Re:見つけましたよ、杏山カズサ 8

  • 11825/10/31(金) 07:50:46

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 21825/10/31(金) 07:55:14
  • 31825/10/31(金) 08:05:42

    -登場人物-
    ■栗村アイリ SUGAR RUSH 30才
     バンド活動を提案した元凶。妖怪キーボード。
     シンセベースでよくない? と各方面に言われたことがあるけれど、既存のもので「カズサの代わり」を作りたくなかった。あくまで独立した「特別なもの」としたかった。それはそれとしてベース用の改造キーボードは打鍵の強さで強弱表現できるし、スライド表現もできるし、ミュート奏法もできるし、スラップ再現もできる盛り盛り機材が出来上がった。ミレニアム製。

    ■伊原木ヨシミ SUGAR RUSH 31才
     バンドの方向性を変えた元凶。アナログオカルトギター女。
     最初は謝肉祭で使ったマルチエフェクターを使用していたが、カヨコに「買ったけど使ってないから」と言って渡されたいくつかのコンパクトエフェクターで沼にハマる。直後、シューゲイズを紹介されバカハマり。もちろん、計画通りと裏でほくそ笑む人がいた。肩こり解消にヨガに通ったら「肩こりが治る壺」を買わされたことがある。

    ■柚鳥ナツ SUGAR RUSH 30才
     バンドをテロリストに変貌させた元凶。要塞ドラマー。
     ジャグ的に桶やバケツ、鍋やフライパンなどもじつは装備されている。けどライブごとに持っていくの忘れるし、ぜんぶ把握していないため毎回違う音が鳴る。本当にフルで組んだ場合、スティック動かすたびにどこかにぶつかって音がなる。いちばん上のシンバルは下から叩かないと届かない。シルエットをキメるための飾り。

    ■杏山カズサ SUGAR RUSH 16才
     ボーカル。15年消えていました。
     突貫とはいえ自分なりの基礎を構築できてきた。1日3回、聞きかじりの付け焼刃で”お湯のはちみつ割”をがぶのみしている。一番好きなのはやっぱりハード系。ゲリラライブ用の楽曲とステージ用の楽曲があることにうすうす気づき始めた。前髪が少し伸びて目に入るのがうっとおしい。

  • 41825/10/31(金) 08:16:01

    -登場人物-
    ■宇沢レイサ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 31才 
     ラストライブ計画の最重要人物。リズムギターとコーラス(サポート)。
     スズミと聞いていた曲が”懐かしのヒット曲”特集で紹介されるたびに嬉しくなるも、同時に年を感じて胸が重くなる。現役の自警団が正式に部として認められたとき、初代メンバーとしてご挨拶を! とお願いされたけど、花を贈るだけにとどめた。魔法少女? さすがにもう。あはは……。コスチュームとグッズはまだ、捨てられない。 

    ■エリナ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 23才
     トリニティ支部正規職員。レイサの子飼い。
     ラストライブの広報担当。トリニティの支援を受けているが、あくまで独立自治区を宣言しているアリウス出身。神学を修めるためにトリニティのシスターフッドに部活動のみ参加。必要なら感情的にもなれるし、涙だって流せる演技上手。それはそれとして友だちがいない3年間だった。面倒を見てくれたシスターフッドの先輩は、現在ノノミが経営する孤児院の責任者。ときどき仕事を手伝いに行く。

  • 51825/10/31(金) 08:23:41

    -登場人物- 
    ■和泉元エイミ S.C.H.A.L.Eミレニアム支部 31才
     レイサ経由でSUGAR RUSHに無茶振りされるドラえもん。
     アイリの改造キーボードの開発者。楽器作りは初めてで難航していたが、ある日唐突にやってきた人が宿と食事を条件に監修・機材紹介をしてくれ、要望以上のものを作ることができた。完成前夜、連絡先も置かず去ってしまったその人とは以降つながりはないし探してもいない。名乗られた”椎名”も本名か偽名かわからないので「手伝ってくれた人がいた」ぐらいしかアイリ達には言っていない。

    ■小鳥遊ホシノ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
     S.C.H.A.L.Eアビドス支部長。
     最近は激しい曲や、きらきらした恋愛ソングが全部同じに聞こえるようになってきた。ちょっと昔に流行った曲を聴くと胸が締め付けられる。これが年を取ることかぁ、と黄昏るも、年を取ることができなかった先輩のためにこの世界の”いろいろ”をちゃんと見て憶えていたい。でも無理はしてない。そういう生き方もいいよね、程度。

    ■十六夜ノノミ カイザーコーポレーション 32才
     S.C.H.A.L.Eアビドス支部の非常勤職員。カイザーコーポレーション取締役。
     財務担当。おかげでアビドスの財源は安泰域。どころか最盛期のマンモス校時代の勢いに突入している。カイザーの方針としてリゾート地区の開発に注力中。試金石としてオープンした、廃墟エリアを逆手に取った「崩壊都市キャンプ場」が大当たりしたため、キヴォトス各地の廃墟エリアを買い上げ、さまざまなコンセプトのサバイバルキャンプビジネスを構想中。

    ■砂狼シロコ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
     S.C.H.A.L.Eアビドス支部警ら担当。
     といいつつもアビドス高校にも治安維持部隊があるのでそこまで仕事はない。百鬼夜行とヘルメット団との折衝がメイン。シロコ*テラーと同じぐらいまで髪を伸ばしたら周りからそれとなく『そういう嫌がらせはダメだよ』と言われたけど、区別をしないで欲しいと言ったテラーの言う通り、区別されないためにシロコなりに考えたこと。アイツが”あっちの世界のシロコ”を辞めたのだから、自分もこっちの世界の”砂狼シロコ”を辞めてあげるという理屈。なんだかんだ仲はいい。

  • 61825/10/31(金) 08:27:13

    -登場人物-
    ■シロコ*テラー S.C.H.A.L.Eアビドス支部 33才
     S.C.H.A.L.Eアビドス支部警ら砂漠エリア担当。シロコは街中メイン。
     髪の一件には気付いている。泣いてしまったほどうれしかったけど、正直そろそろ短くしたいと思ってる。”自分ってこんな雑だったっけ”と傷んでるシロコの髪を見るたびいつ言おうか悩んでいる。だから事故に見せかけて火をつけようと画策中。自分の世界の廃校対策委員会の命日にはシロコと一緒に砂漠にお花を供えに行く。

    ■黒見セリカ 柴関 31才
     柴関を引き継いだ直後は常連に「味が変わった」と言われ続け、メニューを食べまくり、記憶と実際を擦り合わせていたら2ヶ月で30キロ太った。脅迫的に一日10杯食べることも。過食症気味になってしまったある日、大将が一ヵ月も毎日食べに来て「俺より美味ぇじゃねえか」と常連たちを睨み続けたところ、文句を言う客はいなくなり暴食は落ち着いた。それはそれとして食べるのは好き。

    ■奥空アカネ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 31才
     コンタクトにしたら砂が目に入って地獄を見たので、アビドスに居る限りメガネから逃れられない人生を悲嘆している。みんなに頼られると言えば聞こえがいいけど結局面倒を後輩に押し付けてるだけじゃんと、アビドス支部の中で一番酒量が多い。週末の閉店間際に柴関に行くと泣きながらセリカにクダ巻いてるアヤネが見られる。でも誰もアヤネレベルの仕事ができないから詰んでる。

  • 71825/10/31(金) 08:37:15

    -登場人物-
    ■先生 S.C.H.A.L.E連邦捜査部 40代中ごろ
     思い出に”タイトル”を付けてしまうのがイヤで仕方ない。生徒の得意不得意を数値化してしまうのがイヤで仕方ない。初めて会った生徒をどの生徒と組み合わせて戦闘するか考えてしまうのがイヤで仕方ない。「仲良くなって”思い出”作らなきゃ」と義務感に駆られるのがイヤで仕方ない。カズサのことを心配していたし、レイサやSUGAR RUSHを応援していたし見つかったときは心の底から嬉しかったけれど。もう、怖い。これに”タイトル”を付けてしまうだろう、未来の自分が。

    ■狐坂ワカモ S.C.H.A.L.E連邦捜査部 34才
     結局3年留年した。卒業する条件にしたことは、先生から離れる=二度と会えなくなるものだと思い込んでいる。自分をずっとそばに置いてくれているのだからそばに居てもいいというコミュニケーション不全。仕事終わりには一緒に飲みに行くし、休日にも一緒に出掛けたりする。護衛ではなく。話すのはほぼ業務的なものになってしまうけど、その時間が大好き。その時のレシートをファイルにまとめて眺める時間も好き。
     
    ■栗浜アケミ キヴォトス乙女連合 34才
     乙女連合を立ち上げたと同時に、スケバンのための自治区を作ろうと、それまでぼんやりした想いだったものを形にし始めた。レイサに頼まれ、カズサ捜索のために組織したはずがいつのまにかそっちがメインにすり替わっていったことを、幼馴染の副総裁だけがわかっている。

    ■タミコ キヴォトス乙女連合 16才
     裏切ったとしてもアケミのことを姐さんと呼び続けようと決めている。世話になったことは実際だし、SUGAR RUSHと関われたのも、自分にこういう選択が訪れる機会を与えてくれたのも、全部アケミのおかげだっていうことは理解している。それはそれとして、いまの傷だらけの体でみんなにちやほやされるのがちょっと嬉しい。主役になった気分。大人の会話の時に置いてかれてるのはちょっとむっとしている。

  • 81825/10/31(金) 08:38:44

    -登場人物-
    ■陸八魔アル 便利屋68 31才
     社長。酒が弱いのを必死に隠しているが、全同世代にはバレている。『ボロが出るからあんまり喋らないで』とカヨコに言われて以降、自分以外の誰かが場にいるときはあまり口を開かないようにしている。おかげで威圧感があると思われ、もろもろがうまくいくようになった。本人はまんざらでもない。内心ドヤってる。『ハルカちゃんにすら舌戦で劣るって言われてるんだよー』とムツキに笑われたときは、酔いつぶれていた。
    ■鬼方カヨコ 便利屋68 33才
     課長。アルが望むアウトローの現場に、アルの性格は絶望的にミスマッチだと判断したから”喋るな”と言った。だいたいの黒い部分はカヨコとムツキが片付けている。『影で支える便利屋68を陰で支える』二重構造が楽しい。STANCE RUSHの初にして唯一の限定配布CD-Rを買えなかったことが地味にコンプレックス。本人たちからもらうのは違うと必死に自分を説得するも、オークションサイトではプレ値がついてとんでもないことになっているので悲しい目をしている。出品者はSTANCE RUSHのメンバーだと言うことは知らない。
    ■浅黄ムツキ 便利屋68 32才
     室長。ハルカと共にゲヘナ退学組。音楽にはそんなに興味がない。けど、流行り曲はSNSをひたすら漁ってリサーチ済み。これに付いていけなくなったらいよいよ終わりだと思っている。若くいることが全てではないと理解しつつ、それでも抗うこともまた”きらきら”の一つだと思っている。ちなみに20代はエナドリとお酒をぶち込みながら必死に仕事をしていた。それもいい思い出。クラウドストレージは最大で契約している。写真や動画がたくさんあるから。
    ■伊草ハルカ 便利屋68 31才
     平社員。ムツキと共にゲヘナ退学組。夢中を歩み続ける現実が自分の人生だと、20の誕生日に飲み下してからちょっと自信を持てた。毎年貰っている誕生日プレゼントの包装はレジンで固めて暗所で保存している。雑草趣味はもうないけど、その代わり誰かをお世話したい欲がものすごい。アルに貰った給料でアルたちに料理を振る舞うのが趣味。給料はすべて便利屋メンバーへの奉仕に消える。でもそれ以上のお返しが返ってきていることに微妙に気づいていない。

  • 91825/10/31(金) 08:40:19

    -登場人物-
    ■ミツル STANCE RUSH 24才
     SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ベース。音楽に興味のない優等生だったけれど、中学の頃にシュガラのゲリラライブに遭い、清楚な長い髪を振り乱し、汗を飛ばして叫ぶアイリに目を奪われ。そして生まれて初めて”音を浴びる”という経験をしてからずっぽり。その日のうちにディグり、”SUGAR RUSHの存在意義”を知り。トリニティにまで行って資料を漁って、”初代SUGAR RUSH”に行きつき、アイリのわけわからん楽器構成の意味を理解して、彼女が目指すベーシストを目指すことに決めた。いつか代わりにベースやらせてくれないかな、なんて思いながら。受験失敗して望みの高校に入れなかったので、バンド一本に突っ走ってるうちに停学→退学。

    ■ツキカ STANCE RUSH 24才
     SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ギター。弾き語り界隈勢。絶望ジャイアン。自分の配信が晒されていることに気付いてビビって音楽ができなくなっていたところ、路上でベースをストロークして歌うミツルを見た。指さされ、笑われながらも毅然と『私は今、音楽しているんです』と言い放ったミツルに、野次をぶちのめし、その場でバンド結成を持ちかける。SUGAR RUSHはミツル経由でファンになっている。ミツルと同じ時期に、いっしょに退学。

    ■コウ STANCE RUSH 23才
     SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ドラム。ナツのカルトファン。ライブで毎回『抱いて捨てて』というボードを持っているのでナツは認知しているし、炎上を思い出して胃が痛くなるので辞めて欲しいと思われている。いわゆる”どもり”で小さい頃から虐められていたが、雑誌で見たナツのわけわからん根拠のない自信に憧れ、河川敷でドラム……ではなくナツの真似事をしていたところ、練習に来たミツルとツキカに見つかり、人生で初めて”友だち”ができる。それもこれもナツのおかげ。『ヴァンデ』はレア曲として好き。実は歌わせたら一番うまい。ミツルと同じ時期に、いっしょに退学。

  • 101825/10/31(金) 08:42:01










    (区切り用)
    (はろうぃーん!)

  • 11二次元好きの匿名さん25/10/31(金) 09:01:34

    昨日のうちに駆け足で読ませていただきました!!!
    めちゃめちゃ引き込まれて絶賛脳焼かれ中です!応援してます!!

  • 121825/10/31(金) 09:17:42

    >>11

    (長いお話なのにそんな一気に……!)

    (ありがとうございます、ありがとうございます!)

    (もう結構終盤なので、どうぞゆったりお付き合いくださいませ!)


    (いままでのスレに過去に書いた微妙に関係あるSSや、TIPS的なSSも散らかしてあったり)

    (支援いただいたりもしているので、そちらも是非!)

  • 13二次元好きの匿名さん25/10/31(金) 16:24:02

    立ておつー

  • 141825/10/31(金) 16:24:46

    >>( https://bbs.animanch.com/board/5693388/?res=189


     私だって浮かれていないわけじゃない。いちども。いちどもだ。トリニティでの3年間……いちどもハロウィン祭に参加者側で回ったことなどないのだから!


     いい。別にいい。それは私が選んだこと。この歴史あるトリニティ総合学園に”正義”を実行した人として記録に残ること。私がこの3年間で積み上げたことは必ず次の世代に受け継がれる。学園トップの白い制服に対を為す黒に憧れ。先輩から引き継ぎ。辛くも楽しく、やりがいのある日々を過ごして。次代へと受け継ぐ。歴史の一部に正義の人として名前を残すのは、まったく名誉なこと。


     それを……それをあの子は……堅物などと!!


     かき分け、泳ぎ。オブジェに躓いて怒鳴られ謝り。オーナメントに肩を当てて揺らして。人かと思って道を避けたら人形で。気付けばもうすっかり見えなくなった後輩に悪態をついた。ああもう、この後1人ですか!? 1人でやれと!? 


     ため息。スマホをいじりながら、人混みから外れて路地に入る。こういうイベント時は自警団と連携を取るのが慣例。むしろこういうときの動き方は自警団の方が身軽。まして毎日の活動で市民との距離感も近い。


     けれど自警団は結束自体がゆるく、多少やりすぎな点もあるし、法的拘束力もないから大きな案件には対応できない。反対にこちらは軽々しく動けないが、1度動き出せば事態を素早く沈静化できる。住み分けは出来てはいる。が、だ。”正義”という絶対値を揺らがす今の在り方は、個人的にはあまり好きではない。だが現状、部下は浮足立って浮き上がってしまい、委員長すらふらふらしている始末。これでは面目が……。


     致し方ない。面子にこだわって問題が放置されるよりはマシだと、自分を必死に納得させる。


     ワンコール。ツーコール。


     とはいえ条件は向こうも同じ。コール音を聞きながら髪を直し、制服を整える。指通りに違和感があってスカートを見て見れば。なんだかべとべとした白い液体が付いていた。匂いを嗅げば……糊?


     最悪だ。路地から細い空を見上げれば。


     電話が繋がった。


    『こちら自警団本部。いかがなされました?』

  • 15二次元好きの匿名さん25/10/31(金) 16:34:52

    このレスは削除されています

  • 16二次元好きの匿名さん25/10/31(金) 23:16:01

    トリニティが先に契約無かったことにしたからしょうがないね

  • 171825/10/31(金) 23:56:52

    「……お疲れさまです。申し訳ありませんがトリニティストリートにパトロール隊の応援を――」

     ぺとぺとべたつく指をくっつけ、離しながら。正面のレンガ壁をなんとなしに見やる。
     
    『応援ですか。承知しました。事件があったわけではないんですよね?』

    「――……」

    『もしもし?』

     正面のレンガ壁を。じいっと見る。1枚の張り紙。すこし横を見る。ほんのちょっと離れたところに、おんなじ張り紙。

     振り返る。

     寄っかかっていた壁に、おんなじ張り紙。足元にもなぜか。おんなじ張り紙。

     まさか。いや、いや、いや。トリニティ総合学園の特定イベント時には活動しないよう、特別静穏協定を結んでいるはず。しかも破られればS.C.H.A.L.Eが代位責任を負うというもの。ゆえに宇沢先生直々にパトロールをし、おかげで協定が破られたことは、今まで1度も――。

     なかった、はずなのに。

    【SUGAR RUSH】
    【10/31 トリニティ総合学園】

     たった3年間で。嫌と言うほど見て来て、撃退してきた、色彩鮮やかなバンドロゴ。手書きでありつつも目を引く告知文字。ただし”なんの”告知かは明言されておらず。雑というよりシンプルに、丁寧にまとめられたフライヤー。

     たったそれだけの情報。情報としては3つ。3つだけ。

    『もしもし? 付近のパトロール隊をそちらに向かわせてる形でよろしいでしょうか?』

    「……すみません、事件です」

  • 18二次元好きの匿名さん25/11/01(土) 00:02:02

    このレスは削除されています

  • 191825/11/01(土) 00:05:51








    (だめですね、慌てて書き直すと)
    (もう勢いで読んでいただいて……)

    (× 「付近のパトロール隊をそちらに向かわせてる形でよろしいでしょうか?」)
    (〇 「付近のパトロール隊をそちらに向かわせる形でよろしいでしょうか?」)

  • 20二次元好きの匿名さん25/11/01(土) 05:52:33

    SUGAR RUSHの面々も、やっと表でも大きく動き出すのか

  • 21二次元好きの匿名さん25/11/01(土) 15:05:21

    堂々と張り紙かぁ……事件だ

  • 221825/11/01(土) 16:23:44

    >>17


     剥がしとる。私が寄っかかっていたせいでぴっちりくっついてしまって、力を入れた部分が音もなく破れる。まだ乾いていない糊。貼られてから時間は経っていない。なんの加工もされていないA4用紙。路地の奥に顔をやれば植木やゴミ箱。室外機に配管。建物の”裏口”が並ぶ路地はそこまで長いものではなく。向こうには向こうの大通りの賑やかさが見えている。


     そこに。雑な間隔で、何十枚も貼ってある、おんなじ張り紙。音符みたいに。べたべた適当に貼っていきました、というのがわかる。雑な。張り紙。


     トリニティは浮かれている。あちこちで作業をする人いる。これを貼る道具を持って歩いていようが。人混みのなかでぺろっと貼ったとしても。私の後輩のようにすぐに見失ってしまう。ほとんどの人は気にも留めない。留めないで、この告知が。


     告知なものか。これは予告だ。


    『事件ですか。承知しました。では早急に付近の人員を――』


    「申し訳ありませんが私はいったん学園に戻ります」


    『はぁ』


     血の気が引いていく。なんで。なんで3年間、いや、もっとそれ以上、先輩たちの代から守られていたことが。


     よりにもよって、私の代で!


     一瞬詰まった自警団の電話番に。私は舌がもつれないよう、気を付けて言う。


    「SUGAR RUSHのライブ予告です。いま、私が居る路地に所せましと張り紙が貼られています」


    『SUGAR RUSHですか? しかしハロウィン祭は……あ!』


     私と同じことを。隙間があるということに気付いたのだろう。


    「協定違反です。考えても見れば、宇沢先生がかろうじて制御されていたSUGAR RUSHは、現在首輪の外れた状態。――これより私は学園に戻り、幹部を招集して対策会議を行います。ティーパーティにも報告せねば。緊急事態です!」

  • 231825/11/01(土) 16:29:33

     指名手配グループの保証人であり監督人であり同級生だった宇沢先生はいま、行方が知れない。大怪我をされたという。どこかの病院で治療を受けつつ身を隠しているのだと。どこにいるか、なぜ身を隠しているかはいま、重要ではない。重要なのは、学園内だけではなく、トリニティ自治区としての催しに、暴動ライブで人々を煽動しながら大暴れするテロリストが、乗り込んで来る予告をしてきていること。他自治区からの参加者も多数。そして、今更。街中が浮足立っているこの直前で。中止にもできない。

     やられた。

     大体的に他自治区にも告知をしているから当日の人出はもっと多い。朝から深夜まで、夜通しトリニティ中がお祭り騒ぎとなる催しに、そんな奴らが乗り込んで来たら。銃や戦車は強力であるけれど、それでも。人の熱意というものは、人の波というものは。ときにすべてを凌駕する。

     塗りつぶされる。計り知れない被害になる。
      
     冬を迎える前の大規模なお祭り。……このイベントを機に3年生は”引退”をしていく。後輩にあとを託し。青春の終わりを実感していく。胸の切なさややるせなさを、3年間の思い出を。すべてを”楽しく”総決算するという、大事なイベントを。

     大事なイベントに!!

     私は。沸き立つ脳みそを歯ぎしりで押さえ、深呼吸し。

     言った。

    「――正義実現委員会副委員長として自警団に、正式に要請します。特別静穏協定違反と見られる事案が発生。街中に貼られた予告ビラを直ちに撤去してください。現場に居合わせた生徒・市民には、混乱防止のため、委員会の名を使い一時的な箝口令を――いえ、愉快犯の仕業だと説明を。以降の方針は委員会が責任をもって整理し、追って通達します」

    『自警団、了解しました! ――えー、こちら自警団本部、こちら自警団本部! 自警団全団員に通達。正義実現委員会から緊急要請を受けました。SUGAR RUSHの協定違反が予想されるとのこと。各団員は……」

    「よろしくお願いします!」

  • 241825/11/01(土) 16:31:47

     電話を切って街中に。人込みに躍り出る。足早に。体を当て擦りながら。人々に謝りながら。作業の邪魔をしながら。私は学園までの道をむりやりこじ開けていく。あちこちの楽し気な声の上から人を呼ぶ。この人混みにまぎれて楽しんでいるであろう後輩と、委員長の名を。ただでさえ揉め事が増えるんだ。余計なことを。余計なことを!

