【ss】夏の記憶【月村手毬】

  • 1二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:31:10

    ssスレです。暑さもだいぶ落ち着いてきたのでそんな時期に読みたくなる作品の再録をします。
    その前に、少し自分語りをします。この話を書いたとき実はまだ学マスをプレイしてませんでした。今見返すとキャラへの理解度が低すぎて読んでて恥ずかしくなってくるのでここでリメイクさせてください。読んでて恥ずかしくなる出来なのに、多分この作品が伸びてなかったら学マスでssを書いてなかったと思います。手毬から学マスに入ったので今でも僕の中では思い入れの強い作品です。

    長くなりました。本編へどうぞ。

  • 2二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:32:19

    プロデューサーは私の大切な人だ。
    私の良き理解者であり、私が最も理解しているであろう人。
    私と最も近しい人であり、それでいて最も遠い人。
    この話は大学生になった私がプロデューサーと二人で過ごした夏休みの夏の話。
    たったそれだけの話。
    だけど、決して忘れる事はないだろう話。
    とてもとても大切な一週間。
    この時期になるといつも思い出す。

  • 3二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:35:08

    時は一年遡る。
    夏休みに入って暫く経った八月の第二週。
    大学生になって最初の夏休みを過ごしていた。
    去年まではレッスン漬けの毎日だったけど今年からは違う。
    アイドルは訳あって引退した。
    理由は......思い出したくない。
    1人暮らし、新しい環境.......生活していくためにバイトも始めた。
    だけど今日はオフだ。
    簡単に言えば時間を持て余している。
    どうせなら外の出て何かをしたい気分だ。
    美鈴でも誘って泳ぎにでも行こうかな。
    その前に新しい水着を買わなくちゃいけないのを思い出した。
    ......美味しいものを食べに行くのもいいかもしれない。
    私はそんな風に時間の使い方を考えながら流し台で洗い物をしていた。
    「どうか、正真正銘のこの思いを〜♪」
    更に言えば、歌を口ずさみながら。
    この歌は1番練習した記憶がある。
    どれだけ歌ったんだろう。
    ふと、そんな事を考える。

  • 4二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:37:17

    私にとって大切な歌。
    プロデューサーと私を繋ぐ歌。
    私はこの歌が大好きだ。
    歌ってると幸せになれる。
    そうだ。
    洗い物が終わったらカラオケにでも行こう。
    現役の時みたいに踊りながら歌ってもいい気分だ。
    そうと決まれば洗い物を早く済ませるべく手を動かすペースを上げる。
    どんどんスピードアップしていく。
    が、すぐにストップ。
    背後に気配を感じて手を止める。
    もっと正確に言うのなら、真横にある台所の入り口に気配があった。
    「月村さん」


    私は水を出しっぱなしのまま、コップを持ちながら振り返る。
    プロデューサーがいた。
    プロデューサーと目が合う。
    間をおかず、何かが割れる音がした。
    急いで足元を見るとコップが割れて破片が散乱していた。
    「すみません。急に話しかけてしまいました」
    プロデューサーが申し訳なさそうに謝る。
    「い、いえ......平気です。それよりもプロデューサー、いつ帰ってきたんですか?」
    「先程です」
    「そ、そうですか」
    自分でも受け答えがぎこちないと思う。
    でも驚いてしまったのだから仕方がない。
    出来るだけ平静を装って箒とちりとりを取りにいく。
    「いたっ!」

  • 5二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:38:48

    急いで処理をしたせいで手の怪我をしてしまう。
    「月村さん?!」
    「うぅぅ......プロデューサー......いたいぃ」
    「素手で触るからですよ」
    見た感じちょっと切っただけっぽい。
    「待っててください。今救急箱持ってきます」
    プロデューサーは何も変わってない。
    嬉しいような、嬉しくないような曖昧な気持ち。
    「お待たせしました」
    「プロデューサぁ.......」
    「全く、早く指を出してください」
    プロデューサーに素直に従い、切傷した人差し指を出す。
    赤い血が僅かに出ていて、思った通り大した傷でなくて安心した。
    「消毒しますね」
    「......いたい?」
    「多少は。我慢してください」
    しみる........
    消毒が終わり絆創膏を貼って貰う。
    「ありがと......」
    「どういたしまして」
    私達は久しぶりに笑顔をぶつけた。
    「月村さんはリビングで座っててください。その手で洗い物は辛いでしょう」
    本当にプロデューサーなんだ.......
    割れ物の処理をしてから洗い物の続きに取り掛かる後ろ姿を見てそう思った。

  • 6二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:42:50

    洗い物は残り僅かだったからかすぐにプロデューサーが戻ってきた。
    「あの、プロデューサー」
    隣に座るように促して声をかける。
    「なんですか?」
    「なんでプロデューサーは帰ってきたんですか?」
    「月村さんが心配だったからです」
    「......本当に?」
    「本当です」
    本当なら伸びをしないで言わないで欲しいんだけど。
    現実味が薄れる気がするけど、ウソではないのは分かる。
    「でも、どうやって帰ってきたんですか?」
    「......それが分からないんです」
    わからない?
    「自分がどうやって戻ってきたのかもわからないんですか?」
    「気づいたらここに居たんです」
    私はプロデューサーから目を離す。
    わかってる。
    言わなければいけない。
    けれど、言ってしまうとプロデューサーが目の前から消えてしまいそうで怖い。
    「月村さん?どうかしましたか?」
    プロデューサーがこちらを見ていた。

  • 7二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:49:01

    「ぷ、プロデューサー......」
    「何ですか?」
    「え、えっと......その......」
    言って良いのだろうか。
    それとも、黙っておくべきか。
    ......黙っていても事実は変わらない、か。
    これは否定できない事実。
    認めなければいけない事実。
    この世に生きる限り、事実は消えない。
    言わないでこのまま時間が過ぎていく方が恐ろしい。
    事実を告げる覚悟を決める。
    「プロデューサー!」
    「さっきから何なんですか?」
    プロデューサーの声が少し上ずる。
    「その、プロデューサーって......もう......死んでる、よね.......?」


    およそ二年前の事だ。
    私と一緒にお出かけしてたプロデューサーは事故に遭って亡くなった。
    大事なライブの数日前、最後の息抜きのタイミングだった。
    あの時見た光景は今も忘れることはできない。
    忘れてはいけないのだろうけど、忘れたいと思う時もある。
    覚えてなきゃいけない記憶だけれど、見たくない記憶。
    思い出す度にやりきれない気持ちになる。
    過去の出来事が私に干渉する。
    過去が、私の心を侵す。

