オリss書いてく14

  • 1二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 18:59:04

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  • 2二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:00:49

    1レス目に他のURLを貼ると重くなるからやるなら2レス目以降にしなよ

  • 3二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:02:13

    【第十九話】夏祭り、思ひ出の日

  • 4二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:03:23

    ある日の夏休みの燕は、部屋に寝転がったままスマホの画面をぼんやり見ていた。

    
夏季休暇に入ったというのに、特に予定もないまま一日が過ぎていく。

    そんな中で、ふと目に入ったのがSNSに流れてきた“夏祭り開催”の文字だった。

    「………ああ、もうそんな時期なんだ。」

    去年は碧と一緒に行った。気づけば毎年そうだった。

    今年も――そう思って、スマホを手に取る。

    
でも誘う理由がない。

    
だから、あくまで“確認”の体を装ってメッセージを送った。

    「今年も行くの? 夏祭り」

    しばらくして、既読がつく。

    「嗚呼。お前同行可能?」

    その一言に心臓がひゅっと跳ねた。

    
 無意識に微笑んでしまって、慌てて表情を引き締める。

  • 5二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:04:14
  • 6二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:04:27

    「別にいいけど。時間と場所は?」

    「魔術科学園大阪校前六時。浴衣着用推奨。」

    ほんのりと胸が温かくなるのを感じながらボクは立ち上がる。
    
浴衣をタンスから引っ張り出して、しわを伸ばす。
    
母に帯を手伝ってもらい、髪も軽くまとめた。

    「………よし。」

    夕焼けに染まる空の下、下駄の音を鳴らして家を出る。
    
駅までの道は、蝉の声と夕風に包まれていた。

    駅前には既に浴衣姿の人たちが集まり始めていて、その中に一人だけ私のことをじっと探している背中があった。

    「………燕。」

    そう呟いた声は、夏の音に紛れて、誰にも届かなかった。

    「燕。お前浴衣適合予想以上。」

    駅前の人混みの中、山陽は軽く手を挙げてこっちに向かって笑いかけた。
    
相変わらずちょっと無愛想で、だけどどこか優しい笑顔。

    「……そっちこそ、意外と似合ってるじゃん。甚平。」

  • 7二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:05:38

    「褒め言葉? 感謝。」

    そう言って、彼は灯里の浴衣をちらりと見た。
    
何か言いかけて、けれど照れたように目をそらす。

    「中々上出来。」

    「なによそれ、素直に褒めればいいのに。」

    口ではそう言いながら、灯里の頬も少し熱くなる。
    
こうして並んで歩くのは何度目だろう。

    でも―――今日は、なんだか違う。

    人混みの中を抜けると、屋台の明かりが視界いっぱいに広がった。

    
たこ焼き、りんご飴、ヨーヨー釣り。

    
夜風に混ざって、香ばしい匂いがふわりと鼻をかすめる。

    夕暮れが夏の空を茜色に染めるころ、駅前の通りは提灯の灯りでふわりと彩られていた。

    
夏祭りのざわめきに混じって、浴衣姿の人々が行き交う。

    「掌握我が手。さもなくば迷子。」

    手を振り返ってくる少年の声に、少女は少しむくれて追いつく。

  • 8二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:06:40

    「子どもじゃないんだから、そんな言い方しないでよ、山陽。」

    燕は浴衣の裾をつまんで足元を見つつ、ぷいと顔を背ける。

    
その様子に燕と山陽は肩をすくめて笑った。

    「俺不安。碧上述、お前迷子去年夏祭り。」

    「うっ、あれはアクシデントで……ていうかなんであの子はすぐバラすの、そういうのだけ!」

    わいわいと賑やかな屋台通りを抜けると、風鈴の音が耳をかすめる。

    
金魚すくい、焼きそば、かき氷。どれもこれも夏の匂いがした。

    「招聘感謝。最近お前所有多忙印象、故に俺所有心配。」

    「………ちょっと、部活とかね。でも、山陽が来るって言ってくれたから」

     照れくさそうに笑う燕の視線を、山陽は一瞬だけ見つめた。

    「射的発見。模し我が所有記憶正確無誤、お前射的得意。否?」

    「あれは奇跡っていうか、偶然っていうか………。」

    二人が足を止めたその射的屋には、どこか妙な空気が漂っていた。

    
屋台の奥には、ギラつく目をしたニワトリの着ぐるみような生き物が、無表情にこちらを見つめていた———。

    「ケケケッ。いいカモが来たぞ〜。」

  • 9二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:07:46

    屋台の横には、手書きで「大当たりで豪華景品!」と書かれたボードが立てかけられている。

    
でも、その“豪華景品”とやらは、どう見ても色褪せたぬいぐるみや謎のフィギュアばかりであった。

    そしてその景品の奥―――屋台のカーテンの隙間から現れたのは、一体の着ぐるみのような中かであった、

    ニワトリの姿をしている………はずなのに何処か不気味な印象を放つ。

    赤いトサカはやたらと大きく、黄色いクチバシも無駄に光沢がある。

    
白いボディは着ぐるみ特有の“ふかふか”感ではなく、ところどころ汚れていて汗じみのような影が見えた。

    
そして何より違和感を覚えたのは―――その目だった。

    大きな黒目が、まばたきもせずこちらをじっと見ている。

    
どこか中に人が入ってるような、でもそうじゃないような………妙に無機質な視線。

    「着ぐるみ?」

    
「着ぐるみ………だよね? いや、むしろあれ“脱げる”のかな?」

    山陽が小声で囁くと、燕も首をかしげながら答えた。

    
そのニワトリは、ギギギ………と不自然に首を傾げて、客寄せらしき声をあげた。

    「しゃーて、だーれが当ててくれるのかナァ~~!? 今日は運ダメシ祭りダヨ~~ン!」

    語尾のテンションこそやけに高いが、その声には感情がこもっておらずまるで録音音声のような抑揚だった。

  • 10二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:08:50

    「………燕、お前所有意思挑戦あの屋台?」

    「えっ、あんなの怪しすぎるって………。ってか、なんか腹立つ顔してない?」

    「だからこそ俺所望暴露正体彼奴。俺先挑戦。」

    山陽は苦笑しながら、手元の千円札を財布から取り出した。

    
ニワトリ………いや、“インチキン”と書かれた名札を胸にぶら下げた着ぐるみが、ぬるっと手を伸ばして金を受け取る。

    「アーリガトウゴザイマァース……1ターン3発。ネラッテ、ウッテ、アタリヲ、ネラエェェェ~~~!」

    「ちょっと! ほんとにやるの!?」

    「挑戦有るのみ。其れ獲得真実唯一方法。」

     差し出された木製の銃は、古くて年季が入っていた。

    
 狙う先には、ペットボトルやぬいぐるみ、お菓子の箱が不自然なまでにピクリとも動かず並んでいる。

    「………なんか、おかしくない?」

    「同意。俺推測、あれら風吹けど揺らぐことなし。」

    山陽の眉がわずかにひそめられる。

    その時、インチキンの視線がスッとこちらに向いた。

    
クチバシがカクンと動く。………笑った、ように見えた。

  • 11二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:10:02

    その“射的屋”は、屋台通りの中心で街灯の輝く中に堂々と佇み居を構えていた。

    
にも関わらず周りの賑やかな声とは、別世界のように空気がぬるりと重く広がる。

    近づくと、景品棚に並ぶ品物の違和感に気づく。

    
誰が欲しがるのか分からないような埃っぽいフィギュア、賞味期限ギリギリのお菓子………そして、なぜか「親父ギャグ大全」と書かれた古本まで、雑然と並んでいる。

    「くだらぬセンス、然し俺好み。」

    「でもさ、全然動かないよね。風も通ってるのに。」

    棚の上の品はどれも、ピクリともしていなかった。
    
山陽は無言で目を細めた。

    透視の妖魔法術を使い、景品の謎を暴いているのだ。

    景品は実は裏からL字金具で固定されており、動かないようになっているのだ。

    「隙あり。」

    「ネライ、ウテ、アテテミナ~~~ウフフフフ………。」

    その笑い声は、明らかに“録音”ではない。


    中の誰かが、わざと“録音風”に喋っているような………そんな、背筋のぞくぞくする不気味さがあった。

    だがそんなことは今はどうでもいい、山陽にはインチキンの裏をかくある一つの考えがあったのだ。

  • 12二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:11:03

    「………!!」

    長考の末、弾が発射される。

    それは空を裂くように飛翔し、そして………彼の狙ったリボンのついたクマのぬいぐるみの、ギリギリを掠めて壁に当たった。

    ハズレだ。

    「ザァーンネェーン!! また挑戦し………」

    インチキンが腹正しい声で挑発しながらそう言いかけた、その時。

    バコン!! ガカン!!

