【閲覧注意】AZのラストシーン

  • 1二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 19:24:06

    最期!!!!見たい!!!野暮!?!?知ってる!!!
    でも見たい!!!妄想書く!!!!!!!!!!!

  • 2二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 19:25:25

    「まさか……」

     ミアレの空気が揺れている。もはや完全に操縦者の制御下から逸脱し、さながら巨大な怪物のように変貌を遂げたかつての街のシンボルを目にして、彼は苦々しく目を細めた。
     彼の立っているホテルの屋上からは、変わり果てたアンジュが禍々しい光を纏い、蠢く黒い影が生き物のようにミアレ中を暴れ回っている様子が見えた。美しい街並みの破壊されていく轟音が、まるでミアレの悲鳴のように夜空に響いている。

    「なんということだ……。よもやアンジュが、あれほどの凶暴性を秘めていようとは……」

     アンジュ――プリズムタワー内部に封じられていたその巨大装置は、五年前にカロスを脅かした最終兵器と同じく、彼自身の創造物であった。
     最終兵器の二の舞にはしない。そう誓って作り出したものだったはずなのに。アンジュは彼の想定を遥かに超えて不安定な状況であったらしい。
     今度こそは、分け与え、守るための装置を――。そんな甘言に縋りながらも、内心ではフラエッテと再会し罪から解き放たれる瞬間だけを待ち望んでいた当時の独善への含羞が、生々しく彼の胸に蘇る。
     だがそんな過去への悔恨を塗りつぶしてしまうほどに彼の胸中を支配していたのは、それとは別の感情だった。

    「ピュール……デウロ……ガイ……セイカ……。頼む、どうか無事で……」

     ほんの数十分前、確かに信じて送り出した、うら若き少年少女たち。こんな老いぼれの過去の清算のために、命をも賭した戦いに駆り出された彼らのことを思うと、こうして見守って祈ることしかできない無力さに身を焦がれる心地がした。

  • 3二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 19:26:53

    そして、何にもまして憂うのは――

    「……フラエッテ。わたしはまた、お前に背負わせてしまったのか」

     災害のように荒ぶるアンジュを見ていれば、そのエネルギーの核となるフラエッテがどのような状態なのかは想像に難くない。
     彼は杖を握りしめた。そして同時に、背中を丸めて深く咳き込んだ。剣山を飲むような激痛が肺の辺りから背筋にかけて走る。咳は止まらない。
     彼は、この痛みが自分への罰だとは思わない。本当の罰は、痛みにもがき続けるこの人生そのものに違いなかった。
     三千年ぶりに意識する感覚。自分という存在が一つの終わりへと向かっているという、漠然とした、しかし確実な実感。
     それでもせめて、見届けなければ。わたしにはまだ、なすべきことがあるのだから。
     決意とともに、彼は顔を上げた。飲み込んだ固唾が、腫れた喉を熱く滑り落ちる感覚がした。
     そのときだった。
     屋上から、ホテルのロビーに駆け込む人影が見えたのだった。

  • 4二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 19:28:27

    ※※※

    「すみません、ほんと急に……。突然メガシンカしたポケモンたちに襲われて……。トレーナーもいないのに……」

     ホテルに駆け込んで来たバックパッカーらしき赤毛の女性は、見るからに憔悴しきっていた。ロビーに姿を見せた彼の巨体に一度はたじろいだが、そんなことに驚いている余裕もないというふうに、胸元に抱えた傷まみれのヤンチャムを絶えず気にしているようだった。

    「ポケモンセンターへの道も瓦礫で塞がっていて……。前に、その――知り合いからこのホテルのことを聞いたのを思い出したんです」

     彼女自身も傷だらけで、今も肩で息をしているというのに、その懸念は、ただ何よりも腕の中の相棒にだけ向けられているように見えた。
     強大な力を前に傷つけられた小さな命と、なすすべもなく悲しむことしかできない無辜の民――それは、紛れもなくあの日々と同じ光景だった。

    「……そうかい。よくここまで逃げて来れたね。安心なさい、ここはいたって安全だよ」

     罰は、この痛みではない。この痛みから目を逸らせないことだった。

  • 5二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 19:44:51

    「名前は」
    「アンリ」
    「ホテルZへようこそ、アンリ。優秀な客室係が最高の部屋を用意している。応急手当の道具も一通り揃えてあるから、ベッドでその子を休ませるといい」