  • 8二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:50:50

    プロデューサーは厄介なファンに襲われた私を庇って.......そのまま、亡くなった。
    即死だった。
    プロデューサーの腹部から血が流れてる光景は今でもたまに夢に見る。
    「月村さん」
    プロデューサーの声で我に帰る。
    「......っ、どうしましたか?」
    「さっきの歌......アレですよね」
    懐かしむような和やかな表情で言うプロデューサー。
    あれといったらあれ。
    Luna say maybe。
    なんだかんだ一番練習した曲な気がする。
    いろんな人に迷惑をかけるくらい練習した分、やっぱりプロデューサーにも思い入れがあるみたいだ。
    「あの時のライブもアンコールで歌ったんですよ」
    「聴いてたので知ってます」
    「聞いてくれてたんですか?」
    「ええ、最高でした」
    やっぱりプロデューサーに褒められると嬉しい。
    「そっか......プロデューサーにもちゃんと届いてたんだ」
    「月村さんのいろんな感情がこっちまで伝わってきました」
    「当然です。プロデューサーへの想いもたくさん込めて歌いましたから」
    「.......なんで死んでしまったんだろう。死ななきゃ良かった」
    「プロデューサー!!」
    そんなはっきり言わないでほしい。
    軽く自分が死んでるなんて。
    「な、なんですか?」
    私の声にプロデューサーは驚いている。
    「そう言うこと......言わないでよ.......」
    わかってる。
    何を言おうと、事実は変わらない。

  • 9二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:56:27

    そんなの分かってる。
    だけど、ここにいる間だけは言ってほしくない。
    身勝手だけど今だけは忘れていたい。
    「そういう事、とは?」
    「その、死んでるとか......」
    「あぁ、さっき月村さんも言っていたので良いのかと」
    「そう......だけどさ......」
    そう言われると困ってしまう。
    プロデューサー自身に事実を突きつけられてしまった。
    けど
    「すみませんでした」
    「......え?」
    「もう言いません。絶対に」
    ......ありがとう。
    「私も......すみませんでした」
    「何故月村さんが謝るのですか?」
    「さっき私も言ったので」
    「気にしないでください。俺が月村さんの事を考えずに言ったのが悪かったです」
    「......優しいんですね。プロデューサーは」
    「.....今更ですか?」
    その言葉を聞いて微笑する。
    プロデューサーは本当に優しい。
    その事を改めて実感する。
    「.....あっ」
    プロデューサーのそんな声と共にどこからともなく音が聞こえた。
    発生源はなんとなくわかる。
    プロデューサーがお腹に手を添えている。
    「すみません」
    「お腹空くんですね」
    純粋にそう思った。

  • 10二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 12:59:10

    「空くみたいです」
    「ご飯、つくってあげてもいいですよ」
    「いいんですか?」
    「現役時代に沢山つくってもらいましたし」
    「ではお願いします」
    もう一つ純粋に思った事を聞いてみる。
    「つくるのはいいですけど食べられるんですか?」
    「多分大丈夫です」
    まぁ、余ったら私が食べればいっか。
    「人参、沢山入れてあげます」
    「月村さんじゃないんですから食べれますよ」
    む、私だって今は食べられるのに。
    ......少しだけなら。


    「お待たせしました」
    ハンバーグを盛ったお皿と茶碗を持って声を掛けた。
    贅沢に和風とデミグラス二種類用意した。
    「お、おおぉぉ......」
    「何ですか!?その反応!?」
    「想像以上にまともな物が出てきて驚いてます」
    「......没収しますよ」
    目を輝かせるプロデューサー。
    つくってる最中にプロデューサーが消えてしまわないかと心配だったけど、ちゃんとどこにも行かずに待ってくれてた事に安心した。
    テーブルの上に揃えてある箸、そしてハンバーグと白米の盛られた茶碗をプロデューサーの前におく。
    「月村さんはいいんですか?」
    「私はさっき食べました」
    洗い物には昼食分も含まれていた。
    今の時刻は大体三時。
    おやつにしてはちょっぴりボリューミー。

  • 11二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:02:18

    「そうですか。では、遠慮なく」
    「召し上がれ」
    「いただきます」
    箸を使ってハンバーグを割るプロデューサー。
    中からは肉汁がたくさん溢れてきて美味しそうにできて良かったと安心する。
    「美味そうです......!」
    ハンバーグはプロデューサーの口の中へ運ばれていった。
    「.......!!!」
    本当に美味しそうな顔をするプロデューサー。
    幸せそうな顔を見るとこっちまで嬉しくなってくる。
    「月村さん......信じられないくらい美味しいです」
    「ありがとうございます」
    ふふん、どうやら私を舐めてたようですね。


    プロデューサーはあっという間にご飯を平らげてしまった。
    「ご馳走様でした」
    そう言いながらお腹をさすってるプロデューサー。
    ちょっぴり可愛い。
    洗い物を水に浸した後、私とプロデューサーはある物を見る事にした。
    私のライブ映像だ。
    大切にしまってたUSBをパソコンに差し込む。
    高校に進学した時から私の引退ライブまで見返す予定。
    「そう言えば撮ってましたね。俺のカメラなので完全に自己満足用だったのですが」
    記録として見返す用の真面目な物ではなく、プロデューサーが適当に思ったことを呟いてる声が入ってる録画。
    プロデューサー曰く大人になった時酒でも飲みながら見ようと思っていたとか。
    「始まりましたね」
    歓声が聞こえる。
    一緒に入ってるプロデューサーの声もどことなく緊張してるように思える。
    ......プロデューサーが生きた証。

  • 12二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:04:42

    モニターを通して、証を持った声が、世界が、プロデューサーの存在を訴えかけてくるみたいだ。
    『月村さんはもうすぐ出てくるはず......おっ、きたきた』
    ステージ裏から私が出てくる。
    「月村さんが若い.......」
    「は?」
    今のはちょっとショックなんだけど?
    「まだ若いんですけど?」
    「冗談です」
    ふざけ合ってるうちに照明が落ちる。
    いよいよライブが始まろうとしていた。
    プロデューサーは画面に集中していた。


    あっという間に引退ライブまで来てしまった。
    これから先はプロデューサーの知らない世界。
    私はプロデューサーの顔を眺めていた。
    時折眉や目、頬や口が動く。
    プロデューサーはこれを見て、何を思うのだろうか。
    私のライブを見て、何を思うのだろうか。
    そんな事を考えながらプロデューサーの顔を眺めていたら目が合った。
    「これで終わりですね」
    私はそれを聞いて、画面に目を送る。
    画面は真っ暗だった。
    プロデューサーの顔を見てるうちに終わってしまったみたいだ。
    「良かった.......」
    軽いため息をついてプロデューサーが言う。
    「何がですか?」
    「また月村さんが元気に歌う姿が見れてよかったです」