    「!?」

    壁に当たった弾が、跳ね返りクマのぬいぐるみを後ろから勢いよく突いた。

    L字金具は前からの衝撃にこそ強いが、背後からの襲撃には非常に脆いのだ。

    撃たれたぬいぐるみはよろけ、よろけてその場から地面に落ちた。

    「ケケーーーッ!! ソンナァーー!!!」

    発狂するインチキン。

    彼が取り乱したのは景品を取られたからではない。

    その裏で景品を支えていた、L字金具が曝け出されてしまったからだ。

  • 13二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:12:04

    「ああっ!!」

    後ろで見守っていた燕が、思わず感嘆の声を上げる。

    それを聞いた群衆の人々が、その場にぞろぞろと集まってきた。

    「何だあれ、あの金具は何だ!?」

    「あれで景品を取られないようにしてたのか!!」

    「あのニワトリ野郎!! やっぱ怪しいと思ってたんだよな、ずっと!!」

    インチキンの悪事は、皆に見事に曝け出されてしまった。

    「ソ、ソンナ、ゴカイダ、ワルイコトナンテマッタクシテナイゾ!!!」

    言い訳と言い逃れも虚しく、誰にも聞く耳を持たれない。

    インチキンは慌てて屋台を片付けると、何処かに逃げ出してしまった。

    きっと何処かの夏祭りの会場に移動するのだろう。

    しかし既に写真を撮られてしまっており、それが破産するのも時間の問題だ。

    悪いことは神様が必ず見ており、結局いつかバレるのだ。

    「何たる無様、悪態見苦し。」

    「ざまぁ〜!! 二度と来なくていいぞー!!」

  • 14二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:13:10

    インチキンの屋台を後にすると、通りは再び普通の夏祭りの喧騒に包まれていた。

    
あの奇妙な時間が夢だったかのように人々は楽しげに笑い、提灯の下を通り過ぎていく。

    二人は駄菓子の箱を手にしながら、境内の奥、小高い丘の上へと歩いた。

    
そこは、地元の人のみぞ知る隠れスポット。

    
祭りの最後に上がる打ち上げ花火を、真正面から見渡せる場所だった。

    風が少し涼しくなってきた。

    
蝉の声も止んで、代わりに草むらの中から虫の音が聞こえる。

    「………なんか、久しぶりにちゃんと騒いだ気がする。」

    「同意。」

    笑いながら、燕はすぐ隣に腰を下ろした。

    
山陽との距離は、肩がかすかに触れるくらい。
    
だが彼は動かなかった。

    その隙間のなさを、当然のように受け入れていた。

    「改め、招来感謝。」

    ぽつりと灯里が言う。

  • 15二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:14:50

    「ん?」

    学園が違うのもあって、最近まともに話せなかったからこうして一緒に過ごせて良かった。今日はいろいろあったけど、燕と一緒だからとても楽しかったーーーそう語る山陽を横目でちらりと見ると、彼は照れくさそうに頬をぽりぽりとかいていた。

    「………お前送信メッセージ、俺、感得歓喜。」

    「えっ?」

    「余計な一言〝どうせ暇〟除き。」

    「う、うるさいな。そういうの察してよ………」

    灯里がむくれると、ちょうどそのとき―――ドンッ!!!