     彼は客室の鍵をアンリに握らせると、また痛々しく咳き込んだ。

    「え、えと……大丈夫、ですか?」
    「……失礼した。見ての通りの老体でな。さあ、きみたちはエレベーターに乗りなさい。その鍵は304号室だから三階だよ」
    「本当にありがとうございます……! それで、あの、あなたは――」
    「AZだ」
    「AZさんは? 外、今も暴れてるポケモンだらけでやばそうだし、一緒に上の方に逃げた方がいいんじゃ?」

     その問いに彼が答えるより先に、そう遠くないどこかから爆音が卒然と響き、ホテルの空気を大きく揺らした。

    「きゃっ!?」
    「――ともかく、早く客室へ。どうやら、他に少々乱暴な来客があるようだ。わたしはそちらの対応にあたる」

     彼は、その手のひらにはあまりに小さく見えるモンスターボールを握りしめた。気配からして、間違いなく暴走メガシンカポケモンの襲撃だった。

  • 6二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 19:45:56

    「あの……!」

     彼が決意を固め、ロビーをあとにしようとしたそのとき、アンリは彼を呼び止めた。

    「知り合いに――ガイに、聞いたことがあるの。ホテルZのオーナーは3000歳って噂があって、ものすごいポケモンと一緒にいて。けど、もう長く戦えないくらいのおじいちゃんなんだって」

     振り向くと、アンリはエレベーターを背にしてこちらを見ていた。昇降機の駆動音が落ちてくる。壁越しに何かの呻き声が聞こえる。訝しげに立つアンリの頭上で、インジケータの針が振れているのが見えた。

    「その、ほんとに大丈夫なんですか? やばいですよ、外の奴ら。絶対」
    「……長くは戦えない、か。そうだな。確かにその通りだ」

     触れきった針とももに、チーン、と甲高いゴングの音色が高らかに響いた。がらがらとアコーディオン式の扉が開く音を背にして、彼はホテルのエントランスへと向き直る。

    「長くはかけないつもりだ。すぐに終わらせる。心配には及ばない」

     アンリはさも不安げな表情でエレベーターへと入っていった。戸の閉まりきる最後の一瞬まで、彼の折れ曲がった背中を見つめながら。

    「――それに、すべてが終わったあとで、あの子たちが安心して帰ってこれる場所が必要になるだろう?」

     エレベーターが上昇を始めた今、その言葉は誰に向けたものだったのか。彼は手の中のボールに一瞥をくれた後で、ホテルの外へと踏み出した。

  • 7125/11/04(火) 20:40:12

    ※※※

    「綺麗な絵ですね」

     少女はロビーのソファに座ったまま、カウンターの奥に飾られたフラエッテの肖像画を見てそう言った。

    「よく描けてます。特に、花のあたりなんて細かいところまで――」

     少女は言いながら、尻目に実物の方を見やる。フラエッテは、少女の向かいに座る老人――巨体のせいで一般人用のソファでは窮屈そうだ――の横で、肖像画と寸分も違わない黒い花を抱えていた。
     フラエッテというポケモンは、個体ごとに波長に合ったさまざまな花を育てるというが、少女が目の前のそれを目にしたことはなかった。禍々しく、それでいて神秘的な花。まるで出来のよすぎる工芸品のような、そら恐ろしくなるくらいの美しさがある。マスタータワーの文献で微かに見た覚えが少女にはあった。

    「古い友人に絵描きがいてな。このホテルに移ったときに寄せてもらったのだ。今からちょうど四年ほど前になるか」
    「へー。やっぱ長く生きてると人脈もあるんですか? まあ、それにしても3000年は桁違いか」

     数年ぶりにカルムから連絡を受け取ったとき、少女はまさか三千年を生きたトレーナーがいるなんて胡乱な話が本当だとは思わなかった。けれども、スーツすら生地を継ぎ接ぎして着ているような人間離れした体型の老人と、見るからに異質なフラエッテに迎えられてしまえば、その話も素直に信じるしかなかった。

  • 8125/11/04(火) 20:42:02

    「あらためて、今日は多忙であろう中、わざわざここまで足を運ばせてしまったこと、心より詫びさせてほしい。用件からして、本来ならわたしの方から赴くのが道理であったろうに――」

