いいんじゃない? 緊張してガチガチになるよりマシじゃん?」
「緊張って……あぁ、もうそれすらすごい遠い言葉に思えてきた……」
「毒されてるねぇ。ま、ウチらが出なきゃいけない作戦って大体ヤバイもんね」
「せめて全治三日で済んで欲しい……! 一週間とか動けないのはほんとに嫌……!」
ハンドルから手を離して耳を押さえるオートバイの生徒。その後ろにも多くの生徒が随伴している。
その数10名。誰もが新設されたSRT特殊学園にも比肩しうるほどのエキスパートであり、多くの修羅場を越えて来た生徒である。 - 144125/10/15(水) 23:15:33
「おっ、あったり~」
と、自走砲の上で携帯を見る生徒が笑みを浮かべた。それに呆れた顔をするのは先ほどと変わらず救護車両に乗る班長である。
「今度は何? ゴールデンビキニスカルマンでも当たったの?」
「どんなゲテモノ……? いやいや違うって」
たしなめられた生徒が笑った。
「――時速420キロで『廃墟』から私たちに接近中ぅ」
「っ――総員停車! 各自攻撃態勢に!」
班長の号令と共に保安部独立作戦チーム第三班の全員が陣地作成を始める。
自走砲の上の情報担当の生徒は車から飛び降りて、すぐさま情報をミレニアムの保安部本部へと送り始めた。
「全長6メートル。見た目はカマキリ。前脚が二本じゃなくて六本あることに留意。ドローンは打ち上げられた砂利で全部叩き落とされた。極めて高い演算能力を持っていると思われる。遠距離武器は所持しておらず、六本の前脚が主武装。背面にブースター。瞬間速度は更に上がると思われる――こんなもんかな」
「これまた班長狙われそうじゃね? 救護車両だし」
「あぁ……奮発してネイルサロン行ったのに……。短い爪生だった」
「爪生ってなんだよ」
などと、自分たち目掛けて迫りくる怪物に対して特に緊張した様子もなく交戦準備を進める全員は、勝つことにも負けることにも慣れているハイマ部長の懐刀であった。
地平線の彼方から小さな影が迫りくる。
まるで分からぬ正体不明。その影が徐々に大きくなっていく。
「エンゲージまで20秒から13秒、いや15秒ぐらい……ええいあと8秒!」
「加速してんの!? うわぁ……」
「来るよ……エンゲージ!!」 - 145125/10/15(水) 23:16:35
ボン――と、ブースターの爆ぜる音が聞こえた。
眼前に現れたのは白い機体。カマキリ型の何か。射程に入った瞬間、数多の火砲が火花を散らす。
対象はそれら全てのうち躱せるものは躱し切り、躱せないものは六本の鎌で全てを叩き落とす。それでも動じる者はいない。口笛混じりに野戦担当の生徒が爆裂弾頭を砲弾に込めた。
「――てぇっ!!」
爆発物は叩き落としても爆発というダメージは蓄積される。どれだけ腕部が丈夫であろうと本体までがそうとは限らない。
そして爆裂弾頭の斉射は手動だけではない。いま弾頭を撃ち続けている砲はミレニアムの技術が大いに用いられた自動砲撃機能すらもある。第三班の砲撃技術が卓越しているからこそ手動で偏差撃ちを行っているだけで、本来ならば自動砲撃でも充分な命中率を誇るものだ。
加えて砲そのものを破壊しようとすれば埋めた地雷が爆発する。相手は何処まで避けられるのか、どこまで読み切るのかを確かめるための多重トラップ。全てを無効化したのなら、それはそれで情報になる。
保安部独立作戦チーム第三班は、その手の威力偵察にミレニアムの誰よりも長けていた。
そして――放たれた爆裂弾頭は『まるで分かっていたかのように』全て地面を抉った小石の散弾で叩き落とされた。それは爆発物への『理解』。叩き落としてよいものではないと知られている。
即座に撤退。無力化されたはずの砲――と思わせて突然動き出す数多の砲。それすら分かっていたかのように『照準を定められる前に』避け切った。それは、知らなければ分からないはずのものへの『理解』。最新鋭の技術が搭載されていることを知られている。
その時点で全員が退避を開始していた。全員が車両に乗り込み一目散に逃げ出していた。
戦略的撤退。逃げの判断のタイミングを誰一人として間違えず、その場から散開するように走り出しながら誰一人として『怪物』を様子を静かに観察していた。
そして――次に見たのは『怪物』が地雷の位置を初めから知っていたかのように何一つ踏み抜かないまま次々と砲を破壊していく様子。地雷を埋めた場所に鎌を突き立てて掬うように掘り出す様。それから――掘り出された地雷を四方八方へ散開した第三班の車両目掛けて投げ放つ姿。 - 146125/10/15(水) 23:21:20
誰かが言った。
「うん、勝てないわこれ」
――爆発。散開した全ての車両に雷管が突き刺さるよう投げ放たれた地雷が直撃し爆発。一瞬にしてハイマ部長の懐刀は壊滅。
爆発した車両から転がった生徒の瞳に映ったのは夜と昼の境。
片目に満月、片目に太陽。その目に映る特異現象を、僅かな驚きと共に通信機へと呟いた。
「部長……『夜』です。奴は『夜』を――暗闇を伴います……」
そして、呻くような声の全ては確かにミレニアムのセミナー本部へと届いていた。
「ハイマ部長! 第三班、壊滅です!」
「ふむ……これはまた強敵ですね」
セミナー本部のハイマ書記は静かに瞳を閉じて『攻めて来たであろう』セフィラの勝利条件を思い浮かべる。
(考えられるのは大まかに分けて二つ。目標の回収もしくは破壊。ミレニアムの破壊。自己保存のための攻勢的防衛は後者に含めて良いのなら、この辺りに絞っても良いでしょう)
先発部隊からの報告を聞くに、高度な演算能力だけでは説明のつかない予測能力を持っていることは確かだろう。
底が見えない限りは過大評価気味でも良い。どちらの目的で在ろうとも、最適解から外れた瞬間に『外れた』という情報を以て評価を修正すれば良いのだから。
その時だった。セミナー本部へと怒声が聞こえて振り返ると、息を切らせた各務チヒロがセミナー部員の制止を振り切って本部へと乗り込もうとしている姿であった。
「ハイマ書記! ビナーが攻めて来る! アスナもヒマリもやられた!」
「その他の情報は?」
「――っ」
あまりにも淀みなく返される言葉にチヒロは何処か気圧された様子だったが、一秒とも掛からずにすぐさまハイマの質問へと答えた。 - 147125/10/15(水) 23:43:15
「……リオが言うには『未来を読む』とのことです。全てを読み切る兵器がこちらに向かってます」