     大事な日なんだ。大事なイベントなんだ。

     ふざけるな。あなた方の勝手な行動で、私たちの大切な日を潰されてたまるか!!

     撃退しなくてはならない。大ごとになる前に。せめて”なんとかなってよかった”と笑える状況にしなくちゃいけない。後輩に。まだ正義を自覚していないあの子に。正義実現委員会の在りようを示さなくては!

     私の血相にまたぞろ事件か、なんて怪訝な顔を向ける人。ちらっと見るだけでまた笑顔でおしゃべりに戻る人。カフェのテラス席でスマホから顔を上げずにいる人。仮装に使う衣装や小物などの買い物に出てきている人。お店の飾り付けを手伝う人。大荷物を地面に置いてへたり込み空を仰いでいる人。どこかの部活の先輩後輩。知っている顔もある。知らない顔もある。私に声を掛けてくれるひとだって。「委員長ならさっきまでそこにいたよー」と教えてくれる人だって。

     私はまた電話を掛ける。S.C.H.A.L.Eのトリニティ支部は燃えてしまって宇沢先生も連絡が通じないとはいえ。支部にはもう一人、正規職員として働いていらっしゃる方がいる。

     ワンコール。出た。

    『はい、S.C.H.A.L.Eです。アイラさんですか? ハロウィンの準備はどうです? 万全ではありませんが、なにか手伝えることがあれば――』

     柔らかい声。溌剌な宇沢先生とはまた違う、安心感を与えてくれる声。シスターフッド時代はかなりやんちゃしていたらしいけど、それもご自身が信じられていた正義のため。トリニティのためにあちこち駆け回ってくれている、私が尊敬している方の1人。

     今が大変な時期なのは重々承知。だからこそ、私たちで解決できることなら、私たちだけでなんとかしたかったけれど。それが、今までお世話になったS.C.H.A.L.Eの方々へ私たちの成長を見せる、発表会の場だと思っていたけど!

     ――面子のためにすべてをご破算にするのは、だめだから。

  • 251825/11/01(土) 16:34:32

    「お忙しいところ失礼します! 先生はまだミレニアムにいらっしゃるのでしょうか?」

    『すみません。ですが、今夜にはトリニティに戻る予定でした。……ただごとではなさそうですが、なにか問題が?』

     私は声を押し殺して言う。なるべく。そこらを歩く人には聞こえないように。口元を隠し。囁くように。

    「SUGAR RUSHのライブ予告です。たった今、張り紙を発見しました。ハロウィン祭当日、学園内でライブ決行すると」

    『なっ――!!』

    「SUGAR RUSHに対し早急に確認をとっていただくようお願いします。宇沢先生は……」

    『すみません。宇沢はまだ……。けれど本当ならばこれは協定違反です。我々S.C.H.A.L.Eの名誉に泥を塗る裏切りに他なりません。こちらからSUGAR RUSHに急ぎコンタクトを取ってみます。愉快犯であればそれが1番――以降の連絡はアイラさん宛で?』

    「はい。正義実現委員会幹部を招集し、今から緊急会議をおこないます。できればご参加いただきたいですが」

    『今夜にはトリニティに戻れます。なんで……宇沢先輩にさんざんお世話になったくせに! これだからあの連中は!!』

    「心中、お察しいたします。どちらにせよティーパーティにも報告しなくてはいけないので、本格的な会議は夜になるかと。大ごとにならないうちに沈静化できれば――」

     私の耳は。右耳にスマホがあって。意識はそっちにある。

     左耳が。市井の声を捉える。”音”としか認識できず。普通は頭には入ってこないけれど。

     ”ねえ! 砂祭り以来じゃない? シュガラのライブ!”

  • 261825/11/01(土) 16:37:43

     振り向く。どこで誰が話していたかなんてわからない。通りすがりに聞こえただけの”シュガラ”という音。

     私は、会話に。逸れた意識を戻す。委員長はこういうとき、いつのまにか後ろから付いてきている。そう言う人だ。呼びかけだけあればいい。私が血相を変えているというのがわかればいい。

    「明日には本格的な対策本部が設置されるでしょう。ともあれ、奴らにことの真相を確認していただけますか。おっしゃる通り愉快犯であれば、本人たちが関与していなければ……最も望ましい!」
     
     蒼白の返事を聞き、心の中で自らの力のなさを実感しながら、電話を切る。

     そうだ。そう。そうであってくれ。人騒がせな愉快犯を捕まえるだけで済んでくれ。

     私は。

     しっかり前を向き直し、人混みを情けなく溺れながら。
     
     必死に泳いだ。

  • 27二次元好きの匿名さん25/11/01(土) 23:56:50

    アイラの不憫がすぎるな

  • 28二次元好きの匿名さん25/11/02(日) 04:54:34

    SUGAR RUSHにとっても重要であるのと同時に、今を生きる生徒たちにとってもかけがえのないイベント事。互いの信念のぶつかり合いだ。

  • 29二次元好きの匿名さん25/11/02(日) 08:48:57

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  • 301825/11/02(日) 08:50:02

     ※

    「――ふぅ」

     きちんと通話が切れているか確認し。ひと息吐いて、ステンレスマグからインスタント・コーヒーを、ひと口。

     あちっ。

     お風呂が解放されると同時にシャワーを浴びに行き、池の生臭い身体をきれいにして着るスウェットはまったく心地が良い。電気ブランケットを膝に掛け、つやつやの日光を浴びて少し肌寒い秋風を受ければ。このまま早めの昼寝と洒落込みたくなる、贅沢な休日ばりの時間。

     ぽうっとスマホの待ち受けを見ていた私に。気さくな声がかかる。

    「最初に正実の副委員長に見つかるとは、いいすべり出しじゃん?」

     灰色のだるだるなスウェット。アウトドアチェアに片膝を立てて大股を開くはしたない恰好。そして、バイザーが開けられたフルフェイスヘルメット。

     あれはあれで暖かそうだな、なんて考えながら、私はぼやけた頭の霧を払い、言った。

    「これで上層部全体に情報が共有されるでしょうね。それから、自警団もたぶん動きます。アイラさんはプライドが高いですが、それを押さえて行動できるいい子なので。警戒お願いしますと――」

    「逃げ足だけは天下一品だから心配すんなって! くくくっ。にしても怖いねえ。ラブさんもそんぐらい口が達者になりゃ、うちらもいい暮らしできるってのに。こんど教えてやってよ。その性根の悪さをさ」
     
     私が睨むと目線をカットするように。被っていたヘルメットのバイザーを下げて、くもぐった声を出しながら。肩を揺らした。

     彼女のスウェットは着古されていて首元がすこしくたっているし、シミもある。私に貸してくれたものは、彼女なりにいいものを貸してくれたのだろう。

     貸し切りのキャンプ場にほとんど人はいない。がらんどうと言っていい。昨晩は30人以上いたのに。今は、数人。

     アルさんからここの人員は自由に使っていいと言われている。大事な作戦の中心を担う方々だから無茶はさせられない。けれど必要なことだから。ヘルメット団の方々には、遠慮なく、動いてもらった。

  • 31二次元好きの匿名さん25/11/02(日) 09:10:37

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  • 321825/11/02(日) 09:12:21

     ミレニアムにいる間に片手間で作ったフライヤーの画像はクラウドにアップロード済み。スマホでダウンロードしてアプリを使えば、キヴォトス中のカイザー・コンビニエンスで印刷できる。糊や刷毛は町中に分けて隠して必要な量を必要な時にだけ。緊急時に手放してもすぐに行動を再開できるように。とにかく身軽に動くことを最優先。

     治安維持を担う子たちとすれ違っても、よほど怪しい動きをしなければ、この時期のトリニティにはむしろとけこんでいるはずだ。大通りに道具が置いてあっても簡単に不審に思われない。電話から聞こえてきた喧騒がなによりの証拠。 

     もう一口。胃がきりきり痛むほどまずいコーヒーをすすりながら「演奏の方は大丈夫ですか?」と声を掛けた。

     キャンプテーブルの上には木製のフルートが1本。それからバインダーに綴じられた楽譜。

    「ん、ああ。経験者なら見りゃ演れる。構成はざっくりしてるけど、必要なパートは揃ってんね。ちびっこ用にはこっちでドレミ振っとくし……。まあ、間に合わせの楽隊じゃあクオリティはクソだろうけどな。それっぽくなってりゃいいんだろ?」

    「ええ。むしろその”クソ”が良いと私は思います。そのほうがより”らしく”なるでしょうし」

    「うははっ! さすがだな、パンク女!」

    「やめてください。――では、ブラッシュアップとパート分け、お願いしますね。ああ、印刷も」

    「あいよ。のんびりやっても十分間に合う。リラは……あるだけでとりあえず回すとして、100均のポップ用クリップでも用意しとくか。隊列どうでもいいなら、最悪誰かに見せてもらえばいいっしょ」

    「そのあたりは詳しくないのでお任せします。私は今晩の会議の答弁を考えなくては。向こうも必死になりますし詰められるのは避けられません。心苦しいったらないですよ……。では、あとはお伝えした通りに」

    「りょーかい。そいじゃ、ん」
     
     突き出された手のひら。私が固まっていると「とりあえず5万でいいや」と。くもぐった声で言われた。

    「……」

     私は。下ろしていた髪を何度か梳き。体をすっぽり包んでくれていたアウトドアチェアから立ち上がる。

     財布と、のちのち宇沢先輩に請求できるよう、領収書を書いてもらうためにテントに戻る。朝露に濡れていた芝生はもう乾いていた。

  • 33二次元好きの匿名さん25/11/02(日) 09:22:14

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  • 341825/11/02(日) 09:25:44







    (この目線は書こうか悩んだ部分です)

    (ていうか書いては消しての繰り返しでごめんなさい)
    (直前の投稿だと「いいや、直しちゃえ☆」の思想が支配するんだ、私を)

  • 35二次元好きの匿名さん25/11/02(日) 16:29:35

    いいじゃんいいじゃん

  • 361825/11/03(月) 00:05:47







    (保守ついで)

    (前スレでヨシミとアイリがジャムをしていたのはRHCPのcalifornicationのオマージュです)
    (RHCPはライブごとに必ず毎回ですが、SUGAR RUSHはゲリラライブで時間取ってらんないので、砂祭りみたいな「確実にゆっくり演奏できるとき」しかジャムできない)
    (ミッドナイトライブで一回だけやったのは、みんな疲れてしゃがんで見てる人が大半で、かつステージも自由に使える時間で、好き勝手遊んでたから)
    (宇沢が間違えたのはカズサの考えといっしょで、休憩時間だと思ってステージ脇にはけて串焼き食べてたら急に曲始まっちゃって、慌ててステージに戻ったら歌詞飛んだ。ライブ映像よく見ると覆面の口元に染みがある)
    (結果、ぶちあがった)

  • 37二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 07:38:25

    余りにもゲリラすぎる笑

  • 381825/11/03(月) 16:56:15



     じゃりじゃりしたハンガーのコンクリート床に多くの足音。固い靴音。装備のがちゃがちゃした音と、重い金属が鳴る音が空間に響く。

     耳障りな残響に眉が寄る。「これ、本当にぜんぶ動かすの?」と、隣で煙草を咥えるホシノに言うと、唇を動かさないくもぐった声が返ってきた。

    「んぅー? ……うん。全部D.U.に持ってくよ」

    「連邦生徒会が動いたならもう強硬姿勢取る必要もないでしょうに。移動させるお金がもったいないじゃない。あんた達だけでも充分暴れられるでしょう?」

    「お金はなんとでもなるんだよね。ご存じのとおり」

    「……あっそ」

     先に出発した吹奏楽経験者とは別に、ヘルメットPMCの本隊もすでに、アビドスを出ている。今頃はミレニアムとトリニティの境目で待機しているはずだ。いちばん激しくやり合う部隊だからと武器も弾薬も大盤振る舞い。その費用はどうするのだろう。レイサが1人で賄いきれるわけもないし、支部に請求もできないだろうし。ノノミはなにか手があるのだろうか。

     ま、私の考えることじゃないわ。
     
     先生からの返答がなかったから宣言通りに軍を集めたと、世間体を示すための姿勢は見せた。あとは動かすだけ。いろんな自治区から脅迫が届いているけれど、沈黙を続ける先生のせいで表立っては動けないのも、アヤネは織り込み済み。

     グレーゾーンで口笛を吹くのは誰か。誰か、ではない。キヴォトス中がグレーゾーンに閉じ込められている。
     
     まだ支部でキーボード叩いてるアヤネと、そこを襲撃しようとするアビドス本校と”殴り合い”をするためにふたりのシロコに台車に乗せられて出て行ったセリカ。タブレットとにらめっこしながらあちこち歩き回るノノミ。

     SUGAR RUSHだってそう。レイサだって。S.C.H.A.L.Eの支部も。カヨコも、ムツキも、ハルカも。アケミも。ヘルメット団も。タミコも、拉致されてきた子も。学校も。社会も。自治区も。

     そして私も。みんながグレーゾーンの中。

  • 39二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 01:49:23

    どこまで善を説こうとも、みんな何かしらはやっちゃってるからね……

  • 40二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 07:34:22
  • 41二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 09:14:15

    嵐の前の静けさ

  • 421825/11/04(火) 14:26:00

    >>38


     火のついていない煙草をぴこぴこ振りながらホシノが髪をほどいて、頭を振る。


    「黒服だけじゃなくてあの子まで出て来ちゃったし。うへへ、初めて名前聞いたな”プラナちゃん”。いい名前だよね」


    「カヨコから聞いてたけど、私は会ったことなかったのよね。シロコと一緒に来たっていう子でしょ?」


    「うん。”もうひとり”の先生の、ね。どこいったんだろって思ってたけど、ずっと一緒にいたんだって知れて、それはよかったかな」


    「シロコは知ってたんじゃない? 会えなかったのが残念ね」

     

    「えへ。朝駆け夜討ちなんて当たり前だからねー。逆にわかりやすいから助かってるけど。……でもまあ、あのシロコちゃんにはその話はあんまり……しない方がいいかなって。本人同士で解決しているみたいだしね」


    「その事情に深く立ち入る気はないわ……それはそれとして。アビドスの子たち、訓練されたゲヘナって言われてるの知ってる? 私が言うのもなんだけどもうちょっと大人しくさせなさいよ。曲がりなりにも観光地なんだから」


    「うちはこれでいいのさ。――ね。煙草吸いに行かない?」


    「はぁ? ……ああ。ここで吸うとノノミに怒られるんだっけ」


     にへ、と複雑そうな顔で笑ったホシノと一緒に。日中でも肌寒く感じるようになった気候でもなお半袖で作業する子や、年季の入ったロボットの人たちの中をすり抜けていき。甘ったるいヤニの匂いがする、狭い狭い喫煙スペースへ移動した。


     100円ライターが擦られて。ふわりと、カヨコとは違うもっと粉っぽい匂いの煙が、唸り続ける換気扇に吸い込まれていく。臭い。正直言っちゃうと、カヨコの煙草もあんまり好きじゃない。やめてくれ、とは言わないけど……。なんでこんなもの吸うのかしら。葉巻の方がかっこいいのに。紙巻ってなんだか貧乏っぽく見えるのよね。


     カヨコが一時期凝っていたハンドロールは好きだったのに。めんどくさいからってやめちゃって。道具揃えたのにもったいない!

  • 431825/11/04(火) 14:29:11

     ぷあっ。

     吐き出されたまっ白な煙も。一瞬で吸われて消える。

     先ほどの空間反響もない静かな。換気扇が唸りつづける静寂で。

     ひと口吸って。ふた口吸って。

     真ん中あたりまで吸ってから。ホシノは言った。

    「お世話になったよね、私たち」

     主語がない。

     けど、わかる。

     わかるから「そうね」と。ぱたぱた手で、臭いを遠ざけながら返した。

     一本吸わせたら出よう。服や髪に匂いがついちゃう。

    「甘えて。助けられて。任せて」

    「ふふっ。あんたは特にね。学生時代、大暴れしてくれちゃって」

    「ひひっ。アルちゃんにももちろんお世話になった。たくさん救われた。頼り切って。まかせっきりにしてきちゃった」

     じじっ。

     換気扇の音よりも断然小さいのに。私の耳は煙草が短くなる音を聞く。

  • 441825/11/04(火) 14:30:39

     私だってそうだもの。たくさん。たくさんお世話になった。

     今の私があるのは。

     私が見るこの世界があるのは先生のおかげと言っても過言じゃない。私だって頑張って来た。けど。後ろに下がり過ぎないように。背中にそっと手を当ててくれていた先生がいたからこそ。私は。私たち便利屋68は、便利屋68でいられてる。

     そんなこと。――改めて思う。

    「当たり前だった。先生が先生でいることが」

    「ええ」

    「――ほんとさあ! 先生らしいよねー!!」

     急な大声に私はとびあがった。肩掛けにしていたカーディガンが、汚い床に落ちる。最悪なんですけど!

     ヤニがこびりついた床から拾い上げ、バサバサ振りながら。文句を叩きつけた。

    「急に大声出さないでよ! ああびっくりした!」

    「バカじゃん! バカじゃん! バーーーーカっ!!」

    「うーるーさーいー! うるさいっ!」

     コンクリートの壁にわんわん反響するホシノの叫び声に耳を塞いだ。蹴っても叩いてもホシノは叫び続ける。たまらなくなって扉を開け、せめて声の逃げ道を作り。それでも叫び続けるホシノの声はハンガーの方までも聞こえてるに違いない。

     小物置きのカウンターに両肘ついて。背中を丸めて叫ぶホシノの背中。振り絞った声なんだろうなってわかる肩の動き。

  • 451825/11/04(火) 14:31:42

     バカ。バーカ。バーーカ。何回も。何回も。何回も何回も叫んで。

     それで。

     息切れもしないで。

     ちょっと枯れた声で。言う。

    「なんで相談してくれなかったのかなあ」

    「そりゃあ」

     大人だから。先生は、大人だったから。

     わかってるよ。ホシノはつぶやく。私は。喫煙室の扉を閉める。

    「私たちだって三十路超えたおばさんだよ? ねえ?」

    「……そうね」

     絞り出した肯定。あんたよりは頑張ってるつもりだけど、元々童顔ってずるいわよ。本当に。心からそう思う。ちくしょう。

     ……。

     そういえば。

     ホシノが”おじさん”やめたの、いつだったっけ。

    「なんだよ。なんだよ、バーカ。いつまで保護者ヅラしてんだって。ばーか」 

  • 461825/11/04(火) 14:33:09

    「もっかい叫ぶなら先に言ってちょうだい。これ開けるから」

    「――……!」

     見返って口を開けたホシノを見て、私は少しだけ扉をあける、振りをする。

     はいはい。うそうそ。

     叫ばず笑ったホシノに、いーっと。唇を引いた。

    『ご無沙汰しています。”廃校対策委員会”のみなさん』

     アヤネから困惑しきった連絡を受けた私たちが事務所で見たのは。PCの画面に映る白黒のアバター。シロコと同じ喪服のような服を着たアバターは、良くできたAI……以上に。人間と同じように話した。

     廃校対策委員会。ホシノたちの学校を攻め落とそうとしたことももはや懐かしい。今となっては大事な顧客。手を組んでいたヘルメット団もアビドスと共に生き残っている。あのときはまさかこんな関係になるなんて。

     考えることすらなかった可能性の涯て。涯てに着いたと思ったら。目の前にはまだまだ、広大な世界があって。

     ホシノたちがあらかじめ聞いていたという黒服との話。……。”届いてしまった”シロコが見た昔の光。カヨコの予想。S.C.H.A.L.Eの変化。アケミが作り替えた世界の構造。杏山カズサというバグ。SUGAR RUSHというイレギュラー。先生の限界。大人のカード。

     最初の人間の孤独を識るものをいるのかという、くだらない思考実験。カヨコが深みにハマりそうで。ムツキがぜんぶぶっ壊して手を差し伸べそうで。ハルカがその裏で静かに神妙に考え込んでしまうだろう、ヤバい話。

     私を。私たちを。キヴォトスを。

     閉じた世界の産物として見てしまう病。

  • 471825/11/04(火) 14:35:17

     妄想か妄言か。戯言の域を出ない話を大真面目に。真剣に。先生を苦しめているものとして”プラナ”は話した。ホシノたちがあらかじめ黒服から聞いていた話と同じ。信ぴょう性が上がってしまっているのは、妄言としてもだ。怖い。

     助けてくれた先生が払ってきたもの。目には見えなくとも確かに払ってきたもの。シッテムの箱のOSだというのなら。最初からずっと見て来たと言うのなら。

     ――あの連邦生徒会長の残り滓だというのなら。

     よぎった物騒な想い。瞬間的な思考の沸騰。でもそれは私たちそのものを否定することに他ならない。彼女が繋いでくれたおかげで。先生は引き継ぐことができて。私たちに、奇跡が与えられたのだから。今さら。今さらだ。そこを否定したくない。

     知らぬ間に与えられた奇跡を私は知っている。私たちは経験した。今となっては証明できない過去がある。記憶とクラウドにアップロードされた学生時代の写真だけが証明する私の辿って来た道。先生の後ろを着いて行く、あてどのなかった道筋。

     私たちが負うべき責任。

     私たちでなければ達成できない依頼。

    『どうか叶えてあげてください』

  • 481825/11/04(火) 14:36:39

     ……。

    「やるならとことんよ」

    「もちろん」

     火種がフィルターまで達して消えていた煙草を灰皿に落としたホシノの横顔は、やっぱり腑抜けた笑顔で。

     扉の前で立ち止まって、私に扉を開けさせたホシノは。喫煙室と廊下の真ん中で振り向き、私を見上げた。

    「今夜にはトリニティだよね?」

    「そうね。そろそろ合流しないと。明日にはカヨコたちも来るから。……世話になったわ、って先に言っとくわね。そっちも忙しいだろうし、私も準備があるから、出発前は会えないかも」