     そう言いながら、彼はばつの悪そうに目を伏せた。顔に刻まれた深い皺が濃い影を作っている。

    「あ、いや、ぜんぜん! それこそ事情が事情なのに、わざわざミアレからシャラシティまで行かせたりしませんって!」
    「きゅるる」

     話の内容を理解しているのか、フラエッテが鈴を転がすようなあどけない鳴き声で相槌を入れてきた。
     最初こそぎょっとしたが、きっとこの老人は優しい人なんだろうな、と少女は思っていた。フラエッテが心から信頼している様子も、この短い間で仕草から伝わってきた。

    「じゃあ、本題の方の話をしても?」

     少女が切り出すと、老人は静かに頷いた。

    「重ねてになるけど、まずはあらためて自己紹介から。あたしはコルニです。シャラシティのジムリーダーで、マスタータワーのキーストーンの継承者。今日来たのは、昔馴染みの友だちから頼まれごとをしたので」
    「聞いている。チャンピオンからであろう?」
    「そーです。えと、色々一気に聞きすぎて、まだよく飲み込めてないんですけど――とりあえず、今のミアレシティが大変なことになってる、って認識でいいですか?」

     老人はまた静かに頷いた。その度に、薄い影が顔を覆う。

    「一部の者にしか知らされていないがな。プリズムタワーから高濃度のメガエネルギーが漏れ出ている」
    「それでこの前、トレーナーもいないのにメガシンカするポケモンが現れた」
    「その通り」

     おおよそそこまではカルムから聞いていた。問題はそこからだった。

  • 9二次元好きの匿名さん25/11/04(火) 20:53:21

    さっきまで『オルゴールと弦楽のための小曲』っていうフリーbgm急に聴きたくなって聴いてた…
    しんみり感じでぴったり雰囲気があって泣ける…回想みたいで…
    もっと読みたいです…たのしみ

  • 10125/11/04(火) 21:14:32

    「そこで、何かあったんですか?」
    「……詳しくはここでは話しきれないが、一連の騒動の責任はすべてわたしにあってな。先日の暴走メガシンカもわたしが対処しようとしたのだが――。老いとは恐ろしいものだよ、まったく。まともに戦い続けることすら叶わなんだ」

     なるほど、と少女は内心納得した。

    「……カルムくんがあたしに連絡してきたのは、あなたの体調を心配してのことだったらしいんです。彼も忙しくて、どうしてもミアレに帰ってこれないから、どうにかしてやってくれないか、って」

     コルニが話に聞く限りでは、彼はAZという奇妙な名前を名乗っていて、3000年前のカロスの王様で、わけあって今日まで生き残っていて、以前のフレア団の騒動にも深く関わっていて――。何やらわけが分からないが、四年半前のチャンピオンパレードに突如として乱入し、カルムにポケモンバトルを挑んだらしいのは唯一確かだった。
     なるほど彼と戦った張本人からすれば、たった四年と半年でバトルを続けられないほど衰えたと聞いたときは、さぞ衝撃を受けたことだろう。

    「そうか。彼がわたしを憂いて……。つくづく、わたしは罪深いな。未来ある若者にそれほど気を病ませてしまうとは」

     老人は、声を出さずに乾いた笑いを上げた。少しも愉快そうには聞こえなかった。

  • 11125/11/04(火) 21:15:53

     痛々しい。
     コルニは今日彼に会ってからというもの、何度もそう思っていた。衰えきった体のせいではない。彼はよく、自分を心の底から嘲るような、ひどく自罰的な悲痛さを覗かせているように思えた。表情や声の調子からというよりも、もっと細かくて捉えにくい些細な部分から、その深い悲しみが伝わってきた。
     彼女の相棒のルカリオなら、きっとその波動を感じ取って、すぐに哀れみを向けたことだろう。彼はそういう類の人間に思えた。