    空に大きな音が響き、夜空に見事な花火が咲いた。
金色の輪がゆっくりと広がり、星空のような無数の火花がこぼれ落ちる。

    二人は言葉を忘れて見上げた。ぱん、ぱん、と次々に咲いていく色とりどりの花火。

    
その光が燕の横顔を優しく照らし、山陽のまなざしも少しだけ柔らかくなる。

    「燕。」

    「?」

    「来年、模しお前所有暇、要望招来俺再び。」

    燕はしばらく黙って、そしてふっと微笑んだ。

    「うん。……どうせ、あんたも暇でしょ?」
    花火がまた空に咲く。二人の言葉は、夜の空気に溶け込んでいった。

  • 16二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:16:07

    【第20話】参上、ヒトリジメジメ〜ン

  • 17二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:17:37

    「おい、マジで行くのかよ。」

    
魔術科学園名古屋校付近のファストフード店にて、ジュースのストローをくわえた光が目を丸くしながらそう呟いた。

    今日は軽音部六人の集まりの日で、会議という体のランチ会を定期的にここで行っているのだ。

    「だって、今日しかないんだもん。事務所の社長にも先輩達の劇を実際に観に行くといいって言われたし、それに………」「『ボク自身が第ファンだから』、だろう?」

    
同じ軽音部の橋立はスマホを見せながら言う。

    画面には『魔法少女ミラクるん☆スペシャルステージ in サンモールホール』の告知ページ。

    ピンクと星の装飾がまぶしい。

    「子供向けって聞いてんだけど………」

    
勢也が少し眉をひそめる。

    
「うん、だから子供に混じってちゃんと座って観るの。マナー守れば問題ないって!」

    
橋立はすでに戦闘態勢だった。目が本気だ。

    「マジかよ………。」

    
光が顔を伏せてため息をつくが、断るほどの気力もない。

    「僕はいいと思うけどね。このショーキャストの演技は、今後のモデル活動にも参考として役立つかもしれない。」

    「正気か?」

  • 18二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:18:38

    結局六人の軽音部員は、やや浮いた空気のままホールへ向かうことになった。

    
橋立の手には事前購入済みのグッズバッグ、上着の間からはリボンとロゴ入りのTシャツが見え隠れしている。

    子供向けアニメを好きなのは、別に悪いことではない。

    
でも、今日のこれが“正解だったか”は……まだ誰にもわからない。

    ホールに入ると、すでに客席は親子連れで埋まっていた。

    ベビーカーを畳む音、膝の上で騒ぐ子ども、ミラクるんの主題歌を鼻歌で歌う母親。

    
その中に、私服の高校生六人は明らかに異物だった。

    「浮いてる………浮いてんぞ、オレら……。」

    
勢也が帽子を深くかぶりながらつぶやく。

    「そもそも大人が来ちゃダメってわけじゃないし。」

    
橋立は堂々と答え、キラキラした瞳でステージを見つめていた。

    最前列に座った子供たちが跳ねるたび、嬉しそうに頷く。

    家路は腕を組んで目を閉じたまま、「どうせ寝るから」と無気力を貫いている。

    開演のブザーが鳴ると、照明が落ち、BGMが流れ出した。

  • 19二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:19:41

    「さあ、みんなー!ミラクるんたちを呼んでみようー!」

    
MCのお姉さんの声に、会場が一気に熱を帯びる。
    そのときだった。

    
客席の中ほどから、ひときわ場違いな声が響いた。

    「くるの!?ミラクるん、ほんとに!?いやぁ〜〜ん♡♡♡」

    ショーが始まると、会場の照明が落ち、子どもたちの歓声が響いた。

    ステージに現れたのは、ピンクのドレスを翻す魔法少女ミラクるんと、その仲間たち。

    キラキラした音楽に合わせて、決めポーズを取る彼女たちに、客席のちびっこたちは目を輝かせている。

    「うわあ、本物だ………!」

    
橋立が嬉しそうに息を呑む。

    彼の隣で、勢也は苦笑しながらも手拍子を合わせ、他四人若干戸惑い気味に座っていた。

    だがその時だった。数列前のブロックから、奇妙な声が響いた。

    「いやぁ〜ん♡ で、出た〜っ!生ミラクる〜ん!」

    
唐突に飛び出した中年男性の高い声に、場の空気が一瞬、凍りつく。

    彼は薄い髪にヨレたアニメTシャツ、肩にラバーストラップをジャラジャラと吊り下げていた。

    無理やり通路側に立ち上がり、両手でペンライトを振り回しながら。