「なるほど……。チェスであればまず負けませんが、どうやら大規模なリアルエイジ・オブ・ミソロジーと言ったところですか」
「エイジ……え? なに?」
困惑したような表情を浮かべるチヒロ。
11月13日、15時を迎えた今日――この日はミレニアムという世界が崩壊に最も近づいた日に違いなかった。
【部長! 八丁目で交通事故が多発! ただいま現着――な、なんだこれっ!?】
【え、なん――うわぁっ!!】
セミナー本部に置かれた通信機から響く悲鳴。にも関わらず、チヒロから見たセミナーの様子はあまりに平然としていた。
そのあまりの緊張感の違いに思わずチヒロは叫んだ。
「早く何とかしないといけ――」
「時にチヒロさん。キヴォトス三大校の中でミレニアム保安部の知名度が低い理由をご存じでしょうか?」
「っ――こんな時に何を……」
「トリニティの正義実現委員会しかり、ゲヘナの風紀委員会しかり――彼女たちの活躍ばかりが音に聞き、我々ミレニアムの保安部はそれほど認知されておりません。――ですが、これこそが私が思う理想の『治安維持組織』なのです」
その言葉にチヒロは、先ほどから通信機越しに聞こえる報告の内容が変わったことに気が付いた。
【視覚への異常現象を確認! ミレニアムの全車両に対して明暗調節機能の使用を通達!】
【避難誘導を開始――! シェルターへ誘導します!】
【解析班よりミレニアムコントロール! 予測移動経路――表示します!】
先ほどまで聞こえていたはずの声はいつしか、突如現れたビナーという名の正体不明への対処報告と化していた。
全てがあらゆる損害を未然に防ぐよう、技術と組織の二軸によって現れた『未知』への解析を行っている。
唖然とするチヒロ。それに対して無表情ながらに振り返るハイマは言った。 - 148125/10/15(水) 23:44:42
「我々はミレニアム保安部――看過できない危険を未然に防ぐことに特化した『治安維持組織』です」
全ての問題は表層化する前に対処する。起こり得るトラブルを科学技術によって未然に防ぐ影の守護者。
その全てを構築し、運用可能な形へと落とし込んだのはミレニアムきっての『戦術の天才』――全ての地平を制定する者。ミレニアム最高たる『大地の支配者』。
ベヒーモス:ランドキーパー。
観測し得る全てからたったひとつの正解を導く『異能』が僅かに口角を上げた。
「あなた方の戦場は我々が作ります。戦線復帰に必要な時間は?」
チヒロは、呻くように絞り出した。
「30分……それで『ミレニアムライナー』が再稼働できます。ですが――」
「分かりました。30分で戦場を整えます。相手の勝利条件が何であれ、喉元ぐらいは差し出しましょう」
「何を――」
「後の無いハニーポットとでも呼ぶべきでしょうか」
「なっ――」
チヒロは思わず絶句した。 - 149125/10/15(水) 23:47:09
それは、言ってしまえば自ら急所を差し出すことで相手の勝利条件を強制的に定めるような自爆行為を意味していたのだから。
トラップを仕掛ければ感知されて利用されるか逃げられる。だったらトラップを仕掛けずに相手が『ミレニアムを陥落させやすい何か』を設置してやればいい。
誘導されていると理解させたうえでそれよりも乗る方が利益があると天秤を傾けさせればいい。
無差別な破壊よりかは『被害の調整が効きやすい』のだから、露見すれば圧倒的に不利になる急所を差し出してから覆せばいい狂人の理屈である。
常勝無敗。チェスの達人は言い切った。
「30分でセミナー本部直通の転送装置を三つ作ってください。それを餌に、セフィラの動きを制御します」
----- - 150二次元好きの匿名さん25/10/16(木) 08:12:40
保守
- 151二次元好きの匿名さん25/10/16(木) 15:17:15
わざと負けるような事をして動きを操る…
- 152二次元好きの匿名さん25/10/16(木) 15:59:50
保守
- 153二次元好きの匿名さん25/10/16(木) 22:19:54
保守
- 154125/10/16(木) 22:57:37
(まずは状況をまとめましょう)
チヒロたちがミレニアムに戻ってから約10分。
書記でありミレニアムの保安部部長である燐銅ハイマは、目の前のモニターに映し出されたミレニアム自治区のマップに目を凝らしていた。
大型のタッチパネルモニターだ。リアルタイムで保安部員のどの班が何処にいるのかを示しており、モニターに触れることで現地の部員に指示を出すことも出来る代物である。
見ようによってはリアルタイムストラテジーゲームにも見えなくは無いが、そこに映し出された惨状はゲームのものではなく現実で起こっていることだった。
ビナーと『廃墟』に向かわせた保安部独立作戦チーム第三班が接触してから15分弱。
たったこれだけで既にミレニアムの交通網に混乱を来たしている。
ハイマは手早く画面越しに指揮を行いながらこれまで得られた情報を脳内でまとめ上げた。
まず、ビナーが通った跡には幅3メートルの『夜』がミレニアムに刻まれる。
現状では視覚異常のみが発現しているが、それだけでも驚いた民間人が事故を起こして道路を塞ぐという事態が起きてしまっている。
しかもわざわざ道路に沿うのではなく横切るように通過するせいで暗順応と明順応が誘発されやすい状況だ。
地上を走る車両だけでも事故が起きているのに、民間人を乗せた旅客機となれば被害は甚大。故にこの10分間は飛行機ダイヤ修正による空の『保全』に全てを費やすほか無かった。
――もちろん、たった10分でミレニアムの上空を飛ぶ全てが緊急着陸できるよう航路を完全に掌握するなんて神業が出来る者はキヴォトス全土を見ても片手ほどしか居ない。全ては地平に。テーブルへ着けば全てがハイマの盤上へと上げられる。
厄介なクロノスジャーナリズムスクールにも手を回し、『異常事態が発生している』ことを伝えた上で『取材禁止、撮影禁止。極めて危険。ただしボランティアとして指示に従うなら歓迎』と先触れを出した。
当然釘を刺すために『従わない場合は異常事態に乗じた侵攻と見做し、クロノスジャーナリズムスクールによる宣戦布告と受け取る』とも明らかに過剰な警告文も乗せて、だ。 - 155125/10/16(木) 22:59:28
ここまであからさまな通達を投げておけば、世間擦れした生徒であれば警戒するだろう。
『あの』三大校であるミレニアムサイエンススクールからの過剰なほどの『挑発』――乗っても得たもの全て取り上げられると分かっているはずだ。何故ならミレニアムは科学技術に特化した学校。機械を用いた媒体に依存する限り、証拠も残さず確実に握り潰せるのだから。