    「きゅるる……」

     そのとき、フラエッテが小さく鳴いた。老人が顔を向けると、フラエッテは優しく微笑み返したようだった。その瞬間、老人の顔に差していた陰鬱な翳りが、少しだけ晴れたように見えた。
     トレーナーはポケモンに似るのだろうか。人の心の機微に敏感なルカリオと長く過ごしていると、ここ最近ではコルニの方まで他人の心の動きをそれとなく感じ取れるようになってきた気がしていた。
     今感じるのは、フラエッテの慈悲深さと、何よりも老人との深い絆だった。
     その光景を前にして、コルニの腹は決まった。それとなく提案だけに留めておこうかと考えていたあのアイデアも、この一人と一匹になら躊躇う理由はなかった。

  • 12125/11/04(火) 21:17:08

    「マスタータワーがルカリオを育ててるのは知ってますか」

     老人とフラエッテが同時にコルニの方を向いた。

    「もちろんだ。元を辿れば、カロス最初のメガシンカポケモンであるルカリオを伝え残すための施設であろう?」

    「はい。そしてキーストーンの継承者は、メガシンカとそれにまつわる伝承を守り抜く責務を――すなわち、人とポケモンとの絆を試し導く役目を負う。……AZさん。継承者のコルニ、あなたがたの絆を認め、ここにマスタータワーのルカリオをあなたの護衛としてよこします」

     老人は静かに、それを聞いていた。聞いている間、かすかに目の辺りが強張っていて、驚きと戸惑いとを飲み込んでいるらしく見えた。

    「――なんてね。堅苦しいこと言っちゃいましたが、継承者としての立場半分、あたしの気持ち半分です。カルムがあなたを心配するのもよく分かりました。フラエッテとそんな顔で笑い合ってるところ見ちゃったら、誰だってほっとけません」

     コルニが笑いかけた途端、老人は杖を膝の上に置いて、深く頭を下げた。

    「……感謝する」

     この人の声は、しゃがれてはいるのだけれど、確かな意志の強さを感じさせる。芯があって、それでいて優しい感じの声。コルニはそう思った。
     その声の余韻を掻き消す音もないままに、静かなロビーで、彼はいつまでも頭を上げなかった。

  • 13125/11/05(水) 07:05:14

    ※※※

    「くわんぬ!!」

     激しい攻防の中でメガルカリオの放ったはどうだんが、途端にスピアーの集団を蹴散らした。
     路地裏の小さな空を覆い尽くすスピアーの群れ。メガシンカしたルカリオを以てしても、倒したところで次から次にやってくるものだからきりがない。
     親玉を――群れの中央にいるメガスピアーを倒さなければ。あの個体の暴走につられて他のスピアーたちも暴れているらしく見えた。

    「……ぐっ」

     建物の壁や天井を蹴って宙を跳びながら、スピアーの群れを次々と撃退するルカリオの奮闘を見上げつつ、彼は鋭い痛みに胸を押さえた。
     肉体の衰えだけではない。戦いに臨むことそれ自体が彼を苦しめる。
     力。力を相手にぶつけるという行為。それを切望してやまない、双方の抱える剥き出しの戦意。それを交わすことが許されてしまうこの場に特有の荒んだ緊張感。数年前まではなんとも思わなかったものが、フラエッテと再会してからというもの、にわかに恐ろしい過去の記憶と結びついて彼を雁字搦めにするのだった。
     全身が震え、鼓動が破裂してしまいそうなほどに脈打つ。怖いのだ。戦うことが。また失うことが。いくら己を奮い立てても、老骨に鞭打っても、三千年の孤独が彼を臆病な過去に縛りつけた。

  • 14125/11/05(水) 07:06:46

     メガスピアーが無数のミサイルばりの弾幕を張った。取り巻きの対処に刹那の隙を見せたルカリオは、そのまま直撃を受け、空中で体勢を崩し落下した。

    「ルカリオ!」

     砂埃が舞う中、ルカリオは膝をついて口の端を拭いながら、彼の方をちらりと振り向いた。
     その目にはまだ、高潔な光が灯っていた。ルカリオは諦めていない。
     その光が、彼らのものと重なった。五年前のあの日、ポケモントレーナーとは何かを教えてくれたあの少年と。ルカリオを託してくれた少女と。私の過ちを知りながらも、ミアレのためになお戦ってみせると誓ってくれたあの子どもたちと。
     そうだ。約束したじゃないか。子どもたちのために、とびきりの食事を用意するのだ。今も必死に戦っている彼らが、安心して帰ってこられるように。
     アンリもまだホテルにいる。負けるわけにはいかない。
     もう、未来ある若者たちの居場所を失わせるようなことは、二度と繰り返したくない。