  • 13二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:10:34

    私も良かったよ。
    プロデューサーが見てくれて。
    でも、それ以上に。
    プロデューサーに会えてよかった。
    「月村さん?」
    首を傾げて私を見る。
    「良かったです」
    小さく言う。
    「ええ、良かったですね」
    そう言い合って、笑い合う。
    昔に戻ったみたいだった。


    夜。
    私とプロデューサーは一緒の布団で寝る事にした。
    お風呂上がりの私を見てドキドキしてるプロデューサーを見るのは気分が良かった。
    その事を揶揄いすぎて拗ねたプロデューサーは可愛かった。
    二人してベッドに入る。
    「月村さんと一緒に寝るなんて.......」
    「昔じゃ考えられませんね」
    隣にプロデューサーがいるのは少し変な気持ちだけど、悪い気はしない。
    「布団持っていかないでくださいね」
    「俺、そんな寝相悪くないですよ」
    この日この時、私は幸せだった。
    幸せが私を包み込んでふわふわして落ち着かない気持ちだ。
    隣からは寝息が聞こえる。
    プロデューサーの身体が呼吸をする度に上下に動く。
    安らかで無垢な寝顔。
    些細な事だけど、全てが懐かしく、愛おしい。
    そろそろ私も寝よう。

  • 14二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:16:48

    さりげなくプロデューサーの手を繋いでみた。
    良い夢が見れそうだ。


    翌朝。
    私が目を覚ました時、プロデューサーはまだ夢の中だった。
    とても爽やかな気分だ。
    プロデューサーが横にいるからだろうか。
    寝顔をしばらく見た後、起こさないように布団から抜けて部屋を出る。
    顔を洗って朝食の準備をしよう。
    今日はサンドウィッチの気分かな。
    具はツナとハムと卵......スライスチーズも必要だ。
    いつもよりひとり分多くつくるから変な感じがする。
    サンドウィッチをつくり終えテーブルに配膳しているとプロデューサーが起きてきた。
    「月村さん......はやいんですね」
    欠伸をしながら言うプロデューサー。
    プロデューサーって朝弱かったんだ。
    ここにきて新たな発見。
    「おはようございます。ご飯できてますよ」
    プロデューサーは言葉にならない返事をして、またしても欠伸をしながら洗面所に行った。
    さて、今日はバイトが入ってる日だ。
    プロデューサーを家に残して行く事になる。
    ひとりにしても大丈夫なのかな。
    「あの、プロデューサー。私今日バイトに行かなきゃいけないんです」
    「ファミレスでしたよね」
    ......?
    私昨日話したっけ?
    「知ってるんですか?」
    「月村さんの事ならなんでも知ってるつもりです」

  • 15二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:18:08

    何故かプロデューサーがそういうと妙な説得感があった。
    私の最後のライブの事も話してたし知っててもおかしくはない。
    「月村さんのウェイトレス姿、似合ってますよ」
    「全然そんな事ないと思いますけど」
    ダメだ。
    プロデューサーに褒められると嬉しさよりも照れくささが勝ってしまう。
    顔が火照ってるのが自分でもわかる。
    「先輩や上司、お客さんに変な事言わないか常にヒヤヒヤしてます」
    「上げてから落とす必要ありましたか?!相変わらず良い性格してますね!」
    でも、あの日を境に言動はマシになったと自負している。
    ......嫌な事を思い出してきた
    「は、早く食べますよ!」
    「ふふ、そうですね」
    ......それにしても、再びこうやってプロデューサーと朝を迎えられるなんて思ってもなかった。
    それだけに、この幸せな毎日がいつまで続いてくれるのか疑問であり不安だ。
    出会いがあれば必ず別れがある。
    プロデューサーはいつ消えてもおかしくない。
    私がバイトから帰ってきたらもう居ないという事だってあり得る。
    そうなったら私はまたとてつもない喪失感を味わう事になる。
    別れが怖い。
    「月村さん?顔色が......」
    プロデューサーが私の顔を下から窺いながら心配そうな声を出す。
    「な、なんでもありません」
    「本当ですか?」
    「ええ」
    無事をアピールするためにサンドウィッチに手を伸ばして口に運ぶ。
    まだ不安だったのかその間も私を見ていたので飲み込んでから感想を尋ねる。

  • 16二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:21:59

    「味付けはどうですか?」
    「文句なしです」
    「あの月村手毬のてづくりですよ?当然です」
    「そうでしたね」
    私の心を納得させ落ち着きを与えるのは目の前で笑うプロデューサーを信じるしかないみたいだ。
    けれど、信じても失態のない不安はもやもやと身に纏ったままである事も明白だ。
    だけど選択肢はこれ以外にないのだから仕方がない。


    私がアルバイトを終え帰宅し、玄関を上がった時だった。
    プロデューサーがちゃんといるかどうか不安だったけど足音を立てながら迎えにきたプロデューサーを見て安心した自分がいる。
    「ご飯、つくってくれててもよかったんですけど」
    軽く文句を言ってみる。
    「勝手に冷蔵庫を開けるのはどうかなと思いました」
    私がプロデューサーにしてもらった事を思うと昨日の今日では全然返しきれてない。
    今日も、できる事ならずっと私がご飯をつくりたい。
    「仕方ないので私が今日も用意してあげます」
    キッチンにたった瞬間スマホが震える。
    どうやらメールが来たみたいだ。
    送り主を確認したところ美鈴からだった。
    返信の文章を考え、フリックしていく。
    ......あ。
    忘れていた。
    当たり前の事を忘れていた。
    どうして今になって気づいたのだろうか。
    突然訪れた幸福に溺れていて外に目が行かなかった。
    「プロデューサー!」
    夕飯が完成するのを待ち遠しくしてるプロデューサーに声をかける。
    何事かと私を見るプロデューサー。