そしてまだ純真かつ世間擦れもしていない生徒であれば嬉々としてミレニアムにボランティアとして乗り込んでくるだろう。
当然、限界まで使い切る。働いてくれるのなら多少は取材も目を瞑ろう。兵站が得られるのなら外部からも調達するべきだ。どのみち自治区の境を跨いで出て行くまでには『誰が入ったか』までの個人情報を完全に握り、後から潰すつもりである。メト会計が虚ろな瞳で口を半開きにしながらもミレニアムの中の電脳全てを掌握しようとしているのはそのためだ。
「使い捨て、サブアカウント、本名……風巻マイ、学籍確認、次――」
メト会計は何かに取り憑かれたようにモニターへ囁いて、すぐさま無人ドローンの操作に移る。ハッキングデバイスの自動運転プログラムを起動させたと思えば今まさに新たなハッキング用のウィルスを新たに作り出していた。ミレニアムに存在する全ての電子機器を掌握するべく、浅く息を吐きながら一切止まることなく動き続ける『最強』は電子の糸を張り巡らせ続けていた。
そして、その隣でひんひん泣きながら端末に向かうコタマもメト会計とは全く別のアプローチでミレニアムの掌握に務めていた。
「せっかく組んだ秘匿回線が……」
「コタマ……あんた、他に隠してないでしょうね?」
「もう全部言ったじゃないですか! うぅ、ビナーさえいなければ……」
チヒロに叱られながら、さめざめと泣く音瀬コタマがセミナー本部に引きずり出された理由はひとつ。メト会計ですら知らない通信回線を『一つどころではないほど』に知っていたことへと起因する。 - 156125/10/16(木) 23:23:14
ブラックマーケットで用いられる秘匿回線などがその代表例だろう。主に犯罪で使われる以上、多くはすぐさま切り替えられる使い捨て。その道のものしか知らないはずの最新バージョンまでをもコタマは把握しており、『ただ傍受する』という最も個人的な趣味でのみ使用していたのだ。
こうした裏社会の特別回線の存在はミレニアムでも把握はしていたが、全て押さえていると思われていたところに『実は全体の四割程度だった』という事実を知ったのは流石のハイマも驚愕を隠せなかった。
それどころかコタマ自身が独自に通信網を組んでいて、尚且つ個人用であるからこそ滅多に使われず、ミレニアムでも一切把握が出来なかった秘匿回線を二桁を超える勢いで隠し持っていたのだ。
それこそ、僻地である郊外ですらも傍受するような意味の分からない回線まで握っていたことをうっかりコタマ本人が漏らしたために『協力的な情報提供』をしてもらったのである。結果、セミナーだけでは集めきれなかったミレニアムで起こっている全ての情報がハイマの元に集められる次第となった。
ここまでで15秒経過。状況はリアルタイムで動き続ける。
ハイマはタッチパネルに触れながら、いま自分が何をしているのかチヒロにも伝わるよう声に出す。
「海浜公園へキルゾーンを設置。調達班は医療物資の調達。メイン道路は放置――」
断たれた運搬ルートの復旧に人員は回せない。人員は有限であり、尚且つビナーが『最適解』を出し続けるのならバイパス道路は残すはずであるからだ。
(戦略的価値が等価であるなら相手の動きを誘導できない。裏を返せば、全ての道を閉ざすのであれば『未来』は定められているという証左。私たちは負けるべくして負けると言うこと)
だが、それだけは無いとハイマは確信していた。
その考えに至ったのは5分ほど前、マルクトと交わした会話であった。
『セフィラを止める停止信号なるものをグローブ越しに送れると聞いたのですが、保安部用に準備していただくことは可能ですか?』
どれだけ未来が見えようとも、物量は正義である。
見えても避けれられない状況に追い込めば勝ちであるなら、ビナーを停止させられる道具を大量生産することことが勝利への第一歩である。 - 157125/10/16(木) 23:49:28
しかし、マルクトは言ったのだ。
『出来ます――が、恐らく良くないことが起きると思います』
『理由を聞いても?』
『分かりません……。ただ、そう思うのです。これが預言者への試練であるのなら』
その言葉をハイマは、難易度が上がるという意味だと理解した。
ゲームでもそうだ。マルチプレイは難易度が上がる。試練ということは試されているのは預言者であり、『セフィラを停止させ得る存在』を『預言者』と呼ぶのならプレイヤーが増えると言うこと。そのような『ルール』が敷かれているのだと理解してそれ以上は追及しなかった。これ以上難易度が上がったらそれこそどうしようも無くなるからである。
そのうえで、このゲームにおける各自の勝利条件は以下のようになる。
ビナー、ミレニアムの壊滅と仮定。要衝と成り得るメイン道路の機能不全を最短距離で行い続けていることから、恐らく『ミレニアム壊滅RTA』を行っているのだろう。
モニターの移動経路が民間人を保護するためのシェルターへと向かったことからも分かる。今から入ろうとするシェルターが目の前で破壊されれば避難誘導中の民間人の心象に多大なダメージを与える。試しに別のシェルターへの移動指示を入れてみれば、元々向かうはずだったシェルターに張り付いて『何かを行う』ビナーの姿が観測された。
尾を引く夜。聞こえる報告に耳を傾ければ、今や『夜』とは『怪物の通り道』と認識されつつある。
ビナーは人間の心証すらをも『理解』していた。人々が恐慌に陥る道筋を確かに心得ており、守るべきものが多いこちらにとっては最悪としか思えない一手だけを繰り出し続ける怪物だ。勝てるわけがない。
そもそも、ビナーの勝利条件が『ミレニアムの壊滅』だとしてもこちらの勝利条件は『ビナーの無力化』である。
そして無力化できる手段は、預言者による『停止信号での停止』か『マルクトでの直接接続』に限られている。そこに『保安部の戦略的勝利』は一片たりとも存在しない。マルクトこそがこちらの持ちうる一撃必殺であり、唯一の勝利条件なのだ。
(相手は絶対に間違えないと仮定した時、私に出来ることは失点を出さないこと。間違えた数だけ不利になる)
もう、この時点でゲームとして成り立っていないのだ。 - 158二次元好きの匿名さん25/10/17(金) 06:38:43
保守
- 159125/10/17(金) 14:35:10