    「ルカリオ、いわなだれだ」

     ルカリオが再び高く跳躍し、メガスピアーへと向かっていく。
     痛みは消えない。いつまでも抱えたまま、戦い続けなければいけない。やはりこれこそが罰に違いなかった。

  • 15二次元好きの匿名さん25/11/05(水) 12:08:10

    ※※※

    「なあ、AZさん」

     あるとき、ガイはふと彼に尋ねたことがあった。二人が出会って間もない頃のことだ。

    「なんでホテルを始めることにしたんだ? フラエッテとの終の住処っていうなら、別にホテルである必要はなかったんじゃ」

     彼は、傍のフラエッテを愛おしげに見つめながらしばらく思いを巡らせた。それからややあって口を開くと、

    「……なぜだろうな。理由らしい理由は答えられそうにない。だが強いて言うなら、居場所のため、かもしれない」
    「居場所?」
    「きゅるる」

     もう日は沈もうとしていた。日当たりの悪いロビーでは、日没前であっても窓から入る光はほとんど途絶えている。

    「ミアレとは不思議な場所だ。ポケモンとポケモン。人と人。人とポケモン。たとい同じ時代を生きていようとも、それぞれは交わらないことの方が多い。それなのに、これだけの命が、このミアレで交差している」

     表の通りから離れた立地のせいだろうか。活気づいたミアレには不似合いな静けさが、まだ夕方だというのにここには訪れつつあった。彼と、そしてフラエッテの微かな息遣いすら、ガイには代わる代わるに聞こえていた。

    「だが、交わることと共に歩むことは別だ。長い人生の中では、誰かと交わるその一瞬が、心を預けられる安らかな居場所になるとは限らない。むしろ悲しい記憶となって傷つけられることさえある。それはとても、とても寂しいことだ」

  • 16二次元好きの匿名さん25/11/05(水) 12:09:12

     ロビーの薄暗さに今やっと気がついたみたいに、彼はテーブルランプを灯した。机の上の、ごく小さな範囲でだけ、暗闇が追い出された。
     気がつけば、フラエッテは眠そうにうつらうつらとかぶりを振っている。彼が「おいで」と小さく声をかけると、フラエッテは吸い寄せられるように彼の大きな手のひらの中に収まった。そしてそのまま、心地よさそうに彼の温もりに身を預けて、目を瞑ってみせた。

    「だからわたしは、そうした心のよすがを持たぬ者に、せめて一時のとまり木となれる場所があったらいいと、思っていたのかもしれない。――いや、それも言い訳だな。結局は、世と関わりを絶ってひそかに暮らすというのも寂しく思えただけなのだろう。老いゆえの人肌恋しさだよ」

     そう茶化すように苦笑いしながらでも、手元のフラエッテに向けられた眼差しだけはあまりに直向きで、あまりに優しい。ガイは何か熱いもので胸が満たされるような、それでいて何かせずにはいられないような、暖かく切実な感情に突き動かされるまま、口走った。

    「じゃあ……。じゃあ、AZさんとフラエッテが寂しい思いしないように、ホテルZをもっと繁盛させなきゃ」
    「その気持ちには感謝する。だが、何もきみが気にすることじゃないだろう」
    「いいんだ。AZさんには恩もあるし。それに、絶対、AZさんが今言ったみたいに、このホテルが居場所として必要な人もいるよ」
    「だといいが」

     フラエッテが、彼の手のひらの中で静かな寝息を立てている。彼は静かにそれを見守りながら、いつまでも動き出さなそうに見えた。

  • 17二次元好きの匿名さん25/11/05(水) 17:35:07

    このレスは削除されています

  • 18125/11/05(水) 17:37:03

    ※※※(上の削除履歴はミスです)

    「助太刀しようと思っていましたが、どうやらその必要はなかったようですね」

     スピアーの群れを撃退し、早くホテルに戻ろうとしていた彼に、また突然の来客があった。

    「フラダリ……いや、今はFと呼ぶべきであったか」
    「はじめまして、ですよね。AZさん」

     彼の相対するFの出で立ちは、五年前のフラダリとはまるで違っていた。
     髪は抜け落ち、その色も褪せきっている。佇まいもどこか憔然としていた。聞くところによると記憶を失っているらしいから当然ではあるのだが、別人のように変わり果てていた。 