  • 17二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:23:27

    「美鈴に......というかみんなに会ってみませんか?」
    そう、この世に姿を現したのなら私以外の人......
    それもとりわけ大事な人たちに会わせない理由はない。
    プロデューサーはこんな性格のおかげか交友関係は広い。
    いろんな人たちにお世話になって、助けられてきた事も多い。
    ......主に私のせいかもしれないけど。
    どうせならプロデューサーのためにも、みんなのためにも会うべきと思った。
    プロデューサーの死に悲しみ苦しんだ人は私だけではないのだから。
    ポカンと口を開けて固まるプロデューサー。
    私と同じく忘れていたか、もしくは考えもしなかったのか。
    はたまた触れられたくない話題だったか。
    表情を見た限り最後のはないと思う。
    プロデューサーは口を開けたまま二、三度頷いて答えた。
    「そう......ですね。言われてみれば、月村さんに会えた以上他の人とも会えるはずだ。考えもしませんでした」
    「私も今思いついたんです」
    「そっか.......また、みんなに」
    そう言って明後日の方向を見るプロデューサー。
    顎に手を当てながら昔のことでも思い出してるのだろうか。
    停止していた指を動かし、製作途中のメールを少し改変して送信する。
    会うなら絶対に早い方がいいだろうと思って美鈴の予定を尋ねてみた。
    思ったより返信はすぐに届いた。
    『いいですよ。場所はどこにします?』
    よし、最初の関門はクリアだ。
    時間と場所を指定して送り返す。

  • 18二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:34:25

    美鈴と今メールをやり取りするくらいの仲まで復縁できたのはプロデューサーのおかげだ。
    美鈴も多分だけど感謝はしてる......と思うしこれで良いんだ。
    「月村さん、なんか嬉しそうですね」
    メールを終えたところで声がかけられた。
    「実は明日美鈴と会うことになったんです。一緒に来ますか?」
    「明日ですか?予定もないですしご一緒したいです」
    「美鈴も、プロデューサーに話したい事はいっぱいあると思います」
    「......ひとつ問題が生じました」
    「......どうしましたか?」
    「何を着ていけば良いんでしょうか」
    今のプロデューサーは外に出るには少し躊躇うくらいのラフな格好。
    コンビニ程度なら良いかもしれないけど、美鈴の前となるとダメなようだ。
    「服、借してあげましょうか?」
    「男物の服があるんですか?」
    あ、なんかいつもより食い気味だ。
    「持ってないに決まってるじゃないですか」
    「ええ、知ってます」
    だけどあの時、プロデューサーが着ていた服は思い出の品として貰ったのは事実だ。
    状態は見ないとわからないけど定期的に手入れしてるから大丈夫なはず。


    翌日、美鈴との待ち合わせ場所に向かうために昼前に家を出た。
    昼食も一緒にすることになっている。
    プロデューサーの服もサイズがピッタリというか、変化がなかったみたいですんなり着られた。
    今日は気温は三十度を超えてることもあってか横を歩くプロデューサーの足取りは重たい。
    「プロデューサー、大丈夫ですか?」
    「なんか.....いつものこの時期より暑い気が.......」
    「もうすぐ着くので我慢してください」
    年々夏の暑さが増していってるからか、プロデューサーはぐったりしていた。
    お店の看板が見えてくる。

  • 19二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:36:59

    今日はファミレスでお昼だ。
    「緊張してるんですか?」
    「緊張....?どうなんですかね?」
    質問に疑問符をつけて返された。
    まあ、私達の仲なら変に気張る必要はないだろう。
    私が先頭に立って店内に入る。
    すぐに店員さんがやってきた。
    「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」
    と、スマイルを添えて出迎えられる。
    「二人です」
    どうしたら一人に見えるのか不思議だ。
    最近の店員はまともに人数も数えられない訳?
    そんな事も出来ないならさっさと辞めたほうが自分の為になるのに。
    「え.....?あー、はい。二人ですね」
    店員さんが一瞬だけ真顔になったのが気にはなったけど、案内に従って窓際の席を選んだ。
    私とプロデューサーは並んで座る。
    「はー、生き返ります」
    店内はエアコンが効いてて涼しい。
    プロデューサーはメニューを取って私との間においた。
    「何にしますか?」
    「先に決めて良いですよ」
    「ではアイスでも」
    「それは食後にしませんか?」
    確かに直ぐにでも食べたくなるほど外は暑かったが、メインの前に食べるのは変だ。
    「冗談ですよ」
    美鈴、いつ来るのかな。
    スマホを確認したところ家を出たというメールはあったから向かっている最中だろう。
    「すぐ美鈴も来るそうです」
    そんな事を話してる間に先程の店員がお冷をテーブルにひとつ置いた。
    数が足りないから控えめにもう一つ要求する。

  • 20二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:38:57

    店員さんは怪訝な顔をした後、微かに頷いてテーブルから離れていく。
    今ので本当に理解したのだろうか。
    同じアルバイトをしている身としては、接客態度の悪さが気になってしまう。
    三十秒程してから店員さんが戻ってきた。
    「失礼します」
    そう言いながら私の向かい側にグラスを置いて去っていく。
    なんなの?これは。
    私達をバカにしてるのだろうか。
    何か恨みでもあるのだろうか。
    怒りを抑えてグラスをプロデューサーの前まで持ってくる。
    大きく息を吐いて気分を和らげようとする。
    「疲れましたか?」
    プロデューサーがメニューを畳んで聞いてきた。
    「.....なんでもありません。なに頼むか決まりましたか?」
    「はい、月村さんの番です」
    メニューを受け取って料理の写真を眺める。
    もう、とびっきりガッツリしたものを食べよう。
    もうアイドルじゃないからプロデューサーに文句を言われる筋合いはないし。
    ......笑い声がして、何気なく通路を挟んだ先の隣席を見た。
    目が合う。
    その人はまるで嘲笑うような笑みを浮かべていた。
    嫌な気持ちになって瞬時に目線をメニューに戻す。
    今日は運勢が悪いのかな。
    確かに朝やっていた運勢ランキングでは順位は下の方だった気がする。
    内容は思い通りにいかなくてイライラするかも、とか書かれてたっけ。
    悪い時に当たらなくてもいいのに。
    ため息が漏れる。
    嫌な予感がしたのはその時だった。
    推理小説でトリックを理解した時のように今まで起きてきた悪運の謎が気持ちいいくらいにスッキリと解けてしまった。
    いや、今の私からしたら解けてしまうのは気持ちの悪い事でしかない。