勝敗の条件があまりに不均衡。駒の価値は等価でなく、相手は二回動けるクイーンを握っている。対してこちらはポーンの群れ。そもそも駒を『利かせられない』以上チェスですらない。蹂躙され続ける中でどれだけ被害を抑えながら、現ルールにおける全てを観測する相手から致命の一撃を取れるかの勝負となっている。
(どうして『夜』になるのかも、はたまたどうやって『未来』を見られているのかも私には分かりません)
自分にできるのは観測したルールを元に最適解を選び続けるということだけ。
虚を突くようにルールそのものを疑うようなゲームチェンジャーになど成りはしない。
勝つべくして勝つ。負ける時は負ける。かつて、会長に最も得意であったはずの、たった一回のチェスで負けた時からそうである。
あの敗北から『精神に起因する純粋なミス』なんて打たないよう自身の感情すらも均し続けた。手元は二度と狂わない。勝利も敗北も結果でしかなく、いつだって全力で駒を動かす。それがハイプレイヤーたる燐銅ハイマの矜持であった。
(現時点においてビナーに『自らリスクを負ってまで得たい価値』を差し出せていない。だから、私たちにもその動きに予測が付かない)
戦略的価値が同一である要衝Aと要衝Bがあるとき、どちらを攻め落とすかは攻め手が握れる。
こちらはそれを読み切らなくてはいけないが、ビナーが絶対に間違えないのならハイマの判断は確実に裏を突かれる。
仮に通すことが出来ても、ビナーはいつでも逃げられるのだ。
勝つためには『未来が読めても詰ませる状況』を作らなくてはならないのに、相手はその状況を拒否できる。
これが現時点におけるミレニアム最大の弱みであり、盤面を作り上げるうえで排除しなくてはいけない部分である。
(ビナー。あなたがもしも最短距離でミレニアムの壊滅を望むのなら、与えましょう)
非協力ゲームの神髄は互いに奪い合うことではない。
互いに利を与え、時に奪いながら作り上げる共同芸術にこそあるのだ。
「ハイマ書記。ウタハが転移装置の大枠まで出来上がったようですが、移動先は何処にしますか?」
頼んだ転移装置の製作も順調に進んでいるらしい。チヒロから聞かれてハイマは僅かに口角を上げた。 - 160二次元好きの匿名さん25/10/17(金) 18:34:17
どうやって攻略するか…
- 161125/10/17(金) 22:30:37
念のため保守(朝8:00までホスト規制の人)
- 162二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 01:00:19
補習
- 163二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 09:25:55
待機します
- 164125/10/18(土) 09:52:07
――それは、ひとつ腹を括ったような笑みでもある。
「今から三か所の座標をお伝えします。三つの転移装置に各ひとつの座標へ片道で飛べるよう設定をお願いします」
三つの座標をチヒロに伝えると、メト会計の隣で作業をしていたコタマが不思議そうに顔を上げた。
「あの、それ地下ですよね?」
「そうなのコタマ?」
「ええ、以前秘密の地下室を作ろうとしていた時に調べていたので何となくなら分かります」
「ほんとに何してんのあんた……」
毎度毎度と言わんばかりに目を細めたチヒロの視線を受けて、コタマは身を竦めた。
「そ、それは置いておいてですね……。いったい何の座標なんですこれ?」
「良い質問ですねコタマさん。その座標は『メルキオール』、『バルタザール』、『カスパール』のものです」
「はい?」
コタマが理解できないと首を傾げる。それはチヒロも同じだった。
そんなときだった。チヒロのグローブから掠れたような声が聞こえた。
【チーちゃん……】
「ヒマリ――!」
それはビナーに襲われて気絶していたヒマリのものだった。
大丈夫なのかとチヒロが聞くと、ひどく疲れ切った様子でヒマリが自らの無事を伝える。
【そんなことより……ハイマ書記。あなた、ビナーに『ハブ』を差し出すつもりですか……?】
「流石、よくご存じですねヒマリさん」
ハイマ書記がそう答えるとチヒロは驚愕に目を見張る。 - 165125/10/18(土) 09:53:55
こちらがビナーに差し出せるもの――そしてビナーがいま最も望むであろうそれは『ハブ』の制御権であった。
『ハブ』はミレニアム全土の地下を走るケーブルの修繕や壊れた建造物の緊急的な修復を行う装置であるが、そもそもミレニアムと共に改良され続けた超高性能演算機関である。
様々な機能を持つユニットとその場その場で接続し、自身を最適化し続ける自律思考AIである『ハブ』は、地中に多くの『装備』を保管している。
電磁干渉を強制的にシャットダウンさせるEMPパルス。地中を掘り進める掘削装置。精密な修復作業を行うためのサブアームに瓦礫を処分するための焼却炉など、『ハブ』がミレニアムを維持するために必要なものは全てが地下を走る空洞の中に納められていた。
その真価は『状況に応じて必要な物を接続し、扱う』という機能。
ミレニアムで最も優れた演算装置は地表で起こる全てを地下より観測し、究極に迫る『予測』によってミレニアムのインフラを維持し続けているのだ。
言ってしまえば、ビナーに襲われている現時点ですらネットワークが生きているのは『ハブ』が地下で修繕を行い続けているからであり、先読みのビナーがミレニアムを今すぐに陥落させられない原因のひとつでもあった。
ハッキングなど決してされてはいけないミレニアムの維持機構――『ハブ』の命令を書き換えるには極めて原始的なセキュリティを越える必要がある。それが『メルキオール』、『バルタザール』、『カスパール』と呼ばれる3メートル四方の箱に納められた制御端末であった。
「『ハブ』に搭載された自律思考AIは、地中深くに隠された三つの端末からのみ干渉することが出来るのです。会長権限を以て『ハブ』に直接掘り出してもらった上でプロテクトを越える以外では制御権の移動すらも行えず、三つの端末全てで同じ命令を下さなければ『ハブ』の行動原理すらも書き換えられません」
「けれど……端末に直接アクセスできれば『ハブ』を手中に収められる……」
「そうです。ミレニアムを滅ぼすのに最も必要なものであり、ミレニアムを守るのに最も必要な要でもあります」
即ち、最適解を求めるのなら確実にリスクを負ってでも取りに来る『餌』―― - 166125/10/18(土) 09:55:03