    「あの少女がジガルデと合流しました。うまく事が運べば、もうじきにアンジュは鎮められることでしょう」

     彼は目を伏せられなかった。それだけ、Fの視線は強く彼を捉えていた。

    「そう……か……。どうか、無事であってほしいものだな」

     彼はまた咳き込んだ。これまでよりも深く、咳はなかなか止まらなかった。胸の内側がぼろぼろと崩れていくような激しい痛みがあった。

    「無理が祟ったのでしょう。自分が戦える状態にないと分かっていながら、あなたはそれでも戦おうとした」
    「……だが、ホテルは……彼らの居場所は、守らな、ければ……」

     咳混じりに彼が返すと、Fは侮蔑とも同情ともとれない冷めた目を向けた。

    「彼らの居場所? 元はと言えば、あなたの死に場所ではなかったのですか。また、そうやって他人に背負わせるのですか」

     彼ははっとした。
     そうだ。彼はまた繰り返していた。あの日、他のポケモンから奪った命をフラエッテに背負わせたように。フラエッテに、アンジュの鍵としての役割を背負わせたように。
     強かな子どもたちに、彼の死ぬ理由を一方的に背負わせようとしていた。

  • 19125/11/05(水) 17:40:54

    「……そうだな。もっともだ。気づかせてくれて感謝する。長く生き過ぎた弊害だろうか。いざこうも終わりが迫ると、冷静でいられなくなるから困ったものだ」
    「……ようやく、死ぬことが叶いそうなのですか」

     Fの目が違った色の光を帯びる。今度は、彼の末路をいつか自身も行き着く末として見届けようとでもいうのか、そこには静かな覚悟が見てとれた。

    「ああ。遺言状も墓の手配も済ませてある。あとは、ホテルに逃げ込んできた彼女を守り抜き、極上の料理でエムゼット団を迎えるだけだ」
    「償いは」

     Fの一言が、重く夜空に溶けていった。

    「償いは済みましたか」
    「分からない」

     それははぐらかしているわけでもなく、彼の本音であった。

    「わたしには分からない。少なくともフラエッテは許してくれただろう。だが、わたしの奪ったものはあまりに大きすぎる。ここまでの人生が、わたしの過去の清算に足るのか、それを決めるのはわたしではない」
    「ずいぶんと歯切れの悪い答えですね」
    「きみも最終兵器の光を浴びたのだろう。ならきっと、三千年後にわたしの言いたいことも分かるはずだ」

     地鳴りがする。タワーでの戦いは続いているようだった。振動が彼を揺さぶった。果たして三千年もの間、この揺れが一瞬たりとも途絶えてこなかったかのような錯覚に彼は囚われた。

    「死ぬことかできないというのは、罰でしょうか」

     次いでまた何か大きな音がする。Fは動じない。恐れるという感情が壊れてしまったかのように。

    「ジガルデに役割を与えられ行動をともにし、その過程であの少女と、そして街の人々と出会い――私の記憶は戻りつつあります。その上で考えているのです。多くを奪おうとした私が、今ではこうして有り余る命を与えられた意義を」

  • 20125/11/05(水) 19:27:58

    「少なくとも、生きることは罰ではあるまい」

     彼は断言した。

    「命というのは可能性だ。――わたしも、かつてはきみのように思い悩んでいた。なぜ生き残ったのか、と。三千年考え抜いた末に、今でさえ答えと呼べる答えは得られていない。だが、確かなことがある」

     彼は一度大きく息を吸った。爛れた気道を、冷たい夜の空気が撫でた。

    「わたしも、戦争の中で多くのものを奪い、奪われた。フラエッテに命を与え、次いですべてを奪った最終兵器。分け与えるために作られながら、今こうして平穏を奪おうとしているアンジュ。なるほどいずれも、当時のわたしの生き様そのものかもしれない。だがそもそも、奪うか与えるか、その生臭い二元論のもとで捉える世界はあまりに平面的で、殺伐としていた」