  • 21二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:45:25

    謎の正体が私の胸に深く突き刺さる。
    そんなはずがない。
    認めたくない。
    認めてしまったら、プロデューサーはどうなるんだ。
    ダメだ。ダメだ。ダメ........
    事実が怖い。
    頭痛と共に眩暈がやってきた。
    視界がぼやける。
    上下左右、方向感覚を失い未知の浮遊感に襲われる。
    気持ちが悪い。
    私は今、どうなっているのだろう。
    「──大丈夫ですか?」
    声がして、ぼんやりとした意識のまま顔を上げた。
    次第に聴覚と視覚が戻ってきて、声の主が判明した。
    美鈴だ。
    「......あ、あ、あ...」
    自分でもなんて言ったら良いかわからず、意味のない声を発している。
    口の中が乾いてて気持ち悪い。
    私は美鈴を見つめたまま、何も言わなかった。
    ......違う、言えなかった。
    「まりちゃん?」
    美鈴は私の目の前で手を振って意識を確認してるみたいだ。
    ......そうだ。
    プロデューサーはなにをしてるんだろう。
    なにをみてるんだろう。
    プロデューサーも美鈴をみてるのなら、なんでこえをださないのだろう。
    プロデューサーをみるのがこわい。
    それでも、みなくてはいけない。
    恐怖と義務感がせめぎ合う中、私はできる限りゆっくりと首を動かす。

  • 22二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:49:48

    ゆるりと、少しずつ視界に映る光景が変化する。
    そして、私は見た。
    プロデューサーは両腕で顔を隠すようにテーブルに伏せていた。
    すすり泣く声が聞こえる。
    ああ、プロデューサーもわかっちゃったんだ。
    誰一人、プロデューサーが見えてない事を。
    目頭が熱くなったのを唇をキュッと結んで我慢しようとする。
    それでも、涙は無理矢理頬を伝う。
    「まりちゃん?!どうかしましたか......?もしかしてわたし何かしちゃいましたか?」
    「ごめん......ごめんね.......」
    美鈴にも謝りたかったが、今は誰よりもプロデューサーに謝りたかった。
    私が悪いんだ。
    全ては私の責任だ。
    悲しむプロデューサーを見たくなかった。
    目を逸らして同じようにテーブルに顔を伏せた。
    美鈴が背中を擦ってくれるのがわかる。
    今日は運が悪い。

    結局、美鈴にはプロデューサーの事は言わなかった。
    言ったところでどうなるのだろう。
    言葉の交換は私を通してしかできない。
    それだけで二人はプロデューサーの存在を実感できるだろうか。
    私の気が狂ったと思われてもおかしくない。
    事故の後、私は美鈴に対して酷い事をしてしまった。
    その過ちを繰り返すわけにはいかなかった。
    帰宅すると、プロデューサーは真っ先に寝室へ行ってしまった。
    最悪な日の続きは、苦いものでしかない。

  • 23二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 13:51:36

    次の日、プロデューサーは起きてきても口数が少なく、明らかに元気がなかった。
    朝ごはんを食べていても口数が少なく、気まずい空気が漂う。
    朝食が不味く感じる。
    この日もバイトが入ってたからプロデューサーに声をかけて家を出た。
    家に帰る頃には少しは元気になってるだろうと淡い期待を込めて。
    だけど、淡い期待は明確な絶望へと変わってししまう。
    帰宅した私を待っていたのは、生のない空虚な空間だった。
    プロデューサーの姿がどこにも見当たらない。
    消えた。
    プロデューサーがきえた。
    どこへ?
    .......どこへいってしまったの?

  • 24二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 14:59:04

    いつの間にか、失望から絶望が生まれてきてしまった。
    プロデューサーが二度と目の前に姿を現す事がないと思うと恐怖さえ感じた。
    絶望と恐怖は嵐のように猛烈な勢いで私の思考を蝕んでいく。
    抗うことすら許されない。
    その圧倒的なまでの絶望は絶対的な無力感を私に刻み込む。
    あの時の事故と同一の無力感だった。
    幾ら手を伸ばそうと漆黒の闇が光を殺し、実体を掴もうとするのを阻む。
    ......全ては終わってしまった。
    私は居間の床に寝転がり、白色の天井を見つめている。
    その白が、私の目の色に染まる事はない。
    プロデューサーの目の色も、今の私と同じなのだろうか。
    そう思ったら、目の赤が更に滲んだ。
    目が覚めると、なんら変わりない天井が見えた。
    どうやら眠ってしまったらしい。
    時計の針は午後九時を過ぎたところを指していた。
    目の回りが腫れてるのがわかった。
    座ったまま自分が居る部屋を見渡す。
    動く物体は無く、音を発する物は見当たらない。
    「泣いても世界は変わらない、か......」
    こんな心境にも関わらずお腹が空いてきた。
    こんな時くらい空気を読んで欲しいが私の意思でどうこうできる問題でもないので仕方がない。
    強張った体を伸ばすように立ち上がる。
    洗面台で顔を洗い鏡で自分の顔を見てげんなりする。
    次に台所に行き冷蔵庫を開けた。
    そこで初めて夕飯の食材がないことに気づく。
    朝は浮かれていたからか確認するのを忘れてしまっていた。
    この時間となるとスーパーは空いてない。
    コンビニで買うしかないか......
    無駄な出費が増えてしまうと考えると余計に気分が滅入った。
    手早く支度をして家を出る。

  • 25二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:01:58

    外は月明かりと街路灯、住宅の窓から漏れる光でそこまで暗く感じない。
    蒸した暑い風が髪に絡みつくように私を包む。
    背中にかいた汗がべっとりしていて不快さが余計に増す。
    夏という事もあり窓を開けた家が多く、一家団欒してる楽しげな声が聞こえてくる。
    それを聞いて少し早足になる。
    他人の幸福が面白くなかった。

    コンビニに到着。
    手短に作れるカップ麺をひとつ買うことにした。
    普段はあまり食べないけど今日は食べてもいい気分だった。
    そしてそのまま店を出ようと思った瞬間足が止まる。
    正面の自動ドアを開けて入ってきたのが高校の時の先生だった。
    「あ、月村さん。久しぶりですね」
    簡単に挨拶された。
    「先生......こんばんは」
    表情を無理に作って言う。
    「こんな時間にどうしたんですか?」
    「お夕飯を買いに」
    「それでコンビニ?」
    「この時間だとどこも開いてませんから」
    「それもうですね。少し待っててください」
    そう言うと先生は飲み物が並んだ棚に歩いて行く。
    正直、先生を含めて今は誰とも話をする気分ではなかったし早く家に帰りたかった。
    だけど待っててと言われたのを無視して帰る度胸は私にはなかった。
    お店の外に出て入り口の横で待つ。
    先生はビニール袋を右手にすぐに出てきた。
    「途中まで一緒にいいですか?」
    先生が頬を緩ませて言う。
    対する私は頷くのが精一杯だった。
    初星の頃、私があんなのだったせいで先生にはかなり迷惑をかけた。

