- 1二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:17:37
- 2二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:19:31
私は一人の、獄の中の囚人だった。
私の生きる意義は、自分の中の公正のみを求めることだけにあったのだ。何故か、と問われれば。一つだけ明瞭な答えを、導き出すことができるように思う。
私は、正義でありたかったのだ。
それは正当なる裁決であった。それは悪逆への処罰であった。それは自我から分離された、機構システムに等しいものであった。そうあるべきだと、思っていたのだ。
その正当なる道の中において、どれだけ敵を作ろうと、どれだけ悪評を受けようと、最も身近なものとの決別をする事になろうと、心の内に浮かぶ少しばかりの胸の痛みを、正義という炎で焼き付けて、今日まで生きてきたのだ。
あぁ、実に愚かで、この上ないほどに極下な事だが。思い返せば、自我すら塗り潰して、理想へと羽ばたいてゆく自分という形に、一種の自己陶酔すら覚えていたのかもしれない。
産まれた僅かな疵を焼いて、焼いて、焼き続けて。この身の丈に合わぬほどに、高く手を伸ばして。唯、正義で在ろうとし続けた先で__きみと、巡り合った。
きみは舞台の上の星のようなひとだった。美麗なる、物語の中の騎士だった。私の是迄これまでの人生において、未だ見ぬほどに輝いていた。
初めこそ、私はきみを疎んでいた。光を求めようと、その一身の在り方を世界に焼き付けようとするきみが、滑稽な道化のように思っていた。私の受け入れられぬ何かであるとしか思っていなかったのだ。
それでも、きみは私を見続けていた。例え打算だったのだとしても、私の中へ、中へと手を伸ばし続けるきみを、求めるようになった。私の中のささやかな幸福は、きみとの生活の中のみにあるように思えた。その自信に満ち溢れた仮面の奥底にある、可愛らしい僅かな子供らしさが、私の心を貫いた。きみを、蓮見レイアという存在を構成する全ての要素を、私のものにしたかった。 - 3二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:20:39
屹度、これは信頼というものだ。それが、正しい結論なのだ。あの時の私は、そう定義したが。
今思えば、それは愛だったのだ。親愛や、友愛ではなく。恋をしている相手に抱くような、他ならぬ、燃えるような愛情であった。
後になって、全て遅れてから気付いたことだが。きみは屹度、私の欠けていた半身だったのだ。私の欠落した何かを埋めるだけのモノが、確かにその中にあった。それと比べてみれば、私と他者の間にあるのは、月光と稲妻のような、あるいは霜と炎のような、まるきり違うもののように思えてしまった。
嗚呼、恐らく、私は。きみが居なくては、生きていることができぬのだ。この宇宙の中で、二階堂ヒロという人間が存在するという確証すら、持てなくなってしまうように思えた。
私は、それを言い出せなかった。その感情を、正しくないと心の底に押し込んだ。それを伝えてしまうことが、無性に怖かったのだ。それだと言うのに、それをどうしても、誰かに肯定してほしいような気がして、つらつらと彼女への思いを、日記に書き連ねていた。きみというひとの人生に、どのような出来事があり、どのように生きてきたか、私には分かり得ないが。それでも、この世できみが味わった全ての惨めな苦痛を、受け入れてやりたかった。きみという存在の根源を一つ一つ、丁寧にほどいていって、それを、一緒に味わいたかった。
そうした心を、きつく鎮めていたのだとしても。きみと歩む何でもない日々が、私の心を照らしていた。何か進展があらずとも、きみと共にあることさえ出来れば良かった。それにどれだけ救われたか、きみはきっと知らないだろうが。
私はきみの中に、またとない光を見ていたのだ。 - 4二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:22:07