ミレニアムの敗北条件はあくまで『預言者全員の戦闘不能』によりマルクトがビナーを確保できなくなるということ。裏を返せば、それ以外は交渉に使えるカードに成り得るのだ。
当然奪われれば心臓に繋がる大動脈を握られるため、絶対に渡したくないワイルドカード。
故に、ハイマ書記が仕掛けるのは『ハブ』を手に入れるための転移装置争奪戦である。
仮にビナーがこの誘いに乗らないのであれば……。そう思考したハイマの考えを読んだようにチヒロが呟いた。
「ビナーは『転移装置を奪えない』という未来を見ていた。もしくはこちらを疑っている……」
「その情報が得られるだけでも『未来予知』の秘密を暴く鍵になるのかも知れません。そして、ビナーは『最強』であろうとも決して『無敵』では無いのです」
本当にビナーが『無敵』なのであれば、『廃墟』から一直線にミレニアムタワーに向かって学園を破壊すれば良いのだ。預言者を倒したければ無防備な『ミレニアムライナー』を破壊してひとりずつ倒せばいい。なのにしていない。このことからビナーには明確な『隙』があるはずなのである。
「わざわざ交通網を分断させ、保安部の人員を割かなければならないように民間人の避難先を片手間に破壊する。その理由は、我々が『数』でビナーに勝っていることがビナーにとって不都合だからです」
だからこそ、ビナーが次に向かう地点は既に読めていた。
「郊外にあるAMAS生産工場こそビナーが『数』を補えるに最適な手段。ならば、そこを敵拠点と見做して争奪戦の『戦場』を用意します。開戦は20分後。チヒロさん、準備を」
「――っはい!」
チヒロは頷いてセミナー本部から出て行く。
二つの拠点。三つの転移装置。それを奪い合う戦場――
『最強の個体』を個人戦から『数による』争奪戦へと落とし込むための舞台は何処か、ハイマが日ごろから遊ぶ『エイジ・オブ・ミソロジー』のマップにも似ていた。
----- - 167125/10/18(土) 14:20:18
――15時20分。
『廃墟』からミレニアムを挟んで対岸に存在する郊外に建てられたAMAS生産工場では今、ちょっとした混乱が起きていた。
「くそっ! どこの誰か知らんがハッキングされてる!!」
「工場長! こちら側の入力が全て拒否されてます!」
「んなぁ!? もう乗っ取られたのか!? 本当に、完全に!?」
どたばたと走り回る従業員たちは皆、今にも頭を抱えたい気持ちでいっぱいだった。
民間とはいえミレニアムサイエンススクールから支援を受けている工場だ。セキュリティも万全だったにも関わらず、何故か突然全てのシステムが一瞬で乗っ取られたのだ。
ハッカーの仕業といっても並大抵の力量では無い。ネットワークで繋がっているとはいえ、非常事態が起きた時のバックアップデータは隔離されたサーバーの中にしかなく、外部からネットワーク越しで侵入など出来るはずも無い。
なのに、それすら何者かに書き換えられてしまっていた。
明らかに誰かが忍び込んでいると分かった時には既に遅く、気付けば警備用ドローンが従業員を襲い始めていたのである。
「と、とりあえず全員逃げるぞ! セミナーには俺から連絡しておく!」
幸か不幸か、彼らは今ミレニアムで起こっている騒ぎをまだ知らない。
そして知らないのはこの工場を乗っ取った侵入者もそうである。
「にっはっは~! 前からちょっとやってみたかったんですよね! ロボット作り!」
黒崎コユキである。
誰も居なくなった工場をひとり闊歩しながらコントロールルームの扉を開いた。
当然ながらコンソールに映し出された数値の類いは一切理解できない。
しかしどうやら注文に応じて様々なドローンを作れるようで、多くのプリセットデータが入っていることぐらいは辛うじて理解できるものであった。 - 168125/10/18(土) 14:21:33
「自分だけのオリジナルロボを作ってコユキ軍団に加える……。にはは! すっごく面白そうですよね!」
自動化された工場は、一から何かを作るわけでなければコユキのように工学的知識が無くとも作れるよう準備が整えられている。
早速コユキはプリセットデータを使って『それっぽい操作』をすると、工場は何故か正しくコユキの望むように稼働を再開する。訳の分からないデータもパネルもコンソールもコユキにとっては暗号のようなもので――暗号だったら『確実に解ける』のだから動くのもまた当然。
これもある種の未来予知に近いのかも知れないが、ともかく。
ものの数分で出来上がったロボットを見に行くと、そこには頭部の上に電子レンジのようなものが強引に接続された珍妙な兵器が爆誕していた。
コユキは悩まし気に鎮座するロボットを見つめる。
デザイン的にアリか、ナシか……。コユキは頷いた。
「なんかめんどくさくなってきたんでこれで行きましょう!」
コユキ軍団一号機、人食い電子レンジの完成である。
「よぉし! 生産開始だー!」
そうして大量生産が始まる謎の兵器的な何か。増え続けるコユキ軍団。
他にもいくつかバリエーションを付けて生産されていくのだが、作ったところで何に使うかなんてコユキは特に考えてすらいなかった。
せいぜいが作り出した軍団と共にミレニアムを闊歩したらきっとみんな驚くだろうだとかその程度で、保安部あたりに追われるスリルを味わうぐらいの軽い気持ち。普段だったら絶対にしないようなことを沢山してみたかっただけである。 - 169125/10/18(土) 14:22:58
なにせ――『夢』だからだ。ここは。
コユキの自認において、ここは眠る自分が見る明晰夢。だから何をしても怖くない。
不思議な夢である。前生徒会長から「どうせ夢なら今しか出来ない面白いことをすればいいんじゃないかなぁ?」なんて言われなければここまで突飛なことをやろうとは思わなかった。
『だってさぁ、目が覚めたら帰るんだろう? だったら土産話は多い方がいいよねぇ』
そう、自分は帰らなくてはいけない。未来に。
エンジニア部が頑張って『タイムワインダー』を作っている最中なのだ。
本当はもう少しだけ過去の会長たちと遊んでいたかったが、流石にこればかりは我が儘を言っていられない。
過去のリオ会長たちと過ごす最後の一日はせめて悔いなく送りたい。
だから夢の中ぐらい、寂しさを紛らわせてもいいはずだ。
コユキは顔を上げて空元気ぎみに拳を上げた。 - 170二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 19:07:18
おぉん…?