     彼は空を見上げた。
     ミアレの街は、星を眺めるには明るすぎる。それでもこの夜だけは、この路地裏の狭い空を星屑が埋めつくしていた。

  • 21125/11/05(水) 19:28:59

    「結局のところ、この世界の厚みにわたしを気づかせてくれたのは、三千年という幾星霜と、たった一人のポケモントレーナーの少年だった。だからわたしは命を罰だとは思わない。我々は、生きることで罪と向き合うことを許されたのだ」

     それに、と彼は続ける。

    「死 ねないことが罰だとしたら、死ぬことは救いになってしまう。そのような気持ちでいたら、きっとあいつは悲しむだろうからな」

     Fは目を見開いた。
     AZがまた咳き込む。杖に半ばしがみつくようにして、何度も咳き込む。それは咳というよりも、えずいているように見えた。

    「私は、ずっとあなたを嫌悪していました。おそらくは、記憶を失う前から」

     Fは訥々と、騒がしく静かな夜の中で語り出した。

    「あなたは……フラエッテへの愛というエゴのために、この美しい世界を傷つけた。私はあなたが嫌いでした。それでも……」

     Fの声が震えていた。

    「私があなたの罪を咎めようとしても……あなたは……あなたは私などよりはるかに、この世界を……そしてポケモンを、愛せているようだ」

     Fはそれきり、背を向けて去って行った。

  • 22125/11/05(水) 21:27:00

    ※※※

     なぜ動けているのか不思議なほどだった彼の体も、ホテルの中に戻ればまだ存外に機能した。
     まずは、アンリとヤンチャムの無事を確認し、ここを出るときは料金もチェックアウトもいらない旨を伝えた。
     それからポケモンを子どもたちに託すことにした。ルカリオの入ったボールと、急ぎでしたためた手紙をセイカの部屋に置いた。「感謝する」と呟いたとき、ボールが音を立ててかすかに揺れた。
     それから料理を用意した。四人の食べ盛りと、それぞれのポケモンたちの分まで用意するのは少々骨が折れたが、なんとか作り終えられた。
     それから屋上に出たちょうどそのときに、すべてが終わったようだった。

    「ああ……」

     アンジュの放ったはめつのひかりが、今にミアレを呑み込もうかという寸前、ジガルデの無に帰す光が迸った。
     ぶつかり合った光は散り散りになり、無数の流星群のように空を走った。黒い夜空を、四方八方に光の軌跡が割くその様は、あたかも巨大な一輪の花が空に咲き誇ったかのようであった。

    「――いつだって、現在が未来を創る」

     今、全ての過去は無に帰した。
     これからは、きみたちの時代だ。

    「エムゼット団よ。心より感謝する」

     言い終えたとき、これまで以上の激しい痛みが彼の全身を襲った。

  • 23二次元好きの匿名さん25/11/06(木) 01:45:48

    好きやわ…言語化出来へんけど好が溢れ出してくる

  • 24125/11/06(木) 06:44:08

    「……ぐっ」

     彼は跪いた。まだだ。まだ、せめて彼らを迎え入れなければ。この痛みに屈するな。屈してはいけない。それこそが罰なのだから。
     歩み寄る濃厚な死の気配の中で、彼は、フラエッテのことを思った。
     フラエッテ――思えば、この数年で彼が身辺整理をしているときだけは、いつだって彼のもとを離れたがっていた。
     墓石について業者と相談しているときは、わざわざロビーの奥へと姿を消した。毎晩、寝室では片時も離れていなかったのに、遺言状を用意していた夜だけはどこか散歩にでも出向いているようだった。
     あるとき、思いきってこう言ったことがあった。

    「フラエッテ……。分かっている。またお前をひとりにしてしまうのは心苦しいが、それでもこういうことは必要で――」
    「きゅるる!」

     そのとき、フラエッテは抱えていたえいえんの花で彼の頬を叩いた。
     何をされたか分からず唖然としているAZを残して、フラエッテは窓から外へと出て行った。
     それが三千年前を不意に彷彿とさせて、彼はその日、血相を変えて街中を探し回った。一日かけても見つけられずに肩を落としながらホテルに帰った晩、フラエッテがホテルの屋上で寂しくタワーの方を眺めているのを見つけた。そのときの夜闇に溶けてしまいそうな横顔が、今でも目に焼きついている。その日、いつまでも彼は声をかけられなかった。

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