刻々と時間は過ぎ、一つ一つと命が、私の手から溢れていった。
それを為したのは、私だ。正しさという剣で彼女らを刺したのは、他ならぬ、私なのだ。これは正義故の正当な行いであるのだ、これは当然の出来事であるのだと、そう思っていると言うのに。その心の暗い奥底で、泣き叫んでいる私が居るのだ。その声が、いやに耳に残って仕方ないのだ。
これを、見せてはならぬ。そう思った。
それだけは、してはならない。それは傲慢な自己満足だ。私が、他ならぬ私が命を奪った彼女たちへの、侮辱だ。それ故に、心の一番深い、どろどろとした感情の底に、私はそれを押し込めていた。
けれど、きみはそれを確かに見ていた。私が必死に押し殺そうとしていた醜い感情を、見ていたのだ。
嗚呼、だと言うのに、きみは。その心からの憐憫を、その仮面の下に隠した。私のこの、何処までもちっぽけな自尊心(プライド)を傷付けまいと、きみはそれを、言葉にしなかったのだ。 - 5二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:23:14
一人寝床(ベッド)の上で天井を見上げながら、きみのことを想う。
私は、きみをどれほど受け入れてよいのだろうか。どれほど、きみに対して、この内なる傲慢さを吐き出してもよいのだろうか。ふつふつと煮え立つ頭でどれほど考えようと、何が正しいかなど、分かりはしないのだ。
いや、屹度、私がどれだけきみを、心の底から愛していたのだとしても。その柔らかな頬に、髪に、その存在の全てに触れることなど、してはならない。ここを一度出てさえしまえば、私の手の届かぬ場所で、煌々と輝いているのであろうきみを、求めてはならぬのだ。それがこの世の、決まった運命というべき物なのだろう。
それでもこの、僅かな時間の合間においてだけは。きみの、蓮見レイアという存在の放つ光に、私は包まれていたかった。
それが最後には、私を照らさぬのだとしても。 - 6二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:23:46
それから幾度が、太陽と月が巡って。
極彩色の絵の具のような彼女の笑顔が、溶けていってしまうのを見た。彼女の存在全てが、泡の中に消えていくのを見た。私が必死に形作っていた仮面を剥ぎ取って、彼女が涙と混ざってゆくのを見た。
その藍色の軌跡に、私の足が掴まれているような気がしたまま、日々を過ごして。
ある時、二人だけの時間の中で、きみは私に手を差し出した。そこに籠もっていた感情は、一体何だったのかは、今でも分からない。
嗚呼、本当に、許されてはならないことのように思うが。私は、少しばかり困惑してしまって。
私は、きみの手を払ってしまった。 - 7二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:24:24
これは見苦しい、言い訳に過ぎないが。それはただの反射のような、意識を介さぬものであった。その拒絶は、私の本心とは、まるきり違っているものだった。その、はずだったのだ。
やってしまった。
そう思って目線を上げれば、きみは笑っていた。その目に浮かぶ涙を押し留め、震える腕を見せないようにしながら唯、笑顔であろうとしていたのだ。その仮面の裏側から、深く沈むような哀しみが覗いていた。鈍感で愚劣な私の感性ですらも分かるほどの、絶望に近しいものだった。
私の喉から音が漏れ出すよりも前に、きみは走り出していた。押し殺しきれなかった涙と嗚咽を振り撒きながら、きみは私から遠ざかっていった。
ダメだ。違う、そうでは無いのだ。あぁ、レイア、レイア、レイア!お願いだ、聞いてくれ!これはただの、不運な間違いに他ならなかったのだ。私はこんなにも、きみを愛しているというのに、その手を取ることを、躊躇ってしまったのだ。どうか、どうかこの臆病な私を、心臓が裂けるほどに罰してくれ!きみの手で、目で、その全身の全てで、私を正しくしてくれ!そうすれば屹度、それは天国の最も高い場所にあるものに、寸分狂わぬ幸福を、私に授けてくれる。
