(SS・幻覚注意)とあるウマ娘の伝説

  • 1二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:19:37

     日が落ちてもなお、燃え盛るような灼熱の大地。
     弾けるような鼓動を聞きながら、あたしは砂と汗に塗れた顔を上げる。
     メイダンレース場、ダートコース。
     あたしの視線の遥か先には、歓喜と祝福の声に浴びている一人のウマ娘がいた。
     その光景を目の当たりにして、あたしは歯を食いしばり、拳を強く握りしめてしまう。

     ────負けた。

     一番人気を背負って、たくさん期待されていたのに、勝てなかった。
     前には追いつけず後ろからは差される、紛れもない完敗。
     敗因はいくらでも思いつくが、今は、悔しくて、情けなくて、腹が立って、仕方がない。
     
    「ふぅ」

     まずは目を閉じて、一息つく。
     そして、呼吸を落ち着かせると同時に、自らの気持ちにも整理をつけていった。
     負けたのは、初めてじゃない。
     アメリカでは一度も勝てていないし、今日負けたのだってアメリカのウマ娘だ。
     このままじゃ終われない、このままでは終われない。
     だからこそ、この負けを引きずり続けているわけにはいかなかった。

    「…………っし!」

     ばちんと、両頬を強く張る。
     そして、無理矢理に笑顔を作って、勝者を称える大きな拍手を贈った。
     次だ、心の中で、炎を絶やさず燃やし続けながら。
     世界最強、その頂は高くて遠い所にある。
     だからこそ、あたしは立ち止まってなんていられなかった。
     何度負けても置いて行かれても、ただひたすらに食らいついて挑戦し続ける。
     そんな日々が永遠に続くと────あたしは心のどこかで、考えていたんだと思う。

  • 2二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:20:52

    「うーん、一年振りのアメリカだぁー!」

     空港から出たあたしは、大きく背伸びをしながら異国の空気を存分に堪能する。
     匂いや湿り気、温度に至るまで、海外の空気というのは別物。
     そういうのを実感すると、あたしは何だかワクワクしてしまうのだった。

    「さて、外に迎えに来てくれているはずなんだけど……?」

     今回、あたしはブリーダーズカップに出走するために、アメリカへ来ていた。
     本来はチームのみんなと一緒の予定だったけれど、とある理由ため、あたしだけ一足先に。
     その“理由”を探しながら脚を踏み出した、その時だった。

    「わあ!?」

     びゅうっと、すごい突風が吹き抜けた。
     身体や荷物が飛ばされるほどではないけれど、浅く被っていた帽子は持っていかれてしまう。
     慌てて追いかけようとした瞬間、ぱしっと、飛んで行った帽子を掴む誰かの手が伸びた。

    「おおー、さんきゅうべりーまっち! ……あっ」

     帽子を取ってくれた人にお礼を告げながら近づいて、そして気づく。
     薄く笑みを浮かべながら、あたしへ帽子を差し出して来る黒鹿毛のウマ娘。
     彼女こそ、あたしが前入りをした“理由”そのものだった。

  • 3二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:22:24

     彼女は、前年のブリーダーズカップクラシックの勝ちウマ娘。
     あたしは二度のアメリカ遠征両方で彼女と走っており、何故か、他人とは思えないほど妙に気が合っていた。
     ……まあ、まさか本当に遠い親戚だったとは思わなかったけれども。
     ともかく、今回はそんな彼女から話したいことがある、と呼び出しを受けていたのだった。
     そして、その内容は。

    「……今年のブリーダズカップクラシックで、引退?」

     寝耳に水過ぎて、思わず聞き返してしまう。
     連れて来られた何だかセレブなレストランの個室に、あたしの声が妙に響き渡っていた。
     彼女はその声に苦笑しながらも、こくりと頷く。

    「……っ!」

     怪我、なんて話は聞いていない。
     昨今の成績だって安定していて、衰えなんて感じられなかった。
     なら、どうして?
     もっと一緒に走ろうよ、もっと一緒に競い合おうよ。
     アメリカだけじゃない、サウジでだって、ドバイでだって、日本でだって。
     まだ走ることが出来るなら、まだ走る力があるのなら、まだ引退なんてしないで。