    「んー、それはいいけど……。タミコちゃん、ほんとに連れてくの? まだぜんぜん怪我治ってないし、うちでこのまま預かるけど」

     歩き出したホシノの横を歩く。服の匂いを嗅ぐ。うん。やっぱり臭くなってる。最悪だ。

    「それも考えたけどね。でも、言って聞くようなら、そもそも言ってこないでしょ? あの子だっていろいろ思ってることがあるの。尊重してあげましょ」

    「……眩しいねえ。比べちゃうと、自分はずいぶんくすんじゃったなーって見せつけられてるみたい」 

    「あんたが輝いてた時代を知らないわ」

    「言ったねぇ、アルちゃん」

    「私はいつだって輝いてるからね」

  • 491825/11/04(火) 14:38:16

     くくっ。

     喉を鳴らしたホシノはまた。私を見返って、言った。

    「アルちゃん、ほんとは悔しいんじゃない?」

    「なにが? ていうかアル”ちゃん”って呼ぶのやめなさいよ。曲がりなりにもビジネスパートナーとして……」

    「SUGAR RUSHに主役取られちゃって」

    「……別に」

    「うへっ。図星ー」

    「うるさい! 私たちは陰で支えるのが本領なんだからいいの!」

    「がんばってねー。アケミは強いよー?」

    「あんたたちもワカモとアリス相手にするのよ。負けて終わりましたじゃ全部ご破算だからね。肝にぶちこんどきなさい」

    「アリスちゃんは予想外だったなー。うぅ、ヤバいよヤバいよー」

    「だからケイに声かけなさいって一昨日言ったのに。あの子、あなたが思ってる以上に”勇者”やってるからね」

    「エイミちゃんの声聞いたら呼び出すの躊躇っちゃってさ。ま、なんとかなるよ。”勇者”は正々堂々闘うから強いんだもんねー」
     
     手首の髪ゴムで髪を結い直しながら。ホシノはまた歩き出す。手際よく、慣れたように。なにも考えずとも纏められていく髪の毛。私も。前髪をちょっといじる。

  • 501825/11/04(火) 14:42:02

     始まる。始まっている。

     終わり始めている。

     1つの時代。1つの世代。私たちの世界が。

     これが正しい世界の在り方。過去があり、未来がある、世界の在り方。

     SUGAR RUSHがその役目を負うのはなんだか不思議。あの子たちは巻き込まれただけ。因果とは全く関係なくただ巻き込まれただけで。本人たちにその意識もなく。成すべきこととしての認識しておらず。ただ。突っ走って。壊していく。あとになにも残さず。感傷だけを残して去っていく。レイサとカズサだけでは成し得ない。アイリたちだけでもなし得ない。あの子たちが揃ってようやく。終わりが始まった。

     だから主役になれたんだろう。物語のオープナーでありクローザー。この1ヶ月。彼女たちは間違いなく主役だった。15年前、カズサが消えてからずっと。彼女たちの物語は、終わりを求めていたはずだから。

     譲るわよ。この幕は。

     ステージの上に立つSUGAR RUSHに。私は託す。多くの人がそうであるように。私の想いを託す。”届く”姿。私の代わりに”届く”彼女たちに、私は憧れる。

     それでいい。届いてしまうのは終わりの証明。だから共感する。だから重ねる。だから憧れる。私たちは。きっとホシノだって。カヨコたちも。

     SUGAR RUSHに。自分の”すべて”を重ねるはずだ。

     最高の幕に。求めて、手を伸ばさなくちゃ。
     
     ホシノを追って歩き出そうとして、ふと。背中を押された気がした。振り返りはしない。誰もいないのは見なくてもわかってる。
     
     私の背中は先生の手の温かさを憶えている。

     私は振り返らない。

     憶えているから。

  • 51二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 22:07:27

    周りは準備万端だねぇ

  • 52二次元好きの匿名さん25/11/05(水) 08:09:06

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  • 531825/11/05(水) 16:38:41



     地下バンカーが揺れる。備えられている数多の工具、機材、重機が奇天烈に鳴り響く。

     いやまさか。まさかまさかのまさかだ。C&Cが動くとは思わなかった。どっからバレてたのか知らないけど、そりゃアビドス支部が大暴れしそうってニュースが流れてるんだから、こっちの動向を監視されてるっていうのは考えるべきだった。

     ミレニアムとしてはS.C.H.A.L.E本部に対して積極的に介入するつもりはなかったはずだけど、介入しようとする勢力が身内にいたら、止めに来るって言うのは。考えてみれば当たり前。

     70台を超えた自立走行スピーカーユニットのすべてに電源を入れ、同期モードに切り替え、到着地点と経由地点のローカルマーカーを入力する。ひとまず絶対値でいい。ついでに音声認識で能動的に、かつ専門的でない言葉でも動くようにしておく。よかった、ユズがいてくれて。こういうのはユーザーとのインタラクションを専門にしてる子に任せるのがいい。

     リオさんに用意してもらったスピーカーユニットの一つを私のPCに繋いで駄々流しにしている通信から、とんでもない言葉が聞こえた。

    『モモイ、”マルクト”発動の承認を。制御は私が行います』

    「待った待った。アリスいないんだからだめだって。ここ、埋め立て地でしょ? 丸ごと沈むよ?」

     銃声と爆発音、それから悲鳴と一緒にモモイの声が、ヒマリさんの声にこたえた。

    『とっくに準備してもらってる! むりむり、現役のC&Cなんか止められるわけないって!!』

    『私たちじゃ時間稼ぎにもなら――』

     爆発音。

     ミドリの声が途切れて。会話をつないだのは、モモイだった。

    『ミドリダウンー! ケイ、管理者権限をヒマリに渡して! コントロールパネルはあっちにあったは……あ、どうもー。久しぶり……えへへ』

     銃声連発。モモイダウン。

  • 54二次元好きの匿名さん25/11/06(木) 00:18:18

    C&Cは無理よね

  • 551825/11/06(木) 09:15:43

     心配そうに耳を傾けているユズは、けれど手を止めることなく。

     ううん……。たしかに状況を完遂するならケイに頑張ってもらうのは一番だけど、いま使いどきなのか、と言われればそういうわけでもないような……。やりすぎ。それに、研究はミレニアムでやってるんだから対抗策だって持ってるわけで。

     ――この場所を。エリドゥを造った人がいて。それを解析した人がいて。

     だったら、被害は最小限にできる、か。

     同期のプログレスバーが最大になったのを見て、少し離れたところで必死に画面とにらめっこしているユズに声を掛ける。 

    「こっちは終わったけど、そっちはどんぐらいで出来るー?」

    「に、20分……!」

    「ベタ書きでいいよ。下のドッグまで動いてくれればいいから。ヘルメットPMCにはもう状況は報告してある」

    「せめて15分くださいぃ……」

     15分かぁ。

     私は。立ち上がって、テーブルの上にあった銃を手に取る。

     久しぶりだ。こんな風に。学生時代みたいに銃を振り回すなんていつぶりだろう。

     セミナーがC&Cを動かした。トリニティからエリナちゃんが来てるってのを報告したのがマズかったかもしれない。でもしないわけにもいかないし。たぶん最初っから警戒されてたに違いない。いくら支部用の秘匿回線使ってたって、建物そのものになんか仕掛けられてたらどうしようもないって。
     
    『”マルクト”発動。H.O.D.顕現まで3、2、1――』

  • 561825/11/06(木) 09:18:46

     直後、先ほどの揺れとは比較にならないほどの揺れがバンカーを襲う。銃を杖にしてなんとか持ちこたえ、と同時にスピーカーからは、轟音に負けないボリュームの、先輩たちの声が聞こえる。

    『リオ、あなたのしょんぼりマシンを強制的に同期しました。対応してください。こちらはケイの制御に集中します』

    『了解したわ。――エリドゥのコントロールシステム奪取、アクティブ・ディフェンスによる逆追跡開始。……沈黙成功。第3、第2層のモジュラー通路封鎖、収縮開始。オービタル機構起動。開発バンカーと潜水ドッグのダイナミックアクセスライン構築まで2分』

     リオさんの声が、轟音と揺れの中で淡々と響く。こっちは尻もちつかないように必死だってのに。あーあー、ユズはもう作業の手止めちゃってるよ。

     合図なしに開始された目に見えない戦いはケイによって強制的に”勝利”に書き換えられた。アリスといっしょじゃないとかなりの制約があるとはいえ、下手すればミレニアムなんて1時間もしないうちに更地にできる力を、だ。あっさり使っちゃおうっていう判断できちゃうのは、怖い。

     あとでお説教だな。モモイもケイも連名で。

     ん……ていうかオービタルでバンカーが回転したってことは……。

    「ねえ、このユニットの移動経路、絶対値で書いちゃったから道順変えられると困るんだけど」

    『手を抜くからよ。ヒマリ、エイミのPCもらえるかしら?』

    『はい、どうぞ』

     本人の意思確認なく。私のPCの画面には、私でもよくわからない画面と文字列が叩き込まれていく。ファンがとんでもない唸り方をしている。ケイの力で70台すべてに同期処理が走り、ものの40秒であっさりと。

    『できたわ。ユズが構築中だった音声認識プログラムもついでに完成させておいたから、通路が接続され次第移動させてちょうだい』

    「もう会長1人でいいんじゃないかな?」

    『……そう呼ばれるのは久々ね』

  • 571825/11/06(木) 09:21:44

     おっと。唇を押さえる。

     卒業して。S.C.H.A.L.Eに入って。不満のある毎日ではなかった。慣れた場所で働けるっていうのは私にとってもありがたいことだった。忙しかったけれど、家に帰れないほどじゃない。毎日をそれなりにこなしていれば。毎日があった。

     明日やることを考えながら眠る。予定調和になるように努力してきた日々。不満があったわけじゃない。むしろ充実してた。
     
    『あら。すみません。ケイを取られました。――”少女を確保したC&Cに告げます。その子とコントロールパネルをつなぐものには触らないでください。現在マルクトの制御権を持つのは、この私です。みなさんもろとも海の藻屑となってしまいますよ?”』
     
    「モモイたちひっくり返ってるしね。まあしょうがない」

    『ケイ、聞こえますか?』

    『――ぶはぁっ!! だから無駄だと言ったじゃないですか!! フラッグを敵地の中心に置いて守り手なしってふざけてるんです!?』

    『元気そうでなによりです。おかげで助かりました』

    『絶賛馬乗り――あっ!』

    『お話中失礼します』

     スピーカーから聞こえる声は、リオさんとも。ヒマリさんとも。モモイともミドリとも。ケイとも違う。

     涼やかな声。声だけで立ち居振る舞いの優雅さを知れる、穏やかで、陽だまりのような。

     この声は知っている。

    『和泉元先生、いらっしゃいますか?』

    「聞こえてるよー」

  • 581825/11/06(木) 09:31:28

     現C&Cのゼロワン。制圧戦闘のプロフェッショナル。

     私は応答しながら、リオさんに、スマホからメッセージを送る。傍受される可能性があるかもしれない。が、管理アクセス権の攻防と、おそらくゼロツーの制御に手間を割かれてるはずだから、こんなこまごました記録、きっと見逃すはず。ただただクッソめんどい暗号化施してるしね。

    【通路は?】

    『他自治区に対しテロリズムを助長する手助けをなさるのはミレニアムサイエンススクールとして看過できません。セミナーの要請により、S.C.H.A.L.Eトリニティ支部、和泉元エイミ支部長。貴女を拘束させていただきます』

    【稼働中。あと43秒で繋がるわ】もう1通。【ヒマリから。”マルクト”解除完了】。

    【りょ。発動コード】

    「テロリズムの助長? 私はトリニティに輸送システムの改善を頼まれてただけなんだけど」

     時間稼ぎにもならない、悪党じみたことをやらされて。がりがり削られる時間に冷や汗かいて。こっちを制圧しようとしてくる敵勢力があって。

     この年になってまた。こんなことがあるなんてね。

    『すでにエンジニア部のバンカーは”掃除”させていただきました。あの巨大なドローン……。なにをしようとしていたのかまでは解りませんが、あって困らないものは無くてもいいですもの』

     スマホが震える。

     ええ……言いたくない。

    【ありがと会長】

     私はマイクとの位置を変えないようにスマホをユズの方に蹴り飛ばす。画面を点けっぱなしのスマホは背面を傷だらけにしながら。頭をおさえてかがんでいたユズの近くに滑っていく。

     画面を見て。”これを私が言うんですか!?”みたいな顔でこっちと画面に視線を往復させるユズに。親指を立てておく。

  • 591825/11/06(木) 09:46:14

    『さきほどの声は”明星ヒマリ”ですか? エリドゥの都市機能をここまでスムーズに扱えるのなら恐らく、リオ様もいらっしゃるのでしょうか。都合がよろしい。――冷静に物事を判断できるお方だと信じておりましたのに。このような結果となり非常に残念です』

    『……エイミ』

     今代のダブルオーは後方支援のプロフェッショナル。可変通路でいくら時間稼ぎをしたところで、中央タワーにダブルオーが居る限りコントロールを奪うのは、先ほどのように強引にいかないと難しい。現にエリドゥ中のAMASは防衛システムが働く前に無力化された。こちらの居場所が特定されているのだから、あとはピンポイントで。動かした部分を元に戻していけばいい。

     電子戦で敵わないなら。

     そうならば。

     そこだけスタンドアローン化してあたかも”繋がってるように”見せる仕掛けぐらい、リオさんなら。さっきの限られたリソースの中でやっていたはず!

     ごご。

     地鳴りのような音がして。

     と同時に、耳をつんざくような、搬入路のシャッターが開く音が。コンクリートで囲まれた空洞に、何度も何度も反響し。

     私は、雑音に被せるように。声高に言う。

    「大人でもさ。友だちのために動きたいって気持ちぐらい、あるんだよね。――ユズ!!」

    「あ、”アバンギャルド-Voltex Tone-、発進”っ!」

     ユズの控えめな声がバンカーに反響する。

     反響し、跳ね返った音は増幅され。

     音声認識を承認したスピーカーユニットは、開きかけたシャッターに。一斉に動き出した。

  • 601825/11/06(木) 09:50:14

     潜水艦に積み込まれ、出発するまでどれぐらいかかるかわからない。

    「ユズもついてって! 残りは潜水艦の中で! 下にフォグと水幕スクリーン用の機材も置いてあるから手伝――」

     搬入口と反対の。コントロールセンターの扉が吹き飛んだ。

    「ユズ!」

    「宣伝費節約のためぇーー!!」

     ユニットの一つにしがみ付いて、ほぼ直滑降の、強引に繋げた通路に消えていくユズの叫び声を背中に受けて、私はショットガンを。もう古くなった、旧式の銃を。

     ――マルチタクティカルを構えた。

     爆発の煙の中を突っ切るようにして出て来たパワードスーツを着た生徒に、私はとりあえず発砲する。まったく効いている素振りなど見えないが、とにかく打ち込み、動き。少しでも時間を稼ごうとする。

     直撃を受けながらも。埃を払うかのような仕草をしたあと、ぐるりと辺りを見渡した。

    「ゼロツー……」

    「戦略兵器とみられるユニットを多数確認。潜水ドッグへの直通路とみられる通路が開放済み。……すみやかに”掃除”を開始します」

    『そのパワードスーツはトキのモデルがひな形だというのを忘れたの? アビ・エシュフの劣化コピーで私と戦おうだなんて、最近のC&Cはこれだから……」

    「うわ。それなんかオバさんっぽいよ会長」

    『……』

    「ごめん」

  • 611825/11/06(木) 10:05:20

     私が動き。

     対応しようとしたゼロツーの動きがガクガクと、クラッチをつなぎ損ねた古い車みたいに、奇妙な動きをする。その隙に弾と爆薬をとにかくばら撒き、遮蔽物のないバンカーの中を駆け回る。『遠隔操作機構をつけたのが仇になったわね』と、ユニットが喋った。

     ユニット……。

     そういえば1台だけ同期切ってたの忘れてた。

     あちゃあ、と頭を抱える私に。勝手に追尾モードに切り替わっていたユニットが、私の真横で。音声を出力する。

    『うふふ。万年引きこもり垂れ乳三十路女にはふさわしい言葉です。15分は頑張れますね? エイミ』

    「それブーメランだからね、部長」

    『私に垂れるほどの下品な……。……。いえ。やめましょう。すみませんでした。さて、サポートは任せてください!』

    「謝るってことはそういうことでいい? 向こう1年は自力で生きなよ」

    『ちがうんです。言葉の綾というやつですよ、エイミ』

     この引きこもり女め。1ヶ月連絡放置したらミイラみたいになるくせに。生殺与奪握ってるのこっちなんだよね。

     腰を落とし。膝を曲げ。弾を込める。

     パワードスーツの弱体化ができたとはいえ、維持できるとは思えない。いくらベースがアレだとしても、もうとっくに旧型。それに、ダブルオーが対策してないはずがない。

     現に爆炎を背負ったゼロツーは。脚部パーツの制御を取り戻していた。

  • 621825/11/06(木) 10:15:56

    「和泉元エイミ支部長の掃除を優先します。許可を。――確認しました」
     
     武装が。展開される。
     
    「トキがいてくれたら楽なのになあ。ああいうのはトキかアリスの仕事だったじゃん」

    『ふふっ。ならば”先生も”ですね』

    「だねぇ!」

     天井クレーンが唸る。自動運転のフォークリフトがゼロツーに突進していく。

     ふたりの先輩のサポートを受け、私は動く。

    『今は貴女も”先生”よ。エイミ』

     ゆがんだ唇を隠すように。クレーンとフォークリフトに合わせて。私はフラッシュバンとショットガンを使って、視界を潰す。パワードスーツの。トキのスーツには着いていたはずの着脱ボタンを狙って動く。

     変わらない。変わったけど、変わらない。

     特別じゃないこういう一生もいいかなって、私は、そう思う!

    「なにをされているんですか?」

     あっさり蹴り飛ばされて私はごろごろと転がる。遮光バイザーにノイズキャンセリングヘルメット。展開された武装は、アビ・エシュフのように搭乗者が外部に露出するような構造ではなくなり。

     ティンカーラー・ナードがダブルオーになるとこうなるんだねえ。先々月見たときと別物じゃん。

     ……ボタン式やめたんだね。そりゃ合理的。弄って遊んでごめん。

  • 631825/11/06(木) 16:14:34





    (保守)

  • 64二次元好きの匿名さん25/11/06(木) 23:35:44

    保守

  • 651825/11/07(金) 07:57:09








    (なかなかシュガラが出てこないですね……)
    (すみませんね……)

  • 66二次元好きの匿名さん25/11/07(金) 14:26:44

    シュガラはシュガラで大変だろうし、その他陣営の話も見てて面白いよ。お疲れ様。

  • 671825/11/07(金) 22:21:13







    (マジカルの次はシュガラの新曲ですか……)
    (狂いそうなくらい嬉しいのですが、当お話には出ませんごめんなさい)
    (いやはや)
    (カズサもいっしょに新曲を作れた世界と考えると胸がきゅっとなる)

  • 68二次元好きの匿名さん25/11/08(土) 07:34:09

    原作が明るくなるほどこちらが曇る…

  • 691825/11/08(土) 16:19:33



     口約束と言えど契約。確かに先生、あなたは、生徒と先生。大人と子供。彼女たちとの間に交わした契約を果たすことができなかった。あなたは失わなければならない。それが信用なのか、また別のものであるのか。私にはわかりませんが。

     私に言う。黒服が。ぼろぼろのソファに座り。インスタント・コーヒーを飲んで。

     記憶がある。モノもある。例えばこの腕時計は、今は失きカイザーと契約した際に購入ものです。しかし、証明ができません。
     
     私に言う。黒服が。私の顔を覗き込み。崩壊した顔で私を見ている。

     「”……もう決めてるよ”」

     これを買ったという記憶。これを今、わたしが持っているという事実。しかし、過去に買ったという証明が、先生。貴方にできません。領収書や保証書を見せたところで、偽造だと言われてしまえば。店舗と口裏を合わせていると言われてしまえば、私はそれ以上の証明ができない。

     私に言う。黒服が。私の顔を覗き込み。崩壊した顔で私を見ている。
     
    『せんせい……?』

     アロナが。私を見ている。

     足音。扉が開く。

    「……ただいま戻りました」

    「”……”」

     テクストからの逸脱。神秘の膨張。テクスチャの更新を行わなかったハブの末路。ある程度の予想はつきますが……。予測に過ぎません。観測されて初めて、事象は定義される。

     あの。

  • 701825/11/08(土) 16:22:47

     言う。

    「”……”」

    「……あの」 

    『先生!!!』

    「!」

     アロナの声が脳みその奥に直接差し込まれた気がした。それで。私の体に電源が入る。

    「”あ……ああ! ごめんごめん。ちょっとうとうとしちゃってて……。お疲れさまでした。ありがとう、ほんと助かったよ”」

    「いえ……。遅くなってしまい申し訳ありません」

    「”回収、できた?”」

    「はい……」

     仮面を外して。ワカモは所在なさげに辺りを見る。長いまつ毛。揺れた瞳。不安そのものな表情。

     散らばっている工具。嗅ぎなれない匂い。換気をするそばから匂いを発生させるもの。磨き上げられた床。

     それらを見て。見知ったオフィスのこの様を見て。ワカモはつぶやく。「なにをしているのですか……?」。

     資料を集めてもらう。各自治区に行って。各自治区のS.C.H.A.L.Eの支部に行ってもらって。資料室に入って。重たく、量の嵩張る書類を。集めてきてもらう。”来週までにあればいい”の来週は過ぎている。期日は過ぎている。そんなのはどうでもよかった。必要な仕事じゃない。あくまで。私の自己満足。足跡を見て。耐えるための。そんなのはどうでもよかった。

     大切なのは、ワカモが、支部を回ること。

  • 711825/11/08(土) 16:30:05

    「”アリスがね。下でご飯用意してくれてるよ。ありがとうワカモ。ひとまず休息をとって――それで”」

     ――今お戻りですか、先生? このワカモ、こちらであなた様のお帰りをずっと待っておりました。

    「やはりワカモだけでは、力、及びませんか? これ以上アリスさんを巻き込むのは……」

     資料を集めてもらっている間。ワカモは、一度も私に顔を見せなかった。入館記録を見ても帰って来た様子はなかった。どこかに集めておいてトラックか何かで運んで来たんだろう。今までと全く違う仕事。誰にもバレずにあれを運んで来れるなんて無理だ。かならず。かならず、見つかったはず。そこで。私の側付きとして。詰められたはずだ。アロナに聞いても支部の動向はわからなかった。しかし、連携は取れているはず。私の知らない、連絡回線があったのかもしれない。

     ワカモは考えている。きっと。考えてくれている。私だけではなく。いろんな人がいるのだと。

     あなたは失わなければならない。それが信用なのか、また別のものであるのか。私にはわかりませんが。

    「”でも、ホシノ臨戦とシロコ*テラーに対抗するアタッカーが必要で”」

    「テラー……とは、なんでしょう、か。臨、戦?」

    「”……ごめん。いま私が言ってしまったことは絶対に口外しないで。お願い、します。ごめん。本当にごめん”」

     区別をしないで欲しいと言ったテラーの言う通り、区別されないためにシロコなりに考えたこと。髪の一件には気付いている。泣いてしまったほどうれしかったけど、正直そろそろ短くしたいと思ってる。

     ワカモは。疲れているだろうに。私を見て。自分のことなど考えずに。私の姿を見て。唇を噛み締めている。
     
     どうにか直接、この気持を、この想いを、お伝えしたくって……。

    『本当にごめんなさい先生。わたし、わたし……気付けなくって……』

     この声は。私にしか聞こえていない。アロナを。私は、シッテムの箱の画面を撫ぜる。アロナの頭を撫でるように。頬を撫でるように。この学園都市における莫大な権力と権限。そしてこの学園都市に存在する神秘。その全てが、一時的にとはいえあなたの手の――……。

     うるさいな。

  • 721825/11/08(土) 16:33:24

     あなたは失わなければならない。それが信用なのか、また別のものであるのか。私にはわかりませんが。 

    「”資料は、資料室かな”」

     私は立ち上がる。私が。支部制に決めると言った時、連邦生徒会の子たちは”とりあえず”反対してきた。どう考えても。どう考えてもだ。その方が効率が良かった。私ひとりでキヴォトス中の問題を解決するのは無理があった。それに、学園同士の足並みを揃えないと。

     今後あるかもしれない崩壊を、乗り越えられない。それがいつなのか。いくつの世代を隔てた先なのか。わからないけれど。

     ワカモの小さい返事を聞いて。私は、ワカモとすれ違う。

     言う。

    「”トリニティから、SUGAR RUSHのライブ予告があったって連絡があったんだ”」

    「……お断りします」

    「”私の代行としてトリニティに行って欲しい。今はトリニティ支部動けないし。あはは……。結局、これ1通だけだったな。経費の無駄遣いですって怒られちゃう……。みんななんだかんだ、『責任』を果たしてくれてて。もうすっかり……”」

    「わたくしはもう先生のお側から離れません。……お止めください。もう。お休みになられてください」

    「”お願いね”」

     腕を引かれる。

     絡まってくる。

     私の足が止まる。腕が。体が。温かい。

  • 731825/11/08(土) 16:37:20

    「”……”」

     レイサの頼みは。SUGAR RUSHの活動は。カズサの消失■■は。

     ……ふざけるなよ。そんなわけないじゃないか。違う。違う。

     これはメインストーリ―なんかじゃない。違う。これは、彼女たちの生きざまだ。違う。考えるな。考えるな。私の手の上にははじめからなにもない。違う。私は。捨てられる。違う。捨てられない。違う!! 最終章。違う。コンテンツなんかじゃない。違う。まだこの世界は続く。私はその一旦。端っこ! これはこの世界がもともと持っていた力。

     うるさいな。

     今となっては観測者はそこかしこに存在している。

    「”……さい”」

    「ワカモの一世一代のお願いです。お休みになりましょう。何日か。何ヶ月か。何年でも。ワカモはずっとお側でお世話いたします。なんでもいたします。何年でもお側にいます。お願いします。皆さんもわかってくださいますから。ゆっくりと、お心をお休めに――!」

     ですが、ルーシーとなるべき存在は誰でしょう。初めての人類は孤独でした。なにせ、この世界に独りぼっちだったのですから。独りぼっちで世界を見て。感じ、生きた。自分が人間だと理解しないまま。サルとして生きたヒトの孤独を感じたのは、一体だれ? どのように生まれ出でた? 一人で生き、星々を見ていたのは、だれであり、なんなのでしょう?