  • 20二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:20:42

    「うおぉぉ〜〜!!」と唸るように叫ぶ。

    「うわ………なんか、あの人様子おかしくない?」
    
望が小声でつぶやき、家路がわずかに眉をひそめる。

    「誰だ、あの愚か者は。」

    「光の親戚か?」

    「んなわけねぇだろ。」

    子ども向けのコンテンツを愛するのは、決して悪いではじゃない。

    だが———それを忘れて、大人が“子どもの世界”に土足で踏み込んだ時に何が壊れるのか。

    それを、彼はまるで理解していないようだった。

    「やっぱ、生ミラクるん最高だよね!パンツ見えそ〜! うひょ〜♡」

    客席がざわついた。近くの保護者が子どもを引き寄せ、スタッフらしき人が無線機に手を伸ばす。

    「あれ、やばくね? 普通に警察呼ばれるやつだろ………」

    
勢也が小声でつぶやくと、橋立は顔をしかめて視線をそらした。

    ヒトリジメジメ〜ンと名乗ったわけではないが、彼の存在感はすでに“魔物”のそれだった。

    
無理やり空いた隣の席に荷物を置き、子供が使っていたペンライトを「貸して♡」と言って奪い取る。

  • 21二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:21:46

    誰も笑わない。

    子供も、大人も、言葉を失っている。

    
そして彼だけが、ひとり興奮し、叫び、はしゃいでいた。

    
まるでそのことに気づかないまま、ヒトリジメジメ〜ンは――ステージに向かって、足を踏み出した。

    ちょっと、そこ―――。」
「見えない………。」

    小さな子どもの声が漏れる。

    
ヒトリジメジメ〜ンは気にも留めず、空いていた隣の席に荷物をぶちまけ、さらに前方の通路へとずるずる体を滑り込ませた。

    スタッフが止めに入ろうとしたが、彼は笑顔のまま手を振る。

    「大丈夫でーす!ちゃんと観てまーす!感謝しかないでーす☆」

    そのくせ、演者がスカートで回転するたび、満面の笑みで「いやぁ〜ん♡ もうっ、見えちゃう見えちゃう〜♡」と奇声を上げる。

    
子どもたちが怯えて母親にしがみつく中、フラッシュの光が会場に何度も走った。

    
彼は客席から、フルオートのシャッター音を響かせながら写真を撮りまくっていた。

    「撮影は禁止されていないが、あれはいくら何でも撮りすぎではないか?」

    
家路が呆れ気味に言う。

  • 22二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:23:00

    「これ、警備呼んだほうがいいレベルじゃ………。」

    
新がそっと立ち上がろうとした、その時。

    「いくぞいくぞ〜〜………ミラクるんビィーム、か・ら・のっ、おぱんちゅターイム!!」

    ―――あまりに無邪気な声で、すべての空気が一瞬止まった。

    ステージでは、ミラクるんとその仲間達が悪の怪人「ワシノモノ男爵」と対決中だった。

    演技は本格的で、子どもたちは一心にステージを見つめている。

    
だが、その集中はことごとく―――一人の男によって、引き裂かれていた。

    「うおおっ、すっげぇ!この角度!ナマ足ごちそーさまでぇすッ♡」「いけっー!! それーっ!! 怪人ワシノモノ男爵をやっつけろ!!」

    (怪人は君の方だと思われるが………。)

    (だな。つかあんなのによく性的興奮できるなマジで………。)

    ヒトリジメジメ〜ンは、身を乗り出してしゃがみ込み、舞台の高さと照明の角度を利用し“狙った構図”を探しているようだった。

    
その手には大型の一眼レフ。パシャ、パシャ、と絶え間なくシャッター音が響く。

    「なんで持ち込みOKになってんだよ、あれ………。」

    
勢也が思わず頭を抱える。

    フラッシュの閃光が、演者たちの顔を何度も照らす。ステージ上のミラクるんが一瞬まぶしそうに目を細めたのが、橋立の目にもはっきり見えた。

  • 23二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:25:45

    「やめてください!」

    
とうとう客席の母親のひとりが立ち上がり、声を上げる。

    「撮りすぎですよ! 他のお客さんの迷惑です!」

    「お前はボクちんの言うことを否定するのかえー?」

    
ヒトリジメジメ〜ンは首を傾げてにやにや笑った。

    
「違わない。ボクちんは何も間違えない。全ての決定権はボクちんにあり、ボクちんが正しいと言ったことが正しいのねん! 撮影をやめて欲しければ首を垂れてつくばえ! 何故ボクちんがお前の指図で撮影をやめねばならんのだ、甚だ図々しい身の程を弁えろだえー!!」