私の今にも爆発しそうな脳の内で反射し続けている、そんな自分勝手な、何処までも独り善がりな叫びを聞かぬようにしながら、きみを追って駆けた。この地を吹き抜ける旋風よりも、天を裂く雷霆よりも速く、ただ純粋な力となって、私は走っていた。 - 8二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:25:40
その果てに、蹲って子供のように泣いているきみを見た。皆の前にいようと、先導者たろうとするきみの、あるいは私に手を伸ばそうとしてきみの姿は、そこに無かった。
嗚呼、そうか。悩んでいたのは、私だけではなかったのだ。私に、私の隠していた苦悩があったように。きみも、その美麗なる仮面の奥底に、鬱屈とした感情を隠していたのだ。
私達は結局、唯の、十五の少女に過ぎなかったのだ。それに今の今まで気付かなかった私の傲慢さに、無性に腹が立った。だがそれ以上に、私の眼前ではらはらと涙を流す彼女に、何かをしてやらねばならぬと思った。それが私にできる、唯一の贖罪なのだから。
優しく、その名を呼ぶ。屹度、今の私は酷い顔をしているだろう。だが、それでも、構わないような気がして。
情愛の導くままに、顔を挙げたきみの唇を奪う。人生で最初の、誰かとの接吻(キス)を、きみに捧げる。人生で最も甘美な快感と、陽だまりのような愛情に理性が溶けてゆく。舌と舌が絡み合う度に、この私の十年足らずの生では表せぬような桃(ピンク)色の愛が頭から弾けてゆく。私を抱擁するきみの体温の中の、不可思議なまでの愛情が、痛いほどに嬉しかった。 - 9二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:26:26
まるで何時間、何日とも思えるような感覚の中で、時計の秒針は数秒を刻む。気付けば私は直情的な、そして悲観的な感情に赴くままに、きみの胸の中に顔を埋めていたのだ。ぐるぐると、これまでに死んでいった少女達の顔が浮かんでは、泡のように消えていった。
「きみまで、喪ってしまいたくないんだ」
ぽつぽつと、私の口から言葉が漏れた。
きみを喪う事が、何よりも怖かった。きみは、私を埋めてくれる欠片(ピース)なのだ。私と噛み合う歯車なのだ。きみは、蓮見レイアは、他ならぬ私なのだ。きみが誰かに、殺されてしまうかもしれぬのだと考えると、それだけで泣きたくなった。屹度私は、きみを喪って生きていけるようには、出来ていない。だから、だからこそ。
「どこにも行かないと、約束してくれないか」 - 10二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:27:04
震える声で、告げた。それは私に吐き出せる、他者への最大限の弱音だった。私にできる、弱い私への唯一の反抗だった。
こんな事を、ぎゃあぎゃあと喚き立ててみたとしても。きみは屹度、私を受け入れてはくれないだろう。拒絶されても、仕方のないことだろう。そう思って見上げた、少しの憂いと、愛故の熱のようなモノを携えたきみは、絞り出すような声で、呟くのだ。
「ああ、勿論だとも…」
途端に、私の両の目から、涙がとめどなく溢れた。昼過ぎの陽射しの何倍もの温かさが、私を包みこんでいた。
嗚呼、きみはなんて、罪なひとなのだろう。
きみのこの胸の中で、こうして泣いていられれば、それでいいような気がした。正しいとか、正しくないとか、そうした事の一切が、如何どうでも良かった。きみの優しさに、溺れてさえ居られれば、それで良かったのだ。
そうしたままに、何分泣いただろうか。私の頭を優しく撫でながら、きみは。
「キミが、私を離さぬために」
「私に、キミを刻んでくれないか」
そうして、きみの導くままに、私達は夜へと旅立ってゆくのだ。 - 11二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:28:06