     決して否定できない思考実験。知性の欠片もない子供の駄々のような理論。単純であるがゆえ反論を許さない真理の一つ。

     ――――を、よ――く―願―――す――――。

     世界は貴方が認識したと同時に定義された。

    「”うるさいッ!!”」

    「――……!」

  • 741825/11/08(土) 16:42:49

     足が動く。

     体が寒い。

    「”……トリニティに行ってもらえるかな”」

     私は動けないから。

     やってくる。やってくる。私はそれが楽しみだ。私は。手放す。手放したと思い込んでいたものから。本当に。手を放す。カズサが見つかった。それが。私が抱えていたものの、最後として。もう、なにもない。世界は動く。私が去っても。

     一世一代のお願いです。

     違うよ。ありがとうアロナ。きみのせいじゃない。大人のカードというものは。そう言うものでは、本来ない。思い出を。思い出だから。きみが違えた道の先に私が居続けてはいけない。私は。私は。それが。そのために。

     この世界の人間。■■■。外の世界から来たとしても。私は、この世界で、生きて来た。生きていたい。だから。だから。私は、魔王になって。観測者で。私のすべてだったこの世界で。私のすべてだった世界から。大好きなこの世界から。大好きで、大好きで、いつまでも一緒にいたいこの世界から。嫌われる。私が。この世界に。必要な。必要な。私が去る前に。

     私が去る前に。

     私が去る前に。

     私が去る前に。

     私が去る前に。
     
     私が去る前に。

     私が去る前に。

     私が去る前に、ひとつだけ。

  • 751825/11/08(土) 16:45:26
  • 76二次元好きの匿名さん25/11/09(日) 00:00:28

    こいつマジで自分のこと大切にしないな

  • 77二次元好きの匿名さん25/11/09(日) 09:43:30

    保守

  • 78二次元好きの匿名さん25/11/09(日) 09:51:30

    最期の最後に一つの決意……

  • 79二次元好きの匿名さん25/11/09(日) 16:56:18

    これは野暮なのかもしれないけど、取り敢えず一発ぶん殴って止めたほうが早い気がしてきた。けど先生は先生でこれ以上ないほどの決意を持って動いてるから、いけるとこまでいった方がいい気もする……悩ましいね。

  • 80二次元好きの匿名さん25/11/09(日) 23:38:12

    保守

  • 81二次元好きの匿名さん25/11/10(月) 05:58:36

    お労しや先生……

  • 82二次元好きの匿名さん25/11/10(月) 13:58:49

    ほしゅ

  • 831825/11/10(月) 16:44:22

    >>74

    ■D-Day -2


     スマホの画面が光っている。通話相手は。宇沢先輩。


    『お話はごもっともです。不安にさせてしまって、とても不甲斐なく思っています』


     あらかじめ連絡しておいた。可能性の一つとして段取りは組んでいた。今回は定例に使っていた権田さん宅の固定電話ではなく。おそらく潜伏している百鬼夜行にいる誰かの――あくまで、療養している建物の職員のスマホを借りているという体で。ビデオ通話。シーツかなにかを背景にし、部屋の雰囲気は掴めないようにしてある。


     久しぶりにお姿を見る宇沢先輩は。すこし、顔がむくんでいるようにも見える。元気そうでなによりだ。


    「この騒動の全容を、我々トリニティは把握できていない。厳重に保管していた機密文書の盗難。S.C.H.A.L.E襲撃。本部への反乱。栗浜アケミの本部訪問。細かいことを含めればまだ幾つか。すべてが、SUGAR RUSHが活動を停止していた……”杏山カズサ”が発見されてからひと月の間に起きています。宇沢先生は現在トリニティを。いえ、キヴォトスがどういう状況か、把握されておりますか?」


     ……紛失していたと認識していたのなら。あの時、お前たちが知らぬ存ぜぬをしなければ。あの日、あの時。S.C.H.A.L.Eに戻ってこなかったかもしれない。支部が狐坂ワカモによって襲撃されなかったかもしれない。宇沢先輩は怪我をしなかったかもしれない。それを棚に上げてこいつらは。


     はいはい。トリニティトリニティ。


     このぐらいでいちいち怒ってられません。

     

    『エリナからある程度は聞いております。S.C.H.A.L.Eの内部事情も多少は』


    「では聞きたい。なんでアビドスに対して真っ先に連絡をしなかったのかな? いまあの支部は暴走状態だよ」


     正義実現委員会委員長のシドウさんが。覇気をもちつつ穏やかな口調で宇沢先輩に問いかける。ピンクゴールド、ゆるやかにうねった髪を夜風に遊ばせて。どこかで買ってきたであろう、骸骨のゼンマイ式おもちゃを。テーブルの上でかたかたじいじい動くおもちゃを見ながら。


    『いちおう、書面では”早まるな”とは伝えたのですが』

  • 84二次元好きの匿名さん25/11/11(火) 00:14:36

    腹の探り合いか

  • 851825/11/11(火) 08:40:12







    (SUGAR RUSH式ラストライブがシームレスに始まっていたり)
    (このセクションのあとはシュガラの視点に入る予定です)

  • 86二次元好きの匿名さん25/11/11(火) 08:56:24

    渦中のラストライブ、無事を祈る

  • 87二次元好きの匿名さん25/11/11(火) 16:25:05

    ドタバタ&ドロドロトリニティ……

  • 881825/11/11(火) 16:33:15

     ハロウィン祭まであと2日。

     テラスには焚かれた無数の松明とかがり火がばちばちと爆ぜる音。ツタの装飾が絡みつくテラスの欄干。テーブルには燭台が置かれ。いかにも、という雰囲気がただよい、祭りの準備は佳境。

     学園内を俯瞰するようなテラスから見える窓の明かり。深夜のこの時間で、装飾がどう映えるか、きちんと機能しているかを確認する生徒たちが行き交い。最終的なチェックに勤しんでいる。塔と塔の間に架けられたぼろきれ。電飾。多くの窓際に設置されたアナログで原始的な火の照明。蝋燭。それらが点けられ、消され。本番の、たった一夜のために。何日も何日もかけて飾り付けられたトリニティ。

     気の早い叫び声と、それを取り締まるような声。逃げ回る人。ちょっとの銃声は、おそらく装飾を傷つけないよう、最小限。
     
    「……ふむ。けれどアビドスは止まらず、か」

    『私は、SUGAR RUSHは現在アビドスに潜伏しているのでは、と考えています』

    「あの暴走は彼女らが作り出していると?」

    『そうです。小鳥遊支部長宛の書簡は、届く前に握りつぶされたのではないかと……。S.C.H.A.L.Eを機能停止させ、武闘派のアビドスを使って本部をD.U.に封じ、その隙にトリニティでライブを敢行する。私が手綱を握れている間はある程度で抑えていましたが、今のSUGAR RUSHは念願だった”杏山カズサ”を手に入れ、タガが外れています。彼女たちのノウハウを考えれば、十分実行可能な規模感です』

     フィリウス、パテル、サンクトゥスの三派閥首長。正義実現委員会の委員長と副委員長が連なる深夜のお茶会。

     救護騎士団とシスターフッドはこの場には呼ばれていない。実行委員会に名を連ねているからとはいえ。名を連ねているからこそだ。祭りの準備をおろそかにするわけにはいかないからゆえの不参加。

    「わたくしたちは、宇沢先生がSUGAR RUSHとともに潜伏しているのでは、と思っておりましたが」

     足がかりを得、一足飛びに踏み込んできたフィリウス派首長、ロッタさんは静かに言い。お菓子に手を伸ばす。

    『……疑われれるのは無理ありません』

     この場に呼ばれたときには覚悟していた。彼女たちは。”トリニティ総合学園”は私たちに潔白を求めている。

     そして、潔白しない限り。S.C.H.A.L.Eという制度は崩壊する。

  • 891825/11/12(水) 00:07:23

     これはもう、そういう問題だ。連邦生徒会に多数の議席を持つトリニティの疑念を解消しない限り。この状況に説明をつけないかぎりS.C.H.A.L.Eの信頼は無くなってしまう。先がなければそれでもいいかもしれない。しかし巻き込んだのだから。支部を。S.C.H.A.L.Eを。いくつもの自治区を。

     私たちには先がある。これから先も生きて行かなければならない。私は先輩を。この場所に縛り付けなきゃいけない。

     先への道。アイリさんたちには無い、先への道。

     一緒に行かせなんかしない。行くつもりがないっていうだろうけど。でも、先輩にとってSUGAR RUSHは。”杏山カズサ”は。すべてだったから。

     これは生存競争。宇沢先輩や私と。キヴォトスの。小さく、大きな戦い。笑顔で終わってもらうための。先輩に笑ってもらうための。泣いて、泣いて。最後は笑ってもらうための。

     最初から最後まで……。ほんともう、ずるい人たちなんですよ!!
     
     ――ときどき宇沢先輩といっしょにお呼ばれしては、朗らかに時の移ろいや美味しいお店を紹介し合っていた子たちは。今。自治区を統べる為政者の顔でここに並んでいて。
     
     シドウさんは。柔らかく、けれど刺すように。言った。

    「”S.C.H.A.L.E本部にレイサさんが襲撃された”。この曖昧な情報の輪郭。……私も。当番に行ったり、いっしょに巡回をしたり。遊びに連れて行ってもらったり。ふふ。とてもここでは言えないようなことだって。おふたりにはお世話になった。この場にいる誰もが”立場”を得る前から良くしてもらっていた。このハロウィン祭はその恩返しともなると……私はね。思っていて。この騒動にはすべてを懸けなければならない。だから、疑念は晴らしておきたくてね」

     続けて言う。

    「あなたがこの度の襲撃に関わっていないと言う、確固たるものが欲しい」

     ……。

     ミントグリーンの柔らかい髪を指で弄び。欠伸をしながら、パテル派首長、ナツネさんが言う。

    「レイサちゃんはさ、SUGAR RUSHと同級生だし、ライブでいっしょに舞台に立ってるじゃん? 半月前には”杏山カズサ”も連れてきて復学の嘆願。アビドスの飲食店でも目撃されているらしいね」

    『アビドスの飲食店? ……ここ2カ月ほど、アビドスには赴いていませんが』

  • 90二次元好きの匿名さん25/11/12(水) 07:51:41

    レイサもちゃんと先生してtqんだなぁ

  • 911825/11/12(水) 16:17:36

    「あ、そういうのいいから。”顔隠してれば誤魔化せる”とかさ。今さらそんなバレバレの言い訳されたって笑えないの。シぃちゃんが言ったみたいに、ハロウィン祭はお祭り以上の大事な意味がある。自治区総出で”トリニティ”の移ろいを惜しみ、祝う、大事な大事な行事。レイサちゃんもそうだし、エリナちゃんだってそうだったでしょ?」

    『……』

    「ああ。レイサちゃんはそんな余裕なかっ――」

     私は。立ち上がる。

     椅子を転がし。同時に懐に手を入れ、構えようとしたのに。

     そっと。柔らかく。シドウさんが、私の手首を、上から握りしめていた。いつのまにか。席を3つも飛び越えて。

     羽が。散った。遅れて。

    「申し訳ありません。ナツネさん、さすがに言葉が過ぎますよ」

    「……ごめんなさい」

     心が痛む。いくら演技とはいえ。こんな激情を見せたことなど。生徒にぶつけたことなど。こんな、攻撃的な顔など。汚い大人の手口など。見せたことなどなかった。

     それはそれとして。私に向けられた銃口。銃剣の切っ先が消した蝋燭の灯り。

     静かに。シドウさんが指を下に向けると、華美な装飾が施された古いナツネちゃんの銃がゆっくりと下ろされる。今代ホストのパテル派首長。思ったことを口に出してしまう子で、考えるより先に体が動く子。私たちもロッタさんといっしょに頭を抱え続けた1年だったけど。この子の本質はそっちじゃない。

     ただ素直な子なんだ。裏表なく。腹芸が苦手な。私のこんなつたない演技でも。そういう悲しそうな顔をしてくれるみたいに。
     
    「私たちも説明不足であることは、もちろん承知しております。だからこそこうしてSUGAR RUSHの予告に対し、S.C.H.A.L.Eとしてご協力するためにお伺いしているのです」

     お互いの立場が逆ならカンペキだったのに、と言われる、パテル派首長と正実の委員長は。幼馴染。

  • 921825/11/12(水) 16:22:33

     小間使いの子が戻してくれた椅子に、私は尻を落とす。私の手首を掴んでいたシドウさんも。小さく鼻息を漏らし席に戻った。戻ったあと。テーブルの下でナツネちゃんを睨むのを見た。ナツネちゃんはしゅんとした顔でシドウさんを見て。声に出さないで”ごめんなさい”。私の口元がほころぶ。

     ふと。

     それまで黙っていたサンクトゥス派。クウさんが。秋風みたいに涼し気な声で言った。

    「SUGAR RUSHには悪いことをしてしまった」

     その一言で宇沢先輩は乾いた顔で笑う。

    『いえいえ。ひと言ふた言文句を言いたくなる気持ちはとてもよくわかりますよ。ええ。とても。すっごく。心の底から同意します』

     咳払いをするふりをして。こみ上げてくる笑いをごまかす。

    「ちょっとした意趣返しのつもりだったんだ」

     カップをソーサーに置かれて。固い音。

     かがり火にゆらめく影を顔に落として。幼いとも取れる舌ったらずさで。滔々と。

    「本音を言えば、先達の契約を我々の代で果たせるのなら、これほど名誉で喜ばしいことはない。――宇沢さん。SUGAR RUSHに伝えてもらえないだろうか。部室棟の屋上だったね。解放しよう。どうだね」

    『……』

    「件の一件について公的に謝罪する。そりゃあ、復学のあかつきには制約は求めさせてもらうし、慈善活動も課さなければいけない。他自治区への贖罪だってしてもらわなければならない。けれど、それでも。再びトリニティの生徒となり、そうなるのなら。私たちは彼女たちを、トリニティの愛のもとに庇護する腹積もりはあった」

     宇沢先輩は、くすんだパステルカラーの髪で。目元を隠す。
      
    「腹を割ろう。これを我々の。ティーパーティ首長としての、最後の仕事にしようと思っていたのだよ。復学させるための手続きを強引に進めてしまって、理論も理屈もねじ伏せて。来年からまた。彼女たちを1年生として迎える準備を進めてしまおう、なんてね」

  • 931825/11/12(水) 16:29:50

    『そう、ですか』

     誰もが知っている。誰でも知っている。

     SUGAR RUSHのサポートメンバーの宇沢レイサ。大きなステージに立つとき。覆面を被りギターを弾く。アイリさんの横の”しもて”ギタリスト。コーラス。ときにはメインボーカルだってやる、淡い髪色を覗かせる人がいるというのは。

     顔を伏せたまま。ふわりと。シーツが風かなにかで揺れる。

     でも、もう遅い。
     
    『……エリナから話があったかと思いますが』

     暗く。言う。

    『SUGAR RUSHと連絡が通じません』

    「それは、はい。聞かせていただきました」

     私は。飲み込む唾で喉がならないように気を付ける。いや。むしろ喉が渇いて張り付く。

    「ですが、宇沢先生。SUGAR RUSHについては、宇沢先生以上にご理解のある方などおりません」

     ロッタさんが言う。責任。宇沢先輩の抱える責任。あくまで”キヴォトスの風景”に留めるための。

     潤いを求めて紅茶を一口。飲……まない。動かしかけた手を止めた。 

    『……15年間。この場にいる誰よりも若い頃から、ともにいて。ともに大切なひとを探して。ともに泣き、ともに努力してきて。今のこの私の立場で言ってはならないことではありますが。――楽しいことだってありました。いっしょに笑ったことも、たくさんありました』

     先輩が。”入った”。

  • 941825/11/12(水) 16:31:50

    「知ってるよ」ナツネさんが言う。辛そうな顔で。「知ってるから疑わなくちゃいけないの」

     変わった柄の。私は宇沢先輩が着ているのが浴衣だと分かるけれど。見ようによっては、病院服に見えなくもない。病院に居るとも言っていない。あくまで、療養場所からの通話だと言っている。

     事実。腕が動かないのは事実。ワカモ先生に撃たれた傷。垂れた腕。組まれた指は。さっきから動いていない。

     動いていなかったから。動きが目に刺さる。

     ゆっくりと。髪を巻き込んで。片手が、片顔を覆う。

    『私は『放課後スイーツ部』……SUGAR RUSHの前身となる部活のメンバーではなくて。”杏山カズサ”とは中学生からの付き合いだったので。ともに。協力して。探してきました。30を超え、ようやく、彼女に手が届いて。それなのに――連絡が、通じません』

    「私たちのせいだって――はいはい、黙ってまーす」

    『これを言うのは……』

     宇沢先輩の声が詰まる。洟がすすられる雑音がする。しめっぽく。ねつっぽい声に。変わる。震える。震えている。

    『これを言ってしまうと、認めなければいけない、ことに、なるので。……しかし、こうなった以上……ぐずっ。いつまでも、ふさぎ込んでいるわけには、いきません』

    「……先輩」

     おもちゃがじいじい鳴り。同じ場所をぐるぐると回っている。

    『例のスクリーンショットをお見せしてください』

     私は。ひとこと断わり、通話中のスマホを、画面を見せたまま数タップする。宇沢先輩のお姿がピクチャインピクチャ。小さくなって、画面の端っこに。

     私は震える指で写真アプリを開いて。少し下にスクロールして。モモトークの、スクリーンショットを見せる。

  • 951825/11/12(水) 16:35:45

     間。

     はじめに読み込んだのは。

    「……これは」

     正義実現員会。

     読み終えたシドウさんとアイラさんが眉根を寄せた。
     
     私のスマホは人の手を渡る。ティーパーティ首席たちに。

     さんざ嫌味を言ってきているが、彼女たちはなにも意地悪が趣味なわけじゃない。茫漠な慈愛があるからこそ。敵するものには容赦がないだけ。疑うは美徳。彼女たちみたいに”責任”がある立場にとっては。

     画面を流し読みして。ナツネちゃんは。吐き捨てるように言った。

    「……人間の屑じゃん」

     だから。皮を1枚通り過ぎれば。こういう顔を見せてくれる。

    『私は……どうやら、みなさんにとって”友だち”では、なかったよう、で』

     小さく。小さく。引き絞るような声と、隠さない泣き声。隠しきれない泣き顔。私は小さくなった宇沢先輩の顔を見ていないが。顔を寄せ合う首席たちの顔は痛ましく。

     スクリーンショットの日付は先輩たちが復学の嘆願に来た日。トリニティ支部が燃えた直前の時間。背景にSUGAR RUSH3人と宇沢先輩の写真が設定されたトーク画面。

     宇沢レイサと、SUGAR RUSHメンバー柚鳥ナツの、個人のメッセージ履歴。

  • 96二次元好きの匿名さん25/11/13(木) 00:29:40

    演技だとわかっててもツラいなぁ

  • 971825/11/13(木) 09:03:33







    (少し前に「この会議は宇沢が辛い」)
    (みたいなこと言ったときの辛さはこういうのも含まれてたり……)
    (宇沢の負担が大きすぎるし天秤から逃げられないし……)

  • 981825/11/13(木) 16:36:40

    >>95

    ------------


    【うそつき】

     

    ――本当に紛失されていた可能性もありまして。


    【おまえさあ、15年何してたの?】


    ――すみません

     

    【カズサが見つかったのは偶然】

    【復学はできない】

    【ライブもできない】

    【ぜんぜん使えないじゃん】

    【約束してたことなんかひとつでも達成した?】 


    ――待ってくたさい

    ――いまとうじの記録を確認ちゅうです


    【代わりにレイサが消えればよかったのに】

    【もういいや】


    ――み

    ――まつて下さい


    【邪魔だからどっかいってて】

    【1回ぐらい役に立てよ】


    ------------

  • 991825/11/13(木) 16:38:53

    『この……ぐずっ。えへへ。……。いったん、あの後別れたんですが……この連絡のあと、再び、支部の方に見えた皆さんに、その……襲われまして。滞納していた”友だち代”……だって……』

     最後の方はもう聞き取れない。ぱたぱたと。画質の悪いビデオ通話でも。目元からぱたぱた落ちる雫をしっかり描写している。痛ましくて。痛ましくて。

     心の揺さぶりは理屈を飛び越える。

     ナツネちゃんは。ロッタさんは。クウさんも。シドウさんもアイラさんも。

     揺らされていた。

    「なにそれ……! だってレイサちゃんずっと……」

     潤んだ声。ナツネちゃんは裾で目頭を抑えて。怒りに歯を食いしばる。シドウさんはその肩をさすり、逆立ったように見え、小刻みに震えている翼を、ばさりと振る。

     この場に満ちた、溺れそうなほどの感傷と同情の中で。私は酸素ボンベを受け取ったはずなのに。平然と呼吸ができるはずなのに。それでも水が入ってくる。むせる。呼吸ができない。

     自分を重ねさせる。強引に髪の毛を引っ掴み、無理矢理振り向かせ、耳と目から世界を叩きこんで引きずり込むやり口。

     SUGAR RUSH。

     このやり口は、SUGAR RUSHのステージングのオマージュだ。

     ……誰ですかねこの文言考えたの。私は言われた通りに文字を打ち込んでただけですが、それでも反吐が出る。先輩の涙は演技と本音が入り混じっているのがわかる。私は知ってる。この場にいる人も察しているからこそ溺れる。

    【代わりにレイサが消えればよかったのに】

     これは。先輩がずっと抱えて来た不安だから。

  • 1001825/11/13(木) 16:42:57



     三脚に立てたスマホの裏。

     次に表示するカンペの確認をしつつ、音を立てないようにしていたら、思わず悲鳴を上げそうになるぐらいの痛みが、二の腕からやってきた。

    「――!!!」

     ぎりぎりと。肉が引きちぎれるんじゃないかってぐらいの強さでつねられている。声を出すわけにはいかない。音を出すわけにはいかない。涙がにじませつつ、静かに、静かにつねってくる手を引きはがす。

     私の口はつい。”ごめんって!”の形を作る。けれどこれはそういう発注だったじゃん。
     
     私に向けられている全力の敵意。全力の軽蔑。全力の嫌悪。全力の反感。私を睨むナツの目。

     ”カヨコさん?”ナツの口が動く。”や・り・す・ぎ”。

     私だって書きたくなかったよあんなこと。でも、原稿は確認させたし、オッケーだって出たからね。電話口で。レイサから。

     つねられている手が離されたと思ったら今度は殴ってくる。音が出ないように。肉の薄い、骨の部分を狙って。音もなく。痛みだけがやってくる。

     痛いっ! 痛いわかった私が悪かったって!!