    (うわぁ………。)

    まるで自分が“正しいファン”であるかのように。

    
その姿は、熱意を盾にマナーを踏み越える、“大人の醜さ”そのものだった。

    「ほらほらほら〜、こっからがクライマックスでしょぉ〜?ここ、撮らなきゃダメでしょぉ〜♡」

    ヒトリジメジメ〜ンは、にやけながら通路をずるずる前進していった。

    スタッフが止めようとするが、「大丈夫っスよ〜、俺スタッフじゃないっスけど、ミラクるん大好きなんで〜♡」とヘラヘラかわし、ついには舞台袖の階段に足をかける。

    「まさか、あの人………っ。」

    
橋立が思わず息を呑む。

    「うっそだろ………本気で上がるのか?」

  • 24二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:28:32

    勢也達が声をひそめるが、すでに手遅れだった。

    彼は、ステージに足を踏み入れた。

    
舞台の中央で戦闘ポーズを取っているミラクるんの背後に―――大人の男が、満面の笑みで立っていた。

    観客席の空気が一瞬で変わる。

    
「誰?」

    「え、あれも演出?」

    「怖い………。」

    
泣き出す子ども。ざわつく親。戸惑うMC。困惑するスタッフ。

    勢也は立ち上がりかけた。けれど、その時―――

    「わわーっ!! あんなところにも怪人が!!」

    ラクるん役のキャストが、ほんの一拍の間を置いて、叫んだ。

    
その声には、一瞬のためらいもなかった。

    「で、出たなワシノモノ男爵の手羽先ヒトリジメジメ〜ン! 子どもたちの笑顔を独り占めしようとするなんて最低よ!」

    手先な、というツッコミはさておき、演者達が咄嗟に動きスタッフも察したのか照明が回り込みSEが鳴る。

    
“ショー”が、再び動き始めた。―――現実を飲み込んだまま。

  • 25二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:29:37

    「みんなーっ、力を貸してーっ!」

    
ミラクるんの声に、ステージ脇から仲間たちが駆け寄る。

    照明がヒトリジメジメ〜ンに当たる。

    「みんなで使う場所を独り占めするなんて、許さない!」

    
「ルールを守れない人には、星に代わってお仕置きよ!!」

    「えっ………なに?え? 演出?マジで?オレ、ついに仲間入り………のねん?」

    
彼はキョロキョロしながらピースを構えた。

    そのとき―――

    「ミラクるん・ビィィィーム☆!」

    眩しい光が彼に直撃。SEが鳴り響く。
    
子どもたちが「やっつけろー!」と声を合わせる。

    「ちょ、まっ、まぶっ………あ、あれ………なんか違くないのねん?ちょっと、違くないのねん………!?」

    顔が真っ赤に。ピースが崩れ、足が震え、缶バッジがカラカラ鳴る。

    「ち、違うのねん……オレは、ただ……ミラクるんが……その、好きで……その、ちょっと……のねん。」

    しどろもどろの言葉は照明と視線にかき消された。

  • 26二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:30:41

    「うぅぅぅぅぅ~~~~、恥ずかしいのねぇぇぇぇぇん!!!!」

    甲高い悲鳴を上げて、彼はステージ袖へ駆け出した。

    
転びながらも逃げる姿に、子どもたちは歓声をあげる。

    舞台はスムーズにエンディングへ。

    ミラクるんがマイクを取り微笑む。

    「夢の世界を守れるのは、みんなの優しい心だよ☆ だからマナーを守って、これからも楽しく応援してねっ!」

    会場が拍手に包まれる中、橋立は静かに涙をぬぐう。

    「やっぱり………ミラクるんは、最高だよ!!」

    隣の新がポツリ。

    「なんだかんだで………プロだね、あの人たち。」

    勢也はうなだれ、望はスマホに「二次元にマナーを守らせるには、まず三次元が守れ」と書いた。

  • 27二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:32:55

    【第二十話】本当の美しさ

  • 28二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:34:11

    夏の暑さが残るある日の、放課後の魔術科学園渋谷校にて。

    日が少し傾き、空いた窓から吹く風が制服の裾をふわりと揺らす。

    僕ーーー雲雀椿樹は、いつものように尻尾を丁寧に整えてから寮室に戻ろうとしていた。

    「毛並みよし、毛艶よし。触り心地もふさふさ。これでこそ完璧ですね。」

    腰から伸びる自慢の尻尾を振ると、柔らかなコーラルと白の毛並みが夕陽を受けてきらめいた。

    完璧に手入れされた毛は一本も乱れておらず、まるで高級絨毯のように滑らかだ。

    
朝は十五分、毛の流れに沿って三種のブラシを使い分け、仕上げに艶出しスプレー。

    多少遅刻してでも、尻尾のメンテナンスは妥協しない。

    「僕達柴犬の獣系魔術使いにとって尻尾は誇りの象徴です。ここを磨いてこそ、一流というものになれるのですから………。」

    「ねぇ、ちょっとお願いがあるんだけど。」

    不意に呼び止められて振り返ると、同級生の伊瑠実が駆け寄ってきた。

    息が少し上がっており、制服の裾には泥のしぶき。