きみと共に、初々しい小鳥の歩みのような、けれど燃え上がる焔のような熱を抱きながら、夜を明かしてゆく。狭い宿舎(ゲストハウス)が、まるで私達を照らす定灯台(スポットライト)のように煌めいていた。
まるで理性の弾けてしまった獣のように、私の抱えていた、薄暗い愛情を、きみの硝子細工のような肉体に打ち付けながら、何度もきみの名を呼ぶ。
あぁ、れいあ、れいあ。
「…ん、あ………ぁ…っ、んぁぁ……っ……」
顔を赤く染めて快楽に身を委ねるきみの姿が、なんだかとても、いじらしいように感じた。
私は、きみが好きだ。髪の1本から、足の先に至るまで、この二階堂ヒロという全身で、きみを愛している。
「っ…は、ぁっ……ひろ、くん……」
快感に打ち震えながら、私の頬に伸びたきみの手が、どうしようもない程に、温かくて。それがまた私の性を、たまらなく掻き立ててゆく。 - 12二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:29:23
あぁ、今なら。きみに、愛おしいきみというひとに、これを言える。
おねがいだ。おねがい、だから。
おいて、いかないで。
ただきみを想い、きみだけを視界に収めながら、私のこの身勝手な要求と愛情を、卑猥な音楽にして、きみの身体へと流し込んでいく。
きみはと言えば、私から顔を逸らした。その恥じらいに籠もっていた、「見ないでくれ」という叫びと、少しばかりこちらを見やるきみの視線の中の、相反する欲求が、やけに私の嗜虐心を掻き立てるのだ。
きみの柔らかな右頬を押して、視線をまっすぐに向ける。
がまん、しないで。わたしに、みせて。
「…っ、あっ、やっ……ひろ、くん…やだ…っ………みない、で…………」
目に涙を貯めて、視線を逸らすきみを抱きしめながら、この汚らしいようで、それでいて燃えるような想いを、叩き付ける。
れいあ。すき、だ。きみが、レイアが、だいすきだ。
「わたしも…っ、だいすき…だ……ヒロくんが、すきだ……」
お互いに、口から互いの名と意味のない喘ぎ(ノイズ)を垂れ流しながら、自己を形作るモノの一片一片を重ねて、愛の炎へ焚べてゆく。部屋を満たす淫靡な水音が、二人の繋がりを、これでもかと言うほどに示しているような気がした。 - 13二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:30:25
嗚呼、こんなにも、きみという名の幸福を貪っていると言うのに。不意に、泣きたくなった。きみを喪う事への恐怖が、無性に思い出されてしまったのだ。
あぁ、なればこそ。たった一夜の、このような時くらいは。きみにこれを、伝えなくてはならないと思った。これは正しいだとか、正しくないだとか、そういった事では、断じてないのだ。きみという運命へ向けた、告白なのだ。そうやって自己を正当化しながら、深い澱のような想いを、吐き出して。
ただしくなくて、いいから。
ずっと、いっしょにいて。
「あぁ……っ、いっしょ、だ……私はずっと、キミと…いっしょだ……」
きみは、どうして。それほどに、優しい目で笑いかけてくれるのだろう。私という存在を、受け入れてくれるのだろう。その問いへの思考すら放棄したままに、果てない愛情と、幾許かの興奮が、私の五体を包んでいた。 - 14二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:31:50
そうしたままに、私達は肉体を重ねてゆく。幾度かの絶頂を互いに感じながらも、この舞台(ステージ)を続けてゆく。軋む寝床(ベッド)の発条(バネ)の音と、私達の嬌声(コーラス)が重なって、穢らわしくて、それでいて何処までも綺麗な不協和音(ラブソング)を織り成す。それが本当に気持ちいいから出てるのか、きみに私の快感を、浴びるほどに聞かせたいから出しているのか、もうわからなくなった。だけど、出すのが本当に楽しくて。きみの顔が、とても可愛らしくて。それを辞めることなど、できはしないのだ。