  • 26二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:05:29

    スマホを没収されたり夜中に寮で歌ったり.......
    大きい物から小さい物まで数えればキリがないほどお世話になった。
    歩きながら先生は私の近況を聞いてきた。
    大学生活や夏休みの事、自炊の事など特別な事は訊かれない。
    それから先生が自分の近況を教えてくれたが私の耳には中途半端にしか聞こえなかった。
    適度な話が終わって、お互いが口を閉ざして歩く事になる。
    先生とプロデューサーは軽口を言い合う中だったけど、私はそこに少し話に入るくらいだった。
    となると話す事が限られてくるのも当たり前だ。
    会話の代わりに私達の足音だけが沈黙の中にあった。
    色々あって疲れを感じていたせいか、大きな溜息を吐いてしまった。
    「どうかしましたか?」
    「い、いえ」
    慌てて顔の前で両手を振って否定する。
    「そうですか?......変な事を聞くかもしれませんけど、月村さんは幽霊を見た事がありますか?」
    その言葉に何故かドキッとした。
    「え、あ、いえ」
    しどろもどろになってしまう。
    「今日、変な事が起きたんです」
    「変な事......ですか?」
    先生が話を続ける。
    「出掛ける為の支度をしている時だったんですけど、たまたまスマホをどこに置いたか忘れてしまって部屋中を探し回ってたんです」
    どこにでもあるような話。
    「そしたら、さっき確認した場所に置かれていて。見つかったから問題はないけれど、それでもおかしいと思いませんか?部屋には私しかいなかったのに」
    「見間違え.....とかじゃないんですか?」
    「置いていたのはテーブルの真ん中なんですよ。見間違える訳ありません。それに......」
    「他にもなにかあったんですか?」
    「床が軋む音がしたんです。そこまでは私も少し不信に思う程度でした。だけど靴を履くときに揃えておいた靴が微妙に動かされている事に気づいて流石に怖くなっちゃって。背筋がゾクっとして何かいるかもしれないって」
    私は何も言わずに話を聞き続ける。

  • 27二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:07:11

    「でもすぐに妙な温かさを感じたんです。不愉快さは感じなくて。かと言って夏の暑さとかは関係なくて......ふわふわした感じの温もりとでも言うべきでしょうか。言葉にできない感覚でした。その時に何故か貴方のプロデューサー君の顔が頭に浮かんで、彼が名前を呼んでくるんです。私の名前を.....あの頃みたいに。だからもしかしたら彼が遊びにきてるのかもって思って、勿論そんな事ないのはわかってるんですけどね」
    「プロデューサーだ」
    私は立ち止まり、何も考えずに言った。
    先生がどう思おうと、私には確信めいたものがあったから。
    「月村さん?」
    先生も足を止めた。
    「プロデューサーが先生に会いにいったんだと思います。先生にはお世話になってましたから」
    「そう.....なのでしょうか」
    「私はそう思います」
    先生は思案顔で月が浮かぶ夜空を見る。
    月はもうすぐ満月なのか、満月を過ぎてあの形なのかは分からないけど殆ど円形だった。
    「......だったら、言ってあげればよかったかな」
    先生は月を見ながら言った。
    「何をですか?」
    「何でもいいです。おかえりでも久しぶりでも何でもいい。でももし一言言えたのなら......会いたかった、でしょうか」
    会いたかった。
    それは私が言った言葉と変わらない
    死者であろうと、大切な人に会いたいと思う気持ちは変わらないのかもしれない。
    「でも、私に見えなかったのは残念ですね。少しでもいいから彼の顔を見て文句のひとつくらい言ってやりたい気持ちです」
    私は答えない。
    どうして、私にだけプロデューサーが見えるのか。
    いや、見えたか。
    私にはわからない。
    「月村さんになら見えるかもしれませんね」

  • 28二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:12:54

    先生がそんな事を言った。
    「どうしてそう思うんですか?」
    「誰よりも彼の事を想っていたでしょう?」
    そう、私は誰よりもプロデューサーの事が好きだ。
    「今もです」
    「すみません、そうでしたね。そんな月村さんだからこそ彼の姿が見えると思ったんです」
    プロデューサーは見えた。
    だけど、何処かへ行ってしまった。
    「あの、幽霊って、どこに行くんですかね」
    私はこんな事を聞いていた。
    何でかは私にも不明だ。
    「私は幽霊じゃないからわからないけど......彼なら
    いろんな人の所に行ってるんじゃないでしょうか。今日も私の所に来たみたいですし」
    「遊びに.....?」
    「幽霊だって息抜きは必要じゃないでしょうか」
    そっか、プロデューサーはお世話になった人に会いに行ってるのかもしれない。
    そう考えると希望が湧いてきた。
    プロデューサーはまだ帰ってこないと決まった訳じゃないんだ。
    今まで落ち込んでいた気分が少しだけ上向きになり、モヤモヤしてた物が少しだけ晴れてきた。
    「ありがとうございます」
    その後、途中まで先生と帰り家に戻った。

    玄関の靴の数は先程と変わっていない。
    家の静けさも変わらない。
    変わったのは私の決意だけ。
    決めたんだ。
    明日になっても明後日になっても辛抱強く待つって決めたんだ。
    帰りを待つ。
    ひたすら待つ。
    プロデューサーの帰りを、ひたすら待つ。

  • 29二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:14:30

    そんな決意とは裏腹に、プロデューサーはあっさりと帰ってきた。
    朝食のトーストを食べてる時だった。
    プロデューサーは玄関を開けた音を立てずに居間に姿を現した。
    「プロデューサー?!」
    咄嗟に声を出したせいでパンが口から皿の上に落ちた。
    「月村さん。ただいま戻りました」
    プロデューサーはコンビニに買い物に行ってきた時みたいにあっけからんとした声だった。
    私は歩み寄って無理に睨むような目つきをして言う。
    「プロデューサー!どこに行ってたんですか?!心配したんですよ!」
    プロデューサーは口を開けて驚いた顔をしてた。
    更には視線が左右に振られて落ち着きがなく挙動不審だ。
    「え.....あー、んん.........」
    何かに暗号みたいな答え。
    「プロデューサー!」
    「す、すみません!」
    プロデューサーが45度の角度で頭を下げる。
    だけど3秒もしないうちに徐々に頭が上がってきた。
    眉尻を下げた困り顔なプロデューサーが上目遣いで見てくる。
    私は1回だけため息をついて表情を柔らかく変える。
    「帰ってきてくれてありがとうございます。その......おかえりなさい」
    お互いの息が触れるくらい近寄り、背中に手を回して抱きしめる。
    引き寄せた体は確かな熱を持っていた。
    プロデューサーは生きている。
    「月村さん?」
    「何も言わずに消えちゃダメですよ。プロデューサー」
    プロデューサーの右肩の上に顔を乗せて頬と頬を合わせる。
    目を閉じると、自分の鼓動とプロデューサーの鼓動を感じる事ができた。
    「どうやら想像以上に心配を掛けてしまったようですね」
    そう言って私の頭を優しい手つきで撫でてくれる。
    よしよしと背中も擦ってくれる。