     奪われたカンペにマジックペンが滑る。書かれた文字は【いったん休憩】。「すみません、5分だけ。すみません」という涙声のレイサの言葉のあと、ナツはカメラに映らないよう慎重に通話を切って、すぐに。レイサを抱きしめた。背中をさすりながら言う。「レイサがいないと私たちはここにいられなかった。だいじょぶだよ。ありがと。ほんとーにイヤな脚本だねえ。嫌いだなあ。私は」

    「ぐずっ……知ってまーす。感謝してください……いひひ」ゆっくりと。ナツの腰に腕が回り。ナツが胸に。レイサの顔を押し付ける。洟がすすられる、くもぐった音。
     
     たとえ演技だとしても。”台詞”だとしても。私はつねられたところと殴られたところをさすりながら、ため息を吐く。

     ……文言の大半考えたの、ムツキなんだよなあ。

  • 101二次元好きの匿名さん25/11/14(金) 01:05:40

    ここまでされちゃ疑えないわな

  • 102二次元好きの匿名さん25/11/14(金) 09:39:41

    保守

  • 103二次元好きの匿名さん25/11/14(金) 15:47:12

    一昨日この概念を見つけて三日かけてやっと追いつきました!
    めっちゃすき

  • 1041825/11/14(金) 16:43:40



     通話が切れたのを合図にしばらくの休憩が取られた。その間にスマホにモバイルバッテリーをつなぎ、各々。席を立ったり、目元を拭いたり。怒ったり。黙ったり。飲み物で心を落ち着かせたり。羽織ものを厚いものに変えたり。

     電話番号宛にショートメッセージを送ると『10分後にかけなおします』と返って来たので。この場にいる子たちと少し相談して『こちらもひと息つくので、30分後に再開しましょう』と返した。もう25時を回っているけれど。この会議はいま、終わらせられない。

    『了解しました。すみません』

     余計なことは書かない。
     
     私は。ひとこと断って席を立つ。スマホはあえて置いていく。口裏合わせてるとか疑われても面倒だから。

     白が基調の見慣れた廊下。それでもこのテラスに繋がる道は、学生時代には馴染みがなかった。S.C.H.A.L.Eに入ってからは、むしろこの道を通ることの方が多いが。

     いろいろなものを払拭する前に、論理を飛び越える情緒を責めたてて、崩す。細かい部分を”今”判断できないようにしてから状況を判断させる作戦の、第一段階は成功と見て良い。このわずかな休憩の間に心を立て直してくるのはロッタさんとクウさんだ。そのどちらかを傾かせれば。首長の過半数を取り、事態は動かせる。宇沢先輩が心を壊してまで作り出したこの状況は、あの子たちの脳裏に深く刻み込まれている。”もし嘘ではなかった場合”。”もし”が重要。結果を変えることができずとも、過程が変われば。その後の動き方をこちらがコントロールすることができる。
     
     トリニティの一般的な教室と同じぐらいの広さの化粧室ですべきものを済ませ。鏡の前で化粧を直していると。

     入って来たのは。
     
    「お疲れさまです、エリナさん」

     鏡越しに目が合う。シドウさんと。

     トイレも。染み1つない白基調の壁。柔らかい照明。そこに真反対の正義実現委員会の黒い制服。黒い髪。鷹の羽。シドウさんは個室に入るわけでもなく私の隣の洗面台で水を流し。ふわりと香る石鹸の匂い。にちゅにちゅと手を揉み洗う。

    「遅くまでご苦労さまです」

  • 1051825/11/14(金) 16:44:43

     目線は自分の顔。

     粉を叩いて。目元を直し。薄めの紅を塗り直す。

     んま。

     顔面のメンテナンスなんて考えなかった学生時代。当時のシスター長に『大きな行事の時ぐらい』と教えてもらったメイク術は、今もこうして、活用されている。めんどくさいったらありゃしませんが。
     
    「お聞きしたいのですがね」

     じゃーっと。水を流しながらシドウさんは言った。

     化粧品をポーチにしまいながら答える。

    「なんでしょう」

    「みなさんは”何を焦っていらっしゃる”ので?」

     ……。

     手が止まる。

     鏡には私とシドウさんだけが映っている。足音は「だれもおりませんよ。アイラもテラスに置いてきました」。

     ……なるほど。

     じゃーっと。

     水が流れている。

  • 1061825/11/14(金) 16:46:56








    (11月半ばで終わるとか言ったうそつきだーれだ)

    (私です)

    (とはいえもう最終段階だから……!)


    >>103

    (3日かけて!)

    (ようこそここが切羽です)

    (手が遅くて申し訳ありませんが、ゆったり更新をお待ちくださいませ!)

  • 107二次元好きの匿名さん25/11/14(金) 23:07:18

    正実の委員長は流石だな

  • 108二次元好きの匿名さん25/11/15(土) 02:44:32

    レイサは良くやってたよ、本当に。

  • 109二次元好きの匿名さん25/11/15(土) 12:19:06

    >>100

    おいムツキィ!!www

  • 110二次元好きの匿名さん25/11/15(土) 12:48:34

    >>106

    今まであにまんに書き込んだことなかった(ROMってた)んですけど、旧作(Re:じゃない方)から全部読んで何か言いたくなってついに初めて書き込みました!

    ここまでずっと続きが気になるストーリーを書けるの、凄い

    応援してます!

  • 1111825/11/15(土) 16:24:24

    >>105


    「――先ほど漏らされた話なのですが。宇沢先生は本部に襲撃されたのではないのですか?」


     再開された会議。テラスから見える校舎の灯りはまばらになり。もしかしたら教室の中で眠っている子も、あるのかも。焚かれているかがり火には新しい燃料が投下されて勢いよく燃え盛っており。ヒーター付きのブランケットで足元も温かい。


     すっかり落ち着きを取り戻した首席3人のうち。予想通りロッタさんは開口一番、切り込んできた。


     状況証拠の不足。”誰に襲われたか”。アビドス支部が会見を組んでまで発表した情報。トリニティがリークした盗難報告は、あくまでアビドス支部の言質に引っ張られている。


     核心であり、逆を言えば。

     

     予め決めていた筋書きをなぞる。


    「本部は……先生は、SUGAR RUSHの動向を危ぶんでいたんです。先輩には手を引くよう、長らくご忠告されていました」


     そこさえ塗り替えてしまえば、絵は変わる。


    「学生時代のことを私は詳しく知りませんが……。あの頃からあまり良い関係では、なかっ」


    『エリナさんっ。あの……。そういうのは言わないでいただけると……』


     私と違い先輩はノーメイク。ちかちかする蛍光灯の下の先輩の肌はどこか青白く見え。むくんだ顔に差す赤みがどこか。”健全”ではないように見える。たぶん。何かしらのフィルターを噛ませているのかもしれない。


     わずかに。体を前にのめらせて。言う。


    「すみません。ですが私は、あんな風に先輩を手下のように扱うアイツらには、もう限界なので」

  • 1121825/11/15(土) 16:27:39

     私は役を演じる。先輩も。役を演じる。静かにカップを傾けるシドウさんを視界の片隅に置き。この茶番を茶番に陥れないために。私は正気には戻らない。あくまでこれは本当。本当を嘘を織り交ぜて。観客を引きずり込む演劇に仕立て上げなければいけない。

     これは”尾上エリナ”という役。主役級の役割貰ったんだ。たとえ思想に反することだとしても。自分を狂気に沈め続ける。私もとっくに。ステージの上。

    『全部私たちが持っていくから』 

     電話口で言ったアイリさんは役に徹しているふうでもなく。心の底からそう言った。昔からそうだった。あの人たちはもう。

     もう。

     もう、役から抜け出せない。抜け出す気もない。私はあの人たちに会ってから。それより前から。ずっと、ステージの上の人だった。ステージの上の人のまま。

     すべての責任を取り。消えていく。

     それなら、私だって。同じステージに手を差し伸べてもらった、私だって!
     
    「うそだよ」電気ブランケットを肩掛けにして。目を伏せたナツネちゃんが言う。「うそ。だって。大人になってもあんな風にって……私……」

    「舞台の裏側は常に隠されている、か」

     クウさんが続け。ナツネちゃんが握る裾に、そっと手を重ねて言う。「少々。寂しいね。思えば我々は、宇沢さんたちのことを……大人というのは……数多の因果を持つものとしての認識を、忘れていた」

     そりゃそうです。実際問題。あの方々はただ仲がいいだけではないのですから。

     放課後スイーツ部と自警団。記録上は。記録上は、先輩とSUGAR RUSHの接点はない。
     
     記録上、では!

     議事録に出てくるのは先輩ばかり。放課後スイーツ部の3人とは手分けして。お互い別の手段で捜索活動をしていた。自警団の人脈を使ってティーパーティや公的組織に頼る先輩と。草の根活動に邁進していたスイーツ部と。

  • 1131825/11/15(土) 16:29:06

     カフェで情報交換したり。憂さ晴らしにカラオケにだって行ったかもしれない。誰かの家で作戦会議したかもしれないし、誰かが耐えきれなくなれば、誰かがお尻を蹴っ飛ばしたかもしれない。深夜にラーメンを食べて絶望したり、初めてお酒を飲んだ日に大変な目に遭ったかもしれない。支えたかもしれない。悲しいだけじゃない。辛いだけじゃない。先輩はさっきも言った。『楽しいことだってたくさんあった』って。

     記録に残らないもの。

     証拠なんていくらでも捏造できる。積み重ねて来た時間は偽れずとも。

    「先輩」

     私は言う。偽るべきものを偽っていただくために。

    「正直にお話下さい。私には話してくれなかった、先輩がSUGAR RUSHの……栗村アイリたちから”要求”されていたものを。先輩とSUGAR RUSHの、本当の関係性を」

     ぐっと。先輩の肩が強張る。視線が彷徨う。

     何度か口が動き。

     骨ばった手が。ぎゅっと。小さく動いて。

    『私は……そもそも。私は。”杏山カズサ”には、煙たがられる……。そんな、関係でした』

     先輩は。あの方たちとの”思い出”を。セリフとして。演劇として。

     偽造していく。

  • 1141825/11/15(土) 16:32:42



     目が覚めた。

     被っていた布団から頭を出し、枕元に置いた時計のバックライトを点ける。

     3時。ちょいすぎ。

     ……。よかった。寝坊したかと思った。

     思い切り伸びをして。自分の体温でほかほかの布団から身体を起こし、座テーブルまで這って。水を一口飲む。

     冷っ。寒っ。

     すこし伸びた髪を掻きむしりながら。耳の付け根をかりかり掻きながら脱ぎ捨てた茶羽織を探していると。隣の部屋から声がする。何を言っているのかまではわからない。わからないけど、声は宇沢のだ。

     ……。

     茶羽織は布団の中でくちゃくちゃになっていた。

     なるべく。軋む床を軋ませないように歩いて。そっと。真っ暗な廊下に出て。隣の客間の扉を、静かに開ける。

    『その頃ですかね。SUGAR RUSHは、乙女連合に酒類を扱うよう、強引にことを進めさせました』

     煌々と照った部屋。窓の方にシーツが張られ、その前に宇沢。スマホ……は、コウさんのか。そのスマホの裏で、カヨコさんとナツがあぐらをかいて。じいっと。真剣に。宇沢を見ている。

     背中のひんやりした空気に見返ったナツとカヨコさんが少し驚いた顔をした後、見返りながら人差し指を口に当てた。

     わかってるわかってる。トリニティとの会議でしょ。親指を立てて置く。

  • 1151825/11/15(土) 16:33:47

    『しかし、現状乙女連合は不動産業にておおきな利益を得ている。ならば――』

    「もう手を引きたいとアケミさんはおっしゃっています。ただ、業界が大きくなりすぎて、多くの人が路頭に迷う可能性を考慮されていて。……あの方は、責任感が強いんです。SUGAR RUSHが唆さなければ、きっともっとまともなお仕事で、大きな成果を上げられていたはずなのに」

    『その件に関しては、解決できますね。大変なのは次代のティーパーティですが』

    『あはっ。私たちには関係ないことだね』

     半分開けたふすま。柱に寄っかかって腕を組みながら、私は大きくあくびする。

     やりたい放題だな。悪魔かよSUGAR RUSH。

     ま。いいよって言ったからね。うちら全員。全会一致で。

     会議の邪魔をしないよう。宇沢に小さく手を振って廊下に出る。

     乾燥した空気。小さく聞こえていた話し声も、階下に降りれば聞こえない。念には念を、忍び足。

     厨房。作業台の上には朝ごはんの仕込みがされていて。冷蔵庫の唸る音と、温度をあらわす赤い光。私は、この年季の入った厨房に不似合いな、妙におしゃれな電気ケトルのスイッチを入れ。お菓子の缶からアールグレイのティーパックを二つ取り出し、保温ポットに投げ入れる。

  • 116二次元好きの匿名さん25/11/16(日) 00:45:32

    テロリストどころの騒ぎじゃないなw

  • 117二次元好きの匿名さん25/11/16(日) 05:03:25

    シュガラの面々が間接的にであれ、トリニティの他の生徒にも色んな影響与えてんのよね……

  • 1181825/11/16(日) 07:00:23

     ごぉーっ。電気が冷や水をあっためていく。

     その冷や水を蛇口からもっかい出して。私は顔を洗った。耳の辺りがぞわぞわする。息が引き攣る。キーン、ってする。

     ……さすがに厨房の手拭きで顔を拭く気にはならないや。シャツを捲って顔を拭く。お腹が冷える。すぐ戻す。

     適当に仕込みがされているところから食べられそうなものをつまんで。冷えた煮物に冷えた揚げ物、は昨晩の残り物だ。あと食べられそうなもの……。ああ。冷蔵庫にお漬物あるか。

     しば漬けやべったら漬けや浅漬けのきゅうり、なんかをまとめて口に放り込み、ぼりぼりかみ砕きながら。赤と金の釉薬の陶器のコップに箸を一本だけ入れて。1/3ぐらいのはちみつをひねり出しておく。『これだけあれば足りますか?』とハルカさんが大量に買ってきた、はちみつの1キロボトルは。おおよそ2日に一本空く。健康に悪いだろうな。現にお腹がゆるくて仕方ない。血とかどろどろになってそう。さすがに。

     ま。先なんてどうでもいいし。

     あくび。

     鼻をすする。

     くしゃみ。全力でちいさく。目玉飛び出そう。

     沸いたお湯を保温ポットに入れると立ちのぼるベルガモット。おいしい紅茶を淹れる時間? 3分とかそんなの関係ない。ティーパックを入れたまま蓋を閉めてばしゃばしゃ振りながら、トイレに向かう。

     出すもの出して、水垢のついた鏡で髪をちょっと整える。手櫛を通し、ひどすぎるねぐせは水をくぐらせた指で押さえつけ。まぶたに掛かるようになってしまったうっとおしい前髪を……うーん……。分け目作ったことないからなあ。あとでアイリにピン借りよう。で、なんかうまいことやってもらおう。

    「さっむ……」

     広間のふすまを開けてつい出てしまった言葉。電灯の紐を引っ張ると、ぱっ、ぱっ、ぱっ。明滅して、真っ白な灯りが、まだまだ陽なんか昇らない真っ暗な部屋を照らす。

     電気ストーブのスイッチを入れて。じんわり温まっていく赤外線で指を暖めつつ、はちみつたっぷりのコップに紅茶を淹れ。箸でがしゃがしゃ混ぜて、ゆっくりすする。熱さと暴力的な甘味とめっちゃ濃くに入れた紅茶の渋みが寝起きの頭に。

     ――効くぅ。あぁー。

  • 1191825/11/16(日) 07:03:18

     ラックに立てかけられたベースを取り。ストーブの前にあぐらをかいてチューニング。

     ん。終わり。適当に指を滑らせる。よくわかんないけど、いつもとおんなじ音、だと思う。信じるのはチューナーだ。私の耳はそんなに育ってない。

     一口。はちみつ紅茶をすすり。二口。すする。

     お腹が温まり。体中がぽかぽかしてくる。ストーブが。ちりちりと脛のあたりを熱している。

     ……。

     ヨシミのギターの刻みを頭の中に持ってくる。アンプもスピーカーも通さない。シールドを抜いたままのベースの弦に指を置く。

     ……。

    |----|----|----|17\|
    |----|----|----|17\|
    |----|----|----|----|
    |----|----|----|----|

  • 1201825/11/16(日) 07:06:00

     ハイハットとバスドラが入る。指を滑らせる。動かす。もつれても動かす。ムリヤリ合わせていく。

     ――……。

     フィル。ピアノ。
     
     ――……。

     目に入る。擦り傷だらけで指板の色が変わっている虎模様のギター。
     
     ――……。

     変色したドラムのシンバルはいくつか銃弾の凹み。

     ――……。

     プラスチック部分が変色し、すこし欠けもあるキーボードの台座は、よく見るとちょっと曲がっている。

     ――……。 

     もつれても指を動かす。真新しく擦れてもない指板。錆びたフレット。錆びたペグ。少し焦げたヘッド。きらきら輝いたままのメーカー刻印。塗装の剥がれも傷もなく。プレーンな私のベース。
     
    「……」

    「集中してください」

     言われて。私の目は指板を見る。私の指は指板を泳ぐ。私の右手は弦を弾く。

  • 121二次元好きの匿名さん25/11/16(日) 07:12:14

    このレスは削除されています

  • 1221825/11/16(日) 07:13:17

     ――……。

     ――……。

     15フレットまで音を滑り上げて。

     ……。

    「……おはようございます」

    「おはようございます」 

     見返ればわっさり広がった白銀の髪。ここに来てから明らかに艶が良くなったとはいえ、もともと硬い毛質なんだろうな。

     少しも直した気配のない寝ぐせのまま。気付いたら座テーブルに座っていたミツルさんは大きくあくびをした。足元に転がるツキカさんとコウさんは目が開いてない。

    「だめですね」

     湯呑茶碗が突き出された。言われたことはとりあえずしまっておいて、私はベースを置いて。ポットから紅茶を注ぐ。

     あ。こぼした。

     こぼした下にはツキカさんが居た。

    「あ”ッ――!!」急いで口を塞いだ。上じゃ、宇沢が戦っている最中だ。邪魔しちゃいけない。

     おはようございます、と。小声で言う。混乱しきった顔で私を、寝起きの充血した目で見てくるツキカさんに。しぃーっと続けた。こくこくと。頷き。私の手のひらの中で「ごめん」と、もごもご口が動いた。いやまあ、悪いの私だけど。

  • 1231825/11/16(日) 07:18:02

    「ほらコウ。あなたも起きて」

    「んに……ぁい……」

     目をつむったまま返事をしたコウさんの背中を蹴っ飛ばし。ミツルさんは紅茶をすすって、言った。

    「――ん。ずいぶん濃いですね。これがトリニティ式なんです?」

    「まさか。目、覚めるんで。こんなの店で出てきたら返金要求しますよ」

    「……」湯呑を見て。私を見て。話を逸らすように言う。「……昨日も言いましたが、メンタル面はどうしようもないです。私のせいでしょうが、そんなことは知ったこっちゃありません」

    「っスね」

     もうひと口紅茶を飲んで顔をしかめ、立ち上がる。私たちの楽器とは反対に置いてあった、使い込まれて。年月を吸った、私とおんなじベースを肩にかけた。

    「ほーら。ふたりとも」

     ヨシミとは違うギターを。ツキカさんは胡坐をかいたまま構え、耳だけでチューニングを合わせる。スティックを投げ渡されたコウさんは、近くにあるティッシュ箱や座布団を周りに設置して。同じく胡坐をかいたまま。ぼふぼふと、何度か。寝ぼけたまま、リズムを叩く。

     私の土下座を受け入れてくれたわけじゃない。この人たちの憧れを壊してしまった私は。取らなければいけない。私なりのやり方で。この人たちの憧れの責任を。

     責任の取り方を。取らねばならない人に、教えてもらわなくちゃいけない。

     私も。ストラップに肩を入れ。立ち上がって。ミツルさんの正面に立つ。

  • 1241825/11/16(日) 07:20:32

    「6時まで……二時間半ですか。50回しか反復できませんね」

    「うす。お願いします」

    「始めましょう。練習する以外の解決法はないのですから。……ツキカ」

    「あーいよぅ……」

     やる気のない返事から。胡坐を掻いたまま、同じくシールドを挿さないまま、ポジションを構え。

     ヨシミよりも太い弦の荒々しい刻みが始まる。弦がピックを削り取る音がする。

     私はミツルさんの。私が欲しいものを持っているベースを真正面から見て。

     17フレットに置かれた指と同じ位置に、自分の指を置く。

     ――……。

  • 1251825/11/16(日) 07:26:52

     なるほど。スライドダウンのときミツルさんは2弦をほぼ音を出さないのか。

     癖なのか、私があの動画を撮ったときにそうしたのか憶えてないけど。次からはそうしよう。

     真似する。模倣する。

     STANCE RUSHは今夜発つ。明日から。ハロウィン祭の前日から。トリニティで宣伝活動をしてもらわなくちゃいけない。私が教えを請える最後の2時間半。昨日と合わせても、10時間にも満たない。限られた時間の中で。この人が抱えているものを。音と。想いを。体に叩き込む。

     真似する。模倣する。ミスをする。睨まれる。舌打ちされる。私たち4人の、電子楽器のアコースティックな音が。子どもの遊びみたいな音が。誰の邪魔もせず、誰の迷惑にもならず。宇沢が戦っている部屋まですら届かない小さな音が、ひたすら繰り返される。ツキカさんがあくびをしても。コウさんが紅茶を飲むのに一瞬止まっても。私とミツルさんはひたすら、同じことを繰り返す。

     終われば始まりから。始まれば終わりまで。

     真似する。模倣する。

     動きから。運指から。表情から。髪の毛から。息遣いから。目つきから。

     譲り受けろ。吸収しろ。私のものにしろ。ミツルになれ。私は”ミツルさん”に成る前の”ミツル”だ。追いつけ。ベースは真似できなくても”私”は真似できる。真似しろ。重ねて沈め。今この時に”杏山カズサ”はいらない。

     わずかに白んで来る外。擦れて痛む指先。前腕が痛い。だから何?