嗚呼、やはり、きみは私の全てだ。
きみのように、演劇らしく言うのならば。きみはジュリエットにとっての、ロミオなのだろう。オフィーリアにとっての、ハムレットなのだろう。ブリュンヒルデにとっての、シグルドなのだろう。この愛情の中にさえ居れば、あらゆる苦難も、乗り越えられるのだろう。
まるで刹那のような、それでいて永遠のような時間を、きみと過ごしながら。二人の夜は、静かに開けてゆくのだ。 - 15二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:32:35
そこからまた、数日が経ってからの事だった。
「キミを置いていくことなんて、絶対にしないさ」
あの夜の終わりに、優しくそう言ったきみは。今では物言わぬ蛋白質の塊となって、ただ静かに眠っている。
私が、この世界で生きる意味全てが、悉皆無くなってしまったような気がした。きみの居ないこの屋敷に残る、僅かばかりの残り香が却って、ひどく残酷なもののように感じて仕方がなかった。
何故私は、きみが死んで尚、こうして息をしているだろう。きみを喪ったままで、二階堂ヒロとして、存在していることができるのだろう。
そう思いながらも、私はきみの死を、受け入れることが出来ていなかった。きみのその綺麗な髪が、橙色の瞳が、にこやかに笑う顔が、朗らかな声が。まだ、この牢屋敷の何処かにあるような気がして、堪らないのだ。 - 16二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:34:16
暇さえあれば私は、あの忌々しい昇降機エレベーターの天井裏を、泣きながら這っていた。まともな人間ならば、誰も入ろうなどとは思わない場所で、ぐずぐずと涙を流しながら、有るのかすら分からない何かを探していた。
きみの僅かな温もりが、そこにあるかもしれなかった。毛髪でも、服の切れ端でも、血痕でも、何だって良いのだ。あの夜に、その肉体の全てで私を受け入れたきみの存在を証明できるものを、手中に入れていたかった。
「れいあ……っ…ぅ…うぅっ……っ……」
意味のない呻き声が、だらだらと口から漏れ出した。もうここにいないきみの名を、譫言のように繰り返し呼び続けることしか、私には出来なかった。 - 17二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:34:53
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- 18二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:35:26
何も産み得ぬ、停滞と悲嘆に彩られた日々が、私にとっての正常となってからのことだった。
ふと、きみの姿を見たくなった。そこにあるのは屹度、既に動かなくなった肉の塊に過ぎないのだろうが。そうでもしなければ私は屹度、きみの不在を受け入れることは、出来ないのだろう。
とぼとぼと歩き、地下に繋がる宿舎(ゲストハウス)の扉を、ぎぃと開く。
あの日、底のない深淵のような、それでいて私を救済する福音のような一夜を過ごした部屋の空気を、肺の中へ吸い込む。
鼻腔に何時までも灼きついたままの、きみと私の愛が混ざり合った香りは、もう悉皆、部屋の中から消え去っていた。
そうしたままに、未だ残る感傷に浸りながら、私は深く暗い闇の中へと、堕ちてゆく。 - 19二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:36:07
酷い寒気が、槍となって肌を突き刺す。口から流れ出た躊躇いが、凍り付いて床に落ちる。
そのような異世界の中で、静かに眠っているきみの姿があった。あの時の、目を見開いた表情ではなく。今にも目覚めそうなほどに綺麗な顔をしたきみが、其処に居た。
嗚呼、やはり、きみは。私を置いて、死んでしまったのだ。