    いつもはきちんとしている彼女にしては珍しい。

    「ど、どうなされましたか?」

    「公園の奥の方で、ブレスレットを落としてしまいましてよ。さっき探しに戻ったけど、ぬかるんでて、一人じゃどうにもできなくて………。」

  • 29二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:35:14

    「公園とは………あの泥沼のある場所でございましょうか?」

    伊瑠実はこくりと頷いた。

    「母から頂いた大切な宝物なの。どうしても見つけたい。お願い、手伝ってくれないかしら?」

    その瞳は真剣で、懇願していた。

    彼は少し言葉に詰まった。確かに伊瑠実とは仲がいい。

    委員会で一緒だったし、気が強そうに見えて意外とノリも合う。

    渋谷校に入学してから初めて親切にしてくれて、最初に仲良くなった存在でもあるし、特にペアを組んで行う授業では何度も助けてくれたことがある―――でも。

    「よりにもよって、あの場所ですか。」

    思わず尻尾に目をやる。

    さっきまでの自画自賛が一転し、不安で心がいっぱいになる。

    (あの場所は先日の雨でぬかるんでいると推測できます。足を踏み入れただけで泥が跳ね、尻尾にかかることでしょう………いえ、それだけでは済みません。尻尾の隙間にまで泥が入り込み、取り除くのが難儀になる。臭いだってきっとついてしまう。)

    その中に、僕の尻尾を? そんなの、そんなの―――

    「………ごめんなさい。それは、承れません。」

    「え?」

  • 30二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:42:29

    伊瑠実の目が一瞬、驚きで大きくなる。

    「あの場所は見たことがあるのですが、泥が凄まじいでしょう。僕の場合はほら、尻尾が………この尻尾がアイデンティティなので、決して失いたくないのです。」

    「………そう、分かったわ。ごめんなさい、変なことを頼んで悪かったわね。」

    伊瑠実はうつむき、すぐに踵を返した。

    細い肩が震えていた気がしても、椿樹はその背中に声をかけられなかった。

    「僕、間違っていませんよね? 人は誰しも譲れないものがあります。況してや獣人にとって尻尾は命で―――」

    でも。

    「泥まみれになってまで探すほどの物、か………」

    呟いたその言葉が自分の中に静かに沈み、そして残された彼の尻尾は、夕陽に照らされながらも何だか先ほどよりも重く揺れていた。

    伊流実の姿が角を曲がって見えなくなった後、椿樹はひとり校門前に立ち尽くしていた。

    
ほんの少しだけ、尻尾の先が風になびいているのが見える―――けれど先ほどの誇らしげな揺れ方とは、どこか違っていた。

    「………どうして僕が、こんなにもやもやしているのでしょうか?」

    言い訳はちゃんとある、尻尾が汚れるのは本当にまずい。

    
泥にまみれても確かに洗えば元通りにはできるが、この立派な尻尾が一瞬たりとも泥に浸かるなど信じられない―――なのに。

    「………情けないなぁ、ほんと。」

  • 31二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:46:21

    後ろから聞こえてきた声に、椿樹はびくりと肩を跳ねさせた。

    「隼お嬢様………。」

    そこにいたのは、高等部一年生の先輩にして椿樹が幼少期から仕えてきた主人で幼馴染………初雁隼であった。

    自分にとって、ただの先輩以上の存在。

    いつも一緒にいて、心から信頼できる気心の知れた仲だ。

    その隼が、今は腕を組んでじっと彼を見つめていた。

    普段はにこやかに微笑んでいるのに、今日はその目に冷たい火を宿している。

    「全部聞いてたよ。断るとこも、モヤモヤしてるとこも」

    「ええと隼お嬢様!? それは誤解でありまして………」

    「誤魔化さなくていい。」

    椿樹は素直に頷いた。今さら言い逃れしても、隼には一切通じない。

    昔からそういう人だ。

    「伊瑠実さん、泣きそうだったよ。あなた、それ見て何とも思わなかったの?」

    「もちろん悪いとは思いました。でも、尻尾が………」

    隼は深くため息をついた。「もうさ、そろそろ気付いたら?」

  • 32二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:54:46

    「何をでしょうか?」

    隼は一歩だけ近づくと、椿樹の尻尾をじっと見た。
    
その視線は羨望でも憧れでもない。

    どこか、寂しそうだった。

    「たしかにあなたの尻尾は、すごく綺麗。艶もあるし、手入れも完璧。後輩達が褒めてるのも聞いたし、正直、私もちょっと羨ましいくらい。あなたの自慢なんでしょ? それは分かる。でも………」

    「はい。」

    「………椿樹。〝美しさ〟って、それだけじゃないと思うよ?」

    「………!?」

    隼の声が少しだけ、優しくなった。

    「美しさにばかりこだわっていると、本当に大切なものを見失う。伊流実さんや、他の子の悲しんでいる顔にも気付けなくなる。例え尻尾がキラキラでも、心がスカスカになる。そんな子は私の傍らに相応しくないし、あなたにはなって欲しくない。泥まみれで汚い子よりずっとね。」