  • 30二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:15:48

    私は急に胸につっかかってたものを吐き出したくなって、それが涙となって溢れ出た。
    我慢ができなかった。
    プロデューサーの匂いが。
    手の感触が。
    温かさが。
    これまでにないくらい優しく包み込んでくれる。
    抱擁を通してお互いの存在を強く感じる。
    どれだけの時間、この状態でいたのだろうか。
    私は長時間泣いていたし、涙が止まっても抱き合っていた。
    この幸せな時間を終わらせたくなかった。
    けれど、エアコンをつけてない夏の居間は蒸し暑くて抱き合ってる時間にも限界があった。
    「あ、暑くなってきましたね.....」
    と、プロデューサーが先にギブアップ。
    「そ、そうですね」
    暑さには敵わず、私達は離れた。
    プロデューサーはエアコンをつけようとしている。
    私はプロデューサーの背中に向かって声をかけた。
    「プロデューサー」
    「何ですか?」
    「遊びに行きませんか」
    「遊びに?」
    昨日の出来事を通して居なくなってからじゃ遅いという事を痛感した私はアルバイト先に休みの連絡を入れた。
    「休んでもいいんですか?」
    「プロデューサーと一緒にいる方が大事です」
    プロデューサーは何も言わない。
    ただ、私を見て笑ってくれた。

  • 31二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:26:17

    映画館に行く事にした。
    チケットは私1人分。プロデューサーは無料。
    これぐらいのサービスはあっていいはずだ。
    観る映画は今オススメ人気らしい派手なアクション映画。
    私の横の席はたまたま空いていたからそこにプロデューサーは座った。
    横にいるプロデューサーにポップコーンを少し食べさせる。
    平日の朝だからかお客さんの入りが少ないからプロデューサーは堂々としていられる。
    人が多かったら座ることもポップコーンを食べさせる事もできなかった。
    思えば、プロデューサーと一緒に映画を観に来たのは初めてだ。
    案外、プロデューサーと長い間一緒にいたと思ってたけどまだまだ出来てない事はたくさんあったのかもしれない。
    上映が始まる前だったからプロデューサーに声をかけてみる。
    「プロデューサー、寝ちゃダメですよ」
    「寝ませんよ。まぁ、月村さんには難しい映画かもしれませんけど」
    「これ、アクション映画なんですけど」
    「アクションは案外深いんですよ」
    そんな事を話しながら場内が暗転するのを待った。
    本編が始まる頃に左手が温かいものに包まれたのに気づき、渡しはそれを握り返した。

    「ふあああ......」
    長い間座っていて疲れたせいかプロデューサーがそんな声を出して伸びをした。
    映画が終わった事で既に場内の照明が点灯してる。
    「どうでした?」
    映画の感想を聞いてみる。
    「ハッピーエンドで良かったですね。最後に助からなかったら可哀想です」
    「でも流石に相手のやられ方はちょっと可哀想じゃありませんか?どっちが悪役かわかりませんよ」
    プロデューサーは軽い足取りで出口に向けて歩き出す。
    私は後を追った。

  • 32二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:30:28

    映画館を出たら時間はちょうどお昼過ぎだった。
    帰り道にあるスーパーで適当な食材を買って早めに帰る事にした。
    外食しようにもお店の人にプロデューサーの姿が見えない状態では1人分のサービスしか受けられない。
    プロデューサーにリラックスして食事をしてもらうにはやはり家が1番良い。
    2人とも家に着いた時は汗をびっしょりかいていてプロデューサーは真っ先にエアコンの電源を入れた。
    お昼はこんな暑さでも食べやすい素麺にしよう。
    氷を敷いて麺を冷やすんだ。
    準備を終えてお皿を運ぶ頃にはプロデューサーはぐったりとダウンしていた。
    夜になると、家の前で花火をした。
    場所が場所なだけにロケット花火みたいな派手な物はできないから小さな花火で我慢。
    その日は少しだけ夜更かしをして、2人で身を寄せ合いながらホラー映画を見て盛り上がった。

    そんな昔に戻ったみたいに、平凡ながら幸せな日が続いた7日目の事だった。
    朝食を食べてるとプロデューサーが珍しく元気のない声で言った。
    「あの、月村さん」
    「どうしましたか?」
    プロデューサーは手を止め、顔を伏せてチラチラと私の顔色を窺っている。
    「もしかしてお腹の調子でも悪いんですか?」
    プロデューサーは頭を振って否定する。
    「あの、ですね。驚かずに聞いてください」
    「はい」
    驚かないでとはどういう意味なのか。
    驚きを与える可能性がある話.......
    私はこれから展開される話を予想しようとしていた。
    けれど、それより先にプロデューサーが話を続けた。
    「俺、もう駄目かもしれません」
    「だ.....め......?」
    ダメ?
    ダメって何が。
    「なんでかは分からないけど、もうすぐ消える気がします」

  • 33二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:35:57

    私は頭が回らなかった。
    「消えるって.......」
    「分かるんです。もう時間がないって。今日の夜にはいないかもしれない」
    「そ、そんな.......」
    そんな、そんな事ってない。
    プロデューサーがいつか居なくなるのは分かっていた。
    いや、分かってるだけだったのかもしれない。
    でも実際にこんな明確に言われてしまうと、その理解が如何に不十分であったかは実感する。
    この一週間、時間が合ったのにも関わらず覚悟を決める事ができてなかった。
    日常に潜む非日常に備えてなかったのだ。
    非日常は常に私の眼前に迫っていたのに、私は目を向けようとしていなかった。
    「月村さん......」
    プロデューサーの顔に笑顔はない。
    「いつまで......いつまでいられるんですか?」
    「分かりません。けど、今すぐではないのは確かです」
    「そう、ですか......」
    私はどうしたらいい?
    残りある時間、どのように過ごせばいい。
    プロデューサーの為に何ができる?
    突きつけられた現実にまともに思考する事が出来なかった。
    いつの間にかプロデューサーが目の前にいた。
    そして、両手を私の両肩に置いて口を開いた。
    「月村さん、そんな顔しないでください」
    「プロデューサー......」
    「人は死んだら戻って来れません。本来なら俺がこうやって月村さんの前にいるのだっておかしいくらいなんです」
    「そ......そんな事ないっ!プロデューサーは......プロデューサーはッ......!」
    「月村さん!」
    今まで聞いた事がないくらいに鋭い声。
    私の肩に乗ってる手に力がかかる。
    「俺の目を見て下さい」