そんなことは、疾に解っていたはずなのに。改めてそれを痛感した時に、枯れきる程に流したはずの涙が溢れるのを、どうしても抑えられなかった。
願わくばもう一度だけ、私に笑い掛けてくれればと思った。もう一度だけ、私にその真っ直ぐな光のような声を聞かせて欲しかった。だがそれは何れも、叶い得ぬ願いでしかないのだ。
冷たくなったきみの顔を少し撫でて、唇に触れる。きみとあの夜に幾度も交わした、蕩けそうなほどの甘い口吻。きみが気持ちいいと言ってくれた、肉体と肉体の戯れ。それだと言うのに、一切の反応を返さないきみを見て、また泣きたくなって。そうしたままに、数分に満たない、それでいて何千年ものような、一方的な愛情が終わってゆくのだ。 - 20二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:36:43
きみの髪飾りと、少しばかり湿気った手袋を、そっと奪って。顕になったその、細く美しい手を握った。柔らかさと暖かさを失ったきみの手が、厭に寂しかった。
私は無性に、それを手に入れねばならない気がした。なぜそうしなければならないかなどというものは、とても分かったものではないが。なぜかそうしなければならぬと、心から思った。私ときみの関係性を、その中に留めておきたかったのだ。
だから、私は。壁に掛けられた鉈を、取ったのだ。 - 21二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:37:53
凍ってしまったきみの指に、何度も、何度も、それを打ち付けた。その一振一振にきみとの想い出を込めて、私という存在を担う筋肉の全てを躍動させながら、打ち付けた。きみと私の成した日々が、私を決意で縛りつけた。欠けていくきみの指から、停滞した紅い蝶々(けつえき)と、幸せな記憶が溢れてゆくのを、見ないようにして。
叩いて、叩いて、叩いて。ころ。と間抜けな音を立てて、きみの指先が落ちた。堪え得ぬ悪感情がこみ上げてゆくのを、無視して。私はそれに、達成感と歓喜の外装(ラベル)を貼り付けたのだ。
震える手で、その5cm足らずの物体を掴む。そこから滲む、きみの生命の象徴が、ゆっくりと蝶々へと変わってゆく。
これを誰にも、触れさせてなるものか。
そんな一瞬の思いが、全身へ広がっていった。
これは、私ときみの肉体を繋ぐ唯一の物だ。きみの、私の半身の、私そのものの、存在の証明だ。
誰にも、否、この世の全てのものに触れさせてはならぬ。一体どうして、私ときみの間に何某かが存在することを、赦すことができよう!
その為にすべきことが、ふと浮かんだ。これは屹度、狂気というものだ。自分ですらもそう思った。
嗚呼、けれど。この想いが狂気であると言うのなら。私は狂人だとしても、それで良いのだ。きみを愛することが正しくないと全てが言うのなら、正しくないのは、世界の方なのだ。そんなことを思いながら。
私は、その肉塊を、噛み締めた。 - 22二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:38:18
じゃり、じゃり。
酷い食感と鉄の味が、口内を満たす。
ぼり、ぼり。
僅かばかりの理性が置いた、倫理の障害バリケードが破られる。
ざく、ざく。
それらが見えなくなるほどの罪悪と、異常な高揚に身を包みながら、私は。
ごくん。
きみと、一つになった。 - 23二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:40:15
嗚呼、これで、私は。きみとずぅっと、一緒に居られる。同じ生を、生きていられる。
このたかだか十五年ばかりの人生において、至上の恍惚の中で。きみの血が、肉が、その細胞が、私の体内を駆け巡っていった。口の端から垂れる赤黒い液体を拭くこともせぬままに、きみの顔にもう一度、口吻キスをして。
ふと、衝撃で少し開いたきみの目を見て、ふと思ってしまった。
では、魂は?