    その言葉が椿樹の胸に静かに沈んだ。

    彼は何も言い返せなかった。

    
今まで尻尾を磨くことにばかり集中し本腰を入れていた自分。

    
その裏で、誰かの“助けて”をどれだけ聞き逃してきたのだろう。

  • 33二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:55:49

    「………僕は、間違っていたのでしょうか?」

    「ううん、間違ってたっていうか………“ズレてた”かな。」

    隼は笑って、軽く椿樹の頭をこつんと叩いた。

    「でも、まだやり直せるでしょ? 尻尾が汚れても、洗えばまたキレイになるんだから。今日は問題解決部には来なくてもいいわ、狛と煌輝には事情を話しとく。」

    「………そうですね。」

    椿樹はうつむき、そっと尻尾に手をやった。

    いつものような誇らしさは、そこになかった。

    代わりに感じたのは―――少しだけ、勇気。

    「美しいって言葉は、外見に対してのみ使うものじゃない。」

    隼のその一言が、椿樹の胸に深く突き刺さった。

    美しい毛並み。

    完璧な尻尾。

    誰にも負けない自信―――それにこだわるあまり、困っている友達を見捨ててしまった。

    (それって、本当に美しいのでしょうか?)

    「……うぅっ!」

  • 34二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 19:56:49

    思わず叫んで駆け出していた。
    
尻尾が風で乱れるのも気にせず、制服の裾がめくれるのも構わず椿樹は伊瑠実を追って走った。

    頭の中には、彼女が悲しそうに背を向けたあの瞬間がずっと焼き付いていた。

    ようやく、公園の入口にたどり着いたとき、向こうで伊流実がぬかるみに足を取られながらも、ブレスレットを探していた。

    「伊瑠実殿!!」

    その声に、伊流実が振り返る。
    
驚いた顔。

    泥に汚れた両手。

    濡れた落ち葉が制服の裾にくっついている。

    「椿樹? どうして………?」

    「申し訳ございません!!」

    椿樹はその場で深く頭を下げた。

    尻尾が泥に当たり、その先端が黒く染まる。
    
だけど今はそれすら気にならなかった。

    「先ほどは………尻尾が汚れるだとか、勝手なわがままばかり言って申し訳ありませんでした。僕は格好にばかりこだわり、その結果本当に大切なものを見失っていたのです。」

  • 35二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:03:27

    伊瑠実が目を丸くしたまま、ぽかんと口を開けている。

    「なので一緒に探させて下さい。ブレスレット、必ず見つけましょう。」

    「………うん。ありがとう」

    伊瑠実が笑った。

    少しだけ涙が浮かんでいたけど、それはもう悲しみじゃなかった。

    ぬかるみに足を踏み入れた瞬間、椿樹の全身に冷たい泥が跳ねた。

    
制服のズボンの裾が濡れ、靴の中まで泥水がしみる。

    
一歩進むたびに、ぐじゅっ、といやな音がする。

    そして尻尾も………ずぶりと泥沼に浸かった。

    (くっ………本当に最悪。)

    伊瑠実の前では努めて明るく振る舞うも、内心では小さな悲鳴が上がっていた。

    
朝に三本のブラシを使い分けて整えた毛並みが一瞬で台無し。

    
汚れだけじゃない、泥の粒が毛の奥にまで入り込むこの感じ………思わず目を背けたくなる。

    それでも、彼は足を止めなかった。

    椿樹が黙ったまま、ぬかるみにしゃがみ込んでブレスレットを探している。

  • 36二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:04:27

    その背中に寄り添うように、伊瑠実も泥の中に手を突っ込んだ。

    「無礼をお許し下さいませ、伊瑠実殿。僕は自分の尻尾のことばかり考えていました。」

    「ううん。私の方こそ、無理なお願いして申し訳なくってよ。貴方が尻尾を大事にしているの、私は知っていたというのにね。」

    「構いません。しかし、今だから言えますが………」

    椿樹は泥まみれの尻尾を横目で見ながら、小さく息を吐いた。

    「僕は身体があまり強くありません。素の体型も小さくて女子のように細く、加えて幼少期は病弱だった故に激しい運動を禁じられており鍛えることもできませんでした。体育の授業でも情けない姿を晒し、成績も当然平均以下。かと言って座学が得意というわけでもなく、勉強しても結果が出ずに皆様から置いていかれる気がして………」

    「………。」

    「ですがある日主人である隼お嬢様に、僕の尻尾を褒めて頂きました。とても美しい毛並みだと。それから尻尾の手入れに時間をかけるようになったのです。毎日ブラシをかけて、栄養バランスも考えて、保湿も考慮して………僕の中ではそれが唯一“自分を肯定できる部分”でした。」

    「………うん。」

    「だから、汚したくなかった。ただそれだけです。でも―――」

    椿樹は伊瑠実をまっすぐ見た。

    泥で濁った水面越しに、彼女の目と視線がぶつかる。

    「―――でも、それは伊瑠実殿のブレスレットと同じなのですよね。きっと。自身にとってすごく大事で、無くしたら自身まで見失いそうになるような………。」

    伊瑠実は何も言わなかった。

    けれど、その瞳にわずかに浮かんだ涙がどんな言葉より雄弁だった。

  • 37二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:05:29

    「………ええ、そうなの。」

    泥にまみれた手をぎゅっと握る伊瑠実。

    「私が今探しているブレスレットは、幼少期に母が作ってくれたものなの。あなたと同じでずっと体が弱かったから、入退院のたびに枕元に置いてくれて………私にとって“お守り”のようなものだった。」