- 171125/10/18(土) 23:20:32
「それじゃあ、ミレニアムに向けて~~、出発! しん――」
瞬間、いきなり近くの壁が大きく爆ぜた。
吹っ飛ばされて転がるコユキ。舞い上がる煙に咳き込みながら頭を振って思わず叫んだ。
「な、何なんですかせっかく良いところだったのにぃ!!」
開けられた穴は外に繋がるもので、上がる煙の中にゆらりと大きな影が見える。
徐々に露わになる襲撃犯の正体。コユキは知らない。目の前にいる『白いカマキリのような機械』が何なのかを。
目が合った。金色に輝く四つの瞳がコユキを射抜き、コユキもまた、状況を掴み損ねて呆然と立ち尽くしてしまう。
硬直する両者。きっとこの光景を外から見る者が居ればあまりの異様さに気付くはずだ。
『あの』ビナーが人間ひとりを前に、困惑でもしたかのような挙動を見せていたのだから。
そしてうっかり怖がり損ねたコユキがおずおずと口を開いた。
「えっ――と、あの、え? 誰か操作してたりします?」
ビナーに手を振って見せるコユキ。
しかし、ビナーは何かを探すように自らの周囲に視線を走らせていた。
続けて何処か焦った様子で鎌を振り上げ、何も無い空間に向けて六本の前脚を回し始める。振り回される下腕の一本が床を傷付け、上腕は威嚇でもするかのように振り上げられる。傍目から見ると挙動がバグったようにしか見えず、コユキは若干引き気味に声を上げた。
「あの、それじゃあ私たちも行くので……その、さよなぁぁっぶない!?」
ぶぉん、とコユキの頭上を鎌が掠めて半ば反射的にしゃがみ込む。
先ほどまで何も無い場所を攻撃していたビナーは突如としてコユキにターゲットを切り替えたのだ。
振り上げられる鎌。明らかな敵意にコユキが小さく悲鳴を漏らす。 - 172二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 05:59:37
コ、コユキィーー!!
- 173二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 07:56:10
これまさかコユキはこの時代の人間じゃないから動きが予測できないとか?
- 174二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 11:09:20
未来に戻ったあとに過去にまたやってきたのかと思いきや…やってんな会長!絶対また悪い笑み浮かべてるだろ!
- 175125/10/19(日) 13:58:59
そして、コユキが避ける間もなく鎌が振り下ろされて――
――――ガキン、と鎌がコユキの立っていた場所に突き立てられる。
そこには、誰も居なかった。誰かが助けたわけでもない。消えたのだ。突然。
ビナーは改めて周囲を『警戒』し、それから再び何も無い場所を引き裂くように腕を振り切る。
一見すれば変化は無い。だがやるべきことはやったと言わんばかりにビナーはコントロールルームへと侵入し、周囲の壁を破壊し始めた。
瓦礫が散らばり、細かな破片がコンソールにぶつかる。
そしてそれは破壊では無かった。降り注ぐ破片こそがビナーの手。寸分の狂いなくコンソールを『操作』して工場の再稼働を行ったのだ。
もはや『未来予知』などという領域ではない。
どれほど確率が低かろうとも『0%で無いのなら』確実に望む結果を引き起こす因果操作に近しい事象。
そして――そんなビナーの機能の予測は此処より遠く離れた天才たちにも辿り着いていた。
15時30分、『廃墟』。
回収されることを待つリオたちは『未観測領域』から抜け出して自分たちの見たビナーの挙動についての考察を行っていた。
「まず、ビナーの『未来予知』の再定義を行いましょう」
唯一無傷だったリオが瓦礫にもたれるヒマリに話すと、ヒマリはそれに賛同した。
「そうですね。私が銃口を向ける前から狙っていた場所が分かっているようでしたし、少なくともフレーム単位で観測して間に合わせるといった機能でないことは有りません」
「一応聞くけれども、断言できる根拠は何かしら?」
「私が20ミリ秒単位で反応できるからですよ」
「猫並みね。肉体の再構築の影響かしら?」
ヒマリは頷く。ケセド戦の時に行ったイェソドを利用した復活により、今やヒマリの反射神経は人間の10倍ほど早くなっている。 - 176125/10/19(日) 14:49:10
それだけでは無い。思考速度も格段に跳ねあがっており、日々の体感時間も以前より明らかに伸びていた。
集中すれば目に映る全てがスローモーションに見える。空気を裂く音が聞こえる。五感において観測し得る全てを知ることも出来る。リオが放った手榴弾が意識の外から弾かれてきても『空間錨』で止められたのはまさにそれである。
ほぼ完璧な肉体制御。完成された知覚。
しかして本来戦闘慣れしているわけでは無いため『分かっても避けられない』という状況に追い込まれることは当然存在する。身体スペックでアスナやネルを上回っても戦闘で勝てるわけでは無いのだ。
その上で、ビナー。あれはヒマリにとって気味の悪い挙動を行っていた。
例えるなら無数のラケットが立てられたテニスコートにボールを打ち込んだら、必ず何処かのラケットに当たってラリーが続いてしまうような不気味さ。『置かれているのだ』、ビナーの攻撃が。
「『予知』という言葉すら当てはまらないものですよあれは。私たちでは観測できない『何か』を見ることで未来を見ているとしか……」
「ねぇねぇ、そもそも『予知』ってどういうのを言うのー?」
と、傍で仰向けに寝かせられたアスナが声を上げた。
ビナーに重傷を負わされて動けない状態であるが、リオがここまで引きずってきた時に「あはは! 全然身体動かない!」と笑っていたためアスナ的には一応無事……なのかも知れない。
それはさておき、とリオがアスナの方へと視線を向ける。
「普段日常的に使われる『予知』で言うのなら『予測』と大差は無いわね。地震や天気を過去のデータを元に予め推測することがそれに当たるのだけれど、ビナーのそれは決定論に基づく短期的予知が該当するわね」
「決定論~?」
「世界の全ては予め決められたように動くという哲学ね。思考も行動も全てが事前に決められていて、個人の選択すらも定められた因果からは逃れられないというものよ」 - 177125/10/19(日) 15:26:11
人に真なる自由意志は存在せず、閉ざされた未来に向かって進み続ける真理の別解。人に未来を変える力は無いというものである。しかし、それは誤りであると言うことは既に反証されているのだ。