  • 34二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:38:46

    その声に従って、正面から真っ直ぐに視線を向けた。
    宝石にように光を反射する瞳には、今にでも泣き出しそうな私の顔が映っていた。
    「月村さん、俺のお願いを聞いてくれますか?」
    「お願い...?」
    プロデューサーは一回小さく頷く。
    「月村さんと泣きながらお別れなんてしたくありません。どうせなら笑ってお別れをしたい。駄目でしょうか」
    そうは言っていたが、顔は決して笑ってない。
    それが逆に私の心を強く打った。
    ひょっとしたら、別れが辛いのは私だけではないのかもしれない。
    プロデューサーも私と別れるのは辛いのかもしれない。
    考えもしなかった。
    プロデューサーにとって私がどのような存在なのか。
    プロデューサーの姿を見れる存在。
    声を聞き、答えられる存在。
    手を握り温もりを感じ取れる存在。
    プロデューサーからしたら、私はたった1人の生きた人間なのかもしれない。
    けど、その考えは主観を用いて作られた
    根拠のない認識という域を出ない。
    そのせいか、心の隙間を埋めんとする衝動に駆られる。
    不安でしょうがない。
    私はどんな存在なのか。
    瞳を通して、私の何を見ているのか。
    私にはよくわからない。
    都合よく人間には言葉という意思疎通するための表現方法がある。
    そして幸運にも目の前のプロデューサーと話すことができる。
    短い言葉でいい。
    それだけでも人は互いを知る事ができる。
    そう、だから聞けばいい。
    聞いて、自分の存在を確かめればいいのだ。
    「プロデューサー」

  • 35二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:40:47

    依然としてプロデューサーはしっかりと私を見ている。
    「私の事、好き?」
    私は聞かないでいられなかった。
    言葉で、声で、受け取りたかった。
    けど、プロデューサーは私の意には関せず
    「当たり前です」
    と言い放った。
    当たり前。
    プロデューサーにとってそれは当たり前だった。
    いや、私にとっても当たり前だったはずだ。
    長い間離れていたせいか、いつしか当たり前が曖昧とした物になっていたのかもしれない。
    「言ったはずです。俺は月村さんに会いにきたと」
    帰ってきて間もなく、プロデューサーは確かにそう言った。
    「月村さんはどうですか?」
    「うん、好き......大好き。当たり前だよ」
    そう、当たり前。
    私たちは互いを好いている。
    「ねぇ、プロデューサー。私の事愛してますか?」
    「えぇ、勿論」
    「なら愛してるって言ってください」
    「それは......」
    恥ずかしそうに顔を背けるプロデューサー。
    「私は愛してますよ」
    ずっと言えなかった言葉。
    言おうと思った時には、プロデューサーはいなかったから。
    プロデューサーは崩した顔を僅かに戻して微笑む。
    「月村さん、愛してます」
    顔を赤くしたプロデューサーが言ってくれた。
    「ありがとうございます」

  • 36二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:47:58

    私は確かに愛されていた。
    その事が堪らなく嬉しかった。
    私は立ち上がる。
    覚悟は決まった。
    悲しむのはもうやめ。
    泣くのも、もうやめよう。
    私はプロデューサーのために笑顔で見送るんだ。
    「月村さん?」
    「顔、洗ってきます」
    さて、今日は何をしようか。

    朝食後。
    話し合いの末、海行くことにした。
    プロデューサーのリクエストだったから即決だった。
    海へは片道二時間。
    近くも遠くもない。
    泳ぐ訳はないから夕方前には帰ってくる予定だ。
    駅に着くまでに真夏特有の炎天下の中を歩く事になり気力、体力がそれなりに消耗してしまった。
    「にしても本当に暑い......」
    プロデューサーのそんな呟きを聞いていると余計に暑く感じる気がする。
    本当に暑い。
    けど、この暑さがなければ夏じゃないのだろう。
    海は海水浴に来た人で溢れてきて静かに海を見られる場所を探す為に歩き回った。
    相変わらず太陽の日照りが強烈だったけれど潮風や海の匂い、澄み切った青空を見るとそんな不快な思いも不思議と気にならなくなる。
    それはプロデューサーも同じらしく暑さをものともせず子どものようにどんどん先に進んで行ってしまうから追うのが大変だった。
    人気の少ない場所に腰掛けると横一列に伸びる水平線を境に濃い青と薄い青に別れた風景が視界一杯に映った。
    それはまるでこの世と天国の境界のようだった。
    ざあざあと波が寄せては引いていく。
    波風がくすぐるように耳に飛び込んでくる。
    「プロデューサー。明日、同窓会があるんです。久しぶりにみんな集まるんですよ」

  • 37二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 15:50:12

    「明日?タイミング悪いですね」
    「本当ですね、折角会えたのに」
    プロデューサーは膝に肘を立てて両手に顎を乗せる。
    「最初から決まっていたのかも知れませんね」
    「最初から?」
    「はい、運命って言ったら気恥ずかしいですが俺が戻ってきたのは月村さんに会いに来たからでそれ以外は出来ないのでしょう」
    プロデューサーはそう言って蹲るように顔を隠した。
    「プロデューサー?」
    「にしても暑いですね......」
    「そうですね」

    私たちはその後も海を見ながら様々な事を話した。
    その間も刻々と時は過ぎていく。
    プロデューサーと過ごせる時間が減っていく。
    それでも覚悟が変わることはない。
    けど、何かをしたいと思った。
    やれる事をやって、後悔しないように。
    やれる事があるはずだから。

    じっくりと海を堪能して帰宅した後、最後になるであろう遅めの昼食は何にしようか考えてるとプロデューサーが鼻歌を歌っていた。
    懐かしいメロディだったから私も一緒にハミングする。
    私たちの鼻歌は自然と重なり、終いにはユニゾンとなっていた。
    そこで私は思った。
    プロデューサーの声を残すことはできないかと。
    私は早速プロデューサーに提案する。
    「プロデューサー。お昼を食べたら歌いませんか?」

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