    「左様ですか。」

    「勉強も運動も、ズバズバ物を言ってしまう性格のせいで人付き合いも上手くできなくても、これだけは“私のもの”って言える気がして。貴方の尻尾と同じよ。」

    二人の間に広がる泥水と、沈黙はもう重くなかった。

    
そこには共感と理解があり、“誰かにとっての大切なもの”がの重みを互いに思い知ったからだ。

    「ならば必ず見つけましょう。伊瑠実殿の、“誇り”を。」

    「ええ。一緒に見つけたい………いや、見つけるわ。私たちの“誇り”をね。」

    夕日がだんだんと赤みを増し、公園の木々が長い影を落とす。

    
泥の中に手を入れ、ぬるぬるとした感触に顔をしかめながらも、二人は何度も泥を掘り返した。

    ブレスレットはまだ見つからないが、椿樹の中には不思議な感情―――誰かの大切を守る為なら、自分の誇りを汚してもいいと思えるような何かが芽生えていた。

    椿樹の尻尾は泥だらけ。

    
毛の一本一本が泥水を含み、すっかり重たくなっていた。

    けれどーーー今までで一番と言っていいほど、誇らしげに揺れていた。

  • 38二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:06:29

    泥の感触に慣れてきたころ、伊流実がぴたりと動きを止めた。

    「………あれ?」

    泥水の中から、彼女の指先が何かをつまみ上げる。

    「どうかなされましたか、伊瑠実殿?」

    「椿樹、これ………!」

    椿樹も思わず顔を近づける。
    
泥でほとんど見えないけれど、よく見ると、金色のチャームが光っていた。

    「ブレスレット………! ほんとに、見つけた!」

    伊瑠実の目に涙が浮かぶ。泥だらけの手で、それを大事そうに握りしめた。

    「よかった………っ。あった………!」

    「あぁ………本当によかった………!」

    椿樹もその場にへたり込み、泥の上に座り込んだ。
    
全身泥まみれ、制服はシミだらけ。
    
なにより、誇り高き自慢の尻尾は―――ドロッドロ。

    もはや形状が確認できないほど、茶色く、重たく、ぬるぬるで、ぐったりしていた。

  • 39二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:07:31

    (あ………うわ………これ………。)

    ちらりと自分の尻尾に目をやり、少しだけ驚愕で震える椿樹。

    (………どうしよう。毛の中に泥が入り込んでいるし、乾いたら絶対に固まりそう………。)

    だが、それでも―――胸の奥は、妙に軽かった。

    「………ねぇ、椿樹。」

    伊瑠実がにこっと笑って言う。

    「一緒に探してくれてありがとう。貴方が泥まみれになってくれて………嬉しかった。」

    ハルはちょっとだけ目をそらして、照れくさそうに鼻をこする。

    「べ、別に………僕はたまたま、そこにブレスレットがありそうでしたからというだけで………。」

    「うんうん。分かってるよ。」

    「………ふふっ。」

    ふたりの笑い声が、夕暮れの公園に優しく響いた。

    そこへ、のっそりとやってきたのは隼。
    
手にはタオルとペットボトルの水を抱えている。

    「はいはい、お疲れさまー。はいタオル。あと水。とりあえず応急処置ね。」

  • 40二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:08:32

    「あっ、本当に助かります………」

    椿樹はタオルを受け取り、泥を少し拭おうとしたが―――そのとき。

    「………ッ………やはり無理です!!!!!!」突然叫んだ。

    「今すぐ! 尻尾! 洗いたい!! 洗わなければダメ!!! これを一晩放置したら死ぬ!! 死んでしまいます!!!」

    隼と椿樹が、ぽかんとしたあとに同時に吹き出した。

    「………うわ、戻ってきた。いつもの椿樹だ。」

    「ねえ、隼先輩………この子、本当にさっきかっこいいこと言ってましたよね?」

    「言ってたわねぇ………“汚れても守りたい”とかなんとか、ねぇ………?」

    ふたりの呆れ顔に、椿樹はタオルを頭にかぶって叫ぶ。

    「それはそうですけど!! それとこれとは別だから!! 洗わせて!! 今すぐ!!!」

    隼がくすくす笑いながら立ち上がる。

    「じゃ、私の家に来る? 今回のお礼にバスルームを貸してあげる。隼先輩もご一緒にどうです?」

    「左様ですか?」

    「もちろん。尻尾用シャンプーも置いてあるし」

    「感謝します!!」

  • 41二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 20:09:32

    そのとき―――椿樹の泥だらけの尻尾が、びしょびしょと水音を立てて左右に振られた。

    
ぐちゃぐちゃで汚くて、それでも誇り高く輝いていた。

    夕陽はすっかり赤く染まり、皆の笑い声が公園を包む。

    きっと椿樹は、また尻尾の毛並みにこだわるだろう。

    
でも、もうそれだけじゃない。

    
誰かの“誇り”にも気付けるようになった自分がいる。

    そして今日の尻尾は、間違いなく生涯で一番“誇らしい汚れ方”だった。

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