「ふふ……私が行ったリオ復活大作戦のことですね」
「そうよ。過去から現在を越えて未来へと敷かれたレールを『時間』と呼ぶのなら、私は一度レールから脱輪しているもの。それなのに存在できている。つまり、世界には分岐点が存在し、その数だけ未来もまた存在するということ」
「うーん? それって結局変わらない未来がたくさんあるってこと?」
「重要なのはどの未来に到達するかを『選択できる』ということよ。正しくは『選択できる可能性がある』ということなのだけれど」
あの時、ヒマリは因果を再構築して『リオが死ななかった可能性』をこの世界に引きずり出したのだ。
セフィラを使えばそれが出来る。そしてビナーは『閉じる原理』のホド軸上層セフィラ。それに近しいことを行っている可能性は高い。
「そもそも、ビナーの機能を『未来予知』と断定することすらまだ怪しいのよね……」
そう言いながらリオは空を仰ぐ。目に映るのは快晴の空。しかし3メートルほど横にずれれば夜になる。
ビナーが通った跡には、侵入した途端『夜』になる帯状の領域が存在していた。
「セフィラの根幹となる技術はひとつ。それに対して私たちが見たのは『未来予知』と『夜化』のふたつ。どちらも同じ原理で発生しているもののはずよ」
「本当にそうでしょうか? イェソドも『瞬間移動』と『光学兵器』のふたつを持っておりましたし、ビナーの『夜化』もセフィラの機能とは関係の無い後付けのものではありませんか?」
「否定は出来ないわ。だとしたらどうしてわざわざ『夜』にしているのかが気になるところだけれど」
『夜』になるのか、なってしまうのか。『未来予知』と関係があるのか無いのか。
そもそもビナーの機能は『未来予知』で合っているのかすら不明。リオは僅かに顔を顰めた。
「情報が足りないわね……」
ビナーの行動から確信を持って言えることはひとつだけ。
『未来予知』であっても『確率操作』でも、全てはビナーの行動を起点にしなければ発動しないという点だ。 - 178125/10/19(日) 15:27:21
もし仮にビナーがミレニアム全体で任意の地点に向けて機能を使うことが出来るのなら、そもそもビナー本体が動き回る理由が無い。ミレニアムの崩壊を目指しているのなら潜伏して裏から滅びの可能性を引きずり出せば良いのだから。
「ところでお二人とも。聞こえますか?」
「何がかしら?」
首を傾げるリオ。その時アスナが「あ!」と声を上げた。
「迎えが来たみたい!」
そう言った直後、リオにも地震のような揺れが伝わって、はっと顔を上げた。
ガリガリと何かを削るような鳴動が地面の下から伝わってくる。
数メートル先のコンクリートに火花が走り、直径10メートルほどの穴が地下から穿孔されるのを見た。
落ちる円形のコンクリートブロック。続いて聞こえる破砕音。そして、空いた穴を埋めるように円筒型の建造物が地面の下からせり上がって来る。
がちり、と何か固定されたような音がして出現した建造物の扉が開く。
そこには一台のワンボックス。運転席に乗る人物の姿を見てリオは思わず呟いた。
「マルクト……」
「迎えに来ました。転移装置に使う電力がもったいないとのことです」
リオたちの前に停められた車から降りてきたのは、人間体に変じているマルクトであった。
----- - 179二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 21:32:02
ほしゅ
- 180125/10/19(日) 22:32:49
「状況を説明します」
『ハブ』の通り道たる地下空洞に走る一台の車両。それを運転しながらマルクトは、隣に座るヒマリへといまミレニアムで起こっていることの説明を始めた。
「ビナーは現在、AMAS生産工場より多数の戦闘用ドローンを生産中です。生産工場と『ミレニアムライナー』との中間には三本の転移装置機能を持った『タワー』が配置され、これら全てをビナー勢力に制圧されると『ハブ』の権限を奪われる状態となっております」
「ふむ、その説明をグローブ越しに出来なかったのはあなたが機械体に戻らなかったからですね?」
「その通りですヒマリ」
その答えを聞いて真っ先にヒマリが思ったのは、ビナーはマルクトの位置を把握できるということであった。
そしてマルクトが人間体のままでいるのは『機械体になると居場所が割れてしまうから』と推測できる。つまり、ビナーは現在マルクトの位置を捕捉できず……言ってしまえば『観測できる人間の中にマルクトが混じっている可能性』をビナーは排し切れていないということ。
つまり、ビナーは現状同士討ちを避けるため、迂闊に生徒たちへと攻撃が出来ないことであるということだろう。
そこまでを踏まえた上でヒマリは聞いた。
「機械体に戻らないのはハイマ書記の指示ですか?」
「いいえ、チヒロの指示です。正確にはハイマ書記からの報告を受けてからの指示でしたが」
そこから語られたのはヒマリが想像した通りのことであった。
ビナーが保安部に対して直接攻撃を行わなくなった。瓦礫を飛ばして間接的な攻撃に切り替えた。必要最小限の攻撃に抑えて工場の制圧に向かった。工場から生み出された戦闘用ドローンは生徒たちを攻撃している。その辺りであった。
「なるほど、ビナーはあなたが何処にいるのか探している、と。『廃墟』の入口で交戦したときは物理的な距離があったのもあって自由に攻撃出来ていたものの、時間経過と共にあなたが防衛に回る生徒たちに紛れている可能性が上がったがために直接攻撃をしなくなった――そういうことですね?」
「っ――そうです」
まるでその時に交わされた会話を見て来たかのように言い当てるヒマリに、マルクトは少しばかりの驚きを抱きながらも頷いた。
実際そうであったのだ。指揮をしながら伝えられた報告からチヒロがその可能性を見出してきた。 - 181二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 07:30:14
ふむ…
- 182二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 12:56:07
昼保守
- 183二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 18:58:37
ほむほむ
- 184125/10/20(月) 23:45:13
念のため保守