    「…………そっか、じゃあ、今回があたしとのラストランだね?」

     ────そんな想いを、あたしは必死で飲み込んだ。
     一見、飄々としているように見えるけれど、それは違う。
     彼女の瞳には、複雑な感情が渦巻いていた。
     きっと、理由は一つではないのだろう。
     たくさんの事情が絡み合って、迷いに迷い抜いて、彼女は引退という決断を導き出したのだ。
     あたしには、わかる。
     だって、“あの人”も、同じ目をしていたから。

  • 4二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:23:29

     勝利の美酒と敗北の苦渋、両方を味わった中東遠征。
     この時は、日本からもチーム問わずたくさんのウマ娘達に来ていた。

     そしてレースでは、あたしは同期と先輩と────そして、大先輩とともに走っている。

     日本史上二人目、ダートとしては日本史上初のドバイワールドカップの覇者。
     ダートウマ娘における海外挑戦の先駆者の一人であり、あたしも色々と参考にさせてもらっていた。
     ……実際に会ってみると想像していたタイプとは、大分違った人だったけれども。
     追い切りやパドックではいつもやる気を見せない。
     最後方に控えて、最終コーナーからの直線一気が得意、とまあ、色々と派手な人だった。
     でもトレーニング自体は愚痴りながらも真面目にこなすのだから、不思議な人でもある。

     彼女は、その中東遠征で、引退を表明していた。

     世間の驚きは、あまり大きくはなかった。
     むしろ、まだ中東遠征をするのか、という声の方が大きかったほど。
     全盛期を過ぎてしまったウマ娘、という見方が多かったということである。
     実際一緒に走ってみて、過去のレースも見て、それは多分事実なんだろうと、あたしは思った。
     ただし、強さそのものは未だに健在。
     あたしが勝ったサウジカップでも、あの人は最後方からいつの間にか3着まで来ていた。
     確かにその時の着差は大きかったが、あの場にいたのが以前の彼女だったら、どうなっていたか。
     レースにたらればは禁物だけれど、そう思ってしまう走りだったと思う。
     まだまだ、やれるのではないかと、思ってしまう走りだったと思う
     ────でも、彼女は引退してしまった。
     日本に前日の、あの人の姿は妙に記憶に残っている。
     口では、ようやくレースやトレーニングから離れられてせいせいする、と話していた彼女。
     けれどその瞳には、後悔や諦観、執念や寂寥など、色々な感情が複雑に渦巻いていた。
     きっと、色んな理由が、あるのだろう。
     あたしは、彼女の決断に対して、何も言えなかった。
     言ってはいけないと、感じていたのだ。

  • 5二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:24:47

    「……あの子も、引退しちゃうんだ」

     スマホを眺めながら、一人呟く。
     画面には、とあるアメリカのウマ娘の引退報道の記事。
     黒鹿毛の彼女と同じく、あたしと二回一緒に走ったことのある同期のウマ娘。
     彼女もまた、今年のブリーダーズカップクラシックを最後に引退、と表明していた。

    「…………まだまだ、ずっと、彼女達に挑戦出来ると、思ってた」

     それが、浅はかな想像でしかないと、思い知らされてしまう。
     日本では、ダートウマ娘がシニア期から何年も走ることが珍しくない。
     しかし、アメリカでは結果を出したウマ娘がシニア一年目で引退、指導に回ることも多いのだ。
     お国柄、その国におけるレースの在り方の違いなのだろう。
     そんなこと、わかっていたはずなのに。

    「……」

     ふと、部屋の窓を開ける。
     冷たい風に身を震わせながら上を見れば、一面に広がる満天の星空。
     それを見ていると、何故か、尊敬するチームのOBの姿を思い浮かべてしまう。
     きっと、今も遠い場所から見守ってくれているであろう、伝説の名ウマ娘。