その問いが、私の胸にぐさりと刺さった。きみと私を繋ぐ、最も重要なそれは。きみをきみという人間足らしめるそれは。一体どうすれば、私の手の中に入ってくれるのだろうか。一体どうすれば、もう一度きみを、感じていられるだろうか。
きみの魂は、一体今、何処にいるのだ。 - 24二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:41:30
居ても居られなくなって、昇降機(エレベーター)に向かって駆け出した。それが昇るまでのたった数分、数秒に満たぬ時間が、永遠のように感じる程に、私を貫いたその真実が、ずきずきと痛んだ。
雨が降っているのも構わずに、外へ駆け出す。
誰に聞かせるでもない叫びが、口から漏れる。
何処だ。きみは、きみの魂は、いったい何処に居るのだ。この苦痛に満ちた屋敷の中で、まだ泣いているのか。嗚呼、そうであってくれ。まだ、ここにきみは居るのだと、そう言ってくれ。嗚呼、私は、信じている。この地上には、様々な亡霊がさまよっているのだと。姿形なんぞどうだっていい。いつまでも、私の側にあってくれ。それで、それっぽっちのことでいい。
嗚呼、頼む。心の底から、いっそ喜劇じみたほどに、私を狂わせてくれ。お願いだから、私をきみのいない、この退屈な灰色の世界に放り出すのはやめてくれ!おお、神よ!どうか、どうか!この惨めな私を、置いていかないでくれ!きみがこれを聞いているのなら、この惨めな足跡を辿って、私に会いに来てくれ!きみの望むどんな称賛も、要求も、何だって叶えよう!きみを抱擁し、心の底から愛そう!嗚呼、私はきみ無しでは、命無しでは生きていけない!魂無しでは生きていけない!いっそ私を、ずたずたに引き裂いてくれ!きみの居ないこの世界に、もう意義などありはしないのだ!
そうやって、雨と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、一人嵐の如く叫び続けて。
みっともなく地に這いつくばりながら、私は唯泣き続けていた。 - 25二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 10:42:14
あの夜から、また日が過ぎて。
一人になったベッドの上で、きみの手袋を握り締めて。きみとの記憶を必死に辿りながら、私は一人無意味に性を吐き出している。
「…ふぅぅっ…あ……は……っ……レイア……ッ、れいあ…なんでっ、どうしてっ……」
ぐちゅぐちゅと淫らな水音が響く。そこにあるはずの快楽は、次第に無力感へと置換されて、部屋を満たしてゆく。
「すぅぅぅっ……はぁ、っ……れい、あっ……なんでっ、おいていったの……」
違う。きみは、嘘をつきたかった訳じゃ無いだろうに。そんな事は分かっているのに、私はどうしても、そう言わずには居られないのだ。
手袋の中に残る、きみの香りを体内に取り込む。きみとの美しい日々がより強く思い出され、今の惨めな私との残酷な色彩を描く。
どうしてきみは、私を置いて先に行ってしまったんだろうか。どうして私は、もっと速くきみへの愛を伝えなかったのか。
逡巡する後悔は、決して意味を為す事はない。
「……っ、あ____ッ……!」
快楽と哀絶が混ざり合い、私は果てる。それと時を同じく、浮かびかけていたきみの姿が、いつものように急激にしぼんで消えていってしまうのだ。無駄だと分かっていても、私はそれに手を伸ばさずにはいられないのだ。
「………ぅ、うぅぅ……っ、ぐすっ………」
きっと明日も、明後日も、私はこうなのだろう。きみの残滓を追い掛けて、正しくない欲望に溺れて、最後には絶望に濡れながら、涙を流すのだろう。
もうきみのいない、この屋敷の中で。 - 26125/10/12(日) 10:43:12
以上です。
ヒロレイ死別モノが大好きなので書きました
この前レイア視点は書いたので、残されたヒロちゃん側からどうなるか?というものを描きたく… - 27二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 11:10:04
ヒロちゃんの悲しみの絶叫は健康にいい…
- 28二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 11:29:13
- 29二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 11:42:46
またまた神のような小説を…ありがとうございます…
- 30二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 12:41:13
本編かな…
- 31125/10/12(日) 12:57:53
- 32二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 14:15:55
ヒロレイは二次創作供給が少ないからこういうの本当に助かる......ありがとう......
カプじゃなくてもヒロレイの供給を求めるぐらいには飢えてた。本当にありがとう - 33125/10/12(日) 14:46:17
ありがとうございます!!レイヒロレイ村盛り上げていきましょ……!
- 34二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 15:28:58
ヒロレイヒロはもっと広まるべき
応援してます - 35125/10/12(日) 17:36:40
ありがとうございます…励みになります……!!!
- 36二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 20:23:26
やっぱ覇権のポテンシャルあるよこのカプ…