- 185二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 07:50:29
待機ー
- 186125/10/21(火) 09:51:54
『マルクト、あんたは元の身体に戻らないで。多分……ビナーはあんたを探している……』
虚空を見つめるその眼差しがいったい何を見ていたのかは、マルクトにも検討が付かない。
けれども、チヒロはハイマとは違うアプローチでこれから起こる『未来』を見つめていたことだけは確かだった。
「ハイマは指揮と戦場の管理を。ウタハは前線にて使用する兵器の開発。チヒロとコタマはそれぞれ戦場を渡りながら情報収集を行っております」
転移装置を巡る争奪戦は既に始まっているのだ。
自分たちの拠点から向かって左側では保安部の少数精鋭を集めた『Cタワー』攻略チームを。
向かって右側が練度は劣るも数でカバーする『Mタワー』攻略チーム。そして中央『Bタワー』には後方支援を厚くした機動班が隣り合う左右のタワー攻略も兼任して行っているとのことだった。
「前線はどれぐらい持ちそうですか?」
「ハイマが言うには、5時間は持たせられると」
「大きく出ましたね……。いえ、助かります」
「……ヒマリ、その」
と、マルクトはつい不安になって声を漏らした。
転移装置を全て押さえられた瞬間に『ハブ』が奪われミレニアムのインフラを完全に掌握されるという、餌にはあまりに大きすぎる喉笛だ。取られた瞬間ハイマが現場に指揮を送ることも後方支援も出来なくなってしまう。それほどに『ハブ』とはミレニアムという『世界』を無力化するほどの大きな力である。
だからだろうか。絶対に負けてはいけないこの戦いに『もし負けたら』という不安はどうしても拭い去れない。
そう思ってヒマリをちらりと伺うと、ヒマリは微笑んで頷いた。
「大丈夫ですよ、マルク――」
「まぁ負けるわね」
「――――リオ?」
後部座席から割って入った声に唖然とすると、隣のヒマリから大きな溜め息が聞こえた。 - 187125/10/21(火) 09:53:24
「あのですねぇ、リオ。どうしてあなたはいつもいつもそうなのですか。ちゃんと順を追って話すことは出来ないのですか?」
「いや、あの、待ってくださいヒマリ。負けるのですか? 私たちは?」
「そうよ。『ハブ』は奪われるわ」
「リオは一旦黙っていなさい。……マルクト、負ける前提で戦っているということですよ」
「どういう……意味ですか?」
負けるのに戦うとはどういうことなのか。確かに勝ちの目が見えない戦いでも戦わなくてはいけないことはあるかも知れないが、それは果たして本当に今なのだろうか。
そう考えているとヒマリは微笑みを戻してマルクトに言った。
「いま私たちに必要なのは『時間』なのですよ。ビナーの機能を知る時間、知り得た情報から攻略の糸口を探す時間……。それと攻略するために必要なものを用意する時間ですね」
「つまり、『ハブ』を差し出すようなことをしているのはただの時間稼ぎということですか?」
「ええ、黄金よりも尊い価値を持つ『時間』こそが何よりも必要なのです。チヒロたちもその前提で動いていることでしょう」
「そうよ。最適かつ最速でミレニアムを攻略しようとするビナーが妥協できるぎりぎりを見極めて最大限まで時間的猶予を作り出すことこそが鍵ね。『ハブ』を得るまでの時間が長引き過ぎればすぐさまビナーは争奪戦を放棄することでしょうし」
勝ちすぎてもいけない。かと言って負け過ぎてもならないラインを正確に見極めて行う究極の時間稼ぎ。ヒマリたちが言うには、ビナーが『ハブ』を掌握してからが本当の戦いの始まりなのだという。
「私たちは『ハブ』と戦いながらビナーを倒す算段をここで得た時間を使って立てなくてはなりません。ハイマ書記も恐らく『ハブ』が奪われる前までに戦力評価を終わらせて、インフラを掌握されるまでに各班の行動指示書を製作するつもりなのでしょう」
いわゆる、ボードゲームにおける封じ手のようなものである。
全ての通信が断絶して全隊の指揮が行えなくなっても問題の無いよう、そこから行う動きを全部隊分作り上げるのだという。 - 188125/10/21(火) 09:55:58
もはやそれを『未来予知』と呼ばずしてなんと言おう。
同時に気付く。これは『未来予知』と『未来予知』の戦いなのだ。
片やかつての人間たちが生み出した技術の極北。片や一代限りの天才が編み出した異能。正体不明たるビナーを完全に『理解』しきってたった一度出し抜ければ勝ちという極めて不利なゲームである。
「いずれにせよ、ビナーの機能を暴いて対処しなければ私たちには最後の決戦にも負けてしまいます。ですので、何としてでもハイマ書記の作る時間以内に作り上げるのです。ビナーを捕まえる手段を」
そうしたところで、地下を走る車両は地上へと伸びる円筒型の建造物の前へとやってきた。
再び地上へ――戦場へ戻るための大型エレベーター。自動で開いた扉から車体を滑り込ませると、エレベーターは自動で上へと昇っていく。
最後に勝って笑うための、一度は負ける戦いを。
時刻は16時。黄昏時は静かに訪れる――
----- - 189125/10/21(火) 15:50:11
※今晩次スレ立てます!
- 190二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 18:51:52
- 191125/10/21(火) 19:50:34
- 192二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 00:50:08
たておつ
- 193二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 08:14:02
たておつです
- 194二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 09:25:00
埋め
- 195二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 13:35:30
うめ
- 196二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 15:52:27
たておつー
- 197二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 23:54:20
おつおつ