     今は模倣する。”私に成る”のは、あとでいい。

  • 126二次元好きの匿名さん25/11/16(日) 08:25:46

    このレスは削除されています

  • 127二次元好きの匿名さん25/11/16(日) 17:05:15

    頑張ってるね

  • 128二次元好きの匿名さん25/11/17(月) 00:12:37

    このレスは削除されています

  • 1291825/11/17(月) 00:14:07








    (ぬおー)
    (今日ですね、玄関の取っ手の裏にカメムシがとまっていたんですね)
    (素手でやっちまいました)

    (えへへ……)
    (見る専だった方が書き込みたくなるっていうの、とってもうれしいですね)

    (カズサ視点で、見た目上は活動中止してるのでおとなしく見える(?)シュガラですが)
    (『やつらならやりかねないですねえ!』ぐらいの認識は当たり前のように持たれてたり……)

    (他の人に対する影響の代表例がSTANCE RUSHではありますが)
    (一瞬だけだとしても、ちゃんとシュガラはいろんな人に、”杏山カズサ捜索活動”だけじゃない影響を与えてるの、ちゃんと見せたくて……)
    (わかっていただけてとってもうれしい(2回目))
    (この後ちょこちょこ出てくる、かもしれない。やっと。やっと。シュガラを表に出せる)

    (なにか気になることとかあったら遠慮なく言って下せえ)
    (答えられる部分は、答える、かもしれない)
    (ちなみに今朝の文章中のなんか図式みたいなのは『彩りキャンバス』冒頭、ベースの入りの部分です)
    (あとエイミのセクションでエイミの所属を『ミレニアム支部』じゃなくてトリニティ支部って書いちゃってるのは誤字、THE・ミスです)

    (今日は投稿できませぬ、すみませぬ)

  • 130二次元好きの匿名さん25/11/17(月) 05:46:41

    >>(『やつらならやりかねないですねえ!』ぐらいの認識は当たり前のように持たれてたり……)

    ある意味では信頼されてる笑

  • 1311825/11/17(月) 14:58:44

    >>125


     全体音響兵器と化したライブ用の車ではなく、カヨコさん……というか便利屋さんが持っている車は、坂道では速度が一気に落ちるほどの馬力。ひいこら言ってるみたいに。私たちが重いとでも言いたげに。時にギアを落として。ベタ踏みに近いぐらいアクセル踏み込む。


     暖房のぼうっとする温風を顔面に浴びつつ。紅葉が始まり、葉が音を立てて落ちる山道を行く。落石防止の擁壁。金網。錆びが目立つガードレール。中央線などなく。待避所があるだけのほぼほぼ一車線の道。もう少ししたら雪が降るかもしれない。そしたら、この車では峠を越えることは出来ないかも。素朴な男の人の歌声が。ジャジーなアコースティックバンドの音に乗って、のんびりカーステから流れている。


    【林檎の木の下で 明日また逢いましょう】

    【黄昏、赤い夕日 西に沈む頃に】


     ベンチシートの後部座席で駄弁るアイリたちの声と一緒に車の中で反響して。どこにもいかない。音は、ここから出ない。


    「まさか全部信じさせるとは思ってなかったわよ!」


     ヨシミが手を叩いて笑う。「よっ、名女優! これであんたも立派な悪党ね!」せっかく整えた髪をぐっちゃぐちゃにかき回されている宇沢は複雑そうに。目を瞑って唸っていた。


    「アビドス煽動して? あんたを虐めながらパシリに使って潰して? アケミさんを手駒にして犯罪行為させて? タミコも口封じに病院送り……あとなんだっけ。あ、便利屋さん使ってミレニアムを脅迫か。んで最後にコケにしてくれたトリニティに宣戦布告。くくっ……。いやほんと、よくやったレイサ!! 愛してるうっ!」


    「心が……心が死にます……。素直ないい子たちなんですよ本当に。なのにこんな嘘八百で騙して……。うああー!! あの純粋な目が忘れられないいぃー……。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ……!」


    「レイサちゃんは生徒の子たちと仲いいもんね……。私たちにはティーパーティの子たちに、意地悪ーって印象しかないけど。でへへ」


     アイリとバックミラー越しに目が合う。ちくしょう、私が30になってもあんなにかわいく笑える自信ないぞ。


     編み込んだ髪とくるりんぱ。編み下げた髪は、車に積み込みっぱなしだったアイロンでカールがつくられていた。ぐんと大人っぽいアイリは、けれど顔はそのまま、幼く見えるけれどきっちりお化粧をしていて。よそ行き。

  • 132二次元好きの匿名さん25/11/17(月) 23:12:52

    大きくなってもいい人だなレイサ

  • 1331825/11/18(火) 06:08:13

     ぐい、と。運転席の私の横まで身をせり出してきて、言った。

    「カズサちゃんが大暴れしてくれたおかげだねー」

     ちょうどクランクみたいなカーブに差し掛かるところだった。ハンドルを捻ると「うひゃあ」なんて笑いながら転げていく。

     私も。笑って、ため息を吐いた。

    「大丈夫? ……てか、宇沢すごかったわ。あんな平然と嘘吐けるようになっちゃって。――あーあー、怖いなー」

    「平然に見えました!? 会議終わってからマジで一回吐きましたからね!!」

     歌は無くなり。神がかった演奏……というよりは、各々がコードに合わせて、楽し気に弾いてるのがわかるようなセッション。テンポはだんだんと速くなって。手が攣りそうなマンドリンがカントリー感を強めていく。ぼかぼかしたウッドベースが躍る。つい。ハンドルを指で叩いてしまう。

     おっと対向車。

     車をいったん止めた。
     
    「でもぶっちゃけ?」

     ゆっくりすれ違っていく軽トラックには、ちょっと気取ったシャツとサングラスをかけた、たぶん農家の人。発電機を積みっぱなしの荷台に、街に行って買ってきたであろう。大きめの家電の段ボールがロープでしっかり固定されていた。

     目礼して。ギアを入れ。ゆっくり、アクセルを踏み込む。

    「ぶっちゃけもなにもありません。――んまあ、でも。杏山カズサが暴れてくれていたのは、決め手のひとつでした」

    「そうなの?」

     こほん、と枯れた喉に咳払いを入れて。宇沢はいつもより高く、舌足らずな喋り方で、誰かを真似して言う。

  • 1341825/11/18(火) 06:18:36

    「『”杏山カズサ”。我々も引き継ぎ資料で顔と人となりを知ってはいたが……。あれはダメだ。言葉の通じない獣の匂いがする』」

    「……誰だそれ言ったの!! どの派閥!?」

    「教えませーん。あとはですねー。『あー、いるよねー。1人が虐めてたら調子に乗る取り巻きの奴ら』とか」

    「……わたしらってカズサの取り巻きって見られたの?」

    「私は取り巻きでもいいよ! いっそライブのとき”カズサ命”ってハチマキしようかな。サイリウムこうやって差して!」

    「やめて。絶対やめて」
     
    「とにかく皆さん人間の屑にしときましたので。パフォーマンスよろしくお願いしますね」

    「だってさカズサ」ヨシミの声が耳元から聞こえる。「サイッテーなMC考えときなさいよ!」

     けらけら笑う声が後ろに遠のいていく。

     洒落にならないことをしようとしてる。スケバン時代にケンカするとか、カツアゲするとか。違法パーツ組み込んでみたりとかそんなのとは比じゃないほどのことを。

     ”SUGAR RUSH”と"宇沢レイサ"を引きはがす。

     SUGAR RUSHは大悪党。史上最悪のテロリスト。すべてを駒のように扱う人間の屑。私が見つかったことでタガが外れ、かつ八つ当たり気味にトリニティでライブをするためだけに、S.C.H.A.L.Eすら使い潰そうとしている異常者。
     
     宇沢はずっと利用されてきた。虐げられてきた。同じ目的を持っていたことを”弱み”として。杏山カズサにうっとおしがられていた”事実”を使い。仲間なんかじゃない。友だちなんかじゃない。手駒。便利な女。都合のいいやつ。立場だけを利用される、そういう関係性だったとして。見つかったらお役御免。私は15年間探してくれたアイリたちと涙を流し抱き合って。宇沢を”昔のように”扱い、唾を吐いた。

     すべてを丸く収めるための強引な作戦。その第1段階。

     ”SUGAR RUSH”が全部持っていくための。ここを信じてもらわなきゃ、ライブそのものの意味が、本当に自己満足でしかなくなってしまう。

  • 1351825/11/18(火) 06:21:41

     ……汚名を背負って残るのは私だが。

     ま、それはいい。カヨコさん言ってくれたし。アルさんに相談しとくって。

    「……」

     頭をごつんごつん窓にぶつけながら外を見ているナツは一言も話さない。窓のでっぱりに肘を乗せて頬を潰し。片足を座椅子に乗っけて。服をカヨコさんから借りてるからちょっと煙草臭いし、ガラが悪く見える。とはいえファッション的には同系統だけど。

    「怒ってんの?」

     私が聞くと。ぽちぽちとスマホをいじって曲を変える。同じ人たちの曲。マンドリンとウッドベースが眠気を誘うほどのどかに流れ始める。「なんて曲?」私が聞くと。「怒ってない」と。怒ったような声で返って来た。

     私はため息を吐いて。ハンドルを指で叩いてリズムを取る。

    【シグナルは青に変わり 汽車は出て行く】

     演奏と同じでのどかな歌声で聞こえてくる、寂しいような、そうでないような。不思議な歌。

     歌にかき消されるぐらいの声で。ナツはきっと、私には聞こえるように。言った。

    「ほんとヨシミのああいうとこ嫌い」

     黒いリングのピアスの装飾が揺れる。光る。

  • 136二次元好きの匿名さん25/11/18(火) 06:34:12

    このレスは削除されています

  • 1371825/11/18(火) 06:43:37

    「……」
     
     私の鼻から息が漏れる。昨日の台本に怒ってるってわけじゃない。まず、あれ書いたの便利屋さん側だし。要望出したのこっちだけど、最終チェックしてるの宇沢だけだったし。

     理由は明白。
     
     STANCE RUSHと便利屋さんの2人が今夜出立するのと同じで。

     宇沢も今夜トリニティに入る。

     そこからは私たちとは別行動。これは必要なこと。ハロウィン祭の実行委員会の中で、SUGAR RUSHのライブを阻止する側として。私たちを。宇沢はあの会議で、自分を虐げて来たSUGAR RUSHを、いよいよ矯正局にぶち込んでやると宣言したはずだから。

     辞めると言ったS.C.H.A.L.Eの人間として。私たちとしっかり敵対するために。
     
     ナツが怒っているのは、私たちが「宇沢と一緒にライブT取って来てよ」なんて、見え見えの水入らず作戦を提案したからだ。

     ……こっちにも言い分はある。

     だって、こいつらのリミットというやつが本当に31日。ライブ決行の日だと言うのなら。明後日、ならば。

     宇沢がみんなと……。ナツといっしょにいられるのは、あと、数時間しかないんだから。

     でも『全員でいられないなら行かない。Tシャツもいらない。この浴衣でやる』とナツは言った。宇沢は黙っていた。ハルカさんも黙っていた。カヨコさんも。STANCE RUSHも。だれも。代わりに行く、なんて言わなかった。

     車は峠を越える。

     私たちは街場に向かっている。

     百鬼夜行の。中心街へ。

  • 1381825/11/18(火) 06:53:42








    (誰得カーステから流れる曲紹介コーナー(?))

    (両曲とも”高田渡&ヒルトップストリングスバンド”のアルバム『ヴァーボン・ストリート・ブルース』から)

    (最初の曲は「リンゴの木の下でドミニクは世界の日の出を待っていた」)
    (2曲目は「シグナルは青に変わり汽車は出ていく」)

    (です)
    (まじで誰得)

  • 139二次元好きの匿名さん25/11/18(火) 09:20:47

    迫りくる砂時計

  • 1401825/11/18(火) 16:38:21






    (保守替わり)
    (正義実現委員会委員長の羽を鷹にしたのはHelloweenのEagle Fly Freeから)
    (人に飼われる鷲=鷹ということで……)

  • 141二次元好きの匿名さん25/11/18(火) 23:49:31

    鯖落ち復旧保守
    主でもなければ古参名乗れる程でもないけど
    大好きな作品に心を動かされてる人がいっぱい居るのを
    勝手に腕組みして眺めさせていただいてます

  • 142二次元好きの匿名さん25/11/18(火) 23:49:34

    >>HelloweenのEagle Fly Free

    へぇ、知らなかったから調べてみた

    聞いたら「如何にもバンド」みたいな曲で好きだったよ

  • 1431825/11/18(火) 23:56:14


    (すませんありがとうございます)
    (久々の鯖落ち、長かったですなぁ)

  • 144二次元好きの匿名さん25/11/19(水) 09:16:45

    >>143

    そうですねー

    鯖落ちどころかCloudflareの方が落ちてヤバかった

  • 1451825/11/19(水) 09:17:11

     ※

     人。人。人。

     いろんな学校の人たちと、肩が触れるぐらいの賑わい。両脇に立ち並ぶ屋台から立ちのぼる煙はジャンキーで脳みそに直接食欲を訴えてくる。と思いきや甘酒のほんわかした香り。お香屋さんの前で思わず立ち止まり、歴史のありそうな呉服屋さんでは着物の体験着付けに全員ではしゃいで入店しかけた。

     もちろん。宇沢に止められたけど。

     着いて早々チェーンの服屋に転がり込み、変装グッズを――帽子にマフラーにメガネにサングラス。しかも絶妙にダサい色合いのものを選んで身に着けやって来た百鬼夜行のメインストリート。目移りする。目移りする。目移りする!! というかどこに視点置けばいいかわかんない! 各々のお店が客を引くために掲げる看板は派手でかわいくて。そんなのばかりだから逆に目が滑る。滑って滑って、目が回る!

     練習漬けだった私には強すぎる刺激にきょろきょろしていたら、突然ぎゅうーっと人に流されて道の端に押し込められた。何かと思えば馬車がかっぽらかっぽら通過していく。マジか。異国が過ぎる。

     目的の路地に入って、一気に減った人混みに息を吐く。乱れた服を整え。ぶーたれたナツが肩を入れた宇沢の服も、歩きながら整える。極彩色フレームのサングラスとか誰が買うんだよ。買ったけどさ。面白いよ、今。宇沢とは思えないぐらい。

     ハルカさんが頼んでくれたTシャツ屋さんは、そういうメインストリートから逸れた路地の中にあるらしい。複雑な道。わけわかんない住所。人はだんだんいなくなり。ついに私たちだけになり。イライラし始めたヨシミに、アイリが何度も通り過ぎていた平屋を指さして「……もしかしてこれ?」と。ぼやく。

     これ?
     
     看板も何も出ていない扉が開けっ放しの平屋。そもそも店かどうかも怪しい。でも中を覗くと大量の段ボールの中にはTシャツが入ってるし、コインランドリーみたいな、服が焦げたような匂いもする。いちおう、そういうものを扱っている……と思う。あと、軒先に掛かれた、劣化して読みづらくなった住所札は。たしかに、ハルカさんのメモ書きといっしょ。

     敷居をまたぐと薄暗い店内。奥からは。どっかで聴いたことがある曲がこっちまで漏れてきている。

     ……。

     待った。聴いたことあるとかそういうレベルじゃないメロディだ。これ。

    「すみませーん。SUGAR RUSHですけどー」

  • 1461825/11/19(水) 16:37:46

     アイリが声を掛けるとすぐに奥から、どたどたと。寝間着みたいな、透けるぐらい薄いTシャツとショーパン姿の女性が。変色してがさがさになった暖簾をくぐりながら出て来た。しっとりした黒髪は簪で団子にまとめられ。ただしおくれ毛だらけ。年齢は……どうだろう。みんなと同じぐらいに思える。

     んで、裸足。素足。

     見た目からなかなかに強烈だけど。それ以上に。胸元に目が行く。
     
     その女性はにやりと唇を吊り上げ「いらっしゃい」と言ったあと。プリントが劣化して薄くなったTシャツを見せびらかすように胸を張った

    「見てよこれ。あんたたちがライブハウス時代の物販で売ってたTシャツ。今じゃプレミア付いて30万はくだらない。――光栄だよ。こんなチンケな店に、また頼んでもらえるなんてさ」

     さっきから後ろから洩れている曲は。まんま、アイリのボーカルだ。

     そして。曖昧な笑顔で私たちが返事したあと、アイリが小さく。「あ」と、声を漏らした。
     
    「あ、え……。もしかして? うわ。うわわっ。お久しぶりです!」

    「知ってる人なの?」私が聞くと、アイリはすこし上気した顔で答える。

    「私たちの、ほんと初めの頃のライブに来てくれた人っ。うわ、うわー! 驚いた! ね! 憶えてる? 髪型違うからぱっと見わかんないけど!」

    「憶えてる……。てかTシャツ買ってくれた人の顔は全員憶えてるわ……。2人しかいなかったもの。ええっ。仕込み!? ハルカさんこれ仕込んだ!?」

     ずっと不機嫌だったナツも「……おお」という、言葉にならない驚きを溢す。

     シャツ屋さんは心地よさそうにみんなの驚きを受け止めて言った。

    「あの時のライブ10人いなかったもんねぇ」

    「あはっ。そうですそうです。憶えてます、7人でした! しかも別バンド目当ての人たちで!」

  • 147二次元好きの匿名さん25/11/19(水) 16:42:56

    このレスは削除されています

  • 1481825/11/19(水) 22:25:20







    (本当にすみませんがガチミスしてたので直前1レス分修正します)
    (焦りがでているぞ)

  • 1491825/11/20(木) 07:05:56

    「イヤな思い出ね……」

     満足げに、どすん、と小上がりの畳の上に腰を下ろしたその人は。「その子が探してた子?」と。私を指差す。

     アイリは。私の隣に立って。言う。

    「はい。おかげさまで見つかりました。今月の初めに」

    「……長かったね」

    「はいっ!」

     当時のことを、まるで昨日のことのように話し始めたのを。私と宇沢は顔を見合わせて苦笑いする。どうやら宇沢も知らない人。というか、みんなはこの人がシャツ屋さんだっていうのも知らなかったみたい。

    「ご無沙汰してすみません。お店に顔も出さないで……」とアイリが言うと、シャツ屋さんは「だってうちネット注文専門だし。来られても迷惑だって。今回は特別」と、からっと笑った。

     先輩たちから引き継いだ部活をそのまま仕事にしてなんとなくやってきたけど、こんなこともあるんだねえ。シャツ屋さんは雑にまとめられた髪をほどいて。くるくると、綺麗にまとめて、同じように簪で留める。背が小さければ顔も小さい。ヨシミと同じぐらいか、それより小さい。

     あの頃。私が前に柴関で聞いたときよりもよっぽど具体的な話に盛り上がるみんなに。小上がりにいっしょに座り込んで、相槌を打つ。

    「ていうか」ふと。宇沢を見てシャツ屋さんは言う。「時間だいじょうぶ? そっちの人ってS.C.H.A.L.Eの人だよね。ニュースでバンバン顔流れてる……」

    「ん……まあ、はい。私たちは夜までに戻れば大丈夫なので……。ナイショにしていただけると、とっても嬉しいです」

    「内緒にしてくんなきゃ、内緒にしなくちゃいけなくなるからね」

     ヨシミが八重歯を見せて。肩から提げていたサブマシンガンにいたずらに手をやる。アイリも朗らかに微笑みながら背中に回していた銃を前に持ってくる。ナツがそれとなく懐に手をやる。いや、あんたは車に銃置いてきたじゃん。

     せっかくだからと私もマビノギオンのトリガーに指をかけておく。不敵に笑みを浮かべるのも忘れない。

  • 1501825/11/20(木) 07:10:55

    「じょ、冗談。よしてよ、ここ、私の部活の思い出の場所なんだから。誰にも言わんって。てか言う気だったら仕事受けないし」

     私たちが銃から手を放すと、冷や汗を垂らしたシャツ屋さんは、胸を撫でおろす。

     アイリは「こっちも冗談ですよー」と笑って、言う。
     
    「いろいろやることあるし、終わってもないんですけど――。ここ半月ぐらい、息が詰まる生活だったので。息抜き、みたいなものです」

     ……。

     最後の、ね。

     ベースの練習に使いたい時間ではあった。エフェクターを使うボーカルの練習もしたい。でも、でも。

     みんなと一緒に居る時間以上に、大事なものなんかないし。

     シャツ屋さんはよくわかってない引き攣った顔で言う。

    「あーね。んまあ、あんた達のことだし、詳しく聞かない方がいいんだろうけど……。にしてもアビドスさんはすげーね。百花繚乱が向こうの治安維持に呼び出されてたよ。内戦状態だって?」

    「なにを今さら。ブラックマーケットかアビドスか、なんて言われる場所なんだし。……じゃあこっちは手薄なの? こりゃ本格的に遊んでいけそうね!」

    「残念だけどOBたちがボランティアで見回り組してくれてる。むしろこっちは治安がいつもよりいいまであるから、目抜き通りの方は気を付けたほうがいいね。見つかりたくないってんならさ」

    「ちぇ。百鬼夜行の支部に見つかるとちょっと面倒なのよ。うーん……。しょーがない。お土産だけ買って帰るか」

    「それなら」

     ぽん、と膝を打って、シャツ屋さんは言った。

  • 1511825/11/20(木) 07:13:46

    「学生があんまり来ないお茶屋さん知ってるからそっち行ってみる? ちょっと坂上るけど、観光ルートからも見回り組のルートからも外れてるし」

    「あ、もしかして”峠のお茶屋さん”ですか?」

    「お、知ってる? さすがスイーツインフルエンサーだねぇ」

    「うむ……あそこの牛福はいい……」ぶーたれていたナツが言う。「渋めのお茶と牛福……。熱により口の中でほどけるあんこと、お餅の中の、酸味が強いフルーツソースの三重奏。あれは……宇宙だよ。紅茶派の私も緑茶に浮気するレベル」

    「急に饒舌になるじゃん。――んじゃそこ行こうよ。まさかそこまで説明しといてお預け食らわせるとかないよね? 暴れるよ? マジで」

     うしふく、なんて聞いたことがない食べ物だし。大福みたいな食べ物かな。いやでもお餅の中にフルーツソース? いちご大福……とは違うニュアンスだ。はちみつ以外の甘味。私は、なんだか。スイーツ部の活動みたいで。食べ物もそうだけど。ちょっと、心が躍る。そういうお店に行ったりとか、なかったし。

     私は。あぐらをかいて、同じように頬杖を突くシャツ屋さんに、言う。

    「よかったらご一緒しません?」

    「んあ? いいの?」

     ぽかん、と口を開けて。というか、みんなもぽかんとしていた。

     続ける。

    「あんまり人の通らない裏道とか知ってますよね? 地元でしょうし」

    「そりゃまあ。学生時代、いたずらしては百花繚乱から逃げ回ってたからねえ」

    「案内してくださいよ。場所知っててもこいつらじゃあ、そういう道まではわかんないみたいなんで。ここ来るまでも迷ってたし」

  • 152二次元好きの匿名さん25/11/20(木) 07:24:14

    このレスは削除されています

  • 1531825/11/20(木) 07:25:40

    「よその人からすると、うちの自治区の道ってわけわかんないらしいってのは知ってる。慣れたらこれほどわかりやすいモンもないんだけど……んー……。なんつーか、水入らず、じゃないの? いま大変な時期っぽいじゃん」

     もちろんそれだけじゃない。

     ……こういう再会は。私にとってじゃなくて。みんなにとって、たぶん、大事だし。”消えちゃう”っていうことは私たちしか知らないし、公表もしないけど。でもこいつらの”今”には、積み重ねて来たたくさんの出会いがあって。

     それに、さっきの話。続きを聞きたい。

     宇沢も知らない話。バズる前の、お金に困るような時代の話。”本格的に活動を始めて数か月で名前が売れた”の、本格的な活動に入る前の、短くて、重要な、始まりの話。

     なんでも食べる。ぜんぶ栄養にして。私は歌わなくちゃならない。聞ける話は聞けるときに聞かなくちゃ。

     どうしようかな、みたいな顔でアイリたちを見たシャツ屋さんに、アイリはぱっと、笑顔を見せる。
     
    「ぜひぜひ! いいよね?」

    「もちろん。なんとなくカズサが考えてることもわかるし」ヨシミが唇を吊り上げて私を見る。「別に知らなくてもいい話だからね?」

    「2枚しか売れないTシャツの話とか聞きたいに決まってんじゃん」

    「……性格わっる。そうだ、ついでに衣装に使えそうなものも見たいの。そういうの扱ってて人がいないところも案内してくれると嬉しいんだけど」

    「任せて任せて―。私の友だちんとことか、後輩のとこだったら、少しの間ぐらいならひと払いしてくれるよ。……じゃあ、せっかくだからご一緒させてもらおうかな! シャツはもうできてるから渡しちゃうね。はいこれ。お金はもうもらってるよん」

  • 1541825/11/20(木) 07:27:05

    「ありがとうございます。あ、あとそのシャツも……できれば着替えていただけると……。私たちはともかく、レイサちゃんが私たちと一緒に居るっていうのがバレたら、ちょっとマズいので」

    「おっけーおっけー。もちろん着替えるよ。さすがに部屋着だもん。てかそこの茶屋の今代の店長ちゃんシュガラファンだし、先に連絡して貸し切りにしといてもらうわ。口固い子だから心配しないで」

    「ほんと! いやあ、私たちは良いファンに恵まれてるわ!」

     柴関で掴みかかられたの見てるけどな。0か100。熱狂的なファンか、熱狂的なアンチ。舞台の裏側を知る人たち。たまたま見掛けた人たち。すれ違った人たち。

     こいつらの辿った道のひと筋。

     そして。

     シャツ屋さんは私たちの目の前で。開けっ放しの扉を気にすることもなく。

     ぱっと上も下も脱ぎ捨てて、下着二丁になった。

  • 155二次元好きの匿名さん25/11/20(木) 15:16:49

    目に見える範囲だとファンかアンチ両極端なシュガラの周りの人らは草

  • 1561825/11/20(木) 16:30:23


     
     ■D-Day -????