     ────そんな彼女ですら、引退している。

     あたしだって、いつまで全力で走り続けられるわけではない。
     ずっとずっと、挑戦を続けられるわけではない。
     わかっていながら、それに見て見ぬ振りをし続けていただけなのだ。

  • 6二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:26:06

    「いい走りだったよ! 頑張ったね!」

     ブリーダーズカップデー、一日目。
     あたしは、泣きじゃくる鹿毛のウマ娘の頭を撫でながら慰めていた。
     彼女は、同じチームに所属している、今年デビューしたばかりのウマ娘。
     あたしとともに遠征し、ブリーダーズカップジュベナイルフィリーズターフに出走していた。

     結果は、完敗、としか言えない内容。

     ……正直、仕方のないことではあった。
     アメリカにおけるジュニア期のウマ娘の完成度は、日本のそれを遥かに超えている。
     あたしはデビューが遅めだったから行かなかったけれど、行ったところで惨敗していただろう。
     だからと言って、じゃあ仕方なかった、なんて思う気にはならないことも、わかってしまう。

     ────私、なんで、“こっち”に来ちゃったんだろう……!

     彼女の悲痛な声が、ざくりと胸に突き刺さった。
     レベル差があるとわかりきっているレースへの挑戦に対する批判は、知っている。
     そして、その道を選んだ自分自身に対する葛藤も、良く知っていた。
     ケンタッキーダービーか、ダート三冠か。
     前者を選んで三着に敗れてしまった時、一瞬たりとも後悔しなかったとは言えなかった。
     レースにたらればは禁物、それぞれのレースを勝ったウマ娘達への侮辱に等しいのはわかっている。
     でも、どこかで思ってしまうのだ────“あっち”なら勝てたんじゃないか、と。

    「……」

     だから、彼女の言葉に、あたしは何も言うことは出来なかった。

  • 7二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:27:19

    「……出走取消? そのまま、引退?」

     その一報は、ブリーダーズカップデー二日目の朝に飛び込んで来た。
     あたしが走った去年のケンタッキーダービーの勝ちウマ娘の、出走取消。
     今年は来日して、日本のダートG1レースを走るかも、と話題になっていた矢先の出来事である。

    「そっか、あの子も……“こっち”に来たら、案内してあげようって、思ってたんだけどな」

     小さく、ため息一つ。
     話を聞く限り、重い怪我というわけではなさそうなのが、不幸中の幸いだろうか。
     とはいえ、きっと無念なことだろう。
     ……思えば、あたしが走るブリーダーズカップクラシックでも、そういう子がいる。
     今年の大本命と目されていた、G1三連勝中の二冠ウマ娘。
     彼女もまた、体調不良のため直前に出走を回避することとなっていた。
     もちろんブリーダーズカップは来年も開催する。
     しかし、彼女が前世代の英傑達と雌雄を決する機会は、失われてしまったのだ。
     そう思った時、ふと、疑問が浮かび上がる。

    「…………なんで、挑むんだろう?」

     充分な実績を積み上げた大先輩は。
     敗戦に後悔して泣きじゃくっていた後輩は。
     ダービーを勝ち取っていながら遠い日本の地へ踏み込もうとしてた同期は。
     体調を崩していてもなおギリギリになるまで出走しようとしていた世代の大本命は。
     そして、あたしは。

     ────決戦の時は、迫っていた。

  • 8二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:29:05

     展開は、プラン通りだった。
     最内枠の有力馬を閉じ込めながら、前目につける。
     逃げウマ娘がいるにも関わらず、ペースがそこまで上がらないことも幸いしていた。
     ほぼ理想通りコースを取って、最終直線で一気に突き放す────はずだったのだが。

    「やっぱり……来るよね…………っ!」

     後方から、迫り来る靴音。
     それはまさしく、去年このレース場で、あたしが置き去りにされた彼女の脚。
     まだ距離はあるけれど、とんでもない速度で詰めて来ているのが、見ないでもわかった。