     ――……。

     部費っていうのは大切。月一回支給される部費は生活費にもなる。だからみんな部活に入るなり、立ち上げるなり。そこでなにかしらの実績を上げて、部費の値上げを生徒会と交渉する。勝ち取った部費は部員で分け合って。もちろん、それで揉めることだってある。

     部長は決めなかった。もらった部費は1円単位で4人で等分。これは、放課後スイーツ部を立ち上げたときに。私が独断で決めたこと。

     トリニティは他の自治区と比べて部費が多い、って知ったのは。部費がなくなってからだった。

    「……パンツ売るか」

     私服は売った。わたしの分だけで4日分のご飯に変わった。アクセも売った。当面のビラ代になった。家具や家電を売った。ヨシミちゃんと私のスピーカー代には程遠い。

     大好きなスイーツも。チョコミントの新作も。カフェに行くのも外食も。ぜんぶぜんぶガマンした。シスターフッドも泣いちゃうような生活を続けていても光は差さない。トリニティって物価高いんだ。ランチに3000円って贅沢だったんだ。入学したてのカズサちゃんが目を白黒させてたの、今になって理解できた。

     ヨシミちゃんのがらがら声のつぶやきに。あちこち焼け焦げた、ナっちゃんが机に突っ伏して言う。

    「顔を上げて見て見なよ。売れるものはこんなにたくさん――」

    「これ私らの持ち物じゃないし」

     豪奢なソファ。頭上にはシャンデリア。置いてある食器は一組”万円”はくだらない一級品ばかり。学食の厨房みたいなキッチンに、3人入ってなお、泳げるぐらい広いお風呂。テレビは私の身長と同じぐらいで、家具のひとつひとつには華美な彫り物。

     ただし。唸っている冷蔵庫はすっかすか。部屋にはもともとあった家具と、底見えコスメが散らばっているだけ。服は最小限。着て、洗って。乾くまでバスローブで過ごすのが慣例になってた。

    「制服は売ったんだし今さらじゃない。なに、やっすい特売パンツ買ってきてそのまま売ればいいだけよ。ガチで履き古したのなんか売るわけじゃないわ」

  • 1571825/11/20(木) 16:33:20

    「1年生に売りつけたのとは違うじゃん……。パンツ売った顔でカズサに会いたくない……バレたら殺される……」

    「そりゃそうだけどー」

     火薬の匂い。少ない服が焦げた匂い。弾代も、爆薬代も。同じお財布から出さなくちゃいけない。光熱費はティーパーティに請求が行ってるけど、こんなこと続けてたらいつこっちに請求書が回ってくるかもわからない。
     
     私は。みんなを巻き込んじゃった責任がある。

     けほん。咳をすると口の中がじゃりじゃりして。火薬の匂いがつんと鼻を通り抜ける。

    「バイトの時間、増やせないか聞いてみる」

     私の言葉にふたりがこっちを見た。

    「だめ」ヨシミちゃんに睨まれる。「ただでさえ週に1日しか全員揃わないのよ。それにアイリが睡眠時間削って練習してるの知ってるんだから」

    「レパートリー増やすのが最優先だもん。”彩りキャンバス”だけじゃあ――」

    「ナツも手伝ってくれてるし。アイリは新しい楽器も覚えようっていうのに、ひとりで負担背負って倒れられたらたまんないわ」

     くあぁ。大きくあくびをして「ともあれ明日も早いから寝る……。その件はちょっと考えましょ。おやすみぃ」と。席を立って、お風呂にも入らず寝室に向かったヨシミちゃんの背中を見送る。

    「……ナっちゃんも明日バイトじゃないの?」

  • 1581825/11/20(木) 16:34:27

    「んー……。でもドラムパート先に作っちゃった方がイメージ掴みやすいらしいから。もうちょっといろんな曲聴いてパターン勉強する」

    「無理しないでね。今日もボコボコにされちゃったし……。体痛かったら休んでも」

    「それはお互いさまじゃーん」

     イヤホンを耳に入れて。ナっちゃんは人差し指でトトタタトンタタ、リズムを刻む。

     しばらくそれを見ていたら……。気付けば、朝だった。

     誰もいない、広くて豪華な客間。掛けられた布団代わりのバスローブ。バイトの時間ギリギリ。急いで髪を括って。顔だけ洗って、自転車にまたがった。

  • 1591825/11/20(木) 16:37:39



     停学になればずっと1年生でいられる、って気付いたとき。私はまた、なにも考えず、みんなに喋ってしまった。ナっちゃんがふたつ返事でオッケーしてくれて。ヨシミちゃんは1回怒ってから。私たちよりもよっぽどノリノリになって。

     いろんな学生が集まる所と言えば、というわけで。D.U.の駅前に、学園祭で使ったマイクとスピーカーを持ち出して、大声で叫んだ。たくさんの人の前で大声出すのはすっごく緊張したけど、踏み出さなくちゃなにも進展しない。ハウリングしちゃってあわあわしたけど。確かに、人の足は止まって。私の声を、聞いてくれた。

    『杏山カズサっていう子が、行方不明でして!!』

     人が流れる。『私たちの友だちで!!』止まる。『あの……こういう子なんですけど、見かけたらトリニティの”放課後スイーツ部まで”ご連絡を!!』掲げたスマホにカズサちゃんの写真。人がちょっと寄って。

     また、流れていく。

     空に向けて銃を撃った。立ち止まってくれた。『お願いします!! どんな小さなことでもいいので』人が流れる。銃を撃つ。もう、立ち止まらない。

     ミレニアムにも行った。ゲヘナにも行った。サブマシンガンじゃ音が小さくて、ショットガンを使ってみた。曳光弾を撃ってみた。閃光弾を上に放り投げてみた。ヨシミちゃんにギター持ってきてもらって、私がへたっぴに、すっごいおっきな音で音を出したりした。スマホじゃ画面が小さくて見づらいからって、カズサちゃんの写真をビラにした。私が叫んで。ふたりがビラを配った。

     先生には「”私も全力で探してるから、アイリ達もちょっとは休んで?”」と連絡がきた。それとなく止められてるなあ、って思ったから、続けた。

     トリニティ・スクエアの噴水に手りゅう弾を6個投げ込んで叫んだその日。私たちは正義実現員会の人たちに牢に入れられた。

    「みなさんのお気持ちは痛いほどわかります」

     檻越しに。ナギサ様が言う。

    「あのね、あの万魔殿の連中も協力してくれるって言ってるの。ていうかいま、先生がキヴォトスの学校に緊急で連絡回してくれてるから、ちょっと大人しくしててくれない? あんまり暴れられるとこっちの立つ瀬なくてさー」

    「ゆっくり急げ、というやつだよ。今きみたちは、味方であるものを敵にしかねない行動を取っている自覚はあるかい?」

  • 1601825/11/20(木) 16:39:14

     ナギサ様とミカ様とセイア様。3人が私たちに会いに来てくれたとき。私は躊躇なく言った。

    「もう二か月です。年末です。なのになんの手がかりも見つからないじゃないですか!!」

    「まだ二か月しか経っていないんです。キヴォトス中の4000を超える学校と足並みを揃えるのは、とても難しいのです」

    「はっ。”頭トリニティ”の連中は敵が多いからね。私たちが他の自治区で言われた悪口、ティーパックに入れて煮出してみる? 胸が熱くなって涙が出て来るわよ!」

    「なんで私たちに噛みつくの? レイサちゃん見習いなよ。あの子、あなたたちの代わりにいろんなとこに頭下げに行ってるんだよ? あの子の方がカズサちゃんと付き合い長いのに、まるで自分たちだけが友だちみたいに――」

     ガン。

     檻の鉄柱一本が。揺れる。ナツが、思い切り。足の裏をティーパーティに向けていた。

    「お前たちがちんたらしてるから、動いてんの」

    「気が立っ――」

     ガン。

     鉄柱一本が。揺れる。

     ナっちゃんの靴の裏の泥がナギサ様の制服に飛んだ。

     大きくため息を吐いたナギサ様が、泥を叩きながら口を開こうとした瞬間。反対側の、からっぽの牢屋の鉄柱が、一気に5本くらい。いやもっと。人がふたり並んで通れるぐらい、吹っ飛んだ。耳をつんざく、鉄がひしゃげ転げる音。反響がいつになっても止まない。セイア様は大きなお耳を、頭ごと抑えて。ナギサ様は、ばさばさと翼から羽を散らした。ナっちゃんは尻もちついて、私たちは思わず体を寄せ合った。

     音が消えるまでたっぷり時間があって。私たちは、広げた腕をゆっくりと戻すミカ様から、目が離せなかった。

  • 1611825/11/20(木) 16:41:39

    「レイサちゃんにちゃんと謝ってね」

    「……」

    「通達します。放課後スイーツ部は1週間の拘禁ののち、1ヶ月の奉仕作業に従事してください。奉仕作業が課されている間、あなたたちの行動は、正義実現委員会によって監視されます」

     そして私たちは。奉仕作業中に目を盗み、大聖堂に焼夷弾と発煙弾と閃光弾を投げ込んで。今にも倒れそうなシスターフッドの子1人の手を引き、混乱に乗じてティーパーティのテラスに乗り込み、言った。

     ”放課後スイーツ部部員4名”の無期限停学を要求します。断られたら、えと……。あの……。あ、この方に、お腹が破裂しちゃうぐらいの生クリームを絞り込みます!!

     ……。

     それから。

     それから……。

    「……いらっしゃいませー」

     4人の生徒さんたちを、私は席に案内して。お冷を取りに厨房の暖簾をくぐる。

    「……アイリちゃんさあ。もうちょっと愛想よくできない?」

    「すみません」

    「むかしSNSで拡散してくれてお客さん増えたし、アイリちゃんたちには感謝してるんだよ。だからトリニティに内緒で雇ってあげてるの。大変なのは知ってるよ。でも、お仕事はちゃんとしてくれなきゃ」

    「ごめんなさい」

  • 1621825/11/20(木) 16:43:02

     ナギサ様たちが卒業する前に。ぜんぶが動き始めた。

     あれから逃げ回っていた私たちは要求通り無期限停学。1年生の。入学時期からやり直せる。しかもカズサちゃんが見つかろうが見つからまいが、S.C.H.A.L.Eとトリニティが持つ書類が揃えば、無条件で復学できる。今までやっちゃったことも全部おとがめなし。破格。異常な優遇。その特例のために、キヴォトス中から偉い人が集まった。しかも、キヴォトス中でカズサちゃんの捜索活動が始まった。

     街中の目に着くところには、自治区の条例としてカズサちゃんのビラを貼ってもいいことになった。ニュースでも、CMとして目撃情報を募る映像が流れる。ラジオでも。SNSでも。地域ニュースでも。ぜんぶが、一斉に動き始めた。

    「――とぉ――――ヒーとぉ」

    「すみません、もういっかいおねがいできますか」

    「あ、ごめんなさいね。ええと、――――とぉ」
     
    「……はーい」

     私は取ったメモを厨房に渡す。「……ごめん、何書いてあるかわかんないよ。なんて書いてあるの? これ」

    「すみません。もういっかい聞いてきます」

    「……だいじょうぶ?」

    「はい」

     からんころん。

     ドアベル。

    「いらっしゃいま……」

    「や、やっと見つけた……見つけました!!」

  • 163二次元好きの匿名さん25/11/20(木) 23:34:47

    想像以上に大暴れしてるな

  • 164二次元好きの匿名さん25/11/21(金) 07:22:52

    保守

  • 165二次元好きの匿名さん25/11/21(金) 15:50:32

     カズサが居なくなって二ヶ月目のレイサはまだ人付き合い苦手な「あの頃のレイサ」だろうに、「各所に頭下げて回ってる」ってミカの言葉を読んで
     真っ先にティーパーティの下に駆け込んで事情を説明して協力を乞うたであろうレイサはきっと、話慣れてないからしどろもどろだし不安と恐怖と緊張と寂寥とでぐちゃぐちゃの涙目で吐きそうになりながらそれでも必死に大事な友達が居なくなってしまった事、カズサだけじゃないスイーツ部への気持ちを丸ごとナギミカセイアにぶつけたんだろうなって

     そんな具合に会話を重ねていくうちに事情も人となりも理解してきて、向いてないから何だとなりふり構わずあちこち無我夢中で駆け回るレイサに特に強く心を打たれるのはかつて「友人を失う」恐怖を最前で体験したミカだろうなって
     下手すりゃ「自分の過ちで”失いかけた”」ミカからすれば「理不尽に”失った”」に近い状況のレイサが折れずに走り回るの手放しに尊敬モノなんじゃなかろうか

  • 166二次元好きの匿名さん25/11/21(金) 15:50:44

    良く言えばないふりかまっていないほどに熱心な、悪く言えば独りよがりじみた捜索活動

  • 1671825/11/21(金) 16:38:17

     力の強いドアベルとドアの軋み。

     ふたつ縛りをやめて。一本のおさげ。淡い髪色とビビットなマフラー。

     伸びた前髪に分け目を作ったレイサちゃんが。額に汗をにじませていた。

     ……。

     席に案内しようとしたら、いつのまにか厨房から出て来た店長さんに休憩を言い渡された。休憩中もバイト代って出ましたっけ、って聞くと「もちろん出るよ」っていうから、休憩をもらった。そうなんだ。休んでるのにお金貰えるんだ。貰えないと思って今まで休憩いらないです、って言ってた私がばかみたい。お昼ご飯の1時間、いっつも30分早く帰ってたのに。

     テイクアウト用のミルクティーをふたつ持ったレイサちゃんに着いて行く。お店の中はやだって言った私のわがまま。

     自警団として毎日パトロールしてるレイサちゃんは街中にとても詳しい。徒歩2分以内で、人が来なくて、かつ座れる場所。狭くてたった20歩ぐらいで終わっちゃう建物と建物の間にある3段の階段に腰掛けて。

     差し出されたミルクティーを受けとる。

    「後輩の子に、似てる人が働いてたって聞きまして」

    「……トリニティにはナイショにしてくれる? お店の迷惑になっちゃう」

    「は、はい」

    「……」

    「あの……つかぬことをお聞きしますが、みなさんごいっしょに住まわれてます? 住所に行ったらもぬけの殻で」

    「家賃、高くてさ。ここから自転車で1時間ぐらいのとこに1Kの安いとこあって。そこにみんなと住んでるよ。えへへ……。リノベーション済みの団地で5万円……」

  • 168二次元好きの匿名さん25/11/22(土) 00:16:25

    最初に説明してやってくれよ店長…

  • 169二次元好きの匿名さん25/11/22(土) 08:32:18

    できるうちに保守

  • 170二次元好きの匿名さん25/11/22(土) 16:14:35

    このレスは削除されています

  • 1711825/11/22(土) 16:23:27

    >>169

    (落ちたー思ってました……)

    (ほんとありがとうございます)


    (ううむ……今日の夜も落ちるだろうか)

  • 1721825/11/22(土) 16:30:27

    >>167

    「事故物件とかじゃ」


    「ないない。これでも他自治区からしたら高いほうだよ?」


     レイサちゃんにはわからないだろうけど。


     喉から出て来ちゃいそうになった言葉。慌てて奢ってもらったミルクティーで体の中に戻す。


     非正規の部活とはいえ、学生なら学校に申請すれば、補助金は下りるもん。他に家賃補助も下りるし、お茶代、っていう独特の制度もある。お金に関しては、トリニティの制度はすごいんだ。だからこそ、物価が全体的に高くなっちゃってる、って。気付いた。


     それに、カズサちゃんのお部屋のお金。家賃17万3千円。


     女の子のお部屋だもん。見られたくないものぐらいあるはず。情報を得るための捜査だってツルギさんにだけ許した。お部屋の所有者を学校や先生にしたくなかった。払ってもらいたくなかった。同じスイーツ部の仲間なんだから困ったときに手をいちばんに手を差し伸べるのは。頑張ってどうにかなることは、私たちだけでやりたかった。学校にも先生にも渡したくなかった。


     ちっぽけで。何の意味もないプライド。 


     ……。


     ちっちゃいプライドが。私の中で飛び回っている。私の体の内っ側を。ずたずたに引き裂いていく。


     レイサちゃんは、マフラーできゅっと口元を隠して「みなさんご一緒なら、よかったです」って。つぶやくように言った。


    「先週、卒業式だったんですけど、いらっしゃらなかったので……」


    「だって、私たち停学だからね。……てことは春休み入ってるのに、今日もパトロール?」


    「――こういう時こそ平和は乱れますからね! 新1年生も引っ越してくる頃合いですし、そういう子を狙う輩が――そうだ! あのですね、これは関係者だけのオフレコなのですが、実はスズミさんの活動が認められて、4月からは正義実現委員会とちょっとだけ協力体制を敷くことに」

  • 1731825/11/22(土) 16:33:26

    「余計なことしないように監視されるってこと?」

     だめ。

    「え……あ……う、え、ええ。あはは。そういう側面も、あるかもしれません! しかしスズミさんはもともと正義実現委員会所属だったので、信頼は――」

    「辞めちゃったのに信用されてるんだ。すごいねスズミさんは」

     言っちゃ、だめ。

    「……はい」

    「……」

    「……」

    「……」

    「……じつは、ナギサ様たちから頼まれたことがありまして」

     あつあつのミルクティーを。ちょっとだけ舐める。熱いけど、火傷するほどじゃない。ちゃんと味がわかるぐらいの温度。甘くて、アールグレイの香りが鼻に抜ける、お気に入りだったミルクティー。働き始めて1ヶ月。賄いでお願いしたことなかった。

     私の胸はもう。ずくんずくん。鼓動するたびに痛い。止めちゃいたい。痛い。

     レイサちゃんはすごい。本当にすごい。

     私たちと違って、レイサちゃんはいろんな人の伝手を使って、ティーパーティと直接やり取りをして。スズミさんとか自警団の子たち総出でビラを配ったり、声かけをしてくれたり。同じ1年生で、中学生の頃からいっしょだって言って。いろんな人に、いろんな情報を共有してた。必死なレイサちゃんの周りにみんな集まって。ひとつの大きな塊になって、動いてくれてる。

     自警団としての活動だってちゃんとこなしててさ。かわいいカラーリングの銃からは火薬の匂い。汚れた制服。跳ねちゃってる髪。スマホもときおり震えてる。

  • 1741825/11/22(土) 16:37:07

     脇に置かれた、擦り切れたような汚れがあるトートバックには。束で。何枚も何枚も。よく見かけるビラだ。見やすくて、わかりやすくて。私たちが作ったやつよりも何倍も出来がいい。しかもラミネート加工までされてて、雨風にも強い。
     
     ミルクティーに口を付けたまま動かない私に。レイサちゃんは、相槌を待たずに言った。

    「所持しているセーフハウスのひとつを皆様に、とおっしゃってくださいまして」

    「セーフハウス?」

     私が言うと「ですです!」と。努めて明るい声で。レイサちゃんは続ける。

    「郊外の丘の上という立地なのですが、家賃は掛かりませんし、もろもろの請求も緻密に偽装されてトリニティに行く手筈になっている建物を買っぅおっほん! 建物があるらしく!」

     部屋の間取りや、庭まで完備。用意してある什器はもう使わないものだから売っちゃっても良し。ただ、土地が広い上手入れをする人も雇っていないから面倒は自分でみなくちゃいけない、という。デメリットがデメリットじゃない条件を。レイサちゃんは身振り手振りで、笑顔で。言った。

     私はちゃんとレイサちゃんの顔を見ていたけれど。レイサちゃんを見ていなかったかもしれない。

     すごいなあ。

     すごいよ。レイサちゃん。 
     
     私たちは、なにした?

     暴れに暴れて、とにかくカズサちゃんの名前と顔を憶えてもらおうとして。ちょっとでもいいから、情報が欲しくて。みんなで一緒に卒業したいからって、停学になっちゃえばいいじゃん、って暴れて。要求通り停学にはなった。ナギサ様たちのお洋服に泥を付けるっていう演技をして。でも。結局それは、レイサちゃんがティーパーティの人たちに、必死に私たちの要求を通すようにお願いしてくれた結果。私たちの力じゃない。私たちはただ、お願いすれば通ることを。唾を吐きかけながら、わめいただけ。

     その結果どうなった?