    「……っ!」

     熱い、苦しい、重い、痛い、辛い。
     限界を超えながらも、ただただ必死に駆け続ける。
     短いはずのデルマーレース場の直線が、永遠に続いてるのではないかと思うほど長い。
     でも、一秒一秒、一歩一歩、確実にゴール板は近づいて来ていて。
     その光景を見てあたしは、こんな時にようやく、当たり前のことに気がついた。

  • 9二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:30:33

     ────永遠なんて、ない。

     永遠の全盛期なんてあり得ない。
     もしかしたら一年前のあたしの方が、強かったかもしれない。
     もうこれ以上は、強くなれないのかもしれない。

    「だけど……だから……!」

     速度が、上がる。
     少しずつ後続が離れて行くのを感じる。
     けれどその中でも、何人かのウマ娘は着実に距離を詰め続けていた。
     ここからは戦略も何もありはしない、ただただ、気合と根性の勝負。
     故に、あたしは想いを剥き出しにして走り続ける。

    「常に……今のあたしが……最強なんだって……信じなきゃ……っ!」

     永遠の全盛期なんてない。
     だからこそ、常に今の自分が全盛期なのだと信じて、挑み続けているのだ。
     先達を称えるだけでなく、先達を超えるために、己の伝説を築くために。
     勇猛な者が運命を手にするのだと、証明するために。

  • 10二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:31:38

    「はっ……あ…………っ!」

     気がつけば、ゴール板の前を通り過ぎていた。
     割れんばかりの大歓声が、レース場に響き渡って、びりびり震えてしまうほど。
     
    「勝敗、は?」

     最後は前しか見ていなかったから、結果がわからない。
     不安と焦りと期待に苛まれながらも、あたしはまず、チームのみんなの姿を探した。
     そして、見つける。

    「…………あ」

     ────驚愕と歓喜に包まれ、大声を上げているチームメイトの姿を。
     
    「やっ、た」

     あたしはようやく、祝福の拍手が自分に向けられていることに気づいた。
     勝利の実感が、少しずつ手足に行き渡り、心へと染み込んでいく。
     早く、客席の方へ行って、応援してくれた人達に、応えなきゃ。
     そう、思っているのだけれど。

    「あ……れ……?」

     ぽろぽろと、目尻から涙が零れて行く。
     ケンタッキーダービー、ブリーダーズカップクラシック、ドバイワールドカップ。
     アメリカのウマ娘の後塵を拝し続けて、やっと、ようやく、勝つことが出来た。
     その想いが溢れて、止まらない。

  • 11二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:32:46

    「だめ、みっともない、かお、なおさないと、あれ、ぼうし……?」

     どうやら走りの中、帽子を落としてしまったようだ。
     大事な勝負服の一部で、ずっと一緒に戦って来た大切な相棒。
     みんなの前に出るなら、ちゃんと探さないと。

     そう思った瞬間────ぽふんと、後ろから優しく何かを頭に被せられた。

     見れば、そこにあるのは落としたはずの帽子。
     誰かが拾って、持って来てくれたようだ。
     あたしは目元をぐいっと袖で拭って、くるりと振り向く。

    「さっ、さんきゅーべりーま……あっ」

     振り向いた先では、黒鹿毛のウマ娘が悔しそうな笑顔を浮かべていた。

  • 12二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:33:52

    お わ り
    幻覚が幻覚でなくなる日が近いんやなって・・・
    とにかくおめでとうございます

  • 13二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 00:46:55

    おつです、「ひたむきなアスリート」の描写に胸を打たれちまうよ ちょっと涙ぐんじゃった
    あなたの描く主人公然としたヤングちゃん好きだよ

  • 14二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 01:13:33

    あー、いいすごくいい
    こういうスポ根系ウマ娘はいずれガンにも効くようになる

  • 15二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 05:00:29

    前にもヤングのSS書いてた方かな?
    早く姿見たいし先輩やライバルたちも来てほしいね

  • 16二次元好きの匿名さん25/11/03(月) 12:10:07

    『永遠の若さ』の名を持つウマ娘が「永遠の全盛期なんてない」「それでも今が最強だと信じて挑む」のがいいよね…

オススメ

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