     カズサちゃんが悪口言われるようになっちゃった。

     ほんといい迷惑だよなー、ってSNSの書き込み見たとき、私はほんと。頭真っ白になっちゃって。邪魔してる。私は。私たちがマイクで大声出すのとおんなじことをやってくれてるレイサちゃんたちの邪魔をしてるって気付いて。私たちの貼ったビラが、雨なんかででろでろになっちゃって。配ったビラが、すぐそこで捨てられてて。

  • 1751825/11/22(土) 16:38:32

     もう、どうしたらいいかわかんなくて。

    「もちろんお断りいただいてもかまわないとおっしゃられていました。それで……その……さっそくその物件にご案内したいのですが、お時間ありましたら……」

     上目遣いになって。レイサちゃんは、不安そうに言う。

     私は。この会話で何分経ったかな。これ休憩じゃないし、時給減っちゃわないかな、なんて考えながら。

    「みんなに連絡しておくね。今日レジ閉めまでいるから夜の9時ぐらいになっちゃうけど、大丈夫?」

     上手に笑えたかわからないけど。
     
     そう言うと。レイサちゃんはがさっと。トートバッグを持って立ち上がって。

    「9時ですね、わかりました! ではまた連絡しま……いえ。お店にお伺いしますので! よろしくお願いします!! では!」 

     ぱーっと。いつもみたいに、元気に走って行った。

    「……ばいばい」

     日陰の路地から見たレイサちゃんの背中は逆光になってた。

  • 1761825/11/22(土) 16:40:05

     なんだか。ほんとに。

     私さ。

     みんなも、だったけど。

     ごめんなさいって言わなくちゃいけないのに。ずっと、ぐるぐる考えてたら。ぐるぐるしたまんまで。連絡を返せなくて。既読を付けるのが精いっぱいになってて。トーク画面開くの、怖くなっちゃってた。

     ……私たちとか、トリニティが嫌いになって家出してるだけなら、それでいい。でも。誰が連絡しても。先生の連絡すら。シッテムの箱っていうすごいものを使っても。あの条約の問題を解決しちゃった先生の力ですら。なんにも手がかりがつかめなくてさ。

     どうしたらいいんだろう。どうすればいいの?

     なんでカズサちゃんなの?

     きっとレイサちゃんも同じ気持ちなのに。私たちよりよっぽど長い付き合いのはずなのに。そんな風にまっすぐ、正解を選んで走って行ける。

     自警団と。カズサちゃんと。私たちのことまで。

     正直言うね。

     すっごく妬ましかったんだ。

  • 1771825/11/22(土) 16:45:08



    「ちな実は、レイサにアイリの居場所バラしたの私。ふふん」

     そう言ってナツは大きく大きく口を開けて、隣のおもちのあんこまで乗っけたものを口に放り込んで、お茶をすする。

    「えええっ!? あの時ってだれもレイサちゃんと連絡とってなかったんじゃないの!?」
     
     昼下がり。すりガラスの向こうから差す陽と、早めに焚かれたストーブの暖かさにいっそのことまどろみそうなところに差し込まれたアイリの声に、私は湯気を失ったお茶をすする。

     ”峠のお茶屋さん”には、連絡してもらった通り、貸し切り札が掲げられていた。1人の店長さんと1人の従業員さんだけで代々受け継いで来たお店、らしい。2人しか入れないかなり倍率の高い部活らしくて。道中、そんな話を聞いた。

     店の中には歴代の店長さんと従業員さんの写真。その時の常連さんがいっしょに写っていた。ずっと。人が変わっても、お店は変わらない。そんな空間を守り続けて来た歴史。

    「私は取れなかった」ヨシミが言う。「アイリとおんなじ。すっごい劣等感あったし。いやなんかこう、あのときのレイサは本当に輝いて見えててさ」

     お店に入ったとき、挨拶と注文を終えたあと、アイリが写真の1枚を指さして、ニコニコしながら「ちょっとあそこの写真見てみて?」と言ってきた。案の定、そこにはアイリ達が。大勢の中のひと固まりとして写っていた。髪型なんかもナツはまだ長いまま。ヨシミもツインテではないけど髪を結んでる。アイリはいまほど長くないし、ちょっとメイクが派手。宇沢は……誘われたけど、その時、卒業シーズンで外に出る余裕がなかった、らしい。

     そして。流し見して見つけた、アイリ達の写真から4枚隣。前は知らなかったけど、今では知った顔。

     ハルカさんとムツキさんがいっしょに写っている写真もあった。まだ二人とも、私と同じぐらいに見える。制服は着てないけど、いくつぐらいのときなんだろ。

    「ぐふふ。もっと褒めてください。私はいまもむかしも輝く――」

    「スーパースター?」

    「……忘れてください」

  • 178二次元好きの匿名さん25/11/22(土) 23:23:22

    レイサの光が強すぎる

  • 1791825/11/23(日) 08:37:23

     急にちっちゃくなった声に私は笑ってしまう。笑ったついでに”牛福”を頬張る。言われた通り口の中でほどけるこしあんと、酸っぱめの柑橘ソースがベストマッチ。しかもお餅は草もち。これは緑茶、っていうのがよくわかる。いやでも紅茶も渋めに淹れれば合うよこれ。それに、オーソドックスな方も確かに美味しいけど、期間限定のマスカット餡も最高。中にごろっとぶどうの実が入ってるのもめっちゃポイント高い。

     半分ほど減った湯呑に、従業員さんが静かに。陶器のティーポットから熱いお茶を注いでくれる。そうそう、ちょうどぬるくなってたの。さすがです。

     私が頭を下げると、きらきらした目で。ずっと私を見ている。

    「なんです?」

    「お話し中すいません。……あとでサインお願いしますっ!!」

    「お、おう。だってさ」

     ていうかシュガラのサインもう壁に飾ってあるけどね。日付は……結構前のやつだけど。

     私が話を振ると「たぶん私たちじゃなくてさ」とナツがむに、と目を細める。「そういえば、サインの練習はしなかったねえ」

     そりゃ、まあ。活動に参加してなかったし。

     あ。

     となると。

     ていうか、え?

    「私が書くの?」

    「こーら。申し訳ありませんね。……しかし、かの”杏山カズサ”さんの貴重な初サインを、是非、わたくしどものお店にいただきたいのは、いやしくも本心でして」

     目の前の従業員さんじゃなくて。その後ろの小上がりに座っている店長さんの声がぶっ飛んできた。申し訳ないと頬に手を当て上品な仕草ながら。断らせないぞ、という圧すら感じる。やり手だな、さては。

  • 1801825/11/23(日) 08:50:46

     うえー……。サインなんか書いたことないから、名前書くだけしかできないよ……恥ずかしいな。あとでなんかサッと書けるサインの方法とか教えてもらおう。

    「……ナっちゃんはそういうの黙ってるクセ、やめた方が良いと思うな」

     サインはともかく。テーブルに腕を乗せて。アイリが、湯呑に着いた口紅を落としながら唇を尖らせる。

     けれどナツは、肘をついて。ストーブの上でゆるゆる湯気を立ちのぼらせるたらいを見ながら。つまり余所見をしながら、言った。

    「レイサに連絡返さないのはだめだったじゃん。そうはいっても生存確認ぐらいの連絡しかしてなかったからね? ……それも限界かもなーって、あの時は思ったから」

    「そういうことじゃなくてー。だったらちゃんと言ってくれれば」

    「まあまあ、その件はとっくに謝っていただきましたし。ていうか何年前の話ですか」

     眉を寄せて笑った宇沢は。唇があんこでべたつくのか。ぺろりと舌を出す。

     ”本格的に活動を始めて数か月で名前が売れた”の、本格的な活動に入る前の、短くて、重要な、始まりの話。同席しているシャツ屋さんも、お茶屋さんたちも。みんな。みんなの話を。思い思いのリラックスした格好で聞いている。

    「ていうか」ヨシミが。香りのついたお手拭きで指を擦りながら言った。「あのセーフハウスってフツーにティーパーの持ち物だと思ってたけど、違ったのね」

     宇沢が答えた。

     目を伏せて。静かに。

    「所有者はティーパーティでも、トリニティでもありません。あそこは……あそこは皆さんのために用意されたんです。実際の所有者はミカ様、です」

    「……そうだったんだ。話の流れ的にナギサ様かと思った。思えばあそこについてちゃんと聞いたの、初めてね」

    「秘密にしておいてって言われてましたから……。しかし、お金は首席の方々が出し合って、あくまで名目上、というものなのであながち間違っていませんよ。ただ、ミカ様は誰よりも率先して、いろいろ動いて下さって」

  • 1811825/11/23(日) 08:54:44

    「……心残りなんだよね」

     アイリが。小さい声で言う。宇沢の話を聞いて。一段と。一層と。辛そうな顔で。

    「ナギサ様と。ミカ様と。セイア様に。謝れなかったことが」

     ……。

     そっか。

     みんながあそこを紹介されたのは。3人が卒業しちゃってから、か。

     ストーブが焚かれる音と、衣擦れ。

     人の声もほとんど聞こえない、小高い丘のちょうど真ん中あたりにある、観光地から外れた場所の穏やかな午後。ときおりキツツキみたいな銃声が遠くに聞こえるぐらいで。他に、人の気配もない。

    「――でね! そんなこんなで、カズサちゃんも知ってる、あのお屋敷に住むことになって!」

     アイリが。笑顔を見せた。

     吹っ切るように。きっと何度もした後悔と、後悔してもどうしようもないってムリヤリ飲み下して来た”慣れ”を、私は見た。

     心残りと言ったって……。15年、そんな思いを抱えて、こんなことを言うぐらいなんだから。3人には今まで会えなかったんだろう。キヴォトスにいないんだろう。卒業して。キヴォトスから出て行くまでの時間が最後のチャンスで。そのチャンスを逃したアイリは。

     泥を付けた張本人であるナツも、すこし。心なしか。暴言を吐いたヨシミも。アイリの言葉をずっと引きずって来たんだろう。

     顔見りゃわかる。誰も。”昔”じゃなくて”今”も。痛そうにしていた。
     
    「とにかく、今までのやり方じゃあもうだめだってなってたから。それで、ほら、ツムギさんに初めて会った時のこと思い出したの。『路上ライブなら、迷惑にならずに、足を止めてもらえるかも』って。心機一転、そういう方向で頑張ろうって、なったんだけど……」

  • 1821825/11/23(日) 09:02:45

     始まり。始まる。SUGAR RUSHの。こいつらの"SUGAR RUSH"が。

     店長さんと従業員さんが、小声で話す声が。静かな店内に。小さく聞こえる。

    「この話って有名な話ですか? うち、聞いたことないんですけど」

    「……一本だけ、説明もなにもない、20秒ほどの音質も画質も悪い路上ライブの動画が上がっているだけ、ですわ。こんな詳細なお話は、どこにもなかったはず。少なくとも公式には」

    「ろ、録音とか」

    「お客様としていらしているのですよ。めっ、です」

     あはは、とアイリがそっちを見て笑って。お茶を一口飲み。

    「でも、やるっていったってね。ベースが居なかったから。ヨシミちゃんがアコギでやろうか? って言ってくれたけど、アコギ買うお金どうするの、ってなって。じゃあそのままやるにも、じゃあベースどうするの、ってなって。あれこれ悩んで。いっぱい悩んで。やるならちゃんとしないとダメだって。たくさんの人に音楽で振り向いてもらって、それでカズサちゃんのことをお話しようって。何日も話し合って、何日も話し合って……決めたの」

     アイリは。長い髪で顔を隠すようにうつむいて。言った。

    「――カズサちゃんのお部屋。守れなくてごめんね」

     私は、15年後の、あの屋敷で見た。おもわず『きもい』なんて言っちゃった自分に説教してやりたい。アイリ達はちゃんと守ってくれた。私の部屋を。帰る場所を。ほんの少ししかいられなかったあの部屋。昔も。ここでも。少ししかいられなかったけど。アイリ達は、ずっと守ってきてくれてた。あの。家賃補助前提の、一般的なトリニティのアパートの一室を。
     
    「そんなことないよ」

     でも、アイリは顔を上げない。ふるふると。顔が横に振られる。ヨシミたちも顔が暗くて。それでわかった。

     アイリ達はこの時。

     なにか大事なものを諦めて。"SUGAR RUSH"を始めたんだなって。

  • 1831825/11/23(日) 16:11:38







    (いったん保守)

  • 184二次元好きの匿名さん25/11/23(日) 22:37:27

    全てをSUGAR RUSHにかけてたんだな

  • 185二次元好きの匿名さん25/11/24(月) 05:05:12

    これまでの後悔も、寂念も、そして未来への希望も、全部綯い交ぜにして今がある

  • 186二次元好きの匿名さん25/11/24(月) 13:26:19

    保守です

  • 187二次元好きの匿名さん25/11/24(月) 21:17:59

    部屋って普段過ごす場所……安らげる場所で、なくなると途端に淋しくなるから辛いね。何より「残せなかった」ことが。

  • 1881825/11/24(月) 23:49:38


     
     1Kのお部屋でごろ寝してた私たちは、数カ月ぶりに自分だけの部屋で眠れた。でも、目が覚めたときのなんていうかな。寂しさ、みたいなものは、ちょっとイヤだったな。みんなも同じだったんだと思う。次の夜は、広くていっぱいお部屋あるのに、なんでか広間に掛け布団を持ち込んで寝たから。

     ベッドもクローゼットも、鏡台も。すっごいキッチンにおっきな冷蔵庫。お鍋にざるに、保存の効く食べ物まで。生活に必要なものがぜんぶあった。あー、死んだのかな。天国かなって、本気で泣きそうになった。だってそれまで、お洋服売ったお金でご飯食べたりしてたから。

     私たちは住んでた5万円のおうちを解約して。

     ……それから。カズサちゃんのお部屋を、解約した。

     カズサちゃんの部屋の荷物。流し台に置いてあったお皿も。飲みかけの紅茶が入ったマグカップも。洗濯機に入っていたお洋服も散らばってたヘアゴムも。ゴミ箱に入ってたゴミだって。ぜんぶぜんぶ、そのまま持って来た。個室のひとつに、ぜんぶそのまま置いた。用意してくれてたベッドを物置に運び出して、カズサちゃんのベッドを置いて。テーブル置いて。食器とかは洗って、そのままになるように。

     帰って来たときに落ち着く場所があるように、って。

     ……。

     ひょっこり。

     ひょっこりさ。ベッドで眠ってないかなって。

     毎日、毎朝、見に行ってたんだよ。

     ともあれ。暴れて注目してもらって、ってやり方だと協力したいなんて思われないし、カズサちゃんに悪い感情が向けられちゃう、って気付いたから。言った通り、路上ライブをやろう、って。

     最初は私、ベースやる気なかったんだ。物足りなくていいやって。だって、じっさい物足りないんだもん。それよりも路上ライブに使う機材を――持ち運びしやすい機材とかポップとか。スピーカーは備品を借りてたでしょ? それも買わなくちゃいけなかったし。あとは立ち止まってくれた人に渡す用のビラとか。ナっちゃんはスネアとタムとシンバル1枚だけのアレンジに変えてもらって。私たちは……。うん。重かったなあ。あれ持って移動するの。

     でも……。急いで揃えた、安い中古のスピーカーはね。とにかくひどくて……。ノイズもそうだし、なにより電源が突然落ちちゃったり。充電式だったんだけど、バッテリーがダメになってた。お金、無駄にしたなーって。

  • 1891825/11/24(月) 23:53:31

     週に1回。ほんとは毎日やりたかったけど。週に1回、土曜日の夜。公園とか、駅前とか。許可もらってお店の前とかで、演奏するようにした。カズサちゃんのお部屋代にしていたお金と、私たちが引っ越しの時に家電とか売ったお金も合わせて、ちゃんとした機材を揃えようって。それまではとりあえずこの機材で頑張ろうって。

     そのために、それまでは。バイト頑張ろうね、って。

     立ち止まってくれるのは一晩で5人ぐらい。そりゃそうだよね。路上ライブなんて別に珍しくもなんともないし、まずボーカルいなかったし。ボーカル曲のインストなんて、しかも機材トラブルだらけで、最後までまともに演奏もできないで、うつむいて鬱々と弾いてるようなバンドに立ち止まってくれる人なんて。よっぽど暇そうな人、しかいなかった。

     思えば。

     前よりはお金に余裕ができたからそう言う風に考えられた。あの1Kのお部屋のままだったら……。

     SUGAR RUSHで探すための活動しよう、なんて。思いつかなかったかも。

     半年ぐらいかな。”彩りキャンバス”だけじゃなくて、ネットでバンドスコアを買って流行りの曲とか、コピーしてやってたんだけどね。おんなじことしてる子いっぱいいたし、段々、埋もれていっちゃって。お客さんが止まってくれない日も、出て来たの。レイサちゃんは毎回来てくれてたし。自警団の子だって連れてきてくれたけど。……恥ずかしかった、っていうのが、ほんとのところ。上手じゃないし、ただ、弾いてるだけの活動、だったから。

     そしたらある日ね。オリジナルで、ちゃんと、カズサちゃんを探してますって曲をつくっちゃおうって、ナっちゃんが言ったの。たぶん。私たちの誰よりも先に。”長い戦いになる”ってわかってたんだろうね。だってさ。”妖精のいたずら”なんかで消えた人なんて。どうやって探せばいいのかわかんないし。そもそも探せるものなのって言う考えも……見ないふりしてた。

     バイトと、捜索活動と、曲作りと。

     桜も散って。歩くと汗ばむな、ってぐらいの時期。カズサちゃんが居ない日常が、当たり前になり始めて。喪失感っていうのかな。そういう気持ちが、ちょっと楽……になっちゃってたときのライブでね。

     ヨシミちゃんが、ぼそっと言ったの。 

    「ごめんちょっとトイレ」

  • 1901825/11/24(月) 23:55:26



     片手を挙げて。ナツが言った。

    「……あんたさぁ」

     見て見なよ。アイリ笑ってるよ。あの笑顔、怒ってるときの笑顔だよ。使う? 宇沢の拳銃。ああ、サブマシンガンの方でいいのね。おっけー。

     年取ると近くなるじゃん、と引き攣った顔で立ち上がったナツは、宇沢に声を掛ける。

    「ついでに行っとく? ここのトイレ、いまのレイサだとちょっと大変かもよ」

    「んえ。ああ、じゃあせっかくなんで……。すみません」

     ゆっくり歩く宇沢の腕を、触れるか触れないかのところで支えて。引き戸をがらがら開けて出て行く2人の背中を。頬杖突いて見送る。

     椅子から立ち上がる分には。なにか支えがある分には。いちおう、日常生活を送れるようになった宇沢だけど、ここのトイレだと、下手するとお尻がハマるかもしれない。私もここ来た時に借りて、しゃがむタイプとか使ったことなかったからびっくりした。床に便器が埋め込まれてるとか。

     にしても。体拭くのに脱がせただけでぎゃあぎゃあ騒いでたのに、宇沢はトイレですら恥ずかしがらなくなった。普通に「トイレ行きたいんですけど」って言ってくる。さすがに扉の前で待ってる、ってだけだけど……。風呂上りに体拭くとかはやるし。慣れたもんだよ。宇沢も私たちも。
     
    「……機嫌直ってきてよかったわ。飲ませるか食わせるかしとけば機嫌直んのよね、ナツ」

     あんこだけ舐めながらヨシミが言った。

     今気づいた。ヨシミのお皿の”牛福”のあんこ。ほとんどないんだけど。しかもお餅はご丁寧に割られて、中のソースも吸われてる。嘘でしょ。おいおい、嘘でしょ。

    「なに、なんか文句ある?」私の視線に。文句が飛んでくる。

    「……汚ったない食べ方だなあって」

  • 1911825/11/25(火) 00:27:43

    「うるさいわね! それぞれダイレクトに味わいたいの! 美味しいんだからお餅だけでも!」

    「毎朝もち米を蒸かすところから仕込んでいますもの。そう言っていただけると、わたくしどもも頑張り甲斐があるというものですわ」

    「ほんとーに草餅が絶品なの。なんでトリニティに支店出さないの? お金ならレイサが工面してくれるわよ?」

    「代々、この一店舗だけでやってる部活なので。百夜堂さんと競合してしまうというのもありますし……。まあ、次の代では、どうなろうと、私の知ったことではないですけれど」

     そう言って。店長さんは、ストーブの前で湯呑を握っている従業員さんを見て微笑んだ。位置的に。背後にいる店長さんの、顔は見えていない。従業員さんは口パクで。私たちに向け親指を立てて、言った。

     ”やってやりますよ!”

     私が唇吊り上げて”待ってる”と返事をすると。シャツ屋さんが言った。
     
    「なんでわざわざうちらに頼んだんだろって、先輩たちと話した記憶があんだよね。トリニティからの発注は初めてで」

    「SNSでちょうど広告流れて来てて、すっごい安かったので……。すみません。費用は足で抑える、がモットーみたいになってたんです」

    「100枚までは送料無料、でやってたしねえ。今じゃできなくなっちゃったけど……。そうそう。それで、デザイン見たら、当時話題になってた子の写真で。それで気になって見に行ったんだよね」

    「そうだったんですか! 実を言うとあの時は、暴れてたツケというか、ライブ中に襲われることもたまにあったので……。演奏を最後まで見てくれてた人の顔はよく憶えてるんです。とくにシャツ屋さんは、他校の制服でしたし」

    「浮いてんなあーって思いながら町歩いてたよ! いやでも、いい思い出だなあ」

    「浮いてた、といえば、ナっちゃんのドラムを川に投げ込んだこともあったよね! 浮くから大丈夫! って」

    「以外と浮かなかったわね。それでブチ切れたナツに『取ってこいよ、鵜どもめ』って川に蹴り落されたり。電子楽器は濡らせないからって、その場は一緒に担いで逃げてくれたけど」

    「あはははっ。戻ったらどこにもないんだもん! あれ、ナっちゃんには申し訳ないけど面白かったー!」

  • 192二次元好きの匿名さん25/11/25(火) 09:11:28

    めちゃくちゃだったんだなぁ笑

  • 1931825/11/25(火) 16:18:32







    (11月で終わるとか言ったうそつきだーれだ)
    (私だ)

    (さんれん休はどうでしたか)
    (わたしはやすみがいちにちしかありませんでした)
    (よるあたりにしんすれですね……)

  • 194二次元好きの匿名さん25/11/25(火) 22:29:27

    おつー

  • 195二次元好きの匿名さん25/11/26(水) 06:50:11

    >>191

    なんだかんだ、ずっと「お金」の問題がついてきてるのよね……

  • 1961825/11/26(水) 08:00:08
  • 197二次元好きの匿名さん25/11/26(水) 08:02:07

    おつー

  • 198二次元好きの匿名さん25/11/26(水) 08:04:30

    うめー

  • 199二次元好きの匿名さん25/11/26(水) 08:06:00

    おつー

  • 200二次元好きの匿名さん25/11/26(水) 08:07:10

オススメ

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